はてなキーワード: 単細胞とは
息子「ねぇ、そろそろお弁当本気出してくれない?周りの友達みんなめちゃくちゃ美味しそうなんだよ。冷凍食品使ってるの多分俺だけなんだよ」 - Togetter https://togetter.com/li/2174949
「本気出したいと思わせてくれる?とご子息にお伝え下さい…」
「本気出して自分で毎朝作るキッカケができたな息子よ😏と声かけたいです」
だれかをうらやんだら、そういう自己責任論みたいな冷たい言葉をかけていいってことにいつからなったのか。
私にも子供がいるが(お弁当は作ってないが)たとえば彼や彼女が
「みんなにクサいって言われるから生乾きの服着ていくの嫌だよ」
と言われたら、改善できるかどうかは別として、その小さな心の痛みにはちゃんと向き合いたい。
「お前が稼いで買え」
「お前がマイホーム建てろ」
というのが正解なの?
経済的な事情で、あるいは家の方針で変えられない、ということはあっても、
嫌なおもいとか、恥ずかしい思いをしてるなら、せめて気持ちでは寄り添うべきでは?
「そんなこというならお前が!」と言い返してスカッとジャパン、みたいな単細胞でマッチョな思想、子育てに向いてないと本気で思う。
元空調機器の開発者です。たしかにメンテナンス考えてないケースは多い。だがその多くは安全上の理由である。
私は元増田のほんと日本の男って家電開発のセンスがないわに同意する点は多い。だが白物家電はジャンルによるが、開発チームの3割程度は女性だ。普通に会議でも女性の意見は求められるし、お客様の要望として上がってくる。メンテナンスフリーじゃないのが男性主体であるという推察は、まったく的外れであるとは指摘したい。
だがまぁ、事実としては。マジでメンテナンス関連の開発優先度は低い。
強いて言うなら、修理部門から「分解しにくい」「パーツが壊れる」などの報告が来たときに改良する程度。
電子レンジに濡れた猫を入れるなんてジョークのような話があるが、科学教養がなくセンスのない馬鹿は世の中には掃いて捨てるほどいて、開発者はどうすれば馬鹿でも安全に使えるかに心血を注ぐ結果、部品に触らせないようにする。
もう10年以上昔だが、某エアコンにおいてメンテナンスを重視するべくファンや熱交換器を交換型アタッチメント式にする企画があったが、一瞬で却下された。最大の理由は「電源をオンのまま交換を行うお客様がいた場合、重大事故につながる」というものだった。
それにお客様の住環境によっては、電源コンセントを抜きにくい配置であったり、物理的にスペースがなくてパーツを外しにくい場合があるだろう。
事故やクレームの可能性は吐きたくなるレベルで無限に存在する。いや開発時に考えすぎて吐いた同僚がいた。
エアコンが顕著だが、2007年の省エネ法など法的な規制が厳しくなっている。
だがいくら技術や素材が進歩したからといって、そう簡単に省エネにできるはずがない。じゃあどうすればいいか。デカくするのだ。
エアコンや冷蔵庫などは熱を交換するという性質上、巨大パーツを動かす事で省電力化に寄与する。小さいコップに注がれたお茶と、大きな鉢に入ったラーメンが同じ温度だとして、小さいコップの方が早く冷めるのと同じ理屈だ。実際に多くの家庭用エアコンは本体・室外機ともに20年前より1.5倍程度デブになっている。
例えば多くの家庭用エアコンは解体者の左側にスペースがないとパーツの取り外し自体が難しい。右側に電気制御基板があるため、左側のフィン軸などを浮かせてパーツを分解するためだ。脚立の上で重たいパーツを抱えた結果、バランスを崩して転倒するのは目に見えている。実際、プロのエアコン修理業者ですら事故を起こした報告を聞いている。
元増田が上げてるすべての家電ジャンルに私は携わったわけではないが、回転駆動するモーターを内蔵する機器、高温になる機器、大電流を必要とする機器は、どうしても安全性を重視せざるをえないのは想像に難くない。回転するモーターがあって高熱で大容量電力が流れる状態で分解・清掃する馬鹿が、マジでこの世には山ほどいるのである。本当に信じがたいが。家電開発をしていると、もしかして人類全員は単細胞じゃないかと思えてしまう。冷や汗がでる危険行動をとる人がいる、いまくる、いすぎるのだ。あまりに多くて本当に気が狂ってしまうよ。
お掃除しやすくした結果、事故が起きては取り返しがつかない。お客様の命と同時にメーカーの信頼も失う。
とはいえ、私自身も元増田の投稿には心情的にかなり同意する点は多い。
ブコメにも指摘はあるが、メンテナンス製を重視して製品ラインナップを展開しているのは三菱電機くらいである。
環境負荷のことを考えても、適切に分解・洗浄ができて、長く使える製品を開発する事はメーカーの責務であると私も思う。だが上述の事由や、歴史的・文化的な企画判断では、メンテナンスの優先度は極めて低い。
全体的に「増田くらい清潔にメンテしておきたいって気持ちを持つ人は極少数」なのは知っといてもらいたいね。
非常にわかりみが深い。だが私はこの認識は少し古い気がしている。
SDGsの広まりが一過性のブームなのか、もっと継続的なものになるかは意見が分かれるだろう。しかし私はお客様の声や販売スタッフなどの話から、メンテナンスに対する需要は2020年頃から高まっているように感じる。若手からの企画報告でも、TikTok・Instagramm・YouTubeでのお掃除系動画の盛り上がりなど、気になるトピックが増えてきた。
メンテナンスを行いたいという感度の高い客層は、10年前・20年前に比べて増えてると私は考えている。生まれた時から多くの家電に触れ、ご友人の評判やネットの商品レビューから使いこなしを意識した、家電教養の高いお客様が増えている事の裏返しだと思う。
大手メーカーで一瞬で却下された企画を形にしたような、バルミューダのデザイン家電がヒットしたように。メンテナンス家電のメーカーXが今後登場する可能性はある。かもしれない。
ところで元増田は海外製品の良さを記しているが、これは歴史的・文化的な側面があるのではないかと思う。
日本は「町の電気屋さん」として、販売とメンテナンスを行う中小企業が多い。平成・令和となった今はビックカメラやケーズデンキなど大手家電量販店はすべての都道府県に存在するが、これは世界でも珍しいどころか、おそらく世界で日本だけの唯一無二の状況である。
お客様がアクセスしやすい家電サポートが身近にあるため、メンテナンス機能の実装優先度が下がると思われる。
一方国土が広いアメリカや、サポートスタッフが少ない途上国なんかだと、そうはいかない。お客様自身でメンテナンスできる機構が必要だったのではないか。
それから、メンテナンスができるとして、どこまでやれば良いのかという話もある。
洗濯機・エアコンが顕著だが、高温多湿な日本の環境は、家電にとって大変なハンディキャップである。
どんなにメンテナンスしてもカビ・ホコリは発生する。これを書くのは心苦しいが家庭用エアコンのお掃除機能は、ハッキリ言って焼け石に水である。
じゃあ完全分解洗浄するのか? そんな事をしても1年後には汚れまみれである。 毎年3万円かけて掃除業者やメーカーでエアコン完全分解洗浄をするくらいなら、全く掃除せず3年目に9万円の新品を購入した方がマシではないか?
メンテナンスのコストを下げるために改良した製品を投入するとは、この部分こそが未知の領域である。いったいどのレベルの製品ならば、お客様の満足と、それに見合うコストが釣り合うのか。誰も分からないだろう。
お客様にメンテナンスされて汚れを認識するくらいなら、奥にゴキブリが挟まってたとしても見えない方が良いという事だ。
数ヶ月このサイト使ってみたけど、やめた方がいいな。
稀にちょっと面白い投稿がバズって流れてくるから興味を持ったけど、蓋を開ければ判で押したような男女論、床屋政談、鬱病日誌ばかりだ。
怨嗟の文章も迫力があれば良いというものだけど、それもどこかで見たような借り物の言葉ばかりだし。
はてなブックマークの反応を覗けば、それこそクソリプの見本市だし。クソリプというかクソ引用かな。
Twitterで言う所のヘンな自撮りがアイコンのおっさん、歴史的仮名遣い風で文章を書く奴、bioが「おもしろき〜」みたいな関わってはいけない系の奴らが勢揃いしている感じ。
罵り合うのが趣味なのか。匿名の喧嘩のしすぎでとっくに狂ってしまっているのか。なんにせよ、真っ当な態度で人に構ってもらう方法を持ち合わせない人達なんだろう。
気に入らない存在をおもんないあだ名で呼び続ける老人がいる。例えが思いつかない(つきたくもない)けど、嫌いな政治家をしつこく○○ちゃんって呼ぶような感じの。ここの人らの錆びついた暴言って、それに似たような感じ。
ブックマークの方も相当だけど。
トンチンカンなコメントばかりが上位に来ていて具合悪なる。稀に真っ当なのもあるけど、そういうのに限って隅に追いやられてる。
文章を読めてないのか読んでいないのか。そう書いとるがなという内容を「それはこういう事だぞ」と、なぜかウエメセでリピートしたり。
別にかくあるべし!と声高に演説している訳でもなく、私はこう思いますと書いてあるだけの文章を勝手にそう読み替える。それで勝手にイラついてか、「バカって言う方がバカなんだゾ!」といったレベルの道徳の説教を垂れたり。
まあ他人の考えが何か気に入らないけど粗探しをする頭もない時、コイツがバカで拗らせてるだけ、と切断すれば楽ですからね。
理で批判的な事を言うことができないから、知性あるオレがそうだと言うからお前はバカなんだ!としか言えない。
文章読めてない癖に主観と客観と区別だの論理性だのを一丁前に語る奴もいる。投稿内容の話の立て方は感情論でも何でもないのに、そういう言葉を並べ立てる奴は少なくないね。
ネットで見聞きした論破ワードを使っておけば、何か言った気になれるのかもね。
なんというか、独自の視点から独自な事を言わないといけないみたいな考えに囚われてるんじゃないかって思う。その癖知識が無ければ頭も悪くユーモアもないから、的外れな事かおもんない茶々を入れる事しかできない。
まあテレビに向かってブツクサ呟く人間のインターネット版の話は置いても、面白い投稿なんて待てどくらせどそうそう出てこないし、もうやめ時だな。
みたいに先回りしておくと反応が来なくて面白い。中学生みたいな単細胞逆張りだから。
長いから読んでないわ、みたいなのも多いね。興味がない人間が興味のない旨を嬉々として報告しますか?
という所まで先に言われたらどうなるのかな。いつもみたいにうるさいお前はバカだ!かな?
・アメフト
・野球部
が特に多い。まぁこれは大学レベルまでやる人間になるとある程度レベルの高い人間が集まるのと、
アメフトと野球部がある大学は学歴が高い、というのもあるだろう。
あとはアメフトと野球部はとにかくスキルを磨いて、チームプレイを重視しながら
後は気合で乗り切るという部分が金が集まる企業では重要なんだと思う。スキルとガッツ。
そして意外と
が活躍している人間が多い。何か一点に集中して目的を達成する姿勢というのは、企業でうまくやっていくには重要なんだろうなと思う。
弓道やアーチェリーは的に矢を充てるだけの単細胞のスポーツだと思われがちだけれど、意外と仕事というのはシンプルだからな。OODAの思考サイクルも鍛えられるし、弓道は特に老人の理不尽な「道」の押し付けにも我慢できる忍耐強さがある。
・マラソン
は意外と活躍してない。よく仕事はマラソンに例えられるけれど、現代ではだらだらとペースを守って仕事したり
あとは朝にランニングして酸欠で仕事してるから、仕事で頭が動かないんだと思う。
ただあれだ、野球部、アメフトと似ていて(サッカー部は底辺しかやってないから除外するとして)
バスケってなんで活躍している人が少ないんだろうなという疑問がある。
意外とバスケ部って豆腐メンタルな人が多い。身長高いだけの人がやるスポーツだから平均身長の低い日本では優秀な人が集まらないのか、
それともそもそも向上心がある人間はメジャーな顔したマイナースポーツは気に留めないからだろうか?
・体操部
まず人口が少ないからあれだけど、謙虚で礼儀正しいように見せかけて
なんかすごい動きして褒めてもらおうとする欲がある陰キャばっかだから
結局研究職でシコシコしてなろうアニメ見つつ、いつか活躍する夢を見て実行に移せない人が多そう。
いい年になって体操部はいって女子からキャーキャー言われたいという欲を持ちつつ、
いい年した女はバク転しても引くだけってことに気づけないコミュ障だから
それか一発逆転で何も考えず飛び込んで、手痛く失敗して小さくなってるやつとかしかいない。
ぼっち・ざ・ろっく!が全員男だったら〜って記事で思ったけど、男オタク(萌えオタ)って男キャラに厳しすぎない?
例えばよく男主人公のなろう系はスマホ太郎やデスマ次郎など散々叩かれてたけど、女性主人公のなろう系の場合は男向けだろうとそんな蔑称が付けられることもなく可愛いとちやほや。FGOのアニメ主人公のぐだ男もイキリ鯖太郎と叩かれてたけど、あれがぐだ子だったらあんなに叩かれてたかね?
最近人気のスレッタも女性キャラだから可愛い可愛いと持て囃しているのであって、もし男キャラでああいうコミュ障キャラだったら絶対キモいとかガイジとか叩かれているでしょ
結局男オタク(萌えオタ)って下半身でしかものを考えていなくて「シコれるものは善、シコれないものは悪」という単細胞な判断しかできていないんじゃないの?
昭和の人って脚の長さにこだわりが強い人が多くないですか?
以前ラジオで5、60代の女性アナウンサーが好きな男性有名人を興奮気味に語っていたとき「なんと言っても脚が長い!」と強調していたし。
別のラジオでとある演歌歌手が若い頃二枚目なのに脚が短いのが鉄板のいじりネタだったと語られていたし。
部長が両津を貶すとき「短気短足単細胞」と言っていたこともあったし。
石原裕次郎も別にイケメンじゃないのに人気があったのは皆が顔以上に脚の長さに魅力を感じていたからなのでは?
なんでそんなに脚が長いのが価値だったんだろう?そしていつから脚の長さへの関心が薄くなったんだろう。
現在テレビ等で「チビ、デブ、ハゲ、ブサイク」あたりは現役の悪口なのに「短足」は既に悪口ラインナップから消えた感がある。
芸人がスタイルをいじられていることはあるけどバランスだったり顔の長さに対しての全体的な均整の話だったりで、純粋に脚の長さにフォーカスしたいじりって記憶にないな。
以前「日本人の長い脚への憧れと短足への強烈なコンプレックスはマッカーサー元帥が由来だ」という言説を見たことがあるようなないような…本当?それが年月が経つにつれ薄れてきたってことなのか?
なんかいろいろ炎上してるみたいだし、代表のことはなんでそんな敵作るんだと思いながら見てるけど
なんだかんだ目の前で弱者女性に危害を加えるやつがいれば身を挺して守りそうというか
弱者を守るという方向性はぶれていないということはすごいと思う(暴走してんじゃねえかとかしっかりと行動できているかどうかは別として)
自分は昔生まれた環境に恵まれなかった子供たちの支援に関わっていたけど
途中から「もうこいつら不幸になろうがならまいがどうでもいいわ、養分として搾取されて生きろ」と思い始めたし
「助けを必要としている人は助けたいような姿をしていない」というのは最近一般層にも認識されはじめたことだと思うし
嘘つきですませていいのかってくらい平気で嘘つくというか嘘しかつかねえし裏切りしかしねえし人から何かを奪うことしか考えていない
偏見とかじゃないんだよ。きれいごとしか言えないツイフェミに「子供に罪はない」とか文句言われそうだけど
全員が全員「かわいそうで救われるべき子」じゃないんだよな
障がい者をピュアな存在に仕立て上げてるドキュメンタリー番組は馬鹿にするくせにそういうことはわかんないんだなと思う
結局色んな人が支援して普通の職にありつけ普通の生活を手に入れた子供たちのほぼ全員が売春やら犯罪やらやってるしな
どれだけ周りが「自立させてあげたい」と思っても当人が半グレになることを望むし
長年支援し続けた大人が「よかった、この子は人に搾取されない生活を送っていけそうだ」と安心して涙しても
次の日には職場から何か盗んでトンズラしてマンコ売ったり人殴ったりなんてザラだよ
大人のせいとか構造のせいとかでおさめるには限界なくらいのクズどもだよ
自分も「この子達がこういうことをしてしまうのは大人や社会が全部悪い」と強く思っていたけどこうなったんだ
実際にそこに身を置かなければわからないことは確実にある
そんな子供たちの悪口を表立っては言わないcolaboは普通にすごいと思う
まあそもそも、助けたい奴らじゃないからこそみなさまの気持ちとかじゃなくて国のシステムで淡々と支援すべきだと思う
(追記)
予想通り「向いてなかったんだ」っていうコメントが来てた
それは全く否定しないけど、煽りとかじゃなくどんな人が支援に向いてると思うか教えてほしい
綺麗な言葉を使い心が綺麗で心の底から子供たちを愛していて何があっても許して何度でも何度でも信じ直せる人?
これ読むとまたギャーギャー言うやつがいるだろうけど
はっきり言ってそんな人間どこにもいないよ
自分が見てきた限り支援側ももともとヤンチャしてたというか現在も半グレっぽい人
純粋だったけど闇落ちした人かどちらか
ちなみに自分は数年密接にサポートしてきた子に職場をクビになったから金ないと殴られて財布から金抜かれたり、金をせびられてやんわり拒否したら「助けて!!レイプされる!!!」って街中で叫ばれたり火のついたタバコを押し付けられたりするくらいじゃ全くくじけなかったよ
まあ今となってはどうでもいいけど
光合成とか、植物の種の繁栄手段とかそういうところをさらっと教科書読み直すだけでわかるのにね
■思考のクセを直したい
「程度は違えど同じじゃん」と思ってしまう癖がある。
例えば、動物愛護を唱えるなら、魚や虫どころか、微生物や細胞レベルで愛護するべきではないのか?などと思っている。
(書きながら改めてウィキペディアを見たら、「単細胞性の原生動物は一般的に動物に含めない」そうだ。動物ってついてるのに?)
中絶が殺人なら、受精卵の時点で、もっと言えば精子や卵子の時点で受精できなければ殺人なのか?とか。
「グラデーションなので法や制度で線引しなければならない」のはわかる。だから鳥獣保護法なりなんなりがあるし、中絶もいつまでと決まっている。
どう考えても極論なのはわかっているが、考えてしまうので仕方ない。
生きづらいので直したい。
40ページで絵本なので、芽久先生の本と比べたら物足りないかな?という印象を受けると思いますが、意外と読み応えがありますよ。
作者の舘野鴻さんは学者先生ではありませんが、科学する心を存分に発揮されています。
地学分野もということでしたが、これから出るラインナップでは、
8月号『石は元素の案内人』、9月号『星と人間』などがありますね。
月刊誌なのでバックナンバーは品切れのものが多いですが、図書館に行けば置いてあるところもあります。
「たくさんのふしぎ傑作集」として、上製本で出されているものもあります。
『ブラックホールって なんだろう?』
『空があるから』
『地球の中に、潜っていくと…』
『月へ行きたい』
生物なら、
『食べられて生きる草の話』
『まちぼうけの生態学』『おいかけっこの生態学』『すれちがいの生態学』
などがあります。
さ・え・ら書房から出ている『わたしの〇〇研究』も地味ながらおすすめです。
など、面白かったですよ。
子供向けではない書籍なら『海獣学者、クジラを解剖する。』はどうでしょう。
ちょっとお子さんには難しいですが、東海大学出版部から出ている「フィールドの生物学」シリーズもいいです。
ブコメでも紹介されているウルド先生の『孤独なバッタが群れるとき : サバクトビバッタの相変異と大発生』もありますし。
ばいきん → 黴菌 → カビと菌
カビと細菌、何が違う?
投稿日 2021-04-13 更新日 2021-07-12 カテゴリー
カビと細菌、何が違う?
汚染微生物を指す”バイキン”という言葉は、漢字では黴菌、つまり黴(かび)と細菌を意味します。
このようにカビと細菌は暮らしにおける困り者としてまとめて扱われることが多いですが、実は全く異なる生物です。何が違うのでしょうか。
まずカビと細菌では歴史が違います。細菌が地球上に現れたのは約40億年前、カビは約10億年前と言われており、生物としては細菌の方が大先輩です。
細菌のような原始的な生物から30億年かけて進化した先にカビがあると考えれば、細胞の基本構造から増殖方法に至るまで、両者の生物としての有り様がことごとく異なることも理解できるでしょう。
単細胞生物である細菌は、生きるための最小限の機能を一つ一つの細胞に持っているため、子孫を残すには単純な二分裂で事足ります。
対してカビは様々な形態や機能を持つ細胞からなる多細胞生物で、生殖には専用の細胞を作るなど、子孫を残す仕組みも複雑です。
カビと細菌の違い
カビ 細菌
光学顕微鏡像 カビと細菌、何が違う?-2 カビと細菌、何が違う?-3
大きさ 2~10マイクロメートル 0.5~5マイクロメートル
カビと細菌の生物としての違いは、これらによる被害対策を考える上で重要です。
例えば、細胞の構造の違いから細菌に効果のある薬剤がカビには効かなかったり、カビが死滅する温度で生き延びる細菌がいたりします。