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はてなキーワード: 嫌悪とは

2017-01-22

DV家庭の息子から見た両親のここが駄目

母親場合

・明らかに更生や同情の余地の無い屑夫なのに、「私がこの人を支えていけばいつかまともになるかも……」とか「この人も可哀想な人なのだから私が支えないと……」等と更生を期待したり生い立ちに同情したりする。

・明らかに自分に非の無いことで理不尽に怒鳴られたり殴られたりしても、怒らせた自分の非を探して自分を責める。

基本的要求せず、全て誰かの言いなり。自分というものが有るのか無いのか知らないけど、とにかく主張というものをしない。

無駄料理裁縫などのドメスティックスキルが高い。これがあるから夫は妻を生かさず殺さずで囲おうとする。これが無ければ向こうから捨ててくれるかもしれないのに。

子供の前で殴られ、子供の前で泣き、子供の前で夫に赦しを乞い、その後子供に駄目な母で御免なさい的なことを言って謝る。子供は板挟み。

越えてはならない一線というもの理解できなくなっている。例えば上述した子供を巻き込んだDVもそうだが、例えば、夫に唆されて自分実家電話をかけて両親からお金をせびるといった背徳行為等に関しても、夫に言われればやってしまう。

家事全般もそうだが、所謂女子力的な要素も無駄に高い。無駄に付き合いも広く、小金持ちのママ友達が多い。故に見栄を張りたくなるのか、あるいは意地なのか分からないけど惨めな自分を認められない。

田舎育ちなので、都会に対して妙な拘りがある。故に実家に頼るとか実家に帰るといった選択肢がとれない。

大学時代に親父に引っかけられて卒業後すぐ家庭に入ってしまった為に社会経験アルバイトくらいしかない。その為自立するという選択肢が浮かばない。

基本的にお人好し、悪く言えば人を見る目が無い。故に変な人との付き合いも多く、以前お金を盗まれたことも。

・要はメンヘラ

父親場合

・まず学がない。

・学が無い上に、努力というよりも才能で無駄仕事成功を納め小金持ちになってしまった為、学の大切さを知らない。故に、学を軽視する。

・学を軽視している為、子供宿題をしていると「勉強なんかするな」と怒る。学を軽視している為、「高校出たら働いて今までかかった学費を返してもらう」という素晴らしい( )教育方針を持っている。

教育方針から分かる通り、学を軽視し、金銭を何よりも重視する。人や物の価値金銭しか計れない。

・学を軽視しているので、習い事等を一切許さない。反面無駄成金的贅沢を子供に沢山経験させることには熱心。

・学を軽視している癖に学にコンプレックスがあるので、大卒の妻にコンプレックスを持っている面倒臭いオッサン

・当たり前だけど、些細なことでキレて、些細なことで殴る。加減を知らないので痣が残っても気絶してもお構い無し。子供友達が来ていても殴る。自分の両親兄弟の前でも殴る。赤の他人の前でも殴る。実の息子さえも殴る。とにかく殴りまくるがケチなので物だけは殴らない。

無駄容姿がまともで、口が上手く、女にモテる愛人がいる。

愛人子供交流を平気でさせる無神経。ちなみに愛人も殴る。

・一応子供愛情があるらしく、割りと構ってくる。しかし幼稚ですぐキレるサイコ父さんなのでいい迷惑

基本的独占欲が強く、子供も妻も自分の思い通りであってほしいと願うし、そうでなければ許せない。例えば子供友達を作ったり友達遊んだりすることを嫌うし、妻が自分以外の男と交流を持つことも嫌う。(友達と遊んでると機嫌悪くなるのだけは止めて欲しかった……)

・要はメンヘラ

以上

2017-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20170118114810

基地害じみた発想、誰がやるの?

ネトウヨは「大日本帝国正義慰安婦売春婦であって正義日本軍拉致強要などしていない」って立場からやらないでしょ。

サヨク過去戦争も軍も嫌悪してるだろうが韓国人不快にさせるようなことをわざわざしない。

Googleかい違法サイト検索エンジン

Google先生にはずいぶんと世話になっているが、

最近違法サイトスパムサイトに激甘なようで、徐々に嫌悪を感じ始めている。

例えば、試しに「アニメ」というビッグワードで、シークレットモード検索してみると、

そのトップを飾るのは違法配信動画へのリンクをまとめているサイトだ。

しかも、こういう一般向けワードはまだマシなほうで

成年向けの場合漫画動画などの作品名ググると、普通に違法DLサイトが1ページ目に引っかかる。

違法でなくても、アフィリンクだらけのペラサイトのようなゴミが引っかかる。

いまやGoogleは、違法スパムサイト検索するには最適な検索エンジンだ。

デマ屋の文芸 (24)

若者バルス離れ」から一年が経ちました。

なぜ?を考察した記事研究レポートなどを眺めていると、ネット民ステマ嫌いに通じる何かが感じられます

曰く、

意図により仕組まれもの、人工的なもの操作されたもの予定調和、踊らされてる感・支配されている感、ネクタイのおじさんやその代理からのお仕着せ、への嫌悪

があるのだと。

そして、この逆には、バズや隠れたトレンドのヒントもあるだろうと。

自然発生的、不意やハプニング性、天然、偶然の産物事象レアリアル・今そこに自分がいるライブ感、体験共有・連帯感、自分たちが押し上げた・支配されていない自由自律感。彼らはその意外な結果に驚き興奮し、話題拡散する」

──とかなんとか。

ならば!ということで、

作例24-1: 「いま話題の○○について、広報のかたに問い合わせてみたところ、『いやあ、わたしたちもなぜこんなに話題なっているか見当がつきません』と不思議がられていました……」

なんていうステマ記事を仕込むのはダメだと思います


←その23 | →その25

2017-01-14

韓国のパククネ大統領ユンビョンセ外交部長官が不憫

彼等はい親日売国奴って言われまくってる。

国家的な悪人ナンバーワン状態




でもパク大統領ユン長官親日なんかしてないし

これまでの韓国政権に比べて特別無能なわけでもない。

しろ歴代政権よりハイピッチで、政権始動から反日政策反日外交してた。




単に相手である日本反日的な動きに引かずに冷たくしたり報復したりするようになっただけ。

日本世論韓国一種の甘えである反日を許さなくなった。

でも韓国メディアはそれを全然伝えない。

大阪韓国人観光客が蹴られたとか言う確認の取れない話は膨らませて報じる一方

日本人全体が韓国嫌悪や反発の感情を持ってるってことはほんとに報道してない。

わざとやってるのか把握できてないのかは謎。




からパク大統領ユン長官勝手日本弱腰になってて

歴代政権と比べてとびきりの親日売国奴として韓国国民には見えている。




実際にはずーっと何十年も続いていたゆがみで、

日本がどこまでも引いてくれるからこそ出来た反日なのに

それが難しくなっているということを韓国国民理解しない。

なのでパク大統領達が自主的日本に国を売る売国奴となってる。




不当は批判なんだけどチェスンシルで総叩きムードなので反論できない。

また、「実は韓国歴代政権の対日姿勢は無理のごり押し」なんて今更説明も出来ない。

説明しても信じてもらえないで売国奴扱い。




結論として

やっぱり何よりもメディアが悪いし

ここが歪んでると恐ろしい。

2017-01-11

[][][][]



偶然これを貼った直後にツイートが消えた。うーんもったいない~。

ご本人もこのツイートおもしろさを自覚したのでしょう。



おまけ

2017-01-10

実際接客バイト社会に与える悪影響ってすごいと思うんだよな

あれやるといわゆる社会的弱者に対する幻想が全部剥げて

自分の実感に基づいた嫌悪不快ベース社会意思決定に参加するようになるじゃん

2017-01-09

キャリアらしいキャリアがない

社会人になってから10数年。

その間に3回の転職をした。

1社目は1年、2社目は2年、3社目は6.5年、4社目の現在は3年目。

転職理由は様々で、パワハラモラハラとそれに起因するであろう体調不良が大半。

理由事情はともかく、まず、「長く続けられないやつだ」と認定されてもやむを得ない。

次に、各社で行ってきた業務内容はバラバラで、「専門性はない」と認定されてもやむを得ない。

プレー経験ばかりで、マネジメント経験もない。

これ以上の転職などを考えるわけではないが、振り返ったときに何も残っていない自分自身嫌悪する。

現在価値観多様化しているとはいえ、この経歴を見て「様々な経験を持つ多様性のある人間だ」と評してくれる企業はないであろうことは想像に難くない。

よしんばあったとしても、最低限現在収入を維持できるような待遇は得られないであろうことは想像に難くない。

すなわち、自分は無価値または低価値であるのと同義である

つらい。

年齢的に考えて、飛躍的に何かが伸びるということも考えにくく、先行きも明るくはない。

これまでがんばってこなかった自己責任だといわれればそれまでだが、もう生きていく自信もなければ、結婚もしてないし、生きる意味目的も見出せないわ。

俺本当に何のために生まれてきたんだろ。

「よくわかる社会心理学」の読書メモ

下記書籍を最小限読書した。読書時のメモを以下に記す。

小口 孝司 (監修),"史上最強図解 よくわかる社会心理学",ナツメ社,2013.


人は社会的存在であることを前提
パーソナリティ心理学
性格心理学
心のなか 3つのシステム
 自己概念
  自己評価
  自尊感情
 認知
  状況やできごとへの認知
  他者への認知
 感情
  情動
  人ならではの高度な感情 社会的感情
関係
 心の遺伝子
 行動
人には必ず自分について知りたい欲求がある
 自己査定動機
自己概念
 個人的アイデンティティ
 社会的アイデンティティ
自己
 主体的自己
 客観的自己
  物質精神社会的
作動自己概念
 意識に上ってる自己概念
 状況や相手によって常にかわる
自己スキーマ
 現実 ありのまま
 理想 こうありたい
 義務 こうでなくては
 可能 そうなれるかもしれない
気になる異性に好かれたい → 理想自己選択
人は常に他者との比較によって自己評価
 社会的比較自分は良い、価値ある人間だと思いたい 自己奉仕動機
自分に甘口
 自己高揚動機
 自己防衛動機
平均以上効果
上方比較 私もあんなふうになりたい
下方比較 あの人よりはできるはず
自尊感情はほどほどがいい
ローゼンバーグ自尊感情尺度
 俺 27
 10〜50
 40以上 高め
 20以下 低め
潜在連合テスト
日本 謙遜を美徳
欧米 自己アピール 評価される
自尊感情を維持のために無意識心理作戦
セルフハンディキャッピング
栄光認知評価
 倹約
 バイアス協和
都合良しに目を向け、悪しにはつぶる
ヒューリスティック処理
 代表性
 利用可能認知評価のさい、何かに原因を求める
 原因帰属
  内的、外的
初期カテゴリー化
興味があれば深掘り
ステレオタイプ
個人に対するステレオタイプ
 2次元
  能力 優劣
  温かさ 温冷
解釈レベル理論
 時間的 心理的距離によって物事の捉え方 異なる
  長 抽象的 高次解釈 why  大目標達成できるが、理想高すぎで実行できない
  短 具体的 低次解釈 how 実現性高いが、目先しか見えない
恋愛
 高次解釈 崇高 理想現実恋愛しにくくなる
 低次解釈 肉体だけ
使い分け重要
コントロール可能
情動
 喜び 悲しみ 驚き 恐怖 怒り 嫌悪
 生理的変化 伴う
 重要事態に気付くため
社会的感情
 社会生活を営む人間のみ
 社会生活を円滑にするため
 愛 友情 感謝 誇り  → 助け合いを促す
 疑い 嫉妬 正義感 罪悪感 恥 → 集団内の裏切りを防ぐ
感情役割  命の危険から身を守りつつ、社会生活を円滑に送れる
感情 脳内無意識大脳辺縁系 扁桃体 大脳皮質
気分一致効果 良い気分の時は良い記憶を思い出す
感情感染
感情を適度にオープンにすると健康になる
感情コントロール理由
 合理的判断するため
 疲れやストレスを避けるため
 まわりの人によく思われるため
 社会にうまくなじむため
感情 あらわにしすぎも、抑制しすぎもよくない
紙に書いて表出する筆記療法
 感情抑制による健康への害を防ぐ
 1日15分以上 静かな場所で 誰にも見せない
 状況、感情を整理 いやなことへの慣れ できごとの解釈が変わる 抑うつ感がなくなり 免疫力もアップ
心の特徴は遺伝子で受け継がれる
進化心理学
助け合い社会行動
適応的かどうか
適応的でないと淘汰されやすい


以上

2017-01-08

二次元安易オカマキャラが苦手になった

少し前まではゴツいガタイオネエ言葉キャラがいても、特に何の感情も抱かなかった。

が、最近、前働いてたバイト先の、オネエ言葉を話すゲイ店長言動きっかけで2次元安易にそういう性格けがされたキャラ(まあ安易になんて私の主観になってしまうのだが)にも不快感が出るようになってしまった。

というのも、その店長性格

店長になってから常に不機嫌になるようになった。

・姑のように色んな人に異常に細かく注意する。特に自分より年下の学生バイトに当たりが強く、泣いてしまった女子もいた。辞める人続出。

・の割に店長自身はよくミスし、ベテランバイト店長より偉いマネージャーミスカバーしていた。

女性に当たりが強いが男性の前だと露骨にご機嫌。本人も「女性に対してなんの興味もわかない、女性女性に対して可愛いと思うような感じもない」と言ってた。

・逆に機嫌がいいとハイテンションに絡んでくる。テレビのオネエみたいな感じ。下ネタ結構言ってくる。「〇〇ちゃんお元気〜?」みたいな感じ。でもすぐ機嫌悪くなるので面倒臭い

勿論、全部のゲイやらオネエの人が女性に冷たいわけでも、他人にだけ厳しいわけでもないのは承知している。

だがそれでも、あのオネエ独特の妙な口調と圧をかけてくる振る舞いに苦手意識が出来てしまった。特に2次元だと3次元よりオカマ成分を強調されることが多いので、ヒクようになってしまった。

苦手な要素として主なもの

2次元オネエキャラは、マッチョな体とオネエ口調で、キャラクターを脅して圧力かけることがある。「〇〇いいからこれやりなさいよ!」みたいな

男性キャラにあまりにも行き過ぎた、濃いというか…な発情?惚れ惚れとするシーンが挟まれることがある。「〇〇さん…ほんっとイケメンよねぇ…!はぁん……(凄い濃い絵柄」みたいな

・たまに女性キャラに対して非常に冷たかったりする。

作品によっては「別にこのキャラ立ち位置なら、オネエキャラにする必要性はないのでは?ただ強烈なキャラ付けにしたい理由オカマにしただけだろ?」と思わされてしま

特に一番最後は本当にそう思う。オカマキャラを魅力的に描くのなんて本当に難しそうだから安易にそういうキャラを出されると見た瞬間にゲンナリしてしまう。

全部苦手というわけでなく、上に挙げた苦手要素が薄い、魅力的だなと思うオカマキャラもいる。

というか、そういうキャラが描ける作者さんはすごいなあと思いました。


後、3次元テレビで見る分には…って思ったけど最近テレビでオネエキャラの人見てないな。マツコは好き。

googleCM「彼に気持ちを伝えたい」の男性まとわりつく女性

いわゆる「情弱」なので、最近話題CMについては昨日だか一昨日だかに知った。

「今年は「やりたい」からはじめよう」と題されたgoogleCMのことだ。

話題になっているのは「彼に気持ちを伝えたい」と言った男性

こんな文章を読んでいる人がいるのか定かではないが、いた場合に備えて断っておくと、

私は同性愛偏見があるわけではないし、かといってLGBT運動に身を投じているわけでもない。

昨今やや活性化されてきているように思える啓発活動傍観しているだけだ。

それはさておき話をCMに戻すと、この男性について戸惑いを覚える層がいるらしい。

さらにそのような層に対し「そもそも戸惑う方がおかしい」と訴える人々もいる。

後者は、LGBTにいちいち反応するのは根底偏見があるから、と主張している。

そこまではいい。両方とも存在するのが今の社会だ。

ただ私が受け入れがたいのは、こういった騒動に便乗して出てくる

「私は同性愛偏見いから」と主張する女性達だ。

ここで女性だけに限定しているのは、こういった発言をする男性を見たことがないからであり、

もし男性が同じようなことを言えば同じように嫌悪する。

繰り返しになるが、私自身もLGBTへの偏見があるわけではない。

ただ、普段はこれといって活動をしているわけでもないのに、話題になった途端に

理解のあるワタシ」「世間とは違う考えを持ったワタシ」をアピールしてくる女性

心底気持ち悪く感じるだけだ。

LGBT問題は「特別なワタシ」を飾るためのアクセサリーじゃない。

周りと差をつけるために軽々しく扱う問題じゃない。

こういう自称理解(笑)が最もLGBT蔑視しているように感じる。

追記

言われるだろうなと思っていた通り、同じ穴の狢と指摘されてしまいました。

私も承認欲求の塊だけど匿名から許してほしい。

2017-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20170107114122

盆と年末には帰省しなくなった。

田舎から盆と年末は親戚が集まってくるんだけど、母親が集まった親戚のために飯炊きをさせられてて超機嫌悪いんだー。

代わりに5月11月帰省してる。

ラブライブ映画

ラブライブ映画を見た。1/3にNHKでやっていた。

相変わらずテレビアニメ版と同じ感想だった。

キーワードを挙げると

意味不明

支離滅裂

荒唐無稽

・腑に落ちない。

・雑

コピペ

・つぎはぎ

・取ってつけた感

脈絡のなさ



ふつう物語があって起承転結するわけで、それに沿って必然性のある演出、展開、エピソードがある。だから腑に落ちる。

なんだけど、ラブライブは、経緯、エピソード演出情緒、といったものがクソ。

キャラクターと歌自体はまぁまぁだとは思うが、???が多すぎてそれらが全部吹っ飛んでる。自分の中で。

意味不明すぎてうまく言語化できていない。すごくモヤモヤして、腑に落ちなさだけが残る作品だった。


言いたいことや違和感の詳細は、だいたいこの批判記事に書かれていて腑に落ちた

 劇場版ラブライブ!批判考察http://anond.hatelabo.jp/20160221211019

 劇場版ラブライブ! 見てきたけどマジでソ映画だった:オタクマガジン黒歴史の向こう側へ~ - ブロマガ http://ch.nicovideo.jp/hirasawa_yui/blomaga/ar811153


たとえば、ニチアサ戦隊モノプリキュアっていうのはアタマカラッポにして楽しむことができる。無意味なシーンやエピソードがない。子供と遊ぶような、それはそれでロールプレイして楽しむことができる。ラブライブはそういった類の楽しみ方もできない。


たとえばインドの踊りまくる映画とか、ハリウッドのB級映画とかの「考えるな、感じろ」系の作品は、たしかに同じ馬鹿なら踊らにゃソンソン!的なノリで見れば楽しむことはできるんだが、ラブライブはそういう楽しみ方もできない。一貫したものがないから。

けいおん!あずにゃんが出てきたあたりで視聴挫折している。甘ったるい間延びした空気感に耐えられなくなって、視聴モチベーションの灯火が消えた感じ。

ラブライブを楽しめている人ってどういうノリなのか?わからん・・。楽しみ方の作法を教えてほしい。というかワイはアイドルアニメ音楽部活アニメに向いてないのだろうか。ワイも老害になったのだろうか。

このブコメが腑に落ちた:

 ラブライブ基本的には好きだけど、一貫性のある物語精緻人物描写の「力」を信じている人には、それがなくてもあんなに売れちゃうんだーみたいな絶望感のある作品だと思う - heavenward のコメント / はてなブックマーク http://b.hatena.ne.jp/entry/257185110/comment/heavenward

ワイは、整合性が取れていないものに対して敏感に嫌悪を催すタイプなのか。脳内コンパイルエラーを起こすから整合が取れていないもの発言したり受け入れたりする人が生理的に受け付けられないなぁ・・。



でもアイマスアニメは、まぁまぁ全部みて楽しめたなぁ。あれはちゃんと「完成」されている。王者の安定感がある。単なる「記号」ではなく「人格」としてのキャラ立ち個性表現されていて、困難と努力リアリティがあり、これぞアイドルプロデュースといったところ。ただ重課金ビジネスは嫌い。ラブライブは「人格」が弱い・・。

アイマス信者でもない。アニメやってたから見ただけ。ゲームやったこともない。


艦これテレビアニメ版も、シリアスにしたいのかギャグにしたいのか支離滅裂意味不明最後作戦蛇足すぎたし、かなりのクソだったが、ラブライブはそれよりもさらに下を行くクソさ。

※ただ、艦これ映画シリアス一辺倒路線吹雪編(?)の締めをしていて、それはそれでまとまった作品になっていたので、評価は上がった。



仮に俺がお金を握っている立場だったら、脚本家演出家給料を出したくない。

でも悲しいけどこれってビジネスなのよね。売れればいい。それだけだ。

から色んな作品に出てるんだね・・。



ちなみに、ラブライブ サンシャイン のほうは未視聴です。

2017-01-06

理不尽父親

私は理不尽父親を持っている。

無論嫌いだ。

「殺してやる」と思ったことはないが「さっさと死ねばいいのにね」と思う程度には嫌悪している。

どういったように理不尽であるのか、という説明をすべきなのだが私は具体的なエピソードをあげられない。

思い出せないのだ。

当時の自分感情しかでてこない。

ただ身内とはいえ夫が「あれは嫌ってもしょうがない」というあたり、客観的に見ても理不尽言動なのは確かなようだ。

記憶に蓋をしてしまったのか、時薬による癒しなのかはわからない。

カウンセラーに話をする機会があったのだがこれは少し困ってしまった。

(直接関係ないがカウンセラーと話をしていてぽろりと「父に愛してほしかった」という一言が出てきた挙句に大泣きした。

 それまで「愛されていないわけじゃない、ただ愛し方が違うだけ」と思っていた。一種の裏表ではある)

年明けに理不尽な父に関して親戚にプレゼンをする少女話題があった。

あいった風に一つ一つまとめて残しておけばよかったかなと思わなくもない。

カウンセラー説明するにも、親戚に説明するにも便利だっただろう。

しかしそうしなかったからこそ忘れることが出来ている可能性もある。

考えているうちに書けなくなってきたので終わり。

2017-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20170104220757

感動がキモいって何?それを俺に伝えて何がしたいの?

あなたが何を以って増田のその部分を引用してるのかもよくわからないけど、それについても言ったでしょ?

俺はそういうウェイウェイ系のノリを求めてるわけじゃないしそもそもそういう感覚がよくわからない。

からそのウェイウェイ系になりきってることをして俺をキモい断じてるのなら全く的外れ。何故ならなりきってないから。

なりきってるように見えるってこと?だとしたらそれあなた増田主観しかいからなあ。ちょっと想像力逞しすぎるよ。


「感動を否定っつーかその感動がキモい

から何?

オタ芸みたいなことはしてないとさっきも言ったけどオタ芸どころか周りのPの迷惑にならないように俺なりに注意を払ったつもりだ。ノリでハメを外すようなこともしてない。スマイルエンゲージではちょっと感極まって気持ちサイリウムの振りも大きくなったかもしれないが、周囲の人には絶対迷惑になりたくないと思ってたし、そう行動するように努めたつもりだ。

何が言いたいかというと、少なくとも行動によって他者からキモいと思われる行為には、俺の考えうる限りの注意を払ったということ。

からとりあえずそれを除いておくとして、俺の行動に出ない内面の感動、情動キモいってこと?

それこそ誰かにキモいと断じられる謂れはないよ。

キモいと感じるのは仕方ないかもしれないけど、それを俺に伝えることでどんな効果を期待してるの?


もしかしてあなた自分キモいと断じる人間社会から抹消することができるとか思ってる?流石にそんなことはないよね。

多分キモいという無責任言葉を投げつけることで俺のように気に食わない人間適当に傷付けて適当に溜飲を下げたい、あわよくば作品ファンから弾き出したいとか、そういう感じの意図なのか、それか本当に何の気なしに言っただけか。

でもあなた増田キモいと言われたからって俺は彼らを応援するのをやめようとは思わない。というかやめられない。

確かにあなた言葉には傷付いたけど、それとこれとは話が別だから

ちょっとどうしようもない。

でもあなた増田みたいに俺のような人種嫌悪を抱く人がいるのだとわかった。そういう気付きは得たよ。

からせめて、なるべく、女性Pというか他のPを不用意に傷付けたり迷惑かけることのないように彼らを応援していきたいと改めて思った。

もしその上でMマスのファンとして俺みたいな男が存在すること、それ自体不愉快キモいと言われるなら、もうどうしようもない。

俺はできる限りのことをしてるつもりだから、そのまま勝手キモいと思っててくれ。

俺は俺にできるやり方で俺なりに彼らを応援してるだけだ。俺は誰かの迷惑になるファンを除いて、あらゆるファン、Pに寛容でありたい。

何故なら俺は理不尽理由で誰かに拒絶されるのは悲しいから。

そしてその上でさっき、彼らを賞賛する言葉を吐いた。

その賞賛言葉に関してはまあ取るに足らないものだと思ってるけど、少なくとも誰かを傷付けることはないと思ってるし、もしかしたら微弱ながらも作品にとって前向きな効果をもたらすかもしれないと思っている。

そういう考えの下で言うけど、あなたの「キモい」って言葉は何?

俺を傷付けるだけで終わりか?虚しくないのか?

虚しくない、満足してるぜ!というなら俺も言うことはないが、せめてもうちょっとマシなこと言お?

個人的にはそう思うよ。



というか、俺が言った「否定」っていうのはその前の「バレバレの嘘つかなくていいよ」って発言に対してだから

勝手に俺の体験が嘘だと断じられたから、俺の体験したこと、その存在自体をわけのわからん理由あなた否定されるいわれはないと書いたの。

2016-12-31

自分のせいで人生疲れた

自分いくら目標に向かって進んで疲弊したところで、努力としては数えてもらえない

努力という概念が無い

褒められることを渇望することは恥ずかしい

自分幸せになることが許せない

嬉しいという感覚を抱いた瞬間を思い出すことが惨めで情けない

大切な物事を大切にできない

他者のことを羨望と嫌悪しか見ることができない

助かりたかった

自分幸せにさせてあげたかった

年内に死ねたらよかった。あと十数時間、どうせ私は生きてしまうのだろう

2017年を迎えてしまうことが残念でならない

2016-12-28

いい人と偽善者の違いについて

お店のレジでほぼ「ありがとうございました」って言ってる。

ちゃんと卵割れないようにカゴに入れてくれてサンキューねとか、チョコ買いながら光熱費の支払いってめんどいかもしれんなありがとねとか、なんか機嫌悪そうだけど嫌な客いたのかなドンマイとか、色々思いながら。私のためにレジ打ってくれたことに感謝してる。仕事だとはもちろんわかってるけど、レジ打ってくれたのは事実だし。

宅配便の人にも言ってる。だってわざわざ玄関先まで荷物届けてくれたんだよ?感謝しない理由がない。

不在票入ってた時はほんとごめんって思ってる。わざわざ玄関先まで来てくれたのにいてあげられなくてごめんねと。時間指定できない荷物だったんだよそれ…すまんもう一回来てくれ…すまん……。そして来てくれたら本当にありがとう!って思う。伝える。二度手間してくれてありがとう! 伝えなきゃ気が済まない。

基本的に、「私のために何かしてくれた」ことに対しては感謝したい。何か、がなんだっていい。仕事でも善意でも偶然でも、ありがとう伝えなきゃ気が済まない。

ただ、本当にそれだけの気持ちで言ってるわけではないんだと思う。

言わないと嫌われるんじゃないかって思ってる。「こんな手間かけたのに無言かよこの客」「雨強い中この大荷物持って来たのに不在とかふざけんな」みたいな気持ちありがとうで少しでも減ってくれって祈ってる。誰にも嫌われたくないんだよね。無理だろうとはわかってるけどこれでなんとかならないかなって予防線貼りまくってる。

いい人だって思われていたい気持ちがある。

でも、感謝したい気持ちだって嘘じゃない。本当にありがとうって思ってる。

「いい人」なのか「偽善者」なのか、自分でもよくわかんない。

なにで区別したらすっきりするだろう。

2016-12-26

自分セクシャルマイノリティだということに気がついた

今まではノーマルだと思っていたけど、どうしても異性の好みについて同性と話が合わないことに悩んでいた。

ところが昨日のクリスマスパーティーでのこと。

たまた席が隣になったビアンの人と妙に話が盛り上がって、話し込んでいるうちに妙に納得できる言葉を言われた。

「あれ?あん性同一性障害ビアンなんじゃない?」と。

お察しの通りわたし男性である

今まで付き合ってきた相手女性のみだ。

男性性的に見ることに対してはむしろ嫌悪感のほうが強い。

かといって、いわゆる女子らしい女子も苦手だった。

異性に媚びるような姿をみるとそれだけで腹立たしかったし、むしろ憎らしくも思っていた。

それに対して、今までお付き合いした女性は大体年上であるし、憧れてきた人は全て自分を引っ張ってくれるような人だった。

周囲からは化粧っ気がないなんて言われることが多いような女性ばかりで、実際に化粧の濃い女性よりもすっぴんに近い女性ばかりに憧れていた。

セックス最中義務のように責める言葉を口にしてはいたが、本当は相手から優しい言葉をかけてもらいたいといつも思っていた。

腕枕するよりも、背中から抱きしめられることのほうが何倍も嬉しいのだが、それも口に出来ずに悩んでいた。

今まではそれをマザコンが原因だと思っていた。なのに、母親に抱きしめてもらいたいとも思わないし自分でも矛盾しているとは思っていた。



思い当たるフシがないわけではない。

思春期の頃、同性からも異性から性的暴力を振るわれたことがあった。詳細を書くことは憚られるがいわゆる痴漢行為だ。

それも一度ではなく、内容も電車内での軽いものもあれば、見知らぬ相手に逃げ場のない場所で触られたり触ることを強要されたこともあった。

同性からも異性からも、見知らぬ相手から性的アピールを受けることは恐怖でしかなかった。

ただ、過去に何度か特定男性に強い興味を持ったこともある。

いわゆる一般的イケメンとは程遠い風貌であるし、何かにずば抜けた才能を持ち合わせているわけでもないのだが、何となくふとした仕草言葉の一つ一つにトキメキのようなものを感じてしまったのだ。

それはまだ思春期を迎える前で、なんとなくそのことがおかしいことだとは思っていたが、その相手に会うことが楽しみで仕方なかった。

ただ、そんな気持ち性的暴力に遭ってからと言うもの、芽生えると同時に嫌悪感黙殺されるようになってしまった。



女性とはじめておつきあいしたのは二十歳を過ぎてからで、はじめはお付き合いをするつもりもなかったのだけど相手一方的な押しに負けてしまった。

セックス好奇心があったことは否定しないが、相手に気を使わせまいと教科書通りの言葉を並べてみながらも、終わってみても自慰行為との違いがよくわからなかった。

それからセックスの楽しさがわからないまま数人の女性とおつきあいをしたが、凛とした姿に憧れて付き合い始めた女性が、ベッドで猫のように唸る姿を見るたびに幻滅を繰り返した。

でも、昨日の夜は違った。

話の流れからお互いの好奇心が一致したことで、ビアン女性セックスすることになったのだ。

その人はいわゆるタチで、こちらの気持ち高まるのを待ってくれているかのようにやさしく、それでいて頼もしくリードを続けてくれた。

挿入を嫌がるわけでもなく、最後はこちらが果てるのに合わせるように絶頂を迎えていた。

事後のケア男性仕事だと思いこんでいたのに、その女性はそんなわたしの行動を制止すると急にわたしのことを優しく抱え込んできたのだ。

それがとても暖かくて、思わず涙が止まらなくなってしまった。

今までは性欲を処理するための義務的行為だっと思い込んでいたセックスが、これほどまでに愛情を交わし合う事のできる崇高な儀式であるということに気付いたのだ。



わたしもいい経験ができたよ」と、その女性は去っていってしまった。

もともとが同性愛なのだからわたし一方的な想いだけで拘束してしまうのは悪いような気もした。

だけど、今までずっとずっと心につかえてきたわだかまりは、すっかりと溶けて消えていってしまったように思えた。

もう色々なことで重く辛く悩む必要がなくなったのだ。

今まで付き合ってくれた女性には申し訳ないと思う気持ちで一杯だが、きっとわかってくれるだろう。

これほどまでに清々しい気持ちはいつくらいぶりだろうか。

自分マイノリティであることを受け入れることは恐怖かも知れないが、自分を騙して生き続けることの苦しさに比べればきっと小さなことに違いない。

本当のわたしを好んでくれる人は男性女性わたしのどちらを気に入ってくれるのだろうか。

フェミニンな格好に興味がなかったわけではないが、それによって男性から性的視線を送られることを考えると恐怖が勝ってしまっていた。

これからの格好はそんなことをもう少し悩んでから決めたいと思う。むしろ相手に合わせて変えられる自由があると考えると、わくわくした気持ちでいっぱいになった。

トラウマがもとで性的マイノリティコミュニティ嫌悪するように避けていた自分にとって、本当の自分発見することはとても困難なことでした。

からもし同じような状況で悩み苦しむ人がいるのなら、ヒントになってくれれば何よりと思って文字にしてみました。

自分を見つけられずに悩んでいる人にとって、素敵なクリスマスプレゼントになりますように。

アイドルに似ているAV女優AVを見るのをやめたい。

アイドルオタクなんだけど

好きなアイドルに似てるAV女優を見つけてしまった。

背が低いところも、小顔なところも、大きくて意志の強そうな瞳も、顔のパーツが全部横長なところも似ている。

見てしまう、AVを。

見たくないんだ、いや見てるんだから見たいんだけど見たくないんだ。

わたしが好きなのは○○ちゃん(アイドル)で、このAV女優ではないし、こんな風に似てるって理由で見るのは、このAV女優にも悪い気がするし、だいたい私は○○ちゃんの歌ってる姿とか踊ってる姿が好きなんだと自分ではずっと思っていて、なんかそういう対象として好きだとは思ってなかったはずなのに…ていうか私は女で今まで付き合ってきたのは男性だったか異性愛者だと思ってたんだけど、実はそうではなかったのかな…とか…いや、この前亡くなった雨宮さんという人も女性レズビアンではないけどめちゃくちゃAV見てる人だったらしいから、そういうパターンもあるよね…とか、ていうか○○ちゃんまだ未成年○だし、私はアイドルあんまり性的なことを求めるのは嫌だと思ってた(水着写真集も本人が嫌なら撮らなくていいし、ネット掲示板オタクたちがエロネタ書き込んでるのにも嫌悪してた)のに、全然そんなの嘘だったじゃん似てるAV女優見てるじゃんってなってるし…

なんであのAV女優見つけちゃったんだろう…いろいろ知りたくなかった…

2016-12-23

戦争死刑

人を殺すことは罪になるのか?

罪になる殺人と罪にならない殺人の違いは一体何なのか?

罪にならない殺人存在していたとしても、殺されるときはどんな人でも苦しむだろう。

人を殺し、苦しみを与えることに、一体どんな価値があるのだろうか?

戦争死刑は、相似形になっている。

なぜ、アメリカ人日本人擁護したのか?

謎は深まるばかりである

ベン・ブルース・ブレイクニー - Wikipedia

ベン・ブルースブレイクニー(Ben Bruce Blakeney, 1908年 - 1963年3月4日)は、アメリカ合衆国陸軍軍人法律家東京裁判においては、東郷茂徳梅津美治郎弁護人を務めた。

開廷早々の管轄権問題では、国際法戦争に関する法規があることから戦争犯罪ではないと主張し、検察側立証段階では、有効な反対尋問を行った。

特に、弁護側反証段階の冒頭で、アメリカ原子爆弾投下問題をとりあげたことは有名である

1946年5月14日には、

戦争犯罪ではない。

戦争法規があることが戦争合法性を示す証拠である

戦争の開始、通告、戦闘方法終結を決める法規戦争自体非合法なら全く無意味である

国際法は、国家利益追及の為に行う戦争をこれまでに非合法と見做したことはない」

歴史を振り返ってみても、戦争計画遂行法廷において犯罪として裁かれた例はない。

我々は、この裁判で新しい法律を打ち立てようとする検察側の抱負承知している。

しかし、そういう試みこそが新しくより高い法の実現を妨げるのではないか

平和に対する罪”と名付けられた訴因は、故に当法廷より却下されねばならない」

国家行為である戦争個人責任を問うことは、法律的に誤りである

何故ならば、国際法国家に対して適用されるものであって、個人に対してではない。

個人に依る戦争行為という新しい犯罪をこの法廷で裁くのは誤りである

戦争での殺人は罪にならない。

それは殺人罪ではない。

戦争合法的からである

まり合法的人殺しである殺人行為正当化である

たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としてその責任は問われなかった。

(以下の発言が始まると、チャーターで定められている筈の同時通訳が停止し、日本語速記録にもこの部分のみ「以下、通訳なし」としか記載されなかった)

キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島原爆を投下した者の名を挙げることができる。

投下を計画した参謀長の名も承知している。

その国の元首名前承知している。

彼らは、殺人罪意識していたか?してはいまい。

我々もそう思う。

それは彼らの戦闘行為正義で、敵の行為不正義だからではなく、戦争自体犯罪ではないかである

何の罪科でいかなる証拠戦争による殺人違法なのか。

原爆を投下した者がいる。

この投下を計画し、その実行を命じ、これを黙認したものがいる。

その者達が裁いているのだ。

彼らも殺人者ではないか

発言

1947年3月3日にも、イギリスソ連パリ不戦条約違反を主張するとともに、原子爆弾は明らかにハーグ陸戦条約第四項が禁止する兵器だと指摘した。

そして、イギリスのアーサー・S・コミンズ・カー検察官が、

連合国がどんな武器使用しようと本審理にはなんらの関係もない」

と反駁したことに対し、日本はそれに対して報復する権利がある、と主張した。

更に、太平洋戦争段階の外交部門の主任を務めた山本熊一を証人に立たせて、「近衛手記」や野村吉三郎電報を駆使し、日本が日米交渉最後まで努力したことを立証しようとした。

また、米国議会真珠湾攻撃調査委員会での証言や、開戦当時諜報担当だったブラット陸軍大佐証人に立たせてアメリカ電報傍受の事実を指摘した。

裁判判決段階でも、少数意見朗読要請する弁論を提出した。

そして、裁判終了後は、ファーネスとともに、豊田副武海軍大将に対する裁判の弁護にあたった。

2016-12-22

トイアンナ氏の呪詛は、クリスマスに対してあまりに無力だ

さあ、楽しいクリスマスが目の前だ。

トイアンナ氏が4℃を好む女性disってほんまチョロいわーとかホクホク顔してるだろうからカウンターを当てておこう。

アレは呪詛なのだ。凄まじい怨念のこもった記事なのだ

きちんと解説するから、「なるほど、メリークリスマス!」と言って笑って忘れよう。

2016/12/21(水)に公開する嫌がらせ

さて、あの記事は狙って公開している。

今年は、23(金)、24(土)、25(日)の連休になってる。

そうすると、2016年12月22日(木)はいわゆる週末になる。

すると、まさにドンピシャホッテントリ入りして目に触れさせるなら、前日夜公開が良い。

から、2016/12/21(水)に記事を公開し、はてブが集まって22日(木)の祝前日にトップに躍り出た。

最も効果的なタイミングを狙って呪詛を放つ。

通勤中、昼休み帰宅時、全てのタイミング呪いをかけようという執念を感じる。

引き返せないタイミングで公開する嫌がらせ

さて、クリスマス連休になってるなら、その前に準備をする。

相手と一緒にプレゼントを選ぶって人以外は、大抵は既に買っている。

当然、読む人の中には4℃アクセサリーを買ってる人も多いでしょう。

まさにそのタイミングで、呪詛が投げつけられる。

4℃アクセサリー貰って喜ぶのはチョロい女」

「オトコも何も考えずに買えるから楽で良いよね」

「チャラい男がチョロい女に買ってやるプレゼントで喜べるのって幸せよね~」

既に、買ってしまっている。

違うのに買い直す時間もない。

プレゼントする方は「相手を思って選んだけど、NGなの?」と後悔し、

プレゼントされる方は「もしかして適当に選んだのかな?」と疑念を抱く。

狙った相手だけを仕留めるテロとしてパーフェクト。素晴らしいです。

無差別テロではないところに滲み出る悲哀

disるときテクニックとして、オススメを言わないってのがある。

例えば「4℃アクセサリーは無いわ。せめてヴァンドーム青山ぐらいは」と書くと、共感を得られない。

どんなアクセサリーでも必ず嫌いな人がいるから、そのセンスもどうよ?って言われちゃうとバズれない。

から、「どんな服にも合うとは言わせない」という強い意志でもってハート型をdisっていく。

そんなアクセサリーが似合うのは、ピンクとか女子大生とか、若くて可愛い子よね、と誘導する。

そして、そういうの私には似合わないわと普段から思っている人の共感を得ようとする。

これは、浅ましいのではなく、「私は特殊ではなく、そういう人も多いよね?」という叫びなのだ

そういった自分同類を巻き込まないように、ワリと丁寧にあのエントリは書かれている。

クリスマス」と言えない悲哀

さて、あのエントリ読んでなんか違和感なかっただろうか。

きらびやかネオン、瀟洒なレストラン暖かいお家での団欒。

もちろん、仲間になって欲しい人を巻き込まない配慮もあるだろう。

でも、「あのブドウはきっと酸っぱい!」と言う時には、ブドウ描写はあまりしない。

「羨ましい」「妬ましい」「あの光景に入りたい」と「思われないように」クリスマス風景排除している。

マッチ売りの少女は、少女立場では寂しい物語だろう。

いっそ最初から見えなければ希望を持つこともない。

ところで、4℃アクセサリーが悪くない理由

さて、たぶん例のエントリで嫌な気持ちになった人は結構な数いるだろう。

なぜならば、4℃店舗数が多く、ラインナップが揃っていて、店員の質も高い。

店員の質とは「慣れない人にも自分が選んだと満足して帰ってもらえる」という練度のことだ。

選びたい人には選び方を付き合ってくれ、決めている人にもそれなりに勧めることが出来る。

4℃プレゼントを選んでおけば、悲惨なことになることは、まず無い。

(「彼女は花が好きだって言ってた」と仏花を買ってしまうみたいなミスをしないって意味だ)



まだ不安だろうか?

もし自分が男で、娘を持つ父親だったとしよう。

父の日に、娘が自分貯金からネクタイプレゼントしてくれたとする。

それがもしも安物で、下手したらキャラクターが入ってるような柄物で、派手だったとする。

大事取引先には付けて行けないかもしれない。銀行融資を申し込みに行くときも外すかもしれない。

でも、そのネクタイ自分普段スタイルに合わないからと言って、嬉しくなかったり、惨めな気持ちになるだろうか?

お父さんは赤いネクタイは似合わないんだと言ってたのによりによって赤かよ、コイツほんとダメだな、と思うだろうか?

普段会社につけていけないから困ったな、とは思うかもしれない。

でもそれは「貰っても嬉しくない」とは、違うんじゃないか

(なお、逆の場合だと「贈り物」と「欲しいものを買ってもらう」ことの違いを理解するのは子供によって段階が違うので見極めは必要

呪詛を返すのではなく、祝福しよう

トイアンナ氏が4℃アクセサリーを貰って喜ぶ女性をチョロいと感じるのと同じように、

今まで男から貰うプレゼントに満足したことがなくて可哀想だなと憐れむ必要はない。

今年のクリスマスは、きっと良いことがあるよ、と心から祝福しよう。

人類学者であり心理学者であるポール・エクマンは、洋の東西文化を超えて、人間には普遍的感情があると実証した。

人類は、怒り、嫌悪、怯え、喜び、寂しさ、驚きという感情を持ち、同じような表情をする。

から呪詛呪詛を返す必要はない。喜びは万人に共通のものだ。

クリスマスを祝おう。笑顔で喜ぼう。それが一番良いのだ。

三連休の人も、そうでない人も、どんな立場の人も。

たまには、笑っても良いじゃないか

メリークリスマス

萌えアニメが怖くて見れない女

まどマギ神無月の巫女は見れるのにごちうさは見れない。

私は昨日おすすめアニメを聞いた増田である

とんちんかんに回りくどく聞いてしまって非常に申し訳なかった。




今日は思ったことのメモがてら腹を割ってアニメ地雷が多いことを語る。

そのほとんどがトラウマからくるものである


私の実家は糞頭お花畑の親と団塊世代を盛大にこじらせた親で出来ていた。

この親、行先の幼稚園学校達はみんな友達を作れと言ってくる。


私は園児の頃から公園で名も知らぬ歳上にいじめられ、ママ友の子供にも馬鹿にされ、

ママ友外国籍の親には怒鳴られ、小学校に入る頃には軽く人間不信だった。

ママ友と遊ぶたびに子供比較されては説教されるので(重くて熱いお椀を持ちなさいと普段言われないことも言われる)

友達という存在不安すら抱くようになった。しまじろうみたいな友達はいないのである

ADHDの多動がとんでもなく目立つので怒られる回数は多いのだ。ただADHDと知るのは高校なのでまだ先である


教師スパルタ小学校でも同じことが繰り返され同じ男子から5年間通りすがる度に死ねと言われてきた。

女子には陰口、おまけに告げ口を4回程されてとんでもなく人間不信になった。

支援級は成績のせいで気づかれないが入っていたら楽だったろうと今でも虚しい。


中学には不登校になった。高校アスペADHDダブルの診断が出た。二次障害複数でた。

そう、私は萌えアニメにある不自然人間関係。仲良しこよしに異物感を感じるようになってしまった。

女の子同士の友情違和感を感じるしか出来ない友情喪女なのだ

一緒に組もう、友達になろうよみたいな道理もクソもない友情に凄まじい嫌悪を感じるのだ。

この友情コンプレックスによりスポ根ものも怖いのである最近多いスポーツジャンルが見れない!


女と全く関わらなかったかというとそうでもないが、進学先でも告げ口や悪口をする女とまた遭遇したり、

いじめっ子に胸ぐら掴まれたり、進学先では悪口で授業中も盛り上がる糞女がいたり、女への不信が強いのだ。


ジョジョにある友情はセーフなのだ。何故なら自然過程描写され、

目的の一致で共に行動するというのもなのだからである


同性であるがゆえ二次元女性違和感があるという話もあるらしい。

いじめに合ってたから学園物を見るのが怖い、怒鳴られるのは嫌でサザエさんが見れない。

壁を乗り越えようをポンポン繰り返す前向きな作品が怖い。コンプレックスだらけ。

私の地雷はこういう出来事リンクしていて、だからこそ増田で聞かなければならなかった。

言葉足らずに偏食と言ってしまって本当に申し訳ありませんでした。

レス

http://anond.hatelabo.jp/20161222074329

2016-12-19

地下鉄の車内にいた浮浪者に唸った

電車が到着すると、目の前の車両だけ妙に空いていた。

その時間帯は通常でも座席に数名がまばらに座っている程度の混雑具合なのだが、その車両には人が一人しか座っていなかったのだ。

すると目の前に並んでいた数名が何かに気付いたように並ぶのを止め、別の場所へと移動していってしまった。

それを不思議に思って車内に乗り込むと、その疑問はすぐに解決した。

座っていたのは見るからに汚れた衣服を身にまとい、髪も髭も任せるままに伸ばしたままの若い浮浪者で、社内には鼻を指すような異臭が充満していたのだ。

わたしのあとに乗ってきた乗客は一瞬で顔をしかめるとすぐに別の車両へと移動していってしまった。

それを見ながらこれは誰かが注意しなくてはいけない問題だと思い、なんと声をかけようか彼の方に目をやると、彼の手に握られているものが目に入った。

彼がそれを意図していたのかは知らないが、料金と日付けが印刷された面がしっかりと見えるようなかたちで彼の手に切符が握られていたのだ。



これには思わず唸ってしまった。

山手線のように循環しているなら不正乗車が容易に疑われるが、これは都内を横切っていく地下鉄の車内だ。

手に握られている切符記載されていたのは、進行方向に矛盾のない、わたしが乗り込んだ駅の3つ手前の駅名だった。

まり、彼は乗車する権利を持っているのだ。

わたしは彼をどんな理由でこの車内から追い出すことができるのだろうか。



世の中にはマナーというものがある。

お互いが気持ちよく過ごすために必要な、いわば暗黙のルールだ。

確かに彼は匂いと不潔さという、公共の場において明らかなマナー違反をしていると言える。

しかし、世の中には容易くマナーを破る人間もいれば、自らのルール押し付けてくる人間もいる。

どこまでのマナー違反ならば乗車を拒否することができて、どこまでのマナー違反であれば個人の持ちうる権利だと言えるのだろうか。



多くの人間にとって見れば、わたしマナー違反の客をつまみだした英雄と称されるかもしれない。

しかし、彼本人にして見れば、それは世の中の常識押し付けるという一方的暴力にも感じられてしまうかもしれないのだ。

その生活が彼が望んで陥ったものではないとするのであれば、ここでわたしが彼を車内からつまみ出すことは果たして正義と呼べるのだろうか。

すぐに答えを出すことができないわたしは、とりあえず自らの行動の是非を問うためにも彼と同じ車両にいようと思い、扉を挟んで斜め前の席に腰を下ろした。

同じ権利を持つ者同士、追い出すことも出ていくこともおかしいことのように思えたのだ。

彼はそんなわたしことなど気にする様子もなく、相変わらず切符を持ったままどこか一点を見つめている。



次の駅に差し掛かると、先ほどとは違い乗客普通にこの車両に乗り込んできた。

しか異臭に気がつくと車内を見回し、浮浪者がいるとわかるとやはり何も言わずに隣の車両へと移っていってしまった。

おそらく、乗り込むときわたしが目に入ったことから、車内の異変を察することができなかったのだろう。

確かにその浮浪者は臭かった。掘り下げるまでもない浮浪者特有匂いは、一駅を通過しても相変わらずに鼻を突いたままだった。

もちろんその匂いは耐えられるものではなかったが、しかし、その疑問と向かいあいたい一心で、わたしはその場を離れることができなかったのだ。



そうこうしている間に電車は次の駅に到着した。

すると浮浪者の彼は立ち上がり、車外へと降りていった。

どうやらここが彼の目的地だったようだ。

やはり、彼は自らの権利を全うしたに過ぎなかった。

しっかりと料金を払い、自らの移動の権利行使したのだ。

ならばわたしがするべきことは何だったのだろうか。

くさいということを理由健康的な食事で培った肉体で彼を車外に追い出せば、それは正義という名の暴力と同一だ。

混雑していた車内であれば遠慮を促すこともできたかもしれないが、全く混雑してないこんな状況であれば多くの健康的な乗客車両を移動すれば席からぶれることなく済む問題だ。

お金わたしシャワーを浴びろといったところで、そんな支援継続的にできるわけでもないなら明らかな偽善だ。

それにもし彼が空いている時間帯を選んで、迷惑を最小限にしようと考えていたのであれば、これ以上のない気遣いだったと言えよう。

結局のところ、何かを嫌だと感じたなら自らが避けて通ることしかできないのであって、それが嫌ならその場にい続けることしか出来ないのだ。

なぜなら、そこにある権利は対等であり、等しく切符代を払った電車乗客しかないのだから



もしこれが異臭ではなく、人前でのメイクや、折りたたまれないベビーカーイヤホンから漏れ大音量音楽、大声の通話座席の独占、床への座り込み匂いの強い飲食、大きく膨らんだリュックサックなどだったらどうだっただろう。

今まではそんなこと一つ一つに嫌な顔をしてきた自分ではあるが、今回のことを受け入れられたのだからこれからは全てを受け入れることができるだろう。

わたしの行動が正しかたかどうかは分からないが、そういうことに寛容である世の中であって欲しいと思う気持ちが芽生えた出来事だった。



そんなことを考えていると、締り際のドアに若い女性ギリギリで駆け込んできた。

間に合った安心感と走ったことによって上がってしまった息を整えるように大きく息を吐いてから深呼吸をした直後、驚きと恐怖と怒りと嫌悪が複雑に入り混じった視線わたしに投げかけてきたのがわかった。

わたしではないと言いたかった。しかし、この状況を簡潔に説明できるような時間も余裕も話術も持ち合わせていなかったわたしは、困惑視線を返すことが精一杯だった。

すでに怒りに支配された靴音を響かせながら隣の車両へと移っていく女性の後姿を目で追いながら、浮浪者が降りたあとは自らも車両を移る必要があるという知見を得たことに取り残された車両で一人唸っていた。

2016-12-17

オカン視聴者選民感は異常

オカルティック・ナイン視聴者がすごいと言うより、選民感を感じさせる作りになっているなと感じる。

シュタゲもそうだったが、まず最初キャラ造形でふるいにかける。どんな人がふるいにかけられるかというと、偏屈で器の小さい人だ。煽るような表現をして申し訳ないけど、まさしくそう思うのだから我慢して欲しい。オタクにはそういう人が多いだろうから、1話切りする人が相当いただろう。

典型的なふるいだなと思ったのが、ネットスラングを多用するキャラがいること。ネットスラング日常的に触れていて、ネタ理解できる人のうち、反応は2つに分かれる。

「あーハイハイ、クッサ、そういうのマジ勘弁」みたいに受け取る人と

「あーあるよね、そういう人もいるよねウフフ」みたいに受け取る人。

前者は、どちらかというと本当にコアなネット文化理解者というよりは、にわか感がある人に多い気がする。例えば、にわかファンがよりにわかファンを叩く光景と同じ原理が働くのだろう。つまりは、自分理解であることを自負したいから、他人理解表現することを脅威と感じたり陳腐に感じたりする。肥大した自我を守るために他者矮小化するのだ。もしくは、自分では同族と思っていないかもしれないが、同族嫌悪感情。いずれにしても、器の小さい人間のすることだ。

本当に理解が深い人は、他人表現についてもどっしり構えて心静かに観察することができて、いたずらに攻撃的になったりはしない。ネットスラングへの造詣が深かったとしても、自身現実でもネットでも一切スラングを使っておらず、おくびにも出さなタイプが多いかもしれない。要するに、理解を、自己と同一化していない。自己ステータスにしないしアピールもしない。だから自己他者を「○○を理解する人/しない人」みたいに分けてマウントするようなことがない。結果として、どんな表現フラットに受け止めやすい。創作となれば尚更だ。

中高生のころなら、そういうラベリング合戦に執心して見えない敵と戦っていた人も多かろうが、ある程度おとなになると、普通はしなくなるものだ。そう言いつつもこの文章自体ラベリング合戦同然の青臭さを帯びていることについては、見逃して欲しい。私もおとなになれなかった大きな子どもであり、自己矛盾キャラなのだ

さておき、作品全体が例に挙げたようなスラングのノリで構成されているわけではない。巨乳電波系少女を出してきて、イチゲンさんに下品萌えアニメかと思わせる部分もそうだ。結局それらは、重苦しい世界観を覆い隠すための、しかもそうである必然性が後々わかってくる類の仮面にすぎないのだ。

シリーズファンであればそのことを重々承知しているので、ああいった初見バイバイ描写に惑わされることはない。けれどそうでない人にとっては、これでもかというほど辟易させる要素が詰め込んであると映る。特にマトモぶった偏屈な人ほどそう感じ、嫌悪感を抱きやすいのではないかと思う。

主人公がウザキャラで、アフィやニート属性であることもひっかけポイントだろう。これらは、現実ではネットほど非難される対象ではない。ネットの卑しい思考回路に染まっている人ほど、これらを執拗に叩く傾向がある。経済理解している一定層以上の人間なら、アフィリエイト行為自体を叩いたり嫌悪したりはしない。やり方が悪いアフィリエイター跋扈していることは事実だとしても、アフィ自体嫌悪対象にすることはむしろ危惧すべきものだ。ニートに対しても同じ。彼らは時代産物であって、自己責任論で叩くべき存在というよりは、社会が救済すべきものだという認識が基本だ。そもそも作中の主人公は悪質なアフィリエイターでも、見放されるようなニートでもないので何も嫌悪する要素がない。むしろ可愛らしいものだ。

さらに言えば、忙しく目まぐるしいテンポ伏線を匂わせる描写密度が、一般的作品比較すると異常な域にある点もそうだ。テンポについては、ネットでは早口だと揶揄される。だが視聴していくと、この作品はむしろこのくらいのテンポが相応しいように感じられるだろう。それでも時折不自然なほど早口だと感じる部分はあって、そういう不自然さがどうしても許せない人がネットには多い。けれどインタビューによると、キャストもその部分には面食らっている。制作側もそれを理解していて、1話台本の冒頭に、どうしてこういう早口演出が多用されているか解説があったらしい。そこの部分は視聴者の我々が窺い知ることのできない所ではあるが。

ともかくネットというのは悪意的な見方人間の声が大きくなりやすい。そして、クリエイティブ制作者に対する声も含め、他者への敬意や謙虚さが微塵もない罵詈雑言が並べ立てられている。そうしたもの思考汚染され、流されてしまわないためには、実際の制作者やキャストの声を聞いて、かける思いを汲み取ることが重要だ。それはどのアニメ、どの映像作品にも言えることだが、オカン特にそれが求められる作品だと感じる。

まりにも密度が濃いので、結局大風呂敷を広げただけで伏線を回収しきれないんだろ、と馬鹿にする声も聞く。しかし10話までみてきた印象としては、かなり綿密に練られている。最新話をみるたび過去話を見返していくと、膝を打つような発見、「そういうことだったのか!」がそこかしこにある。だが、「どうせ回収できない、ご都合主義だ」と侮る声を発する人を納得させることはできないと思う。そういう見方をする時点で全てのフィクションスポイルされると思うが、それに加えてオカン特有事情がある。おそらく、アニメ単体では全ての事実は明らかにならない。コミック版は12話からアニメとは別のルートに入ったという告知がされている。アニメは2巻まで出ている原作ノベル圧縮した内容ではあるが、すでにノベルの先の展開を描いている。アニメ展開に合わせたように発売日が延長→未定となっているノベル3巻もアニメとは別のルートに入る可能性が高い。つまりメディアを律儀に追っている人ほど、全容を知れるという仕掛けになりそうだ(なんてうまい商売なんだ)。

けれども裏を返せば、そのへんの事情を知らないライト層には不完全な作品と取られる恐れもあるわけだ。そういう整合性に異常に執着するアニメファンは、爆死だなんだと言うだろう。それを見越していながら突き進むスタイルは、ある意味ロック姿勢ではある。一方でそういう側面こそある種の信者ビジネスの肝だなと冷ややかに見ることもできるが、ストーリーの内容が内容だけに、楽しむことが好きなオタクならばシャレを効かせたメタ展開だと笑って受け止めるだろう。その八福神の会だか300人委員会だか分からないが、自分もそっち側に入信して、賤民には知り得ない真実に辿り着こうではないか、なんてノリにもなるというものだ。

思うに、大ヒットする作品というのは多分にカルト的要素を含むものだ。オカンにもその素地があると感じる。ラブライブしろガルパンしろエヴァでもガンダムでもいいが、ああいった作品ファン宗教的なところがある。単に作品が魅力的だというだけではなく、作品思想が込められていて、そのメッセージ性がいわば「教義」となり、観る人を感動させ、伝播の原動力となるのだ。作品を観ることで、その教義を受け取り、コンテクストを共有する。その域までたどり着いた人はまさに信者であり、選民となる。往々にしてひねくれた演出、尖った演出の数々は、その選民感を増幅させるのに有効に働く。けれど、ついていけない人には、真逆に働く。

よく、「ノリについていけない」とか「登場人物感情移入できない」という文句を言う人がいる。そういう人はおそらく、メタ感覚作品を眺めすぎている。無意識作品の向こうに作者を透かしてみていて、そうやってみる作者のことを「こいつはダメだな、こいつの作品はいけ好かない」と思っていたりする。それで作品本体をまじめに見れなくなっており、雑念がなければ感じ取れたはずの感動を取りこぼしているのではないか原作者志倉千代丸自身もおちゃめな発言をするタイプではあるが、それも一種ペルソナを演じているだけであって、硬軟かき分ける技量がある懐の深い作家であることは原作ノベルに触れると分かる。だから仮に登場人物がイタくても、キャラ造形が古臭くても、それに引きずられて作品自体や作者をイタいと思うのは間違いだ。

感情移入ができないことを問題視するのも、そもそもおかしな話だ。感情移入ができる、というか、キャラクターの(言外にあらわれる)感情が伝わってくるから感動できる、良い、というのは分かる。しかし、それが分からない、キャラ思考回路が伝わってこないかダメだ、とはならない。異なる価値観とか多様性に対するスタンスについて説教するわけではないが、はっきり言って、そういう人は、自分と近しい環境で生き、近しい感覚・行動原理を備えた登場人物が動く作品しかまともに見れないのではないかフィクションには強烈な個性を備えたキャラがよくいるものだが、ほとんどの場合、どうしてそういう性格になったのかは察せるものだ。はじめは理解しがたい性格キャラこそ、大いに想像力を働かせながら読み進め、自分には無かった思考回路価値観にたどり着く感動が得られるものだ。萌え日常系アニメキャラならともかく、脚本があるストーリーものキャラであれば、そうやって「キャラ理解する」作業はたいてい報われる。思っているよりもずっと。そういう作業を序盤で放棄して、「こんなキャラ理解できない、受け付けない、リアルじゃない」と決めつけ、あまつさえキャラの作り込みが悪い」などと作品のせいにしている人のなんと多いことか。読書や映像鑑賞は、実は読む・観る側にも作品世界に寄り添っていく想像力積極性クリエティティが求められるものだが、「消費する側」という立場になりきって選好を重ね、消費の達人になっていけばいくほど、傲慢想像力を停止した人間になっていくものなのだろう。

難儀なものではあるが、志倉千代丸作品に限っては、さらに、彼がイケメンで曲も詞もコードも書けてオタク力も高い上に金持ち、という超人的な要素があるせいで、僻みも加わってくるのかもしれない。けれども、作品を鑑賞する時というのは、そういう作者がいけ好かないだとか制作会社がどうだとか、そういう世俗的な感覚基本的に切り離しておくべきものだと思う。そういう感覚を混ぜることで楽しめるならまだしも、雑念になるのならばそれを排除する努力を(作り手ではなく)読み手側がしなければならない。それが創作に対し敬意を払うことだと思うからだ。

どうにもオカンの話ではなくネットアニオタ批判になってしまったが、これから時代コンテンツを楽しむということは、イコールネットの俗悪な風評とは距離を置いた賢明で物静かな「選民」になることだと思う。別に私のように選民意識をちらつかせて下層の民を殴ることはしなくていいが、そういう衝突もどんどん表面化していくのだろうと思う。もっと短文で動物的な形になるとは思うけれど。不快だが避けられないネット未来。そんな未来だとしても、それでも、日本アニメは「刺さる人には刺さる」方向性で突き進むのが向いていると思う。誰もが楽しめる優等生的な作品作りはディズニーあたりのお仕事。「刺さる人には刺さる」コンテンツ作りの先端を行くオカンのような作品に触れられることを私は幸せだと思う。

2016-12-16

妻への誕生日プレゼント

結婚してから誕生日プレゼントをあげて、妻が微笑んだことを見たことがない。それどころか嫌悪されてる節がある。

近年は、「欲しいもの自分で買うからあなたからプレゼントはいらない」と言う。

何も買わないのは、寂しいのでケーキを買って帰ると、「その味は好きではない。好みわかってる?」と言う。

花を買って帰ると、「渇れていくものを見ていて、悲しくならない?」と言う。

可愛い雑貨を買って帰ると、「無駄だわ」と一笑され、

アクセサリーは一度も付けられず、箪笥の肥やしになっている。

何を買っても満足されないのはわかっているが、何も買わないと、悶着のネタになる。

何を買えばいいのかわからない。

流行のもの食事場所イベント、頑張れば頑張るほど、あざけ笑われてる。

あと何回この不毛なやり取りをすれば良いのか。

愛しているものからの贈り物はなんでも嬉しいとしたら、すでに愛はなく憎しみしか二人の間にはないのだろう。

吐き出すところがないので、ここに吐き出す。

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