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はてなキーワード: 自主的とは

2017-04-26

自宅で仕事をさせられるのがつらい

私は底辺プログラマなのだが、例によって社外常駐の仕事をしている。

常駐先では自社のメールを受け取れないため、定期的に自宅で社用のPCを開いてメールチェックして、必要に応じて書類作成なんかをしている。

 

これがつらい。非常につらい。

自主的勉強するための書籍や私用PCでのプログラム勉強なんかは苦にならないんだが、プライベート空間である自宅に仕事侵食してくるのがとてもつらい。

自宅での作業なので残業をつけられないのもつらいし、書く書類セキュリティなんかのチェックリストやら今四半期の目標やらの必要なのはわかるが生産性の向上に寄与しないものなのもつらい。

毎週勤怠の入力ぽちぽち入力しないといけないのもつらいし、毎月Windowsアップデートウィルススキャンをしないといけないのもつらい。

 

もう自室にある社用PCが目に入るだけでつらい。

つらいがゲシュタルト崩壊するくらいつらい。

 

10年位前までは常駐先でもメールチェックとかできたのになぁ。

ホントここ10年で急激に生きづらくなった気がする。

セキュリティとか滅んでしまえ!

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170417202931

手に職を付けたい理由お金技術をもって自由に稼ぐハッカー

まず、前者なら大手SIer鉄板です。なぜなら、給与が圧倒的に高いからです。中小比較すると同年代で100~200の差は出ますあなた結婚したころにはその重みが分かることでしょう。

後者なら、残念ながらもう手遅れです。そういう人は小学生くらいから自ずとプログラミングをして、高校生くらいで何らかのコンテストに出ているような人かと。あなたくらいの年齢では、もう起業しているか企業からの取り合いになっていることでしょう。今、それをしていないということは、あなたはそういう人ではないということです。

大手SIの良いところは以下のとおりです。聞こえがいいとかそういうのはどうでもいいことです。

・外部の研修をある程度自由に受けられる

企業システムのある程度精緻に作られたソース設計書を見れる

SI開発プロセスを学べる

 「技術」とは何もコーディングだけではないことを知るいい機会になります

給与福利厚生中小に比べて圧倒的に勝っている

転職に困らない

バカ管理者比較的少ない(中小はその比ではないと思われる)

手に職と言いますが、それを持ち得て必要とされるような能力の持ち主は非常に稀有です。

からそれを目指すということはそれなりの覚悟努力する才能が無ければ難しいかと。

研修が手厚い会社を探しているとのことですが、

システム開発全般について、体系的に教えられる人を外部の講師含めて、ほとんど見たことがありません。

自主的に学ぶ場合は上流から下流工程までを見渡せる大手SIがいいです。

新卒カード中小企業に切ったら、次は中小企業カードスキルのある人カードしかないです。

大企業に切れば、新卒に準じる大企業カードか、大企業スキルがある人という強いカードになりえます

良く悩んでください。

2017-04-17

歓迎会って他人の金で開くものなの?

ちょっとびっくりしたことがあって。

ある日メールが届いたんです。

中堅社員新入社員歓迎会をやるので、管理職の皆さんからお金を集めます。って書いてあった。要するにカンパ

まだ配属も決まってないか部署ごとの歓迎会を開く段階では無くて、おそらく20代〜30代の先輩達が新入社員との懇親も含めて歓迎会を開くのだろうとは理解した。

でも、事前に、歓迎会を開きたいと思ってて〜みたいな相談も無く、もちろん参加を要請されてるわけでも無い人に、メールでいきなりお金徴収をするかな?

と思ったので、シカトしてたんだけど、きっちり集金に回ってきてびっくりした。

「あのメールを送ったと思うんですけど、お金…」っていきなり言われて困惑

まぁ、業務中だったし、あまりまれても面倒だから払ったけど。

新入社員10人もいないし、歓迎会を開いたであろう先輩達は(欠席者がそこそこいたとしても)20はいたはず。

仮に20人で30人分を払うとすれば、1.5人分払うことになるから痛いっちゃ痛いけど、そこは先輩として頑張れよと思ったし、どうしてもイヤなら開かなければいいわけで。

ちょっと聞いたら、誰かに指示されたわけでも無く、「自主的に、開こうって話になって」って話だったし。

金額問題では無く、その発想っておかしくない?ってモヤモヤしたので書いてみました。

できればブコメトラバでご意見お聞かせ願えると嬉しいです。

まり上手く説明できてないかも知れないので、コメントしずらいかも知れませんが。宜しくお願いします。

[追記]

トラバ有り難うございます

しか社長からいくらかもらえるパターンはありますね。もちろん全部じゃ無いけど。

でもこのやり方はちょっとなぁ…と腑に落ちないので、今度ちょっと話を聞いてみようと思います

これが「ごく当たり前」と疑わずに進んでしまうのもどうかと思うので。

有り難うございました。

2017-04-11

投資信託に関連する諸問題について

~~投資信託に関連する諸問題について

http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65890382.html

有名ブログでもまとめられているけども、投信銀行証券会社現場で、情報弱者にどんどん売られているけども、本当に顧客利益に叶っていないものだ、という議論がある。

これにつき、製造業界内部からコメントしてみたい。

~~登場人物構造

投資信託は、投資信託委託会社運用会社とも呼ばれる)が作って、銀行証券会社で売られる(場合によっては生損保でも)

構造的には、車のメーカーと、販売ディーラーが別の会社となっているのに似ている(系列メーカー商品ばかり売る会社もあれば、独立した販売をする会社もある)

投資信託は、複数のお客さんのお金を合同してまとめ、集まったお金で株を買う仕組み。集まったお金管理や、株を売り買いする技術の対価として手数料一定率でとる

監督官庁基本的には金融庁、昔は大蔵省だったが、独立した

自主的監督機関としては、投資信託協会がある

~~起きていること

そもそも、投資信託の残高は100兆円を切る程度

http://www.nicmr.com/nicmr/data/market/trust.pdf

ここ10年は、大きく増えていない。

それで騒がれているのだから純粋新規資金が入ってきて居るわけではなくて、前に買ったお客さんが、また違う商品に乗り換えていることが発生している。

そして、その多くは、金融資産を多く持っている高齢者

(此処までは、議論があまり無い事実

それから、乗り換えている商品が、あまりお客さんの利益に叶っていない、というのが金融庁の主張。

~~関係者リアクション

投資信託委託会社メーカー・・・俺らは、確かに売り手の希望で変なものも作ってるけど、マトモな商品もいっぱいある。ちゃんと売らない奴が悪い。もっと言えば、売れるってことは一定需要があるんだから意味ないってことはない。屁理屈理屈のうち!

銀行・・・金利もあるし、本業苦しいから、手数料稼げる投資信託売るしかねえんだよボケカス金融庁

証券会社・・・そもそもお客さんと話して、その時のテーマにあった商品売ってるけど文句ある?昔の株の販売だって相場見て買ってもらって、売り抜けたりしてたじゃん。適合性?買うやつが納得したってサインしてんですけど。

投資信託協会・・・俺たちは業界側の団体なので、自主規制ばかりしているわけではない 公益財団法人にもなれなかったし 業界を代弁しま~っす

金融庁・・・正しいことだけしなさい。それから株式投資してもらわないと、「貯蓄から投資へ動いた」って言えないから、株式投資する投資信託を売りなさい。若い人に売りなさい

     っていうか言うこと聞かないから、「フィデューシャリー・デューティー」があるので、真面目にやってください

~~問題

まずは業界問題があるのは事実

ただ、業界が腐ったのは、金融庁と、投資信託協会が何もしなかった

金融庁は、検査に来れば、規則でつくらなきゃいけない書類が作られているか規則を守っているかばかりネチネチやってた

投資信託協会は、適当協会ルールを作って、適当解釈を加えて、あいまいにやってきたし、業界を信頼に堪えるものにしようとしてこなかった

そして業界も甘えてた

30年前は、大蔵省が「こういう商品作んなさい」と指導してた

20年前は、大蔵省にお伺いを立て「ま、そういう商品なら良いですよ」と言われて動いてた

15年前くらいから、やっと自由に作れるようになった

そもそも40年以上前投資信託が作られたのも、国の株価掲揚策として生まれ

そういう時代を過ごしてきた人たちが経営してるのに、

法律を作って細かいことは言わないよ 自主的にやれよ」

って言ったって上手くいかないし、かえって萎縮する

けっきょく、金融庁検査にきて指摘する内容が正義で、自分で考えた理屈説明しても一蹴されるのだから

行政不服審査も通らない、密室ルールを決める日本で、「自由にやれよ」って言ったって何も変わらないよ

2017-04-05

けもフレゾンビ

このタイトルでいつか書こうかなと思ったが、反対派が面倒なので放置していた。

生命尊重、というしょうもないアメリカ倫理観で命を問うのはなんだかビビってるのか、

繊細な問題を掴み損ねてるのか(元増田のことではない)。

奇しくも我々はけもフレ流行で噛みつかれたフレンズたちが次々フレンズ化する、

フレンズゾンビ現象平和裏に目撃して紛糾している最中だ。

平和裏にゾンビ化するコメディとして、バタリアンなどに一部ネタ的な自主的ゾンビ化が見られるが、

そういやぁこないだのダンディにも世界中ゾンビ化して平和に暮すお馬鹿回があった。

これはけもフレのことだったのか! 恐るべきダンディ!

命じゃなく生命の質の差のほうが問題な気がするね。

http://anond.hatelabo.jp/20170405143751

紛糾なんてしてないし、仮に紛糾してるのなら平和裏ではない

何いってんの。ゾンビ化してる連中は平和裏に共有して、温和派ゾンビ化じわじわ勧めてる。

ゾンビゾンビでない人たちの間で紛糾してる以外の何物でもないんだけど。

しかも結局なにが言いたいのか分からないw

感染から類推できない人は読解力的にかわいそう。

追記

ヤダ、このタイミング注目エントリーに乗っかったら下の増田に乗っかったのがバレちゃう(*/∀\*)

というか元々バレてる。なんでわざわざけもフレ批判をぶつけたと思ってんだろうね?

お前こないだ進撃批判の際、俺が数年前に通り過ぎたシナリオ論展開してた人でしょ?

せっかく温和に済ませてやったのに……。

2017-04-03

クレカが突然使えなくなった理由にモヤっと

先日、家族カードクレカが使えなかった。レジのお姉さんから有効期限切れだ」と言われてしまったのだ。現金がなかったので非常に困ったが、一緒にいた夫がお金を出してくれた。一応有効期限を確認してみると、ギリギリ切れそうだけどまだ有効期間のはず。

一店だけなら磁気の読み込みミスか何かかもしれない、そう思って次の店でも使ってみたが、結果は同じ。これは何か怪しい、ということでクレカ会社電話して聞いてみた。

一通り本人確認をした後、有効期限切れで使えなかった履歴確認してもらい、そしてこう訊かれた。

カードの再発行をされておりませんか?」

そんな記憶、私にも夫にも無い。

その旨伝えると、ここから先は正会員様のみにお伝えできる情報です、と言われ、夫に代わった。それから夫がしばらく話をし、電話を切った。

夫の話をかいつまむと、カード会社が言うにはこうだった。

  • カードが『なぜか』再発行されている
  • なので、数日中カードが送られてくるからそれ使ってね
  • 『なぜか』についてはすぐに調べて連絡する

なので、緊急性もなさそうだし大丈夫じゃね?との夫の言だったが、私は納得できなかった。

  • 『なぜか』再発行されたカード他人勝手に再発行したものじゃないか
  • だとすると、自宅の住所に届くのかどうかも怪しい
  • 最低限、住所が正しく自宅になっているかどうか確認すべき

ということで夫に再びカード会社へ連絡してもらった。すると、調査結果も出ていた。

送付先が現住所なら、ということでそれ以上は言わなかったけど、でもすごくモヤっとした。

だって勝手カード会社が再発行したおかげでカード使えなくなって困ったんだよ!?その場に夫がいてくれたか大事にならなくてよかったけど、現金持ち歩かない派の私だけだったら超困ったよこれ?!まぁ一応他にもカード持ってるから本当にどうしようもなかったかというとそうでは無いけどさぁ。

せめて一言電話連絡するべきだよねぇ。ICカードじゃ無いとセキュリティが、って話なんだろうけど、それでも連絡もなしに勝手に現カードを使えなくするのは無い。Windows10だって一応一言訊いてからアップデートしてたじゃん。

本当になんなのこのカード会社、ということで信用はガタ落ちです。

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323051122

今までもこれからも「社会のために働こう」なんて本気で言ってるようなのは

わりとキチガイの域だと思うよ。勿論外面のための御題目としては汎用性があって便利だが。

働く規準ややる気なんて金、安定、自分に合っているかってだけ

働くってこと自体社会に参加して労働力になってる時点で

十分すぎるほど貢献してる。

そんでこういう人にじゃあ貴方のいう社会貢献って何?って聞いたとき

返ってくるのはつまるところお前の持ってるリソースをそういう御題目

自主的に献上しろって話だから笑える。

あと社会貢献が足りないって言うならむしろ年食った連中のほうでしょ?

自分達は貯金で金を溜め込んで安心安全って後はぬくぬくすることしか考えてない。

そんなことしても社会にも経済にも一切いいことないよ?

まぁ生活するためにカツカツならしょうがないけどさ 無駄に金が余ってるような

連中は国内産業で消費しまくって社会貢献してくださいよ。どうせやんないだろうけどね。

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321150411

もちろん、改ざんしたご本人からくるわけじゃございやせん。

アンオフィシャルな窓口である自分に連絡が来て「内部で自主的発見した」ってことになります

外部から指摘があると対応の手数が増えるので・・・

改ざんといっても現在のページを壊すものだったり、詐欺サイト用の商品ページを作られたりと破壊的・非破壊的さまざまです。

マルウェア埋め込みになるのが一番危ない事案だったりします。

基本的には犯人なんぞ分かるわけないしそもそも被害届をきちんと各方面に出しているのかさえ不明警察や所轄機関

このへんはICT管理組織問題があると思われるところだけど・・・

2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-16

コンビニに置かれるエロ本について

#コンビニエロ本を売らずにおむつを売れ

https://togetter.com/li/1090143

先日、このようなtwitterでこのような侃々諤々があったということを知った。

私はコンビニでの勤務経験もないし、子持ちの母親でもない。

コンビニ日用品ラインナップにおむつを加えるべきか、については

既に議論も尽くされているだろうから、敢えて触れる必要はないと思っている。

それは各店舗地域の客層・需要収益性を考えて判断すればよい。

問題エロ本の方だ。

コンビニで働いたことのあるような人たちですら

雑誌棚の成人向けコーナーに置いてある本について、多くの人が誤解しているように見える。

勿論、これは出版社流通説明不足に起因するものだと思うが

18禁雑誌を堂々と販売している」という主張は

少なくとも法的には、或いは出版業界としては正しくない。

まず、コンビニに置いてある漫画や実写系のエロ本

確かに雑誌の傾向としてはエロ本しか表現しようがない。これは間違いない。

しか結論から言うと、コンビニに「18禁(成人向け)の雑誌」は置いていない。

出版社所謂18禁、成人向けの雑誌書籍には一目でそれと分かるよう

成人向けのマーク記載する必要があり、そのマークのついた雑誌特定書店通販しか購入できない。

成人向けマークのついた雑誌書籍は、表紙の段階から下着はもちろん、乳首性器露出といった過激描写に特徴づけられる。

内容も様々で、激しい性描写人倫に悖る行為暴力的猟奇的な内容まで含まれる。

これらの雑誌書籍コンビニでは売っていない。

(というよりも、コンビニが店に置くことを許可しないのだが)

このマークによる流通制限出版社による自主規制ゾーニングである

ではコンビニに置いてある括弧付きの「エロ本」とは何か。

これには成人向けマークがない。

極論すれば、様々な週刊誌や「少年~」「ヤング~」という

漫画雑誌となんら変わるところはない一般向けの「普通雑誌である

青年誌を読む人にとって、「ヤング~」という漫画雑誌

描写のある漫画が載っていることは驚くに値しないだろう。

或いは、週刊誌に時折ヘアヌード袋とじがあることはよくご存知のはずである

では週刊誌は、「ヤング~」は18禁雑誌だろうか?

コンビニの成人向けコーナーに置かれている雑誌書籍は、これらと本質的な違いはない。

少なくとも法的にこれらを明確に区別する根拠はない。 ※青少年条例に基づく有害図書規制個別指定されたものを除く

ただ、エロの占める割合が高いというだけの話であり

例えば漫画場合、性描写自体は「ヤング~」の延長にある程度だ。

性器に対する修正もかなり強く、この点は特に成人向けマークのある雑誌差別化されている。

成人向けコーナーにある雑誌の表紙にきちんと目を通してほしい。

確かに扇情的ものは多いが(エロ本である以上、当然ではあるのだが)

下着のようなものはなく、そう見えるもの殆ど水着である

エロ本のくせに、乳首性器露出していない。

雑誌ビニール紐で縛っていない店舗でも青いシールで封がされており

立ち読みはできないようになっているはずだ。

何故か?

様々な年齢や客層が利用するコンビニに置かれるからだ。

ふと目に入ってしまっても、直接に性的ものが映り込まないよう細心の注意が払われている。

水着グラビア写真が表紙を飾る雑誌と、果たして要素としてどんな違いがあるだろうか?

エロ本であることは否定し難い。

しかし「18禁雑誌」ではない。

あくま出版社は誰でも買える、一般向けの雑誌として流通させている。

だが現実に、コンビニでは成人向けコーナーへそれらエロ本隔離されているではないか

そう言われるのはごもっとである

それらエロ本店舗の隅に隔離したり、未成年エロ本を売ろうとしないのは

コンビニ各社の陳列・販売における自主的判断によるものである

これは流通側の規制であり、雑誌を作った出版社意図とは基本的関係がない。

畢竟、コンビニが「一般向けの雑誌を成人向けとして扱っている」ということになる。

ここが多くの人が誤認するもとになっている。

実際、コンビニでは成人向けコーナーにあるようなもの

ある書店では普通雑誌の横に並んでいるということも大いに有り得る。

その書店配慮が足りないかもしれないが間違っているわけではない。

流通各社による、方針の違いでしかない。

「成人向けマークがどうとか、そんなものレトリックしかない。

 エロ本エロ本であり、やはり子供の目の届く可能性があるコンビニにあるのはおかしい。」

「あの表紙で普通の客に配慮しているつもりなのか?

 結果的不快に感じている人も少なくはないのだし、カバーをかけるなどして対処するべき。」

こうした意見も大いに出てくるであろうことは想像に難くないし、

それらについて賛否どちらの立場に与するつもりもない。

ただ「そもそも18禁雑誌コンビニ置いてあるのがおかしい」という

事実誤認による空虚な論難を避け、より建設的な議論を促すためにも

出版流通による自主的規制を通り抜けた末に店舗に並んでいるという実態はより広く知られる方が望ましい。

2017-03-11

さよならAC

2011年3月11日、未曾有の大災害東日本を襲った。影響は各方面に及んだ。福島原発は爆発し、首都圏を含む広域な交通網は打撃を受けた。多くの人が亡くなり、多くの人が家をなくした。

この震災を受けて、企業各社はCM放送自粛した。震災時のCM放送が法によって規制されている訳ではなかったが、CM放映による非難企業自主的に避けようとしたのである。代わりに、テレビ局人畜無害ACCMを流した。 繰り返されるCMにより、ACは一躍その名を高めていった。

震災から一週間が経った。震災による犠牲者は一万人に迫ろうとしていた。テレビでは未だACCMばかりが流されていた。企業としてはそろそろ通常のCM放送したい気持ちだったが、もし自分会社けがそうすることによって「不謹慎だ!」と言われてしまってはたまったものではない。ネットではとあるACパロディ動画があげられていた。それは冷静に見れば面白くもなんともないものだったが、きっと他に見るものもなかったのだろう、驚くべき再生回数を記録した。その人気にあやかろうとしたのだろう、次々とACCM関連の動画アップロードされた。大の大人が「ポポポポーン」と叫ぶという、滑稽とも見苦しいとも取れる動画群であったが、人々はそれを不謹慎とは受け取らなかった。

二週間が経った。各国から支援が続々と寄せられていた。人々は(被災していなかった地域を含む人々は)それを見て「A国は素晴らしい」だの「K国はやっぱりクソ」だの言っていた。その頃、国会ではある法案が審議にかけられていた。アンチコマーシャルメッセージ法案通称AC法案である。この法律では、震災復興を達成したという判断政府が下すまで、企業テレビCM放送禁止規定していた。何故こんな法律が審議されることになったのかはよく分らない。しかイメージダウンを恐れて企業法案に反対できなかったし、当然のことながら猛反対の立場をとるテレビ局各社は盛んにこの法律弊害を訴えたが、震災報道ヘリコプターを使って被災者迷惑をかけたり、衝撃的な映像をまくし立てるように放送し続けたりしたテレビ局視聴者は既に愛想を尽かしていた。結局AC法案は難なく両院を通過し、テレビで映るCMACのものだけになった。

一ヶ月が経った。とある実業家による億単位義援金や、さるスポーツ選手によるツアーの賞金全額寄付宣言世間では話題になっていた。テレビ局スポンサーに働きかけるのに必死だった。自社のCM放送されないのに企業お金を出すなんてことはおかし論理だったが、それを認めたらテレビ局は立ち行かなくなってしまう。結局、「番組内で可能な限りスポンサー商品を紹介する」ということに決まった。出演者スポンサー企業ロゴ付きの服を着ることが常識になったし、番組の中でそれまでの流れとは関係なく唐突商品の紹介が始まることになった。それでもスポンサーから今まで通りの料金を徴収することは叶わず、経費削減の為にギャラの高い大物芸能人は締め出され、金のかからない素人芸人の起用が急速に高まっていった。ネットではAC関連動画の盛り上がりが、最高潮に達していた。

三ヶ月が経った。全く前例のなかった計画停電が行われ、都心優遇ぶりに一部の人々は憤慨していた。結局テレビは何とか放送を続けられていたものの、以前との差は歴然としていた。番組の内容もそうだが、間々に挟まれCMが全てACの為、テレビ自体一種カルト宗教的色彩を帯びていたのであるAC側もCMバリエーションを増やしはしたが、それも焼け石に水と言える程度のものだった。もはや国民ACの名を知らぬものなどいないという有様だったが、多くの国民は良い感情を持っていなかった。余りにもCMが繰り返された為、段々ネットACパロディにする人も減ってきた。

半年が経った。さる地方テレビ局が、番組内で東北地方のお米をセシウム米と表示したことが大変な物議を醸した。ただてさえスポンサーからの金が期待できなくなっているのに、その上この不祥事ではもはやなす術がなかった。結果、番組のみならずテレビ局までもが潰れた。テレビ局が潰れるなんてことは前代未聞だった。この事件の後極度にテレビ局各社は不祥事を恐れるようになり、人々の反感を買いそうな発言ますます避けるようになった。ネットでは、(直接的な関わりはなかったものの)ついにACは局を殺したと言われた。

一年が経った。大震災の模様が改めて各メディアに取り上げられた。問題は未だ山積みであったし、それとごろか原発を中心とした被害は更に拡大していったが、人々はというと大震災のものより、原発は推進すべきだとか廃止すべきだとか、与党を変えるべきだとか変えないべきだとか、そういった話題に興味を持っているらしかった。AC以外のCMが消え失せてしまったことも、もはや当たり前のこととして受け止められつつあり、誰かが思い出したようにACネタにした動画を作るだけだった。

二年が経った。被災者を除くと、人々は既に震災に関する興味を失っていた。時代は変わった。震災後急速に衰えていったテレビに代わってインターネットが主要なメディアと見なされるようになった。人々はテレビを見なくなり、テレビACCMしかやらないことなんてもう誰も気にしていなかった。企業は力を失ったテレビに代わってインターネット上での広告に力を入れるようになった。ユーザーの好みにピンポイントで合わせた商品宣伝から、見るだけでお金が貰える斬新な広告までもが生まれた。それはかつてのテレビCM以上に多彩で、ユニークで、興味深いものだった。テレビなんてものパソコンが使えない情弱だけ見てればいい。そんな声が強くなっていった。

 五年が経った。この年大震災テーマにした映画が公開された。それは大変な好評を博し、歴史に残る名作とまでも言われた。しかし、人々は未だ故郷に戻れぬ仮設住宅暮らしを強いられている被災者がいることを知らなかったし、被災地寄付することなんて思いもよらなかった。震災は感動という名のビジネスの道具となっていた。同じ年、政府によりAC法案の解除が発表された。瀕死テレビ業界はこの宣告に狂喜したが、すぐに期待は裏切られた。なぜなら、AC法はこれより四年後、2020年東京オリンピックの開催と共に解除だということが知らされたからだ。明らかに、国が立ち直ったことを国内外アピールするための政府戦略だった。このころになると、テレビは見てはいけないものとさえ思われるようになり、まだあどけない子どもたちが何かの拍子にテレビを見て、「ポポポポーン」なんて言った日には親から叱られる始末だった。

 震災から九年が経った。遂にテレビCMが復活する時が来たのである。既にテレビは最盛期を思えば哀れになる程衰退しており、CMを復活させたところでかつての威光を取り戻すことが不可能なことは誰の目にも明らかだった。各局はなんとかスポンサーを見つけようとしたが、もはやあえてテレビで自社のCM放送しようと考える企業はいなかった。「もうこの業界は終わりだ」最後希望を打ち砕かれた業界関係者たちは嘆いた。

 そしてその日がやってきた。オリンピックの開催とともに、首相によって震災から復興が全世界に高らかに宣言された。AC法も解除された。人々は56年ぶりの首都でのオリンピック熱狂した。散々興味がないと言っていた人までも試合の経過を見守ったり、見たことのない程人で溢れかえる東京に驚いていたりした。オリンピックは、成功裏に終わった。

 その一方で避難者は七万を下らなかった。福島出身の子供に対する苛めも収まらなかった。東北地方の食に対する信頼も回復しなかった。原発放置されたままだった。しかし、そんなことに心を痛める人はもういなかった。人々は震災被害なんてものは遥か昔に回復したものだと思っていたのだ。

 それから人々が震災のことを忘れるのに時間はかからなかった。いや、震災のことだけじゃない。この九年間で人々はテレビを忘れた。テレビだけじゃない。テレビで嫌というほど繰り返されていたACのCM―かつてはネタにして面白がった、それから先は忌み嫌うものとして見なしたCM。特異な状況であれほど繰り返し放映され、国民全員がこの先忘れることはないだろうとさえ思ったCM。そのCMのことすらも、震災に関する全ての記憶とともに、忘れていたのだ。

2017-03-10

家族の中で私だけが異質らしい

「俺がお前の普通に会話が出来るのは、俺がお前に気を使って会話の内容を選んでるからだ」

ついさっき父親に笑って言われた言葉だ。

家族構成は父母私弟の四人。十年以上前離婚して私は母親に引き取られた。

お金問題があったので両親は離婚しているだけで会っていたし、諸事情離婚後に年単位で同じ家に住んでいたこともある。

父は切れやすく、母はその愚痴を私に話す。弟は、特に何もしてなかった気がする。

自立する前は両親の間にはいって仲裁をするのはいつも私の役目だった。

好き勝手やってきた自覚はある。

その代表高校を辞めたことだ。国から奨学金高校に行ってた。払うのは卒業後の私だ。

単純に借金をしてまで行く意味を見出せなかった。

田舎なので私立は滑り止めで受けてた。行きたかった市立高校には少しだけ偏差値が足りなかった。

じゃあ一つランクを下げようとしたら当事の担任から「お前の学力だったら受かるけど、ここを受験しろとは勧めらない。そういう校風だぞ」と止められた。ものすごくお世話になった担任だった。今でも恩師だと思っている。そんな人が止める学校を受けようと思えなかった。

結局ランクをもう一つさげた。すると運の悪いことに偏差値もガクンと下がった。

私は少し足りないだけなら挑戦したかったけれど、母親に「私立に行くお金は無い」といわれ結果として行きたくもない高校に行くことになった。

そのこともあいまって結局辞めてしまったのだと思う。私自身ここは後悔していない。

両親の猛反対を押し切って高校をやめたとき約束を一つした。専門か短大が四年大、どれになるかはわからないけど、高認取って進学するよ。

最終学歴ちゃんと塗り替えるよ、と。

数年掛かったけどフリーターをしながらなんとか無事高認を取ったとき、弟が大学受験だった。

母親に言われた言葉は「弟が受験から一緒に進学しないで」当事の私はもっともだと思った。

別に普通から逸脱してしまったのだから一年ぐらい遅れてもいいや、と思った。「別にいいよ。私のまだ進路決めれてないし」と。

弟が受験を失敗した。滑り止めも受けていなかった。それはまぁ、仕方が無いことだとも思う。

来年チャレンジするよ、という弟。母親には「次は待たないからね」とだけ言った。

後に弟が「ほんとは大学受かる気なんてしなかったんだよね。受験の頃から専門学校行きたくてさぁ」と言い出したことに殺意を覚えたけれど、それは今回は流す。

犯罪心理学勉強がしたかった私は家から通えそうな大学を調べ、受けたいところを一つ見つけた。

ここなら一人暮らししなくても実家からなんとか通えるだろう。家のこともできるし、なんとかなる。

偏差値は高く、しか予備校に行くお金も無い私はとにかく友人知人に教科書参考書を貰ったり、勉強を教えてもらったりしてた。

当事は大学キャンパスの中でバイトをしていたので大学生の知り合いに訪ねたりもしてた。

しかバイトから帰宅してみると母親電話越しに声を派って喧嘩している金切り声が聞こえてきた。相手は大体父親だ。

電話が終わった母親に呼び出されて言われた言葉は「うちは解散するので貴方たち二年後には自立してください」

当事は百年に一度といわれる不景気真っ只中。ことが順当に運べば二年後は私が大学二年の秋になる。

三年生から就職活動が始まるのに、そんな中で追い出されるなんて溜まったものじゃない。

「私四年大行きたいって言ったよね」と喉まででかかった言葉は「お母さんもうお母さんやめたい」と泣きながら溢した母には言えなかった。

結局私も弟も二年で終わる専門学校に行った。犯罪心理学が学べる専門学校は無く、まったく別に進路を選ぶことになった。

自分で決めた学校なので後悔はしていないが、母のあの言葉が無ければどうなってたのかな、と思う。

母を解放してあげなければならないのだ、と思ったあの頃の私に一言伝えるなら「お前が背負う必要はどこにもなかったよ」とだけ伝えたい。

なぜなら二年以上たち弟が正社員として働いているにも関わらず、家をでたのは私だけだったからだ。

専門学校の進学と同時に父親に頭を下げて家を出た私は、今も一人暮らしを続けている。

二年後の卒業との時「私はあなた言葉に従って家をでたけれど、弟はどうするの?ちゃんと解散するんだよね?」と母に聞けば「弟ちゃんはまだ仕事が決まっていないから」

弟の就職が決まったときに「就職決まって何ヶ月だったの?家は解散しないってことかな?引越ししないの?」と聞けば「引越しはするよ!あんたも早く残してた荷物取りに来てよ」

弟を言い訳にし、次は飼っていた犬を言い訳にし、最終的に母が私に言った台詞は「お母さんはでていけなんて言ってない。あんたが勝手に出て行ったんでしょ」だった。

一人暮らしをして、知ったのは自分母親洗脳されていたことだった。

上京した友人は「いやーインフルかかったって親に電話したら次の日にはおかゆとポカリ黒猫で届きましたね」と言った。

別の友人は「奨学金は私の名前で借りてるけど、親が払ってくれてるよ」と学生生活を楽しんでいた。

年末年始に犬の顔を見に帰った私が母親に言われた言葉は「あんたが帰ってくると金が掛かる」だった。服なんて強請ってない。化粧品だってだってない。そんなもの買う余裕があるならご飯が食べたかった。食費を世話になって言われる言葉がこれなのかと思った。

スナックコンビニバイトしながらなんとか生活をやりくりして二年頑張った。付き合いが悪いといわれてもクラス飲み会に参加する余裕が無くとも、なんとか卒業目標に頑張った。

無事に卒業し、一人で生活を回していたけれど、体調を崩しどうにもならなくなった。

母に戻りたいんだけど、と伝えれば今までの喧嘩はどこへやら「戻っておいでよ」と言ってくれた。

泣きながら話し合った。

私は「弟にも許可取らなくてどうするの。貴方一人で決めても安心して戻れないよ。弟と相談しなくていいの」といえば「弟がなんと言ってもあなたが戻ってくればいい」と言ってくれた。

洗脳されてたなんて錯覚だったのかもしれない、私がひねくれてただけなのかもしれない、と思った。

後日母親に伝えられた内容は「弟ちゃんが貴方に戻ってこないで言ってるからうちにはこないで」だった。

泣きながらの話し合いはなんだったのかと思った。母が母であることを辞めれるようになんとか自立した私より、寄生している弟の方が優先されるんだな、と思うと情けなくて情けなくて一人で泣き喚いた。

一人暮らしをしてから、何かと私を助けてくれたのは父親だった。

月に一度は連絡をくれ「ご飯は食べれてるのか」「生活はやっていけてるのか」と心配をし、父も母にお金を渡しているので財布は厳しかったと思う。それでも、時には食費を送ってくれ、時には夜行バスの乗車賃を肩代わりしてくれ、何かと自主的に世話をやいてくれた。

「お前は自分から言い出せないだろう」と。

母親から聞かされていた父は「浮気をする」「殴る」「すぐ怒鳴る」「すぐきれる」「女癖が悪い」他にももっとたくさん愚痴を聞かされていた。

そのうちのいくつかは私も目にしているけれど、少なくとも私に手を差し伸べてくれる父は、母よりもずっと親だったように思う。

「毎月やってあげれるわけじゃないけどね」「出来るときだけしかできないけどね」と言いながら、何かしら声をかけてくれたのは父だった。

から自主的電話が合ったことは一度も無かったけれど。

今も現に父には金銭的にとてもお世話になっているので食事に連れて行ってもらうことが多い。

冒頭の台詞今日食事で言われたことだ。

父は「お前が変だから母親も弟もどうしていいかからないんだ」「俺がお前と会話できるのは俺が会話を選んでるからだ」となんの悪気もなく言われてしまった。

から見た私は、私が変だから関係おかしくなったんだ、と思っているんだなと思うと涙が止まらなくなった。

父は知らないのだ。私が本当は大学に行きたかったことも、それを諦めた経緯も。父がいなくなってからずっと、私は常に弟よりも優先順位が低かったことも。私がどんなに頑張っても、何をしても、何もしない弟の方が愛されていたことを。

父は知らないのだ。

からすれば両親や弟の方がずっと変なんだよ。

私の知ってる親は、小学生の子供を残して毎日パチンコには行かないんだよ。

責任を問えば「またそうやってお母さんのせいにして!」と自身発言責任を認めない母親は変なんだよ。

私の影に隠れてなんの責任も背負ってこなかった弟が「言うことを良くきく子」と評価されているのも、私のとってはなんか違うんだよ。

家族の中に優先順位がついてるのってすごく変なんだよ。

でもこれを伝えても「お前が一番じゃないことが気に食わないんだろ」って言われてしまうことも変なんだよ。

つらい。私が変だからおかしいのかと思うとつらい。

これって最初からいなきゃよかったのと同じじゃないか

追記:20170312

まさかこんなにたくさん反応されるとは思っていなくて驚きました。

トラバ(ここでは枝?になるのかな)やブックマークコメントでお言葉を下さった方ありがとうございました。

私とは違った視点意見や、厳しい言葉などはっとさせられるコメントもありました。

また家族以外の言葉意見を目にしたことで少し前向きになれました。ありがとう

上記はあくまで私の視点であり、両親や弟から見れば私はおそらくろくでなしなのだと思います

両親も変だな、と思いますが私もきっと変なのだと思います。変でも別にいいじゃんと思っているか家族の中で浮くのだと思います

悔しくて悲しくてやるせなくて泣きながら書いた誤字脱字誤変換(今見返してみると本当に酷いですね。笑)まみれの吐き捨てでしたが、色々な意見をいただけて吐き捨ててよかったと思いました。

病気が治ったら(鬱等のメンタルヘルス系ではないです)バリバリ働いて家族とは少し距離を取ろうと思います。犬ももう死んでしまったしね。

なんというか、何回言うんだよって感じなんですけど、厳しいのも優しいのも、同調するのも、全部コメントありがとう。色々と救われました。

根性だして頑張ります

お願い。ADHDの人と残業原則反対派は一呼吸置こう

今、ADHDの人と残業反対派で、話が噛み合っていないことが問題になっている。まだやってんのかと思うころかもしれない。手斧スター手裏剣の投げ合いを見ていると疲れてそこから離れたくなるよな。

だがもう少し聞いてほしい。続く過労死運輸業界の疲弊を経て、今ようやく「さすがに労働環境について検討し直さないとまずい」という認識が広まってきたところだ。すぐには解決するわけがないので焦らず妥協案を探る話し合いをゆっくりとでも続けてほしい。

今回主語が大きくてすまない。二者択一ではないということは承知している。

ただ、本来労働者会社」という枠組みで協力し合っていいはずの労働者同士が、現在弱者強者」もう少し正確には「ADHDに多様な働き方を派 対 それでも残業ダメ派」が争点となっている。どうしてこうなった

と、せっかくの話題が膠着してしまったことが悲しかったので、一連の流れを見返してみたら原因が分かった。

この問題残業禁止派は

個人責任を論じても効果はない。会社社会全体を変えなければ解決しない問題であるという認識を皆が持つ必要がある

と考える。他方、

普通の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ」という多数意見を見るとは思わなかった

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

ADHD側に主眼を置いたコメントにも多くのスターがついており、「交渉決裂」の様相を呈している。が、そうではない。単にハテブが100文字しか記入できないからお互い齟齬が発生しているだけなのだ。ここで諦めずに折衷案を探していけば、仕事ができる人もできない人も今よりずっと働きやす環境になるので、長くなるが聞いてほしい。

一連のトピックを追う。昨年10月頭の長谷川秀夫教授残業100時間超で過労死は情けない」等の話題を通過した後、このあたりから始まる。

2016-10-16「長時間労働撲滅運動」には賛成できない http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/16/120846

という内容だ。同時に

人を奴隷のように扱うような企業には反対

とも書いており、お?分かってる人か?と一瞬思わせるが、この人はその少し前に、

問題105時間という残業量それ自体にあるわけではないのです。自分が心から打ち込め、周りともいい関係を築き、素晴らしい人に囲まれているような環境であれば、残業を何十時間しても苦にはなりません。http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/08/113552

という言葉を残している。ワタミ等多くの例があるが、このような人は「自分ができることは人にもできる(できない奴は無能)」と考える傾向がある。疲弊している人や弱者に寄り添う方針とは相容れないように思う。そこでブコメ欄は次のようなものとなる。

このエントリ言及して、同日に次のエントリが上がる。

2016-10-16 会社員には「長時間労働をする自由」など必要ない http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2016/10/16/173609

これらは先のブコメを追認しており、残業反対派の言いたいことをうまくまとめてくれている。

そして先日、上記を引きとる形で次のエントリが書かれた。

2017-02-24 残業禁止強者ルールなのでは、という話 http://syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

ここで幾つかの食い違いが出てくる。
  • どうも、効率の悪い人です。それ、効率良く働けるマンしか生き残らないよな。
  • 「え、職場についていけないなら辞めればいいじゃん。無能なんでしょ?」そういう声も聞こえてくる気がします。

まず「無能はやめろという方向のブックマークコメント」はごく少数でしかない。先の2エントリ計、約750コメントの内7つ前後判断が難しいコメントがあるので)。獲得★スター合計、TOP10の1,800個に対し10前後

時間を区切って生産性上げろよ」「効率上げろ」と仰る皆さん

同様に先の2エントリ中にこの方向のブコメは同750中24前後。獲得★スター合計、TOP10 同じく計1,800個に対し16個前後

ここで『残業禁止強者ルール』という重要言葉が出たわけだけど、上に書いたように「無能は辞めろ」「効率上げろ」といった個々人の弱さを責めるコメントはごくわずかだった。

(「残業をしないということは弱者はクビにされる。つまり無能はやめろと言っているのと同義ではないか」という方向から意見かもしれない。しかし私はこの前提が正しくないと考えている。理由は最下部に書く)

前の方のエントリで書きましたけど、効率よく仕事する皆さんにボッコボコにされた悲しい経験があります

とあるように、このエントリには自身の別記事のやり取りでの経験が尾を引いているようだ。(あの記事かな?と思うものはあったが特定できなかった)

であれば当該記事との関連をもう少し明確にしないと、やはり「何の話をしている?」となりついて行きにくい。

このエントリには次のようなハテブコメントが付いた。

これらのコメントを受けて

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

とのコメントが付く。これは大事な一文なので、続くエントリのあとで合わせて追記する。

2017-2-26 ADHDと「残業禁止ルール」の相性の悪さについて http://menhera.jp/2064

前提が間違っている。

先に記載された通り「労働ダンピングは許せない」は一連の流れにおいて主内容ではない。ダンピング言及したコメントは先の2エントリ12前後/約750コメント。獲得★スター合計、50個前後/TOP10計1,800個。

「噛み合っていないんですよ」と言うのであれば、まず自身が噛み合わせてから話し始める必要がある。

「"仕事が遅いからといって労働ダンピングは許せない"というコメントに対する反論」とするならば正しい。だが、その一部分を主題とせず「一律の残業禁止は是か否か」という大元の流れを自身で呼び寄せたにも関わらず「(全体の話は置いておいて)私は今回ADHD特性をより詳細にお伝えすることで"労働ダンピングは許せない"という人への反論します」という内容でしかないのであれば、そちらがズレている。

はてなで”普通”の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ。という多数意見を見るとは思わなかったね。

残業禁止強者ルール」でのブコメ発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

マイノリティーにも多様な働き方を」という主張は正しい。だがここで使うのはズレている。システムとしての安全策を構築するのではなく"弱者自己努力でなんとかしよう(時間はあげるから)"と言っているようなものなのだから

ADHD側の話題が徐々にずれてきているから「主題残業例外を認めるか否かだよな?答えは、ADHDでも例外は認めない。個人責任を負わせてはいけないから」と主題への返答をしたのに「私は全体のことについて話しているのではない。私自身のことに目を向けてほしいのだ」「マイノリティーを黙殺するのか」という方向にもっていっている。

全体の流れを追って話をしている人たちからすると、いきなりポンと話を支流へ飛ばされてしまうと面食らうんです。えっと…今急にその話題に飛ぶの?その話も確かに大切だけど、主題をもう少し詰めてからでないとややこしくなるよ、と考える。

なぜ話が飛んだんだろうか?カドカワさんに「めっちゃいっぱいPV集めたら書籍化」って言われたから無理やり話題を引き入れたのかな?と一瞬勘繰ったが、いや違う、思い出した。

ADHDの人って「途中から話に割って入ってしまう。今言わないと忘れるからという傾向があることを。ああそうか、と自分の中では納得がいって、別に喧嘩するほどのことじゃないなと安心できたんですが、どうでしょうか。

そうでなくても、いちいち全体の流れなんか把握してらんないのでちょっとずれたこと書いてしまうということは誰しも思い当たるふしがあると思う。だから自分の話も聞いてほしい」と思ったり、話がポンと飛んでしまったりすることがあるのは仕方がないけど、同時に、いきなり話題が飛んだことについていけない人がいるのもまた仕方のないことであり、そのことをもって「心無い人たちだ」と思うのは間違い。

このポンと飛んだ話から「言いたいことは発達障害者の切実な状況についてである」を第一に考えられた人はえらい。一方で、他の人がそのことを本当に理解できていなかったかというとそれもまた違うと思う。

話がずれているな、と感じるとき人がすることは二手に分かれる。話題を元に戻すか、一旦主題は置いておいて副題へ移るかだ。しかしこの時点では主題煮詰まっているとは言い難く、このタイミングで副題へ移ってしまうのは主題が疎かになる可能性があった。こうした理由とハテブの100字制限もあり、「ADHDの置かれた立場という副検討課題」よりも主題に対してのコメントが多くなってしまったのだと思う。

残業禁止個人仕事の進め方の話をしてるんじゃなくて、「赤信号は止まりましょう」位のルールの話で。赤信号で止まるのは視覚障害者に厳しいから止まらなくても良いことにしてくれという事にはならないだろう。

そう。視覚障碍者への対応を考えなければいけないのは明らかだが、まずは主題「赤信号は止まる必要がある」という原則を皆が共有する必要がある。しかし「全員が止まるなんて無理」という意見が出ているので「いや、やはり赤信号では全員が止まらなければいけない。なぜなら」という話を進めていく必要がある。

ADHD側が阻害されたと思うのと同様に、根幹の話し合いを疎かにすると以前から話を進めていた残業反対派も進行を阻害されたと感じてしまう。

ADHD管理職をやっている者なんだが http://anond.hatelabo.jp/20170227161628

このエントリでせっかく素晴らしい知見が得られているのに

  • なんかなあ。別に誰も「定常的に一定効率を出せないやつは死ね」なんて言ってないと思うんだけど。問題は「残業規制するのはADHD疎外だ」って主張だよ。それはまちがってる
  • 最初の話は多様性を認めろじゃなくてサビ残認めろだったよな。サビ残と戦おうとしてる人を強者扱いしてかわいそうなADHD物語作ってたよな。多様性認めなかったのどっちだよ。俺は雑な話をしたくないだけだ。

と、内容に直接触れたものではないコメントが最多の支持を得ることになってしまった。この反応は、率直に言うと「"過労死を防ぐ"という核心部分のために残業規制を話し合っていたのにADHDの人に全部持っていかれてしまった……」という"悔しさ"みたいなものかもしれない。そして「ADHDの人にも関係あること話してるのに黙殺だって言わないでよ」と。なぜなら、その残業問題主題にはADHD仕事ができない人も当然内包されているから。どういう意味だろうか?

まり、こう。

仕事ができない人はクビになる」と怖がってるけど逆だよ。現状「周囲に助ける時間的余裕がないから、仕事ができない人に厳しい」んだよ。全体の残業が減って時間的余裕がある世の中の方ができない人へも優しいよ。

夢のある予想だが、しょせん理想に過ぎないだろうか?

ここで一度話を切ります。次の増田では、上記理想論を含め当初から出ている多くの疑問点について一つ一つ答えてみる形で進めます。続けて読んでもらえたらうれしいです。→http://anond.hatelabo.jp/20170310204122

もうひとつ

一番最後エントリ1000ブクマを超えている。ハテナ民がブクマをする理由はこうだ。「うわー長文だしなんか難しそうだな…でも"知らないままで置いておくわけにはいかない"。ポチっとな(後で読む)」。そう、後で読まない。ともかく、皆発達障害の人を見ないことにしてれば良いなんて考えてないんだよ。知っておかなければいけないと分かってるんだよ。

残業規制問題の盛り上がりはまだ始まったばかりで、発達障害、その他沢山の課題順次考える必要がある。そのときADHDについて日々書いてくれている人たちが強力な助っ人になるので、どうか焦らず、でも止まらず書き続けてほしい。

2017-03-08

特段やりたいことがない場合はどうやって人生を過ごしていけばいいんだ?みんな何して人生を過ごしてるの?今の俺が自主的にやってることといえば筋トレだけなんだけど、それが金になるわけじゃないしなぁ。仕事もいつも辞めたいと思ってるし。はぁ〜。ほんとみんなはどうやって人生をやり過ごしてるんだろ。

2017-03-04

学校で教えて欲しかったこと

小中高では「授業を真面目に受けて理解してテストで点を取る」技術は磨かれたけど、大学社会人になってからは「自主的勉強して他人コミュニケーションして技術を身に付ける」技術必要

そして前者の技術しか磨いてこなかったので大学入ってから落ちこぼれ社会人になってからも苦労している。

講師がいる研修では上位の成績を相変わらず取れてるんだけど、実務では優秀な人との差をいつも感じている。

 

 

 

小中高でも運動会とか文化祭とか学業関係ないところでそういった技術は磨かれるんだろうけど、逆にそういったのより学業を優先していたからなぁ…

学校や塾で授業を真面目に受けるだけでテストの点を取れたか自習も余りしなかったし…

自主的勉強して他人コミュニケーションして技術を身に付ける」技術子供の頃に培っておかないと社会人になってから大変だと、小中高の頃に教えて欲しかったな。

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170301132646

別の増田が回答しているので補足的に。

場所によってプレーに影響出てくる差ってある?

南米とかの標高の高いところにあるスタジアムが有名。酸素が薄いのでブラジルでも苦戦する。

あとは細かいパス回しが得意なチームが相手だとピッチに多めに水を撒いてボールを転がりにくくしたりする。

スタジアムの差というよりホームアウェーの差という感じだが。

国(リーグ)によって違いってある?

試合方式選手登録ルールとかはリーグによって違いがある。

UEFAでのファイナンシャルフェアプレーとか。

アンリトン・ルールってある?

敵味方問わず誰かが倒れたら選手自主的試合を止めるんだけど、

そこでボールを奪ったり、止めるふりしてプレーを続行したりすると批判される。

バロテッリ試合の前半で相手選手ユニフォームを交換して叩かれたり(ユニフォーム交換試合が終わってからやるべき)。

あとネイマールリードしている状況でヒールリフトを使って叩かれたこともあったな(派手なフェイントは相手への侮辱)。

このあたりは野球と同じくリーグによって違うだろうけど。

最後5分位の時間稼ぎってどう思う?

時間稼ぎは、倒れたりよりは、セットプレーをなかなか蹴らなかったり、後ろで延々とパスを回すことが多いかな。

見ていて楽しいものでもないし、露骨すぎるとブーイングされるので、別に時間稼ぎが歓迎されているわけではない。

ただし最後まで攻めたせいで逆転されると「なんで時間稼ぎをしなかった」と盛大に叩かれるぞ。

2017-02-21

JASRAC音楽教室の件

まあ、なんだ。色々もにょる部分があるので書く。信じる信じないは別としてある程度経歴を書いておくと、一応ヤマハ音楽教室出身音大も出てるけど音楽教室で教えているわけでもないし、いわゆるクリエイター権利者でもないので直接的な利害関係者ではない。完全に中立だとは思わないけどね。

これはどうよ?と思うのは、JASRAC大橋理事論理。まあ、大橋氏の言わんとしていることがインタビュアーに歪められているという可能性はなきにしもあらずだが。

問題の部分は、これ。

しかし、ヤマハの主張にはおかしな点もありますヤマハ音楽教室世界41カ国で展開していますが、数年前にJASRACが行った調査では、韓国香港台湾タイ著作権管理団体から、「ヤマハ音楽教室著作権管理をしている」と回答を受けています。つまり海外では演奏権を認めて使用料を支払っているのです。それなのに、日本では払わないという主張はおかしい。

http://toyokeizai.net/articles/-/159017?page=2

どこがおかしいと思う?音楽教室楽曲使用することに対して、著作権料を払うかどうかの根拠は「日本著作権法」にあるし、あるべきなんだよ。その点で音楽教室JASRAC見解が一致しないからこじれてるし、法曹界見解一枚岩ではない(ように見える)。ここまではOK

で、外国には外国著作権法があり、必ずしも日本と同じ運用がなされているとは限らない。だから音楽教室での楽曲使用に対して、外国では既に払っていることはあり得るし、別段おかしなことでもないんだよね。

まあ、上記の国々での著作権法が、音楽教室での楽曲使用に関しては日本のものとほぼ同じで、明確に規定されておらず、また明確な判例もないのに、「演奏権」を根拠として自主的に支払っている、という可能性もなくはない。なくはないが、大橋氏の論理をそのまま受け入れるのは余程のお人好しだと思うよ。

この文だけど、

韓国香港台湾タイ著作権管理団体から、『ヤマハ音楽教室著作権管理をしている』と回答を受けています。つまり海外では演奏権を認めて使用料を支払っているのです。」

前段と後段が繋がってないんだよね。

韓国香港台湾タイ著作権管理団体から、『ヤマハ音楽教室著作権管理をしている』と回答を受けています。」

これはまあ客観的事実の指摘でいいとしよう。しかし、続く

「つまり海外では演奏権を認めて使用料を支払っているのです。」

これはJASRAC側が解釈するところの「ヤマハ音楽教室著作権管理」でしかない。明確に「音楽教室での楽曲の利用に関する著作権管理」とでも言えばいいのに、なんで言わないんだろうね?

まあ、明確に言わない理由存在している可能性もあるけどね。ただし、「おかしい」と批判する側が(どのような理由があるにせよ)おかしい主張を繰り広げるのは筋が通っていないと思うな。

個人的には、学校外での教育、つまり音楽教室での音楽の利用に対して、著作権料を払うことは必ずしもおかしいことではないと思う。ただ日本において、現状で一番問題なのは、「法的根拠あいまい」ってことなんだよね。裁判所で白黒はっきりさせるというのも一つの選択肢だけど、広く世論に訴えて法改正を働きかけるというのが最善だと思うんだけどね。

24時間営業を減らすには、一気に減らすのが大事

なんかブクマカとかアンチ24時間営業が多いけど、あれって徐々に減らしても不都合に感じる人が徐々に増えるだけで、あん効果ないよね。

普段から俺は終電過ぎるまで残業することあるけど、コンビニとかそれこそ11pmで閉店されちゃそうとう不都合なわけだ。

自主的に(場合によっては社会制裁的に)深夜営業をやめさせることはできても、撲滅は難しいんじゃないかなと思うのさ。

これトップダウンで「どこの店も定時以降の営業禁止!」とかにして、1年後なりに「あーやっぱりないならないで別に不都合感じないねー」ぐらいに思わせるのがせいぜいじゃないか

「ただ自分が使わないのをこきおろしときゃいい」というブクマカ以外は建設的な意見出せるはずだよね。

2017-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20170210105124

というか女に女らしさを求めるな(男に男らしさを求めるな)って非モテ産のポリコレ棒だよ

異性からそういう魅力がないと思われるけど、それまでそういうのを演出する訓練を親から周りから受けてこなかった

自主的練習して来なかったから今さら習得できない、だから性差別だとわめきちらす

あのなー、普通の大多数の異性は、その逆の異性らしさを好むのが普通なんだよ

男なのにカマっぽいやつを好む女って普通じゃねーからモテなくて当たり前だから僻むな(逆もしかり)

もっと言えば最近女性男性化が進みすぎたせいで男が結婚したいと思わなくなってきた

男性が草食になったんじゃなくて1つ屋根の下に、男は2人必要ないのよ

そして男性化した女性は1人でも生きていけるからなおさら結婚率が減る

ところが男が女性化したらキモくて金のないオッサンになる

詰んでるわけですよ

どっちの幸福も考えたら男は男らしく、女は女らしくで大正解

そこにいくら言い訳しても結婚したカップルたちは相手にその魅力を感じてる

勝ったのは生涯独り身の非モテフェミニスト戦士たちだけってオチ

2017-02-06

中学受験体験

小6の息子がめでたく中学受験を終えたところ、通っていた塾から受験体験記」の執筆依頼が来たのだが、1200字程度で収めないといけないらしく、思いの丈の全ては到底書ききれないので、その下書き代わりにこちらに字数制限なしで書こうと思う。

それに、どれだけうまく1200字に収めようと、自分がこれから書く内容はきっと塾の受験体験記集には採用されないので、せっかく書くのに日の目を見ないのも切ないという事情もある。

公立派 vs. 私立

そもそも自分中学受験必要性を何ら感じていなかった。気軽に通える範囲私立中学などない田舎で育ったし、気合を入れて遠距離私立中学に通わせようとなどという教育熱心な家庭でもなかった。

通った近所の公立中学は荒れていた。不良な上級生が授業時間中に教室外にたむろして騒ぎを起こし、先生一同でそれに対処するために授業が中止になることや、校内を卒業生バイクで走り回るなんてことはザラにあった。

力の強いやつが偉い、という暴力的世界ではあったし、自分クラスで一番のチビというハンディもあったが、それでも気の合う友人もできたり、部活に精を出したりと、自分なりに楽しく過ごせた3年間だった。

その後も地元では一目置かれる県立高校に進学できたし、大学東大京大ほどではないが、世間的には高く評価されるところに現役で合格することができた。

自分自身がこのように特に不満のない経歴をたどることができたので、公立中学に対するネガティブイメージもなく、息子についても近所の公立中学への進学で何の問題もないと考えていた。

しかし一方で妻は私立派であった。

私立派と公立派は基本的には分かり合えるものではないと思ってる。何しろ、1人の人間私立中学と公立中学の両方に通うことは基本的にはないのである公立中に通い、そこでの生活に満足した人は公立派になるし、不満足ならアンチ公立派=私立派になる。私立中に通った人も同様である。両者を公平かつ客観的比較するのは難しく、どうしても主観が入り交じる。

塾に通うきっか

4年生の終わりくらいに中学受験のための塾に通う話が持ち上がってきた。自分公立派ではあるが、それでも塾に通うことに反対はしなかった。

先に述べた通り自分田舎の狭い世界で育ち、教育熱心な家庭でもなく、例えば東大のような高い目標を目指したりすることもなかった。

息子は幸い勉強の才能に恵まれ、昔の自分よりは頭が良さそうなので、ぜひ広い視野と高い目標を持ってもらいたいと願った。中学受験塾は、頭の柔らかい小学生のうちから高度な勉強をして脳みそを鍛えたり、世の中には自分よりも頭の良いやつがたくさんいることを知るのには良い場所だと思ったのが、塾通いに反対しなかった理由だ。

最終的に私立中受験するかどうかは自分にとって重要ではない。勉強するだけ勉強して、受験せずに近所の公立中に進んだって何の問題もないと本気で思っていた。

そして中学受験

しかし息子本人はやはり段々と私立派に感化されていった。母親絶対私立派、父である自分公立肯定派ではあるが私立別に否定はせず、そして当たり前なことに塾に通う友達はみな私立派。塾の先生は...言わずもがな

仕方ない、分かった。私立に行くのは構わない。で、どの学校に行きたいんだ?

息子は御三家と呼ばれる男子校一角名前を挙げた。

受験方針

当時の息子の塾での成績からすると、その学校ちょっと高望みであった。一方、自分が見込んでいる息子の潜在能力からすれば、合格レベルに達することは可能だし、追い込んで勉強させれば御三家を超える最難関中学すら可能性はあるという思いもあった。

しか偏差値の高い学校に入ることに何の意味があるだろう?

聞くところによると私立中学の人気というものは、どうやら併設の高校東大合格者数の増減に大きく影響されるらしい。しか自分の考えでは、東大合格者数に大した意味はない。難関私立中高の東大合格者数が多いのは、教育力が高いからではなく、東大合格できる素質を持った生徒を選抜するからである。それにどれだけ多くの同級生東大合格しようとも、その中に本人が入ることができなければ、その指標には何の意味もない。逆に、素質があって、実力を高める努力を怠らなければ、どの学校に進学しても東大は狙える。

何はともあれ、私立受験が不可避となった段階で、自分

  • 「無理はしない」
  • 学校選びには口を出す」

という2つの基本方針を立てた。

無理はしない

中学合格した直後が自分人生ピークでした」という話しをいくつか聞いたことがある。親が積極的に介入して受験勉強に追い込み、より難易度の高い学校合格させることはできたとしても、それで燃え尽きてしまっては何の意味もない。

勉強というものあくまでも自主的にやるものである

本人がやる気になるような声掛けや仕掛け作りはしたが、無理に勉強させることはしなかった。そもそも教育熱心な母親というもの一般的に「勉強しなさい!」と口うるさく言わずはいられない生き物なので(偏見)、そこで父親まで同じことを言ってはいかんだろう、という思いもあった。

人生ピークはもっともっと後に来なければならない。そのためには中学受験とき限界まで追い込む必要はなく、いくらかの余裕をもって終えるくらいがちょうどいい。

学校選びには口を出す

いや、まあ、普通の親は口を出すものだとは思うけれども。

息子が御三家校に行きたいという理由は、本人に言わせれば「文化祭見学して自由雰囲気が気に入った」ということらしい。しか文化祭体育祭というのは「特別な日」であり、それだけ見てその学校のことを理解するのはほぼ不可能である

だいたいその理由すら本当かどうか怪しい。たまたま一番最初見学に行ったのがその学校だったので、一番強烈な印象を受けたのかもしれないし、母親が勧めたのを鵜呑みにしたのかもしれない。あとは塾の同級生である。親から刷り込まれ学校観を友達披露するような子もいたのではなかろうか。

いずれにせよ、中学受験において男女御三家というのは正義である

しか公立に行けば払う必要のない大金を払わされるこっちの身からすれば、偏差値ステータスなんてものには何の興味もなく、払うからには最も高い実利が得られる学校を選びたいと思うのは当然である

息子本人が言う志望校なんぞ当てにならん。行く価値のある学校自分で見極めることにした。

学校説明会に通う日々

6年生の春になってから候補となりそうな中学学校説明会にはことごとく足を運んだ。普通はもう1年くらいは早くこういうことをするらしいが、まあその時は自分中学受験に興味を持っていなかったので仕方ない。

学校説明会では目から鱗が落ちる思いをした。

正直言うと、それまではどの学校も大した違いはないと思っていた。しか校長の話しからは教育に対する信念や熱い思いが伝わってきたりこなかったり、個性的カリキュラムを持つ学校があったりと、それまでの自分の考え方は誤っていたことに気付かされた。

なるほど、これが私立か。

確かに高いお金を払ってでも通わせてやりたいと思う魅力的な学校がいくつかあった。難易度も低くはないが、届く範囲。そして息子の志望する御三家校は、魅力的ではあるが上位ではなかった。

学校選択プレゼン

さあ、本人を説得だ。

仕事クライアントを説得するかのようなプレゼン資料を作り、リビングテレビに映して、自分の気に入った学校誘導するプレゼンを行った。

学校選びに関する様々な観点提示し、各候補校のメリットデメリット説明した。内容を正しく理解すれば、自然自分の勧める学校第一志望になるはずの渾身のプレゼンである

そしてプレゼン終了後に改めて息子に志望校を尋ねたところ、あっさりと従来から御三家校の名前を挙げた...。自分プレゼンは何の効果も発揮しなかった。

説得を諦めるわけではないが、気分良く勉強してもらうために、ここはいったん退くことにした。最後最後に説得が成功すればいい。

勉強の日々

夏休みが明けると生活受験一色になった。1年生から続けていたスポーツクラブは休部した。塾通いはそれまでは平日2日+土の週3日だったのが、日曜も加わり週4日になった。

しかし、塾以外での勉強時間特別に多いわけではない。多くのアドバイスによると、朝は早起きして勉強すべし、と書いてあるが、それは結局無理だった。息子はどうやら夜型人間で、夜は11時、12時まで勉強して、朝は学校に行くギリギリ時間まで寝るというスタイルに落ち着いた。自分も夜型だから理解はできたし、それも個性だと割り切ることにした。

テレビマンガもちょこちょこ見ていたが、それこそが必要な「余裕」だと思い、特に勉強に追い立てるようなことはしなかった。(自分は。妻は別。)

ちなみに中学受験は親子の二人三脚、とはよく言われるが、生活面はともかく、こと勉強に関して言えば完全に塾と本人任せ。机に向かっている間、何の勉強をしているのかも知らない有様。

しかしそれが功を奏したのかどうかは分からないが、塾での成績は徐々に上昇してきて、10月から御三家校を完全に射程に捉えた。

その後は概ね合格圏内キープ、上昇ペースが予想よりも2ヶ月ほど早かった以外は、ほぼ自分見立てた通りのシナリオだった。

そして本番

第一志望は相変わらず御三家校だったが、第二志望は父に義理立てしたのか、自分お勧め校ということになった。加えて第三志望群に何校か。

この中で最も試験が早いのが第二志望の学校。定員が2つに分割され、試験は2回実施される。1月中に行われる1回目で合格することができれば、後はもう第一志望を受けるだけでよくなり、その後のスケジュールが非常に楽になる。

が、残念ながら不合格

さすがに本人も多少はショックだったようだ。しかしここは切り替えが大事

「失敗というのは、そこから学びがある限りは失敗ではなく、次の成功必要過程ひとつになるのだ。この不合格をそうできるかどうかは、この後の頑張り次第だぞ。」

そして迎えた2月1日からは怒涛の試験ラッシュ

2月1日

午後に受けた学校は当日夜にインターネット合格発表があり、めでたく合格!この学校自分評価は高く、本人もかなり気に入っていたので一安心である

なお第一志望校合格発表は2日後の2月3日午後。

2月2日

お勧めの第二志望校に二度目のチャレンジ合格発表は翌日朝。

午後校は当日夜の合格発表で、こちらは合格

2月3日

受験会場まで息子を送り届けてから少し経った頃に、前日の第二志望校合格発表時間がやってきた。緊張しながらホームページを開く...息子の受験番号を探す...

うーむ、残念!父の目論見はここで潰える。

実のところこの学校偏差値的には第一志望の御三家校よりも高いのである。ここを第一志望にして対策してきている受験生がたくさんいることを考えると、こっちは過去問ちょっと問いたくらいの準備で、まあ仕方のない結果ではある。

そして第一志望校合格発表

午前の試験終了後、息子と昼食を取り、気を取り直して向かうは第一志望校合格発表。これまでの合否確認はすべてインターネットだったので、実際に掲示板を見に来るのは本人も自分も初めてである

緊張の一瞬。

遠くから掲示板を見つめていた息子の顔が一瞬ハッとする。あれは自分の番号? 遠くてよく分からない。人混みをかき分け掲示板に駆け寄る。そして歓喜の瞬間。

合格

総括

父としては御三家校に合格したことよりも、息子が自分で立てた目標に向かって努力し、見事それを達成したことこそが喜ばしい。この成功体験はきっと今後の成長の糧になることだろう。

そして望外に嬉しかったのは、息子が「僕を塾に通わせてくれてありがとう」と言ってくれたこと。最近は塾で鍛えた脳みそをひねくれたことを言ってみたり、屁理屈こねることにばかり活用していたので、こんなにも素直な感謝言葉をもらえるとは思ってもみなかった。

また、自身合格を喜びつつも、残念ながら不合格だった塾の友人たちの気持ちを慮る言葉もあり、そこにも成長を感じとることができた。

自分としては第二志望校(父の第一志望校)不合格で、息子を説得する機会さえなかったのは少し残念ではあるが、合格した第一志望校も実のところ非常に魅力のある学校であり、本人の喜びようも見れば、きっと説得には耳を貸さなかっただろうし、自分もあっさり諦めたことと思う。

それに何より、自分がこれまで全ての場面でそうしてきたように、息子にも自分人生自分で決める権利があり、これはその第一歩だったのだ。

自由校風を大きな特徴とするその学校で、大いに自由を謳歌したまえ。

(ただし高い学費の元は取ってもらわないと困る。)

アドバイス

来年以降受験するご家庭へのアドバイスなんてものほとんどない。

息子の受験成功裏に終わったが、自分の立てた受験方針戦略あくまでもその息子が前提のものである。下の子が数年後に受験することになるかもしれないが、その子はまた違う個性を持っているので、同じ戦略は使えないと思っている。

あえて言うなら、

くらいなものである

以上、長文乱筆失礼致しました。

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.学校で習う勉強は役に立ちますか。

学生ならば誰もがぶつかる問題だな。

例えば、君が大人になったとき自主的に行う習い事は役に立つものだろうか。これは半分YESである。なぜなら学校で習う勉学とは違い、その習い事は君が役に立つと思って勉強しているものからだ。だが、なぜ半分はNOかというと、例えばパソコン検定1級だとしても、それで培われたスキルを使えるような機会がなければ、君が役に立つと思っていてもそれは事実上「役に立っていない」のである。仮に活かせる機会があっても、それがなくなった時点で「役に立たなくなる」。つまり「役に立つもの」とは、それ自体は役に立つかどうかは決まっていないのである

そして人格成熟するにつれて、「役に立つ」というもの恣意的かつ限定的意味合いを多分に含んでいることに気づくのだ。環境自身の置かれる立場自分のやりたいこと、という前提のもと「役に立つもの」を決めているのである。側面が変われば役に立つものが変わるのならば、様々な事柄を習う学業がほぼ役に立たない、或いは役に立たなくなるのは必然である

だが、それを踏まえると、学歴社会というものある意味で実に分かりやすい。勉強の内容が(活用できるという意味合いで)役立つかどうかはともかく、それに対してどれだけ頑張ったかという大雑把な実績で測られるのだ。本来限定的かつ恣意的な「役に立つもの」を、より汎用的なものに仕立て上げている。その観点から見れば、学業は役に立っていないにも関わらず、事実上はとても役に立つものなのである。何が役立つか、何を役立てるべきか、何を役立てたいかからない、意志薄弱で未成熟人間にとってこれは案外悪いことではない。

というわけで、質問の答えとしては「学校で習う勉強が役に立つかどうかはともかく、悪いようにはしない」といったところだ。もちろん、より限定的かつ恣意的な“役立つもの”の前では霞むが。なので何かを見据えて、自分にとってよりやるべきことがあると信じているのならば、それを最適化するための「役立つもの」を手に入れようとすればいい。もし、そんなもの特に思いつかず、ただ目の前から逃避したいだけでそんなことを言うのなら、ぶつくさ言いながらも勉強したまえ。

なあに、仮にそれらが無駄になってしまっても安心するがいい。側面によって「役立つもの」が変わるのならば、いずれにしろ大多数の人間は培ってきた「役に立つもの」を、実質わずしか役立てていないことになる。勉学問わずほとんどのものは「役に立たないもの」なのである

Q.ネイティブアメリカンはどうやって生まれたのですか。

イエス・キリストを殺した罰として、イスラエル部族の肌を赤くしたのが由来だ。

キリストアメリカに爆誕したのは有名だが、なぜアメリカにいたかというのもそれが関係している。

当然、信心深い人間は啓示を受けているので、これを知っている人は多いと思うが。

私はクリスマスの予定を体よく誤魔化すためにユダヤ教ではあるが、やはり神というもの地元密着型の方が親近感が沸くのだろうな。

2017-02-05

沖縄米軍基地について

沖縄で生れて沖縄で育って30年以上だけど米軍基地問題について気持を書いてみる。

正直なところ沖縄にいる人のうち米軍基地問題に興味がある人は半分もいないとおもう。

沖縄基地があるのは普天間や嘉手納や北部の演習場とか基本的には中部以上の場所にある。

そして沖縄都心である那覇沖縄南部だ。

よく問題になる騒音被害基地のそばでしか影響受けないので浦添より南に住んでいる人は米軍基地とかかわる事がないのだ。

沖縄住民の半数以上がそんな環境で暮している。

中南部に住んでいる人は北部に行く事も年に1、2回あるかないかだし行ったとしても基地の横を通るだけなので特に被害はないし興味もない。

そんな中で基地問題と言われても特に思い入れもないのである

かく言う自分基地のそばで生まれ育って、夜中に飛ぶヘリの音を煩いと思ってきたが

大人になって都心那覇引っ越してきたら静かでヘリの音もせず基地の事など忘れてしまった。

じゃあなんで基地反対の県民集会とか人があつまるのかというと

沖縄社会人ならわかると思うが労働組合がある会社だと普通に会社労働組合などから参加要請があるからだ。

参加すると休日出勤手当や組合参加手当がつくのである

なので自主的に参加する人や組合命令でローテーションで参加の命令がくる。

自分子供の頃に家族で何度も参加したが家で基地問題の話は聞いたことがないし、親は県民集会参加を仕事と言っていた。

大人になって会社に入ってそういう仕事がまわってくる事を実感できた。

那覇都心に住んでいる人が米軍基地より迷惑におもっているのが中国人団体客だ。

店や県からしてみればお金を落してくれる客でうれしいのはわかる。

しか一般人としてみればどこへ行っても中国人であふれレジは並びラーメン屋行列ができてる。

道には運転のおぼつかないレンタカーが走り渋滞する。

そっちのほうが生活している身にとっては迷惑だなーって思ってしまう。

これが沖縄生活していて感じている事だ。

2017-02-03

コミュ力欲しい

積極的発言するとたまに変なこと言っちゃうし、

普通に普通に喋ろうとすると、全然面白くないこと言っちゃうし、

相手の話を受けてちゃんと考えて喋ろうとすると黙りすぎって言われるし、

とにかくどんなコミュニケーションをしても後から自主的反省会しちゃっては凹む。

喋りすぎず相手の話を受けて面白いことをズバッと言える人間になりたい。

というかそれが普通の人だと思うから普通になりたい...。

2017-02-02

過去わたしに言いたいこと

大学4年生。春から院生。専攻は言ったら特定されるくらいニッチな分野。日本語の関連論文探したらうちのゼミ卒業生名前ばっかり出てくる。バイトは2つしてる。春からは減らしたいけど。正直言えばもう今だって減らしたいけど。

これが現状。

学会の準備とか論文執筆とか(まだ慣れなくてひとつ文書くにもすごく時間をかけちゃう。早くたくさん書けるようになりたい)資格試験の準備とか(指定科目の単位を取れば受験資格がもらえるよ系のやつ。かっこいいから取るけど正直将来は履歴書資格欄を埋める以外の役には立たなさそう)、あと引越しの準備で非常に忙しい。これだけならまだマシなんだけどこれにバイトが2つ捻じ込まれてる。増田眺めてほーんとか言ってる場合じゃない。けど、どうしても論文以外の文章を書きたい気分だし書かなきゃずっと考えっぱなしになっちゃうから書く。

未就学時の幼いわたしへ。

きみはどうしようもないブスだ。親はブスと言いつつも可愛がっていいブランド服とか着せてくれるけど豚に真珠とはまさにこれ。馬子にも衣装とすら言えない。祖母は「整形すれば大丈夫よ」とか言う。大丈夫じゃねえよ。

でも、案ずるな。成長とともに自然にマシになるから。今だって美人とは言えないけど、平均的な女の子って感じの顔立ちにはなれてる。高校に上がる頃から親とかも「あんた可愛くなってきた?」みたいになるから。案ずるな。

それから、2歳の頃にあなた自主的公文に行きたいって言い出して親に通わせてもらってたけど、それはめちゃくちゃ英断。2歳でその英断ができるあなた神童。結局あなた高校2年くらいまでずっと公文を続けることになるし、そこで培った学力だけでなく、継続したという事実が今のわたしを形作っている。

でもな、将来の夢「りんご」って、お前りんごにはなれねえよ。椎名林檎だってまだデビューしてないだろ

小学生わたし

過去の一時期まで、わたしはずっと小学生の頃が人生ピークだと思っていた。そう思っていたくらい、小学生わたし生活は充実していた。そのまま元気に生きて。でもね、ピアノもっと楽しく弾いていいものだし、楽しく弾けるまでは苦しいけど、もうちょっと努力してもよかったんじゃないかな。あと、男の子もっと優しく接してあげなさい。かわいそうでしょ。噛んだりしちゃだめ。

中学生わたし

髪、伸ばした方が可愛い気がするよ。あともうちょい痩せろ。デブまではいかないけど、いや、やっぱデブかも。あと3kg落とすだけで大分よくなるよ。体育が苦手で辛かったね。高校に入ったら周りが似たり寄ったりの運動音痴だらけになって体育が楽しくなるからちょっとだけ我慢しな。

今になって思い返すとあなた友達ほとんどいなかったし、時々嫌がらせとかされたりしてうわぁって感じだけど、そのことで一切気に病むことなく、ひとりでも明るく生きてたのは本当にすごい。でも、授業中に授業内容を理解してるわけでもないくせに関係ない私語でギャーギャー騒いだり生意気な口を聞く子たちが本当に嫌いで心底死ねと思っていたよね。その嫌いな気持ち死ねと思う気持ち、口や行動に出すべきではないけど、でも、大切にしてね。そういう尖った感情も、成長につれて抜けてしまものひとつから。今、わたし偏差値でいうと10〜50くらいのアホな中学生の面倒を見るバイトをしてる。彼らはまさにあなたが嫌いな子たちと同じ雰囲気を纏っている。うるさい。でも、わたしはあの子たちが可愛くて仕方ない。年上の余裕ってやつかもしれないけど。ウザい死ねと本気で思えるのは今のうちだけだから、精一杯憎みなさい。

高校生わたしへ。

つらいことがあります。どうしようもないことです。でも、少しだけ。もう少しだけ、あなたに行動力があれば、同じ結果でもまだマシな気持ちになれたかもしれない。いずれにせよ、その出来事は避けられません。あなたはしばらくそれを引きずる。でも、あまり悲しみすぎないで。忘れないでいることは大事だけど、ずっと覚えていることはずっと悲しんでいることではない。あまりにも大きすぎて周りが見えなくなっているかもしれないけど、あなたの周りには素敵なもの楽しいことも溢れている。それも、忘れないで。セーラー服自転車に跨るのが楽しかったこととか。セーラー服自転車なんて、高校生ときしかできないサイコーキラキラしたやつだから、存分に走り抜けてね。坂道キツくてヒーヒー言ってると思うけど、まあそのうち慣れるよ。

あと、海辺は風が強くてすぐスカートがびゃーってなるから、ちゃんと中にスパッツなり短パンなり履きなさい。

あと、勉強、サボらないでよね。あなたのおかげで今のわたしハチャメチャ苦労しています。そんなんだから第一志望落ちるのよ。でも、あとでいろんな意味で落ちといてよかったって思うようになるから、それはそれでまあいっか。

大学に入ったばかりのわたしへ。

初めての一人暮らし、慣れないことだらけだろうとは思うけど、ちゃんと部屋の掃除とかしてね。第一志望ダメで後期滑り落ちてきたところに進学したからって、あんまり腐らないように。ここにも面白い学問がたくさん転がっています。やりたかったことへの道が閉ざされたからって盲目にならないように。そもそも道を閉ざしたのは己の勉強不足なんだし。

途中、突然鬱病になります。腕はずたずた、酒に溺れ、暗い部屋に一日中引きこもって動けなくなります。鬱になることは仕方ないとして(?)、現実的アドバイスをしておくと、剃刀とかカッターでのリスカはやめといたほうがいい。明らかにうわっリスカ痕じゃんみたいなのが残る。まあ時間が経てば綺麗になるけど、それでも近くで見たらまだわかっちゃう。じゃあ何ならいいのかっていうと、百均でノコギリ買ってきなさい。それで、ギコギコしちゃだめ。腕に叩きつけろ。簡単に流血するし、皮膚が切れるだけじゃなくて単純に打撲の衝撃も加わるからダメージは大きいけど、百均クオリティのおかげで傷は深くならないし、一つ一つの傷が小さい点だから治りが圧倒的に早い。治ったあとも綺麗。ノコギリを使いなさい。

そのうち、目が覚めます

自分自分人生主人公であることを思い出して、主人公らしく生きてください。

いいところとだめなところを挙げていったらだめなところのほうが多い人間ではあるけど、それでも、わたしあなたを愛しています。これからも愛し続けられることを望んでいます

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