1つ目は、身体が役目を終えるとき。これを「物理的な死」としよう。
2つ目は、その人のことを皆が忘れてしまうとき。こちらは「認識的な死」だ。
どちらが先に来るかは人それぞれだが、ほとんどの人が「物理的」→「認識的」の順番で死ぬだろう。
みんながその人のことを覚えていてくれるから、葬式ではその人を悼んで泣くのだ。
身体は死んでも、誰かが覚えているかぎり、その人は未だ完全に死んではいない。暴君や独裁者すらも例外ではない。
それをある青年が名乗り出て、迷宮に踏み込み、殺した。そして、青年は英雄となった。
という神話が残っている。私の推しーーアステリオスもまた、皆に存在を忘れられる前に、物理的に死ねた。
もし、彼が物理的に殺される前に、皆から存在を忘れられてしまったとしたら?
2018年4月4日、私のもう1人の推しが死んだ。というか私が殺した。
ロシアというギリシャ神話とは全く関係のない地で、私は彼に出会った。
同じようにアステリオスが好きな人達と同じく、私も衝撃を受けたことを覚えている。
一般的に語られている神話通りの「怪物」といえる恐ろしい相手だった。
最期に「向こう側=主人公たちの世界が羨ましい」と呟きながらも、笑顔を見せて、死んでいった。
FGOでは大抵、こういうセンセーショナルな出番を与えられたキャラクターが、主人公の味方として召喚できるようになる。
私は、彼にまた会える日を待っていた。
ずっと待った。
ずっと、ずっと待った。
誰も彼の話をしなかった。
誰も彼の絵を描かなかった。
絵を描いた人も、「ネタバレだから」と自粛ムードで絵を削除してしまった。
雑誌に載った、2部1章のキャラクター相関図には、彼は載っていなかった。
ならば、どうして出した?
そのうち、毎月増えていく可愛らしい☆5サーヴァントたちがプレイヤーたちから「可愛い!」「好き!」と言われてチヤホヤされている様子を見るのに嫌気が差した。
ギリシャが舞台の2部5章「神代巨神海洋 アトランティス」に微かな望みを懸けていたが、新規実装サーヴァントはどれも私の心を惹きつけなかった。
エウロペがアステリオスから見て義理の祖母にあたるのは知っていたけれど、そんなことはどうでも良かった。
アステリオスはモーション改修されなかったし、ミノタウロスも(いつも通りだが)いないことがショックだった。
読むのに十数時間かかる重厚なシナリオにはもう興味がなくなってしまった。
でも、ギリシャが舞台だ。もしかしたら、万が一でもミノタウロスに関する情報が得られるかもしれない。だから私は、ネタバレだけ検索した。
宮本武蔵やカルデアの者といった人気者や、実装されま新キャラに比べたら圧倒的に情報が少なかったが、なんとか事の全貌が見えてきた。
ミノタウロスは、誰かによって召喚されたサーヴァントではなく、ギリシャ異聞帯から「輸出」された、「まだ生きている怪物」だったこと。
現地住民は、とうの昔に怪物と関わるのをやめて、名前すら忘れていたこと。
そして、ある一つのスクショを見て、私はFGOを見限ることにした。
迷宮に主人公とともに踏み入ったと思しきシャルロット・コルデーが、
「汎人類史のミノタ……アステリオスはどんなお方だったのですか?」
と主人公に聞いた。
その台詞に対する主人公の返しの選択肢が私の精神を抉ったのだ。
「大きかった……と思う」/「優しかったよ」
私はアステリオスのことを人一倍知っているつもりだったが、FGOの主人公は違ったらしい。
私はアステリオスのことを忘れてなんかいない。勝手に殺さないでくれ。
主人公≠プレイヤーなのは重々承知だが、私はこんな主人公に感情移入できない。
つまり、公式からも主人公からも現地住民からもプレイヤーからも存在を忘れられたミノタウロスは、サーヴァントとしては未来永劫召喚できないということだ。
それだけ知れて、私は満足した。
私が物理的に殺す前に、彼はすでにギリシャの人々から忘れられて「死んで」いた。
でも少なくとも、私が彼のことを認識し、覚えている。
それだけで、彼は生きている。