はてなキーワード: 定期テストとは
教員の仕事量の内、授業・部活関係は学校によって大きく変わるところだと思います。
例えば都内でも、一学年一クラスしかないような高校があります。
そういう所では、全学年を一人の教師が教えます。毎回違う授業ですね。
また、10クラスあるような学校では、一人の先生が一つの学年の一つの授業しか見ない、などということもあります。
こちらだと、1クラス週2回授業があっても、同じ授業を10回×2で済みますね。
私の例で言うと、1学年6クラス前後ありますが、学校が習熟度別の展開授業を行っていることと、理系・文系でやっている内容が違うこと、さらには生徒の学力差が激しいこともあり、同じ内容の授業は少ないです。
更に、ベテラン教員の中には、「このクラス教えたくない」みたいなわがままを言う先生も(極希にだと思いますが)いるので、私の場合、全4種類の授業を持っています。
その内、同じ内容をやっているのは、3クラスと2クラスですね。
| 担当クラス数 | 週の回数 | |
|---|---|---|
| 授業A | 3 | 2 |
| 授業B | 2 | 2 |
| 授業C | 1 | 3 |
| 授業D | 1 | 3 |
で、週16コマです。
実際に用意するのは、2コマ分+2コマ分+3コマ分+3コマ分で、10コマですね。
俺の高校は基本的に馬鹿だったけど授業は成績順にクラス分け(定期テストの度に入れ替わる)されてたから、一番上と一番下だと別世界な感じだった。
どのレベルをどの教師が担当するかはだいたい決まってたような気がするけど、シャッフルされたりすると死ぬほどめんどくさいだろうなあ。
同じ学年なら進度の差はあれ授業内容はそんなに違わないはず。
(定期テストの関係上、大きく違ったらマズイと思う)
たとえば、同じ学年の授業を4クラス分×週4コマ=16コマ/週=3~4コマ/日の計算になるけど、
実際には週に4コマ分+差分を用意すれば事足りるのではなかろうか。
と書いたところで気がついたのだけれども、
都市部は良くも悪くも偏差値輪切りで粒ぞろいなので、授業内容も似たり寄ったりだけど、
地方に行くと高校を選ぶというのがまずないこともあるらしいと聞いた。
通学などの事情で、○○地域の人は○○高校しか選択の余地がないとか。
授業内容もバラエティに富んでいるのだそうだ。
少し長い文章になってしまいましたが、高専の特徴とその後の進路、メリット・デメリット(高専に向いている人、向かない人)をまとめました。
6/1追記・想像以上に多くの方が読んでくださったようで、嬉しく思っております。その中のコメントで数点ご指摘を頂きましたので、訂正および追記をいたしました。少々見づらくなってしまいましたが、ご了承ください。コメント及びご指摘をしてくださった方々に感謝いたします。
まず、高専はご存知のとおり普通高校とは違い5年間の学校です。ですが、普通科高校+短大のような学び方をする学校でもありません。エンジニアを育てるという目的をもつ高専では、入学した年からすぐに数学や英語、国語のような一般科目の他に、その学科の専門科目の授業が始まります。
もちろん専門といってもいきなり高度なことをするのではなく、中学校を卒業してすぐの学生(高専では「生徒」ではなく「学生」と呼ばれます)でも出来る内容から始まるので、入学前からなにか特別なこと(例えばプログラミング、電子工作、製図など)ができないといけないという訳ではありません。
ちなみに私のいた学科は情報科だったので、簡単なプログラミングや簡単な電子回路を学ぶ授業(というよりも「体験」に近い)が1年目からありました。中学生の頃からパソコンが好きだった私にとっては専門科目は楽しい授業でした。
この専門科目は高学年になるにつれて増えてゆき、4、5年生のころには一般科目よりも多くなります。
一般科目はどのような事を学ぶのかと言いますと、1〜3年生で学ぶものは「基本的には」普通の高校(理系)と同じです。数学や英語、国語はもちろん、物理、化学、生物、地理、歴史なども学びます。しかしここで注意して欲しいのは、良くも悪くも高専生には大学受験がないという事です。5年制ですので3年生が終わっても4年生になるだけです。地理や歴史、古文や漢文などは普通の高校よりも低いレベルまでしか学べません。高専生は英語が苦手、と世間ではよく言われるのですが、それも大学受験がないためでしょう。
逆に専門科目に直結する数学や物理、(物質・材料系の学科では化学)は3年間で高校生よりも高度なところまで学びます。
高専の目的は「5年間でエンジニアを養成すること」ですので、そのための勉強をするというわけです。
専門は学年が進むごとに時間も増え、内容も高度になります。また毎週のように専門の実験・実習があり、レポートを書くことになります。これによってかなりレポートの書き方、まとめ方を鍛えられるのですが、この力は卒業してからも非常に役に立ちます。実際に内部生(普通に大学受験して1年生から大学にいる人)よりも、高専を卒業した編入生のほうがずっと良いレポートを書いているように思います。
また高専では専門や高校よりも高度な数学や物理を学ぶわけですが、その内容ゆえに学校の他に勉強を教えてくれる、いわゆる「塾」のようなものはありません。そのため自分でしっかりと勉強する、分からないところは友達や先生に聞く、という自立学習の習慣がないと厳しい環境だと言えます。
高専はやはり普通の高校とは異なった環境であり、個性的な学生が集まっています。
6/1追記・高専生はオタクだ、と言われることがあります。しかし、高専生=オタクというとこれにはかなり語弊があるので、個性的な学生、と表現しました。もちろんアニメ、フィギュアなどの趣味を持っている人もいます。しかしながらそういったものに興味がない学生ももちろんたくさんいます。”どんな趣味も否定されることはない環境”と言えば分かりやすいでしょうか。音楽、プログラミング、サッカー、アニメ、工作、麻雀、カメラ、銃、ゲーム、バスケなどなどいわゆる”オタク趣味”を含めた様々な趣味を持った学生がおり、こういった学生らが高専の自由な校風を作り出しているとも言えます。
またエンジニアを目指す学生が集まるところですので、どうしても女子の数は普通高校よりもかなり少なくなります。男子と女子の比率が1:1、ということはまずありえないと思ってもよいでしょう。(6/1訂正・学校や学科によっては1:1もありえるそうです。高専のホームページで確認してみてください)機械系の学科では男子38人、女子1or0人、などということも珍しくはありません。
クラス編成は学科単位なので、5年間クラス替えはありません。(6/1訂正・学校によっては混合クラスの編成もあり、クラス替えがあるところもあるようです。)ですので確かに刺激は少ないのですが、クラスメイトとはかなり親密な仲になります。
また大半の高専には学生寮があります。学校によっては全員が必ず入るところもありますし、学校によっては希望者のみ、あるいは1年間は必ず入る、などのルールがあります。ちなみに私は寮に5年間入っていましたが、一晩中友達と部屋で喋ったり、勉強会をしたり、週末に談話室で夕飯を作ったりと楽しい環境でした。
6/1追記・高専によっては寮が厳しいところもあるようですね。ちなみ私の高専の寮では1年生から基本的に自由で毎日楽しく過ごしておりました。ただ挨拶と消灯に関しては厳しく、1年生のうちはきちんと挨拶をし、消灯時間には寝るよう指導されました。また風呂掃除などの当番も基本的に1年生の仕事でした。2年生になると当番や消灯の拘束はなくなりました。いわゆる「寮のルール」は高専によってかなり差があると思いますので、知り合いがいれば聞いておくとよいでしょう。
部活動もちゃんとあり、3年生までは普通の高校の大会にも参加できますし、高専大会では4、5年生も参加できます。
高専卒業後は就職するか進学するかの二択になります。このご時世でも高専の就職率は非常に高く、ほぼ100%を維持しているところがほとんどです。高専からの就職は基本的に「推薦」という形で行われるので、大学生のように就職活動をする必要がありません。企業の方から来た求人と学生の希望を担任の先生が調整してくれるのです。これが高専が高い就職率を維持している理由でもあります。
自分で行きたい企業に応募する(自由応募といいます)ことも出来ます。(ただし、自由応募で就職する人はほとんどいません)また、人によっては公務員試験を受ける人もいます。(地方上級、国家二種、三種など)
しかし、ここで注意して欲しいことは、高専卒はあくまで高専卒であって、大卒とは違うということです。高い就職率ではあるものの、給料や昇進の面からみて高専卒が大卒と同じように扱われることはないようです。
さて、進学の方はといいますと、基本的に高専が設置している専攻科へ進むか大学3年への編入するかのどちらかです。
専攻科とは高専が作ったさらなる専門の学習機関で、2年間あります。基本的には自分がいた高専に設置された専攻科に進むことが多いです。卒業後は学士(4年制大学卒と同じ学位)がもらえます。
もうひとつは大学3年次(大学によっては2年次)編入です。地元の国立大学に編入する人もいますが、東京大学や京都大学をはじめとした旧帝大のような難関校への編入も全く珍しいことではありません(もちろん受験勉強は必要です)。高専によっては毎年かなりの学生を東大や京大に送り込んでいるところがあります。(各高専のホームページの進学状況を見てみるといいでしょう)ちなみにどの大学でも高専からの編入生は優秀だと言われるそうです。
6/1追記・普通の大学入試とは違い編入試験の日程は大学ごとに異なっており、そのため日程が被らなければ何校でも受験できます。(例えば、6月に広島大学を受けて、7月に筑波大学を受けて、8月に大阪大学を受ける、など)複数の国立大学を受験できるのも高専の大きなメリットの一つです。ただし、大学によっては「入学確約書」の提出や「(入学金を振り込むなどの)入学手続」を求められるところがあるので、この期限を確認して受験することになります。
・圧倒的な就職率
・自由な校風
・就職や進学の場で、普通の人とは違う、というアピールポイントになる
・学んでいる専門が嫌いになると非常に辛い
・留年、という普通高校ではほとんどありえないことがそれほど珍しくない
・女子学生が少ない(6/1追記・学校によっては女子学生が多いところもあるようですが、ほとんどのところが少ないと思われます)
・5年間クラス替えがない(6/1追記・学校によってはクラス替えがあるところもあるようです)
・普通高校が羨ましくなる
・大学1、2生が羨ましくなる
これまでの説明で高専がいかに普通高校と違うかがわかっていただけたと思います。この違いを楽しめる人が高専に向いている人といえます。
高専は5年間で一つのパッケージになっているため、3年で退学して大学入試に挑むことも可能ですが、やはり普通高校に比べると難しくなってしまいます(一般科目の学力が足りない、など)。大学編入でいい大学にいけるから、という理由で高専に入るのはやめた方がいいでしょう。5年間ずっと専門を学びますし、特殊な環境なので一度嫌になったらかなり辛い場所です。毎週のようにレポートがあり、テストで求められる点数もそれなりに高いので、留年するということが普通高校ほど珍しくありません(もちろん、普通に勉強していれば大丈夫ですが)。遊びすぎたり、無気力になって留年や退学していった人を何人も見ました。
しかし逆に、専門が好きでエンジニアになりたい、という人にはとても良い環境だと思います。先生も個性的で距離も近いので、親身になって教えてくれます。
当然ながら高専への合格基準は明確に示されているわけではないので、あくまで参考として読んでください。
推薦は中学校の内申点と面接、作文などが評価されます。出願には一定の成績(5段階評価の平均が4以上、など)が必要なところもありますので、推薦を狙う人はきっちりと定期テストで成績をキープしておきましょう。作文では専門に関すること(例えばインターネットの将来を予想しなさい、自分の住んでいる街の良いところと悪いところを説明しなさい、など)をテーマに出されるところもあるので、普段からいろんなことを観察したり本を読んだりして視野を広げておきましょう。
中学生に専門知識を求められる事はないはずなので、面接では自分がどうして高専に行きたいのかということを明確にしていれば大丈夫でしょう。
学力試験は過去問が7割程度解ければ良いと言われています。高専の問題は普通高校の入試問題とはすこし変わっているので、過去問は絶対に解きましょう。学習指導要領を超える難関私立高のような問題は出ないので、基礎をきっちりと押さえておけば大丈夫だと思います。
こんな質問をされることが高専生(あるいは卒業生)の間で必ずあります。即答で「うん!」という人はあまりいないのですが、なんだかんだで入ってよかったと思っている人は私の周りでは多いです。私自身、在学中は「普通高校に行っておけばよかった」、と思うこともしばしばあったのですが、卒業して大学に編入してから振り返ってみると実はいい環境だったんだな、と思います。大学に入ってから高専出身の人と出会うと仲間意識が芽生え、「高専トーク」で盛り上がりますし、高専卒というのは自分の中のアイデンティティにもなっています。
中学3年生の人はそろそろ進路を決めなければならない時期かと思いますが、高専のことが気になる人は夏のオープンカレッジにぜひ参加してみてください。高専の雰囲気がよくわかると思います。
繰り返しますが、高専に進学するという選択は良くも悪くもかなり特殊な選択です。しっかりと自分の将来を考え、情報収集をし、保護者の方ともよく相談して決断してください。
返事ありがとう。
まさに「基礎を自分でしっかり」やれるような優秀なヤツに関して言えば、受験など定期テスト並の「程よいハードル」に過ぎないんだよね。ライフハッカーに優秀な人間なんていない、というのは、ホント同意。
ちょっと話を整理するけど、根岸氏・元増田、そしてオレの三者が(たぶん)共通に同意できるのは「丹念に基礎やるのは大事」って部分だと思う。これはオレも本当にそう思ってる。
で、それを踏まえて
と言ったわけで。
元増田は(b)受験ハッカーの跋扈する時代でも勝てる(a)基本型人間であり、ホントに優秀なんだと思う(お世辞でなく、受験システムへの認識の仕方を見ればそれが分かる)。でも今の日本の受験システムの勝者には「ハック型人間(受験ハックの購入ができなければ勝てなかった人間)」が多々混じっているのも事実だと思うんだ。オマケに、受験産業がますます受験ハック型になっていっている結果、ますます自分でモノを考えない受験ハッカーが増えているように感じる。そして、そのことに結構な人間が危機感を抱いてる。少なくとも、オレが少し前まで関わってた「現代の大学受験の最前線」あたりでは。
結局、根岸氏をトンデモ扱いしたり(現代の教育を取り巻く風景を無視して安易に昔の感覚で語ってるという意味で)、元増田に批判的な文章というのも、そういう危機感から生まれてくる声なんじゃないかとオレには思えるんだよ。単なる妬みや嫉みや自虐や見下しでなく。元増田にはその辺りへの配慮も欲しかったところだなあ、と。
まあ、そんなこといちいち配慮したらごくごく「無難」な文章になっちゃって、こんだけブクマがつく(愛される)記事にはならなかったかも、と考えると、非常に複雑なんだがw
現文って正直授業でやる意味なくないか・・・?と常々思ってます。
・教科書に載ってる文章を教師がひたすら解説
・生徒はとりあえずノートに書き写す
・たまに音読させられたり意見を発表させられたりする
・定期テストに出るのは授業でやった文章、点数を取るには授業とノートの内容を暗記すればよい ←ここ重要
まず、お受験でぶち当たるのはほぼ確実にその時点で初遭遇する文章なわけですよ。
初見の文章をどう読んで、どこに線を引きどうやって選択肢を消去しどうやって規定文字数に収めた文を作るか。
こういったことを教えてくれるなら話は分かる。受験対策としてだけど。
教科書作る側で推薦図書でも用意して授業中自主的に読ませるとかでも分かる。
読書量確保できるから確実に文章読むのにも慣れるし知識の底上げもできるから勉強になる。
でも現状は教師の教師による(あるいは教科書作った人の)解釈を雨あられのように生徒に浴びせて「さあ俺の解釈を覚えろ」が現文のお時間だと思います。大多数の中学高校で。
生徒の興味とかガン無視で毒にも薬にもならないような評論の解説をして、それを暗記させたところで受験でも社会に出てからでも何の役にも立たないと思うのですが。
定期テストを前にしても現文の勉強だけはやる気しないのはきっとそのせい。
無理して教師の要約文を丸暗記してもまるでカンニングの練習をしているようで非常に気分が悪いです
たぶん、人生で日記という物を書くのが初めてだ。改稿変だし、チラシの裏だが書く。
一昨年の高校最後の夏休みの初めに人生で初めての受験をする事を決意した。親からは驚かれた。
その時まで自発的に勉強した事もなかったし、高校も面接だけのところを選んだし。
中学高校のクラスでも最下位に近い実力であり、何より勉強が嫌いだった。
いざ「受験勉強」というのを取り込もうと思っても何をしていいかわからなかった。
今思えば当然だった。今まで勉強という事に対して真面目に取り組んだ事がなかったからだ。
中学レベルの知識すら自分にはなかった。副詞・形容詞・形容動詞の意味すらわからなかった。
それでも参考書を買い漁り、それに書いてある内容の熟読を試み、シャーペンを走らせた。
そんな馬鹿な俺でも必死にやったお陰か、クラスの定期テストで上から2番目になれた。
友人達には驚かれたし、先生に勉強の事で始めて褒められた。自分でもよくやったと思ったし嬉しかった。
そんな幻想に浸っていた私の優越感は全統模試によって吹き飛ばされた。ほとんど解けなかった。
学校単位で受けていたので学年の中では上位だったが、全国レベルでみると標準の下の下。驚愕した。
それでも勉強に対して諦めきれず、去年のセンターに挑むも惨敗。
私大も幾つか受けたが結局地元の俗に言うボーダーフリーの大学にしか受からなかった。
号泣した。自分はこんなものだったのかと。あれだけやってこの結果かと。やっぱり俺はどこまでいっても馬鹿だと。
諦めきれなかった。だから私は両親の同意を得て浪人をして、国立を目指す事を決意した。
その時決めた。この一年間は一人で生きていこう、友達を作るのはやめよう、受験一本でやっていこう、と。
夏休みぐらいまで自分を必死に追い込み勉強した。予備校で何度も周囲に声をかけられたが見向きもしなかった。
だけど不思議とやる気はあった。自分はまだ可能性がある。まだやれる。この頃はパソコンや漫画などに目も向けずひたすらに勉強を続けた。
先に大学に進学していった友人達、先輩や後輩も皆応援してくれた。お守りもたくさん貰った。とても嬉しかったしやる気もあがった。
そして夏休み終わりの記述模試。結果は去年に比べて毛が生えた程度。この頃から自分に対して失望し始めた。
勉強もし続けたがやる気がどんどん失せていった。毎日通っていた予備校の自習室も徐々に行かなくなっていった。
鍵付きのタンスに封印していたパソコンを起動させて、暇をつぶす事も増えてきた。
冬も間近に迫った最後の模試の結果を見て、完全にやる気がなくなった。目の前が真っ暗になった。
その時に思った。そうか、自分には勉強は向いてないのかもしれない、と。
徐々に行かなくなった予備校はほとんど行かなくなり、家で現実逃避する日がいくらか続いた。
センター間近だというのに、周りの受験生は必死だというのに、皆が遠くで応援してくれているのに、
やる気が沸いてこない。何もしたくない。死にたい。もう生きたくない。そんな事を思ってた。
結果は惨敗。しかし、この日を境に再び勉強をし始めた。何故だかわからないけどやらなきゃいけないんだと思った。
運のいいことに、センター利用で出していた日東駒専レベルの私立(去年落ちた)が何故かA判定が出ていた。
そして今に至る。昨日それより少し上のランクの入試を受けてきたがたぶん落ちてる。そしてこれからも入試が続く。
国立も足切りが無く、二次比率の高い所に出したので可能性はまだある。E判定だけど。
俺はもうどうしたらいいんだよ。
社会人になるまでまともに勉強したことなんかなかった。定期テストの前は人並みに頑張ったけど、受験勉強はまったく続かなくて、いわゆるFランの私大工学部に入った。大学でもバイトの毎日で勉強はほとんどせず、気付いたら卒業が近くなってて、就職は社員100名くらいの小さな建設メーカーに決まった。工学部を出ていたから設計に配属されたものの、設計の仕事は思った以上に難しく、よくミスをして怒られた。
ある日、高卒の先輩から「あいつはアホ大出身だから」と言われているのを聞いた。自分でも「俺アホ大ですから」とよく卑下していたが、他人から言われているのを聞いて妙に腹が立った。俺は、高卒の人間からも馬鹿にされたままでいいのか。
それから周りの社員を見たら皆死んだ目をして、口を開けば「給料が低い」と愚痴っていた。
こんな風になるのは嫌だ。アホだと呼ばれ続けるのも嫌だ。
その日の帰り、俺は計築関係の最高峰の資格、1級建築士の資格を取ることに決めた。会社では2級建築士の資格を持っている人は2人いたが、1級はいなかった。これならアホと呼ばれずにすむと思ったのだ。
本屋で参考書を買ったが全く分からなかったので、思い切って自腹で資格学校に通った。もともと頭が悪い上、働きながらだったので3年もかかったが、何とか合格することができた。小さな会社だったがブラック企業ではなくて、ちゃんと週休2日だったことも働きながら合格できた要因だと思う。
合格を会社に報告したら、設計室長はおろか社長まで喜んでくれて、お祝い金を頂いた。資格手当が付くようになって給料が少し増えた。設計の仕事も、勉強したことで理解が進み、以前のようなミスは少なくなった。また、設計関係でトラブルや疑問があると、まず俺にみんな相談に来るようになった。役員クラスの人でも俺に相談を持ってくるようになった。少しだけ、仕事が楽しいと思えるようになってきた。名刺には1級建築士という肩書が入り、以前より、学歴にコンプレックスを抱かなくなった。
今、俺の会社の玄関には一級建築事務所の看板が飾られ、管理建築士として俺の名前が掲げられている。
それで、俺が何でこんなことを書いたのかと言うと、昨日電車で「俺アホ大出身ですから」と話している若いサラリーマンを見かけたからだ。俺も昔そうだったから分かるが、Fラン人間が自分でアホと言うことほど情けないことはない。世間からはFランの人間より高卒の方がまだマシだと見られている傾向すらある。一生アホのレッテルを貼られて、自分を卑下して生きていくのもいいかもしれないが、それが嫌なら学歴差別を批判する前に、資格なり何なりを取る努力をした方がいいと思う。いくら学歴社会を批判しても、結局自分の劣等感は消えることはないのだから。
俺はたまたま建築関係の仕事で1級建築士という資格があったから目指しただけで、ITや文系の資格は、どういったものがあるのか俺はわからない。それに、Fラン出身者はブラック企業に入る奴が多くて、勉強する時間なんてとてもない友人も多い。そいつらの話を聞くたびに、俺は職場環境には恵まれていたんだと思う。
ただ、俺と同じ大学の文学部卒の友人も、小さな商社に就職した後、一発奮起して英検1級を取ったら周りの奴の見る目が変ったそうだ。俺と同じく3年かかったそうだが。何か自分の仕事とリンクしたものを見つけて欲しい。
俺自身、仕事で成功したと思い上がっているわけではないし、まだまだ建築の勉強は必要だ。だた、たった一つ試験に通っただけで、周りの目は変る。コンプレックスも多少はマシになる。
中学2年のとき。
私は学年トップクラスの成績だったのですが、見た目はあまり賢そうに見えなかったらしいです。
それでなのか、担任の英語教師が、単語テストのときに私の席にやってきて、突然答案用紙をめくりました。
その瞬間はいったい何をされたのかわからなくてポカーンとしてしまいましたが、あとからあれはカンニングを疑って確かめようとしたのだと思い当たりました。
母がその教師に抗議をしたらしく、母への謝罪はあったようですが、私本人への謝罪は一切ありませんでした。
それ以来、私はその教師の授業を受けることを拒絶しました。
教室には居るし、教科書も机の上に出す。しかし耳をふさぎ、窓の外を見たり考え事をしたりして授業は完全無視。
塾に通っていたので勉強はそこでしました。
そして定期テストでは満点を取り続けました。
おまえの授業など意味がないのだと教師に見せつけるように。
おとなしい優等生の私にできる、精一杯の反撃でした。
その葛藤はよく分かる。私は、美大で絵画を専攻していました。卒業後10年以上経つのだけど、今だからこそ分かることってありますよ。
私は運動部に入りつつも、彼女もいたりして遊んでばかりで、勉強なんて全然取り組まない高校生でした。付き合うのは不良ばかり、学校はさぼるし、定期テストは赤点ぎりぎり、そのくせ実力テストなどはそこそこできるような生徒。なんでだろう。今思えば、テスト前の勉強と中学生の貯金で身に付いた学力だったような気がします。
そんな高校生が卒業後を見据えた時に、大学進学を考えました。偏差値60弱あれば、受験勉強をすれば6大学レベルまでは引き上げられるだろう。そんなことをぼ〜っと考えている時に、でも人と違うことをしたいなぁなんて思ったんですね。
「あ、美大って変わった人が多くて、面白いんじゃないか。なによりかっこいいじゃん!」
サラリーマンなんて嫌。人と違う自分になりたい。そんなことばかり考えていた子どもがたどりついた答えが、そこでした。中学校から6年間、美術の成績は「5」だったんで、そんなことを考えたのだと思います。
一年間の受験勉強の後、無事に合格しました。花の大学生活のスタート。でも、その瞬間に目的を見失いました。そりゃそうだ。目的なんて、入学した時点で達成されたんだもの。結局4年間、迷いながら過ごしました。酒を飲んでは、仲間たちと芸術論を戦わせ、お互いの作品を批評し合い、それに酔う。深い知識なんてまるでなく、体裁を繕う程度の浅い知識を幅広く仕入れるような状態。自分では分かっていたものの、見ない振りをしていたような気がします。
卒業してからは、絵画なんて近寄るのも嫌でした。ハリボテの自分が見えてしまうから。芸術なんて分からないし好きじゃないくせに、芸術家ぶる自分が現れるから。まったく畑違いの職種に就きました。仕事に追われる日々。不思議なもので、絵画から離れると心底ほっとしました。
数年経ち、自分の中で意外な心境の変化が起きました。それは、自分だけでは絶えらないような辛い出来事が起きた時のことです。
何をやっても絶えられないような心の傷を負い、人といても辛い、一人でいても寂しいような状態でした。そんなときに、かたわらに鉛筆を見つけ、気がついたら、私はクロッキー帳に殴り描きをしていました。絵にもならないような、紙を突き破るような線の羅列でしたが、それはたしかに自分の感情を表したものでした。それまで、表に出すことのできなかった感情を出せてほっとしている自分がいました。震えました。
自分が追いつめられた時に、頼るものは絵画だったことに驚き、初めて「芸術は自分の一部になっている」と感じました。
そこが、私にとっての出発点だったような気がします。ようやく、自分が絵画について学んできたことに感謝しました。本当に自分のやりたいことはなんなのか、初めて分かりました。
その出来事から数年かけて、私は仕事を変え、十数年ぶりに筆をとり制作を再開しました。
・・・・あなたは「芸術を好き」なのか「芸術を好きな自分が好き」なのか、それはどちらでもいいんじゃないですか?
芸術っていうのは、今、一生懸命、制作に取り組んでいるだろうあなたを確実に成長させていますよ。大学に入学したばかりなら、まだ制作活動の入り口に立ったにすぎないし、芸術ってなんなのかも分からないでしょう(私も未だにわかりません)。いっそのこと、とことんどっぷり浸ってみてはどうですか。行くところまで行かなければ分からないですよ。それに、一度深く関わった人は、結局逃げ切れないものなんじゃないですかね。それだけの魔力があると思います。
自分がいい加減な人間だということを認識したのは、高校生の最初の定期試験だった。
いや、正確に言うと、そのときに認識したわけではなく、大学受験に失敗して自分の人生について(たった18年だが)反省をしていたときに、高校生の最初の定期試験に対して「ああ、良い具体例だな」と思ったわけ。
単純に考えれば、進学時によくある洗礼なんだよ。
進研ゼミのDMの漫画にあるような、「高校生の勉強は中学生とは違う!」という脅しのような、でも、実際の話。
それまで、つまり、中学までは、自分は勉強らしい勉強はしていなかった。あくまで、「勉強らしい」という部分が大事で、まったく勉強していなかったわけじゃない。教科書は配られた日にはあらかた読んでしまっていたし、暇なときも読んでいた。親は漫画やらゲームやらを買ってくれる人ではなかったから、それしかなかった。
そんなわけだから、授業のノートも適当にしかつけていなくても、試験期間前に努力せずとも、基本的に成績は超絶優秀だった。当たり前だろう、四六時中、それこそ暗記するまで教科書を読んでいるような人間だったんだから。
これについては、余談だが、言いたいことがある。
「子供のときは努力で差がつく。大人になったら努力では差がつかない。才能で差がつく。そして努力しない奴はひたすら落ちていく。」
一般化するつもりはないけど、ま、そんな気がする。
で、話を戻そう。想像するまでもなく自分は相当尊大な自意識を持って高校に入学した。もちろんトップクラスの進学校だ。
最初の定期テストまで、本当に中学校の延長で「勉強」していた。試験前も最初から試験を切っている奴や試験から逃げているような奴と一緒に部活に精を出していた。
いや、結果をみてビビったよ。人生で90点以下の試験なんて、小学校の時に無理やり受けさせられた日能研の全国実力試験の時以来だったから。無理やりというか、母がママ友から「一緒に受けよう」といわれて断りきれなくて、そのとばっちりを受けたのだけど。しかも、あのときは、何十人か一緒に受けた同級生たちの間で唯一全国ランキングに名前が載ったし、教科書にない問題は基本的には解けなくて当たり前と当時は思っていたわけだから自尊心に傷は付かなかった。
また、脱線した。要するに、高校の最初の定期試験の点数をみてビビった話だ。平均点以下だった。自分では正解を書いているつもりが、結構間違っていた。しかも平均点以下。おいこいつら、みんな俺より頭がいいのかと思ったら、冷や汗の出る思いがしたが、あとで、話を聞いて驚いた。過去問があったらしい。
さすがに将来シケプリを作成するような連中は違うなと今なら思うけど、まあ、最初は酷く彼らを嫌悪した。
それでも、90点以下の点数を取ったという事実に変わりはなく、そのことが自尊心を大きく傷つけた。それでも「教科書はトモダチ、恐くない」な自分からすれば、試験前の期間に試験対策をすれば、また再び成績優秀者に戻れたんだけど。とにかく、定期試験なんてそんなものだ。自分のターニングポイントは其処だったのだけど、まあ、当時は気が付かないよな。とにかく、いい加減な人間だ。<先頭集団にいられれば、それでいい>と思っているのだから。何か、野望とか目標とか夢とか、そういった焦がれるものがなかった。ただ、「下は嫌だな」と漠然とした感覚だけがあった。だから、ダメになってから気が付く。それは、攻めて行って失敗した<ダメ>じゃなくて、<なんか、これじゃダメ>の<ダメ>だ。
部活仲間に「お前みたいに『何でも常識の範囲だろ?』って顔をしている奴はいつか痛い目に合う」といわれたことがある。多分、本人も親や先輩や、塾の先生かしらないが、言われたことがあるのだろう。
一浪して、必死こいて勉強して、東大に入ったが、そこで再びビビッたのは、どんだけ努力しても勝てねぇっていう連中に何人も出会ったこと。何を血迷ったが、自分はそこで降りてしまった。競争することから。意識して努力することから。もとから、そういったものからは半分足を踏み外している状態だったから簡単だった。あとは、もう、流れるようなものだ。「下でもいいか」と。
といわれたときに耳が痛かった。
<先頭集団にいられれば、それでいい>といういい加減なモティベーションは、先頭集団に入れないとなったときに、いとも簡単に外される梯子だ。高校の部活仲間に言われたように、僕は痛い目に合った。僕のいい加減さが招いた結果だ。
まず全教科の学力をチェックする。本人に直接聞いてみること、成績表をチェックすること、必要なら簡単にテストしてみる。
あとは本人が将来何になりたいのか、とりあえず高校受験ではどのあたりの学校に行きたいのかを教えてもらう。
英語はどの程度の文法事項を理解しているかを聞いてみる。
理社については成績表を確認させてもらう。
国語については小学生レベルの漢字が読めない書けない、文章が読めない書けないは致命的なので、
もしそうだとしたら、そこに戻って指導をはじめる必要がある。
なぜ致命的かと言えば小学生レベルの国語が出来ないということは、
とりあえず定期テスト対策に漢字練習と読解問題を少しずつ解かせていけばOK。
好みの読書ジャンルを聞き出して、そのジャンルの本をたくさん読んでもらうのも効果的。
数学についても国語と同様で、小学生レベルの計算問題につまづきがないかチェックする。
小学生レベルの数学(というか算数)ができない場合は理科の化学・物理分野が危ぶまれるので
やはり克服しておく必要がある。
たとえば、少数の四則計算、分数の四則計算ができるかどうか確認してみるといい。
できていれば、中学段階でつまずいているところがどこなのかを把握し、そこから学習させていく。
授業には、解答・解説が丁寧で、要点のみを太字にしてあるようなシンプルな印刷で、かつ薄い参考書を選んで使用する。
英語の学力チェックは中一・中二の文法事項をまとめた小テストを用意して解かせてみる。
中一の小テストで8割取れていない場合は中一から学習をはじめる必要がある。
中一の小テストをクリアしていたら中二の小テストも解かせてチェックする。
中二のテストも8割とれるなら英語はとりあえず問題なしなので、
定期テスト対策をしてあげればいい。
中一、中二のどこかでつまづいている場合には、そこに戻って指導をする。
授業には、これは数学同様だが、
授業には、解答・解説が丁寧で、要点のみを太字にしてあるようなシンプルな印刷で、かつ薄い参考書を選んで使用する。
英語は基本的な文法をおさえることが第一。長文読解が第二、必要に応じて単語暗記が第三。
理科・社会については、成績表を見ればだいたいどの分野が苦手なのかわかる。
定期テストの出題範囲をおさえつつ、苦手な分野を一課ずつつぶしていく。
理社の指導は自習がメインになる。そうしないと指導時間が足りないから。
英国数を中心に指導することで、生徒自身が勉強のコツを理解してくれれば、
理社に関しては生徒にお任せでも何とかなる。
適度に宿題を出して分からないところを授業で聞いてもらう形式で良い。
学力チェックで生徒の現状を確認したら、高校受験の目標を知る必要がある。
こちらから目標を押し付けるのではなくて、どうなりたいのか、どうしたいのかをゆっくり聞いてあげると良い。
生徒が将来どんな方向を目指すのか、そのために高校はどのあたりを受験するのかをはじめに確認すれば、
どの教科をどの程度まで指導すれば良いのかが分かり、必要以上に力を入れなくて済むようになる。
特に、受けたい学校を早期に絞り込むことができれば、
たとえば英・数・国だけで受験可能な高校などを探し出して、効率的に対策に取り組むことができる。
自分で大型書店に足を運び、より生徒にフィットする参考書を探してきて紹介するほうがベターだと思う。
参考書を生徒に買ってもらう場合には、
まず親御さんに対して、その参考書がなぜ必要なのかを説明し、参考書代を出してもらうよう了解を取る。
もちろん無駄な出費はさけてもらうため、購入する参考書は精選する。
地域によっては、公立高校受験時に中学校の成績が重視される場合がある。
生徒や親御さん、家庭教師派遣センターやネットでの情報などを通して確認しておきたい。
メンヘラってのと、毎回の指導時間が1.5時間しかないのが厄介だね(普通は2時間)。
指導開始当初に、生徒がどうしたいのか、親御さんの期待していることは何かというのをよく聞いて、
無理の無い最終目標を設定をし、それを親御さんに納得してもらえないと途中で契約を切られてしまうかもしれない。
親御さんの期待したとおりに成績が伸びなかったから指導打ち切りになるケースはわりと良くある。
増田のように苦労している教師もいれば
こんな低能ぶりで金もらえるのかよって教師が蔓延ってる地方中学もある
まず、予定と金の管理が驚くほど適当。
絶対にこれを一般企業でやったら許されないってのが学生の自分にもわかるレベル
前提がそれなので、まともな授業は展開していないらしく教科書も全部網羅できてるのか怪しい。
この辺は本人がアホなだけの説もあるが、
それを度外視しても、定期テストの平均点はとても悪く外部のテストの平均点は目も当てられないので
勉強ができない側の学校であることは確か。普段がそんなだから進路指導なんかもまともなわけもなく適当
オマケに行事も適当。毎度毎度やっつけ感がすごいらしい
それなのにやたら残業してる。なにしてんのかよくわからん。非効率で時間がかかってるだけなような気がする
でも勤務時間だけで見ると結構長いから、「忙しくて残業多くて・・・」ということをほのめかすんだってさ
俺の本命高校も3科で170??180くらいが合格ラインだったから、そこも同じだなぁ。
なんとかしてね、どうしても入りたい高校があって。
中学生くらいの頃って、カッコイイものに憧れるじゃん。その高校に通う、ってことがなんかカッコよく思えたんだ。
だからってわけじゃないけど、SAPIXみたいな塾じゃなくて、本当に住宅街にひっそりとある地元の公立高校に受かるための塾で「高校への数学」とか毎週のように解いてた。単に宿題ではあったんだけど、別増田が書いてるようにパズルみたいで楽しかったのよね。ラサールとか慶応とか、東大寺学園くらいまでなら戦えたけど、開成だけは特殊な解き方とかあるらしくて無理だから手をつけるな、みたいなこと言われたりして。
ベッドタウンの公立中学でそんな勉強法やってたもんだから、学校の定期テストの数学なんてウンコみたいなものだった。既定時間の1/3くらいで解いて寝てたら、計算ミスしてて「余裕こいてんな」って怒られたっけ。
んで、学校の数学の時間に内職で「高校への数学」をやってたら、同じく国立の高校狙うような女の子(M美)に声かけられた。「あー、それ今度貸して」って。
俺は私立高校狙いだから3教科(国語、英語、数学)しかほとんど勉強してなくて、M美は国立狙いだから5教科(3教科+社会、理科)を勉強してた。教科が少なくて数学の影響が色濃く出る3教科では俺、バランスが重要な5教科ではM美、学校の定期テストではそれぞれ猛威をふるっていたわけだ。
そんな、ライバルっていうか戦友っていうか、「地味キャラ同士www」みたいな関係だったんだけど、俺は好きだった。ああいうタイプが好きなのって、ここが源流だろうな。この頃から一貫して、好きなタイプは「やや太めヲタ女」だなぁ。
当時、携帯電話もなければ電子メールもない時代に、なぜか俺は「想いを伝えるのはこのタイミングしかない!」とか思っちゃって、「高校への数学」の巻末に、読者アンケートみたいなハガキがついてたのよね、そこにラブレターをセロテープとかでくっつけて、M美に貸した。
あっ、長くなりそうだし仕事中だし、後編に続く。
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後編
[上層ノンマニュアル][階級][文化的再生産]裕福な家庭の子が進学で有利
子どもたちの相似は強制の効果である。卒業するや強制が終わる。
常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう
益川さんと小林さん、文科相ら表敬…教育行政を手厳しく批判 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
大学受験などで、難しい問題は深く考えず易しい問題だけを選んで解くよう指導している学校の現状を指摘。
「これでは、考えない人間を作る『教育汚染』だ。親も、じつは教育熱心じゃなくて『教育結果熱心』だ」と教育のあり方を手厳しく批判。
Amazon.co.jp: 日本の子どもを幸福にする23の提言―LOOK FORWARD!: 中村 修二: 本
エリート教育のやり方の違い。日本では高校卒業時に詰め込み教育を行い、フランスでは高校卒業後に詰め込み教育を行い、アメリカではそれが学部後半以降になる、それだけのこと。
Amazon.co.jp: 競争やめたら学力世界一―フィンランド教育の成功 (朝日選書): 福田 誠治: 本
【脱ゆとり教育】フィンランド、日本より授業数少ないのに好成績…授業数増で「詰め込み教育」に戻るのは避けたい
経済協力開発機構(OECD)の国際学力調査では、授業時間が日本より少ないフィンランドが好成績をあげている。
授業増が学力向上につながると考えるのは早計だろう。
J-CASTニュース : 「ゆとり教育」で成績アップ ホントなのかウソなのか
ドイツは1400,デンマークは1500時間です。これだけ働いて何を得ているのでしょうか?家一軒も買えない場合が多い。
はてなブックマーク - わが子に「学校」はいらない(AERA) - Yahoo!ニュース
家庭が裕福なほうが高学歴を得やすいという話をしているのだが?
単純に進度が速いのだ。
多くの有名私立高校では2年の終わりか3年のはじめで終了させてしまう。
単純に早く終わるというだけでも、
ぎりぎりまで受験範囲の学習に追われるよりもアドバンテージはあるし、
演習などの受験対策も行なってもらえる。
「真のゆとり教育」が生んだ18歳天才プログラマー トレンド-インタビュー:IT-PLUS
有名校に行くために自己推薦が重視されるため、ボランティア活動ばかりに精を出す人もいます。
一概にどちらがいいとは言えないかもしれません。
On Off and Beyond: 大学入試で評価するコトの日米格差
『カトリーナ募金』とか『ツナミ募金』といったグループを結成して自分がリーダーになろうと必死。
大学受験で、ボランティア活動の実績やリーダーシップ力が問われるから。
なんだか皮相的な感じがするのよねぇ。」
asahi.com:机はコの字、チョークなし教壇なし 進む「教室革命」 - 社会
「ドラゴン桜」の対極だ! 「ゆとり教育」で京大合格: NHKプロフェッショナル様 :J-CAST テレビウォッチ
本当に「ゆとり教育に伴う思考力の低下」が原因なのだろうか? - Thirのノート
百マス計算、インド式九九では数学力は育たない: ホットコーナーの舞台裏
Amazon.co.jp: 徹底反復算数プリント―小学校全学年 (教育技術MOOK―陰山英男の徹底反復シリーズ): 陰山 英男: 本
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Amazon.co.jp: 徹底反復音読プリント―陰山メソッド 小学校全学年 (教育技術MOOK): 陰山 英男: 本
先日、友人の家族と夕食を共にした席で、大学3年生のお子さんが言いました。
「小学生の時に父さんに言われてサッカーのクラブを通ったが、僕はいつも天気が悪くなるのを願っていたよ。
雨でも降れば練習に行かなくてすむと思って」。
聞いた友人はしばらく沈黙し、「お前がそこまで嫌だったのか。父さんは悪かった」と謝りました。
東大に入る人と私の差というのは、「東大に入ろうと思ったか否か」に尽きると思う。
私の親はやや過激な学歴主義者であって、3歳か4歳の頃に「湘南高校に行って東大に入ってくれたらなあ」などと言われた記憶がある。だが、私は幼少の頃から、自分がそれを達成できるとは思えなかった。というより、自分のこととして考えていなかった。東大に行くのが学歴社会において100点であると考えながら、100点を目指そうとしていなかった。結果、70点ぐらいで妥協をした。この妥協するかしないか、100点満点を自分が取れると考えるのか考えないのかというのが、私と東大生を分けている最も大きなポイントだと思う。
とくに「妥協せずに」頑張ったということはないなあ。
小学生の頃は何もしなくとも90点以上がとれた。
中学生の頃は学校の宿題をこなすだけで300人中20位以内くらいには入れた。
高校になって、学校での成績が受験に影響しないことを知って定期テストでは手を抜くようになった。とりあえず上位30%くらいの中にいたと思う。それでも実力テストなどの範囲が過去に教わったこと全てというテストではやはり上位5%くらいの成績を取っていた。
高校3年生の受験勉強では、周りと同じ時間だけ勉強していた。塾に行ったりはしなかったので、東大や医学部目指してる友達に比べると時間・量ともに少なかったように思う。
高校(地方の進学校)に入学したときに、1年生は進路希望に東大か京大って書いておけと言われて東大と書いた。
そしたら3年間、そのまま進路希望先を変更しなくてすんだ。
周りと同じだけ勉強をしてたはずなのに、なんで周りは私よりできないんだろう?とずっと思い続けて東大に入った。
大学に入ってみると、努力してきたのね、という人がたくさんいた。
でも、自分と同等以上に頭が良い(含:勉強できる)と思う人もたくさんいた。