「突っ込み」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 突っ込みとは

2018-11-06

とある定食チェーンで起きたこ

某チェーンのヘビーユーザーなんだが、そこで起きたことを書く。ちなみに長い。

その店はポイントカードシステムがあってスタンプが15個貯まると定食と引き換えることができる。ついでに最近サービス券を配っていてサラダ無料でもらえる。

俺はポイントカードサービス券を同時に使おうと思って、どうやって注文すればいいか定員に訊いた。某チェーンは最近タブレットを導入していて、そのタブレットでそのまま定食サラダを注文すると後々面倒になりそうだったので、それを避けたかった。

ワイ「このポイントカードでこの商品(税込1,030円)とこのサービス券でサラダを注文したいんだけど、タブレットで注文すればいい?」

外国人定員A「(サラダサービス券を受け取りながら)??」

外国人定員A「ポイントカードだとその商品は選べないです。他の商品(同じく税込1,030円)なら注文できます。」

ワイ「(いやいや、なんでだよ、と脳内突っ込みながら)ポイントカード使えないやつはこうやってメニューに書かれているでしょ。これは書かれてないじゃん。だから使えるでしょ。」

外国人定員A「??…確認してきます

ポイントカード確認すると『税抜き1,000円以上は引き換えできません』と書かれている。

日本人定員「??…どうかしましたでしょうか?」

ワイ「このポイントカードでこの商品(税込1,030円)注文できるよね?」

日本人定員「はい、そちら注文できますタブレットで注文お願いします。ポイントカード税込み1,080円“以下”なら注文できます!(ドヤ顔

いやいや、ちがくね?『税抜き1,000円“以上”は引き換えできない』んだから、引き換えできるのは『税込み1,080円“未満”』だろ?と思ったけど、細かいことなので突っ込まないでおいた。

無事、定食サラダを食べることができたんだけど、面倒なのはここからだった。

伝票とポイントカードを渡してさっさと店を出ようとしたときお客様と呼び止められた。

日本人定員「こちポイントカードサービス券の併用はできないんです。」

ワイ「へ?注文するときは何も言われなかったけど?」

日本人定員「定食普通にタブレットで注文されているので、こちらでは確認できないんです。」

ワイ「そんなことないでしょ。注文するときにこの2つで注文できるか定員に確認しているから。」

そうこうしているうちにぞろぞろ定員が集まってきた。

外国人定員B「ボク、注文できるなんて言ってないです」

ワイ「(いやいやいや、お前誰だよwwww)」

外国人定員A「税込1,030円定食も引き換えできますよね?」

ワイ「(いや、今その話してねーからwwww)」

釈然としなかったが、同時に使えないのに使っちゃった俺が悪かったのは事実だし、時間ももったいないので、サラダの料金を払って、店を出た。

***

以下思ったこと。

1)なんで『税抜き1,000円以上は引き換えできない』なんてややこしい条件にしたんだ?てか、メニュータブレット税込み表示なんですけど?引き換えられる条件を税込み1,000円以下にして、引き換えられるか。メニューは全部1,000円になるように作ればよくね?条件を税抜き表記にしないと死ぬ病気なの?

2)教育できないなら外国人雇うなや。日本企業なんだから日本人雇えよ。

***

追記

定員ワロタ日本語まともに使えないのは俺だったってオチか。

anond:20181106212910

ニコニコ超パーティーで歌を披露したミライアカリはそのへん完全に隠していて、コメントでは普段の姿を知ってる連中が「誰だお前」突っ込みまくってたぞ。

しろ同じKEIデザイン初音ミク化していた。

2018-11-03

anond:20181103160106

児童への強制わいせつ及び強姦は、H24以降緩やかに伸びていると見えるが、傾向が有意にあると断定は出来ないこと

グラフの傾向は長期(つまりデータ数が多い)なモノの方が客観性および信頼性が高いこと

H25とH26の単年度比較はあまり意味ないこと

児童虐待防止法の制定とその改正がH16であることから、その後の相談検挙が増えている可能性が高いこと

突っ込みどころはこれくらいか

増田の本筋からズレた不義コメ > 相手の虚偽コメ

増田の勝ちだけど、たいして価値ないとも思う

あと「児童虐待の加害者の大半は母親」は好意的解釈して殺人に絞ると確かに母親等が8割超え

2018-11-02

小学校モットーとか教育方針胡散臭い

仕事関係でよく小学校に出入りするんだけど、貼ってある目標とかがあまりにもきれい事すぎて胡散臭い理想論であることは重々承知のうえでうたい文句としてそう書いてあるならまぁしようがないけど、本気で教育の力でそういうことを実現できると思っているのならその教員の頭の中はお花畑ではないかと思う。

典型的なのが「みんな仲良く」。子どもが幼ければ幼いほど、友達には自分と同質であることを求めるので、結果としては異質な人間排除していじめる方向に行ってしまうと思うんだが。

教えるべきなのは「人にはそれぞれ個性があり、どうやっても自分と気が合わない人というのが存在する」ということと、「どうしても気が合わない相手と無理に仲良くしようとしても無駄なので、ほどほどに距離をおいた付き合いをする方が上手くいく」ということではないだろうか。

大人だって価値観が違う人間が無理に仲良くしようとするとトラブルを起こすというのに、子どもにそれを求めるのが無理というもんだろう。まず、世の中には自分と違う価値観環境で育てられた人がいて、自分価値観が一致する人の方が少ないということを認識するのが重要だろう。

それに「友達100人できるかな🎵」という歌(タイトルは忘れた)が代表するように、小学校で「友達が沢山いる子が偉い」「友達ができないのはダメな子」みたいな価値観を植え付けることによって、個性が強くて(あるいはコミュ力が低くて)仲間がいない子の自己評価を下げることになる。

そういう自己評価は下手をすると大人になっても続く。「コミュ力が高くて友達が多く、プライベートが充実している人が偉い」的価値観は、小学校時代に植え付けられた価値観によるところが大きいと思う。

人間そもそも人の長所より短所に目が行きやすく、グループになってつるむとき共通の敵を作って悪口を言うのが結束を強めるのに効果的だったりする。そういう人間性質無視して「みんな仲良く」を強いるのは無理なのだ

個性的で皆と違うものを持っている人の存在価値を認める」「みんなと一緒にいるより一人で過ごす方が楽な人もいる」「人と仲良くしたくてもコミュニケーションスキルが低くてみんなと同じようにできない人がいる」という現実を教えるのが学校役割ではないのか。

他にもいろいろ突っ込みたいところはあるが、一番小学校時代教育大人になっても生き続けるのがこの価値観だと思うので書いてみた。

anond:20181102123348

フルバが「今」ってのも、フルバを読んでいる男性オタク大勢いたという前提も、突っ込みどころ満載なんだが…

2018-11-01

anond:20181101101853

近所の主婦連中にもその小言を言ってやって欲しい

近所の人間プラバシーに首突っ込みたがるゲスものすくつだわ

2018-10-31

anond:20181031092043

それだけ聴くと「なんでお前はそれ知ってんだよ」の突っ込みを入れる前に「…はい解散解散」って思うんやが、それでも本気にしてる人がおるんかね。謎だ。

2018-10-30

anond:20181030133154

ポリコレじゃなくて、大人が見るに耐えうるだけの物語整合性が求められるようになってるだけだろ

世界征服を企む怪人が幼稚園バスジャックするのに突っ込み入れないのは幼児だけ

2018-10-29

カロリー確認してるのに痩せない!」っていう人に知ってほしいこと

ダイエット情報って巷に溢れているけど、食品に表示されているカロリーの誤差についてほとんど触れることがないのは本当に不思議

実際、計って計算してみると表示されているカロリーとは平気で50とか違ってることが多い。塵も積もればなんとやら。

この辺は実に適当というか、時々「何のためのカロリー表示だよ!」って突っ込みたくなる。

アメリカとかだと「表示されているカロリーが違うせいで肥満になった」と訴えられるんじゃないか?なんて風にも思えてくる。

なので「カロリー確認して食べているけれど、なんか痩せないなあ」と思ったら、表示されているカロリーと実際のカロリーは違うのでは?と疑ったほうがいい。

2018-10-26

anond:20181026173101

言われてみればたしかにそうだよね。

きっとかわいい女の子突っ込みたいと思うんだな。

2018-10-25

清潔感というか、毎日風呂入れについて

いままでの人生自分の周りで臭ってた人の状態を観察してみると、

風呂なしアパートで勤務時間との兼ね合いもあって入れない

ワキ臭持ち

知的障害持ってて自分臭いに気づかない。風呂の入り方とか、定期的に洗濯しようとか言っても効果ない。

自閉症スペクトラムぽくて、外界との接し方が変わっている、他人を気にしない

特に後者2人に近しい人は人との交流をあまり必要としないオタク系の趣味と相性いいだろうし、それで臭う人増えちゃう。汗もかくし。

正直、ネットでごちゃごちゃ言っても無意味だよな~と思う。

こういうのが行き過ぎると、わたしや俺を不快にするな、俺やわたし欲望を満足させる振る舞いをしろってなってしんどいなあ。

わたしも正直臭いの嫌なんだけど、そういう人たちが職場で責められてるの見るのもついから、

制汗剤とか、匂いの出るやつをあげて、ロッカーにおいてもらったりとかしたんだけど、本当効果ないんだよね~

改善する気のある、もしくは改善できる人は皆してるんじゃないのかな。

わたし自身他人にちんぽ突っ込みたい欲が消えてから風呂入る気力が明らかになくなっちゃったんだよね。

それでも2日に1回は入るようにはしてるけど。 でも時々顔にひどく垢溜まっててびっくりするよ。臭かったらごめんね、ヒヒヒヒヒひh

ドンクサイ人

コインランドリー乾燥が終わるのを待っていたんですよ。

あと15分で終わる頃、男性がすでに終わっているドラムから洗濯物を取り出して畳み始めて。ここまではよくある風景

その男性、コインランドリーの机いっぱいに自分の畳んだ洗濯物を分類して置き始めて、そこまで広げるのかと思ったけど、家の中ならまぁあるかなと。まだわかる。

だけど、それがいつまで経っても終わらない。すでにこちらの乾燥も終わっている。大した量じゃないから終わるまで待っていようと思っていたらすでに30分近く経ってる。

その男性がどうしてそこまで時間がかかっているのは全然からないんですよね。別段丁寧に畳んでいるわけでもないのは置かれたものから明らかだったし。

まりにも時間がかかるので、机にほんの少し空いたスペースで自分洗濯物を畳むことにしたんです。夜遅かったし、早く終わらせて帰りたいし。

こっちが畳み始めてもそれをどける様子もなく、むしろ更に広げてこっちの洗濯バッグを落としてくれたりして。

畳み始めて40分くらい。こっちもあとは洗濯バッグに入れようかなってときに、その丁寧に分類してた洗濯物を無造作ポリ袋に入れ始めたんですよ。

こっちはもう「ええええ!」という感じで。

決してきれいとは言わないけど、そこまで丁寧にやったものをそんなに無造作無造作に放り込んでしまうのかよと、思わず突っ込みそうになりましたね。

仕事でもなんでもいろんな作業が遅い人いるけれど、ここまで遅くって最後さらにひっくり返す人は初めて。

2018-10-24

猫主張

猫がマガジンラックの中に前半身を突っ込み、こっちをじっと見ている

何かを訴えているようだが、今までにない行動なので

何が言いたいのかさっぱり分からない

anond:20181024171327

記事読んでないけどアスペかよ!と突っ込みたくなる経過だな

キズナアイジェンダーロールに関して (個人的感想

まるわかりノーベル賞2018 においてキズナアイインタビュアーを務めたことがジェンダーロールの再生産にあたるのではないか一部の人たちから批判を受けました。私もメディアにおけるジェンダーステレオタイプは気になる方なのですが上記の指摘には首をかしげます本来この手の指摘例えば

期間A-Bの間に放送された全番組におけるインタビュアーの男女比は〇〇であった

□分野の研究者の男女比は X:Y に対し、専門家としてテレビに呼ばれる人の男女比は A:B であった

といった形で議論されるべきなのではないでしょうか。N=1 で議論するものではないでしょう。

それにNHKの子供向け番組は私の見る限りにおいてはジェンダーロールによく配慮して作られていると感じています。まるわかりノーベル賞2017年には鈴木福くんインタビュアーを務められています。私には特に性役割が偏っているようには感じられません。(ちなみに2016年から始まっているようでなのですが2016年度のインタビュアーは調べられませんでした。)

また、キズナアイさんの受け答えに関しても一部の方から批判を受けていましたが私には彼女はよくやっているように見えました。そもそもノーベル物理学賞は毎回インタビュアーからひどい扱いを受けることが多いです。小林益川の時は特にひどかった覚えがあります

  • 受賞者に説明をさせた後で「まあ、ちょっとわかりませんよねー(苦笑)」
  • 「それで、なんの役に立つのですか?」

でもキズナアイさんは違いました。最後まで楽しそうに聞いてくれていました。おそらく量子テレポーテーションのあたりからついてこれていないのですがそれでもなんとか理解しようとして聞いています。もし仮にキズナアイさんが

「えーそんな難しいこといわれても〜〜  アイわかんないよぉ〜〜☆」

みたいな反応をしていたら私もがっかりしたし怒ったかもしれません。でもキズナアイさんは逃げず、最後まで嫌な顔もせず付き合ってくれました。キズナアイさんどうもありがとう

キズナアイ動画を見た感想

NHK特設サイトを見ただけでキズナアイさんを語るのはキズナアイさんにもVtuberファンの人たちにも失礼かな、と思ったので少しみてみました。見たのは人気動画4本です。本来全部見るべきでしょうが時間がなかったのですみません

動画感想

特に笑ったのが「体力測定やってみる!」です。体力測定というよりはモーションキャプチャー限界モデルと中身の身体バランスが異なる時どう見えるか?みたいな実験になってしまっていますね。中の人は垂直跳びをしているようなのですがキズナアイは飛べずに妙な動きをしています唐突に「…これ飛んでいますか?」「…わたし飛べないんですか?」「…なんで(垂直跳びを)いれたの…。」と虚空のスタッフと会話を始めてなんとも笑えるし、親近感が湧きます中の人がなんとなく見えているのがVtuberの魅力の一つなんでしょうね。

感心したのが「あんな声やこんな声で話題の声ゲーに挑戦」です。これは音声入力で遊ぶゲームプレイ動画です。「動物の声」などのお題に合わせて遊んでいきます動画中程で「セクシー」というお題が出てきました。普通ならここで「男性ファンへのサービスタイムかな」と思うところです。でもキズナアイさんは「なまたまご〜〜♪」「たまごかけごはん〜〜♪」とセクシー台無しワードで迎え撃ちます。私はこれをみて「なるほど、女性ファンが多いわけだな」と感心しました。おそらくキズナアイさんは抜群のバランス感覚の持ち主なんですね。動画を見ている様々な人たちを配慮していて、笑いとセンスで誰にも嫌な思いをさせないようにしている。ギャグ基本的に一人ボケ一人突っ込みで誰も傷つけない。この辺りが信頼を集めているのかな、と思いました。

キズナアイ感想

動画を見た後はずいぶんイメージが変わりました。キズナアイさんは「熱狂的なファンが多い」というよりは「愛されている」「信頼されている」という表現が似合うように感じました。私が連想したのはTwitterシャープさんです。ちょっと抜けてて、なんだか中の人が見えていて親近感がわく。いつも全力で楽しんでいるように見えて実はいろんなひとに配慮している。抜群のバランス感覚で踏み越えてはいけない線を絶対に超えない。だから信頼できる。私の抱いた印象はこんなかんじです。

もうひとつキズナアイさんはいわゆる「男性に媚びたキャラクター」ではないですね。なんといいますリナ・インバース現代風にマイルドにした感じでしょうか。

anond:20181024084807

横だけど、お前は何してんだよっていう突っ込みまちか?

2018-10-22

anond:20181022094138

どっちでも同じだよ

モダンタイポグラフィ大家作品をモロにパクってるんだから美的センスあるに決まってるだろ

モナリザの微笑」の超精巧贋作を「これは素晴らしい!」と褒めてるのと同じ

「いやそれ贋作から」という突っ込みに「君たちはこの作品の素晴らしさを分からないのか!」と見当外れな反応してるのにすら気付いてないのがこの国のアート界隈のマヌケさなんだよ

傑作をパクった作品なんだから作並みの完成度があるのは当然の話なんだよ

2018-10-18

anond:20181018185830

いやオタク案件というか、今回はフェミ側の突っ込みどころがいくらなんでも多すぎただけだと思うよ

まり勝ち負けの話にしたくないけど、いつもと比べて外野の支持を集められなかった感はある

「これって変じゃない?」にツッコミを!“女らしさ・男らしさ”の呪縛から子ども解放するために親ができること

https://woman-type.jp/wt/feature/13170

以前、息子が見つけてきて「これ、変だよね」と言った消防少年団ポスターには、男の子ホースを持って前面に立ち、女の子が後ろで救急箱を持って控えていました。男性はメインの業務や力仕事を担い、女性は補助的な仕事ケアワークを担うという思い込みは、いまだに根強く残っています

ものには適材適所っつーものがある。

消防という人の命がかかった場面で「単に外形的な数的平等のために」大きな水圧で暴れる重いホース女性にも持たせてさしあげる配慮をすべきかというと、私には疑問に思える。そういうときってホースは男が持ったほうがいいんじゃあるまいか体重や筋力が平均的に男女同等ならいくらでもホースを持ってもらえばよいが、そうではないだろう。

というか、消火作業ホース)も被災者の救護(救急箱)も、業務重要度はイーブンだろうと思う。ホースがメインで救急箱がサブというのは序列恣意的で、息子さんをよく調教されているようだけれど、男女平等にこだわりすぎて職業平等を教えることをどこかに置き忘れてしまっているのではないか

大学学園祭を訪れたとき男子学生がおそろいのピンクTシャツを着ている様子を見て、しみじみと時代は変わっているなと感じました。娘が一時期、ピンクなどのパステルカラーばかりを欲しがるので、親として複雑な気持ちになったものですが、今の大学生は「ピンク女の子の色」という意識さえ持っていない。偏見固定観念に縛られることなく、男性ピンクを着ることが当たり前と感じる世代が生まれているのです。

とにかくピンク女性の結びつきを断ち切りたくてしょうがないようす。

男子学生が揃いのピンクTシャツを着ていたからといって「男性ピンクを着ることが当たり前と感じる世代が生まれている」と判断するのはそそっかしすぎるだろう。学祭ということはサークルユニフォームだろうから、その色を個人個人が好きで着ているとは限らず、女子もいるサークル女子が決めたものをいやいや着させられているかもしれないのでは。

娘さんがパステルカラーを着たがることに「複雑な気持ちにな」るのは本当に親としてどうかと思う。娘さんが自由意志パステルカラーを好んでいるのかもしれないのに、それを「社会蔓延するステレオタイプに毒された結果」としか見られないのは、ひどい視野狭窄に思える。

子供選択の自由を奪い、感性自分の都合のいいように方向づけしようとしているという意味では「女の子からピンクを着なさい」と押し付ける親も「パステルカラーなんか好んじゃいけません」と教える親も大差ないだろう。

例えばドラマを観ていると、なぜか悪役は男性さらわれたり、狙われたりするのは女性ばかりです。我が家では、そんなステレオタイプドラマを見ると、息子が「また女の人が逃げてる!」と突っ込みます

現実犯罪者数は男性女性10であるのだから、人をさらったり狙ったりする役は男性のほうが自然だし、粗暴犯が力の弱い女性を狙うのも自然選択だし、そして、ここだいじだと思うんですけど、強者弱者を狙うからこそ「卑劣卑怯な手口」というプロットが成立するのであって、女が力づくで男をさらドラマなんかがあったらそれこそ「何かおかしい」どころではなく、噴飯ものでしょう!

そしてですね、いわゆる2時間ドラマでは犯人が女であることもとても多くて(断崖で泣きながら犯行動機を語る中山忍が好きだ)、現実との比較としてはむしろこっちほうこそ不自然で不平等に思えるのだけれど、それはOKということなのかしら。

例えばアメリカドラマでは、大統領CIAエージェントのような仕事女性が就いていることもめずらしくありません。最近ハリウッド映画では、コンピュータが得意な女の子が大活躍したり、男性の後ろに隠れずに、真っ向から敵と戦う女性ヒロインが登場したりしています

もー、そもそもドラマの配役をもってジェンダーステレオタイプうんぬんを語ることじたいがスカタンしか言いようがない。

エンタメに登場する女性は、その役柄がどれだけ威勢のいいものであろうと「画面の彩りやバランス」のために配置されていて、フェミニストであるならば本来そこにこそ疑問を感じるべきだと思うんだがそこは無視っていうね。フェミニスト旗手のように崇められているエマ・ワトソンにしたって、今の地位を築いたのはハーマイオニーグレンジャーという「冷静な優等生というジェンダーステレオタイプな役」がウケたからなのですよ。

男性の後ろに隠れずに、真っ向から敵と戦う女性ヒロインが登場したりしてい」ることをまるで近年のフェミニズムの手柄のように語っているけれど、ワンダーウーマンの例を引くまでもなく戦う女性を描いたエンタメはむかぁぁぁぁぁぁぁしからあるし、それは必ずしも実社会での女性地位の向上や男女平等意識の浸透を意味しているわけではない。女性でも「暴力」で敵と戦うのはスカッとするよねというだけの話で、現実ワンダーウーマンプリキュアのような立場を担わされたら大半の女性は「迷惑」と感じるのではあるまいか

これ以上くどくど書いてもしょうがいからまとめるけど、この治部れんげとかいう浅い浅いフェミニストは、言ってることのすべてが「表面的な数合わせだけの悪平等」の域を一歩も出ておらず、耳を傾けるに足る主張はない。それだけならまだいいのだけれど、この人、明らかに浅薄でズレた平等意識のもとでお子様の洗脳をなさっておいでで、まあこの人の子供がどんな人間に育とうと知ったこっちゃないのですが、ちょっと気の毒に思いましたまる

2018-10-15

anond:20181015133351

というか外から突っ込み入れるまでもなくすでにミサンドリー巣窟だし、なんなら女も嫌いでそもそも人間自体嫌いというのが多すぎやしないだろうか

2018-10-13

anond:20181012223001

元増田だが、関東人のために解説すると、このボケ突っ込み元増田へのネイティブチェック&意見表示だ。



なにバカ関西人がイキってんの

バカ/アホ」の用法関東関西で異なるというのは、有名なネタであり、この話者自分関東圏の人間であることを「過剰に」強調している。おそらくネイティブ関東人ならこの一文に「バカ」をつける必要はないと感じられるだろう。なぜか? ネイティブ関東人にとっては「関西人」と呼ぶこと自体ナチュラル侮蔑の意がこもるからである。「なに関西人がイキってんの」だけで充分すぎる侮蔑である、と関東人は思う。ちなみに、この侮蔑ニュアンス関西人には理解しがたい(自分出身地域に対して原則引け目を感じることがないから)。しかしたとえば関東で「東北かよ」みたいに言われることにどういう意味があるかを想像すれば、関東人でない人間関東人が○○地方の人と呼ぶこと自体に、どのくらいのニュアンスがあるかは想像できるかと思う。おそらくこの書き手はそれも踏まえた上で「過剰に」関東人を演じてみせた、とここから推測される。


田舎者道頓堀だけでイキってろよ

道頓堀」というやけに具体的な地名をあげることで、話者はむしろその地域を具体的にイメージしている、と伝えてしまっているが、それがこの文の仕掛けである相手を「田舎」と非難する場合、やけに詳しい内容を言うことは本当はおかしいわけで、この発言は、一見元増田非難している風に見せかけながら、この書き込みが「ボケであることを雄弁に物語っている。突っ込んでいる風に見せながらボケているわけだ。つまり自分を「落とし」ながら、何か別のことを伝えようとしている、ということが伝わる。


これは、関西人同士なら基本に属する軽いジャブのやりとりだが、この解説で、「喧嘩しているようにしか見えない」と言われる関西ネイティブの会話の内実の一端を、関東の方にも感じとっていただけたことと思う。この増田は、このボケ突っ込みを「本当に元増田関西ネイティブだったら受けきれるはず」と信頼した上で、「こんな話を丁寧にしてもおそらく伝わらないから、さっさと店じまいした方がいいよ」という意見を、自分を「アホ」に仕立てながら(配慮)やんわりと元増田に伝えてくれているのである関西ネイティブの同士である増田には、せっかく関西人らしいハイコンテクストなやり方でご意見をいただいたのに、それを全部ネタバラシするようなことをして誠に申し訳ない。が、それがあまりにも面白かったのでついつい解説してしまった。今は反省している

初めての海外旅行香港に行った

大した金もプランも無いが、なんとなく香港に行ってみようと決めて、てきとーに楽しんだ。

印象に残ったことをだらだらと。

欧米人の見た目じゃないのでどこに行っても最初中国語で話しかけられるけど

英語で頼んだら英語で答えてくれる人が多かった。まともに喋ったこと無かったけどなんとなく通じてうれしい。

単に見かけなかっただけかも知れないが、日本電車と違って気持ち悪い広告がない。

リクルートのフレフレ人生とか下劣言葉まみれの中吊り広告とかそういうの。

美容品、携帯教育広告が目立ってた気がする。「~~の~~」みたいな日本語のような物も。

駅前携帯ショップ屋台しかなかったが、黄金電脳商場?の中は別世界だった。メイドカフェとかは見当たらなかった。

訳あって携帯修理屋の世話になった。アニメ好きで変な日本ミームを知ってて面白い人だった。

何も知らずに入った。ゲイっぽい爺がズボンに手突っ込みながら向かってきてマジ怖かった。

フェリーで数千円程度。商店街の人混みがやばいカテドラルとモンテの砦を見に行った。

香港に戻ろうとしたときバス停を探して迷ったり行き先も間違えたりで泣きそうになった。

行こうと思ったが結局行けなかった。

宿はAirbnbで安い所に泊まった。シェアルームで3泊して1万円もかからなくて良い。寝泊まりだけして外を出歩くには十分だった。

東京と比べて全体的に明るくて疲れてない感じがした。また行きたいな。

2018-10-12

日本版文化の盗用」議論

アメリカでは文化の盗用」に関する議論が喧しい。ボストン美術館キモ体験についたクレームだとか、当事者であるはずの日本人から見ても「別にいいじゃん」と思わせられるようなケースさえあり、それ自体差別的発想だという批判もあるくらいだ。実際、例の企画は、元々の画がジャポニスムテーマにした画であり、その画の前で日本人ではない人がkimonoを着て写真を撮る行為は、むしろ「ある時代存在したジャポニスム」そして「それを描いた画」という『オリジナル』を尊重した行為ですらある。たとえば日本人着物を着てその前に立っても全く意味がないどころか、むしろそれこそ「オリジナルへの敬意を欠いた振る舞い」として批判されるおそれさえあるだろう(皮肉)。

(※ちなみに、時間のない方は、このあと太字部分だけ読めば大体の内容が分かります。)

だが、そんな自分が、日本でしばしば気になって仕方ない「文化の盗用」がある。それは、TV番組などでしばしばみられる「関東言語話者による恣意的方言使用である。よく例にあげられる「外国の都会の人の言葉標準語で訳されるが、農夫の言葉東北弁で訳される」みたいな問題だけではない。地方舞台にしたドラマ登場人物が喋る台詞などにおいても、方言が、その地方やその地方言語に対する十分な理解を欠いた人間、つまりネイティブ以外によって「ちょっとした彩り要素」としてカジュアル使用される結果、おそろしくひどい形で表現されている。文化への敬意を欠いた使用は、まさに「盗用」と呼ばれるのにふさわしい。

たとえば、関西ネイティブとして断言するが、TVドラマや公に出版されるフィクションなどで見かける関西弁による会話」をみて「自然だ」と感じることは99%ない。それなりにお金をかけているはずのNHK朝ドラ関西指導:●●、などとクレジットが入っているのに)などは、最もひどい例の筆頭である

そういうひどい例を具体的にあげると枚挙に暇がないので、1%の「よい」例をあげてみよう。たとえば谷崎潤一郎細雪戦前作品だが、関西文化に対する深い理解をもとに、「自然な」関西弁が用いられている数少ないフィクションである。谷崎は江戸っ子だが、言語に対する深い感覚と、関西に移り住み関西ネイティブ結婚して緻密にその文化所作、その背後にある思考法を観察した結果として、たとえば第一章冒頭の流れるような会話描写を実現した。相手の反応を伺うような、どこで途切れるのか分からない古典時代のような会話、相手を立てるように話す長女と蓮っ葉な口をきく三女は、それぞれ阿吽の呼吸で話を推進する役/突っ込みを入れる役/疑問・答によって話のオチを付ける役、などの役割(ロール)を自在に演じながら会話を展開させていく。これに較べれば、NHK朝ドラ等の会話が、いか醜悪な「関西弁モドキ」の会話であり、結局「関東弁を関西弁ぽい口調にしただけ」の底の浅いものかがよく分かる。少なくとも関西ネイティブなら、その違いは明白に感じ取れるものだ。

NHK朝ドラで、たとえばヒロインに対して友人が、あるいはヒロインが知人や親に、時に熱く、あるいは涙を浮かべて関西弁で「○○○○なんや!」と叫ぶ。見ている私の胸には「ああ、またか」と鼻白む思いが広がっていく。あれで関西配慮しているつもりなのか。関西東京にとって単なる感傷的なエキゾチシズムの対象なのか。あん関西人おらへんねん。ほんまに。

関西では、関東人のように「正論」を「熱弁」することは、申し訳ないがノーマルナチュラルな振る舞いとは見なされない。話の半分をジョーク構成し、自分を「落とし」て低姿勢で粘り強く交渉するスタンス疑問形を多用して「相手に語らせる」手法、話にはヤマとオチをつけるという作法、そういうものを欠く会話は、下品で場をわきまえない失礼なものとみなされ、見下される。幼い子供を除けば、自分意志相手に伝えたいときにはもっとも用いないやり方だ。関西ネイティブ一見感情かに見えるが、それはあくまでロールを演じる意味においてでしかない。生の感情を表に出すのは、基本的に大きな怒りを感じている相当限られたケース・シチュエーションであり、その際にはまた普段とは全くことなる口調・態度・話の作法を取る(先ほどの「細雪」では、たとえば上巻九で女中を叱責するときの口調がその好例となるだろう)が、それもまた原則的にはストレート物言いを避けながら結論へと近づいてゆき、「自分の言いたいことを相手に悟らせ言わせる」ことを目指したやり方を取るのが通常である。そして、可能な限りすみやかに、通常の流れの会話への復帰が図られることで、その特異な状況の調停と幕引きが図られるのが常である(たとえば先の「細雪」の例では、女中を叱責して帰したあとすぐ長女が「やっぱり自分に落ち度があったのだろうか」という意味自分の「落とし」を始めることで、通常モードへの復帰を図っている。もっともこのシーンでは、普段無口な次女が想像以上にこの件について腹を立てていたため、復帰があまりうまくいかない、というシーンになっているが)。

真顔で、正論を、熱弁するヒロイン これを関西弁でやられると、演技の上手下手に関わらず(むしろうまければうまいだけ)、申し訳ないが周囲との調和を失い破綻した人格を演じているようにしか見えないのだ。このため、たいていの関西人が、あれを見て「奇妙に大げさで下手な演技をする演出朝ドラスタンダード」という歪んだ認知もつことでスルーしていることを、NHK関係者理解されているだろうか? 役者が上手に真面目に演じれば演じるほど、関西人には「下手糞」な演技に見え、演じたい役と演技の乖離は増してゆく。方言文化に対する敬意を欠いた行為は、こういう一見滑稽な、内実を考えれば誠に悲惨結論を生んでしまうのだ。

いったい、メディア関係者はこの明白な「盗用」行為について、どのように考えているのか。私はこれが何かを「考えた」結果であればまだ救いはあると思っている。しかし、おそらく「何も考えてない」というのが実情だろう。何も考えていないからこそ平気で「盗用」できるのだ。盗まれた側の痛みなどまったく想像もしていないから、平気で盗んで見せびらかすような真似ができるのだ。とんだ裸の王様である

国内メジャー方言である関西弁ですらこの有様だというところから見ると、おそらくそれ以外の方言についてはもっとひどいことになっているのだろう。異文化カジュアルに親しむことが「悪い」ことだとは言わないし、敬意をもって接してもらえるなら、触れてもらう側にとってもそれは喜びとなる。だが、少なからず敬意を欠いた異文化との接触は、しばしば悲劇的な結論しか生まないものだ。国内異文化に対する振る舞いは、必然的国外異文化に対する振る舞いにも敷衍される。奇妙に滑稽な「クールジャパンの現状、昨今の極めて「内向的な」外交のありようと、このことは無関係ではないだろう。私たち自分たちが何ものかも知らず、他者が本当は何者なのかも分からない中で、相手の予想のつかない振る舞いに、奇妙に怖れ、怯え、媚びているのだ。


文化の盗用」議論に実りある内容があるとすれば、こういったことへの自覚が少しでも私たちの中に生まれることにあるのではないだろうか。私たち自分たちのオリジナル文化とは何なのかについてもう少し自覚的になり、「(異)文化とは何か」ということについてもう少し考えてみるべきだと思う。無邪気な子供のように「世界中ミナトモダチ」では片付かない、異文化接触する際には慎重で警戒した身振りが必要となる、そういうリアル感覚をもう少し我々はもつべきだ。そうすれば、外交についてももう少し現実に即した対応が行われるようになり、海外との交流スムースに進み、そして関西に対する誤解をただただ広めるようなフィクション制作されなくなり私がイライラする機会ももう少し減るのではないかと期待する。(←これがオチ

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん