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2017-03-19

自転車保険には入っておいて下さいという話

自宅からやや坂を上った所に、公園がある。

その公園に用があって、道路の右側を歩いていた。

そこそこ晴れた春の日の午後のことだ。


ゆるく右にカーブした上り坂にさしかかったところで、坂の上から下ってきたお爺さんの運転するママチャリにはねられた。

=====


自転車ハンドル自分の左腕にヒット、私はその場に倒れた。

お爺さんはママチャリから投げ出され、路面に右手と右側頭部を打ったらしい。



私は、お爺さんの様子を確認して警察を呼んだ。

現場検証が終わって、ほぼ 10:0 で自転車側に過失がある(私には過失がほぼない)という結論説明された。

警察の方が割合を明示したわけではないが、もし訴訟になった場合そういった割合になりそうという話)




それを受けて、一般的なケースを考えてみる。

自動車が人をはねたら、当然ドライバー責任が問われる。

バイクが人をはねても、ドライバー責任が問われる。

自転車が人をはねても、同じだろう。


状況は考慮されるが、車両運転する側の方が責任は重い。本件の交通弱者は私。

当然そんなことはお爺さんも承知しているだろうと、私は思った。



ならば・・・私は幸い打撲で済んでいる。失ったのは現場検証に費やした2時間だけだ。

謝ってもらって、お互い病院に行って、お互い不幸な事故だったと反省し、次に同じことをしないように気をつけていく。

それが妥当な落とし所だろうなと。



が、そうはうまく行かないものだ。お爺さんは警察と私と目撃者を前にして、また繰り替えし言うのだ。

自分ブレーキをかけたし悪くない。お前が道を塞ぐように歩いていたからぶつかったんだ」



事故直後にも同じことを言っていたので、パニック記憶が混乱しているのだと気にしなかったが、どうやら本気で言っているようだ。

人をはねたことを悪いと思っていないのか、「すみません」の一言もこれまで一切なかった

車両運転する人は『歩行者が気づいてないかもしれない。だからスピードをより落とそう』というように、『かもしれない運転』をしなければならないのですよ。教習所ではそう教わります」と説明する私。

教習所には行っていないから分からない」と突っぱねるお爺さん。



ああそうか・・・そういう人か。

日本語を話すことができても、日本語コミュニケーションできないのか。

私の倍は生きているのに、自分がしたことと責任を把握できないのか。

きな子供みたいなものか。そうかそうか。



その後、私は病院に行って診断書を書いてもらった。やはり左腕の打撲、全治10日程度。

ただ、交通事故のため健康保険が使えず、10負担になった。

地味に(金銭的にも)痛いが、考えようによってはこの程度で済んで良かった。



仮にだが、もし被害にあったのが他のお年寄りだったり妊婦の方だったりした場合想像すると、ゾッとする。

そして、そんな場合でもあの大きな子供は被害者相手に同じことを言っていたのではないか想像し、ゾッとする。

人をはねておいて謝りもしないこの人なら、やらないとは言い切れない。



私は今、加害者からの連絡を待っている。

自転車保険に入っているかどうか、確認して教えてください。自分で入った覚えがなくても、家族の誰かが手続きをしたかもしれないので」

そうお願いした。返事は

「考えさせてほしい」

何を考えることがあるのだろう?確認して私に電話する、ただそれだけなのに。

日本語なのに、理解できない。体は問題ないのに、胸がムカムカする。

どうか保険に入っていてくれますように。これ以上コミュニケーションをとれない人間相手をしたくない。

2017-03-09

体育で何が一番嫌だったって

怠けてる、ふざけてるって言われることだった

小中学生の時は日頃の行いが良い生真面目な増田くんで通っていたので

ちょっとくらい何か失敗してもお咎めなしだったが、体育の時「だけ」周りが別人のように冷たくなるのがキツかった

正直どう見たって誰よりも息切れしてゼエゼエハアハア言って嘔吐寸前、毎時間死にかけてたのに

あいつは怠けていると白い目で見られ、聞こえるように悪口を言われた

別に走る距離を短くしてもらってたなんてこともないし欠席もしてなかったけど

「凄く息切れしてるね、大丈夫?」なんて先生にもクラスメイトにも一度も言われず成績は五段階中ずっと二だった

高校大学底辺からかだいぶゆるくて楽だったな

小中学生の時には一切なかった競技ルール説明指導もしてくれたし

ちゃんと出席してるからってそこそこの成績をもらった

最近では、左右の目で視力が大幅に違うのに黒板の字は読めるからという理由眼鏡なしで生活していたり

脈拍が人より速めで血圧も低め、扁桃腺も常に腫れ気味で喉が詰まっている、空間把握能力も低いのが

ボールをうまく追えない・すぐに息切れする原因ではないか?と分かってきたので

今なら自分なりに対策を練ったり、自分はこういう体質だからしょうがないと諦めがついたり

周囲に説明したりもできるのだろうが

子どもの頃はただただわけもわからず苦しくて辛くて死んでしまたかった

体育があると思ったら子どもの頃になんて絶対に戻りたくない

2017-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20170306093653

未だにひふみよ以前の98年〜2009年ぐらいのことは黒歴史で、ほとんど語らないんだよなぁ。

どういう経緯でモータウン契約したのか(そして離れたのか)、毎日環境学はどういう日々を送りながら作ったのか、そういう情報が一切なかったから「不在感」があるんだよね。

2017-01-20

[]

いま、君にさよならを告げるを読んだ。タイトルと帯から察していた通りのよくある見慣れた物語だったけれど、やっぱりラスト切なかった

本作の主人公ウィリアムは、正直なところあんまり好きな主人公じゃなかった。優柔不断だし、娘のためになるはずだって言いながら自分欲求を一番にしちゃってるところとかがダメダメ幽霊だった。

でもって、息子を亡くして悲嘆に暮れている老夫婦を支えてあげるのが彼の姉であるローレンなんだけど、彼女もまた癖のある人物で立てなくてもいい波風を立ててくれるからあんまりいい印書がしなかった。

さらさらに後々脳卒中で倒れることになる主人公父親たるトムには家族に隠している重大な秘密があり、ことが土壇場に至って現実から逃避してしまう。

母親のアンが本当に気の毒。残された一人娘のエマも相当だけれど、個人的に一番追い詰められたのは彼女なんじゃないかなあって思った。

でも、たぶんそういうことじゃないんだろうな。最終部の弔辞でローレンは、誰に人生にも暗黒の時代と呼ぶべき時期はあるだろうけど、闇の濃さはいろいろだと述べてる。

人の絶望や悲しみ、翻って喜びや希望も、絶対的比較は誰にとってもできるわけがなく、当人にとっては正真正銘の、その人だけの人生だったのだと毅然と口にしている。

この一文を目にしてから、この作品の流れなり、その時々で人々が選んできた選択を思い返してみると、大小さまざまな失敗こそあれ、まぎれもなく彼らは懸命かつ真意に生きていたことが感じられた。

二周目のたった一人残されたエマが、父親ウィリアムからさよならを告げられた世界想像してみる。ローレンが過ごしたような十代を経験するかもしれないけれど、なぜだかエマならきっと大丈夫だと思えてくる。

ウィリアムからしてもらえたであろう夢のなかでの抱擁が意識の深層に残っている限り、彼女は深く深く祝福さているってことが伝わってくるからだと思う。

読みやす文章特別日常から見えてくるリアリティ面白くて素敵な小説でした。

2017-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20170113110240

そもそも「少女漫画においてエポックメイキング」ってのも正しいのか?

コギャルブーム1995年なのに、1998年になるまでギャルが出て来る少女漫画が一切なかったとは考えられないんだが



と思ってぐぐったが「ご近所物語1995年)」を最初に人気を得たギャル漫画としている説がちらほら出て来るな

読んだことないんで内容は分からんけど人気があったのは覚えているし、年代的にもそれが正しそうだが

アニメ化もしてるよ

2017-01-03

シネプレックス詐欺商法

ポップコーンセットダブル1050円頼んで

ポップコーンはどれにしますかと聞かれたので

チョコを頼んだらプラス100円取られた。

追加料金の説明は一切なかった

2016-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20161208125800

海外転職活動して気づいたこ

日本まれ日本育ちの自分海外転職して気づいたことをメモ

(ちなみに日本会社退職イギリス大学院へ→日本及びイギリス就職活動転職 というのがここまでの簡単な経歴。今回書く日記には特に関係しないので詳細は省略させていただく。)

 

大きく差を感じたのは、日本では『過去理由』をとかく気にするという点だ。

「何故退職したのか」「その会社で何故改善しなかったのか」「何故そもそもその会社に入ったのか」「何故会社を辞めてまで海外大学院にいったのか」

等々の質問日本では必要以上にひたすら深入りしてくどくど聞いてくる企業が多かったように感じる。果ては「こうしたほうが良いのに何故そうしなかったのか」等。

 

また、退職理由はともかく、何年も前の行動を何故そうしなかったのかやたら聞いてくる人事も少なくなかった。

確かに人格判断等には役立つかもしれない。しかし人の考え方や行動は時と場合さらに年をとるとまた変わってくるし、今現在意見や考えを聞かずにやたら過去をずけずけと、半ば説教のごとく価値観押し付けながら聞いてくるのは如何なものか。

正直余計なおせっかいである

こちらが如何にプラスの方向へ、未来へと話を繋げても戻るところは過去理由ばかりであった。

中でもベストオブおせっかいは「何故大学では○○の分野を学んだのに直接関係しない企業に入ったのか」である

何年前の選択について聞いてるのかと。当時リーマンショックやらでとにかく不況内定取り消しなんて日常茶飯事。選んでいる場合ではない。理由なんて「生活のため」以外ない。

とりあえず、当たり障りなく丁寧に説明したが、その後のおっさんのひとことにはさすがにカチンと来た。

「いやー、それでも探せばあったと思うよー」。

 

お前は一体何様だ。なにを知っているんだ。

 

対してイギリスでは、もちろん中には似たようなことを聞かれることもあったが、ほとんどが軽く聞く程度で、深入りされることはなかった。

では何を聞かれるのか。

その多くは『今』に着目しており『これから』につながるものだ。

「なにを学んできてこれからどう生かせるのか」「何ができるのか」「自分はどう役立つのか」「今自分はどう考えているのか」

等々、建設的であり、ある意味ビジネスであると私は感じた。プライベート問題やこれから業務に直接関係のないことは聞かれなかったし、ましてや面接官の考え方について語られること押し付けられることもなかった。

日本のような過去理由について聞かれてもそれは必ず現在未来に繋げていく上での話であって尋問のように感じることも一切なかった

そのままイギリス転職して1年少し。休暇で久しぶりに日本に帰ってきて思うのは、この日本のある種後ろ向きな考え方が、日本での「生きづらさ」の原因にもなっているのではということだ。

転職を恐れてブラック企業から抜けられない若者、一度違う道へ行くとやり直しできない社会うつなどのメンタル問題…すべてこういった社会の考え方や価値観からつながっていっているのではないだろうか。

もちろん、過去の失敗や行動から学ぶべきことは山ほどある。しかし、それは内々で取り組み解決や発展させることであり、他者からどうこう言われるものではないし、今現在のその人本人の評価には何ら関係がないのではなかろうか。

また先日、米国大学卒業し働いていた友人がキャリアアップ資格取得のため、日本大学学士編入の試験を受けたのだが、その面接の際もとにかくやたら「過去」に着目した質問ばかりして気が滅入ったと聞いた。

この考えで日本社会が発展しているならともかく、私が知る限りそうであるようには見えない。

 

ブラック企業問題しろ女性社会進出問題しろ何にしろ、法的整備以前にまずは、そういった日本蔓延る考え方や価値観を変えていく必要があるのだろうし、次の世代のためにも私自身も変わるべきだと、一連の経験を通して改めて考えさせられた。

 

もうすこし、生きやすい世の中になることを願って。

支援トラバです。

こういう中世ジャップランドダメさ加減をもっと書いて欲しい。

2016-12-07

いかにして忘年会の準備を2日で終わらせたか

日時と人数、場所は決まっていて予約も問題なかった。

決まっていなかったのは催し物だ。

今年はどうするのだろうと思っていたら、まさか誰も何も用意していなかったことが直前の会議で露呈した。

そこで突然社長から名指しで私に担当者指名があった。

一番断れないだろうと私を選んだのだろう。当然異を唱えるものは一人もいなかった。なんてことだこのくそったれが。



社長からの条件は次の通り。

・賞品つきゲームを考えて欲しい

ポジティブな内容で終始できるゲームで、参加を強制するわけでもないがそれでいて希望者が偏りすぎないようにして欲しい。

・賞品の予算は5万円。3千円から1万円の範囲で10パターン用意して欲しい。

・はっきりとはいわないけど、当然僕が主役になれるゲームで頼むよ。

十分に時間があるならまだしも、2日後の夜までに用意するにはハードルが高すぎない?



我が社は社員数が30人程度の中小企業だ。

社員全員が顔見知りであるし、当然派閥もある。

ここ数年でやっと女性社員も定着し始めたが、お茶汲み文化的な考えが根強く残り男女の機会均等にはまだ程遠い状態だ。

席順も決めずに始めれば派閥の通りに着席して、散り散りになった女子はお酌を強制されてしまうのが目に見えている。

自分にしてみればそんな世界を勝ち抜いてきたからこそ今があるのだが、後輩たちにそれを求めるのも酷というものだ。

いずれにしても私が担当する以上、結果に不満を漏らさえるのは嫌だ。

公平でいて、それでいて彼女たちが存分に楽しめる状況をつくってやろうではないか



まずは席順を考えたのだが、思い切って女子会席を作ってしまうことにした。

会場はレストランを貸し切りにしたもので、6人席が5つ用意されていた。

その内ひとつ女子だけで占領して、男性は残りの席に抽選で座ってもらうことにした。

男性抽選公平性を出すために、予め席にトランプを重複しないように配置しておいて、入口でもう一組用意した同じカードシャッフルして引いてもらった。

引いたカードと同じ席に座ればよいので、上座下座関係なく誰から見ても公平だ。

(ちなみにこうしてカードを引いていく場合引く順番による違いはない。わからない人は確率勉強をして欲しい。)

更に言うと、そのカードを席次表にも記載しておくことで、同時にファーストドリンクオーダーも聞いてしまうことにした。

店員さんはカードの横に書かれたドリンクカードの席に届けるだけなのでとてもスムーズファーストドリンクを配ることができた。

これはお店の人から大好評だった。



つぎにゲーム内容を考えた結果、くじ引きトーク採用することにした。

棒の先に色を付けたものを数本用意しておいて、引き抜いた色のテーマにそったトークを行うというものだ。

テーブルから1名ずつ志願してもらい、一人が終わったら次のテーブルへと移っていく方法を取った。

賞品が欲しい人はトークに参加しなくてはならないし、かと言ってテーブルを順に回っていくことで連続参加を出来ないようにしてリスクとリターンのバランスを取った。

トークテーマにもネガティブな話が出てこないように気を遣った。

まずは当たりを用意して、今年ラッキーだったことを話しさえすれば無条件で抽選券を得られるようにした。

それ以外は他人を褒める話や、営業での成功体験、自らのふるさと自慢、ハズレに一発ネタなども盛り込んだ。

トーク評価は盛り上がりや最終的には社長がOKと言えばクリアとなり、自らの名前を書いた紙を投票箱に入れる事ができる。

時間いっぱいまでトークを回していき、終わったら投票から一枚ずつ紙を引き抜き、賞品がなくなるまで当選者を選ぶというものだ。

これならば連続トークを行ったとしても段々とハードルが高くなるし、トークに自信がなくても最終的には社長おべっかを使えば抽選にまでは参加できるようになる。

最後抽選というのもできるだけ不公平さをなくすためのポイントだ。

予めルールを書いた紙を各テーブルに配っておくことで、歓談タイム中に大体のルールを把握してもらうことができたのでゲーム自体スムーズに進行することができた。



こうしてゲームの準備はほぼ手元にあるもので全て終わらせることができたのだが、賞品を2日で手元に間に合わせることは流石に難しかった。

なので、ある程度価格と品物を下調べしておいて当日は目録を渡すことにした。

これならば賞品の到着にやきもきする必要はない。

さらに、ある程度予算を予告しておいて、その範囲ほしいものを当日に自ら申告してもらうようにした。

それを社長相談して、問題がなければ賞品として採用することで、さらゲームへの参加欲を刺激したのだ。

あとは賞品と当選者が決まれば、後日時間に余裕を持って本人へと届ければいいだけだ。



結果として、女子会席を作ったのは大成功だった。

司会も私がやることになったのだが、司会の目の前に女子会席を用意したのも手伝って彼女たちが大いに盛り上げてくれたのだ。

当日は前説トークを用意して臨んだのだが、それに対しても大げさなリアクションを次々に繰り出してくれた。

そうして最初空気が作られたので、その後のトーク大会も実に盛り上がった。

前説は、どれくらいまでのボケリアクションが許容されるのかの判断材料になる大切な儀式なのだということを学んだ。



一番大きなポイントは、審判役をノリの良い役員が引き受けてくれたことだった。

ホイッスルを持たせて、ゲスツッコミや程度の悪いガヤに対して警告を行うのが役目だ。

といってもシビアに判定するのではなく、あくまでおふざけの延長のようにそれでいて的確に役割を全うしてくれたおかげで、トークが滞ろうとも悪酔いする人間が騒ぎそうになろうとも空気が悪くなることは一切なかった

男性の席は仲の良い者悪いものランダムで座ることになったが、もともとこうした催しが嫌いなものは黙っていたし、それぞれが譲り合う程度の礼儀は当然持ち合わせていたようだ。

悪意を完全に取り除くことは出来ないが、無毒化することはできたようだ。

それなりに手腕の求められる役割だが、司会では両立できない役割なので今後も必ず配置したいと思った。(と言ってももう一度担当したいとも思わないが。)



最終的には、どんなトークテーマになろうとも社長を褒めちぎる会になった。

抽選権利獲得者が後を絶たず当選率の低さに空気が冷めそうになったが、超上機嫌な社長ポケットマネーで全員に当選できるだけの賞品を用意してくれることになりトークは更に加熱。誰もが笑顔にあふれる忘年会になった。

ただ一人、司会をしていたことで抽選を受けることができなかった私を除いて。

これから自分以外の人間に賞品を発注してから届ける仕事が残っている。なんてことだこのくそったれが。

2016-12-04

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或るろくでなしの死を読んだ。短編集なんだけど、タイトル通りの強烈なキャラクターが代わる代わる出てくる小説だった。

全体的に貧者のホラーというか、弱者ホラーというか、社会的に追い詰められた者に降りかかる恐怖を描いた作品集だったと思う。

一話目の或るはぐれ者の死では浮浪者主人公だったし、六話目の或る英雄の死では第一線で活躍していたのに底辺まで転がり落ちてしまった人物が主になった物語がつづられていた。

自動車事故にあった遺族の物語があれば、若いのに将来設計もなく子供を孕んでしまった男女の物語もあった。

全部が全部そうじゃないんだけど、総じて昭和っぽいレトロ空気感でもって不快感をぶん投げてくる感じ素敵だった。環境モラルも整備され切ってない境遇昭和って、よく合うよね。

上で不快感をぶん投げてくるって書いたけど、全部で七つある短編集の全てで違った不快感を味合わせてくれるのも面白かった。。

例えば一話目の浮浪者の話だと貧者の善意健全に見える社会から踏みにじられる不快感が得られたし、二話目はとある人物の生き死にがたくさんに人々の思惑によって弄ばれている不快感がにじみ出ていた。

三話目はどうしようもない屑の話。ただ似通った話は昨今も絶えないので、実情を想像すると怒りがこみ上げてきた。

うって変わって四話目の狂ってしまった母親の話は終わり方が切なかった。鎮魂の儀式は人それぞれだけれど、そうするしかないってのがつらかった。

表題作である或るろくでなしの死は、ちょっぴり毛色が変わってダークヒーローものだった。ヨミさんかっこいいよ。サキかわいいよ。ただし、最後スナップフィルム撮影するシーンは短編集内でも随一の猟奇描写だった。

或る英雄の死は物語構造がちょっぴりメタい気がする。最終話の話はなんで二人で幸せに生き残るハッピーエンドにならんかったんやって思った。ホラー小説なんだし、死こそが救いなんだから仕方がないのかもしれないけど。

まあそんなこんなで雑多な作品が集まっていたので、どれか一つは好みの一編が見つかる作品集になっていたと思う。反面ずしんとくる不快な読後感はあまりなかった。

最後にもう一つ二つ。個人的に帯のセンスがないと思った。作者二人のコメント作品に水を差している気がする。ちょっとひどい。

そして解説もどき。あれいる? 自分語りブログででもやっててほしいと思った。イラストちょっとしたコメントだけ残してくれたらよかったのに。途中のポエムがひどい。

2016-11-17

漠然とした不安というもの

昔、20代前半の頃、漠然不安だった。

自己嫌悪して何も知らないくせに世間を厭い、死ぬことばかり考えて精神科に行こうと思って予約したけれど、それもキャンセルして、グダグダとして、考え尽くした挙句、もうどうでもいいやと思って、テントと着替えをバックパックに詰めて東北北海道を3ヶ月くらい放浪していたことがあった。

ちょうど市橋容疑者が逃亡記の本を書いた頃で、それに影響されたという事もあったのだけれど。


金がなかったから街や山の中を転々としながら、公園海岸道の駅テントを張って過ごした。疲れた時はたまにネットカフェに泊まった。

別に何か、運命出会いみたいなのは、一切なかった。楽しくもなかった。

それどころか毎日不安で仕方がなかった。

今夜の寝る場所が見つかるかだとか。

台風で、真夜中テントが吹っ飛ばされそうになったりだとか。

山奥で、朝方起きたら寒さで死にそうになったりだとか。

いつまで放浪するんだろう、家に帰れるのかな、だとか。


でも毎日そんな具体的な不安ばかりだと、次第に、家を出る前にしてた漠然とした不安なんてものはどうでも良くなってきていて、というか、とにかく今を生き抜く事に必死になっている自分に気づいた。

それに気づいた時、家に帰る事にした。


その経験自分が変わったとかは一切思わないけれど、それ以来あまり漠然とした不安に捉われるような事はなくなった。

今も、仕事や家庭での具体的な不安毎日、山のようにあるけれど。

2016-11-15

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村上海賊の娘を読んだ。読みやす歴史エンターテイメント小説だった。海戦終結切なかった

正直なところ、一巻を読んだ時点ではあんまり面白そうな感じはしなかった。物語キャラクターはとても優れていたのだけれど、頻繁に出てくる現代との相違や、メートル法表記などのせいで没入感が削がれていたのが原因だった。

また大規模な戦がはじまっていなかったのも理由に挙げられると思う。まるまる一巻使っているのに、舞台説明登場人物の紹介だけに終始するのは(もちろんそれだけじゃないんだけど)いただけなかった。

でも、二巻以降はすごい。陸戦からまりちょっとしたインターバルを挟んでから大々的な海戦へと展開していく。土煙がもうもうと立ちのぼり、磯のにおいがぷんぷんと立ち込める中、魅力的な登場人物たちが戦場を闊歩していく。

凄惨まりない戦場がたて続けに描かれるのだけれど、この物語はそこにユーモアを落としこんでくるところが素敵。現代価値観からでは受け入れられない狂人ばかりが登場するのに、どいつもこいつも痛快で清々しい生き様を見せてくれるのもよかった。

最終盤では主要な人物が死んでいくんだけど、終わりが近いこともあって、妙に物悲しく感じてしまった。泉州海賊が死んでいく様なんかは捨て台詞のひょうきんさから笑ってしまったほどだったのに。

一筋縄はいかない乱世を生き抜いた人々が描く、それぞれの生き様が素直に伝わってくる小説でした。面白かった。

2016-11-06

腐男子だけど腐女子からBL読むな」って言われた

小さい頃から兆候はあったんだけれど中学に入って間もなく、もしかして俺って男が好きなのかなと思うようになって、

それからもうちょっと経ってから男だけじゃなく女にも興奮するとわかってから、俺って何なんだろうと思って、

そんなときたまたまブックオフで読んだ、スラダンスピンオフかなと思って手に取った本が二次創作ボーイズラブだった。

しか最初は「こんなものがあるなんて」と驚いたけれど、もっと続きが読みたいと思って、気がつけばこっそりBLを買うようになって、

俺ってやっぱり男が好きなのか、バレたらみんなから嫌われるかな、気持ち悪いと思われるかなと思い悩むようになった。



大学生の従姉妹の家に遊びに行ったときBLマンガを見付けて、もしかして理解者になってくれるかもと思って、

とにかく一人で思い悩むのが辛かった自分は従姉妹に、自分が男を好きかもしれないこと、BLをこっそり読んでいることを打ち明けると、

俺を否定せずに受け止めてくれて、それからBLマンガをこっそり読ませてもらうようになって、

うれしいな~と思うようになってからしばらく経った頃、従姉妹が俺をある場所に連れて行ってくれた。

いわゆる腐女子同士のオフ会で、そこにいけば俺の理解者がもっと増えるかも、という従姉妹心配りだった。



俺はとにかく緊張しっぱなしでオフ会に参加した。当日に突然の参加だったからみんな俺の存在に驚いていたし、

俺がBL好きであることを従姉妹がみんなに告げてから、しばらく口論っぽい感じになっていて、俺はだいぶ肩身が狭かった。

中でもひとり、大人の女性がすごく怒っていて、従姉妹も説き伏せるのに困っているようだった。

どうもその人にとっては、男の俺がこの場にいることが不快らしく、やっぱり男がいると変なのかなと思ってビクビクしていると、

その人が俺に向かって「もうBLを読まないでほしい」と言ってきた。なんでだろうと思っていたらその人によると、



「男はみんな、いつも女を性的に観て暴力を与えたり搾取したりしている」


BLにハマるというのは、性的搾取され続けた女が、自分意志で誰にも迷惑をかけず男を性的に消費することができる機会」


ボーイズラブにハマるのは女だけの特権。男がBLをハマるのは女から機会を奪うのと一緒。搾取行為である


「男がBLを読むのは間違っている」「男が男との恋愛に憧れるのは誤り」



といったことを、子供向けに噛み砕いた感じで言われてしまった。もちろん一字一句一緒というわけではないけれど、概要はこんな感じだったと思う。

見ての通り偏ったフェミニズムなんだけれど、なにぶん俺はそのときまだ13とか14そこらの子供だったから、

男が女を性的搾取とかフェミニズムとかこれまでの人生で考えたことなんて一切なかったし、そのときは緊張もしていたもんで、

しかも目の前で年上の女性が怒っているし、とにかく自分が悪かったんだと思って、「わかりました。ごめんなさい」とだけ謝って、従姉妹と一緒にそそくさとその場を後にした。

雰囲気は最悪だったので、従姉妹は俺に謝ってくれたんだけれど、俺はとにかく頭の中がこんがらがっていて、とにかく怖かったということだけ覚えていて、

それから家に帰ってひとりでいるときにあのことを思い出すと、急に胸が苦しくなって、喘息のように咳と涙が止まらなくなった。

パニクっていてよくわかっていなかったけれど、その頃は自分セクシャリティに関して思い悩んでいたこともあって、

面と向かって「男がBL読むな」「男が男を性的に観るのは間違っている」と言われたことはかなりメンタルに響いていたようで、

しかも「俺は女にも興奮できる男だから女の人に迷惑をかけていて、そのうえでさらに男を好きになるという悪を上塗りしているんだ」と思うと、

自分否定され、存在を誤りだと言われ、悪者にされた悲しみと、自分「悪」であることの自己嫌悪とがないまぜになったような感覚に落ちて、

誰に謝ればいいのか、これから自分はどうすればいいのかなんてことを考えて、とにかく胸が張り裂けそうでずっと咳き込みながら泣いていた。

その日から今まで親には内緒で買ったBLを、夜中にこっそり遠くのゴミ捨て場やどこかの側溝に捨てたりして全部処分した。



大学に入った頃には、自分がはっきりとバイだと自覚して、そもそもあの人の考え方がおかしいんじゃねえかとわかるようになり、またBLを読むようになった。

気持ちが上向けば幸せがやってくるのか、理解のある腐女子彼女もできたのでそれなりに充実するようになったのだけれど、

昔あったことを彼女に話すと、本当にわずかではあるけれど腐女子の中にいると、そんな主張をしている人を時折見かけるとのこと。

ネットで調べてみたら、あの日俺の前で怒っていたあの人と同じ主張をしている人がゴロゴロ出てきてビックリした。

てっきり、あの人はかなり特殊存在で、似たような人は二人といないだろと思っていたくらいなので。

ゲイバイ親でも殺されたのかってくらいの恨み節や、自分達のおかげでゲイ権利を獲得できたのだといった主張が並んでた。

これらの主張を読んでいるとあの日のことを思い出して、心臓がドキドキいって落ち着かなくなり気分も悪くなる。

考えてみればあの人にとって「男は女を性的搾取する存在」なので、「女を性的に見ない男」の存在自分達の主張を脅かすことになるんだろうし、

今ならあの人に反論することも可能だけれど、当時は子供だったのでしょうがない。

もちろんそんな主張をする腐女子なんかごく少数、多分フェミニストの中にだってごく少数なんだろう。

彼女が多少フェミニズムに噛んでいる関係上、フェミニスト人達意見を聞くことが多いけれど、

「私達のフェミニズム女性の権利向上や搾取撤廃は掲げているだけであり、男性から権利を奪ったりLGBT否定するなんてもってのほか

 とはい思想運動である以上、そういう主張が過激な人たちの存在否定できず、こちらとしてもとてもわかりあえず、悩みのタネ」と話していた。

女性が歩んできた歴史や現状を考えれば、俺は男性蔑視といった極端でないもので限りフェミニズム思想にはわりかし肯定的なほうなのだけれど、

それでもあの日のことを思い出すと胸がざわついて呼吸が荒くなるし、そのためフェミニズムを支持したくても複雑な気分になってしまい、心が折れてしまう。



まあフェミニズムがどうとか腐女子がどうとかに関係なく、俺はそんなに頭がよくないんで知識や考えが足りているわけじゃないけれど、結局言いたかったことは、

自分がどんな思想を持っていても、あんまり悪辣に他人セクシャリティ否定しないでほしいってことだけなんだよ。特に子供相手には。

俺は口が裂けても腐女子に対し「BLを読むな」なんて言えないし、そんな気もさらさらない。

時々、腐女子を叩くゲイも、本当にごく少数見かけるけれど、それもやめろよな。

ここまで書いて結構スッキリしたよ。吐き出すのって大事だねやっぱ。あんまりこういう長い文章書く機会ないんで、文章ヘタでごめんな。

2016-11-05

PV数や収益ばかり気にしてるアフィブロガーへ

PV数や収益ばかりひけらかすアフィブロガーをたくさん見てきたが、物を書くというのはそういう数やお金ばかり優先するようなもんじゃないとずっと思ってきた。

内容で人に感動を与えたり笑いを提供したり、ちょっとした雑学を読んでもらって読者が読んで良かったと思えることを書くのが書き手存在意義だと考えていた。炎上なんてもってのほかである

そう考えながら自分はずっとブログを書いてきた。何十万アクセスも、ましてや収益なんて一切なかったが、読んでくれた人が読んで良かったと思えるような内容を考えてずっと書いてきた。

そうしてやっと書籍を出せることになった。自分名前を使ってだ。内容は特定を避けるために公表しないが本当に嬉しかった。書籍化が決まった夜はセブイレブンで少し高級な肉まんプレミアムモルツを買って、泣きながら肉まんを頬張った。本当に嬉しかった。

正直儲けることを考えてアフィリエイトをやろうかと考えたときもあった。でもそれでは自分が何のために文章を書くのかわからなくなりそうで、金のために文章を書くだけの人間になりそうでなんとか踏みとどまってきた。

アフィブロガーは確かにアクセス数はすごいし収益もすごい。だが数年たてば誰も貴方の様なアフィブロガーの名前は覚えていないだろう。記事の内容だって忘れられるだろう。だって皆でアクセス数が稼げる内容ばかり書いていたのだから、そこに貴方アイデンティティはない。

書籍化したら絶対言ってやろうと思っていた。文章を書くというのはただ金を稼ぐためにあるわけではない。読者の人生の肥やしになるために書くのだ。それが積み重なって自分の肥やしになる。文章なめるな。文章を尊ぼう。文章で人を幸せにしたい、そういう人達文章が世に広まることをずっと願っている。

2016-10-19

ヴィジュアル系ポストパンクロックだったのではないか

説を提唱したい。結論を先に書くと、


パンクロック=「社会に対する抵抗としてメッセージを発する」

ヴィジュアルロック=「社会否定するため、あらゆるメッセージ拒否現実からの逃避)」


ということで、形は違えど「社会的な影響を受け、それに反発するためのムーブメント」だったように思うのです。

以下、もう少し詳しく。



まずパンクロックがなんぞやというと、60年代後半から80年代に入るまでにかけてのイギリス経済停滞による社会鬱屈感と、同時期に複雑化しすぎたロックミュージック、両方への反発として生まれ若者中心のカウンターカルチャーの亜種であり、それまでに流行していたファッションに対しても反発する個性的スタイルをとっていたことも特徴のひとつ


対してヴィジュアル系は、特に社会に対するメッセージなどはなかったが、歌舞伎役者ばりの白塗り&奇抜なメイクカラフルな頭髪、中世雰囲気を取り入れたり、ハードロックバンドマンが着ているものを参考に、さらに派手に彩った衣装などとにかく凝った外見と各々独自世界観もつことが特徴であり、音楽性については特に定まった様式はなかった。(強いて言えばバンドサウンドが基本にあり、ハードロックベースとしているというのが共通項かもしれない)


で、ここから本論なんだけど、ヴィジュアル系には「メッセージ主義、主張」ってのは一切なかった。(一部例外を除く)

あるのは、自分たちビジュアルはこうだ!っていう世界観だけ。

これって実は、

メッセージを全く持たないもの信仰する=メッセージ押し付けようとする社会全否定する=パンク

っていう解釈になりえるんじゃないかなと。


当時の社会情勢としては、まず80年代後半にX JAPANが登場。時はバブル絶頂期。景気の良さも手伝ってか沢山のフォロワー誕生する。(ちなみにヴィジュアル系の起こり自体70年代後半までさかのぼれるが割愛。)

次に90年代に入りバブル崩壊。この時点でも世の中はそこまで暗い雰囲気でもなく、ヴィジュアル系は徐々にその勢力を大きくする。後に成功するバンドたちはこのあたりで結成されたケースが多い。

そして90年代中盤。いわずもがな、就職氷河期スタート不景気による世の中の停滞、鬱屈した雰囲気から逃れたくて、若者は縋るものを求めた。そこに、今までの価値観と全く異なるもの体現したカルチャーが表舞台に現れた。それがヴィジュアル系だった。メジャーにも多くのヴィジュアル系バンドが台頭し、大きなブームになった。それに伴い一層先鋭化した個性的バンドが現れたりもした。が、所詮一過性ブームであり、そう長くは続かなかった。

90年代後半。勝ち残ったバンドは僅かだった。そしてその代表であるのがGLAY。だがこのGLAYこそ、じつは本当の意味でのヴィジュアル系ではないと筆者は考える。なぜか。彼らは「メッセージをもったバンド」だからである

もちろんそれは社会体制批判するようなメッセージではない。恋人や友人に語りかけるような、いわゆる普通ポップスロック世界観の上に、ヴィジュアル系の要素を軽く味付けしたしたバンド。それがGLAYであり、その普通さ故にブレイクし生き残ってこれた。

皮肉にもヴィジュアル系ブームで最も恩恵を受けたバンドがじつはヴィジュアル系ではなかったことが、音楽業界では王道的な価値をもったものが生き残るということを証明したのではないかと思う。(GLAYが最も影響をを受けたというBOOWYビジュアル系ではなくロックバンドである



ここから更に話は飛躍するが、このGLAYが最もブレイクしたのと同時期に、ヴィジュアル系のような独特の世界観を持ち、GLAYのような身近なメッセージで大ブレイクしたものあある。ご存知「新世紀エヴァンゲリオンである

既存ロボットアニメからは大きく飛躍した独特のヴィジュアル言い回し、中身があるようで無い、複雑でわけがからないけど「なんかすごい」と感じられる世界観しかし実際テレビシリーズの中で伝えられたのは、視聴者同様の思春期によくある悩みを抱えた主人公碇シンジ成長物語という、とてもシンプルな内容であったことが、この90年代後半の「何に希望見出したらよいかからない世代」に対するヒットの要因であったのではないかと考えられる。(細かくはそれ以外にもたくさんあるんだろうけど専門外なので割愛



さて、時代は回って2016年。この時代代表する音楽文化とはなんだろう?ぼんやりとした括りではあるが、それは「アイドル」ではないかと筆者は思う。

AKB,perfume,ジャニーズ地下アイドルetc、、、それぞれにスタイルは異なるが「メンバー個人に対して熱烈なファンがいる」「楽器演奏ではなく歌とダンスパフォーマンス主体である」「ライブ以外に活動する場所がある」というあたりが共通項と言える。

ではなぜこの時代アイドルがヒットしたのだろうか。

パンク社会に対する明確な反抗であった。

ヴィジュアル系社会に対する言葉なき反抗であった。

そしてアイドルは、社会に対する反抗者への、「癒やしと共感」なのではないだろうか。

我々は失われた20年の間に大きく傷ついた。後退した。その傷を埋めるために「つらいのすごくわかるよ」「一緒にがんばろう」というメッセージを発したのがアイドルたちだった。それは、理由もわからず暗い時代を過ごすことになったゼロ世代にとってとても甘美なものだったに違いない。

アイドルに求められる像というのも、昔は「憧れの存在」であったものが、いまやバラエティ番組どころか街角の中まで進出し、アイドルという唯一の存在でありながら「身近なお兄ちゃん、妹」のような共感を得られる人がヒットしているのもそれを後押ししている。


さてここで気になるのは大ヒット中の「君の名は。である。これもエヴァ考察ヴィジュアル系のそれであったように、アイドルの「癒やしと共感」というキーワードで紐解くことができるだろうか。



そろそろ書くのめんどくさくなったので終了。

誰か気が向いたら続き書いてくれると嬉しいです。

2016-10-11

南海電鉄車掌アナウンス差別ではない

南海電鉄車掌には、差別意図は一切なかったと思うし、これを差別だと宣う連中は反差別運動価値を毀損するとすら思う。

なんでもかんでも差別だと叫ぶことで得られるのは、一般の人の呆れだけだ。

本件は、単に車掌が冷静さを欠いたというだけの案件だ。

http://mainichi.jp/articles/20161011/k00/00m/040/058000c


そんな、なんでもかんでも差別にしなくては気が済まない、自分では考えられない悪い連中のために

車掌がこのようなコメントに至った背景を考えてみたい。

  1. 外人日常用語である
  2. 車掌英語がしゃべれない
  3. クレーム処理と混雑によって処理がおいつかずテンパっていた

これらの要因が組み合わさった結果として、例のコメントになったことは想像に難くない




日本生活していたら、ポジティブな場面でもネガティブな場面でも、外人という単語を耳にしない事はないし

それが差別用語になるという共通認識は、日本社会には徹底されていない。外人という一語をもって差別というのは早計すぎる。

現段階では啓蒙を行うと同時に、使われた場合にはその背景を鑑みて批判を加えるべきだ





日本人欠点として、英語が明らかにしゃべれない。

その為、外国人旅行客に過不足なく丁寧なコメントで注意をアナウンスする自信がなかった、という事は十分に想像できる。

そこへヒステリーな客によるクレーム殺到していたとすると、英語アナウンスが出来ないから、

まず日本人向け注意喚起と協力を頼もうとした事も容易に想像できるはずだ。

さらにテンパっていたから、外人という単語ポロッと出て来て

日本人お客様にお願い申し上げます本日は、大きな荷物をお持ちの外人旅行者に、多数、ご利用いただいております

混雑の折、ご出勤・ご通学の皆さまには大変ご不便をおかけしておりますが、皆さまお譲り合って、ご利用いただきますようお願い申し上げます

と言うようなコメントになった事は、まともな頭があれば理解できる。差別意図なんてなかっただろう。

この後に英語メッセージが重ねられれば、問題ないとも思う。

例え英語が流暢でなくても、十分に冷静であれば

恥ずかしなら、英語で正確なアナウンスをする自信がございませんので、まず日本語の分かるお客様にお願い申し上げます

本日は、大きな荷物をお持ちの旅行者に、多数、ご利用いただいております

混雑の折、ご出勤・ご通学の皆さまには大変ご不便をおかけしておりますが、皆さまお譲り合って、

少しでも快適な移動となりますよう、ご協力お願い申し上げます

アナウンスした後に、下手な英語コメントすれば、笑われる事で和む位の効果はあったかもしれない。

外人客”と日本人客を敢えて区別する時、言語の背景と同時に、鉄道職員として

長旅を終えてこれから帰国しようとする、外国人旅行者最後のもてなしとして

少しでも快適な移動をしてほしい、最後の思い出が日本人と揉めた思い出になって欲しくない。

から日本人お客様にとっても、外国人観光客お客様なのだからおもてなし気持ちで見送って欲しい

そんな気持ちを込めて、アナウンスしていたのかもしれない。

そこにPCを声高に唱える阿呆が、お前もお前の会社差別主義である、と叫べば社会リアクションは悲しいものになる



今回の車掌アナウンス差別と言って批判してる連中は、本当に差別を受けている人間の敵である

馬鹿なのだから黙っててくれ。

2016-10-03

夢に向かって仕事がんばってもいいじゃない

就職し、これから仕事を頑張るぞ。と思った10代。なんとなしに仕事をしていたと思う。

みんな仕事するっていうから自分もしなきゃいけないな、みたいな。親に世話なったかお金を稼いで楽させたいとか、

そういう感情は一切なかったように思う。学生時代趣味に没頭していたのでバイト経験もなかったし、お金というものになんだか無頓着だった。

それから幾年が過ぎた頃に、少しずつ働く意義というか、意味というか、目的じゃないけど、夢みたいなものを持つようになった。

それは発展途上国学校を建てるというものだった。なぜそう思ったのかはわからないけど、いつかはお金をいっぱい稼いで学校を建てよう!と思った記憶がある。

なんだか困っている人がいるんだから、助けることが俺にもできるかもしれない。という風に思った記憶はある。ただ、現実的に見えてたわけではないし、

将来的な願望というか、そういうものだった。

ただ、そういった夢をもった頃、会社飲み会でそれを上司に茶化されたことがあった。

それが少し寂しかった。なんだか、そこから少し気が抜けたように思う。

まぁ、当時の夢で今はまた別の夢があるし、そのあと発展途上国学校たち過ぎて逆に教員いない問題とかあると知って、

その夢自体は別の形でかなえようと思ったのだけれど、

それでも当時の俺の仕事に向けたやる気を向上させてくれたモノだったことには変わりはないと思う。

俺の場合は茶化されたりしてしまって、すごく恥ずかしい気持ちになり、

そして実情とかいろんな現実も相まってあきらめてしまったけど、

恥ずかしげもなく何か1つくらいデカい夢とか、なんかこう、自分フェティシズムに合った目標をもってみても良いのかもしれない。

それが大きな原動力になることも、もしかしたらあるかもしれない。

なんてことを思ってみたんだ。

2016-09-08

いやわかっている。大事にされてる。客観的にみてもひゃくぱー大事にされてるよこれは。

変わった事情があるとはいえ、このご時世に専業主婦させてくれている時点でかなりの大事にされ度だ。お金だって不自由しないくらいにくれる。今日は遅くなるならないの連絡だってしてくれる。

けど、それが嬉しいという感覚がない。とても感謝しているし、嬉しくないと言うと少し違う。

正しく言うなら、無感動かな。

別に親に愛されなかったとかの、トラウマのような特別経験はない。普通に育った普通人間だと思う。まぁ、正直なことを言えば、本当に親から愛されていたかどうかはちょっとからないのだけど、幼少期の頃から暴力育児放棄などの虐待は一切なかったし、充分に教育も受けさせてくれた。今は殆ど連絡も取らないような仲になっちゃったけど。

なんだろう。自分の中で「冷遇はされないが大事にされることもない」という扱いが日常だった気がする。少なくとも、物覚えがついて記憶が残っている期間については「あぁ大事にされているんだ」と心から感じた覚えはない。強烈に感じた思い出なら、きっと覚えているだろうし。ずっと「蔑ろにされる程じゃないけど、かといって特別大事にされることはない程度なんだ」と感じてきた。

からと言ったらおかしいが、そこまで大事なわけではない存在として扱われる自分に慣れてしまった。

そのせいか大事にされることに感情的価値を見出だせない。大事にされることが心から嬉しいことだったら、大事にされない自分が悲しくて耐えられなかったと思うし。事実として価値があるのは理解しているんだけども。

大事にしてくれてる。感謝してる。ありがたいことだ。頭では理解してる。でもどこかで、なんでこの人は私のことを大事特別みたいに言うんだろうと思ってしまときがある。申し訳なくてたまらないが、そういう類の感情の受け皿に穴が開いていて通り過ぎて行くみたいに感じる。

ただ自分特別人間ではないと思っているだけのつもりなんだけど。

嬉しく思えなくて本当に申し訳ない。

2016-08-27

東日本大震災で少し被災した特撮ファンシン・ゴジラ絶頂した話

 8月2日にTOHOのレイトシン・ゴジラを観て発狂しそうになった。凄すぎて。そこからもう寝ても覚めてもゴジラのことしか考えられなくなり、気づいたらもうすぐリピートの回数が2ケタになろうとしている。もともと特撮映画大好き人間だったけど、それにしたってこの映画は別格だ。こんなに映画熱狂することは、向こう十年はないと思う。


 とにかく全編渡って大傑作だったんだけど、特に中盤の、夜の東京ゴジラが熱線を吐き全てを破壊するシーンでは本当に気が狂うかと思った。自分でも理解できない膨大な感情の波が押し寄せてきて内面をひたすら揉みくちゃにした挙句、最終的に途方もない歓喜けが残った。もう完全に中毒になってしまって、ちょっとでも間が空けばシンゴジの熱線が見たくなって、気づけば劇場に向かってしまう。なんでこんなにこのシーンに惹かれるのか何度も観て何度も考えて、やっぱり自分震災体験が影響しているんだと思った。それに気づいてから、熱線のシーンを見た俺の感情の詳細が大分分かるようになってきた。


 ここでちょっと自分語りをさせてもらいたい。俺は宮城実家東日本大震災経験した。津波での被害は一切なかったが、それでも色々と滅茶苦茶になり、10日くらい避難所生活を余儀なくされた。当日だか翌日の夜に河北新報号外福島のことを知ったときは本当に世界の終わりだと思ったし、いつまで経ってもインフラが復旧しないので、二度と元の生活には戻れないかと思った。震災の日から夜が本当に暗くなった。町に一切電気が灯らなくなることが、これほど恐ろしく、心細いとは思わなかった。だから、しばらくして、ようやく電気が戻って、夜の街に明かりがついたとき、本当に泣きそうになった。元の生活に戻れると実感して、堪らなく嬉しかった。あの夜の光は、俺にとってまさしく希望だったのだ。


 だが、シン・ゴジラはやってくれた。夜の街を照らす光を、絶望象徴へと塗り替えたのだ。


 タバ作戦を踏みつぶしたゴジラ東京侵入する。夜になる。ゴジラ蹂躙される東京は、当然ながら停電する。暗闇に包まれる中、ゴジラ身体の赤い光だけが街に映える(何と美しい画面!)。日本ではもう為すすべがない。アメリカが出てくる。B-2がどえらい爆弾ゴジラを傷つける。そしてゴジラは光り出す。


 東京火の海とし、数え切れぬ人間虐殺したあの光は、何よりもまず俺にとって冒涜だった。311の際に俺が経験した、夜の光に対する感動と希望を、完全に死と破壊で塗り替えたのだ。被災した夜の街に光が戻っている。なのに、その光は日常の復帰ではなく、二度と日常が戻らないことを告げている。俺があの日感じた希望を、ゴジラは完全に踏みつぶしたのだ。そして次に出てきた感情が畏怖だ。俺の中にある希望記憶すらも完全に蹂躙する圧倒的な厄災。本当に恐ろしく、絶対に敵わない、どうしようもない、まさに神の如き存在だと思った。今までもゴジラはさんざん破壊神だと言われてきたけれど、本当に神様だと思えたのは初代ゴジラ以来だった。そして、そこで全ての感情が一転、途方もない歓喜に変わる。そう、今自分が観ているのはゴジラなのだ。VSシリーズ以降衰退の一途を辿り、FWという怪作(駄作ではないけど、最終作には相応しくない)を最後に息絶えたはずのゴジラが、こうして、紛うことなき神として復活し、震災実体験で得た感情すらも蹂躙し、塗り替えてくれている。そう、今自分が観ているものあくまゴジラ虚構であり、こんな圧倒的な光景すらも、自分は娯楽として享受することを許されている。何という特権!! 観客という立場にいることが、こんなにも幸福であると、今の今まで知らなかった。


 その後のヤシオリ作戦ももちろん良かった。震災時に揺れや津波蹂躙されてばかりの建物電車が、震災象徴たるゴジラに一矢報いるのは痛快だった。そして、ゴジラ災害が終息した後の、避難所女の子が笑うシーン。泣けて仕方無かった。


 でも、やっぱり、あの熱線のシーンは別格だった。あれは本当に事件だった。とてつもなかった。っていうか、これだけ言を尽くしても、あの凄まじさを一ミリ表現で来てないと思う。書いててまた観たくなってきた。また行く。何度でも行く。この映画何度でも観たいし、それ以上に、こんな映画をこれからもたくさん観たい。こんな映画を毎年観れるなら、生きるってことがずっと楽しくなる。そういうレベル映画だ、シン・ゴジラは。


 最後に。以上はあくまで俺個人の感想だ。間違っても被災者の総意でないことは言うまでもない。結構リアルあの日を抉ってくるので、きつい人もいると思う。



【追記:2016/08/29】

 誤字直しました。「ごめんなさい(小声)」。

2016-07-20

不倫当時の写真みたら、なんか変な顔してた。

七年前に妻子持ちと不倫してました。

離婚する→離婚進まず→別れよう→やっぱり好きだ

テンプレ通りのループで二年。

「奥さん、今日交通事故でタヒんでくれないかな?」とふつう妄想する自分ほとほと嫌気がさしました。

精神的に不安定になって聞き分けが悪くなり、執着を強める私に彼は冷めて振られました。

その後は地獄

男の人も信じられないし、自分にまったく価値がない気がした。

私なんかウザイ粘着だし男の人に嫌われるんだ!って。

当時の写真みたら、なんか変な顔してるのしかない。

どん底だった不倫から立ち直ったよ。

時間はかかったけど彼氏もできて、去年結婚しました。

夫も私の不倫経験は知っての上。

「奥さんはいるけど~」とか、「子供大事だろうけど~」みたいな但し書きのつかない恋愛ってシンプルで気分がいい。最初からこういう恋愛大事さに気がつけば良かったのに、バカだったと思う。

不倫から学んだことは一切なかった

私にはジェットコースターみたいな恋愛は向いてなかったよ。

あとこれは書こうか迷ったけど、元不倫相手は数人と不倫して泥沼離婚。 いろいろあったのか、会社を潰して荒れて何度か頭がいかれた電話をかけてきた。留守電だけ聞いてコールバックはしなかった。

もう嫌いだったし、少し恨んでいたから。

でも、今は新しい家庭を持って前向きにやっていると聞く。

2016-07-09

鬱病わたし

私は鬱病です。

どこの誰かが読んでくれるかわからないけれど、今の自分を残しておきたくてこれを書こうと思いました。

文章おかしかったらすみません

少し長くなると思いますが見てもらえたらうれしいです。

鬱になった原因は色々あったと思います

一気に色んなことが起きました。

両親の離婚、兄の人間関係トラブルに巻き込まれ殺してやると追われた事、

そして多分一番は職場でのいじめだったと思います

最初普通に接してくれていた人が、ある時を境に冷たくなりました。

やっておいて、と頼まれ仕事を終えて渡しに行けば

「これあなたが触ったの?じゃあ捨てよ~っと」と言われ、

目は合わせていなかったのに「目配せしたのに何で気付いてやってくれないの?」と言われ、

廊下ですれ違う時こちらから挨拶すれば無視され、通りすぎたあとに「あっ、あの子いたんだ~」と言われ、

影では「あの子気持ち悪いのよね」と色んなひとに吹き込まれていました。

大したことではなかったと思っていました。

心配してくれた先輩が話を聞くと「だっての子私の言う事聞かないんだもん」と返ってきたそうです。

そんなのしたこと一切なかったのに。

人間合う合わないは山のようにあるし、たまたまあの人とは合わなかっただけだと、そう思っていました。

でもいつの間にか気持ちはついていかなくなっていました。

ある日電車の中で倒れました。

酷い吐き気に襲われ意識朦朧として立っていられなくなりました。

すぐさま次の駅で降りてトイレに駆け込んだのですが何故か吐けず、それでも吐き気は治まる事なくずっとえづいていました。

目の前の視界もぼんやりとして立っていられずしばらくそこで座りこんでいました。

流石にこれはおかしいと思い這いつくばって出て駅員さんに助けを求め、事務室で休ませてもらうことになりました。

けど一向に症状が良くなる気配もなく、意識が薄れていく中「救急車呼びますか?」と聞かれお願いする事に。

搬送された先で色々な検査を受けましたが、結果何もわからず。

点滴だけ打って帰る事になりました。

そんなことが数回あり別の病院を何軒も回ってもやっぱり原因はわからず。

最終的に心療内科に行きつきました。

そこで最初に診断されたのはパニック障害

出された薬は最初とても効きました。

でも次第にまた同じような症状が出始め、今度はある朝ついに体が動かなくなりました。

本当に腕も持ち上がらないのです。

起き上がろうとしても力が入らずただひたすら天井だけを眺めている。

結局動くようになったのは昼頃でした。

それも何度も続くようになったので病院を変え精神科へ。

そこで初めて鬱だと診断されました。

会社にそのことを報告すると「まともに働けないんじゃ…」と言われ自主退職

そして今に至ります

2年経ちました。

まだ2年?と思われるかもしれませんが、本当に何も出来ずにただ毎日息をしているだけでもう2年経ってしまったのです。

今は未来が何も見えません。

天職だとさえ思っていた大好きだった仕事を失い、趣味の絵を描く事も出来なくなり、

この先一生なにも出来ないままなんじゃないか不安に駆られ続けています

日常生活ですら難しく、お風呂に入ることもなかなか出来なくなりました。

ご飯を食べる回数も減り、何かを楽しむという感覚がわからなくなり、ここしばらく病院以外での外出も出来ていません。

日中ただ天井を眺めているのです。

時々発作のように体が震えます。動悸が激しくなり、無性に生きていることが怖くなります

死にたいです。

こんな何も出来ない自分が生きている意味なんてない。

いつ働くことが出来るようになるかもわからない。

どう死ねば一番確実か、回らない頭でずっと考えています

首吊り包丁飛び降り、どれも誰かに迷惑がかかってしまう。

どうすれば誰にも迷惑を掛けることな死ねるのか。

ずっと考えています

けど私よりもっとつらい思いをしている人がいる。

そう考えるとこんなんで死んではいけないとも思うのです。

だけどやっぱり今のこの状況が続くのは果てしなく思えてつらいのです。

死をとても身近に感じます

なのでもし、これが最後文章になるのであれば、

私が体感してきた苦しい思いが、どうか他の人はしなくて済むようにと願うばかりです。

今つらい思いをしている人がいるのであれば、少しでも気持ちが楽になれますよう。

私ももう楽になりたいです。

2016-06-27

彼女HIVを持っているというので別れたら。。

いや2~3回したけど、俺は陽性じゃなかったんだけどさ。

HIV告白されてから検査結果出るまでの期間、マジで生きた心地しなかった。3kg痩せた。

で、キャリアの人とは付き合えないから、じゃあ別れようということになったら

なぜか彼女の友人やら何やらから、連日攻撃されまくってる(主にFBで)。

彼女キャリア感染者)であることを友人には隠しているみたいだから

まるで俺が「やり捨て男」みたいなイメージになっているみたいだ。

FBには俺の職場情報とかもあるし、攻撃内容には脅しみたいなこと書かれ始めてる。

女の結束というやつなのか、相手方事情も知らずに善意でやっているんだろうけど、

かといって、彼女HIVキャリアだなんて暴露するわけにもいかないし、

(それの方がよっぽど警察沙汰だと思う)

俺は詰んだのかもしれない。



増田から書かせてもらうけど、HIVキャリアはもう恋愛とかやめてくれよ。

お前らのせいで、どれだけの他人人生狂わせるつもりだ。


ブコメ反論させてもらうけどさ、彼女擁護している人たちさ

何度か性行為した後に、はにかむような顔で「わたし実はHIV感染していて・・・」と

枕元で囁かれた経験あるの? 俺だって最初冗談だと思ったよ。でも本人は本気だった。ケロッとしてた。

ブコメにあるように、セックス避妊具を付けてれば感染の恐れがほぼないとも説明されたが、

そんなの実際にその状況に置かれたら、そんな建前論は吹っ飛ぶぞ。



その後すぐにでも検査たかったけど、最低3ヶ月は間を置かないと正確な検査結果が出ないと医者に言われ、

最初行為から3ヶ月置くために1ヶ月近く「検査したいけど検査できない」という悶々とする状況に陥り、

その間もずっと「俺はとんでもない間違いを犯してしまったのでは?」と自分軽率さ、自責の念に苛まれ

飯が喉を通らないくら精神的に不安定状態に追い込まれたんだぞ?



相手方は再三メールやらLINEで「ちゃんと話し合いたい」とかメッセージ送ってきたけど、

行為をしてからHIVキャリアであることをバラすような卑怯者の嘘つきと何を話し合うんだ?

本当に相手のことを思っていたら、まずキャリアであることを伝えてから付き合うべきだろ?

相手感染リスクを負わせてから告白するのが「勇気」なのか?それは単なる卑怯行為だ。

(もちろん、アプローチしたのは俺の方だから、俺にも責任がある。だから死ぬほど悩んだんだよ)



だって最初行為とき告白してくれていたら、HIVについてよく勉強して、

その上で相手と愛し合う選択肢も十分にあり得たと思う。実際、検査するまでの間、

それなりに病気について勉強して、確かにキャリアとの間で行為ができないわけじゃないことは理解していた。

彼女との行為では必ずゴムを付けていたから、ほぼ感染リスクはないだろうとは思っていた。



でも、理屈じゃないんだよ。キャリアであることの告白は、ハンマーで頭を叩かれたような衝撃だったよ。

短い間とはいえ、そんなに大きな事実を隠して俺と交際していた彼女をどうやって信用しろと?

ああやって事実を伏せなかったら交際が続かないことを自覚していたからこそ黙っていたんだろう?

別にだって行為するためだけに彼女と付き合いたかったわけじゃないんだから

すぐには告白できなくとも、半年でも一年でも関係を深めてから告白されて、その上で行為に至るプロセスでも十分だった。

(俺はそんなにモテるわけでもないから、彼女との関係を急ぐつもりは毛頭なかったよ)

でも、最初行為とき彼女全然キャリアである素振りも見せなかったし、

感染事実告白したときだって後ろめたいような雰囲気は一切なかった。あっけらかんとしてた。



トラバにあるように、もしかすると友人も彼女HIV感染を知っているのかもな。

その上で彼女がどんな風に俺のことを説明したのか、友人たちの執拗嫌がらせを見れば想像できる。

俺が公務員からなのか、ちょい前なんて「舛添さんも辞めたよね。ね、不祥事は怖いでしょう?」なんて書き込みがあった。

から、怖くて増田に正直な気持ちを書いたんだよ。不安だったんだよ。

(とりあえずスクショ保存して、いつか警察か何かに相談するとき証拠にしている)



ただ、あの不安と恐怖の日々を経験した者から言わせれば、

彼女可哀想」だの「俺が自分勝手被害者ぶってる、思いやりがない」だの批判はまったく的外れ

というか言葉暴力みたいなもんだよ。

ちょっと想像してみろよ。彼女と俺のどっちが加害者で、どっちが自分勝手で思いやりがないのか。

2016-06-16

障害者施設で働いていた

初めてここに書く。

以前、障害者施設で働いていた。何年か前にやめ、今は別の仕事をしている。

身の回り介護施設で働いている、いたという人はそれなりにいるのではと思うが、「障害者施設」となるとなかなかいないのではと思う。

障害者施設とは

施設には色々種類があるのだが、私がいたのはいわゆる授産施設である正規雇用で働けない、働きたくても働けないという障害者に向け、内職仕事などを行う場を提供し、工賃を得てもらう、という場所である。月々の工賃額は、全国平均で見れば2万円行けば御の字というところである障害者が月2万でどう生活するのかと思うかもしれないが、ここに来る人はほとんどが生活保護障害年金を受け取っており、そこから差っ引かれる税金等はほとんどないので贅沢さえしなければそれなりに生活はできるのである

そして利用者が通所することで、障害者福祉サービスを与える対価として行政から施設収入が入る。1人の利用者が1ヶ月休まず通所(平日のみ)すると、施設形態地域によっても差はあるが概ね10万円程度は施設収入となる。つまりここの職員賃金税金から支払われており、立場としては半官半民、みなし公務員というのが一番近い。

なお関連する資格として「社会福祉士」や「介護福祉士」などがあるが、なくても業務可能である。あると待遇採用時に優遇はされる。

仕事内容

9割方は作業をしに来る利用者支援である支援とは何か、であるが、例えば作業のやり方を教えたり、何か困っていたら手を貸してあげたり相談に乗ったり、送迎を行ったりという具合だ。とりあえず利用者から要請があれば、すぐに駆けつけできる範囲対応を行うと考えてもらえればと思う。要請がなくても、利用者の小さなサインを見逃さず、こちらから声をかけることも必要である

支援を怠ったり支援を行う中で職員に落ち度があったりすると利用者家族)が管轄する役所に苦情を入れたりして、最悪施設行政処分を受けることもある。利用者不快にさせないように常に気を揉むところから始まる。


何が大変か

作業支援

ただ作業を教えるだけであれば楽に見えるかもしれないが、そもそも利用者作業が「できない」人たちである。何度話してもやり方を覚えられないこともあるが、視力障害があれば製品に傷をつけてもわからない、精神障害があれば突然取り乱してしまうこともある、知的障害であれば作業を行うように促しても何も行えない、と言った具合に、ここの「できない」は単純に技能習得が遅いこととは限らない。そういった彼らをサポートしなければならない。

その上で、製品には当然納期がある。納期を守りつつ、製品不良品が混じらないように検品し、納品して次の作業を持ってくるところまで職員は行う。なお利用者とは労働契約を結んでいるわけではないので、ノルマ等はない。ミスってもズル休みしてもまずお咎めはない。利用者の欠席が続出したり大量に不良品を作られるなど、トラブルが重なると作業管理するはずの職員作業を行わなければならないこともあり、こういうときは肉体的に疲れる。

対人関係支援

福祉現場はどこもだが、職員が少ない。1人で多くの利用者の面倒をみなければならない。利用者たちだが、年齢層は様々、持っている障害も様々、意思疎通が難しかったり拘りが強かったりとキャラクターも様々、障害の他に持病を抱えいつ倒れるかわからない、etc...作業の以前にそういった人達相手をするのである。そんな個性派同士が狭い空間で過ごすのだから職員いくら配慮しても喧嘩トラブルの類は絶えない。こういった時職員解決仲裁に向けてもちろん支援しなければいけない。他にも突然利用者職員に食って掛かったり、延々と不満をぶつけてきたりすることもしばしばだ。くどいがとにかく気を揉む。精神的に疲れる。もはや参る。

事務処理

事務仕事だが、まずはトラブルが起こったら事の顛末をすべて書面に残す必要がある。先ほど書いたとおり、まず何かトラブルがあるので必然的に書く量は多い。その他、利用者の通所管理支援プラン作成、工賃の計算作業に関わる伝票の作成など、細々とした書類を上げるとキリがない。一つ一つで見るとそれほど作業量は多くないのだが、種類が多岐に渡るので管理できないと間違いなく混乱する。それはどこの会社でも組織でも同じかもしれないが、支援ストレスを抱えた上で行うので単純比較はできないかもしれない。

虐待

今まで話してきたとおり、障害者相手はとにかくストレスが溜まる。そしてその捌け口として職員虐待に走ってしまう、という事例はニュースでも時々報道されている。私の施設新聞沙汰になるような問題はなかったが、第三者が見れば虐待にあたるかも…ということは(ストレスが原因と断定はしないが)ゼロではなかった。人間は必ずミスをするということから考えると、こういったことは頻度の差はあれどこの施設でもあると思う。施設職員虐待について常に留意しなければならないのは当然にしても、実はこれが結構ストレスになる。

断言するが、こういった職場に勤めるなら合法的ストレスの捌け口を何か用意しないと精神的に壊れる。


待遇

介護業界給料が安いとはよく言われるが、そもそも福祉業界給料基本的に安い。どの都道府県にも大卒なら月〜十万円から、といっただいたいの基準があると思うが、それよりは明らかに下であるパートだと時給800円も行けばいい方ではないだろうか。賞与については、年間で2ヶ月分も出れば良いのではないかと思う。そもそもない所も多いと聞いた。

国は給料をあげようと手当などを拡充しているが、せいぜい1万円程度でありその手当を受け取るにしても一定の条件を満たさなければならない。全部が全部とは言わないが、施設側が給与を出し渋っているフシは強く感じる。

福利厚生はあってないようなものである。例えば外食チェーンでちょっと安く食べられるサービスがあったが、巷で手に入る各種クーポンを使ったほうが特だった、というオチであった。当然、使わなかった。なお、独身寮とか保険に安く入れるとかわかりやすものほとんどなかった。

年間休日では、取引先の年間暦に合わせる事が多いのでだいたいは土日や盆、年末休みである。このパターンであれば年間で110日程度はあるのではないかと思う。なお利用者が通所ではなく寮等を併設している場合になると、当然24時間365日休みなく業務が続くので、シフト制になる。

やりがい

対人関係を築く商売としては福祉以外にも教育医療があるが、それらは「子供の成長する様子が見られる」「患者治療を通じて笑顔になっていく」といったところから、いろいろ大変でもやりがいが生まれてくるのではないかと思う。

ここには、反論覚悟で言うが、まずない。トラブルの処理に追われ、利用者にいつ怒鳴られるか気を揉む毎日やりがいはあるか?どれだけ利用者支援しても作業の正確性や能率が上がらず、不良品を処理する毎日に充実を感じるか?毎日製品検査に追われる毎日に楽しさはあるか?とにかく仕事の中で楽しいと思えることがないのだ。それで薄給である

働きやす

これについてはトップ施設長、理事長)の一存ですべて決まるフシがあるので、なんとも言えない。いいかいかは運次第。拘束時間については事務処理をすんなり終わらせることができれば、早く帰れることが多い。けど早く帰れたところでストレスが溜まりに溜まっている以上、余暇を楽しむ余裕は一切なかった




こういった具合である

福祉施設もいろいろあるので、私の書いてあることに疑問を感じる人もいると思うが、あくまで一例として読んでもらえればと思う。

2016-06-09

[]

怨讐星域を読んだ。一巻を読み終わった時、一巻から三巻までの帯についてる煽りは嘘じゃないのかもしれないと思ったけど、結局尻すぼみな読後感になってしまった。残念。

なんだか似たような恋愛話が多かった気がした。宇宙船でのお見合いシステムも、なんで男性アクセスして相手を見つける話ばかりだったのだろう。逆があっても良かったはずだし、女性主人公になる話があっても良かった。もちろん結末はいろいろだったけど、過程が似たり寄ったりでちょっとうんざりさせられた。

また年代記の体裁をした短編集になってるのに、ひとつひとつエピソードに重みがないのがもったいなかった。もっとこう後世に残る大発明とか、大きな障害を克服したとか、些細な行いが禍根を残してしまったとか、重大なエピソードに焦点を当てればいいのに。改めてあらすじを眺めてみるとそうじゃないことがわかるんだけど、読んでいる最中は余分な話があるなって感想を持ってしまった。たぶん構造が悪いんだと思う。

一巻は素晴らしかった。新天地での人類生物との戦いや別コミュニティとの交流なんかはわくわくした。サラマンダー殲滅でもそうだったけど、梶尾真治が生み出す生物特殊グロテスク面白い。スナークとの格闘や百年蟬とブッシュバードの話なんかすごく面白かった。

終末期の地球の話は一巻の中で異彩を放っていたと思う。ハッピーエンドっていう話は主要な内容もさることながら、とある高校生家族と一緒に暮らしていることに衝撃を受けた。もうすぐ地球は滅びるのに、脱出する選択肢提示されていたはずなのに、地球崩壊を信じない父親の影響を受けてか新天地に移動しなかったことを思うと、自由選択の切なさというかもどかしさを感じないわけにはいかなかった。そりゃあ最終的に決定したのは本人なんだろうけど、それでいいのかってどうしても思う。終わり方も切なかったので終末モノが好きな人には読んでもらいたい内容だった。

ノアズ・アークの船員たちの心情も良かった。地球の人々に内緒宇宙船脱出することを選んだ大統領の苦悩とか、人生宇宙船の中だけで終わってしまう人々の無常観とかが胸に迫った。コミカルな内容もある宇宙船の話だけど、いつもどこかに物悲しさがつきまとっていた気がする。

二巻にも好きな話がままある。ノアズ・アーク怪物は結末がギャグだし、アダム小屋の話はモンスターパニックになっている。深遠の選択で描かれているジレンマもよかった。

三巻になると、復讐とか戦争とかそういう話になっていくから話が重くなる。戦中の情報統制とか教育方針とか、そういうもの抗う話じゃなくて浸透していく話になるから読んでて辛かった。また結末のカタルシス微妙。予想出来た終わり方なのは致し方無いとしても、もうちょっとドラマチックに心情を追って欲しかった。

このシリーズ、せっかくなら一巻は地球に残された人々を主に描いて、二巻は約束の地に先回りした人々の歩みだけでまとめて、三巻での宇宙船で旅だった人々の真意を重点に書いたら良かったんじゃないかな。単純に年代順に物語を並べたゆえの弊害が出てしまったように思う。読みやすくはあったんだけど。

2016-05-20

東京五輪を開催すれば子供は喜ぶって言いますが、本当ですかねそれ。スポーツが好きな子供ばかりじゃないですし、だとしても「日本での開催」を特に喜ぶんでしょうか?

私が唯一見た事のある日本での開催は長野オリンピックでしたが、他の国での開催と特に違った印象はなかったんですけれど。

自国オリンピックが開催された!やったぞー!的な感情は一切なかったぞ。

2016-05-14

http://anond.hatelabo.jp/20160513222910

こんな大したことない主張でも反論がくるからね。

別に反論は大歓迎だけど、ああ変なとこにつっかかってるなーってことが(この記事ではないけど)多くて。

これくらいグダグダ書けば、まともに伝わるかと思ったんだ。

さて、オフ会おもしろエピソードだけど、ないんだな、これが。

面白い人間面白いエピソードは一切なかった

俺の目が曇っているだけなんだろうが、ない。

もしあったら君が書いてみてくれ。

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