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はてなキーワード: クラスメイトとは

2014-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20140304002352

 文中に「兄弟姉妹」と書いてあったので増田の家の娘は増田一人ではないようだが、おかん氏は他の姉妹にも同様だったんだろうか。

 また、他の姉妹増田と同様の「女の子コンプレックス(出来たばかりの言葉定義あいまいだが、とりあえずこう言っとく)」が見られるのだろうか。

 

 うちの母も同じような感じだった。

 自分一人で初めて選んで買った服を着て、出かける日の朝「あんたのwwwwセンスwwwwwwww」と母から指をさして笑われた。妹も同様に笑われていた。

 クラスメイトから体育の時間中に日焼け止め塗ることを勧められたのをきっかけに、自分なりに選んで買った日焼け止めを買った。

 母と一緒に出かける休日にその日焼け止めを顔面に塗った。

 母は玄関からずっと私と顔を合わせていたのに、駅についてから「あんた日焼け止め塗りすぎ。首と顔で色が全然ちがうじゃない。顔真っ白」と言われた。

 電車時間があるのでトイレに駆け込むことも出来ず、電車の中にいる間じゅう私はずっとハンカチで顔をぬぐっていた。母はそうしている私を見ようともしなかった。

 私は中学大学くらいにかけて腐女子をこじらせていたので、思春期には女の子がどうだこうだと言った事はあまり考えなかった。

 アニメゲームやおいの事ばかり考えていたからね。

 しかし、母の熱心な躾のおかげで「自分が大人の体になっていくのを知られるのはマズい」ということだけは叩き込まれた。

 化粧品は全て通販で母がいない日を配送の指定日にした。買ったものは全て、クローゼットの奥に隠した。

 化粧をするようになってクレンジングも使うようになったが、クレンジング料は洗面所で使うたび自分の部屋へ持ち帰った。

 使った下着は溜めておいて、一人の時にひそかに洗濯した。

 生理用品は自分で買い、生理用品を換えるのは意地でも学校等の出かけ先だった。

 制服スカートを汚した日は詰んだと思った。

 女性性への忌避感は根深いと思っていたけれど、幸い私には同じように女性性へ忌避感を持っている腐女子の友人がいて、

 彼女と一緒に化粧品を買ったり、好きな人の話をすることが出来た。

 今は一人暮らしをしているので、割とスカートでもなんでも着たいものを着て生きている。

 しかし、母の暮らす家に行くときだけはジーパンと愛想の無いユニクロシャツを着ている。

 おしゃれが面倒なのではない。おしゃれしている姿を母に目撃されるのが怖いのだ。

2014-03-03

後悔

中2の頃の話。

俺には小5からの同性の友達みたいな異性がいた。

アホだのブスだの言っては追いかけたり追われたりしてた。

しかし、その子とも中2でクラスが別れ、話をすることも滅多になくなっていた。

そんなある日突然俺のクラスに現れ俺に手紙を渡して欲しいと近くのクラスメイトに頼んだ。

中2クラスは当然大盛り上がりである

「内容は昼休み渡り廊下へ来てください」とあった。

もうどう考えても告白である

だが当時硬派を気取っていた俺は行かなかった。

最低だ。

断るにしてもちゃんと断るべきだった。

その後顔を合わせることもなく卒業し、今頃になって後悔の苦さをかみ締めている。

今更なにもできることはないが思い出すたびにあの子に謝り続けるだろう。

2014-02-22

なぜ虚構新聞イラッとするのかわかった/追記しました

 身内ノリ、楽屋ノリにイライラするんだな。児童小説の中の探偵団、おぎやはぎのいうところの6組軍団クラブでオイコールする大学生勝手に盛り上がってるのを傍目で見てる分には平気なの。でもふとした瞬間に肩を叩き「よー、何つまんない顔してんの?楽しも〜ぜ〜」だってさ。ひーーー、ゾワゾワする!「あ、うん、ゴメン、大丈夫」「ち、つまんねーやつ、このノリがわかんないってカワイソーに」 いやいやいや、勝手にやってるのはいいよ、気にもならない。だから【虚構】ってつけてくれ。ください。

 プレステネタも踏んでしまった。コメント読むと(記事は読んでない)前回の記事の天丼なんでしょ? その身内ノリコメント群が気色悪ーーーーーー。と、思ったのでそこが生理的に受け付けないんだろうなーと思いました。


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追記です。


“それ「虚構新聞が」に限定されなくないか?内輪っぽい記事全部駄目ってことだし。”

 そんな事書いてないですよね? 内輪ネタはいくらやって頂いても気にならないですよ。むしろ仲良くっていいなって羨ましさ半分に思っています。あと、退職エントリかどうか位ならいくら私でもタイトルで判断できます


“虚構にイライラする人たちは何故虚構を踏んじゃうのか”

 そこなんですよね。一応気をつけているつもりなんですけど踏んじゃう時があるんです。情報リテラシーが低くてすみません。例えばくだんのタイトルは『「PS4じゃない」 父親殴った息子を逮捕』なんですけど、私情弱もので、元になった事件もパロディーにした事も知らなかったのです。実際にあった事件の記事『息子に残虐ゲーム無理やり…強要罪で義父逮捕』とかと同じ感覚クリックしてしまいました。皆さんよく区別つきますね。

 そうして虚構新聞が表示された瞬間です。私がなるべく避けてきた蓮コラ同様の不快な(失礼)ページが表示された瞬間、そこで待っているのは上記致しましたジョーク同調圧力です。そこで「イラ」っとしてしまうのです。ブラクラ踏まされた挙句アクセス数稼ぎに加担させられた気持ち、クリック詐欺フィッシング詐欺にあったのと同様の気持ち、大げさに言えばそんな不快感です。


 肩を叩かれて振り向くと私の頬にぶっ刺さる人差し指。指を立てたまま仁王立ちする虚構新聞。ニヤニヤ笑うクラスメイト達。さっさと部活に行きたいんだけどこういう場合どうすりゃいいんだっけ?笑うの?怒るの?あれ、どうするんだっけ?と。


“この文章の方がよほどイラッとするわ”

 お気持ちお察し致します。気持ちを察して頂けましたでしょうか?



id:morobitokozou

"戦ってる相手が虚構新聞なので半笑いに"

 虚構相手に何マジになってんの?ってやつだ。きーーーーーーーーっ!イラッとする〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2014-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20140205092451

その答えは、適当同意を得られてだよねーって言ってもらいやすく言っている。

 

彼ら・彼女らは、どうでもよくって言っている。

僕らは、話の定義の厳密さがおかしくて、日本語が通じないと思う。

 

まりコミュニケーション能力とは、てきとうさ、のこと。

実際問題、どうでもいいんだろ。本気で困ってたら警察に行く。困ってもいないのに人を叩くのは人の常。

 

スクールカースト底辺適当にぶっ叩いとけば、9割のクラスメイトには同意が得られるから勝ち組になれる理論の延長。

そこに理由はない、叩きやすい奴の叩きやすいところを叩く。そして、周囲はそれに同調する。それが空気読め。それがスクールカースト

2014-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20140204123305

俺の場合はどっちで評価しても結果は一緒だが、ごく一般的な話として

「見た目はいいんだけど性格がねえ」という評価はごくありふれているのに対して

「見た目はアレだけど内面はとてもいい人」という評価は創作類、特に三流ラノベ以外ではほとんど見かけない。

そういう評価があり得るというのは俺を含むキモヲタ妄想であって、一般的には「見た目はアレ」の時点で評価が終了、その後どれだけポジティブ要素が出てきたとしても「でもアレだし」で片付けられるためである。というより、そのポジティブ要素もネガティブ要素として数えられる。痘痕も笑窪ならぬ笑窪も痘痕

なお、これは強制的人間関係継続される例(例えば職場の同僚、クラスメイト等)でも変わらない。初手でのネガティブ評価は絶対に覆らない。

また、そういう内面を評価してくれれば…という妄想をしているアホは殆ど場合内面も腐っているので、内面評価しても結果は変わらない

人は見た目が九割五分。イケメンなら外道でもいいという話にはならないが、ブサメンキモヲタチビピザおっさんはその時点で全てにおいて足切りされるという現実直視せよ。

2014-02-03

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1787120.html

なんかさ、卒業アルバムって、残ってるとろくな使われ方しないから(この場合はどうかと思うけど)

作っちゃダメなんじゃね?

 

クラスメイトはいえ、自分過去写真をや文集を 勝手に売られるとかどうかとおもうわ。

卒業アルバムは、載ってる人が偉人になった場合に、プライバシー暴露に使われる可能性が大きいから、廃止すベきじゃね。

とりあえず、過去を知るためには卒業アルバムっていうのが業界定説らしいから卒業アルバムを廃止する以外プライバシーを守れないだろコレ

 

親友じゃない、ただのクラスメイト自分過去写真や文集を持っているという状態が問題なんだろ。その中に1人不心得者がいるだけで、問題が起きる。

学部四年、研究だとか修士だとかあるいはその脱落だとか。

そろそろ卒業研究発表が近づいてきた。これがおわればっていうところはある。

クラスメイトたちは今も仕上げを頑張っているんだろうと思う。

12月に大きな発表をしてから全然動けなくなった。

の子達とは違って、私は普段は学校に行かずに別の研究室に通っている。

4年生から卒研配属をされるっていうのとも違って、3年生の中頃から研究に力を入れ始めた。

そこそこ結果も出て、期待もされて、果たして研究者になりたい私はトントン拍子ですすんできたはず

いったい何の不安があるのかって。

からないけど。

からないけど、動けなくなった。

家を出たくなくて、食べ物を受け付けなくなって、眠れなくって

研究者になんてなれるんだろうか。

はいいけど、この先どうやって業績をあげていけるというのか

自信がない

同じようなまとまりで育ってきたクラスメイトTwitter同級生たちが来年度には社会人として働き出すのだと思うと発狂しそうになる

ほんとうにこの道でいいのか

私は自分には普通に就職する社会的能力は無いと思っていて、それが故に誰にも言えない劣等感を増やしている

妹は国家資格をとれる学部にいて、まぁだいたい安泰な未来

翻って私にはなにも、なにもない。

どうせ自分がいなくなったって妹もいるし別にいいのでは とかいう思いに囚われる

来年から修士になって、その次は博士課程にすすんで、その次はって、このままだと私はそういうふうに行くのだろうと思う

でもその過程で多分また私はすり潰されていってまたきっとずっと何もできなくなる

どうせいつかは壊れてしまうのなら今もう諦めてしまっていいんじゃないかとか悩む

しかしたら有りもしない不安にばかり頭を占領されていて動けなくなって外に出られなくなるような私はやっぱり生きていくには向いてないんじゃないかなぁ

向いていなかったらいったいなにをすればいいんだよ もうなにもかもわからなくなってしまいたい

2014-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20140108152349

アドバイスを元に書いてみた。

まとめブログで月40万円稼いでいる高校生なんだけど、女の金への貪欲さに反吐がでる。

どんなに怒鳴ろうが殴ろうが女に困ることがない。

この前もクラスメイトちょっとかわいい子を自分アパートに2週間監禁して友達とマワし続けたけど別れると言い出さなかった。

高校生じゃ手の届かないイヤリングでも買ってやればそれでチャラ。

俺の内面を見てくれる女っていないのな。

本当に女性不信になりそうだ。

あ、絶対釣れない。

http://anond.hatelabo.jp/20140108014825

腕に包帯、目に眼帯、「邪炎」とかつぶやいてる人を友達にはしたくないけど

クラスメイトからどうしても視界に入っちゃう、みたいな感覚いつまでも私に届けてくれる…

彼はそういうお方です。

2014-01-02

正月憂鬱です

正月憂鬱です。

この時期はいろんな人から年賀状が届いたり、Facebook年始挨拶を目にすることが多いんだけど

みんな「充実した一年でした」みたいな記載が多くて、自分比較しちゃって、自分の何もなさが際立っちゃってつらい。


僕は今、地方の30代後半のサラリーマンで妻あり・子供なし・アパートを借りて生活している。

事務系の社員なんで収入は一般のサラリーマンより多分だいぶ低いと思う。


Facebookなんかでクラスメイトの記事を見ると、子供誕生や成長に幸せを重ねたり

マイホームを手に入れたり、中には東京にオシャレなレストランオープンさせてたり…


それに比べて、僕は何の話題ない。

比較したってしょうがない」って言い聞かせるんだけど気持ちが晴れない。

その人たちの努力の結果だとはわかっている(つもり…)

自分は確かにその人たちほど努力してこなかったかもしれないけど

じゃあ「どこで間違えて、どうやり直せば変わるのか」なんて、ぜんぜんわからない。


こんなこと書いてる時点で、お前はダメだって批判はわかるんだけど

ココに吐き出させて下さい。

2013-12-27

あるいじめ加害者記憶

15年以上前中学1年生と2年生のころにいじめをしていた。

1年生の時にやったのは珍しい名字を持ったNというクラスメイトターゲットにして、その苗字をいじってバカにするというものだ。はじめは自分1人でやっていたが、ムキになるNの反応がおもしろいこともあって、しだいに他の生徒も乗ってきてエスカレートしていった。ある時など「なぜこんなことをするのか」と自分に問うてきたNに「俺はNに強くなってほしいからやってるんだ」というトチ狂った返答をしたこともある。耐えかねたNが早退するようなときもあったが、いじめは長続きしなかった。新任だがやけに迫力のある担任先生加害者を集めて一喝たからだ(Nに謝罪したかどうかは記憶にない)。担任が止めなければ物理的な暴力などに発展して取り返しのつかない事態を招いていたかもしれない。なので担任には感謝しているし、一度の説教いじめを止めるぐらいには自分や他の加害者の心のなかに良心カケラが残っていたのかなと思う。幸い2年時、3年時のNは穏やかな学校生活を送れていたようだ。

次の2年生のときにもやった。対象はKというクラスメイト。家が貧乏なKは風呂にも入れなかったらしく常に特有の体臭がしており、そんなKをクラスメイト無視したり、陰で臭いと罵った。自分は首謀者ではなかったがフレンドリーに話しかけてきてくれたKを無視したことがあるので、五十歩百歩だろう。このいじめには担任の介入はなく、止まずエスカレートせずという状態で終わった。自分は謝っていない。Kもよく耐えたものだ。3年時のKは事情のある子が集まるクラスに入ったおかげか、傍から見たぶんには楽しそうにやっていたと記憶している。

そんなわけで、中1〜2年時の自分はどうしようもないクソ野郎だった。Nに対してもKに対しても本当に申し訳ないと思っているが、許してもらえるとも思っていない。そもそも上記のように謝っていなかったり記憶すら定かでなかったりする体たらくだ。いま目の前で謝れば許してくれることもあるかもしれない。だけど苦しんでいた当時の彼らに許してもらわなければ意味がないと思うのだ。なので、今もずっと彼らへの申し訳なさと自分の情けなさが入り混じった贖罪意識を引きずっていて、いじめニュースいじめを取り扱った創作物を目にすると暗い気持ちに囚われることがよくある(『3月のライオン』を読んだ時は自分が責められているようで、本当に情けなかった)。

ここに書いたのは懺悔のつもりではなく、自分も苦しんでるんですよと言いたいわけでもなく、今後も申し訳なさと情けなさを引きずって生きていくのだ、それだけのことをしてしまったのだという確認。ここまで読んでいただきありがとうございました。

2013-11-26

性知識に乏しいのは色々とデメリットがある

俺の場合包茎」を知ったのは高校生の時、「オナニー」は知識としては多分中学生の時で初めて実行したのは高校の時

包茎は全く知らんかったがオナニー中学の時クラスメイトか誰かが「初めてやったのは小学生の時」って言ってたから相当俺は遅い方であることが分かる

何でこんな遅くなったか理由を考えると産みの父親が小学生になるぐらいには別居していたからかもしれない

普通なら父親か友人やその兄弟から知り得るのかもしれないが俺の場合全くなかった

高校の時「間質性膀胱炎」にかかりその時新しい父親から包茎について教えられた

もしもっと早い段階で学んでいたらこの病気にかかっていなかったんじゃないかと10年以上たった今思う

性知識のタブー視は減らした方が良い

NHK生理の特集組んで大反響って記事見たけどそのような機会を増やして

男女双方の基本的な性知識を学ぶ機会を広めて欲しい

2013-11-24

自分が何もできない人間だと気付いた

中学まではちょっと頭が良かっただけで周りから天才などと呼ばれていた。

学校勉強はつまらなかった、宿題なんてやらなかったけど、授業もまともに聞いてなかったけど何故かテストだけはできた

高校もっと面白いと思っていた

地元工業高校に入った、高専という選択肢もあったけど厳しそうだったからやめた。(自分の甘さ)

この頃パソコンにハマった。

毎日プログラミングばかりしていた。

そこには自分の知らない技術ばかりで毎日がとても刺激的だった。

ネット上には自分よりすごい人ばかりでこの人たちに追い付きたいと思った。

そして必死プログラミング勉強をした。でも凄すぎて追いつけないと思った。

今でも趣味程度にプログラミングは続けている。

高校に入っても面白いことはなかった。相変わらず勉強はつまらないものばかりだった。

クラスメイト馬鹿ばかりで一緒に生活するのにも疲れた。

それでも一年の頃は資格だけはいろいろとっていた、役に立たないようなものもなるべく沢山取ろうと思って勉強した。

学校勉強よりは楽しかった。第一種電気工事士電験三種応用情報などは結構勉強したと思う。

おかげでジュニアマイスターかいう表彰もされた。無駄に大きな、ゴミになるような賞状をもらった。

もらった時は達成感もあって嬉しかった。

でもそれが全然価値のないものだと思い少し悲しくなった。

そこからもう全く勉強しなくなった。

そして高3になって適当に受けた小さな電気工事の会社内定をもらった。

このままでいいのだろうか。

学校やめたい。

中途半端すぎる自分が嫌になった。

何もできない自分が嫌になった。

2013-11-23

ブタゴリラ>>>>>>>>>>>>ジャイアン

ブタゴリラ


ジャイアン

2013-11-14

乗り換え駅が近づいてきたところで、

降りるかの、と携帯見ながら座席から立ち上がったら、

前に立っていた女性の肘が後頭部に綺麗に入ってしまった。

わずよろけて、その女性が握ってたつり革に咄嗟に掴まってしまった。

人が本気で驚くとこんなに目が丸くなるんだ。

そんなことを考えられる程度には

結構長い間、まじまじと見つめあって弾かれたようにどちらともなくごめんなさい、と別れた。

理科の授業からスピンアウトして、暗い部屋をいきなり明るくして

クラスメイトの目を確認し合う遊びとかしたことあったよなぁ、

など太古の記憶から引っ張りだしてみたり。

そんなことを今更思い出せるぐらいだ。脳の回線が余計なとこを繋いだのではないか

驚きが引いた今、頭がめっちゃ痛い。笑えない。。。

2013-11-05

気持ちの整理をしてみたい

うちの家族は全くと言っていいほど会話がない。

最近生きているという感覚が、生かされてるという風に移り変わってきている感じがする。

というのも家庭環境さえ良ければなぁ・・と高校時代からずっと思ってきた。現在浪人1回生。。(浪人を決めたのもこの家庭環境が一番の要因)

まり悩みは作りたくないし考えようともしないけどこればっかりはあまり生活と緊密に関わることだから悩まずにはいられない。

まず状況から整理すると、

家族構成は父母弟俺の4人家族夫婦間では全く意思疎通なし、俺と弟も1年に1回あるかないか最近だと数ヶ月前に「ゲームの音うるせーから静かにしろ」くらい。

父は母に話しかけはするものの母は顔すら合わせようとせずガン無視、ふさぎこむ。これには後に書く出来事から起こった。

弟と会話が無くなったのは明確な理由はないけど、後で書く話以降から自然消滅的に消えていった感じ。

もし母が父に何か聞きたいことがあった場合、例えば出前取るんだけど何がいいか?って聞きたいときは、母が俺や弟に聞いてきて~といった感じで、子どもが伝達役になってる。

父は母に対しては普通にしかけているのでそういうことはない。

で、その話の内容に入りますと、

事の発端は7,8年前のこと。

あれは夕食を食ってる時に私の父と母が喧嘩したのが始まりだった。母が父の箸をテーブルの上に置いておくのを忘れたとかそんなこと(だった気がする)で、父はその態度が気に入らなくて怒鳴った。母も反撃をかます

こういうことは前にも2,3度あったんだがそのとき普通に折り合いがついて仲良くやってた。もちろん喧嘩してるとき自分も嫌な気持ちにはなったけどすぐ仲直り……すぐとは言わずとも時間をかけてでも仲直りはできた。

だけれど今回はいつもとは違って父と母はそのまま口喧嘩が続き、両者ともども感情的になりすぎて、母からは今まで口にしたことも無いような暴言まで繰り出される。

「クソ死ね!!キモい!!」

みたいなこと母は泣きながら言ってたと思う。

そのとき自分小学生だったので、今までに類を見ない光景を見て深い悲しみを感じたことは今でも覚えている。これはいものことだ・・いつものことだ・・と。

そして冷静に考えればいいことなのに、父も逆上していて、そのまま食べ終わった食器などをガタンと台所に置き、寝室に戻ってった。

いつものように仲直りして普通生活に戻って欲しいなあ・・と当時の自分は思ったね。

しかし翌朝、父がリビングTVを見ているなか、母は顔を合わせようともせず壁の方を向きながらキッチンの方に通り過ぎていく。

当然怒りも収まった父はそのことに不服を立てて何か言ったようですが母は無視

父は父で、その出来事について再々度問うこともなく、以後、さも植物人間に話しかけてるかのように一方的に話をするだけ。

そして喧嘩の日からそういった態度が変わることもなく次第とそういう生活に定着していき、周りから見ればあたか平和そうな家庭を演じながら、今に至る。

父はそういう状況でも汗水垂らしながら金を稼ぎ、母は飯を作ったり家事掃除etc…とやらの家庭の切り盛りを行ってくれているところは変わらない。

こういう夫婦を見ていると、あんたらどうして結婚したんですか?今の生活に満足してるんですか?どうしてこんないやーな空気を打破しようとしない? そんな疑問が心の底からふつふつと沸騰水の如く湧きあがる。

おそらく自分の両親が離婚などを決めない理由は、子どもがいることが一つあったのだと思う。

俺としては、両親は仕方がないから子の教育等のための金を出してもらってるという気分になってて、でも親としては早く離婚やら別居して自由にライフを送りたいっていう気持ちもあるんだろうとか思う、今現在に至るまで耐えているこの訳の分からない生活は何のために存在してるんだろうか?

両親としては互いに離れたいのに、仕方ないか大学卒業するまで金出してもらってる感が否めない。そういうところが自分にとっては生かされてるような気がしてならない。

まあ「世の中広いし、そういう人間もいるんだなあ」「こういう環境が珍しいわけではない」みたいに考えてスルーしてたけど、改めて考えるとやっぱりイライラする。

高校生だった頃にクラスメイト家族ライブに行ったなどという話を聞かされると、表面上はにこにこするけどやっぱり悲しい。

自分は家庭環境のために浪人したと書いた。今住んでるところから離れて暮らしたいのでね。

が、浪人して離れたところに一人暮らしをし、大学に通うなんてことをしたら親には相当な金銭的負担を与えることになる。

これが”金出してもらってる感”からの”生かされてる感”に繋がってくるわけで、これでいいのかなあと思う事が最近受験を間近にしてしばしば出てくる。

からは早く独立して自力で稼げるようになりたいなあ。親から助け合いに乞うことはあまりしたくない。

これも時間が解決してくれるんだろうか。

人生マジで運ゲーだわ。

とりあえずあと3か月間勉強頑張ろう。

結局今やらなきゃってことは入試対策なわけだから

増田投稿失礼しますた。

2013-10-25

の子どもが障害児でありますように

私は不幸な少女時代を送った。

その理由のまずひとつに、ADHDという発達障害があり、学校生活自体が苦痛苦痛で仕方なかったというのがある。

もうひとつの理由は、姉に虐待のごとくいじめられていた事だ。

もう思い出したくもないが、とにかく毎日キツい言葉罵倒され、馬鹿にされた。

私の友達の前で私の恥ずかしかった事や、言ってほしくないような事を言って笑いを取って馬鹿にしたり。

私の事を、本当に汚く、劣ったものを見るように軽蔑した目を向け「うっっわ、きったな」とか言ってた。

姉は頭が良く、運動神経も良かったので、何事にも不器用ADHDの私が本当にひどく、劣ったものにみえたのだと思う。

私も自分が劣等生物であることはわかっていたが、姉に言い返せる脳もなく、暴言に耐えるしかなかった。

たまに力任せに姉に歯向かったが、同い年の中でも小柄だった私が姉に勝てるはずもなかった。

ドラムのように頭をバンバン叩かれた。

子どもの頃、嫌いな人はクラスメイトにたくさんいたけど、その中でも姉は別格に、殺したいほど嫌いだった。

しかし時がたち、姉も私もある程度大人になった。

姉も、私のことは多々馬鹿にするものの、大人になってかなり優しくなった。

私も、地獄のような義務教育期間、高校生活を終え、大学生になったら不思議な事にADHDの症状もかなりおさまった。

それなりに友達もでき、彼氏もできた。

姉とも、前より断然仲良くなった。

姉の結婚式では、本当に心から祝福した。

そして最近、姉の妊娠が発覚した。

ふうん、と思った。

まあ、おめでとう、と。

しかし、この前の姉とその旦那を呼んでの家族の食事会の時のことである

幸せそうな姉を見ていると、なんだかものすごく疑問が湧いてきた。

あれだけ私の事をいじめた姉が、何を勝手幸せになっているのかと。

姉の人生は、おそらく彼女計画通り、上手くいっているようにみえた。

若くして結婚をし、不妊に悩む事も無く妊娠

あれだけ、私をいじめて、コケにして、みんなの前で馬鹿にして、ネタにして笑って、私の心をボロボロにしていながら今、彼女幸せになろうとしている。

ずるくない?

私、あんたのせいでどれだけ苦しい人生送ったと思ってんの。

家族の食事会なのに、私はいきなり泣き出してしまった。

姉も旦那も、不振な目で私を見ていた。

それから、姉の子どもが障害児でありますように、という妄想が止まらない。

子どもの頃からリア充で、一流大学に入って、一流企業に入って若くして結婚した姉の子どもが障害児。

考えるだけで笑い出したくなる。

なるべく、知的障害系が楽しいだろう。

みんなから哀れな目で見られる姉を想像すると楽しくて仕方が無い。

もし、健康に生まれても、私の手で障害者にする事はできないだろうか、とも考えている。

2013-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20131020221818

いいけどさ、なんで、イジメられたことを謝りに行ったら、怒られるという概念になるのかがわからない。

もう、そこからいじめる側の発想だよ。

イジメられたほうがしているのは絶望だ。怒るという発想にすらならないよ。怒る気力があるのなら、まだ救えるけどな。

すくなくとも、謝りに行ったら?何十年後かにすこしは救われるだろ。

学校に報告したって、握りつぶされて終了。

不登校になった時点で問題化してない時点で、学校も動かないだろ。

 

普通は怒る気にもならない。人間に対して反応することその物が嫌になる。絶望というものはそういう物だ。

人類とか、社会とかに絶望してるんだろ。そのCくんやクラスメイト絶望してるわけじゃなかろ。

起きたことはもうどうにもならんから、謝りに行って、あとは自分人生幸福に生きるしか無いよ。

2013-10-09

運命の人っている

中3で初めて同じクラスになった女の子がいる。

俺は授業中も休み時間友達とバカ騒ぎするひょうきんタイプだった。

初めての会話がどんなだったかは覚えてないけど、いつの間にか仲良くなって、よく喋ってた。

受験が終わってから付き合い始めて、学校が別々になった夏休みに些細な喧嘩で別れてしまった。

本当にあの頃は女の子のこと何一つ察せないバカだったなあって今でも思う。

その後はずっと連絡取らず、中学クラスメイトで集まって飯行くような時も遠くの席に座って目を合わせないようにしてた。

中学出てから3年後、高校卒業し、俺は専門、彼女大学へ進学した。

その年の5月、中3のクラスメイトTwitterから彼女が俺のTwitterを見つけたらしく、フォローされた。

実は俺はその時もう彼女アカウントがそれだって知ってた。怖くてフォローしてなかったけど。

フォローされたのがきっかけになって、いろいろ話すようになった。

俺は最初は相手の出方を伺うような話し方をしてたのに、彼女は本当に3年間一切連絡をとらないでいたとは思えないほど、フレンドリーに、接してくれた。

1ヶ月ほど、オンラインでやりとりを続けた後、また遊びに行きたいねって話になった。

ふたりとも実家から学校に通っていたので、住んでいる場所中学の学区内で近い。

田舎なので遊ぶ場所が乏しく、結局カラオケに落ち着いた。カラオケ中学の頃よく二人で行った。

会うのは3年ぶりだったけど、本当に、3年間が嘘のように、中学時代の延長のように楽しかった。

明日朝早いから寝る。

続きはまた書く。

2013-10-06

馬鹿という人が馬鹿 

馬鹿と言う人が馬鹿』 これはもう疑いようのない事だと思う。

これについてこれから度々考察し、匿名ダイアリーに書くことにしようと決めた。自分の考えをまとめて整理する為だ。

  

この『バカとゆう人がバカ』といった言葉に、最初出会ったのはいつであったであろうか。

過去を遡れば小学生の頃であろうか。・・いや、もの心がついて間もない時まで遡るかもしれない。

  

その時は自分も含め、親兄弟そして友達クラスメイト、はたまた恩師にいたるまで『馬鹿』とゆう言葉を多用していたように思われる。

「この馬鹿っ」「いやーぃバーカばーか」「うるせーよバカってゆうおまえが馬鹿だよ」「カーバ」「ばっかじゃねーの」

馬鹿なんだからやめろよ」「んもう・・バカなんだから❤」・・・など多種多様な使われ方、使い方をしてきた。

  

この『馬鹿』という言葉について違和感嫌悪感を感じたのはいつであっただろうか・・・

この疑問もきっと幼少時まで遡ることになるのだろう。

それほど馬鹿と言われるような行為をしてきたし、また短絡的に『馬鹿』と言ってしまう人物に囲まれた環境であったようにも思う。

ここで『馬鹿』と『馬鹿といわれるような行為』は分けて考えるべきだと提案したい。

理由は後で上手く説明できれば良いと思っている。

  

それで、馬鹿という言葉に対しての違和感嫌悪感なのだ・・・

こんなもん言われたら嫌に決っているからだ。

なぜならば他者を『馬鹿』と断罪する人間は、決まってその対象者を見下し侮蔑しているフシがある。

この点については、異論など様々状況によって変わってくるであろうが、総じて『馬鹿』と他者対して言う人間自分のほうが優秀だと思っている。

そして『馬鹿』と言ってしま人間は言った相手に対して、考える事をやめてしまっている。

短絡的に『馬鹿』と断定し断罪し、慮ったり思いやったり、なぜ相手がそうなのかについて思考することをやめてしまう。

思考を停止して決めつけてしま・・・。これはとても『愚かな』行為なのではないのだろうか。

  

まして『馬鹿』とゆう言葉を受け取った側の人間からすると不愉快まりない。

その言われた瞬間に、相手から見下されてしまっているからだ。ここで怒らない人間はよっぽど出来た人ではないと無理だと思われる。

くだらないプライドを捨て、謙虚真摯に『馬鹿』という言葉を受け止める。そういった人だ。

  

あほか!無理や! 

日々そうゆう人間になりたいと努力は続けているが無理や!短絡的に『馬鹿』っていってくるような人間謙虚などなれるかいっ!ぼけぇ

・・・少々取り乱してしまったが、本人が故意に間違いを犯したり、性根が曲がっていてワザと『馬鹿行為』をしている場合ではないのに対し、

馬鹿』だろ?「おまえバカだろ」などと言ってくる人間を、私は軽蔑するであろう。

なぜなら【人にされて嫌なことはすべきではない】と思っているからだ。

これは年を重ねていくうちに経験として、また他者から教えられて実感し学び身につけて来たことだと思う。

この点についてだけでも、他者に対し『馬鹿』などと言うことは良くないことだと明らかだと思われるのだが。

  

だって嫌な事されたり言われたりしたら不愉快じゃん。ムカムイライラするじゃん。嫌われるじゃん。

別に嫌われてもしかたない場合もあるけれど安易に嫌われる必要ないじゃん。好きな子にフラれちゃうじゃん。

友達離れてくじゃん。一人になってちゃうじゃん。

・・・ちょっと話がそれたか

あと自分自身が『馬鹿』と言われる対象者ではなく、第三者の立場であった場合おいても不愉快である場合が多い。

誰かが誰かに『馬鹿』と言われているのを聞いてしまったりする場合だ。陰口であったりした場合などは、なおさら最悪である

  

まあ例外もあって、自ら『馬鹿と言われるような行為』を理解したうえで行った場合は別である

同じクラス女の子スカートめくりry

「うわーい今日は白ーしーろしーろ白パーンツー」「ばっっかじゃないのっ!」

かいった場合は『馬鹿』と言われても仕方がない。自ら解っていてやっているのだ。

しかしこれについてもスカートめくりをした本人が『馬鹿』なのではなく、スカートめくりという『行為』が『馬鹿なのだ

なぜなら・・・なぜならスカートをめくった本人は相手の女の子を好きであったりするかもry

・・・ちょっと例えが悪い気がする。

  

とにかくここだ。ここがポイントであると思われる。

馬鹿といわれる『行為』はある。

しかし『馬鹿』と言われる人間存在しない。

その人自身が『馬鹿』なのではなく『馬鹿』といわれる行為があるだけだ。

  

馬鹿』と言われる『人間』があたか存在し、またそれが当たり前かのように思われているかもしれないが、

それは『馬鹿』と他者に対して言ってしまっている人間が創り出し、短絡的に決定付けてしまっているにすぎない。

  

  

馬鹿という人が馬鹿

この言葉意識し、本当に考え始めたのはいつだったろうか・・・

やはりトム・ハンクス主演の映画フォレスト・ガンプ]を見てからだったように思う。

あの映画主人公は、自分の話し方や行動行為で、他者から絶えず『馬鹿』(gump)と言われていたはずだ。

そして言われるたびに主人公は言い返すのだ。『馬鹿と言う人が馬鹿であると。

しか母親から教えられた言葉ではなかったか

映画を観た方ならわかると思うが、はたして主人公は『馬鹿』であっただろうか。

決してそうではなかったはずである

  

昨今インターネットを閲覧していて、とてもよく見かけるのだ・・・短絡的に他者を馬鹿よばわりする人を。

なぜなのだろうか・・・

安易にそういった言葉で他者を避難したり卑下したり揶揄したり見下したりする人たちは、自分がされる場合になったら嫌ではないのだろうか。

果たしてその対象者は『馬鹿』と断ずるに値するのであろうか。ただ単に経験が足りなかったり、知識がなかったり、知らないだけだったり、はたまた勘違いをしていたり。

そういった事なだけではないのだろうか。

上記のような状況を私はインターネット私生活で見聞きしたりする度に、悲しくなったり深く考えたり、気分が悪くなったりするのだ。

  

そして

嘆かわしいとゆうか悲しいとゆうか驚くのだが、「知識人」と呼ばれている方などに特に多く見うけられる気がする。

短絡的にすぐ『馬鹿』と言ってしまうのだ。

ある程度の地位などに就いている方なども、そういった傾向がある気がする。

そしてだ。こういった方々は必ずといっていいほどブーメラン現象をみせてくれたりする。

自分が行っていた行為や言説で、自ら墓穴を掘ったりしてしまうのだ。

たから見ていて目も当てられない。

最悪な事に、自分が間違ったとしても認めなかったりもする。間違っているのにもかかわらず、自らを省みずに他者を攻撃し続けたりもするのだ。

恥ずかしくはないのだろうか・・・もはやそうゆう感覚もないのだろうか。

それとも自分けが正しく、まわりは間違っているに決まっていると思い込んでしまっているのだろうか。

  

他者をすぐ『馬鹿』だと断定してしまう人に、こういった事例が多い傾向があるように思われる。

こういった事こそが愚かで『馬鹿』な行為なのではないのだろうか。

  

確かに解らなくもないのだ。

知識がある方からすれば、知識がない人は愚かに見えることもあるだろう。

経験を積んだ年長者から見れば、若い人々の行為が愚かに見えることもあるだろう。

知っていて当然だと思う事を知らなければ「え?」っとなる気持ちもわかる。

出来て当然だと思える事ができなければ「なんで?」となる気持ちもわかる。

  

しかし気をつけて欲しい。果たしてそれは知っていて当然なのだろうか。出来て当然なのだろうか。

知らない事に対して理由があるのではないのだろうか。

出来ない事に対して理由があるのではないのだろうか。

  

出来る人はできない人の気持ちはわからないのだ。

頭のいい人に頭が悪いと悩んでる人の気持ちはわからないのだ。

目が見える人に目が見えない人の気持ちはわからないのだ。

歩ける人に歩けない人の気持ちはわからないのだ。

若い人に年老いてしまって体が不自由な人の気持ちはわからないのだ。

高等数学を苦もなく解ける人に算数でつまずく人の気持ちはわからないのだ。

語学が堪能な人に国語勉強でつまずく人の気持ちはわからないのだ。

会話が得意な人に吃音で悩んでいる人の気持ちはわからないのだ。

赤ちゃんが何故なくのか日々生活に追われる大人や子育てをしたことのない人にはわからないのだ。

または忘れてしまっているのだ。

生理で悩む女性のことは男性にはわからないのだ。

性欲で悩む男性のことは女性にはわからないのだ。

  

まだまだたくさんあるだろうけど、今挙げた例は逆もまた然りなのだ

経験していない事、出来ない事や立場については理解することは難しい。

  

きっと何かについて苦もなく出来てしまう人は、出来ないという経験を積む事がないか

悩んだり苦しんだりする気持ちがわからないのだ。

悩んだり苦しんだりという感情経験してないから、そういった感情自体を知らないかもしれない。

まりにも出来てしまう人はきっと悩んだり苦しんだりする経験が薄すぎるから感情希薄になってしまう事もあるのかもしれない。

経験してない感情は、きっといつまでも理解できない。

怖い事なんだけど、有能だと言われている人にはこうゆう傾向があるように思える。

・・・これはまた別の問題かな。今回の『馬鹿とゆう人が馬鹿』といった問題とは別かもしれない。

  

さて・・・

しかし、だ。

それら理解できない状況や立場、行動行為、人などを『馬鹿』と断定してしまって良いのだろうか。

切って捨ててしまっていいのだろうか。

理解しようとせずにいていいのだろうか。

  

それではあまりにも短絡的すぎるのではないだろうか。

思考停止と言えるのではないだろうか。

短絡的にすぐ断定したり、思考を停止させてしま行為こそが愚かなのではないだろうか。

決め付けや憶測での価値判断こそ『馬鹿』な行為ではないだろうか。

  

高度な事を教えるのなら段階的に教えればいい。

下地を作ってから学べばよい。

基礎の事から学ぶように導けばいいだけの話だ。

なぜそうなるのかわからない場合局所的な事実では見えない事もあるのだから、大局的な捉え方に目をうながすのも良い。

  

ちょっと立ち止まって思いやったり想像したり、相手の立場になって考えたりしてもいいのではないだろうか。

自分が上手く説明できたりするようになればいいのではないだろうか。努力してみたらいいのではないだろうか。

そういった姿勢や考えこそが賢く、【利口】と言えるのではないだろうか。

  

  

ふぅ~・・・ここまで書いてきて今気づいたのだが・・・まりにもまとまりが無い。

文体、文脈、論理展開など滅茶苦茶じゃないだろうかこれは・・・

このテーマについてはまたこれから考察したりしていこうと思っている。

自分が他者にたいして短絡的に『馬鹿』などと言わない人になるために。

あ~・・・ いつまでもいつでも謙虚人間でいたいなぁ。

ちなみに私は自分の事を馬鹿だと思っている。

だが人に言われるのは好きじゃない。

馬鹿という人が馬鹿なのだ

2013-10-03

"障がい者" か "障害者" か

障がい者の人は害じゃない!"害"なんて言い方、差別だ!」って言ってる人間わりといるけど、障害者は害だと思います。そもそもの"障害"の語源の話とか差別かどうかとかは別として。

僕が通っていた小学校では"特殊学級"(F組、ともいいますね)が無かったので、知的に障害のある男の子がひとりクラスにいました。で、いるだけならいいんだけど、女の子を追いかけ回すんだ。下半身裸で。1年生、2年生のころは笑って済まされてたけど、6年生にもなると女の子泣いてましたよ。当たり前だよね。これは確実に害だと思う。

中学校の時のキャンプでは、その子は盛大におねしょをしたそうです。テントからからシッコまみれで、そのテントにいたクラスメイトはしばらく(いじめに近いレベルで)からかわれてました。これも害でしょう。

まあ結論としては、こういうレベル障害者は無理に普通学級に入れるよりはきちんと専用の施設に入れてあげたほうが当人も幸せなんじゃねーの?ということです。

あ、身体障害者は害じゃないと思います。まあ知的でも身体でも人によるよね。

以上です。

2013-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20130910143829

父親としては、娘さんに「お前はEちゃんとは友達だって思ってる、その気持ちがあればいいんだ」って言ってあげればいいんじゃないかなぁ。

女同士の友達関係というデリケートなことで、先生にカチ込むことでクラスメイト達に事が知れてしまうかもしれない、というのは娘さんにとっちゃ(頭に血が上ってるおっさんには到底理解が及ばないほど)死ぬほど重要なことだよ。ケア方法まちがえたら最悪娘さん自殺までいくよ。

2013-09-09

小学生の頃いじめにあっていた。

クラス男子から毎日のように殴られ、蹴られる。

増田よえーwwww。おらおら!!何とかいえよwwww」

こんなことが日常茶飯事だった。

こんな目にあうのは自分が弱いからだ。

小学4年の夏、

そんな自分でも空手を習えば強くなれるんじゃないかと思い、近所の空手道場に通うことにした。

これで強くなれる。もういじめにあわずにすむんだ!

そんな気持ちで僕は道場の門を叩いた。

しかし、それはあまりにも浅はかな考えだったとすぐに思い知らされた。

ここは小さな田舎である

空手道場といえば近所ではここしかない。

道場の中にはいると、見慣れた顔が数人いた。

クラスメイトいじめっ子である

けっきょく、この空間学校となんらかわることのない暴力の真っ只中であった。

道場に通うのはすぐにやめた・・・

中学時代は馴染めない地元から離れ、2駅となりの学校に通うようになった。

身体が大きくなったことと小学生時代反動もあって、中学の頃は喧嘩にあけくれた。

気づけば札付きの悪になっていた。

増田さんに勝てる奴なんてこの辺にはいねぇっすよwwww」

仲間や後輩からはそういわれるほど”武闘派”になっていた。

腕っぷしには自信がある。でも満たされない感情があった。

「好敵手と戦いたい!血沸き肉踊るようなバトルがしたい!」

そんなとき、久しぶりに地元を歩いていると、ある看板が目にはいった。

そう、あの惨めな想いですごした小学校時代、強くなろうと門を叩いたあの道場看板である

僕は深く深呼吸をした。

「俺より強い奴に会いにいく!!!

http://anond.hatelabo.jp/20130909213415

【追記】

元の記事はこれの転載ネタであることを知ってホッとしている。笑い話で済むならどんなに幸せであったか・・・

http://qa.news.mynavi.jp/question/9270/

なぜなら、私が訪れた道場での出来事はこんな風に笑える状況ではなかったかである

その後

http://anond.hatelabo.jp/20130911043121

2013-09-08

「惜しい人を亡くした」

よく「惜しい人を亡くした」って言うけど、その感覚がどうしても理解できない。

同僚などの近い人が死んだときによくブログとかの追悼文でそう書いてる人がいるけど、本当にそう思うんだろうか?

自分の周りで亡くなった人がまだ祖父と高校の時のクラスメイトだけだからだろうか?

祖父はまあ寿命だってことで片付く問題だし、高校の時のクラスメイトも若干の寂しさこそあれ、普通毎日がまたやってくる。

正直なところ同年齢のこの前まで話していた人が死ぬという出来事はかなりショックではあったけれど、「惜しい人」とはどうしても思えなかった。

ニュース有名人訃報を見たときも、あまりそう思ったりしない。

自分北杜夫が大好きだが、死んだときも「あー亡くなったのか」位のもんだった。

年齢が若ければ惜しいかというとそうも思わない。「早く亡くなってかわいそうだね」くらいのことは思うけど「惜しい」とは思えない。

自分生活や心を支える人が亡くなればひっちゃかめっちゃかになるだろうけど、それは果たして「惜しい」なのか。

自分が未熟なのか、それともみんな前口上でそう言うだけなのか。

2013-09-04

交換日記

私が小学生の頃、当時から総合的な学習時間」というのがあって、小学生には「ソーゴー」とかいうよく分からない時間だった

あれは今となっては児童考える力を養ってもらうためのものだったのだろうと解釈できるし、実際にもそういった狙いがあるらしい

ある日の総合的な学習時間グループワークで、グループクラスの中で自分たちで組むものだった

だいたいこういう時は仲良しグループで固まる。私は友達が多くなかったので、いつも仲良くしている友達を必至で確保した

しかグループは5人以上10人以内という決まりがあって、2人ではどうしようもない

そうこうしているとクラスの派手な女の子たちのグループが2人足りないから来てくれということだったので、そのまま吸収されるような形になった

派手な女の子たちはやっぱり派手で、一方私は地味だった

それでもグループで一緒になった以上は私にも発言権はある訳で、私は彼女たちの短絡的で向こう見ずな提案に問題があることを指摘した

しかし「お前地味で黙ってるから連れてきたのに何言ってんのwww」という感じで軽くあしらわれて、彼女たちのノリであれこれ決まっていった

地味ながらにとても納得のいかない出来事だった

当時中の良い友だちが隣のクラスにいて、交換日記をしていた

総合的な学習時間で居場所のない自分は、そのやり場のない気持ちを日記の中に書き綴った

友達もよく分かってくれたし、交換日記の中の自分はいきいきしていた

二人の中の世界から見られないか大丈夫という気持ちがあって、総合的な学習時間の話に始まり、他愛のない話や誰かの悪口も書いた

どんなに嫌なことがあっても、あの交換日記に書けば友達が見てくれて、面白い反応をしてくれると思えば何てことなかった

交換日記は手渡しではなく、お互いの机の中か下駄箱に突っ込んでいた

ある日のこと、そろそろ友達から日記がやってくる頃かな、とわくわくしながら机を探ると、中に入っていない

と思ったら、クラスの別の誰かが取り出したらしく、大勢がそれを取り囲んで見ていた

私は唖然とした

交換日記を取り戻した時にはもう遅かった。噂はそこら中に拡散されて、悪口の相手にも届いた

悪口の先のほとんどは、総合的な学習時間の派手な女の子たちのことだった

まり彼女たちを敵に回した訳であり、当時スクールカーストみたいな言葉はなかったけど、彼女たちを敵に回したということはこの先どうなるかは大体察した

彼女たちはすぐに先生言い付けたので、私と友達は呼び出されてこっぴどく叱られ、クラス会でも取り沙汰された

それで全体的な結論として、「ひとのわるぐちはいけません」みたいな結論が出た

いやちょっと待てよ、私たちノートの中で二人きりで世界を共有していただけで、他の大勢人間に悪口を吹聴したりなんかはしていない

そもそもどうしてノートを持ちだした児童が悪く言われないんだろう

私たちノートで気持ちを書くこともいけないのですか?どうしてノートを持ちだしたクラスメイトは怒られないのですか?そもそも誰がこのノートを持ちだしたんですか?」

秘密事をしてはいいと思ってるのか!」「お前は犯人探しをしたいのか!犯人探しをして何が楽しいんだ!」

私は子供ながらに担任が論点の段階ですれちがっているような気がして、もう何も言わなかった

ただ一人、過去担任になった魔女みたいな先生が職員室にいて「何言ってるの?交換日記なんて普通じゃない。それを持ち出す方がよっぽどデリカシーが無いじゃないの」と一蹴したのが唯一の救いだった

私と友達それから周りに大声でみんなに聞こえるように悪口を言われるようになった

授業で発言をすれば「うるせー死ね」、すれ違うと「くせー」

耐え切れなくなってそれを担任相談したら「私の見ている場で起こっている訳じゃないんだから私が注意できる訳がない」と言われて相手にもされなかった

先生あなたの見ている場で起こっていることを見過ごすなら交換日記の件でどうして児童を相手にしたのですか

児童がうるさくて派手で可愛いからですか。私が地味で目立たない生徒だから駄目だったんですね

先生、「わるぐちはいけない」んですよね

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