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2017-03-26

彼女を、彼女元旦那寝取られた話

彼女旦那はひどい男だった。まずその話をする。これが発端だからだ。

彼女とその旦那学生時代出会い就職後に結婚した。結婚後も、二人は幸せだった。(この段階では俺は一切登場しない。登場したら不倫になってしまう)しばらくは子供を作らないと決め、多趣味旦那にくっついていく形で彼女もいろんな経験をしたそうだ。文字通り地球の北から南まで、様々なところへ旅行へ行った。お金もあったし、旦那大企業現代において、最良の結婚といっていい。その頃の写真には、まさに人類幸せというものを教えてもらった気がする。とにかく、素晴らしい夫婦だった。

だった、ということはつまり、どこかで亀裂が入ったということだ。ここで登場するのが俺…というわけじゃない。俺はもう少し後だ。

旦那は栄転した。そこに転勤するということが選ばれた幹部候補の証であり、旦那意気揚々と赴任地へ向かった。週末は彼女のもとへ帰り、月曜朝一の新幹線で出勤する。まさにエリートしかしやはり、そういう生活はきつい。幹部候補ともなれば、その業務は半端じゃない。

この辺、長々と書く意味はないので省略するが。つまり旦那は現地で女を作った。週末になかなか帰らなくなり、帰ってきたら来たで服の趣味彼女の知らないものになっていたり、スマホロックがかかっていたり、まぁ、そういうありがちな話しが長らく続く。

俺はその頃に彼女と知り合った。SNS上で、共通趣味を通じて。ありがちな展開だけど。

で、悩む彼女に俺はいろいろとアドバイスをした。最初は単なる悩み相談から、徐々にキナ臭い方向へ。旦那が寝てる間に指紋認証突破しては、とかね。

それで、旦那スマホからは、まぁ、お察しの通りのモノが大変な量出てきた。すごかった。正直すごかった。圧倒的な幹部候補セックス札束丸めて突っ込んでるとか、Vシネかよ。見たことないし多分そんなシーンないと思うけど。童貞の俺には手に余るシロモノだった。そういうことで、落ち込む(というレベルじゃないけど)彼女を励まし、勇気づけ、興信所を手配したり法テラス手続きしたり、抜け殻の彼女身の回りの世話をしたりして、彼女旦那離婚した。まぁ、俺が彼女の周囲にいることは彼女に取ってめちゃくちゃ不利だったんだけど(旦那からもそう指摘された)、証拠の内容が内容だし、浮気相手女性を二回妊娠させていたりと大変なことになっていたので、俺の件は相殺された。

実際のところ、俺は彼女とはセックスしていない。セックスしてなけりゃいいのかという問題ではあるけど、キスなんかも彼女結婚してる間はしていない。

ここで、俺の話をする。

俺は長身で痩身の雰囲気イケメンの男。神木隆之介っぽいとはよくいわれる。我ながら結構、いや相当いけると思う。彼女と知り合ったとき25歳で、今は32。

しかし俺には巨大な欠点が二つあった。

この二つの要因によって、俺はいまだ童貞

ちんこ、これはとても重要だ。太っていたころは、「大丈夫、腹の肉に埋もれているだけだし」と言い訳もできた。しかし痩せて行くにつれ、現実が腹の下から現れだしたのである

ちんこが、小さい!

俺のちんこは…これが…これが俺の真のちんこだったというのか…!?

最大に、フルに、マキシマムにさせてもその全長7cm・・・いや、正直に言うけど、5cmである。5cmである。5cmなのだ。5cmさ。握れない。つまむのがやっと。

AVを見ていて、ぶっかけ要因の汁男優が列をなす場面があるだろう。それを見てて、やっぱり中には、すごく小さい人もいる。俺はそういう男性がいるととても安心して、オナニーをすることができた。しかし、己のちんこに向き合ったとき、思い至った。ちんこが小さい汁男優は、その後の本番の場面には参加していないという事実記憶の限り、脳内でわが友たちの姿を検索しても、やはり、ちんこが小さいフレンズは本番には存在していなかった。もちろん、汁男優あくまで汁専門。その後の絡みに関係することはないが、汁男優が本番に参加する企画AVでも、ちんこの小さい男性は姿を消している。俺の脳をちんこ差別の電撃が襲う。AV映えしないという理由なのか。そんなにも視聴者マグナムを求めているのか。

いてもたってもいられなくなった俺は、スマホを手に取った。

ちんこ問題に関して、ネットは信用できない。どいつもこいつも、ちんこがそれなりにでかいことを当然のこととして話をしている。包茎に関しても、まるで仮性包茎レアであるかのような物言いだ。これは欺瞞だ。男同士でも、ちんこの大小はアイデンティティにかかわる問題なので、通常話すことはしない。銭湯確認しようにも、俺は生粋メガネ民族。湯気たちこめる銭湯では、真のちんこを見極めることができない。

俺に残された手段は…人力検索

かのレオナルド・ダヴィンチ実践していたという、「その道のプロに尋ねる」という究極の人力検索を俺は敢行した。

頼むぜレオナルド、俺に勇気を、そして安寧をもたらしてくれ。

祈るように俺はデリヘルを手配した。

プロを待つ間、俺は立ったり座ったり、掃除をしたり瞑想をしたり、1分が数時間にも感じた。これほどの焦りは「俺は糖尿病なんじゃないか」と病院の待合室で脂汗を流して以来だ。

プロが到着した。むっちりした女性だ。プロをもてなす。お茶を出したが、さすがはプロ。口を付けない。何か変なもの入ってたら困るしな、と俺は初めて思い至った。

「それじゃあ…」とプロが言いかけるのを「あ、いや」と制止し、悩みを打ち明けた。

俺のちんこサイズは、一般的にどの程度なのか…本当のことを教えてほしい。

世のあらゆるちんこを、ペニスを、男根を見てきた彼女ならそれがわかるはず。呼吸を抑えてパンツを脱ぐ。「みんなこんなもんですよ」の声を期待しながら。

脱いだ時、空気が変わるのを感じた。俺は死んだ。

あー…みたいな彼女の表情にすべてをあきらめた俺は、「いかがですか…」とちんこさらにちいさくして、聞いてみた。

プロはしばらく逡巡したのち、「あの…ちょっと…あのぉ…歴代最小っていうか…」と答えてくれた。

俺は彼女のお尻に顔をうずめながら泣いた。最高に気持ちよかった。

帰り際、プロは「大丈夫大丈夫ですよ!」と励ましてくれた。それほどまでにちいさかったのかもしれないが、とても感謝している。

ちんこが小さいのはギリギリ挽回できるとしても、やはりネックはかつて死ぬほど太っていたことだ。

中学大学まで、体重の増大に歯止めがかからず、一時は130kgを超えた。5分歩くだけで大量の汗をかく。そんなキモい身体から当然友達恋人もできない。コミュ障の出来上がりである。おまけに心臓肝臓ダメージが残った。今も血圧の薬を毎日飲んでいる。心臓細胞が入れ替わらないから、「治る」ということはないらしいな。この肥大した心臓と一生付き合っていかなくてはならない。最盛期は、うつぶせに寝ると心臓の鼓動で体が上下するくらい、肥大していたから。

就職後、さすがに死を感じてダイエットした。肉が落ちる快感とともにちんこが姿を現すという絶望も味わったが、やはり体が軽いのはいい。単純に服を着る楽しみができたし。ちんこがちいさいかスキニーパンツも全く、もう本当に全く問題なく着こなせる。ははは。ははははは。

同窓会に出席するのはもう本当に楽しみだった。上記のように、俺はなかなか顔もよかったし、背も高い。ちんこ脂肪を捧げてこれらを授かった俺は、同窓会でめちゃくちゃモテた。肥満による死の恐怖ブーストされた健康志向によって、ちんこ以外の体の部分もケアしていたから、同級生男性たちより格段にかっこよかった。ちんこけが問題だ。…いや、正確には、思春期瀕死デブとして過ごしてしまった俺には、コミュ力が一切なかった。会話ができない。何を言えば面白いのかわからない。話題がない。結果、「それにしてもやせたね!」「かっこよくなったね!」以外の言葉はもらえず引き出せず。仕事に関しても、「何してるの?」「町工場的なところで働いてるよ」のやり取り一発で終わった。官僚になったN君の周りは最後まで人で群れていた。二次会は行かなかった。あの後きっと笑いものだったろうな。

プロによるちんこショックと、同窓会ショックで完全に男としての欠陥を認識した俺は、趣味世界に走った。

はいえ、町工場的なところで働く俺である。金はない。だからお金がかからない、かつ、健康的な趣味をやることにした。バードウォッチング天体観測(どっちも双眼鏡で事足りるからお安い)、山歩きで見つけたハーブハーブティハーブティから発展して漢方やアロマ

もうすっかり脱線したけど、冒頭の彼女とは、この趣味を通じて出会った。

彼女は素晴らしい女性だった。…もちろん、同情心が俺にそう感じさせたのかもしれないが。

離婚後、3年付き合った。彼女の両親にも会った。感謝もされた。この人を幸せにしたいと思った。俺はちんこ的には全く及ばないが、ちんこ的なもの忌避感が生じた彼女とならうまくやれるのかも、とか漠然と思った。キスはたくさんしたし、オーラルな行為もしたけど、童貞はそのままだった。それでもいいと思った。

それで、去年、彼女スマホロックがかかった。

この時が来たか、と、俺はロックを解除した。以前彼女アドバイスしたとおりに。

いやぁ、ちんこのパワーってすごい。

ちんこトラウマを抱えた彼女が、どういう経緯で自らちんこを求めるのか。しかも、元旦那である。よくわからないが、ただ一つ納得できることは、俺のちんこは小さく、元旦那ちんこAV映えするモノであるということだ。これはまぁ、もうしょうがないな。無理だったな、俺のちんこ。すまなかったな。

しかし、いったいどういうことなんだろうな。あれほどの行為をした男の元に戻るというのは。要するに、あの写真のようなことを望んだというわけだ。すごいな。何を言わせてるんだろう。何を言ってるんだろう。あの写真のようなことを「私にしてほしかった」「お前にしたかった」とか、どうなればそうなるんだ。

ちんこには勝てなかった。俺と、俺のちんこでは太刀打ちできなかった。

先日、彼女が元さやに納まった。泣きながら俺に感謝言葉を述べる彼女しかし一方で元旦那ちんこ下品言葉で切望する彼女エロゲかよ。エロゲはどいつもこいつもちんこでかくて、やりきれないけど。そういうエロゲもあるはずだ。

なんかもう、俺にはよくわからないな。そもそも、いくら生物多様性はいっても、これほどのちんこ存在は子孫を残せないだろう。ぶっちゃけると、5cmはもう限界いっぱいまでサバ読んで5cmなんだよ。定規を思い切り中のほうにまで埋めて、ちんこの根っこっぽいところまでをギリッギリで測ってそれだぜ。ドラゴンボールの初期の孫悟空ちんちんみたいな感じだ。タマのほうが圧倒的にでかい。タヌキかよ。

いくら配られたカード勝負するしかないのが人生はいってもさ、ここまでする必要があったか

ちんこサイズを気にしない女性はいる。という声はある。しかし、その結果があの彼女だぞ。何も信じられないだろう。どうだよ。この有様は。

facebook彼女投稿を見てしまう俺も俺だが、なんというか、俺と歩いた山道普通に元旦那にして現旦那写真を撮っているのを投稿するなよ。そこで「私にしてほしかった」ことをしてもらったのか?

あーーー。

神よ、俺にあと2cm与えたまえ。

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325194531

悲しくなる日記だね。啓発だとしたら中々の腕前だと思うけど。

 他の人が言ってるように「そもそも友人じゃない」んだろうなぁとは思う。

クラブでよく見る知り合いだとか、イベントで会った趣味のあうぱりぴーとか、そんなん。

 余計なお世話なんだろうけど、一緒にいると自分がみすぼらしい気分になるから嫌だとか、お金がないなりに楽しもうという発想もないのに愚痴ばかりだとか、友人と言いながらそんなことも伝えられなかったりとか、優越欺瞞だとか自分自身は友人と何を楽しみたかったのかとかが浮かんだり消えたりしてまとめずにテキトーに書きたくなった。

 こういうのが原因で上手くいかない男女とか容易に想像つくけど、同性でもあまりに差が大きいと確かにあり得なくもない。

もっと話せばいいのに。いや話す価値もないのか。増田にとっては。格差でバラバラになるってこういうことかもな。いいか別に。どうでも。

西島大介『Young Alive Love読了

大きなところだけ拾うと、人は信じたいものを信じてるだけ、というメッセージ

かいところをひろうと、欺瞞で覆い隠されたお前の事実ってなに、という突きつけ。

一部科学現実に寄せながら科学という枠組みすら客観視する姿勢皮肉屋じみてて面白い

2017-03-22

ポルノグラフィティの好きな曲と嫌いな曲

ポルノグラフィティが好きです。

Jazz up

1作目の1曲目からハイテンション・荒削り感・セックスDive in the mother's skyバンバンボバンバンババンボン

リビドー

見失いがちになる欺瞞(ゲンメ〜〜〜ィ)の発音とサビの盛り上がりが好きです。

サボテン

綺麗で雨上がり感があってこれは売れるよなぁという曲です。

ヴォイス

暗い曲調が好きです。そもそもポルノに興味を持つきっかけになった曲です。(あとサボテンも)

CLUB UNDERWORLD

世界観が好きです。歌詞の中身もいいし、メロディーへののせ方がさらによい!グラスに沈め〜からのところなど。

ワールド☆サタデグラフティ

ノリが良く、とても耳に残る。友人がこの曲をアラームにしていたが、アラームにしたい気持ちがとてもわかります

リーマー

汚い感情をノリノリの曲に合わせて爽やかにした感じがいい。

Mr.ジェロニモ

あんまりなんて言ってるかわからんところが洋楽的。

IN THE DARK

歌詞も良ければメロディもよくバランス型と言えるだろう。

MONSTER

イントロの曲には度肝を抜かれるが、変なイントロから繰り出されるこの曲の完成度は高い。これもバランス型か。

ロスト

この曲は私の中ではかなりの上位に入る名曲歌詞は大切な人を失ったことを歌っていて悲しい。

2012Spark

大人の男って感じがします。

ワンモアタイム

元気づける系の素晴らしい曲。明るいのに感動的。

AGAIN

これも名曲。私はノリがいい曲が好きなんですが、ロストやこの曲のように、暗い曲にも良曲が多い。

THE DAY

からとってもかっこいいとは思っていたけど、ライブで聴いていたく感動しました。

アゲハ蝶B面だが、これがA面としてリリースされる予定もあったらしい。その世界も見てみたかった。絶対に売れる。



きじゃない曲

ミュージック・アワー

カラオケなどで、一般的によく知られている曲を歌う必要がある場合でも、まずこの曲は選ばない。恋するウサギちゃんはどうなんだなどと思ってしまう。

name is man〜君の味方〜

この曲の主人公のような男性恋愛観にイラっとしてしまう。同じ理由ラビュー・ラビューもムッと思うけどあっちはメロディは好き。

ハート

この曲をいまいち好きになれない一番の理由は、昔私がこの曲をカラオケで歌ったとき、あまりにも自分の歌が下手すぎて戦慄したことがあり、それを思い出してしまうからであるしかし、歌詞も好きじゃなくてもやっとする感じ。

幸せについて本気出して考えてみた

からあんまりきじゃない曲だったが、昔付き合っていた人が、俺はグレてたけどこの曲を聴いてマトモになったんだよな〜的な武勇伝を語っていたので。

Go Steady Go!

この曲はかなり好きじゃない。単調すぎるのが原因か。

社員 on the beach

結局beachに行けてない…

2017-03-14

娯楽と政治は切り離せない

娯楽と政治は切り離せって意見をちょくちょく見る。

それは「娯楽作品に、政治的問題意識させる要素を入れるんじゃねえ」という作り手への批判文脈なこともあれば

「娯楽を政治的問題に結び付けて議論するんじゃねえ」という受け手への批判文脈なこともある。

いずれにせよ、非現実的すぎる。

娯楽は現実問題や難しいことからすっかり切り離せるなんていうナイーヴな考え方は捨てろ。

その二つは切り離せない。スポーツ政治も切り離せない。あらゆるもの政治は切り離せない。なぜなら人間のもの政治が切り離せないからだ。

政治の要素がなくただ快楽だけを味わえる娯楽もあるなどと以前まで考えてこられたのはおそらく、君の精神がまだ幼く政治的要素を認識できなかった上に、語り合う相手も同じくらい未発達な人に限られて、娯楽に含まれ政治に気づけなかっただけだ。

今もはや君の精神は成長し、更にインターネットによって無数の人間の考えを見るようにもなった。

政治と娯楽は切り離せないし、君は切り離せるという夢想の中で遊ぶこともできなくなったのだ。

娯楽に政治を入れる作り手を、「政治を入れた」というだけで叩くな。叩くならその描き口や政治スタンスを叩け。

娯楽を政治的に受け取る解釈車を叩くな。そこにある政治要素から目を逸らしてむずかしいことのわからない幼子のふりをするな。

これは、賢くなれとか政治に興味を持ち学べとかいメッセージではない。

君は既に賢いのだ。賢くなってしまったのだ。

めんどくさいことを考えられない気楽な愚者のふりをしようとしても、その欺瞞はやがて君を苦しめるだけだ。

これは自分を苦しませないようにという忠告だ。

2017-03-09

男性のしんどさに目を向けよう」というフェミニスト欺瞞

国際女性デーからこそ、男性のしんどさにも目を向けよう

https://news.yahoo.co.jp/byline/kojimakeiko/20170308-00068469/


フェミニズム男性も開放する理論

男性の生きづらさにも我々は注目してる」

全部嘘っぱちだ。

なぜそう感じるか、それは彼らが「男性を縛る性規範」に対してあまり無知無理解なことだ。


フェミニストは「男性も声をあげろ」と言う。

しかし「男は(女子供のように)声をあげてはならない」というのが、男性の縛られている性規範だ。



男は黙って家族を養え

武士は食わねど高楊枝


こんな男性規範の最も単純なルールすら理解せず「男性も声をあげよう!」などと能天気にのたまうフェミニストたち。

彼らには男性の苦しみを理解する意志も、能力も、ない。

リベラルを信じぬ者は地獄へ堕ちる

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/326107228/comment/kakikae



人気コメントより

rgbv お前らが結婚もできず子どもも作れず必死に働いてるのは外国人がいるせいなの?追い出したらトントン拍子に結婚できて子ども授かって給料うなぎ上りになんの??日本死ねって叫んだ方が健全なんじゃないの???



「お前らが結婚もできず子どもも作れず必死

こういうこと言うからリベラルが嫌われるってのがなんで分かんねえかな。

こいつが想定している「お前ら」というものを完全敵視していることが思いっきニュアンスで伝わってる。

結婚もできない、子どももできないことをdisってる。

結婚子どももできないという苦しみに対して全く共感を示そうとしない。

なぜなら外国人に対する生活保護に疑問を呈するということはネトウヨ罪という大罪に該当するからである

たとえ生活がつらくて苦しい思いをしていても、大罪を犯したネトウヨ人が弱者認定されることは決してないのだ。

ネトウヨなんか救う必要はない。っつか死ね

そういうニュアンスが思いっきり伝わってくる。

いや、死ねとは言わないから、せめて日本死ねと言えという踏み絵を迫り、

ちゃんと言えたらネトウヨ判定は見逃してやる、というニュアンスかな。




こうやってリベラル正義を気取っていても、肝心のこういうところで人を見下す態度を取るから嫌われるわけだ。

どんどん嫌われてアンチリベラル勢やアンチポリコレ勢をものすごい勢いで増やしていってる。なのに自分らの馬鹿さ加減を思いっきり棚に上げて、アンチ勢の増加をポストトゥルースなどと言ってバカにしてるというわけだ。救いようのないバカだ。




面白いもんで、リベラル一神教宗教に似てる。

人類の救済をうたっておきながら、実は救済されるのはその宗教信者だけ。

その宗教帰依しなければ、帰依しないその人は救済対象から除外される。人類ではなくなってしまうのだ。

教徒はヒトではないのだ。人非人なのだ

まり先進的なリベラル思想というのも、よくよく考えれば大昔から続いている欺瞞的な宗教の焼き直しにすぎないのだな。




補記:まあ多分嘘でも本当でも「そんなこと言ってない」「どこをどう読めばそんな理解になるのか」などと逃げるんだろうけどな。

サヨクはすぐに定義問題詭弁を弄する。

まあそんなこと言ってなくても言ったように思われること自体問題なわけで、

麻生の舌禍事件ときにここぞとばかりに喜々として叩いていたのは当のサヨクだったわけだが。

差別する意図が無くても受け取った側が差別と感じればそれは差別だという超理論もこねくり回してたし。




追記

んー、案外ブクマがついたな。

んで、案の定「どこをどう読んでもわからん」というやつが出てきた。

まあ、言葉通り受け取ろう。本当にわからないのだろうし、別にからいからと言ってそれをとやかくは言わない。

で、だ。

トラバブクマで「まあわかる」という意見がちらほらあるが、

そういう意見を、「わからん」で済ませてるやつらは、

それでも「わからん」で済ませ続けるつもりなのかね。

まあ、いいんだけどさ。

異端審問で異教徒判決を受けてる身としては、いまさら救いがあるとは毛頭思っちゃないし。

日本死ねという代わりに、日本トランプ投票してリベラル死ねと心の中で呪い続けるまでさ。

お前らも、俺をネトウヨだなんだと呪い続ければいいじゃんか。

お前らも俺を救うつもりなんざ毛頭ないんだろ。

あと一部トラバブクマで、「まともなリベラル」を呪うなって意見もちらほらあるが、

俺が呪いたいのは、

教徒ならどんなに苦境にあっても自己責任だ、もがき苦しんで死ねと呪ってくるまともじゃないリベラルだ。

カタカナサヨクと俺は書いたがな。

まともなリベラルまでとばっちりを受けてかなわないっていうなら、

せめてそのまともじゃないリベラルをちゃんと批判してくれないかな。

サヨクを野放しにしといてその言いぐさはないわ。

でもま、

俺も俺で、朝鮮人死ね死ねって言ってるネトウヨを一々批判するのは超ダルいし、

そんな責任までおっかぶせられても困るっていう気持ちもわかる。

から、放っておいてくれよ。

お互い、そのほうがいいだろ。

理解しあえるって思うほうがおかしいんだよ。

今はそういう世の中だ。

から匿名空間で、素朴な呪いを吐く。

愚者の王を匿名投票で選ぶ。

んで、サヨクはそれを見て嘲笑する。

サヨク気持ちよくなれる。

winwinじゃないか

お互いがお互いのやりたいことをやる。

これが、みんなの望む世界なんだよ。

リベラルを信じずに地獄に堕ちた者は、

地獄にいるなりの生活をするって話。



追記2

ってかホッテントリ入りしたか

バカバカしい話だな。

まあわからないという米が人気入りするのはよいとして、

まあそうだよな、といった感じの肯定してくれてる米も多少はあって、

それがまったく交わることなくすれ違っているのがこの増田ブクマページだ。

もはや一々idコールするのも議論するのも面倒くさい、と。

すぐ隣にわからないというやつとわかるというやつがいて、

そいつらがまったく干渉せずにお互いが言いたいことを言って決して交わろうとしないわけだ。

ボールを投げっぱなし。

誰も受け取らねえ。

誰も拾わねえ。

そりゃそうだわな。

異端判決食らった異教徒が今さらリベラル教徒様と口を利こうなどと大それたことは考えないし、

高潔リベラル教徒様は地獄に堕ちた異教徒と口を利こうなどとそんな汚らわしいことは考えないし、

これこそが分断なんだな。

サヨク様はせいぜい、地獄の釜の蓋を必死で押さえ続けてるといいよ。

でもま、ハルマゲドンが来ることを今か今かと待ってるヤツもいるだろうがな。

それこそ、福島奇形児が生まれることを、

沖縄オスプレイが墜落することを、手ぐすね引いて待ってるヤツのように・・・

2017-03-08

http://mubou.seesaa.net/s/article/447685234.html

茶番対応する切り替えの素養ある子供面白くないゲームを本気で楽しんできている」

が正しいところを

面白くないゲームに本気で取り組むことで茶番対応するスイッチを養える」

のようにあえて逆にすることで道具とする技術だ。

この技術はしかし、茶番対応する能力、ここでの「ゲーム自発的目標設定能力」の上手い人の発想により生まれテクニックの類であり、有用性は置いておいても、欺瞞香りがある啓発だ。

2017-03-07

全国→日本国内だけ 全世界地球の表面だけ

ザ・欺瞞

2017-03-06

いじめってむしろあったほうがいいと思う

そもそもなくせないことを証明したほうが早いのだが、まずは説明を試みる。

基本的な考え方としては2点。

遺伝子的淘汰が進んだほうが社会は良くなる。

・授業や業務の進行を維持するために、多様性重要度を全員に理解させるより、一人が犠牲になっていたほうが合理的



いじめられる側環境が選べるはずで、どこか一つの環境いじめられているからと言ってそれで人生全てが否定されてしまうというのは詭弁だ。

自分一人がいじめられることに耐えられないからといって、グループ全体の利益犠牲にさせるのはいじめに対する報復としては大きすぎると言うものだろう。

それでも尚、いじめられる側が全ての正義を発揮してよいと言えるのだろうか。



ときいじめ議論を見ていると、個人幸せというものが全てにおいて優先されると勘違いしている姿を多く目にすることができる。

しかし、生物とは常に淘汰と戦い続けている。それはいじめる側でもいじめられる側でも同じだ。

自らの淘汰の恐れを、いじめという言葉一つを免罪符相手の淘汰へと置き換えるのはいささかやりすぎているといってもいいだろう。



しかし、いじめがあったほうがいいということを証明するのは私ではない。

今この文章を読んで、その考えの多様性を認めることよりも正しさのもとに鉄槌を厭わないその気持が望んでいることなのだからだ。

いじめがないほうがいいに決まっていると殴りかかろうとするその気持こそが、全てのいじめ共通する正義感という欺瞞に他ならないのだ。

それこそが始めに言ったとおりに、なくせないことを証明するほうが簡単だとした理由である



いじめられることを恐れる人間よ。どれだけ正論を重ねてもそのいじめを無くすことはできない。

そんなものに正面からかい合って疲弊するよりも真っ先に逃げよ。

相手対象が強くなれば強くなるほど強くなる。これ以上相手に武装を与えさせるな。

相手の知らぬところで体力を回復し、相手に知られぬように戦う準備を整えるのだ。

しかしそうして戦う相手は今までいじめてきた相手ではない。

もっと正しく活躍できる場所で、社会と正しく戦うのだ。

いじめられた経験があるだけ強く優しくなれる。正しい場所で戦えばいじめてくるような相手に負けることはない。

これこそが始めに言った通りの、いじめ存在したほうがいいという理由だ。

卑怯者の卑怯土俵で戦う必要はない。どうせ死に場所を選ぶのなら自らの全力を出し切って戦える場所を選ぶべきだ。

2017-03-05

(毒)親との距離感

親に育ててもらったことへの借りを返す必要はない

人間的に尊敬できない親のことを感謝する必要はない

これから自分のことは自分自身で引き受ける。親には投げない

自己効力感を奪う親の存在は、人生のかじとりをしていく上で大きな障害である

もしほんとうにヤバいときはこちらから連絡するし、逆の場合も親を受け入れる


もう親とはこれくらいの距離感でやっていこうと決めた

親のせいでも親のためでもない、自分人生自分のものである

人によっては、このような親離れ・子離れのステップはあたりまえで、無意識的に達成されることかもしれない

しかし、親が自分のことを無力化して自己存在価値を高めようとする以上、こちらから決別するしかない

一度開けてしまったくさいものに再びフタを閉じてしまうことは、もうできない


父親は母を拒絶して家庭に居場所を失い、ワーカホリックとなってうつ病で死んだ

母は勉強しかできない無愛想な自分に、そんな様子じゃ社会でやっていけるはずがないというレッテルを張り続けた

そんな自分社会参加や人との交流を恐れ、もれなくうつひきこもりを経た。うつはまだ寛解への途中である

ところが、いざ働きはじめてみたら意外となんとかなっていて、業務以外の雑談すらできるようになっていた

それと同時に、母に植え付けられたセルフイメージのせいでずっと苦しみ続けてきたことへの憎しみが抑えられなくなった


正直なところ、自分は軽度のASDかもしれない。いわゆる「愛着障害」というものにも該当すると思う

勉強ができることで親が喜んでいると思っていたら、じつはそんなにデキのいい子どもはいらなかったらしい

世間から見ればうらやまれるような大学に入ってしまったが、そもそも母は「学び」や「教育」価値見出していなかった

母は死に体自分に、生産工場検査をするような仕事ならいくらでもあるから早くうちに戻っておいで、と言い続けた

そんな自分も、なにかの間違いでいい大学に入ってしまったが、本当は大卒になることすらおこがましい存在であると思っていた


ところが就活社会参加への恐怖とあいまって、母の望まない学問研究の道に逃げ場を見出し博士号までとってしまった

ただし心の奥では、また身の丈に合わない経歴をつくりあげてしまった、典型的高学歴ワーキングプアの完成である、と自虐していた

重度のうつと復帰のサイクルを繰り返していたころ、幸か不幸か地元にある大学教員ポストの紹介がきた

そのときうつ症状がマシだったので、ここで逃げ出してはいけないと思い、紹介を受けた

しかし次第に、また自分能力とは見合うはずのないところへ踏み出そうとしていることを自問し、うつに舞いもどった


それでも、やっとこれで親を安心させられると思い、安堵している部分があった。面接でも、なんとか健常人のフリをして押し通した

しかし母にとって、社会参加ができない無力な自分実験の「お手伝いさんしかできない存在であり、大学教員になるなどとは想像だにしていなかった

不安に耐えきれなくなって母にほんとうの気持ちを打ち明けたとき、なんでもっと身の程を知って行動しなかったのか、と責められた

今度も「お手伝いさん」の仕事をするのだと思っていた、こんなことになるなら、もっとちゃんと話を聞いてわたしが食い止めるべきだった、と言われた

自分も同じように反省した。自らの無力さにもかかわらず、できるようなフリをしてしまったことへの欺瞞からくる罪悪感で、心がツブレた


ところが今どうなっているかというと、上司ボスとは円滑にやっているし、決してデキのいいとはいえない学生たちをいかモチベートさせるか試行錯誤している

ある日、自分主体的に考えたり行動する能力がなく、いわれたことすら満足にできない無力な存在であったはずなのに、何かがおかしいと気づいた

たまたま自分に合った仕事につけて運がよかっただけかもしれない。しかしこれまでのセルフイメージとは全くことな自己の振る舞いに、自分自身がおどろいていた

もちろんクスリ底上げされている要素はかなり大きい。ただそれ以上に、自己像が根本から書き換えられていくようなフローがあり、かつてない大きな地殻変動を感じていた

これまでに双極性の症状を示したことはないが、このある種の成功体験がまた新たなうつの引き金となる可能性は当然あり、注意しないといけないと思う


地元に戻り、母から物理的な縛りつけを受けることによって、これまでの精神的な抑圧やダブルバインド的な母のやり口に気づくようになった

それからカウンセラーメンター意見も聞き、たどり着いた自分なりの結論が冒頭のものである


これから親との距離感を調整していく過程は、かなり難航するだろう

でも、そのことの負担リスクを引き受けた上で、自分自分のために行動することを決めた

2017-03-01

[増田社説] 道徳教育子ども感性尊重せよ

 小学校では2018年度、中学校では2019年から道徳教育が「特別の授業」として教科化する。道徳科の指導評価方法も変わり、文部科学省はその在り方の一例としてノートやワークシートを用いた教員子どもとの人格対話を挙げている。

 このような対話では子ども教員に自らの感性価値観普段は口にしない本音などをさらけ出すことになるため、教員子どもの間の信頼関係が欠かせない。しかし、教員もまた一人の不完全な人間であることから、両者の相性によっては子ども人間性道徳性否定につながりかねないと感じる。とりわけ狭い世間に生きる小学生教師の考えを絶対視しやすく、「先生価値観」と「自分価値観」を相対的に捉えることが難しい。そのため、子どもに「自分価値観感性は間違っている」という自己否定的な感情を抱かせてしまうかもしれない。

 また、前述のような対話指導では、子どもが「先生に読ませることを想定した文章」を書く可能性もある。子ども大人世界本音と建前が存在すること、学校で教わる自由平等などの理念大人がかならずしも重んじていないことを知っている。彼らがその矛盾に気づいていながら教員の求める「模範解答」を汲み取り、自らの感想として書き記すということになると、子どもが早くから欺瞞を覚え、言葉を信じない態度を身につけることにもなりかねない。

 もちろん授業中の活発な議論多面的視点を養い、自己他者への理解を深める点で道徳の授業は意義深い。しかし、そこで得たもの子どもひとりひとりの胸のうちで咀嚼されるべきものであり、生徒に感想を書かせて評価するやり方は危ういと感じる。

 教員指導力向上を含め、新しい道徳教育の導入には慎重を期さなければならない。素直な子どもが素直なまま育ち、同時に素直でない子ども否定されることのない社会であってほしい。(N)

2017-02-28

ホントの愛ってなんだよ

胡散臭いんだよ

そんなもの欺瞞

2017-02-27

大学教員からみた昨今の採用活動事情

経団連が発行する「採用選考に関する指針」では、以下のような文言がある。

http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/081_shishin.pdf

採用選考活動開始時期

学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため、採用選考活動については、以下で示す開始時期より早期に行うことは厳に慎む。

ところが3月前の時期であっても「インターン」や「OB懇談会」なる名のもとに事実上採用選考実施しているのが実態である。結局早く洗脳した者勝ちなので、年末から動いているところすらある。たちが悪いのは共同研究のための訪問を装って、その実は研究にはまったく興味はなく、学生へのコンタクトが目当てであるような企業恋愛でもこんな見え透いたアプローチ成功しませんよ。世の中には経団連会員ではない企業もあるし、指針には何の法的根拠もないので、「採用選考に関する指針」は事実上形骸化している。そんな中、真面目に指針を守っている企業は偉いのだけど、学生確保という意味では確実に出遅れている様子。完全に正直者が馬鹿をみる世界である

そしてこの日記問題にしたいのは企業人事部社員や、人事部配下リクルーターを任されている若手から中堅の社員はおそらく以下のことをまったく考えたこともないであろうということ。

専門性を追求するために大学院に進学した学生が一番力を発揮できる時期に「就職活動」に無駄忙殺され、研究活動がまったく進まなくなる。そしてそのことに頭を悩ましている大学教員は少なくないのである。今の時期教員仲間と会話すると、この話題がため息混じりに出てくる。

就職氷河期は過ぎ去り、就職率は大幅に改善したというのに学生企業採用情報学生間の情報に踊らされ、必要以上に就職活動に没頭し、長いと半年近くも研究学業から切手をひいてしまう。かくして本来であれば大学院在学中に成果が出たであろう研究は停滞し、結局修士課程を修了するまでに大きな成果を得ることはない。ましてや博士進学などをじっくり検討する時間的猶予すらない。せっかく時間をかけて研究のシードを育ててもこれではまったくの徒労に終わってしまう。そして学生からしてみれば大きな成果に向けて十分に時間をかけて日々積み重ね、最後までやりぬくという一連の経験を得る機会を喪失する。もう少し大きい視点で言えば国の研究開発力を測る尺度の一つである論文数も減ってしまう。

そんな悩みを抱える大学教員に対して「OB懇談会」と称して部屋の予約や学生の確保などをお願いしてくるあどけないリクルーター達がいる。学生から貴重な研究学業活動時間をとりあげた上、さら教員採用活動片棒をかつげというのである。お願いする方はちょっとしたお願いしているつもりだろうけど、依頼を受ける側は複数企業からお願いされるので、その対応に追われる。そして本来研究を進めてほしい学生に向かって就職活動のために時間を割いてほしいと頭を下げるという何とも欺瞞に満ちた行動を迫られるのである。そんな昨今の採用活動事情に対して苦々しく思っている教員は少なくないことを知っておいても良いと思う。言われるがままに業務遂行しているリクルーターではなく、裏にいる人事部に届いてほしいもの。

悪いのは一体だれか?企業人事部けが悪いということは決してない。根本的な問題は、企業高等教育機関である大学に期待していないこと、そして学生大学に期待していないことにある。結果として大学社会の期待に応えていない。このあたりは下記の考察が良くまとまっているのだけど、一言で言えばシステム問題がある。

http://toyokeizai.net/category/japan-university

海外大学日本大学システム比較すると恐ろしく事情が異なっているので、愕然としてしまう。例えば下記の書籍を参照するとそれが良くわかる。世界最高の大学教育システム確立したアメリカ問題がないわけではないのだけど、日本大学システム問題は更に根深い。

アメリカ大学の裏側 「世界高水準」は危機にあるのか? (朝日新書)

これでは技術競争で負けるのも必然。負の連鎖が断ち切れない限り、国際的通用する充実した研究教育は成し得ないし、研究開発力や発信力に関して海外との差はますます開くばかりだろう。昨今の採用活動を見るにつけ、この負の連鎖根深さを感じずにはいられない。

2017-02-26

意外と見落とされがちなリベラル派の難民問題に対する認識問題点

難民難民入国トラブルになる最たる例が、受入国雇用難民が圧迫するというもの

それが難民排除に繋がり、最終的には難民支持派の政治家選挙で落とされるという事態にまで発展した。

そこで修正案として、例えば最近ではスウェーデンが、その国にいる既存労働者雇用を優先するという政策を発表した。



ここからが本題だ。

スウェーデンのこの政策は、紛れもなく自国第一主義だ。

トランプ政権の「アメリカを再び偉大に」というスローガンも、表現は大げさでレトリックにまみれたものだが、その本質自国第一主義にある。

まり、その究極的な目的は「他国難民よりも自国国民が優先」ということだ。



いわゆるリベラル派は、この難民よりも自国民を優先することを、

差別、或いは不正義とみなしているのではないか



昨今は難民問題で大きな論争が起きているが、まずそもそも大元問題として、

上記の命題に対する是か否かという論点が、非常にあやふやなまま放置されているのではないか

というのが私の主張したいことだ。



国民国家という枠組みを前提とするなら、難民より自国民を優先するのは当然の発想だ。

だが国際的問題視野を広げ、ただ自分たちだけさえ良ければ良いという考えこ先進国欺瞞だ、

その欺瞞が抱える矛盾こそがシリアなどの戦争歪んだ形で現れている、

従って先進国自国利益を削ってでも難民を助けるべき、という考えもまた当然出てこよう。

またあまりにも理想主義がすぎるが、自国民雇用も維持、かつ難民も受け入れて共生を図ろう、とするのも選択肢としてはあり得よう。

ただこの場合現実性があまりにも乏しく、従って支持する人が非常に少ないことは想像に難くないが。



難民問題について議論するには、まず上記した2+1選択肢のいずれによってたつか、その主義を明確にした上で始めるべきだろう。

また或いは、2+1以外の選択肢もあるならそれを提示した上で、それを選択すると発言した上で議論すべきだろう。

前提条件すら確認もせず立場曖昧なまま議論を進めるから議論はいつまでたっても一向に成熟しないのではないかと私は考えるのだ。

2017-02-23

つらいとか友だちいないとか恋人のいる奴らがねたましいみたいな欺瞞でワイワイ盛り上がる人たち正しさからも美しさからも程遠いからきらい

2017-02-12

性は神聖尊いかい欺瞞

思春期がキレてると思って読んでほしい(17歳・恋愛経験なし)。

人間生殖ってほんとは理性より情動本位だし、人としての尊厳より動物本能の上に成り立つものでしょ。性は一方ではコンテンツ化・商品化された浅ましい娯楽で、他方では「愛する人のことが欲しい/満たされたい」という愛欲、情欲独占欲…?(いい感じの語彙がない)的なエゴの結果じゃん。

自体本来そういう性質のものなのに、建前上・教育上だけ変に神聖化して尊いことみたいに扱うのは欺瞞だと思う。自分と異性の身体大事にしなさい、なぜなら性は高潔特別ものから~~とか教えられても綺麗ごと言われてる感がハンパないし、小学校とき廊下に貼ってあった人権週間のポスターくらい心に響かない。本心じゃない言葉子どもに呑ませるのは大人としてすごく不誠実な態度だ。

性教育についてググったら「どう教えたらいいかからない」「できれば専門家に任せたい」って書いてる親がたくさんいた。我が子に対して胸張って性を語れないのって、本心では性に対して後ろめたさを抱いている証拠じゃないかと思う。子をつくる行為が人として自然かつ尊いことであって何も恥ずかしくないんだってきちんと確信していれば、君はこうして生まれてきたんだよってちゃんと自分言葉で話ができるはずだよね? そのへん自分のなかでちゃんと整理がつくより先に子どもをつくるのはどうなのかと思ってしまう。

2017-02-08

つくづく世間ってバカだなと思うこと

昨日の帰り道、誰かが落としたであろうパスケースが”落とし物です”と書かれた紙と一緒に電信柱に貼られていた。

先日にも、子供のものと思われる手提げ袋が立て看板に吊るされていた。

こういうことをする人たちは自分が落とし物をしたことがあるのだろうか。

落とし物をした人が血眼になって探しているのは足元だ。

目線の高さに持って行かれたら見つけられるわけがない。



以前に家の鍵を落とした時、3時間以上探し回って見つけられず途方に暮れた帰り道に街路樹の枝にぶら下げられている鍵を見つけたときは安堵感よりも怒りのほうが大きかった。

その街路樹の前なら少なくとも3回は往復している。それなのに気づかなかったのは、落としたのだから足元にあると思い込んでいたからだ。

それを吊るした人はそれで親切心が満たされたのだろうか。

本当に親切をしたいなら少なくとも交番までは届けて欲しい。

しろ何の気なしに歩く人の目に止まりやすくなっていることで、悪意にさらされる危険性が増しているということがどうしてわからなかったのだろうか。



最近ネットを眺めていると、これと似たようなことばかりだということに気付いた。

彼らは問題解決したいのでも困っている人を助けたいのでもない。

自分自己肯定感を満たしたいがために、問題や困っている人を探しているのだ。

そこには解決も救済もない。

自慰行為世間に見せつけて悦に浸っているだけなのだ



これからの世の中は、そうした消費のされ方がより一層進んでいくだろう。

SNSの普及によって世界中が即座につながることができるようになったことで、今や彼らの自慰行為世界規模にまで展開が可能になったのだから

お互いがお互いの人生物語をお互いの自慰行為のために消費し合う世界がすでに始まっているのだ。

薄汚い欺瞞という手垢に塗れたパスケースを電信柱から引き剥がして地面に叩きつけると、高らかに響いたその音が、新たな戦いの始まりを告げるファンファーレに聞こえた気がした。

2017-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20170204164846

おまけにその欺瞞自分普段掲げてるロジックとの矛盾を突かれて

ボコボコにされてる自覚すらないのが問題

恋愛工学はアレだけど、正直、森岡氏もビミョーよ

http://d.hatena.ne.jp/kanjinai/20170202/1486027602

森岡正博さんのブログコメント欄にて。

このブログ記事は、「女性蔑視はやめろ。性犯罪はやめろ。相手自由意志を奪ってセックスに持ち込むのは人権侵害だ」という主張をしておけば済むでしょう。

それにもかかわらず森岡さんは、非モテ男が理想的恋愛セックスをやる方法をについて語っておられます。そこが唐突だし、押し付けがましいし、私はあなたのそういうところが本当にイヤです。

  

>>女性蔑視に陥ることなく、ひとりの好きな人と付き合い続けていけるやり方を伝えよう

>>長続きする恋愛必要なのは相手尊重できること、相手立場に立てること、相手共感できること、相手幸せを願えることである。そのベースができてはじめて、我々は恋愛技術性愛テクニックを互いの快楽のために肯定的に開花させることができる

  

↑ 私はこの手の語り口をたいへん欺瞞的に感じるのです。

藤沢某の"恋愛工学"なんかより、むしろこの語り口のほうが不愉快で、とうてい聞くに堪えられないものです。

私は上記のコメント投稿したが、あらためて解説しておく。

  

まず第一に、森岡は個人幸福政治的正しさをまるで一致するものであるかのように語っている。この点こそが彼の最大にして最悪の欺瞞である

私はこの二つのあいだに深い断絶、矛盾対立があると思っている。ふつうの人は誰しも政治的に正しくないことをやりたい願望があるはずだ。もちろん他人に優しくしたり、社会を良くしたいと求めるのは人間の本性だが、同時にまた、自己中心でわがままな願望を持ってしまうことも人間の本性なのである

森岡が言っている「相手尊重できること、相手立場に立てること、相手共感できること、相手幸せを願えること」は政治的に正しい。これは文句のつけどころがない。しかし、例えば私自身の性的欲望をかえりみて言わせてもらうと、そんなものは真っ平ごめんだ。つまり自分さえよければいい、1回だけセックスできればいい、女をやり捨てしてやりたい」と考えてしまうのだ。あと他には「レイプしてやりたい」という攻撃欲求だってある。

さすがにいささか露悪的な告白になりすぎたが、人の欲望というのは、多かれ少なかれ、政治的に正しくないもの反社会的ものを含んでいる。私は決してこの欲望肯定しろと言いたいのではない。無視するな、ごまかすなと言っているのである

例えば「女性蔑視はやめろ。性犯罪はやめろ。相手自由意志を奪ってセックスに持ち込むのは人権侵害だ」という主張について分析してみよう。これは私のような男の欲望無視していない。きっちりと敵対して抑えこむという形式を取っているのだ。

それに比べると、森岡の語りはこの敵対性をごまかしている。ごまかすどころか、味方のふりをして内心に踏み込んでくる。自分にとって何が幸せセックスなのか、それは私が決めるべきことであって、他人から上から目線定義されたくはない。この点で森岡の語りはデリカシーがなく不愉快だ。

  

第二には、森岡の主張に対し、私は倫理的意味においても反感を覚えた。

エサ(※この場合恋愛セックス)を目の前にたらして、それがほしかったらミソジニーをやめろ、人権思想を信奉しろというのである

これほど人をバカにした話があるか。利益誘導によって人を説得するのは、そうすること自体がきわめて倫理に反する。例えばもし長続きする恋愛なんかほしくない、共感なんかいらない、女性蔑視しながらセックスするのが好きだという男がいた場合、森岡は恋愛工学をすすめるつもりだろうか。

それにそもそも、ここで森岡が使っている“エサ”は空手形に等しい。キモくて金のないオッサンが森岡のメソッド実践しても、まあたぶんぜったいに幸せ恋愛幸せセックスもできない。オッサンではなく若者だって、うまくいかない者はいる。森岡がリベラルフェミニズム正義をふりかざすのは勝手だが、「これを信じれば幸せになれるぞ」という嘘と欺瞞でそれを糊塗することだけはやめてくれ。

  

第三に、リベラル観点から考えてみるなら、森岡の言っていることが正しいかというと疑問符がつく。

森岡のブログ記事は性暴力ダメ人権侵害からダメという政治的な話をしているのかと思ったら、唐突に“僕の考えた最高のセックス”について語り始めた。そしてこれがいかにもポリコレに沿ったものであるからリベラル思想の信奉者たちに受けがよさそうなものだった。

しかし、私は森岡の持論をむやみに賞賛するのはよくないと思う。本来リベラル立場としては、性暴力などの明らかな人権侵害を<悪>と定義してそれを法律抑制するとか、女性差別についてもやはり<悪>と定義してそれを無くしていく方針をとるべきだ。この方針は、個人がそれぞれ内心に持っている<善>・<幸福>の価値観に介入するということと、いくらか重なりあう部分もある。だが、この二つを混同してはならない。われわれが社会構成員に対して<悪>の定義強制することと、<善>・<幸福>の定義強制することは、根本的に性質が異なる。

森岡があの記事で語っている“僕の考えた最高のセックス”の主張は、あからさまに後者に該当する。リベラル立場からは「性暴力犯罪だ」とだけ言っておけばすむし、仮になにか道徳的言及をするとしても「女性蔑視はよくない」という話に留めるべきだ。そのさきは個人自由にゆだねればよく、むしろ安易に優劣をつけたり価値判断をはさむことは慎まなければならないだろう。だから森岡のように「政治的に正しくて理想的セックスを目指しなさい」などと他人要請するのは不適切なおこないだ。

  

第四に、森岡は不謹慎である

彼が非モテの男にアドバイスをすること、“僕の考えた最高のセックス”を力説することは、まったくの自由だと思う。しかし、それは現実に起こった性犯罪事件からめて言うべきことなのか?

森岡は自著『草食系男子の恋愛学』を引用して、「女性蔑視に陥ることなく、ひとりの好きな人と付き合い続けていけるやり方」をすすめている。たしかにそれ自体は素晴らしいことかもしれない。だが、それは性犯罪とは直接関係がない。

これは性犯罪があったとき、男に代替となるセックスの利用をすすめる論法に似ている。すなわち、「風俗に行けばレイプなんかしなくてすむ」とか「嫁か彼女をつかって性欲を発散しておけ」というゲス意見のことだ。もしそれを真顔で言っているならばドン引きだけれども、森岡が今回やっていることからはそれに通底するものを感じる。

  

  

参考:この増田タイトルは、id:zaikabouさんのブコメから拝借しました。

2017-02-01

東大卒だらけの職場でぜつぼうする

私の職場のひとたちはやたら高学歴で、東大東大慶応京大…みたいな感じ。

頭が切れて、しか出世するような人たちなので

みんなすごく能力高くて、決断は早いし、どんどん無駄をなくしていくし、めんどくさい人間関係もない。

部下として働くぶんには、もうサイコー

私はもともと、かなり低いところから出てきたので

やっぱ高学歴にはかなわねえや、高学歴ブラボーと思っている。



でも唯一、かつ、決定的に困っていることがある。

あ、編集者なんだけど、

格差社会とか機能不全家族についてとかの企画めっちゃ通しにくいのだ。


前述のとおり私は「下」の世界に生きてきたので

その世界にこそ、言葉知識を届けたいと思っている。

編集者としての才能は正直ないんだけど、

たまたまメディアという「権力もってる側」に配置されてるので

せめて自分がそこにいるあいだは、それが仕事だと思っている。



でもさ、高学歴の人びとからは「下」の世界なんて見えないし、

見たことないし、見る必要もないんだよね。



何百万部も売れるなら、彼らはぶっちゃけなんでもいいんだけど

残念ながら格差社会もの毒親ものって、ごく一部を除き、そこまで売れないか

なんでそれにリスクかけなきゃいけないのか、わからないよね。

そういう「よくわからないもの」に投資するのは会社にとって正しくないことくらい、私でもわかる。

第一、私が届けたいのは「本を読まないような家の子ども」とかであり、

ウェブなら、漫画なら読むかなとかいろいろ思うんだけど、まあ儲かる気配はしないわな。



お金持ちのひとがもっとお金持ちになったり、誰からも愛されたり、定時で帰れたり、マインドフルになったりするよりも、

やらなきゃいけないことがいっぱいあるんだよ。それは権力をもっている人にしかできないんだよ。

その人たちはその世界想像できないんだよ。それは無理もないよ。

から想像できる奴が想像させるしかないんだよ。なのに私は!!!



とか食堂のおばちゃんに愚痴ってたら、

権力とか届けたいとか思い上がりも甚だしい。そういうのを知の欺瞞っていうんだ。

って言われて、知の欺瞞はまた違うんじゃないかと調べたらやっぱり違ったよ、おばちゃん。

2017-01-30

難民受け入れ差別無しには絶対に実現できない

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/ASK1Y2JPTK1YUHBI006.html



独身男性対象外というカナダ移民受け入れ

全入前提にやったら破綻するのは火を見るより明らかなのに、それをやって案の定大失敗ぶっこいたのがドイツ

それを見ていて何の対策もせずにまた全入やったらバカの上塗りだろ。



だが、批判意見もよく分かる。

難民受け入れを「人道」とかいうのは偽善欺瞞だっつー話。

結局トリアージしなきゃ実現できないのよ難民保護なんて。

しかも、医療行為ならまだ生命危機度合いという多少は説得力のある優先決定の客観的指標があるからいいが、

難民だとどうやっても人間品評せざるを得ないからな。

人道行為非人道的行為によって達成しなければならない。



この矛盾から目を背けている限り、

人助けだの人道だの言ってる連中は詐欺師と変わりない。

100点か0点かという議論詭弁だよ。

このカナダ判断擁護するには「多少は差別しなきゃ難民は受け入れられない」という逆ギレでもしない限り不可能なのだから

2017-01-29

「はたちの献血」の大ウソ

「はたちの献血」というキャンペーンがある。若者献血に行ってもらおうというキャンペーンだ。

このキャンペーンで一つだけ許せないことがある。

ここに出てくる輸血を必要とする人々は、みんな子供であるウェブページ子供の声ばかりだ。

とどけ、いのちへ。|【日本赤十字社】平成29年 「はたちの献血」

これはとんでもない印象操作だ。実際に輸血を受けているのはほとんど高齢者だ。例えば東京都統計を見るがいい。

東京都輸血状況調査結果 東京都福祉保健局

輸血を受けた患者の84.5%が50歳以上だ。さらに言えば50%以上は70歳以上の患者に使われている。輸血の需要実態高齢者ほとんどなのに、はたちの献血キャンペーンでは全体の10%程度でしかない未成年しか使っていない。これは実態に即していない。

勘違いしてほしくないのだが、子供を使うのが欺瞞だと言いたいのではない。主たる需要である高齢者の声を伝えるべきだと言いたいのだ。どうして大需要である高齢者の声を無視して、子供の声ばかり流す必要があるのか。(なんとなく察する部分はあるが)

献血制度本質は若年層から高齢層への医療搾取にあることはもう隠しようがないのだから、せめて高齢者から感謝気持ちをきちんと伝えるべきではないのか。

今日イオンシネマではたちの献血CMを見てモヤモヤした。

2017-01-24

anond:20170123202357

「あの物語の中で、「えんとつ町」というのはむしろ「狭い世界」です。」

言葉遊びはしなくていい

言葉遊びではなくて、物語自体がそういう話なんですよ。

冒頭に「4000メートルの崖にかこまれ、そとの世界を知らない町がありました。」とあるでしょう?

町の外には「ホシ」というすばらしいものがあって、それを見つけに行く話です。


から「えんとつ町=閉じられた狭い世界」で、そこから広い世界へ飛び出して行く話なんですけど、

ここまで丁寧に説明してあげないと理解できないですか?


おまえがそういう感想を抱いたのは結構だが、それが絵本として致命的かどうかという根拠には全くなっていない

「絵」を楽しむ絵本で、同じような絵柄のページが続くがマイナスなのは、当たり前ですけどね。


意図的にそのようにすることもありえますけど、この絵本ではそのような意図は私には見受けられません。

同じような絵柄を続ける必要性は、何かありますか?

その必要性があるとあなたが思うのならば、あなた見解を教えてください。


「「君の名は。」に対する「監督高校時代楽しい恋愛をしたことがない」の解釈が駄目なのは、それは事実と反するからです。」

何を根拠事実と反するって言ってるんだ?

ソース出せよw

あなた、何にも知らないで言ってるんですね。

この記事をどうぞ。

http://lite-ra.com/2017/01/post-2839.html

コミュニカティブ(話し好き)で何人もの女のコと付き合っていたりなんてことはなかったですが、逆に女のコとの総会話時間10分で、その鬱積を創作活動にぶつけていたとか、そういったこともなかったんですよ。残念ながら中途半端学生生活でした(笑)。両極のいずれかに突き抜けていれば、ネタとして面白かったんでしょうけどね」


作品しか見ない読者にとっては知ったことではない見立てだがなw つまり作品単体への評価にはなんの影響も無い)

作品しか見ない読者にとっては知ったことではありません。その通りです。

表面的な読み解きしかしない人は、表面的な評価しかできないでしょう。


でも、私は作品周辺情報を含めて読み解き、解釈をし、あのような評価しました。


あなたは「作品単体への評価にはなんの影響も無い」と言いましたが、

そもそも、私は「作品単体」のなかにある主張に対してしか否定的評価をしていません。


自分の実力以上に、上から目線物言いをするから西野は叩かれる」

これはなんだ?

根拠無いんですけど

https://www.youtube.com/watch?v=cdXj6sTKf_A

「(ディズニーを倒すまで)あとチョイだな、ぐらい」

ディズニーとの差は『好感度』だけ」


https://www.youtube.com/watch?v=cdXj6sTKf_A

「いまコイツウォルト・ディズニー)1位なんで」

「まずコイツには勝ちたい」


コイツ」という物言いも酷いですが、本当にディズニーを抜いて1位になれるぐらいの実力があるのならば、すでに世界的に有名なクリエイターになってるはずですよね。

現時点でそうなっていないのは、私の評価ではなく「客観的事実」です。


もちろんあのような放言には、意識的炎上をねらっている部分はあるのでしょうが


作中で主人公二人はだいそれた発言などしていない

ただ臭くて汚いか迫害されている

あなた・・・本当に何にも分かってないんですね。

このような描写をしているからこそ、この物語醜悪なんですよ。


作者が、主人公自分を重ね合わせて、迫害や不遇に抗うような話は他にもたくさんあります

それが、作者自身が不当な迫害に遭っていたり、生まれ持った不遇があるなど、例えば人種国籍による不当な差別や、生まれもった体の弱さ、醜さ、貧しい生い立ちなどがあるのならば、その作品にはリアリティが生まれ、同じような境遇の読者に対して勇気や感動を与えるでしょう。


でも、西野氏の炎上「自らの言動によって「自ら招いたものです。

まれもった境遇など、「避けられないもの」ではありません。


にもかかわらず、この作品では「ただ臭くて汚いか迫害されている」とけがたい事情による不当な扱いとして描いているからこそ、この作品欺瞞に満ちた自己正当化物語だ、と批評しているのです。

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