「ASD」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ASDとは

2017-04-29

http://anond.hatelabo.jp/20170428124602

札幌市の虎の巻とやら見てきたけど、パンフレットのはじめのほうに、“今回は自閉症アスペルガー症候群など広汎性発達障害のある人を対象にしてパンフ作成しました” ってちゃんと書いてあるじゃん

広汎性発達障害自閉スペクトラム症ASD)の旧病名。

広汎性発達障害の下位分類として自閉症アスペルガー症候群などがあったが、現在はすべて自閉スペクトラム症ASD)に統一されている。

あのパンフは「発達障害向け」と銘打ってるけど、実質的ASD向けのパンフだよ。

発達障害っていうのは本来「発達期に発症する一群の疾患」を指した言葉

ASDのほかにADHD学習障害LD)、チックも発達障害だし、広義の発達障害には知的障害も含まれる。

2017-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20170428124602

ADHDから具体的に支持されないとわからいから気を使ってやれ的な話を聞くけど

具体的に指示されないと分からないのはADHDじゃなくてASD自閉スペクトラム症広汎性発達障害高機能自閉症アスペルガー症候群を含む)だっつーの。

大丈夫かこいつ。

ブックマーカーも含めて、ほんと精神障害に関するはてなリテラシー低いよな。

ADHDの人っていうのは

他人気持ちがわからいから、他人に気を使うことも出来なのかね。

気遣いができないし、空気が読めないということかね。

他の人が一生懸命気を使ってあげても、ADHDの人は気を使ってくれないというのは、不公平じゃないのかね。

そこに申し訳無さは無いのかね。開き直って障害者から仕方ないか自分は気を使わないけど皆は気を使えっていう感じで思っているのかね。

追記

http://anond.hatelabo.jp/20170428143153

君らが息をするように「気遣い」とやらが出来ることが不思議で仕方がない

「どうして鳥は空が飛べてぼくには飛べないのだろう」って悩むのと似ている

息をするようにではなくて、だれしも失敗を経験して改善して出来るようになっていったんじゃないの。

自分を省みて、次は失敗しないようにしようとするんじゃないの。

病気のせいだとか考えないで。

http://anond.hatelabo.jp/20170428143509

アスペと違ってADHDは人の気持ちはわかる。只、優先順位

自分のやりたいこと>>>>>>>>>>>>>>>>>>他人への気遣い

なのだ

あ、アスペルガーが人の気持ちがわからないんだっけ。

http://anond.hatelabo.jp/20170428151439

気を遣いすぎて疲れてる(でも気を遣う)ADHDですが、これ以上何を望むんですか。

愚痴りたい相手情報をぼかした結果、主語デカ案件になって多数を殴ることになると気付かない人のどこが他人に気を遣える人間なんですか?

増田から気遣いしないで適当に思ってること言ってみた。

あと、ADHDとかアスペルガーの人が気遣いしないで行った言葉に傷つく人のことはどう思ってるのかね。やっぱり、なんにも感じないのかね。障害から

追記2

http://b.hatena.ne.jp/entry/334137362/comment/zeromoon0

他人気持ちがわからない=発達障害ではなくて、逆に他人気持ちばかり考えてしまう傾向もあるし一口に言えないからもう個人差かと。発達障害じゃなくても気持ちを考えられない人もいる。

ADHDから具体的に支持されないとわからいから気を使ってやれ的な話を聞くけど、

ある程度の状況判断仕事のうちなのだから、その分の給料差はつけないと不公平だよね。

追記3

この衝動性の強さはADHDだな。同類から気になるんだろう

具体的に指示されないと分からないのはADHDじゃなくてASD自閉スペクトラム症広汎性発達障害高機能自閉症アスペルガー症候群を含む)だっつーの。

よくわからんから増田にでも適当に聞いてみるかって程度の感じだが。

コメントたくさんついててありがたいけど、

具体的に指示されないとうまく仕事できないっていうのは、

ADHDじゃないんだな。

こないだ話題が伸びてた札幌市の虎の巻っていうのは、ADHDって言うんじゃなくて、

発達障害っていう大きなククリで言ったほうがいいってことかね。

あたしがADHDだという意見はなんなの、そうなの。しらなかったけど。そう見えるの。

でも、そんな診断受けてないし、障害のせいにしたこともないかいいんじゃないのかね。

別に障害者じゃなくても気遣いの出来ないやつとか、仕事で気の回らないやつとか、臨機応変対処できないとか、

そんな奴はゴロゴロいるし、誰でも程度の差だとおもうけど、

本人の責任で本人が改善して、改善的ないやつは疎まれるって言う事は普通のことだけど、

どこかで発達障害認定されたら、そこから障害から仕方がないにかわって、本人の責任ではなくなって

周りがその人に対しての方向で一方的に気遣ってあげる事が正しいことに変わるのかね。

それはそれで仕方ないけども、だから認定されたい人が結構いるのかね。

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418192805

ADHDやらASDやら分かりませんが、たぶん、その疑いはあるかもしれませんが、俺はそっちの専門では無いので分かりません。

気分は近いと思いますが、わりと「子供からしょうがない」って言うのは違うんじゃねぇかなと。

2017-04-09

『発達障がい』『発達障碍』と書く人のトンデモ率の高さは異常

とりあえずリスパダールセレネース抗てんかん薬じゃなくて抗精神病薬です。

発達障害に使われる薬がこの2つがメインってどこから仕入れ知識ですか?

ASD自閉スペクトラム症)にはリスパダール定番かもしれないが、セレネースはそうじゃないだろとか、エビリファイは?とか、そもそも抗てんかん薬だっててんかん以外の精神疾患に幅広く使われてる薬だよとか(気分安定薬として、あるいは抗不安薬として、あるいは睡眠薬として、あるいは抗うつ薬の増強療法に、など)、ADHDにはストラテラコンサータでしょとか、もしかして発達障害が何を指すのかすら理解してないんじゃないかとか、もうどこからツッコミ入れていいのか分からんくらいのレベル

こういう人が「障がい」「障碍」と書く人の中にものすごく多いのは何なの?偶然にしちゃ多すぎるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170408144506

2017-04-01

http://anond.hatelabo.jp/20170331182750

はてな民ADHD/ASD民がおおいのです。

からけものフレンズがこんなに受け入れられるし、批判に対して適切なアンガーマネジメントができないのです。

おわかりかな?

2017-03-20

文脈が読めないことで叩かれたらどうすりゃいいの?

http://h.hatena.ne.jp/deztecjp/81797931015406495

を読んで俺はとても納得したのだが、ブコメを見るとだいぶ叩かれている。

文脈無視するな」と。

んで俺は大学に入ってから人間関係生活習慣のつまづきが酷くなってきて、学生センター経由で相談した先生から

ASDの傾向が一定程度ある」と言われてしまった人間なのだが、文脈というものが読めなくてとても辛い。

生活していてよく分からんところで相手の怒りを買ったり、授業でも一般教養法学などで大きくつまずいた。

そんな俺がこんな文脈無視するなと叩かれているのを見ると、どうすりゃいいんだという気持ちになる。

努力は十分してるつもりだが足りないのか、足りないんだろうな。でも凄く辛いのはわかってほしい。

最近はてブでヒットした借金玉さんの記事には「発達障害に優しい社会を」とか優しいコメントバンバン付くのに

ちょっと記事ジャンルが変わったらすぐこれだ。

社会全体から空気読めないアホは死ねと言われている気がするが俺はどうすりゃいいんだ。

2017-03-15

先祖の皆様に大切なお知らせ

寝坊しすぎて大学中退、ノリと勢いで行動決断、いろんなことに無頓着、楽観的で金銭時間管理ができず、離婚届を突き付けられた父親

極端に頑固で凝り性、共感性を重視した会話の仕方が分からないため交友関係が築けず田舎孤立しっぱなしの母親

社会に飛び出してみたものの、にっちもさっちもいかなくなって病院に行ったらアナタASDADHD両方ありますねーと診断された一人息子

見事両親の形質を掛け合わせることに成功しました。

立派なハイブリッドです、本当にありがとうございました当家は当代をもって子孫繁栄を断念、断絶と致します。

当代をもって断絶とはなりますが、当面の間は私、増田が現世での墓所サポート対応など窓口業務継続して参りますので、

先祖の皆さま方にあられましては、これまで同様見守って頂き、増田永眠まで今しばらくの間ご支援、ご加護のほどを何卒よろしくお願い致します。

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170305022101

私が言いたかったのは、「作り手に対する敬意がない状態」で悪意的に見た人の個別の内容に対する批判を、「内容に対する反論」で納得させるのは「不可能」だということ。

よくある2chアニメアンチたちが「この脚本がクソ、寒いガバガバ」とか言って個別のこういう展開がダメだと言っているようなこと対して、

どんなに上手に言語化して長文で物語とはどういうものか、というレベルから説得したとしても、絶対理解させることができないし、自分が感じた「欠点」に対して寛容な見方に変えさせることはできないんです。

それは、先のエントリで述べたように、非対称性があるからです。だから結局、どうしても、デフォルトの視聴姿勢を変えるくらいしか忠告のしようがない。

それに、主体性ウーマンパワー的なもの巧遅拙速を再評価しよう的なイノベーション思考自由に動いてこそ答えにたどり着く、多様性と寛容、…

そういった作品テーマ性にかかわることがらは、個別的な部分で表現されているものではなく、全体で少しずつ積み重ねられているもの

でも、「クソ寒いわ」と思って見ている人は、その積み重ねの部分部分をことごとくはねのけて、1ミリも積み重なっていない状態になっているので、

個別にこのシーンはこうなんだよと解説した所で、「やっぱうさんくせーわこじつけ信者乙」って気分になって感性アンテナが反応しない。

結局、初見で運良く自分の中にするりと入り込んでこなかった表現は、他人ブログで長文で書いているようなものを読んで、視座のとっかかりを得てから全編見直すくらいの事をしないと、その良さを理解できないわけです。

人生体験は人それぞれ違うので、するりと入り込む部分とそうでない部分が一作品の中にも必ずあるから、きちんと公平に論評しようとするならそういう作業必須

もちろん、そこまでする気がなくても、あくま自分感性に従った感想もつことは自由だけれど、

そうして至ったネガティブな捉え方をネットで発信して、悪意の感染に加わってしまうことが、いかクリエーターにとって辛いことなのかを考えてみてほしいというのが趣旨です。

とくに、アニメというのは敏感になるべきなんです。

視聴者は若年層やASD傾向の人が多いため、その人生経験の少なさや精神気質ゆえに、著しく思慮に欠けた受け止め方をする方が非常に多い(決めつけですが、ネットをみている限りではそう感じます)。

また映像表現であることに由来する難しさもある。

すべて、とは言わないまでも大部分が文章説明されている小説とは違って、映像作品表現やその意図曖昧になりがちだし、尺の都合または演出上の省略が多用されるので観る側が擦り寄ってある程度補完してあげる必要がある。

また、その作品が本当に自分向け(年齢・性別文化嗜好のクラスタ的な意味で)のアニメなのか、見極めるのが難しいという問題もある。

そういった諸々を考えると、ネットで悪い(と自分が感じた)部分を書いて作品侮蔑するのはたしか自由だけれども、極力慎重になってほしいと強く思うんです(そのための「謙虚」を説いたのが先のエントリーです)。

そういう思いが強すぎて、つい偉そうな攻撃的口調になったことは謝ります。私も未熟で自己矛盾を抱えた30代のおっさんなんです。

こういう事を話すことで、少しでもあらゆる趣味理解と敬意を示せる人がネットに増えてほしいし、すぐ何かをクソ呼ばわりしたり、丁寧に長文で特定方面disするような人やメディアが減ってほしいと思う。

私はアニメが好きだけれど、女児向け、BL系、右翼系、日常系などはあまり好まないので見ない。でも、それらの作品を内心でもバカにはしたくないし、そのファンバカにしたくない。

はてブでもはてな有名人系、まとめブログ系、タブロイド系は非表示にしているけど、それらのメディア攻撃はしない。ただ避ける。それらを好む人もバカにしたくない。

そういう人が増えてほしいんです。

いや、増えたところでそういう人は「見えなくなる」から増えたかどうかも分からないのですが。

ただ、そういう人、静かな怒れる人の存在を、あなただけでなく、すべてのネットユーザーはてなユーザー意識してほしいと思いその一心で書きました。

2017-03-06

発達障害であることを認めたら人生が捗った話

自分はおそらく発達障害だ。

実際に診断していないので本当にそうなのかは言い切れないが超高確率ADHDだ、もしかしたらASDも併せて患っているかもしれない。

そんな私だが今年の頭から自分ガイジだと思って生活するようになってから仕事私生活もそこそこ上手くいくようになったので紹介しようと思う。

仕事死ぬほど捗った

自分ガイジだ、自分はうまく整理ができないと常に考えるようになったので、どれだけ時間がかかっても段取りをつけるようになった。

段取りをつけられないかガイジなのでは?って思うかもしれないが、定常発達者のように息をするようにできないだけで超ゆっくり考えて仕事をクソほど分解していけば段取りはつけられることを学んだ。

抱えている仕事がおおいー!うわー!頭がとっ散らかってるー!!ってなったら今認識しているタスクmarkdownで片っ端から書いていき、書けることがなくなってから仕事に取り掛かるようにした。

要はゆっくり整理してあとはガイ特有の過集中でどうにかするぞいって感じで仕事を回したら早くなったしミスも減ったし品質もすごくあがった。

精神的にも未発達なガイジなので、できるようになったらそれだけで嬉しいしもっとやろうとなるのでもっと良くしよう!みたいな良いサイクルになってきたと思っている。

痩せた

デブガイジだったので、まずは見た目だけでもよくなろうと思い去年末からダイエットを始めた。

3/6現在で約11kg落としている。

今まで通り無策にやっても失敗することは目に見えていたので、ガイ特有の気に入った食べ物は飽きるまで無限に食う習性を使って痩せる仕組みを作った。

朝食 おにぎりサラダチキン

昼食 適当な大盛り → 適当な小盛り

夕食 適当な飯 → 雑に作れる鍋

特に鍋がデカい、カット野菜と肉をぶっこむだけなのでスーパーマンでも作れるし、シャワー浴び終わったら鍋が出来上がってるからマジで楽。

鍋だけで6kgぐらい落ちたと思う、ハマったものを飽きること無く無限に食えるクソガイジで本当によかった。

無為にダラダラすることが減った

PCデスクに座ってしまうとそこから動きたくなくなってしまガイジなので、自分ガイジだ動けないぞやめろ座るな家事しろ運動しろって思い込むようにしたら私生活が超捗った。

今までなら平日の夜に同時にはできなかったであろう

すべてができるようになった。

これも仕事と同じく、帰りの電車のなかで一挙一動を洗い出してゆっくり見積もっていき、家についたらそのレールに乗るだけであと終わり!みたいな仕組みにしたら家事筋トレがあっという間に終わっていた。

勉強時間24時までと決めて、その後は酒飲みながら読書するようにしたらもう捗って仕方がない。

人に優しくなった

ガイである自分がそれでも人並みに生きていけているということは、今まで関わった人や環境があってことだと思うので、そんな私でも生かせてくれてありがとうと思うようになった。

そしたらお部下や店員さんにも笑顔で接することができるようになったし、思っていることを素直に伝えることができるようになったと思う。

他者言動の腹なんてどうせガイジの僕にはわからないので、言葉通りに受け取って素直に言葉通りに返したら少しはまともに会話ができるようになったのかもしれない。

これはまだなんともいえない、最近始めたばかりだから

総括

自分は定常発達者と同じようにできると思わないようにしただけでここまで捗るとは思わなかった。

出来ないんだ! → ならどうしようかと考えるようになったし、何より精神的な安堵を得られたと思っている。

足るを知ることで、はじめの一歩を踏み出せたのかなと思いました。

2017-03-05

(毒)親との距離感

親に育ててもらったことへの借りを返す必要はない

人間的に尊敬できない親のことを感謝する必要はない

これから自分のことは自分自身で引き受ける。親には投げない

自己効力感を奪う親の存在は、人生のかじとりをしていく上で大きな障害である

もしほんとうにヤバいときはこちらから連絡するし、逆の場合も親を受け入れる


もう親とはこれくらいの距離感でやっていこうと決めた

親のせいでも親のためでもない、自分人生自分のものである

人によっては、このような親離れ・子離れのステップはあたりまえで、無意識的に達成されることかもしれない

しかし、親が自分のことを無力化して自己存在価値を高めようとする以上、こちらから決別するしかない

一度開けてしまったくさいものに再びフタを閉じてしまうことは、もうできない


父親は母を拒絶して家庭に居場所を失い、ワーカホリックとなってうつ病で死んだ

母は勉強しかできない無愛想な自分に、そんな様子じゃ社会でやっていけるはずがないというレッテルを張り続けた

そんな自分社会参加や人との交流を恐れ、もれなくうつひきこもりを経た。うつはまだ寛解への途中である

ところが、いざ働きはじめてみたら意外となんとかなっていて、業務以外の雑談すらできるようになっていた

それと同時に、母に植え付けられたセルフイメージのせいでずっと苦しみ続けてきたことへの憎しみが抑えられなくなった


正直なところ、自分は軽度のASDかもしれない。いわゆる「愛着障害」というものにも該当すると思う

勉強ができることで親が喜んでいると思っていたら、じつはそんなにデキのいい子どもはいらなかったらしい

世間から見ればうらやまれるような大学に入ってしまったが、そもそも母は「学び」や「教育」価値見出していなかった

母は死に体自分に、生産工場検査をするような仕事ならいくらでもあるから早くうちに戻っておいで、と言い続けた

そんな自分も、なにかの間違いでいい大学に入ってしまったが、本当は大卒になることすらおこがましい存在であると思っていた


ところが就活社会参加への恐怖とあいまって、母の望まない学問研究の道に逃げ場を見出し博士号までとってしまった

ただし心の奥では、また身の丈に合わない経歴をつくりあげてしまった、典型的高学歴ワーキングプアの完成である、と自虐していた

重度のうつと復帰のサイクルを繰り返していたころ、幸か不幸か地元にある大学教員ポストの紹介がきた

そのときうつ症状がマシだったので、ここで逃げ出してはいけないと思い、紹介を受けた

しかし次第に、また自分能力とは見合うはずのないところへ踏み出そうとしていることを自問し、うつに舞いもどった


それでも、やっとこれで親を安心させられると思い、安堵している部分があった。面接でも、なんとか健常人のフリをして押し通した

しかし母にとって、社会参加ができない無力な自分実験の「お手伝いさんしかできない存在であり、大学教員になるなどとは想像だにしていなかった

不安に耐えきれなくなって母にほんとうの気持ちを打ち明けたとき、なんでもっと身の程を知って行動しなかったのか、と責められた

今度も「お手伝いさん」の仕事をするのだと思っていた、こんなことになるなら、もっとちゃんと話を聞いてわたしが食い止めるべきだった、と言われた

自分も同じように反省した。自らの無力さにもかかわらず、できるようなフリをしてしまったことへの欺瞞からくる罪悪感で、心がツブレた


ところが今どうなっているかというと、上司ボスとは円滑にやっているし、決してデキのいいとはいえない学生たちをいかモチベートさせるか試行錯誤している

ある日、自分主体的に考えたり行動する能力がなく、いわれたことすら満足にできない無力な存在であったはずなのに、何かがおかしいと気づいた

たまたま自分に合った仕事につけて運がよかっただけかもしれない。しかしこれまでのセルフイメージとは全くことな自己の振る舞いに、自分自身がおどろいていた

もちろんクスリ底上げされている要素はかなり大きい。ただそれ以上に、自己像が根本から書き換えられていくようなフローがあり、かつてない大きな地殻変動を感じていた

これまでに双極性の症状を示したことはないが、このある種の成功体験がまた新たなうつの引き金となる可能性は当然あり、注意しないといけないと思う


地元に戻り、母から物理的な縛りつけを受けることによって、これまでの精神的な抑圧やダブルバインド的な母のやり口に気づくようになった

それからカウンセラーメンター意見も聞き、たどり着いた自分なりの結論が冒頭のものである


これから親との距離感を調整していく過程は、かなり難航するだろう

でも、そのことの負担リスクを引き受けた上で、自分自分のために行動することを決めた

2017-02-27

面倒くささマシマ

私にはADHDPDDの2つの発達障害の診断が下っている。いわゆるASDの気があるADHDというやつだ。

しか支援が受けられるようなレベルではなく、定期的にカウンセリングや診察を受けている程度。

一応正社員として働いて自立しているが、今のところなんとかクビにならずにやっていけているのは本当にただただ運がいいだけの綱渡り状態しかないと感じている。

しか主治医に言わせると私程度では投薬をするほどでもないらしく、認知行動療法だの、自分マニュアルを作るだのをしながら、

日々塞いだ穴と違う穴から水が漏れては失敗を重ね、社会から完全に脱落してしまうことへのカウントダウンが進む焦燥感ちょっとずつ募らせている。

以下はそんな程度の人間が、自分の状況を確認するために書き殴った、こういうことがあるよね、ということの羅列。

無駄に長く読みにくいが、その辺も含めて現時点での自分をよくあらわしている気がするのでこのまま残しておく。

一般にかなり生き辛いとされるっぽい併発マンの1サンプルとして御査収ください。

個人的感覚としては、確かに生き辛いけど不幸ではないかなー?といったところ。

落ち着きがなく早とちり、常に体のどこかが動いており、隙あらばクネクネと身を捩って踊り始める。

道を歩けば電柱に激突し、側溝に落ち、何もない場所をまっすぐ歩いているだけで躓いたり足が絡まったりしてすっ転ぶが、転び慣れていて受け身は妙に上手い。

手に力を入れる感覚というのがまだ今一つ習得できていないらしく、握力計で測るとR9㎏/L6㎏とか。

当然力仕事戦力外で500mlのペットボトルを持って歩いているとすぐに取り落とす。

何とかしようとスポンジボールをグニグニ握ってみたりするのだが、30回もやると手の平が攣る。

余計なことや場の空気をわきまえない発言をしがちで、それを予防するために、

職場では明示的に発言を求められない限り挨拶以外では口を開かないように気を付けている。にもかかわらずこのテの余計な一言による失敗が年に数回はある。

些細な言い間違いなどの流していい引っ掛かりで思考が完全にフリーズし、人混みや刺激の多い空間に行くと簡単パニックになる。

他者の心の機微に疎く、表情は読み取れず、冗談冗談とわから翻弄されて勝手疲弊し、相手からは呆れられる。

金銭管理ができず、いくら気を付けていても持っている分だけ使ってしまうので、財布の中に2000円以上の現金を入れておくことができない。

異常に楽観的で、20分以上かかるような作業でも、根拠なく7分あればできると思い込んで毎回失敗する。

何事にも危機感がなくヘラヘラしているように見られるが、そうは言っても来月の給料日まであと20日で所持金1300円というような状況でも、

花が風に揺れていたり、子供が楽し気に遊んでいるのを見たりすればそれはそれとして笑顔になってしまう。

普段は抑えているが、一人になってリラックスしてしまっていると、

ちょっとした苛立ちからボルテージの高まり制御できなくなって癇癪を起こし、

最終的にホァーホァーと奇声を発して跳ねまわりながら自身の頬や体をパチパチパンチの如く乱打したり頭をぶつける発作を起こすまでに至る。

初対面の相手と3時間ミーティングをしたら、その日の夜から38度越えの高熱を出す。弟が試験で家に泊まった後も寝込んだ。

ネクタイや襟付きの服のボタンを上まで留めて一日過ごすだけでも高確率で熱を出すので、冠婚葬祭休みを最低2日確保できなければ参加できない。

靴下を履いているだけで集中力が3割ぐらい減る感じがするし、爪は念入りにお湯でふやかさないと痛くて切ることができない。

自分運転する車や自転車で酔うことがあるほど乗り物に弱く、

パニック発作はだいぶマシになったもののまだ満員電車に乗ると3駅10分に満たない移動に途中下車必要とし、降りると脂汗でドロドロになる。

夜は安定して寝付きにくく、帰り際に見た月がとても大きかった程度のことでテンションが上がってしまって、朝まで眠れず生活リズムが容易に崩壊する。

たまに早く寝付いてたっぷり眠れた日でも関係なしに朝は朝で大変起きにくい。

起こされても起こされたことを覚えておらず、場合によっては無意識に手足を振り回し奇声を発して抵抗するらしいのだが、記憶はない。

遅刻ギリギリで支度をしていたはずなのに、ハッと気付いたらピンセットを手に2時間近く腕毛をひたすら抜いていてスマホには会社から山ほど着信がきていたりする。

そういえばよーく思い出せばなにやら目の前でスマホが鳴っていたような気がしないでもないでもない……。

慌てて会社に向かいながら、衝動的にいつもと違う道を選んで迷子になり、道を確認しようとしたらスマホは家に忘れていた。

雨が降れば酷い頭痛に襲われ、雨に濡れるとアンパンマンのように覇気を失って耐え難い眠気に襲われ眠り込み、太陽日差しを浴びて吐き気を催す。

そうかと思えば下痢が出るまで腹が冷えていることにも自分が寒さを感じていることにも気付かずむしろ暑いと感じていたりする感覚エラーがある。

湯たんぽストーブ低温やけどして皮膚がグズグズになっていても気付かない。

吐くまで自分が満腹であることに気付かなかったり、ガス漏れ下水の逆流にも気付かないほど一部の感覚が鈍い。

そのくせ視認、認識している痛みには過敏で、袖口やニット帽の締め付けが痛くてつけていられないし、

テレビ映画他人のケガを見ているだけでも同じあたりが本当に痛み出して使えなくなってしまう。

同じように、体調が悪い他人を見ると、引っ張られて自分も本当に体調を崩す。病は気からとはよく言ったものだ。

奇跡的に結婚に漕ぎつけた妻は、ボディタッチが苦手で触れられることを無意識拒否してしまったり、言われたことを忘れたりし続けて、

宇宙人暮らしている」「人の形をした別種の生物」という言葉が出てくるほど典型的カサンドラ症候群に陥ってしまった。

その後抑うつ状態と診断された妻は心身の不調を頻繁に訴えるようになり、それに引っ張られて私も体調不良が激増し数年前には休職せざるを得ないところまでいった。

妻の体調を考えて妻を実家に帰して別居した結果、事実として途端に私の体調が劇的に改善してしまったので、他人と暮らす事自体根本的に向いていないのだろう。

お互いに相手の事は悪しからず思っているので、現時点では別居したまま、一緒に住まない夫婦という形態継続している。

から情報獲得が壊滅的で、たびたび音声による意思疎通が困難なほど聞き取れないくせに、他人の話し声が耳に入ると頭の中の思考がすぐにリセットされる。

気を付けていても言葉額面通り解釈してしまっていてトラブルを起こす。

自分普通が信用できないので様子を伺って行動を起こすのが遅れる。

3桁の数字すら覚えていられないのでメモを要するのだが、咄嗟メモに書き込もうと取り出した時点で既に頭には何も残っていないので

相手メモするほどでもないだろうと思っているしょうもない事ほど相手二度手間をかけさせてしまう。

何度も見直し音読して指さし確認までした項目が、後から見ると完全に間違った内容になっていたりするし、

動かして整列させられない20個ほどのもの計数するような作業が苦手で、

何度やり直しても誤差が出るので何度も何度もやり直すが数が合わず最後には数えながら眠ってしまう。

写真を撮ってペイントで書き込みながら数えるのが私がやる分には一番早いのだが、ただ数えるだけの雑用にそんな珍妙方法をとる事には流石に理解許可も得られない。

全体的に、長所短所で打ち消されてそこまで伸びず、短所の数が倍になっているような印象がある。

過集中状態に入りかけたタイミングで、タスクを前から順番に潰していかないと落ち着かない

気持ち悪いというASD的な欲求が沸き出て来てしまうと、不得意なタスクにわざわざ向かってしまって集中がすぐに解けてしまうとか。

跳び込んだはいいが入水角度が浅く、すぐに浮いて来てしまうような感覚に似ている。

長所長所相互作用などもあってもよさそうなものだが、ADHDASD的な特性長所は割と違った方を向いていて、

うまくいい方向に重なって活かせるタイミングということが滅多にない。(ゼロではないし、実際に人生で数回爆発的な成果を残してはいる。)

今後も私は、周囲には踊り狂っているように映りつつ、もがく日々を過ごしていくのだろう。

ADHD管理職をやっている者なんだが

週末の借金玉氏(id:syakkin_dama)のエントリやそれを受けて書かれたわかり手氏(id:ganbarezinrui)のエントリhttp://anond.hatelabo.jp/20170227005158 あたりのブコメとか読んでいて、随分と世知辛いねえ、と思ったのだけれど、良い場所が無いので増田にこれを書いている。たぶん超長い。

俺はタイトルに書いてあるようにADHD(診断済み)だ。典型的な注意欠陥・多動性が認められ、一方でASDの症状はゼロという純正ADHDマンである。なので先のお二方のエントリは全力で泣きながら、共感しすぎてヘドバン状態で読んだ。でもわからない人には何が「なので」なのか本気でわからないんだと思うし、それで正常なんだろうということも理解している。

んで、一般的IT関連の企業管理職をやっている。それなりに多様な部下もいる。業界的にブラック香りがするWeb開発関連の仕事だけれど、自慢じゃないがだいたいニコニコ定時上がり、サブロク遵守、月間平均時間外は毎月20時間以内に抑えることに成功しているスーパーホワイトである。一点ウソついた。これは自慢である

俺はこういう属性人間なので、自分自身のことを照らし合わせて借金玉氏の主張は痛いほどわかるし、このような性質の人がいることを十分に評価理解した上で全体的な労働条件改善に努めたいと日々考えている。残業含め労働時間は減らしていきたいとも思うし、人の個性多様性への対応労働条件改善は両立し得ると信じているので、ADHDの人のぼやきイコール残業問題に結びつけて批判するのはあまりに極論に過ぎるというか、違和感を感じてしまう。皆がそれぞれのフレンズのすごいところを理解し合えるやさしい世界になれば良いのに。

そもそも、俺なんかは借金玉氏の記事を読んで「お前は俺か状態になる性質であるものの、何とか自分を飼いならして社会サバイブできている時点で生物として人より劣っているとは思っていないし、仕事も(やり方やプロセスにクセはあるのかもしれないが)たぶん人並みにはできる。つまり、おそらく自分弱者ではないし、どちらかと言うと強者の側に所属していると認識している。id:p_shirokuma先生的に言えば「よく発達した発達障害」ということになるのだろう。もっとADHDと言っても程度の違いがあるのかもしれないし、ただ単に俺は運が良かっただけなのかもしれない。普通の人だって大小あれど皆それぞれモチベーションのムラとかはあるわけで、ブコメに付いた「ADHDマン無能」、「世の中は正常と異常の二者択一」、「席を空けて退場するべし」みたいな言説を見るとヤバさしか感じないし日本大丈夫か?と思う。こういう「性質」の人が少なからずいることを正しく理解した上で適材適所人材活用を目指すべきだし、だいたいからして発達「障害」という言葉自体が良くないんじゃなかろうかと思わざるを得ない。

バックボーンなど

自分語り目的ではないのであくまモデルケースとして。ちなみに年は先の方々よりたぶんちょい上くらい。

端的に言って俺は相当に運が良く、理解者のおかげで生きていられる。上司は何度も変わっているが、往々にしておもしろ重視の管理者とは相性が良く、労働集約型のマネジメントをするタイプ管理者とは相性が悪かった。

で、自分自身がこういう人間なので、定時内にピークタイムを持ってくることができない問題についてはフレキシブル対応したいと考えている。

今の会社労働条件について

今後ありたい姿を考える前提として、俺の職場は現状こんなふうになっている。

基本は定時勤務だが、企画関連などの職務については裁量労働制存在している。とは言え、裁量労働会社側の論理で不当労働の温床になりがちなので、ホワイト企業的には定時勤務できちんとタイムマネジメントして、時間外が出たら残業代はきちんと払うよ、という当たり前の考え方を推進している。

ただし、職種的に均等な業務が苦手な人もいるので、カミングアウトしている人については個別対応もあり得る。当然ながら他のメンバーから「なんであい日中フリーズしてんの」みたいな白い目で見られると職場雰囲気が悪くなるし、本人の健康管理問題もあるので十分な配慮と周囲の理解必要

業務マネジメントについて

先述の記事ブコメにもあったけど、多種多様人材活用して成果を最大化するのはマネジメント責任だ。「9時17時で時計刻みに動けない奴は居ね」っていうのもマネジメント手法ひとつかも知らんが、少なくとも俺んとこはそういうふうにはしたくないと強く願う、つーか俺自身が生き残れない。んで、職場スロースターターにはこんなふうに対応している。

自分担当にもちょっと該当しそうなメンバーがいるのでこんな感じでやってるけど、今のところまあまあうまく回っている。むしろ一番の問題自分なわけなんだが、時間外付かないマネージャーなんで帰れないときがあっても勘弁してつかあさい。「マネージャーがいると帰りづらい……」ってことなら考えるけどウチのメンバーは俺がいても定時で容赦なく上がるので今んとこたぶん大丈夫。まあ、「あの無能上司、昼間フリーズしてて何もしてない……」と言われるとダメなやつなので、そうならないように自分自身努力しなきゃならないけど、ある意味俺にとっての最大の生存戦略が「自分自身管理者になる」だったかもしれないな。※もちろん、帰れる時は率先して帰ってるよ。

書いて読み返してみると、自分にとってはすごく一般的普通のことしか書いてない気がするんだけど、先のホッテントリを見てて世間一般的普通なのかどうかちょっと自信が無くなった。

よくスロースターターに対して「仕事定型化するべし」「ルーチンで行動するべし」なんてアドバイスをするライフハックを見かけるんだが、本当の本気で大真面目にそれが体質的にできない人ってのがいるのよ。そして、そういう人がみんな無能かっていうと決してそんなことは無くて、そういう人が画期的アイデアを出してきたり、ブレイクスルーを行うような機会ってのは実際に、ある。業務の種類や内容によっても正解は異なる。

繰り返すけど、出力にムラがあるなんてのは程度問題であって誰かしらあると思うんだよ。もちろん、定常定時に常に安定して均等なパフォーマンスを出せる人を尊敬するし、評価も高くなることに疑いは無い。でも「無能滅ぶべし」「健常者だけ揃えれば万事解決」みたいなことを言ってる人たち、本気か?はてなでそこそこホッテントリ取ってるブロガーでも「生産性の低さを一生懸命努力カバーするのは結構だが、出来れば職場の外でやって頂きたい。」なんてツイートしてたりする人がいて、なんつーかこう地獄しかない。

そりゃあ、安定マンのみでチームを構成できればラッキーかもしれんけど、世の中そううまくはいかないよ。どこも人材不足だ、いろんな人がいて、いろんな個性と悩みがあって、いろんな仕組みがあってその中で一番いいパフォーマンスと一番いい労働条件の両立を目指しましょうね、がマトモな議論なんじゃないのか。残業については言っていることはたぶん普通の人と同じだ。ただ、理解を深めて個人別最適な対応ができるようにしたいですね、長期的視点で皆にチャンスがあるようにしたいねと言っている。

何もポリコレ棒を持ち出してくるまでもなく、何も皆が必ず同じ時間評価軸で同じ定型定性で判断されるような職場ハッピーなわけではないし、単純に、多様性を認めない職場で働くのは俺は嫌だし、多様性を認めるための努力は惜しみたくないと考えている。けものは居てものものはいないんだぜ。

そんな感じ。

2017-02-18

ネット発達障害者高知ADHDばかりじゃねえか

平凡知能ASD+ADD無職として言わせてもらうが、あんたらは強者だよ。

発達障害者の中でも特に〝勝ちを狙える〟人たちだよ。(ここでいう勝ちとは「普通に働いて普通に暮らすこと」)

本当に羨ましいし憎くすらあるよ。

2016-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20161106231140

繰り返しになるけれど、DSM-5における自閉スペクトラム症ASD)の診断基準は、社会的職業的、または他の重要領域における現在機能に臨床的に意味のある障害引き起こしていることを求めているので、

現在社会的適応しており、日常生活に支障をきたしていない元増田には不必要な診断名なのです。

元増田勘違いなさっているようだけれど、この診断名は「特性を持った人」のためではなく、「その特性によって困っている人」のためにあるのです。

から「今全然困ってないけどASDです!!」という発言は反発を招いても仕方がないように思いました。

また、ASDを診断するための客観的検査生物学的な指標バイオマーカー)も現時点では存在しません。

脳血流検査IQ検査MRI画像、問診を受けて診断されたとのことですが、脳血流検査IQ検査MRI画像も、あくま精神科医総合的に判断するための補助にすぎないものです。

そして、精神科医判断基準になるのがDSM-5やICD-10などの診断基準なんですね。

ところで元増田はこれらの診断基準は当然お読みになっているんですよね?

レキシソミア・アレキシサイミアについては、心身症の分野でよく使われる言葉です。

ご存知かもしれませんが、これらの症状はASD特有のものではありません。

診断を受けた経緯については分かりました。

やはり二次障害があったので診断を受けることになったのですね。

動作IQ言語IQの違いでアスペルガー高機能自閉症かが判断されるというのは、まだ知的に遅れのないASDにその両者の分類があった際、それが判断基準であったということから

そんな判断基準はありません。

ちなみに増田が言う通り、アスペルガー言語発達に遅れがない。(よって言語IQが高い)

高機能自閉症も成長するにつれて言語発達の遅れは取り戻すので、臨床的な経過はアスペルガー症候群高機能自閉症ほとんど差がないと言われています

よって両者をわざわざ分ける妥当性が乏しく、DSM-5では「自閉スペクトラム症」という診断名に一本化されたという経緯があります

ASDの中でもアスペルガー言語ポテンシャルが高いので、コミュニケーション障害が起こりにくいのかもしれない。

コミュニケーション言語によってのみ行われるものではありません。非言語コミュニケーションというものがあります

よって、「言語ポテンシャルが高い=コミュニケーション障害が起こりにくい」という推論は拙速だと思います

あとやれアスペルガーだ、やれ高機能自閉症だとは書いてきたけど旧分類であって今は死語である、というのも強調しておきたいかも。

アメリカ精神医学会診断基準であるDSM-5では自閉スペクトラム症に一本化されましたが、WHOの疾病分類であるICD-10にはまだ存在している診断名なので、死語ではありません。

2016-11-06

元増田です

ASD(自閉症スペクトラム)に対する勘違いも何とかしたい

コミュ障について書いた元増田です。

トラバいくつかいただいています。読んでくれてありがとう

あんまりトラバに返信するのもアレかな、と思ったんだけれどこれ(http://anond.hatelabo.jp/20161106132341)は偏見助長させかねないと思ったので言及することにした。

増田は多分、ASD病気だと思ってるんじゃないかな。

多分詳しく説明したところで、増田は納得しないだろうし話を聞いたところで「ふーん」というぐらいだと思う。

もしちゃんと理解しようと思ってくれてるなら、先のエントリも含めてちゃんと読んでほしいし、理解する気がないなら別にそれでも構わない。

診断の信ぴょう性について

文章から察するにASD検査は問診だけで決まる、と思ってるのかもしれないけれど、先のエントリに上げたように脳血流検査IQ検査のほかに生育歴やMRI画像、問診が必要になってくる。

そういった検査を受けた上でASDと診断されているので、私は素人だし診断された通りだと思ってる。

高機能自閉症だと思う、と書いたのはお察しの通り幼児期言語発達の遅れがあったからそう書いているということ。

書いてないからと言って無い行間を読まないでほしい。(今回に限らずよく思うことだけど)

それでも疑いたかったら、大学病院を疑ってほしい。

ASD病気ではないということと病院で受ける指導について

ASD治療必要ないわゆる「病気」ではなく特性なので、通院せず社会生活普通に送っている人もたくさんいる。

困っている人は病院へ行け、というのも併発しているうつ病などのメンタル面を整える目的で行ってほしい、ということ。

(ASD治療できない)

メンタル面での治療が終わったら、ASDは通院で何をするのか?というと日常生活普通に送れるように生活指導を受けたりする。

例えば私の場合睡眠がちゃんと取れていないので、認知療法睡眠時間の記録をつけていた。

また仕事ゲームなどを始めてしまうと10時以上も同じ場所に座ってまさに寝食を忘れるということがあった(そして何日間も電池が切れたように動けなくなる)ので、時間割を決めたり1日の行動記録を事細かにつけたりして、普通生活習慣を身に付けられるように指導を受けた。

睡眠も十分取れるようになったし、身体的にも精神的にも無理しなくなったので今は通院していない。

「困ってない」というのは主観的ことなので説明は難しいけれど、このように「日常生活を送る上では」困っていると言えるかもしれない。

それは観測する側が「ああ、大変そうだな」と思うのであって、私はそういう特性だと思っているので起きて寝て、栄養失調にもならず生きていけてるなら問題ないな、と思ってる。

「ウワアア!!困ったーーーー!!!」っていう状態ではないということ。

感情なので自分が本当に困ってるかどうかは体調崩さないと分からないので何とも言えないけど、とりあえず平和暮らしてる。

そういうことなので私もまた「困ってる」ことにぶち当たったら病院相談に行くかもしれない。

なんで検査を受けたのか?

先のエントリにも書いてあるけれど、12年間うつ病治療を受けていて「うつ病ではなくオーティズム(自閉症)のような気がしますね。1度検査を受けられては?確実に言えることはうつ病ではないということです。」と言われたので受けることに。

それまでは原因不明頭痛吐き気、慢性の肩こり胃潰瘍、突然卒倒する、などといったことがあって精密検査を何度も受けていた。

それでも分からず、うつ病治療でも緩和せず、ASDの診断を受けたあと結局それらは失体感によるところが大きく「寒いのに暖かい格好をしていなかった」だとか「同じ姿勢のまま微動だにせず、5時間以上も座ったままトイレにも行かずに仕事を黙々と続けていた」とか「偏食で栄養が偏っていた」、「失体感により食べ過ぎに気付かず食べ続けていた」というだけのことだった。

(他の人に言われるまでまったく気づかなかったし、普通だと思ってた)

服屋の強すぎる照明で気分が悪くなったり、晴天時に耐えがたい頭痛に襲われるのは視覚過敏だからだった。

アスペルガー高機能自閉症の違いは言語IQが高いか動作IQが高いかの違いだという話

動作IQ言語IQの違いでアスペルガー高機能自閉症かが判断されるというのは、まだ知的に遅れのないASDにその両者の分類があった際、それが判断基準であったということから

今はアスペルガー高機能自閉症もカナータイプも全てASDという括りの中なのですでに判断基準は失われているし、旧判断基準でいうと高機能自閉症だろう、という話。

判断基準の話はまだそれがあった頃の当事者の親御さんたちの話からなので、本当のところは私も分からない。

「お医者さんがそう言っていた」というだけの話である

ちなみに増田が言う通り、アスペルガー言語発達に遅れがない。(よって言語IQが高い)

アスペルガー自閉症スペクトラムの中でもコミュニケーション問題がないと言われている

先のエントリにも書いてあるし、引用している文章そのままだけれど一般的アスペルガーは「自閉症スペクトラムの中でもコミュニケーション問題がない」と言われている。

知的に遅れのあるカナータイプ言語発達に障害があるし、高機能自閉症幼児期言語発達に障害があると言われているためだと思う。

ASDの中でもアスペルガー言語ポテンシャルが高いので、コミュニケーション障害が起こりにくいのかもしれない。

高機能自閉症よりもアスペルガーの方がまなざしから人の気持ちをくみ取る力が強い、という実験結果もある。

以下にURLを貼っておく。

Do Adults with High Functioning Autism or Asperger Syndrome Differ in Empathy and Emotion Recognition?

http://link.springer.com/article/10.1007/s10803-016-2698-4

しかするとアスペルガーコミュニケーション障害が全くない、と読み間違えたのかもしれないなと思った。

読み返してほしいけれどそんなことは書いてない。

もし誤解させるような書き方だったとしたら、それがコミュニケーション障害なので「ごめんなさい」したいと思う。

体感・失感情をアレキシソミア・アレキシサイミア併記した方がよかったかもしれないという指摘について

これについては私が知人に対して口頭で話をする際にどちらも説明したけれど、精神医学に何の興味もない人に突然「失体感・失感情」もしくは「アレキシソミア・アレキシサイミア」だという話をしても誰も理解できなかった。

なので併記をしたからと言って精神医学に興味のない人に理解が深まるとは思えないし、これは主観だけど「失体感・失感情」の方が字面的にどういう症状なのか分かりやすい(誤解もあるけれど)と思ったので、こちらを採用した。

まとめ

増田は少し精神医学に興味のある人かもしれない。

けれど聞きかじった知識思い込みで書かず、ちゃんと当事者意見を聞くなどして書いてほしいと思った。

これを機にASD治療ができる病気などではなく、生まれつきの特性であるということを理解してほしい。

あとやれアスペルガーだ、やれ高機能自閉症だとは書いてきたけど旧分類であって今は死語である、というのも強調しておきたいかも。

2016-11-05

コミュ二ケーション障害」「コミュ障」に対する勘違いを何とかしたい

まず書いた人の前提


  • 【失体感・失感情
    • これも勘違いされやすいので書いておきたかったんだけど、感情が"無い"んじゃなくて、自分がどういう感情を抱いているか分かりにくいので、ストレスに感じる作業を気にせず続けてしまったり、自分に敵意やよから感情を持っている人とも仲良くしてしまう。失体感はこれも"無い"んじゃなく、暑すぎる・寒すぎる・体の疲れなどを認識しにくいということ。ちなみに同じASDでも症状は様々なのでこの症状がある人もいれば無い人もいる。

ASDと診断された、と言ってもうつ病の薬をこれ以上飲まないために検査を受けただけで、世間一般に言うほどめちゃくちゃ人間関係に困ってる、ということはない。

感情が原因かもしれないが"生きづらさ"みたいなのはないし、子どもの頃から変な部分も「特性である」と理解してくれる友人に恵まれイジメとかも受けたことがない。

学生時代ステージでの活動時代錯誤校則を変える活動なんかをしていて、実際に校則を変えたし、部活動でも優勝経験がある。

今のところ人生順風満帆である

コミュ二ケーション障害とは

まず上の前提を読んで「IQ120とか自慢かよ」「結局自慢かよ」「ナルシストかよ」と思った人がいるかもしれない。

その気持ちは大切にしてほしい。それが「普通の人」の感覚

私は事実を脚色なく述べたまでであって「自慢をしよう」「他の人にマウントを取ってやろう」という気持ちで書いてるわけではない。

実際に指摘されたことがあるので、今は「ああ、これは自慢に見えるんだな」と思うことができる。

ASDや失体感・失感情イベント主催したりする上で障壁になるため、告白したところよく知らない人に「病気自慢かよ」と言われたこともある。

私も「コミュ二ケーション障害」と聞いて「普通に会話もできるし、一般的に"コミュ障"って言われてるようなことはないから、当てはまらないな」と思っていた。

でもそれだけじゃない。

こういう「これ書いたら自慢に見えるかな?」と思うことができない「他人から自分発言がどう見えるか?」が分からないこともまたコミュ二ケーション障害らしい。

対面での会話時は逆に表情やジェスチャーが加わるので、誤解されることが少ないと思う。こちらもまた誤解することも少ない。

先の「それ取って」(http://anond.hatelabo.jp/20161104204321)なんかは日常生活では問題なく分かるし会話にも困らないけれど、私にはコミュニケーション障害がある。

一般に言う「コミュ障」はただの口下手であることが多いと思う。実際にはそれよりも広い意味があると理解してほしい。

結局何が言いたいか

コミュ二ケーション障害」「コミュ障」は会話によるコミュ二ケーションが困難なこと、も含まれるがそれだけではないということ。

「私コミュ障でさー」とカジュアルに使われるほど一般的になっているけれど、そういう時に言う「コミュ障」と実際の「コミュ障」は別物であるということ。

先にも述べたようにだいたい「口下手」か「人見知り」に置き換えられると思う。それは「コミュニケーション障害」じゃない。

もし「いつも喋ってると言いたいことと違った風に解釈されて困る」っていうならコミュニケーション障害を疑ったほうがいい。

あとがき

私のように自閉症特性は強めだけど、何も困っていない(実際は眠る時間がまちまちだったり、偏食があったり、感覚過敏があったり、前述の失体感で慢性の肩こりがあって突然倒れたりもするけど、まあ困ってない)人もいるんだし、もうちょっとカムアウトしやすい風潮になるといいな、と思った。

いつか自分ブログに載せたいな、と思っていたけど「病気自慢かよ」がネックになってアップできないでいたので、便乗してここに書いておく。

そういう心配なく、自由に「自分はこう思ってたんだけど、世間一般的にはこれが正しいらしい!」とか驚きを感じたことが書きたいなあ、と常に思ってるんだけど、元々趣味方面で目立ってしまっているので、最近自粛してる。

これもひとつ特性らしいけど、みんな仲良くしたほうが誰に取っても得だと思うので、誰かの特性を指差して笑ったり、さげすんだりせずにいてほしいなと思う。

最近特に思うけど自分の気に入らないことを見つけて「なんだとー!」って怒るのは、怒ってる方も疲れるんじゃないかな。

最後に診断してくださった先生が言っていた言葉を書いておく

自閉症特性は治すものではないので困ってないなら病院に来なくてもいいですよ」

困ってる人は病院へ行こう。

追記諸々


※追記

これも勘違いがあるけど、一般的に「コミュニケーション問題がない」と言われているのは、自閉症スペクトラムの中でもアスペルガー症候群の人であるということ。当事者の人も勘違いしてることが多い。

なぜなら言語IQが高いのがアスペルガーの特徴で、動作IQが高いのが高機能自閉症の特徴だから

これも広く知ってほしい。よって口下手な人や人見知りの人に向かって「アスペかよ」というのもまた違う。

(もちろん症状は様々なので、コミュニケーション問題があるアスペルガーの人"も"いるとは思う)

個人的意見だけど、実際に会ったことのあるアスペルガーと診断されてる人は外国語ペラペラだったり弁がたつ人が多い気がする。

※追々記

困ってないカジュアルASDは黙ってろっていう風潮もよくないと思う。同じASDなら仲良くしよう。

困ってるか困ってないかの分かれ目は、自己肯定感の有無だって聞くよ。

ASDメンタル病気じゃないので、メンタルヘルスを病まないように心がけよう。

瞑想睡眠運動野菜350gだっけ?やってないけど。

ちなみに「対人関係で困らないように生活する努力」は子どもの頃からしてる。自分場合は反発も多いけど、親の躾が厳しかったのも功を奏してる気がする。(就活転職アルバイト面接でも落ちたことがない)

困ってないASDを見て「楽しやがって」って怒るのは違うと思う。それはうらやましいからだよ。

全然楽じゃないけど、何かを頑張って結果が出ると嬉しいから色々試行錯誤する。

うらやましいと思うなら頑張ろう。私は今困ってないのはその分頑張ったからだと思ってる。

「生きづらさ」がもし社会的チケットに起因するものなら、頑張って身につけるべき。

アンガコントロールだってできる。視覚過敏も聴覚過敏も対策できる。

それ以外は適当でも構わない。頑張りすぎるのが我々の特性でもあるんだから

11/06 11:23 追々々記

IQが高い=頭が良い」というのも勘違い。世の中の「これが解けたらIQ○○以上!」っていうのに毒されすぎだと思う。

IQっていうのは器用さみたいなもんで、普通の人が普通にするようなことができないから、それを補うために上がってるらしい。

から標準が最善と考える私にとってはIQが高いのは恥のような感覚がする。

学歴だけの話をすれば、数字が上手く記憶したりできないからめちゃくちゃ頭悪いよ。

普通に生活できるならそんなもの必要ないと思うし、何か恩恵を受けたこともない。

余談だけどIQを上げる塾、みたいなのも世の中にはあってIQだけ上げたいなら訓練すれば上がるらしい。同じようなテストを受けたことがあるかどうか聞かれるのはそのため。

あと全発達障害者や全ASD人間関係に困ってないといけない、みたいなのやめよう。

(これを自分の中で「かわいそうマウント」と呼ぶことにしてる。かわいそう、かわいそう、と言いながら相手が困窮してる状態を望んでいる様。)

繰り返しになるけど、困ってるのなら病院に行くこと。

「生きづらい」と思うことがまず普通状態でないということを知るべきだし、まずメンタルを治してから生活習慣を身につけたり何やりするべき。

家族が苦手なら一人暮らしを推奨するよ。

自分の居心地のいい環境を作ることは普通の人と違う異常なことじゃなく、ASDにとっては「普通」と思うことが大事

普通の人と同じことが出来なくても気にしない。

人に話しかけられたらニコッと挨拶するとか、行儀礼節をわきまえるとか最低限のマナーを守るぐらいでいい。

上に書いたみたいに、突然倒れたりすることがあるから特性を周りの人に知っておいてもらいたいのに、なまじ普通に見えるおかげか言ったところであまり正しく理解されない。

発達障害ASDに対するイメージが悪すぎると思う。

最近流行りのASD発達障害家族コンテンツにした当事者以外の人によるイメージ操作もある気がする。(特別視しすぎ・失敗をネタにしすぎ)

もうちょっと発達障害者ASDに優しい世の中になってもいいんじゃないだろうか。

シロクマ先生言葉を借りると

シロクマ先生言葉を借りれば「よく発達した発達障害の人」といえるのかもしれない。

「よく発達した発達障害」の話 - シロクマの屑籠

http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20161018/1476751839

11/07 0:23 こっちも書いたので読んでほしい

http://anond.hatelabo.jp/20161106231140

2016-08-24

発達障害めんどくさい

自分発達障害疑い。専門の外来にかかっている。IQ全検査の値が120前半、言語130ぐらい、動作110くらいで、主治医によると発達障害に特徴的な凹凸はないので「疑い」止まり。ただし主治医主観ではエピソードなどを聞いているとASD強めに感じられるとのこと。自分としては典型的ADHD。締切の段取りうんことか部屋が常に空き巣被害現場とか。

・「ひとの気持ちがわからない」。感情の動きとか、「傷つく」と苦しいとかは経験的に知っていて、それを他人敷衍して考えることは出来るので、「傷つけないように心がけて動く」ことはまあまあできている、と思いたい。ただ、傷ついた人のケアとかが致命的にダメ。泣くときとか一人で泣いて気を落ち着けたい派なので人前で泣くともはや泣いた原因より泣いたこ自体が悔しく、ほっといてもらいたいタイプ

・上記を敷衍して仕事の先輩が隣のデスクで泣いてたのをそっとしといたら「ほっとかれた」「無視された」と思われたらしく、最近無意味にあたりがきつい。雑談一切ふってこなくなったしそれどころか業務にぼちぼち響き始めている。

しかし先輩は先輩でスケジュール詰めすぎて突発でこっちに穴埋め振ってきたりしているので、ぶっちゃけ塩対応していることで自分自分の首絞めてる感があるように見える。(雑談カットは過集中のケがある自分的にはほぼノーダメージ)

・これまでもぼちぼちと悪気なく不快心持ちにさせて下さった方なので(こっちがやってる仕事唐突に「引き継ぐ」宣言しておきながら、「過去メールをほじくり返すのが面倒で時間無駄から」という理由で詳細まとめた資料について口頭説明を求めるなどされる。「都度CC送信しろ」という指示はなんだったのか。こちらの時間無駄にして良いと思ってる的な言動ナチュラルにある)ただでさえ前々から嫌気が差さなくもない状態だったのだが、それがじわじわエスカレートしつつある。ぶっちゃけもうフォローしたくない。

・昨日は残業して作業してるときに、「自分がやりたい仕事があるし増田は今急ぎの仕事とかないはずだから端末空けろ(意訳。物言い自体もっと柔らかかった)」と言われて端末譲って帰ったがなんか納得いかない。先輩がやりたい仕事があるのは良いんだが、私はその時やってた作業以外にルーチンでこなさなきゃならないのがあと二つ残ってた。しかもうち一つは今週木曜までに目処をつけてその先輩に報告せねばならんやつだ。それを「他に仕事ないはずだよね」と来た。それはなくね? それはありえなくね?? 木曜ぐらいまでを目処にしろ言うたのはアンタやで?

・発達あるあるだと信じているのだが、こういう細かいエピソードはだいたい全部覚えている。何なら書き出せるのだが、書き出して提出するとなぜか見た人は大抵ドン引きする。書かれている内容にではなく、「こいつよくこんなに細かくいくつも覚えてんな」というところにである

・覚えていることに引かれるのなら、その都度「それはやめて」と訴えれば良いかというとそうでもない。というかそれやると一発で「反抗的」「ケチ」「不寛容」「自分のやり方に固執しすぎ」などなど悪名高くなること請け合いである(ただでさえ仕事の仕上がりの精度を気にしすぎていると言われているのに!)。何より、経験から「まず相手の言い分をのみ、できるだけそれに沿うように動く」ようにしてトラブル回避を試みるよう行動様式が固まってしまっている。上記の「他に仕事ないよね」への腹立ちを今ごろ言語化しているあたり典型的

・健常者ってこういうときどうしてんの? どう持ち込んだら「自分にも非があった」みたいなことを認めやすいの?? それともアレか、私が神経質すぎるのか? でもこの調子で突発的に作業ペース乱されると、ただでさえ締め切りまでの段取りがアレなのにキャパ超えてまうんで困るんですけど。仕事の成果が出ないという意味でも困るし、この先輩たぶん「締切守れ言うたやん」って指導してくるはずで、それにこっちも内心で「おまいう」ってなってしまって良くないと思うんだよね。

転職とか配置換えは視野に入れない方向で(仕事内容自体は向いてるので辞めたくない&代われる人員居らん)、なにか良い案ないですか健常なるみなさま。あるいは宇宙人仲間たち。

2016-08-10

http://anond.hatelabo.jp/20160810105415

そうなんだ。じゃあ君の心の中では合併しないってことでいいんじゃないかな。

君が取り上げたDSM5の中ではアスペルガーというカテゴリは削除されてASDになっているので、医学的な答えを知りたければそこから納得してもらわないと始まらないと思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160810075021

そう、ネガティブ意見ゴリ押しし始める人自体は、アスペルガー症候群とは関係ないと思う。

ただ、ASDの人は些細な論理破綻意味連結の不明瞭さをすごく敏感に感じ取って、指摘できる傾向がある。

そういうのをめざとく見つけて、

ケチのつけ始めとして都合よく利用しようとする人がネットには沢山いる。

たとえば、「ああやっぱり脚本家クソだ」「○○ファンはガキ」みたいに、

クリエーターや読者層にマウントし、貶めたい人。

そうやってプライドを満たし、自分を賢くみせたくて仕方ないのだと思う。

そういうのにも障害的な名前がついてるかもしれないけど、

だとしても限りなくレインボーでどこからが病的なのかは微妙だと思う。

これはASDについても言えるから、本当はこういうレッテルみたいな言い方をするのは

良くないと分かってる。でも理解やすさのため言っていることをわかってほしい。

 

ともあれ、そうやってネガティブを吹聴する人たちは、

アラ探し目線ものを見て、否定から入り、ものごとの良さを汲み取る姿勢がない。

ともすると自分ターゲット層でない作品にすら入り浸ったりする。

から、楽しむために見ている人とはどうしようもないほど理解の断絶が生まれる…

はずなんだよね。でもネットだとネガティブ意見思考侵食力がかなり強く働く。

そういうところが怖いなって話よ。

 

http://anond.hatelabo.jp/20160808145940

自分場合ASDも少し入ってるし未診断だけど、状況は比較的近い。ので思ったことを書きます

 

世間理解について

現状の日本発達障害という特性理解され受け入れられることはあまり多くない。

発達障害であることを他者に伝えることを界隈ではカミングアウトというけど、カミングアウトの有無は場所と状況によって真剣に考えたほうがいい。

「誰でもあることだ、甘えだ(気にすんな)」というのはまだぬるい方の反応で、人によっては「障害」というラベルが付いた瞬間一線を引かれてしまうこともある。

増田にとって幸運なのは家族が真っ先に障害存在を認めて支える態勢をとってくれている点で、これは本当に素晴らしいこと。大切にしてほしい。

一番身近な家族障害認知してくれなくて地獄を見る人もたくさんいる。

 

仕事について

ADHD持ちで一般採用枠で、周辺雑務に困難を感じてこそあれ、やりがいを感じる仕事につけているケースというのもまた貴重。

個人の意見としては、転職は考えるべきだけど、行き先を決めずに長期の休職期間は作らないほうがいいと思う。再就職で辛くなりそうなので。

営業の枠で、事務負担率が低そうな職場に巡り会えることを祈っていくつか職場を変えてみるのがいいんじゃないだろうか。

現状の職場上司さんの記述を読む限り、排除はしないが決して理解配慮もしてくれないように見えるので、あまりに辛かったら離れるのは正しい。

また、再就職にあたって休職期間があまり不利にならないなら、自分気持ちを整理するためにしばらく休むのはありだと思う。

発覚してすぐはショックも大きいだろうし。

 

就労枠について

ADHDの診断が出てるようなので、一般就労枠ではなく障害者枠で就労することも視野に入れられる。

そっちで就労すれば周囲の配慮はもらえるし、うまく行けば日々の生きやすさは格段に上がるはず。

ただ、そっちに行ってしまうともうこっちには戻ってこれない。仕事選択の幅は狭まるし、前述したような心理的境界線も引かれる。

今まで一般でやっている時に感じた困難の度合いがどの程度なのかによると思う。また、増田本人がどう生きたいかにもよる。

 

スタンスについて

ADHDにとってのADHDと、一般人にとってのADHD」の節で書いてることにはほぼ全面同意

配慮ばかり求めて何も生み出さない人は社会では実際問題受け入れられないので、ともかく少しでも尖ってる部分を使って何か生産するしかない。

ただ、絶望的に苦手なことを無理に仕事としてやり続けることは自分にとっても周囲にとっても損失なので、「できるようにする」にこだわりすぎないほうがいいような気もする。

尖ってる部分で倍の仕事をして、苦手な部分は他の人に少しずつアウトソースできるような、正しい分業を成立させることを目指したほうが前向き。

 

■「治療」について

自分が未診断なので又聞きになるけど、ADHDの症状によく効く薬というのはあるらしい。コンサータとかストラテラとかは頻繁に耳にする。

ただこれは服薬中一時的適応困難な症状を和らげるもので、なにか脳の働きを永続的に変えていくものじゃない。

発達障害に関して根本的な「治療」は存在しないと思ってる。これは多分界隈の共通認識。「発達障害 完治」とかでググるといい(もしもう知ってたら申し訳ない)。

こういう脳の形質であり、それを矯正してもらえるわけじゃない。まずそれが前提。

診てもらっても服薬以外にやることは今まで増田が一人でやってきたであろうことの延長で、自分の症状について悩みながら理解し、工夫と試行錯誤をしていくことに尽きる。

ブログとかTwitterとか、ネット上でカミングアウトしてる人は結構いるので、そういう人を視界に入れると学びがあるし励みにもなると思う。

 

わかったようなことを書いてるけど自分試行錯誤中です。お互い頑張って生きましょう。

これネットの闇の核心に触れてるんじゃないか

http://anond.hatelabo.jp/20160809152948

偏差値ではないけど、この感じ、既視感ある。

2ch辺りでアニメアンチたちのアニメ批評なんかを眺めてる時も、理解の断絶を感じることが多い。

アニメ言語化しないぶん、より意図を汲み取れないで妙な邪推してしまう人が多いよね。

 

私が思うに、こうした現象メカニズムはこう。

偏差値というか、ASD傾向がある人あたりが、想像力障害ゆえに突飛な解釈をする→

長文で説得を試みられてもコミュニケーション障害ゆえ納得できない→

反発してますます偉そうにネガティブ解釈喧伝し、目立つ→

感化される人も増える、ってサイクル。

 

ものごとの妙味って複雑で多面的な要素が絡み合っているものから

言葉説明するのは困難だし長文になる。

でも言語化できないまでも、おおかたの人はなんなく汲み取れるんだよね。

本筋のメッセージ性とかの大事な部分を。だから総体的評価ができる。

ASD気味の人は些細なシーン接続齟齬とか曖昧さがあると、

もう脳内補完をしてあげる事ができなくなり、理解が途切れてしまう。

からそこで全てが台無しのように感じてしまうし、

結局自分の思い描いた筋書きしか受け入れられないようになってしまう。

 

このようにファジーな文脈解釈をするのに高度な脳機能必要となる一方で、

作品ネガティブな印象を与えるには一面的なことを短文で罵倒するだけで十分。

健全メンタルの人でも、その一面のネガティブ解釈に注目してしまえば、

他に読み取れたはずの多面的要素を容易に意識外に押しのけて、

まるで陰謀論に取り込まれるかのように感化されてしまう。

 

こういうネガティブサイクルが、ネットのそこかしこで見られる。

それでどんな話題においても、プロ水準の造詣の深さや視野の広さを持っている人の声よりも、

素人のパワフルな罵詈雑言の方が支配的になるし、正義面をするのもうまい

一番象徴なのはヤフコメかな? でも最近ブコメも大差ないかな。

 

まあ、啓発が進んでる分野では、ネット素人意見プロのそれに近くなる場合もある。

たとえばエスカレーターは歩くなとか。

はいえ、それはただ素人集団条件反射的に流れに乗っているだけで、

彼ら一人一人が毎回書き込むたびにプロ並の思索を巡らしているわけではないようにも感じる。

 

こういうところが、ネットの闇でありネット限界だと思うのよね。

 

  • 追記

ASD自閉症スペクトラム障害アスペルガー症候群をさした言葉です。

トラバで指摘されて気づいたけど、

ASD特有っぽいやたら神経質な指摘をする人と、その指摘に乗っかってDisを始める人は

必ずしも同一とは限らないと思う。

ASDの人を害悪扱いする意図は一切なくて、

現象としてそれっぽい指摘が発端になりやすい、という話。

普通そこをそんな卑屈な捉え方しないだろ」って思うような意見

意外に浸透しちゃう理由説明たかっただけです。

2016-05-09

ASD番組やってたけど、見た?

気づけなくて人生無駄にしてしまった、って言ってたよ

早く気づけるといいね

2016-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20160409000743

そういえばASD自殺リスク一般の9倍という記事ホッテントリ入りしていたけど、双極性障害自殺リスク一般の15倍と言われている。統合失調症比較自殺リスクは高い。

自殺リスクの高さや寿命の短さが生きづらさの指標なのであれば、ASDよりも双極性障害のほうが生きづらいという話になる。が、おそらくそんな単純な話ではないだろう。

2016-03-15

セディールの良い体験談を書いておきたかった

セディールという、精神科系のお薬がある。

一般名はタンスピロクエン酸塩で、1996年に発売された大日本住友製薬抗不安薬である

このセディールはggったらわかるのだけれども、びっくりするほど評判が悪い。

探しに探したけど、ほとんど見つからない。

効果が実感しづらいのが主な原因らしい。

私はセディールに丸2年ちかく、1日3回世話になり続けた。

途中何度か油断して断薬したりもしたが、

その度に「やっぱりセディールがないとだめなんだ」と反省して飲み直した。

どれくらい飲んだんだろう。700日間飲んだとしたら2100錠だから、21箱?

私はセディールが好きだ。人生を救ってくれたと思っている。とても感謝している。

大日本住友製薬ファンレターを書きたいくらいだ。

できれば1日3回の用法煩雑なので徐放とか開発してくれないかと思っているのだが、

まりモテない薬では難しいか。薬価高いしね。

というわけで、ネットセディール万歳記事が見当たらないと悔しいので、

大海に砂粒を投じたい気持ちだけでこの記事を書くことにした。

どうせこの記事も埋もれるんだろうけど、それでも書きたい。自己満足です。

長くなるけど自己満足っていうことで許してほしい。


セディールの話をしているからには、私は抗不安薬を飲まなくちゃいけないような人間だ。

いわゆる鬱病PDではないが、生き辛いアスペさんである

幼い頃はADHDクラスメイトとセットで爪弾きにされて、彼女の失禁の面倒ばかりみていた。

その後不登校になって自殺未遂して、……まあ波乱万丈に鬱々と生きてきた。

学生時代の話でちょっと自慢できることなんて、

受験生ときに、駿台模試数学偏差値103とったことがあるくらい。

他人にはほぼ無関心を貫いていた私も、さすがに驚いた。

「こんなに簡単な問題を解けない人がいるらしい」という方向に。

……ちょっと話がずれたかな。

別に数学自慢をしたい訳ではなく、抗不安薬の薬効を褒めるに当たって

どういったバックグラウンド患者であるかを説明したいのだが、

自分語りというのは難しい。冗長申し訳ない。

数学ができそうなことを書いてみたが、私は基本的テストが苦手だ。

知らない場所へ行くのも大嫌いで、場所が変わったらただ硬直するだけの人になる。

たまたま前述の模試は知っている予備校の知っている部屋で開催されただけで、

別の部屋で開催していたら多分偏差値なんて40とかその程度に落ちていたと思う。

スケジュールノイズが入るのも苦手だった。

たとえば「月末に試験がある」とか、いつもと違う予定になってしまったら

もう月末まで機能不全に陥るのは確定事項のようなものだ。

食事も食べられないし、部屋の片隅でずっと猫のように丸まっている。

障害がわかる前から私が非常に神経質なのは判明していた。

両親はいつも「私に物事意識させない」ように気遣ってくれていた。

幸か不幸か、観察眼もないし日付や時間もよくわからない人間だったので

騙し騙し手を引けば、何にも気付かずいつも通りに過ごしていた。

明日テストだよ」なんていう特別っぽいことを言わず

今日は一緒に出掛けよう」←よくあること

「この席に座って問題を解いてね」←よくあること

で、誤魔化すことが可能だった。

子供だましのようだが、子供だましが看破できないからASDなので仕方がない。

しかし、そんな風に一から十まで他人に面倒を見させる訳にもいかないだろう。

大学受験の段階で、かなりムリがあったと思う。

それでも幸いにして大学に入ることはできた。薬学部だった。

どうして薬学部だったのか自分はさっぱり覚えていないのだが

(そもそも薬学部なんて受験したっけ? 状態だ)

勉強だけできて、勉強以外なにもできない私が、

一般企業で働くのは無理だと気づいて、手に職をつけさせようとしたのだと思う。

という訳で、向不安薬の存在をはじめて意識したのは、大学教科書の上だった。

そのとき、私はまだ精神科心療内科の世話になったことはなかったのだが

セディールが、セロトニン5-HT1A自己受容体に部分アゴニストとして作用するとか、

受容体が脱感作してダウンレギュレーションを起こすことは何となく印象に残った。

他の多くの抗不安薬はGABAa受容体Cl-透過性をどうの、という作用点なので

「あー全然違うのが混ざってる、へー」程度だったと思うが。

実際にそれらに世話になったのは、社会に出る時である

あいろいろあって、職場を追い出され、実家でもちょっとトラブルが起き

元々神経過敏であった私は、あっという間に鬱っぽくなった。

あくまで「鬱っぽく」だ。

適応障害と言われたが、私の問題適応障害云々とは別のところにあった。

そりゃ何もなくても泣き出したりしたりしたけど。

ご存知の方もたくさんいらっしゃると思うが、

まず発達障害ストレス状態が悪い方向に傾くことが多い。

物音も人間の気配も何もかもが耐えられなくて、

外出してみたものの、机の下に隠れて出られなくなるような有様だった。

強迫行動などはあまりなかったはずなのだが、

コントロール方法が急にわからなくなって暴走した。

ちなみに、この時点でカウンセリングテストを受けて、ASD正式に発覚した。

また、これもよく知られていることだが、

ASDADHDに、薬に感受性が高すぎるタイプがいる。

私もその系統で、鬱や適応障害に投与される抗不安薬がほぼ使い物にならなかった。

たとえば、メイラックス(ロフラゼプ酸エチル)という薬がある。

成人なら1回2mgで1日1回服用の、長時間作用型の穏やかな抗不安薬だ。

高齢者などで1mgで投与されることもある。

1mg飲んだところ、2日間に渡って朦朧状態、ほぼ40時間ぶっ通しで爆睡した。

メイラックス比較コントロールできるので今も世話になることがあるが

初日に0.5mg(1mg錠を半分に割る)、以降1日おきに0.25mg(1/4に割る)。

この使い方は、自分体感を頼りに半減期などを考慮して自分計算して決めたものなので、

他の薬の感受性が高い人が同じ容量で効果を得られることなどを保証するものではない。

他の抗不安薬も概ね似たようなもので、

飲んだら千鳥足から爆睡半日以上目が覚めない、そればっかりで、

とてもじゃないけれども、外に出ることを前提に使えたものではなかった。

なお、三環系や四環系、SSRISNRIなどは未経験である

で、それらの事情から、私の状態は非常に悪かった。

かろうじて大学だけは卒業したものの、卒業したところで私は立ち止まった。

そのまま部屋の外に出られなくて引きこもって終わる可能性も覚悟した。

そんな時に処方されたのがセディールだった。

効果は薄いかもしれないけれど、と抑肝散と共に処方されたそれを見て、

「あー、学校で習ったあの変な作用機序の薬かー」と、思った。

そして、こいつに即効性はないはずだ、と引きこもりの頭で考えた。

受容体の脱感作にどれくれい時間がかかるんだろう。

知らない。知らないけど、俗に作用発現に2週間と言われているということは、

とりあえず長く見積もって1ヶ月、高コンプライアンスを維持しよう。

とかなんとか。

目標は抗不安効果ではなく、セロトニン受容体を殴ることだと割り切り、

効果体感がほぼない分、服薬忘れに細心の注意を払ったと思う。

で、2ヶ月くらい飲んだ頃、正直、「あんまり効果ないな」と思った。

依然として不調な時は不調だったし、

爆睡前提でベンゾジアゼピン薬を使うしかないこともあった。

そこで面倒になった私は、薬のなくなるタイミング勝手断薬した。

適当なことをするなよ薬剤師、と思われそうだが、

断薬で変なことは起きないと自分で調べて自己責任で辞めた。

2週間くらい放ったらかして、何だかイライラする頻度が増した。

落ち着かない感じというのだろうか。

その時にはすっかり忘れていた強迫行動がぶり返した気がした。

ベンゾジアゼピン薬の消費が増えかけたので、

まさか……と思いながらセディールを飲み直した。

その時即効性を感じた訳ではないが、数日後にぴたりと強迫行動は止まった。

おかしいと思った私は即座にカレンダーメモした。

日付感覚がないので、カレンダーメモする癖がついていたせいだ。

そして、しばらくして十分に安定した頃合いに、

今度は故意セディールを飲み忘れてみた。

その直後はなんともないのだが、

数日するとまた覚えのある強迫行動がぶり返す。

この現象を、私は副作用や退薬症状ではないと判断した。

タンスピロンという薬の構造をよく観察してそう考えたし、

退薬症状でいきなり強迫行動のような特徴的なものが発現したら、

もっと話題になるのではないかと思ったからだ。

何度か間をあけて飲んでは止め、を繰り返し、

たまに本気で飲み忘れる日も挟んで

カレンダーに出来上がった記録を見て、思った。

セディールめっちゃめちゃ効果あるやん!」

たまたま私は卒業研究で、

薬の効果は、信じるとより大きくなる(プラセボの増幅効果

なんていう内容をやっていたので、熱心に信じることにした。

バイトを始めて、そのバイトは続いた。

同僚ときちんと会話しているし、電話応対や来客応対もできる。

たまにベンゾジアゼピン系の抗不安薬必要になったが、

頻度は減り続け、今では月に1度も必要ない。

そのうち周囲の環境が変化してよくなったこともあってか、

セディールを中断しても強迫行動が出なくなった。

こだわりも飛躍的に軽減した。

もちろん、今日も私は時計が読めないし、日付はよくわからない。

試験とか言われると倒れそうにはなる。

喧騒がある場所では会話できなくて困ることもある。

数字が大好きで、統計データを眺めてひとりでテンションを上げている。

でも、もしかして……?と思うことがある。


何となく、とても漠然としていて申し訳ないのだが、

今日は晴れている」とか、外へ意識が向かう頻度が

数年前より格段に増えた気がする。

時計を見ると17:12と表示されているのだが、

その意味がいまひとつピンと来なかったとしても

「今は『じゅうしちすなわちごじじゅうにふんという時間』なんだなあ〜」と素直に受け入れて、

気にせずスルーすることができるようになった。


思えば、私はずっと怖かったのかもしれない。

歩く時は地面しか見ていなかった。

ものがたくさんあって動いているのが嫌だったからだ。

理解できない時間なる単位に急かされるのが苦手だった。

気づいたら増えていて、気づいたら減っている変なものによって

他人に叱られたり、待たされたりするものからだ。

から見なかったし、感心を払わなかった。

そんなものよりも数字とか、生物学とか、化学構造式とか、

機械っぽいものとかが好きだった。怖くないから

難しいストーリーアニメは嫌いだったから、

何歳になってもずっとポケモンを見ていた。

ポケモンは、30分の中でいつも自己紹介からはじまって、

主人公は死んだり折れたりしないし、敵にも真の悪人もいない。

必ずわかり合って、平和になって終わるから怖くなかった。

私はたいへん臆病だったのだ。

ところが、その恐怖心が、なんだかこの数年でスーッと、静かに

砂の山がいつの間にか溶けてなくなっているような感じで、小さくなっていた。


全てセディールのおかげかもしれないとまでは言わない。

ASDだって大人になるし、変化する環境の中で生きている。

私が単純に成長しただけかもしれない。図太くなったのかもしれない。

それでも、セディールを忘れるとなんとなくそわそわする、

世の中に怖いものが増える、という感覚はやっぱり戻ってくると思う。

最近の私が服薬を忘れる時というのは、何かに熱中している時だ。

だいたい、とっても楽しい気分の時に、薬の存在ごと忘れる。

そして、楽しい気分であるにも関わらず、

慣れ親しんだ恐怖心が平行するように顔を覗かせるのだ。

もし、薬効が100%気のせいであるなら、

楽しい気分の時に忘れた時なんて、完全に意識の外へゆくはずだ。

でもそうじゃない。

ということは薬効は100%気のせいではないのではないか、と思う。


私はASDで、薬物過敏だし、普通抗不安薬で昏倒する体質なので、

ベンゾジアゼピン薬を飲んでも普通に起きていられる人には、セディールは弱すぎるのかもしれない。

でも別に薬物過敏の人は、世界に私ひとりではないと思う。

セディールは、私のような誰かにとって救世主になり得る良い薬だ。


というわけで、この気持ちをどこかに書き残しておきたかった。

読んでくれた人がいる気がしないが、もしここまでスクロールしてくださった方が

いたのだとしたら、ありがとうございます


大日本住友製薬さん大好きだよ。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん