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はてなキーワード: 牧歌的とは

2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170419111942

同人界は変わらないのう。

でも婆が若い頃はもっと凄かったぞ。



20年以上前の話じゃ。

当時は当然ソーシャルゲームなどなく、スマホも無ければ携帯もなく、ネットすらなく、

ゲーム二次創作と言えば家庭用ゲーム機ファミコンスーファミなど)のゲームのもの

二次創作と言えば同人誌を作ってイベント頒布するしか発表の機会がないもの、じゃった。



その頃は、ゲーム発売前から同人誌を作る輩がおっての。

何故なら、発売日に買って即クリアしたとしても

それから原稿を描き、印刷して本を作り、イベントに出す…となると、どうしても時間がかかる。

今のように、思い立ったらすぐ描いてすぐネットに載せられる時代ではないからの。

でもなるべく早く(他サークルよりも早く)出せば、それだけ売れる。

よって、発売前からゲーム雑誌や事前発売する資料集などで発表されている情報のみを参考に同人誌を作り、

ゲーム発売直後のイベントで売る、と言う輩がおったのじゃ。



勿論実際はプレイしていないし、ストーリーは超序盤以外何も知らない訳じゃから

内容は薄い上に、プレイしなければ分からない「ネタバレ」要素は皆無となる。

主人公ビアンカ結婚すること・及びフローラ存在を知らずに書いたDQ5本、

ファリス女性である事を知らずに書いたFF5本、

ティナとロック恋人同士になると勘違いして書いたFF6本、

そんなものでも、発売日のプレイ直後で本に飢えた婆を含む買い手側は買っておったものじゃ。



今とは違い、牧歌的時代の話じゃがの。

勿論当時もそういったものを嫌う人もおったが、今のようにネットですぐサークルの悪評が広がる…なんて時代でもなかったからのう。

今は何でもすぐ広まるから、便利でもあるけれど、怖い時代じゃの。



追記

ブクマが沢山ついて驚いておる。

こんな婆の昔話に興味を持ってくれる人がいてくれて嬉しいのう。



婆は漫画アニメはあまり知らないのじゃが、センチメンタルグラフティは覚えておるぞ。

発売前に大人気となり大量にグッズと同人誌が出され、いざ発売したらあっという間に人気が無くなった伝説ゲームじゃな。

男性向けはまた空気が違うからのう…しか不思議世界だと思ったもんじゃ

当時同人誌を出したり買ったりしていた人は、まさかゲーム本編が暗黒太極拳などと呼ばれて

クソゲー界の有名作扱いになろうとは思ってもみなかったじゃろうなあ…



因みに上記の時代は、ゲームはまだまだ同人界ではマイナーで、

女性向けもBL(当時はやおいと言っていたがな)が主流ではなく

ギャグ原作に準じた設定のサブストーリーもの、軽めの男女カップリング(性描写はなく、ほのぼのとしたもの)が多かったんじゃ。

女性向けというより、一般向けと言った方がいいかもしれんの。

そういう意味でも牧歌的時代じゃった。

なので元々そう売れるジャンルでもなく、上では「出すのが早い方が売れるから」とは書いたが

儲け目的と言うよりは承認要求を満たす目的、或いは「設定だけで萌えしまい、発売まで待ちきれなかった」なんて人もおったであろうと思う。



ゲームBLの波が来たのは、婆はFF6からだったと記憶しておる。

それまで漫画アニメの人気ジャンルでやっていたサークルがどんどん参入してきて

次々「やおい」本を出す様を見て驚いたもんじゃ

それからFF7や格闘などのゲームジャンルブームに繋がっていったんじゃよ。



ゲーセンが中心の格闘ゲームは、特にプレイ同人(稼働後であっても)が多かったのう。

実際にプレイしている同人者や、同人に興味が無いゲーマーから

プレイしないのにゲーセンに何時間も居座って、他人プレイしてる画面だけ見て京サマとか言ってる同人女うざい」と言う悪口も聞いたもんじゃ

現代であれば、ネットゲーム動画だけ見るタイプじゃろうな。

多くのゲーセンで対戦台しか置いておらず、上級者たちが並んで対戦している中で

ゲームの腕前が未熟な者乱入するのは憚られるという事情もあったがの…

自宅で一人でプレイ出来て、誰でもとりあえずクリア出来るRPGとはまた違った世界じゃった。

SNK系であれば比較的早くネオジオで家庭用が売られていたが、これがまた高くてのう。

ソフトだけで2万~などという世界じゃ。中高生くらいであれば、買えない者も多かった。

財力がある大人であれば十分買える値段であるから、勿論買う者も多かったし

SNK以外だと家庭用は発売が大幅に遅れる移植版を待つしかないため、業務用の基板を買ったという猛者もおったがのう。



…話が長くなってしまったの。

歳をとると思い出話が長くなってのう、ここまで読んでくれた者がいたらありがたいことじゃ。

2017-03-18

街行く女性はみんな美しく素敵で多くの男性スタイルもよくスーツであれカジュルであれ違和感なく着こなしていて、

街中では絵に描いたような美しいビル牧歌的カフェが並んでいる。

そういう暮らしぶりの中でウンコしてるときだけはやっぱり俺は原始的哺乳類としての人間なんだなって思う。

公衆トイレだと左右の個室からブリブリというウンコをひねり出す音が聞こえてきて、街行く清潔感のあるあの人だってパンツウンコがついてるんだろうなと思うと、同じ人間なんだなって思う。

ウンコしてる自分が一番自分らしく人間らしいと思った。

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170315105249

観測範囲が狭いおかげで格差の実感に乏しかたか牧歌的に生きられたのさ

きっと

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170313211343

自分の周りだと

中堅上位は生きる価値のないゴミ呼ばわりで

底辺底辺幸せがあるからオッケーみたいな感じだから

元増田も前者を叩くマウンティング一種に見えてしまうな

でも本当はこんな話も牧歌的で本当に底辺死ぬ時代が来るんだろうな

2017-03-01

>「あいたたた。」くらいの痛み。手指を挟まれる分には特に怪我もしないので強気に掴もう。男ならこれくらい気にすんな!女もだ!

この言い方すごい気に入った。

みんなで一緒にがんばるぞー!って感じが絵に浮かんできてめっちゃ癒される。

ドブ以下の糞脳みそフェミ戦士たちもこれくらい牧歌的啓蒙していけばいいのに何ですぐ対立構造に盛っていきたがるのか。

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170227152938

赤の他人荷物持たせるなんて防犯上勘弁して欲しいので変な思想を広めないで欲しい。

そんなのが広がって、荷物持ちましょうかなんて言ってくる人が増えて、

断ったら折角親切心で声かけてやったのに生意気だ的な逆切れされる人が増えるのが目に見える。

そこで平気で荷物を持たせてしまう人が大多数という牧歌的地域満員電車なんかない田舎だけでしょ。

2017-02-11

けものフレンズが「書籍」として円盤を出すということ

けものフレンズアニメ円盤は「書籍」として販売される。これはわりと衝撃的なことではないか。これは円盤販売において2つのメリットを生む。

書店での販売がなされること。

・定価での販売強制されること。

後者メリットは、日本が誇る世界に冠たる再販制度により生まれものであり、値下げ競争から解放意味している。

これは本当に大きいことで、大抵は高い定価に対してショップがどれだけ割引・店舗限定特典を付与できるかで勝負していたアニメ円盤販売根底から覆る。なんせ価格面での対決は何もできないのだからショップ間の差別化の主軸はディスプレイの巧拙になるだろう。そして販売者から見れば、値下げ競争の影響を受けず悠々と利益を得られるという牧歌的世界にいられるだろう。

当然ながらいいことづくめではなく、特に販売者側は返品という強烈なリスクを負う。このため価格設定在庫管理はとても難しくなり、けものフレンズ一巻のように「定価がそもそも安い」「厳しい在庫管理に突発的ヒットに対応できない」ということになるだろう。

また、どうみても円盤主体商品を「書籍」と言い張るこの手法がどこまで通じるかも見所だろう。食玩として売るプラモとは違い、こちらは定価強制販売問題が絡むため、そう簡単に終わらない気がする。

2017-02-01

個人的ランキングやめろ

互助会ブロガーありがちな個人的ランキング00年代までならテキストサイトの名残溢れる牧歌的な内容だったし、自分趣味を伝えようと躍起なので門外漢でも興味を持って読める内容だった。それは書き手が少ないから、必然的自分趣味熱量のある人しか書かなかったからだろう。

今は別に検索に引っかかりやすそう」「多くの人が話題にしてくれそう」が狙いのランキングしかなく、また大して興味もないのだろうからありふれた内容にしかならない。そして全然興味がないか簡単コメントしかつけない。一昔前のニュースサイトか。多少入れた些細なジョークラーメンふりかけ胡椒くらいにしかなってない。

からもう、羅列型でやるくらいだったら「1位」に選んだものだけの愛情やらなんやらを具体的に読みたいのよ。ストレート好意でもいいし、なんかものすごく偏った欲望でもいいし。100人いたら100人はだいたい理解できるような感想とか考えはどうでも良い。テンプレうんこコメントランキング作るのだってテンプレでも20分はかかるでしょ。同じ20分かけるなら、もうちょっと自分の中身を掘り下げることをしてくれ。そうじゃないとこいつはとにかくこいつは安くて雑な油で揚げてなおかつカッチカチに冷えた半額の天ぷらを「半額だー」という人間の買った天ぷらが入ったプラ容器からこぼれ落ちた天かすを拾ってご飯にかけて食べているような貧困未満のかわいそうな人としか思えないし、テキストいう文化的なことに対して(アフィリエイトとは言え)生じた金が文化貢献とかではなくかわいそうな人達へ小銭投げてやるような行為しか思えなくなって、人生に対してうるおいが一瞬で乾く。書き手として、先生に習ったとおりに一生懸命書いたテンプレ記事が、物乞いレベルの小銭拾いでいいのか。そんな貧しいものよりも、ヘッタクソでもいい。個人的で、歪んでて、貧しい自分文化資本対峙してて、それでもなおかつ引きずり出したボロボロ個人的テキストのほうが物乞い小銭拾いよいも100倍価値はあるはず。面白いかどうかは知らないけど。でもテンプレうんこテキスト面白くないんだから文章力アップしそうなほうがええやろ。

要するに、多少は書き手意志存在しているようには思えるものが読みたい。まあ、それでアクセスなんて稼げないだろうけど、アクセスアップ先生から習った炎上タイトル法でなんとかすればいいでしょ。

いやでももランキングに限らずテンプレで書いちゃうのは書がないよな。別にテキストを書きたい欲求が強くて書いてるというよりは、小金を稼ぐために書き物の練習をしているのだろうから。拙い習作を褒めあってモチベーション維持することは大事だよね。どんだけ継続するか知らんけど。

マンガしろ音楽しろ小説しろテレビしろ歴史的な背景を踏まえるほどの知識もなく、技術論もわからず、過度の愛情をいだいているわけでもないんだから、そうやって自身を含めた大衆のおもねったテンプレ記事を量産するくらいしか練習するすべはないよな。ほとんどテンプレなので、サロンとかブログ講座みたいなものがどういう講習をしているのかだいたいわかってしまう。ほぼ悪の商売だ。エロ詐欺・高額バイト詐欺と同質で、習ってるやつの防犯意識について考えると辛い気持ちになる。

2017-01-17

http://anond.hatelabo.jp/20170116162327

うちの婆ちゃんは空襲には合わなかった(話さなかっただけかもしれないけど)けど勤労動員の話はしていた。

なんでも霞ケ浦兵学校だかで電話の交換手をしていたらしい。

本人曰く

「こんな田舎の娘っ子に交換手ができるわけないだわさ。

電話が来て、はいはいって言ってつなぐけど、わかんないもんだから間違えるわけさ。

それはもう怒られるけど、怒られたってできないものはできないんだから、また適当につなぐわさ。

それでまた怒られて…」

聞いている分には牧歌的だけど、当時の大人からすればこれで勝てるとは思わなかったんじゃないの。

2016-12-23

漫画図書館Zの漫画紹介(年代順)その2

その1(http://anond.hatelabo.jp/20161223120406)からの続き。


2000-2003 ななか 6/17 (www.mangaz.com/book/detail/45211)

ガリ勉クラスの中で浮いていた霧里七華(十七歳)が、ある出来事きっかけに心だけ六歳に戻ってしまった。心が子供に戻った彼女に幼馴染の凪原稔二や同級生雨宮さんが振り回されたりもしながら、十七歳の七華と稔二と雨宮さんの三角関係を描く漫画であるラブコメなんだけど普段のラブ成分は少なめで、大事なところでドバッとでる感じ。それと恋愛よりも人を思いやるという心の成長を主題にしているためか、幼馴染大勝利!とならない。

ヒロインタイトルにも名前が入っているとおり七華なんだけど、十七歳の七華はたまにしか出ないレアキャラだし、雨宮さんかわいいし、雨宮さん優しいし、雨宮さん頼りになるし、はじめはいじめっ子として出てきたのに、あっという間に稔二との過去話が補完されたし、実質雨宮さんがメインヒロイン(ちなみに人気投票下馬評ではぶっちぎりだった)。雨宮さんは、いつも赤面していて、だいたいいつも報われないんだけど、時々とても幸せそうな顔をする瞬間があって本当に応援したくなる。

でも本当はドミ子が一番かわいい



2002-2006 聖戦エルナサーガII (www.mangaz.com/book/detail/75451)

あらすじ

どこにでもいるような普通女子高生エルナは、普通の家庭で普通に暮らしていた。しかし都市部工事現場から古代ギムレー期の伝説聖剣が見つかったことで、彼女の血に隠された王族の魔力が彼女の運命を残酷に捻じ曲げていく。

携帯電話インターネット存在する現代的な科学世界の上で、真面目に魔法や空想の生物の力を扱ったらどうなるのか。魔法は通常兵器と異なり術者一人だけで大規模破壊暗殺行為が可能になる。そんな力がテロリストに渡ったら政府はどう対応するのか。

既存の力を軽く超えた魔法の力が存在することの恐怖とはどんなものか。SFファンタジーである

ギムレー期の伝説エルナサーガ」を描いたIと合わせてどうぞ。



2002-2004 てんしのはねとアクマのシッポ (www.mangaz.com/book/detail/44921)

絵がかわいい。意外とストーリーがしっかりしている。ふわふわキャラ可愛い

一応ストーリーを。天使が通う森の学園になぜか入学した悪魔のルカ。毎日天使ハニエルに振り回されながらどこかおかしい学園の真相に気がついていくストーリー



2004-2006 オレの子ですか? (www.mangaz.com/book/detail/44591)

  • 著者 : くりた 陸
  • 連載誌: THEデザート
  • 巻数 : 5

軟派な大学生潤が、身元不明女性からあなたのこどもです」と一歳児スミレちゃんを押し付けられてシングルファーザーをする話。

はじめはスミレのことをうっとおしく思っていた潤だけど、日々の成長を見守っていくうちに一人のパパとして成長していく。スミレが通う保育園の優子先生との恋愛も子育てと並んでこの漫画の中心となるが、スミレが本当に潤の子である可能性も出てきて、なかなか仲が進展しない。

スミレの戸籍上の父親で売れない俳優の椿吾郎が、愛のない家庭で育ったことで、子供の愛し方を知らなかったけれど、スミレと触れ合っていくことで過去を乗り越えていくながれがすばらしい。子育ては子供を成長させるのではなくて、子供とともに成長することなんだ。

まり結局のところ、幼児のスミレちゃんが愛くるしいのでホオを緩めて愛でましょう。



2005-2007 Dear Monkey 西遊記 (www.mangaz.com//book/detail/43941)

玄奘三蔵の妹テンテンが、妖怪の総大将 孫悟空に殺された兄の代わりに、旅の仲間たちと共に天竺を目指すストーリー、つまり西遊記。ところが、西遊記を作者が思いっきりやりたいようにアレンジしてしまった。

仲間の悟空オリジナル悟空クローンだったり、悟空師匠の悟浄が軍服の眼帯女だったり、昔の中国だって地の文にも書いているのに重火器携帯電話が思いっきり登場したり大変自由。果てにはロボットまでも出てくる。

しかしながらエンタメとして安定して面白いのでおすすめ



2005-2011 あかりや (www.mangaz.com/book/detail/46061)

  • 著者 : 赤美 潤一郎
  • 連載誌: ネムキ
  • 巻数 : 1

あかりや」というどんあかりでも揃っている店を舞台に、宮沢賢治の幻想的な香りに人の心のぐちゃぐちゃした猟奇臭を加算した奇妙な話の連作集。

例えば、子孫を残せずに死んでしまった渡り鳥が、鳥神様に許されるために渡り鳥の群れを導く光となる「第3話」のように残酷ながらも美しい話があるかと思えば、思いっきりカニバる「第2話」のような話があったりする。オススメ芸術家の業と歪な肉親愛が題材の「第4話」。絵を書かずにはいられない姉と姉が好きすぎる弟が、姉が事故で光を失ったことで尋常ではない共依存のような関係になってしまう話。

シャープな絵柄なので、ホラーによく合うし、後味も悪くない。

ところで機械人間のバイトちゃんがかわいい



2005-2008 寒くなると肩を寄せて (www.mangaz.com//book/detail/66821)

あらすじ

かつては浄水施設だった街で、街の一画と共に水の底に沈んだ家族に心を囚われるユィと貯水壁が壊れる夜を描く「水槽の街」、ツノと尻尾が生えた少女が、鬼に胸を貫かれてほぼ全裸になる「少女というより痴女だった」、真面目系とチャラ男系という完璧にタイプが違う中学生芹沢工藤が、偶然ビデオ店で出会ったことから共通の趣味を見つけ、友達未満になる話「友達だなんて思っていないんだ」などを収めた短編集。

作者である鈴木健也さんの描く人物は非常に肉感的なんだけど、特徴的な線かな。

一番のおすすめは「ジゼルとエステル」。サーカスの見せ物で美しいシャム双生児少女ジゼルとエステルが、エステル男の子に恋したせいで、(おもにジゼルが)物理的に精神的に引き裂かれる話。じつにえぐくて物悲しい。信じていたものに裏切られるつらさ。

こころがぐりぐりされる。



2006-2007 椿ナイトクラブ (www.mangaz.com/book/detail/121101)

おばか変態ギャグ漫画。ここで紹介するのは、フレイヤ騎士団ナイトクラブ)の美の化身こと鏡尋斗の必殺技、「男子魅了(読み: バンコラン)」効果: 男子を操る、に負けたから。ちなみに三巻の57-58ページ。あとブルマに対する作者の情熱がものすごい。



2007-2008 デュアルジャスティス (www.mangaz.com/book/detail/45941)

特撮アニメ、学園、そして拳である

人々が天を忘れた時、地の底から邪なものが這い出してくる。その都度、神は大地へ天の使いを送った。そう…邪悪を祓い、人々の心に再び天を抱かせるために…。

時は現代、地上に邪なものが現れると、彼らが現れる。天に選ばれた戦士たち、そう、「天空特警 アヴァロン」と「美少女天使 パレストリーナ!!!

特撮アニメリスペクトヒーロー漫画マッシヴなのに意外と理知的なアヴァロン(中身は不良)と目立つの大好きパレストリーナ(中身は生真面目生徒会長)のコンビがいい感じ。

面白いのが、天と邪なるものとのパワーバランスは天を信じる人々の数で決まるため、敵側が、現代情報社会であることを利用した情報戦イメージ戦略で攻撃してくるところ。現実でこれやられたらかなり人間不信になる自信がこの増田にはある。



2007-2008 モンスターキネマトグラフ (www.mangaz.com/book/detail/71031)

もし怪獣に変身することができるお姉さんがいたらってお話。

時代は第二次世界大戦が終わってしばらく経った日本主人公の間宮さんは興奮すると自分の意思に関わらず大怪獣に変身しちゃう厄介な体質の持ち主。大戦中はその能力に目をつけられて軍事利用されたり、戦後も政府監視下に置かれたりと自分の体質に翻弄される。
しかし戦後は怪獣映画メインキャスト(怪獣)を務めたり、自分の力に折り合いをつけだんだんと自分の幸せを見つけていく。

主人公関西弁バリバリなのがグッドポイント

おすすめ場面は、変身しなきゃいけないのになかなか変身できない場面で、秘密兵器(美少年のいけない写真満載の雑誌)を見て「あかんわー」と叫びながら変身する場面。



2009-2010 ラブんラブ (www.mangaz.com/book/detail/120121)

毎日ラブを探してラブにラブする中学生 相田愛子(ラブ子)をはじめとして、サッカーに生きるラブ子の幼馴染 国立カケル、年の離れた弟たちの世話で大変な砂田素直(すなちゃん)、クール勉強家 北王子学斗、おっとりして奥手の浦上麗(うららん)たちが好きな相手にドキドキしたり、意識していなかった相手意識してドキドキしたりする固い蕾のような青春漫画

他人のラブにはすっ飛んでくるのに、自分のラブにはうまく答えが出せないラブ子が素直でいいんだこれが。

あとラブ子のラブ暴走っぷりもいいんだけど、おっとりで学斗に一途純情のうららちゃんが、自分ではない女のことに頭を奪われてしまった男に興奮します。

「目の前の私をみていない 瞳」

「私以外の 誰かを 好きな瞳」

「ドキドキした 私 おかしい」

ふわふわ感がよかった人は「ふわふわカタログ」(www.mangaz.com/book/detail/115531)、変態感とエグみがよかったひとは「魔法少年マジョーリアン」(www.mangaz.com/book/detail/120131)と「姉さんゴーホーム」(www.mangaz.com/book/detail/120111)へ行きましょう。

前者は、月刊MOEで連載されていてもおかしくないフワフワポワポワな内容で、後者では、いたけない二人の少年がナイスバディなお姉様に変身して敵と戦う話と、大切な記憶を守るためにそれ以外を全て捨てて狂っていく女性の話が読めます



2010年代 ハルン谷テイル (www.mangaz.com/book/detail/126441)

古い村とその村に寄り添うようにしてある古城をめぐる一話完結型の牧歌的雰囲気漫画。村の近くに見えるお城だけど、近づいても近づいても一向に近づけなくて、離れようとしたらお城に近づいてしまうこと、池で水遊びをしていたら、水面に映った逆さ城の中に入ってしまう、など幻想的で牧歌的漫画

絵柄がかわいらしくて、ますむらひろしアタゴオルみたい。自身のHPで連載しているとのこと。



2010-2014 マジャン 〜畏村奇聞〜 (www.mangaz.com/book/detail/120651)

麻雀は絵柄を揃えたら役が出来るくらいしか知らないけど、この漫画は一戦いっせんに熱があって面白い

単なる麻雀の漫画ではなくて、マジャンという麻雀のルールに加えて特殊ルールトランプジョーカーみたいな牌が入っているとか)があるので、単なる麻雀好きの学生だった主人公が特殊ルールに苦しみながらルールを解き明かす部分を読者として共有できて良い。

麻雀要素以外にも、閉じた村、おどろおどろしい伝承、そして表面上は普通なのに、ある事柄にだけ一様に口を閉ざす村人など横溝正史的成分も満載。

麻雀は門外漢だけど、主人公の打ち筋がデータ・確率重視なところが現代的で面白いと思う。まあそのせいで、麻雀と異なるマジャンの特別ルールをはじめ、村の奇習/因習に主人公は振り回されるのだけど。

こちらのレビューが詳しい「竜騎士07が震撼した漫画「マジャン~畏村奇聞~」」(http://blog.livedoor.jp/inoken_the_world/archives/51895567.html)。



以上。増田的には全部何度でも読み返せるくらい面白いけど、あえてオススメするなら「ゆめのかよいじ」(https://www.mangaz.com/book/detail/43881)が一番心に残ったかな。ちなみに連載期間調べるのめちゃくちゃ大変だった。

最後に、面白い作品に出会えたことについて、漫画図書館を始めた赤松健先生に感謝。

2016-11-21

http://anond.hatelabo.jp/20161121011110

言いたいことは理解できるが、平成狸合戦ぽんぽこの方は学生運動かぶれの左翼アニメないし、それを皮肉ったアニメしかいからなあ。

あの生き残ってる狸って結局赤軍とかになったって話でしょ、結局。ほかは帰化していったと。

だったら片隅で生きてますとかそういう牧歌的な部分を重ねることは無理だよ。

落ち武者のその後みたいな感じで捉えたほうがしっくり来る。

2016-11-20

食用牛の一生(平均的なの)

http://www.mazimazi-party.com/entry/cow

まり牧歌的すぎてつっこもうかと思ったがヤボなんで増田に書く

今は食用牛のほとんどは人工授精であるhttp://chiharuh.jp/?p=2915

自然交配させて父牛母牛と同じ牧場で仔牛が育つ牧場も全くないわけではないが、いい肉質の仔牛を産んでもらうために、だいたいは人工授精

まれた仔牛は6ヶ月から遅くとも12ヶ月ぐらいになると今度は肥育をする牧場ドナドナされていく。

1年半くらいかけて体重6〜700kgぐらいまで育てて出荷される。

母牛父牛は、肥育されて出荷される仔牛より長生である

特に父牛は子種をぎりぎりまで搾り取られる運命のため長く生かされる。

2016-10-31

3Dにして制作費あがるんなら2Dにすればええんちゃうって思うんだけど

ドラクエとかさ。

俺、SFCのVの牧歌的グラフィックと初期SFCのチープなサウンドドライバまったりしたスピード感、全部好きなんだよ。

もちろんリメイクの軽快さもいいけど、次リメイクするぐらいならSFCのまま移植してほしい。

どうしてゲーム開発会社の人たちって、何かにつけて新しくしたがるんだろう。

そのまんまでもいいものはいいんだよ。

2016-08-27

船越一郎のドヘタクソな模写がホッテントリに上がる、牧歌的で眼が腐ってるこの感じ。

怒りはなく諦念を感じる。

2016-07-07

この度は手前の発言によりいたずらに事態を大きくさせてしまったことをお詫びさせてい­ただきます

http://anond.hatelabo.jp/20160623085920

yoshimasu。 • この度は手前の発言によりいたずらに事態を大きくさせてしまったことをお詫びさせてい­ただきます。...

http://masmeyoshimoto.tumblr.com/post/147025191916/%E3%81%93%E3%81%AE%E5%BA%A6%E3%81%AF%E6%89%8B%E5%89%8D%E3%81%AE%E7%99%BA%E8%A8%80%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8A%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%9A%E3%82%89%E3%81%AB%E4%BA%8B%E6%85%8B%E3%82%92%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%8F%E3%81%95%E3%81%9B%E3%81%A6%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%92%E3%81%8A%E8%A9%AB%E3%81%B3%E3%81%95%E3%81%9B%E3%81%A6%E3%81%84-%E3%81%9F%E3%81%A0%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99

この度は手前の発言によりいたずらに事態を大きくさせてしまったことをお詫びさせてい­ただきます

また、最終回脚本に関してですが、 私も構成会議には参加しており、「最終回どうし­ましょうね」という相談

「センダイに行けばいいんじゃないですか?センダイでアクシデ­ント起こしたまちを助けるためにナツも車の上を飛び飛び走ったりして、合流してひと盛り­上がりして、終わる」

というようなこと提案しましたので、もし該当する部分に違和感を感­じる方がいましたら私の責任です。申し訳ございません。

私が言うまでもなくアニメ版には原作には出せないアクションの迫力や、お色気や、可愛­い細かい仕草、なにより安定した作画があり、

オリジナル要素にも、私では描くことができ­ないキャラクター牧歌的な村の風景などが描かれており、素晴らしい見どころがたくさん­あります

それは他ならぬアニメスタッフの皆様の尽力の賜物であり、最後まで頑張って下さった­

皆さんの仕事感謝気持ちを述べさせていただきたいと思います。­

大変ありがとうございました。

TVアニメくまみこ公式サイト

http://kmmk.tv/news.html?id=n079

TVアニメーションくまみこ」に関しまして、

まずは原作月刊コミックフラッパー編集部正式な許諾を得て、

監督脚本はじめアニメーション制作スタッフの総意と製作委員会合意の下、

しかるべきプロセスを踏まえて制作されていることをご報告致します。

ひきつづき、コミックアニメーション

くまみこ」の応援をよろしくお願い申し上げます

2016-07-05

http://anond.hatelabo.jp/20160705134209

最初におまえは書いているよね。

ラノベの表紙、挿絵には多分必ず人物絵が入っている。(中略)

でもこれって人の発想力想像力を大きく削っていると思うんだ。

なんでラノベだけ? アニメマンガ想像力を大きく削ってないの? WHY

そもそも挿絵想像力を奪うとか、一から想像するのが小説面白さだとか、ぜーんぶおまえの思い込みだよね。

いや、おまえはそうなんだろうね、良かったね、でもおまえの超狭い読書体験押し付けないでくれません?

っていうので俺の言いたいことは完結してるんだけど。

ついでに言えば、ラノベが生まれてもう二十年三十年になろうというのに、「イラストが付いているのが珍しいから売れた」とか的外れもいいとこじゃない?

そこが的外れから以降の主張も支離滅裂だし、「イラストに飽きた」とか言われてもなあ、そもそも飽きるようなもんじゃねえし。

出版社口コミを重視しない、プッシュしないとかいうのも牧歌的認識だよなぁ。

しろ何で出版社口コミのことを無視してると思ってるの。

(あ、もちろん「口コミを重視」というのはステマをやるという意味じゃないよ)

2016-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20160605185145

いや、昭和だったらそのくらいの多様性がむしろ普通格差関係ないよ。

格差社会だったら、同窓の人たちが大体似たような生き方してることになるから

地方都市はまだ多様性が残っていていいな。東京都心だとそういう牧歌的ものなくなった。

2016-05-24

フランス宿泊業界団体代表Airbnbに対して本当に言いたかったこと

オレは「民間簡易宿泊施設」には反対派で、「お家に泊まろう」は賛成派。

Airbnbは、ざっと言って「シェア」と「脱法ホテル」の2つがあって、

フランスは「シェア」が主流なので、宿泊関係者の歯切れが悪い。

この辺、混ざって理解してると結構メンドウなので、簡単に。

まずAirbnbとは

昔な、カウチサーフィンってのが流行ったんだ。

カウチってのはまあ、寝られるようなソファーのことだと思ってくれ。

貧乏学生がカネない時に、友だちんちに泊めてもらうだろう?

あれを組織化してった時代があったんだわ。まだあるけど。

(オッサンなら、ヒッピーユースホステルとかで通じるか)



時代は下って、家賃高くなってきた。なんかイベントあるとホテルはすぐ一杯だ。

で、Airbedandbreakfast.com(エアマットと朝食)という名前で、サービスを作った。

まんま、簡易マットで寝て朝飯付くぜというサービスな。

民宿カウチサーフィンのちょうどあいだ。

「誰か泊めるよ」「泊まりたいぜ」のマッチングサービスだな。

フランス民業圧迫中のシェアリングエコノミー

余ってるものを貸し出して有効活用しようってのがシェアリングエコノミーで、

余った部屋にベッド入れたり、リビングに人泊めて、ちょっと稼ごうよ、と言うヤツ。

簡単民宿出来るよってサービスだな。安いし当然借りたい人は居る。



主にフランスで主張されてたり、欧州で主張されてるのがこっちね。

まあ、日本には「田舎に泊まろう!」って偉大な番組があるから、アレ観てくれ。

お話したり、現地の朝飯堪能したり、場合によってはちょっと近所の案内もしてくれる。

新婚さんを暇なばあさんが泊めて、お互いハッピーみたいな。

フランス宿泊業界圧迫してんのがこっちね。

日本問題勃発中の簡易宿泊所マッチング

長期休暇がアタリマエの欧米さんたちには「部屋を長期間空ける」という羨ましい悩みがあってだな。

映画ドラマでもたまに見るかもしれないが、裕福な連中ほど長期休暇でどっか行きたがる。

マコーレー・カルキンくんのホーム・アローンを観たことあるヤツもいるだろ?

というわけで、この空いてる家を誰かに貸すって供給がある。

で、需要もあった。



……つまりホストとの心あたたまる交流じゃなくて、安ホテル目的も多いのでは?

というわけで、物件買ってメイド雇って、宿泊ビジネスになるわけだね。

比率としてはアメリカで多い。

これは脱法ホテル違法ホテルと言って差し支えない。

会見で歯切れが悪かった&噛み合わなかったワケ

フランス観光大国だけあって、ホテル料金が高ぇ。

もやしもん」のフランス編みりゃ判ると思うが、サービスもまあヒデぇ。

フランスって、ホテルの受付でも普通にパレフランセ?とか聞いてくるし)

ただまあ、接客業としてのサービスはなんかちょっとアレなんだが、良い人は多い。



漫画好きも多いし、わたし町田住んでた!町田知ってる?みたいな話になると、とたんに愛想が良くなる。

矛盾はしてない。接客に難があるだけで、趣味人も良い人も多い。

airbnbみたいな「ホスト側が100%泊める人を選り好みできる」サービスと、相性が良い。

自分んちに人を泊める側も、泊まりに行く側も、シェアリングエコノミーは歓迎されている。

もちろん、ビジネス目的簡易宿泊所も増えているので問題にはなってるけど、比率としては小さい。



なので、フランスでは定年過ぎた老夫婦の部屋貸しとか、都会のオシャレさんの部屋貸しとかで、ホテルが圧迫されてる。

匿名を潰せと言ってるのは、この「老夫婦が年に4ヶ月までって言う制限無視して際限なく受け入れてる」ことを指してる。

近所の暇な老夫婦連中が、ガンガン手厚くオモテナシしてホテルの客層奪ってる。困るわ-、という状況。

違法ホテル問題に直面してる日本では、ちょっとピンと来ないよね。

日本での問題点

不幸なことに、日本Airbnbは、ビジネスから入ってきている。

築古マンション500万で買って、二段ベッド4つ入れて、マッチングAirbnb

1人1500円で貸し出せば6000円/日で、8割稼働で14万/月ですよ!3年で元取れますよ!

まあ、小金持ちがカモられてる段階だが、そこはそれ。



これ、さっきも言ったけど、違法ホテルで、安全性とかガン無視よね。

ホテルニュージャパン火災も遠くなったからなあ。

なし崩しで解禁される可能性もあるよね。

というわけで、最初から違法ホテル」と「Airbnb」とがイコールで繋がってる日本では、

フランス宿泊業界団体シェアリングエコノミーに対して感じてる絶望感とか、ピンと来てないと思う。

雑なまとめ

お家に泊まろう式のシェアリングエコノミーは、ワリと牧歌的のんびりした感じ。

ただ、フランスでは1年に4ヶ月までにせよ、と決まってる。けど無視する人も居て、

匿名を潰せっていうのは、この4ヶ月制限キッチリしないと超繁盛されるよって話。

脱法ホテルは、単に運が良いだけで、いずれ災難に見舞われるだろう。ツボを買え。



なお、お家に泊まろう式の問題点は今回割愛しましたが、

ファンが嵐ファンを泊める「嵐bnb」ってサービス想像すると、大体あってる。

2016-04-22

前略、はてな様。(前編)

まずは、大変遅ればせながらはてな上場おめでとうございます。2ヶ月遅れですが。

私は一、はてな無名ファンです。

先にお断りしますと、この文章は長いです。12,000文字近くあります。そう言えば最近「長すぎて読めない」ってタグ見なくなりましたね。

元々は数日前に自分のブログに投稿したのですが、アイコンを見てもIDを見ても誰にも認識されていないであろう私がこんなことを書いているのも気持ち悪いような気がして、衝動的に消してしまいました。そんな文章ですが、せっかく書いたので思い返して増田に投下します。それでも交流のある僅かな方からは、「あ、あいつだ」とすぐバレると思いますが、全く構いません。

大げさな振りをしてしまいましたが、この、はてなの世界からゆるやかに距離を置こうと思いまして。

ハイコンテクストな話題で、関係者でも有名ユーザーでもない私が語るには随分と分不相応であろうことは承知しているのですが、私は人知れず長年このはてなという会社とそのサービス利用者でした。たぶん、相当熱心なファンのほうだと思います

しかしこのはてなという界隈、おそらく長年世間一般的には「俺ははてなが大好きなんだー!!」とはなかなか言い出しづらい雰囲気と言いますか、一部一種のギークナードか?)臭さみたいなものから逃れられないセグメント感があったために、公の場であまりそれを声を大にして語る機会が無かったという状況があったような気はしています

勝手な想像ですが、よく言われるとおり先日上場した株式会社はてなとしてはきっと、そういった閉鎖的なカルチャーからの脱却を図る必要があるのは事実なのであろうと考えています

私は「はてな界隈」という自然発生的な、「インターネット好き」が作ったプラットフォームコンシューマージェネレイテッドなコンテンツが組み合わさってできた若干マニアックな文化がとても好きで、かつてインターネットに期待していたワクワク感のようなものを自分の感性ともっとも近い形で目指している会社だなと思っていたので、はてなを好んで使っていた理由も、今これを書いている理由も、サービスが向かう方向性とのギャップが発生したということで仕方ないのかな、と考えてはいます

回りくどい書き方ですが、つまり、ここ最近(数年)の急激な利用者層の変化、人気ブログホッテントリに上がってくる記事とその使われ方の変化、新たな利用者層との精神的摩擦に疲れて消耗するのが嫌になった、ということです。

私は自分の楽しみのために自分が面白いこと書き、読むっていうスタンスで自分のスペースを使ってきたので特定のユーザー群を非難するのはその趣旨とズレるし、メタな「ブログ論」を書くつもりは無いんです。なのでわかりやすバズワードは書きませんけど、要は、そういうことです。お察し。


ここまで書いておいてから自己ツッコミを入れますが、私がここでこんなことを書いていても、おそらくそれほどの価値は無いのでしょう。

私は長年使っているとは言いながらも、所謂はてな村」と言われるような有名ユーザー層に所属するようなアカウントではないし、特別人に見られるコンテンツを上げていたわけでもコミュニケーションを取っていたわけでもないし、こんなことをグダグダ書いていても「知らない人。気持ち悪い。」で片付けられてしまうような気はします。

コンテンツもお金も落としてもいないアカウントですので、ある意味運営側の立場から見れば、「うるさいことだけごちゃごちゃ言って全くサービスに貢献しない面倒くさいアカウント」あるいは「フリーライダー」と言われても仕方がない気がします。

これは別に被害妄想を語っているわけではなくて、自分がサービスを利用して得たメリットと、お客さんとしての価値を第三者的に見た時、そういう風に判断されてしまっても仕方ないかな、と冷静に思っただけです。

最近はてなブログブクマを見ていて、「これは自分には合わないな」と思ってケチを付けたくなる機会が多くなってきたことと、でも、ケチを付ける発言力(あるいは権利)のバランスを天秤に掛けて、ああ、もう自分が楽しく見ていられる場所ではないのかな、と感じることが増えてきたことと、単なる1ユーザなのにそんなことを考えてしまうこと、考えさせられてしまうことが嫌になってきてしまったということがあって、こりゃ、私の居場所はもう無いのかもしれないな、と思いつつあるということです。

かつての掲示板サービス群から始まってブログランキングやら、SNSやら、インターネットサービスではいろんなところでこのような文化の変遷みたいな場面は見てきたはずなのだけれども、思ったより自分の生活の大きな部分にはてブが入り込んで浸透していたことに自分でもかなり驚いていますね。

前提としてなぜ、こんなマイナーキャラの私がそこまで一、ネットサービスに入れ込んでいたのかについてちょっと語らせてください。長くてすみません

私のはてな歴は12年くらいです。長かったらどうだというわけでは無いのですが、はてなを知ったのはまだ人力検索しか無かったころで、自分が実際にユーザーになったのは例の「日本人にはブログより日記」のちょっと後、「はてなダイアリーはてなブログに名称変更」とかエイプリルフールネタでやっていたころです。最古参ではなくて、ブログブームの頃に「はてな界隈」を意識するようになったので第2世代くらい、ということになるのでしょうか。

その後アカウントが一回変わっていて今のIDは5、6年くらい前に取りなおしたものなので、おそらく古参ぽさは無いですね。


はてなには他社のサービスと比べてとりわけIT系ユーザー比率が高いと思いますが、私もそうです。一貫してネット関連ですが完全な同業というわけではなく、何度か変遷を経て今は流通系事業会社インターネット事業担当になったというキャリアです。

はてなのサービスを認識した時はちょうどMovableTypeの2.6あたりが日本でも流行りだした頃で、「Web日記がhtml無しでこんなに簡単にできるなんて!」「コメントとかトラバとかすげー!コミュニティ作れまくり!」とかっていう話題で日々興奮していたのを覚えています90年代後半からネットは見ていたけれど、これからいよいよ「普通の人」にもオープンに普及していくんだなー、と夢描きながら仕事で、あるいはプライベートでどう活用しようか考えていたんですよ。「Web2.0」より2年前くらいのことですね。

その頃、ちょうどあるECサイトコミュニティサービスの担当をしていたんですね。いろいろやりましたよ。掲示板サービス炎上して閉鎖に追い込まれたり、画像著作権で揉めたり、ブログが使えるようになってからは、「ブログ商品の宣伝を書いてリンクを貼ってくれたら100ポイント!!」とかい現代であればGoogle警察が1日でぶっ飛ばしにくるようなプロモキャンペーンもせっせこ考えては公開してました。更にその後はOpenPNEベースのmixiっぽいSNSをやったりとか。

今考えるとうわーっていう企画も多かったのですが、おおらかながら大真面目にやってたんですよ。まじめに、ライトユーザーに使ってもらうにはどうしたらいいかとか、コアユーザーがどう伝搬してくれるかとか考えてました。その頃は(ネット上のマーケティングにおいては)セグメントの乖離とかそういう問題も今ほどは研究されていなかったし、たぶん自分でもまだ十分理解できてなかったんですよね。私はそんな感じの人間です。


自分語り方面脱線したので話を戻しますが、ブログブームちょい前の頃、世の中で出始めたブログアカウントを片っ端から取っては試すということをやっていたんですよ。ココログはてダから始まって、livedoor、goo、ExciteSeesaaJugem、FC2、楽天、MSN、ドリコムウェブリブログドブログYahooヤプログ、アメなんたら……

でですね、そのときにはてなの特異性に気付いたわけです。

なんだこりゃ、殺風景サイトだなぁ、なんか研究室みたいだなぁ、システム屋くさいなぁ、ってのが当時の正直な印象です。まったく間違ってないと思いますが。

ダイアリー以外の他のブログサービスはだいたい大手キャリア系か、大手ポータル系か、大手ホスティング系のいずれかじゃないですか。実際仕事で関わることがあったのはそういった会社さん達だったわけだったんですけど、私個人的にはこのはてなダイアリーってやつにとても興味を持ったんですよね。

純粋にIT系オタク集団(失礼)がコミュニティで勝負するっていう構図のサービスがすごく面白いなって思いまして、当時から実際にIT系のギーク技術記事とか、濃厚なネットのいざこざとかそういうのがぐちゃぐちゃと集積されつつあって、うわぁ危険と思いながらもはてなだけは明確に識別して見に行く感じになってたんですよね。

人力検索もそうですが、アンテナとか、キーワードとか。私はネットコミュニティをやりたくてこの世界に入ってきた人間なので、人と人をつなげるサービス、というコンセプトに対して面白いことをやろうとしている人達がいるんだなーって思ってたんです。こんな殺風景非コミュ論壇だらけのサイトなのに。なんだかそのギャップがまたすごく居心地が良くてね。よく閉鎖的って揶揄されるはてなですけど、私はそんな風に思ったことなかったな。

そう、私は村感というよりは、僻地の秘境だけどここは自由でオープンだ、っていうように感じていたんです。

今はなおさら顕著ですけど、その頃って既にインターネットサービス外来大手サービスに集約されつつあったじゃないですか。ブログにしたってMovableTypeWordpressも外から来たものだし、MySpaceとか、Facebookもそうだし、その後の流れって周知のとおりって感じじゃないですか。強いて言えばmixi……はやっぱべつにいいや。

そんな中、日本ドメスティックな小さなネットベンチャーが純粋なコミュニケーションの仕組みだけで世界観を醸成して、しかも生き残るっていうことに夢を感じたんですよ。まあ、ドメスティックっていう部分について言えば、jkondoさんが渡米した時期とかあったなぁ、とかあるんですけども。

はっきり告白しますけど、私のような自分で新しいプラットフォームを開発するほどの実力が無い中途半端ネット屋にとって、超恥ずかしながら彼らはヒーローだったんですよ。jkondoさんやnaoyaさんは私とほぼ同い年ですけど、勝手に同世代ヒーローだと思ってたんですよ。

はてなブックマークソーシャルブックマークという概念を身近に体験した時は「単なる『お気に入り』じゃなくて、興味を持ったものについて何時でも語り合える世界が作れるんだなあ」ってリアルに衝撃を受けたし、スターが登場した時は(FacebookTwitterより前に)これ、シンプルだけどもしかして世界を幸せにする機能じゃね?って感動したりしましたよ。

だいたい、jkondoさんはすごいんですよ。私など勝てる要素が無いですよ。スプリントでもロングでもヒルクライムでも絶対勝てないですよ。山も強いし、みんな山手線一周1時間48分てできます??サラッと書かれてたけど、メチャクチャ速いよ!!俺も何度もやってるけど、大真面目にやっても3時間切るのだって大変だよ。明治通り中央通りはともかく、田端駒込あたりの裏路地とかどうしてたんでしょうね。メッチャ危ないよ!!つか、あの頃の自転車クラスタみんなどこ行っちゃったんでしょうね……

何の話でしたっけ。そうそう、趣味が合いそうな人達が集ってるっていう話でしたね。

私の文章は、テキストサイトからアルファブロガーあたりまでの文章にめちゃくちゃ影響を受けていると思いますちょっと極端なことを書いたら「フロム先生の真似か」とツッコまれてドキッとしたり、写真クラスタの真似をしてやたらでかい写真を並べてみたり。最近は年に一回お正月だけに現れるmk2さんの文章を見ると涙が出そうになります。長文には慣れています。必死に調べないとついていけないような技術論議や、内蔵をさらけ出して書いたような、編集が入った本では読めないようなブログを読みたいし、そういう記事でみんなが共感していく世界が見たかったんです。

はてなブログ目次記法は便利だと思うんですけど、他所ニュースサイトに貼られた記事を引っ張って目次を並べていかがでしたか?なんていう記事を、私は単純に面白く読めないんですよ。「参考になりました!」じゃねーよ!!ならねーよ!!残念すぎるだろ!!なんて思ってたんですよ。

ここまでで既に5,000文字を超えてしまいましたが、話が飛んでしまったので一旦元に戻します。

まり、そういった「自分の好きなものを好きと言う」「好きなものを選んで、好きなものを見て共感する」という、人の本能的なコミュニケーションの楽しみの源泉のようなものを、私は求めていたんだと思います。自分の背中に正直な、泥だらけのスニーカーで追い越すような体験を期待していたんです。

もちろん、どんな時代にだって人と人のコミュニケーションにはいろいろあって、変わらないものがたくさんあるんだとは思いますよ。パソ通の時代だって、BBSの時代だって、初期のブログだって、「読みました。記念カキコ☆」はあったし、コメント欄で交流が繋がって新たな友達ができるという興奮だってあったし。

最近はてなだって、今、その興奮を新たに体験して純粋に喜びを感じている人達がいるはずだしそれはもちろん喜ばしいことなんですけど、さすがにこの情報過多なご時世なので、ツールと場所の管理と運営をしっかりやっていかないと、純粋な喜びを埋もれさせず、コンテンツの品質を保つのは相当に厳しいなという実感はありますね。

一般化、大衆化、というものはだいたいそうで、単純に「この村も昔は良かったのに」っておじいさんが言っているっていうような話ではないと思うんですよ。

こんなことを話している私自身が既にネット上では「古い側」の人間になっているのかもしれませんが、個人的には、「はてな村」とかって言われている界隈にそれほどイライラするような内輪感を感じたことは無いんですよね。実際にひどい攻撃的な言葉が飛んできて嫌な思いをしたことだってありますし、慣れ合いとかってのは昔も今もあるわけなんですけど、だいたいは好きなことを好きなように書いた、っていうモチベーションによって書かれた記事は、面白ければ当たるし、面白くなければ流行らないわけじゃないですか。読む側だって気に入ったら読めばいいし、気に入らなかったらスルーすればいい。だいたい、広い世界で見ればごく一部のできごとだっていう側面もあったわけじゃないですか。

だから、一定の、嘘を嘘と見抜ける程度のネットリテラシーさえあれば、海水浴場の中に浮かぶ邪魔漂着物があっても、農耕地が石だらけで荒地になっていても、単に避ければいいだけだって思ってたんです。

むしろ、良い記事にフォローが集まったり、ひどい記事はひどい記事でそれに集まった批判が有益だったり、そうやってやり取りを応酬する中で集合知として収斂されていくという光景は、みんなで海を掃除したり、畑を耕していくような感覚を覚えていつもネット醍醐味であり爽快ですらありました。


……でもね。最近の例の動向はちょっと様相が違っていて、私のようなユーザーにとってはもうちょっと見ているのが厳しいな、というのが本音です。商業的なまとめサイトが場を汚染している、というような話であればユーザーコミュニティによるチェックと自浄作用が働きますはてブうまいことそういう機能果たしてきたと思うんですよね。

でも、ユーザー側のほうで「良いと思ったから良いと言った」というお気に入りによるキュレーション機能が働かず、返報性の原理によるコミュニケーションが中心の場になってしまったら、今のままのはてブでは、(コメントツールとしてはともかく)少なくとも情報ツールとしての価値は大きく毀損されます。これは、ユーザーモラルもありますが、サービス構造上の問題として避けられなかったことだと思うんですよね。


海や畑が全部「あれ」になったら、もうどうしようもないでしょう。もう去るしかない。

この問題についてはさんっざんぱらたくさんの人に書き尽くされているのでここでは書くつもりないんですけど、小遣い目的で面白くない記事が量産される、共有のヘッドライン専有されて他のユーザーに影響を及ぼす、内容に関係なく相互フォローする、これらは本人の意識あるなしに関わらず、関係ない人から見たら無益です。

これについてルール違反がないのならば、サービス品質を維持するための運営/システム側の構造課題を疑ったほうが良いし、ユーザー側についても、一部の炎上チャリーンで喜ぶようなやつは単なるスパムなのでこれは単純な絶対悪ですよ。

別にネットの世界で今始まったことじゃないんですよ。むしろはてブ牧歌的で今まで性善説でよくやってこれたなっていうレベルじゃないかと思いますTwitterでも「相互フォロー推進委員会」とかあったなあ。一方的に何百人単位でフォローしてきて、ふぁぼりまくって、こっちが反応しないと砂をかけて去っていくようなのが……

ただそういう人達ごにょごにょ楽しくやってるだけならどうだっていいんですけど、今はホッテントリが明らかに使いづらくなっていたり、更には他のSNS経由でこの界隈の記事が流れてきて反応したらおかしなことになったり、実際にそういうことが発生しだしているんですよね。これが結構精神的にくるものがあるんですよね。

というわけで、そういう一団がこのサービスのほんの数%、もしかしたら0.数%の人達であり、ほとんどの普通の人は何も気にせず普通に自分の日記を書いているんだ、てことはわかっていても、でももう気持ち的にこの界隈と一緒の世界でブログを書くのは無理かもしれない。既に古参と言われる人達がかなり去っていっているし、生き残っている人達も読者層が急激に変わっていたりとかして、なんていうか、見ててつらい。

最近、ある有名人ブロガーブログを読んでいて、半年前にも同じテーマで書かれたことがある記事がホッテントリに入っていたのを見たんですけど、ふとブコメを見てみたら、半年前の記事と反応のコメントが全然違くてびっくりしたことがあったんですよ。よく見ると、並んでいるアイコンがガラリと変わっていることに気づきました。読者層が急激に入れ替わっているんですね。

この人はムラ社会に寄る人では(読者から見たイメージでは)無いし、長い人とも新しい人ともバランスのいい関係を築けていてすごいなあ、と思っていたのですが、図らずも急激に「有名人」として新規層の神輿に乗せられているように見える状態になってしまって、一方で彼自身は広告収入で儲けているようなブロガーではないし、内心複雑な気持ちなんじゃないかな、とか勝手心配をしていたりします。そういう人、何人かいますよね。余計なお世話すぎるとは思うのですが。

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すみません、長すぎて登録すると切れてしまうので、途中で切ってトラバで繋げます

2016-04-02

うまく現実逃避ができなくて困ってる

アニメとかアイドルに没頭している人って嘲られがち

だけど俺もあん体験してみたいもんだよ

映画を観ることが辛うじて趣味といえなくもないんだけど

それでも集中して2時間観ていられない。

ADHDというわけではないよ。受験就職もそつなくこなして今までやってきた。

ただ映画を見ていると、この2時間実益に繋がらないことに費やしていて大丈夫なんだろうかと思う。

俺が散々軽蔑している俗に言う意識高い系は、

休みの日にのんびり映画を観ることなんて無駄だと馬鹿にするだろう。

そんなくだらない奴らに出し抜かれたら自分価値観ケチがついたようで不愉快だ。

からこそ、奴らがちっぽけな自己顕示のため即物的に勉強を重ね年長者を欺こうとしている時に

こんな牧歌的時間の使い方をしていていいのだろうかと不安になる。

多分正解があるのだとすれば、何事もそつなくこなして、

その上で自分の知識欲を満たすために勉強し、なおかつ余暇の充実も意識してそこんとこ両立させることだろう。

自分感性に自信をもって、好きなことを時間使っていいのは本当に意識高い人だけなんだよね。

でもそんなこと考えたこともないような無邪気な顔して

小汚い顔をさらにくしゃくしゃにしているオタクみたいな生き方もありなのかな、

なんて時々考えちゃってさ、とうとうやばいとこまで来てるね俺。

イラスト描いたりしててセンスいい人は普通にリア充だなと思うだけなんだけど、

Twitterで仲間とギュフフ的な会話ばっかしてたりニコ動とかに出来が荒い何かをアップしているような奴見たとき

上記のようなもどかしさを感じてしまうんだよな。

あんまし言いたくないんだけどね。霊媒体質の身としては、そりゃ色々検討しましたよ。

プラセボだの集団催眠だの。しかし実際体感として感じられるもの否定できますかっての。

こういうどマイノリティな体質のおかげで随分苦労したけど、そこからひとこと言えるのは科学的、という言葉連呼したり物理学を強調する連中そのものが大体において科学的な姿勢じゃないってこと。

もはやぶっ殺すぞ、という勢いなわけで、少しでも憑依体質の「ひょ」とでも口にしようものなら弓をつがえられるわけです。

あんなもん狂気ですよマジで。こっちはひっそりやってんのにエアリプまでして叩こうとするんだから狂ってる。

感じられるのは脳の錯覚「かも知れない」ことまで自分には理解出来てるし、その上でどうしても現象と一致する出来事については否定できなかったんだよね。

除霊中にランプが苦しむように点灯したりw 除霊した途端に家鳴がやんだりとか。

当然こっちもあー家鳴だ、温度変化に違いないとか牧歌的に考えたいわけですよ。

でも可能性としては温度変化もあるけど変なのが住み着いてることもあって楽ではないです。

家なりについても客観的には相関関係しかなくて、因果関係として考えにくいことも承知です。

自分が知り得ないことだからあり得ないのだ、という気持ちわからんでもないでけど、他人経験否定することになるので言葉には注意してほしいよね。

2016-03-08

公立保育園を増やしたい方と公立幼稚園を守りたい方へ

盛り上がっている公立保育園問題。なぜ公立保育園は増えないのか。

色々報道される中で、予算問題や近隣住民問題だけではなく、「適地がない」という問題を聞いた方も多いと思う。

子ども安全安心に育てるには、適した土地必要なのは間違いない。

では、その適当土地がいま、何に使われているか

ひとつの回答が、公立幼稚園である

昭和時代専業主婦時代に大量設置された公立幼稚園は、いまも大抵の土地で生き残っている。

から近い、小学校に隣接、治安がよい、等の素晴らしい土地で……

定員割れ問題(詳細は調べてくれ)を抱えながら……

「定員割れしているなら、公立幼稚園潰せばいいじゃん」

そう感じる方も多いと思う。

必死保活している人には、憎まれても仕方ないと思う。

でも、話はそう簡単ではない。

公立幼稚園だって少なくなりながらも、現に通っているユーザーがいる。

雇用だって取引だってある。

一部では公立幼稚園廃止に踏みきった地域もあるが、まだまだ少数派だ。

役所公立幼稚園廃止を仄めかすたびに、署名活動が展開される。

「いまどき署名意味あるの?」

意味はあるらしい。定員の過半数に満たないような幼稚園はいまも元気に存続している。

一方で、公立幼稚園教育が魅力的なのも事実だ。

よく知られている話だが、私立幼稚園に比べれば公立幼稚園のどかで、牧歌的で、ぬくもりがある。

(これは優劣の問題ではなく、好みの問題だ)

他の施設同様、公立幼稚園に通っているちびっ子達もまたいい笑顔をしており、元気にすくすく育っている。

少数派になったとは言え専業主婦はまだまだ多い。

自由習い事をさせたいから拘束時間の短い公立幼稚園を選ぶ保護者も意外と多い。

外国籍の子もの受け皿になっている等、意外と知られていない役割もある。

私は保活をしている親に、公立幼稚園を憎んでもらいたいのではない。

いずれ誰かが気づくことだから、先に書いただけだ。

要は社会全体として、若い世代へのサポートを増やしていく方向に進んでもらいたいだけだ。

まずいのは公立幼稚園側だ。

そのうちひどいバッシングを受けることになるだろう。

その時、先生方が傷つくのは容易に想像がつく。彼たち彼女たちは懸命に働いている。

公立幼稚園側に反省すべき点はないのか?

ある。いっぱいある。

園児への教育内容ではない。

保護者へのマーケティング保護者意識だ。

先生方はあくま幼児教育プロであり、マーケティングプロ保護者あしらいのプロではない。

そんなことがやりたくて先生を志す人はいないだろう。

園児が増えない理由分析することはない。

分析をしないから対策を打つこともない。打つとすれば思いつきのアイディアで、二年目には忘れらている。

いざとなれば署名頼りだ。保活ユーザー幼稚園ぶっ潰せ署名を逆に浴びせられたら死ぬ

園児保護者が減っているのに、保護者仕事は減らさない。むしろ増えている。

「昔からこうだから」の一点張りで、いまだによくわからない行事への動員を強制したりする。

よく言われるように、全員一律で何かの係を負わせられたり、それが決まるまで帰れなかったりもする。

何かを変えようとすると、これまで我慢を強いられてきた上級学年やOBOGから袋叩きに遭う。

これは主に先生役所ではなく、保護者自身問題だ。

この辺りは、町内会マンション自治会、小中学校PTA等と構図が似ている。

「長くて数年の付き合い(課題先延ばし)」

能力ややる気ではなく、持ち回りや強制で決まるリーダー課題解決力ゼロ)」

サイレントマジョリティよりもノイジーマイノリティを優先(迷走とモチベーション低下)」

平成になって金属疲労を起こしている、お馴染みの奴だ。

公立幼稚園を本気で守りたいなら、当事者がまず意識を変えねばならない。

そうでなければ、少なくない税金を払っている人は納得しないだろう。

繰り返すが、私は保育園派と幼稚園派の争いを煽っているのではない。

全部まとめて若い世代問題であり、日本全体の問題だ。

多様な価値観を認め合って、前へ進んでいけるかの試金石だ。

公立保育園は増えてほしい。

公立幼稚園今日的な価値を示しながら、生き残ってほしい。

そして、(詳しくは書かないが)保護者同士の保育園派・幼稚園派の不毛な反目がなくなってほしい。

いまどき、単一価値観でやっていける組織なんてないんだよ。

バックグラウンドが違っててもいいじゃねーか、お互い色々あるんだよ。

そんなことを、インフルエンザにやられた頭でふと考えた。

2016-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20160307173518

広瀬香美の言ってる愛っていうのは「性格良ければいいそんなの嘘だと思いませんか?」っていうスイーツ的なアレや。

牧歌的で家庭的な愛とは違うんや。

2016-01-19

寒い日になると思い出す

あの日も、東京に雪が降る、そんな予報が流れていた日だった。当時俺はとある芸事の女師匠弟子として使えていた。稽古場兼住居に住み込みをし、師匠身の回りからから何まで

管理していた。師匠には妹がおり、その妹さんと資産相続の件で揉めていたのだ。師匠の親はもう80を超える年齢で、とある上場企業創業一族都心の一等地に屋敷を構えていたらしく、

その屋敷土地の分け方で姉妹がうまく行っていないというのが専らの噂であった。十数年前の寒い日だった。ニュースでは翌日から関東にも雪が降り、交通の便が乱れるだろう、そんなことを

アナウンサーが伝えていたことは何故かはっきりと覚えている。

夕方、突然師匠の妹さんが訪ねてきた。俺はお茶を準備し応接間にお持ちしたが、二人の険悪な様子は鈍感な俺にも伺い知れた。後から分かったことではあるが、妹さんは親の屋敷に住み、父の介護をしながら、

その屋敷地域の子相手ピアノ教室を開いていた。しかしながら、師匠はその屋敷を取り壊し、大きなマンションにすることに固執していた。勿論それは相続税上、賢い策ではあったため、

妹さんは決して反対ではなかったのだが、せめてピアノ教室のスペースをマンション内に設けてほしいと依頼していたらしい。しかし、師匠はそのお願いを断り、妹をマンション計画から追い出そうとして

いたのだった。

話し合いは平行線に終わり、妹さんは去った。師匠は俺を呼び、「清次郎(仮名)、塩をまいときなさい」と命令した。私はしょうがなく、玄関に塩を撒いたのだった。師匠のそういう部分がとても嫌いだったで、

イライラして沢山の塩を、えいっとまるで水戸泉の真似をしながら撒いた事は覚えている。

さて、翌日俺はいつも通り朝6時に起き、箒を持って、近所の掃除に向かおうとした。近所付き合いも兼ね毎日行っていた習慣だった。引き戸玄関を開けて俺は気を失いかけた。何と師匠玄関

倒れていたのだ。顔に生気はなく、口から血が出ている。俺は気が動転しながらも、師匠を抱きかかえた。身体は冷たくなっていて、呼びかけにも殆ど反応が無かった。すぐに救急車を呼び、俺は近所の知り合いに

助けを求めに一旦外へ出ようとした瞬間、つるっと滑ってしりもちをついた。全く師匠と同じ場所で。雪の予報は外れ、雨が降った程度だったが、冷え込みは激しかった。扉を開けた一面がまるで

アイスリンクの様になってしまっていた。痛めた腰を摩りながらよく見ると、凍っていたのは昨日俺が師匠に言われ塩を撒いた一部分だけであった。そこだけが、まるでそこが死の世界に繋がる入り口のように、黒く艶やかに光っていた。

救急車の中で師匠に呼びかけながらも、俺の手のひらに出てくる脂汗が師匠の容体からではなく、自分が撒いた塩に関しての生体反応であることは気づいていた。師匠はその後入院をしたが、脳内出血をおこしており、

意識が戻ることはなく、数週間後にこの世を旅経つこととなった。

さて、そこから意外な事になる。俺は、そもそも、師匠冗談師匠養子縁組をしていたのだ。師匠には子供はなく、まだ50代であった事もありそれほど深い考えがあって俺を養子にしたとは思えない。

しかしながら、すでに師匠はその土地の一部を生前贈与していたらしく、その土地相続する権利が俺に発生していまい、師匠一族(といっても殆ど死去しており、また、子も少ない一族であったので数人)、

と話し合いをすることになった。俺は勿論その相続が単なる冗談の様なものであったことは理解していたので、放棄する手もあったのだが、妹さんと話していくうちに、何故かこの人を守りたいという気持ちになり、

一部の権利は確保することとなり、マンション建築計画に参画をすることになった。

少ない知識ではあったが、マンションを建てることで相続税も最小限に抑えることができ、勿論そのマンションの一部をピアノ教室にして、更には何とその妹と、お互い50代ではあったが慎ましく結婚をした。

一族も皆無欲な人々で、株券だとか、車だとかそういうものは皆で分けたが、土地権利は我々夫婦で全てをもつこととなったのだった。

ピアノ教室はその素晴らしい立地もあり、多くの高所得者層のご子息が多く通う教室となり、経営成功した。優秀な講師をどんどん雇い入れ、レベルがある程度高い割には、

牧歌的雰囲気もあったことが成功秘訣であった。また、数年後にはそのノウハウを生かしフランチャイズ展開も行った。今では全国に20か所の同じようなピアノ教室運営し、

我々は経営の一線からは退いたが、妻は相変わらず子供たちにピアノを教え、俺は趣味でかつての芸事をやったり、日本全国の登山をしたりと悠々自適晩年を送らせてもらっている。

しかし、こんな寒い日になると、俺はあの日、手にもった塩の感覚が蘇り、汗がじとっと出て一人布団で震えているのだ。人間運命とはかくも不確かで、不安定なものである。それは、ただの偶然の積み重ねだったのだろうか、

それとも、神が定めた運命だったのだろうか。いや、きっと人間一人の人生など、大きな宇宙のうねりの中ではまるで人間にとって小さな蚊が叩いた手からすり抜けていくか、はたまた潰されてその一生を終えるのかの如くであろう。

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