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2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170422041028

道筋が欲しいとのことだったので。

あなたMS OfficeなどのいわゆるOAスキルがあるのなら、地方移住してみるのはどうか。

地方の、特に中規模な製造業などではOAスキルを持った人材が足りていない印象があるので、あなたの年齢(45歳前後を想定している)でも滑りこめるかもしれない。VBAどころか、エクセル関数使えるだけで持て囃される。欲を言えばバッチファイルが組めたりするとなお良いが、これは滑り込んだその後の勉強でも間に合う。

製造現場では検査項目の入力やら在庫管理やら生産管理やらにPCが使われているのに、肝心の作業者たちがPCのことをまるで分かっていないので、驚くほど非効率なやり方が罷り通っていたりする。現場のことも分かる、PCのことも分かる。そんな人材工場に数人いれば、冗談でなく日本工場生産性は3割上がるだろう。

PCを使わなくなった時のことは知らん。でも技術的なブレークスルーが無い限り、当面PC現場に居座る。

あなたのようにPCリテラシーのある人間(このような長文はPCで書くだろうというあくま憶測だが)が仕事にあぶれて嘆く姿は、需要供給マッチングがうまくいっていないことの証左だ。

出るところに出れば仕事は必ずある。

俺ら就職氷河期世代ってもう忘れ去られたのかな (追記あり

最近はてぶ見てても就職氷河期を扱ったネタほとんど見なくなった。たまに見かけるとしたら俺らより若い世代就職関連の記事ブコメ就職氷河期世代恨み節とか、切り込み隊長とかが書いてる高齢者介護ネタで「あと10年、20年もしたら非正規就職氷河期も加わるぞー!!もう日本は終わりだー!!」なんてネタだけ。もう就職氷河期世代をどうやって安定させた仕事につかせるかみたいな話はめっきり見なくなった。

さじ投げられちゃったんだろうね、俺たち。政府のおエラさんにも学者さんにもブロガーさんにも。いろいろ議論して考えたけど、こいつらを救済する妙案も資金もないわって。この前若い頃に見た「トレインスポッティング」って映画の続編がやってたから見たんだけど、若い頃にまともな職につかずドラッグばっかやってた連中が40代になっても相変わらずまともな職つけずにプラプラダラダラしてるって話だった。なんだドラッグしてないだけ俺らのほうがマシだけど、日本以外にも俺らみたいな救いようのない連中っているんだ。世界ってこういうもんなんだな。

たまにブコメ就職氷河期世代っぽい人らが「俺らが就職氷河期非正規しか仕事できなかったのは政府財界が原因。だからあいつらは俺らの生活の世話するのは当然の義務だ!みたいに盛り上がっている人いるじゃん?気持ちはすげーわかるんだけど、少なくても俺がほしいのはそういうんじゃないんだよ。俺は「誇り」が欲しいんだよ。今更同世代でうまく正社員になって高給もらってる連中並の収入キャリアが欲しいとはいわないよ。でもパート派遣みたくすぐに代用が聞くような仕事じゃなくて、ちゃんと周りから頼られてこれからも頑張れば次があるんだって思える仕事がしたい。まっとうな自己肯定感がほしい。それだけなんだよ。たぶんそれが難しいんだろうけどさ。

努力必要なのはわかってる。でも何をどう努力したらいいのかわからない。今思えば学生時代は楽だったよな。ちゃんとテスト範囲が決めれれて、範囲内の勉強さえしてれば結果が出せたんだから中途半端資格をいくつ取ったって正社員になれないのはわかってるよ。でも他にどうしろっていうんだ?正社員仕事の条件が「関連業界正社員勤務経験3年」とかが必衰になっている。正社員経験のない奴はどうやってこれパスすんだよ?

きっと仕事できる奴からしたら「努力の方向が間違ってる」とか「一から十まで道筋さないと何もできないやつなんて使えない」なんて思われているんだろうな。でも本当に何をしたらいいかからないんだ。甘えだって笑ってもいいからせめて「○○と○○と○○の資格があったら3ヶ月契約社員。無事にパスしたら正社員」みたいな道筋をくれよ。

まぁ企業からしたらそんな面倒な手順を用意して覚えの悪い中年を雇うより若い新卒雇ったほうが効率的なんだろうな。

海外だったら俺らみたいな中年失業者でも団結してデモ行進して堂々と政府文句いっているぞとか聞くけど、俺はそんなのしたくないんだ。チャンスがほしいんだ。ちゃんと何年か努力したら親や周りにも堂々と説明できる仕事につけるチャンスがほしいんだよ。

何もしないで生活保護で生きながらえるだけの人生なんて嫌だ。ちゃんと自分を誇りに思える仕事がしたいんだよ。




追記:どうせ「甘え」だの「自己責任」だと叩かれるだろうと思ってたかブコメの内容も予想範囲内だったわ。「なんで連帯してデモないの?」っていうけど、デモしたらしたで今度は「デモやってる暇あればスキル磨いて仕事探せよ」「そんな甘えだからまともな仕事に就けないんだよ」って手のひら返して叩かれるの確実なのに何言ってんだ感。それにちょっと前に安保改正反対でそれこそ国会前に10万人単位デモが行われても(デモの内容に賛成かどうかは別として)デモ主催者の連中が散々叩かれただけで結局何も変わらなかった。あの惨状を見たあとで俺ら就職氷河期世代が集まってデモして何が変わるんだよ。

あと看護仕事すすめてくれた人。ごめん、もう経験済みなんだ。30代前半に資格とって何年かがんばってみたけど、じいさんばあさんの体を支えてたりして腰をヘルニアで傷めちゃってね。今もだましだまし生活してるけどもう腰に負担のかかる仕事はできないんだ。

俺の過去の経歴を馬鹿正直に書く気もおきない。俺だって「あの時こうしていれば」って思う経験はいくらでもある。それに毎回「それが原因だろ」だの「やっぱ自己責任じゃん」とか言われて対応するのにも疲れたし、そもそもこういう捻くれたニヒリズムっぽい対応で「だからまともな仕事に就けないんだよ」ってなるし、叩く奴は何言っても叩くからもう面倒くさすぎるんだよ。

それでもこうやって声をあげたのは、誰かが定期的に就職氷河期のことを書いていかないと本当に忘れられるんじゃないかって思ったからだよ。介護やら保育所やらベビーカー問題やら共謀罪やら他の問題クローズアップされて、むしろどんどんひどくなる一方なのに俺らの問題がどんどん優先度が低くなっているのが日に日に伝わってくる。

世代で他の連中はちゃんと活躍してるのに俺だけこんな境遇だったら「自己責任」って言われてもぐうの音もでないけど、俺と同じように泥水すすって苦しんでいる連中が数十万人単位でいるのにそれ全部「甘え」「自己責任」で片付けるとか安易すぎだろ。

俺と同じ世代必死に生きてる連中のコメ本当にうれしかったよ。ありがとう。俺もこんな愚痴ばっかだけど、それでも安楽死したいとかは思ってない。なんとかささやか幸せ見つけて、それを糧にこれからもがんばろうぜ。

2017-04-08

Ubuntu Code of Conduct v2.0を適当日本語訳してみた

訳注

Ubuntu Code of Conduct(行動規範v2.0

コミュニティ

Ubuntu」とは、「他者への思いやり」のことです。この単語自体が、人間としての精神体現しています

我々は、生産的で、幸福で、複雑な領域における新しい発想を歓迎できる柔軟性を持ち、また、あらゆるプロセスを常に改善し、さらに、各々が全く異なる要求や関心、能力を持つグループの間の協力を促進するコミュニティ希求します。

我々は、メンバー多様性によってコミュニティを強靱なものにするために、多様な参加者を活発に探します。このUbuntu行動規範は、多様なグループがお互いの利益と喜びのために協調することを確実にするために存在しています。我々は、誰であっても、プロジェクトへの参加に障害がないよう努力します。

行動規範一般的に、公的であれ私的であれ、我々がどのように振る舞うべきかを統率します。我々は、プロジェクト代表者公式非公式を問わず)、関係者、そして直接の参加者が、このUbuntu行動規範尊重することを望みます

我々は、下記に真剣に努めなければなりません。

思いやりを持つ

我々の成果物他者によって使われるでしょうし、また逆に他者成果物にも依存していますいかなる決定であっても、利用者関係者に影響を与えることを頭に置いて、決定をするときにはそのことを考慮する必要があります

他者尊重する

意見に相違があるからといって、無礼な振る舞いをとってはいけません。衝突を解決するために協働し、他者善意で行動していると仮定し、親身になるよう努力しなければなりません。苛立ちが個人攻撃に発展することがあってはなりません。不快感を覚えたり脅威を感じるコミュニティは、生産的ではありません。

発言と行動に責任を持つ

間違いを犯すことは誰にでもあります。そのときには、責任を取らなければなりません。もし誰かが傷つけられたり攻撃されたときには、注意深く、そして思いやりを持って意見を聞き、間違いを正すよう行動しなければなりません。

協力的である

我々が作り上げようとしているものは複雑で、それぞれに想いが込められたたくさんのパーツでできています。各々が違ったゴールとビジョンを持つチームの間での協調は不可欠です。ただのパーツの組み合わせ以上の成果物を作り上げるには、各々のパーツが全体を理解するよう努力しなければなりません。

協調して取り組むことで、冗長作業を減らし、品質の向上につなげることができますプロジェクトの内外を問わず協調することは大切です。可能な限り、アップストリームプロジェクトと共同で作業し、フリーソフトウェアコミュニティ協調することが必要です。透明性を確保し、その作業に関心を持つ人とはなるべく早期から協働するのが良いでしょう。

明白さ、透明性 (clarity) 、合意を重視する

社会的な、あるいは技術的な意見の不一致はよくあることです。しかし、意見をまとめずそのままにしたり、何を合意したのかを不明確なままにして他の人を悩ませることがあってはなりません。

プロジェクト参加者は、意見の不一致を建設的に解決することが期待されています。もしも合意に至らなければ、あらかじめ決められたリーダー仲裁を依頼し、透明性 (clarity) と指示を求めます

からないことがあれば手伝ってもらう

誰であっても、完璧であることを求められてはいません。誰かに質問することは、後で発生するであろう問題回避できるので推奨されます。ただし、適切な場所質問してください。質問を受けた人はすぐに反応し、手助けしてあげてください。

役目を降りるときには丁寧に

プロジェクトを離れるときには、与える混乱を最小限にするよう動くことが求められますプロジェクトから離れることを他の人たちに伝えて、離れる人が作業を中断した地点からほかの人たちが再開できるようにしてください。

リーダーシップ権威責任

我々は、実例議論と行動によって動かされます。新しく参加した人は、もしプロジェクト改善につながる新しい考えがあれば、ぜひ人々を率いて、行動を起こしてください。リーダーシップは、行動を起こすことだけで誰でも実践できます。その機会があれば、誰かの許可を待つ必要はありません。

トップから権限委任

プロジェクトに関する責任は「慈悲深い独裁者」を頂点として、そこから特定範囲について責任権限委任されたコミュニティカウンシル、その下にいるチームや委員会 (councils) 、個人委任されていきますコミュニティカウンシルまたはその代表者が、争いごとの解決を行います

我々は実力主義に基づいて、意思決定や統率、リーダーシップを、長く参加している人から能力があって関心の高い候補者委任していきます

権限委任は支持に基づくか評価されている

評議会 (boards) や委員会 (councils) への任命は、コミュニティカウンシルが決定権を持ちます。ただし、事前にコミュニティに対してインプットを求めるものします。

リーダーシップは、表彰権利肩書きではありません。リーダーシップ権限であり、そこには責任が生まれますリーダーシップコミュニティから委任されたものです。リーダー権限は、委任するコミュニティから支持されている間だけ得られるものです。

議論データと決定を尊重する

我々は何かものごとを決める前に、意見データ関係者から意見表明を集めますリーダー役割として、チームが決定を遅滞なく行う手伝いをし、ガイダンスを与え、合意に至らなかったときに決定をし、決定の実施責任を持つことが期待されています

何かを決めないことには、先に進めません。明確な指示には価値がありますときには、データが足りなかったり、合意が得られがたいこともあるでしょう。それでも、何らかの決定を下さなければなりません。いつでも完璧な決定を下せる保証などないのです。決定を先延ばしにするより、失敗して、失敗に学び、将来の役に立てることが大切です。

我々は、問題をより把握しているチームを信頼して決定を下してもらうことで、プロジェクトはよりよいものになると認識しています。もし決定に不満があれば、それを下したチームと調整します。調整が付かなければ、その決定についてレビューする統治機構 (governance structure) があります。つまるところ、責任を持つ人が決定を下し、それがプロジェクト統治 (project governance) に支持されていれば、その決定は有効であるします。我々はある決定について納得しないこともあるかもしれませんが、それでもプロジェクトを信用し、たとえ内心では違うほうがよいと思っていたとしても、プロジェクトとしてその決定が実施されることを支援します。

開かれた実力主義

誰であっても、どの組織所属していようとも、どのようにプロジェクトに関わろうとも、我々は参加を歓迎します。コミュニティは開かれたものであり、能力や適性を持っていることを示せれば、職責を負うことができます

チームワーク

リーダーが目指す最も重要なゴールは、チームの成功です。

「名演奏家はその演奏によって評価され、リーダーはチームの行動で評価される」リーダーは、行動すべき・身を引くべきときを知っています。チームは、リーダー権限を渡したりそれを取り戻すべきときを知っています

称賛

良きリーダースポットライトを浴びようとせず、他のメンバー活躍をたたえますリーダーはチームメンバーの中で目立つ存在しょうが、良きリーダーはその注目を他のメンバーの優れた活動に対してスポットを当てるために使います

度胸と考慮深さ

リーダーときに、理解されず、合意に基づかず、一般的ではない冒険的な決断を下す必要があります。我々は、完全な合意を得るよりも物事を進めることを優先し、勇敢にもそのような決定を下すことを評価します。とはいえ、冒険的な決断には十分な検討必要です。ある人にとっては頭の痛いことになるかもしれないことを肝に銘じ、影響を抑えるようにしなければなりません。変更について、その理由を明確にして、そして早めにコミュニケーションをとることは、その変更を実施するのと同じくらい重要です。

利益相反

もしもリーダー自身雇用関係や他のプロジェクトとの関わりによって利益相反状態になっている場合には、それに気がつくことが期待されています。そして、私利私欲のためとみなされることのないよう、棄権したり決定を誰かにゆだねたりすることが期待されていますリーダーに限らず全てのプロジェクトメンバーにも、私利私欲のためではなく、ユーザー暮らしをよりよくするために決定を下すことが期待されています

もしも利益相反が疑われる場合には、誰かにセカンドオピニオンを求めてください。利益相反状態にあることを明らかにすることが、解決への道筋にとって重要です。リーダーは、たとえ一般的ではない、あるいは特定グループに有利・不利となるように思われるものであっても、決定が信用できるものとなるよう行動すべきです。

このUbuntu行動規範は、網羅的でも、完全なものでもありません。ルールブックでもありません。協調的で共用の環境 (a collaborative, shared environment) とゴールに関する、我々にとっての共通理解を引き出すためのものです。

このUbuntu行動規範は、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 3.0 非移植ライセンスのもと配布されますあなた自身プロジェクトにこれを再利用することができます。また、好きなように改変することもできますが、あなたの改変を他の人が利用することも許可し、Ubuntuプロジェクト著作権表示を付けるようにしてください。

2017-04-06

同姓カップル子供もつことについて

大阪市で、男性カップル里親認定されたニュースを見ました

全国でも異例で、同性愛者の権利向上において、大きな前進であると思います

今後こういった例は、増えていくことでしょう

でも、これについての反響を眺めていて、これはあってはならないだろうという論調を見ました



それは、差別をなくそうとする側による「例え男性カップルが親であろうと、それが原因で子供いじめられたりはしない、それが原因で不幸にはならない」そういう類の論調です



私は、それは欺瞞だと思います

人格の発展途上である子供において、少数者への差別は本当に容易に発生しま

倫理観の未成熟子供たちの社会において「みんなと違うこと」が、からかい対象にならないことは、私はそれこそありえないと思います

きっと「両親が二人とも同姓」、というのは虐めやからかいの原因のひとつになるでしょう

中学生になり、性の知識なども増えてくると、からかいとは言えないような、悪意をもった差別暴言だって飛んでくるかもしれません

もちろんそれを跳ねのけられるような強い子供もいることでしょう

でも、残念なことに跳ねのけられずに心に傷を作ってしま子供や、心に壁を作り、仲の良い友人にすら言うことのできない秘密を作ってしま子供がいるだろうことから、目を逸らすべきではないと思います

話は逸れますが、私の親は統合失調症という障害を持っていて、いわゆる世間一般で言う「キチガイ」というイメージそのままの人でした

友人にはもちろんそのことは言えませんし、今でも「この人は成熟した人格を持っている」そう判断できる少数の人に、必要であれば伝える程度しかしていません

誰にも言えない秘密というのは、子供の時、特にそれについて悩み落ち込んでいるときには、大きな精神孤独感を生みます

精神孤独感というのは、幸福の対極にあるものだと、私は思っています



話を戻しま

ですが、私はあくまでも、同性愛者が子供もつことに反対しているわけではありません

なぜなら、同性愛者はどこにでもいる人たちであって、今成長途中にある子供たち自身同性愛者として、将来同姓愛者に対する差別に悩むことになるかもしれないからです

同姓愛者であっても、子供をもって周りとなんら変わらず幸福な家庭を築くことができる、そういう道筋を示すことは、建前としてではなく、本当により多くの人々が幸福になるために、進めていくべき社会義務だと、私は思っています



ただ、今のままではいけないと思います



子供はいじめられない」「子供は不幸にはならない」そんな現実直視できていない論調が多いようでは、差別を受けるであろう子供を守れないからです

いじめからかい対象になんてならない、LGBTの両親だとしても子供は不幸な目になんてあわない、と目を逸らすのではなく

社会の過渡期において、差別が原因でいじめられてしまうだろう子供権利保護や、子供が不幸になってしまう要因をどうしたら排除していけるのかという議論を深めていく、それが正しい差別をなくすための道筋なのだと、私は思います


差別があるから現状を変えようという人たちが、差別によって起きるだろう不幸の存在否定してはいけない

差別がある現状で、その差別によって子供が不幸になる可能性を、少数者の側が否定してはいけない

存在しない」そう認識している人に対して、対策を立てることはできないのですから

子供が「両親が同性愛である」ということが原因で生まれる悩みや差別について相談できるような窓口を作ったり、それを広く子供でも知れるような形で周知していったり

そういったことは、「両親が同性愛であることが原因で、子供差別を受ける可能性がある」そう認識し、危機感をもっていなければできません


念のためにもう一度言いますが、同姓愛者でも子供を持ち、幸福な家庭をもつことができるという認識社会が共有できることは、前述した通り、とても意義のあることです

社会として、進めていくべきだと思っています



ですが、できることなら、誰も不幸にならないように

見たくないものに見えないふりだけはしないでほしい、そう思います

2017-03-07

近鉄大和西大寺駅は狂っている

行き︰京都から難波方へ

2番ホームから3/4番ホーム

(大抵4番ホームにくる)

 

帰り︰難波から京都方へ

2番ホームから3/4番ホーム

時間によって3番ホームだったり4番ホームだったり

 

行きと帰り、当然全く逆の道筋なのに全く同じ導線で乗り換える

そして3/4番ホーム京都行きと難波行きの普通準急急行快速急行が入り乱れる

ドア位置も分離されてないのであやふやな列にしかなれない

  

 

三叉になってる駅で色々ややこしいのはわかるが、もっと乗る人フレンドリーに出来なかったものなのか

2017-02-26

大学院中退しようと思う

一昨年,大学院入試に失敗して,妥協して別の大学院入学した.

それでも憧れの研究者になるために博士課程に行こうと思って,勉強研究もそこそこにやったつもりだった.

先日,飲み会にて指導教員と話した際に以下のような指摘を頂いた.

増田くん,君から熱意を感じられないよ」

「本当に博士課程に行こうと思っているの?」

「考え直してみたら」

「君のやりたいことは博士じゃなくてもできるよ」

衝撃的でもあった半面,確かにそうかもしれないと感じる一面もあった.

今考えると,周りから研究者に向いてるよとか,前の大学先生から研究者やらないか,なんてことを言われて流されてここまできたように感じる.

僕は何がやりたいんだろう.

そう考えると一気に大学院に関するモチベーションを失った.

博士課程を取らないならば修士課程はいらない.

あくま博士課程を取るための途中課程にしか感じらないからだ.

それならもう大学院をやめてしまおうと思った.

こんな自分が情けなくて,将来に対する希望道筋も全く見えなくて,全てがめんどくさくて,死にたいけれどそんな勇気もない.

2017-02-23

ブラック企業に吸われる

自己肯定力が低い。

子ども馬鹿にするのが教育と思ってる親の下で育てられた。

高校までは優秀で有名大とか受かる。

就活無気力症候群に襲われてES1枚書くのに数時間

経験歓迎の文字に騙される、騙されていると内心わかっている。

アパレルの某、引っ越しの某などのアルバイトとして入社

アルバイト管理として社員登用。

名ばかりなんとかで残業の日々。

自己肯定力が低い人ほどアルバイトで回すような業界には行ってはいけない。


ブラック企業に吸われない人

不細工コミュ障だろうがなぜか自己肯定力が高い宇宙人

コミュ障なのに弁護士とかなってる。

コミュ障なのに育ちってここまで変わるのとか思ってしまう。

思えば塾とか学校とか親がちゃんと道筋立ててた。

やはり放任自由には育たずブラック企業への道。

2017-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20170215122127

「(100点満点で100点のレベルは)20分でできます

「(合格点となる60点レベルで良いから)10分でやれ」

ということなんじゃないかな。



だいたい、「10分でやれる道筋を示すか代替案」なんて実務者レベルしかからないでしょ。

上司が考えるのは時間無駄

20分でできます」「10分でやれ」

とかアニメによくあるシーン。

さも有能な上司と部下みたいな雰囲気醸し出してるけど、実質、無能だよな。

10分でやれる道筋を示すか代替案が必要だし、

こんなのが状態化したら、あらかじめ水増しした工数を報告されるに決まっている。

プロ棋士は「観る将」と決別すべきだ

 将棋は、とても面白いゲームだ。

 二人零和有限確定完全情報ゲームで、将棋以上に完成されているゲームはそうそうない。先手後手の差が微差であり、戦術上の大差はない。ルールも簡明で、ルールブックはA4用紙一枚で事足りる。必勝法も全く未知数。「とりあえずこうしておけば間違いない」という道筋すら、十手も指さないうちに幾百に枝分かれする自由度。終盤になるにつれ複雑度が増していくゲーム性ゲームに求められる多くの要素を将棋は満たしているのだ。

 ところで、ゲームプロ価値は、結局ゲーム面白さをいかに伝えるかという点にある。僕らは豪速球を投げ込むピッチャー熱狂し、素晴らしいパスワークを見せるミッドフィールダーに酔いしれる。スポーツには全く詳しくないが選手は好きと言うファンがいたら、そのファンはどの競技でもこう言われる。「ニワカ」「応援している自分に酔っている」……。

 むろん、楽しみ方は人それぞれであって、否定する気はさらさらない。しかし、そういった人々は、競技自体にはほとんど興味がないのであって、断言するがプロプレーヤーは彼らを考慮すべきではないのである。なぜなら、プロプレーヤー競技自体の魅力を発信するプロではあっても、決して自らや他選手自身の魅力を発信するプロではないからだ。有りていに言ってしまえば、素人バラエティ番組を作っても面白いものにはならず、プロならば競技自体を楽しむファンのために競技に集中しろということだ。ただしこれはまた、解説者・評論家記者等がプレーヤーの魅力を発信しないべきとするものではない。彼らは、業界全体のさまざまな魅力を発信することで、ファンに多様な楽しみ方を提供する職業であるからだ。

 ここまでの話を将棋界においてみると、いかに今の将棋界が歪んでいるかがわかるだろう。棋士ソフトより弱くなったことで自分たち将棋の魅力を伝えられないのではと不安になっている。そして個人の魅力を自ら売り出す方向へ迷走してしまい、棋士精神性だの勝負の厳しさだのはまだいいにしても、「豊島、強いよね」だのは見苦しすぎて見ていられない。そういったことは専業解説者や評論家が行うべきことなであるが、残念ながら将棋界においては解説者はほぼ現役のプロ棋士であって、専業解説者というのはほとんど存在しないと言ってよい。そして観戦記者には、棋士個人の魅力に踏み込む者も存在するが、なんら代わり映えもしない将棋の内容について語るだけの観戦記を恥ずかしげもなく発表するような者も多い。こんなことだからプロは自ら棋士個人として素晴らしいと思い込み発信していかないと、ソフトが強くなった今はなおさらやっていけないのだ。結局、今回の騒動も、将棋連盟の一部の棋士棋士価値について「将棋が強い」以上の過大評価をしたことが遠因であることは論をまたないものと思うが、それはここまで論じてきたように将棋界の構造自体がそうさせたものであって、僕は棋士個人批判する気にはならない。彼らも被害者なのだ

 現役のプロ棋士は、早く「観る将」と決別すべきだ。彼らを楽しませるべきなのは、専業解説者・評論家記者であって、決してあなたたち自身ではない。そういった外部の人々に思い切って任せておけばいいのだ、需要あるところに供給は発生するのだから

 そして、あなたたちの将棋は、ソフトより弱くなっても依然としてとても面白いものなのだ。少なくともずっとそう思っている人が一人いることを、ここに書き記しておきたい。

2017-02-12

けものフレンズ平和への道筋を教えてくれた

相手を認めること

お互いを認め合うこと

こんな簡単なことで世界平和になれるんだ

2017-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20170204225930

社会的動物としての人間理想的モデルの一つは、自分可能性を最大限活かし、それを発揮することを通じて他者の役に立つことだろう。

その手段の一つが勉強だというだけのことで、芸術でもいいし、スポーツでもいいだろう。

だいたい、勉強楽しいからやるもので、考えなしに娘に強制する親(トピ主)が悪い。

勉強をしたいと思える環境作りをしていないのに勉強押し付けているなら、それはおせっかい虐待だ。

子供がまだ若いなら、今すべきことは勉強押し付ける前に何かしら興味を持てるものを見出すことを手伝うことだろう。

そして、その方法について、最適な勉強法と同じように、最大限の能力を発揮するための道筋をいっしょに見つけてあげればよい。

娘に言うべきは「最高の自分になれ」というだけで十分である

妥協した自分人間ではなく動物だし、自分自分として生まれ意味はなくなるのだ。

まれ意味自分で作るものだ。それを諦めてはいけない。

2017-01-31

[]

ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよを読んだ。うーん。甘酸っぱい青春小説を謳っているけど、個人的には微妙読書感だった。

第一において、全編を通して何がやりたいのかがわかりにくかった。ハッキング技術邁進する小説が書きたいのか、お悩み解決系でいきたいのか、恋愛を主軸に据えたいのか。いまいちピンとこなかった。

要素自体はたくさん含まれてるんだけど、それらがうまくかみ合ってないというか一体感が感じられなかった。

友人の恋愛が失敗する展開とか、未来がよくわからない高校生らしさを反映しているのかもしれないけど、なんんか微妙。できれば最後で先輩がわからないなりに真剣に悩んでいる友人のことを認めてあげてもよかったんじゃないかなあ。

そもそも主人公恋愛意識すればいいのに。小夜子との関係性が恋愛といえなくもないんだろうけど、最後まで読んでなんかぐっと来ない。いたるところで日数が経ちすぎ。

他にも、例えばパソコン部の部長にしても、友人の妹にしてみてもぱっと出すぎてうまく機能してないように感じられた。というか、ミステリで言うところのワトソンポジションから終始主人公が脱却できないのが全部悪い。

あまつさえ最後最後でもワトソンポジションのままこれからも小夜子のことを守っていこうとか決意を固めちゃってるからひどい。

少しは向上心を持ってほしい。多少なりともパソコンについての知識を蓄えようとか、あるいは将来についてある程度の道筋を見出すとか。

それすらなく、昔のことを回想して、忘れちゃってたけどもう迷わない、みたいな決意を固められても困る。そうじゃないだろう。

もっと一点に特化するなり、それぞれの要素を磨き上げた方がよかったんじゃないかなあって思った。

2017-01-27

夢の叶え方を知りたい

ちゃんと自分でも叶う夢を見て、夢までの道筋を描けて、無理なく歩いていける。

前世ではきっとそんな人生に嫌気がさして、生きている実感をこの生に求めたのだと信じている。

追い詰められて暴力的になるのではなく、自らの死すら受け入れたうえで困難に立ち向かう。

乗り越え続けた先に来る精神の擦り切れと必然的な死を予感しながらも、

最後の瞬間までその先にあるもの希望とか言い訳とかに使いながら

この生を、この力を行使することに喜びを感じる。

2017-01-24

野党へ。どうか敵を間違わないで欲しい

与党叩きは恨み節のような安倍ヤメロコールしかないが野党叩きにはいくつも野党への道筋が、メッセージが示されていること

日本一党独裁ではないが一党集中した状態を良しとしてない人が多く、打破するには野党が頑張るしかないということ

与党叩きに一緒になるんじゃなく、エールを拾って欲しいんだよ

誰も自民になれなんて言ってない、自民けが正しいとも言ってない、ただ野党野党の策を持てと言うとても単純なことだ

本気で政権取りに来い、政治家として

一度あっという間に政権を喪い、信頼は地に落ちて、そうしない限り評価されない時代が来てるんだよ

2016-12-21

http://anond.hatelabo.jp/20161221204555

確かにアマチュアはせいぜい8chのカセットMTR持ってるレベルだったんだよな、20年くらい前までは

中村一義が全部自宅でファーストアルバムレコーディングしたってだけでロキノンが騒いだ時代

DTMという言葉すら全く浸透してなくて宅録とかベッドルームミュージックとか言われてたんでしょ

レーベルに送られてくるデモテープなんてラジカセの録音機能を使って一発撮りなんてザラだったわけだ

そんでもってパソコンmp3もなくてCDに焼くってどゆこと?っていう感覚から

レーベルという業者を通さなければ自分の曲が入ったCDなんか作れなかった




それが今はパソコンオーディオインターフェースマイクがあればそれなりのデモが作れちゃう

やっすい値段でCDプレスしたりブックレット印刷してくれるサービス

素人でも扱いやすECサイトがあるからレーベルさなくても自費出版で一応、アルバムは作れちゃう

そもそもハイスタブレイクする前だからインディーズ活動するという道筋20年前ではあまり浮かんでこなかっただろうな

ももアルバムプレスするということにすらもう価値が薄れてきてるよな

レコーディングしてみんなに聞いてもらいたいっていうならYoutubeSoundCloudにアップすれば事足りる時代




レーベルやハコっていうプラットホームの上で結果出さなくてもミュージシャンとしてやっていけるようになったってことだから

大衆性を過度に気にするような、

まり25歳までにメジャーデビューすることを目標に掲げ

定職につかずライブハウスノルマ楽器代のためにバイトに明け暮れ

レーベルから声がかかったあとは、やりたくもないタイアップソングの依頼をこなしたり

年3,4回のペースでリリースされるシングルキャンペーンテレビに出たりして

その合間に行われるツアーを抜いた僅かな時間で年一枚のペースでフルアルバムを量産するような

そんな活動はしなくても良くなった




新人だろうがなんだろうが納得するまで曲作り時間をかけてもいいし

出たくないならテレビも出なくていい

興味のなかったアニメ主題歌を突然3日後までに作れと言われて

スタジオに缶詰状態のなか「キャンディキャンディ」のイメージでむりやり作詞するような真似もしなくていい

そんなマイペースさが許される縛りのない柔軟な時代になってきていると思う

2016-11-22

スマホと一眼の差に決着をつけてやる

一眼バリバリ使ってる人でも、出来上がった写真スマホと大して変わらんとか言いはじめて頭痛がしてくる。

そういう人は意味もわからず一眼買って、市場活性化に貢献してくれたらいいと思います

所有欲を満たすことも大切なことどうぞどうぞレンズ沼はこちらです。



一番に言われるのは画質の違い。

で、これをわからんと言っている人ははっきり言って一眼レフを使う必要がない人です。

言い換えると、写真を撮るということイコールシャッターを切ることと思っている人。

そういわれてピンとこない人はカメラ向いてない。スマホで撮ってSNSにアップして狭い世界で駄サイクルを楽しんで下さい。



カメラというのは、基本的に全て絵作りがされています。これは例外なく全てのカメラがそう。

かい話は端折るけど、理由は単純。今の技術では現実存在する全ての要素をカメラで写しきれるわけがいから。

わかりやすいのはダイナミックレンジや色空間。それでわからんて人は勉強してこい。

さらに、ただでさえ絵作りされている中でデジカメ画像データ作成する上で現像という避けて通れない過程がある。

それをカメラ内でしている人は、さらカメラメーカー意図による絵作りがされた写真を撮っていること。

よくわからないという人はつまりそれに該当する人です。

もう少し言えば、RAWデータ撮影現像という行為をしたことがない人。

まり、画質の違いがわからんという人はこのあたりにいる人たちと置き換えて支障がない。

カメラ経験でいうと、中級者以下。ほぼ初心者



メーカーは、撮影された写真を少しでも綺麗と感じてほしくてあの手この手で元の写真カメラ内でいじり倒します。

その傾向の違いによってメーカー好き嫌いが別れたりするわけです。

そうして作られた写真を見て、画質の良し悪しを議論しようとしても、それはカメラのものの画質について議論しているのではなく、処理ソフトの性能について議論しているに過ぎません。

まり、君たちはカメラの話をしているようでソフトウェアの話をしていたというわけ。

そんなものは同世代カメラ並べて大差があるわけがないし、スマホがその性能を上回ることがあるのも当然といえば当然。

そうやって作られた写真さらレタッチしておりじなりてぃとか言ってしまうのよね。うぇーい

以上。コレで納得できた人は帰ってよし。

ももし、写真を撮るということイコールシャッターを切ることとから脱したい人は、これから先に目を通しておくことをお勧めする。

頑張ってまとめてもこの長さだから無理強いはしない。早く帰れ。







ここでまず登場するのがRAWデータ撮影といわれるもの

中級機以上のカメラに備わっている機能で、最近ではスマホでも撮影できるようになった。

それこそカメラの素子(フィルムにあたるもの)の性能と、レンズの性能、絞り、シャッタースピードだけで作られた色すら決まってないデータです。

写真にするのに現像という作業必要で、その差によっては出来上がりの違いに大きな差ができてしまもの

カメラの仕組みを理解していないと結局カメラ任せの現像と同じものかそれ以下になってしまうという、まさに初心者お断りながら基礎的な仕組み。フィルムのままでは写真にならないように、これをしないとそもそも写真は出来上がることはない。



でも写真なんて綺麗ならいいんじゃね?って思った?

おめでとう!その通り!それこそが消費者本音クライアントも同じこと言う!言うよねー!

から最初から言ってる通り、そういう人には一眼レフ必要ありません。

ミラーレスすら高級コンパクトカメラすら不要

スマホで撮って、あとでぼかしエフェクト入れるのが一番安いし綺麗で簡単



だけど、表現したい人は違う。

メーカーが作った絵作りに乗って、それが自分作品だなんて口が裂けても言わない。

最後まで人の作ったものの上に乗っかることしかできない世界だけど、少しでも多くの要素を自分コントロールしておきたい。

そんな人のためにあるのが一眼レフであり、RAW撮影という機能のついたカメラ

それで、その基本となるRAWデータの画質は、カメラの性能=価格基本的に比例する。

それが分かる人のために、高いカメラ存在するし、それがわからない人がどれだけいらないと言ってもなくなることはない。

これはレンズにも言えること。

交換レンズもものによって同等のスペックでも価格全然違ったりする。

違いがわかる人、そういう性能を求めている人がいる以上存在するもので、それがわからない人には不要もの。それがわからない人は沼に落ちる。それが分かる人の養分になるために。感謝



まとめると、出来上がった画質はそれほど大差ないということ。

だけど、そこに至るまでに通る道筋目的全然違うのだから、そもそも議論不毛だという結論

それがわからない人間けがとやかく言っている問題で、プロが見分けられなかったからって、それはそれで優れた性能ですねって言うだけの話。

もちろんダイナミックレンジノイズ量、ボケ味などカメラ価格に比例して有利になるものはある。さらにこれは光学的な問題なので物理的に解決することはできない。

ただ、それだからといって写真的に優劣が生まれるかどうかは別。

特に写真には撮影者と被写体関係性が色濃く現れるもので、写真評価はどちらかというとそちらに重点を置かれる場合が多い。

そうなればそもそも画質に対する議論なんて不毛のものしかなくて、つまりは撮りたい写真に応じた機材を選べばよいということになる。



ただし、そうしたコンパクト安価カメラスマホに比べて、基本的に高級なカメラには圧倒的な違いがある。

それが信頼性といわれるものだ。

まりはどれだけの要求に答え続けられるかの懐の深さだ。

決定的瞬間とはまさに瞬間である

その瞬間を逃さないためには、カメラに高い信頼性必要となる。

起動の速さ、ピントの精度と速度、連射速度、バッファ枚数、カメラにおけるシーン判断力、あらゆる要求に答えるシャッター速度、暗所における感度とノイズ量、長時間露光に対するカメラの安定性、カメラ操作性、要求に応じたカスタマイズ性、過酷環境下で耐えられる堅牢性、、、数え上げればまさにキリがないほどの機能カメラには集約されている。

それに価値を見いだせない人間にしてみれば、高級カメラを買うということはまさに無駄遣いでしかない。

しかし、様々な環境下で失敗の許されないプロが機材を選ぶとするならば、どちらを選ぶかは言うまでもないことだ。

様々なプロがいる中で一眼レフを選ばないプロも当然存在する。それはつまり自らのニーズを正確に判断できているからの選択であって、だからといってプロすら一眼レフ必要としないという結論にはなるわけもないのだ。



カメラメーカーもその辺を曖昧にすることで素人に高級機を売ろうとするのもわかるが、そろそろこんなつまらない議論には終止符を打って頂きたい。

結局はこの辺のことを理解できない層が虚栄心やら妬みなんかの薄汚い感情で、目を輝かせる初心者立ちを追い払っているのが現状ではないか

そもそも機材は自由だ。

自分いちばん使いやすもの愛着を持ったものを使うのが一番だ。

それでもし、進んでいく先に不満や問題を抱えたのであれば、具体的な悩みを持って色々なお店や信頼できる経験者に相談してみるといい。

まず間違いなく、その要求を満たす製品存在している。

しかしたらそれはカメラではないかもしれない。でもとにかく探すことが大切だ。

カメラ店以外にも、色々な思いつく限りの売り場を回ってみよう。

そうしてはじめて、自分表現自分コントロールしていると言えるようになる。

それは、どんな高級なカメラを使って表現者を気取ることよりも大切なことだ。

はじめに、写真を撮るということイコールシャッターを切ることではないといったのはそういうことだからだ。

表現とは道具の選び方から始まっているし、被写体との関係の築き方、撮影状況に合わせた機材の選択、そのための下見や事前準備、現場に合わせた状況判断、一瞬を逃さないための機材の習熟度、撮影後の現像による仕上げ、人の目に見せる瞬間の演出、運など、数え切れないほどの目に見えない労力を投じてはじめて完成に近づけるものなのだ

それが分かったらさっさと外に出て写真撮ってこいボケナス

あとの言いたいことは前回とおんなじだ!

2016-11-01

世界中にある「兎と亀」の話

サイトで紹介されていてちょっと面白かったので

http://homepage1.nifty.com/moritake/sougou/usagikame.htm

 

以下、抜粋

「昔話にはウラがある」(新潮社)を読みました。昔話に「兎と亀」の話がありますね。まじめに走った亀が勝ち、怠けた兎は負けてしまう。だから、おまえたちもまじめにこつこつと努力しなさい、という話。世界には「兎と亀」の話がたくさんあるそうです。しかしその内容も教訓も少しずつ違うのです。おもしろいなあ、と思いました。

  

フランスでは、兎は亀を先に走らせておいて、ゴール近くで格好良く追い抜こうと考えていました。しかし、スタートが遅すぎたので、兎は亀を追い抜くことができずに敗れました。教訓は、もう少し早くスタートすればよかった。

 

イランの亀は頭のいい亀です。競走をはじめる前に、自分そっくりな弟がいるので、その弟を呼んで来て、ゴールに立たせておいてから競走をしました。兎がどんなに速く走っても亀には負けてしまうことになります。教訓は、意味のない競争をするな。おまえたちは、競争はしてはいけないよ!

 

インドの話は、日本と同じ。つまり、兎は昼寝をして亀に敗れます。でも悪いのは亀ということになっています。「もしもし兎さん、目を醒ましたらどうですか」と、なぜ一声かけてやらなかったか?となります。で教訓は、友情を大切にしなくてはならない。

 

カメルーンの亀は親類の亀たちを集めました。走る道筋一定の間隔で隠れていてくれと頼み、そして出走。兎が途中で確かめるたびに必ず後ろに亀がいたので、走りに走る。ついにゴールで倒れて死んでしまい亀の勝ち。教訓は、大切なものは準備・知恵・連帯

  

似たような話でも、国によってずいぶん違うものですね。ボクはインドの話が一番印象に残りました。こつこつ進むのはいいけれど、それ以上に大切にしなくてはいけないことがあると感じました。

2016-10-14

オッサンになってサービス精神を失った

もうすぐ、53歳になる。

よく人から10歳若く見える」と言われるけど、中身はどんどん古びている。

一番変わったなと思うのは、サービス精神を失ったことだと思う。

若い頃は、人に親切にしたり、人を楽しませるのが好きだった。

会話が得意だった。知らない人ともすぐに仲良くなれた。

最近は、会話が苦手。雑談が苦手。逆に沈黙をあまり気にしなくなった。

変わった理由はいろいろある。

わずかな成功で慢心し、たくさんの挫折で心が硬く冷えて折れてしまった。

オタクしゃべりをする自分がかっこ悪くて、そういうのを控えたり。

人生を焦りすぎて、中身の無い雑談無駄なことに思えたり。

転職を繰り返して、好きな人達と、ふつーの会社人達と波長が合わなくて苦労したり。


最近仕事の都合で、昔の業界人達と話す機会が何度かあって、

気がつくとビックリするくらいタガが外れてしゃべりまくって、相手が引いていたり。

昔、親切でサービス精神を振る舞っていたのは、自分を好きになって欲しかたからだと思う。

歳をとって、ちょっと偉くなったり、ちょっと成功したりすると、そういう必要を感じなくなって人にサービスしなくなったのかもしれない。

常に若く見られるので、転職するたびに、横柄な態度を取られたり、仕事のやり方がふつーと違うので、摩擦が起きたりする。

あと、最近何度か言われたけど、どうも気がつかぬうちに「俺、スゲーぞ」感を出しているらしい。

それについては、若くて実績のない頃からそういう部分があったと思うのだけど、いろんな実績を作ってきてそれが自信になって、でも回りがそれを知らなくて、余計に違和感が生じているのかも。

そもそも、説明が苦手。趣味はいっぱい喋るくせに、仕事直感判断して、相手理解できないと、相手上司だろうと「なんで、わかんねーんだ」とゴリ押しちゃう。それがよくない。

しかし、自分ITとかPCとか詳しいと思っている相手に、「いや、僕はPC黎明期から数百本以上のアプリレビューをしてきましたから」とか説明するのも面倒くさい。というか、それが根拠になるかもわからない。

最近、痛感するのは、ビジネス成功する人は、小さな成功で舞い上がらない。お山の大将にならない。

成功しても、部下に対してまで腰が低い。それでいて、リーダーとしてしっかり道筋を示すし、面倒くさがらず、仕事妥協しない。

だってかいミスはする。判断を間違える。成功もするけど失敗もする。それは若くても偉くなって歳をとっても同じ。

でも、人生成功するためには、継続して努力し、ときにはプライドを押さえて我慢することが必要なんだと、成功している(しつつある)人を見て思う。

若い頃、ダメおっさんをいっぱい見てきた。

でも、いまは自分もそのダメおっさんになりかねない。

人間はいろんなことを経験すると賢くなるけど、同時に弱くもなる。

年をとると外見は若くて元気に見えても、エネルギーは確実に減って頑張りがきかなくなる。

そんな中で頑張るには、自分がやらなきゃという責任感と、あと、「これは自分仕事だ」と強烈に自覚できること。

仕事ってのは、やらされる仕事じゃなくて、自分がやらなきゃ、やりぬかなきゃ、と思える仕事じゃないと。

いまの仕事も、ユニークやりがいのある仕事だとは思う。職場環境にも恵まれている。

でも、これが本当に自分がやりたい、やるべき仕事なのかはわからない。

我ながら、いろいろできて、いろいろ経験したが故に、天職を見つけられずにいる。

おっさんになっても悩みは尽きない。というか、悩みは増えるばかり。

まあ、結局は承認欲求を満たしたいだけなんだと思うけど、そこが以外と泥沼。

2016-09-29

私が、死んだときのこと。

自分が死んだとき、私を弔う人々はそれはもう忙しかったけど、私もそこそこ忙しかった。少し経ってやっと、ほっとする時間が出来て、あの人のところに挨拶をしなくては、と思った。

ところが、冥界にいる私には現世に生きるあの人の場所はわからない。どうやっていけばいいのか、どこにいるのか。途方に暮れていると、いつの間にか、道筋ができあの人の上に抱っこされながら髪を撫でられていた。

「よしよし」

「あのね、私、死んじゃったの。だから挨拶に来たの。」

「知っているよ。来てくれて、ありがとうね。」

「道がわからなかったけど、なんだか来れたの。」

「ちょうど、ooのこと、考えてたからなぁ。」

「私のこと想ってくれてありがとう。また来てもいい?」

「もちろん。毎日ooのこと考えるからね。」

自分のことを想ってくれている間だけ、その人のところに行けるようだった。

そこで、夢から目を覚ました。頰には涙がつたっていた。

私はなんとなく、墓参りに行きたくなった。

2016-09-26

アニメ劇場で見る時代

君の名は、が凄まじい興行成績となっている。

これは普段から映画アニメ積極的に見ていない層まで取り込んでいるからだそうだ。

こうした現象は往年のジブリ映画でよく見かけた。

  

確かにプロットも一捻りした謎要素があり、しかし決して難解ではない(見る前からある程度オチが予想できる)

加えて男女の恋愛も盛り込んでいるのだから女性も話に入り込みやすい。

  

で、だ。

この記録的大ヒットがもたらす今後のアニメ道筋はなんだろうか、と考えた。

主流はやはりTVだ。深夜アニメの数は膨大に膨れ上がっている。

TVアニメの続編、あるいは総集編といった形での映画化結構ある。

ただそれはTVアニメという土台があり、見てくれる信者がいてこそ、採算が取れるからGOとなった。

  

かたや君の名は、はどうだろうか。

新海ファンはいただろうが、限りなくオタク層だ。

宣伝がうまかったにせよ、監督のことを知らなかった人も多いはず。

信者以外の人を大勢動員したことで、つまり単発アニメ映画で採算が取れる可能性が見えたのではないか

  

深夜アニメはもう群雄割拠時代で、時間も人手も足りない。

でも視聴者は高いクオリティを求める。

崩壊寸前の現場は、君の名は成功を見て、劇場で見るアニメ可能性を模索し始めているのではないか想像した。

  

そもそも発声可能上映だとかペンライトがんがん振りながら見るとかある種の「異空間」を演出できるのが、今の映画館の強みだ。

3Dだって4Dだってアイマックスだって可能性はてんこ盛りんぐ。

  

ニコ動コメント打ちながら見るのが新しかった時代は終わった。

これからは、誰かと同じ空間で同じ興奮を味わいながら楽しむ、「ライブ感」が重要になる。

そこにアニメはうってつけだろう。いくらだって演出できる。

  

君の名は、はそういったライブ感とは違うけど、皆が見てるから俺も私もという連鎖に入っている。

この同調感というか一体感への飢えはやっぱり大きい。

  

オタクはもう引きこもっているだけじゃ物足りなくなってしまったんだ。

そして制作側も、あわよくば一般層を引き込める劇場アニメに魅力を感じるかもしれない。

からここ数年のうちに深夜アニメが減って、劇場アニメが増えると踏んでいる。

※まったく制作の懐事情は知らずおそらくだろうと多用してしまうくらいの側の一意見

2016-09-16

そろそろ文武両道イケメンとして一言言っておくか

人生がうまくいかないとか、リア充氏ねとか言いたくなることあるよね。

俺は無いけど。

俺はあまりに優秀すぎた。

ちょっと努力すれば何でもうまくなれる(もちろんプロという意味ではないが)。

成功までの道筋が見える。あと3年やればいい線行けるっていうのが見えてくる。

でも、見えた時点で熱が冷める。

から何事にも熱くなれない。

何でも手に入る。何にでもなれる。

何でも夢が叶い、でも、熱くなれない人生

けれども悪くない人生

俺は元気だよ!

2016-09-06

弱い自分を思い出せた

少し怖い夢を見た。自分コントロールできなくなり、自分狂気さらけ出し、周りの人々がせめて苦しまずに殺せと懇願してくる夢。実際に自分が明確に殺すと言った訳でもなかったと思う。つまり少しズレている部分がその人に恐怖を感じさせ、自分が周りの人々を殺し始めるのではないかと恐れる、といった流れだったと思う。

もちろん、現実の人々がそう弱くない事も分かっている。つまりこれは自分自身の心を投影した動きなんだと思う。周りの人を抑えつけたいという願望。そうでないと他人は何をしでかすか分からない。自分危害を加えるかもしれない。つまり恐怖で人を縛ろうとしている。

そして夢から醒めて、ふと周りの静かさが怖くなった。一人という事がすっかり怖くなってしまった。だからこうして日記を書いている。

思うに、弱くあれる人が真に強い人なのだと思う。私は夢から醒めて一人が怖くなったと書いたが、それでいいんだと思う。一人は怖い。自分という人間はちっぽけで、自分一人でできる事などたかが知れていると理解し、周りの人は自分危害を加えないと信じられる、そういった人が真に強い人なのだと。

もちろん現実には危害を加える人もいるかもしれない。でも少なくとも、その人の事を信じてみるのはどうだろう。

普通、実際は、周りに怖いと思った人がいた場合、逃げるか距離を置くといった人が大半だと思う。だから難しい。私は今とても難しい事を言ってると、自分でも感じる。それは理想論だと。でも分からないなりに考えてみるに、そういう時、心理的物理的か、どちらか片方だけでもその人の隣にいる事はできないだろうか。半分だけでもその人の事を信じる事ができないだろうか、と思うのだ。

私は弱い。とても弱い。

色々な神経症を抱えながら、結構毎日ギリギリで生きている、と思う。けど、それで逃げずにいられるのは、今の職場で少なくとも何人かは私を信じてみようという人がいるからだ。そうして何とか私は生きている、生かされている。人は信じていい存在なのだと教えてくれる人がいるから。そうする事が正しいのだと。冒頭の様に、人を抑えつける様にして生きていく、それに疑問を持っている自分を思い出させてくれるから

人は一人だが、独りでは生きてはいけない。

人は独りだが、一人では生きてはいけない。

まり精神的か社会的(他にも金銭面とか)か、どちらか片方だけでも満たせるなら、何とか生きていける。ただ、バランスを常に取る事が大事で、自分の本当の気持ちを素直に感じ取って、自分が片方満足していないな、と感じるなら、自分から自分を満足させるよう動く。それが(ぎこち無くても)できる様になれば、自分はこれからもやっていけると段々と信じられる様になっていくんじゃないだろうか。

希望的観測だけど、何となく自分の進むべき道筋が少しだけ見えてきた気がした。だから誰かに、この今の気持ちを共有したくなったのだ。

2016-09-03

http://anond.hatelabo.jp/20160902031012

面白い記事だった&言いたいこと多かったのでトラバ





もっとちゃんとした就職予備校設置してほしいけどそういう変革は無理なんだろう。

→3年後くらいに、職業大学の話がでてるよね。

でもたぶん本質的にはあまり変われないところが多いんじゃないかな。

半端な時期に実施される検定ありきの専門学校が、半年カリキュラム制に合わせられるか超疑問だけど。

専門職大学創設を答申 文科省、3年後の開学目指す:朝日新聞デジタル

http://www.asahi.com/articles/ASJ5V3HL0J5VUTIL00J.html





パソコンのご本を読めるようになるのが難しい、という感じのお話。独学? が難しい。

>全体的なビジョンがないわけ。実際の世界がそれで動いてるようなビジョンが。だから読めない。

→わかる。そういうことじゃない、ってやつだよね。丁寧さはそこに求めないというか。

→でも丁寧に作らねば、苦情来るので、丁寧になる理屈もわかる。






>僕は社会の役に立つことを直接学びたかったよ。社会がどういう風に動いてるかみたいな話をさア

技術実態みたいなやつ。そういうのは学校で教わらないんですよね。

→実際のコードとか見れたら最高ですもんね。でも実務のそれは守秘義務で出せないから、技術者プライベートで造ったものくらいしか見せられないジレンマ







>優秀な人はバイトとかやって知ってるっぽいけど、それみんなバイトでやるの? みんなはやらんでしょ。

意志があるひとは飛び込むやろな。



>というかバイトみたいな形で社会参画しないと学べない知識だったら、それはそれでやばくないですか? という提起でもあります

やばいけど、安定しない市場規模から、なかなか学生育てる体制がな整えられない状況だし、状況が変わる見込みも少ないという。



>そういう知識があれば、大学図書館に置いてあるような「技術本」っぽいやつ? の扱い方がわかるんだろうなーと思う。

→うん、その通りかもしれない。(そうか、学生は、「技術本」の拾い読みの仕方がわからないことに今気づいた…)アルバイト大事




>僕が何を期待しているのかって?それは実務のうちで難しいお話が出てこない、環境の話、という感じ。

→?



>あるいは別にアプリなんか作ってないのかもしれないよな。とすると何かしらサーバーを使って捌くようなシステムサービスの細かい調節のお手伝いをしてたりするわけだ。

>その具体的なトラフィックがどうだからどうのこうの、というお話をしたり、アクセスの仕方がどうの脆弱性がどうの、新しい技術がどうの、という話だと思うんですけど、

>端的に言ってそういう話がぜんぜんわからない。そういう話がわかるとスンナリ進めるはずなんだけどな~と思いながら。

個別すぎて、フォローしきんないんだな!



親の金大学行ってるのに、なんかもっとこううまくできるはずなのに……という感じでつらい。

→これはわかる超わかる。出資者の親への申し訳なさ。でも親は子がしあわせそうだったらお金払う価値感じるから

 学び取りきらなくても、せめて増田学業を楽しんでれば、それが孝行になっているはず。



>そういうの、本とか、自分の足りない知識とか、おそらくその辺にあるんだろうな~と思いながら、でもバイトで働くにも微妙プログラミング知識必要で、「これまで何作ってきましたか?」と言われても、

>そういう、あんまりしっかりしたものを作ったことないし、

→いや、ホント1つ完成させるだけでいいんだと思うよ。スペシャリスト期待してない。新卒に。どちらかというと、0から実装する発想力とか、完遂力とか見てるんだと思う。自分求人担当した時にはそれだけ見てた。




絶対手打ちより良いやり方あるはずだけど、僕は知らんし、知らない以上何が効率的に作れるのかもよくわからないし、わからないことにはできるだけ手を出さない方がいいな、と思う。

→いや、そこはやった方がいい。愚鈍でも。

→なぜかと言うと、あったとしても、まずは手打ちの手順理解してないとそれのメンテ全然できんからね?メンテしないで済むフレームワークツール)は存在しないですん。




>同年代で「めちゃくちゃプログラミングできちゃいます!(漠然)」みたいな人間いるけど、僕が例えばどういう本読んでどういう道筋を歩んだらそういうカンジになれるか、かなり見えなくてつらいし、

→まずは1つ作りたいものを考えろ。簡単な奴な。なるべく。

 で、それを実装するための手法を、泥っぽくても良いから考えろ。これな。

→それ繰り返してる内に、『調べる力』がまずつくし、点がたくさん生まれて、その内つながるから




>「でも本当に役に立つ本って開いた瞬間に読みやすいのでは?」みたいな信念がある。 これが原因なのかな。でも、この信念、少なくともこれまでめちゃくちゃ役に立ってきたものなんだよなあ……。

→それだな!それは『教科書がある世界』までのお話や。先人がいる世界までの話。

温故知新じゃないが、先人が残したものの先から私たちがやるべき領域で、独自領域になってくる。(学問の「研究」が指すところ)

 独自の歩みを始めると人口がぐっと減るから、読みやすさ極めた本はなくなるぞ。じゃなきゃ英語リファレンスなんか読まないんよ……。()




>そういうのができるようになるのかと思ってたらあんまり学校でも学べる感じじゃない。全体像とは……となっているけど、こういう悩み、自然解決したりしなかったりするんだろうな。

自然解決はしないね。地道に自分トライアンドエラーするしか。で、全体像は、個別すぎて全種類フォロー不可能なので、共通部分となると、理論の話とか、すでに学校でやってる内容がそれなんですな。振出しに戻るみたいになるけど;

→だから共通部分やった後、大学ではゼミ制になるんじゃないかな。




>できるところからできるところだけ勉強していきたいと思います。それが、僕にとって、よくわからない本をじっと読まなきゃいけない義務から抜け出した罰の引き受け方っぽいので。

自分カンを働かせて調べようとしてるこの姿勢こそ、この記事での悩みの解決策になると思う。とてもよい増田

→これが遠回りだとしても、これも一つの近道(学生にとっては必要過程)だから、まずやってみて、そしてまた詰まったら増田投稿してほしい気がする。

→これは個人的レスだが、まずは「何を作りたいか」「何をやりたいのか」を持つと、自然とやることや調べる事も見えてくるから、それを大切にするのが一番近道だと思う。








長くレスしてしまったけど、

こういう投稿するってことは、悩みを外に伝えて

前に進もうとしてるってことだから

すごい成長するにおいがする。


増田のこれからが楽しみ。

2016-09-02

情報系の学科に通っています

学問の徒として生きるのは完全に諦めてるし、大学もはや無駄と思ってるけど、無能でない俺ですら無理と思う道であってこんな補助金出してガバガバ教育してる日本金の使い方無駄すぎ……とは思う 

もっとちゃんとした就職予備校設置してほしいけどそういう変革は無理なんだろう。

そういう話じゃないのか。今回はそういう話ではないです。


パソコンのご本を読めるようになるのが難しい、という感じのお話。独学? が難しい。

パソコンのご本、あんまり知識がちゃんとしてない人は読めないようになっているっぽい。

後述するけど、わかりやすいように作られたスクショまみれの本とか。

全体的なビジョンがないわけ。実際の世界がそれで動いてるようなビジョンが。だから読めない。

僕は社会の役に立つことを直接学びたかったよ。社会がどういう風に動いてるかみたいな話をさア

そういうのがあれば、パソコンのご本を読めるようになるんだろうなという感覚がある。


実務の話!! 実際に「IT系のおしごと」というのがやってるような話で、特にコーディングに直接絡んでくるようなもの

技術実態みたいなやつ。そういうのは学校で教わらないんですよね。

優秀な人はバイトとかやって知ってるっぽいけど、それみんなバイトでやるの? みんなはやらんでしょ。

というかバイトみたいな形で社会参画しないと学べない知識だったら、それはそれでやばくないですか? という提起でもあります


はてな民の人IT系で働いてる人多そうだけど、そういうところ、そういうところなんですよね。


そういう知識があれば、大学図書館に置いてあるような「技術本」っぽいやつ? の扱い方がわかるんだろうなーと思う。

いや別にやってきたことは何も無駄にはなってないんだけど。ハードよりの話もしたり、基本的数学とか物理とか電子とか論理学とかシャノンの話とか。

でも、パチョコンは実学も以前に学問というか、実際に使えてナンボな部分が(いまこの想定してる話では)デカすぎるのに、

そんな環境的な、Linuxサバ建てしましょーねーみたいな話も三年後期になるまでやらなくて、そんなん人が立ててるの見たら一発で覚えられることだし、みたいな。

みたいな。

そう、なんというか本が読めないんですよね。これ人がいたら一発なのに……というようなことだらけで、絶対間違った道に来ちゃってるよという感じがする。

(焦ってるんじゃないのか?一冊だけをしっかりやれよ。と思ったりするし、言われそうだけど、それが一番の正解なのかな…やっぱり)


つーか本読みながらチンタラチンタラ比較するの嫌になるわけですよな。わかる。

スクショがいっぱい貼ってあったからといってわかりやすくなるわけではないし……。

てかスクショ貼ってあると古くなるとすぐ対応できなくなるから本当に困りますわよね、という話もあります

僕が何を期待しているのかって?それは実務のうちで難しいお話が出てこない、環境の話、という感じ。

プログラミングをやれと言われても、それIDEはなによ?っつー話ですわな。WindowsだとVisual Studioとかになるのかな。

Eclipseはよくわからない。Javaアプリ作るっていうのそんなに真剣にやったことないし……

っていうかそもそもプログラミングお仕事??がよくできる人たちはプログラミングで何をしているの?

アプリを作っているんですか?それだったらヴィジュアルモードのチェックが簡単なやつ必要だよね、という話で。

あるいは別にアプリなんか作ってないのかもしれないよな。とすると何かしらサーバーを使って捌くようなシステムサービスの細かい調節のお手伝いをしてたりするわけだ。

その具体的なトラフィックがどうだからどうのこうの、というお話をしたり、アクセスの仕方がどうの脆弱性がどうの、新しい技術がどうの、という話だと思うんですけど、


端的に言ってそういう話がぜんぜんわからない。そういう話がわかるとスンナリ進めるはずなんだけどな~と思いながら。

親の金大学行ってるのに、なんかもっとこううまくできるはずなのに……という感じでつらい。

僕は人の役に立つ仕事のおべんきょおがしたいんですよ。なのに図書館で借りられる本、自分が何を知らないか理解できないのかもよくわからない感じで……

日経Linuxとか読んでみて、去年のやつにプロセスとかスレッド説明あったけど、僕はまだOS基本的な話もマトモに理解できていないなので、

そういう人間には難しすぎる (というか抽象的すぎてかなりわからなかった) スケジューリングの話はされたので、プロセス対象なの?とか、そもそもCPUアセンブリ命令ADDとか?を実行しつつ、

OSがそのアセンブリ命令をセットにした実行単位を用意して、OSスケジューリングしてくれる、みたいな話なのかな……? と思った

(でも明らかにプロセススレッドがわからない人間には伝わらないような程度のフワフワ説明しかなくて、これ、誰向けだ?とか思ったけど、やっぱり身近に聞ける人間がいる人のための本なのかもしれないですなあ)。


そういうの、本とか、自分の足りない知識とか、おそらくその辺にあるんだろうな~と思いながら、でもバイトで働くにも微妙プログラミング知識必要で、「これまで何作ってきましたか?」と言われても、

そういう、あんまりしっかりしたものを作ったことないし、C言語gccで可変引数までやって、でもアセンブリがどう実行されるんですか、という話はよくわからない。

Javaも習って、まあそれっぽいお話はいっぱいされたんですけど、アプリ作るの難しかったし、GUIはクソだね、というか、手打ちでやったんですけど、こんなん絶対手打ちより良いやり方ありますやろと思いながらやっていた。

絶対手打ちより良いやり方あるはずだけど、僕は知らんし、知らない以上何が効率的に作れるのかもよくわからないし、わからないことにはできるだけ手を出さない方がいいな、と思う。


いや~なんつーかこういうことばっか書いてると「甘えんなカス氏ね」とかコメントされて、2000回くらいは殺されちゃうんですけど、それは甘んじるとして、でも何というか……みんなそうなんですかね。

年代で「めちゃくちゃプログラミングできちゃいます!(漠然)」みたいな人間いるけど、僕が例えばどういう本読んでどういう道筋を歩んだらそういうカンジになれるか、かなり見えなくてつらいし、

そもそもそういうのを職業にできるスキル高く磨けるような人って、いったいどういう生き方してきたらそうなるんだろう、と思っている。

これで情報系の研究室いって、なんとか乗り切って就活して、プログラムがんばって書きましょうー!というような職場に行ったら、

それはもう「学生じゃないんだから。もう社会人なんだから自分で調べて」となるんですよね。マンガとかでたくさん読みました。それは死ぬほどつらいでしょ。現に人死んでるじゃないですか。

結局周りに聞ける人間がいる環境ってなに? 今もいないし、大人になってもいないんでしょ? だからはてブで「プログラマーはやっぱ自分で本読んでスキルアップしなきゃ死ぬぞ!」みたいなやつがホッテントリになったりするわけでしょ?

それはつらい。ご本読んで理解できないの、というか読めてないの、ウチにあるだけで目が上滑りして「全体像がよくわからいからな~ しょうがないよな~~」と言いながらろくに読む気も起きなくて、

「でも本当に役に立つ本って開いた瞬間に読みやすいのでは?」みたいな信念がある。 これが原因なのかな。でも、この信念、少なくともこれまでめちゃくちゃ役に立ってきたものなんだよなあ……。


学生の今、自分が考えてて不安に感じてることが、「追いつけない」みたいな不安が、イマイチわかり切ってないし、

から具体的な質問として一言で言える話の羅列としてわかってないわけじゃなくて、もっと漠然とわからない。こういうこと感じてるの、僕だけじゃなくてパソコン知りてえ~~となって大学に来た人のうちけっこう多いような気がするんですよね。なんか生半可に甘えた環境から


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とりあえずこれ書いてたら少し気分落ち着いたので、要点をまとめると、

「本で勉強するのつらいよなあ~ そんなんじゃどんな分野行ってもつらいだろうなあ~」

ということです。

そういう有象無象の本をスパスパッと切って、「この辺のこの本読んどくとこういうことができるようになるだろうな~」というモデルがまだあんまりできてない。

そういうのができるようになるのかと思ってたらあんまり学校でも学べる感じじゃない。全体像とは……となっているけど、こういう悩み、自然解決したりしなかったりするんだろうな。

とりあえず、これは自分メモの今後の方針です。OSより下の階層、たとえばALUとメモリの組み合わせで、program counterを進めながら動いてるんだよーという感覚はあるので、

それがOSとどういう風につながってるのか、とか、100均で売ってる電卓、あのデジタル表示の部分がどういう仕組みで動いてるの、ということを考えたり、

インターネットプロトコルパソコンが具体的にどういうパケット送信しているんだろう、というような話を攻めて、これが全体像とやらが見えるようになる一助になるかはわからないけど、

できるところからできるところだけ勉強していきたいと思います。それが、僕にとって、よくわからない本をじっと読まなきゃいけない義務から抜け出した罰の引き受け方っぽいので。

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