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はてなキーワード: リスペクトとは

2024-02-16

数学定義は本当に厳密で一意なものと言えるのか気になりました

たとえばユークリッド幾何学での直線は「幅をもたず、両側に方向に無限にのびたまっすぐな線」だそうですが、これも「幅」とは?「(幅を)持つ」とは?両側とは?「方向」の定義は?「無限(限りが無く)」とは?そもそも「限り」って何?「のびる」とは?「まっすぐ」とは?「線」と結論づけるのは循環論法じゃないの?

と突っ込む人にとっては厳密ではなくなっていませんか?

ここで、これらの言葉意味は、国語辞典に載っている意味と同じものだよなどといおうものなら、それこそ数学の厳密性を否定したようなものになってしまっていると思います

たとえば「方向」を調べたら「向くこと」とでます。これを調べると「物がある方向を指す」というふうに出ます。これは循環論法に陥ってますし、「物の正面があるものに面する位置にある」という別の語釈もありますが、物とは?正面とは?面するとは?位置とは?となります。これを繰り返せば結局どこかで循環論法に行きつくでしょう。

そもそも数学の根幹部分を支える論理学重要概念である否定(そうでないこと)」にしても、厳密に定義することは可能なのかと思います

「~でない」というのは、そうであることがないということ、と言ってみたところで循環論法

そうであるのになぜ上記のような定義公理が厳密なもの認識されているかといえば、「さすがにここまで平易な単語の組み合わせで書けば、これらの単語については私が常識として理解してる意味と同じ常識を、相手も持ってるはずだから同じ理解をするよね?」みたいな態度に立っているんだと思います

結局相手も同じ常識を持っているという不確かな信念によりかかっている、甘えている点で、数学記述もまた完全に厳密で一意というわけではないのかなという気がしてくるのです。

そもそも「方向」なんていうような概念は、言語によって定義されたものを知っているというよりは、幼少期に言語習得していく過程で、それが話されるシチュエーション、つまり五感などあらゆる感覚総体とセットでそうした言葉が使われているという環境に身を置いているなかで理解しているにすぎません。理解内容が各個人で全く同じである保証はどこにもないと思います

どんなに高度な数学表現も究極的には自然言語還元されるはずで(どんな高級言語機械語に置き換えられて処理されるように)、自然言語の各単語に対する人々の理解原理的には五感に根差し感覚的なものなのだから数学記述が厳密で一意というのは、結局はほかの記述の仕方に比べた程度問題(つまりは誇張表現)なのかなと思うのです。

感覚によらない「証明」をすることに価値を見出す人が数学をありがたがることがありますが、数学もまた根源的には感覚ありきの理解に基づいていると思うわけです。

この考えは間違っているでしょうか?そうであればどうして間違いなのか、どこがどう理解を誤っているのか知りたいので教えてください。

ちなみにたとえば「否定」というのは、根本的には、やはり言語理解が完結しているものではなく、現実の状況としての存在非存在にそれぞれ直面して、それぞれに対して「○○がある」「○○がない(なくなってる)」と言われてる場面を経験したうえで、その状況から理解した内容のさらなるアナロジーとして理解してるに過ぎないと思います(理解のあり方が、言語的ではなく、観念直観的)。

数学が他よりも他者と厳密に同一な合意が常に成り立つ、その工夫として、抽象度を高くしているのがその工夫にあたるのではないかという人がいました。↓

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14293524459

しか抽象度を高くすることは、合意内容のずれを減らすという点で「有効でもあり逆効果でもある」のではないかと思いました。つまり諸刃の剣なわけです。

有効である理由リンク先に書かれているのでそこに説明を譲るとして、逆効果であると思う私の説明を書きます

まり抽象度が高い概念は、抽象度が低い概念や直接的な事物に比べて理解が難しい傾向があるのがまずあるわけです。

また定義者の提起する定義をそれを発信される側が期待通りに理解しているか確認するのも、抽象度が高い概念ほど困難な傾向はあると思います

これ自体ある意味抽象のものなのでたとえが悪いですが、たとえば「左を向いて」という発言に対して、「左」を向く反応をすることで、この人は左について正しく理解してそうだなという確認(いや原理的には推定というべき)することができます

抽象度が高くなるほど具象と結びつけたこのような正しく理解してるかの評価確認テストをすることが難しくなるでしょう。

といってもそもそもわれわれは相手自分の言ったことを期待することと厳密に一致した内容で理解してるか確認することは原理的に不可能です。

頭をパカっと割って理解内容を覗きみるということはできないですから

対象となる言葉に関連したその人の発言や反応をみて、理解の結果としての発言や反応として、その人がある部分で正しく(定義者の期待通りに)理解してるだろうということを推定するしかありません。

しかも全体ではなく一部だけの理解が正しくても、発言や反応には異常が見られないということもあるでしょう。

反応や発言いくら調べても、概念全体を期待通りに理解してるかのテストには無限通りのパターン必要と思われ、原理不可能と思います

哲学的ゾンビにも通じそうな話ですが、日常範囲内で「理解齟齬があるような反応が返ってこないなら」そんな「理解が完全同一でないかもしれない」という可能性上の話を心配する必要はないというのはその通りでしょう。

ただ場合によってはそれが表出したように見える一例が、あれの原因がこれだとは言いませんが、望月新一がABC予想を証明したという論文での紛糾みたいなことが起こる一因にはなりえると思います

あれだけ理論として抽象的な概念を積み重ねた先には、定義者とそれ以外のその定義を見た人とでの理解のずれは、反応や発言として顕在化してくるほどになっても不思議ではありません。(定義者の解釈が正しいという優劣の問題ではなく)

特定公理範囲内において論理的矛盾のないシステム

はいますが、そもそも矛盾」とは何か?「論理」とは?「範囲」とは?とは、といくらでも曖昧でしょう。

たとえ矛盾記号論理の表現記述して定義した気になったところで、じゃあその記号定義ないし意味は?とどこまで突っ込まれても感覚に頼らない定義可能なんですかね?と思います

dorawiiより

追記

数学に限らない話じゃんっていうのはまあその通り。

でも定義について「厳密で一意」であることを(得意げに?)標榜してるのは数学(+論理学)とそれベース客観的であろうとする学問ぐらいだから別にエントリ詐欺じゃないよね?

a=b、aはbだ。「は」って何?「だ」って何?「英語的にはどっちもisという語に集約されてるけど、じゃあisってなんだよ」ってところから概念の共有をしてない前提に立った時、その概念を非感覚的で厳密に共有することは可能なのか、それが「完全に」できたと確かめるのにはどうすりゃいいって話よ。

言葉という形式が従で、それに乗るべき内容が主であることは百も承知だが、形式言い換えれば入れ

物抜きに内容を厳密に伝えられるのか、入れ物の存在無関係な、内容の厳密な伝達というテレパシーじみたものを考えることはそれこそ論理的に正しいのかという話でもある。

言語的なテレパシー論理的に矛盾してるので存在しえないのではないかとは思っている。

さら追記


イデア論かな哲学書読めばってブコメついたけど、順序が逆なんだよね。

イデア論とか学校で習って本読んだりして教養として知ってるからこそ、改めてその考え方を自分なりの具体的な考察対象にあてはめて思索したくなるわけよね。

先達の哲学者たちがいなかったら俺はいまだにブルアカで抜くだけの毎日だわ。むしろ哲学者リスペクト100パーセントなんだよね。

語彙力ないので語弊ありそうなのは百も承知だが、哲学って考え方の基幹部分のオリジナリティーはそんな求められてないんだよ。

しろ先人から受け継いだ考え方をどう今の時代の具体的な問題適用して考察を広げるかが大事なので、ちょっと哲学かじったような素人目には過去論文の焼き増しに見えてその存在意義が理解できないような論文ごまんとあるんだよね。

哲学において焼き増しは無意味パクリじゃないのよ。

あいブコメつける人って「方向性とかみたいな意味ベクトルという言葉を使ってる人は横文字使いたがりの格好つけ」と言ってる人みたいな人を性悪説的にとらえるクレーマー気質が高い人間に感じる。

ちなみに俺はベクトルという言葉を使う人は「周りがベクトルという言葉を使ってるからリアルタイム性を要求される会話でとっさに出てくる言葉ベクトルから、それをそのまま使ってる」ってだけだと思う。

2024-02-14

熊代亨先生トークイベントおつかれさまでしたat梅田ラテラル

熊代亨先生、先日梅田ラテラルにて行われた『「推し」で心はみたされる?』のトークイベントおつかれでした。せっかくなので感想というか、お手紙を書いてみたいと思います

私はあの日の観客の一人です。子どもが3人いて最近ラグビー観戦にはまった者といえばわかっていただけるでしょうか。本来ならメールDMの方が良いのでしょうが、あえてこちらにしました。迷惑だったら申し訳ありません。また、こういった文章に不馴れなので読みにくい点もあるかもしれませんがお許しください。

普段、私はトークイベント等にはほとんど行った事はないのですが、思いきって参加してよかったです。インターネットや著書で知っていても、実際に目の前にすると「遠くから眺めていた人がこんなにも近くにいるぞ」と妙に感慨深いかったです。2時間程度ではありましたが、同じ時間、同じ場所にいられて嬉しく思います

トークイベントでは新刊テーマである推し」について先生や他の参加者の話を聞きながら考えていたのは「ヒトはどこまでいっても社会動物である事実から逃れられない」ということです。今回推しの話から時代ごとの世相の変化、承認欲求所属欲求比重の移り変わり、果ては社会福祉までと誰かが無理やり話題を変えた訳でなく自然と話が膨らんでいきました。推しという個人感情を語ってもどうしても社会接続されてしまうような、そんな気がしました。ヒトが解脱娑婆から抜け出す日はまだまだ遠そうです。

はいま35歳ですが、ラグビーというボールすら触ったことのないスポーツ観戦になぜはまったのかわからないとお話しました。その際先生自分の心の鍵穴にうまく刺さったのではないかとおっしゃりました。鍵と鍵穴のたとえはいいですね。確かに観戦するという行為自分の中にするりと入ってきた気がします。鍛え上げた選手達が荒々しくも規律を守って(ペナルティを出さないで)プレーしている姿に心躍らせますが、もしかしたら力のある者が正しく力を行使する様に憧れがあるのかもしれません。実際強いチームはペナルティが少なくスマートプレーしていますし、それがまた格好良いのです。

一方で家族に対してはどこか一歩引いたような気持ちがあります。少なくとも周りのお父さん達と比べるとどう家族思い入れが足りないのではと感じます。妻にもたまに文句を言われます先生はむしろ子ども推しにのめり込みすぎるより全然いいんじゃないかと言ってくれました。思い悩んでいたわけではありませんが、ちょっとほっとするような、励まされた気持ちになりました。

どうして家族をうまく推せないのだろう考えると、私の両親も同じく「推し」がへただったからだと思うのです。

両親はとある同じ地方出身で、父は貧乏農家の三男、母は貧乏大工の娘でした。地方出身先生ならお分かりでしょうが、50年以上前農家の三男ともなれば扱いはさんざんなものだったそうです。また幼くして母親(私からみた祖母)を失くしており、ずいぶん寂しい思いをしていたようです。母も自分の親がずいぶん厳しかったようで、成績が少しでも下がろうものならヒステリーと言えるくらいに叱られたと聞いています

そのせいなのか両親はお互いにうまくリスペクトし合えてなかったし、子ども立場から見てもナルシシズムを充たすには不十分でありました。社会に出てから子育てをしている人をみて、こんなにも子どもにかかわり合うんだととても驚いたのを覚えています

無論、大人になった今では両親にとっての精一杯だったのは理解できます。彼らなりに「推し」ていたのだと。

ただ、私は4人きょうだいですが他の3人も親に対してどこか一歩引いているように見えます。もしかしたら私は家族、あるいは血縁という概念にいい感情がないのかもしれません。

実際、妹は結婚していますが、子ども絶対に作らないと明言しています自分遺伝子は残してはならないと考えているようです。実は私もその意見には共感します。もしかしたら子持ちのくせにうっすらとした反出生主義者なのかもしれません。

それでも生まれた命がある以上ちゃんと育てて社会に送り出さなければなりません。幸い、知人や会社の同僚に子ども推しの参考になる人達とたくさん出会えました。なにより妻という心強いパートナーがいます。見よう見まねではありますが、たとえ擬態であっても良き親、良き「推し活」でありたいと思います

今回のようなトークイベントをまた大阪でされるのかはわかりませんが、いつの日かお目にかかるのを楽しみにしています。短い時間ではありましたが、言葉を交わし合えた者として、ささやかながらこれから先生を「推し」として応援しています

anond:20230829234142

俺の論点ブレブレの感想文につき合わせて悪いが、一部誤解している部分もいくつか見受けられたので補足

まず前提として、「生成AIによるイラストを許容しないのに二次創作を許容することはダブルスタンダードだ」という話なのだけれど、私が二次創作文字数使いすぎてしまい、誤解させてしまった。申し訳ない。

君は多分「二次創作で金儲けすること」が問題の核なんだよね?

繰り返しになって申し訳ない。AIイラスト批判者が二次創作を許容するのはダブスタだよね」ということ核においていたけど、これは二次創作周りに文字使いすぎた俺の完璧落ち度。

とはいえ、「二次創作への嫌儲」という文脈の読み解き方をばかりしすぎていて、俺の想定した読み取り方をしていない部分が多かったので、覚えて帰って欲しい。

あと、ガイドライン云々はyoster運営ソシャゲみたいに、二次創作ガイドライン上で許容してる作品を除きたかっただけね。

とはいえ、序論部分にその話は書いてあったはずなのに、それを無視して論を組み立ててしまえるような人が考える「俺の厳密な気持ち」なんてアホくさいと思うよ?

ごめん、意地悪言いすぎたね。次に行こう。

君、そんなこと言い出したらアメコミアーティストは全員作家じゃないのか?

ここは明確なツッコミポイントだね。実はアメコミとかは著作者DCコミックスみたいな法人格が持ち主で、ライター独立して描いてるわけじゃないから、日本みたいに作者が独立してるパターン比較にはならないよ。

アメコミライター作家かどうかはともかく、法的な著作者じゃないから今回の話の引き合いに出すのは間違いだね。


エッチ二次創作文脈関係性などのフリーライドで、作家性がなくリスペクトもないといった意見に)

それはもう凄く頭が古いというか、才能が無いよね。

作家としても読者としても。

同じキャラセックスさせるんでも出来なんてまるっきり変わる。

極端に言えば作者より良いセックスを描ける二次創作だってきっといる。

 

失礼な話だけど例えば、

俺はヒロアカって原作あんま好きじゃないけど二次創作結構好きなんだよな。

作者はざっくりしたキャラデザとかガワを作るのは上手いけど

会話の機微とかリアリティある青春描写とか全く才能ないからさ。

あのキャラ学生生活を見たいと思ったら二次創作の方がいいわけ

俺はヒロアカ二次創作者のうち俺の好みで技量も高い人のことを創作者だと認めざるを得ないんだわ。

  

こういうことを理解できないのだとすれば

相当作品理解・消費する能力が低いか理解したくない感情的動機があるかじゃないのかな。

ここが特に感情的で困った。「二次創作一次創作フリーライドだ」という意見に対して「私が創作者だと感じるから創作者だ。そう感じないのは貴方の落ち度だ」という意見はさすがに反論以前じゃない…?

別に貴方創作者と考えるか否かは私の意見になんら寄与しないよ…?

まあ、明らかに「俺個人に言い返すこと」を目的としておいて「感想文」という逃げ道をつくっておいたり、

後半の「二次創作一次創作フリーライド」という論点は全部俺に対する人格攻撃でやり過ごしてたり、

そもそも生成AIから始まった話なのにそこを一切考慮しないで反論するのに含むところはあるけど、概ね俺の書き方が下手くそだった故の被害者なので、あんまこの人のこと責めないであげてくださいね

anond:20240214162156

えーっとね…

露悪的に見下すと言う時、それは極力相手を許し、怒らず、自己の主張を押し付けず、ヨシヨシとあまーく接する、という意味なんですね

それは相手を対等の立場とみなしてないからできる所業、ということで見下すと表現されてるわけですね

また露善的に「相手尊重する」という時、それは相手を甘やかすということの婉曲的な表現になるわけですね

本当に個として尊重してるなら不満やクレームも伝えるべきだし、相手からリスペクト要求して然るべきです

でもここでは婚活アドバイザ婉曲表現意味での「尊重」ですから辞書的な語義とは異なるわけです

よって、一見正反対であるような「見下す」と「尊重する」がイコールで結ばれる、ということです

なぜテレビ原作物をやりたがるかというと

よく脚本家オリジナルを書く実力が無いからみたいな意見あるけど完全に的外れ

そもそもなんでテレビ局原作物をやりたがるのかっていうと、安いからなんだよね。

なんたって原作使用料さえ払えば広告費を出版社が持ってくれる。

安上がりで済むから軽んじられる。量産品だから型にはめて効率化される。

からリスペクトされるためには原作使用料広告費並みに高めればいい。

原作使用料が高ければテレビ局安易原作物をやりたがらないし、やるとしても失敗できないからしっかりと金と人と時間をかけて作られる。

もちろんそれだけのリソースかけて原作者に反故にされたら困るので、コミュニケーションコストだってしっかり払う。

でもそうなると今度は出版社が困るんじゃないかな。広告費が浮くのは出版社だって同じだから

今までそこそこ売れた本をさらに売るには、テレビ局原作使用権を売ればよかった。

そしたらテレビ勝手宣伝してくれた。

でも原作使用料が高くなればテレビ局安易原作使用権を買ってくれなくなる。

宣伝をするには出版社自ら広告費を出さなければならない。

そうなると長期的に見れば出版業界の縮小に向かうだろう。

じゃあどうすればいいんだろ? マジでわからん

2024-02-12

anond:20240212104048

そりゃ相槌(頷き)をすりゃそうなるでしょ

 

まずは返事・頷きをせずにあからさまにスルーして、『なんで反応してくれないの?』って反応出たら(出なければあからさまにスルーで押し通す)、下記のいずれかですわ

  • 『そういえばあの件ですけど』と強引に話題を変える
  • 『僕(私)、○○さんのことリスペクトしてるんですよ』と陰口叩いてるヤツの誉め殺しを始める
  • 『僕(私)にそういう話されても困ります。XXさんのことで困っているなら△△(上役)さんに相談した方がいいと思います』とピシャリと伝える

タヌキック増田リスペクト

大石勝太(おおいしかつた)という名前キャラクターを考えました。

料理を食べておいしかったと言います

2024-02-11

anond:20240211230213

飯野賢治は、ゲームクリエイターとして表舞台積極的に立ってきた人なんだわ。

今まで裏方としか見られてなかった人達立場を大きく変えた人物からこそ、業界からリスペクトされてる。

彼は社交的で、ゲーム業界以外の人達とも積極に関わりをもって人脈を築いたのも大きい。

anond:20240211230213

ゲームクリエイター作品だとアピールした先駆者から

ある程度規模が大きくなってきたゲームは一人で作るのが難しいからどうしても集団制作になる

集団になると関わり合う一人一人の個性は薄れて一人のクリエイター作品という印象は薄くなる

これは映画アニメでもそうだった

今時は宮崎作品庵野作品という意識大衆作品を見ているが、

平成の初期ごろまではアニメ監督の名前なんて誰も知らなかったし意識していなかった

ゲームでも事情は同じだが、

業界には自己顕示欲が強くてクリエイターとして自分名前を認めさせたいという奴らもいた

小島とか上田とかその類な

飯野賢治はそういう俺が俺がの自己アピール激しい連中の先駆者だったので、そういう奴らからリスペクトされる。それだけの話

飯野賢治って作るゲームははっきりつまんなかったと思うんだけど小島秀夫上田文人水口哲也ゲーム業界の現役レジェンドがこぞってリスペクトしているのは謎だよなぁ

タヌキック増田リスペクト

マラドーナという名前キャラクターを考えました。

ちんぽ(マラ)の様子を尋ねています

タヌキック増田リスペクト

魚喰院九郎Z (うおくいいんくろうぜっと) という名前キャラクターを考えました。

衣装しまっています

anond:20240211081238

創作者へのリスペクト(笑)が高まった昨今では表立っては口に出しにくいけど

今となってもそういう側面があることは否定し辛いよね……

締切に遅れたことのない漫画家

担当編集理不尽に困らせたことのない漫画家だけ残りなさい

って言ったらどれくらい残るんだろうな件の騒動

リスペクトはするし尊重権利もあるべきだが

それはそれとして社会不適合者ばっかだろ

2024-02-10

タヌキック増田リスペクト

ドン・ナモノカという名前キャラクターを考えました。

いろんなものに苦言を呈する首領です。

セクシー田中さん問題について考えたこ

色んな切り口があり議論錯綜するので自身の整理のために考えたことをまとめます

ネット民醜悪であり反省しない

今回の件では、本来外野であるはずのネット民攻撃しかけて炎上させることがなければ、原作者が追い詰められて自死を選ぶことはなかったでしょう。

にも関わらず「日テレが悪い」「小学館が悪い」「プロデューサーが悪い」と主張しているのは、自信の罪を自覚しながら、それを認めたくがないために、罪を押し付ける先を探しているようにさえ見えます。彼らは自信の振る舞いを反省する気はないのか。

誰がなんと言おうが、一番悪いのはお前らだよ。

原作ファンは何様なのか問題

漫画改悪されて実写化されると「原作レイプだ!」と騒ぐ方々が現れます

実写化により、原作に改変が加えられるのであれば「原作レイプ」という主張も分かります

でも、原作は、原作のままなんじゃないですか。原作実写化された作品は別物なのでは。

自分の愛しているものが陵辱されたら許せない」という気持ち理解できます

更に、原作をそこまでのレベルにしたのは、原作者および出版社努力なのでは。あなたたちは、その創作活動に対して何をしたんでしょうか。

その方たちが「自分たちの異議には正当な根拠がある」というのは無理があるでしょう。

実写化にたいする違和感を表明する権利侵害されないので、「原作レイプだ!」と述べるのは全く問題がありませんが、その主張に正当性はないです。

感情の昂ぶりは一時的もの

ネット民攻撃を仕掛けるのも、原作ファンが「原作レイプだ!」と叫ぶのも、感情に起因するものなので、止めようはありません。

そこに対して、理屈でさとすのも愚かなことでしょう。

ただ感情の昂ぶりは長続きしません。

海猿》《金色のジャッシュ》の問題について、長期にわたって主張をし続けた方がどれだけいるんでしょうか。

事態改善したいなら、一時の感情で叫ぶのではなく、問題の真因はどこにあり、どのような再発防止を打つことができるのか考えるべきでしょう。

第三者委員会を設置してどうするのか

何がおきたかを明らかにするために第三者委員会を設置して経緯を明らかにして欲しいという声があります

それして、どうするんでしょう。

経緯を明らかにしたいというよりは「どうせテレビの奴らは漫画を下にみて酷いことしたんだろう。それを認めて土下座しろよ」という主張が多いように見えます

醜悪テレビの奴らを土下座させて溜飲を下げたい以上の意味があるんでしょうか。

再発防止をどうするのか

実は簡単な再発防止策があります。「お好きなように改変して下さい」と言わない原作者作品実写化しないことです。

原作者の望まない実写化は公開しない」でもいいんですが、これだと、実写化作品が完成した後で原作者が「私はこの脚色は不満です」と述べると公開できなくなります。このリスクは流石に実写化サイドは呑めないでしょう。

どちらも極端だろうということであれば、

  1. ドラマ化するなら「必ず漫画に忠実に」
  2. 漫画に忠実でない場合はしっかりと加筆修正させていただく
  3. ドラマオリジナルの部分も「原作者があらすじからセリフまで」用意する
  4. 場合によっては、原作者脚本執筆する可能性もある

ということを事前に約束して進めるのも良いと思います

1.を約束しても醜悪テレビの奴らは「これが我々の考えた漫画に忠実な脚本です」と全く忠実でない脚本を出してくることは考えられるので、2., 3., 4.などは有効な策といえるでしょう。

誰か困る人がいるのか

「お好きなように改変して下さい」と言わない原作者作品実写化しないというのが、実は、現実的であり有効な策だと考えています

これで困る人がいるのかですが、原作者も、原作ファンも、困らないでしょう。

テレビ局は困るんじゃないか?」は、困ると思います。ただテレビ局は、漫画原作に頼らず、オリジナルで魅力的な作品が書ける脚本家を育てるという道があります

そしてそれが、本来テレビ局が進むべき道でしょう。

困るのは、出版社です。メディアミックス戦略が使えなくなります

しかしここは、原作者を守るために、「お好きなように改変して下さい」と言わない漫画家の作品実写化提供してはダメです。

それにより、メディアミックス戦略が使えなくなり、出版社収益は減るでしょう。いくつかの漫画雑誌も廃刊に追い込まれ、世の中に出ていたはずの作品が日の目を見ることがなくなるかも知れません。

でもそれが、漫画ファンが望んだことなんです。甘んじて引き受けましょうよ。

脚色は、そんなに簡単じゃない

漫画実写化するのは、そう簡単ではないです。

仮に原作者が脚色を担当したとしても「素人の私が見よう見まねで書かせて頂いたので、私の力不足が露呈する形となり反省しきりです」という状況に陥ることは充分にあり得ます

原作レイプはリスペクトがないから起きるのか

漫画に対するリスペクトがないから、こんな酷いことが起きるんだ」という主張がありますが、そうなんでしょうか。

実写化しようと思った時点で、原作に魅力があると感じているはずなのに、それでも原作蔑ろにしてるんでしょうか。

尺が合わない等で原作エピソードを取捨選択したり、逆に原作エピソードを足さなきゃいけないこともあるでしょう。

このときに、原作エッセンスを汲んで適切な取捨選択ができたり、原作エッセンスを活かしてエピソードを足せる脚本家もいるでしょう。

野木亜紀子さんは、それがうまくできる一人です。「全ての漫画原作実写化は、脚本野木亜紀子担当する」とすれば、今回のような事象は発生しないでしょう。

ただそれは非現実的です。野木亜紀子ほど技量が高くない脚本家も、実写化のための脚本を書きます

そのとき、うまく捌けずに、余計な恋愛要素を入れてしま脚本家もいるでしょう。

それは、リスペクトがないのではなく、技量の低さに起因しています。憎むべきは「リスペクトがない」といった心理的な要因ではなく、「脚本家の技量が低い」という問題なんじゃないでしょうか。

最後

色々と書いてきて結局なんなのという話ですが、最初に戻って、ネット民が悪いよ。反省しようって。

2024-02-09

何話無料とかの漫画アプリCM

それこそ命削って描いてる作品に対して何話無料とか声高々にCMしてるのはあまりにも作家に対してリスペクトがないよね

タイアップ」のために漫画家作品作ってるわけないよ

https://anond.hatelabo.jp/20240205173407

この記事掲載されているWebサイト運営元は「小学館メディアプロモーション」という会社らしい。事業内容は「小学館グループを始めとして、出版社運営するメディア広告営業BtoB ビジネスコンサルティングデジタルマーケティングを行いますメディアコンテンツクライアント課題に対しどのような役割を果たせるかを第一に考えています。」とある小学館は「マンガキャラクタービジネス活⽤」でずいぶん儲けているのだろうけど、なんか漫画家作品へのリスペクトが全く感じられず、Webサイトを眺めていたら気分悪くなってきた。

この編集長インタビューヤバいのは「大人女性の心をつかむ豊富で多彩な漫画が、タイアップにも活躍します。」「多彩な作品群はタイアップメディアミックス化にもマッチ」「作品バリエーションが多いと、さまざまな企業マッチングしやすく、また会社イメージ要望に合う漫画が選びやすいことからタイアップ可能性も大きいといえます。」「これからドラマ映画サイドに興味を持って頂ける作品をつくっていくことも一つの大きな目標です」など、漫画作品を「メディアコンテンツクライアント課題に対しどのような役割を果たせるか」のパーツとしか考えていないところ。

第一コミック局 編集者一同」名義の声明文でも「そもそもセクシー田中さん』のドラマ化を発案したのはどこの誰か?」に関する説明はなく、ひたすら「出版社契約している漫画家さんたちに著作権があることは当然のことなんですよ」と言っているだけで、何の釈明にもなっていない。「『セクシー田中さん』を金儲けビジネスに利用した結果こんなことになって申し訳ありません」ぐらい書いてくれるのかと思ったのに、期待はずれだった。

2024-02-08

anond:20240208172253

脚本家業界原作軽視に燃え広がってるからうそいつ個人問題でもないな

根本原作者へのリスペクトがない閉じたコミュニティ存在しているのが問題だし

パクリじゃないけどゲームとしてオリジナリティがあるわけでもない

anond:20240207085106 の続き

 

意外なほど反応ついてたけど読まず返事せず続ける。というか言いたいことの1割も書いてないので返事してたら続けられない。

読み返しててアズレンとブルアカが混ざっててどっちの話だかわからなくなってるが、すまん。

 

神バハだって当時すごい盛り上がって楽しかっただろというのは自分もそうですはい

三目並べだって楽しめれば別にゲームとして欠陥あっても関係ないというのもその通り。

 

この場合ゲームデザインとして実際のゲーム内容とゲームルックが嚙み合ってないのが、よろしくないと感じる理由になる。

まり、なんか雰囲気ドルフロに似てるなあという類似が、ゲーム性質からくるのではないと考えるからだ。

ゲームジャンルが同じだと見た目が同じになるのはむしろ当たり前。ファイアーエムブレムラングリッサーが見た目が似てると言って怒るのは…譬えが悪かった。

艦これアズールレーンでいうと、艦これジャンルけが難しいオリジナルジャンルだがああいゲームで、アーケード艦これは3Dのアクションゲームアズールレーンは2Dシューティングアズレンアーケード艦これルックにあえて似せる必要特にない。が、実際、なんかそれっぽくなってしまってる。

パクリではない。キャラクター独自の2Dに落とし込んであるし、ゲームシステムも違う。別物である

ただ、軍艦モチーフのヒット作の後追いで出た軍艦モチーフゲームゲーム画面の全体のルックが、ゲームシステム上の要請によるものでなく、なんとなく似てる。

おそらくは、参考にしました、ということだろう。

アズレン場合、一番近いのは二次創作同人ゲーだと思う。キャプテン翼やおい同人誌を商業向けに絶愛にしました、みたいな…譬えが悪いか

気にする奴は気にするが、気にしないやつは気にしない、ただネタ元へのリスペクトは本当にあるんか? と思いたくなるような微妙な感じだ。

この場合、似てるから悪いのではなく、似てないことが気持ち悪さの原因になっている。別にネタ元のニュアンスをあえて残す必要がないのに残ってしまってるのが、単なる素材として雑に扱ってるんだろうなと感じるのである自分は。

 

ブルアカでも、同様の、パクリではないけど…を感じ取ってしまう。

基本的ゲームシステムは生煮えである。2Dキャラがちょこまかと動きまわり、いろんなアクションを取るところが一番のセールスポイントであるのは間違いないが、それを使ってゲームシステムとしてうまくできてるかというと、見た目がちょっと豪華になっただけというのが正直なとこだろう。

プレイヤー操作可能範囲ゲーム画面のルックがうまく繋がってない。範囲攻撃範囲指定ぐらいだろうか。回避指示はごく少数の特定キャラしか使えないし。AIオートにすると本当に頭が悪すぎるのでスキル使用プレイヤー操作するしかないのだが、正直、ここまでオートが使い物にならない理由がわからないぐらい使えなさすぎる。なんとかゲームっぽさを演出しようとして、プレイヤーのやることを無理やり残すためにオートをあえて役立たずにしたのではないかと疑っている。

美少女が実銃で銃撃する動作を頑張って作ろうという熱意は凄くある。あるが、ゲームにはならなかった。

銃と美少女という組み合わせだけが先行してて、後が続かなかった。

 

さて2D銃撃部分ではグラフィックが先行してゲームデザインが追い付かなかったという話なのだが、そうなると気になるのが「もう一方のゲーム画面」であるフロアマップ

メインと銘打ったステージで見れるのだが、これは完全に、まったく、寸分の違いもなくドルフロそのまま。ユニットの動かしかたまで同じだし、マップ上のオブジェクトも似てる。

で、これがまた、ゲームとしては意味が全くない。

 

ドルフロでは、マップゲーム中心部分として機能していた。最初に見ると艦これ海域マップみたいに見えるが上手くアレンジしてあって、要は戦術シミュレーションマップの簡略化した形だ。ゲームデザインとしての中心部分なので先に進むほどマップが大きくなり難易度が上がり、そのうちスマホだとマップを見ることすら不可能みたいなことになり(ゲーム公式PCエミュでのプレイを推奨してたぐらい)、ライトユーザーが引くぐらいなことになるのだが、そのぐらいゲームとしての意味ちゃんとあった。

ブルアカでのマップは、ドルフロの凶悪マップ反面教師としたのだろう、基本的戦術シムみたいなことは一切ない。というかやらせてくれない。代わりにボタン押しギミックがやたら増えた。

結果、マップはあっても、実際のユニットの移動ルートは実質1つだけ、というのが現在のブルアカマップである。この部分はトライアンドエラー運営の用意した正解を引くパズルみたいなもので、プレイヤーのやれることはほぼない。こうなってくると、マップ攻略はほぼ作業しかなく、こんなことやらせ戦闘だけ抜き出して置いておけばいいだろ、という気分になってくる。

書いてみて思ったが、自分ドルフロとブルアカを対比してしまうのは、かなりの部分ここだと思った。ドルフロは艦これフォロワーとして作られたがゲーム部分は独自性が強く、艦これから受け継いだように見える部分でも自作品に合わせるように作り変えてあり、ゲームルックゲームデザインの間に乖離がない。ブルアカドルフロから全く変えずに完コピしたが、(おそらくソシャゲとして楽に遊べるようにするためにという思惑もあって)その完コピした部分はゲームとしての機能を失い煩雑なだけの盲腸となってしまってる(かといってマップをなくすのも微妙かもしれない。先述したように2Dキャラ銃撃部分はプレイヤーがやることがあるように見えて少ない、基本的キャラを愛でるためのパートだ。形骸化してるとはいえマップをなくしてしまうと、ただでも少ないゲームっぽさがさらに失われてしまうことになる)

ドルフロと同じなことについて「真似した」以外の理由が思い浮かばなくなってしまっている。このへんの真似っぽさは「銃と美少女」というセールス部分からは外れたとこなので雑にやっつけちゃったんだろうが、ここがあるからこそ、「銃と美少女の組み合わせなんて過去いくらでも前例がある、別にドルフロは関係ない」と言いづらくなっている。ゲームシステムとしての合理性がありプレイヤーゲーム体験としてうまく昇華させていれば、同じジャンルから似てるだけと言えてたはずだ。

自分がブルアカゲームデザインが雑なのが、単に雑であるよりあかんとこだと思う理由は、上記となる。

 

まだまだ続きます

見た通り基本お気持ち表明なのでそのように。

 

続き https://anond.hatelabo.jp/20240213200258

anond:20240208100825

原作作画はお互いにやり取りしてるだろうし、リスペクトもあるだろうから話はまた別なのでは。

ちなみに、大場つぐみ小畑健デスノートでも、小畑健さんが原作ネームをそのまま漫画にするのではなく、自分流のアレンジすることはあったみたい。

2024-02-05

リスペクトがある改変だからだよ!

おい違うぞ、ガンバの冒険ナディアるろ剣ジブリ鋼の錬金術師もパルワールドも。

リスペクトのある改変だったからこそヒットして、原作者達を満足させられてるのよ。

彼らは売り上げに口を塞がれたんじゃない。

原作者はもし不満があれば作品自体を打ち切れるけど、原作改変されて、なおそうしなかったのは。

単に売れたからじゃあないのよ。

改変行為リスペクトがあったからだ。

作品尊重たからこそできる大胆な改変が、世間視聴者を納得させ、観客たちの声が巡り巡って原作者を納得させる要因になったんだよ。

売り上げって、リスペクト証拠

リスペクトのある改変をしろ。以上。

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