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はてなキーワード: 盲目とは

2017-03-24

爆サイすら知らないはてな民やばくない?

こんなやつらがネットに詳しいって顔してネット事情通気取りでブコメ書いてるとか…。

なにが「マイルドヤンキー可視化されてるううう!!!」「新たなネットの闇だ…」「初めて知った。やばいサイトだ…」だよ。昔からあるんだよ。

はるかからあってすでに知られてるものに対して「新しいネットの闇だ…」みたいな恥ずかしいリアクションしてるのってやばいだろ。

ほんとはてなぐらいしか見てねえ年寄りばっかりになったんだな。はてなって。「はてな民」って呼ばれ方がふさわしいよ。引きこもりネット老人はてなー諸君が何十周も遅れた知識で偉そうに語ってるサービス、それがハテブ。

で、こういう無知を指摘された奴らは「知らなくて当たり前」とか「知ってるくらいでなんなの?」とか小学生レベルの開きなおりしやがるけど、知らないってことは恥だからな?知らないうえに「ネットの新しい闇だあああ!!」っていうクソみたいなリアクションして恥の上塗りしちゃってるような、いい年こいてはしゃいでるクソダサジジババ軍団はてなーたちの加齢臭プンプンの醜悪な姿を見せられちゃね…。そりゃ良識ある大人なら「みっともないですよ」と指摘の一つでもしたくなりますよね




アホコメントへの返信

id:sds-page「こういうユーザー層なんだなー」

はい、知ってるって人間をそこの住民と短絡的に結び付ける史上最高のアホコメントがついちゃいましたね。はてな民(笑)

id:t_massann 「このサイト知っていることは情報強者の条件のひとつだったんだ・・・

はい、だれも情報強者の条件などと一言も言ってないのに、曲解してしっぺ返し食らわせてやった気になってるアホ。お前らが知らないアホってだけなのに(笑)

id:kaionji「知らないことは恥じゃない」

恥だぞ。正確には今更メジャーサイトを知って「うわあああ!!新しいネットの闇だあああああ!!うわああ!!」って気持ち悪いはしゃぎ方してるはてな民の態度は明確に恥だぞ。知らないだけで恥なのにさらに恥重ねちゃってるじゃん。さら田舎disまで発展させてるしな。これが恥じゃないならはてな民ってほんと厚顔無恥なんだね(笑)



そして元エントリブコメでは知らないことを恥じないばかりかステマ認定田舎disまで始まる始末。ほんと終わってるコミュニティだな、はてな。爆サイを馬鹿にできない民度(笑)爆サイがヤンキーの酷いたまり場なら、はてなネット老害たちが周回遅れの知識どや顔説教するための老害コミュニティじゃん。無知を指摘されると大喜利(笑)開き直りで逃げるはてな民たち。これは自分欠点を素直に認められない老害典型的症状ですね。君らが普段叩いてる老害と同じになってますよ?(笑)もっと謙虚に生きてね(笑)ネットジジババたち(笑)




さらなるアホコメントへの返信

id:kenjou「こんなのが爆サイのユーザーなんだな!自分には必要ない!」

文章をまったく読んでないアホ。俺は一言ユーザーであるといってないが?そしてすでに否定されてる部分だが?こんなアホに星つけてるはてな民お気に入りに入れてる人たちは自分を見つめなおそうね?文章理解力とか考え直そうね?むやみにネット活動しない方がいいよ?迷惑かける可能性あるから?そしてお前が必要ないことと知らなくて恥をかいたことは無関係だぞ。なーにが「こんなのなら自分には縁がない」だよ。お前が広く知られてる知識を知らなかった事実にまず向き合え。で、出てくる言い訳が「自分には必要なかった」wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww恥っずwwwwwwwwww学校のお勉強自分には必要ない!とか言ってバカにしてるアホ学生以下じゃんwwwwwww無知を指摘されて出てきた言葉が「自分のような高貴な人間には必要ない!」wwwwwwwwwwwwwwうわあ…いい大人がこの開き直り方ってさあ、マジでみっともなさすぎるだろ。こいつの兄弟がこの事実を知ったら絶望するわ…。

id:chikoshotはてな民が知らないんだからメジャーなわけない!」

出た~、「俺たちが知らないんだからメジャーじゃない!」というアホ反論~。あそこのブコメで知ってると言ってる人たちの存在無視ですか?それただの正常性バイアスじゃないですか?見たいものしか見れてないのはどっちですか?どっちが盲目だよ(笑)「俺たちが知らないかメジャーじゃない!」よくこんな恥ずかしいセリフをいい大人になっても言えるよね…。ほんとはてな民民度って爆サイ並みじゃん・・・。これにスター付けてるやつらは恥じた方がいいよ。俺たちの常識世間常識!って思い込んで迷惑行為する老人さんたちは謙虚になろうね(笑)




さらに続々と己の無知と「ネットの闇だあああああ!!!!びゃあ~!!!」という恥ずかしすぎるリアクションを恥じれないブクマカたちがわんさか湧いてますね?君たち、それって老人の症状じゃないですか?己の過ちを認められない、プライドけがいっちょまえの典型的老害。君たちがいつも批判してる存在だね?悲しいね、君たちもネットで立派な老害なっちゃって「俺の常識世間常識!」と勘違いしちゃってるクッソ哀れな存在なっちゃったね。普段先進的な人間気取ってるのに、はてなに引きこもってるうちに無知恥知らずネット老害なっちゃったね?はてな民さんたちさ、自覚しよ?「僕たちは無知恥知らず老害なんです」って?恥ずかしいって指摘されてそれを認められないって恥の上塗りだよ?素直に反省しとけよ?賢い賢い(笑)はてなーたちならそれぐらいできんだろ?(笑)




http://anond.hatelabo.jp/20170324174916

2017-03-23

何だかんだ言われてもやっぱり宗教って怖い

とあるバイトを辞める前日、たまたまいつも一緒にシフトに入るおばちゃんと休憩時間がかぶった。

だいたいいつも笑顔な人当たりのいいおばちゃんで、嫌いな人じゃなかったから休憩室に二人でも嫌ではなかった。

お菓子いる?いただきます、って刺し障りのない会話をしてて、

何がどうなってそういう流れになったか覚えてないんだけど宗教の話になった。

今思えば誘導されたんだろうな。

おばちゃんは俺がどこの宗教にも入ってないとわかるとおもむろに城が印刷されたパンフレットを取り出して、

ここには神様がいるの、と城の天守閣を指さした。

(嬉しそうにこの城は私たち寄付で建てたのよ、とも言われた)

最初は何言ってんだこの人と思ったんだが、いか自分信仰する神様が凄いかを延々と力説され続け、

眼の光が異常に強いこともあり段々と気持ち悪くなっていった。

今まで普通のおばちゃんだと思ってた人が突然わけのわからないことを喋り、コミュ障オタクのように一方的にこちらの反応を無視して話す姿は、一瞬で宇宙人に入れ替わったような感覚に陥る。

雰囲気に呑まれものの、最終的に休憩時間が終わりに近づきパンフレット押し付けられるに留まったため、ゴングに救われた形となった。

その日のバイトの帰り道、もう明後日にはここには来ないんだな、と思った瞬間

おばちゃんが今まで影すら見せなかった勧誘をなぜこのタイミングでしてきたのか繋がった。

職場信者であると漏らされる危険性、それによって自分を見る周囲の目がどう変わるのかを良くわかっていたのだ。

あれだけ盲目的な様子だったのにちゃんとリスク管理客観視ができているのはなんだか狂気的で背筋が寒くなった。

これだけで一概に宗教否定する気はないが、そこに属していない人間からすると何だかんだ言われてもやっぱり宗教って怖い。

2017-03-17

アイマスPは声優名義のCD買わないしイベント行かない問題

問題と言うか必然であり事実


音楽限定した話をするが、はっきり言って声優本人名義の歌というものの楽しみ方は難しく、そのハードルを越えていくのは盲目か相当入れ込んでる人ぐらいだと思う

声優本人のアーティストイメージMVがあるぐらいで非常に貧しく補助線がない

ラジオイベントで発揮される声優本人のパブリックイメージがあるのにも関わらず、そのイメージに乗っかれているアルバムはそれほど多くない

本当にその歌声あなたの美味しいとこなの?と首をかしげ、そのプロデュースの方向にガッカリすることも少なくない

比較してアイマス(に限らない他コンテンツ)に乗っかった音楽はズルい

アニメゲーム、果ては二次創作で散々増幅されたアイドルイメージ

このプロデュース指針、補助線があるだけで演じる側、見る側にとってどれだけ楽なことか

アイマスに限らず声優名義のCDを新旧100枚近く聞いているが、アーティストイメージをしっかり作り上げるのは難しいことなんだなと切に感じる

ここがしっかりしていないとパフォーマンスが頭抜けてる声優であっても、座り心地が悪く聞いてられない

関係あるかどうか分からないが60点狙って40点ぐらいのアルバム作ってる徳間ジャパン反省して欲しい



ある程度のパフォーマンス力があってプロデュース問題なくて楽曲も好きになれて……

と全ての項目が普通以上の結婚相手を探すのは難しいみたいな話で、そこまでする物好きな人間はそりゃ少ないよねって話



こないだ初めて行ったはっしーのライブめっちゃ良かったからころあずとエリイちゃんのライブも行ってくるけどね

2017-03-14

オタクになったきっかけを思い出す。

オタクをやめようと思いはじめてきている。

というのも、洋服や化粧、オシャレに対して興味を持ち、色んな事が楽しいと思い始めたら、オタクに対して疑問を持ってしまたから。

アニメとかゲーム漫画オタクで、前はキャライメージしたアクセサリー可愛い普通に使えると思っていたけれど今になっては少し恥しさが残る。

グッズのキャラも一つの絵柄から様々な媒体で売っていて、絵柄同じなのに何でだろうと疑問が残ってしまった。

そのような疑問が色々と積み重なって、オタクに対して疑問を持ってしまった。

その時にふと自分盲目的にオタクをしていた数十年を思い返してみた。

その時、自分にとってはとても処理出来ない、悲しい事があった。

そこからどんどんとまれていくように、恋愛ゲームオタクグッズなどに手を出していった記憶がある。

私は、集めるのが大好きで、キーホルダーなどビニールに入ったまんま保管が多く、溜まっていく一方だから部屋がとてもじゃないけど見せられない状況。

それが当たり前だった。

物があるのが、現実を考えなくても良く、夢中になれる事があるんだって考えられたからかもしれない。

その時私は、その思い出とプラス自分に対してのコンプレックスや自信のなさが凄くあって、自分に対して不満で、諦めていて、拗ねてる感じでオタクをやっていた感じがするなあと今更ながらに思う。

顔も良くないし、体型だって太っていて、どうせ私なんてとかそんな感じの。

疑問を持ち始めてからも、オタクの人と話たりとかした。

何故か、その人の闇を感じる時がある。

自分で取り返しがつかない劣等感とかコンプレックスや思い出がある気がする。

言葉の端々にそれを言ったり、言葉で出てる気がするからそれ気にしてるのかなって思う。

それを見つめたくなくてオタクをやってますっていう人が多いのかななんて推測してしまう。

それだけでは、その時の私はオタクやめようかなんて思わなかったと思う。

最初に書いた通り、疑問を持ってしまたから。

それを知っている自分ステイタスで、好きなキャラクターのグッズを持っている事で相手認識させる、相手気持ちを考えもせず一方的コミュニケーション、前好きだったアニメの話を全く言葉に出ない所など書いてしまえば多くなってしまうぐらい疑問が多くなってしまった。

そして、オタク同士の湾曲したコミュニケーションについていけなくなってしまった。

からオタクをやめようかと思いはじめている。

2017-03-02

疲れるだけの帰省旅行にくらべると金を出してもてなされる旅行蜜の味

anond:20170302112844

もちろん、近所の散歩というのも、

休日に定期わざわざつかって出かけて通勤経路沿いの自分向けくつろぎスポットを探すというのも、

旅行の気分になれる。

要は、日々のルーチンをかえることによって、

パソコンの前だので盲目気味になっている感覚を呼び覚ますだけ。

 

毎日日常に飽きたことなど一度もないか

旅行だのプレミアムフライデーだのが

嫌いだし意味がない、

というならそれはそれで気が若くてうらやましい話。

ただ、「どこがいいのか説明しろ」といわれると。

私はあなたではないし親友でもないので、

あなたがどのくらい想像力が足りなくて

どういえば想像してくれるかなんてしりませんし、というしかない。

 

久井さんのフランス料理漫画を思い出すね。

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170227072354

全面的同意

はてなーインテリという自意識がありながら、実は自分の頭で考えることが非常に苦手だ。

分かりやす絶対正義をただ盲目的に信仰するだけで意識高い系を気取っており、非常に怠惰なエセインテリなのだ

その証拠に、

今回のような「自分たちの正しさと対立」する「新たなマイノリティ」が現れると、

ご指摘の通り「思考パンク」して支離滅裂になる。

同様な構図は、

例えばフェミニズムにおける弱者男性存在

差別問題における凶悪反知性主義的な被差別者存在

トランプを支持するLGBT存在潰瘍性大腸炎という難病を抱える安倍首相存在など、

属性と味方属性が複合する存在が現れると途端に思考パンクするわけだ。



そこで中立的にしっかりと理屈の通った思考を重ねれば良いのだが、

そんな「論理的思考トレーニング」が全くなってないので、

ただひたすら自分ポジションに有利になる結論ありきで理屈を後付けにするからどんどん支離滅裂になっていく。

トラバにも指摘があるが、はてなーも結局はポジショントーカーに過ぎんわけだ。

やまもといちろうをあざ笑ってる場合ではない。

しろやまもといちろうなんぞは欲得づくでやってるだろうが、

はてなーは我こそは正義という自意識に凝り固まっている分柔軟性が全くないので、

それこそ相手抹殺するまで攻撃をやめないラジカルさと譲歩性・寛容性ゼロの脆さがあるので危険存在と言える。

2017-02-26

日本第一党とか

日本ディスるしかできない左翼に比べればまあマシなんだけど極右ってのも手放しで応援しにくい。

極右極左もだいたいみんなのためにみたいなこと言って力をつけると最後暴走してしまうから

もちろん動かないのは良くないけど、周りに流されて盲目的に自分立ち位置を固定しないでほしいな。

2017-02-25

ここぞという重要局面で、感情に任せて理性的判断が出来ず更なる事態悪化を招いてしま登場人物について。

たとえば敵にトドメをさせないで躊躇してしま主人公とか(逆に生かしておくべき敵を個人的怨恨で殺してしまったりも)、隠れてろと言われたのに仲間が心配とかで外に出てきてしまって攫われるヒロインとか。

昔はすごく嫌いだった。お前がそこで個人的感情を優先させたせいでどんだけの人間迷惑がかかる(かかった)と思ってるんだよとイライラした。

なのに最近、逆にそういった登場人物こそ好きになれるかもしれないと思うようになった。

自分自身が常に理性的な行動を取る登場人物共感しにくくなってしまったというのはある。

人間舞い上がってしまうと周囲が見えなくなるし、心配になれば居てもたってもいられなくなるし、惚れ込んでしまった相手には盲目になるだろう。少なくとも自分はそうだ。そこに論理的理由あんまり存在しない。辛い時は辛い。

感情とは厄介なもので、時に理不尽だ。理性でねじ伏せた上で最善の行動を取ったらそれは物凄い盛り上がるが、逆に感情に振り回されて誤った選択をしても、それはそれでどうにもならないものへの無力さを感じさせられて面白い文字通り人間そんなもんだよなとどこかで安堵し、そしてその誤った選択を取ってしまったキャラクター共感してしまう。

逆にどんな事態でも冷静に状況を把握し、最善手を取ろうとするキャラクターには、むしろ近寄りがたさのようなものを感じるようになってしまった。登場人物全てが理性的な行動を取ることでスムーズに進んでいく物語となると、むしろ自分なんかが読んではならないのではないかというレベルで畏怖を感じる。こうありたい、ありたかったという憧れを越えて、劣等感を抱かされてしまう。

ただ単に自分が、現実のあらゆる(という訳でもないけれど)局面感情に任せて失敗してきたから、そういったキャラクター感情移入というか自己投影するようになったというだけの話なのだが。

だが、だからこそ個人感情的な失敗がある程度許容される物語が好きだし、たとえその結果理不尽なバッドエンドを迎えたとしても、自分はその物語を通して癒されているという自覚がある。これから感情的でどこか不安定物語出会いたいなあと、そんなことを考えている。他者が本当に他者として存在している現実ではあまり許されることではないから。

2017-02-22

管理者養成学校が続いている理由と仕組みを卒業生説明する

サラリーマン幹部養成学校の一日が刑務所と変わらない→実際に行った人たちが続出 - Togetterまとめ - https://togetter.com/li/1083373

▼Q:なんでこんなものが続いているのか

ビジネスモデル確立してるからです。

ここの母体は「社員教育研究所」という会社で、ビジネスマナー等の半日研修セミナーをメインにおこなってます。昔いた会社では、正社員は全員ここの半日研修を受けることになっていました。管理者養成学校に行くのは管理職新卒社員だけでした。

半日研修は、意外にもいたって普通の内容です。笑顔の耐えない講師の人が当たり障りのないビジネスマナーを教えてくれます半日話を聞いて仕事サボれてラッキー、くらいの感覚で受けました。しか講師笑顔にだまされてはいけません。それはただの仮面です。ここの講師は全員管理者養成学校教師を兼ねてます。いつでも怒鳴り声があげられるのを、セールス向けに意図的にゆるーくゆるーく振る舞ってるのです。

この、セミナーの使い分けがポイントです。管理者養成学校卒業生は一部が完全に洗脳されます。よしんば洗脳されなくても、管理職的な視点から後述の「一定の効果」を認めるひとは少なくありません。そのため、「管理者養成学校いかせるまでもない(行かせたくない)けど、多少学んでほしいことがある」と考えた管理職は、このゆるーい半日研修採用するのです。つまり

「ここの卒業生管理職になった企業管理職になる」

→「この企業運営する半日研修セミナー社員を受けさせる」

(→「一部の社員合宿セミナーへ参加させる」)

というサイクルが発生しています。飴と鞭に近いものを感じるというか、よくできています。多分なくなりません。

▼Q:「一定の効果」ってなに?

トップダウン式の企業における「上から命令には迅速かつ忠実にしたがう」という感覚を身に付けることです。

命令に従わなかったり、勝手判断で動く社員はどの企業にも一定数発生します。それを許容する文化もあれば、「上から命令絶対に守る/言われてないことは絶対にしてはいけない」という文化もあるでしょう。そして、例えば急成長して組織構造確立していない大企業のような「企業風土はまだ根づいてないけど、上としては絞めるところをしっかり絞めたい」という意識が働きやす企業は、荒療治であっても命令絶対服従の社員を育てたいと思うではないか…というのが私の予想です。

他にも「承認体験を与える」「ブレインウォッシュしたあとにある種の価値観を植えつける」とかもありますがこれも後述します。

▼Q:実際にはなにやるの?

意味のないことをやります

本当です。たとえば、「駅前に立ち、大声で歌を歌う」「歌で審査員を感動させる」「動きを激しくアレンジしたラジオ体操を覚える」「行動力基本動作10ヶ条を暗記する」といった課題を与えられます。それらがすべて合格にならないと補講が発生し、強制的宿泊数が一日延びます。そんなことをわたしは7泊8日で怒鳴られながらおこないました。

この「意味がない」というのは実はとても効果的です。そもそも、入校初日先生から

「ここで教えることに意味はない。大声を出そうが、歌が歌えようが、仕事はできるようにならない。だけど、ここは研修練習の場だ。練習でできないことが、本番でできるわけがない。ここでの訓練を通じて、社会人としての一挙手一投足を学んでほしい」

とか言われます。そしたら「意味がないじゃん」という反論意味をなさなくなりますしかも、「意味はない」けど「歌で審査員を感動させる」ために歌う歌が

要領とごまかしで 長い坂はゆけない

仕事場は戦いの場 半端ではない

やる気になって汗を流せど 力なき悲しさ

いつかみじめな自分を見るだろう

年をとってほぞを噛むなら いまやるがいい

君よ知るか仕事ができて、人生幸せ

ひらけゆく青空の大きさはどうだ

しなやかな若竹にできないということはない

なんて歌詞なんです。

ここが恐ろしい、そして本当にすごいところで、教師意味提示しないので、自分で考えるしかないんです。

意味がない」からこそ、「自分意味内面化する」。このための仕組みが管理者養成学校はとにかく高度に作られています。たとえば、大声で歌を歌うとどうなるか。脳が酸欠になり、思考力が低下します。どれだけ歌っても鬼の形相の教師が怒鳴ってきます。何度も審査に落ち限界限界を重ねて大声で、精一杯気持ちをこめたあと、教師が満面の笑みで「合格!」って言って抱き締めてくるんですよね。このとき承認された感覚半端ないです。涙がボロボロますし、ボロボロ泣くのは気持ちいいです。承認体験は人を盲目します。

なお、こういった方法論は一般的にbrainwashingと呼ばれているはずです。そういった仕組みを利用しているのは軍隊カルトの二つが一般的ですね。

▼Q:嫌じゃなかった?

→嫌だと考える時間と余裕があらゆる点で排除されています

ポイントは「秒単位の余裕すらない規律」「徹底した団体行動」「常に見られていること」「でも絶妙息抜き」の4つです。合宿中は一日を5時起床/22時30分消灯で行動します。自由時間はこのうち合計3時間ほどありますが、単独行動禁止です。研修グループでおこなうので、一人だけ休む、一人だけ練習するなどは禁じられています。本当の意味での自由時間は、起床と就寝のための30分くらいです。それらは布団の出し入れと着替えでつぶれます

なお、行動と行動の間に1分でも空き時間があれば、なにか練習しないといけません。寝泊まりと訓練をする部屋は一面ガラス張り、かつ消灯時以外はカーテンを閉めるのを禁じられています教師は常に見回りをしており、なにもしていなかったら怒られますあなた方はパノプティコンをご存じでしょうか。

見られているのは教師だけではありません。同じグループのひとや、違うグループのひとも同じです。学校では実に細かなルールが設定されています。「部屋を出入りするときは『失礼します』とおじぎをしてから出入りする」「移動時には常に小走り」「椅子から立ち上がるときには椅子を必ず机の奥まで入れる」等々。そして、「ルールを破った人がいれば他のひとが注意する」「注意されたら『ありがとう』と返す」等々。ここでは生徒もまた監視している存在なのです。

しかし、ガッチガチでありながら、休憩時間ビールタバコを嗜むことは許されています絶妙です。縛るところは縛りつつ、一握りの自由を与えます。また、グループ内でのコミュニケーション促進にもなります

▼Q:みんなこんなルールを守るの?

→守ります意味がないルールでも、ここでは規律内面化されるからです。

一番面白かったのは、「風呂に入る前には、風呂場の上に書かれている『風呂に入るときは、1:頭からお湯を二杯かぶる 2:頭を二分洗う 3:お湯を三杯かぶる 4:水を一杯かぶる 5:体を五分洗う ...』の規則を必ず読み上げてから入る」でした。みんな読み上げるし、書かれている「体を洗う順番」を守ります。本当に。風呂息抜きの場ではありません。厳密には、「息抜きをしつつも、規律規則として必ず守る」という感覚が四六時中植えつけられます

▼Q:あなたは何を学んだの?

ラジオ体操でぶっ倒れるとか、40キロ歩いて本当に立ち上がれなくなるとか、あとは四六時中怒鳴られたときに何度も発生したミスがあるとか、そういった点での「私自身の体力的・精神限界を知れた」ということは結果的によかったかなと思います

また、『1984年』の二重思考ってこういうことなのかと体感しました。承認体験が重なるにつれて、「規律めんどくさい!」が「規律を守ることは楽しい!」に刷り変わっていく感覚は絵も知れぬものがありました。訓練の最後には「この学校は最高だ!!」って本気で思ってました。でも「学校を補講なしで卒業し、一日でも早く出たいから全力で試験合格しようとする」んです。

矛盾してるでしょう?でもそれを可能にするのが管理者養成学校なのです。

▼Q:管理者養成学校さないと

→同感ですがつぶれないと思います洗脳されてるひと結構ますし、この「洗脳されてる」が「『個人人格』とは別の『社会人としての規範人格』を学ぶ」と錯覚してるひとは多いです。私も、管理職立場になったら部下に行かせない保証はないなと思います

▼Q:おまえは既に洗脳されてる

洗脳っていうのは「こんなの絶対おかしいよ!」って理屈理解していても「わー!たーのしー!すごーい!」と思ってしまうから洗脳なのです。

2017-02-20

三国志大戦4の動画見てて悲しくなった

昨日三国志大戦4の動画みたけど悲しくなった。

 

何が悲しくなったっていうと「古すぎる」ことに悲しくなった。

もう加齢臭でも臭ってきそうな内容。

三国志大戦西山というSEGAプロデューサーが作ったゲームだが、

西山一言でいうと老害過去の栄光に縋りついているP。

個人叩きだと言われたり思われたとしてもこいつは老害

 

三国志大戦ははじめてできた当時はそりゃもう画期的で、

ゲーセンはどこも満員、どこいっても席が空いてないし順番待ちに喧嘩になるほどだった。

そういう俺も三国志大戦を1~3、3後期まで遊んだ人間だ。

そして三国志大戦戦国大戦に注力するためにサービスは終了した。

まあ、それも時代の流れというか、戦国大戦はいろんな新システム詰まってるから仕方ないなと思った。

ところが戦国大戦がまだプレイ人口いるというのに終了して、また三国志復活である

せっかく戦国を始めるから三国志を終わらせたのに何でまた三国志

意味不明

戦国をやらずに三国志大戦終了と共に去っていた俺にも意味不明で、

当然戦国大戦ユーザーは切れた。そりゃそうだ。

というか時代ニーズ的に三国志よりも戦国の方がいくらでも広げようある題材だろ。

 

しかもできあがった4を見てみると、なんだこりゃ?

何の新鮮さもなく、第一印象はただただ「古い」。

そりゃそうだ、10年前の三国志大戦と何も変わってない。

しろ戦国の方が全然新しく見える。

BGMとか演出とか昔の大戦から劣化してるといってもいいくらいだ。

全然見ていてテンション上がらない。

めちゃくちゃ悲しかった。

俺の好きだったゲームがこんなクソ塗りたくられて現代によみがえるとは。

昔の好きなRPGBGMだけ差し替えられて、ついでに誰も得しないオリジナルエンドまで追加された気分だ。

とにかくこんな古いゲームを出して売れると思ってる西山という脳に恐怖を感じる。

ゲームはいつの時代最初革新的なことしたやつが一人勝ちできる。

なのにSEGA10年前のゲームを使い続けるようになってしまった。

正直今のSEGAに魅力を感じるやつは盲目的な馬鹿だ。

緑のゲームしかり、腐ったスープをいつまで抱えてるつもりなんだろうか。

それを飲みたがるやつがいるうちは、使い続けるか。

2017-02-17

思い出g

盲目的な人に盲目的だと言って通じるかどうかは疑問」

告解懺悔解釈狭間で苦しんおり開けないんですねとでも言ってその恥じらいを見つけ楽しんでいればいい。かってにしろ。」

2017-02-16

盲目的な人にあなた盲目的ですと力説して通じるのかどうかは激しく疑問

好きな人と付き合ったら、音信不通にされた。

好きな人とやっと付き合えたと思ったのに、次の日から連絡がとれなくなった。

気づいたら、何も言わずラインブロックされていた。

本当に何も言ってくれないまま、その人はいなくなってしまった。

その直前まで、いつも通りラインしてたのに。つきあうことになったのは直接会って話してだけど、その時もすごく優しかったのに。

なんでこういうことになってしまったのか、何もわからなかった。せめて答えがほしかった。

いつからこうしようと思っていたのか?どこまでが本当で、どこからが嘘だったのか?何があったのか?最初から付き合う気がなかったのか?それとも面倒になって衝動的に「ブロック」という方法をとったのか?

ラインブロックされているかかめ方法ネット検索して、「ブロックされている可能性が高い」という結果になる画面を見たときは心が冷えていくのを感じた。

こんな方法をとる人間存在するということが、信じられなかった。

たとえ「よく考えたけど、やっぱり付き合えない」という理由でも、ラインでいいから、言ってくれたらよかったんじゃないだろうか。

その人とは何度か2人で会って、一緒に出かけたりもしたけど、穏やかで聞き上手で優しくて、素敵な人だなと思った。確かに少し優柔不断な部分はあったかもしれないけど、なんというか良い意味普通の人だった。違和感はなかったし、こんなことするような人には見えなかったのだ。

彼が突然消えてしまってから3週間近くが経つが、この3週間本当に苦しかった。

「こんなことするような人じゃない」と最初はどうしても受け入れられなかった。その一方で「最低な人」だとも思った。

いろんな友達に話して1週間くらいが経ったころ、「最低な人なのは頭ではわかるけど、それでも好き」だと思った。

戻ってきてほしかった。何かの間違いでもいいし、わざとやったのでもいいから、許すからとにかく戻ってきてほしかった。彼とはライン以外の連絡先を交換していなかったし、共通友達もいなかったので、ラインが使えないと連絡のしようがなかったのだが、SNSのページを見つけてそこから連絡しようかどうか迷っていた私を、相談した友達みんなが止めた。「そんなことしても何にもならないし、ひどい人なんだからもう連絡しない方がいい」と。誰に話してもみんな私の味方になってくれて、私の代わりに怒ってくれて、とてもありがたかった。純粋に嬉しかった。

それでもつらかった。

普通にフッてくれるとか、せめて付き合うことにしないでいてくれれば、こんなに悩むこともなかったのに、こうなった理由が全くわからいから前を向く方法もわからなかった。私はどうしても答えが知りたくて、でも当然だが友達のうちの誰一人として正解はわからなかった。

理不尽だと思った。

私は彼をただ好きになって、大事にしたいと思っただけだったのに、こんな仕打ちはないんじゃないかと。これじゃ世の中やったもん勝ちだと思った。「理不尽」ってこういうものかと、20代も半ばになって初めて身を以て体験した。この年齢まで知らなかったことがむしろまれていたのかもしれない。



今はだいぶ楽になった。意外と早く、前を向けたように思う。

私は、私が思うよりもずっと、強いのかもしれない。

もうあの頃のように好きだとは思わないけど、まだちょっとだけ「また会えたらな」と思っている。まだライントーク画面は消せないし、もらったものもそのままとってある。

でも彼を思い出す時間は格段に減った。かといって嫌いでもないし、憎んでもいない。ただ弱い人だったのかなと思っている。ある友達が「自分のことで精一杯だから、人が傷つくかどうかに想像が及ばないんだよ」と言った。「今頃ホッとしてるんじゃない」と言う人もいた。言ってることはわかる。だけど理解はできない。その心理が全くわからないのだ。

彼はきっと、目の前にいる私を何も見ていなかったのだ。だからこその優しさだったのかもしれない。

でも私も、彼を本当にしっかり見ていたのかと聞かれれば自信がない。自分気持ち押し付けすぎていたのかもしれない。どうも私は人を好きになると盲目状態になってしまうようなので、そこが不安だ。友達には言われたけど、ピンと来ていなかった。今はわかる。


理不尽を「世の中そんなもの」として生きていくのは、それも一つの正解だと思うし、アリだと思うけれど、私はそうしないことに決めた。

私は今までの自分が誰も傷つけずに生きてきたとは思ってないし、むしろそんなことは無理だと知っているけど、それでもこれから他人に対してより誠実に接していきたいと思った。

これを学べたからといって、良い経験だなんて絶対思いたくないけど。


吐き出したかったのでスッキリした。

この増田を、彼が見ていることのないように願う。

2017-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20170215201714

手続きは複雑ですので、私の指示通りに操作してください」

と言われると、盲目的に指示に従ってしま習性を利用してるだけだよ。

2017-02-11

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。


 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。


 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。


 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。


「1位を取ったらデートしてください」


 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。


 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。



 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。


 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。


 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。


共犯者だよ、君も捕まる」


 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから


 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。


 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。


 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。


 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。


 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。


 せんせぇ、さようなら


 はいさようなら


 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170207083153

わかる。つーかそもそも本気で受けてないっていうね。

こんなのもわからないのか!?とか言ってるけど、ガチで受けてるっていう盲目な前提がアスペっぽい。

テストを本気で受けるインセンティブがない。

疑問文をチラッ→該当ワード前後文字ピックする、

このレベル適当さで選ぶから、女が多いんだろうな。

まともな大人ならこのくらいの思考はできるもんだと思うけど。

そういう思考すらできない人がギャーギャー言うんやろなぁ…

http://anond.hatelabo.jp/20170207110529

アレクサンドラ愛称は」→「女性の名アレクサンドラ愛称」というレベルのちらっと見ただろ。

まともに答える気がない、答えなんてどうでもいいという前提でのチラッと見たを理解できない時点でアスペっぽいなおまえ。

http://anond.hatelabo.jp/20170207111205

正答出したら1万円っつってテスト受けさせたらほぼ全員理解してると思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170207112805

やる気のないチラ見で答えられるレベル問題かどうかで差異が出てるだけなんじゃないの?

他の問題見てても、ポーランド侵攻は?→ソ連の間違いとか(ポーランドという文字のすぐ間近にソ連という文字がある)

やる気のないチラ見で答えてやがるなーとわかるもんばっかじゃん。

それにこの試験で良い点数を取れないか学力が低いはあてはまらないよ。

だってこの試験をまともにやるインセンティブ学生にないもの

http://anond.hatelabo.jp/20170207113636

記事内で取り上げられているものけが問題の全てだと考えるのが既に…特に正答率が悪いものだけを取り上げているんだろうってのは想像つくだろ

えーっと?前半の認識をどこからどう拾ったんだろう?正答率のいい他のものはチラ見でも答えられるレベルのものだったんじゃないのってって言ってる時点で記事内の問題以外を示唆してるわけだけど、おまえの国語力ヤバくない?

問題作ったり結果を解析したりするのにその辺を配慮してない訳ないだろ

配慮するとなんなんすか?

2017-02-06

勉強したくなければしなければいい」

いつも謎なのは勉強の内容自体には理由文脈まで把握することを求めるのに、形式に関しては最終的には盲目に受容しなければならないという理論カットアウトしてしま場合がよく見られること。理性的でもないし、勉強させる効力もない態度で終わってしまう。

たいていこの話は勉強できる人たちと勉強できない人たちが交わる場所で生じる。だが、勉強できる人たちは勉強に苦を感じないので勉強する理由を探索する必要がない。また一方で、勉強できない人たちは勉強する理由を欲しているけれども勉強をできないのでその理由を探索できない。

から、この手の話で一番納得がいった答えは、なんのために勉強するか分かるようになるために勉強するってことかなと思う。

なんで勉強するのかわからないならば、勉強して分かるようになればいい。それは勉強してみないとわからない、勉強してもわからいかもしれない。けれど分かるようになることがある。勉強をする理由が知りたいならば勉強するしかない。

まりこれは勉強できない人たちに宗教的決断を促す行いなのだ

なので、勉強する理由がわからないのに勉強しなければならない人には、勉強を続ければ言葉では表せないけれどなぜ勉強をするのか分かるようになるという宗教的事実(?)と、それまでの間に苦痛なことを耐えるためのテクニックを指示するっていうのがベストであるように感じる。それ以上の理性的ななにかが用意できるのだろうか。ほんとうは信仰心なんてものに頼ることは理性の観点からは望ましくないのかもしれないけれど、まずは宗教者が正しいということを受け入れる心性がなければ理性は手に入らないという仕組みになっているように思う。理性が手に入ってからようやく勉強する理由にたいしてどうこう言うことができたり、それを理解したり実感できたりする。それまでは信仰しなければならない。

はじめの段階でこれを受け入れるにはある程度知的活動による充実感を得たことがあるという宗教体験がすでにあるか、あるいは他の場面において日常的に信仰心もつという習慣があればよいようで、実際にそういう人たちは勉強する理由理解していなくても勉強を続けられるみたいにみえる。

2017-02-04

資産切り売り、コンテンツを回すだけ、銀行同士で金を回すだけetc...

だがそこの社員は偉そうで、俺達こそが世界形成しているなんつうバブリーな気持ちでいる

自称有能って能力はそういう消費の仕方が正しいのかあ?というね

その割に人を峻別してるとか豪語する勘違いが横行したり

一種虚業なのに虚業を笑うかとかもう色々盲目おかし

2017-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20170203183653

増田は、あれを「正義」と定義しないと自分の砂上の楼閣のような仮設が崩れるからそうしたいだけだよね。

私は、トランプ旋風の厄介なところは、あれを善であろうとする努力放棄した人たちの、その理由

自分たちが不当に貶められたから、相手を貶めてもいいんだという風に感じるから、悪の開き直りだと感じている。

っていうか、だから人種差別女性差別を平気で出来るんだよね、彼らは。

そっちの方がむしろ正義の皮をかぶった暴走よりもよっぽど抑止しようがないなぁ。って途方に暮れてるんだけどさ。



でも本当は、どれが正義でどれが悪と決めつけることは、増田にも私にも、できないはずじゃない?

私は増田が、おれは正義の危うさを知ってるんだぜぇって言いたいだけのお子ちゃまな、「正義に酔ってる人」に見えるんだけど、

自分の考えの危うさに気付いている?増田は「正義は危ない」と言うところからしかスタートしてないし、ゴールもやっぱり正義は危ういとしか言わない。

私が提示している「他の見え方の可能性」はすべて退ける。それ以上の思考が働いていないように見える。

まさに、増田自身が怖いと言っている「盲目正義」の罠に落ちている人に見えるけれど。

2017-02-02

過去わたしに言いたいこと

大学4年生。春から院生。専攻は言ったら特定されるくらいニッチな分野。日本語の関連論文探したらうちのゼミ卒業生名前ばっかり出てくる。バイトは2つしてる。春からは減らしたいけど。正直言えばもう今だって減らしたいけど。

これが現状。

学会の準備とか論文執筆とか(まだ慣れなくてひとつ文書くにもすごく時間をかけちゃう。早くたくさん書けるようになりたい)資格試験の準備とか(指定科目の単位を取れば受験資格がもらえるよ系のやつ。かっこいいから取るけど正直将来は履歴書資格欄を埋める以外の役には立たなさそう)、あと引越しの準備で非常に忙しい。これだけならまだマシなんだけどこれにバイトが2つ捻じ込まれてる。増田眺めてほーんとか言ってる場合じゃない。けど、どうしても論文以外の文章を書きたい気分だし書かなきゃずっと考えっぱなしになっちゃうから書く。


未就学時の幼いわたしへ。

きみはどうしようもないブスだ。親はブスと言いつつも可愛がっていいブランド服とか着せてくれるけど豚に真珠とはまさにこれ。馬子にも衣装とすら言えない。祖母は「整形すれば大丈夫よ」とか言う。大丈夫じゃねえよ。

でも、案ずるな。成長とともに自然にマシになるから。今だって美人とは言えないけど、平均的な女の子って感じの顔立ちにはなれてる。高校に上がる頃から親とかも「あんた可愛くなってきた?」みたいになるから。案ずるな。

それから、2歳の頃にあなた自主的公文に行きたいって言い出して親に通わせてもらってたけど、それはめちゃくちゃ英断。2歳でその英断ができるあなた神童。結局あなた高校2年くらいまでずっと公文を続けることになるし、そこで培った学力だけでなく、継続したという事実が今のわたしを形作っている。

でもな、将来の夢「りんご」って、お前りんごにはなれねえよ。椎名林檎だってまだデビューしてないだろ


小学生わたし

過去の一時期まで、わたしはずっと小学生の頃が人生ピークだと思っていた。そう思っていたくらい、小学生わたし生活は充実していた。そのまま元気に生きて。でもね、ピアノもっと楽しく弾いていいものだし、楽しく弾けるまでは苦しいけど、もうちょっと努力してもよかったんじゃないかな。あと、男の子もっと優しく接してあげなさい。かわいそうでしょ。噛んだりしちゃだめ。


中学生わたし

髪、伸ばした方が可愛い気がするよ。あともうちょい痩せろ。デブまではいかないけど、いや、やっぱデブかも。あと3kg落とすだけで大分よくなるよ。体育が苦手で辛かったね。高校に入ったら周りが似たり寄ったりの運動音痴だらけになって体育が楽しくなるからちょっとだけ我慢しな。

今になって思い返すとあなた友達ほとんどいなかったし、時々嫌がらせとかされたりしてうわぁって感じだけど、そのことで一切気に病むことなく、ひとりでも明るく生きてたのは本当にすごい。でも、授業中に授業内容を理解してるわけでもないくせに関係ない私語でギャーギャー騒いだり生意気な口を聞く子たちが本当に嫌いで心底死ねと思っていたよね。その嫌いな気持ち死ねと思う気持ち、口や行動に出すべきではないけど、でも、大切にしてね。そういう尖った感情も、成長につれて抜けてしまものひとつから。今、わたし偏差値でいうと10〜50くらいのアホな中学生の面倒を見るバイトをしてる。彼らはまさにあなたが嫌いな子たちと同じ雰囲気を纏っている。うるさい。でも、わたしはあの子たちが可愛くて仕方ない。年上の余裕ってやつかもしれないけど。ウザい死ねと本気で思えるのは今のうちだけだから、精一杯憎みなさい。

高校生わたしへ。

つらいことがあります。どうしようもないことです。でも、少しだけ。もう少しだけ、あなたに行動力があれば、同じ結果でもまだマシな気持ちになれたかもしれない。いずれにせよ、その出来事は避けられません。あなたはしばらくそれを引きずる。でも、あまり悲しみすぎないで。忘れないでいることは大事だけど、ずっと覚えていることはずっと悲しんでいることではない。あまりにも大きすぎて周りが見えなくなっているかもしれないけど、あなたの周りには素敵なもの楽しいことも溢れている。それも、忘れないで。セーラー服自転車に跨るのが楽しかったこととか。セーラー服自転車なんて、高校生ときしかできないサイコーキラキラしたやつだから、存分に走り抜けてね。坂道キツくてヒーヒー言ってると思うけど、まあそのうち慣れるよ。

あと、海辺は風が強くてすぐスカートがびゃーってなるから、ちゃんと中にスパッツなり短パンなり履きなさい。

あと、勉強、サボらないでよね。あなたのおかげで今のわたしハチャメチャ苦労しています。そんなんだから第一志望落ちるのよ。でも、あとでいろんな意味で落ちといてよかったって思うようになるから、それはそれでまあいっか。


大学に入ったばかりのわたしへ。

初めての一人暮らし、慣れないことだらけだろうとは思うけど、ちゃんと部屋の掃除とかしてね。第一志望ダメで後期滑り落ちてきたところに進学したからって、あんまり腐らないように。ここにも面白い学問がたくさん転がっています。やりたかったことへの道が閉ざされたからって盲目にならないように。そもそも道を閉ざしたのは己の勉強不足なんだし。

途中、突然鬱病になります。腕はずたずた、酒に溺れ、暗い部屋に一日中引きこもって動けなくなります。鬱になることは仕方ないとして(?)、現実的アドバイスをしておくと、剃刀とかカッターでのリスカはやめといたほうがいい。明らかにうわっリスカ痕じゃんみたいなのが残る。まあ時間が経てば綺麗になるけど、それでも近くで見たらまだわかっちゃう。じゃあ何ならいいのかっていうと、百均でノコギリ買ってきなさい。それで、ギコギコしちゃだめ。腕に叩きつけろ。簡単に流血するし、皮膚が切れるだけじゃなくて単純に打撲の衝撃も加わるからダメージは大きいけど、百均クオリティのおかげで傷は深くならないし、一つ一つの傷が小さい点だから治りが圧倒的に早い。治ったあとも綺麗。ノコギリを使いなさい。

そのうち、目が覚めます

自分自分人生主人公であることを思い出して、主人公らしく生きてください。

いいところとだめなところを挙げていったらだめなところのほうが多い人間ではあるけど、それでも、わたしあなたを愛しています。これからも愛し続けられることを望んでいます

2017-01-24

http://anond.hatelabo.jp/20170124003249

どっちかというと盲目の坊さんと機関銃おっさん関係の方がホモかったと思うが

主人公相棒人間関係曖昧に見えるのは、監督演出力が下手過ぎただけじゃないかと思う

2017-01-20

増田が苦手な原因

誰田なのかよく分からない増田が作ったダイアリを盲目的にブクマするところ

 

http://anond.hatelabo.jp/20170120185800

web系が苦手な原因

誰なのかよく分からない人が作ったライブラリ盲目的に取り込むところ

2017-01-17

私がダンオタになった理由

私はダンオタである

一年前の今日、某テーマパークに行きパレードに出演している男性ダンサーを好きになった。

ダンオタというのはテーマパークダンサー好きな人たちのことで、だいたいどこのテーマパークにもいる。夢の国にも、関西映画の国にも、忍者村にだっている。

流行りの服装で一眼を持ってショーやパレードを待っている女の子がいたら、ほぼダンオタだと思って間違いないだろう。

では、何故どこのテーマパークにもダンサーオタクはいるのか。それは私がのめり込んでしまった起因でもある。

ダンサーは、パレードの主役じゃないからだ。

一般的テーマパークには多くのキャラクターがいて、ショーやパレードの主役はそのキャラクターたちだ。

ミッキーキティちゃんエルモアンパンマンなどなど、テーマパークで行われるショーの主役は彼らであり、彼らを中心に物語が描かれる。

キャラクターだけいればショーは成立するのでは、そう言われればそれまでで、最もその通りなのだが、テーマパークの広大な敷地のすべてにキャラクターを配置することはまず不可能だろう。そして、それが可能だとしても、絵面は寂しくなりそうだ。

そこで、テーマパークダンサーが現れる。主役のキャラクターを引き立て、ショーを盛り上げる。あくまでも、引き立て役であり脇役なのだ

なら、どうしてそんな脇役にオタクがつくのか。

私は元々ゴリゴリジャニオタだった。月に一回は何かしらのコンサート舞台に行き、自担くんの出演舞台は全通もした。チケットいくらかかったかはもう想像できない。大学生の時ですら、年間3桁の額を使っていた。

自分の服や化粧、食費は最低限で、バイトをいくつも掛け持ちしていたし、友達ゼミ飲み会には一切参加しなかった。今思うと、悲しすぎるキャンパスライフである

しかし、それでもよかった。365日のうち300日はどこかで踊っている自担くんが大好きで、彼を見に行けるなら他のことな必要なかった。

どうして自分自担に対し盲目的でいて、そこまで必死に頑張れていたのか理由は分かっていた。

私の自担は、Jrだったからだ。

ジャニーズJrというのは、デビューしている先輩もしくは後輩のバックで踊っているダンサーのことで。Mステなんかで嵐が歌っているとき、やけに背景がうるさいなと思ったことはないだろうか。そういうときバックで踊っているのがJrだ。

Jrでいる間は事務所をいつ辞めるのかは自由で、昨日までいたのに今日はいなくなっているということはザラな世界だ。しかも、いつ辞めるという知らせは一切ないどころか、辞めたかどうかすらはっきりと分からない。

そんな儚い存在ジャニーズJrが目指すものはみな一様にデビューだ。CDデビューをして初めてJr卒業する。それまでは、バックダンサーという立ち位置しかなれない。

そう、コンサートの主役を引き立てる脇役なのだ

長くJrをやってデビューすると、こう言われがちである、「Jrの方がよかった」。せっかくデビューして事務所を辞める心配がなくなって、なおかつCDを買ったりコンサートツアーをやったり、活動する場所はどんどん増えていくのにだ。そして、何より夢にまで見た主役になる。

しかし、広いステージの真ん中でマイクを握る姿より、ステージの片隅で踊っている姿の方が良かったと思えるのだ。

世の中、なんでもそうだと思う。漫画人気投票で主役よりも脇役の方が人気なことは多いし、コンテストで優勝した人よりも審査員特別賞の人の方が売れたりする。真ん中に立ち、スポットライトを浴びることだけが魅力ではないのだ。

ライトが一切当たらない暗がりを見ている人はいて、その暗がりにいる脇役を見つけたときは何とも言えない優越感がある。主役は誰にだって見える、というか見せるためにいる。主役が見えることは当たり前で、見えたときの感動はそう大きくない。

大勢の人が主役を見ている中で、私は脇役を見ている、私だけが脇役の演技を知っている。その感覚が常に私を頑張らせていた。

Jrは夢を持つ、目標を持つ。その誰にも見えない夢を私は応援たかったのだ。

Jr好きな人がみなこんな理由応援しているとは限らない。たまたま私の自担舞台仕事バックダンサーが多かっただけで、バックにつかずテレビに出て活躍しているJrの子もたくさんいるし、そういう子のファンは違う感覚を持ち合わせているはず。

ただ、少なからずこういう感覚もあるということだ。

そして、件のテーマパークダンサーだが、彼らもまるでジャニーズJrのようだなと私は感じた。

テーマパークという枠に囚われ仕事を与えられ、主役になることを夢見ながら脇役として仕事に徹し、いつの日か音もなく目の前から消えていく。

誰かに気づいてもらいたいと思いながら懸命に踊る姿は、見た人の胸にそれは刺さるだろう。

私の場合も、「笑顔かわいい人だなぁ」と思って見ていたら目が合って、手を振ってもらったのが始まりだ。「見つけた」「見つけてくれた」の瞬間である

そんなこんなで、テーマパークダンサーJr担の性癖に見事にジャストミートした。

皆が皆、同じような気持ちダンオタをやっているとは思わない。ダンスが素敵だったから、顔がかっこよかったから、理由は人それぞれだが、ショーの脇役を見て好きになった境遇は同じなはず。

まり脇役脇役いっていると怒られそうなのだが、ダンサーもショーの重要な一部だということは分かっているので悪しからず。

そんな私も盲目的にテーマパークのしきたりを守りながら追い続け、今現在は顔と名前を覚えられているところまでいった。パレード最中に目が合うと「あっ」という顔をされ、今も「見つけた」「見つけてくれた」の関係は続いている。しかし完全にその立場は逆転し、今は私が見つけてもらう側になっている。なんでもそうだが、オタクが優位でいられるのは一番最初、好きになった瞬間だけであるから、これはもう致し方ない宿命だ。

これは私事だが、ダンオタというのはジャニオタに比べれば懐に優しい趣味だが、ダンサーというJrよりも一般人に近い存在オタクをしている性質上、メンタルが抉られる事案が多いなと感じる。距離が近いため、手紙に書いた内容が次の日のパレードに全てダイレクトに反映されるのだ。そのレスポンスの速さたるや、自動返信サービスかと思う。

ファンサされたり、干されたり、機嫌の良い悪いですぐ態度をころっころ変える一般人に振り回される毎日だが、それでも楽しくてやめられずに1年経った。

ちなみに私の自担くんは今もJrだ。デビューはもうできないだろうと言われている。

脇役だろうとなんだろうと、私は好きな子はいだって主役だった。

スポットライトを浴びることを夢見て踊る姿は、誰よりも輝いていたし、この子を好きでいることは自慢だ。

Jrテーマパークダンサーも、儚い存在だけど何よりも強い存在感を放つ。それが人を惹き付ける魅力なんだと思う。

自担くんは今日劇場で踊っている。テーマパークダンサー今日パレードに出演している。

きっと、今日も誰かの主役になりながら。

2017-01-06

騒がれるのが嫌だからと、ベビーカーに乗っている息子にお菓子を持たせ、

そのお菓子を道端にばらまかれても、仕方が無いよ行こう、とさっさと行ってしまう。

外食時に子供テーブルを汚しても、それが店員仕事からそのままでいいよ行こう、とそのまま出て行こうとする。

私はこの人に何でも従ってはいけない。促されると疑問に思いながらも従ってしまうのはやめる。私は私の意志で行動しなくちゃ。

疲れてダウンしていると、育児家事も何も言わずにこなしてくれてすごく助かっているし、

彼との結婚が間違いだったとは思わないけれど、

どうしても上記のことが忘れられなくて、

不意に頭をよぎって、

私はそういうときたとえ自分がばら撒いたものじゃなくても黙々と片付けてくれるような、

損な役回りを引き受けてしまうような人をいいなぁと思うのに、この人が違うのはどうしてなんだろうと思う。

盲目になってたのかな、いや、恋愛時代のキャピキャピさでは、落ち着いたころに見えてくる彼の気質がまだ見えなかったんだろう。

最近ベビーカーに乗っているときにむやみにお菓子を持たせないし(夫にはよくないことだと教えた)、、

外食が終わると彼を先に会計へ行かせ、その間に自分テーブルの下の子供の食べこぼし等を片付けている。

私はこの人に迎合せずに、自分らしく生きていかなきゃ・・・

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