「レッテル」を含む日記 RSS

はてなキーワード: レッテルとは

2017-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20170326110036

肩書きレッテルなんてどーでもいいだろアホ

お前はお前だ

2017-03-25

あれから5時間たった

爆サイ地方問題と短絡的に結びつけて「地方危険だ俺には無関係だ」

そんな何も考えていない人が結構割合でいることにイライラマッハ

爆サイ都市部のことは書かれていないのか?他のサービス存在しないのか?所謂裏サイトは?Twitterは?LINEは?

挙句の果てには爆サイを知ってるなら底辺ヤンキーだとレッテルを貼るやつまでいる

中途半端情報偏見思い込みで決められても風評被害しかならない、やめるんだ

http://anond.hatelabo.jp/20170325115540

ハテナ民は基本的には「初めて知った」「2chの方がまだましっぽいな」「想像以上にヤバそう」とは言ってるが、見なくて良いってのは多数意見じゃないだろ。

「近寄りたくない」とか「接する必要もない」というコメントも思ったよりずっと多くて増田がそれにつっかかるのは分かるけど、それを「ハテナ民」とまとめてしまうのはさすがに「主語がでかい」。

「どんなもの確認したらいいと思う」というコメントスターが沢山ついてるけど、これは「初めて知ったけど、こういうアングラサイト存在することは確かに認識しとかないとダメだろうな」という意味合いスター付けた人もいると思うぞ。



爆サイなどのネットの闇について解説する http://anond.hatelabo.jp/20170325083636

で書かれているように、爆サイ基本的携帯電話スマホで閲覧するようにできていて「主にパソコンを持たない貧困層」「ネットと繋がる手段携帯しかない人」が使ってきたテキストベースサイトだ。

一方のハテナブックマーク)は多種多様ホームページを閲覧し、その内容に100文字という携帯入力するには少し面倒な長さのコメントを付ける場であるため、ネットPCで閲覧できる人たちが多勢を占めると推測する。



この点だけでも、かなりの「断絶」が発生していいるであろうことは正しいと思う。ただ、爆サイを知らないか底辺を知らないかといえばそうではなくて、大多数の人が「まあこういう場所も当然あるだろう」ということは知ってるはず。だってみんな自分普段どれだけヤバイホームページを閲覧してるかなんて周りに吹聴しないだろ。人には言えないようなあんサイトやこんなサイトに目を通しつつ、世の中は広いなーと思ってるはずだ。



そして、底辺だろうが上辺だろうが、ハテサだろうがネトウヨだろうが「見たいものしかみない」人は絶対に出てくる。だからといってその「一部の見たいものしか見ない人」だけに焦点を向け、それをもってまた全体にレッテルを貼りつけてはブーメランになってしまう。

爆サイを知らない」こと自体別に悪いことじゃないんだよ。知らないものを知ってる振りをする方がまずい。だからまあ、今回の例をもって「ほらハテナ民は弱者の味方とか言いつつ最底辺には目を向けないじゃないか」と言うのはやっぱり主語が大きすぎる。

2017-03-21

歴史修正主義ってレッテル間抜けすぎだろ

修正って正しく直すって意味だろ?歴史認識が間違いだと言いたいなら、歴史改竄主義と呼ぶべきではないか

2017-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20170319084125

前々から思ってたんだけど、「〇〇してそう」ってレッテルの貼り方するやつに頭の良いやつなんて殆どいないんだよな。

そうするとこの内容もレッテル、ってことになるように思えるけど、

俺の観測範囲で「~してそう」って言葉を使う人に賢い人はいなかったか憶測ではなく推測だな。

あ、もちろん混ぜて食べる話も観測範囲の話よ?

2017-03-16

息苦しい時代だと思う

偏見がかなり混じってる意見だと思う、すまん。

昔はアニメゲームなどのアングラ趣味は、何も持たざる者、実生活では褒められることなどない日陰者たちの最後の逃避場所だった。

だが、最近リア充たちがアニメゲームなどのアングラ世界にどんどん流入してきて日陰者の居場所がなくなっているように感じる。

日陰者たちは自分たちの居場所を奪われる危機感を抱いているからこそ、せめてもの虚勢として知識量を誇り「新参」「ニワカ」とレッテルをはることに必死になっているのかもしれない。

「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。」

という言葉新約聖書にあるが、持たざる者たちはいよいよ逃避場所まで富める者に奪われて逃げ場をなくしていくのだろう。

昔はこうでなかったはず、いつからか息苦しい世の中になってしまったと思う。

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314161626

ネトウヨはこれだから

蓮舫問題ないだろ

イナダはゴミ

大きく違う

そんなものもわからいかおまえらレイシストなんだ

理由を述べずにレッテル張って勝利宣言するスタイル

答弁とは何なのか

安倍首相の"あの"答弁の様子を端的に表す言葉を僕は知らない

しどろもどろ、というのともちょっと違うように感じる

まずは相手小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべ、「私を犯罪者扱いするのか」「印象操作だ」とお決まりレッテルを貼り、それにとどまらず気色ばんだ様子で「間違っていたらあなた責任取れるんですか!」と恫喝まがいの逆ギレ

そこまで言うからには自信を持って否定するのかというとそうでもなく、これまたお決まり全然関係ない長ったらしい答弁を、早口でまくし立てる

声はうわずり、元よりよろしくない滑舌さらに悪くなる

その言葉の半分くらいは、「いわば」「まさに」「すなわち」「これは」と単に語気を強めるためだけの意味のない言葉で埋め尽くされている

唐突に「これが本当だったら私は責任取りますよ!」と訊かれてもいないことを言い出す(責任って何だ?とった試しがあったか?)

「通っている学生さん迷惑がかかるんですよ!」と学生を盾に持ち出す(子供を盾にするのは良くない、って安保法制の時にネトウヨさんが言ってた)

一体この男は何なんだ

これをどう形容したらいいのか、誰か教えてほしい

2017-03-12

http://anond.hatelabo.jp/20170312145105

”俺の”態度の問題からレッテルだろうと何も問題がないんだよ

さっさと寝ろ

http://anond.hatelabo.jp/20170312144846

って言えば逃げることが正当化できると思ってるのか低能

「脳が寝ている」という低能レッテル低能の貼り放題だから全然正当化できんぞバーカwww

いちいち馬鹿を晒さなくてもよかろうに

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170310170259

ゲームに限って作り手への関心が低いのは確かかもしれませんね。

映画なら監督音楽ならアーティストマンガなら作者など関心を持つの自然な流れとしてあると思うのですけど



まぁ、「任天堂信者」みたいなレッテル貼られてるファンに当たる集団ノイジーマイノリティーにしろ認知されてるわけで

一部酷い人間がいるにしろ自分がそうみられるにしろ

全体を宗教かいレッテルで異常なものと十把一絡げに見ず、たまには個々をただのゲームファンなんだなとみてほしいと思うわけです

http://anond.hatelabo.jp/20170310145450

曲解のあげくのすさまじく極端な抽象簡略化に意味があるとは思えません。



何度も繰り返しています排除意図してるのではなく、

逆にゲーム好きを宗教だのゲハ脳だの異常だとレッテルを貼り排除する空気が変わってほしいという話をしています

攻撃でなく、「これをされると悲しい」というのを意見として気持ちとして存在を許してほしいのです。



ゲハ戦争はお互いがお互いを攻撃してる、排除してるという防衛意識から憎しみが連鎖しているものなのでしょうけど、

排除しないと成立しないなんてつい感じてしまうこと自体が悲しいですね。

何度も言っていますけど、消費者立場自体ひとつゲームの接し方として尊重されるべきもの認識しています

http://anond.hatelabo.jp/20170310142034

おかしなこだわり」とするのがすでに藁人形論法レッテルではないでしょうか。

創作ファンにはこだわりがあって当たり前のものです。

あなた、気づいてませんけど人の足を踏んでるかもですよ」っていうのがそんなに悪いことでしょうか。

悲しんでると伝えることが攻撃みえるでしょうか



そもそも、なんども無邪気な一般層ならしょうがないと書いています

問題にしてるのはゲームの素晴らしさを語るべき業界人ゲーマーすら

ゲームとき安くてなんぼ」という言動が下手すれば支配的になり軽視や冷笑の正当化に使われてることです。



コア層が愛をもって価値をかたれないジャンルにこそ未来はないのではないでしょうか。

否定とか攻撃とか強要とかじゃなく、単に愛を持って語る人が増えてほしい、そういう空気ができてほしいという話です。

http://anond.hatelabo.jp/20170310130605

消費者だけでなくファンであるというのをキチガイ簡単レッテル貼ってしまえるのは本当に悲しいです。

ファンとしてゲームというジャンル全体を軽くみられる空気があるのに異を唱えたいだけで

異議やこう悲しんでるよとという表明を攻撃しか受け止めてもらえないのも残念です。

何故ゲーム好きが「他機種でだせ」発言にモヤっとするか

それが本質的に「ゲームときに金をかけたくない」という軽視だから

創作物には作り手のこだわりがはいってて当然なのに

「そんなこだわりいらないから安くしろ」なんて創作者にいう言葉だろうか。



例えば場所や地産品にこだわった料理店にたいして

「そんなこだわりいらないから安く料理をだせ」なんていう客は心が無いし、

そのこだわりを評価してる常連が聞けばイラっとするでしょ。



それが一般人ならともかく、それなりの料理人発言ならただただ残念。

料理だってゲームだっていろんなこだわりがあっていいじゃん!

「美味しいものを安くだすべき」みたいな信念があってあえて言うならわかるけど

「俺が金が惜しいから」って悲しすぎるでしょ



任天堂だっていやがらせで自社ハードをやってるわけじゃない。

任天堂なりのこだわりがあってだし、

そのこだわりが背景にあってこそゼルダでも生まれてるわけで

そこを切り離して「自分が安く遊ぶために創作物商品扱いして移植しろ」とか

本当に悲しくなるわけですよ



しかも、それをいうと最近は「宗教だ!」「ゲハだ!」とか簡単レッテルを貼られる。

なんでやねん!!!!!!

ゲームお金と敬意を払う価値があるすごい創作物だって主張して何が悪いねん!!!!!!



お願いですから自身ゲームへの軽視と冷笑を正当化するためにレッテルを使わないでください。

ゲーム商品であると同時に創作物なんです。

ゲームとき」、と作り手のことを考えず安くてなんぼの商品扱いすれば気分を害する人はいます

まぁ、オタクのあしらわれ方なんてどのジャンルもそんなものって言われるかもですけど

こだわりがわからなくて宗教扱いするなら、わからないなりに慎重に尊重するのが本来でしょう



元になった件の発言自体は残念だ、以上の感情はないのですが

最近ゲーム界隈で「心のない消費者」の声が大きすぎて

ゲーム愛が正当なものとして叫べないのは偏ってるし本当に糞なので変わらないかなという話でした。

読んでくださってありがとうございます



(念のために書いておくと、消費者視点大事だしお金を気にしてゲームを遊ぶのが悪いといいたいわけじゃないです)

得票比率から考えると、囲い込みに成功した黒人マイノリティの票はヒラリーにド集中したけど、

それ以外の支持が足らずに負けたっていう方がおそらく正しい

トランプ支持者に田舎負け組白人とかレッテル貼るよりはそっちの方が正確だろう

2017-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20170308155048

生理的嫌悪根拠である体験談をさも知っているかのように妄想意見して頭ごなしに否定してる時点で”生理的嫌悪に対する反論が出来てないよね、というか出来ないよね、これって”生理的嫌悪以外の何物でもないもんね

何というか…2chみたいにレッテル貼って何の根拠もなく持論だけで批判に持っていく馬鹿が多いんだね…

とりあえず、実際に体験しないと分からないことをあたか当事者であるかのように意見するのはやめよう?まずそれから始めよう?

2017-03-07

「男らしさ」「女らしさ」は"ある程度"は重要だよな?

いや、「男らしさ」「女らしさ」なんてくだらない!解放されよう!

…と主張してる方々が、一体どの程度のレベルでくだらない!と叫んでるのかは私には分からんが。

一体どの程度のレベルで「男らしさ」「女らしさ」の脱却を望んでいるのだろうか?



①「男らしさ女らしさなんてくだらない!ある程度のしょうがない男らしさ女らしさってヤツは存在するから認識しておいた方がいいね!

②「男らしさ女らしさはパーペキダメなるたけ排除していくべき!」

のどっちなのか?或いはどっち寄りなのか?



①ならまあ個人的には得心が行く。

要するに「男らしさ女らしさにこだわるなんてくだらないが、かと言って男らしさ女らしさが重要な場面はある」

…というバランス感覚良くした方がいいって話。

だが②ならええっって思っちゃうし、ついていけない。



いやだって、どんな綺麗事言っても「社会の荒波」に対処するために「男らしさ」「女らしさ」が重要局面あるじゃん

処世術」の範疇として。

そんで「男らしさ」「女らしさ」を発揮できずに落ちこぼれしまっても、綺麗事言う人らが救済の手を差し伸べてくれるわけじゃないんだし。

男らしさを発揮できなくてキモくて金のないおっさんになっても、自己責任自助努力で這い上がらなきゃいけないんだし。

まさか俺を保守主義者とかセクシストとかレッテル貼ったりしないよね?

あくまリベラル価値観の上で”ある程度”は男らしさ女らしさは重要って言いたいの。

人生局面において「男らしさ」「女らしさ」がくだらない、と思ったときはかなぐり捨てればいい。

だがいつどんないかなる時でも「男らしさ」「女らしさ」は必要ない、なんて思ってたら必要局面落ちこぼれる。

そして、繰り返すが、落ちこぼれても、綺麗事言う人らが救済の手を差し伸べてくれるわけじゃない。



結局今求められる現代的しぐさってのは

『男らしさ女らしさにこだわるのなんてくだらない

だが男らしさ女らしさなんて全く必要ない、なんて考えてるとバカを見る』

…じゃないのか?

この現象名前ある?

他人マウントしかかる人ほど、周囲とくらべて一周以上周回遅れな認識である現象


たとえばこのへん

http://anond.hatelabo.jp/20170306164110


この現象名前があって、ナイスレッテルワードとしてガンガン使っていけるようなものなら

世界は周回遅れの無限ループに陥って円環の理が発動してしまうかもしれないとワクワクする

2017-03-05

(毒)親との距離感

親に育ててもらったことへの借りを返す必要はない

人間的に尊敬できない親のことを感謝する必要はない

これから自分のことは自分自身で引き受ける。親には投げない

自己効力感を奪う親の存在は、人生のかじとりをしていく上で大きな障害である

もしほんとうにヤバいときはこちらから連絡するし、逆の場合も親を受け入れる


もう親とはこれくらいの距離感でやっていこうと決めた

親のせいでも親のためでもない、自分人生自分のものである

人によっては、このような親離れ・子離れのステップはあたりまえで、無意識的に達成されることかもしれない

しかし、親が自分のことを無力化して自己存在価値を高めようとする以上、こちらから決別するしかない

一度開けてしまったくさいものに再びフタを閉じてしまうことは、もうできない


父親は母を拒絶して家庭に居場所を失い、ワーカホリックとなってうつ病で死んだ

母は勉強しかできない無愛想な自分に、そんな様子じゃ社会でやっていけるはずがないというレッテルを張り続けた

そんな自分社会参加や人との交流を恐れ、もれなくうつひきこもりを経た。うつはまだ寛解への途中である

ところが、いざ働きはじめてみたら意外となんとかなっていて、業務以外の雑談すらできるようになっていた

それと同時に、母に植え付けられたセルフイメージのせいでずっと苦しみ続けてきたことへの憎しみが抑えられなくなった


正直なところ、自分は軽度のASDかもしれない。いわゆる「愛着障害」というものにも該当すると思う

勉強ができることで親が喜んでいると思っていたら、じつはそんなにデキのいい子どもはいらなかったらしい

世間から見ればうらやまれるような大学に入ってしまったが、そもそも母は「学び」や「教育」価値見出していなかった

母は死に体自分に、生産工場検査をするような仕事ならいくらでもあるから早くうちに戻っておいで、と言い続けた

そんな自分も、なにかの間違いでいい大学に入ってしまったが、本当は大卒になることすらおこがましい存在であると思っていた


ところが就活社会参加への恐怖とあいまって、母の望まない学問研究の道に逃げ場を見出し博士号までとってしまった

ただし心の奥では、また身の丈に合わない経歴をつくりあげてしまった、典型的高学歴ワーキングプアの完成である、と自虐していた

重度のうつと復帰のサイクルを繰り返していたころ、幸か不幸か地元にある大学教員ポストの紹介がきた

そのときうつ症状がマシだったので、ここで逃げ出してはいけないと思い、紹介を受けた

しかし次第に、また自分能力とは見合うはずのないところへ踏み出そうとしていることを自問し、うつに舞いもどった


それでも、やっとこれで親を安心させられると思い、安堵している部分があった。面接でも、なんとか健常人のフリをして押し通した

しかし母にとって、社会参加ができない無力な自分実験の「お手伝いさんしかできない存在であり、大学教員になるなどとは想像だにしていなかった

不安に耐えきれなくなって母にほんとうの気持ちを打ち明けたとき、なんでもっと身の程を知って行動しなかったのか、と責められた

今度も「お手伝いさん」の仕事をするのだと思っていた、こんなことになるなら、もっとちゃんと話を聞いてわたしが食い止めるべきだった、と言われた

自分も同じように反省した。自らの無力さにもかかわらず、できるようなフリをしてしまったことへの欺瞞からくる罪悪感で、心がツブレた


ところが今どうなっているかというと、上司ボスとは円滑にやっているし、決してデキのいいとはいえない学生たちをいかモチベートさせるか試行錯誤している

ある日、自分主体的に考えたり行動する能力がなく、いわれたことすら満足にできない無力な存在であったはずなのに、何かがおかしいと気づいた

たまたま自分に合った仕事につけて運がよかっただけかもしれない。しかしこれまでのセルフイメージとは全くことな自己の振る舞いに、自分自身がおどろいていた

もちろんクスリ底上げされている要素はかなり大きい。ただそれ以上に、自己像が根本から書き換えられていくようなフローがあり、かつてない大きな地殻変動を感じていた

これまでに双極性の症状を示したことはないが、このある種の成功体験がまた新たなうつの引き金となる可能性は当然あり、注意しないといけないと思う


地元に戻り、母から物理的な縛りつけを受けることによって、これまでの精神的な抑圧やダブルバインド的な母のやり口に気づくようになった

それからカウンセラーメンター意見も聞き、たどり着いた自分なりの結論が冒頭のものである


これから親との距離感を調整していく過程は、かなり難航するだろう

でも、そのことの負担リスクを引き受けた上で、自分自分のために行動することを決めた

2017-03-02

http://b.hatena.ne.jp/n-styles/20170301#bookmark-324865734

じゃんけんしている人を後ろで見て、「君はパーを出すべきだった。チョキを出したのは君の責任」というぐらいの意味のないコメントドヤ顔披露している愚かさ。

一言責任という単語が使われていないのにでっちあげで「無意味」のレッテルを貼る愚かさ

ほんとゴミクズしかないなn-stylesはw

2017-02-28

気遣いのできるいい子

2月が終わる。今年はうるう年でもないので、例年通り28日までだ。

2月が終わるから時効だろうと思って、書いてしまう。

思い出すといまだにもやもやとする、今年のバレンタインの話だ。

 

 

***

 

 

私が所属する部署は、私を含め女性が二人しかいない。

先輩の女性社員と、私だけだ。

私は入社したあと、初めてのバレンタインが近づいてきたときに先輩に確認した。

会社によって、チョコに関する色々な習慣があるのをわかっていたからだ。

先輩は社則で決められているわけではないが、全社員暗黙の了解義理チョコはないと教えてくれた。

ただし、仲の良い女性社員同士は、こっそり友チョコ交換しているよ、と。

私はそれを聞いて、チョコの用意をすることなバレンタインを迎えた。

先輩に教えてもらった通り、誰も男性社員義理チョコを配っていない。上司例外なく、だ。

昼食を共にするような仲のいい女性社員たちは交換しているのを見かけたりしたが、それ以外は本当に誰も配っていなかった。

 

 

そうして、何年もすぎた。

相変わらず私の会社義理チョコ禁止だったし、自部署も他部署も、誰も公にはチョコを配らなかった。

今年のバレンタインも近づくけば、女性社員チョコ話題をそこここでしていた。

もちろん私と先輩も、友人の会社義理チョコがあって大変らしいという話題をしてみたり、自分たち会社義理チョコがなくてよかったと笑いながら話していた。

 

 

そして、バレンタイン当日。

今年は平日がバレンタインだったので、いつも通り仕事をしていた。

仕事をして、お昼もすぎ、おやつ時間になってきたころ。

ふいに、先輩が席を立った。

お手洗いかな、と最初は思った。

けれど、給湯室に向かって行く姿を見て、おや?と疑問が生じる。

給湯室に姿を消してすぐ、先輩は何か箱を手にして出てきた。

かわいらしいピンクの箱と、そのあとに続いた先輩の言葉で、初めて事態を察した。

 

チョコだ。

 

先輩は自部署人間に「今日バレンタインなので、よかったら、チョコどうぞ」と、言葉を添えて、配り始めた。

個包装になっている、明らかにばらまき用とわかるチョコだった。

それでも、男性社員はそれだけでワントーン明るい声を出して、先輩からチョコを受け取っていた。

先輩がチョコを配りながら自部署を練り歩くその姿を見て、足元がぐらつくような心地がした。

チョコを買いに行ったと話したときも、そのあとに会社で配らなくてよかったねと話した時も、今年に限って配るだなどと一言も聞いていなかった。

やられた、と、その一言が頭の中を渦巻いていた。

 

そんな私のところに最後に来た先輩は、私にもチョコどうぞ、とすすめてくれた。

私は、はい、と小さく答えて、引きつった笑顔で受け取る以外に道はなかった。

退社するまでのそのあとの時間は、針の筵に座らされているような心地だった。

男性社員たちから気遣いのできない嫌な女だと、感謝配慮の足りない女だと、そう見られているような感じがした。

もちろん、私の被害妄想だと思う。

けれど、確かにそう思われているような気がしたのだ。

男性社員たちは表に出さないけれど、心の片隅でなんで私はくれないのだろうと思ったことだろう。

もともともらえなかったところで、急にもらえるようになったら、比較してしかるべきだろう。

 

 

退社して、電車に乗って夜に沈む街並みを見ながら、私はぼんやりと裏切られたと感じていた。

チョコを配らなくて楽だと、あれほど話したのに、どうして急に配ったのか。

チョコ話題はそれこそ何度も出たのに、どうして一言教えてくれなかったのか。

一言教えてくれさえしたら、私だって安かろうが配る用のものを用意したのに。

そんな気持ちでいっぱいだった。

同時に、私への評価相対的に下げられたのだろうなと思った。

感謝気持ちがないから、チョコを配ることもしない、気遣いの足りない女なのだというレッテルを貼られたのだろうと。

 

 

前々から人間としてどうかと思うところがある先輩ではあった。

仕事に対する態度も社会人としてどうなのだろうと疑問に思う点があったり、仕事をよく押し付けてくるのでずるい人なのだなと思うところが多々あった。

けれど、わざとらしい今回の件は、さすがにひどくはないだろうか。

そこまでして、自分評価を上げたいのだろうか。

 

 

こんな小さなことでうだうだいまだに悩んでいる自分もばからしいとは思うけれど、どうしても毎日先輩の顔を見るたびに思い出してしまうのだ。

不意打ちの、苦い気持ちしかならないバレンタイン出来事を。

そうすると、どんどん嫌な点ばかりが目について、先輩のことが余計に嫌になってくる。

人を嫌ったりするのは仕事という公には不要な点だと思うから、たとえ苦手だろうと平等に接する努力はしていたのだ。

だけど、どうしても、この先輩だけは人間として尊敬できないし、いまだに唖然としてしまうことをしているのだ。今回のこと然り。

私生活交流があったら、軽蔑して速やかに人間関係を整理するような相手だと、私は思う。

仕事から付き合いがあるだけで。

 

 

抜け駆けする人間なんて、いくらでもいることはわかっている。

誰もが平等に行動してくれるなんて、そんな性善説は唱えない。

けれど、私にも一言言ってくれていても、いいのではないだろうか?

そんな気持ちが、消えない。

気遣いのできるいい子だとアピールしたのだろうが、私から見ると、抜け駆けしたごますり女だ。

やられた人がどう思うか考えられない、そんな想像力もない人間が、気遣いなんてできると思えない。

 

 

端的に言えば、この先輩に対して呆れて、そして失望している。

たったそれだけ。

それだけのために、こんなに時間文字を消費して、心を沈ませていた私はバカみたいだ。

こんなこと、ずっともやもやとさせていたなんて。

 

 

毎日、何かしら、この先輩が呆れることをしてくる。

そのたびに、もやもやするのだ。

私の気にしすぎだということはわかっている。

けれど、一度染みついてしまった苦手意識は消えないし、嫌な気持ちは増えるばかりだ。

 

どうしたらいいのだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170228101524

厨二ファンタジー自分探し層に好評なんだと思うぜ?

当事者は無論として、それ以外にも人と違う自分レッテルとして都合がいいんだよ。

Ex:「アタシもシンデレラ症候群かもぉー」

  「ジブン、マイルドヤンキーなんッスよねぇ」

  「サベツサベツサベツサベツを駆り立てろあれもサベツこれもサベツ――!」

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