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2017-04-12

やろう、ポテンシャルはあるはず、足りないのはやりきる力

http://ascii.jp/elem/000/001/162/1162199/

英語学習に関しては自分成功体験があり、高3の時はセンター模試40点から半年で182点まであげたことがある。この記事内で紹介している体験ではなく脳科学的なアプローチであるSLAだが、高3で受験勉強を始めるにあたってボトルネックだった英語をあげるためにいろいろリサーチした中で出会った英語学習の本で同じメソッドが紹介されていた。御歳80歳くらいの同時通訳者が戦時中中学校英語教材を音読によって全部暗記したら米軍言葉が聞き取れるようになった経験から英語学習中学レベル教科書音読するのがいいというメソッドだ。これを僕は愚直にやり、英単語日本語に訳さなくても頭に意味イメージできる状態にする→文章音読して英語の文のままイメージできるようなになる(同時に英語リズムを覚える) これを繰り返し、普通市販の教材を暗記しまくったら解法テクニックは覚えなくてもセンター過去問10分あまって90%の得点率になった(本番はメンタルが弱いので75%ぐらいしか取れなかったがw)。また大学3年の時は就活に備えてTOEIC勉強をしたときは、脳のワーキングメモリの処理の概念理解していたので、TOEIC用の単語を覚える(無意識に呼吸レベルになるまで)→長文を音読するで英語学習感覚を取り戻しつつ語彙を増やし、TOEIC用の対策本で文法問題○×△法+エビングハウス忘却曲線にそった反復学習で1回目の暗記→9時間後(または翌日)→1週後の3回くりかえすことで長期記憶に定着。これの勉強法で、3週間で460→645点であがった。そこで自分で考えて短期的に結果を出す経験を得たことに満足してまいその後の学習はしなかったがw、この記事で書いてあることは自分経験則としてすごくよくわかる。

こうしてみるとグリットが足らない人生だね、筋はいいことはできてるし自分で考えて行動して結果を出すことも部分的にはできているけど一番のゴールは達成できていない。

中学校最初テストたまたま数学学年一位で部活の先輩とかいろんな先生にちやほやされて自分は本気だせば勉強できるとか勘違いして、授業以外ではほぼ勉強せずにトータル学年10位-20位くらいをうろうろ、3年最後テストで一位とってやろうと思って勉強するも4位どまりで一位は無理か〜と思ったが、もっと前のテストから1位を狙っていれば学習PDCA回せたと思うのにそんなことは気がつかず。

高校も県外に引越しタイミングなので志望校選びを家から一番近い高校にして入ったが、入試の開示されたあの点数なら県1-3の高校合格ラインだったのに思考停止してた。

高校勉強せずにテストで0点とかとってるのがクラスで目立ってたのがウケてたと思ってたので二年間勉強せず学年ビリとったり、英語数学国語で1とって進級できない人向けの試験受けることになってる時でも、本気出せばいけると思っていたw 今思うとこの時に勉強を通じて思考力や集中力自分なりの課題解決プロセス確率する訓練を積んでいないのがいまに悪い意味で繋がっていると感じる笑

受験勉強も他の人からするととても伸びて結局国立大受かったのに、もっと上いけるとか思って浪人して堕落し結局一朗ニッコマでしょ、予備校入りたての時は地理東大コース京大過去問といて他の生徒よりいい成績出したりしてたのに、夏になぜか世界史に変えてそこからめんどくさくなってセンター本番50点でまた地理にもどすという超迷走かましてた

そこで自分浪人を選んだのに結果がでなかったのでネガティブになり消極的になったんだ、思い出した笑

まり自信を失ってるのは自分で選んだ選択で結果がでなかったからで、自分への信頼がないわけで、そこを改めてとりもどさないと一生このままでしょ

やろう、ポテンシャルはあるはず、足りないのはやりきる力

2017-04-11

うつ病から復帰して1週間、

原因となった上司にビクビクしながら出社したら、なんか上司がすごい変わっていた。

今までは「とにかく俺の言うことを聞け」みたいな感じで攻めてきていたのに、全然喋らなくなった。



企画書複数出したら、「君はどれがやりたい?B案?じゃあそれやろうか」ってすんなり決まった。

「何か今の段階であります?」と聞いても、「特にないよ」としか返ってこない。

今までは人格否定も入れながら「こんな企画しか考えられないとか、努力してんの?」って言ったり、

「お前が成功するビジョン全然見えないわ」とか言ってたのに。



自分企画力上司ねじ伏せた」って成功体験にしたいし、そう思いたいんだけど、

今まであったことがあったことだから、なんかすんなり受け入れられるとそれはそれで困るというか、

なんか遠慮してんじゃないのかなとか、避けられてるのかな?とか勘ぐってしまう。

2017-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20170408233940

40・50代にもなって自分出身学校自慢したりするオッサンおるやん

知り合いで最近死んだ80過ぎのジジイとか19歳のとき発明した製品知事だか大臣だかに褒められた話を繰り返し繰り返ししてたわ

昔の悪自慢する輩はそれが人生最高の成功体験だと思ってんじゃね?

2017-04-06

社員旅行

転職して今の職場に来てもうすぐ1年。

いままでは現場でやってたけど、新しい職場本社勤務。

で、今時の会社にしては珍しく「社員旅行」を企画してる。



アンケートを取ってみると、案の定というかなんというか現場からは反対の声ばかり。

「せっかく会社の金を使って遊ばせてやろうというのに」って言ってるけど、それ現場を解ってないから。

「そんなのに行くぐらいなら休みたい」が今時の社員の大半だと思うよ。

せいぜい、一生を会社に捧げる意識が高い奴らしか参加しないから。



まあ、行きたいとか行きたくないとかよりも、本社に対して不満があるんだと思う。

給料が安いとか、休みが少ないとか、尊敬できる経営幹部がいないとか。

そんなところなんだろう。

「○○さんのいうことなら間違いないだろう」

そういうカリスマがいないし、またそういう時代でもない。

結局のところ、過去成功体験にすがって今の時代

そぐわない価値観しか本社で持ち合わせていない所、

本社の考えに反対する意見が出ないところが問題なんだろう。



俺?

俺はこの一件で転職を考え始めてるから傍観することにした。

大学名まで聞くな

京都大学工学部というのは関東理系学生からするとコストパフォーマンスはかなり良い学部であると思う。

東工大早稲田先進理工に受かるレベルまで仕上げれば落ちることはそうそう無いと思う。というかむしろ私は、現役時も浪人時も早稲田には不合格であった。そうでありながら「京大」というラベルは多くの人にとって「東工大」や「早稲田」とは違い、ワンランク上の印象を与えるらしい。

入試学科選択で第2希望まで入れられるので仮に第1希望学科に落ちてしまっても地球工や工化を第2希望にしておけば、そこの合格最低点の開きは英語和訳1問分。年によっては数学大問1問分あるようなこともあるので、ある意味滑り止めが効いている。

尤も学科によって学ぶ内容が大きく違うので第2希望に点数的に入れそうだという理由だけで興味のない学科を選ぶことは、入学した今だからこそ止めたほうが良いと声を大にして言えるが、受験生の時分にはこの救済措置精神的にありがたかった。第2希望学科入学していたらと思うとぞっとするけれど。

決して誰でも入学できるところではないことは、1浪して入ったので重々承知している。

東大京大国立医学部に生徒の多くが進学するような進学校ではなく都内の中堅校から入学できたことは、自分のしょうもない人生の中での成功体験の1つだ。

だが同時に、このような小賢しいコスパを考えながら合格最低点ギリギリで入れるように1年の足踏みを経て入ったわけで、その努力と結果に対して謙遜するつもりもあまりないがかといって人に自慢して触れ回れることでもない。

「近場にあった中で一番レベルの高いと言われている工学部」という理由近畿圏進学校から入学したような地頭の良い人たちを見ると、「京大生」というワードはきっと彼らのためにあるのだろうと思う。その結果、大学名を言わなきゃいけない時には無意識に「一応」とつけてしまう。


世間話をするにも、相手立場がわからないのでは会話のしようがないのはわかる。「お仕事は何されてるんですか?」「まだ、学生です。」それで、良いではないか。なぜそこでさらに「何大?」まで聞いてくるのか。

その日その瞬間は軽く世間話をしたりする程度の、そんな名前も顔も1日経てば忘れるような人間に、なんで大学名まで聞かれて、嘘偽りなく答えたこちらが、気まずさを感じなくてはならないのか。

過剰に「凄い!!」と反応されても以上の理由から京大生」として喜べないし、かといって大学名を聞いた途端にあからさまに「こいつはいけ好かない奴だ」という目になられても困る。

そんなことを、髪を切りに行った先の美容師、服を買いに行った先のショップ店員、飲みに行った居酒屋で隣に座ってたおっさんに、感じた。

2017-04-04

日本製造業大企業10年ですべてつぶれる

シャープ東芝破綻記憶に新しいが、日本製造業は残りの日立ソニートヨタなんかもすべて10年で潰れるだろう。

それはネットで書かれているように日本大企業エンジニアを大切にしていないからだ。

私は大企業に7年ほど務めていたが、数年前に外資に移った。エンジニアサポートしてくれる理想的環境がそこには実際にあった。


バブルの時期は前例踏襲していれば業績は伸びていた。うまくシステム化し、個人の力に頼らずに回せるようにすればよかった。そのころの成功体験を忘れられない、おっさんたちが今の大企業を仕切ってる。

当時は天才エンジニア不要だったのかもしれない。だがソフト時代の今は違う。


大企業の若きエンジニアたちは、どこもそんなもんだろうと信じようとしている。しかし違う。実際に理想郷海外には存在する。私は外資に移って、全く違う世界がそこにはあった。

日本大企業でくさっていっていく同期たちが可愛そうで哀れでならない。


日本大企業が目をつぶっているうちに、海外じわじわとやられ続けている。その結果が出始めて来ている。あと10年ですべての企業でその結果が出てくるだろう。今はまだ始まりに過ぎない。

もちろん大企業高学歴なおりこうさんもそんなことは分かっている。今しかない日本大企業をあと10経験したい、そういうやつもいるだろう。

俺がこの大会社を変えてやる、というやつもいるだろう。

金銭的、健康的な問題でどうしてもがまんしなければならないやつもいる。

でも次の20年を考えている優秀な連中はもう外資ベンチャーに移った。



日本大企業は逃げ切り狙いの無能年寄りトップと、昔の成功体験にすがる勘違い中間と、従順希望を捨てた若者で、理想郷海外と戦っている。

2017-03-31

何をやってもしんどく、何もやらなくても過去を思い出してしんどい

こんな症状と似た症状を小町で見つけたが、自分自覚的にこうなった理由がわかる。

過去のことを思い出す瞬間に蓋をしている自分いるから。

しか過去記憶存在しているのでなんとなく重たい気持ちになり反芻を繰り返す。

成功体験について最近増田で取り上げられていたが、この閉塞感に近い。

成功体験が少ない、あるいはない、努力しなければ、無駄だ、という思考ループが発生する。

あとは行動が過去と一緒の結果になるという恐怖しかなく、癖や思い込み修正できない。

この思いが省略されてなんとなく重たい気持ちとなってのしかかる。

省略された思いはしんどい感覚となって覆いかぶさりすべてを遮断する。

遮断ぼんやりすると過去のことが蘇ってくるので嫌々ノルマをこなす。

後はそんな苦しさが続くだけ。

2017-03-27

どうして自民党が籠池氏の証人喚問を、突然自分から提案したのか

この点がずっと不思議だったけど、やっと納得いく理由が浮かんだので、長文だらだらと書いてみる。



自民党(=安倍総理)の狙いは

・籠池氏を完全な悪者にし、籠池氏だけの責任にすること

・「野党4党は籠池氏と手を組んでる、グルだ」という印象を振り撒くこと

・そのイメージ戦略のもと、解散総選挙に打って出て大勝する事

だったのだと思う。

特に有権者へ「野党悪者の籠池氏とグル共犯者」というダーティイメージを抱かせて、解散総選挙で勝つことが一番の目的



以下、そう考えた理由


証人喚問が決まったタイミング

籠池氏の証人喚問は、それまでずっと自民党参考人招致にすら慎重だったのが、一挙に全てひっくり返る形で唐突に決まった。

この決まったタイミングは、3月16日参院調査会野党4党が籠池氏の自宅を訪問して話を聞いた数時間後のことだった。



証人喚問が決まるまでの国会では、総理夫人の昭惠氏が小学校名誉校長である上に、

籠池氏は安倍総理稲田大臣と同じ日本会議役員だったから、安倍内閣は籠池氏と同じ側としてずっと防戦一方の立場に置かれていた。



これは完全な推測だが、そこで3月16日野党4党が籠池氏を訪問したテレビ映像を見て

「これは、『野党=籠池氏とグル』というイメージに使える!

 野党悪者で、総理である自分夫人の昭惠は被害者正義の側という構図にして、一気に攻守逆転できる!」

と閃いて、いきなりの証人喚問を決定したのでは。


証人喚問での質問内容

自民党西田議員と葉梨議員が行った質問から野党に関する質問ピックアップする。



西田議員10時35分ごろの質問

あなたは、3月16日予算委員会調査のあと、野党議員だけを自宅に集めて話しをした。これ非常に中身がわからない。

 なぜ野党議員だけを集めて、そこで話をするとかいうことをされたのか。

 なぜ予算委員会とか、もっと開かれた場、与党側もそうだが、野党議員だけではなく。

 ここ私は非常に私は疑問を、不透明感を感じる。なぜ野党議員だけだったのか?」

(籠池:私が招いたわけではないので、私にはわからない)



葉梨議員:15時25分ごろから連続質問

あなた国会お話ししたいという事を最初におっしゃられたのは、3月16日大阪で4人の野党議員と面会したあと。

 そのとき野党議員に窮状を訴えられたことは間違いないか

(籠池:私が招いたわけではないが、ハシゴを外されて大変なことになっているという事は話した)

「そのときに4人の国会議員から、籠池さんの学園を応援したいとか相談にのりたいとか、そういう話を誰かしたか?」

(籠池:記憶にございません)

国会で籠池さんが説明することについて、何らかの示唆はその4人からあったか?」

(籠池:今日証人ではないが、参考人として出させてもらってもいいという話はした)

「それは籠池さんの側からか?議員の側からか?」

(籠池:あうんの呼吸)

「籠池さんの方から積極的に出たいというわけではなく、阿吽の呼吸

 相手は出てほしい、こちらとしても出てもいいかなと、そういうことと解釈していいか

(籠池:おっしゃる通り)

「そのときに、籠池さんが捜査対象になったとか、そういう話は無かったか?」

(籠池:捜査対象の話については、ございません)

大阪府から監査を受けることについての、危惧をしているという話はあったか?」

(籠池:はっきりと覚えてないが、身の回りのこととしてそのような話はした気がする)

「その話については、何か反応は?」

(籠池:特段ございません)

「それはまさに忖度という事で、特に何の反応もなかったという事でよろしいですか?」

(籠池:おっしゃる通りです)

「じゃあその点についてはまた、あのー、議員の方もいらっしゃる訳ですから 関係者もいらっしゃいますので、

 しっかりと確認していただいたほうがいいのかなあ というふうに思います

 えーとそれでですね、あとあの(次の質問話題へ)」



以上の通り、自民党議員は二人とも、野党との会合について繰り返し聞いている。

それも、さも鴨池氏と野党議員の間に何らかの陰謀相談があったかのように匂わせつつ。



これらの質問は、籠池氏の行為の法的な問題点事実追及からは外れた間抜け質問のように受け止められており、要旨まとめからも省略されていたりするけれど、

質問目的が、特に「籠池=犯罪者で、野党は籠池とグル共犯)だというレッテル貼り」を目的としていたとするならば、全て説明がつく。

特に葉梨議員質問などは完全に共犯者を聞き出す時のそれで、気付きにくい形で「忖度」という言葉を入れていたり

相手の話は聞かず、事前に決めた「ストーリー」だけに沿ってそれに使える言葉誘導しようとする、冤罪事件問題視された警察検察の取り調べ方法のように映る。


籠池氏の逮捕起訴というインパクト

籠池氏が悪人だという事をアピールする視点で考えると

テレビ新聞画像からは、籠池氏を何らかの罪で逮捕起訴することが最も効果的。

から偽証罪告発するために証人喚問だったのだと思う。(本来目的である事実の解明のためでも 法的問題議論のためでもなく)



特にテレビでは、証人喚問の日までの報道は、殆ど籠池氏一人だけが悪人かのような報道だったので

「籠池氏、〇〇罪で逮捕!」「いま警察の車で××警察署に到着!」

といった映像が、もしテレビ新聞で繰り返し流されたら、

NHKニュースしか見ないような普通のおじさんおばさんは、裁判での証拠とか推定無罪とかなんて考えずに

やっぱり籠池氏が悪者だった、と疑いもせずに終わっていたと思う。



こんな状況になれば、解散後の選挙活動街頭演説やチラシ配り等の会話時に

「籠池さん?やっぱりとんでもなく悪い人だったわねえ。

 昭惠さんと安倍総理はあの籠池に巻き込まれ被害者だったのね、かわいそう。

 え、民進党共産党などの野党はあの籠池氏とグルだったの?やっぱりねえ・・」

など、「野党悪者安倍総理夫妻と自民党正義(少なくとも被害者)」の構図を作って、野党に対して攻勢で進められる。



ただ、当日に籠池氏が挙動不審にもならず淡々と回答して悪人らしく見えなかったことに加えて、

内容面では証言どころかFAXという総理夫人関与の物証が示されるなど 反論どころか手痛いカウンターパンチに遭ったために、

結果として自民党側の目論見が崩れているだけの状況では。


(この視点は、弁護士や元政治家など法律国会プロも気付いてない気がする。

 事実の解明や法的問題点検証といった本来目的からかけ離れ過ぎてるから・・なのか?)


総選挙をやりたい理由動機

いま総選挙をすれば、衆院任期2021年春以降までになるので

2020年東京オリンピックまで衆院選心配をせずに、首相を続けられるようになる」

ことが、安倍総理にとって最大の理由では。



他にも、総選挙をすることによって

森友学園スーダンPKOなど不祥事の禊ぎ(を済ませたと言い張れる)

共謀罪など問題法案にも信任(を得たことにできる)

などのメリットもあるが、一番は東京オリンピックだと思う。

安倍総理は、以前から東京オリンピックまでは絶対に続けたいと 並々ならぬ思い入れを示しているから。




まあ、さすがにちょっと荒唐無稽陰謀論かもと思ったけど、

実際に週末に入ってから解散総選挙の話が出たり、籠池氏の代わりに野党辻本議員悪者にするようなイメージ戦略が出てきている。

安倍総理には、実際に「菅首相海水注入デマを振り撒き、次の総選挙では政権交代を実現した」という”ポスト真実成功体験”もあるから事実無根デマであっても躊躇する事はなさそうだし・・


ということで、引き続き、当方としても見守ってまいりたいと思います

ADHDの薬もらうためにメンタルヘルス行ったんだけど薬もらえなかった

ADHDの症状なのかどうなのかはしらないのですが、何か聞かれたら適当ハイハイOK大丈夫ですよと言ってしまう癖があります

これを直すために、この間メンタルヘルスに行ってきました。ネットを見ていると、メンタルヘルスでもらった薬を飲んで、症状が改善しただとか、仕事がうまくいくようになっただとか、彼女ができただとか、今どき雑誌の裏のパワーストーン広告でも見ないような成功体験インターネットの津々浦々に書かれていたためです。

メンタルヘルスでは、お医者さんに「確かに注意欠陥、多動の傾向がありますね。カウンセリング認知療法改善していきましょう」と言われました。そして僕はやはり、「ハイお願いします」と何も考えずに答えてしまったわけです。

結局、薬はもらえず、症状の改善が見られないままカウンセリングが1ヶ月くらい続いています

どうすればいいんでしょう。本当に困っています

2017-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20170326000929

元増田です。トラバありがとう。助かります

友人が自分の現状に危機感を持ったことは過去に何度かあって、その度に紹介予定派遣を勧めたり、資格勉強を一緒にしたりしたこともあるんだけど、どれも挫折してるんだよね…

その時は、頑張ると口では言いつつもどこか必死さに欠ける感じではあったので、もう少し時期を待つのが良いのかもしれないね

仕事努力を通じての良い成功体験が無いと、スキルを付けるためにコツコツ続ける意志も育たない」というのはその通りで、友人にはおそらくその類の成功体験がない。

目の前に人参ぶら下げるじゃないけど、何か成功体験をさせてあげられればなあ。

http://anond.hatelabo.jp/20170325230139

こればっかりは本人が何とかしたいと必死に思わないと、ただのおせっかいになってしまうので難しいよね。

私も以前工場派遣勤務を何年かしたけど、他の工員も危機感スキルもなくだらだらと過ごすぬるま湯だったので、

自分だけは違う、と思いつつもそこに染まってしまうんだよね。



結局、派遣先業務縮小で人があぶれて派遣会社町工場みたいな所に回されて、

このままでは自分人生が広がらない事を強く実感してからは、

自分の特技をかき集めて仕事スキルは無かったけど、アピールしてなんとか企業に入ることにしたのが20代後半だった。



仕事努力を通じての良い成功体験が無いと、スキルを付ける為にコツコツ続ける意思も育たないので、

危機感は持ちつつも自分の頭の出来が悪いと結論して人生を諦めてしまいがちなのかも。


サーバルちゃんじゃないけど、フレンズによって得意な事ちがうからそいつの何か「すごーい!」を見つけて

リスペクトしてやるのがいいんじゃないのかなぁ。



で、助けてほしいと言われた際に改めて、今まで言ったアドバイスをしてあげるのが良いのかも。

何歳になってから気付くかは本人次第だけど、遅すぎる事ってたぶんないか大丈夫だよ。

2017-03-25

ビジネスで不幸を呼ぶ人の3つの特徴

利己的、怠慢、能力不足。


嫌がらせや気に障る態度は報復を呼ぶ。少なくとも規則契約より上の話で損をする。

「こいつムカつくから見積金額上乗せしちゃえ」


できるのにやらない、現状維持相対的サービスレベル低下。例えば会社が一度ヒットさせた事業で当時の担当者出世して上に立つ。その成功体験から逃れられず、つぎのニーズを満たせないままだんだんと客は離れていく。


やろうと思っていてもなかなかできないのは能力不足。できもしないのはビジネス機会損失顧客に対する契約不履行。

2017-03-21

すっげーわがまま書く

努力したら報われるゲーム作って……。

ゲームくらい成功体験ください。

あ、就活増田じゃないよ。

2017-03-08

去年の7月に書いた日記のようなもの

 4月にインターン面接に行きました。そこでは社長面接でした。その人は私から一通りの回答を受けた後ひどく馬鹿にしたように話し始めました。私の被害妄想もあるかもしれません。私には大学生特有キラキラがないと言いました。もっと楽しみで仕方がないという顔でせめて控え室で待っていてくれと言われました。私の背中は丸まっていて、顔もどんよりしていて、おばあちゃんのようだったと言いました。それを聞いて私は仕方がないじゃないかと思いました。だって、私は自分に自信がないのです。いつもビクビクしています。そんな人間がいきなり人生楽しくて仕方ないみたいな顔はできねえと思いました。でも、そんなネガティブ自分をこの短時間で見透かされていてひどく居心地が悪かったです。また、顔が硬いと言われました。すぐに表情が消えると。私は人の顔にはその人の性格が表れると思っています。だからそれを言われた時、特に驚きはしませんでした。でも、自分でもどうしていいかからなかったで、それを言われたからってすぐに直せるわけはなく、その場で履歴書をつき返され、面接は終わりました。帰りのエレベーターを待っている時、履歴書と持って行った自分作品コピービリビリに破きました。そうすることでしか自分の心の安定を図れなかったのです。

 私は自分の何がいけないかわかっていますネガティブなことです。また、自分に自信がないこと。でもそれをどう直せばいいのか全くわかりません。いや、わからないというより分かっているのに直せないという方が近い気がします。自分に自信を持つためには成功体験をすればいいとネットで読みました。心の病みたいなHPも読んだりしました。でもそこから全く進まない。自分のどこが悪いか、分かっているのに直せない。だから途方に暮れています。こんなことを人に相談すること自体、よくないことなのではないかと思っていて、今日まで誰にも言えませんでした。いつも一人部屋の中途方に暮れています

 私は実はよく泣きます。一人で部屋にいるとき無性に悲しくてたまらなくなります。人前で泣くことにもともと抵抗がありましたが、ここ数年はそれがより一層強くなったように感じます自分の心にいつもぽっかりと穴が空いていてそれが埋まることはありません。埋めてくれるような相手を待っている、という表現が一番合うのでしょうか。誰と話していてもいくら楽しくても、ふと我に返った瞬間、言いようのない寂しさに包まれ自分ではどうすることもできません。自分には誰か寄りかかれるような人が必要だとは思っているのですが、そんな人私のような人間には見つかるはずもなく困っています。いつも泣きたくてたまらないのに誰の胸も借りられずに一人で泣いているときほど惨めなことはありません。この必要存在を一番近い言葉で表すのなら彼氏なんだろうと思います。でも別にそうでなくてもふとした時に頼れる相手男性なら彼氏でなくてもいいのです。同性には埋めてもらえない心の隙間を、埋めてくれる相手をいつも求めてます

2017-03-05

(毒)親との距離感

親に育ててもらったことへの借りを返す必要はない

人間的に尊敬できない親のことを感謝する必要はない

これから自分のことは自分自身で引き受ける。親には投げない

自己効力感を奪う親の存在は、人生のかじとりをしていく上で大きな障害である

もしほんとうにヤバいときはこちらから連絡するし、逆の場合も親を受け入れる


もう親とはこれくらいの距離感でやっていこうと決めた

親のせいでも親のためでもない、自分人生自分のものである

人によっては、このような親離れ・子離れのステップはあたりまえで、無意識的に達成されることかもしれない

しかし、親が自分のことを無力化して自己存在価値を高めようとする以上、こちらから決別するしかない

一度開けてしまったくさいものに再びフタを閉じてしまうことは、もうできない


父親は母を拒絶して家庭に居場所を失い、ワーカホリックとなってうつ病で死んだ

母は勉強しかできない無愛想な自分に、そんな様子じゃ社会でやっていけるはずがないというレッテルを張り続けた

そんな自分社会参加や人との交流を恐れ、もれなくうつひきこもりを経た。うつはまだ寛解への途中である

ところが、いざ働きはじめてみたら意外となんとかなっていて、業務以外の雑談すらできるようになっていた

それと同時に、母に植え付けられたセルフイメージのせいでずっと苦しみ続けてきたことへの憎しみが抑えられなくなった


正直なところ、自分は軽度のASDかもしれない。いわゆる「愛着障害」というものにも該当すると思う

勉強ができることで親が喜んでいると思っていたら、じつはそんなにデキのいい子どもはいらなかったらしい

世間から見ればうらやまれるような大学に入ってしまったが、そもそも母は「学び」や「教育」価値見出していなかった

母は死に体自分に、生産工場検査をするような仕事ならいくらでもあるから早くうちに戻っておいで、と言い続けた

そんな自分も、なにかの間違いでいい大学に入ってしまったが、本当は大卒になることすらおこがましい存在であると思っていた


ところが就活社会参加への恐怖とあいまって、母の望まない学問研究の道に逃げ場を見出し博士号までとってしまった

ただし心の奥では、また身の丈に合わない経歴をつくりあげてしまった、典型的高学歴ワーキングプアの完成である、と自虐していた

重度のうつと復帰のサイクルを繰り返していたころ、幸か不幸か地元にある大学教員ポストの紹介がきた

そのときうつ症状がマシだったので、ここで逃げ出してはいけないと思い、紹介を受けた

しかし次第に、また自分能力とは見合うはずのないところへ踏み出そうとしていることを自問し、うつに舞いもどった


それでも、やっとこれで親を安心させられると思い、安堵している部分があった。面接でも、なんとか健常人のフリをして押し通した

しかし母にとって、社会参加ができない無力な自分実験の「お手伝いさんしかできない存在であり、大学教員になるなどとは想像だにしていなかった

不安に耐えきれなくなって母にほんとうの気持ちを打ち明けたとき、なんでもっと身の程を知って行動しなかったのか、と責められた

今度も「お手伝いさん」の仕事をするのだと思っていた、こんなことになるなら、もっとちゃんと話を聞いてわたしが食い止めるべきだった、と言われた

自分も同じように反省した。自らの無力さにもかかわらず、できるようなフリをしてしまったことへの欺瞞からくる罪悪感で、心がツブレた


ところが今どうなっているかというと、上司ボスとは円滑にやっているし、決してデキのいいとはいえない学生たちをいかモチベートさせるか試行錯誤している

ある日、自分主体的に考えたり行動する能力がなく、いわれたことすら満足にできない無力な存在であったはずなのに、何かがおかしいと気づいた

たまたま自分に合った仕事につけて運がよかっただけかもしれない。しかしこれまでのセルフイメージとは全くことな自己の振る舞いに、自分自身がおどろいていた

もちろんクスリ底上げされている要素はかなり大きい。ただそれ以上に、自己像が根本から書き換えられていくようなフローがあり、かつてない大きな地殻変動を感じていた

これまでに双極性の症状を示したことはないが、このある種の成功体験がまた新たなうつの引き金となる可能性は当然あり、注意しないといけないと思う


地元に戻り、母から物理的な縛りつけを受けることによって、これまでの精神的な抑圧やダブルバインド的な母のやり口に気づくようになった

それからカウンセラーメンター意見も聞き、たどり着いた自分なりの結論が冒頭のものである


これから親との距離感を調整していく過程は、かなり難航するだろう

でも、そのことの負担リスクを引き受けた上で、自分自分のために行動することを決めた

2017-02-22

自尊心ってどうやって育てるんだ?

いつも自信がない



誉められるのは、たまたま運が良かっただけ



失敗するのが怖いから不言実行



親は毒ではないが過保護否定が多かった

誉められた記憶ほとんどない



先生成功体験を積むしかないって言うけどさ、成功しても運が良かったになるから努力の結果と思えないんだよな



自尊心ってどうやって上げればいいの?



今も仕事プレッシャーに潰れそうだよ

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170209174003

なんとなく追記

トラバされてたので言うけどFGOのガチャ単価が安いのは訴求になってると思うよ!!

でも☆5鯖1%でそのうえピックアップされてても他鯖出てくる仕様から狙ってる鯖いるとガチャ苦痛しかたないので一番の魅力はやっぱストーリーの物量じゃないですかね!FGO楽しいです!!


ちなみにあんスタは☆5の排出確率が1.5%で、最高レア排出率が3%設定のアプリも多い昨今決して排出がいい部類ではないと思う。

あんスタやったあとで最近リリースされたA3!とかやってるとめちゃくちゃSSR出てきて今のところうわっめちゃくちゃSSRでる!楽しい!みたいな状態

ただこれ前も言ったけどあんさんぶるスターズの上手いところは、期間限定の特効ガチャに関しては恒常設置のガチャとは別枠で存在させて、そのガチャには☆5が特効ガチャの1種類しか入っていない状態にしてるとこがうまい

ソシャゲによくある回し続ければいつか出るの『いつか』が非現実的なほど遠い目標ではないし、☆5を引けても目当てのじゃなかった!ドブ!みたいな無常を感じないのでそこそこで射幸心が満たされる仕組みになってる。

わたしは他ソシャゲだと自分の収支の関係でそこまでガチャに拘泥しないんだけど、その大元理由はただでさえ低確率の最高レア排出の中から、その時開催されてる限定ピックアップカードを引けないことに定評があるから

3%排出の☆5やURSSRの中からさら小数点以下(0.5とか0.7とか)の確率を引き当ててほしいものを引けたためしがない。1回目のリニュ後から続けているSB69とかでもいまだに限定特効を一度も引けたことがないレベルなのでまあだいぶリアルラックが悪い。(恒常はさすがにそこそこ引けてる)

しかに回し続ければいつかは出る、それを事実にするまで課金をすればいいだけの話なんだけど、無理のない範囲課金で挑戦してだめだった経験が両手の指でも足りないくらいあるので、さすがに懲りてしまって今はもうそういうガチャ課金をする気があまり起きない。

好きなキャラの最高レアが来た時だけご祝儀のつもりでガチャ10連分だけ課金とかはたまにするけど、廃課金にはなれない程度の懐事情であまりにも望み薄な挑戦をする気はもう起きないわけです。人間、やっぱり成功体験をもとに意欲をだすし、成功体験がないと意欲がどんどん減退していく。

そんな私でも、とりあえず1.5%のテーブルにのせれば確実にいまやってる特効ガチャの☆5がでる!というあんスタだと多少財布の紐が緩まるわけで、なんだかんだ推しの☆5がきたりしたらガチャ回してます100連くらい回せば出ないこともないし。

あんスタ、他ソシャゲだとあえて廃課金ガンガン課金させるために絞ってる部分を緩めてるように見えるし、それが女性向けという市場マッチしてるなってしみじみ思う。

日本社会の本格的な分断はこれから来る

日本選挙において、経済的格差というのが投票行動に影響を与えているようにあまり見えない。すなわち排外主義財政拡張軍拡警察拡張、ばらまき万歳極右極左政党候補者があらわれ支持を伸ばすという欧米で起きている現象が起きていない。

維新の会民主党政権安倍政権小池百合子をこういう現象にあてはめようとする論者も多数いるが、はっきりいって彼らの間に政策面での差異ほとんどないし、彼らが社会の分断を利用して支持を伸ばしているなんてことも全然ない。

では日本社会において、経済の発展や変化についていけずに見捨てられていった人々がいなかったかといえばそんなことは当然ない。では彼らはどこへ行ったのか。それは創価学会だ。創価学会都市部において見捨てられ、コミュニティからはじき出された人々を吸収することで成長してきた。そして創価学会は彼ら見捨てられた人々を公明党を通じて穏健保守勢力に変換してきたといえる。これこそが日本社会が安定している最大の要因だ。

最も創価学会批判的なジャーナリスト、例えば野田峯雄のような人たちが見積もったところによると、 2010 年代日本においても創価学会員はおよそ 500 万人も存在しているという。これは日本国政選挙における有効得票数がだいたい 5000 万とか 6000 万だとかいう数であることを考えると驚異的な数で、日本の政治勢力10% 近くを占めている。

創価学会がまとめあげている勢力の 30% が欧米のように過激派に参画し、残り 70% も公明党にまとめられることがないとすれば、トランプ現象のようなことを起こすことはできないまでも、ギリシャにおいて独立ギリシャ人与党入りしたという現象ぐらいまでは起こせるだろう。

池田大作創価学会こそが日本背骨であり、自身庶民王者だなどとうそぶいていて、創価学会批判的な人々からは厳しく批判されているところだが、はっきりいって客観的に見た限りそれは事実だ。創価学会こそが日本社会底辺から支え安定させてきたし、池田大作日本におけるもっとも偉大な宗教家であり、聖人の中の聖人だといえる。池田批判的な人々は池田思想仏教ソクラテスから都合のいいところだけとってきたいい加減な思想だというが、それがなんだというのだ。ムハンマド思想ユダヤ教のいい加減な解釈にすぎない。思想の内容が問題なのではなく、池田大作という偉大な個人こそが問題なのだ

ここで問題となるのはなにか。それは池田大作自身がその事実認識していなかったということである池田自身のことを宗教政治ビジネス天才認識していても、偉大な宗教家とは思っていなかった。故に彼は大いなる過ちを犯した。彼は創価学会成功したのは、選挙活動による成功体験信者にあたえ、そしてそれによって得られる集票力を換金するというシステムがうまく回ってきたからだと認識していた。しかし実際には違う。創価学会員たちはシステムの一員なのではなく、個人資格において池田大作という偉大なカリスマと繋がりをもつことによって精神的な安寧を得ていた。

池田はこの事実をうまく認識していなかったフシがある。というのも池田自身宗教帝国を息子たちに世襲させようと企んでいた。しか池田は息子たち、すなわち城久や博正を鑑定するにおいて組織リーダーとしての資質は厳しく鑑定したが、宗教家としての資質を重視していたということは全くない。池田あくま創価学会詐欺的な政治ビジネスだと捉えていた。

もし池田大作自身聖者だと正しく認識できていれば、池田大作以後創価学会を正しくシステムとして回していくための方策をとることができただろう。しかしそうではなかったので、創価学会とは平等個人池田大作精神的な繋がりをもっているだけの人間集団であって、組織たりえなかった。そしてその創価学会放置したまま池田大作は倒れてしまった。

ここで池田博正が冷徹組織管理者として創価学会を大改革することができれば、それはそれで道はあっただろう。しか池田博正は温厚かつ誠実な池田大作信者にすぎず、その大任を果たす意思能力もなかった。

今はまだよい。惰性によって創価学会は続いている。公明党穏健保守勢力として機能している。しかカリスマ池田大作亡き(亡きといっていいいだろう、生きてるんだろうけど)今、創価学会機能を停止する日はすぐそこだ。そうなったとき日本社会の見捨てられた人々を連帯させるものはなにもなくなり、その時はじめて日本社会は本当の極右極左勢力というものを目にすることになる。

2017-02-06

中学受験体験

小6の息子がめでたく中学受験を終えたところ、通っていた塾から受験体験記」の執筆依頼が来たのだが、1200字程度で収めないといけないらしく、思いの丈の全ては到底書ききれないので、その下書き代わりにこちらに字数制限なしで書こうと思う。

それに、どれだけうまく1200字に収めようと、自分がこれから書く内容はきっと塾の受験体験記集には採用されないので、せっかく書くのに日の目を見ないのも切ないという事情もある。

公立派 vs. 私立

そもそも自分中学受験必要性を何ら感じていなかった。気軽に通える範囲私立中学などない田舎で育ったし、気合を入れて遠距離私立中学に通わせようとなどという教育熱心な家庭でもなかった。

通った近所の公立中学は荒れていた。不良な上級生が授業時間中に教室外にたむろして騒ぎを起こし、先生一同でそれに対処するために授業が中止になることや、校内を卒業生バイクで走り回るなんてことはザラにあった。

力の強いやつが偉い、という暴力的世界ではあったし、自分クラスで一番のチビというハンディもあったが、それでも気の合う友人もできたり、部活に精を出したりと、自分なりに楽しく過ごせた3年間だった。

その後も地元では一目置かれる県立高校に進学できたし、大学東大京大ほどではないが、世間的には高く評価されるところに現役で合格することができた。

自分自身がこのように特に不満のない経歴をたどることができたので、公立中学に対するネガティブイメージもなく、息子についても近所の公立中学への進学で何の問題もないと考えていた。

しかし一方で妻は私立派であった。

私立派と公立派は基本的には分かり合えるものではないと思ってる。何しろ、1人の人間私立中学と公立中学の両方に通うことは基本的にはないのである公立中に通い、そこでの生活に満足した人は公立派になるし、不満足ならアンチ公立派=私立派になる。私立中に通った人も同様である。両者を公平かつ客観的比較するのは難しく、どうしても主観が入り交じる。

塾に通うきっか

4年生の終わりくらいに中学受験のための塾に通う話が持ち上がってきた。自分公立派ではあるが、それでも塾に通うことに反対はしなかった。

先に述べた通り自分田舎の狭い世界で育ち、教育熱心な家庭でもなく、例えば東大のような高い目標を目指したりすることもなかった。

息子は幸い勉強の才能に恵まれ、昔の自分よりは頭が良さそうなので、ぜひ広い視野と高い目標を持ってもらいたいと願った。中学受験塾は、頭の柔らかい小学生のうちから高度な勉強をして脳みそを鍛えたり、世の中には自分よりも頭の良いやつがたくさんいることを知るのには良い場所だと思ったのが、塾通いに反対しなかった理由だ。

最終的に私立中受験するかどうかは自分にとって重要ではない。勉強するだけ勉強して、受験せずに近所の公立中に進んだって何の問題もないと本気で思っていた。

そして中学受験

しかし息子本人はやはり段々と私立派に感化されていった。母親絶対私立派、父である自分公立肯定派ではあるが私立別に否定はせず、そして当たり前なことに塾に通う友達はみな私立派。塾の先生は...言わずもがな

仕方ない、分かった。私立に行くのは構わない。で、どの学校に行きたいんだ?

息子は御三家と呼ばれる男子校一角名前を挙げた。

受験方針

当時の息子の塾での成績からすると、その学校ちょっと高望みであった。一方、自分が見込んでいる息子の潜在能力からすれば、合格レベルに達することは可能だし、追い込んで勉強させれば御三家を超える最難関中学すら可能性はあるという思いもあった。

しか偏差値の高い学校に入ることに何の意味があるだろう?

聞くところによると私立中学の人気というものは、どうやら併設の高校東大合格者数の増減に大きく影響されるらしい。しか自分の考えでは、東大合格者数に大した意味はない。難関私立中高の東大合格者数が多いのは、教育力が高いからではなく、東大合格できる素質を持った生徒を選抜するからである。それにどれだけ多くの同級生東大合格しようとも、その中に本人が入ることができなければ、その指標には何の意味もない。逆に、素質があって、実力を高める努力を怠らなければ、どの学校に進学しても東大は狙える。

何はともあれ、私立受験が不可避となった段階で、自分

  • 「無理はしない」
  • 学校選びには口を出す」

という2つの基本方針を立てた。

無理はしない

中学合格した直後が自分人生ピークでした」という話しをいくつか聞いたことがある。親が積極的に介入して受験勉強に追い込み、より難易度の高い学校合格させることはできたとしても、それで燃え尽きてしまっては何の意味もない。

勉強というものあくまでも自主的にやるものである

本人がやる気になるような声掛けや仕掛け作りはしたが、無理に勉強させることはしなかった。そもそも教育熱心な母親というもの一般的に「勉強しなさい!」と口うるさく言わずはいられない生き物なので(偏見)、そこで父親まで同じことを言ってはいかんだろう、という思いもあった。

人生ピークはもっともっと後に来なければならない。そのためには中学受験とき限界まで追い込む必要はなく、いくらかの余裕をもって終えるくらいがちょうどいい。

学校選びには口を出す

いや、まあ、普通の親は口を出すものだとは思うけれども。

息子が御三家校に行きたいという理由は、本人に言わせれば「文化祭見学して自由雰囲気が気に入った」ということらしい。しか文化祭体育祭というのは「特別な日」であり、それだけ見てその学校のことを理解するのはほぼ不可能である

だいたいその理由すら本当かどうか怪しい。たまたま一番最初見学に行ったのがその学校だったので、一番強烈な印象を受けたのかもしれないし、母親が勧めたのを鵜呑みにしたのかもしれない。あとは塾の同級生である。親から刷り込まれ学校観を友達披露するような子もいたのではなかろうか。

いずれにせよ、中学受験において男女御三家というのは正義である

しか公立に行けば払う必要のない大金を払わされるこっちの身からすれば、偏差値ステータスなんてものには何の興味もなく、払うからには最も高い実利が得られる学校を選びたいと思うのは当然である

息子本人が言う志望校なんぞ当てにならん。行く価値のある学校自分で見極めることにした。

学校説明会に通う日々

6年生の春になってから候補となりそうな中学学校説明会にはことごとく足を運んだ。普通はもう1年くらいは早くこういうことをするらしいが、まあその時は自分中学受験に興味を持っていなかったので仕方ない。

学校説明会では目から鱗が落ちる思いをした。

正直言うと、それまではどの学校も大した違いはないと思っていた。しか校長の話しからは教育に対する信念や熱い思いが伝わってきたりこなかったり、個性的カリキュラムを持つ学校があったりと、それまでの自分の考え方は誤っていたことに気付かされた。

なるほど、これが私立か。

確かに高いお金を払ってでも通わせてやりたいと思う魅力的な学校がいくつかあった。難易度も低くはないが、届く範囲。そして息子の志望する御三家校は、魅力的ではあるが上位ではなかった。

学校選択プレゼン

さあ、本人を説得だ。

仕事クライアントを説得するかのようなプレゼン資料を作り、リビングテレビに映して、自分の気に入った学校誘導するプレゼンを行った。

学校選びに関する様々な観点提示し、各候補校のメリットデメリット説明した。内容を正しく理解すれば、自然自分の勧める学校第一志望になるはずの渾身のプレゼンである

そしてプレゼン終了後に改めて息子に志望校を尋ねたところ、あっさりと従来から御三家校の名前を挙げた...。自分プレゼンは何の効果も発揮しなかった。

説得を諦めるわけではないが、気分良く勉強してもらうために、ここはいったん退くことにした。最後最後に説得が成功すればいい。

勉強の日々

夏休みが明けると生活受験一色になった。1年生から続けていたスポーツクラブは休部した。塾通いはそれまでは平日2日+土の週3日だったのが、日曜も加わり週4日になった。

しかし、塾以外での勉強時間特別に多いわけではない。多くのアドバイスによると、朝は早起きして勉強すべし、と書いてあるが、それは結局無理だった。息子はどうやら夜型人間で、夜は11時、12時まで勉強して、朝は学校に行くギリギリ時間まで寝るというスタイルに落ち着いた。自分も夜型だから理解はできたし、それも個性だと割り切ることにした。

テレビマンガもちょこちょこ見ていたが、それこそが必要な「余裕」だと思い、特に勉強に追い立てるようなことはしなかった。(自分は。妻は別。)

ちなみに中学受験は親子の二人三脚、とはよく言われるが、生活面はともかく、こと勉強に関して言えば完全に塾と本人任せ。机に向かっている間、何の勉強をしているのかも知らない有様。

しかしそれが功を奏したのかどうかは分からないが、塾での成績は徐々に上昇してきて、10月から御三家校を完全に射程に捉えた。

その後は概ね合格圏内キープ、上昇ペースが予想よりも2ヶ月ほど早かった以外は、ほぼ自分見立てた通りのシナリオだった。

そして本番

第一志望は相変わらず御三家校だったが、第二志望は父に義理立てしたのか、自分お勧め校ということになった。加えて第三志望群に何校か。

この中で最も試験が早いのが第二志望の学校。定員が2つに分割され、試験は2回実施される。1月中に行われる1回目で合格することができれば、後はもう第一志望を受けるだけでよくなり、その後のスケジュールが非常に楽になる。

が、残念ながら不合格

さすがに本人も多少はショックだったようだ。しかしここは切り替えが大事

「失敗というのは、そこから学びがある限りは失敗ではなく、次の成功必要過程ひとつになるのだ。この不合格をそうできるかどうかは、この後の頑張り次第だぞ。」

そして迎えた2月1日からは怒涛の試験ラッシュ

2月1日

午後に受けた学校は当日夜にインターネット合格発表があり、めでたく合格!この学校自分評価は高く、本人もかなり気に入っていたので一安心である

なお第一志望校合格発表は2日後の2月3日午後。

2月2日

お勧めの第二志望校に二度目のチャレンジ合格発表は翌日朝。

午後校は当日夜の合格発表で、こちらは合格

2月3日

受験会場まで息子を送り届けてから少し経った頃に、前日の第二志望校合格発表時間がやってきた。緊張しながらホームページを開く...息子の受験番号を探す...

うーむ、残念!父の目論見はここで潰える。

実のところこの学校偏差値的には第一志望の御三家校よりも高いのである。ここを第一志望にして対策してきている受験生がたくさんいることを考えると、こっちは過去問ちょっと問いたくらいの準備で、まあ仕方のない結果ではある。

そして第一志望校合格発表

午前の試験終了後、息子と昼食を取り、気を取り直して向かうは第一志望校合格発表。これまでの合否確認はすべてインターネットだったので、実際に掲示板を見に来るのは本人も自分も初めてである

緊張の一瞬。

遠くから掲示板を見つめていた息子の顔が一瞬ハッとする。あれは自分の番号? 遠くてよく分からない。人混みをかき分け掲示板に駆け寄る。そして歓喜の瞬間。

合格

総括

父としては御三家校に合格したことよりも、息子が自分で立てた目標に向かって努力し、見事それを達成したことこそが喜ばしい。この成功体験はきっと今後の成長の糧になることだろう。

そして望外に嬉しかったのは、息子が「僕を塾に通わせてくれてありがとう」と言ってくれたこと。最近は塾で鍛えた脳みそをひねくれたことを言ってみたり、屁理屈こねることにばかり活用していたので、こんなにも素直な感謝言葉をもらえるとは思ってもみなかった。

また、自身合格を喜びつつも、残念ながら不合格だった塾の友人たちの気持ちを慮る言葉もあり、そこにも成長を感じとることができた。

自分としては第二志望校(父の第一志望校)不合格で、息子を説得する機会さえなかったのは少し残念ではあるが、合格した第一志望校も実のところ非常に魅力のある学校であり、本人の喜びようも見れば、きっと説得には耳を貸さなかっただろうし、自分もあっさり諦めたことと思う。

それに何より、自分がこれまで全ての場面でそうしてきたように、息子にも自分人生自分で決める権利があり、これはその第一歩だったのだ。

自由校風を大きな特徴とするその学校で、大いに自由を謳歌したまえ。

(ただし高い学費の元は取ってもらわないと困る。)

アドバイス

来年以降受験するご家庭へのアドバイスなんてものほとんどない。

息子の受験成功裏に終わったが、自分の立てた受験方針戦略あくまでもその息子が前提のものである。下の子が数年後に受験することになるかもしれないが、その子はまた違う個性を持っているので、同じ戦略は使えないと思っている。

あえて言うなら、

くらいなものである

以上、長文乱筆失礼致しました。

2017-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20170201220127

この投稿トラバを見るに

運動ができないのにリレー選手に推薦されるとか

そういう陰湿イジメを受ける側だったことなんて一度もない

キョロ充タイプだったやつが多いんだろうなはてな民

運動ができるやつの成功体験なんてどうでもいいとしか思わん

2017-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20170201220127

学校レベル運動ができたって何の得にもならないんだから、そんな成功体験を積むくらいなら少しでも勉強しろ

って教えてやるのが教師の役目なんじゃないん?



たとえば、勉強運動もできないけど学校スマブラが強い奴がいて、成功体験のためにスマブラ大会開くのはいことなの?

運動ができる子ども成功体験を奪おうとする浅ましいはてなー

はてなーが「運動会は規模縮小すべき」「運動会なんてそもそも必要ないだろ」という。

でもそれって、「勉強はできないけど運動だけはできる」という子ども成功体験を奪おうとする残酷意見だよね。

そういう子たちは球技大会とかマラソン大会とか運動会しか活躍できないのに、さらにその機会すらなくそうとすることの悪影響とか考えないのかな。

誰かがブコメで言ってたけど、結局はてなーは「俺が不快からやめろ。俺は困らないから」という主張でしかないじゃん。

そういう意見を見ると、ただ単に自分運動ができなかっただけなんじゃないかと思っちゃうよ。

2017-01-30

http://anond.hatelabo.jp/20170130121151

生存者バイアス???

女の側から見た成功体験談という話では無いよね?

「これを条件にしたら理想相手結婚できました」という話だと思ったの?

2017-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20170127145838

・家で一緒に「モテキ」のDVDを観る。

 女子もムラムラする気分になること間違いなし(成功体験あり)

・恋話の後で「・・・彼氏が出来たとき練習でもするか...?」と

抱き寄せてキスをする(「School Days」より)

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