はてなキーワード: AKBとは
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34429?page=3
女性と男性は結婚で何を重要視するか、男性向けの質問の答えがとても意外だった。
>(1)フリーターで年収が100万円のイチローまたは水嶋ヒロ(好きな方)
>(2)弁護士で年収が2000万円の出川哲朗または江頭2:50(好きではない方)
>65%の女子学生が、年収が多く社会的ステータスが高い方を選んで、イチロー・水嶋ヒロは35%に過ぎませんでした。
女性向けの設問には、イチローは一流野球選手だから自信あふれる良い顔に見えるのであって、フリーターでもイケメンと言えるほど顔がいいか?とか、ヒロはKAGEROUでイメージ最悪だろとか、エガちゃんはブサってほど顔悪くないし、地震の時の行動でイメージいいだろとか、イケメンはせめてジャニーズの中で一番魅力的と思う男にしとけよとか、色々突っ込みどころ満載だったが、まぁ置いといて。
驚いたのはここ、
>(1)浮気ばかりするAKB48(一番魅力的と思う1人を頭の中でイメージ)
>(2)浮気は絶対にしない森三中(一番魅力的でないと思う1人を頭の中でイメージ)
>この質問の答えとして、予想としては(2)の方が多いのではと思っていたのですが、結果は全く逆。
>男子学生150人のうち、なんと70.5%がAKB(残りの29.5%が森三中)と回答したのでした。
男は妻に不倫をされると最悪人の子供を育てる事になる恐れがあるだけに結構驚いた、7割の男は妻が不倫をしまくってもいいから美人の方がいいのか。
これ18歳の森三中と35歳のAKBとか、メシマズのAKBと料理上手森三中とか、性格劇悪のAKBと性格が癒し系の森三中とか、色々設問して、結婚で男から何が一番重要視されるのか見てみたいな。
実際、今日昼のテレビで「ヒルナンデス」という番組をやっているのを観てて思ったんだが、
ぶっちゃけ、最近のテレビって、庶民に新しい何かを提供するって機能を完全に放棄して、
今まで恋人とか家庭の価値だった部分にずかずか踏み込んできて、掠め取ろうとしてるよね。
なんで昼から他人のキャッキャウフフ見なきゃいけないんだと思うけれど、
あれって多分擬似的にでも内側に入り込んだ感覚をモテルなら相当楽しいんだろうな。
視聴者からすれば、テレビのキャッキャウフフと、目の前の異性やら家族やらとの付き合いで
どっちが楽しいかを選択できる状態になってきてる。
ぶっちゃけ、普通の人間が、金にも話術にも優れたテレビの人間と勝負して勝てますか、と。
というより、AKBに限らず、こんだけ視聴者に媚びまくってくれるテレビがあることを考えたら、
それと比較して、恋人とか家庭とかを苦労して持っても、割に見合わないよね。
恋愛とか家庭の価値ってもういろんなところにアウトソースサれまくってるし、
余計な幻想抱かなければ、実質的な価値って勝間和代が言ってる内容くらいしかないんじゃないかな。
個人的に結婚したい相手はいるのだが、正直、「得るもの」を期待してやるもんじゃねーな、と。
どっちかというと、単に相手が好きだからいっしょにいたいとかそういう話であって、
恋愛とか結婚にどの程度の価値付けをしているかのところは興味深い内容だった。
その気になれば伴侶が見つけられる、という人脈や、人探しの能力の証明と
あとはセックスがただで出来るようになる、その程度の価値しかない、と。
だから、システマチックに恋人やら結婚相手探しをして、さっさと結婚してしまえ、と。
で、ダメだったら、さっさとやめて、もっと良い条件で探せばいい、その程度のものだと。
結婚なんかに絶対的な価値をおいて、あーだこーだ理想化してるやつは馬鹿だ真面目の罠だと。
同感どいうわけではないが、ひとつの考え方として素晴らしいと思った。
その考えと行動が一致しているというのがさらにポイント高い。
(自分の行動の結果を正当化しようとしてこういう本を書いたという見方が正しいのだろうけれどそこはツッコまない)
実際、今日昼のテレビで「ヒルナンデス」という番組をやっているのを観てて思ったんだが、
ぶっちゃけ、最近のテレビって、庶民に新しい何かを提供するって機能を完全に放棄して、
今まで恋人とか家庭の価値だった部分にずかずか踏み込んできて、掠め取ろうとしてるよね。
なんで昼から他人のキャッキャウフフ見なきゃいけないんだと思うけれど、
あれって多分擬似的にでも内側に入り込んだ感覚をモテルなら相当楽しいんだろうな。
視聴者からすれば、テレビのキャッキャウフフと、目の前の異性やら家族やらとの付き合いで
どっちが楽しいかを選択できる状態になってきてる。
ぶっちゃけ、普通の人間が、金にも話術にも優れたテレビの人間と勝負して勝てますか、と。
というより、AKBに限らず、こんだけ視聴者に媚びまくってくれるテレビがあることを考えたら、
それと比較して、恋人とか家庭とかを苦労して持っても、割に見合わないよね。
恋愛とか家庭の価値ってもういろんなところにアウトソースサれまくってるし、
余計な幻想抱かなければ、実質的な価値って勝間和代が言ってる内容くらいしかないんじゃないかな。
個人的に結婚したい相手はいるのだが、正直、「得るもの」を期待してやるもんじゃねーな、と。
どっちかというと、単に相手が好きだからいっしょにいたいとかそういう話であって、
ただ、その欠片を見ているだけで、心が満たされる。
「決して友人や恋人になれる日はこない」けど、「その欠片を見ているだけ」でいい。
これだけの魅力を持っているアイドルという存在なら、かなり高いレベルの要求がされるのだろうなと思いきや。
「クラスで2番目か3番目に可愛い」だったかな、そういう気安さをウリにしたAKBが大人気になっている。
「クラスで2番目か3番目に可愛い」って、「生きた人間として関わ」りたいと思う枠、「自分のもの」にしたいと思う枠なんじゃないか。
実際、握手会は「生きた人間として関わ」りたい欲求を充たす演出で、ツーショット写真撮影も「自分のもの」にしたい欲求を充たす演出だと思う。
欠片だけでも価値がある従来のアイドル像とはまるで違うように感じるんだ。
「かわい子ちゃん」である限り、人格を省みられないことからは逃れられない。
今年もたくさんアイドルみましたので整理.
http://blog.livedoor.jp/r_simura/archives/52171383.html
最近よく出る成功事例であるAKB,perfume,ももクロまでいけるのかしら.
×テクノ(笑),×サブカル(笑)みたいな要素が必要だと思うんだけど
という前置きで,今年のベスト10(って言いつつ最近聴いてる曲が中心)
★10位
★9位
★8位
★7位
BiS「My Ixxx」
★6位
★5位
★4位
★3位
モベキマス「ブスにならない哲学」
★2位
★1位
整理すると雑食っぷりがみえる.
また来年も書くつもり.
仮にそいつをA男としよう。A男は中学で知り合った時から全くもてず、社会人になるまで一度も彼女ができなかったんだ。
仮にB子とするよ。B子は身長が低く、華奢な体つきをしていた。
そして小顔で目が大きくパッチリしており、黒目が大きく、鼻も口も整っていて、色白美肌だった。19歳の女子大生だけど童顔で、女子高生か、どうかすると女子中学生に見えるくらいだった。
比べるとAKBが色あせて見えるくらい可愛かったんだ。本当にアイドル級という感じ。
髪はきれいな黒髪で、服装は地味でおとなしい感じ。しかも趣味は読書だという。
当然処女で、彼氏もA男が初彼氏。A男はB子をとても大切にしていて、キスより先は一切していないと言っていた。
A男に紹介されたときは本当にびっくりしたね。
なんでこんな可愛い子がコイツと付き合ってんだ?って。
A男は別に金持ちなわけじゃないし、顔だってよくない。しかもキモオタ趣味まで持っているヤツなんだ。
しかもB子はオタクじゃないのに、A男のオタ趣味を理解して付き合っているという。
本当にいい彼女ゲットしたな!と冷やかしてやったよ。
それから2週間くらい経ったとき、地元の道を歩いていたら、道路の反対側をB子が自転車で走っているところを見かけたんだ。
そうしたらB子のほうも僕に気付いて目が合い、B子がこっちに何か言おうとしたのか、会釈でもしようとしているような様子を見せたんだ。
その瞬間B子が自転車ごと転倒し、車道に転げ落ちたB子の頭を大型トラックが轢いたんだ。
一瞬のことで、何が起きたのか理解できなかったよ。
B子の後ろを歩いていたおばさんが、鋭い悲鳴をあげた。
僕は、なんだか混乱してしまって、B子がどうなってしまったのかそれ以上見ないようにして、そのまま早足で駅に向かって電車に乗り、用事を済ませて普通に家に帰ってしまった。
翌日、A男から、B子が死んだという電話が来た。「濡れたマンホールでタイヤが滑り、転んだところにトラックが来てはねられてしまった」という話だった。A男は泣いていた。
頭を轢かれて…という話はされなかった。でも僕は見てしまった。B子の頭だけが轢かれてしまうところを。
形を留めているどころか服を着たままのきれいな身体と、赤黒くなった道路が、何度もフラッシュバックする。
あれから僕はただでさえ二次元オタク傾向があったのに、三次元を一切受け付けなくなってしまった。かわいいなと思う子はたくさん居るけど、そう思った瞬間にB子の死体がフラッシュバックして、全く恋愛感情や性的興奮がわかないんだ。
こんなこと誰にもいえないよ。
先に結論から。
岩崎夏海さんの文章には決まった楽しみ方がある。
「彼の独特の美学」をみつけた上で、それが文章の枝葉末節にどう影響しているかを探る、というものだ。
間違っても頭から文章を順番に読んで行こうとか、彼の言ってることが現状を踏まえて妥当かどうか、とかそういうことを考えてはいけない。
http://blogos.com/article/27749/
それらがいったりきたりするのでカオスぶりが半端無い。
読者としては「何が言いたいのかわからない」「マジキチ」と評したくなる。
まともに読んではとてもついていけなくなるだろう。
しかし、実は彼の記事はどれもテーマは極めてシンプルである。彼の文章は、己の美学を語るためだけにある。残りは装飾にすぎない。
彼は基本的に現実についてあまり知らないし知ろうとしない。彼の理論、現実の制約も、比較対象も、実証もなにもない。美学とはそういうものなのだ。
そういう「些細なこと」に気を取られずに本というものは、野球というものは、マネジメントというものは、読書というものは「かくあるべし」だけを考える。
だから、現実はこうだろ、とかそういうツッコミは野暮というものである。確信犯なのだから。
他者への批判とかは客寄せパンダ以上の何者でもなく、本人も力入れて書いてない。いちゃもんつけられれば前後関係がおかしくても気にしていないのだろう。
なぜそこまでいちいち煽って人を集めなければいけないかというと、まぁ個人的な美学というのは普通に書いてもだれも読まないたぐいの話で有るし、職業病というのもあるのだろう。
今回でいえば「作者と読者の関係はどういうものが理想であるべきか」という点について彼なりの美学が語るのがメインである。
Q:「購入者は何に対して金払うのか? 」
作品ではなく、作者にカネを払う。曲やコンサートというよりはAKBそのものを応援するために金を払う。
そういう仕組みのほうがお互いにメリットのある関係を築けるはずだ、という。
どちらかというと作家というか、ジャーナリズムに近づいている気もするが、確かにこの流れがうまく回ればなーとは思う。理想論としてはありだと思うんだよね。
今回の記事で理解すべき部分はここだけである。
他にも多少彼が最近かぶれているらしい「自然と一体化した人間」みたいな思想も含まれているが、そこは私にもよくわからないのでスルーする。
他の部分は、この彼の独自の美学というか理想を、無理やり現実に当てはめたらどうなるか、という話だ。
もちろん、たとえば著作権や教育に関して、彼はほとんど知識が無いので、現状を踏まえて考えると言ってることはおかしいのだが、そこは重要でない。
特に他者の引用や他者への言及が始まったら、すかさず読み飛ばすことを強く推奨する。
私が岩崎さんを好きなのは、こういう「常識にとらわれない」ことと、文章に何らかの「核(彼自身)がある」点である。
少なくともありきたりではない。彼の書く文章は彼にしか書けない唯一無二の文章であり、それが面白い。
面白い、という軸で評価するなら主張の裏付けについて、個人的な体験の比重がとても大きく、非現実的な主張が多いことも欠点ではない。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081004/1223046127
世の中には、核(自信)があってどこか堂々としている人と、核(自信)がなくてどこか不安げな人の二通りがいる。どちらが良いとか、どちらが悪いというわけでもない。どちらにも一長一短があり、そのあるなしが人間そのものの価値を決めてしまうわけでもない。それでも、ぼくはできれば核はあった方が良いと考えている。それは、ぼく自身が核のない人間で、それでずいぶん苦労したという思いがあるからだ。今振り返ると、苦労した分いろいろ学べたこともあるから、核がないのは本当に悪いことばかりではないのだが、それでも、あるのとないのではやっぱりある方が良いと思ってしまう。ないものねだりかも知れないし、隣の芝生は青いからなのかも知れないが、自信を持って堂々としている人を見ると、いつだって羨ましいと思ってしまう。だからぼくは、そういう核がない子供を見ると、なんとかしてそれを植え付けることはできないものかと、傲慢かも知れないが考えてしまうのだ
だから、みんなも枝葉末節や常識にとらわれないで、素直に彼の独特な文章を楽しもうじゃありませんか。
http://anond.hatelabo.jp/20110610173821
ひねくれて読むとこうなる。でもこういう読み方をしてはいけません。
価格決定権を出版社がカルテルで維持できないってのが最大の問題だと思うんだよね。
今までがいかに出版社にとって「恵まれた」環境であったのかがわかる。
小売店としてはまともな作品がまともな価格で、まともな数、リスクなく販売できる。
編集者は、作家と編集者の協力体制で作品を作っていくことができる。作者の数だけ編集も存在できる。
作家としてはまともな作家は、作品を書いてるだけでメシが食える。
(漫画家はぎりぎりの人も多いらしいけど、それでもアシスタントに金払ってなお、作品に専念できる)
それぞれ不満もあったろうけれど、とてもとてもいい環境だった。
電子書籍になったら、多分全部崩れる。 特定のタイプの人間しか生き残れなくなる。
特にitune storeやAndroid shopでの電子書籍での売り方を見てたら、こんなんで勝負できるか、と思ってしまう。
まず小売が死んじゃう。
今のところ、電子書籍がすごく安く提供されてるけどこれができる人って限られる。編集なんて尚更。
1「よく売れた本」「少なくとも紙で元がとれた本」でさらに利益を上積みしようというバックエンドのケース
もしドラの電子書籍版とか、女医セックスとか。ある程度価格を強めに設定できるけどそれでも書籍の半額以下。
2 無名な人や、バックエンド商品を持ってる人が無料に近いダンピング価格で客をつかむケース。
最初から自分の本をフロントエンドと位置づけていて、安くても自分の本を手にとってもらって次回作以降に続けようとしてる。
フォレ○ト出版なんかで書いてた著者は、もともと本なんてただの客寄せです、って感じなのでどんどんこのパターン遣うんだろうけどね。
3 まともな価格で売れるのは、高田純次などの有名人が手慰み的にやってる場合。これだってバカ売れしたのはダンピングのおかげ。
平安時代じゃあるまいし、吉田兼好とか紫式部みたいな、宮廷生活で生活が保障されている人以外は本かけませんってんじゃ困る。
4 作者自身のキャラクターが受けるなど、作品以外の商品展開が可能な場合
今はまだないけど、AKBのメンツが本を書くのもよし、ラノベがキャラクターアプリ販売とかと連携するもよし。
っていうか基本的に、なんかとのタイアップが前提であったり、「合同企画本」みたいなのがワラワラ出てくる気がするんだよね・・・。
ネットだと「小説家になろう」とか、ケータイ小説だと無数のサイトが展開されたみたいに
基本無料で読み放題のサイトがまぁスマホ最適化された形で提供化されるんだろうなぁ。
そんで人気が出たやつだけパッケージ化されて売れる、と。
ただこれだとバカ売れ作品ってのはそうそうでないと思う。 あと「王様ゲーム」糞すぎ氏ね。
1から5のドこに編集が生きる道があるんだろう。5をパッケージ化するところくらい?
編集さんってどういう所で頑張ってたんだろう。編集者ってどのくらい必要なんだろう。
「修正が聞かない本というパッケージ」において、ミスなく作品を世に送り出すため?
問題があったら後から直せばいいって考えたら、パッケージそのものに価値が認められないなら、
まともな作家がまともな価格で、かつ電子書籍ならではのギミックを搭載してチャレンジしたケースだと村上龍があるけど、
同じ価格だったら本のほうがよく売れた、というのも興味深いところだよね。
いやまぁ全部音楽業界ですでに言われてることだから今更感はあるけれど、
音楽は急激な変化に耐え切れず「今までだったらやっていけた層」が駆逐されて、
そこをAKB48やテレビ番組やアニメプロデュースのユニットが吸収しちゃってるってのがなんだか悲しいなーと思うのね。
というわけで結論なし。ここまで書いてるうちに出版するってどういうことなんだろうってことを全く知らないことに気づいた。
特に「編集者の仕事って何だろう」ってのが気になってきた。あれこれ読みます。
http://anond.hatelabo.jp/20111223110147
今でもごく一握りなのかもしれないけれど、すくなくとも数字的にみれば約3万人の作家がいるわけよね。多いと思うんだ。多すぎる。
「多すぎる作家の中で食っていける作家が一握り」というよりも、私が強調したいのは「現在食っていけている作家が十分すぎるほど多い」ということ。
これが、電子書籍の世界では今よりもっともっと減って必要最低限を下回るのでは、私が考えるような「あんまりイラない」作家しか残らなくなるのでは、と要らぬ危惧をしてみました。
ボツ部分。
この記事に書かれていることの一つ一つは特に革新的というわけではありません。((贈与や複数買いについてはオタクの基本行動として認知され始め、プロレスファンやEXILEファン、腐女子などの女性ファンの行動原理として顕著になり、映画館や喫茶店サービスとして応用されるなどの経緯を経て、AKB48で完成に至ったネタですね。 アメリカのIT企業等はこれをテクノロジとして実現しており、itune storeでも「紹介」や「プレゼントする」がデフォルト機能で存在したり、twittマーケティング用語でもAISASといったフレームワークやtwitter、SNSを用いた拡大が重要なテーマとして議論されています。 また成功しているDRMにおいては「メッセージを上から押し付ける」というブランドのたてかたがあることも、controversyが購買決定要因の一要素であることもすでに語られています))しかし、「もしドラ」は結果として大成功を収めました。何が違ったのでしょう。
基本的に上記で語られている要素は、「マス」で勝つための戦略ではなく、むしろそこから抜けだして「ニッチ」市場で戦うための戦術と言われていました。しかし、グレイトフルデッドにせよ、もしドラにせよ、AKBにせよ、「ニッチ」や「戦術」レベルのものが、現実に「マス」「戦略」レベルで勝利をおさめている、というところが非常に面白いです。少なくとも、上記のようなバリバリ「ニッチ」寄りなことを考えていた人が、その結果としてイノベーションをおこし、それがマスレベルまで到達した。このことがまるで物語的で面白いのです。
つまり、岩崎さんについては、ニッチの戦術を「本とは何か」というマスなテーマに、しかも自分にとって初めての本でいきなり適応しようとしたその度胸がものすごいと思うのです。岩崎さんを特別たらしめたのは、思考そのものではなく、その思考を疑わず実行に移せる主人公気質な部分だと思います。私はその点にこそ興味があります。この人のすごさは多分理論として語れないところにあるのであって、言葉で説明しようとすると今回のように陳腐な印象になってしまうのだと思います。
AKBならまだしもそれはねーよ
飲み会での話された内容と敗因と今後の課題について以下のようにまとめてみた。
家政婦のミタがかなり流行っているようで、全くチェックしていなかった為頷くだけしか出来なかった。
テレビ無いからって言った時のみんなの哀れみの目が忘れられない。
要テレビジョン。
星座に絡めて性格や伝説を覚えておくことで相乗効果が生まれ記憶に定着しやすくなる可能性が高い。
要天文ガイド。
星座と絡めて一発で当たった時にかなりの盛り上がりを感じた。
対処法がよくわからないが、星座と同じように性格等を絡めて覚える必要あり。
動物占い。
釣りとか、鉄道とか、とにかく何か一つ強い奴はモテると言うのがわかった。
話し振られて特に趣味がなく、しばらく沈黙した挙句に、思いつきで古いファミコンゲームの話を切り出してしまい完全に無視された。
よく考えれば読書と絵があったが、ラノベと漫画じゃちょっと恥ずかしい。
テレビが無いと言ってそれほど経っていないのに嫌がらせ??なのかと思った。
思い出せる限りの女子アナの中ではチノパンとか好きだったと思う。
もう相当古いと思うけど。
今はカトパンと言うらしいが、見た目は全然好みではないし、イマイチ。
高橋真麻は正確がよさそうで良い。
石原さとみの唇最高とか言って、なぜかかなりの盛り上がり。
そう言う話で良いのだろうか。
最近の若くて可愛い子で言うと大橋のぞみちゃんとか…さすがにこの年ではキツイだろう。
昔ファンだった貫地谷しほりちゃん。
以上、次回飲み会に向けて頑張ろう。
インターネット最高裁読んでる。面白い。ところでイン殺さんはどこいってしもうたんや・・・。
立場によっていきなり大幅に変わったら、そりゃミスもするよなぁ、と思う。
いままでの常識や自分の生きてきた世界は全部捨てろって言われてるようなもんだしな。
いかに政治家の常識と、マスコミのおきれいな建前がずれてるかって話であって、
要するにマスコミは政治を論じる資格が全くないし、それを喜ぶ視聴者も政治じゃなくて
ショーを見て楽しむだけなんだから、そういうのはちがう番組でやれって思うけどな。
それこそ、AKBでも吉本でもいいから、テレビの中に架空の政治世界を作って、その中で思う存分ダメ政治家を叩けばいい。
どうせ現実とネタの区別もつかないだろうし、ネタでも一向にかまわないんだろ?養殖サーモンで十分満足なんだろ?
もう浪費してる余裕があるほど現実側にリソースないんだから、ネタと混同して現実に口出さないでほしい。
太田総理って番組が嫌いだった。リソースは現実にべったり依存して、好きな事言うだけ。バカかと。
偉そうなこと言って、ネタでごまかすなら、ほんとに番組内では大田を総理とする内閣と国家を作ってしまえばいい。
ネトゲ会社の一つとでも協力すれば、ダッシュ村よりもっと簡単にできるだろ。
http://d.hatena.ne.jp/potato_gnocchi/20111203/p1
を真に受けるとバカを見るよ、という話。
とは別の処で、↑みたいな意見を目にすることが多いと思う。
つーか、OB訪問とか知り合いの社会人とかにも言われると思う。
が、信じるな。
社会人の言う「個性を見せて欲しい」とか「型にはまってツマラン」とか「おなじに見える」というのは、
「AKBは全員同じ顔に見えてツマラン」レベルの話をされてるんだと思っとけ。
チョコエッグって覚えてるか?
企業は欲しいのは、アレのレアなやつだ。マッコウクジラとダイオウイカが絡んでる奴とかな。
決して、規格外のが来て欲しいわけじゃない。
『リラックマ いちごスイーツパーティー』を集めようとしている時に、『ブローノ・ブチャラティ』が来たら異様だろ?
並べらんないだろ?
そりゃジョジョで揃えてるんだったら、スティッキィ・フィンガーズみたいのが欲しいとか、リサリサ来ないかなあとか言うのは判る。
判で押したように「空条承太郎」ばっかりきたら「Part3だけがジョジョじゃねーだろ!」と言いたくもなる。
しかしだ、だからといってお前の普段を見せようと思って「アイアンマン」持ってったら、「個性を履き違えている」とかしたり顔で言われるのがオチだぜ?
「うちにはキミみたいなのは合わないと思う」とかマジで言われるし、言ってる側も善意で言ってたりする。
だから、そういう「個性を見せて欲しい」とか「バイトとサークル以外のなんかないの?」っていう話は、
要は「ホントのとこ言ってくれよ、勉強して無くて通り一遍にしか遊んでない十把一絡げは落としたいから」が本音だ。
才能があるなら良い。
その才能が自社に欲しいと思う企業は必ずあるし、流石に企業もそこまで落ちてない。
自分に特殊な能力がなく、「スタンド使えねーかなー」とたまに思うようなヤツは、無難に行っとけ。
面接を数こなすと自然に対人折衝能力はあがるし、そういう人材が必要な企業も日本にゃまだまだ多い。
橋下徹弁護士が昔金髪だったのを既に思い出せないように、日本の社会にはそういう「言わなくても普通判るだろ」っていうルールがある。
間違っても普段の自分を見せようと思って、「スーツじゃなく普段着でお越しください」って処にジャージで行ったりするな。