はてなキーワード: アブノーマルとは
自分は何のために生まれたんだろう。何が楽しくて生きているんだろう。
「セックスのために生きている」
と、最近分かってしまった。これに至って思いついたことを書き留めておきたいと思う。
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私はまったくモテるタイプではない。しかし運よく結婚することができて10年以上、配偶者としかそういうことはなかった。
何気ない日常、特に大きな不満も幸福もない生活。アブノーマルなセックスを配偶者に求めたことはない。
当たり前のように触れ合って、キスをして、愛撫をして、お互いにコミュニケーションを取りながら良いものにしたい、という気持ちは人一倍強かった。
自分がしたいと思ったことは伝えてきたし、したいと言われたことは積極的に叶えてきたと思う。
しかし配偶者はそこまでセックスに情熱をかける人ではなかった。
「疲れているから」などいくつかの理由で「当たり前のセックス」の大部分を省略され、気をつけなければいけない「アレ」までも拒否されたり、ただの作業になったりするときでも私は必死に耐えて、精一杯感じて満足しようとした。
ただ、10年以上これが続くとさすがに限界が近づいているのが分かった。
話し合いをしたり、趣味に没頭したり、仕事に一心不乱に取り組んだり、頭を切り替える努力をしたが、結局ひとりになると募る思いを消すことはできなかった。
配偶者のセックス以外の部分はとても好きだったので、余計に苦しく行為の後は眠れない日々が続き、どうしようもなく、1人で泣きながら慰めて何度も眠った。
この生活が一生続くのだろうか、満たされない自分がおかしいのだ、いっそ死んでしまおうか、と考える日もあったのだ。
そんな切羽詰まったの日常のなか、偶然にも同じ境遇の異性と知り合った。意気投合して仲良くなって、セックスの話をして、そういうことになるまでに時間はかからなかった。
当たり前のことを当たり前にする普通の行為。ふたりでくっつくだけで1日が終わっていた。
それと同時に、「普通のセックスってなんて幸せなんだろう、生きててよかった」という気持ちで涙が止まらなくなった。
自分が10年以上、どれほど欲望を抑えて納得させて、人生を繋げてきたのか。
「好きな人とセックスがしたい、触れ合いたい、それによって満たされることに重きを置いている人生」と考えると、これまでのモヤモヤした悩みの理由に合点がいったのだ。
芸能人の不貞行為が分かると、テレビから干されたり猛烈なバッシングに合う。当然、悪い事をしているのだからある程度叩かれることは当然だと考えている。
ただし、どれくらいの割合なのかは分からないが、私のように「セックスで好きな人と通じ合わないと、心が死んでいく人」というのは一定数いると思う。
満ちる相手が配偶者であればよいのだが、結婚前に分からなかったり、合わないポイントに気づくのが遅れることも多いだろう。
ここで「セックスのために生きている(満たされる比重がとても高い)」人は抑え込んだり、別のところに癒しを求めたり、諦めたりして折り合いをつけていく。
「別のところに癒しを求める人」というのは、おそらく絶望的に「日本の結婚制度」に向いていない。
結婚前にしっかりと性の相性を確認したうえで、双方納得したうえで踏み切らなければならないと思う。
私はそういう人間であった、気づくのが遅かった。
少しずつ気持ちが満ちて、情緒が安定してきたのも事実。それはそれで苦しいのだ。
NLをHLにしたい云々みたいな話を耳にしましたが個人的にはしんどいです。この話はLlGlBlTlQの推進派が読んだら泣いて倒れちゃうほど頭が硬い話です。検索避けするくらい。
いつかは時代に従わなきゃいけなくなるかもしれないので、だったら全く新しい考えに染まっていない綺麗な「古い考え方」を残しておきたいと思いました。あわよくばこの考え方のまま生きていたいけどね。
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私は頭が硬い「男女が交わって子どもを産むからNL」派の人間です。
ヨメと子どもが幸せな家庭に必須ではなくなった時代ですが、本当にそれでいいと思いますか?出生率が下がって子どもを必ずしも育てなくなって全てのお金と時間を自分に捧げるようになる、私はそうなりたくはないんです。
私はLlGlBITIQだからそんな高望みはできないって思う人もいるかもしれませんが、同性でも子どもが作れたらとしたら、子どもを望みますか?できないと望まないは違うんです。
なんの根拠もないけれど地球と生き物はみんな生存と繁栄を目標にしていると思っています。
叶わないと望まないは違う、現に私は叶わないになりかけてる。でも地球はきっと私の子どもに会うのを待ってます。男じゃなくて地球とでも子どもが作れればすぐに見せてあげられるんですけどね。
男女でも子どもが生まれなければ地球にとってイレギュラーで、ノーマルの中にだってアブノーマルはあるんです。
でも私は地球の設計を信じているから異性愛にノーマルを名乗って欲しい。
ご都合主義で同性同士でも妊娠する作品ができた!それは私にとってはBLだろうがGLだろうがNLです。それはその世界の地球がそう設計したんです。
それがダメならもうヒトバースでいいです。オメガバースからはじまりなんとかバースの種類は多いので、本来メインであるべき男女もバース設定のひとつとしてカウントすればいいんです。
同性愛も異性愛も本能だと聞きます。本能じゃなきゃきっと運命です。
私にとって異性愛は重力です。対して同性愛は引力です。異性愛が同性愛を輝かせ、同性愛が異性愛を輝かせる。違うからこそ個性になると思ってます。
地球が異性愛を基本にしたと思い込んでいるので、異性愛がノーマルでなければ私にとって性別に意味なんてないんです。HLにしたい人の中には性別の意味をなくしたい人がいるのかもしれませんが。
男らしくとか女らしくとか、そういう言葉も大好きです。これまでの文化が作り上げた記号が好きですが、それを強要する人間が嫌いです。男性が男らしくいる必要はないし、おしとやかな男性もいっぱいいます。メイクをする男性だっています。でも記号があることで「男勝りな女の子」のような萌えを表現することだってできるんです。それは「元気な女の子」とも「わんぱくな女の子」とも違っていてほしいんです。
日本語も性別観もこうやって議論されて変化するものですけど、私にとっては地球と人間に尊さを感じるポイントなので、変化することで不利益を感じます。
話が戻りますが私にとって異性愛は地球上の法則によりノーマルです。でも、研究開発が進んで同性でも子どもができるようになって、ノーマルが増えていったらすごい嬉しいです。
気軽にHLに乗り換えてしまう素直な人も、意地でNLを使い続ける人も、絶対自分が正しいと思いながらHLを主張する人も、どうでもいい人も、どの表記がいいのか自分の地球に聞いてほしいです。案外ヒトバースみたいな言うだけはタダで実用性がないアイデアにつながると思います。
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ちなみにこの話のアホな点は私が地球を創造主か何かだと思っていることと、地球が人間に滅んでほしい場合は同性愛(直したやで)こそがノーマルになることです。人間増えすぎたしいっつもなんか考えてどっかの国で争ってるから地球にとって人間が解釈違いかもしれない...ごめんね地球。
https://note.com/komatsuna777/n/n1d69e89f8c59
なんか上の記事で(長いので全部読んでないけど)NL(ノーマルラブ)って呼び方は差別だってあって、よくわからんかった。
俺は同性愛はノーマルかアブノーマルかでいうと、アブノーマルだと思うけど。
一応用語の説明をしとくけど、「ノーマル」は「正常」とかいう意味で、「アブノーマル」は「異常」とか「正常でない」という意味で俺は使っている。
何をもって異性愛がノーマルで、同性愛がアブノーマルなのかという話だけれども、人の自然交配が男女の組み合わせだからだと考えている。俺ら人は雌雄同体のウミウシでもなければシダ植物でもないので、人は男女の組み合わせで生殖活動するのが生物としてのノーマルだろう。
「雌雄同体の生物もいるのだから、異性愛が『ノーマル』とは言い切れない」という反論があるかもしれない。けれど俺は人間の話をしている。ウミウシにとって同性愛は「ノーマル」でも、人にとっては違うだろう。
だからといってアブノーマルを差別しろとか、迫害しようってわけでもない。好きな生き方をしてもいいし、人の恋路や生き方にとやかく言う気はない。BLの同人誌書けばいいし、誰と誰のカップリングでオナニーしようが、その人の勝手だろう。
「男が男を好きになろうが、別にいいんじゃない?(まあ変だけど)」というスタンスである。
そもそもすべてにおいて「ノーマル」なんて人はいない。同性愛はもちろん、先天的にも、後天的にも「障害」を持つ人がいるだろう。指が4本しかない人や、目が見えない人。これらは人としての本来の機能として「正常」ではない。が、だからといってなんだというのだろう。正常ではないからと言う理由で迫害を受ける謂れはないし、多様な生き方は許されるべきだ。社会はアブノーマルを受け入れるべきだ。俺だってロリコンだし。
しかしノーマルかアブノーマルかでいったら、「アブノーマル」だろう、という話である。同性愛も、指が4本しかない人も、目が見えない人も、ロリコンもアブノーマルだ。
正直言って、「アブノーマルをノーマルの仲間入りにしろ」は、言葉遊びにしかならないのでは?
たとえば同性愛をノーマルの仲間入りにしたとして、子供ができますか?という話。「子供を作らない選択肢もある」という話ではなく、「iPS細胞でいつかできるようになる」という話でもなく、「自然交配で作ることができるか?」という話である。可能か不可能かの話である。生物は生殖活動ができるのがノーマルなので、それができないのはアブノーマルだ。いくらノーマル呼びにこだわったところでだ。
異性愛でも子供ができないという人もいる。それもアブノーマルだ。ちなみに俺は精子が少ないと言われたので、病院に通っている。多くの人は病院に通わなくても子供ができるだろうけど、俺は精子の量や活動が「異常値」なので、通院しなければならないってわけだ。
もし俺が「あなたの精子が少ないのも、別に変なことではなく、ノーマルですよ」と言ってもらえたところで、「は?」という気しかしない。
「アブノーマルでも受け入れられる社会」と、「アブノーマルをノーマルの仲間入りにする社会」では、全然意味合いが異なるのには注意したい。
前者はアブノーマルはアブノーマルのまま受け入れられるのに対し、後者はアブノーマルにノーマルの機能を要請されかねない。あるいはノーマルの再定義が必要になる。そんなのめんどくせ。俺は受け入れられてさえいれば、アブノーマルのままでいいんだよ。
もしかして「普通」という概念をなくそうとしているのだろうか? たしかに普通という概念がなくなれば、すべてのものはありのままにだけども、やっぱり言葉遊びの域を出ないのでは?
先日、ニトリのCM(https://anond.hatelabo.jp/20200118002721)の増田が注目を集めていましたね。
今日は、増田を中心に様々な特殊性癖の世界について見ていきたいと思います。
なお、「特殊」は「多数派とは異なる」程度の意味で使っており、何か否定をするものではありません。
また、「性癖」の語は、以下、主に性的嗜好・性的指向の意味で使います。)
特殊性癖というと、ドラゴンカーセックスを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
たしかにインパクトはあるのですが、この増田(https://anond.hatelabo.jp/20180407080732)でも指摘されている通り、所詮は「棒と穴」の範疇であって、まだまだノーマル度が高いといわざるを得ません。
詳しくはググってください。
反社会性・非倫理性の高さ、実現可能性の無さがポイントでしょうか。
字面そのまんまです。
羞恥、スカ、肛門に分解すると特殊性はさほどでもありませんが、発想の飛躍が大きいです。
普及を図っている人が、「洗わず食べさせたいところだが、火を通さず食べられる根菜が少ないのが悩み」みたいなこと言ってますが、問題はそこなのでしょうか。
増田でもその存在は確認できます(https://anond.hatelabo.jp/20171104113614)。
「自分の異常な性癖を自覚して」(https://anond.hatelabo.jp/20080801004850)、
「動物の捕食シーンに性的興奮をおぼえる者として」(https://anond.hatelabo.jp/20190619174240)より。
(なお、一部のジャンルはhttps://dic.pixiv.net/a/%e7%95%b0%e5%b8%b8%e6%80%a7%e7%99%96で見ることができます。)
上記2増田もそうですが、特殊性癖の持ち主は、だいたい幼少期に何かしらの原体験があることが多く、大人になってから発見・発現するケースは少ないように思えます。
「何がえっちぃか」は社会によって規定される部分も大きく、それを身につける前だと性癖の自由度が高いのでしょうか。
乳幼児期に快・不快しかない感情は、成長に従って喜怒哀楽へと分化していきますが、その過程で性欲と別の何かがリンクするのかもしれません。
AVは、特殊性癖であっても、裸や挿入が関わってくることがほとんどなので、特殊性は薄れてしまいます。
しかし、監督・カメラマン・出演者などがいて、企画会議があって、売上の目標なんかを立てて撮影をして…というその経緯に想いをきたすと、なかなか趣深いものがあります。
未見ですが最後は挿入するようです。
ネタっぽく書かれたレビューを読みましたが、レビュワー名は「抜けてしまった」でした。
蛙女とか全眼女とか、人外・妖怪系にも一定の需要があるのでしょうか。
こちらの増田(https://anond.hatelabo.jp/20181217182153)より。
2が出ていることや、同じメーカーの「洗髪」が8まで出ていることから人気がうかがえます。
「人間になった人魚姫の裸を数十年間オカズにしている話」(https://anond.hatelabo.jp/20190417040130)より。
裸が介在する時点でアブノーマル度は下がりますが、人魚フォームではなく人間フォームに興奮しているところ、裸体の挿絵が減ったことに安堵しているところがポイントです。
続く
小学生〜高校生の時に、オリジナルの漫画を描いてのだが、そのノートが大量に実家に残っている。
数えたことないけど、本棚を埋め尽くすほどなんで、千冊近くはあるんじゃないだろうか。少なくとも1番長い話で、ノート200冊を超えてた。
本棚に、みっちりはいってるので、背表紙部分しか見えない。一見すると昔使ってた勉強のノートみたいな感じで、特に問題無い。
しかし、ノートの表紙には、きっちり恥ずかしい絵と文字が描かれていて、一たび本棚から流出した瞬間に、甚大な被害が発生する状態だ。
現在、自分は、すでに成人し、結婚し、実家を離れていて、漫画は一切描いていない。
妻には、恥ずかしいんで、漫画を描いていたことは一切言ってない。さらに、おかげさまで、今月子供が生まれる予定だ。
もし万が一、妻とこれから生まれる子供に、あのノートを見られたら、一家の長としての尊厳は、完全に失われる。
実家には、いわゆるエロ本とかも残っている。しかし、量が少ないこと、ノーマルな内容であること、隠した場所を自分でもすでに忘れてしまったことから、エロ本を見られることには、何の心配もしていない。
しかし、漫画ノートについては、量、内容ともにアブノーマルであり、部屋のど真ん中に堂々と鎮座していて、思い出しただけでも吐き気がする状態だ。
妻と一緒に帰省しても、妻がノート群に興味を示したことがないため、問題にはなっていない。
しかし、この先、あらゆるものに好奇心を示すはずである子供が生まれるわけで、これは確実に破綻する。確実に。
実家が遠くて、年に一回程度しか帰れないこと、あまりにノートが大量に存在するため、捨てるにしても大変であること、捨てるといきなり本棚が空になって、妻も実家の両親もびっくりしてしまうこと…以上から、捨てるのも難しい状態だ。
どうしたらいいんだろうか。
漫画を描いていた時は、こんなことになるなんて微塵も思っていなかった。しかも、何年も時間をかけて一心不乱で続けていたことが、今自分を苦しめるという悲しい状況。別に何も悪いことはしてないのに…。
誰か助けてほしい。
「性的少数者」自体意外と語が広い。立場や細かい多数派との違いは意外と多岐に渡る。
そもそもその辺の属性を一回抜きにしても、人間が2人そこに立っていたら意見が完全一致する方が少ない。
例えば性的少数者が普通かどうか・普通にしたいかの議論はわりかし盛り上がるし、意見も分かれるところだ。
男キャラと女キャラの恋愛を表すオタク用語である「NL」というのはノーマルラブの略称である。
この一言で「同性愛がアブノーマルだって言うのかよ!?」「男女恋愛=普通というのは時代遅れだ」「この単語が無くなるぐらいまで偏見をなくしたい」という人もいる。
一方で「でも多数派がヘテロなら、ヘテロが普通なのは事実だ」「そこまで普通になりたいとは思わない」「言葉狩りはしたくないなあ」というタイプも居る。
大きく分けて、普通になりたい人と普通でなくても良いという人がいる。
後者にも「でも同性婚制度は必要かな」「教育はあった方が良い」という折衷案的なタイプもいれば、それすらなくて良い構わないでくれと考える一切無しの人もいる。
先日、普通じゃなくていい派である anond:20191129143254 のような投稿を見た。
自分は異性愛者のくせに可哀想可哀想とよってたかってくる人間がうざい。
自分は折衷系の普通じゃなくてよい派なのだが、「わかる…」と思った。
別のトラバについているメサイアコンプレックス、これがそうなのだろう。
もう既にこれを表す単語があるのなら無知でごめんなさいなんだが、今回の投稿ではこいつらを「ヘテロメサイア」と呼ぶ事にした。
ヘテロメサイアは繊細チンピラとかお気持ちヤクザとか呼ばれている人種に近いと思う。
まあ意見はこちらに寄っているのだから有難いは有難いし、制度化には認知が第一歩という点においては重要な事だ。
ハッキリ言ってそれがすごくトラウマであり、上記の投稿に短くトラバとして纏めればよいものを長々と語ってしまっているのはこれが言いたかったからだ。
自分は前述の通り普通になる事に重きを置いていない派なので、普通じゃない事を前提にした発言をする。それがヘテロメサイアに見つかった。めちゃくちゃに叩かれた。
理解が足りない!ゲイの人が見たら悲しむだろ!この差別主義者!現代の価値観に適応できない人間は死ね!
色々言われたけど、どれもなんか酷い言葉だったというのは覚えてる。
面白い事に、それだけ罵倒された挙句に「ふーんまあ当事者なんですけどね」と告げると土下座の勢いで謝られた。
そうだよね。あなたはメサイア、可哀想な性的少数者を救う救世主なんだもんね。
ここで述べたヘテロメサイアに限らずフェミニストとかもそうだけど、最近ちょっとメサイアコンプレックスを拗らせてる人が多いんじゃないかなと思う。
メサイアは自分の欲求の為に人を利用する存在なので、救いの手を差し伸べたつもりの対象が本当に嬉しい事ばかりをする訳じゃない。昨今女性からフェミニズム批判の声が上がるのを見ていると似たようなものを感じてしまう。
こういうのが一番根っこは差別主義者なんだよね。
別に友達と呼べるほどでもない、たった1日だけ話した、SNSで繋がってるだけの知り合いがクラウドファンディングで資金を募り世界一周しようとしてるらしい。
彼と出会ったのは2年前のバンコクのゲストハウス。たまたま同じ宿に泊まっていたらしくロビーで声かけられ、酒を飲みながら話した程度だ。
私も海外旅行が好きなので彼とは話が合うのかなーと期待していたが、話をして3分で馬が合わないことに気づいた。
とにかく自慢話だった。外人と仲良くなって朝まで路上で酒飲みまくった、酔っ払ってドミトリーぶっ壊した、野宿して警察に怒られた、日本でヒッチハイクして移動しまくったとかしょーもない自慢。彼は自称進学校を経て中堅大学に進学し、特に勉学に励むわけでもなく友人と毎晩遊び歩く典型的な文系大学生だった。
あまり長く話す時間はなかったが、またどこかで会うかもしれないからとSNSを交換しようと言われた。またどっかで会うかもしれないならSNS交換する必要ねえだろ、と思いつつも彼をフォローし、別れた後にこっそり投稿を見てみた。
彼のSNSには、変人しかいない高校の仲間、一生ダチのコンビニバイト仲間、終電を逃してでも共に飲み明かす大学の仲間との思い出たちがもれなく半々の男女比の写真と共に"感謝"の言葉を添えて投稿されていた。また、彼の周りにはたった2ヶ月くらいの大学生の長期休みにバックパッカーをしに行くだけで送別会を開いてくれたり空港まで見送りしてくれる恵まれた仲間がいることもわかった。
その時私は、彼が海外旅行に来てるのはなく「バックパッカー」をしに来ていたということに気が付いた。彼は、周辺環境にはいないバックパッカーというアブノーマルな人間になって注目を浴びたい、なるべく多くの逸話を引っさげて故郷に錦を飾りたい、という気持ちが原動力で東南アジア一人旅をしていたのだろう。それを表すように、彼の投稿にはほぼ全て「#バックパッカー」というハッシュタグがついていた。
そんな時代あったな、と懐かしくなった。かくいう私も彼と出会ったバンコクは1人で海外旅行している最中だったし、過去に何度か1人で海外旅行をしている。1人で海外に行くことにこれといった理由は特になく、写真でしか見たことないところに行ってみたい、1人だと誰にも気を使わなくて済むから、みたいなそんな感じだ。
そんな私ですら、初めて1人で海外に降り立った時はなんでもできるスーパーマンだと錯覚していた気がする。しかし、旅先で様々なアブノーマルな人間と出会い、自分がノーマルな人間だとすぐ気づいた。本当にアブノーマルな人間は関わりたくない、こうはなりたくないと思うほどアブノーマルだったし、こいつらがバックパッカーなら自分はただの旅行者でいいな。という気持ちになった。そういう点ではよく旅人が言いがちなセリフだが「価値観」が変わったのかもしれない。SNSでバックパッカーを名乗りアブノーマルを演じる彼も、帰国するまでに「価値観」が変わるだろうし、今は好きにやっとけと思った。
しかし彼は違った。帰国後に彼のSNSを覗くと、せっかく広い世界を覗いたのにも関わらず、元々いた狭い世界に戻り恵まれた仲間の前であぐらをかいていた。
彼は恵まれた仲間と「お前変わってるよwww」「まあなwww」みたいな会話をし(想像)、バックパッカーの経験を生かして相も変わらず目的のないヒッチハイクなどを続けていた。
2ヶ月の東南アジア一人旅では彼の生活や言動、行動は変わることなく、唯一変わったのは誰にでもできる経験をして自分は大きい人間だと勘違いする歪んだ「価値観」だと、SNS越しで悟った。
まあ関東圏に住む彼とは二度と会うこともないだろうし、SNSくらい好きにやらせてあげればいいな。と飯の写真しかSNS投稿しない私は思った。
そんな彼がクラウドファンディングを始めたらしいということを耳にした。この話を聞いた途端、2年前のむず痒い感覚が突如としてこみ上げてきた。
どうやら彼は大学を卒業するまでの間に世界一周をするため、クラウドファンディングで資金を募るらしい。ホームページを早速見てみると、クラウドファンディングで支援してくれた人々へのリターンは「”あなたらしく”生きるためのメッセージ動画」らしい。なるほどわからん。
ページの彼の自己紹介欄には、辛い過去を乗り越えて自分らしく生きている現在への経緯が書かれていた。彼の過去を否定しているつもりはないが、ありきたりの文脈すぎてどこかにテンプレートが販売してるのかとすら思った。そして「私が私らしくを生きることで、あなたがあなたらしく生きる」という崩壊したロジックで押し切ろうとする姿はむしろ清々しく思えた。
リターンの動画を撮影する機材もGoProらしく、おそらく映像編集もプロ並みの技術ではなくかじったことある程度だろう。なぜなら彼はリターンとして自分の経験を動画という形に残るもので他人に押し付けるのであって、それを支援する人も彼の行動力に対して支援を行い、メッセージ動画などもちろんどうでもいいのだろう。
なぜほぼ赤の他人とも言える人間を見てこんなにもむず痒くなるのか。おそらく、私も海外旅行が好きだからこそ、「同族として見られたくない」という意識がかなり強いからだろう。そして周囲の人間から私と彼は同族に見られているかもしれない、という被害妄想をしてしまい、反射的にむず痒くなってしまうのだ。
彼のクラウドファンディングは現在資金調達途中で、量は多くはないもののそこそこの資金を集めているように見えた。
もしかしたら私自身がノーマルな人間だと悟っているからこそ、アブノーマルに見える彼と、目的のない旅にすら支援してくれる恵まれた仲間がいる環境、そして歪んだ「価値観」でも前に進み続ける行動力を羨ましく思ってるのかもしれない。
あー、人の金で世界一周したいな。
非オタOLの妹に軽い気持ちでオタク系の下品な話やジェスチャーを振ってドン引きされてしまい自己嫌悪…
話の流れは詳しく覚えてないが確か発端はLGBTの話…
「欧米ではドラゴンカーセックスっていう特殊嗜好ジャンルがあってドラゴンと車が交尾するんだよ」
って言いながら無意識に『男性器を穴に出し入れするジェスチャー』をしてしまった
「ドラゴンは架空の生き物なのにそんな妄想できてすごいよね 最初に思いついた人は何考えてたんだろ?」
なんて話を続けてスマホを弄りドラゴンカーセックスをググって説明ページに辿り着き…
と語りかけたらとても冷静な声色の無表情で
「どうでもいい 気持ち悪い」
と言われてしまった
本当に自己嫌悪
普段から二次元エロに触れてるキモオタの私にとってはドラゴンカーセックスはもはやギャグネタのような意識だったがオタクの感覚で一般人に特殊嗜好ネタ語ってはいけないよな…
なにより下品すぎてダメだったのはあの無意識セックスジェスチャーだろうな
妹は相当だったろうな
まあでもまだ外でやらかさなくてよかった…
根っからのキモオタな上に空気読めないからテンション上がるとドン引き下品ネタ平気でやっちゃうから…やんないように…
無意識に下品ジェスチャーするな下品な会話するな…肝に銘じろ…TPOTPO…
うんでもちゃんと言ってもらってよかったよ…
これからはほんと気を付けよう
私の普段から触れてる性的嗜好は普通からするとアブノーマルで特殊でハードなんだからそれにちょっとでも触れた話するときはマジでTPO気をつけよう
ネットならまだブロックみたいに情報の取捨選択ができるが面と向かって話すときは避けようがないからな 特に注意しないと
はあしかし落ち込むわ…
http://yaraon-blog.com/archives/153621
みんな自らの体験を元にありえない体勢、と言ってるようだけど、オナニーの体勢って千差万別だと思うんだよね。オナニーのやり方ってなんかノウハウがあって始めるわけじゃないから、ふんわりした知識を元に試行錯誤してみたりとか、偶然の中で見つけた気持ちいいやり方とか、そういう手探りの中で徐々にチューニングしていく感じ。
似たようなことで、例えばうんこしてるときの体勢とか詳細に共有されないよね?どこまでパンツ下げるとか、上に着ている服をどういう状態にしているとか、自分が自然だと思っている姿勢がはたして他の人もそうだとは限らない。
まぁそんな風に冷静に考えられるのは自分がそこそこ年齢を重ねたからだと思うけど…。高校生とかの頃は、アブノーマルに行為をすることに謎の快感を感じたりして、おかしな体勢とか場面とかでヤることもあったはず。しかしそれすら個人の体験だ。多くは共有されずに自分の記憶の中に眠っている。
そんなわけでオナニー描写に関して色々言いたい事もあるだろうが、こういう体勢でオナニーするに至った理由があるんだろうなと、逆に考えるんだ。きっと騎乗位のシーンをみながら、男優と体勢を揃えようとして、可能な限り体を横に倒したかったんだ。だから椅子の上だと足を上げる方向になってしまったんだ。どんどん興奮が高まると、右手だけではなく、腰が動き始める。そして無理な体勢であることを徐々に忘れ始め、ひっくり返ってちんこを出しながらみじめに痛みに悶えることになる。家族がいたりすると心配して自室にやってくる。もっと惨めな瞬間がやってくる。あの日の自分のように。