はてなキーワード: ラッシーとは
最近のお楽しみと言えば、
出先や旅先でご機嫌にインドカレー屋さんを探すのが
もうすっかり旅のお供になってるわ。
その土地に行っておいて
その土地グルメを召し上がらないといけない感に迫られる気持に縛られない自由さがいいわ。
そんなわけで、
初めて行くインドカレー屋さんの辛さは様子見よ。
だいたいは5段階あって、
中辛は物足りなさそうなので、
いつもだいたいは4段階目の辛さのを頼むのが常になってるわ。
先日行ったところも初めてだったので、
4段階目の大きなる辛さを求め大辛を頼んだのね。
飛距離で言うとドライバーで500ヤードをすっ飛ばしちゃう感じかしら。
いや辛いのは良いのよ!むしろ。
いいわね!このスパイスがキマるそう来なくっちゃって感じ。
辛さの中にもマイルドな旨味があったり、
そこは辛さの中に酸っぱさが異様に際立ったなんとも言えない
初めてなスパイシングで
これだから旅先でのインドカレー屋さん巡りはやめられないのよね。
うふふ。
カレーのことを考えすぎてて、
最近目にする常温で置いて売ってあるお水。
あれそう言えばホットってないわよね、
ちょっと飲み頃に温めてあるホッツウォーラーもあればきっと売れると思うわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
私が求めているのはコレジャナイ!
じゃないとスパイスがキマらないの!
一口食べたら気絶しそうなほどスパイスの利いたやつが欲しいわ!
でないと食べた気がしない!
食べたあと辛さでうずくまっちゃうほど動けなく具合が悪くなる感じがいいの!
そういうやつ!あの辛さみのスパイス!
ハマってるインドカレー屋さん巡りで
初めて行ったカレー屋さんの感想を酔った勢いで書いたメモ書きよ。
しかもさ
辛いスパイス入ってないのかよ!って
さすが0を発明した国なだけあるわ。
「そう思うと辛さ0倍カレーこそがザ・インドなのかも知れない」って
でも今こうやって振り返って思うと
逆を突かれたって感じで!
お店の人曰くちゃんと辛さ4段階あるので
また行ってみたいと思ったわ。
でね、
そのお店に行ったとき、
うふふ。
だんだんと冷たいヒーコーも寒くなってきたので、
ホールスパイスを使ったデトックスウォーター閃いたと思ったのね!
ググったらめちゃくちゃ出てきたわ。
だいたい私のようにごく普通の人が考えつくことは、
やってる人がもうすでにいるのね。
試してみるわ。
ワカメはあんまり「ん?」って首をかしげる感じの磯臭さなので、
でもチャレンジしてみてもいいと思う!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!おー!
エアロバイク30分
昼は食べられないことが多い。
夜は炭水化物少なめを心がけている。
ここ1週間だと豚汁、れんこんと豚肉の炒めもの、にんじんしりしり2人前、しらたき麺のパスタ(これ美味い)、ベーコンの代わりにささみを使ったジャーマンポテトなど。
おかず1品が基本。
水分補給でオリゴ糖で作ったラッシーをタンブラーに入れて飲む。
アプリによるとだいたい700kcal〜1200kcalの間に収まっている。
アプリからは毎日「食事を削りすぎていませんか?」と聞かれる。
でも全く痩せない。
まあ激しい運動ができなくて、ダイエットペースが緩いのはわかってるけど
流石に1ヶ月で1kgくらいは減ってくれるかと思っていたのに
全く減らない。
カロリー収入が1200kcalとして、運動では250kcal使ってる。
それで痩せないということは、基礎代謝1000kcal切ってるの?
まじで?
30代怖い。
いつもだと自分のパソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。
コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画をポーズで止めたかった。
キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標のひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から。
絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的にパーソナリティを描けるのではないか。
世界の構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションはファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーにリアリティが与えられる。
名犬ラッシーから。ラッシーはイギリスが舞台。エリザベステイラーの時代。アメリカのホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱を想像と調べたことの組み合わせで作っていった。
町に住んでいる人達を準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。
町を本物らしく見せる鍵は町自体に歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。
アリーテ姫。リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下の職人の暮らしを描くことで、アリーテの気持ちや世界を描いた。
大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジはクララとピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアルな世界。
当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界がみえてなかった。
人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。
魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造、精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか。
1人の人の中には複数の個性のバランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。
アリーテ姫は原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス。原作は主人公はクレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。
自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。
ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。
この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分で自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンのOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング。悪漢たちの別の顔。
自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。
原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台。タイは基本的に外国の支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランスに占領されたりしていた。
最初は丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。
ブラックラグーンはこれまでの片渕監督の作品のイメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。
うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーン。マイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。
でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの。
1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙の調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。
1000年前の世界の1000年前の話し。1000年前が真ん中。
ブラックラグーンはタイに取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナムや香港などは行った。
マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊は10回。そちらの方が多い。
発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウの工場社宅。そのカネボウの最後の工場長から写真などをもらえた。
事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。
事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。
ハイジのクララの矛盾。マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。
マイマイ新子は金魚が戻ってきたのが最後。原作者の体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供の世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。
原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。
普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。
この世界の片隅にのすずさんは大人。少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分の意思とは関係無く嫁にいかされる。
すずさんは自分が空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。
マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公。
すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。
日本のアニメはドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。
年齢層が上がってきた。巨人の星。読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。
長くつしたのピッピやルパンの企画書を見つけた。タバコや銃のブランドの定義。ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38。ルパン三世カリオストロでは赤いきつねやコカコーラを描いてる。
日本のアニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間のリアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品。
手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。
この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実のカケラを組み合わせた。
出来るだけ背景を捉える。人物のサイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるものの存在感。
効果音やBGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメの表現より実写の表現。BGM無しでも良いかとも思ったが、BGMで心理描写ができた。
いつもだと自分のパソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。
コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画をポーズで止めたかった。
キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標のひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から。
絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的にパーソナリティを描けるのではないか。
世界の構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションはファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーにリアリティが与えられる。
名犬ラッシーから。ラッシーはイギリスが舞台。エリザベステイラーの時代。アメリカのホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱を想像と調べたことの組み合わせで作っていった。
町に住んでいる人達を準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。
町を本物らしく見せる鍵は町自体に歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。
アリーテ姫。リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下の職人の暮らしを描くことで、アリーテの気持ちや世界を描いた。
大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジはクララとピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアルな世界。
当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界がみえてなかった。
人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。
魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造、精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか。
1人の人の中には複数の個性のバランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。
アリーテ姫は原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス。原作は主人公はクレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。
自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。
ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。
この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分で自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンのOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング。悪漢たちの別の顔。
自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。
原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台。タイは基本的に外国の支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランスに占領されたりしていた。
最初は丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。
ブラックラグーンはこれまでの片渕監督の作品のイメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。
うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーン。マイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。
でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの。
1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙の調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。
1000年前の世界の1000年前の話し。1000年前が真ん中。
ブラックラグーンはタイに取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナムや香港などは行った。
マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊は10回。そちらの方が多い。
発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウの工場社宅。そのカネボウの最後の工場長から写真などをもらえた。
事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。
事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。
ハイジのクララの矛盾。マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。
マイマイ新子は金魚が戻ってきたのが最後。原作者の体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供の世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。
原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。
普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。
この世界の片隅にのすずさんは大人。少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分の意思とは関係無く嫁にいかされる。
すずさんは自分が空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。
マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公。
すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。
日本のアニメはドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。
年齢層が上がってきた。巨人の星。読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。
長くつしたのピッピやルパンの企画書を見つけた。タバコや銃のブランドの定義。ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38。ルパン三世カリオストロでは赤いきつねやコカコーラを描いてる。
日本のアニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間のリアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品。
手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。
この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実のカケラを組み合わせた。
出来るだけ背景を捉える。人物のサイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるものの存在感。
効果音やBGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメの表現より実写の表現。BGM無しでも良いかとも思ったが、BGMで心理描写ができた。
好きの延長線上に結婚があるという考え方の人と、好きの延長線上に結婚がないという考え方をする人がいて、
前者の人もたくさんいるということ
どっちの考え方をするかは本当に人それぞれだから正解はない。
確かに好きだから結婚しないといけないわけじゃ当然ない。自分は延長線上に結婚があると考えるタイプだからかなり新鮮だった。
なぜ結婚をするのか?について。
・上記についての意思表示や決意表明を相手とその周りにしたいから
・相手を誰にも取られたくない、かつ、それを法的に保護して欲しいから
・子どもが欲しいが婚姻関係を前提として今の社会が成り立っているから
逆に、元増田のように、
独占欲が強い方だということもあるし、結婚することで法の保護を受けられるという安心感はある。一番の理由は子どもが欲しいがそのためには結婚した方が色々便利そうだと思うから。
下を読むと、元増田はどちらかと言えば飽き性だったり、興味が移り変わりやすいタイプに思える。そういう方は確かに縛られるのが嫌だろうし、結婚には向いてない。
10年先、5年先、ましてや1年先のことでさえ、どうなってるのかわからないのによく「永遠の愛を誓います!」なんてこと言えるわ。
20代、30代でさ、「これからは一生インドカレーを食べていきます!他の食べ物は一切食べません!」って誓うのか?
動物じゃあるまいし。
自分の場合は同じ食べ物を何十年食べ続けても飽きないし、同じ人をずっと好きでいるタイプだから比較的結婚に向いている、はず。
(ずっとインドカレーって言うけど、食べ物ではなく人の場合、身体の関係以外であれば色々な人と関わることは問題ないから、実際はインドカレーだけじゃなく、福神漬けとからっきょうとかサラダとかラッシーとか他に色々食べられるんだと思う)
・コメントにあった、女性が愛と結婚とを直結させがちなのは、相手の愛を形で確かめたいからじゃないのかな?分かんないけど。
本能的に男性は極力多くの人と関係を持ち子孫を増やそうとする一方、女性は精神的な繋がりを大事にする上、産める数が限られているから、男性より結婚という誓いを求めたがるのではないだろうか。分かんないけど。
・元増田は日本の法律による婚姻制度を否定しているが、社会の混乱を避けるためには必要じゃないだろうか。
例えばインドカレーが大好物だったが、しばらく食べ続けていると飽きてしまったとする。
そうすると、次は牛丼に手を出してみようかな~なんて思う。
手を出す。
けど、牛丼もしばらくするとやっぱり飽きてきて、フランス料理フルコースをちょっと味見してみたいなと思う。
手を出す。
そんなことが婚姻制度のない社会で誰もができてしまうと、無駄な争いが起き、社会が混乱する。
昔は他の地域や国からどう見られるかなんて全然気にしてもなかったけど、外との交流ができ、人間が社会的動物だと謳っている+現代政府としてのメンツがある以上、そういった混乱を避けるために婚姻制度を作ったという一面もあるんじゃなかろうか。戸籍制度含め。
国がそうやって本能に枷を与える以上、社会の秩序を保つ協力の見返りとして制度保障がある。
人間は好ましいと思う相手に自分(だけ)を好きになって欲しいと思う人が多いだろうから(違ってたらすみません)、無駄な争いや混乱を避けるには、あっていい制度だと思う。
そういう制度があって、使うかどうかはその人次第で、自分が生きてる社会のために使うなら、保障の見返りがあるよってことですね。
(もちろん選択を間違えてしまった場合、離婚という救済措置もあります)
無駄に長くなった…寝よ。
別にネットで宣伝とかしてるわけでもないのに口コミと紹介だけで1年以上先までカレンダーに予定がビッシリらしい。
なんか疲れるから1日に4人も5人もは無理らしいから、人数的には多くて1000人ぐらいなんだろうとは思うけど。
私も知ってた有名な漫画家とかにも会ったって言ってた。
なぜサインをもらってこなかった!ってちょっと思ったけど、親戚本人も我慢したらしいからそこはそれなんだろう。
たまーにどこかの占い館でセッション?ってのをやるとかで行ったりするみたいだけど、50枚とか100枚とかのチケットがあっという間に売り切れるとかで、人気あるんだなーと。
頑張って探したらセッションを受けたという人のブログが1件だけ見つかったけど、内容は詳しく書いてないからよくわかんなかったけど、
なんか期間開けてリピートしてたし、お客さんは満足してるみたいだった。
暮らしぶりを見る限り荒稼ぎしたりはしてなさそうだから、良心的な方なんだろうか。
世の中にはいろんなことができる人がいて、いろんな生き方があるんだなーって思う。
でも、私がまだ乳児の頃に初めて会ったときに、その親戚が私の親に、
「あの子はソッチ系に結構高いポテンシャルがあるけど、そのポテンシャルを防御全振りにしてる感じでガチガチだから、
ソッチ系の世界にチャンネルが開くことはないし信じたりもしないだろうけど、
多少のことは気付きもしないでバンバン跳ね返すから放っておいて大丈夫(意訳)」みたいなことを言ってたらしい。
怖いの苦手だけどオカルト好きだから、ちょっとさびしいような、ありがたいような。
まあ、それだけならふーんって感じだったんだけど、高校を出て関わる人の数が増えたあたりから、
なんか数年に一度ぐらいのペースで関係ない人からも同じようなことを言われるようになったので、段々その親戚もシックスセンスガチ勢なのかなー?と思うようになった。
1)
座るなり「あ、アナタは大丈夫だから安心して。それよりそっちのアナタ……」って感じで私の占いが2秒で終わった。
まだ何も言ってねえよ!何がどう大丈夫なんだよ!
何に安心すればいいんだよ!!いや、確かに年齢相応にさしたる悩みもなかったけどもさ!
で、ぐぬぬ……って思いながら聞いてたら、なんかその友達は家庭環境が相続がらみで不安定になって、親族と親が揉めてて結構悩んでたとか言って泣き出すし。
うわーお爺さん亡くなったとは聞いてたけどそんなことになってたの、大変だねえって思って聞いてたら、
「少し落ち着くまでなるべくこの人のそばにいなさい、あなたの家で一緒に遊んだりとかは……?あ、するなら大丈夫、それで悪いようにはならないから」だった。
なんだよ!私は魔除けか座敷童かよ。私だって進路をどちらにしようかなで選んだことが担任にバレて進路選びなおせって言われて悩んでたんだぞ。
まあ、友達はさっきまで泣いてたのに顔パァーってなってるし、そういう感じの演出なんだと思って諦めて受け入れた。
2)
沖縄に遊びに行ったときに、店先の置物になってたおばあちゃんに呼び止められて、何やらホアァフワァと言われてさっぱりわかんなかったんだけど、
お店の人の通訳によると、なんか久しぶりにオーラが光りまくってて姿形がわかんないレベルの人を見たから思わず呼び止めたとかいうことだったらしい。
なんかよくわかんないまま握手したりして、謎の感謝されて、おがまれて、サーターアンダギーもらった。おいしかった。
お店の呼び込みの一種かと思ったら、なんか様子が違ったのでこの件はいまだによくわからない。
3)
友人と商店街を歩いてた時にインドネシア(だったかな?)人に突然話しかけられて、「アナタ、オゥラのパワーが凄いネ」的なことを言われる。
へーそうふーんって返してたら、なんか母国の祈祷師?の話をされたあと、
「日本は便利だけど、日本にいるとアナタみたいな人、とても少ない。
久しぶりに故郷を思い出したヨ、日本に疲れたら良ければ私の母国にも一度行ってみて、きっと気に入るヨ!」と握手を求められて終了。
新手のキャッチか旅行会社の回し者だろうけど、それにしちゃ押しが弱いし遠まわしだなーと不思議に思ってた。
4)
近所のインドカレー屋にカレー食いに行ったら「近所で見かけるメチャ光ってる人だ!」と子供が店長にチクりにいって、
奥からテンションの上がったネパール人の店長が飛びだしてきて話しかけてきた。
インド人じゃないことにショックを受けてたら、「きっといいコトあるから、アリガトです」とラッシーと甘いナンをサービスしてくれたので、
ありがたくいただいたけれども、何だよ光ってる人って。私そんなハデな恰好しないし、もちろんハゲてもいないぞ。カレーとナンは超おいしかった。
そういう感じのリピーター獲得策なんだろうと思ってたけど、沖縄のばーちゃんとインドネシア?人の時も一緒にいた友達から、
「前もこんなことあったなw」と言われて、ええー?と思いつつちょっと意識するようになる。
店長はその後半年くらいで系列のもっと儲かる店に栄転したらしい。
5)
大阪のバーの隅っこで一人おとなしく飲んでたら、常連らしい自称霊感女子さんが席を移動してやたらと近寄ってきて、
「え、ウソやん、顔が(オーラで)見えへん……え?え?」と超至近距離まで顔を近づけられたり、頬をペタペタ触られるという謎のプレイを実施される。
そのあとその人が勝手に話し出したところによると、この人も沖縄出身(祖母がシャーマン?かなんかそういうの、言い方忘れた)な人だったらしい。
しこたま身の上話を聞いたあと、めっちゃ癒されたわ~ありがと~と言って彼女は去って行った。
新手の逆ナンかと思ってちょっとドキドキした私の期待感を返して欲しい。
大体みんな「パワー強い」「オーラ凄い」「光ってる」とか言ってくるんだけど、
私自身は全然明るい方とかじゃないし、元気とかハツラツとかと対極の、根暗でおとなしくて、
通信簿に「元気がない」とか書かれるレベルの光合成諦めたモヤシみたいな人間を捕まえてその言いようなので、多分単なる見た目の印象ってことではないんだろうと思う。
流石にこれだけ回数がかさんでくると、自分じゃよくわからないけどソッチ系の人にはそんな感じに見えることもあるのかなー?とだいぶ思うようになった。
皆様の口ぶりからいくと悪いことではないらしいけど、鏡には映らない自分の姿を(カレー屋の親子のように)誰かに見られているかも、と思うと少し恥ずかしい気がする。
(インドカレー)
ルー :ギー(バターの上澄みの上澄みくらい軽い乳脂)、玉ねぎ、レンズ豆がよく入る。タンパク質は多彩。野菜カレーも多い。牛肉はめったにない。
ストック :鷄が多い。
スパイス :クミンシード、ターメリック、生姜、ニンニク、カルダモン、各種唐辛子が多い。仕上げにスパイスミックス(マサラ)を使う。
他 :肉類や魚介類の仕込みにヨーグルト、ラッシー、ハーブ類がよく使われる。乳製品は牛の他にヤギのものも。
(タイカレー)
スパイス :青唐辛子が多い。レモングラス、カルピンチャが入る。仕上げのマサラもグリーンマサラ。唐辛子の色でグリーン、レッド、イエローなど見た目が多彩。
他 :ストックに鰹節みたいなやつを加える場合がある。辛味をマイルドにするため加糖することもある。
ルー :自家調合せず市販のもの、あるいはそれにちょっとくわえて出すところがけっこうあるかと。
:ラード、バターが多い。とろみをつけるため小麦粉を大量に使う。具はたまねぎ、じゃがいも、にんじんが多い。タンパク質は豚、牛、鷄の順?
ストック :いろいろあると思うけど蕎麦屋なんかでは濃いめの鰹出汁と長ネギ使うかも。
他 :かならず福神漬け、壺漬け、ラッキョなどがつく。味付けに米酢、しょうゆ、かえしや甘汁をつかうところも。牛乳使うところも。一部ではウスターソースも。
これまで衣類にはほぼ全く気を配ってこなかったし、化粧っけのない青春を送ってきた。ところがある日ふと、自分もアラサー女に差し掛かるということで、衣類なるものにそろそろ気を遣おうと思い始めた。院卒就職組なこともあり、自分の大学生ファッションに嫌気が指していたのもあるだろう。けれどなにを着ればよいのかはっきり言ってよくわからない。そこで書店でファッション誌を矯めつ眇めつして自分の好みのものを探し(自分の場合はCLASSYという雑誌が好みだった)、併せてファッション教本(「おとなのおしゃれ再入門」など)を購入して基礎から勉強してみた。
その結果、定番品(※1)という概念があることや、ワードローブの整理の仕方。所有するカーディガンのカラーバリエーションとパンツ(ズボンのこと)のそれを合わせるとよいことや、手首や足首を見せるような服を着ると若作りができることがわかった。プチプラ(※2)という単語があることや、プチプラ服はあまり長くもたないこと、よいものは長くもつことなどが分かった。
結論としては、現在の月収(13万、一人暮らし)ではユニクロファッションが関の山であるし収納スペースもあまりに足りないという根本的な問題が分かり、わたしのおしゃれ再入門はそこで終わった。
院卒ワープアはおしゃれになんか目覚めてはいけなかったのだ。それはあまりに深遠であり、あまりにお金のかかる趣味である。そのうえ一度勉強すると自分のみすぼらしさに気付いてしまい、けれどもうそれはどうにもできないということがわかる。工夫でどうにかできるところもあるのかもしれないが、根本的な資金力不足は否めない。こんなことならファッション誌なんて読まなければよかった。つらい。
ところでファッション誌でよくみる、カーディガンを肩にかけて胸元で結ぶあれ、ダサくない? 本当に流行ってるのかなあ。 だいいち動くと落ちるだろ。意味が分からないよ。世の中の女性はすごいな。わたしもそうなってみたかったよ。
※1 定番品:これがあれば基本的なコーディネートはカバーでき、応用的なファッションも可能となる基本的なグッズのこと。いろいろと読んで調べてみたが、数々の雑誌で(言い回しは変われど)同じようなものを勧めている。このことから、多くのファッションに共通した土台であると推察される。それはだいたい以下のようなアイテムである。
・カーディガン(上述のパンツがある状態であれば、カラバリは青・白・黒であるから、カーディガンはネイビー、ベージュ、グレーあたりがあるとよい)
・シャツ(ストライプ、白、青くらいのバリエーションがあるとよい)
・黒いスカート
以上の品を、ものによっては春夏用と秋冬用とで生地の違うものをそろえておくとベストであるようだ。またこれは職場に着ていくようなラインナップであり、休日に華やかなものを着たいのであれば別途そろえることが望ましい。ただしワードローブの中身は自分のライフスタイルに合わせてたものであるべきなので、平日働いているひとであればワードローブの5/7は職場用の服であるべきである。
※2 プチプラ:ユニクロ、GAP、H&M、無印良品あたりを指す。無印で一着4000円超のものとかは全然プチプライスじゃない気がするんだけどプチプラ。「デイリーブランド」というくくりであればこれにプラスしてPLASTとかのブランドが含まれる。プチプラはとかくすぐに古くなると言われ保つのはワンシーズンだとか言われているが、シーズンごとに買い換えるとかとんでもない出費じゃありませんか。ユニクロは土日のセールスが安い。ブラック企業に金を落とすことが心底嫌でたまらないが結局金がないのでユニクロで買わざるを得ないのでつらい。最近は大体のファッション誌で毎月プチプラ特集はしているので儲かっているのだろう。若者の金のなさを感じる。
--
15/8/11 追記
すごい今更になるけどトラバやブコメ穴が開くほど読み返してます。ありがとう。元気出ました。
増田で返信書くのって、あまりしない方がいいのかなあと思ってつい辞めてしまう。もうあのときのトラバのひとたちはもう読んでないかもだけど,お礼が書きたくなったので書きます。
相変わらずファッションなるものは難しいです。ただ,少し知識が増えた状態でのサマーセールは楽しかった。
職場私服なのかな?私もそうだけど結構職場での服休みでも使うよ! 小物な..
この増田を読んで洋服ブラシを買いました。高いジャケットとかは持っていないけど,少し埃の付いたニットのカーディガンとかを撫でるとびっくりするほどきれいになる。アクセサリーは,憧れるけど,金属アレルギーなのでなかなか……革のブレスレットとかいいなあって思ってます。アネモネ,見てみようと思います。
ベーシックのセレクトを見る限りあなたは服のセンスが良いと思う 資金力と..
褒めてくださりありがとう。
いいものを少しずつ買い集めようと思っても,なかなかうまくいかないですね。結局生活していかなきゃならないのだから。二年後の豊かな生活を夢見て今日はボロを着る,って,なかなかできない。安物買いの銭失いになるのが怖いけど,でも予算がないとどうしてもそうなってしまう。
年にひとつかふたつ,か……それのための積み立てでもしてみようかな。
マガジンハウスどっぷりで、クラッシーは誌面すら見たことなかった。もう..
わざわざ雑誌まで読んでくださり,本当にありがとう。こちらの増田,誇張でなくほんとに何十回と読み返しました。
とりあえず,先日の無印良品週間で勧められていたボーダーシャツを買いました。これはカワイイ!
諦めないことはたいへんなことですけど,一歩ずつ前に進んで生きたい。明日急におしゃれさんにはなれなくても,二年後に今よりもひとまわりふたまわりきれいになっていたらいいなと,そんな気持ちでいます.
つーかそもそも二十歳そこそこで酒の味なんて分かるわけねーんだよ。
単に「ジュースのがおいしいな〜」って歳なだけ。
そんで増田も歳食って酒の味が分かるようになったとしたら、ラッシーとか梅酒とか頼んでる奴を見て「子供だな〜」って思うようになるだけ。
それは実際子供だから何も間違っちゃいない。「とりあえずビール」をしないのが若者の特徴なのではなくて、「子供で何が悪いの?」っていう感性になったのが特徴。
昔は15歳で元服したら無理矢理大人の振る舞いをしてたんだろうし、ちょっと前でも大学生になったらそうとか(帝国大学の時代)、成人したらそうとか、社会人になったらそうとかってのがあった。
今はそういうのが無くなったよねって話。次は子供が生まれても子供のままでいいじゃん!ってとこに行くんじゃね?
自分が若いとは思わないけど、会社で同年代飲み会をしたときのお酒の注文時に「とりあえずビール」の空気はなかった。
四つ年下(成人しています。)の飲み会に参加したときも同じ空気だった。
「とりあえずラッシー」の嵐。それお酒じゃない!と言う突っ込みはさておき思い思いのものを飲む。
年配の人が多い飲み会だと「とりあえずビール・・」「最初だけでも・・」「コップに入れるだけでも・・」と、ビールを注がれる。
そんな話をしたら親と同じ年代の部長が「もう若者が何を考えているかわからないなぁ」と驚いていた。
お店のことを考えると注文はまとまっていたほうが楽なんだろうけど、やっぱりお金を払うなら、時間を消費するなら最初から好きなものを飲んで過ごしたい。