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はてなキーワード: レッテルとは

2017-05-25

持病の鬱を公表したくない

うつ公表したくないのはそうすることで生まれ不利益が大きすぎて余計憂鬱になりそうだからなんだが、

仮にうつに寛容な世の中になったとしても私は自分うつを隠すと思う。

それはうつを持っている人間(つまり私)の心の弱さからなんだけど、

とは言え『うつを持っている人』というレッテルを張って日常を過ごすのは凄く勇気がいるし、自分には無理だと思う。

まあ結局のところ仕事をいきなり1ヶ月とか休んだりとかして、うつを隠しきれていないんだけど。

私だけかもしれないけど、うつな間は誰とも会いたくないし何もしたくない。

誰かに手を差し伸べてほしいとも思わない。とにかく、自分に向かってくる全てのインプットを拒絶して、一切のアウトプットをしたくなくなる状態が私のうつ

仮に私の周りの人全てが私のうつ理解があったとしても、そういう期間に『何もしてほしくない』というのが私の唯一のお願いであり、

勝手かもしれないけど、時間が経てば勝手に元の状態に戻り、いつかまたみんなが好きな私の躁状態に戻る。

から、私は何も言わず1ヶ月音信不通になって、何事もなかったような顔をして戻ってくる。

そういう人なんだって思ってくれるのが一番ありがたい。

時間が経てば、またみんなが好きな躁状態の私に戻るから

2017-05-24

事実上成人男性人生とは何かということについて働き蟻みたいなものだというのがコンセンサスになってきましたよね

就活に落ちたって言えば無能レッテル貼られるだけですし

そこにあるストーリーには誰も着目しない

物語喚起力というものに乏しい灰色モブしかない

別に就活物語もクソもないしそんなものだろというのならそれでもいいとして

テロですら最近はよくわからんけどこういうことするやついるよねで済まされてしま

何をすれば人間としての内面を認めてもらえるのかよくわからない状況になっている

発達障害児って言うと

本人は一生懸命で真面目で無害な性格なのに成績が悪くて周りからは怠け者のレッテルを貼られるかわいそうな子ってイメージ持ってる奴多いけど

実際はニタニタしながら人を叩いたり物を奪ったり汚い言葉を使ったりする子とか

毎日祭りって感じで、静かにしなきゃいけない場面で跳び跳ねたり大声で喋ったりキャッホーって叫んだりする子とか

「まだできてないんだもん!!」って休み時間がとっくに終わってるのに折り紙を折り続ける子とか

そんな感じだから

これくらいでもボーダー支援学級に行かない、行けない子がゴロゴロいる

発達障害児毎日のように忘れ物をしても障害なんだから仕方がない、黙って誰かが貸してあげればいい!って言う人は

のび太忘れ物をしたらしずかちゃん出来杉がニッコリ微笑んで貸し出してくれるのを想像してるんだろうけど

それよりジャイアンのび太スネ夫になかば強引に頻繁に物を借りて時々壊す、になることが多いと思う

2017-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20170523023909

そもそもオタク」とはなんだろうか。

最初は「やぁお宅もですか」という、同じ趣味を持っている者同士の挨拶的なものだったはずで、それから当時の大人から理解できない趣味を持った奴という意味にすり替わった。昭和末期には子供の遊びは大人になったら卒業するものであり「普通あんなこと趣味にしないよね」という大多数の偏見から大人になりきれない子供趣味を持ってて理解不可能で何考えてるかわからない連中というレッテルになったのだ。

アニメが好きならアニメオタクパソコン少年パソコンオタクになり、大人になってもロックを聞いてたってロックオタクとは言われなかったし、映画が好きでも映画オタクとは言われなかった。

ところが時間が経ってくるとアニメ大人向けのものが作られたり、子供から大人になってもまだそこにあるものであったり、誰も彼もがパソコンを欲しがり、暮らしが豊かになると大人になって卒業するものではなくなると共に経済を回していくのに過不足ない市場になってしまった。

今じゃライトオタクという言葉もできるくらい、昭和の頃に子供の遊びだったもの普通趣味昇華しつつあるし、元々高尚な趣味のものだって誰かの偏見普通じゃないと決めればそれはオタク趣味になってしまった。

それくらい最初一般的オタク定義に当てはまる人は多いのだ。

からオタクキモイ」という表現はもう範囲が広すぎる。

ただ自分コミュニティの中に、SNSの中にちょっと相容れない奴がいるだけだ。

はあ?

「やれたか委員会」、わたしアレめちゃっくちゃ嫌いなんだけど。

そのときの女の内面なんて分かりようがないのに、男が勝手自分の中で妄想してやれたのやれないの、傲慢かつ下品にも程があるし気持ち悪いよ。

はてブだってオッサン連中が大挙してブコメしてんじゃん。

レッテルを貼らないと人間解釈できず、目の前の個別人間に目を向けられないって、ある意味で業だよね。

なんか生きづらそうだけど頑張れよオッサン

http://anond.hatelabo.jp/20170522105301

2017-05-22

今更だけど東京五輪ロゴ騒動について

東京五輪ロゴ騒動もひと段落したので、ロゴタイプ、及びシンボルについて、思うところをまとめてみようと思う。

シンボルマークを考える時、切り口がいくつかある。

まずは、形態としての美しさがある。

これについては、もはやシンボルマークにおける美は死んでしまった、と言っても過言ではない。

シンボルマークに求められる美は、単純の美である。円や三角形のような、これ以上削れない、というところまで形態をそぎ落として行った先に、シンボルマークに相応しい美がある。

ところが、世の中にシンボルが溢れた結果、先行して作られたシンボル商標登録され、後発は同じようなかたちを使えない、もしくは模倣であるというレッテルを貼られる、という事態に陥っている。

東京五輪の事案で、佐野ロゴをあまり気に入らないとは言いつつも、ほとんどの見識あるデザイナーが「最初から作り直した方が良い」とは言わなかった理由がここにある。

シンボルにおいて、単純であることはそのまま美に直結する。しかしながら、単純であればあるほど他のシンボル類似やすくなる。

このジレンマ理解している人であれば、あのような騒動に加担しようとは思わない。

外野ながら事の進展に全く暗澹としたが、あの泥沼の中から凛然と輝く野老案が選ばれたのは奇跡的といえる。

次に、理解のしやすさ。

具象性、と言い換えてもいい。要するに、「この図は何を表しているのか」ということである

これは、難しい。なぜか。

シンボルあくまシンボルであり、決して具象絵画ピクトグラムではないかである

上で述べた通り、シンボルマークにおける美は、抽象化し、単純明快に切り取るところにある。

これは、具象性とは正面から相対するものである。多くの場合、両立は出来ないが、

良識あるデザイナーはここで「何とか両立できないか」と腐心する。

最後社会性(汎用性である

シンボルは、使われてこそのシンボルである

社会の中でどのように利用されていくのか、ということを考えたとき、引き伸ばして使われる場合ポスターの一部として埋め込まれ場合

またはエンボス加工される場合、はたまた布地に印刷される場合など、様々な利用シーンを想定して作られている。

さなものから大きなものまで、どんなシーンでも一定イメージを伝えられるシンボルマーク面目躍如といったところだろう。

この様々なものに使っても問題のない設計は、経験者でなければ難しい部分がいくつもある。

小さく使って潰れないように。多少滲んでも形態認識できるように。大きく使ってもエレガントなように。別メディアで展開しても色等の統一に困難がないように…など、

気を遣うポイントが大量にある。ただマークを作って終わりではないのである

この、美と具象性と社会性の区別がついていない人々によって、佐野ロゴは引き摺り下ろされたと言っていい。

氏にとってはとんだ災難だったろう。

また、五輪ロゴにとどまらず、騒動の際に氏のデザイン事例を「オリジナルではない」としてやり玉に挙げる記事が多く出回ったが、

それらがオリジナルかどうかと、五輪ロゴ問題とは切り離して考えなくてはならない。

仮に、氏のデザイン表現オリジナルではないものがあったとしても、大きな問題があるとは思えない。

先に述べたロゴ問題と同様、デザイン表現においても、何かを「これがオリジナルだ」と認めるのは大変難しいのである

少なくとも、平面におけるデザイン表現には、必ず先行事例がある。

これは先行事例がない、と言える例はきわめて稀で、

多くの場合、「先行事例はない」=「先行した権利者がいない」というだけの話である

過去デザイナーたちが李朝の民画や、琳派などに参考事例を求めた一端には、

この「先行した権利者がいない」ところを求めた結果という、泥臭い理由もあったのではないか

そして、不幸にも「表現における先行した権利者」がいた場合であっても、

基本的には当事者同士の間だけの問題であり、

両者間で話がついてしまえば、我々外野が声を上げる理由などどこにもない。

本来ワイドショーで取り上げるような話ではなかったのである

五輪ロゴ問題が下火になった後、今度は築地移転先、豊洲市場問題ワイドショーで取り上げられた。

現在では次第に「既定路線が(現実的には)正だった」という像が明らかになりつつあるが、どうも話の構図が似ている。

共通点は「素人が、ドキュメントも読まずに、素人考えのままちゃぶ台をひっくり返す」というところだ。

結果的に多額の税金無駄になった点も同じだ。

これらから得られる教訓は、

「知らない話は勉強してから参加しないと、場合によっては多くの人を不幸にすることがある」ということだと思うが、

かかったコスト勉強料にしても高すぎる上、今も支払が続いていると思うと、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。

http://anond.hatelabo.jp/20170521223244

気持ちはわかるが、もし注意するなら「もっとゆっくり食べませんか?」かな。

食べ方が汚いのは、単に早食いのせいってのもある。

男は幼少で「食べるのが遅い」ことは「ノロマもやし」のレッテルを貼られる事が多いので、つい早食いが染み付いていることが多いんだよね。意識してもなかなか直らない。ゆっくり食べるだけで箸でハンバーグを食べても上品に見えるはずなんだが。

2017-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20170521204625

ん? ゴメン意味分かんない。

>じゃあ何のアイコンならいいんだよ

 が元増田じゃないって事なの?

俺は何言っても貶す奴ってゼロにならないし、気にしても仕方ないって言いたいだけだったんだが。

逆にこっちだってどの属性批判する事もできるし、しても意味ないだろ? キリないし。

オタだのアニメだのってレッテル貼ってる叩いてる連中も多少は理解できるんじゃね? まぁ単なるアクセス稼ぎかもしれんが、属性のない奴なんかいいから。

2017-05-20

最近目にする「自己肯定感が低い」というワード

今はインターネットを中心に、それに該当する人間を中心に議論が行われている現状だが

このまま行けばテレビとか大手媒体で取り扱われ、いわゆる「一般人」の人口膾炙する可能性が大いにある。

略称付きで。「ジコテー」とかそんなので。

かつての「ニート」が歩んできた道だ。

無職」「プー太郎」「ヒモ」「脛かじり」などの概念統一した、あの言葉だ。

その影響は凄まじく、「引きこもり」「フリーター」果ては「非正社員」という定義が違う人間ですら「ニート」と呼ばれる始末。

そこで危惧されるのが「自己肯定感が低い人間」への差別

かくいう私も「ジコテー」な人間で、自分への評価が低いのを加味して、それでも分かる「イライラする人間」感。

「何だコイツ、うじうじしやがって」「はっきり喋れや」ということを思われてるんだろうなとおもう毎日

そんな折に「自己肯定感」なる言葉が出てきた際には、私みたいな人間は袋叩きに合うだろう。

社会人失格」「何で生きてんの?」「表に出てこないだけニートの方がよっぽどマシ」

逆に「ニート」より軽症だと思ってるからこそ、「叩けば治るテレビ」程度にしか思われないと

今度は「努力が足りない」「自己責任」などと言われるハメに。

ニート」同様に生活環境、生育環境に依る事が多いと考えている「自己肯定感

(と、私は考えている。無論自己責任の部分もあるだろうけど、多少、いや幾分、もしかしたら大分

なかなか治すのは難しい。

解決法もなく、ただただレッテルがさまよう世の中へ。

我々「ジコテー」への弾圧は、もう近い。

2017-05-19

結局サヨクってなんだよ

馬鹿からサヨクだの

サヨクからバカだの

大学左翼系だの、いやその大学はむしろ俺の基準では馬鹿からどうこうだの

いろいろ「バカ」って言葉大学単位みたいな雑なくくりでレッテル貼るとかじゃなくて

「どういう思想」を持ってたら「サヨク」で

それは「ちゃんとした考えを持ったエリートリベラル右翼」とどう違うの?

エリートリベラル場合によってはかんたんに右翼といってしまえるようなものではなくて、

ちゃんとした「サヨクならでは」みたいな、定義が知りたいわ。

その定義も頭のよろしい方々じゃないと到底理解できないややこしいものじゃなくて

ある程度馬鹿でも頑張れば理解できる程度のものにしてほしい。

結局ネトウヨってなんだよ

馬鹿からネトウヨだの

ネトウヨからバカだの

大学左翼系だの、いやその大学はむしろ俺の基準では馬鹿からどうこうだの

いろいろ「バカ」って言葉大学単位みたいな雑なくくりでレッテル貼るとかじゃなくて

「どういう思想」を持ってたら「ネトウヨ」で

それは「ちゃんとした考えを持ったエリートリベラル左翼」とどう違うの?

エリートリベラル場合によってはかんたんにネトウヨといってしまえるようなものではなくて、

ちゃんとした「ネトウヨならでは」みたいな、定義が知りたいわ。

その定義も頭のよろしい方々じゃないと到底理解できないややこしいものじゃなくて

ある程度馬鹿でも頑張れば理解できる程度のものにしてほしい。

http://anond.hatelabo.jp/20170519083816

何の反論にもなってない

必死レッテル貼るくらいで乗り切れると思うなよw

プロフィール欄だけでバカレッテルを貼られる危険性がある国立旧一期校二期校制時代の人は大変ですわ

2017-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20170518130338

見た目でレッテルを貼るのは人間性質上どうしようもないでしょ。そんな中、自分の見た目に一ヶ月5万円使ってる人と1000円以下の人が同じように見られるだなんてそんな甘い話はないよ。

自分の見た目に関して自由を主張するのは多いに結構だけど、それによってどんな弊害があっても甘んじて受け入れるべきであり、それがその格好をしているが故の責任だと思う。それが自由でしょ。

2017-05-16

いやー、この口調きっついからいっとき普段通りに戻すわ。

決めつけやレッテルしか貼れないアホウはかかってこなくていいよん。

阿呆にかまってる時間もったいないからさ。

2017-05-15

就職氷河期安楽死トリアージ

前回、就職氷河期について書いたとき安楽死についての意見いただき、これについてしばらく考えていました。

その折りに、衝撃的なニュースが飛び込んできたので、これも併せて考えて見ようと思います

そのニュースはこちらです。

高齢者がん治療に指針 厚労省抗がん剤に頼らぬ選択肢

2017/4/27 1:33日本経済新聞 電子版(http://www.nikkei.com/article/DGXLZO15800570X20C17A4MM8000/)

他にも関連記事がありますが、これらの記事からは「75才以上の高齢者治療効果がないので、原則として抗がん剤を使わないことにする、と厚労省が決めた」ということが読み取れます

「そんなことまで書いてないじゃないか」と突っ込まれそうですが、たいてい厚労省がこういうことを発表し、日経新聞記事掲載する時は、もう決定事項になっていることを経験上知っています

他のメディアでは慎重な運用を求める声が出ています

それはそうでしょうね。

しかしたら抗がん剤治療で助かるかも知れないところを、年齢で一律に区切って治療をせず、痛みを和らげる治療だけにする、と言い出しているのですから

では、なぜ急に厚労省はこんなことを言い出したのでしょうか?

筆者は、それだけ今、国にお金がないことが原因だと思っています

日本に1,000兆円を超える借金があることは皆さん知っての通りですが、それだけではなく、医療保険制度を支える保険料収入が全く足りていないようなのです。

八代尚宏著・シルバー民主主義(中公新書2016)のp72によると、長期間デフレによって、医療介護費を賄うための社会保険料ほとんど伸びていないのだそうです。

本来であれば、働き盛りで一番収入も、払う税金も、保険料も多いはずの30代後半~40代前半の団塊ジュニア世代しかし、彼らの多くが就職氷河期の影響を引きずったまま、未だに非正規低賃金の人が多いのが現実です。

一方、高齢者の数は団塊世代後期高齢者差し掛かる中、急増しています

その数といったらハンパなくて、団塊ジュニアよりも遥かに多いのです。

私は「団塊ジュニアバブル世代より上の世代と同じか、それ以上に稼げているならまだしも、こんな状況じゃ、どう考えてもつじつまが合わないよなあ」と思っていましたが、やっぱりそうだったみたいです。

八代先生によると、足りない分は税金国債で補てんしているようですが、さすがにこれ以上、同じことはできない…。

ということで、医療費を削ろう、より年をとって助かる見込みのない人から削ろう、せめて痛みで苦しまないようにしよう、という方針になったんだと思われます

ところで、安楽死の話に立ち戻りますが、現実安楽死をどうやって実現するか?と考えると、いくつも壁が立ちはだかります

誰を対象にするか?

何を基準対象を決定するのか?

どうやって意思確認するか?

どういう方法で死に至らしめるか?

誰がそれらを行うのか…?

これらを国民全員が納得できるよう調整するだけでも頭が痛くなります

そもそも「誰が対象?」「基準は?」というところだけでも難しい問題です。

就職氷河期世代経済活動に貢献できていないし、今後も見込みがないか対象

じゃあ、他の世代で同じように経済活動に貢献できておらず、見込みのない人はどうするの?

経済活動に貢献できない人はみんな生きる価値がないの…?

という命題にまで行き着くのです。

(この命題に1つの答えを出したのが、相模原の大量殺戮事件でしょう)

「こういうことを制度として議論し始めたら、国連人権委員会から調査団寄越されて、国際社会から人権意識の低い国”ってレッテル張られるんだろうなあ…」と筆者は思っています

(かつて日本国際人権委員会調査団に調査されたことがあります)

こう考えると、安楽死ってとても難しいやり方なんだと思います

やっぱり、生きてる人間の命を奪うのはいろいろ意味で難しいんだと思います

それに比べると、寿命が長くなく、助かる見込みのない人の治療をやめるのは難しくないのかも知れません…。

まり、この社会就職氷河期世代安楽死させるよりも、団塊世代を始めとした高齢者トリアージすることを選んだのかもしれない、とも思うのです。

よく、「就職氷河期世代人口が多いにも関わらず、バブルがはじけちゃったから仕方ないんだ。運が悪かったんだ」という言われ方をされます

しかし、今は「団塊世代人口が多いにも関わらず、国が貧乏なっちゃったから仕方ないんだ。運が悪かったんだ」という時代に変わっているのかも知れません…。

http://anond.hatelabo.jp/20170515062501

確かにそれは何の根拠もないな

男には「女に接点がないから」というレッテルを貼ればなんでも説明できちゃうけど

女というのは親の文句彼氏文句夫の文句と、接点のある相手がいたってちっとも黙りゃしないし

ブコメがついたので追記)

それを一緒くたにされてミソジニー言われるんでしょうが

2017-05-14

「悪意のある書き方」「上から目線

このフレーズ議論を有利に進めようとしている方にハッキリ言わせてもらいますが、それは「充填された語」という割りと有名な詭弁です。

相手下品レッテルを貼るのは、結果として自分の側の品位をそれ以上に下げるだけですよ。

貴方議論で勝ちたいなら悪手です。

まともに議論をしたいならかなりの悪手です。

議論場の空気を良くしたいと思っての事なら最悪と言っていいです。

2017-05-13

TBS 新7DAYSニュースキャスター。また反日レッテル安倍自民党に媚びるようだ。

TBS 新7DAYSニュースキャスター。また反日レッテル安倍自民党に媚びるようだ。

そもそも反日という言葉おかしい。

日本軍太平洋戦争植民支配は当然日本非難されるべき侵略行為であるのに、

そのことを指摘するだけで安倍首相自民党の支持者から反日」というレッテルを貼られ、

攻撃され、殺害予告対象とされる。

こういった状況下で、テレビ局までが、差別主義片棒を担いでどうするのか。

マウント取ってくるタイプの人にウンザリ

「私みたいに物事に対する意見をはっきり言う女性が気に食わないんですね。日本社会って閉鎖的ですもんね。あなたはその一員なのね…」っていう感じだされたら、何言っても負けになるから近寄りたく無いんだけど。

マウント取る側に心情が憑依出来る人たちには人気みたいだけど。支持している人たちも明らかに日本社会構成している側で、批判されている側なのにね。自分だけは違うとよく思えるもんだと。

「そういうの関係無く、お前の発言自分の長くもないセレブ海外暮らし体験普遍的に大きな主語で語りすぎて、めちゃくちゃ感じ悪いか不快に思っただけですよ!」って事が、結局伝えられない。「意見をはっきり言う女性が気に食わない」っていうレッテルがその通りみたいに見えちゃう

本当にウンザリなんですよ。

2017-05-12

製造業新卒で入って数年経過したけどもうダメかもしれない

新卒製造業に入った。

大学では工学部ではない理系だったので右も左も分からないなりにがんばってみようと思っていた。

悪く言えば自分能力絶望して夢を諦めることになり都落ちした気分での就職だったのでやぶれかぶれだったというほうが近いかもしれない。

相性というか、背景の差とか常識の差みたいなものがあって、自分から見ると無駄の多い職場だなあと感じて研修期間が終わり本配属された。

無駄が多いという感想は本配属後も変わらなかった。

本来業務はいわゆる故障解析で、歩留まりを上げていくのが使命だった。

せっかくだから色んな所に首を突っ込み改善できそうなところは提案をしたり、自動化したり、それらのドキュメンテーションを書いてみたりした。

プログラミング経験は皆無だったが、理論系卒が工学部に負けられんという謎のプライドVBAから、Rやら自社製品の解析用環境の割と珍しいタイプスクリプト言語など(特定されそうだからぼかすけど。)

とりあえず手が出せそうなものは何でも調べてみてありものを改造してみたり勝手作ってみたりして提案していた。

物怖じしない新人がぎゃーぎゃー騒いでいるぐらいのものだったと思うが、何にせよいくつかの改善が上手く実務にハマって成果として認められたりしだしたのが1年目。

この辺で気付いたことだが、製造業ITリテラシーは驚くほど低い。製造業一般化するのはフェアじゃないかもしれないから厳密に言えば弊社の、という意味だが。

なんせまともにプログラムを書いたことが無い新人半年で身に着けた程度のスキルで書いたプログラムで、1日かかってた仕事が1時間で終わったりするのだ。

ようするにMS officeの達人みたいなのがいっぱいいて、Ctrl+CとCtrl+Vが機能のすべてだと思っているということだ。

(そして彼らの口癖は「忙しい」だ、会議中も左手はCtrl+CとCtrl+Vを叩き続けている。)

2年目に気付いたのは、弊社エンジニアITリテラシーが低くとどまっている要員のひとつに、実はITインフラチームがことのほかマトモだということがある、ということだ。

製造中のセンサーデータやらテストデータやらETL的にはおそらくえげつない部分で、かなり優秀な人間が居て上手くぶん回し切っている様子だった。

無骨だが使いやすイントラ上のwebページが用意されて、グロテスクな部分を気にせずクリックだけで上述のデータを整ったものとして引っ張ることができた。

から逆に言えば下々の人間コピペでなんとか恰好を整えられるのだった。

彼らはモダンな発想があって、あるいはお偉いさんが「ビッグデータ」とか言い出したのかもしれないが、ともかく、HadoopやらAWSやらそういったものを導入しようと試みているらしかった。

私はそれに感動した。なんせWebスクレイピングみたいな方法他人が社内プラットフォーム社内WIKIに上げた報告をまとめたり、製造データと紐づけたり、それからグラフ描いたりみたいな業務が増えていたからだ。

それっぽく表現すればデータ分析屋さんということになるのだろうが、どぶをさらっているという表現のほうが近かったかもしれない。

何にせよそういったもの一気通貫自動化できるポテンシャルがあると感じられた。

SQLjavaも書いたことなんて無かったが、1年前やっていたことを考えれば同じことだ。何にせよ歓迎だった。しか管理IT持ちだ。餅は餅屋に頼むべきだ。それもできれば美味い餅屋に。

ところがその「ビッグデータプロジェクト人手不足か、資金不足か、あるいは生みの苦しみか、ことのほか時間がかかっていた。(あとで聞いた話、外部コンサルで外れを引いたらしい)

自分ドメイン知識からの助言とか想定される使い方についての意見を伝えていったし(有難迷惑だった可能性は否定できないが)、もう少し待てばモノになると信じていたし、実際そうなった。

具体的な話ができないのだが、客先で起こった不良の原因をつきとめ、その改善効果確認の為に数十億行のデータ活用された。彼らの力が無ければ常識的時間では終わらなかった仕事だった。

残念だったのは彼らの優秀さの割に一般エンジニアスキルがあまりに低かったということだ。つまりそのプラットフォームを使いこなせる人間が著しく少なかったのだ。

そして上述の足踏みをしていた期間に心象を悪くしていたという問題もあった。とっかかりが難しい割に不安定だというレッテルを張られてしまっていた。

このころ私は入社3年目に突入していたが、

もうすこし悪いことに、同時期に企業買収が起こった。我々は黒字を出していたが同業他社(厳密にはその親会社に)に買われることになった。

そういう時に起ることは不要冗長性の削減だ。子会社として存続する場合は知らないが、競合他社に吸収合併ということは、多くの部署にとってそのカウンターとなる部署相手側にも存在するということだ。

まりどちらにもある部署統合するか一方を無くすかという戦争が始まるのだ。IT例外ではない。(ITインフラ部署の無い会社はさすがに無いはずだ)

一方で製造業の本懐である製品を作り、売る」という部分は比較的守られる。それこそが根源的な資源であり、利益を生む仕組みであり、既存顧客への説明必要からだ。

そして私の仕事は歩留まり改善であり、故障解析であり、データ分析だ。何が起こったか

(ここで簡単のために旧弊社を(旧)A社、買収した側の競合他社を(旧)B社と呼ぶことにする。)

今の旧A社から引き続いている業務をB社のプラットフォームで行えるように転換せよという下命である

旧B社の製造データに対するアプローチはA社とまったく異なっていた。Web UIは美しく整っており、それっぽいグラフ簡単に表示され、A社側のお偉いさんからも好評を得ていた。

だがそのバックエンドは控えめに言って酷いモノだった。いくつもの情報を正常に保存できておらず、「それっぽい何か」を素早く返答することを第一義としているように見えた。

そして上述のように器用貧乏街道を歩んできた私に投げられたのは次の言葉

増田くん、B社のプラットフォーム使うことは決定事項だから、君が自動化してたやつ全部そっちで動くようにしといて。よくわかんないけどプログラムとかてきとうにできるでしょ?」

もちろんhtmljavascriptphpRoRも一行も書いたことが無いのが当時の私である

果たして旧A社のプラットフォームはB社のプラットフォームデータソースのような扱いを受ける羽目になり、私はjavascript本格入門を片手にB社の事業所に出向くことになった。

そこで散々「旧A社のプラットフォームは遅い・使いづらい・不安定」と貶されながらチマチマとグラフを表示するページを書いている。

クオリティの低いバックエンドを作る集団が書いているサーバーサイドphpの酷さは素人目にも分かるレベル筆舌に尽くしがたいものがあるが、

反面教師だと思って耐える日々だ。

最近分かったことは旧B社のバックエンドスクリプトデータを引っ張るついでに意図的に旧A社のプラットフォーム攻撃しているということだ。DDoSとまでは言わないが、悪意100%である

いわく旧A社のプラットフォームを畳むためには旧B社のプラットフォームが優秀であることを示す必要があるとのことである。(つまり旧A社プラットフォーム不安定かつ重くなることを意図しているらしい)

旧A社から継続されてる業務はまだそこ使ってるんですけど・・・

それはもちろん旧A社の上司に報告したが「見て見ぬふりをしろ」とのことだった。旧A社のITで何度もお世話になったひとに伝えると「知ってるけどね・・・」と悲しい目をして苦笑いしていた。

旧A社ITはその優秀さでそれらの攻撃をいなしつつあるようにも見える(私も素人に毛が生えたレベルだが、ソフトウェアエンジニアリングレベルが二回りぐらい違うように見える)

この不毛な戦いはいつ終わるのだろう・・・つらい・・・

そして私はいつまでソフトウェアエンジニアの真似事を続けてキャリアを消費していけばいいのか、もうダメかもしれない。

そもそも私はエンジニアなのだろうか・・・少なくとも職位にはそう書いてあるけど・・・

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