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2016-08-24

青木まりこ」現象の解明に迫る

http://www.dangouwasa.com/entry/bookstore-excrement

本屋に行くと便意をもよおす「青木まりこ現象」について、原因は不明」という記事が上がっていた。

 

わたしは「青木まりこ現象」について、以下のプロセスだろうと解釈している。

 

1 本好きの人が書店へ行く

2 大量の本がある

3 リッラクスし、アセチルコリンが分泌される

4 アセチルコリンにより便意をもよおす

 

これを、「1 よく映画レンタルする人がゲオに行く」→「2 大量のDVDブルーレイがある」

「1 文具好きが文具店へ行く」→「2 大量の文具がある」などに置き換えても成立すると思う。

重要かは不明だが、「自力で入手できる」かどうかはポイントになりそう。

例えば子どもおもちゃ屋に行く場合、親にねだるしかない時と、お年玉を握りしめて行った時では、後者場合に便意をもよおしそう。)

 

特に書店について、この現象が取り上げられることが多いのは、大量の本(視覚)に加えて、新刊本のインクのにおい(嗅覚)も作用するからではないだろうか。

 

 

ということで、完全に解決済みだと思っていたので、むしろ未解明なことに驚いた。

PCデポって店を知らなかった

23区民なんだけど知らなかった。企業サイト見たら、郊外ロードサイド型の店のようだ。

郊外ロードサイドなんて、年寄りの客が圧倒的に多いだろうし、家電量販店の苦戦ぶりや激安パソコンの台頭なんかを考えりゃ、

年寄り騙したらちょろいし安定収益ゲットだぜ!と思う短絡馬鹿が出るだろうなとも思う。



少し前、とはいえ、10年以上前だったか、ある人に聞いた話。

2000年ぐらいまでは、首都圏郊外幹線道路沿いには、でかい駐車場を備えた本屋レンタルビデオ屋がたくさんあった。

TSUTAYAなんかが典型だが、郊外暮らしの人でアラサー以上なら、なんとなくイメージできると思う。

それらの書店レンタル店、ゲームショップなどが、どんどん無くなっていったのが2000年代ぐらいらしい。



書店の代わりのテナントはどうなるか、その人は、ドラッグストアだったらいくらでも手が上がる、あとは葬儀場が一番高い賃料を出せると言った。

郊外住宅地住民は、家で葬儀をする習慣がない根なし草のニュータウンである

首都圏郊外住宅地は多くが1960年代後半~70年代に作られたもので、一次住民年金生活者という世帯ほとんど。

から葬儀場がこれから郊外ロードサイドホットニーズですよ、と。

葬儀場のニーズが高いなら、その前に老人ホームとかじゃないんですか?と聞いたら、あれは儲からない、補助金がなきゃ地主の上がりはほとんどないと言う。

その人はまた、首都圏衛星都市立川とか浦和とか横浜とか柏とか)で、結婚式場ニーズも高くなるのでは、と言っていた。

ニュータウン住民の子世代の、結婚式ラッシュが来るが、彼らはお金がないか都内ホテルで豪華にではなく、

地元で小さく雰囲気の良い(郊外にあるもの雰囲気が良いハリボテだらけだけど)式場が人気が出るんじゃないかと。今でいうスマ婚的なものだろう。

当時はなんとなく、ちょっとした気のいい悪魔と話しているような気がしたのだが、2016年になってその悪魔さんが言ってたことは割と当たってると思う。




PCデポとはあん関係ないんだけど、なんか、あの悪魔さんとの会話を思い出した。

郊外では、「そういう感じのこと」が起こっていたのかもなぁと。

2016-08-23

特技も人より詳しい分野もなくて、趣味時間お金があればやるけどどうしてもしたいとは思わないし、何が楽しくて生きてるんだろうって思ってしま

特技だとか詳しい分野とか、なんの努力もせずに生きてきたから当然なんだけど、30年生きててこのために努力したいと思う物事ひとつもなかったんだけど、純粋怠惰なのかな

時間があれば布団で寝ていたいし、飽きたらまとめサイト見るけどそのうち寝ちゃう

趣味読書と言っているけど、本屋平積み文庫本適当に表紙が好みだったら買うだけで、好きな作家も好きな作品もない

恋人好きな人いたことはないし、両親や兄弟とは没交渉だし、親しい友達もいないけど、そんなに対して問題なく生きてきた

体壊して仕事は辞めるけど、傷病給付もあるししばらく療養できる程度の貯金もある

悲観する程お先真っ暗ってこともないはずなのに、こんな人生生きてる意味あるのかなあと思う

2016-08-16

http://anond.hatelabo.jp/20160816232814

思いつく順に列挙すると、

(1) 今の人生がとにかくつらくて、悩みを解決する処方箋が欲しかった。

(2) ジブリ作品フィンチャー作品、『資本論』を観たり読んだりしたせいで(+周囲の人間を見ていて)、消費社会競争社会価値観に疑問を持った。それ以外の価値観が欲しかった。

(3) 本屋で偶然、内村鑑三高校日本史で不敬事件当事者として出てくる)の聖書注釈出会ってこれが分かりやすかった。

(4) ニーチェドストエフスキーを読んだせいで、神を否定するとヤバいことになると漠然と思っていた。

(5) マクグラスの『科学宗教』を読んだことで、現在科学水準でもキリスト教否定し去ることはできないということが分かった。

(6) 何より、読んでみたら聖書の一節一節が心に刺さりまくった。

辺りかな。

[追記]

(7) 葬式仏教の腐敗っぷりに嫌気がさした。

(8) (4)と関連するけど、植松聖の事件を見て、「結局重度障害者が生きる意味(≠殺してはいけない理由)はあるのか」という問いについて、神なしではうまく答えられないことに気付いた(異論はあるだろうが)。

2016-08-10

電車内では文庫本新書週刊誌新聞といった紙のメディア禁止です。

http://anond.hatelabo.jp/20160809233218

ということにしたらどうなるだろう、と今朝の会社デスクでふと思いを巡らせてみた。


というのは、いい年して週刊誌新聞を広げるサラリーマンOLを見ると、ガサガサと当って他の人の邪魔になっているのも気がつかず、無駄資源を消費して、この人たちを後ろから見たらホントバカな感じに見せるだけでしかない。そんな人たちが一車両に何十人もいるのである。彼らをその三重から救ってやりたいという気持ちもある。

公共交通機関であるはいえ、安全とかなんとか理由を付ければ電車会社の都合でいくらでも禁止にできるはずだ。

仮に、禁止したとしよう。まあ画面を見ないで音楽聴くのは許すとして。

赤の他人と互いに接近した車内での手持ちぶさたを解消するために、多くの人はスマホKindleといったコンパクト電子機器をもって電車にのるようになるだろう。ほんの1,2年前の実際の風景である

これにより、出版物電子化がより進むだろう。

また、多くの人に読書の習慣が蘇る。本を読む楽しさに気づいた人は、通勤時以外にもkindleで本を読むようになる。

文章の良し悪しがだんだん分かるようになる。

会社で書くメール報告書文章も、少しずつまともになる。

読解力がつき、テレビ政治家のもちいる詭弁が見抜けるようになる。

無駄に消費していた紙の資源や運搬コスト印刷コストは削減され。

少しずつ、日本が良くなる。

本の需要が高まった結果、本の専用機器は発展し、本屋には最新のタイトルの表紙のみ並び、気軽に専用機器で店頭ロードして販売される。

IT最先端インフラが作られ、明らかに日本IT経済は一つステージが上がるんだろうな。

俺が日本経済関係者なら、絶対ロビー活動をして車内での本や雑誌の利用を禁止するよう求めるんだけどな。

2016-08-09

本を買うと店員ペラペラされる

よく本屋で買い物するんだけど、レジ会計の際に店員が本をペラペラするのはなんなの?

単純に売上スリップの有無を確認してるのかと思ったらそういう訳でもないっぽい

ベテラン書店員といった風貌の人はペラペラしない。するのはやる気のなさそうなバイト店員だけという特徴も発見した

例えば、俺が「ミナミの帝王137巻」「恐怖の怨霊絵巻」「過激エロサイト200」「オトメ帝国8巻」の4冊をレジに持っていったとする

レジ店員がやる気の無いバイト店員若者男性だった場合、「ミナミの帝王」と「恐怖の怨霊絵巻」はバーコード打ってそのまま袋へ(スルー)、

過激エロサイト200」と「オトメ帝国エロ可愛い女子高生が表紙のマンガ)」だけはバーコード打ったら、何度もパラパラパラパラ繰り返し中身を確認。たまにピタッと止まる箇所があるが、とくにスリップを取るわけでもなく袋へ。

どうも真面目な本や、若者が興味のなさそうなマンガなどはスルーして、エロそうな本や可愛い女の子が表紙のマンガだけペラペラされる傾向にある。

レジに客が並んでいるときでも平気でやられる。俺の後ろにも客が並んでいる状況でも、思いっきり表紙をこっちに向けてペラペラやられるので、後ろの客にも「こいつエロい本買いやがって」というのがバレバレである

しかも何度も店員パラパラ繰り返しやるので、あまりの遅さに明らかに後ろに並んでいる客がイライラしている。俺もかなりイライラしている。

これはもはや俺をバカにするためにわざとやっているとし思えない。

店の実名を出すと、これをやるのはヴィレッジヴァンガードワンダーグーだ。この二店の店員特にやる気の無いふざけた店員が多く(よくこんな奴採用したなってレベル)、もう二度といかない。

一時期住んでいたアパートの近くに本屋と呼べる店はワンダーグー一件しかなかったのでよく利用したが、ここでは本を取り寄せるときなど、他にも店員対応に幾度となくイライラしたので俺の人生で最悪の店。

2016-08-08

電子書籍ってエロマンガ以外の用途で使う人いるんだろうか

俺は紙の本を本棚に並べたいし、物として残しておきたい派だから電子書籍利用したことないんだけど

電子書籍ってエロマンガエロラノベ読むためのものだと思ってる

テレビCMで「ワンピース花より男子がなどの人気コミックが読めます」と宣伝しまくってる「めちゃコミックだってネット広告エロマンガ広告しか打ってないし、

めちゃコミック以外の電子書籍サイトも結局はエロマンガ主婦向けの胸糞系マンガ広告しか打ってない

胸糞系マンガゲスから読むものなので、この場合ポルノに含んでもいいだろう

まり書店では恥ずかしくて買えない本を気軽に読むためのツールしか思ってない

どっかのネットニュースで、実際電子書籍ワンピース進撃の巨人などリアル本屋で売れてるマンガはあまり売れず、エロマンガばかり売れているというデータもあった

絶版本が手軽に読める利点もあるが、俺の場合絶版本は古本屋を数件はしごするか図書館で読む

それでどんな絶版本も手に入れることができた

最近地方に増えてきた超大型書店を覗けば絶版本が新品で普通に売ってたりもする。

結局はがんばれば欲しい本は本屋はしごすれば見つかるし、はしごするのも楽しいもの

なので電子書籍を利用したことはほとんどない

電子書籍は紙の本を読むのより時間がかかるし、なんだかんだ紙の本より読みにくい

実際に紙の本を手にして読むと心に残るのだが、電子書籍だと本というより、ただのファイルって感じがして心に残りにくいし、読んだこともすぐ忘れてしま

スマホ向けサイトには片っ端からエロマンガ広告ばかり出しているのも不快しかない。べつに俺だってエロマンガを読むことはあるが、あれは誰だって不快だろう。あの広告の出し方は電子書籍イメージダウンしかなってないし、子供への影響もひどいだろう

まり、俺は電子書籍軽蔑している

増田を読むのは好きだが、それとこれは別。

http://anond.hatelabo.jp/20160808113858

2016-08-07

VRは大したことがない。

大学夏休み、どうにもならないジェンダーバトルやらの煽り合いを繰り返しているウェブに飽き飽きしている。

働く気概能力もない。

ウェブ風俗嬢の客の悪口や、それを持て囃す輩を見ても仕方がないからPSVRの体験会に行ってきた。

自分はVRというのは次世代の何かであり、ジェンダーソバトルやらとは違うフィールドへ己を連れて行くものだと期待していた。

銀座には見てくれの良い女がいた。

自分がどんなに見てくれが悪く酷い思いをしてきたかというのがこみ上げてきて苦しかったが俯いて歩いた。

そして、ソニービルでPSVRを装着した。

まず、解像度が低い。

そして、暑い中を歩いてきたがために汗だくだったのでグラスが曇る。

VRというもの所詮は画面が付いたゴーグルしかないと感じた。

案内の女の自分への態度が、汚物を扱うようだった気がしなくないというのが一番現実だった。

PSVRを購入する権利があったが、見送ることにした。

その後、やることもなくアキバに行ったらヨドバシでも予約を受け付けているようだった。

持病の治療薬でついた酷く深いニキビ跡だらけの皮膚はドロドロである

本屋に入ると、なんちゃらアートオンラインやらが平積みされている。

そんなラノベに登場するVRマシンレベルなら流行るだろうし楽しいだろう。

しかし、現状のVRというのは3Dプリンターのようなものに成り果てる気がしてならない。

ようは大したことがないということだ。

薄々皆はVR(仮想現実)が大したことがないと気づいているのか、現実ゲームに近づけるというAR的な傾向もあるらしい。

そんな風に、現実で見てくれの良い人間がどこまでも特権を得る。

VRなんか買わずに持っている金で効果があるのかないのか、持病でできるかも分からない整形でもしようか考えている。

容姿がよくなりたい。

2016-08-06

http://anond.hatelabo.jp/20160806215512

こういうのが増田投稿されるたびに思うけど、日本人ってあんまり聖書とか読まないから、こういうときにどうすりゃいいんだってのを知るための本とか作品が無いよね。

増田自殺せずだらだら生きていくんだろうが、暇なら岩波から出てる内村鑑三ヨブ記講演』って本を読んでくれ。有名な本だからその辺のでかい本屋にあるはずだ。安いし。

もし本読むのがきついなら、デヴィッド・フィンチャーファイト・クラブ』って映画を観てくれ。

幸運を祈る。

2016-08-04

ホントに本を読まなくなった。


読まなくなった理由を挙げると......




本を愉しむなら小中校の学生時代

人生を本に託すなら、若年の社会人時代

中高年になると、子供の世話でハラハラして落ち着かないし、晩年は目がかすんだりそもそも見えなくなったり、病気骨粗しょう症からくる疲労骨折や膝の痛みリハビリ介護の日常になるので、本を読むどころではなくなります

http://anond.hatelabo.jp/20160804131125

反応してくれたんだと思うので解答するけど

それはすぐに解消される技術だと思う

例えば図書館ストリートビューのようになったら、本屋がそうなったら

うその悩みは無くなるんだよ

そこが出版社になればいい。そこで紹介してもらえるように契約すればいいんだから

2016-07-31

夏休み何してたか」報告会の恐怖

私は昔から派手好きではないし、友達の数も少ない。集団で動くのも得意ではない。休日基本的に一人で家や近所のカフェ本屋図書館で好きなことをして過ごす。

そんな私が恐れていたことの一つに、長期休み明けの「この長い休みの間何してた?」報告会がある。夏休みとかの長期休みの後、久しぶりに友人に会うとほぼ必ず、何してたか聞かれる。

この質問をされる時、私はひどい緊張と恐怖に襲われていた。穴があったら入りたい状態である。たいてい私は長期休みに何か特別なことはしない。ひたすらぐうたらしたり、読みたかった本を読んだり、見たかったDVDを見たりして過ごす。だからこの質問に素直に答えるのなら、「本を読んだり、DVD見たり、好きなことをしてのんびりしてたよ」というべきなのだが、私はどうしてもこうは言いたくなかった。

なぜなら、この答えを聞いた友人が抱く感想はきっと、「え、つまらない」だろうと思うからだ。せっかくの長期休みをどこへも行かず、家で過ごすつまらない人間認定されるのがなんだか怖かった。

けど、もうそんなこと気にしない。

仮に、「友達とワイワイ!ヨーロッパ一週間の旅」と「すべてがフリープラン!お家で過ごす一週間」を選べるとしたら私は後者を選ぶ。

前者を選ぶ人には私は外に出たがらないつまらない人と映るかもしれない。けど、別に良い。だって友達と一週間ヨーロッパに行ったって、私にはストレスしかならないと思う。友達との旅行は、きっと楽しいだろう。でも、これまで後者を選んで生きてきた私は、前者の選択精神面、体力面で私に大きな負担になりうることを知っている。というか、それがわかってきた。

休みの間何してた?報告会」を恐れていた私は、「世の中における長期休み理想的な過ごし方」は、「家族や友人とどこかへ遠出することや、何か特別感があることをする」ことだと信じ切っていた。だから、その理想から大きくはずれた過ごし方をする自分をひどく恥じていた。

でも、世の中には人それぞれの理想がある。それぞれの幸せがある。自分の家庭を持つことが最大の幸せの人もいれば、趣味仕事に精を出し独身でいることが最大の幸せである人もいる。夏休み旅行したりすることが幸せの人も、家でゴロゴロすることが幸せの人もいる。

どっちでもいい。どっちだっていい。比べることじゃない。そんな当たり前のことが最近わかってきた。

今年の夏休み明けは、友達と会うことを不安に思わなくて良い。そう思うと、この夏休みが一層楽しく感じる。

まれ芸能(人)をみつけたら話が早いのだが

anond:20160730145353

たとえば100人の人がAという芸能人を好きになったとしても、その好きになりかたは千差万別で、

「嫁になりたい」「抱かれたい」レベル「みてればいい」レベル

尊敬している。次に生まれときは彼の子供になりたい」もいれば

子供で彼を産み育て初恋の悩みをうかがっては好物を出し、気質の合う嫁候補を私が厳格に審査してやる」もいる。

あのころが彼の最高点だった」も

「これからなにかやってくれそうで気になる」もいる。

 

まりなにも突き詰めて考えない人は

好きな芸能人ときかれたらAをあげておけばいいかな。でも性格はBで」

くらいの人。これも芸能人の話ならよくありがちだが、

それは本当に行きたい場所、たとえばコンサートとかにいって周りのファンの口々に話す言葉を聞いたことのない人。

まだ「好き」のとっぱなにも立ってない人。

趣味ときかれれば「読書が好き」だけれど大きめの本屋真剣にさがしたり書評を読まない、教科書ベストセラーだけ読む人。

趣味ときかれれば「映画が好き」だけれど監督脚本で選ぶより芸能人テレビで何回も見てねといったから見る人。

 

あなたもたぶんまだ「コンサート」にいったことのない側の人だとおもう。

「好き」をみつけるまで紆余曲折時間お金も使うだろうけど、ないよりはいいからがんばって。

私は35くらいでみつけた。

2016-07-30

http://anond.hatelabo.jp/20160729213257

たぶん、僕も似てる。

「私は、こういう繊細な人間なんです」って胸の内を吐露することも難しいです。

HSP, Highly Sensitive Personなのかもね。

繊細さにもまして、話す勇気やアプトプットすることも難しいので、だから対処法があるわけではないと、思うけれど。

こういうのは、気の合った臨床心理士さんを見つけてカウンセリングを受けるのかなぁ。

  

追記(2016-07-31)...HSPは、Hyperじゃなくて、Highlyだったんだね。

既に似た増田も、いたようだ。僕は、本屋平積みのコーナーで、たまたま、見つけた。ネット経由で情報を得た人もいるんだねー。

http://anond.hatelabo.jp/20150827224229

1人1人の顔や性格が異なるように、感受性の違いも、個性。少数派には、少数派の感じ方があるということで。余り、自分を責めないようにしたい。

  

2016-07-28

キノの旅ハルヒ小説昔買って集めてたの見つけてしまった

どうしよう

もう10年は読んでないし処分するかな

んーでもキノハルヒおもしろいんだよなあ

学園キノアリソンシリーズ処分してもいいかなって感じはするけど

まあ本屋とか最悪図書館にもあるかもだし、

コレクションでいつでも読めるって安心感に甘えて場所とりつづけるのもなあ

でもそんなに場所はとらないしなあ

たぶんまた読みたくなるときはくると思うんだけど、それは当分こないきがするんだよなあ

仕事やめたりとか定年後とかのレベルな気がするんだよなあ

2016-07-27

恥ずかしくて死にそう

今恥ずかしがっても何も変わんないのはわかってるけど

片付けしててハルヒ小説(分裂までそろってる)みつけて友達ハルヒSSやりとりしてダサイクルしてたこととか

キノの旅10巻ちょいまで集めてたの見つけて、mixiSS書いたらマイミクにいた学校先生がわざわざ解説つけてくれたりとか

学園キノも見つけてクソだったなあとか

今みたいにネットで気軽にAV見れない時代には、本屋サンプル動画がたくさん入ったDVDCDつきの本が売られてたんだけど、それを中学生とか高校生ときにどきどきしながら買ったんだけど、そのディスクとか

いまその動画みたら古臭すぎてひとつも抜けるきしなかったわ

あわわわわってなるものばっかりだわ

あーひゃばいやばいやはくしょぶんしなきゃ

2016-07-26

初代ポケモンの思い出話



ポケモン最初流行ったときに小2か小3だったけど、

ポケモンコロコロコミックジャンプ小学○年生も買ってもらえなかった俺は、学校友達が言ってるポケモン名前がさっぱりわからなかった。

でも周りはみんなポケモンポケモンピカチュウカイリューヤドランピジョンって感じだったので、

ノートがいっぱいになったら買ってもらえるに違いない」という哀しい自分ルールを作って「じゆう帳」に黙々とボクの考えたポケモンを量産してた。



ブヨブヨに膨れ上がった体で2足歩行してるカマキリとか

裏返って自分のケツから頭が出てるダチョウとか

キリンの頭が生えてるイソギンチャクとか

パトカーと合体して12本ぐらい脚の生えたサイとか



どれもドギツい色のサインペンで着色していて極彩色にもほどがあるデザインで、

後年発掘したときには絵がヘタとか発想が怖いとか以上に、ものすごい怨念を感じるノートに仕上がっていた。

中学生の頃にあまりにも怖くて呪われそうな気がしたので捨ててしまったのが、大人になった今となっては悔やまれる。





自作クリーチャーノートが2冊目に突入する頃、本屋で「文字が多いから」という理由で「ポケットモンスター赤を遊びつくす本」を買ってもらえた。

当然、ポケモンに飢えに飢えている俺はそれを隅々まで読んで読んで読みまくって、ポケモン名前と姿をはじめとする各種データを頭に叩きこんだ。

翌週には、(まだプレイしたことないのに)同級生ポケモンの話をしているのを見かけては入っていって、

「○○なら何番道路Lvいくつが○%で出るよ」「その技は進化させずに覚えさせた方がいいよ」「その技よりこっちの方が威力高くて命中も一緒だよ」とか言ってたと思う。

時期的には既にクラス内でのポケモンブームはやや冷めつつあった(後発組もみんな四天王を倒した)頃で、

ベースで山ほど知識を仕入れていたので、すぐにクラスさらに学年で一番ポケモンに詳しい人というポジションに落ち着いて、

休み時間の度に「お兄ちゃんに勝ちたい」「○○の技マシンどこ?」「あのポケモンはどこ?」みたいな相談に乗ることが多くなった。(まだプレイしたことないのに)



夏休み前くらいの三者面談担任先生から

最近増田くんは、ポケモンにとっても詳しくて、いつもお友達に頼りにされていますよ」

「絵をずっと描いていたもんね、(買ってもらえて)よかったね」

「その熱意で都道府県もなんとか覚えられないものか……」

みたいなことを言われ「でもボクまだ持ってないよ」「えっ!?」という流れを経て、その日の帰りに遂にポケモン赤を買ってもらえた。



あれからもう20年経ってるのか……。

いまだに自分ポケモンだー!って遊んでるのは、やっぱりどこかあの飢餓状態反動な気がする。

2016-07-23

娯楽のない田舎モテないコミュ症が生まれると地獄

俺は北海道田舎に生まれ育ったが、それでもまだ駅前地元では街と呼ぶ)に近いほうの住宅街に住んでいたので、娯楽には困らなかった。

映画館ゲーセンも大規模な本屋もあるし、服を買うのも困らないし、チョイスの良い古本屋もあるので欲しい絶版本もすぐ手に入る。レトロゲームが好きで古いファミコンを買うのも、古本屋でどうにかなった。年に何回かは東京からお笑い芸人バンドが来てライブもある。同人イベントもあるし、アニメショップもある。

友達がいなくて一人で趣味に没頭するしかない奴でも、一応なに不自由なく暮らせた。

東京でいう、八王子町田に住んでる感覚だ。(もちろん北海道田舎なのでそれらの街より小さいが。)

最近高校時代の友人が自転車にハマっているというので、特に目的もなく適当自転車ブラブラしようと誘われた。同じ高校だったが、校舎が別だったので校内で会うことはなく、放課後によく一緒に遊んだやつだ。

大人になってからは車移動しかしなくなっていたので、自転車で車じゃ通らない道を走るのは新鮮だった。

すると友人が「あの山の麓を目指そう」と言う。遥か遠くに山が見えるのだが、とても自転車で行ける距離ではない。しかし暇なのでついていくことにした。

住宅街が無くなり、やがて畑しかなくなり、たまにコンビニがポツポツあるくらいで、建物農家の家くらい。たまに牛もいるぞ。「たいひあります」という看板がやたら多くなり、畑や牧場も無くなると「不法投棄監視されています」というノボリだらけになった。道路脇にはタイヤブラウン管テレビ便器などが転がっている。「監視されています」って、どこにもカメラは見当たらない。

ついにコンビニすら見当たらなくなった。畑も牧場もないが、たまに一軒家は見かける。こんな何もないところに住もうと何故思うのか、謎である

時間くらい自転車を漕いだだろうか。途中、急勾配が連続して自転車には辛かったが、山が目の前になった。街にいたときは、遥か遠くにあって行こうとも思わなかった山が目の前。

その麓には、家が何軒かある。そのうちの一軒が友人の高校の同じクラスの奴の家だという。

ドアのチャイムを押すと、同じクラスだったという彼が出てきて、家のなかに招いてくれた。

家は平成以降に建てたであろう、割と新しい綺麗な家だ。

「ここまで自転車できたの?大変だったろう」と冷えたポカリスエットを頂いた。ここまで来るのに汗だくだ。車に慣れてしまい、社会人になってから運動なんて一切していないので、自転車時間は本当に堪えた。キンキンに冷えたポカリスエットが沁みた。

ポカリスエットを頂きながら、彼の学生時代の話を聞いた。

高校時代は片道三時間かけて高校まで行っていた。彼は慣れていたが、街側に住む連中は自転車なんて精々乗って一時間である

高校時代に一度クラスの連中が彼の家まで自転車で行こうとしたらしいが、あまりの遠さに断念したという。

あんな急勾配を繰り返しながら、毎日片道三時間かけて自転車高校まで通っていたのである。頭が下がる思い。

冬は雪が積もるのでもちろん親の車で送り迎えだった。バス停は一応近くにあるが、一日に二回しか来ないので使い物にならないという。

一応、小中学校は歩いていける距離にあるが、そんな山の麓の何もないところの小学校なんて、同級生は五人しかいない小さい学校だったという。

そんなコンビニ一軒すらない田舎子供が暮らすといっても、娯楽がなにもない。ゲーセン映画館もなにもないので、家で少年ジャンプを読むかゲームをするかしか無いという。

そんなものはもちろんすぐ飽きる。結局、娯楽がない田舎で育つと、セックスしかやることがないという。

遊びに行こうにも、街に行くには自転車で片道三時間小学生には無理だ。コンビニ一軒すらない山にいるしかないのだ。公園もない。結局は、セックスしか娯楽がない。

彼の童貞喪失は小4。同級生女子とだそう。一度セックスを覚えてからは、同級生女子全員とやり、5年、6年の女子全員とセックスしたらしい。

まり小学校中学年になれば全員穴兄弟棒姉妹になるという。小学校中学校時代毎日セックスした。

この話を他の男にすると、みんな羨ましがるという。でも彼は「田舎だし、仕方ないことであって、決して自分モテる訳ではない」と謙遜する。

俺を自転車でここまで連れてきた友人も死ぬほど羨ましがっていたが、俺は羨ましいどころか聞いていて辛かった。辛くしかなかった。

もし俺がそんな学校に通わなければならないとしたら、女子は誰も俺の相手をしてくれずに童貞のままだろう。

小学校低学年のときは仲の良かった男子も、中学年にもなればセックスに夢中で俺の相手はしなくなるだろう。

誰も俺の相手をしなくなり、完全に孤立してしまう。

津山30人殺しだって、村の夜這いシステムから除害されて起きた事件だろう。もし俺がそんな田舎に生まれていたら、完全に(殺人まではしないけど

)そうなっていた。

街側の学校で育ったから、女子から一切相手にされず女友達が一人もいないモテない俺でも、男友達はどうにか作れたが、本当に山に家が無くて良かった…と戦慄しながら彼の家を出た。

ああ、そうか。また三時間かけて帰らなきゃならないのか…

2016-07-22

良いエンジニアの条件ってさ・・・

以下の記事を読んでの考察

https://nanapi.com/ja/122917



上記内の記事でもそうだし、

散々いろんな優秀な方々が言ってることだから

良いエンジニアになるのに一番大事なことって


技術が単純に好きなこと」


なのだろう。。。多分。



そこでふと思ったんだけど

この技術が「好き」という想いには

レベル存在しているのではなかろうか。


自分はまだ駆け出しのPGだが、

以下は自分想像した

アプリケーションエンジニアの「好き」レベルである




Level1】:

ネット本屋で新しい技術を目にすると、ざっと確認してしまう習慣がある。

ありがちな言動:「ふむふむ(ほむほむ)」



Level2】:

Level1に加え、自宅でWebサーバを公開したり、アプリ作成している。

またこのレベルからデザインUI/UXDBセキュリティインフラ技術など、興味関心が多分野へ渡りコミットし始める。

ありがちな言動:「今日アクセスが10増えたぞい。ぐふっ」



Level3】:

Level2に加え、休日はしっかりと時間を確保し、技術習得や、OSSへのコミットを楽しんでいる。

ありがちな言動:「今日×コミット×コンプ♪」



Level4】:

Level3に加え、技術面白すぎて、いろんなアイデアが一日中頭の中に浮かび、

気づいたら毎日手を動かして何らかの実装をしている。

ありがちな言動:「フォオオオオオオオオー」



Level5】:

Level4に加え、FWライブラリソース読破し、茶々を入れることに喜びを覚える。

また実際にコミットも行えるLevelに到達。

ありがちな言動:「これはアカン。。」



Level6】:

Level5に加え、言語設計にまで手を伸ばし始める。

現在第2のMatzになるため、世間から隠れたところで日々ハッピーエンジニアリングに勤しむ。

ありがちな言動:「俺が最高の言語、作っちゃる!!!





↑これあってる?

2016-07-20

この10年間で何故アニメオタクはここまで変化したか

今から10年前は、アニメオタクは「ヤバイ奴」だった。その頃はオタクから「アキバ系」へと名称が変化してきており、妙にテレビ秋葉原が取り上げられることが多くなってきていたが相変わらずワイドショーでは「秋葉原には見るに耐えないポルノが蔓延している!」と批判的に取り扱ったり、未成年による殺人事件があると短絡的にアニメゲームのせいにして、コメンテーター秋葉原映像を見て不快感を示していた。

ゴクドーくん漫遊記」という、アニメ化までしたライトノベル小説家デビューした中村うさぎ氏は、デヴィ夫人和田アキ子叶姉妹といった調子に乗った芸能人をコキ下ろす「屁タレどもよ!」というコラム集のなかで、なぜか芸能とは関係のないアニメオタクをボロクソに貶す章を書いていた。アニメオタク相手の商売デビューした人がかつての自身ファンをバカにするなんて、と思ったが文庫化の際にはアニメオタクの章は無くなっていた。

そんなアニメオタクを批判する風潮の中でも特に印象に残るのは室井佑月氏だ。秋葉原オタクを取り上げる番組の席には必ず室井氏がいて、「えー気持ち悪ーい」「上から目線で生身の女は嫌いとか言ってるけど、誰もアンタみたいな気持ち悪い男なんて相手にしないって!自惚れんな!」

エロゲーアフレコ現場を取材したVTRでは、明らかに40代らしき肥えたオバサン声優が「あん…あぁん…」と喘いでいた。それを観た室井氏は「こんなオバサンの声を若い女の子だと思って興奮してるんでしょ?オタクってバカだね!」

当時はオタクをバカにする役を一手に引き受けていた室井氏。わかりやすくオタクを小バカにするコメントができ、オタクを悪意的に取り上げたいテレビ業界からは意図した通りに動くので重宝されたのだろう。

スポーツ新聞コラムで、室井氏はこんなことを書いている。「電車男ブームで、自分たちモテる勘違いしたオタク達が女性を襲いそう!」

当時、電車男が映画・ドラマで大ヒット。ダサいオタクイケてる美女に恋をして、彼女を射止めようと必死に脱オタクを図る物語だ。電車男の中では、チェックのネルシャツケミカルウォッシュジーパン、頭にはペイズリー柄バンダナ、黒縁メガネ、両手に紙袋、背中には巨大なリュックサックというステレオタイプオタク像が描かれていた。

これは80年代後半から90年代初頭にかけて、テレビに引っ張りだこだった宅八郎氏の姿そのものである。宅氏がテレビバラエティ番組オタクタレントとして登場し、小学校低学年の女児のスカートを捲ろうと必死に女児を追いかける(今じゃ絶対放送できない!)などの企画で世間に「アニメオタク」という存在を知らせ、「おたく」という言葉を流行語にした。 それから15年経ち、2005年になって「オタク」から「アキバ系」へと言葉が変化しても、その中身のイメージ宅八郎からまったく進歩していなかった。もちろん、当時でも既に秋葉原にはそんなステレオタイプファッションオタクなんて一人もいなかったにも関わらず。

世間のイメージステレオタオイプだっただけでオタクは普通のファッションをしていたのに、電車男のヒットをうけて「脱オタクファッションガイド」というサイト書籍化されてこれもヒットした。「元オタク管理人ファッションを知らないオタク達に今時のイケてるファッションを指南する」という名目のサイトだが、この中でもオタク宅八郎ファッションで描かれており、管理人は絶対オタクじゃないだろうということはミエミエだった。

途中に登場するアニメネタも微妙に古いものばかりだし。この中でも「オタク卒業しないと、かわいい彼女はできないぞ!」と呼びかけた。

電車男ブーム当時は素人100人芸能人パネラー日本社会や政治について討論する、昔でいう「ココがヘンだよ日本人」のような番組にはオタク軍団50人が登場し、全員スレテオタイプ宅八郎ファッションだった。素人のフリをしているが、全員売れない若手芸人エキストラ俳優だ。

そんなオタク軍団の出番のテーマは「オタクよ!生身の女性と恋をしろ!」オタク軍団は生身の女性はシワだらけで気持ち悪いとか、アニメ女の子は自分を裏切らないとか、自分がモテないことをを棚に上げて身勝手な珍論を滑稽に熱弁する。そして司会者芸能人パネラーが指を指して嘲笑する。「討論」なんて大仰なものではなかった。

ネプベガス」という深夜のバラエティ番組では、これまたステレオタイプオタク像の素人出演者の男が何故かスタジオ美少女フィギュアを握り締めて立っている。そこに江頭が乱入し、オタクから美少女フィギュアを奪い取り、フィギュアを嘗め回した挙句、自身タイツの股間部分にフィギュアを突っ込んで逃げてしまう。そしてオタクが激怒して江頭を追い掛け回すというシーンは、番組の名場面として何度も紹介された。

電車男ブームを受けてもなお、バラエティ番組ではオタクステレオタイプな嘲笑やイジメの対象でしかなかった。 10年前当時は秋葉原アニメというものがやっとフィーチャーされてきたのに、やっぱりオタクは「社会不適合者」という印象のままだったし、ワイドショーはそういう扱いをしたがった。「秋葉原が今すごいことになっている」と少し好意的に報じているように見せかけて、VTRを観たコメンテーターオタクを批判したり「恋人が欲しければオタク卒業しよう」と言っていたのだ。

テレビでもそんな中途半端な扱いだった分、学校でアニメの話なんかしようものなら真っ先にイジメの矛先が向いた。女子から忌み嫌われ、スクールカーストの頂点にいる男子からは徹底的に無視された。

でも、学校でアニメの話をする奴なんて、眉毛が繋がり鼻毛も飛び出しヒゲもボーボーの顔面毛むくじゃら野郎とか、何日も風呂に入らず頭はベタベタで常に悪臭を振りまき、毎日洗濯していない同じ服を着ている奴とか、マトモな奴が少なかったのも事実だが。

それから10年、アニメに関する世間の評価が一気に変わった。あれだけアニメを批判的に取り上げていたワイドショーが、かなり好意的に取り上げるようになったのである

一番掌返して驚いたのが、「とくダネ!」の小倉さんである。10年前は「今このアニメのDVDが売れています」という話題のとき、周りのアナウンサーコメンテーターが「面白いですね」とニコニコしているのに小倉さんだけはモニターを睨み付けており、「何が面白いのか理解できません。」

秋葉原メイド喫茶流行っていると、秋葉原美少女フィギュアを買う客にインタビューしたVTRが流れても小倉さんはしかめっ面。「いい歳した大人がこんな幼稚なことをやってたら、日本はダメになりますよ!情けない!」

パソコン番組の司会をしてパソコン通信パソコンゲームについて熱く語っていた人なのに、こんなに許容の無い人だったとは。

なのにある日突然、とくダネの中で小倉さんが「腐男塾」というメンバーが全員アニメオタクという女性アイドルグループを猛プッシュするようになる。女性なのに男装をして一人称が「俺」というアイドル界でも特にややこしいグループなのに、小倉さんときたら「腐男塾の曲は今の日本を元気にしますよ!感動した!」

自身ラジオ番組の中でも腐男塾の楽曲はリピートされ、腐男塾の素晴らしさについて熱弁を奮う。ついには腐男塾ラジオゲストに招く。が、当然話題はアニメの話一色。

しかし小倉さんは「うんうん。アニメはいいよね。日本を代表する文化だよね」「アニメは日本の活力」「おじさんも、キミたちがオススメするアニメ見ちゃおうかな~。」あれだけアニメを批判していたのに…どうした、小倉!?

掌返したのは小倉さんだけではない。各ワイドショーは、10年前あれだけアニメを批判していたのに急にアニメ好意的に特集するようになる。

近年なんかは、毎年夏と年末は「コミケはこの季節の風物詩」と特集する。アニメが好きだという若いタレントコミケの魅力について語らせ、「コミケ外国人観光客が大挙するので、日本経済にとっても有益」と結論付ける。

昔は「コミケではこんなものが売られています」と、女性リポーターエロ同人を読み「信じられない!」と叫んでいたのが信じられない。

アニメは今の若者の間で大流行している」と報じる。昔はワイドショーインタビューされるオタクなんていうのは、みんな見た目が気持ち悪い男ばかりだったが、今のワイドショーインタビューされるアニメファンはみんな端正な顔立ちで、清潔感のある今時の若者ばかりだ。

めざましテレビやZIP!では、「今の若者はカラオケアニメソングばかり歌うらしい」とカラオケの個室内にカメラを設置し、リア充感溢れる爽やかな若者たちアニソンボーカロイドばかり歌う映像を流す。なんなら、そのVTRを観た若い女性アナウンサーが「私もこのアニメ大好きなんですよ!」なんてコメントする。

実際、カラオケ店に行って選曲履歴を見ると、アニソンボーカロイドばかりが出てくる。ちょっと前なんて、履歴にはエグザイル西野カナばかり残っていたものだが、エグザイルなんて履歴100件のうち2、3曲だけで、残りは全てアニソンという勢いだ。

10代から20代前半の若者とカラオケにいっても、ほんとアニソンしか歌わない。アニソン以外で歌うといえば、女の子アニソンの間にヴィジュアル系バンドの曲を挟むくらいだ。ヴィジュアル系バンドアニメオタクの趣味のうちのひとつと考えることができる。海外では日本のヴィジュアル系バンドアニメは、どちらもオタクの趣味という認識だろう。

彼らにはアニメ気持ち悪い趣味といった後ろめたさは微塵もなく、むしろ堂々とアニメを観ていると公言する。まるで、月9のドラマでも観ているかのように。

この10年でいったい、なぜここまでアニメの扱いが変化したのだろうか?

一番影響しているのは、スマホの普及だろう。ガラケー時代のリア充パソコンなんて触らないし、ネットなんてガラケーグリーモバゲーなどのショボい携帯サイトしか見ないという人だらけだった。テレビの印象も相まって、オタクアニメ気持ち悪いという印象のままだ。

筆者の個人的な思い出で申し訳ないが、リア充の友人へのメールネットのノリでつい語尾に「w」と付けてしまった。彼からの返信には、「ダブルってどういう意味?」今から5、6年前の話である

そんな彼も今ではツイッターフェイスブックで「w」を使いこなしている。ガラケーしか持たず、ネットスラングなんて見たことも聞いたこともなかった彼が、スマホを手にしてネットスラングを自ら使うようになった。

スマホが普及して初めてガラケーサイトから飛び出した彼らは、ニコニコ動画や「やらおん」「はちま寄稿」などのアフィブログなどでPC側のネットの世界を知ることとなる。

長年ネットをやってきたはてなユーザー2ちゃんねらーにとって、アフィブログなんてデマばかりの信用できない、他所からネタを丸パクリするだけしか脳のないネットのゴミということは知っているので、そこに書いてあることは信じないし自ら読もうとも思わないというリテラシーはできている。

しかし、スマホではじめてネットの世界に触れた人たちは、アフィブログヤフーニュースと同じような感覚で読み、鵜呑みにしてしまう。アフィブログなんて芸能ゴシップアニメのネタしか載ってないので、読んでいるうちにアニメへの嫌悪感違和感などはなくなってしまうのだろう。

ネットアニメの話題が多いので、アニメの話をするのはリア充にとっても生活の一部になってしまった。 また、スマホを手に入れるのと同時にツイッターフェイスブックといったSNSも始め、そこでバズっているバイラルメディアにもよくイイネ!を押す。

バイラルメディアなんて、それこそ我々にしたら10年前にとっくに使い古された噛んでも味のしないネタを今更引っ張ってきて羅列しているだけだが、ネットを始めたばかりの彼らには新鮮なおもしろネタに写るのだろう。

デスノートの作者はガモウひろしだった」なんて、今時そんな陳腐なネタで記事作るかね?と呆れるしかないバイラルの糞記事ですら、リア充のみなさんは「すごい話だ!」と感動してイイネ!している。今、2016年だぞ。

アフィブログバイラルメディアは、そういったネット初心者を餌にして食っている。

ニコニコ動画の影響力も凄まじかった。「歌ってみた」「踊ってみた」動画が若者の間でかなり流行し、いままでは動画サイトといえばYouTubeくらいしか知らず、エグザイルで踊る様子をアップしていたリア充たちが、ニコニコ動画の影響でコスプレをしてアニソンで踊るようになった。

アニメだって、今話題のものはググれば動画サイトに大量に違法アップロードされている。金を払わなくても、テレビを録画しなくても、スマホひとつあればいつでも手軽にアニメを視聴できる。

10年前はアニメに興味なんてなかった筆者の同級生女子たちは、ニコニコ動画ブームと共に急にアニメに夢中になりだした。急に「踊ってみた」「歌ってみた」動画をアップしだし、毎月500円払って顔出してニコ生まで始める始末。

昔はジャニーズロキノン系バンドを追っかけていた女子のSNSには、それら追っかけていたアーティストの名前は無くなり「歌ってみたの○○さんのライブに参加しました」「声優の○○さんの武道館ライブチケット、手に入りました」といった文字が並ぶ。

若い女子の間がアニメの話題一色になっては、男はアニメの話をしないとモテないという状況になった。というより、彼女がいれば自然とアニメについて詳しくなるだろう。

アニメは「気持ち悪い犯罪者予備軍の趣味」から、「若者のファッション」へと変貌した。2005年から2015年にかけての10年間は、アニメ史にとっても激動の10年間だろう。

といっても、2000年代初頭から当時の10代女子の間ではオタクアニメを受け入れる土壌は既にできていた。

2002年当時、クラス女子の間で、まるでキティちゃんリラックマなどのファンシーキャラを愛でるような感覚で、「あずまんが大王」のアニメを見るのが流行っていたのを記憶している。女子が「かわいいかわいい」と言いながら。

それでも、あずまんが大王を男子が観ているなんてことがバレたらやっぱり女子からは気味悪がられ、イジメの対象だったが。

またまた筆者の個人的な思い出話になって申し訳ないが、2002年当時の筆者の彼女の本棚から「苺ましまろ」が出てきて驚いた。オタクでもなんでもない、普通の女の子である本屋で偶然見つけ、絵柄が可愛いから愛読しているのだそうな。まさか彼女の本棚からロリコン漫画が出てくるとは…

生まれながらに少女漫画に慣れ親しんでいると、オタク向け美少女キャラクター違和感無く「可愛い」と認識できるのだろう。

また、2000年代前半にはジャニーズファンの若い女性の間で「テニスの王子様」が話題となる。ジャニーズ並みのイケメンたちが大量に登場すると、世のイケメンハンターの女性たちが熱く注目した。

それが自然にジャニーズファン以外の女性たちにも広がり、いつしか若い女性の間でBL漫画を読むのは少女漫画を読むこととイコールとなった。

今は、小学校高学年にもなれば女子ならばBL漫画を読んでいて当たり前である小学校から既にホモセックスの漫画を読むだなんて変な性癖にならないか心配だが、2000年代初頭にホモセックスBL漫画を読んでいた小中学生も今はアラサーとなり、普通に恋愛・結婚をし生活しているので大丈夫なんだろう。

世の流行するものは全て女性発信というが、そもそも女性にはオタク漫画を受け入れる土壌は十分にあった。「オタク気持ち悪い」はテレビが無理やり押し付けていた価値観で、ネットスマホが普及し、テレビの影響力が段々下がっていくにつれ、「オタク気持ち悪い」の印象も同時に薄れ、若者の情報源ネットのみになり、ネットではアニメの話題をよく目にするので生活の一部となり、女性がアニメにハマりだし、いつしか若者の文化となってしまった。

あれだけオタク犯罪者予備軍と批判していたワイドショー好意的に取り上げざるを得なくなったのだろう。

もちろん、AKB48の影響もバカにはできない。AKBがメディアに登場した頃は、まだ世間ではAKBは秋葉原アニメオタク文化とイコールで、気持ち悪いものとされた。

しかしAKBがテレビで普通のタレントとしての地位を向上させていくと、秋葉原イメージもジメジメした猥雑なイメージから一気にクリーンになり、結果としては秋葉原オタクへのイメージ向上につながった。

10年前はアニメオタクいじめていたような連中も今は「アニメ大好き」とか言ってるのは引っかかるが、若者ならアニメを見ていて当然といった風潮になった以上、もはや「アニメオタク」という言葉が薄れてきてしまっているので、仕方のないことだろう。

思春期になればJ-POP洋楽に懲りだすのは当たり前だったが、今の10代の学生はそれらを聴かず、アニソンボーカロイドばかり聴いているという。

人間というのは、15歳頃に聞いていたジャンルの曲は大人になってもいつまでも好んで聴くのだという。

もしかしたらこの先、昭和歌謡や最近やっと90年代2000年代の曲が流れるようになったテレビラジオの「なつメロ」番組で、今のアニソンボーカロイドが流れる日が来るのかもしれない。

その頃の若者の間では、アニメはどういった受け取られ方をしているだろうか。「気持ち悪い」か、「ダサい」のか、それとも今と変わらずアニメファッションのままだろうか。今から楽しみだ。

2016-07-19

さらさら降る雨の中を、レラは歩いていました。

街の本屋さんで、本を買った帰りでした。

まわりはうす暗く、おおきな建物が並んでいるのが、ぼんやり見えます

いつもとおっている道なのに、なんだかはじめての道のようでした。



ごおおおおおおっ



とつぜん、すごい音とともに、怒った虎のような風が吹いてきました。

風は木の葉や紙くずを巻きあげてレラに向かってきます

レラはおどろいて、持っていた本を手放してしまいました。

本は風にのって、空たかく飛んでいくと、あっという間に見えなくなりました。

風が通りすぎると、辺りはきゅうに しん と静まりかえりました。

やっと買えた、大好きな本だったのに。

さらさら降りつづく雨の中、レラはしくしく泣きました。



おやおや、どうして泣いているんだい。

大切な本が飛んでいってしまったよ。

泣くのはおよしよ。よし、さがしに行こう。



だれの声だろう。

レラがきょろきょろ見まわすと、東の空からおおきな、おおきな鳥が飛んできました。

こんなおおきな鳥は見たことがありません。その鳥は賢者の美しさも持っていました。

さあ、のるんだ。

おおきな鳥は、レラにやさしい眼でいいました。

レラがのると、鳥はひと鳴き、おおきなつばさを羽ばたかせました。

ものすごいはやさで地面が遠ざかります

レラはちょっぴり恐くなって、鳥の背中にしがみつきました。



どれほど飛んだのでしょう。

気がつくと、まっさらで吸い込まれそうな空があらわれました。

下には真っ白なじゅうたん。雲のうえに出たのです。

鳥さん、本はどこにあるの?

つんだ…そうかわかったぞ。さあ、つかまってなさいな。

からの光を浴びながら、鳥は雲に飛びこみました。



なんてひろい街でしょう!

見たことのない建物がところせましと並んでいます

いろんな色の景色をこえて、鳥とレラはひときわ高い塔の屋根に着きました。



そこには、おおきくてがさがさした鳥の巣がありました。そばには真っ青な鳥がいます

巣の中には、レラの本がひろげてありました。

よくみると、雛たちは本を広げて布団にして寝ていました。

寒そうな巣の中で、レラの本はとてもあたたかそうでした。

いたずら好きの鳥でな。よくひとの物を盗むのさ。

おおきな鳥はそういうと、巣から本をとりだそうとしました。

鳥さんやめて。おちびちゃんがかわいそう。

でもこの本を探してたのじゃないのかね。

ううん、この本はあげる。どうかだいじに使ってね。

レラはそういうと、おおきな鳥の背中に乗りました。

青い親鳥は、ありがとうありがとうと鳴きました。



おまえさんはいい子だね。これからきっと、いいことがあるよ。

鳥さん、ありがとう



もとの道にレラをおろすと、おおきな鳥はひと鳴き、東の空へかえって行きました。

はいつのまにか、止んでいました。



レラは思いました。

きょうあったことを、本にしよう。きっとすてきなおはなしになる。

はれやかな笑顔で、レラはお家へ帰りました。



おしまい

マレーシア人カメラマン Keow Wee Loongとその同僚2人が

先月福島避難指示区域侵入した。

http://edition.cnn.com/2016/07/13/world/inside-fukushimas-radiation-zone/

CNNがその様子を掲載しているが極めて不快である。こいつらが許可を得ず不法家屋侵入しているのは

福島の現状を知らせようというよりは、むしろ面白がって笑うためであることが写真からありありと伝わってくるからだ。

商品が散乱しているスーパー内で買い物かごを持ってみたり、113月雑誌が残ったままの本屋で座り込んで嫁もしない雑誌を読んでいる写真を撮る。

宝飾品店で指輪を手にしている写真もあるが、十中八九この土人どもは商品を盗んで帰っただろう。

大人は性欲を隠すのではなく、上手に抑える方法を教えろよ。

コンビニエロ本、レディコミを消すのではなく、

その性欲を抑える方法を教えなよ。



そしたら、みんなコンビニにいってまで性欲は発散しようとは思わないだろ。

適切に本屋さんとか買うんじゃないの?



性欲の扱い方を教えないから、みんな性欲を軽蔑して、草食男子とか生まれるんじゃない??

この手の話をすると、いや、性以外に楽しいものが増えたからって意見がある。それもある。

だが、今言いたいのはその話ではない。



性欲の抑え方を教えないで、女性は自らのおしゃれで、薄着したり肌を見せたりする。

そんなのが日常的にいてみなよ。性欲があふれるって話。


反対に女性で性欲がある人はどうなの?

女性から性欲を出すのは汚いって男性が思っているって思ってたりしない??


大昔では大人の女性子供の筆下ろしをやっていた時代もあったんだ。

から女性が性欲を出すことは変じゃない。


屈折して、中途半端に性を隠そうとするからいびつになるんだ。

どうせなら、宗教的に、女性は魅力的なものを見せないまでやるならやればとか思わないでもないし、反対に性教育もっとしっかりやったらどうなるかと気にならないでもない。


同様の問題として、性病が増えている問題がある。

これが今の性教育問題なのは事実だ。外国から来ている可能性もあるが、

それも含めて対処意識できていないのは問題として事実なんだ。



性病病気だ。

君たちは病気にかかるから外にでないのか?

違うでしょ? 例えば、風邪だったら、引かないように帰ってきたらうがい、手洗いするでしょう?そうしつけられてきたでしょう?



それが教育だ。

性も同じだ。むしろ本能的で大切なものからこそ、しっかり教育すべきだと思う。




否定語を使いすぎて読みにくいことこの上ないし、

今の教育現場がどうなっているのから、見当違いのファールボール文章かもしれないですね。



あああ、性欲ってなんなんだろうなー。

2016-07-18

家にいられない

両親は仲が悪く、母親典型的など毒母で、子どもの頃から理不尽に耐えてきた。

高校3年の秋に父が定年退職した後は、家に帰りたくないため、頻繁に図書館本屋時間を潰していた。



大学進学以降、通学・通勤電車が一番集中できる、唯一の自由時間だ。

結婚して初めて、家に帰ることが苦にならなくなったが、それも少しの間だけだった。

自宅に一人でいると落ち着かず、夫が一緒にいても好きなことができず、苛立ちを感じ、

やるべきことに追われ、1日が終わる、

自宅の布団で眠るより、電車内のうたた寝のほうが熟睡できる。

外出した時は、静かな店よりも、フードコート喧騒のほうが心地いい。

どうも、見知らぬ他人に囲まれながら、一人きりでいられる環境が落ち着くらしい。



子どもが生まれ産休・育休中は、日中子どもと一緒に家にいるしかなかった。

毎日散歩にでかけたほうがいいという育児本のアドバイス通り、徒歩や車で外出しては疲れ果てていた。

正直いうと、家にいたくなかったからだ。

夜はできるだけ早く寝て欲しいと思いつつ、子どもが寝付いた時点で、夫がまだ帰宅していない場合、途方に暮れた。

今春から仕事に復帰し、収入以上に、精神的に助かったと思った。



保育園に迎えに行くため、定時より早く帰宅しているが、できれば以前同様、夜まで働きたいと思う。

子ども授乳間隔が空き、育児負担が減った頃から

家にいる間は、常に食事作りや整理整頓掃除などの家事をやり続けてしまうようになってしまった。

自宅にいると、家事をし続けるこの症状に名前をつけたい。



家にいたくない。家にいると疲れる。

しかし、家にいないと、できないことは多く、やらないまま積み残っていく。

必要最低限のものを持って、ずっと電車内で座っていられたら、もっと時間有意義に使えるはず。

望んで授かった子どもは、ただでさえ自由のない人生の重荷になった。

育児ではなく、家事負担で潰れそう。

最近は、電車に乗れない休日が怖い。通勤中だけが熟睡できる。

真っ当に生きられるようになりたい。限界だよ。

ハリポタに思うこと

一言で言えば、「いや児童文学だろ?」とツッコミたくなる。



ずいぶん昔から、本のブームやら映画化やらのニュースを見聞きしてきたが、

どうも日本では大人商売事情ばかり見え隠れしていて、肝心の子供が置き去りにされている印象すらある。

そもそも、大の大人必死になるようなもんなのだろうか。

例を挙げよう。私の地元は『ズッコケ三人組シリーズ舞台稲穂ミドリ市の元ネタとして有名だが、

そこに熱狂的な外人がやってきて、「ここがアカツキ書店の元になった本屋か!」とか言ってたらどうだろう。

一応その場は適当ごまかすかもしれないが、内心ものすごくドン引きである

児童文学なんてそんなもんではないか



これが子供向けアニメ特撮だったらどうか。確かに、いい歳こいてはまる大人というのは山ほどいる。

しかし、それがどちらかといえば恥ずかしい趣味だという自覚は彼らにもあるだろうし、

何より、あくまでメインのお客は子供たちである、という原則は守られていると思う。

ところが、日本におけるハリポタにはそれがない。

リア充サイドの人らが、堂々と吹聴して回る趣味になりかねない勢いだ。

おそらくJKかそこらの女の子が、USJCMで恥ずかしげもなくメテオロジックスとかやっているのを見ると、

やっぱりどこか違和感がある。