はてなキーワード: 先入観とは
おじさんになって一番思うのは、やっぱしちゃんとしてないと言いたいことを言えないんだってこと。
例えばさ、こんな口語体のうんこみたいな知識を書くとするじゃん?
でもさ、昔のどっかのお偉いさんが四文字熟語とかでさ、古典とかひっぱってきてさ、
かっこよく賢そうに達筆で額なんかにして飾ってたとかだったらさ、
座右の銘だーとかいってたらさ、なんかすげえ良いこと言ったみたいにかっこいいじゃん?
でもさ、「やっぱしちゃんとしてないと言いたいことを言えないんだよー」って
酒金女に溺れたおっちゃんが夕刊フジを読みながらワンカップひっかけつつ増田書いてもさ、
そこまで感動しないじゃん。
あとさ、黒塗りの怖そうな車に乗ってる粗暴そうなオジサマが「この代金おかしいやんけ」っていうのと
よれよれの長袖ポロシャツインしてる松方弘樹メガネのオジサマが「この代金おかしいやんけ」っというのとさ、
求める力が違いすぎるでしょ。
説得力に差がありまくるでしょ。
あるのよねえ。
理想を持って希望に満ち溢れて社会を良くしていこうって、変えていこうってさ、”先入観をなくそう”とかね。
夢膨らんでる若者はさ、輝いてるよね。素晴らしい。
でもね、やっぱしいろんな意味でちゃんとしてないと、伝えたいことって聞いてもらえないのよ。
おじさんたちはね、そのオキテに逆らう恐怖を知ってるの。
みんな守りたいものがあるからね。ちっぽけなものかもしれないけど、それぞれが守る価値があると信じてるものね。
たから必死にオキテを守るし、守らない人から自分たちを守ろうとするんだ。
それって悪いことじゃなくない?みんなそうするのは利益があるからだしね。
自分を守ることの善悪はめんどいから置いとくか。ここで大事なことはオキテ、逆らう、良くない。
まあ、だから、オキテやぶりをするなら、それなりにちゃんとしてないといけない。
ちゃんとするには、おおざっぱに言って2種類あって、難しい方法と、簡単な方法がある。
難しい方から説明すると、みんなの「ちゃんとしたい」とか「守りたい」って気持ちを
全部まるっとうまくすくい上げること。あんたらに悪いことしませんよーって納得してもらうこと。
これめっちゃ難しいけど、うまくいくとめっちゃ気持ちいいから。いいよ。
簡単な方はね、これズルいんだけどね、脅かすの。嫌なことするぞーって。
もちろん最初から全部この方法を使うわけじゃなくて、こっちの方では嫌なこと我慢するから、
あんたらはここで我慢してくれよ、みたいなね、別にこっち嫌なこと我慢するわけじゃないのに
嘘ついたりごまかしたりしてね、いじわるするの。そうするとね、お願い聞いてもらえるのよ。
後味悪いよさすがに。そりゃ酒飲むよね。歌っちゃったりするよね。
でも、話を聞いてもらうにはちゃんとするしかないんだよね。
難しい方法ばっかりしてたら体壊したり無理しちゃったりするんだよ。早死にしたりね。
でもね、難しい方法をね、少しずつだけど簡単にしていくこともできるんだよ。
それはね、肩書とか、賞状とか、そういうやつをいっぱい持つこと。
そういう「ちゃんとした」ワッペンがついてるとね、いろいろ聞いてもらえるんだよ。
東大卒、とかもそうだし、征夷大将軍、とか、代表取締役共同COO、とか、フォロワー数4.8M、とか、
読モ?とかもだし、いろんな意味のワッペンがたくさんあるんだ。
分かる人にしか分からないワッペンもあるしね。バイターモリモリ不死マラソンスプーン余裕でした><とかね。
だからワッペンたくさん持ってる方がいいよ。ちゃんとしたやつ。ちゃんとしてる風でもいいよ。
ちゃんとしてる風なワッペン付けてると、ラジオ番組持ったり政権に入り込んだりできるよ。
余談だけど、自分らしく生きたいとか思ってるなら、自分と大切な人にだけ通じるワッペンを付ければいいよ。
生体エロウィキペディアでもいいし、セクシーソムリエでもいいし、
ちゃんとしたやつじゃなくていいよ。てきとーで。
そんで周りの友達がそのワッペン気に入ってくれたら、そのワッペンが好きになってくるんだよ。
結局言いたいのはね、ちゃんとしてないとダメってことよ。
ちゃんとしたワッペン付けてるとか、体力か良心を犠牲にするかしないと、
そうそう、結局のところは最後に書かれていることに行き着くと思う。別のことを感じさせないこと、つまり没頭させることはエンターテイメントの最大の目的だと思われる。
そうした視点でハリウッド映画を考えるとおもしろい。ハリウッドの構成や演出に関する洗練された知識はやはりすごいと思う。観客であれば誰でも没頭できるようにできている。
物語のリアリティは、アニメのリアリティも同じように「何が映っているか」よりも観る人が「何を感じるか」であって、たとえばあるアニメを見て緊張感を感じるならば、それはアニメのリアリティだといえる。
ハリウッド映画はこうしたリアリティを最後まで最大限に維持するようにできているはずなので、特になんの先入観もなしに観にいえば、簡単に没頭でき娯楽を味わうことができる。そうでないような映画は映画が考えてくれるのではなく観客に考えさせるので、それが退屈を呼んだりする。でも、いろんな映画があり、いろんなこだわりがあり、そうした映画が成り立っているのはハリウッド映画が管理できないところの個人差ゆえだから、それだけいろんな作り方があり、いろんな楽しみ方があるのだと思う。
昨日は「育児はライフサイクルの一番ボトルネックになるタスクなのに効率化できる余地が少ないから難しい、耐えるしかない」という内容を書いていた
夜中の授乳中に、俺が子の寝かしつけをしていた時間に書いたであろうこの投稿を読んで
悲しくて悲しくて、どうしようもない気持ちになった
息子が生まれて2ヶ月、
昨日できなかったおもちゃを掴めるようになったり少しずつ笑ってくれるようになったり
毎日同じことの繰り返しだけど、睡眠不足やゆっくり食事ができないのは時々愚痴りたくなるけど、だからといって育児が嫌だとか辛いとか思ったことは今のところ一度もない
妻の、育児をタスクといって耐えるしかない辛いものだという昨日の投稿に
そんな俺の2ヶ月間を否定されたみたいに思えて
息子への愛情は感じられなくて
ほんとうに悲しいしがっかりした
これ以上妻のことを嫌いになりたくないから、もう育児を語るのはやめてほしいのだけど
詳しくはココ。
→2枚のガラスの間に断熱性の高いアルゴンガスを封入したサッシ。ドイツではシングルガラスのサッシが禁止されて久しいので、もう複層の方が安い。歴史的建造物の復元とかでシングルガラスが使われるときはなかなか手に入らんで大変とか聞いた。
・外断熱というのは具体的にどういうものなのか
→簡単に言うと建物の躯体を断熱材ですっぽり覆うもの。外の気温の影響が小さくなるので躯体自体の温度の上下幅が少なくなり、夏涼しくて冬暖かくなる。躯体が雨風に晒されないので寿命が劇的に伸びる。木造日本家屋でも外張り断熱の技術が完成している。
→複層やと、アルゴンガスの断熱性で内側のガラスが冷えないので、結露しない
・湿気に強いってところ
→内断熱やと、夏に冷房で躯体の内側に結露するので、湿気がどんどんたまって、内装がカビたりダニが繁殖しやすい。外断熱やと、内外の温度差は建物の外にあるので、内側に湿度はたまらない。ただし、断熱層と躯体の間に通気層が必要
→縁側があって広くひらく開口部があって通気性を大きく取るのが日本の家屋という先入観か。外断熱は夏に弱いという誤解か。ともかく、北海道では夜のうちにストーブが切れることは凍死を意味する時代もあったわけで、チョー切実な問題やったてことやねん。と言っても、北海道ですらあんま分かってない建築士も多い。技術屋とは建築士や設備設計士のことです。
・一体日本のどこなんだ
・あとFITというのも俺は初耳で
→自然エネルギーの固定価格買い取り制度。feed in tariff。風車とかの設置費用が高くて普及しないのを解決するため、風車で作った電力をペイする金額で一定期間高く買い取ることを約束する制度。必ず儲かるのでバンバン普及→規模の経済が働いて風車が安くなる→さらに風車が増える→…。ただ、高く買い取る分を誰と誰がどんな割合で負担するか決めたりとか安くなっていく分を正確に見積って適時に買取価格を下げたりとか大変。
下記は、両立支援・雇用平等関連資料・パンフレットダウンロード | TOKYOはたらくネットの資料です。
良いことが書いてあるので、是非読んでみてください。
http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/equal/siryo/23saiyou04.pdf
例えば、障害者が応募できないとしている企業には一切選考も面接もせずに、先入観で「障
害者では仕事ができない」と決めつけてしまう考え方があるのではないでしょうか。
また、家庭状況(親の職業や兄弟姉妹のことなど)を選考・採用のポイントとして考えるこ
とは、親が大名ならその子はたとえ能力は低くても大名という封建時代の考え方とあまり変わ
「企業防衛上同業者の子弟は困る」、「自営業をやっている家の子は定着性が悪い」、「親の職
業がしっかりしていない家庭の子は、金銭を扱う仕事なので困る」といった考え方には、応募
者の基本的人権を無視することに痛みも感じない一方的な人事の体質というものがあるのでは
ないでしょうか。
企業にとって従業員を採用することは、その繁栄成長につながる大変重要なことですから、
単なる憶測や、予断と偏見に左右されない公正な選考というものがいかに大切であるかは、企
業経営者が一番よく御存知のことであり、強い関心をもっていることと思います。
「うちの会社の選考体制は、長い間にわたって改善を重ねてきたものだから大丈夫だ」と安
心する前に、同和問題をはじめとする人権問題についてどの程度認識しているか、正しく理解
もし、十分に認識・理解していない場合には、やはり予断・偏見といったものが残存してい
以上のことがらを点検するためのチェックポイントは次のとおりです。
② 雇用条件・採用基準に適合するすべての「人」が応募できる原則が確立されています
か。
③ 次のような人を排除しようとしていませんか。
ア 同和地区出身者 イ 女性 ウ 障害者 エ 母子家庭や父子家庭の人
オ 定時制・通信制課程修了者 カ 外国籍の人 キ 特定思想・信条の人
ク その他(高齢者、HIV感染者等、刑を終えて出所した人、破産者など)
④ 応募者本人の適性や能力以外のこと、例えば、親の職業や家庭状況等を採否の基準と
していませんか。
⑤ 採用方針、採用予定の職種や人員が計画的・合理的に定められていますか。
守るべきことがら
考 え 方
始めてレコードを買ってみたんだけど、
まぁ、本当のジャケット買いよ。
昔は親がレコード掛けて聴いてた
宇宙海賊ヴィヴァルディーの銀河四季伝説第二章二楽章田園田楽なんかは覚えてるような気がするわ。
そんなことはしたことないのよね。
とりあえず、
かのビクター犬のごとく、
聴けることを夢見るわ。
売ってるのかしらね?
また調べてみるわ。
最近なんだか、
昔の面倒くさいことを
また楽しむ風潮が流行りだしてきてる感じだわ。
昔のさ、
あれぴったりできたら嬉しいわよね。
それとか、
A面に超大声で録音して
録音してないB面にA面のその大声の音が微かに聞こえてくるような
昔を懐かしむ感じがいいわよね。
うふふ。
久しぶりにサンドイッチよ。
もうすっかりホッツコーヒーとか飲みたいんだけど、
いい加減ホッツにして欲しいわ。
と思っちゃってるから
季節の変わり目ね。
そんなわけで、
もうコーヒーだわね。
ウォーラー要素がないわ水だけに!
なんて。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
思い出した話。
昔よく聞いていたジャズシンガーは、めずらしく20代前半の若者だった。
細かい所はうろ覚えだが、ある日ジャズファンのオッサン(つまり歌手でもなんでもない人)に「君の歌はダメダメだ。○○○(海外歌手)を歌いこなせていない。CMでちょうどその歌が流れているから、あれでも聞いて勉強しなさい」と言われたが、そのCMの歌は僕が歌ってるんですよ。
というオチの話だった。
ブコメではジェンダー論になってるし、ジェンダーも関係あるんだろうけど
「社会に認められるには先に社会的地位が必要」っていうジレンマのような感じで受け取った。
あと若ハゲに悩むN君が「上司と一緒に取引先の人に会うと、僕のほうが先に挨拶されるんです。辛い。」と言ってたのも思い出した。
ダス! イスト! デア! トロプフェン! デス! アルラウネ!
アイネ! クライネ! ナハト! フランケンシュタイン!
イッヒ! リーベ! ナツィオナル! ソシアリスティッシェあわわわわわ! この辺で。
.
“幻想芸術集団 Les Miroirs(レ・ミロワール)” という豪快な源氏名を名乗っているが、つまりは都内の小劇団だ。
んーむ、どういうことなんだろ、また芝居を観に来てしまった。
これまでの人生で演劇なんて片手の指にあまるくらいしか行ったことないのに。
ひょんなことから、とある小劇団の芝居に行ったのが先月。
劇場でダバっと大量のフライヤー(チラシ)を渡されるので、眺めているうちに妙に気になって今回はこの劇団の演目『アルラウネの滴り -改訂版-』を観に行ってきた。
.
観劇後の印象がなかなか良くて、それで妙に語りたくなったので記録の意味でレビューを残しておくことにする。
当方、舞台観劇はズブの素人なので、マニアから見たら噴飯モノの印象がバンバン飛び出すことと思われるが、そこはヌルく見逃してほしい。
あと、上演も終わっていることだし、ネタバレ上等で書くので、そこは4649!
それでは、行ってみよー!
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■全体として
先入観が無かったといえばウソになるわけで。
幻想芸術集団という大迎なプレフィックス。
おフランス語の劇団名でミロワール(鏡たち)というのは、つまりキャスト達のことだろう。
豪奢な近世ヨーロッパ風衣装。
中央には男装の麗人。
「これはきっと、『ベルばら』風にお嬢様たちがキラッキラにやりたいことだけをやりたおした豪華絢爛、欧州絵巻だろうな」と。
それで、「どれ、どれだけ背中とオシリが痒くなるか、いっちょ見てやろう」くらいの気持ちで足を運んだのだが。
.
これが。
開始10分で背筋を伸ばして、
脳を総動員して、
つまりは本気でストーリーを追いかけることになった。
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近世ドイツを舞台にしたバリバリに骨太なサスペンス/スリラーになってる。
そりゃそうだよな。
単なるキラキラ少女漫画ワールドだけで、旗揚げから10年以上も劇団が存続できるワケないもんな。
幻想的な要素は “アルラウネ(マンドラゴラ)の美女を集めた娼館” というキー・ガジェット一点のみ。
あとは細部まできっちりと整合したダークなクライムストーリーで。
(このへん、『スリーピー・ホロウ』(ティム・バートン)に通じるものがあるな。
あれも超現実はデュラハン(首無し騎士)の一点だけで、あとはストレートな推理モノだった)
.
そして、今さらながら。
自分がなんで演劇を面白いと感じるか、分かった。
右から左から、見ても見ても、どこまで見ても情報量が尽きることがない。
これはフレームで切り取られた映画にはない楽しみであって。
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この舞台にしても。
ブリンケン伯爵が実に俗物らしくロゼマリー嬢を相手に大笑しているときに、うしろでフローラが嫌悪感をまる出しにしていたり。
カスパルが客前で気取った口上を並べているときに、後ろでオリヴィアとペトラがクスクス笑っていたり。
ふとカスパルが来歴をほのめかすときに、バックでアルマがアラベスクをキメていたり。
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どこに視線を固定しても、漏れる情報がある。
これが脳にすごい負担がかかる。
決して不快ではない負担が。
これが自分的な芝居の楽しみだと、劇場を出るときに気がついた。
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作劇について、もうちょっと書くと。
衣装がキラッキラなのは舞台が娼家だからであって、ここを誤解していた。
実際の登場人物はというと、全員が第三身分。
それも、ドラマにしやすい貧民でもなければブルジョアでもなく、中間層の知識人というのがニクい。
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そしてデカダンス。
スパイス程度の頽廃なんてもんじゃない。超頽廃。超デカダンス。
なにせ純愛がまったく出てこない。
娼館。
仮面夫婦。
父を求めて得られなかった少年は長じて若いツバメ(愛人)となる。
例外はアルマとカスパルの気持ちが通じるところ、それにヘタレ青年が主人公に想いを寄せるところだが、どちらも一方通行に近い。
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さらに設定考証がすげぇ。
神聖ローマ帝国時代のバイエルンの片隅にある架空の歓楽街、というか売春窟を中心に時代と風俗をガチガチに作り込んである。
おそらく、俺の気が付かないところもガチガチだろう。
唯一、気になったのは
「あれ、ドイツ語圏ならネーデルランドじゃなくてニーダーランドじゃね?」
ってところくらいで、これも観客のアタマへの入りやすさを選択した結果だろう。
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うん。正直に言うと、作り込みすぎじゃね? っていうところもあった。
具体的に言うと、ダイアログが文語中心で、若干だけど苦しい。
当方、語彙力にはそこそこ自信があるオッサンだが、それでも、
「じい(侍医)」とか、
「せんていこう(選帝侯)」とか、
会話をトレースして理解するのにアタマを総動員する必要があった。
かと言ってなぁ。
そこを「侍医」→「お付きの医者」とか、「選帝侯」→「偉大なる領主さま」とか言いかえるとテイストがどんどんボヤけるしなぁ。
時代のフレーバーとして、いたしかたなしか。
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ほかにも上に書いた「若いツバメ」とか、娼館ではロウソクがタイムチャージに使われていたりとか。
ともかく文学的で含みのある表現を多用していて、ターゲット年齢が高いか、あるいはマニアックな層か、ともあれコレくらいのレベルが普通なのかな?
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あと、要求水準の高い批判をすると。
“階級社会の不条理に対する怒り” というのを冒頭に打ち出した割には、通底するというほど通底していない。
21世紀の今から見て付け足した感じ。
フレーム全体の仇役としてエーヴェルス先生を立てて、カール殿下の誅殺を5分のエピローグとしてサラっと流したので余計にそんな感じがする。
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もう1つ細かいことを言うと、カスパルとエーヴェルス先生がクライマックスに対峙するまでハチあわせしないのは、苦しくないか?
それを言うのはヤボというものか。
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ま、ともかく。
全体として、チケット代以上に大いに楽しみ、没入し、満足した。
見て損はなかった。
ほかの演目については保証しかねるけど、再演のときには是非とも足を運んでみてください。(繰り返すけど、俺は関係者じゃないよ)
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以下は、キャストと演出について
※普段は「役者は顔じゃない」というのがポリシーなんだけど、ここまでビジュアルにこだわった劇団と演目に対しては、しゃーない、キャストのビジュアルについても言及させてもらいます。あしからずぅ。
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■男優3人
劇団と演目を全体として俯瞰すれば。
耽美で退廃的なテイスト。
きらびやかな衣装と意匠。
おそらく女性中心の運営で女性中心の企画立案で女性中心のキャスティングをしている集団だと推察するけど。
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自分にウソはつけない。正直に言う。
観劇後の印象は男優三人組が大部分かっさらって行った。
全員が客演。
おそらく、3人が3人とも、キャスティング担当者が選びに選んで一本釣りで連れてきたのだろう、と、思う。
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エーヴェルス先生の狂気、
フランツの怯懦と勇気、
ブリンケン伯爵の俗物さ。
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多分それは、つまりこういうことだろう。
女性陣、主人公2トップをふくめ、大部分のキャラクターは何らかの葛藤や二面性を抱えていて、心理に微妙な綾があるのに対して、男性陣3人は完全にバイプレイヤーとしてストーリーの進行装置以上のキャラクターが割り振られていない。
あとはそれを渾身のパワーで演じれば良いだけで、結果としてものすごい強烈でシンプルな印象をこっちに叩きつけてくることになる。
これが観劇初心者の俺みたいな人種にはビンビン来るのよ。
ある意味、三者三様にヨゴレで良い役をもらってるとも言えるわけで。
こればっかりは、しょうがない。
こういう観客もいるということで、ひとつ。
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■高山タツヤ(エーヴェルス先生)
いやしかし、悪役ってオイシイよな。
自分的には今回の演目でこの人がNo.1。
最初はシャーロック・ホームズ的な近代合理精神の尖兵として事件に切り込んでいくのかと思いきや。
途中からどんどんマッドサイエンティストの素顔が出てきて、終盤すべての黒幕という正体が明らかになって、最後はムスカ大佐みたいに天誅がくだる。
宣伝スチルでは “生に倦み疲れた貴族” みたいな立ち位置かなーと思っていたら、もっとパワフルだった。
理性的で狂人、策謀家で紳士、もうテンコ盛り。
唯一の難としては、演技とキャラクター作りが設定より若干、若く感じた。
そのせいでカスパルとの対比が弱い。
しかし、それにしても、実験体のときにカスパル13歳、エーヴェルス24歳。
最後に対峙した時点でカスパル31歳、エーヴェルス42歳か。
これまた描写の難しい年齢差を持ってきたな、とは思う。
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■谷英樹(フランツ)
普段は剣戟主体のアクション俳優さんらしい。もったいない(と言ったら失礼か)。
ねぇねぇ、性格俳優やりましょーよ。
できますって絶対。実際できてたし。
高い鼻筋、シュッとした輪郭ともあいまって、ヨーロッパのダメダメ青年を完全に演じきっていた。
迷い、失敗し、バカにされ、それでもフローラへの思い一徹。
というか、この劇中、唯一の未熟者役で、これは配役としてよいポジション。
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■杉山洋介(ブリンケン伯爵)
たぶん、この人はただの色ボケ爺ぃじゃないよ。
宮廷の権謀術数、
複雑な典礼プロトコルの知悉、
家門の切り盛り。
そういったシンドイ大事や雑事を乗り越えて、やっとこさトレッフェン通りで馴染みの嬢を片手に思いっきりハジけているところに腹上死。
涙を禁じえません。
そういう想像が働くところが、杉山氏のキャラクター作りのなせる技かと。
いや、たんなる家門だよりのアーパー伯爵っていう設定かもしれないけどさ。
ともかく、そんな感じがした。
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ストーリーも半ばを過ぎたところで、ハタと気がついた。
「カスパル、フローラが客から評価をもぎとってくるフォワードだとしたら、オリヴィア、ペトラ役のこの2人が失点を防ぐディフェンダーなのね」
アルラウネだけじゃない、葬儀の席のゴシップ婦人、伯爵家の侍女と、早着替えをしながら、縦横無尽に八面六臂。
よほどの高能力者じゃないと、こうはいかない。
逆に言えば。
ストーリーのスケールに比してジャスト10人という少数精鋭のセッションで。
もしもこの2人が「私たちモブよ、モブよ、モブなのよ~」と手を抜いたり段取りが悪かったりしたら?
それこそ目も当てられないほど悲惨なことになるのは想像できる。
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この芝居を観た人がいたら聞きたいのだが。
ストーリー展開のつなぎが悪かったところがあったか?
会話のリズムと展開がギクシャクしたところがあったか?
状況の説明が足りないと感じたところがあったか?
少なくとも、俺にとっては無かった。
これ全部、彼女たちの仕事であって。
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こうも言える。
「観客を40人と仮定して、80個の目玉とその批評眼の猛攻を、2時間近くの上演中、ゼロ失点でしのぎきった」と。
しかも、それだけじゃない。
「それじゃ、ここはカスパルを見ていよう」と視線を切ったままにしておくと、いつの間にか “弱気なオリヴィア” と “地味に辛辣なペトラ” がシャドーストライカーとしてヌッっと認知の前景に割り込んでくるから油断がならない。
専属キャストがスポットを浴びて歌い踊る後ろで、 “舞台成立請負人” として劇団を渡り歩くって、ックーッ! シビれるっすねぇ(想像のしすぎか)。
特にオリヴィア役の武川さんはホームチーム無しのフリーランサー。
次にどこで会えるかもわからないという、この西部劇カウボーイ感。
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■マリコ(伯爵夫人クロリス)
夫に先立たれ、あとは家門を守る化石となりつつある中、若いツバメとともにふと訪れた春。
でも心の底では彼が自分を利用しているだけと気がついていて、寂しさがつのる人生の晩秋。
っていうメロドラマ的挿入話を、たった1人でゴリゴリ成立させてしまった。
オフショットを見たら、周囲に負けず劣らずの美人さんなのに、哀切よろめき婦人にサクッと変身するあたり、地味にスゴいよ、この人。
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■中村ナツ子(ロゼマリー)
加東大介(『用心棒』)といい、中村梅雀(『八代将軍吉宗』)といい、馬鹿キャラってオイシイよな。
と、思いつつ、可愛い子チャンで馬鹿キャラってのは失敗例が山ほどあるワケで。
美人馬鹿キャラ、厳密に言うと “短慮と衝動、それに浅知恵で状況を悪化させるキャラ” っていうのは、全世界のホラー/パニック映画ファンが怒りまくってることからも分かるとおり劇薬であって、書くのも演るのも本当に難しくて大変で。
(フィクションで最近の成功例だと、『デスノート』の弥海砂とか。自分の中では『ウォーターシップダウンのうさぎたち』のネルシルタとか)
その中でも彼女ロゼマリーの配役と演技は大成功と言っていい。
シナリオ、人物造形、演技の巧みさ、3つが合体して、ストーリーを停滞どころかグイグイ展開させる存在として実に効いている。
アルラウネたちが、それぞれどこか華美な中にもダークさを感じさせる装いの中、ひとり明るい髪色でキャるるンッとしたバービー人形のような出で立ちも良い。
彼女を舞台で見るのは実はこれが初めてではなくて、かなりの美形なことは知っていたけど、作りようによっては、なんというか、 “こういう美人” にもなるのか、と今さら驚く。
(彼女の第一印象については、
https://anond.hatelabo.jp/20170925212923
の中村ナツ子の項を参照のこと)
というあたりで。
最後に。
あー、業務連絡、業務連絡。中村さん、編集者やってみる気はありませんか? 原稿ライティングができてAdobe製品が使える最強のマルチ編集者になれますよ。その気になったら、いつでも当方に声をかけてください。
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■麻生ウラ(アルマ)
うー、うーうーうー。モゴモゴ、わかった、言う。
えー、強烈な声優声なのは、演出上の要請か、それともそれ以外の発声メソッドを持っていないのか。前者だと信じたい。
さて。
最古参のアルラウネ、そしてカスパルの右腕として気持ちを交わし、動き、嘆き、そして踊る。
ちょうどキャプテン・ハーロックにおけるミーメみたいな立ち位置。
キレイどころ揃いのキャストの中でもアタマ1つ抜けているビジュアルとダンスを買われての登板か。
(「ビジュアル充実で演技とダンスが良いなら文句ねーだろ」という方は、この項の2行目を参照のこと)
休眠状態の彼女のポーズを見て、開場のときに舞台においてあったオブジェの意味がやっとわかった。
それにしても。
とんでもなく整ったマスク。
スレンダーで柔軟な身体は恐ろしく妖艶に動く。
世を忍ぶ仮の姿はバンドヴォーカル兼ヨガ・インストラクターとのこと。
ドュフフフフ、オジサンに勤務先教えてくれないかなぁ。
(この6行、後でカット)
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■乃々雅ゆう(フローラ)
アイライナー(と、おそらくカラコン)を差し引いても深い情熱的な眼、意志の強そうな頬からおとがいのライン。
なんというか、豪華欧州絵巻を演るために生まれてきたような。
実際、ブルボン王朝の末席にいて、ベラスケスが肖像を描いてそうだ。
その意味では、この劇団の申し子みたいな雰囲気。
立ち上げからのメンバーかと思った。
そのくらいピッタリの所属先を見つけたと言えるんじゃなかろうか。
宣材写真を見たときはもっと毒のある雰囲気で、「ふむ、このヒトが超々々毒婦をやったら面白そうだ」と思って劇場に行ったんだけど。
なんというか、キャラクターもご本人も想像より瑞々しい感じの人だった。
“運命と戦うヒロイン” という、もう本人の雰囲気そのままの役回りを手堅く好演。
娼館の女主人のときはもっと毒々しくても良かった気がする。
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■朝霞ルイ(カスパル)
どんなに声のトーンを落としても客席まで声が届いていたのは彼女だけだった。
ベテランの風格。
打ち棄てられた実験体児がどこでどうやって成長すれば、こんな艶やかでピカレスクなトリックスターに育つのか、そこを見てみたかった気もするが、そこを書いたらタダでさえ2時間ちかくある上演時間がさらに伸びるので、いたしかたなし。
この俳優さん、眉頭にいい感じに険が出ていて、男装の麗人からリアル美丈夫への過渡期にある感じがする。
男役としては、これからが一番いい時期なんじゃなかろうか。
カスパルがどんな人物かというと。
ん。
待てよ……整理すると!
.
1)娼館の影のNo.1として女主人をウラからあやつり、朗々と艶やかな口上を述べるトリックスターで、
2)火災その他のカタストロフから巧みにサバイバルし、言葉巧みに未亡人の情夫におさまる冷徹ピカレスクで、
3)非人道的な実験の結果として対アルラウネ耐性を有する厨二病キャラで、
4)それでいて不幸な幼少期から、どこかはりつめた脆さを感じさせ、
(それは例えて言うならば、ラインハルト・V・ローエングラム的な)
5)そして、こころ疲れた時には情を交わす女アルマが影に寄り添い。
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なんてこったい! 男装女子の演りたいこと、全部入りじゃねーか!
どうなってるんだ朝霞さん! アナタの配役が一番オイシイよ!
観劇前はフローラとカスパルが互いのカウンターパートをつとめるセッティングかと思ったら、終わってみれば伯爵から先生からアルラウネ達からフローラから、もうもう全員が彼との関係性を軸に話が展開するという、まさにザ・主人公・オブ・ザ・主人公!
しかし考えてみれば、そのぶん舞台上でも舞台裏でも負荷は並大抵では無かったはずで、本当にご苦労さまでした。
良かったっす。
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■a-m.Lully
あの役がオイシイ、この役がオイシイ、と書いていて気が付いたが、
全者全様にオイシイ役ばかり。
調べたら当然のごとく、当て書き脚本だった。
この辺が座付き作家、というか作家が率いる劇団の最っ高のアドバンテージだよなぁ。
と、同時に。
「このストーリー、映像化してもイケるんじゃね?
というか、ヨーロッパあたりに売り込んでもいいんじゃね?」
と思ったのだが。
脚本、キャスト、演出のケミストリー(化学反応)による名演と脚本単体のポテンシャルの見分けがつくほど、俺は観劇に強いわけではないので、この印象は保留しておく。
.
■大道具・セット
背景と大道具がすごい。なんてったって “何もない” んだから。
物理的に必要な長椅子が脇においてあるだけ。
これ、大英断だと思う。
.
メインの舞台となるのは近世ヨーロッパの娼館で。
自分がイメージできるのは『ジェヴォーダンの獣』(クリストフ・ガンズ)くらいだけど、あれを雰囲気だけでも匂わせるには1千万円あっても足りない。
その後の場面展開を考えたら、そこはバッサリ切り落として、そのかわり衣装と装飾品にガッツリとリソース(金と時間と手間)をかける。
少なくとも自分はそう思った。
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で、板の上には何もない代わりに、ステージ背面全体を三分割して並んだ3つのセル(部屋)。
ライティング次第で中のキャストを浮かび上がらせて、複数のストーリーラインを同時に進行できる空間なんだけど、これが実に効いてる。
回想、視点の移動、娼館の部屋それぞれ。もう大活躍。
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白眉はエーヴェルス先生が娼館に潜入するシーン。
ライティングを目まぐるしく切り替えて、それこそ『ミッション・インポッシブル』か『オーシャンズ11』かっていう高速カットバックを実現している。
(いや実際、照明さんは胃に穴が空いたんじゃなかろうか?)
実を言うとアタマのスミでは「それをやりたいなら映画でやったら?」と思わないでも無かったけど、映像作品と舞台の良いとこ取りをした意図は買うし、実際、効果的だった。
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と、同時に。
こうも思った。
「ああ、そういうことか。エイゼンシュテイン以降の変革は舞台にも及んで、自分はいま変革後の作品を見てるのね」と。
MTV以降、ライブコンサートに巨大モニターが導入されて各種フレーミングが可能になったように、舞台も律儀に単一フレーム(場の一致)なんて守ってる場合じゃないよね。
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■最後に、気がついたこと、気になったことをまとめて
・会場の音響が悪すぎ!
卓かアンプが、どこかでバチバチに歪んでる。
せっかく古典派の交響曲でストイックなまでにかためた選曲が台無し。
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・キャパ、狭すぎ!
ねえねえ、次はもっと大きい小屋でやりましょーよ。
大丈夫。大丈夫だって。
連日満員でエクストラシート用意するくらいなんだから。
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・ハッキリとした開演ベルが欲しかったところ。
カスパルがおもむろに登場してアルラウネのオブジェを撤去して暗転ってのは、演出としてどうかと思った
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・プログラムの誤植。
コーヒー愛飲の習慣のところ、 “嫌遠” は “嫌厭” の間違い。
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・余談だけど、今回の上演『改訂版』の前の上演回をみんな『祈念』と呼んでいる。
理由を調べようと思ったけど、まーいーか。
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・キャスティングの軽重に関係なく、みんな多かれ少なかれセリフが飛んだり、噛んだりしていた。
最終日の最終回、疲労のピーク。
ステージハイっていったって、限度があるわね。
その中でもディフェンダー2人(武川、小川)は、自分が見る限り
挙動とセリフに一切のミスがなかったことを記録しておく。
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……んー、こんな感じか。
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ともかく、まとめとして言うならば。
幻想芸術集団レ・ミロワールの『アルラウネの滴り -改訂版-』良かったっす。