はてなキーワード: 寝技とは
でも、大概はルールに明記されるので、仕方無いなーとなる。対応できるのも力だろう。判定方法がクソなのは流石に柔道連盟やIJFも認めてるだろ。何度も問題になってるし。
しかし、個人的に一番嫌いなのが。「審判の匙加減でどーとでもなるルール」が周知されない点。
特に、『指導』というルール。これ、つまり反則をポイントに変換するよーってルールで。これだけで試合決まるのが多い。ってか、指導を奪って勝つっていう概念があるくらい大事なルール。ほぼポイントと変わらない意味がある。
で、この指導ってのはつまり反則だから、いくつか反則の種類があるんだけど。「ここが審判の匙加減に大きくよっている」という現状がある。
分かりやすい指導ってのは、問題ない。「ピストルグリップで攻撃しないの禁止ね!」って言われたらピストルグリップしなければいい。「頭抜いたら一発で指導ね!」なら、頭抜かなければいい。「両手で組手切るの禁止ね!」これも若干分かりにくいが、まあ、分かる。
しかし、分かりにくい指導ってのがある。しかも、ほぼ柔道のゲーム性を決めているのがクッソいやらしい。
「6秒以上攻めないの無しね!」たとえばこれ、昔は全然取られなかった、組み手争いっていうつかんだり、離したり、距離とったりってのも攻防の一部だからっていう理屈。でも、最近は組んでいても技に入るなり、がんがん動くなりしないとダメ。しかも、ダメかどうかは審判のその日の気分だったり、国際的な『風潮』とかいうものだったり、審判の厳密さだったり。つまり、大会や時期ごとに全然違う。それは、つまり、ルールに書いてないけど、空気を読めということになる。普段から柔道の試合を見まくれるプロとかなら問題ないが、素人がこんなものに振り回されて、また視聴者やファンも理解できないルールでやられて、たまったものじゃない。練習もこれにあわせてやらなきゃいけないのに、現状、対策がマジでない。早いタイミングで取られるらしい、という物凄く良く分からない空気でやっている。
「かけ逃げ禁止」。このルールも分からない。どこまでがかけ逃げかどうか、ってのは、これもまた審判しだい。現在のルールでは、あまり組まなくても、即効技に入るのが大事なため、かけ逃げと紙一重な技が多い。そういう技を練習することになるので。大会でかけ逃げが厳しく取られたらそういう選手は終わる。また、かけ逃げの基準も、物凄くあいまいというか、不合理で。手の一部が服にかかっていればかけ逃げじゃなかったり、完全につかんでいないとダメだったり。巴投から寝技も、『巧みに(当然主観)』入っていればセーフだが、巧みであっても、2、3回だとかなり心象が悪く、逃げているととられがち。しかも、巴の場合、時間つぶしと紙一重なので、巴投中心で練習している寝業師ってよばれる一群の場合は、かけ逃げととられない場合が多い。つまり、プレイヤーのタイプによって、取られない取られるが決まったりする。ルールってそういうもんじゃないでしょ。
正直、これどうなのって思うよ。指導ルールは流石に明確にしてほしい。柔道を見る側にもやる側にもクッソつまらなくしてる。本当に、これ俺が個人的に思うだけでなく、古参の人達は結構納得いってなくて、でも国際準拠だからしかたないなってやってる。
脚取り禁止になった時点で相当怪しいもんだって思ったんだけど。きっちり組んで投げましょう。って聞こえはいいんだけどさ。使える技術、組み手の妙味みたいなの消えちゃって、柔道のいいところ死んじゃったわけよ。柔よく剛を制すって、これ脚取りあっての話だったんだけど、脚取りなくなると、チビがデブに負けますっていうことしか残らないよ。組んだら負けるんだから、組み手争いで切ったりして崩してたんだけど、これなくなったら、崩し無理だよ。デブや筋トレしてる方がが勝つ、技術より筋肉や体重になる。
僕は数年来のにわかボクシングファンだけど、年末ボクシング商戦とTBSの現状について語ろうと思う。
まず、確認しておきたいのが日本ボクシングの歴史において、現在は非常に盛り上がっている時期だといえる。
理由としては、日本の総合格闘技の凋落と日本人ボクサーの世界における相対的なレベルの向上が挙げられる。
00年台の日本格闘技といえば、総合格闘技全盛だった。立ち技系のK-1と寝技ありのPRIDEという2大団体だ。
かつてはこの2大団体が興業としても、選手のレベルも世界でトップクラスだった。そのため、年末の格闘技放送は総合格闘技+泡沫色物プロレスがメインだった。
しかし、ヤクザ問題やUFC等海外団体の台頭など色々あった結果、K-1もPRIDEも消滅した。後発団体ももはやかつてのそれほどの求心力は持ち合わせていなかった。
そして、時期を同じくして日本人ボクサーのレベルは急上昇した。
かつてはファイティング原田や浜田剛史、具志堅用高など日本人ボクサーのレベルは世界の中でもレベルが高かったが、日本人ボクサー冬の時代が訪れていた。
世界的にはボクシングチャンピオンというと、各階級ごとに4つの団体があって、その一つを保有することで世界チャンピオンになれる。
WBA、WBC、WBO、IBFの四団体で、さらに暫定王座やスーパー王者などがあり、世界チャンピオンは階級に一人ではないのだ。
冬の時代のボクサーはこのうち最も弱いチャンピオン(俗に穴王者と呼ばれる)を狙って世界戦をしていた。
それでも勝ち切ることができなかった。勝ったとしても、防衛戦が待っている。そこでも弱い相手を迎えるのだけれど、負けてしまうことが多かった。
日本人チャンピオンの数は冬の時代に比べて格段に多くなり、さらに防衛戦でも勝ち続けているのだ。
それだけにとどまらず、世界戦で強い相手と試合をすることがとても多くなった。
軽量級世界最強と呼ばれるローマン・ゴンサレスとマッチメイクをした八重樫東の世界戦は記憶にあたらしい。
それは、今の世界ボクシングの風潮がビッグマッチ思考といって、世界王者であるということよりも、実力者に勝つことが重視されることもあるだろうし、アジア人のマニー・パッキャオが世界トップクラスのボクサーとして評価を受けていることもあるだろう。
日本人の西岡利晃がメキシコでジョニー・ゴンサレスを、ラスベガスでラファエル・マルケスを破ったこともあるだろう。
なにはともあれ、日本におけるボクシングの注目度は今世紀最高であるといっても過言ではない。
さて、こうしたわけで年末の格闘技には当然ボクシングが放送されるわけだが、テレ東、フジ、TBSの3局がボクシングを放送する。
TBSが育てたチャンピオンとして最も有名なのが亀田兄弟である。
放送権をTBSが囲い込み、対戦相手は徹底的に弱い相手を選ぶ。後はキャラクターと試合前の煽りVTRで視聴率を取る。
試合は日本で行われ、判定に持ち込めば地元判定と謎の疑惑判定で有利に戦う。これぞボクシングの黒い部分だ。
しかし、亀田兄弟はやり過ぎた。日本ボクシング協会の逆鱗に触れ、日本追放された。
手持ちのボクサーが失われたTBSは新たな手駒として井岡一翔を中心とした井岡ジムの囲い込みに出た。
井岡一翔は若手の中でも実力者で、ファンの中でも評価は非常に高かった。かつては。
しかし、井岡一翔もTBSボクサーに成り果ててしまった。マッチメイクは段々とレベルが落ち、弱い相手としか戦わなくなった。
その上、弱いと思った相手が想定外の奮闘をした結果、一方的な内容で負けてしまった。なぜか判定は僅差の判定だったが。
そのTBSが、ボクシングを愚弄しているとまで言われたTBSが、年末にギレルモ・リゴンドーの試合を放送する。
これはかつて東京でマイク・タイソンが世界戦をした以来であると言っても過言ではない。スター性は別だが、傑出度とクオリティという意味では間違いないだろう。
ここでギレルモ・リゴンドーの紹介をすると、アマチュア時代にあらゆる大会で勝ちまくり、キューバから亡命して鳴り物入りでプロデビューした。スター候補としてだ。
その目論見は半分はあたった。リゴンドーはプロのリングでも無類の強さを見せ、かつて日本人ファンの期待を一身に背負った西岡利晃を寄せ付けなかったノニト・ドネアを完封した。
この一試合でリゴンドーの名は軽量級最高峰として轟いた。かに見えたがリゴンドーはスターにはなれなかった。
その試合内容があまりに堅実で、テクニカルで、盛り上がりに欠けたからである。
打たれずに打つというボクシングの本質を体現したリゴンドーの試合はその完成度と裏腹にエキサイトできないものであった。
結果的にリゴンドーはアメリカのスター戦線、ドル箱スター街道から干されてしまった。ショービジネスの悲しい側面である。
あのリゴンドーが地上波で見られるというのは恐ろしいことである。
あろうことかこの放送をスポーツバラエティ番組とバーターにしてしまう所がTBSのTBSたる所以なのだ。
井岡は名も無きロートルとノンタイトルマッチを組み、リゴンドーは名前も出ない。もう一試合にはノーコメント。
せめて井岡だけでももっとエキサイトできるカードを組めば、年末ボクシング商戦で頭一つ抜けられるところだろう。
ボクシングなんて野蛮なものは見ないというはてなユーザーに年末の注目カードを伝えておく。気が向いたら見て欲しい。
日本人最速世界王者に加え、マッチメイクが素晴らしい。強い相手としか戦わないという宣言通り、強い相手と戦い続けている。今回のナルバエスも王座11度防衛の強敵だ。
そして八重樫東。軽量級最高峰との呼び声高いローマン・ゴンサレスと戦い散るも、その勇姿はファンの心を踊らせた。回転の早い連打に注目が集まるが、フットワークを使ったアウトボクシングが光るスピード溢れる選手だ。
ホルヘ・リナレス(これ放送するのか?)は日本人に馴染みが浅いが、幼い頃から日本のジムで練習を積んでいる。ハンドスピードが早く、スタイリッシュなボクシングを展開し国内では敵なし。海外でも有力選手を退け、スター街道を歩むかに思えたが、打たれ弱いのが玉にキズ。イケメン。
そしてリゴンドーだ。天笠選手はここでいい結果を出せば一気に世界に名が広まる晴れ舞台だ。
さて、年末が楽しみですね!
男です。いない暦=年齢(大部分顔面というよりは、性格&回避性人格障害的な傾向によっている)。結婚もやる気ない(手が届きそうな底辺女性への主に性格メンでの幻滅&レベル高い女には俺は相手されない→結婚やる気なし)
実際これは変わらない結論だし、そういう奴も多いのが現状じゃないかな。そこで、いかに性欲や年齢の適齢期を乗り切るかが戦略として必要となる。
主な障害としては「性欲」「女と交流したい欲」「劣等感」「痴漢など犯罪に走ってしまうリスク」「子供を持たないことへの喪失感」「孤独死等の一人でいることのリスクへの対応」などか。
いわゆる恋愛の欲求とか、女性からの思いやりみたいなのはイケメンしか満たされない感じだろう。
フツメンも妥協すれば可能かもしれないが、それよりは二次元のほうがいいと思う。
おおよそ1週間に1回はデートしたいですねえ、二次元の女の子と。ある程度仲がいいエロゲーを積んでおいて、都合のいいときにデートって感じだけど。
ある程度口説く時期がほしいから、土日でなんらかのゲームでルートに入るなり、アニメで萌え豚化して、平日はアフターファイブでのデートを楽しみにする感じかな。
性欲解消のメイン武器。多少のむなしさが残る。
やりすぎると逆に性欲の解消効率が落ちるが、やらなすぎると痴漢などに走るリスクがでてきてしまう。
おおよそ朝晩1回ずつ抜くのがデフォルトかなあ。
土日はむしろエロゲーの共通こなしに力を入れるのがいいだろう。
人間と違って自分が受け入れられているのが分かりやすいし可愛がっても拒否もかわいいもの。
人肌の恋しさに対して。
できるだけ、普通のセックスじゃなくて、赤ちゃんプレイとか、妹と近親相姦とか、そういうプレイ系にしておくとプレイのなかで人肌が解消
月2,3回で1回2万とか
女とのリア充しか許されない会話が行える。ある程度風俗の回数を減らせる。
でも酒飲むと次の日のクオリティが下がるから1,2杯ですませる。
格闘技の寝技をやってると、なんか俺ホモじゃないか?っていう感じで気持ちいいしすっきりできる。
男同士に走れれば結婚しなくていいから楽だろうなあって感じる。
ホモになりてえ。
1位 モンちゃん
『ザワールドイズマイン』の主人公。 原始人みたいな動きと考え方で、大量殺人や大量爆破、警察署乗っ取り等等やらかす。
2位 タッソオ
モテまくり、才能認められまくりなのに、猜疑心から冷静さを失い問題行動を起こしまくり、どう考えても損なんだけど破滅に向かって突き進む。
現実が信じられなくなってくるっていく様子が非常に分かるし、また行動の破滅っぷりもカタルシスが素晴らしい。そして本人にはまったく悪気が無いところも評価が高い。
3位 バキ
イケメンっぽい雰囲気だけどイケメンではない。一本筋が通ってる生き方のようで理屈がことごとくずれてる。
最初のころはこの漫画に影響されて炭酸抜きコーラを飲んだりしたんだけど、主人公がだんだん頭おかしくなって、カマキリ出たあたりでどうしたんだろ、、、と心配になったのもいい思い出。
4位 黒須太一
障碍者に優しいのは、障碍者の気持ちがわかるから。というような雰囲気だけど、じっさいは周りに合わせられる自分を作ることで人間性を取り戻そうとする。という異常性が面白い。
やさしいようでいて、まったく優しくないという人間の業レベルでの深い人間性と教養を感じる語り口が素晴らしい。
同ゲームの支倉曜子も素晴らしいってか、このゲームは全部キャラ素晴らしかった。
5位 エディーブラボー
実在の人物なのでキャラではないかもしれないが。格闘技の寝技における革命を起こした。
柔術をやったことが無い人に魅力を伝えるのは難しいが、「コブラツイストを実践レベルにまで仕上げた」「レスリングと柔術を巧くミックスした」等等数え上げればキリがないが、どうしてそんなこと思いついたんだ?という長大かつオリジナリティ満載のワザ体系がすばらしい。しかも、完全に基本的な柔術とはズレタワザ体系であるために身に着けるのが結構難しいし、体の柔らかさが求められる。
人間の意識に反した体の動きをする技術体系なため、見ていてひきこまれる。 どうやったらこんなことを思いつくのか非常に不思議でそこに魅力を感じる。
元増田やけど。
まずもって、無視()はあんまどーでもいいってか。それヌルすぎ。
暴力とか金をせびられるとか、そういうんじゃないなら、別にいいんじゃねーの、やられても。
暴力を振るわれる生活に比べれば、リア充生活できない()とかどーでもいい、机に突っ伏してずーっと寝てればいいじゃん
仮にやられたとして、靴隠しとか、○○菌とかか。
その場合、暴力のバックグラウンドがいれば、犯人を特定した瞬間に相手を責め続けられる。
相手が悪いことしてるんだから、正面からどうどうとひたすらそれを攻めれば、ガキは感情的にキレル。
これができるのがでかい。
高校のころ、俺はアメフトやってる3人あいてに堂々と正面から正論いいまくってたよ。
暴力的な相手だったし、一回殴られたけど、その場で押さえ込んでバレないように呼吸できなく口をふさいで圧倒したわ。
相手体重100キロくらいあったけど、まったく怖くなかった。勝てるって分かってるから。
その後は、毎日毎日、「俺に喧嘩売ったけど速攻組み伏せられて弱い○○君!!!!」って大声で毎日煽った。クラスの皆の前で毎日大声で煽った。
当然キチガイ扱いだし、先生にもなんども呼ばれたが、「相手が悪いことをしたし、俺はあいつより強い」の一点張りで言い続けた。
ちなみに、柔道やブラジリアン柔術の場合、殴ったりしないし、傍目には何やってるか分からない(組み手、関節、寝技は素人が見ても暴力なのかなんなのか絶対分からない)から、正当防衛かつ、自分は何もしてません、って主張できる。
第1試合
工藤(流石に工藤が勝たないとだめでしょw梶原は見せ場もなく一瞬だとおもわれ)
第2試合
十兵衛(流石に主人公残るだろうけど、佐川にどうやって勝つんだ)
第3試合
第4試合
金隆山康隆 vs. 川口夢人
金降山(意外とでも、川口の凶暴さとかがあらわになって、相撲の指食いちぎったりしそうだよなあ)
第5試合
芝原剛盛 vs. 上杉均
芝原(流石に上杉みたいなかませには負けられんだろw)
第6試合
関(本当は佐川っぽいとは思うけどでも作者的に柔道は勝たせたいだろうから関かも。次に控えている柔道vs合気道 がおもしろすぎるから。関の寝技が通じない展開か?)
第7試合
反町(反町のキャラがいいからたぶん勝たせるwデラヒーバで昔勝ったらしいから、こんどはベリンボロとかやりそうw)
第8試合
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まあ、そうなったとして。
工藤vs十兵衛
まあ十兵衛でしょ(あの時の俺とは違うぜ的な)
芝原vs柔道(ってかたぶん柔道vs合気はやらせたいだろうからこれだろうな。)
芝原(指取りの複雑さが組手を進化させて~~とかの理屈が出てきそう)
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まあそうなったとして。
十兵衛vs文学
十兵衛かなあ。
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まあそうなったとして。
十兵衛vs里見
十兵衛(う~んw厳しいw)
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十兵衛vs田島
田島(こりゃ無理だろw)
元増田だけど、思った以上にバズってて驚いてる。
俺が顧問の手で生まれて初めて首を絞められた12,3年前、ここまで体罰は問題視なんかされてなかった。
田舎の中学ってこともある。親が頭下げて、「こいつをビシバシ鍛えてやってください!」なんていう時代だしね。
まあ当時の恐怖と怒りに任せての誇張も、客観的に見ればかなりあると思う。その後顧問は、厳しく接すると部活サボるようなニューエイジの悪ガキどもを指導するにあたって、もっとソフトな指導をするようになったらしいし、今はそういう理不尽な指導はしてないだろう。顧問に恨みがある、ってのとも違う。
ただ、自分の人生は、あの三年間で、あるスティグマを植え付けられてしまったと思ってる。
それは、威圧的な人間に対して徹底的に下手に出てしまう癖がついてしまったことと、捕食されかけの草食動物みたいなパニック癖がついてしまったこと。
体罰モーマンタイの時代ってこともあるが、うちの柔道の指導ってのはこうだった。
「おい○○、さっき相手を投げられなかったのは何でだと思う?」
「そうじゃねえだろう(バシっと頭を叩いて) 腰が引けてたから手で投げてただろう、違うか?」
まあ、こんな感じ。
こんな環境に三年も置かれると、弱気な奴は相手が手を高く上げただけで、身をすくめるようになる。(顧問も、部活の引退後に、まあ冗談か親愛のつもりで腕を振り上げて、身をすくめる俺を見ながら「大丈夫だって、何もしないって」と俺をからかっていた。同級生にもよくやられた)
で、相手が高圧的な口調だと、謝らないと、もっと殴られる、と思うようになる。
この性質って、ビジネスの世界じゃカモになってくれって言ってるようなものでしょう。
上司が「この数字だけどさ」って質問した時点で、殴られる?殴られる?モードに入っちゃう。つれーわー、ホウレンソウになんなくてつれーわー。
で、パニック癖ってのは下手に出る癖に比べれば、まあかわいいもんだ。
大学時代、デカいし柔道経験あるってんで、友達の入ってる総合格闘技研究会みたいなとこに遊びに行った訳よ。
で、柔道経験もあるし、先輩と軽くグラウンドの練習でもしてみる?って話になった訳。俺も初段持ちだしね、たまにはいいかなと思ってちょっと張り切った訳よ。柔道経験者だし、関節OKでいいっすよー、って俺も調子こいた。
だけど相手とは土俵が違う、あっさり腕ひしぎを取られちゃった訳だよ。
その時、俺は腕ひしぎから、必死で逃れようとして、相手した先輩は慌てて腕を放して、俺に注意した。
「危ない危ない、自分が説明しないのも悪いけど、関節が入っちゃったらタップしないと! 暴れたら本当に折れちゃうよ?」
柔道やってた俺に、参ったなんて、許されてなかったのよ。
中学柔道では絞め技が許されてるけど、絞め技はタップしたら負け。だから、絞めを掛けられたら、外すか絞め落とされるかの選択肢しかない。
顧問とか学校外の指導者と寝技練習してて、首に隙があるとするよね。すぐに絞めてくるの。で、タップするじゃない、中学生が。
「お前参ったして負けるのか? おい負けるのか? 絞めを外せ!」
指導者にもよるけど、八割方逃がしてくれないの。逃げるか、絞め落とされるかだけ。タップなんて無視されるだけよ。
気道を圧迫され、頸動脈を締め上げられて脳への血流が遮られる中で、落ちるまでに絞め技を外すしかない。呼吸困難状態でパニックになりながら。
その精神状態が蘇ってさ、相手の先輩が落ち着かせようとするのもお構いなしに、「す、す、す、すいませんでしたあぁ。参ったは許されないので、逃げるしかないと思ったんですううう」って、大の男が泣いちゃって。まあそれで沙汰止みよ。
俺の人生がそんなにうまく行ってないことについて、自身の資質に相当問題はあると思うんだけど、「この三年間を、もっとアサーティブに過ごせていたら」ってたまに後悔するよね。甘えなのは百も承知で。
中学校時代、「デブだから柔道をやれ」と顧問に目を付けられ、親まで巻き込んで柔道部に入れられた。
ランニングだの受け身だのの基礎練習はキツかったが、まあそれはいい。
問題は、その三年間で、柔道を以下のような行為と理解した。せざるを得なかった。
初めての寝技の訓練で、顧問と寝技の乱取りをやっていた時のこと。
講師に抑え込まれて「ぐっ」だか「くっ」だか、悪態めいたうめきが口から出てしまった。
その瞬間、顧問がキレた。「てめー、指導者に向かって何だその口の利き方は!!」
寝技の訓練では抑え込みから逃げ出す練習の筈だったのに、いきなり首を絞められた。
まだ13歳のガキを、柔道経験者の大人が、いきなり絞めに来たんだ。
で、かろうじて絞めをふりほどいたら、「まだ終わってねえぞコラ!」とまた首を絞める。
息はできない、のどは苦しい、顔に血が集まって視界は白く濁り、「死」の文字が頭に浮かぶ。
逃げては絞め、逃げては絞め、ついに俺は、初めての寝技の練習で、逃げ方を習っても居ない絞め技で落とされた。
次に意識を取り戻した時、顧問は俺を睨みつけながらこう言った。
「お前がふざけてるからそうなるんだ。わかったら反省するまで立ってろ馬鹿者!」
その後、絞め技で目に血流が偏り、両目の毛細血管がブチブチ切れて内出血したが、特段休むこともなく練習に放り込まれ続けた。その時わかったよ、部活ってのは恐怖で統治して、相手に憎悪を刷り込んで戦わせるもんだって。柔道ってのは審判が止めるまで戦い続ける、ルールのある殺し合いだって。
そして、その後3年間、「指導」の名の下に、顧問に圧迫されながら柔道と言う牢獄に俺は放り込まれた。
その後、地域でもそこそこ強くなったけど、もう二度と柔道はやりたくなかった。
柔道から解放されて高校に入る時、もう俺は自由なんだ、って叫びそうになったよ。
顧問がビンタしてる動画があったろ? あれに実際にギリギリ絞めるとか寝技で胴体圧迫するとかを加えるのがうち中学における、柔道の一般的な「指導」スタイルだったよ。柔道はルールのある殺人だってことを教えてくれてありがとうT先生、俺はもうやらない。
自分はしょぼい柔道の大会3位程度の実力しかなかったが、面白かった。
①小内刈
小内刈が得意だった。 相手の足が出てきたところを、あるいは相手の足が地面につく寸前を刈る。
片襟からでも出せるようになると、一本背負いとのコンボが出て、かなり有利になる。
小内巻込を覚えると、さらにワザが広がる。 巻き込む足の取り方、決め方にバリエーションがでるからだ。
小内巻込を覚えると、いろいろな巻き込み技も同時にできるようになる。
小内が慣れてくると、逆足での小外がかかるようにもなった。 これで、相手が足を出さなくても、両方の足に足技をかけることができて、常に相手に前傾姿勢をとらせることができた。
②背負投
背負は初めのころなかなか決まらなかった。 踏み込みはできたが、もう一方の足がおっつかないのだ。 後にわかったことだが、自分は先天の障害で、左足に力が入らない筋肉があった。 そのせいで足が追いつかずつぶれてしまうのだった。
しかし、慣れればできるもの。 最初は膝をついた不格好な背負だったが、できるようになった。
そして、小内がこなれてくると、小内フェイントの背負いがきれいに決まるようになった。
おそらく、筋肉がついたことで、相手を持ち上げる筋肉の閾値を超えたのだろう。
それからは、バリエーションが急増した。 逆背負、韓国背負、片襟かつ一本でない背負、首投、ビクトル投、等等。 背負系のワザはかなり得意になった。
③袖釣
袖釣りは、背負を覚えてしばらくして使い出した。
背負と逆方向に投げるワザだ。
たいていの相手は、右が左、どちらかの防御が弱い。 左右にあおり続けると、どちらかの重心が崩れやすくなる。
袖釣は、普通のやつはできず、両袖を持った袖釣しかできなかったが、それでも十分だった。
さらに時間がたつと、丸山スペシャルという、袖釣の変形を覚える。 これと左小内巻込のコンボで、かなりの相手に対応できるようになった。 自分よりどんな強い相手でも、有効くらいは狙えるくらいになった。
さらに時間がたち、野村スペシャル、中ノ森車、足を持たない肩車なども覚えて、このあたりの変化でかなりの相手をとらえられるようになった。
④寝技
自分が一番得意なのは寝技だった。 だが、試合では決めたことが無い。 ブルペンエースだった。 柔道では、寝技をねちっこくやっていたら待てがかかるので、試合では使いずらいのだ。
そりゃそうだ、こっちはブラジリアン柔術をやっていたのだ()
スパイダーやオモプラッタ、またくぐりなど、相手が知らない技をガンガン出して余裕だった。
寝技はみんなキツイキツイと言っていたが、自分には休み時間と変わらなかった。
寝技は知識だけで圧倒できる分野だったのだ。
いじめで人を殺し損ねた。
ある時はとっくみあいになって目を潰すつもりでケリを入れたし、
ある時は舌を噛み切らせるつもりで頭突きをかました。
殺すつもりだった。
だけど彼らは大したケガはしなかったし、おかげで僕は「少年A」にならず、
今はいじめなんてなかったかのような、平穏な暮らしをしている。
そう、僕はいじめられていた。
解決?
少なくとも、いじめられている事実をできるだけ僕のプライドが傷つかないように公表して、
親になんて恥ずかしくて相談できないし、解決にならない。
今でもそうだが、昔から口べたな僕は、
もし先生に「○○君らにいじめられています」と言ったとしても、
その後どんな言葉を続ければ、この苦しみが理解してもらえるのかわからなかった。
ちっぽけな自尊心と、無理解への恐怖は、相手と同じ、いやそれ以上の暴力として発揮するしか突破口がないと思った。
いじめといっても、マンガやニュースで出て来るような葬式ごっこやら上履きが消えたり、
学校は楽しかった。それなりに仲のいい友達もいて、でも一部に暴力を奮ってくる奴がいる。
たしかに「じゃれあってくる」奴もいた。彼らのことは僕も嫌いじゃなかった。
たまにイラっとくることもあったが、たしかに彼らは僕と遊んでいたし、
彼らなりの愛情表現として寝技をかけてきたりヘッドロックをかましてきたりした。
それとは違って、サディズムめいた、小動物を殺さない程度にいたぶりたがるような、
「俺はお前より上なんだ」と自尊心を確認するために暴力をふるってくる奴らがいた。
当時はそんな言葉はなかったが、「スクールカースト」は非常に意識していた。
AランクからいじめられるBランクの奴を、Cランクの僕はAランク同様見下していたが、
僕はBの彼、Mのことが嫌いだったので(自慢話が多いMは多くの人から嫌われていた)、
やたら僕を見下す発言をしてきたのは、そうやって高い自尊心を癒していたのだろう。
ノースサウス・ポジションというよりは、お互いの足が顔に位置する態勢になった。
その時、お互いが抵抗をやめるはずもなく、頭に血が上っていた僕は、
「これは事を大きくするチャンスだ」と、彼の顔――目を狙って、かかとで思い切り蹴りつけた。
今思えば、狙うのは鼻でもよかったはずなのに、目だった。
目を潰すくらいのことをしなければ、僕が今まで受けてきた痛みとは釣り合わない、そう思っていた。
しかし幸か不幸か大したケガはせずに、部員の誰かが仲裁に入って、やめることになった。
どっちが勝つというケンカではなかったが、
「MがF(僕)に負けた」と誰かがからかい半分言い放ったのは、Mの自尊心をまた傷つけただろう。
これもやはり部活中で、スクールカーストでは最下位に当たるSと僕が、
どういう流れか対決させられることになった。
今思い出してもあれは気持ちが悪かった。
部員全員が輪になって僕とSと囲い、二人の対決を見守る。
背後からヘッドロックを決められたときに、精一杯僕は彼の口を目がけて頭突きをした。
これも歯を折るとかではなく、舌を噛み切らせることを明確に目的にしていた。
流血沙汰になって先生に知られれば、この見物人たちも「加害者」として裁かれるはずだ。
これは僕とSとのケンカではない。
部員が仕組んだ、自らの手を汚さずにサディズムを満たす卑劣な行為なのだ。
結局これも、Sが少し脣を切るくらいでおさまって、
あとは先生が来たのを気に、何事もなかったように部活が続けられた。
中三の秋だったか、自習の時に加害者二人に学校中を追い回され殴られ、
初めて先生に泣きついて、いじめの事実をようやく把握してもらった。
その後僕に暴力をふるわなくなった。
それを先生が見ていたのだが、「あんなあぶないことして!」と僕には怒って見せたが、
溺れさせようとしていた本人たちに注意することはなかった。
僕がそれまで断続的に、いろんな奴らから受けていた暴力はいったい何だったのか。
今となっては、僕がいじめられていた原因はなんとなくわかる。
そのわりに生意気な所があって、反抗してくるから、ますますいじめたくなる。
Twitterで見た発言だが、「いじめられる側にも原因はあるが責任はない」というのは、
いじめられっ子として非常に納得がいく。
そしてMやSを見下していた=いじめていた僕としても、非常に納得がいく。
ナマイキ。
俺より弱そう。
なんかムカつく。
殴ったあとの反応が面白い。
猫をかわいがっていて、つい嫌がる反応を見たくて抓ったりする。
それと同じだ。
お前より上だと主張しあう。
僕はあのとき、取り返しのつかない怪我を彼らにさせていればよかったんだろうか。
「少年A」になり損ねた僕は、この春入学する我が子がいじめられたら、どうすればいいのだろうか。
僕に似た息子は、きっといじめの相談なんて親に出来ないだろう。
いじめの現場を密かに録音しても、それを聞かれるなんて嫌がるだろう。
だからせめて、彼の行き場のない怒りを学校のテレビにぶつけろとでも伝えようか。
「もしいじめられて、堪えきれなくなったら、テレビを椅子でぶっ壊せ。
そしたらお父さんはすぐに駆けつける。
人に怒りをぶつけて怪我をさせたら、お前が嫌な思いをしてしまう。
人を怪我させたら大変だけど、学校のテレビくらいならいくらでも弁償してやる。
たった10分、15分の休み時間や、部活の時など、先生の目の届かない時に、
だから先生、お願いだから、いじめを無視して手を汚さない「加害者」にならないでくれ。
見て見ない振りだけはやめてくれ。
元「少年A」を増やさないために。
<<追記>>
http://anond.hatelabo.jp/20120531172034
確かに長い。
なので三行にしてみた。詳しくは読んでね
長い三行になってしまったが要約苦手なんだ。許してくれ。
<<追記の2>>
http://anond.hatelabo.jp/20120531192942
を受けて続き的なものを書いてみました
http://anond.hatelabo.jp/20120531212719
http://anond.hatelabo.jp/20120531114646
こう言う文脈でクラブを擁護している人はたくさんいるんだけどさ、クラブの問題はそんなところには無いと思うんだよ。結局は
でしかないと思うんだけどどうか。
にも関わらずここに行かず、クラブ文化がとかダンスを規制するなとか、言う妙な押し問答になってるのは、実体を深く宣伝せずに文化という看板で押し切ろうとしている人々がいるためではないのかな。
一部のクソ野郎や宗教上の理由がある人間を除けばさ、クラブ文化の否定なんて誰もしてないわけだよ。音楽やダンスを禁止しようとしている人はいない。まずそこを無駄に強調されすぎていてさ、そこから話が繋がってないと思う訳よ。
一方「奴らはクラブ文化を根絶やしにしようとしている」という藁人形を仕立て上げて、その背景にある細かな規制の是非に議論を及ぼさずに規制を逃れようとしている輩は存在する、それが今の現状だとおもうわけ。
風俗営業法ってのは、規制するための法律という性質もあるけど、
と言うもの対して全面禁止するのでは無く、ルールを作った上で許可するための法律だとも言えるわけだよ。そこにはもちろんアンダーグラウンドに潜られても困るから、合法化することである程度管理しましょう、と言う意図だってあるだろうが、文化を文化として、あるいは人の業を業として存在するものとして一律に正論だけを採用して壊されないようにするためにあるわけ。
日本にも、若者文化規制推進組織として巨大な勢力を誇り、その権力を存分に振るう悪の組織PTA、さらにその中でも原理主義的行動を取る過激派などがあって、奴らは隙あらば規制を強化しようとする。彼らの言う通りにしていては全てがおかしな方向に言ってしまう。それらに対して「ほおら規制はしていますよ」と言うために存在する、と言う言い方もできるわけさ。風営法の条文を眺めると直接的に全面規制をせず、しかし象徴的な表現になると濫用されかねないので、象徴表現は使わずに定量的に計れる面積や要件を具体的に挙げているあたり、しっかり配慮してがんばってやっている事が分かると思う。
だからルールを守っている所を守るために、ルール違反は厳しく取り締まる必要がある、ルール違反を見逃していては全体を守ることができない。そう言う性質もあるわけだよ。
こう言う話に対してそこで文化などという一本槍で、現在保護されている権利について語らず法律が古いと言う根拠で規制撤廃を求め、それが通っちゃったらまさに道理が引っ込む事になる。
それを言ったら花魁文化とか衆道とかどーなったのって話になるわけでしょ?
クラブの問題は結局
になるんじゃないのと先ほど書いたけれど、ここでひとつ規制全否定として分かり易く「風営法の規制を受け入れるか否か」であくまでも「クラブは風営法の適用範囲外でなければならない」という主張をするとしてみましょう。
するとそういう主張のために、何が必要になるかと言えば、
等、規制は本当に必要無いんですよ、と言えるだけの根拠だ。ここで「この法律が作られた当時は売買春の防止を目的としていた」などと今この法律の規制によって守られている対象に対して規制を撤廃しても良いかどうかと言った「今」無視して強弁するような話はしても意味が無い。
と言う程度の反応しか聞こえてこない。これは違うと思うね正直。
規制する時は、規制する側が規制の根拠を示さなければならない、と言う事になるけれど、規制当局はそれを問われれば、自前のデータベースから、ごっそりクラブ絡みの犯罪をずらずらと並べることができるだろう。そしてこう言う「規制が無ければもっと犯罪は多かったはずですよ」。既成事実や歴史というのはそれだけで根拠になり得えてしまう。どんなことでも現状があるのだから今よりも悪くならないと言う事を認めさせなければならない。いま、ここにある現状が何よりも根拠になっているのだから。
個人的には、だが、この文脈で単純に風営法規制から外せと主張して通るとは思えないと思っている。例えば
この三つ、全部揃えるの無理でしょう?
犯罪件数は一般の飲み屋と変わらんと主張する(これは一旦停止違反はスピード違反よりマシだと主張するみたいで筋が悪いがしょうが無い)ことで何とかなるかも知れないというイメージはある。(実際統計は分からんけれど)だがホールの広さは狭くてもいいってのは個室に繋がり管理者が管理しにくくなり犯罪の発見や抑止的に問題がある等の理由からだし、住宅街や病院の近くに作ってよいなんて事は単純には無理だよな。
こんな事しか言えてないのだから、こう言う主張が中心になるのは仕方が無いと思うが、落としどころとしては現在法律によって保護・抑止されている部分に対する配慮が無い時点でそのまま通るわけもないよな。(特にカラオケボックスは対象外なのにって論法は酷い。本当に法律家が絡んでるのか疑うレベル)ありえるとしたら大量に集めた署名を「あなたが法改正に賛同したらこれだけの人間があなたに投票しますよ」とすり替えて政治家を動かすといった寝技だがそこまでやれるのかはわからん。
よくクラブの風営法規制論について「非実在青少年問題」と対比されるが、非実在青少年の問題のときはこれらに対して
と言った主張が行われている。ここに加えて「サブカルチャーの文化に多大な影響をあたる」と言われていた。
これらは外国の統計なども駆使されていて、主張の中できちんと理論的な整合性がとれていた。
を眺めても、全くそう言う話が出てこない。
何でもかんでも文化の否定と言われれば同一視ししたくもなるけれどさ、正直主張の内容と状況はかなり違うと思う。
またここで警察批判をしても始まらない。日本の警察は、警察は良くも悪くも忠実な人々なので。
風営法をいろいろと調べていくと、許可取得の観点で一番問題になっている要件って、24時以降営業でもなんでもなくてさ、これ
大抵これで引っかかる事になっているみたい。
今回の問題に絡んだ主張ではなく、各地で風営法営業許可の取得業務を行っている行政書士事務所などのFAQとか、そう言う所を読むとここが問題になっている。24時以降営業の許可不許可なんて、最悪そういう風に営業しますと言えば通るのであってそれが問題だったらもっと簡単に風営法の営業許可が取得できているはずなのよ。潰されるよりはマシだから、24時以降の営業をあきらめて、まずは指導に従って営業許可を取ります。そのあと署名活動をして法改正を求めますとかそうと言う選択肢を通り過ぎていきなり廃業にと言う話になっているのはこの辺りに要因がある。
どこかで問題になって摘発されたケースでは、近くに病院があったために風営法営業許可が取れなかったそうだ。しかしこれはクラブ規制反対派からは「病院が近くにあったっていいんだ!」と言う方向で反論が上がっているのを見たことが無いが、どこかのサイトで「近くに病院があったためどうしても風営法許可が取れなかったそうだ」といった記述を見た。病院の近く出なかったら取得する気はあったとも読める。また、ここでは想像でしか無いが病院側から医療活動に支障があるといった苦情が出た可能性がある。(警察は誰の苦情で動いたか、と言った事は苦情を言った人間を保護するために具体的には明かさないのが普通)
床面積規制は要するに、個室になって従業員が預かり知らないところで犯罪行為などが行われると問題であるため、大きな見通しのきく広い部屋でやれ、と言うところで間接的に犯罪抑止効果を狙って規制している。これを規制されると小さいクラブなどは同じ場所で許可を取ることはできないと言われる。確かにワンフロア66平米は普通の商業雑居ビルじゃなかなか確保できる広さではないな。
よく話題になる「24時以降営業許可」を勝ち取っても、この最大の障害を排除しないと意味が無い。(にも関わらず「あなたの趣味が24時以降規制されたらどう思いますか」等と言う明後日の方向の主張ばかり繰り返す奴が後を絶たない)
ちなみにそれ以外に
この規制は実は古くからあった。あったがずーっとお目こぼしの状態だったわけだ。ただし摘発はされないだけで指導などは行われていた。
それがついに許容できる範囲を超えたと言う事で、今回規制が始まった。そうしたら今ダンスが規制されたかのように騒ぎ始めていると言うわけだ。クラブ文化が日本で生まれてから30年以上といわれる。しかし規制は規制に反対する側が「明治のころに売春防止で作られた」と言っているとおり古くから存在する。猶予期間はそのあいだ十分にあったと言ってもよいのでは無いかな。
似たような事で、この文脈ならば多少たりとも言える事は「警察が摘発してこなかったのだからずっと合法だと思ってたのに急に規制するなんて酷い。きちんと期限区切って猶予してよ」というぐらいかと思う。
結局どこを死守したいかによって話は違ってくる。
いろいろな主張を見るに多くの人々は「クラブ文化を守る」という点になっていると理解している。
であれば、
この2つは別にこれがあるからと言ってクラブ文化は守れなくなると言う訳では無かろうと思うのだがどうか。今から1ミリでも変質したくないのだ、と言う気持ちは分からなくも無いが今法律によって保護されている部分を蔑ろにしてよいわけでもない。
後は多く問題にされる営業時間の規制、24時以降の営業が文化に影響しているのであれば、その上で、24時以降の営業を確保したいのであれば、風営法の改正を求めるか、あるいは別の規制の枠組みに移してくれと主張する。
しかしこれについて問題にするのであれば、営業時間を変えるだけで済むのであって、まずは法に適合してから後で主張すると言う事ができるのでは無いかと思うのだがどうか。
逆に、小さい部屋で無ければクラブ文化が保てないのだ、とするのならば、その面積規制を「必ず従業員を配置しなければならない」だとか「映像記録装置等を設置して、その記録を一定の期間保管しなければならない」と言った規制に置き換えてくれ、と言った主張をする。(考えにくいが)住宅地や学校病院の近く出なければ駄目なのだ、とするのならば「防音防振の設備検査に合格しなければならない」「敷地内には街頭を取り付け、周囲は十分な明るさを確保しなければならない」といった規制におきかえてくれ、と主張をする、事になる。
個人的には真っ先にこう言う話が上がってきてしかるべきだと思うのだが、この手の話がほとんど出てこない背景は、結局「文化という大義名分を振りかざすことで、上記2点の本質ではない部分だが経営者にとっては一番問題である部分もどさくさに紛れて規制を無くさせよう」としている用に見える。
要するにクラブ経営者といった層が、自らの商売を続けたいがために、愛好家を利用しているような構図がいまなのではないか。だから現実的な落としどころの論が出てこないのではないか?
ここら辺が、愛好家の論と、そうでない人たちとの溝を生んでいるのでは無いかと思う。
30歳を間近に控えて、唐突に総合格闘技を始めてしまった。
まぁ、まず道場に行くわな。
するってーと、皆さんがいる。こいつらがまた、いい人たちなんだこれが。
道場全体にただようほのぼのオーラ。指導員のプロの方は流石の風格なんだけれども、
アマチュアクラスの人たちはほんとに奥ゆかしい。全力でチョーク極めた後に「大丈夫ですか?」とか
お互い気を使いあう間柄。まぁ、スパー中はガシガシやりあうけどな!
「みんなで強くなって楽しんで旨いビール飲もうぜ!」みたいな空気がたまらない。
ジュードーやってた時の「奥襟寄越せクソが!」「うっせぇ、背負うぞウド!」みたいな
あのキリキリした感じとは全く別で非常に楽しい。「あわよくば折れろ!」と思いながら変な角度で足払いを打ち込んでくる奴もいない。寝技戦は詰め将棋的要素が強く、スパー後の感想戦がやたら面白い。
もちろんおっさんなのでそこにはビールがつく。ちょううまいんだこれが。
ぶっちゃけてスポーツってものに最早いい感情は抱いてなかった。今でも高校部活は気が狂ってると思っている。
柔道推薦で高校に行くっていうことは「故障したらお払い箱」ってことで、
腰や膝辺りを壊してしまって無残に高校を去っていく同輩をたくさん見てきた。
競い合い精神を磨く、なんていうけど断言して私立の部活で精神なんか磨けない。
おまけに、ごく一部の大成した人間以外は名ーんにも残らない。大学まで行けて、就職まで出来た俺は
本当に幸運だったと思う。高校辺りでケガ→ドロップアウトの流れに乗ってしまった奴は
往々にして人生からもドロップアウトしていった。下手に体力と技術があるものだから、その後は本人にも他人にも
かなり悲惨なことになった例が多い。
それに引き換えて、ソーゴーはとても良い。
色んなバックボーンを持った人たちが、お互いに和気藹々と技術を交換しあう。
極真がローを教え、柔道が内股を教え、ボクサーはフックを教える。
皆一線級を退いた人たちだが、とても真摯に、何より楽しくシバき合える。
例えば、純粋極真空手の人VS純粋柔道の人だと8割方柔道が勝つ。
しかし、タックル切りを覚えた空手家相手だともうわからない。総合で一番戦績のいい柔術家だって
打撃ルールでは面白いほどカモにされる。(当たり前のことなんだが)
だから、みんな相手の技術と経歴に敬意を払うし、尊重しあえる。
いい年こいたオッサンが「だからさー、ゴゴプラータはさぁ」なんて真剣に討論出来るのが超楽しい。
柔道、空手、ボクシングなんでもそうだけど、基本的にモノを言うのはフィジカルだ。
しかし、柔術に関しては相当頭脳戦の要素があり、練習すればするほど強くなるのである。
断言するけど、30歳から始めても普通に強くなれる唯一のものが寝技、それも柔術式の寝技だと思う。(レスリングはちょっとフィジカル寄り)つまり、誰がやっても楽しいのだ。
そんなわけで、最近流行もしぼみつつある総合格闘技人口がまた伸びて欲しい。
http://anond.hatelabo.jp/20100811161525
http://gaymote.blog94.fc2.com/blog-entry-6.html
そのせいなのか何なのか、私より大きいのに私より素早くて変幻自在である。
こっちが一歩進んでけん制の突きを出してる間に、背後に回りこみながら手や足や後頭部に3、4発打撃を入れ終わってる。
きっと気づかないうちにオープンゲットしてるに違いない。
ベースは中国武術の動きなのに、不意に伝統的な空手やフルコン系の空手、果てはボクシングっぽい動きを混ぜてくる。
必死に打撃をかいくぐってタックルしてみても、あっさりがぶられたり引き込まれて寝技で仕留められてしまう。
さて、かく言う私の魂のスーパーロボットはマジンガーZなのだが。
残念ながら超合金Z製のボディではないためほとんどの攻撃に耐えられず、いつもあっさりと倒されてしまっている。
せめて目から光子力ビームでも出れば、そこそこ勝負にはなると思うのだが。
精進したいね。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20100405/1270446457
「ハックルベリーに会いに行く」より
>それは某運輸会社に行った時のことだった。
>父のいつもの言い方で、
>欧米諸国では、寄付という形でそれをするのがある種の社会常識にもなっているのに、
>寄付をすることで社会貢献されてはいかがでしょうか?」といったような趣旨の提案をしたらしいのだ。
>ところが、そこで返ってきた答が、非常に印象的だったのだという。
>細かい文言までは覚えていないそうなのだが、その某運輸会社の担当者は、
>社会貢献を説く父に向かって、こう言ったのだという。
>「我々は、お客様を安全に目的地にお運びすることで、すでに社会貢献を果たしている」
>そうして、父の依頼は、もちろんそれだけが理由ではないだろうが、結局断ったというのだ。
>それで父は、依頼を断られて残念は残念だったのだが、その某運輸会社の担当者が言った
>「お客様を安全に目的地にお運びすることが社会貢献になっている」という視点、
>つまり「企業活動そのものが社会貢献である」という考え方に、なるほどとも思わされたのだという。
(中略)
>ぼくも、この話を聞いてとても面白いと思ったし、また素晴らしいとも思った。
感想を一言。
「この『父』も、『僕』も、世間を知らない甘ちゃんだなあ」ということ。
ウチの社長(一部上場)なんかは、執拗にCSRを聞きに来るアナリストや日経記者を
「本業を邁進すること、それで税金を払うことがCSRです」と言って、毎回追い返している。
こんなこと言われて、ノコノコ引き下がる、どころか「感心して帰る」というのだから
お話にならない。
ここで「そんなの詭弁じゃないか!」と言い返すだけの迫力がないから、
NPOとかボランティア団体も、ちょっとは「営業の腹芸」を学んで、
寝技を使ってでも寄付金をゲットする位のテクニックを身に着けないと。
「いいひと」なのは結構だが、目的のためには「多少泥臭いことをする」
元増田は女を全く理解していない。
増田は、女が美容やファッションに盛を出しているのは条件のいい男とくっつくためだと思い込んでいるかもしれないけれど、それは全く違う。
女がこんな面倒なことに情熱をかたむけるのは、女に勝つためで、決して男のためではないよ。
いい男とつきあったり結婚したりすることは、それが他の女との競争で非常に有利だから。
しかしながら、いい男の捕まえ方が実は「フェラチオ」のような寝技だったなんてばれたときには物凄い減点になってしまう。