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はてなキーワード: 疑義とは

2023-11-06

草津の件でフェミニストを叩いてる人たちが無視する事実

草津の件が問題になったのは2020年の冬。その年の観光客数は、実はコロナ最初期にも関わらず増加している。

群馬県草津町 2021年度の宿泊者数は16・8%増の154万人

https://www.travelnews.co.jp/news/area/2022050610350529680.html

群馬県草津町は4月27日、2021年度(2020年4-2021年3月)の入込客数が前年同月比20・7%増の234万5948人だったと発表した。

結論から言うと、「草津フェミニスト風評被害を受けた」というのはまるきり嘘である上記の通り、観光客数には影響は一切なかったことがデータとして示されている。

そもそもフェミニストの大半は、草津町議への連帯を示して、一連の疑義リコール問題などを論点として批判していただけである草津町そのもの誹謗中傷していた人はほとんどいない。

それは、上記データが示す通りで、もし本当に草津がそのイメージに深刻なダメージを受けていれば、今では観光地としては沈んでいただろう。

問題は、この件を元にフェミニスト批判する人たちが絶えないことである。ありもしない被害を声高に叫んで、当時町議への連帯を示したフェミニストへの誹謗中傷を繰り返している。

その槍玉に上がっているフェミニストは、誰も草津町そのものへのヘイト肯定していたわけではない。それどころか、草津町へのヘイトは許されないことだ、とちゃん声明を出している人がほとんどである

それにも関わらず、フェミニストへの都合のいい叩き棒ができたと喜んで女性攻撃する人がいまだに消えない。草津を本当に貶めているのはこうした連中であると言わざるを得ない。

2023-10-26

anond:20231026090905

今でも疑義が上がってる話をさも確定した風に話してる無能じゃん

イラクの件忘れたのか?w

2023-10-22

anond:20231022065802

元増田だけど、noteで納得したのは冒頭のColaboが『実際』を持ち出した意図についての推察。

ざっくり言って、表3だけではわからないとされたか全体像を持ち出して按分を説明し、表3の妥当性を得ようと言うのだろう。暇空は表3を『実際』に差し替えたように言っていたが、この為の『実際』持ち出しは流れとして納得が行く。

漸く『監査結果で不正はないと証明された』なんて10ヶ月も思考停止してるとこから進んだ見解が見れて良かったよ。

まああくまで推察ではあるけどね。

以降の長文が推測だらけなのも、暇空同様Colabo当事者じゃないから仕方ないと思う。

私もその詳細まではさて置いてる。

後は、細かな税金の使途に係る出費の説明が二転三転としてるところを司法がどう判断して何をコメントするか、そこに最注目してるのは増田と同じくだ。

にしても、これは陰謀論として聞いて欲しいけど、このColaboの本当の闇は、実は支援実績記録とかの方にあったりしたかもね。

福祉の公金事業で往々にして不正摘発されるのは、金の使い道じゃなくて、支援実態のない請求の方だ。

仁藤さんは常々都が信用ならないか個人情報を出さないやらぷりぷりしてて、過去に音喜多議員口利きしてもらったのも都に細かく指摘されるのを嫌って報告を簡易にしてもらうような事だった。

支援実績は個人情報の塊だ。

都はこの上がってきた実績記録を元に請求された金額を支払うから普通福祉事業者への行政チェックは個人記録を鬼のようにチェックされる。

レシートでこれだけ説明が二転三転するような事してて、記録はちゃんと付けられていたんだろうか?都にはどう言うプロセス請求が認められていたんだろうか?

監査にそれらしい項目は全く見受けられなかった。

監査福祉事業者も含め、一般的に金の使い道しか見ないものとされているならそれまでの事なのかもしれないが、じゃあ請求に関しては完全に行政のチェックを逃れられたんじゃないか

いくら本当に支援していたとしても、日々の記録がなければならないし、当たり前に行政に共有されなければならないのが通常だ。

公金事業として、何者かもわからない者の為に公金が流出してはいけないからね。

仁藤さん曰く、都とは利用者許可が取れなければその個人情報を都に渡さなくて良い、更には支援の妨げとなる場合許可も要らないとする疑義解釈作成していたと言われていた。にも関わらず監査では個人情報に関する事(個人情報が書かれているとするレシートの提出)を求められた事に激怒したり、若年被害女性支援事業へ応募しなかったとすると理由についても、都に個人情報の提出を義務付けられ信用出来なくなったからとしている。

若年被害女性支援事業として最もな事を言っているのかも知れないが、同時にそれは実態を誤魔化す事業者としてもあまりに都合が良すぎる。

あくまで仁藤さんが言ってるだけのこの解釈を、個人的にはとてもじゃないが飲み下せない。

やりようはいくらでもあったろう。行政側の担当者とだけは密に情報共有し、不正がないよう都側のチェックして貰うとか。

まあ本当の個人情報から、そこのどうこうを求めたところで行政判断以外が公開されることはないから、私たち真相を知る術はない。故にこれは陰謀論だ。

晴れて公金事業から離れた事で、都としてもそこら辺の諸々の闇を終えた事にして流したかもしれないね

2023-10-20

anond:20231019220330

一般人男性とある支援団体の公金の使途に疑義を持ち監査に動こうとしたら、あっという間に名だたる弁護士やら学者やらが何人も集まって議員会館記者会見を開いて一般人男性糾弾し、それを大マスコミ好意的記事にし、国会言及する議員まで現れ、それでいて議員会館使用仲介したはずの国会議員が誰なのかはいまだに謎のまま

この件を知った大衆は「あれっ?」と思っただろうし、そう思わせた時点で既に暇空は勝ってるんだよな

問題視されたコラボは今後も金の流れは定期的にウオッチされるだろうし、代表者人間性にかなり問題があることも周知された

いま増田を賑わせてるのは暇空個人への意趣返し以上の意味はない

無知な俺に大物はてなブロガーが色々教えてくれたよ!ありがとう

Colaboに問題はなかったと言っている人たち、無知な俺に教えてくれ

https://anond.hatelabo.jp/20231017101239

増田だけど、なんと大物はてなブロガーの法華狼さんが色々教えてくれた(https://hokke-ookami.hatenablog.com/entry/20231019/1697642206ありがとう!これにはお礼兼意見を述べておかなければ失礼だと思うのでここに書こうと思う。

匿名ダイアリーには言及された当事者から削除の申し立てがあった場合、発信者への意見照会を経ずに削除を行う」という特殊ルールがあるので法華狼さんが削除を希望される場合はお手数だが申し立ていただきたい。)

色々意見反論はあるが、当該ブログ記事ブコメにてほとんど出尽くしているのでここには書かない。一点だけ反論したい。

はてな匿名ダイアリー引用しているColaboの声明2023年3月のものであり、変更された申請方法に対しての主張ではない。迷惑YOUTUBERなどの妨害東京都が屈っさないようにという要望だ。

この要望をはねのけることが「厳格化」というのであれば、はてな匿名ダイアリーを書いている人物は「煉獄コロアキ」を支持しているということになるだろう。

とのことなので調べてみた、今年3月声明は新たな要綱に関してのものではなかったようだ。確かにおっしゃるとおり、ありがとう

その後、今年6月1日のColaboの記者会見によると、以下のとおりだ。(https://colabo-official.net/wp-content/uploads/2023/06/230601kaiken.pdf

私たち少女個人情報を守ってまいりましたが、それについて東京都監査の結果で、「領収書の一部を確認できなかった」という書き方をされてしまいました。」

東京都には、これ(新たな要綱)を読んで私たちはやはり、私たちのこれまでの対応少女たちの個人情報を守る、それをさせないようにするものだなと思いましたので、交渉というのはこれまで行っていません。」(()内は増田による補注)

「こういう記録を出すことという要綱に、実はモデル事業ときに、2019 年ですかね、なったんですね。そのときに、これでは困る、支援ができないということで、ただし「支援の妨げになる時にはこの限りではない」という疑義解釈を作って、ほかの団体すべてに適用されるようにいたしました」

とのことで、やはりColaboは個人情報保護を非常に重要視している様子で、これが担保されなければ事業に参加しないというスタンスのようだ。取り上げた声明3月のもの6月のもので誤っていたが、前回記事結論には変わりがなさそうで何よりだ。

これについて、俺は前回「「Colaboのやり方では参入できない状況を作り出す」ことの評価を「打ち切った」と評価する人も居るだろうし、ブコメ主見たいに「打ち切ったはデマだと思うよ。」と評価する人も居るだろうね。まぁ個人の感想だね。」と記載した。また法華狼さんは「東京都がColaboを切ったと表現していいかもしれない。個人情報をさしだすようにという要求はColabo側から切ったと表現すべきだろう。」と解釈している。法華狼さんと同意できて嬉しく思う。

その上で、俺は前回の記事で「もちろんその態様誹謗中傷だというのであれば別途そちらで決着をつけるべき」と書いたように誹謗中傷も(もちろん業務妨害も)認めていないことは明白だ。

かに引用した声明ミス(6/1のものが正しい)はあったが、これが軽微なミスであり、ブログ内で事務手続きに極めて寛容な姿勢を示しておられる法華狼さんなら同意してもらえることだろうと思う。

また、前回の記事の当該箇所において、「これまでもColaboは個人情報を明かせないと主張してきたわけだけど、その上で都が新しい事業スキーム(Colabo曰く「個人情報が守れない」スキーム)に変えた」と記載しているように、要綱中の個人情報保護に関することについて議論していることも明らかだ。

その上で、俺は「しかし、都は会計厳格化し、Colaboが申請できないようなスキームに変更」と明らかに事業の要綱のことを書いているにも関わらず、「この(警察にも適切な対応をしてもらえなかったこから、改めて対応をお願いしています。という)要望をはねのけることが「厳格化」というのであれば、」という俺が書いていないことを前提において「「煉獄コロアキ」を支持している」などと結論づける法華狼さんの議論は誤っているのではないだろうか。(()内は増田による補注)

特に反応は要らないが、コメントを残しておく。

ブコメから

「(妨害に屈した)東京都がColaboを切った」ってことを引用元は言いたいんだよ

妨害に屈したかどうかって内部事情の分からないこちらにはどうでもいいことなので。都が切ったと評価できるってとこが同意できれば十分かと思っただけだよ。

それにColaboが個人情報の秘匿を重視して今年度の事業申請しなかったことは今年6月記者会見からも明らかなのであえて突っ込まなかっただけだよ

元増田記事の内容大幅に変えたので意味不明な返信になってるわ…(10/20 15:56)

特に修正はしてないはずだが何言ってんだろうこれ

誤字くらいの修正はしたかもしれんが(覚えてない)

2023-10-19

余命事件とColabo事件は同じなのか?

まず大前提として、自分は某暇の人格は到底褒められるものでは無く支持出来ないという立場

結構からブロックされているので個人的にムカついた私怨もある。(多分山本一郎東野先生フォローしてたからだと思う。後に後者ミューからフォロ解)


よくColabo問題は暇空一派(暇アノン)の暴走であり、第二の余命事件だと指摘されている。ブクマカでも同様のコメントは多い。

そういう事にしたいのだろうし実際「お前がそう思うならそうなんだろうな」という感想特に主張者に対し異論を挟むつもりは無いのだが

結論から言えばColabo問題(暇空問題)≠余命事件であり

よって余命事件安易に結びつける人間基本的党派性エコチェンバー対立煽りカスなので一切無視して良い。

ブクマカならブロック推奨。問題を語るにおいてはただのノイズしか無い。



ざっくり言えば思想的に偏った(と認定された)弁護士に対し余命というネトウヨアルファネトウヨ扇動し大量の懲戒請求をかけた事件である

表自風に言うのであれば「キャンセルカルチャー」「表現弾圧」の類である

末路としては哀れネトウヨ返り討ちに遭い余命一派は訴えられて終了した。哀れっすねマジで

多分自分達だけで無く、当のネトウヨから黒歴史中の黒歴史扱いされてんじゃないかな?

弁護士の主張がおかしいのであれば言論で対抗すべきで、キャンセルカルチャー人海戦術で仕掛けるのは頭のおかし野蛮人がやる事である

文明人とは思えない。猿以下からやり直すべき話だ。


余談だが、当時の肌感で言うのであれば既に「ネトウヨ」が小馬鹿にされつつあった時代であり、余命にしても一部の極まったエコチェンバーが騒いでいた程度の印象だったが

あの事件在特会体たらくが「ネトウヨ暴走民主主義否定する愚かな国粋主義集団であるというイメージを決定づけた様に思う。


Colabo問題とは何が違うのか?


ざっくり言えば公共性公益性の有無である

余命事件場合所詮はごく一部の弁護士思想的に偏っているだけであり、その職務妨害仕事を奪う事に公益性は皆無である

弁護士おかしいと思うのなら、おかしいと思い支持しなければ良いだけだからだ。

それに思想信条自由がある以上、その弁護士とやらが明らかな犯罪倫理的にアウトな言動をしない限り、個人自由である

余命事件日本国憲法理念を踏み躙り凌辱しようとした文化的集団レイプ事件であると言えよう。

そこに正義は無い。ある意味憲法が嫌いなネトウヨらしいけどなw


しかしColabo(等の支援団体社団法人)の場合は、余命事件とは異なる、しかし重大な違いがある。

Colaboらには多額の公金(税金)が支出されている事である


公金が入っている以上、団体活動にはある種の公共性公益性が求められる為

思想信条の極端な偏り、及びそれに伴う公共性に欠けた事業活動が行われる事は問題を超えた問題である

公金の源泉である一般市民公益性に反する可能性が高いからだ。


自分たちが望む政治的活動がしたいのであれば、支持者の寄付金等の自前資金活動するべきであり

その事業活動に公金を注入するべきでは無い。


故アベ首相モリカケサクラ問題が未だに糾弾されているのも、政権が一個人団体に便宜を図ったという事実

国民全体の公益性を損なう大罪であるからだろう。

この事に対し異論を挟む人間はごく少数派だと考えている。


Colabo問題問題点とは?


問題点、の中でも特に大きな致命的問題はざっくり分けて3つ。

①被支援者政治活動(辺野古基地反対運動など)に参加させた事

活動費の一部で政治活動を行った疑惑がある事

③「リーガルハラスメント」「住民訴訟濫用」等の造語により民主主義否定した事


①は最早説明不用だろう。

強い公共性が求められる公金事業で、本来であれば最優先で保護すべき被支援者政治活動に繋げた事は

事業内容、ひいては団体活動理念自体一般市民公共性公益性に反している認定されても仕方ない。

この点は他のブクマカ増田でも指摘されていたと思うが、本来政治色を最も薄めねばならぬ筈の支援事業

事もあろうに被支援者(一般市民に含まれ人達)を政治活動に参加させる事は、最もあってはならぬ事である


あくまでも自主的に参加しただけ」という言い訳もあったが、支援者と被支援者という権力勾配の関係下において

団体人間に「参加しよう!」と言われたら、果たして断れるだろうか?

支援者が断って不利益を被る、と考えてしまうとは思わないだろうか?

ましてや生活困難な若年女性が、その生活支援されている状況で断固として断る事が出来るのだろうか?


これを「全て問題無い」と言い切れる輩は、党派性エコチェンバー公共性意識に極めて欠けた人間だろう。


①の問題に関連して、②も当然問題だ。

政治活動自体個人自由ではあるが、その活動を支持しない人間にとっては公益性があるとは言えないだろう。

極端な話をすれば政治活動とはその理念共感する支持者達だけが享受可能私益であり公益性からは程遠い。

公金の支出元には、その理念を支持しない人間も当然含まれからである

私が与党色の強い政治活動を到底支持出来ない様に、政治的活動思想を支持しない自由は当然尊重されるべきであり

政治色の強い活動に公金の一部が使われている(疑惑がある)事を容認しない姿勢も同様に尊重されるべきだろう。

公共性とはそういう事である


会計問題疑義についても、公金が入っている以上公明正大な明朗会計本来は為されるべきではあるのだが

残念ながらその理念に欠けている、または人的資源問題により達成出来ない諸団体が多いのが現状ではある。

不正というよりは不適切・不適格な会計処理が存在した、というだけの話ではあると思うが

主に政治活動使用された費用についてはそれは公金なので返金するべき、というのが自分スタンス

支援活動政治活動の境目をなあなあにして不可分にしようとしている(様に見える)点については

悪質性を感じるという人間が出るのは当然だろう。

個人的には「良かれと思って」やっている事だとは思うが、良かれと思って公共性に反した行為をやって良い訳では無いので

今一度公金、つまり一般市民税金が使われている自覚を持って、後処理にあたるべきである

私的政治活動団体活動と繋げたいのであれば、自前の資金でやれば良いだけの話なのだから


③はColabo及び支持者の主張だが、裁判住民訴訟を起こす権利は、国民全員に等しく付与されているものであり

何がリーガルハラスメントなのか、住民訴訟濫用であるかは、法の平等の下、法的に認定される必要性がある。

認定されなければあくまでも一方的な主張であり、その一方的な主張をマスコミを使ってさも事実である喧伝した事は

法の下の平等否定基本的人権の否定、ひいては民主主義社会否定であるとすら考えられる。


例えどんなに暇空が悪質な人間であろうとも、活動疑念を感じ裁判を起こす権利住民訴訟を行う権利

法的に否定されない限り否定されるべきものでは無い。

まるで「何がリーガルハラスメント濫用かは我々が決める」と言わんばかりの強気な態度は

公共性公益性が求められる公金事業に関わるべきでは無いし、関わってはいけなかったのでは無いか

という疑念を強くさせられる。


「良い事をしているのだから良い団体なので何も問題は無い」「良き事をする人達に指摘するのは悪である

という意見を語るブクマカ増田散見されるが、まさしく思考停止に陥ったエコチェンバーに他ならない。

「人の善意は悪意より恐ろしい」という言葉意味理解出来ないものだと思われるが

善意から多少のミスは許せ、公共性に反し被保護者含めた一般市民公益性に反しても「良い事」だから許せ

というのは、自民党ナチス盲目的に信用する脳みその無い家畜と何が変わらないのだろうか?


Colabo問題は余命事件と同じ陰謀論では無いのか?


恐らくこういった趣旨意見を書く増田ブクマカは多いだろう。

しか陰謀論か否かは裁判真実か否かを判定すべきであって

陰謀論では?」という意見を語るのは全く問題無いが

陰謀論だ!」と断定するのは、時期尚早と言わざるを得ない。


そもそも公共性のある問題に対しての疑義を「陰謀論」として片付けるのは

ナチスユダヤ人の主張を「ユダヤの陰謀」として弾圧したのと同義に思えてならない。

モリカケサクラ問題が、どれ程陰謀論だと語られただろうか?

統一教会問題が、山上が最終的事件を起こすまで陰謀論として語られていた事を知らないのだろうか?

北朝鮮拉致事件が「差別主義者の陰謀論」として、有識者議員までもが堂々と主張していた事実を知らないのだろうか?


ある事象に対する疑義が余程の荒唐無稽では無い限り、真か否かが証明されるのは裁判判決であったり

あるいは歴史の結果として証明されるまでは分からない。

少なくとも私には現時点ではかの暇らの疑義が全て陰謀論だと否定する根拠を持たない。(と同時に、全てが真実だと信用たる根拠も持たない)

アノンカテゴライズ陰謀論者の烙印を押せば全ての疑念封殺されるのは民主主義否定に繋がる。

人達がその血を持って築き上げた市民社会の理を否定する道理があるとするならば、陰謀論を語るものこそその道理証明すべきだろう。

不可能だと逃げるであれば、それはただの陰謀論を語る陰謀論者でしか無く、余命事件に群がった脳みその無い家畜の群れと同等である


何故余命と暇空は違うのか?


ここまでに書いた通り、公共性公益性の有無があるが故に

ネトウヨキャンセルカルチャーと言える余命事件には公共性が全く無い一方

公金が支出された事業に対し「公共性(公益性)に反しているのでは無いか?」

という疑念には公共性公益性が発生するからである


例え発端がひょんなきっか(笑)であったとしても、実際の行動に公共性公益性がある以上

それを否定するという事は即ち民主主義否定に繋がってしまう。


勿論単なる誹謗中傷などは裁判で争って下さい敗訴したら当然の報いを受けろカスしか言い様が無いが

(そして裁判の結果が確定するまでは 推定有罪冤罪を発生させた草津事件の再来になってしまう)

その誹謗中傷の中に、「公共性公益性が求められる団体への疑義」を含めるのは間違っていると考えられる。

公共性公益性否定されたのならば、我々の活動には公共性公益性もあるという事を法的に証明すれば良いだけなのだ

それをせず、前段階で御用マスコミしばき隊という左翼在特会みたいな連中を使って騒ぎレッテルを貼り

あるいは訴訟を匂わせ時には個人情報まで使って威圧異論封殺する行為は、権力権威による一般市民への弾圧のものであり

これこそまさに、集団による威力業務妨害弁護士職務妨害し、圧力によって黙らせようとした余命事件と同じでは無いか


マスコミ党派性エコチェンバー集団を使い大合唱正当性を主張した所で、単なる迷惑ノイズしか無く

今まで同様のやり方で正当性を獲得してきたオール左翼のやり方は極めて公共性が無く公益性に欠ける愚行であるので

悔しいながらも住民訴訟については最後までやり切る事を支持せざるを得ないし

その途上で間違ったレッテルを貼り妨害する愚行も、同様に否定していかなけれなならないのが、リベラリストの苦悩であるとも言える。


追記


党派性エコチェンバーの下らない反応は予想していたが、概ねテンプレート通りで何より。

右のアホも左のクズも同じなのだが、根拠もまともに示さずにジャーゴンレッテル貼りを繰り返すばかりでは

サイレントマジョリティから共感など到底得られそうに無いが、そもそも議論をする気も、議論をしようと試みる理性も無いのだろう。

知性はさておき品性に欠けるのは最近自称左派の主流になって久しく、リベラリストを自認する者としては甚だ残念である

過去ネトウヨと同レベルに陥り、失敗したネトウヨが外面を整える事を身につけた結果、相対的自称左派ネトウヨ以下に成り下がった。

党派性に囚われたエコチェンバーは知性と品性貶める証左と言えよう。


アニメ漫画を叩かれてという動機私怨から公共性公益性は無いというブクマカもいたが、これもまた程度の低い人治主義しか無い。

例えばモリカケサクラ問題を追求した人間の中には安倍首相安倍夫人憎悪・敵意を抱いている人間は少なくなかったが

安倍を憎んでいるか不正を追求する事は即ち私怨である、とはならないだろう。

発端がどうであれ実際の行動が公共性公益性に反する動きを追求する行為から大幅に逸脱していなければ

嫌がらせ妨害では無く(少なくとも法的には)「正しい行為」となる。


正しく無いかどうかは、議論であったり法治主義による判断の結果によって定められるべきである

発端や動機が「正しくない」という客観的事実証明する事もせず、「正しくないから間違っている」と連呼するのは

人治主義の極みというよりナチス染みた選民思想とも言える。

「正しさ」の根拠は、少なくとも党派性エコチェンバーの様な社会ノイズ達が決める事では無いのだから

2023-10-18

anond:20231018153719

コラボ支持者ってすぐこうやって嘘をつくよね、ワザとかな

>約192万円を経費と認めなかった。ただこれを差し引いても、支出総額は委託料の上限2600万円を上回っているため、返還請求はしない。

とある為、まず経費と認められなかった分だけでも

✕129万

◯192万

であり、少しでも額を小さくしようとするささやか努力が見苦しい


また委託料の上限2600万円についても、他の事業と経費を混ぜてないか?高額の宿泊費等(旅行代)は必要支出なのか?沖縄旅行費用辺野古基地反対運動(政治活動)の為の資金では?

会計複数出てくるのは何故?そもそも政治色が強く支援者政治活動に参加させている様な団体公共事業に相応しいのか?

という視点から疑義があり、仮に総合的に見て若年女性支援団体として相応しくないと判断される様な場合は、今まで注入された公金(数千万~億単位)が「結果的には不用な経費であった」となる


貴殿の言い分は「警察交通事故を取り締まっているのだから些細なスピード違反ぐらい見逃せ」という主張と同様であり、スピード違反些細なものか過大なものか、他の違反をしていないかという疑惑がある状況で

それらの疑惑クリアにする為にも調査必要では無いかな?疑う者と潔白を主張する者、お互いの為にさ

2023-10-15

ロシア中国の躍進について

 ロシア中国の躍進は著しい。


 彼らは民族主義アイデンティティ歴史的経緯、更には政治的アイデンティティを背景に、中東南米の主要国家を糾合することに成功した。

 中東においてはサウジアラビアイランアラブ首長国連邦の三ヶ国が今年八月にBRICs入りを宣言し、中東の主要国の大半が事実上中露陣営への参加を表明することとなった。

 また、南米においてはブラジルに次いでアルゼンチンBRICs入りを果たし、南米の二大巨頭が中露への支持を表明した。更には、政治的アイデンティティを背景にベネズエラニカラグアキューバなどの中南米諸国ロシアに対する支持を表明するに至っている。


 成功著しい南米中東に加え、欧州圏やアフリカアジアにおいてもその影響は波及している。


欧州事情ウクライナ戦

 欧州においては、ウクライナ戦争の背後でハンガリーロシア側への支持を表明している。ロシアハンガリー間のガスパイプラインの破壊に、ウクライナ(と恐らくはアメリカ)が大きく関わっていたことが、ウクライナ支持から離脱きっかけになったようである

 また、ポーランドも同じくして、ウクライナに対する嫌悪感を露わにしている。ポーランドウクライナの西に隣接する旧東欧諸国代表する国家であるが、これまでウクライナに対する大体的な支援を行ってきた。歴史的ポーランドロシアとの関係は決して穏当なものではなく、今年に入り米国から数兆円相当の軍備を購入することを宣言するなど、ポーランドロシアに対する危機感は大きなものであった。

 しかし、国連総会においてウクライナ農作物の輸出を巡るポーランド姿勢批判し、実質的に「ロシアの犬」呼ばわりしたことからその対立は鮮明になっていく。ポーランド外相ウクライナへの軍事支援の停止を一時宣言するなど、ウクライナに対して明確な嫌悪を表明したのである。また、NATO及び欧州内での外相会議において、前述のハンガリーと共にポーランド外相は欠席しており、ここからポーランド西側諸国に対する距離感が読み取れる。

 加えて、これはあくまで噂であるが、ウクライナにおいて不足している将兵を補うために、ポーランド軍が水面下で参戦しているとのことであるウクライナの開戦当初の軍備は二十万人程度であったにも関わらず、ニューヨークタイムズなどの報道機関によると、ウクライナ軍での現状の死傷者数は二十万人を超えている。つまり、元々ウクライナ存在していた常備軍はほぼ機能不全になっていると考えてよい。そのような軍備の不足を補うために、外国義勇軍(要するにNATO軍)が投入されていることは周知の通りであるが、その中でもポーランド軍が大きな割合を占めているとの情報がある。

 そのように実質的欧州各国とロシアとの防波堤であり緩衝国を自認するポーランドに対して告げられた、「ロシアの犬」扱いに等しい発言は、ポーランド民族的アイデンティティを大きく傷つけたと言える。このようなことから欧州においても、ベラルーシハンガリーポーランドを中心に、中露への支持を表明し始める国家は徐々に増え始めている。

 また、これは穿ち過ぎた見解かもしれないが、ドイツもまた潜在的な中露シンパとしての可能性を持っている。ドイツの直近六年間における最大の貿易相手国は中国であり、ドイツ経済面貿易面において国策として米国依存からの脱却を推進していた。つまり、少なくとも経済面貿易面においては露骨中国への接近を示唆していたのであるドイツは周知の通り第二次世界大戦における敗戦国であり、その国内には日本同様に米国の大規模な軍事基地存在している。あるいは、そのような現状に対してドイツが何らかの歯痒い思いを抱えているのではないか、という想像は、現実から乖離した妄想なのだろうか。


アフリカ国家傭兵の暗躍

 アフリカにおける影響力も多方面に渡っている。アフリカ歴史的経緯において欧米からの甚大な搾取を受け続けた国家が多く、潜在的反欧米の機運を抱えている。現状アフリカ大陸における経済大国と言えば、エジプトナイジェリア南アフリカ共和国三国であるが、その内エジプト南アの二ヶ国はBRICsへの帰属宣言しており、ここからアフリカ親中露の機運を読み取ることができる。

 また、アフリカにおいては2020年代に入って以来軍事的クーデターが頻発しており、その結果として親中政権樹立されることが珍しくない。そのようなクーデター当事国としては、マリギニアニジェールスーダンガボンブルキナファソなどが挙げられる。このような南アフリカの構成国においては、ロシア傭兵部隊であるワグネルの影響が大きいと見られており、クーデター軍の支援としてワグネル部隊戦闘を行うケースも散見されている。このように、中露はアフリカ諸国に対して軍事的な影響力を増しつつある。

 余談であるが、CNN報道によれば、アフリカで暗躍するワグネルとの戦いにおいて、ウクライナ特殊部隊が参戦しているとのことである

 これは陰謀論などではないhttps://www.cnn.co.jp/world/35209273.html

 何故アフリカ戦線ウクライナ特殊部隊存在しているのか? という率直な疑問を抱く人々は多いと思う。とは言え、このような疑問に対する回答は極めて明瞭であり、要するに、アメリカ軍部はウクライナ軍人を訓練し、傭兵部隊としてアフリカ戦線派遣しているのである。これは決して珍しいことではなく、ウクライナ部隊欧州各国で訓練されており、例えば複数レオパルド2戦車構成される第三十三機械旅団などは、典型的西側諸国の影響下で訓練されたウクライナ戦闘部隊であり、このようにウクライナ人を欧米諸国で訓練して戦線に投入する事例は、今回のウクライナ戦争において事欠かない。つまり、やっていることは元スペツナズ部隊出身兵士らによって構成されるワグネルと同様で、傭兵部隊組織アメリカもまたロシアに対抗するべく率先して行っているのであるアメリカ人口が多い割に経済規模の小さく、また今回の戦争において国力を大幅に減退させることが決定づけられているウクライナという国家特産物として、実質的兵士を挙げているのである


アジア地域

 アジアに関しても中露の影響力は増しつつある。中東に関しては上述の通りであるが、例えばベトナムベトナム戦争という歴史的経緯から米国に対する不信感が強く、ロシアとの協調路線が強く窺える。中国とは歴史的経緯文脈対立することが多いが、軍備面でロシアへの依存を強めるなど、ベトナムロシア中国を中心としたBRICs陣営との親和性は決して低くない。

 欧州との接続地点であるトルコも、2016年クーデター未遂以来、親露的方針を採ることが目立ち始めた。まことしやかに、当時のエルドアン政権に対して、クーデター示唆する情報が内々にロシアから提供されていたのではないか、という噂が囁かれている。

 また、見逃されてならないのが、インド存在である2000年代中盤には世界二位の経済大国地位約束されているインドは、中露に対して融和的路線を採ることが多い。2000年代世界経済において確固たる存在感を示しているインド立場は幾分流動的であり、必ずしも中露に対して全幅の信頼関係を結んでいるわけではないものの、少なくともBRICsや上海協力機構といった枠組みの中でインドは中露との連帯志向しており、決して欧米との完全な協調路線を歩んでいるわけではない。

 アジアと言えば当然日本もまた中国の大きな影響を受けた国家である。勿論、日本国内には米国の大規模な軍事基地が点在しており、明らかな西側国家としてのアイデンティティを持っているが、ここ数年の日本における最大の貿易相手国が中国であることは周知の通りである。少なくとも、貿易経済の面において、日本中国との距離を縮めると同時に、アメリカから距離を置きつつある。


まとめ

 また、極めつけにと言うべきか、中国による一帯一路構想において、アフリカアジア諸国に対する多額の資金援助が行われている。中国からの貸付によって財政破綻を起こしたスリランカのような不幸な例はあるものの、これまでのところこの一帯一路構想が完全に破綻したという情報は無く、徐々に中露シンパに傾きつつあるアジアアフリカの国々は増加傾向にある。

 更には、中国2030年代には実質的世界一位の経済大国地位を獲得し、その後長らくそ地位を独占し続けることが、各国のシンクタンクにより報告されている。一部日本シンクタンクなどはそのような中国経済事情に対する楽観的な予想に疑義を投げ掛けているが、しかし大筋で中国存在感が2000年代中盤において増していくことは、明白であろうと思われる。中露の躍進は、更に強まりつつある。

 今回のイスラエル動乱の背後には、BRICs参加国であるイランロシアの影があると言われており、ここにもその影響力の一端が覗える。

2023-10-11

チェスなんかよりも女が得意な業界で勝ててないことを問題視しろ

まあこれなんですけども。

チェス、将棋…ボードゲーム界に「男女格差」が残る理由 頭脳戦で「女脳は男脳より弱い」というのは本当か | 概要 | AERA dot. (アエラドット)

上の記事で言ってることは基本的違和感はなくて、要は分母が圧倒的に男に偏ってるから当然トップ層も男ばっかりになるって話ですよね。

 

そういうことはあると思うんですよ。そもそも子供の頃から将棋が好きでもっと強くなろうなんていう女、あんまりいないのわかるじゃないですか。

記事中ではチェス将棋は男の遊びっていうイメージあるからみたいに言われてますが、そんなんあるわけなくない??少なくともプレイは誰でもできるじゃん。

てか男だって大体は一回やって終わりだよ。負けるし強くなれる気しねーから

なんか将棋みたいな(子供にとって)訳のわからんアブストラクトな遊びを面白がれるの、こう言っちゃあなんだけどASDみたいな連中ばっかりでしょ。そんでそういうのって大体男でしょ。だからなんも不思議はなくない?

ブコメ読んでたら碁はけっこう男女の差が縮まってきてるっていう話があって、確かにそれはそうなんだよね。去年最年少でプロ入りした仲邑菫とかもいるしね。ハンマーパンチ上野は棋戦にも出てるしね。

とはいえまあ五十歩百歩ですわな。女の棋士女流じゃないプロにもいるとはいえ、人数比は圧倒的だよ。

 

なんか話それてるけど、つまりそもそもやりたいですか?って話。

囲碁とか将棋とかチェスとかで強くなりたい女の子、そんなにいますか?って。

 

俺がなんか異常なのではと思っているのは、服飾業界だ。

服飾を志望する若者は、女の方がずっと多い。多分8割ぐらいは女だ。そしてアパレル系の会社も女ばっかりだ。

棋士の男女比よりは全然マシだが、とにかく女の方がずっと多い業界だ。

しかも消費する側も女の方が圧倒的だ。メンズファッションマーケットは女の半分ぐらいしかないんじゃないか

(というか、気にしたことなかったが、単にファッションブランドという場合、それは基本的に女向けのものだ。男向けはわざわざ「メンズ」とつけないといけない。わざわざ「女流棋士というのと対照的だ)

そのような状況でありながら、業界トップと言えるファッションデザイナーには、男がかなり多い。俺が知ってるようなトップブランドだと半分以上は男なんじゃないのか?

 

 

とここまで書いたところで実際どうなんかわからんなと思って調べました。

先日までやってたパリコレ2024春夏でショーをやったブランドと、デザイナー(クリエイティブディレクター)と、その人がいつからやってるかの一覧になりますソース基本的ヴォーグジャパン(https://www.vogue.co.jp/tag/2024-springsummer-pariscollection)から

 

ピータードゥ ピーター・ドゥ 創業者
ディオールマリアグラツィア・キウリ 2016~
ドリスヴァンノッテンドリス・ヴァン・ノッテン創業者
サンローラアンソニーヴァカレロ 2016~
バルマンオリヴィエ・ルスタン 2011~
クロエガブリエラハース 2020~
ジバンシィマシューウィリアムズ 2020~
ラバンヌ ジュリアン・ドッセーナ 2013~
キャパレリ ダニエルローズベリー 2019 ~
アンダーカバー高橋盾創業者
ロエベジョナサン・アンダーソン 2013~
ヴァレンティピエールパオロ・ピッチョーリ 2016~
ヴィヴィアンウエストウッドアンドレアス・クロンターラー 2022~
ルイヴィトンニコラ・ジェスキエール 2013~
ステラマッカートニー ステラマッカートニー 創業者
コムデギャルソン川久保玲創業者
シャネル ヴィルジニー・ヴィアール 2019~
ミュウミュウミウッチャ・プラダ創業者
メゾンマルジェラジョン・ガリアーノ 2014~
バレンシアガ デムナ・ヴァザリア 2020~
リックオウエンス リック・オウエンス 創業者
コペルニ セバスチャンマイヤーアルノー・ヴァイヤン創業者
アレキサンダーマックイーン サラ・バートン 2010~
クレージュニコラス・デ・フェリーチェ 2020~
ノワールケイニノミヤ二宮創業者

 

カールラガーフェルドが亡くなったのって2019年だったんですね。なんかもっと最近だと思ってました……

こうしてみると、25ブランド中、18ブランド男性ですよ!!ヴィヴィアンウエストウッドは本人が亡くなったばっかりで、夫によるヴィヴィアン本人のクローゼットを元にしたコレクションと書いてあったので、もしかするとアンドレアス・クロンターラーディレクターやるのは今回だけなのかもしれないですが……

 

でまあ18/25、すなわち72%が男性らしいですよ。トップデザイナーたちは。

いいのか?これで?

女がファッション消費するのだけが好きで作るのはそんなに……っていうんならわかる。それならそれでいい。

でも服飾系専門学校とか、女の方が多いだろうが??(海外では全然違いますとかあるのだろうか。それも調べようかと思ったけどもうちょっと疲れてきましたので有識者補足ねがいます)

女ども、入門だけしといてその先へ行く気はないのか?

それともこれはファッション業界根付構造男尊女卑だというのか?客も、業界人も、ワナビーも女の方が数が多いのにか?(でも、これはなくはないような気がしている。金持っているのは男だし、権力を持った女は男が大好きだし、ゲイがすごいエンパワーされてる業界だし。いや、全て偏見です、すみません

 

とにかくだよ、将棋だとかチェスだとかのしみったれた遊びは陰キャにやらしときゃいいだろうが!!

持ち味をイカ!!!得意な業界でまずは勝とうや!!!

しっかりしろ女ども!!!

 

 

ブコメ言及ありがとうございます。以下追記です

 

 

 

 

その「女が得意な業界で勝ててない」ことが本当に女性側の努力不足能力不足に由来するものなのか、それとも男がトップにいることへの無条件の信頼信用という社会構造に起因しているのか、もう少し考える余地

 

そういうのは実際あるんだろうと思っていて、それはつまりファッション消費者たちは業界の外の芸能界なり経済界なりの人間たちで、そこで男どもが未だに椅子をあけていないからだね。でもさあ、どこのブランドフェミニズムめっちゃ推してるんだよ。ウチの服は女性をエンパワーしますって言ってんの。

それなのにこの状況がダサいって思うの。

 

 

阻害してる人・社会構造があるんよ。「女がやる気がないから」って話は問題半分でしかなく、ココ・シャネルの頃から構造は変わってないのがもう半分

 

私も業界人ではないから実際のところは知らないので、推測でしかないんだが、マジで何も変わってないのか?あんだけMeTooとかやったのにか?

本当に何も変わってないよっていうんだったらもうどうしようもないんだが

 

 

視点は良いけどそこから導き出される結論は残念やな。偏見増田の良い部分を歪めている

 

いや偏見ってどの辺が偏見になるんだよ。

そりゃまあ多分偏見はあるんだろうが、それならそれで正しいバランスのとれたご意見をお聞かせくださいよ。

そうでなきゃおめーの方に偏見あんのかもしれないだろ。100字で足りなきゃ増田に書けよ。

 

 

この、自分世界観人間観への圧倒的な確信から繰り出される力強い(※婉曲表現)男女論、なんか既視感あるな……

 

確信なんかしてねえんだよふざけるな。日々迷いっぱなしだわ。「力強い(※婉曲表現)」てのは何らかの揶揄だよな?疑義があるなら真面目に書いてくれ。

既視感があるっていうなら思い出して書名でも書いてくれ。

 

 

“女ども、入門だけしといてその先へ行く気はないのか?"ないわけなく、それを解きほぐしていかないとねってずっとみんな言ってると思うんですが…

 

そうだよね。ずっと言ってる。100年ぐらいは言ってるんじゃないか?それでこの体たらくはどうしたって言ってんの。

 

 

この手の勝ち負けがハッキリとな分からないジャンル差別がキツそう(無意識偏見評価が変わってしまう)

 

それはあり、でも改善はしていると思う。実際、人種とかデブかについてはかなり多様性担保していこうねって感じになってると思う。

勝ち負けに関しては、まあブランド成功してたら勝ちでいいんじゃない?そんでパリコレでショーやれるってのは、ハッタリとかがあるにしても、一定成功指標ではあるのではと思います

 

 

「女が輝く職場」と誇るアースなんちゃらも経営陣はセクハラおっさん寡占で、女は店舗運営のみ https://fumufumunews.jp/articles/-/17409 https://www.asahi.com/sp/articles/ASN366TW7N36ULFA043.html ストライプにかぎらすアパレル全般そうよね

 

結局金を出してるのが男っていう場合結構あるだろうね。

だけど現代はさあ、もう「女だから」で排斥しづらくなってんじゃないかと思うんだよね。だから言い訳しづらくなってきてると思うんだよ。

これからってことなのかなあ。頑張れみんな

 

 

東コレはどうなんだろ。パリコレは並のドメブラじゃ金続かないからキツいでしょ。女性だとツモリとか山本耀司の娘のトコとかmameあたりはパリでてたけど今どうなっとるのん

 

mame、なんかこないだのパリファッションウィークのショー一覧の中に名前あった気がする……

かに国内ブランドだと経営女子みたいなのけっこういる気がする……他のブコメでも言われてたけど、世界トップまで目指そうって人はあんまりいないってことなのかなあ。

 

 

ファストファッションカジュアルブランドデザイナーだと男女どっちが多いんだろう。デザイナー全体のすそ野が男女どちらが多いかによって、結局、世界中の産業の男女差の問題と同様に帰結する気がする

 

かに…….ワナビーに女が多いのは明らかなんだけど、プロまで行ったやつの男女比ってどうなってんだろう。


てか返信書いてるうちに思ったより反響もらったな。増田がこんなバズったことないから嬉しいわ。

 

 

※以下再追記です

 

 

すごい伸びてくれてありがとうございます

 

 

ブコメ結構言われてて、トラバでも露悪的に書いてくれてる話で、出産育児の話があって、まあそれはあるよね〜ってなりました。

ただまあ、考えると残念なのは普通の女のキャリア出産育児でアレするとかはクソではあるけどこれからだよなって思うんですけど、

トップ層の才能と強さがあるような女たちでさえそうなってしまうんか……??ということです。

だってセックスはともかく、出産はしなくても良くないですか?うっかり産んでみたとしても、育児なんかパートナーにでも友人にでも丸投げしたら良くないですか?

そうではなくて、やっぱり子宮本能には逆らえないっていうんなら、すげえしんどい話だよなと思うんですよね……

いやまあ、最終的には個人個人で戦っていけってことでしかないんですけどね!!

でも統計的に女がそうっていうなら、やっぱ社会構造も変えられなくない?って思っちゃうんだよな……



あとASDを雑に揶揄したことに関してですが、完全に私の不徳です。すみませんでした。

強い言葉を使ってバズりたかったために、わざとあのように書いてしまいました。本当にすみません

私自身は、ASDについて、個人特性という以上には特に何とも思っておりません。


 

※再々追記

ホッテントリトップに入ってる!!超嬉しい。

ちなみに、上で「しっかりしろよ!」などと言っていますが、自分は具体的な行動はできていないと思いますし、実際のところ具体的な行動って何?という感じもしています

まあ日々の仕事粛々とやっていくしかないわなというのが正直なところです。

もちろん、不当な扱いを受けたor誰かが不当な扱いを受けているのを見たら、それはその都度、ちゃんと言っていかなくてはな、と思います(その時その場で正せるとは思わないですが、少なくとも表明だけはしていこう、ということです)。

あとヴォーグジャパンパリコレレポート記事が追加で出ていましたね、エルメスアンリアレイジ、ヨウジヤマモトジュンヤワタナベってやっぱ男ばっかやないけという感じもしますが、エルメスゴルチエの後はずっと女性じゃなかったっけ?(今調べたら違いました。すみません。今は女性ですが)

 

 

とにかくこんな雑な語りに付き合っていただいて感謝いたします。

いろいろ新しいことを考えられてとても楽しかったです。仕事をサボって調べた甲斐がありました!

2023-10-03

anond:20231003104659

詭弁の特徴のガイドライン に照らし合わせて検証

男が女性飲み会に呼ぶ時、男は多かれ少なかれ女性コンパニオン的な役割を期待している。それは、お酌をする、料理を取り分けるといったものから、単純にその場にいることによって華やかになる、といったものまで。

客観的根拠提示されていないので「4.主観で決め付ける」に該当

女性がその役割を果たすかどうかに関わらず、男はこれを期待して呼んでるだろう。そうではない男は見たことがない。

口ではそうではないと否定しても、現実にはお酌をしないと、取り分けないと、無愛想だと露骨に不機嫌になる。それを隠そうともしない。

これも客観的データが示されていないので「4.主観で決め付ける」に該当。「そうではない男は見たことがない。」って書いてるくらいなので100%主観だよね?

男が女性女性役割を期待してるのは、言外のルールのように認められているのに、会計の時だけ白ばっくれて男女平等を主張するのは、男の欺瞞しかない。

「4.主観で決め付ける」はもちろん、「11.レッテル貼りをする」にも該当

本当に男女平等で割り勘を主張するのなら、女性は男に気を遣わないし、不愉快なおじさんには「キモい」「勘違いすんな」と歯に衣着せずもの言うけど、それは許さないんだろう?女性女性役割を期待しながら、割り勘だけは男女平等にしようとするのはミソジニーしかない。

「4.主観で決め付ける」「11.レッテル貼りをする」辺りが該当。

払いたくないなら、そもそも女性を呼ばなければいい。見ず知らずの女性が呼ばれて、それに対して疑義も挟まなかった料理研究家は、内心では女性サービスを期待していたんだろう。そのサービスを受けたかどうかは知らない。だが、最初文句を言わなかったのに、会計に対して不満を述べるのは、男のミソジニーしかない。

「7.陰謀であると力説する」「8.知能障害を起こす」「10.ありえない解決策を図る」「11.レッテル貼りをする」辺りが該当。

男が割り勘を主張するな

男が女性飲み会に呼ぶ時、男は多かれ少なかれ女性コンパニオン的な役割を期待している。それは、お酌をする、料理を取り分けるといったものから、単純にその場にいることによって華やかになる、といったものまで。

女性がその役割を果たすかどうかに関わらず、男はこれを期待して呼んでるだろう。そうではない男は見たことがない。口ではそうではないと否定しても、現実にはお酌をしないと、取り分けないと、無愛想だと露骨に不機嫌になる。それを隠そうともしない。

男が女性女性役割を期待してるのは、言外のルールのように認められているのに、会計の時だけ白ばっくれて男女平等を主張するのは、男の欺瞞しかない。

本当に男女平等で割り勘を主張するのなら、女性は男に気を遣わないし、不愉快なおじさんには「キモい」「勘違いすんな」と歯に衣着せずもの言うけど、それは許さないんだろう?女性女性役割を期待しながら、割り勘だけは男女平等にしようとするのはミソジニーしかない。

払いたくないなら、そもそも女性を呼ばなければいい。見ず知らずの女性が呼ばれて、それに対して疑義も挟まなかった料理研究家は、内心では女性サービスを期待していたんだろう。そのサービスを受けたかどうかは知らない。だが、最初文句を言わなかったのに、会計に対して不満を述べるのは、男のミソジニーしかない。

2023-10-02

アスミカケル1話感想

2023/10/04 追記: この日記週刊少年ジャンプにて連載中の「アスミカケル」の感想文になりますが、以下のような特徴がありますので先に注意点をば。

【注意点】

基本的感想フラットに思ったままを書いています

 悪い言い方をすれば、何も考えずに脳死で書いてると言っても過言ではないです。

 特に何が良いとか悪いとか考えず、ただ見て感じたものを書いてるだけなので、場合によっては褒めてるように見えたり、逆に貶してるように見えるかもしれませんが、どちらでもないです。

 赤い色を赤いと言うようなレベル稚拙な見たままの直観を出しているものと考えて頂ければ幸いです。この山は大きいなぁとか、そのレベルです。

 たまに「あっこの川、深いッ!」みたいな多少の感情は乗るかもですが、基本フラット自分にとって快不快を問わず感情が乗るのは良い作品だと思っていますよろしくお願いします。

②たまに何かから引用する事がありますが気にしないで下さい。

 上記の通り脳死で書いてるため、連想ゲーム的に他作品(他の漫画とかアニメとか)の内容やセリフなどを引用したりする事がありますが、比較のためではありません。

 つい「この人の髪型ハンバーグみてーだなぁ……」みたいな事を言うかもしれませんが、その人やハンバーグを貶めたり、逆にそれを理由に名作と引っ付けて評価を上げるような意図とかも無いです。皆無にして絶無です。

 そのような比較や同一視は両方の作者や作品に対して失礼であり、あくま自分の中では全く別のものだけど連想してしまったに過ぎないので、あくま個人の感想である事をご留意して頂けませば幸いです。

 

③同様に、何かしらキャラ演出などについての評価をする事もありますが、それ自体特に作品や作者の評価ではないです。

 もし仮に私が「このキャラ不快だなぁ」と言ったからといって、それが即ちその作品や作者が不快という事でもないです。不快キャラを出すことで、相対的に他のキャラの株が上がる事もあります

 世の中にヤベー人間いるからといって、即ち世の中がヤバい訳ではないように。その作中世界や世界の中の"もの"と作品との評価は全く異なるものであり、なんなら邪悪人間しか出てこない邪悪世界作品でも面白い場合もあるかと思います

 世界最高のコントラバス世界最高の尺八奏者世界最高のDJコラボしたところで、どうひっくり返っても「世界最高のジャズ」が生まれるなんて事はないように。要素同士の相性が良くなければ作品はチグハグになります

 演出とか構成とかストーリーとか諸々の要素が全て満点でも、それらが噛み合ってなければ作品として成り立たないように、あくまで要素と作品全体の評価は別物である認識して頂ければ助かります

 合言葉は「だが。それがいい」。大事だと思います

④また、自分目線はどちらかと言えば創作目線気味で「自分が作者だったらこうするかなぁ……」みたいな事を考えがちな傾向がありますが、だからといって作者へのリスペクトが無いわけではないです。

 そもそも自分創作者というより鑑賞者なので、岡目八目で「ああすれば良いのに」「こうすれば良いのに」と言ったところで自分自身が実際にそれを出来るかどうかと言えば答えはNoです。

 あくまで読者としての視点しかないため、実際に締め切り(納期)通りに同等以上のものを仕上げれるわけではないですし、実際その作品と同じテーマ自分表現するとしたら、それは作者の出す作品とは全く別物になると思います

 素人や読者の視点というのは独り善がりなものであり、あらゆる創作者には個性があるし個々の事情もある。その全てを重んじ、リスペクトしていきたいと自分は考えています

ここから 2023/10/03記入の本文(原文ママ):

アスミカケルを電子ジャンプバックナンバーにて読む。概ね1p毎に気付いた事などを書いていく。

とりあえずざっくりカラーの1p目(ジャンプ本誌3p目)。最初の「痛いのは嫌いだ」「苦しいのも嫌いだ」「強いから何だってんだ何の意味がある」「怖い…なのにどうして…」「戦わずはいられない…!!」

この部分で恐らく作品テーマを開示している。要するに、不快さやデメリットを抱えると分かっていても「人が戦う理由は何か」が主題であると思われる。そのため、最初の掴みとして「殴られたり極められる人」を描き、「それでもなお血の滴る道を進む」という事を示唆している。

どうも火ノ丸相撲の人が描いてる漫画であるらしい。火ノ丸相撲もそうだが、格闘漫画それ自体自分にとっては基本的に相性が良くない。ただし、これはリアルに起因するものなので無視しても良い。表紙については前述のページと同じく、一部を除いた全員が前方向を向く事で戦いにポジティブな要素を示唆しているものと思われる。

次。ジャンプ本誌26pより本編開始。ここで何気なくだが、やや不自然明日見家の全員をネームプレートに示している。これは古くは沼駿先生の「左門くんはサモナー」に於いても使われた手法だが、「左門くんはサモナー」の場合特定意図を持って何度も示されている事に注意したい。ここでは現状、明日見家の全員を紹介する以上の意図は汲み取れない。

家長である祖父の獏は覇気がなく、物忘れ気味な事が示唆されている。また、リフォームをした事および、その前に配偶者(祖母)を亡くしている事も先のネームプレートから汲み取れることが分かる。ただし現状、そこまで読む必要はない。次のページでは息子たる和虎をリフォーム後に亡くしている事が分かる。恐らく獏はリフォーム後に忘れ癖が出ているものとも考えられる。

ここで出ている長女と次女らしき人物は羚と三羽か?最初は二兎だと思ったが、二兎が主人公であると思しき少年であった。兄は一狼。二狼でなくてよかった(良くない)。名前の由来は原則として動物に由来するものと考えられるが、祖父が夢を食べると言われる獏なのは意図してのことか。であるとするなら、他の名前にも意図があると考えて良いだろう。次。

二兎が一般的より冴えない、やや怖がりの高校生として描かれている。ここで最初のページに示されている恐いという部分が示されているため、キャラ付けとしては重要だが、演出として主人公への広い共感を呼ぶという感じはしない。次。

そこで友人が守ってくれたり、格闘技の道について示される。友人が最初は強い(主人公を護る勇気を示す)という点では鵺の陰陽師と同じくしているが、鵺の陰陽師よりは凡庸とした見せ方ではある。逆に言えば奇を衒っていないという事でもあるので、まあ王道と言えるが、王道なりの見せ方として絵力による演出がもう少し欲しいというのは読者として欲張りだろうか。次。

そこで主人公が機転を利かせて窮地を脱するという形でキャラを示す。これも基本的には読者に共感というよりは離れていく方向の形だが、前述の「怖くても戦う」という部分を見せるためにはギャップを作る必要が出てくる。しかし昨今の読者は言うなればせっかちなので、私も例に漏れず「ここで主人公が魅せる部分だろう」という感覚がある。

引き続き、格闘技への道を示すシーンが続く。ここでも主人公はひたすらに怖さを出す。しかキャラ付けとして一貫しているといえば一貫しているが、ややくどさも出てくる。怖さばかりをピックアップするので、恐らく意図しての事だろうと思われるが、やや強すぎるのではないかとも思う。次。

まだ主人公の弱音は続くが、ここで漸く主人公資質を見せるシーンが出る。ただしあくま受け身である。これもスマートに避けるとかでなく受け身なのは、やはり痛みなどを受けるという部分が思想としてあるのだろう。その上でダメージコントロール技術としての受け身を出すのは理には適っているが、インパクトとしては地味だ。次。

主人公最初に示した好みのヒロインを出すページ。ここでも格闘技。これで格闘漫画じゃなかったら何なのかとなる格闘押し。もう少し展開が早くても良い。体幹概念を出すが、ここで問題は「体幹とは何か?」というのを主人公が知っている事。逆にいうと、ここで体幹について知らない読者に「体幹とは?」と疑問を持たせる効果はあるだろうが、やや濃ゆい

そしてヒロインの置かれている立ち位置も出しつつ、先程に書いたMMAを出す。しか主人公が覚えていない。作中時間が経っているのは分かるが、読者としては一瞬なので「…「MMA」って何だっけ…?」は、ややくどい気もする。が、このくどさは恐らく想定する読者層によるのだろう。要は、流れで適当に読んでる読者に向けて思い出させる効果を狙うものと考えられる。そして再びの一狼。次。

物忘れ気味な「じいちゃん」によるMMA解説と、かつ祖父ギャップ提示。これにより確実なまでに明日見家が武術一家である事を示している。わざわざ道場を別個に建ててるのだから当然そうなる。しかし、そう汲み取れない、つまり格闘系の文脈に疎い読者には「急に謎の道場!?」となりかねないコンテクストありきの部分なので、やや不親切か?次。

再び「じいちゃん」(獏)の物忘れと、残りの家族や更に家庭環境を明示。(羚以外)。手帳重要ものだとも示す。次。

ようやく羚の名前が出る。個々の負い目を提示するシーン。回想に入る。次。

過去回想。まあ家庭環境という感じだ。再びの不穏さを提示しながら次。

イジりからイジメに。まあ主人公の情けなさを散々に提示しているのだが、それと対象的に友人とヒロインの格が上がる。次。

ヒロイン戦闘能力に対し、再び主人公能力を示すシーン。基本的に技を受ける事が前提で話が進んでいく。ひたすらテーマに沿わせようとする意地は分かるが、ここまでくどいと自分としては結構と気になる。

ここで舞台装置だった不良についてはスルーされ、ヒロインの家がMMAなり格闘技関係事務である事を示唆しながら次に。

MMAジムヒロイン目的目標開示。一応、不良にも逃げたというフォローが入る。ヒロイン主人公を見定めている事も暗に示唆しつつ、友人が前進。次。

兎にも角にも主人公の人柄を示しまくる。リアルでなら良いが、漫画なのでくどく感じる。説明は少なすぎても多すぎても良くないが、サラッと流して欲しいのが個人的感覚

戦うヒロインなので眼鏡を取るのは当たり前だが主人公が割りと欲求に素直である事も同時に示される。格闘技説明が入ったため、とりあえず一旦ここから暫くは感想を書きながらでなく流し読みで良いと判断

どうでもよいが、遠目にヒロインを見るとシルエットだけならワールドトリガー宇佐美栞に似ている事に気付く。閑話休題。これらの説明類は、大なり小なり格闘技に対して事前知識があるか、興味が無いと頭に入らないのではないかと思う。

主人公体験パート。「当て勘」など格闘技ワードが続く。この場合は「距離感位置関係の把握など、空間把握と自身身体把握ないし操作とがズレている」と考えれば良いが、兎にも角にも主人公の魅力が地味かつ描かれないのが続く。1話も中盤に差し掛かるが、これで大丈夫なのだろうか。次。

フォローとばかり「明日見」の武術について示唆しつつ、また回想と次ページで不穏な事が起きますよというコマを使う。濫用では?次。

不良の顔も三度まで。次。

ここで漸く主人公が「強さ」を示す。

まあ一線を超えるまで強さを示さないというのも良いのだが、良くも悪くもリアル人間という感じで創作物としては何とも。

ワンピース1話で言うならシャンクスが酒をぶっかけられるくらいのラフさと、銃を抜いてから豹変という所に、ここまでページをかけるのか……という感想が強い。

良く言えば丁寧ではある。そして主人公武術活躍するのを示唆して次に。逆にいうと、こういう「丁寧だけど驚きが無い」というのが強い特徴に感じる。火ノ丸相撲は本誌かつ序盤しか読んでいないので記憶が薄いのだが、こういう作風なのだろうか?次。

戦闘シーン。組んで、回転させて壁に衝突させ、足を抜いて相手の力を利用して投げ飛ばす。簡単に言えばこれだけなのだが、こういう限られた空間でのストリートファイトは少しコマ割りと構図に工夫をして分かりやすくしていくと有り難いか

あと「殺れ」はガチ古武術としての教えなら分からなくもないが、MMAメインなのと主人公キャラには合わない。ここは「躊躇うな」とか「そのための備えをしろ」だけで止めても良いとは思う。次。

ここも戦闘シーンだが、やはり武闘経験がある前提での描写が目立つ。別に理として間違った事は書いてないし描いていないのだろうが……

こういう部分が多いのは、アスミカケル自体格闘技経験者に向けた漫画なのだとして割り切った方が良いだろう。次。

組技系の格闘家としての主人公披露。当て勘のなさや受け身など攻撃を受ける前提の描写に納得はいくが、絵的に不良のほうが目立ってしま演出

ここは思い切って主人公を目立つよう分かりやすく上に描いても問題は無かったと思うが、何かしらの意図があるのだろうか。よく分からない。編集者が気付かない訳がないので、まあ何かしらの演出なのだろう。次。

ヒロインによる制止と事態収束、および疑義の投げかけと解説。ここも最後コマ示唆。……「丁寧といえば丁寧」。次。

最終的に格闘技について前向きにはなるという所で終了。

総評……非常に申し訳ないのだが、主人公言うなれば「極力リスクを負わずに良い所だけ取っていく」という印象が強い。50点のために、解ける問題を解かないというのが事態悪化させているまである。そこまで考えていないといえばそこまでだが、どちらにせよお調子者という感じで自分には理解し難い。

また、話運びや演出等については丁寧で王道チックだが、それ故に意外性が低く、かつ格闘技関連の説明描写などが読者の格闘技についての知識想像力依存しているため、一話で読者をもぎとるには少し弱いところがあるのではと思わなくもない。それをスルーさせるだけの演出力がもう少し欲しいように思わなくもない。

どちからといえば(古い)マガジンとかチャンピオン向けの話を、あえてジャンプでやってる……という感覚が強く、火ノ丸相撲のように「相撲について分からない人でも付いていける」力があるかと言われると、少し怪しいところがあるのではないかと感じた……個人的感覚だが、まあ格闘技経験者なら考えずに読めば気にならないのかもしれない。

主人公以外のキャラクターについては、良くも悪くも魅力的かというと何とも言い難い。ヒロイン自体は良い感じに読者を引っ張ってこれそうなキャラをしているが、同時に少しキワモノさも併せ持つ。こういったニッチだったり少々リアル性格的要素を持ったキャラを扱う場合、週刊少年誌というより青年誌月刊誌向きなのかもしれない感じはある。

概ねそんなところか。次話以降については、また時間のある時に読んで感想を書くかもしれないし、書かないかもしれない。ひとまず終了。

ジャニーズ会見の例の記者、周囲が見えてなさすぎ問題

今回に始まった話では全く無いのだろうけど、中立対立側の立場人間から自分の行動がどう見えるか、どう言われるか、という外面の部分を考えられてなさすぎる。

今回の件が社会的に許されざる問題で十分に追求される必要があるのも全く同意するし、その前提を踏まえて1メディア1質問というルール自体疑義があるのもまあわかる。

わかるのだが、現実問題として会見場や関係者の持ち時間、あの場に集ったメディアの数、諸々加味して考えれば現実的にそれぐらいの制限をつけざるを得ないのは納得できる範疇の話でしかない。

そこを忖度してやる義理はない、最大限時間を確保するべきだと言いたいにしても、それは後から記事報道の中で指摘するとか、それと合わせて追加で質問状を送ったり追加取材に行くなりして継続的に問い詰め続ければいい話であって。

少なくとも、同じ場に集った上で、場の状況を乱さず時間無駄にせず、まともに質疑応答に参加していた他メディアや、それを通して会見を見ていた多くの視聴者時間を奪うような形にしてまで自分ルールで動いていい……ということにはならない。

周囲との扱いの平等性とか対応する側のリソースとか、そういうことを一切考えず最大限のサービス一方的要求しているあたり、クレーマー気質の動き過ぎて、普段生活で遭遇するその手の輩と被って印象が悪い……と感じる人、結構多いと思うよ。

まして、今回の件は被害者加害者構造がかなり入り組んだ問題だし、直接の加害者(=絶対的な悪)はもう死んでるし、その後継者は不出席な上、追加情報被害者性を強調することに成功した直後だった(こういう言い方も嫌だが)。

総合的に考えて、今回の会見における記者側は「社会悪攻撃する正義記者としてズバズバ突っ込んで拍手喝采」……というような形を一方的に取れるようなポジションでは明らかになかった。

そこを無理押しした挙げ句結果的には「ルールを破る記者」対「上手く受け流して場を収めた現ジャニーズ側」の構図で報道されるような形にハメ込まれて、というか自らハマりに行って、自分の印象をますます落とすような形に持ち込まれた。

本人の指摘している内容とか主張がどうとか以前の問題として、一般人目線なんて主張の内容よりはまず「印象」が先にあるわけで、その点で例の記者自分の「印象」を把握したり演出したりするのが下手すぎる。

あの場でああいう立ち回りを取ることで、自分がどう見られるか、どういう報道タネにされどういう印象がつくか、それを通して自分記事報道内容がどう見られるか……を考えられていない、というのが記者として一番深刻な問題じゃないかと思う。

2023-09-27

「税務官僚だった頃の思い出」は嘘か誤りが多い

税務官僚だった頃の思い出 Part1/3

https://anond.hatelabo.jp/20230926201301

この増田ブコメを集めている。

明らかにおかしい点と疑義がある点があるので突っ込んでおこう。

四十代で転職した税務官僚とのことなので、国家1種試験国税庁採用であることを前提とする。

疑義あり)

今までの面接は、無機質な長机とパイプ椅子のものだった。だがその時は、四角いどっかりとした檜机と、ふかふかの椅子だった。

国税庁では少なくとも管理職による面接までは原課面接(人事による面接ではなく、実際に別の仕事をしてる担当者係長~補佐クラスが多い)のところまで赴いて話をする仕組み)を行っていて、実際に働いてる者のデスクの側で面接を受ける形だ。なので「無機質な長机」どころか机すら用意されていないことが通常だ。

(明らかにおかしい)

その場で最終合格が遠回しな言い方で告げられた。内定通知は賃貸アパートに届いた。

国家1種(をはじめとしたいくつかの国家公務員試験)は最終合格内定が分かれている。

人事院による国家1種試験あくまでも国家1種として採用されるための資格を取得する試験だ。これに最終合格した上で、希望する省庁から面接を受け、各省庁から内定をとる必要がある。

したがって最終合格とは人事院試験合格のことを言い、国税庁から最終合格を得ることはできず、内定内々定しか得ることはできないので、この記載は誤りだ。

更に当時は最終合格の前に省庁から面接を受け、省庁から内定を受けた上で人事院の最終合格を待つという仕組みで、内定を持ちながら最終合格できずに採用されない者がでることも珍しくなかった。なので受験生は最終合格内定は厳密に使い分けており、ここで間違えるのは考えにくい。

加えて国家1種の場合内定者の倍~3倍(年度によってはそれ以上)の合格者を出すので、最終合格内定の違いは受験生ならピリピリして使い分けるものだ。

しかも、内定通知なんて出す省庁は聞いたことがない。届くのは精々官舎等々の事務手続きのための提出書類程度だ。

(明らかにおかしい)

できるなら上の方まで昇進したいとは考えていたが、審議官とか、次長とか、長官とか、そういう地位はむしろ遠慮したかったし、私の学歴だと奇跡が起きても難しい。

学歴問題ではなく、国税庁次長長官財務省大蔵省キャリア指定席国税庁キャリアの就くポストではない(例えば森友問題話題となった佐川宣寿氏は最終ポスト国税庁長官だが、彼は財務省大蔵省キャリアだ。)。

国税庁キャリアの最終ポスト内部部局部長東京大阪以外の地方国税局長だ。

できるだけ昇進したいと考える国税庁キャリアでここを間違えるのはあり得ない。

疑義がある)

40代前半になり、管理職意識した仕事の進め方(実務中心→マネジメントへ)を検討しはじめた頃だった。ずっと同じ部署で働いていたわけではないが、新卒からほぼずっと法人課税一本だった。

税務署勤務になった場合もっと早く管理職に就くので意識が遅いのでは。また二年に一度は異動のある国税庁キャリアでずっと法人課税というのも可能性がないとは言わないが極めてレアケースだ。

一年で一桁(近年では若干増えてて二桁の年もあり)の採用しかない国税庁キャリアでこんな情報を書いたら容易に特定可能になる。

(明らかにおかしい)

繰り返すが、四十前半であれば課長管理職)になってもおかしくはない。平均的には43,44ほどで課長に昇進するイメージがあった。(略)霞が関の一人親に子育て不可能であるため実家に預けている。

国税庁キャリア40代前半で国税庁課長になることはあり得ない(財務省キャリアならあり得る)。早くて40代後半で50代でも珍しくない。

というか国税庁キャリア国税庁課長になれるのは少数派だ。中央省庁課長ってのは一般的イメージよりもかなり偉い。

年齢的には国税局課長ならあり得るが、「霞が関」と述べているのでこれもないだろう。

まとめ

少なくともこの方が国家1種の国税庁採用者というのは、これらの記載がすべてフェイクでない限りは嘘だ(しか身バレ関係ない部分でフェイクにする意義に乏しい)。

別の採用枠(例えば国税専門官試験)だったり詳しい人が身近にいて業務内容を聞いている可能性はゼロではないが。

何故こんな嘘を書こうと思ったのだろうか。

そしてブコメで内容を信じちゃっている人が複数名いるようだ。まさに「嘘は嘘であると見抜ける人でないとはてなを使うのは難しい」

ブコメから

霞ヶ関課長ってそんななるの難しいのか…

国税庁場合、本庁課長ポストが13個。課長級としても16個。

うち半分くらい(正確な数は知らない)は他省庁(主に財務省キャリアが就く。

課長はだいたい2年間のポストで、また複数課長に就く者がいることを考えると国税庁キャリアで本庁課長に就けるのは出世組と言える。

ちなみに、本庁に限らなければ同格(本省課長級)のポスト国税局部長を中心に多数あるので国税庁キャリアであれば、よっぽど評価が低くない限りは就くことができる。

シン・ゴジラで本省の課長級の人物落ちこぼれとか厄介者と評されていたのはおかしいと指摘されてな

ちなみに本省採用事務区分法律経済行政)の場合財務省採用であればまず本省課長まで行ける。

文科省だと全員は厳しい。よってシン・ゴジラ文科省課長さんは内部的に評価は低くないはず。というか局長さんもいたよね、あれ。

外局採用(今回の国税庁とか)だともっと厳しい。

ただ出先の部局長など、本省庁の課長級と同格のところなら大抵のところで問題なくいける。

キャリア官僚にとってはそのひとつ上の指定職(本省審議官・管区機関局長)に到達できるかが出世の目安となる。もちろんここが通過点に過ぎない人もたくさんいるけど。

余談だが役人の「エラさ」はこれを見ると分かりやす

https://www.jinji.go.jp/gaisannkyuubetu/

偏差値50の大学で国1合格って設定が無理があると思うけど。

国1(総合職試験はそんなに難しくないので合格不思議に思わないけど採用となると全省庁で年に1~2名とかだろうね

国家I種だけを官僚と呼ぶのは世間的な認識でズレてる。国家I種(ガチエリート集団)・国家Ⅱ種(一般大卒が多い省庁勤め)・国家III種(高卒採用枠)、広義の定義はいずれであっても官僚増田はII種だと思うよ。

定義についてはおっしゃるとおり。

なので「別の採用枠(例えば国税専門官試験)だったり」と書いた。

ちなみに国税庁は2種(現一般職)の採用は行っておらず国税専門官試験から採用しているが、その場合でも即国税庁勤務となるのではなく、出先機関からの配属となり、この点で元増田記事とは矛盾が生じる。

キャリア官僚現場体験しないイメージがあるかもしれないが、別にそんなことはない。入庁二年目から普通に現場だったし、30才を過ぎて地方支局で働いてる人もいる。

また、出世についての発言に大きな矛盾が出てくる(四十代前半で国税専門官採用課長なんてのは本庁どころか国税局ですらあり得ない)。

2023-09-26

anond:20230925220323

議員会館使って記者会見した。議員名前は出しません。

会計疑義があったけど持ち出しなのでセーフ!!

補助金事業申し込めなかったのぴえん

このへん反映してないのはわざと?

2023-09-22

自転車に乗ってたら危険運転だって赤切符とやらを切られたんだが

追記

ブコメでもしつこく書いている人いますけど、交通違反は悪いことです。ルールは守れという話ですし、危ないことは良くない。

そこに疑義を呈しているつもりはないですし、実際に呈していません。

でも赤切符というもの位置けが、なぜ自転車自動車で違うのか、時速5kmで路地を渡ることが

ひきにげや無免許運転と同じ処罰になる、そこに腹落ちがてきていないという話をしているだけなんです。


なお、50cmや1mの道路なんて嘘だってコメントありますけど、新宿池袋上野秋葉原御徒町原宿神田有楽町

どこでもあると思いますし、知っています。。。路地なので。

でも50cmは狭すぎるか……そこはすみません。心情的なしこりが50cmと大げさに書いたのかも。けど1mの路地は本当に普通にありますよね?


で、片側2車線の道路歩道は人が2人通れるぐらいの歩道、そこに50cmだか1mだかの路地みたいな道があって、歩道は一旦切れていて交差点という形です。

上側の縦の道路は50cmだか1mとかで、下の縦のは車1台は通れますし、通ってます。(人で溢れかえってますけど)

で、自分は車通りは多いし、人通りも多いしで、自分普段歩道普段は押して歩いてるのと、今回もそうしていたのですが、

図のとおり青信号でも赤信号でも人がずっといて、人通りが凄いのと、加えてここは路地の延長なので、青信号でも赤信号でも

この交差点の上の車道に、右にも左にも上にも下にも行き交っていて、歩行者チャリでも徒歩でも右側に抜けるのが大変です。

途中から「増」と書いているように、歩道車道の境目(ですが車道なのでもちろん自分が悪いんですけど)に降りて、

歩行者信号が青になったタイミングで、(人で常に溢れかえっているので青も赤もないんですが)すっと通り抜けようとしたんですね。

でもスクランブル交差点で、歩行者側は縦方向横方向も青に変わって、一方、車道側は赤に変わってた、という話です。

ぐんぐん飛ばしてたって話でもなく、すっと通り抜けるために時速3-4kmの歩行者と同じ速度で足をついて移動していましたし、

歩行者信号を見るこうした自転車乗りがいないかと問われれば、ネットで調べたら結構ますので、特別不思議とは思っていません。

(繰り返しますが、自分歩行者信号を見たと言うだけで、良くないことだと思っていますし、車道に降りたら車の信号を見ろというのはどこまでも正論です。)


この図うまく書けてるかわかりませんが。。。

      │ │

      │ │

――――――│人│――――

人人人人人人│人│人人(歩道

――(増→)┘人└――――

車→→   車→→   車→→

車→→   車→→     車→→

――――――――――――――

←←車  ←←車  ←←車

←←車  ←←車  ←←車

――――――┐人人人┌――――

人人人人人人│人人人│人人人人(歩道

――――――│人人人│―――

      │   │

      │ │

追記ここまで】


昨日、自転車に乗ってたら赤切符とやらを切られた。

かにルール上は信号無視ってことになるし、良くなかったなと反省してるんだけど、


・数秒前まで歩道で押して歩いてた

・小さい方の道路が50cmとか1mしかない路地みたいなところで、みんな道路上に立ってて歩道を押して歩いても渡れないし、赤でも青でも移動できないほど混んでるので、仕方なく車道に出てその50cmの道路を渡ろうとした

・その瞬間、スクランブル交差点というのか、縦方向横方向どちらも歩行者信号が青になった、つまり車道は赤なのだが、自分歩道を歩いてたので歩行者信号を見てた

 (まあ車道に出たので車道信号を見ろと言われたらその通りで、ここが確かに悪い)

・他の歩行者スピードに合わせて時速4〜5kmで自転車にまたがって50cmの移動

別にぶつかってないけど混んでたので邪魔だったなと反省してる


で、これで危険運転信号無視だって捕まって赤切符とやらを切られた。

まあ自分が悪かったんだなと反省して、30分ぐらい供述書みたいなのを作ったんだが、そしたら簡易裁判を受けてこいと。

で、厳重注意みたいな話じゃないのかと思って、家に帰ってネットで調べたら、そもそも自動車赤切符というのは、ひき逃げとか無免許運転とか飲酒運転とか事故レベルで切るもので、シートベルトの締め忘れの現行犯でも白切符(白切符青切符赤切符と重くなり、駐禁は黃切符)だと書いてたんですね。

で、気になって更に調べると、

自分の捕まった日から「 秋の全国交通安全運動 2023 」が始まってたり、

9月警察学校の卒配(卒業&配属)前のインターンがいる(インターンかどうかは知らないが若かった)とか、

奇数月はノルマがあるとか、

・下のNHK記事を見たら、信号無視などを含めて「警告カード」というものがある

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230803/k10014151611000.html

という話で、もちろん形式上は「信号無視」という話になるんだけど、なぜ自分が警告カード青切符じゃなくて、赤切符という、

ここまで厳しい切符を切られているのか、よくわからないというか、疑問・不満が出てきてます

信号無視というのも、時速5kmで、直前まで歩道で押してて、渡ったのも50cmとかの路地と同レベル道路で、だから危険だと思ってないし、実際事故ってない。

もちろん悪いというのはわかるし反省してるんだけど、ひき逃げとか無免許運転とか飲酒運転と同じレベル切符を切られて、簡易裁判とかで半日費やして、

さらに下手したら前科がつく、という扱いなんだというのがわかり、これが果たして適切な処罰なんだろうか、

自分は卒配前のインターン練習に使われただけなんじゃないかノルマ達成の犠牲なんじゃないか、って疑問が拭えない。

明日、近くに警察署に行って聞いてくるけど、自分は車もペーパーで全く運転せず、当然自動車自転車問題を起こしたことがなく、どう考えたら良いでしょうか?

違反したんだから黙れ」というのは、わかってるから黙っててくださいね

罪の重さと赤切符というものの重さのバランスに、もやっとしている、納得感がない、ということです。

自転車厳罰化という話は聞いているが、シートベルトを締めてないのが白切符で、時速5kmで50cmの道路を赤信号で渡ったのが赤切符、というのがどうにも納得がいかない。


なお、直前まで歩道にいたとか、移動するために一旦車道に出ただけという認識なので歩道信号を見てたと正直に供述?したけど、

それは「信号を見ていませんでした」という供述書?になってた。自分はこう言ったはずだとも伝えたけど手書きで書き直すのが面倒なのか変更してもらえず、

こういうのはパターンがあるから、お前の供述を素に警官自分で書くからそれにサインしろと言われてたから、まあそんなものかとサインはした。

だけど、なんで供述したことが都合良く? 書かれてなくて、それにサインしなければならないのかも納得が行っていない。

その時は会議が迫っていて、さっさと終わらせたかったし、処理が終わらなくて再度どこかに出向くのが嫌だったので諦めたんだけど。

anond:20230921213642

なんで党派性で言うことが変わるかって、正直なところ、暇空vsコラボの決着はようわからんかったからなんだ

俺は特にどちらの味方でもなく、党派性もなく、久々に起きたインターネッツお祭りを楽しんでいただけだが、なんか終盤はわかりやすい盛り上がりはなかったんだよ

俺の考えとしては

コラボが本当に不正しているなら正されてほしいし、そうなれば暇空グッジョブと思うし、

コラボ不正がなくとも一市民疑義を投げかけることは正当な権利と思ってた

コラボ不正が確定して、それをコラボが正したのなら全方位ハッピーでそれ以上コラボ責めるのも変」

と思ってた

で、結局どうなったかって、暇空の主張は全面正しいわけでなく、コラボのそのやり方でも一応オッケーやで、みたいな結論になっていた気がするし、

それでも暇空の主張通りコラボあんまり杜撰なことやめやって言われてた気もする

そしてはっきりと善悪の決着とか、勝ち負けとかつかずに、仁藤さんが都などから遠ざけられたよね?

これって仁藤さんが間違ってたかどうかというより、ややこしい紛争抱えた中心地に都などが近づきたくなくなっただけに見えた

要するに、素人お祭りを追っかけた程度の興味と知識では、何が正しくて何が間違ってたか、世の中はよくなったのか悪くなったのかも結局わかんなかったんだよ

俺はそれで、この件ようわからんわってなって興味を失った

でも、ようわからんからこそ、自分が信じたい方の解釈を続けようとしている人も多いんじゃない?

それはなんかわかるわ

から増田が気に入らないような人たちがいまもたくさんいるんだと思う

結局、結論何だったかわかんなかったんだよ

詳しい人は、財務表の数値云々じゃなく、両陣営解釈を含めながらわかるように解説しておくれよ

2023-09-09

汚染水海水放出諦観

原発反対派からみる汚染水問題

私は1990年の昔から原発反対派。

から議論していたが結局事故は起こってしまった。

原発反対派が今回の汚染水問題についてどう考えるか書いておく。

といっても別に原発反対派の総意なわけではまったくない。他のやつは知らん。

「処理水」海水放出賛成派に賛同できない。

「処理水」海水放出賛成派は以下の人たちがほとんどなので、私は賛同できない。

産経などは、

https://www.sankei.com/article/20230831-KD5JEXBTZFKTHGOICMXBRJZ24Y/

汚染水」は海洋放出批判する中国政府などが使っている。

などと言ってるのだから、「汚染水といってはいけない」と思ってるのは明らかだ。

科学とは「前提」が重要

この場合の前提とは、処理水はなんのための処理水か、だ。

この問題の前提は汚染水をなくすためのステップであることを常に忘れてはいけない。よって汚染水という単語を使ってはいけないというのは前提が間違ってる。

前提が間違ってる論理結論が合っていたとしても間違ってる。

それが「処理水」海水放出賛成派に全く賛同できない理由の一つ。

そして「処理水」を汚染水と言いかえるのは、歴史改変をしたい人たちと同じ感覚だろう。

何故か日本の間違いを少しでも認めたくない人たち。しかも明らかに科学的に間違ってる。前提を無視するという形で。その点でも科学的に間違ってる。

中国原発比較して海水放水は正しいなどと言ってはいけない

福島事故が実際起こっていて汚染水は厳然と存在する以上、中国原発比較して「処理水」の海水放水は正しいなどと言ってはいけない

中国原発事故を起こしてはいないのだ。中国原発と何を比較したとしても「処理水」海水放出が正しくなるわけではない。

しかトリチウムの量なんて何の意味もない。

中国の言い分が間違っていたとしても、残念ながら、真っ当な反論方法などない。すべては東電及び経産省無能が原因であり、福島原発事故中国のせいではない。

汚染水海水放出諦観

では、「処理水」海水放出賛成派でないとすれば、自分立場はなにか、といえば

汚染水海水放出諦観派とでも言おうか。

東電及び経産省無能のせいで、もはや汚染水海水放出する以外の科学方法はない。

中国原発比較してトリチウムが少ないから正しいなんて馬鹿げてる。比較する意味自体がない。

汚染水海水放出諦観派は、科学的には汚染水タンクに貯めて、ALPS処理を繰り返し(多分)他の核種を除去(したであろう)後の「処理水」がトリチウムしかなく、特に害がないことは分かってる。

そもそもトリチウムは水なんでな。。

「多分」や「であろう」でしかないが、今のところ明確な科学疑義は出てないのは事実だ。

汚染水モルタルで固めるのは? → 無理っす

例えば、汚染水を除去するのにモルタルで固化する方法がある。

https://www.foejapan.org/energy/fukushima/pdf/200330_kawai.pdf

が、私の見立てでは無理があることは明らかだ。

なんせ東電あくまで強電屋。土木屋さんじゃない。土木方法成功率が下がる。

https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/fukushimahyougikai/2021/pdf/siryou-s6.pdf

にも書いてあるがモルタル化しても容積が大きくなりそれ自体放射性物質になり更に扱いにくくなるだけで問題解決しない。

そもそもモルタル固化がもし失敗したら、本当に汚染水海水放出されてしまいかねない。

更には、東電無能を考えれば、失敗の可能性があるものに賭けるのは無理がある。

海洋放出の簡便さとは比較にならない。

その他にも色々検討した結果、東電無能のせいで無理

結局どれも無理があり、汚染水海水放出諦観しかない。東電無能が主だが、要するに

「こういう事があるから原発反対派は問題があるから辞めろと言ったのに」

は強調しても足りない。

これはそもそも原発を真っ当に運用できないから辞めろと言った原発反対派のことを無視して行った原発賛成派の無知度合いが原因だ。

おわりに

結論だけ見れば「処理水」海水放出賛成派とあまり変わらないので諦観派で声高に主張する人はいないだろう。

もちろん、汚染水から「処理水」に至るまでの過程が明らかになってるとは言えないなどの細かいことがあるがあまり重要だとは言えないだろう。

せめて、日本原発行政が、賛成派と反対派を5:5で議論して結論を出し必ず従うような「公平」な運営をしていたなら、私は原発に賛成していたのだが、むべなるかな、だ。

もしそうなら福島原発事故は起きなかった。建築後40年(2000年代)で廃炉していたろうから

anond:20230909163247

陰謀論ってのは、なんらかの有名な出来事や状況に関する説明で、根拠の有無にかかわらず「邪悪で強力な集団組織)による陰謀が関与している」と断定したり信じたりしようとするもの全般だろ?お前があげた事例は正当な疑義からそもそも陰謀論ではない。”

ここまではおっしゃる通り。

で、俺が言いたいのは、正当な疑義すらも「陰謀論」だとして議論俎上にもあげようとしない人たちが一定数いるよね、という話だ。

コロナの例でより「陰謀論めく」疑義に、ウイルス人工説がある。これも実はそれなりに科学的根拠があるが(この辺りとかhttps://note.com/hkakeya/n/nbe3e810568b5)、ほとんど無視されている。個人的には人工説には半信半疑だが、オープン議論すべき価値があるとは思う。

 

陰謀論批判攻撃するために恣意的に事例をピックアップしてるだけだろ。“

陰謀論批判、というのが実際の陰謀論あなた示した上記定義での陰謀論)だけでなく、諸々一緒くたに批判(というより否定無視)してるんじゃないか、ってことを言ってる。一緒くたにしないあなたからは、恣意的な事例のピックアップに見えるのかもしれないが、実際に「陰謀論」で片付けられて議論もされない有意義疑義というのはあると思うよ。

anond:20230909162703

陰謀論ってのは、なんらかの有名な出来事や状況に関する説明で、根拠の有無にかかわらず「邪悪で強力な集団組織)による陰謀が関与している」と断定したり信じたりしようとするもの全般だろ?お前があげた事例は正当な疑義からそもそも陰謀論ではない。陰謀論批判攻撃するために恣意的に事例をピックアップしてるだけだろ。

2023-09-07

anond:20230907175540

東山社長は、セカンドレイプされるべきではないが、どちらかと言えば加害者なのではないか?という疑問を呈されていた。そしてそれを調査する意思があると答えた。(疑義を認めた。)

東山が死んだ加害者責任取れるわけなくない?という疑問に対しては、会社社長というポジションでは責任がある。

2023-08-25

『界隈曲』についての覚書

 追記:採用されたようですので、読む必要はないと思います




 ボカコレ2023夏というドワンゴ主催音楽イベントで、ルーキーランキングで一位を獲った楽曲の一位褒賞である音ゲーへの楽曲採用が、不明理由により延期されている。

 この楽曲には、その作者が前に投稿していた楽曲も含め、ある一つの音楽ジャンル継承した特徴がある。作曲者から直接の言及はないが、そのジャンルに与する作品として作られており、それが延期となっている原因ではないかという説がある。

 ここでは取り敢えず、近年呼ばれるようになった『界隈曲』という名前で便宜的に呼ぶこととして、ここに覚書を残しておきたい。

 10年ほど前に、ある人が一部の楽曲を残し他のすべての作品を削除して引退した。その騒動についてはここに書かない。最終的に四つの作品だけ、一定の条件下であれば転載しても構わないとし、最後に『自分について話をするな』との旨を言い残し姿を消した。関連した業界で今なお仕事をしているのか、それとも完全に手を引いたのかはわからない。

 そして、残された四つの作品転載する条件には、使用されていた素材の規約を守ることといった一般的ものに加えて、「作者の名前を明示しないこと」というものがあった。一般的引用名前を明らかにしろというのに対し、その真逆を求めた。

 こうした奇妙な結論に至るには、様々な騒動が原因となっている。騒動の経緯は全て割愛する。端的に言えば、氏引退理由は『解釈に対する敵愾心』とでも呼ぶべきものかもしれない。この文章による言及それ自体が、氏に対しての敬意を欠いている。

 氏の作った楽曲群は殆どが消えて、正式に残ったものはたった四曲。それすら名前を出さないようにと請われたのに、氏の願いを聞き届けられないほど良いものであり過ぎたのかもしれない。少なくとも、10年以上の時を経てなお、その歌詞が件の作品引用される程には。

 一般に、音楽ジャンルというものはその先駆者の後追い、リスペクトとも呼ばれる音楽が生まれていくことによって作り上げられるものだと思う。実際に、氏の音楽によく似た楽曲が、インターネットに生まれていった。具体的な楽曲名やアーティストを例示することは、ここでは避ける。例えばノイズミュージックエレクトロニカであるとか、MVに四角形を種とした幾何学模様やドット絵リズムコードなどを示すというような特徴を上げることはできても、その根本的な特徴としての模倣性は、結局のところ、作り手側の意図ではなく聞き手側の意識によって観測される。

 『界隈曲』という言葉で今括られている楽曲群には、その系譜を明示している作曲者もいれば、暗黙の了解とばかりに仄めかす作曲者もいる。一切言及していない作曲者もいるし、むしろ否定しているケースまである

 問題があるとするのなら、その『類似性』こそが求められたことだったろう。得てして後追いとなった楽曲群は、特にその当初においては、最初の4曲とよく似ていて、むしろ似せることこそが求められているかのようだった。

 時を経て、近年は類似させることも緩やかになっている。しかし、むしろその『類似であること、氏の系譜であることを求めている、という宗教じみた性質は確固たるものになっていった。

 その一つの根拠に、今現在のこれらの楽曲群の呼び名である『界隈曲』という言葉のものがある。

 最初は、ある後追い(とされているが、当人の直接の言及がないため、含めるべきでないという説もある)の作曲者名前を取って『◯◯◯◯界隈の曲』という枕詞で呼ばれていたことがある。しかし、その後追いの作曲者をして名前を示すことへの疑義はあり、時には氏の名前を取って『XXXXリスペクト(ここのXは最初から伏せ字)の曲』のように呼ばれることもあった。海外では、名前を伏せた最初の四曲に対し(楽曲群のモチーフが全て海産物であることから)「海鲜市场」という名前が付けられたり、一部の後追いの作曲者たちを合わせて「Nameless cult」と呼ばれることもあった。

 どうあれ、名前を伏せているせいで、だんだん呼び名それ自体意味が薄れていくうちに、前の言葉は『例の界隈の』『XXXXの界隈の』と曖昧になり続け、最後にはその頭すら取れてしまった。

 そうして最後に残った言葉が『界隈曲』だった。

 呼び名がないことの不自由さに対して求められた名前であっても、『界隈曲』というジャンル名が指すものは、前述した通り端緒となった氏の音楽を起点とした系譜だ。

 系譜のものへの人気は歪なほどに高い。ある作曲者が『界隈曲』とされる楽曲をほんの数曲だけ発表した結果、その数曲だけで、それ以外に投稿してきた楽曲の全ての再生数を足し上げた数の、その数倍以上の再生数を叩き出した。

 今回の端緒とした件の楽曲は、その要素を明らかに含めている。それがイベントで一位を獲った最大の理由とは考えないが、一定役割果たしていたと思うし、それ自体は悪いことではないと思う。

 ただ、氏が引退した理由最初から何も変わっていない。『自分について話をするな』と言って消えたことに変わりはないのに、それでもなお『界隈曲』という名前で、さも継承してきたことが美しい物語であるかのように語り諂うのは、あまりにも無邪気が過ぎるように思う。

 好きな音楽から聞きたいとして、良い曲であるから肯定するとして、その情報の中に態々『界隈曲』という言葉を組み入れ、その系譜を遡って死人の墓を掘り返し死骸を残骸にし尽くしているのは、作る側ではなく聞く側ではないのかと思ってしまう。その残骸の成れの果てを美しいものだと祭り上げて見せびらかすのは、趣味が悪い気がする。

 侮辱してでも聞き足りないほどの音楽からだと言われれば、返す言葉なんて無いかもしれない。

 けれど、無邪気に語るのは嫌だなと思ってしまっている。

2023-08-24

anond:20230824155734

追記して終わりかよ

僕は疑義を呈しただけってか

何がコイツくそダセェな

回答があった事には応答しろよクソボケ

2023-08-18

anond:20230817195402

ドラマ最後に表示される「このドラマフィクションであり、登場する人物団体特定のものとは一切関係ありません」とのテロップについて疑義を呈した。

「何のために出しているんですかね?言われんでも、フィクションだと分かる、普通人間ならね。昼間からバンバンバンバン撃ち合いするような警察がどこにあんねん!」と指摘。

 

 「そこに抗議してくる奴がおるんですかね。それが全部かというと、ほんの一部分なんでしょ?ほんの一部分のバカのために他の者が迷惑をこうむっている」と持論を展開。

政治とか、もっと重要日本国民明日生き様関係するようなことならともかく、芸能やとか歌やとかドラマとか、所詮エンターテインメントの部分にまで口差し挟んでくる」と訴えた。

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