はてなキーワード: クールとは
(訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)
村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。
ところがその目論見は外れることになる。
期待していたのは、バルセロナやパリやベルリンのような街だった。
そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ、劇場、文学、シットコム、フィルム・ノワール、オペラ、ロックといった、
西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタンな世界都市を私は期待していた。
誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。
実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。
そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。
アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、
私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。
最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、
どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。
私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。
そして蜂の巣状のガラス製ピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき、
ついにユキという村上のアシスタントに見つけてもらうことができた。
あまりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。
実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。
そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。
村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初の記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなたの最初の記憶はなにかと尋ねる。
それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。
彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。
流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル。
そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。
「明確に覚えている」と彼は言う。
「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」
村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。
その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶は自分の中にある、と感じた。
ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。
村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分の記憶を写し込んでいたのだ。
村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中、
週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。
その結果、電力、公衆衛生、メディア、政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。
大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。
この本はアジアで数百万部を売り上げ、
まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。
62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学の最高峰としての地位を確かなものにしている。
疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界の大使となった。
そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。
アメリカによる戦後占領を受けた1949年の京都、日本の前首都である。
「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。
「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。
「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。
彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、
そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である。
彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説とジャズに没頭して十代を過ごした。
二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブを東京で開いた。
掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、
作家としての村上のキャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。
どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生を根底から変えてしまう。
29歳の村上は地元の野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴ・ヒルトンというアメリカ人助っ人バッターが二塁打を打つのを見ていた。
平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上は天啓に打たれた。
そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。
そして彼は書いた。
数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。
それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。
アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。
わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。
『名犬ラッシー』、『ミッキーマウス・クラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディラン、マーヴィン・ゲイ、エルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストック、サム・ペキンパー、ピーター・ポール&マリー。
以上はごく一部に過ぎない。
そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本の芸術の引用がまったくない。
村上作品のこうした傾向は日本の批評家をしばしば苛立たせている。
そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆に時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。
「時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。
30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。
すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。
彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。
そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。
「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」
そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。
30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンル(SF、ファンタジー、リアリズム、ハードボイルド)と様々な文化(日本、アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。
どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。
そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。
彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。
なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。
とはいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。
特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。
安全な言葉遣いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。
私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。
数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。
彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロン掛けが好きだという)。
靴は履いていない。
彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップでブラックコーヒーを飲んだ。
その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からのお気に入りの小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。
話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。
その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。
「大きいな」と村上は言った。
「電話帳みたいだ」
イケメンというわけでもなく、気の利いたことを言えるわけでもなく、洋服にも映画にも音楽にも疎い親友が、結婚した。
合理的で、部屋には異常なほどモノがなく、かといって無機質で冷たいわけでなく、いつものほほんと暮らしていた彼が結婚した。
彼に、男としての魅力がどこにあるのか?
彼は女性の気分を舞い上がらせるような話術の才はない。
ぐいぐいひっぱるような男らしさもない。
知的ではあるが、彼の知的さは、数学の点数が恐ろしくいいという程度の評価だったと思う。(東大模試、東工大模試で上位にのるくらいだった)
二十代中盤から日経新聞を読み始め、ずっと読み続けているため、今でこそ経済ニュースに関してはかなりのものになったが、経済に結びつかない話はさっぱりだ。
でも、自分だけは知ってる。
憎しみや嫉妬という感情を持ち合わせていないかのように見える。
押し殺しているのだとしたら、それとて立派だ。
少なくとも親友の僕を完全に騙し通してる。
蹴落とそうとか、出し抜こうという意識がない。
まるで数学の問題でも解くように、すいすいと段取って、さくさくとことを進める。
クールにでもなく、熱くもならず、いつもどおりの朗らかな顔のまま。
彼が結婚する話を聞いて、彼のことを評価する人間が、自分の他にいたという事実が、とても嬉しかった。
「彼の素晴らしさが解る女性がいて、それが嬉しい。彼みたいな人間は世界中に二人といない。あなたはいい買い物をした。」ということを、彼の奥さんの前で口に出した。
その瞬間、「あ、失言かな?」
って思った。
「アイツにはもったいない綺麗な嫁さんだ」
と言われているであろう感じだったので。
俺のその言葉が彼の嫁を感動させたらしい。
後日だが、彼が「えらく喜んでいたよ」と教えてくれた。
彼は不可解そうな顔をしてた。
彼は裕福だ。
家が裕福だし(欲が異常になかったから、そうは見えなかったけど)
勤務先だって経団連会長を輩出するような大企業だ。(致命的に論文能力がないので、昇進試験には苦労してるようだが)
それでも、あんな性格(俺からすると最高なんだけど)だと女とは無縁だったんだろうなと。
頑固で、古風で、寂しがり屋で、たまに情緒不安定になったりもするみたいで、面倒くさそうな感じもうけたが、それも彼の仏のように合理的で広い心で包み込めるだろう。
つまり、つまりはだ、アスペルガーだって、仕事ができて、高収入で、家が資産家で、底抜けに優しくて、無欲ならば、他がどうであっても、結婚くらい出来る可能性もあるってことだ!
正月実家に帰って、たまってる録画番組をきまぐれに見てたんだけど、
人志松本の○○な話?だったかで、デヴィ夫人がこんな話をしてた。
あるあまり器量のよくないアメリカ人の女が有名な会社の社長と結婚した。
彼女はしばらくしてお金持ちと再婚したのだが、再婚相手もまた死んでしまった。
結局彼女は4回結婚し、4回とも未亡人になり、その度に裕福になっていった。
その話は結局ゾッとする話の認定をされて、
デヴィ夫人はゲストに「あなた達も気をつけなさい」ってなことを言って終わった。
二十代前半にしてもう既に三人、彼女と交際した男が死んでいる。
その彼女は裕福になったりはしていないし、もちろん殺人もしていない。
保険金を受け取ったりもしていない。
死因はそれぞれ病気だったり事故だったりと彼女に関係のないことだった。
言葉を借りるならば「器量よしとは言えない」ような、つまりそんな感じ。
性格は、何か不思議な感じがする。賢い女であると思うし、話していて面白い。
女性にこの言葉を使うことは珍しいかもしれないけれど、包容力がある感じ。
家庭的とか優しいとか謙虚とかサバサバとかクールとか子どもっぽいとか、
色んな形容詞はあるのだけれどそのどれもに当てはまるような気もするし、
どれにも当てはまらないような気もする。そういうちょっと変な女。
ただ、恋愛対象にはならない。そんな女。
それでも、彼女はいわゆるエリートだったり、レベルの高い男だったりに好かれる。
実際にその死んだ元恋人たちも、突出した才能をもっていたりするのだ。
そういう人達を呼び寄せ、虜にし、最終的には死に至らせる毒でも持っているのだろうか。
そんな風に言う彼女の背負っている哀しみのようなものに、男は惹かれるのか。
| ちはやふる | 日本テレビ | 火 / 24:59 | ■ |
| 未来日記 | TOKYO MX | 水 / 25:30 | ■ |
| ラストエグザイル-銀翼のファム- | TBS | 金 / 26:55 | ■ |
| プリティーリズム オーロラドリーム | テレビ東京 | 土 / 10:00 | ■ |
| SKET DANCE | テレビ東京 | 木 / 18:00 | ■ |
| バクマン。(2期) | NHK-Eテレ | 土 / 17:30 | ■ |
http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51683817.html
こういう「良質」な番組があったとしても、母ちゃんは即座にチャンネルをフジテレビに変えてしまうから見れない。
自分が見て、「俺のほうが賢い」って思えるようなニュース以外は見ないから。
父ちゃんはマスコミは腐ってるといって自分のプライドを保ちたいだけで
別に自分が勉強してるわけではない。踊らされてるのをわかってない分ある意味母親より頭悪い。
で、私だが、これも弁護するつもりはない。私もダメだ。
そもそもテレビ見ない。
特にそういう真面目な話しとかに興味が有るわけではないし、
BBCニュースとか見ても、見方がわからん。あれ結構観るために基礎的な教養が必要だと思う。
子供の頃から見てれば自然に受け入れられるのかもしれないけれど、
多分、日本人が完全に日本語に翻訳されたBBCを見ても、わからんと思う。
「日経新聞の読み方」なんて本が売れるこの国で、
そして、それをありがたがって読んでいる俺が、BBCニュースを理解できるとは思わん。
そして、みんなそのこと=自分はバカ、であることはよくわかっているが、
そのことを直視して受け止めるのがツラいので、
今日も一日バカ番組を見て何も考えないか、マスコミの餌に食いついてプライドを保つか、
ネットで他の人の手垢がベタベタついた偏見まみれの記事を真実と思い込むか、そんな事しかできない。
キャラクターの魅力はあったとおもうので、そういうのも大きかったけど
わからなくても、わかってる人間が並走してくれて、助けてくれると思うと何とかなる。
みんなニュースに興味がないわけではないが、見てもわからんのだと思う。
わかるなら見たいと思ってる人はいると思う。
しかし、誰もその役をやらない。代わりに、
そこでわからなくても楽しめるような「萌え要素」=ニュースで言えば犯罪とか政治家の失脚とか、お笑い芸人とかコメンテーターの耳あたりの良い無責任発言ばっかり散りばめられた番組を作る。結局それで見る人ってのは、人格的にブヒブヒ言ってる萌え豚と一緒で数が限られる。しかも先細りしていく。
ちなみに池上さんはわかりやすかったけれど、そしたらそしたで
「ニュースは池上さんがやってるやつだけみればいいや」という独占状態になっていたなぁ。
俺も、禁書のアニメについては、アニメ自体は4倍速で見て、解説を読むとかやってたけど。
本当は池上さんがやってるような個別に丁寧解説とか要約じゃなくて、自分自身でニュースやコンテンツが楽しめるようになるためのメタ的な情報が必要なんだろうな。
歴史知識ないやつ向けのコンテンツって考えると、大河ドラマのように説明のための尺が十分に取れる作品でもお江みたいなのになっちゃうようだし、まして1クールのドラマやアニメなんてどうしようもないし、ドキュメンタリーについても掘り下げがむずかしいとかになるのか。はははどないせーちゅーねん。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1679541.html
http://sinseihikikomori.blogspot.com/2011/11/google.html
Sexy Zoneも、Not yetも流行ってないし、会話ですらその単語を聞いたことがない。
多分、会話にそれらの単語を出すときには説明が必要となるだろう。
それは別に流行ってない訳じゃなくて、そういったのに興味がある奴が俺の周りにいないだけだ。知り合いのツイッターで話題になってないだけだ。
結局流行ってるもの、常識とされてるもの、普通とされてるものが、それぞれのクラスターで違うってだけの話だ。
俺は去年帰郷して兄弟と会話したときにRadioheadとか宇多丸とかいう単語自体が通じないことに軽く衝撃を受けたが
そういったことはありふれてる。ちょっとくらい前に話題になった「サイコ2割問題」とそう変わらない話だ。
だから、テレビで「~が流行ってるんですよ」とか聞いても、そりゃどっかで流行ってるのかもしんないなと毎回思う。
ほんとに流行ってんのか知りたくなったら、データをどっかからググって調べるくらいすればいい。
思ったより流行ってたり、流行ってなかったり、意外な層に流行ってたり、やっぱり流行ってなかったりする。
ここ最近、韓国関連のことが流行ってますよとテレビで流れると、脊髄反射のかのように毎回ネットでは反発が起きる。
「そんなの流行ってない!」だとか「そんなの普通じゃない!」とか「そんなの常識ってことにするな!」とか。
で、これはマスコミに対するネットからの批判意識として、3%くらいは評価・共感できるものかもしれないが、97%くらいはうんざりする。
「流行ってますよなんてそもそも謳うからいけないんだ!」なんて言うのかもしれないけど
逆に、結局この人達はマスコミが担っていた「普通」や「流行」や「常識」に対する信頼を持っていた人たちなのかもしれないという気がする。
オーソリティに対する信頼とでもいうべきだろうか。
「普通」も「流行」も「常識」も、クラスターによって違うということがもはや「常識」だってことはちょっとネットを眺めれば分かるだろう。
それに従って、「普通」も「流行」も「常識」も壊れてしまった。
マスコミ、メディアが担保していた共同体幻想みたいなもの、一億総クラスター幻想がそれらを作り上げていたし、それが崩壊してしまったのだから。
じゃあ何がマスコミを殺したのだろう。
一億総中流的なものから格差社会という流れもあるが、当然ネットがマスコミを殺した。
つながりあえる環境、「真実」を知れる環境、簡単に島宇宙を形成できる環境、それが可視化される環境がマスコミを殺した。
かくして、「普通」も「流行」も「常識」も「真実」も、クラスター別に存在することになった。
それに人間は耐えられるだろうか。
「ほんとう」の「普通」も「流行」も「常識」も「真実」も存在しないことに耐えられるだろうか。
だから、クラスター別に存在する「普通」や「流行」や「常識」や「真実」を「ほんとう」のことと信じて生きることになる。
ニーチェは「神は死んだ」といった。
「お前たちに言ってやろう。我々が神を殺したのだ─お前たちと俺が。我々はみんな神の殺害者だ」と。
「我々が信じていた真・善・美なる価値基準や権威を根底において担保していたものは、滅びてしまったのだ」と。
日本人からしたら、「で?www最初から死んでるしwwwつか日本には八百万いるしねwww」ぐらいのもんで
なんで、そんなことに大騒ぎしたのか分からないところがある。
だけど、「メディア・マスコミが死んだ」というのはそれくらいの衝撃が日本人にとってはある。
その影響がじわじわと色んなところで見える。
「みんな」が思ってる一つだけ存在する「普通」や「流行」や「常識」が死んだ。
お前が言ってる「みんな」って「普通」って「流行」って「常識」って何だよってことになる。
それこそ一神教から八百万の神への改宗という衝撃が実は起こったんだということがじわじわとわかってくるだろうと思う。
その過程では、クラスター別に存在する「普通」や「流行」や「常識」や「真実」を「ほんとう」のことと信じることにしたり、
そのクラスターにおける「真実」を盲信して他のクラスターを攻撃したり、クラスター別に違うモードを使い分けたり、
クラスターの中で、あるいは他クラスター同士で「ほんとう」を定めるために対話したり、クラスターを彷徨ったり、
反動として、確固としたオーソリティや序列や権威を求めて、何かに忠誠的になったり、他者に攻撃的になったり
すべてのクラスターに通じるものとして「ほんとう」のことを提唱したりすることが、日常的なこととなるだろうし、すでになりつつある。
表面上は、まとめブログによって、youtubeの再生回数によって、徐々に「大衆」における「普通」や「流行」は担保されていくことになる気はするが
その根底では、価値観を担保していたものの崩壊が徐々に起こっている。
スピリチュアルでも、自己啓発でも、ノマドでも、愛国心でも、ライフハックでも人生の指針となってくれるものを求めている。
これらの価値観でも、宗教でもなんでもそうだが、人生の指針となってくれる価値観を求める欲望は消せないし、否定すべきでない。
すべての価値観をクールじゃないと否定したあとに待っているのは、ニヒリズムか退廃と決まっている。
「ほんとう」の価値観を求めて、匿名のコメントで殴りあうことがこれからもネット上では続くだろう。
それは価値観の衝突とも呼べるかもしれないし、対話とも呼べるのかもしれない。
http://anond.hatelabo.jp/20111125213149
昔は「非モテと俺」「非モテと私」っていうお題を設定したら、もっと扇情的に、熱意を込めて語れる奴らがいたのに。
冷めた口調で恋愛とかモテとか語ってんじゃねーよ。もっとギラギラギスギスしろよ。
にしても、この記事、
若い人が昔を知らずに語ってるんだとしたら、コミュニティに蓄積されたものは伝わらず、年寄りしか持ってないことになる。
先輩や年寄りが、若い人に知識や情報の伝達を行えないようなのはコミュニティとは言わない。
ただそこに人が集まってるだけでは文化は生じない。歴史が生まれない。
年寄りが若者を釣るために書いてるなら、まぁまだ価値はあるのかもしれない。
あっさり目の味付けも、こうじゃないと若者が内容を理解出来ない、話題に参加できないというならありだろう。
というか、今の20代にとって、もう非モテとかいうのは死語だと思うんだが。
ロスジェネ世代ならともかく、20代の人たちからしたら、非モテとかなにそれ?って感じじゃろ?
「坂口綾優がGoogle+で日本一になったのは、彼女の顔写真に冴えない男たちの性欲が殺到したからである。取り繕って美談にするな。
高学歴美人女子大生である坂口綾優を『普通の女子大生』扱いすることで、本当に普通な人々を抑圧するのは言葉の暴力である。
坂口綾優のGoogle+をやっている動機は『就活のため』ではなく、『他者からの承認による興奮や感動を得るため』だ。自分を偽るな。」
以上。
以下は、暇な人だけが読めばよい。
nanapiに掲載された元記事では、人気の理由を
人気の理由は、彼女がアップする美しい写真だ。iPhone 4で撮られた空の写真だ。紫からオレンジにグラデーションする朝焼け。真っ赤な夕焼け……。
と説明している。
しかし元記事中に
とあるように、彼女は格段に優れた撮影スキルを持っているわけでは無い。
冴えないおっさんが撮影したものであれば、ここまで話題にはのぼらなかったであろう。
hankakueisuuは、この真相を表面的な美談で覆い隠そうとするライターの岡田有花が許せないと主張している。
http://profile.ak.fbcdn.net/hprofile-ak-snc4/211919_100000872144853_4875960_n.jpg
nanapiの記事タイトルは「普通の女子大生がなぜ、Google+で「日本一」になったのか」だが、
彼女は上記jpgの通り平均以上の顔をしており、何より早稲田の現役女子大生である。
京都大学卒ライターの岡田有花からすれば早稲田は普通の大学かもしれないが、日本全体で見れば早稲田は高学歴だ。
hankakueisuuは、彼女は普通よりハイスペックな存在であり、彼女を普通だと広く伝えることは多くの人々を傷つけることになるだろうと危惧している。
元記事ではGoogle+をはじめた動機は「就活のため」と説明されており、
「Google+で1位の人ということで、企業の人とか、学生起業家の方など、いろんな人が会ってくれるようになり楽しいです。ソーシャルメディアを使って就職活動をしようとしている企業からも、やり方について相談を受けたり」
とあるように、就職に繋がるような人脈も実際に生まれているようだ。彼女のねらいは成功しているといえる。
しかしhankakueisuuは、クールにインターネットを利用しているかに見える彼女の姿勢は「心の偽り」であると言う。
インターネット上で話題になっていく、成り上がっていく興奮と感動こそが動機だったのだろうと主張する。
( 1 )については、まあそうだろう。彼女もフォトショ修正した顔写真をアイコンにしている時点で、薄々わかってやっているのだろう。
そして岡田有花は「いちいち不細工って書かれるのが凄く嫌だから」という理由で滅多に顔出ししない女性ライターだ。
そんな彼女が成功の理由を女子大生の容姿に持っていくとは考えにくいだろう。
( 2 )については、そういう面もあるかもしれないが、嫌なら見なければよいのである。
この記事を読んでも思ったが、「普通以下の人が傷つくだろう!だからそういう表現はやめろ!」というのは下から目線の干渉であり、大きなお世話だ。
いちいち気を配っていてはあらゆる表現が不可能になる。全ての表現は、どこかの誰かにとっては地雷だ。
( 3 )に至っては、坂口綾優の立場に自分を重ねすぎていて気味が悪いと感じた。
真性引き篭もりにとってはネット上での承認が大きな意味を持つかもしれないが、
並以上の容姿を持つ現役女子大生には現実の中で承認を得る機会など腐るほどあるだろう。
僕らは本気で思ったんだよ。そして思っているんだよ。ザッカーバーグとワンチャンあるかもって本当に思ったんだよ。信じたんだよ。駆けたんだよ。駆け抜けたんだよ。
これらの文言にもあるように、hankakueisuuのインターネットへの思い入れは重すぎであり、若年層の感覚とは乖離があると感じた。
逃げ打ってんじゃねぇよwww
内容読んでねぇやつの口からトモちゃんだの、トモプラスだのの単語出てくる訳ねぇだろwww
おかしいだろwww
う そ つ け w w w
これってあれだろ? 赤い椅子と黒い椅子が掛け合い漫才してるやつだろ?
全然方向性が違うじゃねぇかww
あの動画は「僕は友達は少ない」を読んでない事を前提に、あくまでタイトル「だけ」に突っ込みを入れてる(しかもあくまで笑いとして)
内容を推測したり、あらすじを読んだりはしてるけど、別に内容の是非には触れてない。
だけどお前のアレは、本を読んだ上で、内容に批判を入れてる。しかもガチでだww
いろいろと予防線張りまくってるけど、お前が「僕は友達が少ない」の内容に不満を持って書いてあることは明白だwww
いやー、見事な好対照だなwww
あ、思いつきってそういうことか?
「僕は友達が少ない」に対する批判を全く反対方向のアプローチをするっていう・・・
んなわきゃねーなww
僕は友達が少ないへの批判文書いたら、逐一細かく突っ込み入れられたから
「実は俺、はがない読んでないもんねー、あれは俺の空想のはがないに対する批判だもんねー、だから実際のはがないを使って反論しても無効ー、バリアー」
って言って逃げてるだけだろwww
そもそも、空想のはがないに対する内容の批判って意味わかんねぇよwww
これが本当だったらこいつは読んでもいない本の内容を自分で妄想して、それに対して自分で批判するっていう意味不明行為だぞww
何がしてーんだよww
しかも、最後はその「僕の考えた空想のはがない」をけいおんだの、マトリスクだの、君に届けだのと実在の作品と比較までしてやがるwww
本当に何がしてーんだよww
それともこれも空想のけいおん、空想のマトリクス、空想の君に届けと比較してるのかなwww
まさか今度は、本は読んでないけどアニメは見ました、とかいわねーよなww
あ、言えねーか
言っちゃってるもんなww
「空想のはがないについて語ってる」ってwww
顔真っ赤にしながら、それでも華麗にスルーしてるように見せたかったんだろうなwww
残念だと思った2点ってのは、こいつが突っ込まれて痛かった2点だろww
内容に対する批判について突っ込まれたから「空想」って事にして、反論できねぇ様にしやがったww
あまりにもあからさまな、突っ込みどころありまくりな、分かりやすすぎる負け惜しみww
だからこっちから先に突っ込んじまったけど、もう一方もあまりに酷いww
<「視野狭窄」で「自分だけの世界」に籠もってるなんて、キャラとして未熟もいいとこじゃない?>とありますが、あなたと私では価値観が逆転の関係にあるということがわかっているはずですよね。それを踏まえた上で遊ばないと面白く無いですよ。
まず、引用するならちゃんとしようや。
そんでこの反論書いてるやつはこう続けてるぜ
つまり反論してる奴は「イヤ別に、はがないのキャラって取り立てて珍しい状態じゃないよね? こういうキャラが出てくるお話なんてごまんとあるよね?」
って言いたいんだろ。
初登場時でこの程度のキャラ立ちしてる作品なんて、(特にラノベ、漫画じゃ)別に珍しくないのに、なんで僕は友達が少ないだけ、そんなに執拗にこだわってんのか?
って話だろうがよww
実際、夜空とか星奈とか理科とか小鳩とか、割とステレオタイプなキャラだよな。
っていう突っ込みに対して、何も言えないから「価値観」とかの問題にすり替えた訳だwww
正確に言うなら「価値観が違うから反論しても意味ない」と言って反論を放棄した訳だwww
まぁでもこいつも出なおしてこいなんて言っちまってるあたり、相当苛ついたんだろうなwww
自分は言いたい放題人の作品悪しざまに言っといて
それに突っ込まれたら、嘘とすり替えで逃げやがってwww
もし、ここまで読んだやつがいるなら
http://anond.hatelabo.jp/20111119082328を読んでみてくれ
こいつ自分の考えた、妄想ストーリーに突っ込み入れてんだぜwww
ホントに笑えるわwww
もちろん悪い意味でなwww
言うのが15年おせえよと突っ込まれるだろうけど。
最近じゃTwitterが代表格だけど、あれでなんでデマがいとも簡単に流布するかというと、デマに踊らされる事に対するリスクが全然無いからだよね。
流した情報がウソだと分かっても、流した本人、拡散した人達がちっとも痛い目を見ない。だからデマは今日もどこかで生まれてる(はず)。大概は匿名だから実生活には影響無いし。
あと、デマに踊らされないように気をつける事に対して何のリターンも無い。「それウソだろ」と突っ込んでも「だから何?」としか思われない。むしろ大勢と一緒に踊り狂った方が、一時でも連帯感を得られて気持ちが良かったりするわけで、それに水を差す人はむしろ白眼視されてしまう。まあ別にそういう連中に疎ましがられても困るような事はないだろうけど。
ネット上のデマの流布を本気で何とかしたいと考えているのであれば、「デマに踊らされる」=「かっこ悪い。イケてない」とか「デマに踊らされない」=「知的でクール。かっこいい」みたいなイメージ作りに専念した方がいいと思う。デマに踊らされてる人の大半は、それがデマかどうかなんて別段気にしてないわけだから。
中二病系と言われるやつがわかりやすいけど、別に中二病系に限った話ではなくラブコメとかでもそう。
世界滅ぼすとか、問題解決してみんなハッピーとかそういうのはわかりやすくてええし、結末はそうあってほしいんだけど。
なんといえばいいのか、主人公たちの攻撃力は高いわりに、防御力はどうやねん、って思うのが多い。
結構器は小さそうなのに、攻めるときだけガンガンいこうぜ状態で、周り見えてないけど結局うまく行っちゃうとか、そういうのはちょっとなぁ。
プロレスじゃないけど、もうちょっと主人公が物語世界の人間関係やら環境の理不尽をちゃんと受けきった上で攻めて欲しい。
攻撃力と防御力のバランスがあまりに崩壊してると、すごく、さめる。
一番嫌いなのは、クールとか鈍感な感じで、周りの人間の気持ちを受け止めるのを避けてるくせに
勝利が確定した時に急に覚醒しちゃうやつとか。
コミュニケーションとか駆け引きとか完全に無視じゃんそれ。どこまで据え膳やねん。
どちらかというと、鈍感な時よりも、覚醒モードになった後にイライラする。読後感が最悪。
リスクとか考慮して、戸惑いながらも、えいやで決断するとか最低そのくらいの描写がないと
ただでさえこっちは
「主人公だから死なないんだろ、死なないってわかってるからこういうことできるんだろ」って斜めから見てるのに
書き手から主人公からが、その前提に安易にのっかかってあぐらをかいてるのを見るともう壁殴りたくなる。
ごめん、どう表現していいのかわからず、わけわからん文章になってしまった。
ここから応答。
神明解ろーどぐらすいいよね。私も好き。
電波的な彼女は個人的にはダメだった。みーまーのほうが好き。みーまーは防御力低くなくてアレしちゃったけど、頭の使い方は好き。
初恋とか友情のどこが防御力高いんだよwww
烙印の紋章は友人にもススメられたのでいまポチって到着待ってる。ザンヤルマの剣士も読みます。
だけれども、個人的要望ではできるだけ日常ものでもうちょい腰の入ったやり取りを見たいので、ファンタジー系で探すのは後回しにしたいです。わがままでごめん。
私の表現がアレでわかりにくいと思うけど良さげな奴があれば教えて下さい。ちゃんと読みます。というか読みたくてしょうがないのれす。れす。
読むものがなくなるといよいよクロニクルとかホライズンとかに手を出さなければいけなくなりそうでやだー。別に壮大さは求めてないんだよー
ミスマルカは個人的にダメです。というか実はこの記事はミスマルカとアクセル・ワールドがなんか私的にあわない、ってところからスタートしてます。
ロケッティアはいいっすね。小早川さんはまだ読んでない。ロミオにそこ期待して大丈夫だろうか。
十文字青作品はひとつも手をつけてないですねー。文体が超苦手なので尻込みしてるけど読んでみようかしら。
禁書はダメです。アレはダメ。何がダメって、防御力が理不尽に高い。いや、イマジンブレイカーのことじゃなくて、普通あんだけ殴られたら死ぬでしょってところが平気で助かっちゃうから。そのくせ主人公が殴ったら一撃でダウンする敵。イライライライライライライライライラする。こころ我折れてなきゃ無敵って設定が嫌いすぎる。
追記 ついったーで「ロバスト」って表現教えてくれた人ありがとー。それです。したたかとかしぶといとかそんな感じ。
ある程度痛めつけらても大丈夫とか、困難があってもいろいろやりくりして乗り越えるとか。
その際にいきあたりばったりじゃなくてちゃんと頭使ったり、一度ぐっと堪えたりとかそういう部分が欲しいってことです。
継続は力なり、と人は言う。
1年365日、一日も欠かすことはない。
仮に欠かしたとしても、
1日休んだら次の日は2回、
2日休んだら次の日は3回、
と言った具合だ。
継続は力なり、と人は言う。
足掛け14年のうち、約255日間、約3クール、
受精卵が着床してから、そろそろ産まれるかもしれないという月日を、
3クールあれば、大きなプロジェクトをひとつ、成すことができるだろう。
3クールあれば、勉学に励み、学業成績を伸ばすことができるだろう。
3クールまるまる事由に使うことができたら、何が出来る?
そう、オナニーができるのだ。
継続は力なり、と人は言う。
http://stallman.org/archives/2011-jul-oct.html#06_October_2011_(Steve_Jobs)
を訳してみた.
Steve Jobs, the pioneer of the computer as a jail made cool, designed to sever fools from their freedom, has died.
As Chicago Mayor Harold Washington said of the corrupt former Mayor Daley, "I'm not glad he's dead, but I'm glad he's gone." Nobody deserves to have to die - not Jobs, not Mr. Bill, not even people guilty of bigger evils than theirs. But we all deserve the end of Jobs' malign influence on people's computing.
Unfortunately, that influence continues despite his absence. We can only hope his successors, as they attempt to carry on his legacy, will be less effective.
バカを自由から隔てるために設計されたクールに作られた監獄としてのコンピュータのパイオニアであるスティーブン・ジョブズが死んだ.
ハロルド・ワシントンはシカゴ市長として腐敗した前市長ダレーを「彼の死は嬉しくないが,彼が去るのは嬉しい」と言った.
死は誰にとっても受けるに値するものではない.それはジョブズにしてもゲイツにしてもそうだし,たとえ彼ら以上の大きな悪事を犯した人々であってもだ.
残念ながら,ジョブズがいなくても影響は続く.我々は彼の遺産を引き継ごうとする彼の後継者たちの効果が小さくなるよう望むだけだ.
hukeという初音ミクさんをパクったブラック★ロックシューターの作者が今度はダンボーをパクる
http://hamusoku.com/archives/6130168.html
上の記事にイライラっとしたので、思いの丈をぶつける
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<基礎知識?>
下の短縮URLは Wikipediaにおける「ブラックロックシューター」についての記事へのリンク
>元々はhukeが2007年12月26日にpixivや自身のブログにおいて発表していたキャラクターイラスト。
>注目を集めるきっかけとなったのはsupercellのryoがこのキャラクターに着想を受けて
>音声合成ソフト「初音ミク」を用いて曲を作り、hukeが映像を付けて2008年6月13日に
>『初音ミクがオリジナルを歌ってくれたよ「ブラック★ロックシューター」』として
以下は、ASCII.jpのブラックロックシューターについてのhuke氏へのインタビュー記事
『スランプに悩む自分を変えた「ブラック★ロックシューター」』(2009年8月28日)
http://ascii.jp/elem/000/000/449/449394/
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<思いの丈>
そもそも初音ミクというキャラクター自体、強いストーリー性や性格付け等の
設定を持っているわけではない。
つまり一部の人々に「初音ミクのパクリ」と判断されるキャラクターが
存在するとすれば、その殆どは、初音ミクの外見的特徴との類似点を持っているに
過ぎないのではないか。
確かに、ブラックロックシューターは初音ミクに類似する点(と言っても髪型とスレンダー体型くらい)を
幾つか持っているように見える。ブラックロックシューターの発表が初音ミクの登場より時期的に
後であることから、ブラックロックシューターが「ミクのパクリ」と揶揄されるのもある程度は仕方ない。
しかし、ブラックロックシューターの持つキャラクターイメージは、ミクのそれと類似しているとは
考えにくい。それは、ミクではなくブラックロックシューター自体をメインに据えた
オリジナルのゲーム・アニメが作成され商業展開されていることからも伺える。
ブラックロックシューターに端を発するhuke氏は、確かに初音ミクの存在に大きく支えられた
部分もあるが、それだけに頼って現在の人気を得たとは言いがたい。
最近、複数の2chまとめブログ(ハム速・カナ速など)にて、「アンチhuke」的な
記事がまとめられている。huke氏のファン達の一部は、このようなアンチhuke的記事に対して
「huke氏の人気への嫉妬の表れ」という評価を下すことも少なくないようだ。
寧ろ、ハム速などのまとめブログの運営者達は、huke氏の人気を認めているに違いない。
ここ数ヶ月で、huke氏がキャラクターデザインを担当したシュタインズゲートの人気拡大に伴って
hukeファン数は大きく数を伸ばしたと推測する。
シュタインズゲート熱も醒めやらぬ今において、アンチhuke記事を公開すれば
このような発想が、最近の2chまとめブログ管理人達の間で共有され
どうなのかしら
じゃあ煽ってみるか~みたいな
// 追記
個人的にhuke氏とブラックロックシューターが好きなんだよね
初音ミクっていう存在を(結果的に)取り込んで人気を広げた上に
初音ミクという設定に縛られない作品展開を見せてるのはクールだなって思う
あと、ブラックロックシューターを観る時はいつだってミクさんの幻影がチラつくけど
なんかそういうのも含めてブラックロックシューターだなって感じ
完全パクリでも完全オリジナルでもない空気。なにこれよくわかんない
ハム速みたいな大手まとめブログがネガティブ方向に煽り立てることで
もっとブラックロックシューターみたいな、フワフワした存在を産み出して行って欲しい
定期的に男の娘うんたらっていう記事が出てくる。
で、アニメや漫画に限定してスレが盛り上がってるだけなら何とも思わないのだが、
"毎度のこと"現実の女装子や性同一のトランスジェンダーの画像が貼られて盛り上がっている。
いい加減にトランスジェンダー、性同一性障害、女装子をまとめて男の娘呼ばわりするの辞めてほしい。
全部別もの。
男の娘ってのは、服装や性別はもちろん、アイデンティティも普通の男の子なんだけど
顔立ちやスタイルがどう見ても女の子のようにしか見えないような若年男子のこと。
そういう可愛い男の子が女装した時の女装男子も男の娘呼ばわりされることがあるが、
そして本人が、男に生まれたけど自分を女だと認識してるのが「性同一性障害」。
そこで実際に女の服装したりホルモンに手つけたりしたら「トランスジェンダー」。
トランスジェンダーは、性転換の有無は問わず、性同一性障害でありながら、
性ホルモン投与などを行って女性化をしている段階であればトランスジェンダーなる。
自分が男だと分かってて趣味で女装を楽しむだけのは「女装子」。
そういう女装子が行きすぎてホルモンとかに手をつけたら「女性化願望症」。
(見た目はトランスジェンダーと同じだが、トランスジェンダーは性同一性障害である事が前提なので異なる)
実はこの性同一性障害ではないのに性ホルモンや肉体改造にまで手を出す人達を女性科願望症以外の適当な言葉が存在しない。
日本じゃホルモンやったり豊胸したりして限りなく女性的な容姿の人をトランスジェンダーとは別に
「ニューハーフ」って呼び方するけど、本来はニューハーフは水商売業(タレント業含む)をやってる事が前提にある呼び方。
ただし性転換をして戸籍変更すれば「元ニューハーフ」となる。ニューハーフという呼び方はまだ性転換手術をしていない状態。
以上のように、性同一性障害者/トランスジェンダーは男の娘には含まれない。
ニューハーフは職業的な意味だから、ただ女装が好きな男性が水商売業に就いたらニューハーフになる。
男の娘だった男子も、女装をして水商売業に行けばニューハーフになる。
性同一性障害者やトランスジェンダーも水商売でニューハーフになる。
ニューハーフ業を辞めれば、元ニューハーフという肩書きは付くが、
トランスジェンダーも、また一般のトランスジェンダーに戻るだけ。
(男の娘と女装男性は、女装しなければ普通の男性にいつでも戻れる)
ここまで書けば、各呼び名の違いやニュアンスが掴めたと思う。
日本語での妥当な翻訳だと、「ニューハーフ」が一番近いとされているけど本当はちょっと違う。
女装子やトランスジェンダーの人らを総じて男の娘って呼ぶ風潮があるけど、
メディアにおいては、ニューハーフ&性同一性障害とは違うという分け隔てができてるみたいだが、
メディアはどちらかというと、若年女装子を男の娘って呼ぶ風潮がある。
(中高年女装者や中高年で乙女的な人をオネエって呼んでる節がある。このオネエが昔で言うオカマの代替言葉)
オカマ・・・見た目も心も男性なのに仕草や言動が女性的な男性/または心や仕草・言動は女性なのに見た目が男性的な男性(今は侮辱言葉でもある)
オネエ・・・オカマの現代における代替用語。(メディアではニューハーフも含める事がある)
女装子・・・普通の男性なのにファッションや性的趣味で女装を楽しむ人
→ その中で若年で綺麗に見える人に限り、男の娘と呼ばれる節がある
→ そうでない人や中高年者は、好意的にオネエ、または差別的にオカマ・女装者と呼ばれる
男の娘・・・普通の若年男子なのに、風貌が女の子に見えてしまう男の子。
→ 上手く女装をした時だけ綺麗な女の子に見える若年女装男子にも用いられることがある
ゲイ・・・自分を男だと思っていて、なおかつ同性の男を好きになること
(性同一性障害者は自分を女だと認識しているので同性愛だとは思っていない)
女形・・・舞台やショーにおいてのみ、役作りの一環で女装をする。
もっと分かりやすく、芸能人を公言を元に振り分けてみよう。
(元ニューハーフで性同一性障害のトランスジェンダー)性転換&戸籍変更済
(性同一性障害のトランスジェンダー)性ホルモンはやっているが未性転換
一説によると、芸能界では世間の混乱を招くために、トランスジェンダーである者は
(性同一性障害を抱えたオネエタレント)性同一ではあるが性ホルモン等すらやっていない
(オネエor女装キャラを演じてるだけの一般男性/女形に近い)
(不明・その他)
女装が好きな事は明白だが、本人の性自認が謎(自分を男だと思ってるか女だと思っているか)
→ 彼の性自認は「男」。時折見せる女装姿は役のため。つまり女形役者。
彼の素顔は女の子っぽいというより、クールな美少年なので少し違う。
実際には、メディアには男の娘に当てはまる芸能人はあまり出てこない。
ネット上にはよく出てくる。
女装してるわけでも化粧してるわけでもないし、
それが「男の娘」。
されどネット上では、全部がごっちゃになり、
これは間違い。
そして女装した時だけ綺麗な女に見える女装上手な女装男子のことも
現実でのセクシャルマイノリティの区分けは前回も記事を書いたので、
是非参考にされたし。
23歳の大学院生。痩せ型でセルフレームのメガネをかけている。趣味は読書で古典からマンガまで何でも読むが、ビジネス書はバカにしている。テクノ好き。自動車嫌いで自転車が好き。学はあるけど貧乏。教養をひけらかして煙たがられることもある。
45歳の会社経営者。恰幅のいい体型で高級スーツを着こなす。素封家で地元の名士。愛車はセルシオ。趣味はゴルフと旅行。最近頭が薄くなり始めたのが悩み。一見するといい人に見えるが、腹黒な商売人。
35歳の外資系金融機関に務めるビジネスマン。細身で仕立ての良いスーツを着こなしBMWを乗り回すヤッピー。私立名門大学卒でビジネス書を多く読むがあまり教養はない。嫌味な性格の拝金主義者。
18歳のキャバクラ嬢で読者モデル。典型的な今時のギャルで同世代の友だちが多い。享楽的な性格で週末はクラブでオールする。偏差値が低い高校出身で元ヤンキー。西野カナのファン。基本的に股はゆるい。Twitterさんと仲が良い。FC2さんの経営する店で働いている。
40歳で表向きは会社経営者だが、風俗やキャバクラなどを経営しており黒社会と関わっている。ダブルのスーツを身を包み、首には黄金のネックレス。ベンツに乗っている。
19歳の専門学校生。腐女子。背が低くメガネをかけている。声はアニメ声だが容姿は冴えない。BL漫画と少年漫画を好む。歴女でもあり新選組が好き。音楽はもっぱらアニソン。
19歳の大学生。チャラ男。テニスサークル所属で他大学の女子を食いまくっており、それを自慢しては顰蹙を買ういわゆるDQN。それなりにいい大学に通っているはずだが頭はあまりよくないため皆にバカにされている。
15歳の高校生。最近はよくオフ会に参加する。歌ったり踊ったり、楽器を弾いたりするのが好きだが、趣味はあまり長続きしたことがない。はてなさんや2chさんには「ゆとりwww」と馬鹿にされる。深夜アニメ好き。
33歳で無職。童貞。小太りでメガネをかけている。趣味はインターネット。卑屈な性格で人の不幸が大好き。韓国とフジテレビとパチンコと民主党が大嫌い。はてなさんやTwitterさんとは犬猿の仲。
40歳専業主婦。噂話や人の悪口で盛り上がる。韓流ドラマとハーレクイン好き。旦那の稼ぎが悪いと常に愚痴っている。
29歳のOL。女子大卒。所謂「スイーツ(笑)」で医師や弁護士などが参加する婚活パーティに参加するが結果は芳しくない。おしゃれだが容姿はあまりよくない。友人は多いが親友は少ない。
30歳のソフトウェア技術者。頭がよく仕事もできる。外国語も得意でエコやボランティアにも興味がある。仕事も遊びも楽しむ本物のリア充。
33歳で広告代理店勤務。ワーカーホリックでいつも忙しく働いているが本人は満足している。やたら早口でしゃべる。
35歳の秋葉原ショップ店員。自作PCとデジタルガジェットが趣味。アニメは好きだがエロゲポスターがベタベタ貼ってあるのには閉口している。AKB48は嫌い。
27歳のWEBデザイナ。デザイン・コーディングはもちろん、簡単なプログラミングやディレクションまでこなすが器用貧乏。DTP上がりのデザイナをバカにしている。
29歳の料理研究家。手軽に作れる料理を紹介する。たまに明らかにおかしい料理を考案して顰蹙を買う。
37歳のトラック運転手。暇があればいつもケータイをいじっており、運転中もいじっている(危険)。育ちは良くない。子どもに不思議な名前(キラキラネーム)をつける。
17歳の女子高生。パンツが見えそうな短いスカートをはいている。ビッチに見えるが実は処女。ニコニコ動画さんと同じ高校に通っているがお互い違うグループに所属しているので話したことはない。アメーバさんに憧れている。
25歳のサラリーマン。常にケータイをいじっている。一見するとリア充っぽく見えるがそうでもない。mixiさん・グリーさんと犬猿の仲。
31歳のサラリーマンで2chさんの弟。兄弟仲は悪い。2次元人だが脳内嫁が1クールごとに変わる。収入のほとんどをアニメBlu-rayやフィギュア、エロゲーや同人誌につぎ込む。典型的なアキバファッション。
70歳でヤフーさんの親戚。かつてはヤフーさんと同じく会社経営者だったが、会社はヤフーさんに売り渡し今は隠居状態。好々爺に見えるが昔はすごかった。