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はてなキーワード: 受け手とは

2017-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20170425013048

作品感想というのは受け手自己完結が全てであるため、面白い作品という「定義」が存在しない(面白い作品になるための要素を定義することは出来る)

面白くない作品流行ると云々という話は、まず面白くないという「感想」を前提にしないといけない

しか感想は全てが自己完結で、共有はできても啓蒙は出来ない

まり面白くない作品云々の話は成立しない

CGクオリティが低い、アニメーション稚拙ストーリーが平凡、テーマがない、声優は棒、しか面白い

そういう作品存在する

なぜなら面白いという感想自己完結するから

そして大多数の感想の共有を流行りと定義した外側の人間言葉に踊らされると、流行っているから見たけど面白くなかったわ~という的はずれな事を言うおじさんが生まれ

これはランキング文化に毒された人間のある種の到達地だ

2017-04-22

創作オタ婚活パーティー

前にオタク婚活パーティー的なものを開くと

男性特定作品ファンみたいな受け手の人がが集まりがちになり、女性創作してる作り手が集まりがちでミスマッチ起こして上手くいかない

みたいな話題があったけど、参加にポートフォリオやら見本誌やらどんなものを作ってるかわかるもの必須

対面するときはまずそれを見せるみたいなのやれば上手くいくかなと書いてるそばからそれ絶対無理だみたいな気持ちになった。

2017-04-19

どうして「jt_noSkeのダジャレが本気で不愉快」なのか。

はっきり言って出来の悪い駄洒落のみを投稿するからに尽きる。

音楽に例えるなら、歌は人々を楽しませ、コミュニケーションを円滑にするツールだ。

しかし、歌にははっきりとうまい下手がある。いくら歌という存在が素晴らしかろうと、歌う人物調子っぱずれでは逆効果となる。ノースティリスだったら死んでたぞってなもんだ。

それに加え、いくら歌がうまかろうが、挨拶も会話も、まじめな相談もすべてが歌で返されたら?



駄洒落ジョークにも巧拙はある。

駄洒落はただ韻を踏めばいいというものではない、発想の転換や飛躍、あるいは文脈に沿った返歌、もしくは諧謔、とそういったテクニックを駆使することでユーモアに満ち溢れた駄洒落は出来上がる。

しかしながら、氏の駄洒落の出来はすこぶる悪い。正直、基本(韻を踏むこと)すらできていない。もう、何年も投稿しているはずなのにだ。

(じゃあ、上手な駄洒落の見本を示せ! みたいなマンガ批評に対して「じゃあ、お前が面白いマンガを描いてみろよ!」と返すようなコメントはお控えください)



また駄洒落がうまくない人に限ってしつこく駄洒落を繰り返す傾向にある。

会話において駄洒落ジョークアクセントひとつしかない。相手に何かを伝えることの補助として使われるもので、それ自体目的と化すと独りよがりな印象を与えてしまう。

オヤジギャグとは質の低い冗談のことを指すが、なぜオヤジなのかと言えば、そういった独りよがり対話能力の低い人物に中高年(オヤジ)が多いと感じられたからだ。



ブコメ性質としてはメモ帳のようなものだが、はてブソーシャルな場である。ただメモ帳として使いたいのであれば、プライベート設定にするのが最善だろう。パブリックブコメを発信するということは、外部となんらかのつながりを得たいと考えた結果と言える。そして大半のブクマカはそのように扱っている。

氏の場合駄洒落を言うか言わないか、という使い方をしている。「言わないこと」による発言コントロールもされているが、言っている部分がほぼ駄洒落であり、内容に駄洒落を言うこと以外の目的も感じられず、非常に独りよがりものを見せつけられる格好となっている。

氏よりもまだ駄洒落が上ず…マシなヒゲじいが結構ヘイトを集めているのも同様の理由だ。



質の低い駄洒落と、独りよがりにそれを繰り返すというダブルパンチこそが、氏のブコメ不愉快たらしめている原因と考える。

これを受け手問題だと片づけてしまうというのは、いかがなものだろうか。





あと、NG設定について。

これに関してははてブに限らず、SNS全般に言えることだが、NG設定やブロックというものは、自室に侵入したゴキブリに対して姿が見えなくなるスプレー提供しているに過ぎないということだ。這いまわる音や、シルエットまでなくすことはできない。というか室内にいることに変わりはない分、逆に怖いな。

嫌いな奴のツイートフォロワーRTで回してきたみたいなことはツイッターでは日常茶飯事だ。氏をNGにしたところではてブを使っていれば、今回のようにどこかで氏のIDに遭遇してしまう。

ゴキブリに対する根本的な解決方法は殺虫スプレーだが、これをSNSの場で適応するのは不可能だ。だからこそ悩まされる者は、ぐるぐると負の思考に陥っていくし、結果としてその感情殺意にまで高まる



元増田に対して非難を浴びせるブコメも多いが、ここには重要問題があるように感じる。





それと、これに関連して虚構新聞に触れてる人もいたので、それについても。

虚構新聞で取り扱われている記事の質は低くはないかと思われる。しかし、サイト思想上、それらの記事は他の新聞記事に紛れ込ませることに存在意義見出している。しか事実に基づかない記事というのは、ニュースメディアの意義に反するし、純粋ニュースメディアを欲している人たちにとって、それがいくら出来のいいジョークであろうとゴミクズ以下の代物でしかない。

先ほど自室にゴキブリが…という例え話をしたが、これも人の部屋にゴミを投げ捨てるような行為と捉えられてもおかしくはないだろう。

2017-04-18

タモリの疑似社会科学っぽさ

先に言うとタモリは好きだ。

子供の頃からいいともをよく見ていたし、ジャングルクッキングとかのタモリもよく見ていた。

タモリ倶楽部面白いし、いまでも好き。

しかし、タモリは全肯定されすぎな気がする。タモリ教養あるように思われている昨今だが、あれは教養ではなくて、豆知識の集積であるように感じる。

ブラタモリもまちの新たな見方提供した番組のように思われているが、どうもサイエンス的な裏付けが弱い気がする。

いうなれば、やたら俗説をよく知っている戦国オタクのようなもので、最近タモリ界隈の雰囲気は疑似社会科学っぽさが高い。

はてな界隈は疑似(自然科学には目ざといが、社会科学人文科学では途端に俗説をよく知っている戦国オタクのようなものを褒め称えている気がする。


#追記

想像以上に反応が大きくてびっくりした。殴り書きのつもりだったので、みんなの反応をみて自分の考えも少しまとまった。

これは完全に同意。私もタモリ科学的に合ってる/間違ってると言いたいわけじゃなくて、「ブラタモリで言ってたからうんぬん」という周囲の反応がおかしいと思っているんだと気付いた

これも完全に同意。昔の中国人の真似とか、タモリ本来茶化す」人なんだと個人的には思っている。なので、タモリネタでやっていると思うんだけど、受け手が真面目に受け取りすぎている気がする。ブラタモリはオープニングで尻を振らなかったのがよくなかったんだ!(番組自体面白いと思います

あーもしかたらこれこそが一つの元凶なのかも、と思ったりした。タモリがまち歩きながら放言するくらいが面白かったのかもしれない。NHKが真面目すぎて、下手に専門家とか呼んで権威づけを結果としてしてしまたから、受け手もそのように捉えてしまっているのかもしれない。

個人的には知識自体教養ではないと思っていて、批判精神こそが教養だと思う。そういう観点では、タモリ権威に流れずに思ったこと質問しているので教養はあるのだと思う。

  • この反応にタモリはニヤリでは?

そう思う。というかみんながこういう反応をしてくれると思ったはずなのに、真面目に受け取られてタモリも当てが外れてそう(そんなこと気にしてないかもしれない)

言われてみればそうかもしれないタモリ自体芸能界の中では趣味人(古い意味でのオタクであるので他人社会に興味がないのかもしれない。所ジョージとか同じ雰囲気

なるほど。その観点はなかった。そういう学問分野にあまり詳しくないので思いつかなかったが、天皇陛下さかなクンを考えればありなのかもしれない。

しか主観を並べているだけですね。最初に書いた通り、タモリは好きだし,タモリ倶楽部ブラタモリも好きですよ。そういう意味タモリをこきおろしているわけではなくて、タモリを全肯定している人をこきおろしているのかもしれません。書いた時は自分意識していなかったですが。

荒れそうなのでノーコメントです

2017-03-28

なぜ日本企業生産性が上がらないのか? 「効率化」が「人の頑張り」に落ち着く現実

http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1703/14/news037.html



記事にある宅配生産性の事だけど、宅配業者とビル自体業務分担として繋いでしまうと、そのビルの入居者個人が持つ業者選択の自由がなくなる分、宅配業者の営利配分の自由裁量が増えるので、利用者にとって非経済的となるし、何かその会社で社内的な問題が起きた時に利用者が他の業者を選べなくなったりと、また日本特有の非合理で生きずらい要素が一つ増えることになる。

ビル自分達の責任で荷受け室を作ってそこからは各ビル配達係を手配するか、住人が自分で取りに来るかどちらかの方法管理することで、ビル宅配中の事故対応など人件費的な宅配業者側の大きなリスクを軽減する。これ落としどころにならないかな?業者としても、業務簡素化によって経営効率は上がるわけだし、それによって浮いた今までの人件費効率化で少なくなった集配員に分配すれば、企業も今までの以上の利益を維持できるし、なによりも各集配員の地位が向上するので、各企業人材が集まる効果も自ずと生じる。経営者の力量采配次第では、今までと違った方向性業務を発展させることもできるし、業界業務全体の効率改善へとつながる可能性も秘めている。

日本国民意思は、それらの非合理に対する費用を払うことで、家まで届けてもらうサービス受け手効率性を優先したいという事なのか?

日本社会ではお互いがサービスし合う事(礼儀、絆、信頼、助け合い精神)で個人同士の関係が成り立っている面から鑑みると、それだけのサービス日本における宅配業務には欠かせない要素なのだとすると、単純に業者が見合った費用顧客転嫁すればいいだけ。それが出来ない理由を考えればよい。

ちなみに、そういった日本特有サービス精神起源はどこだろうか?儒教の影響なのか?戦後教育なのか?農耕民族? 誰か意見あったら聞かせてください。

2017-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20170322001722

まずね、小説映画だとしたら、詩歌写真なの。

旅行写真でも卒業写真でもなんでもいいけど、自分にとっては大事な一瞬をとらえた写真って、知らない人が見たら「なにこれ?」ってなるでしょ。でも撮った本人はその一枚でもあのときのことを思い出せるから、わぁーいいなあってなる。そんなふうに物語のものではなく物語痕跡から全体像をを想像して味わうのが詩歌の楽しみ方のひとつから、詩は本来、書いた本人にしかからないのが普通なんだよ。

から詩はあなたにも書けるし、けれどもその詩は他の誰かには全く理解してもらえないかもしれない。あなたにとっては切実な場面でも、「なにこれ?」ってなっちゃう。

だったら他人他人詩歌をどう評価できるんだっていうと、みんなまず物語以外の部分をかみしめてるみたい。言葉って意味だけじゃなくて音や文字もあって、たとえば漢字がいっぱい並んでたら理屈抜きで「うわ、めんどくさ!」ってなったりするし、ミラバケッソとかヒノノニトンとか意味関係なく音として気持ちよくて頭に残っちゃうことって結構あると思うの(卑怯CM多いでしょ)。写真でも、単純にきれいなものが写ってたら誰がいつどこで撮ったか以前に「わーきれい!」ってなるでしょ、文字だってうつくしい言葉がきれいに並んでたらそう思えるかもしれない。写真だとモチーフが左右対称に並んで写ってたらそれだけで気持ちいいように、定型句でも575の音数に合ってたらそれだけで気持ちいいとか。この辺が、作品それ自体の内側へと入り込んでいく楽しみ方の例。

逆に作品の外側に目を向けると楽しいこともある。写真なら、たとえば撮った人や撮った場所に注目してみるとか。普通写真でも、自分の知ってる人、好きな人が撮った写真だって聞いたらそれだけで「どんな気持ちで撮ったんだろう」って想像したくなってこない? あとさ、ライオン大口あけてる写真とかだと「この人どうやって撮ったんだよ、撮った直後に殺されたりしてないだろうな」とか想像して怖くなったりもしそうでしょ? 他にも、京都タワーを手で支えてるような構図だったりしたら「ピサの斜塔かよww 京都タワーじゃかっこつかないでしょうがwww」なんて元ネタと比べて楽しむとか、それ自体では補えない情報量が実はそこかしこに見つかったりするものなの。

そうやって自分必要情報量を探していく、補っていくっていう探偵じみたプロセス詩歌の楽しみだと思うし、これって実は小説でも他の芸術分野でもおんなじだよね。さらに言うと、いろんな作品詩歌小説に限らず)を見ていくと、自分を泣かせる笑わせるために必要情報量ってじつはそれほど多くない、このツボさえ抑えてれば自分は大体泣けるっていうポイント抽出できたりする。物語全体じゃなくって特定の要素があれば人間勝手想像できちゃうし、人からもらうより自分で作った方が味付けも変えられておいしいのは料理と一緒。でもそうやってツボを探していくと、面白いことに、その自分だけのツボって実は他の人も泣かせてしまったりする。自分のためだけに作ったものが何故か他の誰かまで撃ち抜いてしまったりする。

究極的に個人的ものは、実は最大限に普遍的でもあるんだ。その普遍性だけを切り取って残そうとする挑戦が、詩歌を作る苦しみであり楽しみなのだと、わたしは思う。


あとは渡邊十絲子の『今を生きるための現代詩』って新書がすげーオススメなので一読されたし。自分詩歌詳しくないけど、わからないなりに楽しくなるよ!

すてきな紹介記事→ http://d.hatena.ne.jp/mmpolo/20130531/1369926781

2017-03-22 20:42 追記(返信など)

でも現代純文学はそういうツボに反感持ってるよね

自分文章読み返したら「ツボ」の例を泣ける笑えるに限定しすぎたのが失敗だった。「泣ける」が分かりやすい例だっただけで“面白い”のツボって千差万別からね。

でも自分なりのツボはすべての書き手が持ってるだろうし、それを分かってくれる人も必ずいるんだよ、なぜか。・・・いや、よき受け手出会えるかどうか、そもそも作り手がそのツボを自分表現で押さえることができるかどうかは別として。

青木淳悟でも木下古栗でも岡田利規小笠原鳥類橘上でも誰でもいいんだけど、たとえ共感を得やすいツボに反感を持ってたとしても、その人には別のツボがあるし、人間表現である限り普遍性を完全に排することもできない・・・とわたしは思う。

だってすべての表現コミュニケーションから。読者としての自分自身とすらコミュニケーションしない表現なんて、ヘンリー・ダーガーでも無理なんじゃない?

今を生きるための現代詩kindleにあったので買ってみました

わーいやったー! ありがとうございます、せっかくなのでその先の本もいちおう置いときますね!

入り口としては『今を~』がすばらしいけれど、もしそれで現代詩自体に興味がわいたら新書館から刊行されてる『現代詩の鑑賞101』がとってもいいです。やさしい解説つきで101篇も読めばだれか一人くらいは推し詩人も見つかりそうでしょう? つまんないのはどんどん飛ばそう。

歴史の流れが知りたければ野村喜和夫の『現代詩マニュアル』がなかなか手っ取り早いけど、ごめんなさい、なんかスノッブくさくて個人的にはちょっと・・・。

もっと深く勉強したい人は現代詩手帖特集版『戦後60年“詩と批評”総展望』などをどうぞ。谷川俊太郎が「やっぱ売れ専をバカにしないで売れる詩をちゃんと作んなきゃダメだろ、ジャック・プレヴェール見習えよおまえら」とか言っててわろた。

ちなみにわたしの推しは入沢康夫渋沢孝輔です。入沢翁、ツイッターはじめててびっくりした。俳句短歌の話は、ごめんなさいぜんぜん分かりません。だれかオススメおしえて。

2017-03-20

良い曲なのに勿体ない

流行にのっかって、けものフレンズを見ている。



勢いで見始めたがなかなかおもしろく、ストーリーにも引き込まれてる。



エンディングの曲が良く、購入を検討していたが、

みゆはんのCM生理的に受け付けず未だに購入に至っていない。





そういえば友人も似たようなことをいっていた。



自分水曜日のカンパネラが好きで勧めてみたのだが、

友人曰くコムアイのキャラ生理的に受け付けず聞きたくないのだという。



それぞれ、CMなりキャラなりが、受け手には決定的にスベっているのだろう。

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314075928

ポルノかどうかは作者が受け手に示したいテーマ性とかがあるかどうかみたいな曖昧ものしか測れないと思う

娯楽と政治は切り離せない

娯楽と政治は切り離せって意見をちょくちょく見る。

それは「娯楽作品に、政治的問題意識させる要素を入れるんじゃねえ」という作り手への批判文脈なこともあれば

「娯楽を政治的問題に結び付けて議論するんじゃねえ」という受け手への批判文脈なこともある。

いずれにせよ、非現実的すぎる。

娯楽は現実問題や難しいことからすっかり切り離せるなんていうナイーヴな考え方は捨てろ。

その二つは切り離せない。スポーツ政治も切り離せない。あらゆるもの政治は切り離せない。なぜなら人間のもの政治が切り離せないからだ。

政治の要素がなくただ快楽だけを味わえる娯楽もあるなどと以前まで考えてこられたのはおそらく、君の精神がまだ幼く政治的要素を認識できなかった上に、語り合う相手も同じくらい未発達な人に限られて、娯楽に含まれ政治に気づけなかっただけだ。

今もはや君の精神は成長し、更にインターネットによって無数の人間の考えを見るようにもなった。

政治と娯楽は切り離せないし、君は切り離せるという夢想の中で遊ぶこともできなくなったのだ。

娯楽に政治を入れる作り手を、「政治を入れた」というだけで叩くな。叩くならその描き口や政治スタンスを叩け。

娯楽を政治的に受け取る解釈車を叩くな。そこにある政治要素から目を逸らしてむずかしいことのわからない幼子のふりをするな。

これは、賢くなれとか政治に興味を持ち学べとかいメッセージではない。

君は既に賢いのだ。賢くなってしまったのだ。

めんどくさいことを考えられない気楽な愚者のふりをしようとしても、その欺瞞はやがて君を苦しめるだけだ。

これは自分を苦しませないようにという忠告だ。

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170313035128

受け手は作り手ほど表現力があるわけじゃないのがほとんどなのに、

そこまで過度にフィードバックを求めるのどうなんだろな

2017-03-10

情熱ってなんだ

今の時代作品愛とか制作側の情熱がきちんと感じられるものでないと受け手に届かないとか何とか言われているが、

たとえば「制作側のやりたいことを情熱をもってやりきった結果作中のキャラの多数が無様を晒したり酷い死に方をした」みたいな作品ってそういう文脈だとどう判断されるのかなとふと思った。

作者の言いたいことを表現するために作中の登場人物が駒化してしまうこと(そしてそれが批判されること)ってよくあると思うのだが、そういう話こそ作者の主張やら情熱やらがうるさいぐらいに全面に出てしま場合も多いわけで。

情熱は認めるけどキャラに対する愛がないから云々」あたりで落ち着くのかな。

2017-03-09

受け手感性の話でもあるが言動は丁寧だけど「人を見下す態度が透けて見える」というのもよくある話で

幸せな歌ばかりだよね

口を開けば色恋沙汰ばかり

愛で何が解決するかっての

苦しみや絶望から滲み出てきたような曲を生み出してくれよ

洋楽ではちらほら見かけるけどここは日本だし

歌詞をしっかりと聴かせてくれるのは日本語しかないだろうが

こんな幸せガラパゴス社会でそんな曲は生まれ得ないだけなのかもだけど

なんだか薄っぺらいよね

受け手を無理矢理かっさらうように自分世界に巻き込むような深い情感がないよね

歌が上手い歌手はたくさんいるけどさ

ヘラヘラして才能を無駄にするなよ

何のための音楽だよ

音楽ファッションにするな

2017-03-03

[] #17-4『ヴァリアブルオリジナル制作秘話

3.ゴールデン進出

ーーそれにしては、意外にもファンタジーとしての完成度を高く評価している声は少なくないですよね。

シューゴ:まあ、ファンタジーって歴史のあるジャンルから。参考資料は多いからね。

マスダ:設定とかもファンタジー小説サイト巡って、ウケのよさそうなものをツギハギしていますし。

ーーえ、それってパクったってことですか。

シューゴ:ちょっ(笑)言葉には気をつけてくれよ。色んなファンタジー作品を参考にして構成されているってだけで、まんま一つの作品からトレースしたとかじゃないし。それに意識しなくても、設定だとかストーリ展開がカブことなんて珍しくないでしょうが。俺のをパクりっていうんだったら、ほとんどのファンタジー作品はパクりになるぞ(笑)

ーー失礼しました。ところで、その他のこだわりは何かありますか。

マスダ:こだわりを挙げるとなると、ズバリというのはないかもしれませんね。はっきり言って自社初のオリジナル作品という試みは、非常に志が低い状態で作られました。まあ、体裁は成しているので意外にも受け手は気づかないものなのかもしれません。

フォン:強いて言うなら、問題作としてスタジオイメージ低下に繋がらないよう心がけました。クオリティの安定と、作中の表現には注意するようシューゴさんにお願いしましたね。

シューゴ:俺の作風的に、そーいうのよく分からいから、結果やりすぎて一部では『子供向けすぎる』という評価をされたよな。

マスダ:でも、それが深夜枠から今のゴールデン進出に繋がっていると考えると感慨深いものがあります

シューゴ:今の子供たちには、普通の良作ファンタジーとして受け入れられているが、ゴールデン進出の際にリブートしたのは正解だったな。キャラデザ作風とか色々一新した結果、既存ファンには賛否状態になったが総合的には英断だったと思う。

フォン:ただ、この時のが尾を引いて、一部から監督は『心変わりのシューゴ』みたいな呼称ができてしまいましたね。私の意向もあったので、ちょっと申し訳ないです。

シューゴ:いや、それに関しては気にしてないよ。どーせ、あのテの古参ファンは羽振りがよくないくせして、過去の思い出にすがって口出しだけは一人前のヤカラだから顧客だなんて思っていないし、無視するに限る。



4.今後の『ヴァリアブルオリジナル

ーー今後ますます勢いを増す『ヴァリアブルオリジナル』。第三シーズンの見所をお聞かせください。

シューゴ:当面は四天王をどうするかという話になるかな。

マスダ:あれ、四天王は全部倒しませんでしたっけ。

シューゴ:いや、それは元四天王そいつらは影武者として登場した。

フォン:その影武者四天王なんじゃなかったでしたっけ。

シューゴ:影武者だった奴らが四天王より強くなったことで、取って代わったんだよ。

マスダ:ああ、つまり影武者が現四天王で、元四天王が現影武者ってことですか。

ーー最後に、今後の『ヴァリアブルオリジナル』の展望についてお聞かせください。

シューゴ:カードゲームとのタイアップ意識した話にして欲しいって指示されたから、そんな感じになるかな。

フォン:他の作品制作もやっていきたいところなんですけどねえ。

マスダ:上が「スタジオ内のスタッフでほぼ作り上げているのをセールスポイントにしよう」って言ってくるので、うちのスタジオはこれにかかりっきりの状態なんですよね。

フォン:まあ、とどのつまり上の意向次第ですね。カードゲーム好調な限りは、何シーズンでも作れと言ってくるでしょうけど(笑)

シューゴ:まあ、仮に他の作品やる余裕があっても、できればマシな企画持ってきてほしいけどな。

フォン:『女子ダベ』とかですか?

シューゴ:ざけんな(笑)

マスダ:(笑)

ーー本日ありがとうございました。

フォン:これ、本当に載せるんですか?

(おわり)

2017-03-02

[] #17-3『ヴァリアブルオリジナル制作秘話

2.『ヴァリアブルオリジナル誕生の時

ーー現在アニメ制作自転車操業が多いと聞いたことがあります。それを考えると、次の企画がない状態ってのはかなりマズイですよね。

マスダ:そこで無理やりにでも企画を作ろうと思い至ったわけです。先ほども言ったように原作はないし、仮にあってもその企画を手に入れるための時間お金もありませんので、オリジナル作品となってくるわけです。

フォン:オリジナル作品ということは、元請けとなるコンテンツがないということで評価は未知数です。ましてやウチのスタジオオリジナル作品を作ったことがない下請け。実績がないですし、上も「どうしてもやりたいならやってもいいけど、出資してくれるクライアントがほぼ募れないから、こちらも出せる予算少ないよ」と言ってきます

ーーそれでも何もアニメ作らないよりはマシだったと。

フォン:傍から見れば理解に苦しむかもしれませんが、そうなります

シューゴ:低予算から有名なスタッフを外から雇う余裕はない。というより、時期的に他のところに持っていかれているから手遅れなんだけどね。オリジナル作品、かつ有名なクリエイターもいないので求心力はない。つまり期待値は作り手にとっても受け手にとっても、まるでない状態だったわけだ。

フォン:本当に、企画の水増し目的でしたね。それでもないよりはマシだってうつもりの延命措置というか。

ーーでも、それがまさかの大当たりをしたんですね。その要因は何だと思いますか。

シューゴ:一部の表現方法好意的に受け入れられたことかな。既存演出方法を、作画枚数を減らすために多用しまくっただけなんだけどな。むしろスタジオ個性だと言う人もいるが、もしかしたら皮肉で言ってるのかもしれないな(苦笑)

ーーいわゆる“リミテッドアニメーション”ってやつですね。

シューゴ:リミテッドってあんまり好きな言葉ではないけれど、まあそうだな。日本アニメは「楽をしたいけど楽をしていると思われたくない」って意識の結果生まれた、コストパフォーマンスに優れた手法豊富から。そのノウハウをフルに活かせば、少数でもそれなりのもんは作れるわけだ。うちのスタジオ、数だけはこなしてきた分そういうのは得意だから

ーー“日本リミテッドアニメーション”を大いに感じる作りではありますが、逆にジャンプカットやボイスオーバーなどはヌーヴェル・ヴァーグの影響を強く受けているように感じました。

シューゴ:お、ヌーヴェル・ヴァーグだって分かるんだ。ジャンプカットやボイスオーバーは、アニメだと作画の枚数を減らすのに便利な演出方法からな。○○○○制作アニメとかがよくやってる。

フォン:ああ! いきなり本筋と関係のない話を長々とし始めるシーンよくありますけど。あれヌーヴェル・ヴァーグの影響なんですか。てっきり『女子ダベ』への当てつけかと思ってました。

シューゴ:まあ、それもある(笑)

マスダ:まあ、それはそれでいいんですが、さすがに背景美術とか、音楽すら社内でやったのは後悔しています。かろうじて経験のある人にやらせたから、体裁は保っているがチープ感は拭えなかった。今ではちゃんとした専門スタジオに頼んで高品質ですが、音楽に関しては今でもいくつかの曲はコードそのまま。

シューゴ:あのBGMって、確か『女子ダベ』の会話シーンで使われてたのをアレンジして『ヴァリアブルオリジナル』に使ったんだよな。「日常モノとか、コメディでよく流れてそうな、やる気のないBGM」とか言われているが、さすが熱心なファンは考え方がシャープだ。

ーー大衆音楽コードという視点では評価しませんからうまいことアレンジしているなあと感心しました。ですが、チープというのは謙遜しすぎかと(笑)

シューゴ:当時は実際問題チープだったからなあ(笑) 目を背けても仕方ない。脚本すらない状態絵コンテ書いたから、展開も思いつきで話進めたし。

ーー脚本なしで書いていたんですか!?

シューゴ:まあ、大なり小なり話を監督が肉付けするケースは珍しくないけどね。ただ、大まかなプロットすらない状態でやらないといけないのは初めて。○○○さんレベルの人はやってるらしいけどね。俺は普段だと脚本家や他の話数を担当する監督とかに入念に相談とかするんだけど、その時は俺一人だけなんで「これでいいのかなあ」って思いながら描いていたなあ。

(#17-4へ続く)

2017-02-28

[] #17-1『ヴァリアブルオリジナル制作秘話

カードゲームも近年で世界大会が開かれるなど、ますます勢いを増す“ヴァリアブルオリジナル”旋風。

今回はその先駆けとなったアニメ『ヴァリアブルオリジナル』が作られているスタジオにお邪魔し、プロデューサーのフォンさんとマスダさん、監督シューゴさんにインタビュー


1.『ヴァリアブルオリジナル』の持つ意味

ーーこの『ヴァリアブルオリジナル』というタイトルですが、これは本作の世界観象徴する、何か特別意味はあるのでしょうか。

マスダ:うちのスタジオはこれを作るまで、漫画小説など原作があるものアニメ化してきました。つまり、自社にとって初の「オリジナル作品なんです。オリジナルは柔軟な話作りをしやすい。つまり「ヴァリアブル(変化しやすい)」ということです。

ーーなるほど、オリジナル作品に臨むスタッフの意気込みをタイトルにしたんですね。

フォン:勿論きっかけというだけで、作っていく段階でちゃんとタイトルと関連性を持たせた話にしているので、ファンの方々の熱心な考察的外れってわけではないです(汗)。


2.「あのスタジオが作った」と言って欲しい

ーー作っていく上で、何らかの拘りはありますか。

フォン:本作に限ってはうちのスタジオにいるスタッフだけでほぼ作っています。うちの普段制作ですと、何割かの作業はその都度フリーランスの人に依頼したり、別の専門スタジオに任せることが多いんです。でも、それだとアニメスタッフ単位で語られることはあっても、スタジオ単位では語られない。

マスダ:自社でオリジナルを作るからには、うちのスタジオ象徴するアニメが作りたくて。受け手が「あのスタジオが作った」と言ってくれるようなアニメを作りたかった。ポテンシャルがあるという自負はありましたし、作品を通してそれを伝えたかったんです。



3.だからこそ作れた

ーーでは、監督にお聞きしたいのですが、自社のスタッフのみで作るという試みは大変でしたか

シューゴ:いえ、むしろ楽だったことのほうが多いですね。スタッフとの連携も取りやすかった。

マスダ:自社のスタッフだけで作っているので、スケジュールの把握が簡単で、管理もしやすかったのが大きいでしょうね。

シューゴ:あと、役割の簡略化もあります。例えば、普段ですと脚本家や他にもいる監督相談して絵コンテプロットを考えるんですが、本作は自分一人でやってます脚本を作ったり、他の監督相談するというタスク排除したことで、のびのびと作れるので作業が捗りやすい。

ーーえ!? お話監督一人で考えているんですか!

シューゴ:作画も何回か兼任したこともあります。まあ、大なり小なり監督がやってきたケースはありますよ。あの○○○監督とかも、絵コンテ描きながら話を作るタイプですし。

フォン:アニメ制作は分業制が基本ですが、それ故にどこかが難航すると他の作業もそれに引っ張られます。それを出来る限り軽減したスタッフ配置やスケジュール管理を徹底することにより、一定クオリティを保ち続けて視聴者の方に提供できているわけです。



4.『ヴァリアブルオリジナル』がウケた要因とは

ーーファンの方々も様々な考察をしている本作ですが、皆さんから見て本作が評価されたのは何が起因していると思いますか。

マスダ:そうですね。スタジオ個性が色濃く表現されているのは先ほども言いましたが、それに対して基本は王道ファンタジーなのが、かえってよかったのかもしれません。

シューゴ:それはあると思いますプロットは非常にシンプルですから子供たちにも理解やすく、ある程度ファンタジーに慣れ親しんだ層には現代技術アニメ化されたものが新鮮にうつったのではないかと。

フォン:子供大人も楽しめるってのは意識しましたね。特に主人公や仲間たちの言動に関してだけは、ワタシからもある程度は意見しました。

シューゴ:さすがにシンプルすぎるかなと不安になった時期もありましたが、結果として評価されたので安心しました。特に巷では主人公が一番人気なようで、ちゃんと意図して活躍させているのが功を奏しているなあ、と。

ーー特に主人公の「ジャストコーズ、オン!」は子供もよく真似をしているのを見ますね。

マスダ:カードゲームでは、「ジャストコーズ」が勝利を指した言葉(※1)になっています(笑)

※1…主人公が持つ独特なパワーのこと。これを発動した際の勝率100%であることからファンの間では「ジャストコーズ=勝利」という意味合いで使われている。この際に流れるBGM「私には正当な理由があります」を聴いただけで頬が緩むファンもいる。

シューゴ:まあ、間違ってはいませんけど(笑)

フォン:(笑)

(#17-2へ続く)

2017-02-27

文系永遠に作者の気持ちでも考えてろよ〜作者のフレンズと作者の意

文系は作者の気持ちでも考えてろよwwwという文系に対する典型的煽りがある。

元々がネタスレ気味な2chネタなので、「マジレス」するのもどうかと思うが、「本当に文系は作者の気持ちを考えているのか?」について書いてみたい。




これについて書こうと思ったのは、以下の記事を読んだのがきっかである




けものフレンズ考察班VS哲学的ゾンビ

http://honeshabri.hatenablog.com/entry/philosophical-friends




いずれにおいても、根底にあるのは、作者・製作者の意図気持ち考察することこそが重要という発想ではないだろうか。

しかし、少なくとも現在文学において、作者の意図気持ちを推測・考察することはそこまで重要視されていない。

現在では、神としての作者の意図を探るのではなく、主として、作者から離れた作品のものテクストから何が解釈できるかが論じられるのである

(いわゆる「作者の死」。ここら辺の議論ロラン・バルト以降、色々と展開しているけれど面倒なので省略する。)

この考えのもとでは、文系は作者の気持ちを考えているのではなく、「制作者はそこまで考えてないと思うよ」というツッコミはあまり意味がない。

制作者がそこまで考えてなかろうが、作品自体からその解釈が成り立つなら、その解釈は「アリ」なのだ




では、その解釈が成り立つかはどう判断するか?

作者の意図に沿うかで判断することはできない。

判断方法としては、ざっくり言えば、作品の内容と整合するかを基準として、その解釈が支持を得られるか、という多数決的な方法しか取り得ない。

乱暴方法だが、これしか方法がないのである

文学における解釈とは、このようなルールのもとでのゲームとも言えるだろう。

もちろん、作者の意図を探る、というルールゲーム可能ではある。

しかし、個人的には、それよりも作者の意図を離れた解釈を論じるゲームの方が面白いと思うし、そちらが主流なのだ




では、作者の意図解釈と全く関係いか、というとそうでもない。

作者は、あえて明確には表現しないことにより、解釈余地(穴埋めの余地)を持たせることがある。

受け手がそのような作品解釈をすると、作者がこっそり埋めた宝物を見つけることができるのである

はっきり表現しすぎては解釈余地がない。

分かりにくすぎては解釈しようがない。

優れた文学とされるものは、この宝物の隠し方が上手いものが多い。

現代日本において、これを最もうまくやってのける作家の一人が村上春樹だろう。




もっとも、作者が整合的な解釈を想定せずに作品を作ることがある。

新世紀エヴァンゲリオンがこれだと言われており、上述の村上春樹も、ねじまき鳥クロニクルについて似たような批判がされたことがある。

作者の意図する整合的な解釈を求める立場からすれば、このような行為は、作者の裏切りにも思えるかもしれない。

しかし、作者の意図無関係解釈をする考えであれば、そんなに目くじらをたてることではないのではないかと思う。

もっとも、そのような作品に(作者の意図しない)面白い解釈が成り立ち得るかは別論である




以上に述べたことから分かるように、たくさんの人がけものフレンズについて考察をし、その考察がある程度の人に受け入れられているのであれば、制作者がどこまで考えているかはともかく、その解釈は(文学的に)アリなのである

から変な雑音に対する惑わされずに、考察班においては、思う存分考察をしてほしい。

けものフレンズは見たことがないが、切にそう願っている。

2017-02-12

おたくの思うまた○○問題

最近、人気の声優さんだと私のような声おたくでなくともこの人だ!ってわかる方増えてきたそうですね。

正直元々男性声優おたくの身としては、どの声やっても同じ声色に近い方とキャラによって声を変える方でも、誰かすぐわかってしまうので、なにも問題ないんですが(笑)

ただ知らない人にとっては、あのキャラクターだと一緒の声だと余計なノイズが入ることになりますし、役者さんにとってそれは結構な重荷ですよね。

役者さんにとってどうしても着いたイメージカラーはいだって戦わなければならないものかと思いますが、今の時代そのイメージカラーがどっと増えてきたなぁと思います

何をやっても一緒とは思う人もいるんじゃないかなとなかにはいらっしゃるのですが、逆に言うとその前にあったキャラクターを踏まえた上での演技として見ると、ポジティブに捉えられたりするのではないのかなぁと思います

最近声優さんキャラクターだけじゃなく本人のパーソナルな部分や他の役者さんとの関係性を売り出してる方も多くそイメージギャップがより受け手への情報過多を産み出しています

その情報過多の中戦う役者さん達はすごいなぁと思うのですが、これは役者さんそのものを知らないと追えないことなので、役者さんのファンではない方に「また○○」と言われるのはい意味でも悪い意味でも裏方から人気職業への変化の象徴とも取れます

今人気の若い人達はともかく、アラサー以上の声優さん達は元々入ろうとした頃の業界と今の現状に相当なギャップを感じられているのでしょう。

よくよく考えたら男性声優さんは今の声優雑誌の表紙と10年前の表紙と同じ人でも成り立つ業界なので、このどんどん人気職業への変貌という進化過程を今も見ているに過ぎないのでしょう。

渦中にいるとよくわからないことが多いのが常ですが、いつの日か振り返ったときにあの時すごいものを見ていたんだなぁと穏やかに思う日が来ますように。

2017-02-11

[]

今回はとなりのヤングジャンプ


しをちゃんとぼく 第15話

サブタイトルオチになっていて、かつオチのもの描写しない。

サブタイトルのものオチになっているからその必要はないし、むしろそれが演出として機能している。

へえ、そういうことしてくる。

画期的な発想ってわけではないと思うけれども、ショートを活かした構成演出に感心した。



ヒトリアソビ (シンマンGP2017 エントリーNo.1

WEBで読めるのは受け手に損はないんだけれども、投票ヤンジャン本誌のはがきがないとできないから、企画としてWEBに載せる意味あるのかなあと毎回思う。

仮にWEBで読んで、投票したいかヤンジャン買う人がどれだけいるのかっていう疑問が一つ。

あと、そんな人間感想合戦ヤンジャン買っている人が煽られて、結果に影響が及ぼす可能性があることも考えるなら、それで連載された漫画は読者層にマッチしているといえるのだろうかという疑問。

まあ、私レベルが考えていることを企画の人たちが織り込んでいないとも思えないので、何かあるんだろう。

で、エントリーNo.1感想

うん、テーマといい構成もまとまってて、よく出来てると思う。

題材に付きまとう独特な気まずさを、非現実空間が入り込むことで、より演出できている。

まあテーマに対して表現直喩に近くて、作中でメッセージがほぼ露骨に明言化されたり描写されたりもしているので、その観点から上手いかどうかっていうと何とも言えないけれども。

メタファーとしての妙は希薄だけど、まあ題材の時点で有利だよなあ、と。

はいっても前回のシンマンプロットだけだと凡庸なのが多かったのもあって、今回の第一陣がこれってのはインパクトあるよね。



ワンパンマン 第110話

妙に怪人化のデザインが洗練されている奴がいるというか、元からこれ前提で人間の姿もデザインしてたのかなあと思える位。

まだ余念を許さない展開だからハラハラする。

原作にもいた既存キャラは退場しちゃって、現在出張っている登場人物たちは村田オリジナルからメタ的に考察してもどう転んでもおかしくない。

実質、あの場でどうにかできる実力なのはスイリューだけで、他の怪人は余裕だとして竜レベルのゴウケツが未知数なんだよね。

レベルはS級クラスでも戦闘派が何とか勝てるか、相性が悪かったりすれば手も足も出ない強さだからなあ。

あと、今回の闘技大会編のテーマ考察するならば「ヒーロー必要性だとか意義」ってあたりになると思うので、そこも踏まえるとヒーローの介入でもう一波乱あったりしそう。

2017-02-10

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ソープへ行けば何かが変わりますか。

そんな疑問を持っている内は、君はソープへ行くべきではない。

これはソープに限った話ではないが、金を払って一日とかからず済むような事柄に何か特別な知見を得ようとするなら、漠然とした気持ちで行ったところで変わりはしない。

もし、脱童貞などといった程度の目的で行くようなら、そこには本質的には童貞のままの、いわゆる「素人童貞」という非生産みたいな生産が成されるだけだ。

そもそも、「童貞」などというもの概念的でしかないのだから

2m半はありそうな女性にまるでモノのように犯されたことは以前話したが、あれで私は童貞卒業したのではなく、“喪失”したのである

私の友人は酔っ払っている内に人間と寝たらしいが、痕跡がない上に記憶曖昧なため真偽は不明だ。

だが友人は「あの時オレは男になったのだ」と頑なで、事実がどうあれ彼は“童貞ではなくなった”のである

学ぶべき教訓は、「事実のみ追い求めると、かえって本質から遠ざかる」ということだ。

まあ、『ソープへ行け』は童貞卒業するためのものではないのだが。



Q.最も面白い作品は、完璧作品ですか。

答えはNOだ。

なぜなら作り手も受け手完璧ではないかである

まり、そもそも完璧作品を作れる人間いるか疑わしいし、作れたとしてそれを正しく知覚できるかも怪しいのだ。



Q.「飲む、打つ、買う」などといった三原則は、現代なら何になるでしょうか。

承認、是非、回す」だ。

2017-02-06

ハラスメント禁止と腫れ物扱い

体型でも勉強でも恋愛でも何でもいいけど、

相手が抱える欠点についてあれこれ指摘する行為は、現代ではハラスメント扱いされる可能性がある。

その相手のことを慮って言ったかどうかは関係ない。(ハラスメントか否かを決めるのは受け手、という原則がある)

まあ要するに「お前の将来を思っていってやってるんだ。良薬口に苦しだ。」みたいな態度のことね。



まりハラスメント回避しつつその人の良いように導くようにしよう」ってのが最適解だと思うんですけど。

ただね、ここで自分危惧するのは、それが「腫れ物扱い」に繋がらないんか、と言うことだ。

繰り返すが「ハラスメントか否かを決めるのは受け手」と言う原則があるので、

『この人に何か言ったらハラスメント扱いされそうだな…何も言わんとこ…』…という態度のことですね。

だってハラスメント回避しつつ、相手欠点を指摘するって相当難しいんじゃないんでしょうか?違うんでしょうか?

いや、それが気心の知れた仲なら可能かもしんないけど、大体は「この人のことをそこまで慮ってやるギリはねーな」で諦められて終わり、なんじゃないでしょうか?



いや別に、僕だってハラスメントは悪しき行為だとは思ってますよ。

ハラスメントとか気にせずに相手欠点を指摘しまくろうぜ!なんて言う気は無いですよ。

ただ、何が言いたいのかというと、「ハラスメント禁止社会相手欠点を直すように導くのはかなり難しいんでねぇかな、という話。

相手自発的に築くのを待つか導くしかないのか。それも難しいか

いや或いは欠点個性とするとかそういう方向性にしちゃう?みたいな?感じぃ?



まあしかし、以下は余談なんですけど、結局リベラル社会のし上がる人って

「俺には何言ってもハラスメント扱いなんてしないよっ!何でも言いなよ」な態度の、要するに精神強靭マッチョな人なんじゃないかなぁ、と思ってしまう…

2017-02-04

[]

今回はとなりのヤングジャンプ

ワンパンマン 109

試合勝敗は、まあ予想通り。

その上で続行してくれた展開は不完全燃焼にならなくてよかった。

サイタマが強いことは分かりきっているから、スイリューがどのレベルの強さかってことは知りたかったしね。

S級ヒーロー相当なのは予想していたけれども、A級ヒーローレベルの強さとの違いを明確にしてきた描写だ。

サイタマ武術の心得がないってことが指摘されるのは、原作の怪人協会での最終戦で明確に描かれているけれども、それは当然サイタマ必要いからなんだよね。

ガロウのいくつかの戦いを見ても、武術の皆無による実力差というものは強調されていて、本作において武術の持つ意義はむしろ贔屓されている。

それでなおサイタマには意味がないってことで、その強さを表しているわけだ。

サイタマにとっては武術を介していようがいなかろうが受けた攻撃本質的には同じだから、表面的にしか理解できないためにああいった結論になってしまう。



しをちゃんとぼく 第14話

挫折という一見するとネガティブな要素が、そのとき世界が動いたかのような歴史の一ページになりうるっていうね。

才能のあるなしを判断するのは慎重であるべきなんだけれども、教える相手1世紀にも渡って何一つ上達しなくて、指南役が何度も代替わりしているからこそ説得力が増すわけだ。

そして、その向き不向きは自分自身が気づくことで意義あるものとなっている。



きみ×××ることなかれ 第7話

今に始まったことではないけれども、本作は恋愛模様以上にアイドルというテーマがどちらかというとポイントだよね。

現実世界の情勢もあって、よりセンセーショナルテーマになってしまった感がある。

連載時点では思いもよらなかっただろうし、作者も編集もどうするか苦悩したんじゃないかなあと邪推したり。

本編の話は、成熟した大人ファンだったり、割り切ったことを言う人だったり、理屈の上では分かっていても気持ちの複雑さを明確に言語化できない子だったりが登場して。

と同時にアイドルにそこまで関心のない美容師の「そんなことがスクープ対象なんてアイドルは大変だな~」みたいなセリフさらりと入れてくる冷静さというか。

マスコミ報道姿勢批判するクダリはやや安易にも感じたが、側面的には誰も望まないスキャンダルにわざわざ仕立てあげているわけだから、その観点無視はできないだろうな。

まあ報道観点から見れば、知らないほうがいい情報区別せず発信するという点では、姿勢はともかく在り方そのものはフェアなわけで、客観的に見て是非を決めることは難しいわけだけれども。

で、最終的には受け手が思い思いにそんなの関係ない、どうでもいいと割り切れることも大事なことが作中で描かれているわけか。

2017-02-02

はやく楽になりたい

まず、自分の主張をする前に少し自己紹介をする。

私は百合が好きなオタクだ。女と女なら割となんでも好きだと自認しているけれど、中でも特にハマっているジャンルがあり、それは百合がメインになっているという性質のものでは多分ないのだが、私は百合としてそのコンテンツを楽しんでいる。

(このジャンルでのことについていくつか言及するが、そこに迷惑を掛けたいわけではない。読んでくださる方がいるとして、その中に具体的なことが分かってしまった方がいても心の中に秘めておいてほしい。)


それで、私は百合を楽しむに当たって、同性愛を娯楽として消費するわけだが、やはりそこにおいて相応の敬意を払うべきだと考えるし、少なくとも自分なりに真剣同性愛について向き合ってきたつもりだ。

ここで言いたいことは要するに「同性愛差別しないで」ってことなんだけど。

そんなこと3億回は言われてそう。でも、改めてそう主張したくなったというか、どこかで吐き出さないと限界だ、と思うきっかけがあったからこうして書きなぐっている。



それは私の母のことが原因だ。

母は、同性愛差別をする人間典型なんだと思う。

私はオタクなので、よくグッズなんかも買うのだけれど、その中に、大好きなキャラクターふたりウェディングドレスを着ているというものがね、あったんです。幸せそうでかわいくて、大好きなキャラクターの長年の想いが叶えられた(というように私には見えた)そのイラストが私は大好きで、それを手にした日にはずっと眺めていた。

眺めながら、かわいいな〜結婚できてよかったね〜〜〜最高〜〜〜〜とか思いながらふわふわした気持ちでいると、背後にいる母親に気づかなくて、「えっなにそれ、女同士?きもちわるいね」と言われてしまうんですね。はい。書いているだけでそのときのことを思い出して具合が悪くなってきた。

明らかに同性愛差別するような発言だと思うし、イラストの片方が男性なら母はこの発言はしなかったでしょう。でも母は同性愛差別なんてしないというし、偏見もないとなんの屈託もなく言うわけです。

現在、その母に私はめちゃくちゃ叱られ無視されている最中だ。

なぜそんなことになっているかというと、他愛もない会話が原因。ニュース番組同性愛関係する話題が取り上げられていて、それについて話していたときだ。母の発言を要約して再現すると、

世田谷区?とかで同性婚もできるようになった?みたいだし、そういうのはいいことだよね。まあでも、男同士とか、女同士とかちょっと…アレけどね!女同士でも、片方がすごくボーイッシュとかだったらわかるけど。」

もう何から何まで心底腹が立って、めんどうくさいので普段まり母に逆らうことは言わないですけれど、こればかりは「そういう偏見ってどうかと思うけど」と言ってしまった。

母は「偏見なんてないけど。何怒ってるの?自分のことでもあるまいし。みんな心の中では気持ち悪いって思ってるけど言わないだけだよ。」と。

それでなぜか今もなお逆ギレ(?)されてあたられているという次第だ。


今さっきそんなことが起きて、前述した記憶に封をしたはずの結婚イラストときのことも思い出してしまって、私は今本当に、本当に悲しいような、ムカつくような、よくわからない気持ちでいっぱいで、、、どうしたらいいかからない。

私は今差別してしまった、と思ったならどうしようもあるんだろうが、自覚がない人に直してくれというのは、まず無理な気がする。

恋愛男と女がするもの、という価値観に塗りかためられた頑なな考え方に、対抗する術を私は持っていない。



私のいるジャンルでは、それを百合として楽しんでいる人もいるし、そうでない人もいる。

からなのか、「同性愛表現はやめろ」だの「これは同性愛差別じゃないか」だのいろいろ問題になりがちで、頻繁に炎上している、気がする。

私は作品を愛しているし、同性愛にも本気だから公式側の人間差別発言や、受け手側の差別的みつきに、それを見てしまえばいちいち本気でしんどくなる。

私の母ほどあからさまなことを言う人はあんまりいないけれど、「同性愛なんか」とか「同性愛よりも良い」とかそういう…なんていうのかな。無自覚同性愛を低める発言をする人がすごく多い。

からまり見ないようにしているけれど…身内から言われるともう奇襲の域でどうにも防ぎようがない。つらい。聞きたくない。




もう何言いたいのかわからなくなってきた。

感情的になって、クソみたいに読みづらい文を書いてる気がする。

別に同性愛が嫌いでもいいんです。私がつぶあんは好きだけどこしあんは嫌いだと思うのと同じように、異性愛は好きだけど同性愛は嫌いだという人もいるでしょう。別にいいです。言葉に出さなければ殺人願望が許されるように、思うだけならいい。それに、もう、嫌いなら嫌いって言ったっていいよ。それは好みの問題だと思うから

差別してないよって笑いながら差別しないで。社会規範から逸脱することを無意識に悪だと思わないで。お願いだから。人を好きになることで差別しないで。

耳を塞いでも、内側から聞きたくないことを囁かれるのも、本当につらいです。やめて。

一生母に自身セクシャリティについて話すときはこないでしょう。一生、母に自分趣味は隠したままでしょう。

なんかもうどうでもいいな、全部。

はやく、異性愛しか世の中に存在していないと信じていたころに戻って楽になりたい。そうすれば辛くないのに。はやく死にたい

電子書籍ユーザーはどうするべきなのか

「電子書籍の購入は作家の応援にならない」は本当? 現役編集者に聞いたという記事を見た。まあ、ここのところ何度も繰り返されている話題ではあるが、私も一つ書いてみようかと思う。

以前には、いつまで紙の本に付き合わなくちゃいけないんですか? -電子書籍に完全に切り替えたユーザーの怒りと愚痴をひとまずぶちまけます-という記事があったことを覚えている方もいるだろう。この記事はこの記事でやや偏っているというか、紙書籍ユーザー喧嘩を売っている部分があって(紙書籍をまずい料理に例えていると読み取れる部分とか)、いらぬ反発を産んでいたように思うけれど。

電子書籍ステマ」とか「ステルスポジショントーク」とか言われるのは癪なので予め断っておくが、私は電子書籍業界の一員である。といっても、末端のエンジニアに過ぎないので、業界の詳しい動きや、編集者の考え方が分かるわけではない。
電子書籍業界がこの先発展していって欲しいとは思っているので、これは紛うことなポジショントークである、ということは言っておいた方がいいだろう。

ちなみに、冒頭に挙げた記事に関しては、私はそれほど反感を抱いてはいない。
というより、反感を抱くほど踏み込んだことは書いていないように思う。
冒頭の記事を読んで、「また出版業界言い訳か」と思った方もいるかもしれないが、「電子書籍の売り上げが続刊に寄与しない」というのは、業界の現状としては正しい。
もちろん、書籍の売り方は一律ではないので、作品ごと、作家ごとに個別事情がある。冒頭の記事では、業界全体が一律にこうである、という印象を与えかねない。
ただ、傾向として、電子書籍の部数を評価に入れていないシステムや、評価することのできない編集者が多いのは確かだろう。

しかし、出版業界の現状がそうである、としたところで、ユーザーには何の関係もない。 「まずい料理を食え」と言うのはいささか例えとして乱暴であると思うが、人それぞれ好みがあるのに、自分が嫌いな料理を、嫌いとまで行かずとももっと美味しいと思う料理があると思っているのに、買って食えと言われるのはたまったものではない。当然のことだ。

ところで、冒頭の記事には、

電子書籍ヘビーユーザーと思われる方の、「なぜ電子書籍はいけないのか(なぜ出版社側の都合で紙媒体を買わなくてはいけないのか)?」という意見は、いささか極論と感じましたが、貴重な受け手からの肌感覚での意見として拝読しました。

という記述があった。この点が気にかかった人は多いのではないだろうか。 私もこの点は同意しかねる。「電子書籍ユーザー出版業界の都合を押し付ける」ような発言に対して電子書籍ユーザーが反発するのは当然のことで、極論でもなんでもない。
ただ、明言はしていないが、この発言は「いつまで紙の本に~」の記事に対する反応であると思われる。こちらの記事は内容が過激であったため、この編集者A氏とやらも、やや感情的な答えを出してしまったのではないか
あるいは、「極論」と言うのが当該記事の全体的な語調に対する感想であるなら、頷けないこともない。
つまるところ、この発言に関しては多分に感情的ものであって、参考になるものではないが、殊更にこの点を取り上げて叩くほどのものでもないのではないか、と私は考えている。

電子書籍の話になると、「紙には手に触れることの良さが」「電子書籍プラットフォーム依存が」「電子書籍なら持ち歩きやすい」「紙はかさばる」などといった、紙媒体優位論、電子書籍優位論が現れる。
はっきり言わせてくれ、今問題にしているのはそこじゃないんだ。少なくとも私は、紙媒体電子媒体の利点や欠点理解しているつもりだ。どちらにも利点があって、どちらにも欠点があるので、一概にどちらが優位であると言えるものでもないだろう。
から私は、紙媒体ユーザーに向かって電子書籍を買えとは言わない。そしてまた、電子書籍ユーザーに向かって紙媒体を買えとも言うべきでない。これが私の問題としたい部分であり、恐らく多くの人が感じていることであろうと思っている。

# なお、プラットフォーム依存性の問題に関しては、電子書籍業界人としては真面目に課題として受け取る必要があると思うが、そこはそれである

そもそも、ちゃぶ台を返すようだが、こんな議論意味はないのだ。ぶっちゃけしまえば、たかだか編集者Twitter上で「紙媒体を買え」と言って、たとえそれが多少バズったところで、そうそう影響はない。
電子書籍ユーザー電子書籍メリット見出しいるか電子書籍を買うのであって、出版社制御できるものではない。
作品の売上は出版社広告の打ち方や作者の宣伝などで変わることもあるだろう。しかし、紙媒体でも電子でも、文章の質に差はないのだ。であれば、ユーザー自分が便利だと思うものを使う。

そうは言っても、電書の売上が続刊の目安にならないのなら、作者のために紙媒体を買うべきではないのか、という意見もあるだろう。
まあ、あなたが誰かのファンで、どうしても打ち切られたくない作品があるのなら、その意見を真に受けてもいいとは思う。本当に極僅かな可能性で、あなたの一冊が続刊のボーダーラインを越える一冊にならないとは言い切れない。
だが、たった一人が購買運動したところで、全体に与える影響は微々たるものだ。もちろん、大勢で同じことをすれば影響は出るのだけれど、そんな社会運動じみたことをしなければ支えられないのだとしたら、それは既に構造おかしくなっている。
もちろん、紙を愛する人は従来通り紙媒体を買えば良い。紙書籍電子書籍市場がこれからどう変化するかは私には予測できないが、なくなることはないだろう。

私が一番思うことは、電子書籍を買う人に、それを引け目に感じて欲しくはないということだ。
電子書籍を買う人も、紙媒体を買う人も、それぞれ一人の客で、そこに優劣は存在しない。
しろ電子書籍ユーザーにとっては、市場が大きくなった方がより便利になるだろう。これは希望的観測だが、頭の固い編集者でも無視できない規模に市場が成長すれば、当然電子書籍の売上が続刊基準にもなってくると思う。
から、今現在電子書籍を利用しているユーザーは、この先も気兼ねなく電子書籍を利用してもらいたい。これは私のポジショントークでもあるが、電子書籍市場の拡大がユーザー利便性につながるという理論は間違っていないと思うので、ユーザーにとってもメリットのある提言のはずだ。
もちろん、一人のユーザーの動向が市場に大きな影響を与える訳ではないのは既に述べた通りで、だからこそ、電子書籍積極的に利用すればより便利になりますよ、と言い切ってしまうことはできないけれど。

という訳で、結論を言えば、電子書籍ユーザーは今まで通り電子書籍を買えば良いし、紙媒体ユーザーは今まで通り紙媒体を買えば良い。
こんなことは、別に私が言う必要はないのだ。言わなくてもみんなそうするだろう。
ただ、これだけは言っておきたい。

電子書籍ユーザーに向かって「紙媒体を買え」と言う業界人は、恥を知って欲しい。

後はまあ、私自身も業界の一員として、少しでもより良い方向に向かえるように努力していきたいと思う。
こちらからは以上です

2017-01-31

ロメスペシャル批判について思うこと

はてな界隈でもその他ニュースサイトでも話題になっていますね。

スカートはい女性署員にプロレスつり天井固め」 長浜署懇親会…滋賀県警セクハラ可能調査

http://www.sankei.com/west/news/170127/wst1701270037-n1.html

ロメスペシャルは嫌がる相手に掛けられない - 聞きかじり、たれながし

http://www.cloudsalon.net/entry/harassment20170122

どちらの記事も、ブコメは散々たるもの

ロメスペシャルなんて無用の長物トラブルの温床、諸悪の根源、なくしてしまえばいい?


ロメスペシャルは技にかかる人の協力がなければ、形が完成しない。

膝を曲げて足をからめることも、掛け手の合図で、手を後ろに差し出すことも、

後方回転で吊られるとき嫌がらないことも受け手の協力が必要になるはずです。

こんな風に、さらっと書くとさらっと技をかけたように聞こえるかもしれないけれど心身ともに本当に消耗しました。

それが長浜署の懇親会にとって必要だと思うからこそ、男性署員たちも、

ロメスペシャルの力をかりて女性署員に豊かな経験をさせたいと思っているんです。

それを警察の怠慢、セクハラに対する意識おかしいというのはちょっと違うと思う。


志をもって

プロレス技を変えよう、安全な技にしよう、時代ニーズにあった活動にしよう、不要ものは切り捨てよう、改革をしよう

そう行動を起こす人は署内部にいます

からこそ

知りもしないのに

世論に便乗して

ロメスペシャルに対する偏見助長するのはやめてほしいんです。


ロメスペシャルを変えるためには

まず知ることからなんじゃないですか?

知りもしないで

知ろうともしないで

かつての私のように、警察署員さんたちを斜に構えた目で見るのはやめてあげてほしい。

ロメスペシャルがどんな存在か知りもしないで

イメージだけでいらんとか悪害とかいうのやめてほしい。

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