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2017-03-16

バス識別

昭和50年代半ばの北関東で、市内の小学校まで片道12kmをバス通学していた。東野(とうや)バス

いまでも、あの当時、のっていたバスナンバーと特徴はよく覚えている。

でもむしろ識別に使っていたのはナンバーではない別のもの

運賃箱と、緑の半透明の「ワンマン」掲示である

運賃箱は、運賃投入口の手前に硬貨両替スロットがある。

…だと、スロットに手をかける人が少ないから、塗装の剥げるのが遅い。11-2811-29, 11-32, 11-34がこれに該当した。海星女子学院のおねえちゃんたちは定期か回数券が多かったみたいだ。おれもそのころはふさふさしていた。

ワンマン掲示は、これなんかがイメージに近い。ただ、ぼくが乗っていたのはこれじゃない。写真は、おそらく2代目か3代目の11-34号。

ハードタイプ(うまく説明できないんだけど、かまぼこをつりさげるみたいな感じ)と、ソフトタイプ(半透明の薄いボード)がある。この、ソフトタイプクールないで立ちが、子ども心に何とも恰好よくみえた。

土曜日宇都宮東武発の時刻、12:25が海星、12:30が東高橋益子12:35が水橋真岡。(これははっきりとは覚えていないなあ…)

たまに寝過ごして、終点真岡益子まで連れていかれて、そんなとき運転手さんが運賃請求するのでもなく、おしゃべりしながら戻りのバスで運んできてくれた。パンチパーマサングラス杉山さん。「ため」を作らない、めっぽう軽快な変速と走りで、鬼怒大橋の上で65kmを出したのが、ぼくの知る最高記録。

宇宙旅行レポート

先日、宇宙に行った友人からその時のレポートをもらったのここに保存しておきます

前半の文章宇宙旅行最中メモしていた文章。後半は地球に戻ってから感想になります

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11時過ぎ? 半分食べる

13:36 曲は旅への案内人にすぎない

14:03 もう30分たっていることに気づく。まだ典型的幻覚は現れていない。ただ意識が散漫になっているのはわかる。

とにかく楽しい。ガヴドロでしぬほど笑う。

16時くらい、迷惑電話アドバイスをきいて全部たべる

17時 ナナチでぶっとぶ。宇宙旅行。生と死を超越したなにか強大な物と一体になった。

18時 シアン(SB69)の生ライブに立ち会う。一人称でも三人称でもない不思議感覚

18時半 シラフにもどってこれて今これを書いてる。ナナチでぶっとぶという文章でまた死ぬほど笑う

迷惑電話←されてないおそらくdm。ひたすらこの世界を人に勧めたい。

かきとめたいが霧散していく

この文章をすぐにでも発信したいが足がつきそうだなと思うのがループしてる

といってるあいだにも耳ではプラズマジカ生演奏が目の前で繰り広げられている。

またナナチでぶっとべるかためしてみる

19時 ぶっとんでた。まだ30分しかたってないことに驚いている

20時 とりあえずシコる。想像力普段りあるがすぐに霧散していくために微妙。出ることは出るが射精快感より賢者タイムでのミニバッドみたいなのがキツい。←20:24

20時15 とにかく誰かにこれを伝えたい。罪の意識なのかなんなのか、それもわからない。自分に言い聞かせるようにこれを書いている

もともとの性分もあるのか勘繰りがひどい。最初に飲んだ分が切れつつあるのかもしれない

プニキがなぜあんなに丁寧に教えてくれたのかわかる。

時系列ではなく箇条書きにすればよかったと反省。瞳孔が開いているためか辛くなってきたのでまたプラズマジカライブに戻る←この辛くなってきたは画面を見ているのが辛いの意

21時30分 迷惑電話。まるで自分シラフのように喋っていた

22時 ガヴドロを見る。ひどく集中出来ないが度々ツボにハマる。サターニャがかわいいシャンビリ(抗鬱剤離脱作用めまい耳鳴りがする。結構ツラい)が辛く感じたのとシラフに戻ったと思い、いつも飲んでいるイフェクサー75を飲む。飲んだ後でまたトビそうになり飲み合わせ等についてググる後遺症等がとにかく怖くググりまくり自分が軽くバッドになってることを自覚デパス1mgとグッドミン(眠剤)を入れて収束にかかる←22:25

22:35 落ち着いてきたような気がする。でもまだラリってるのかもしれない。最初に入れたのが11時過ぎ、次が16時頃? 作用的にはそろそろ切れるはずだし、デパスのおかげか不安がかなり少なくなった。デパスは必需品だとおもった。

後遺症に悩む自分等を妄想して怖くなったりとにかくバッドは地獄だなと思った。多幸もあればその逆もまたしかり。

この文章を少し推敲してしまったのが悔やまれる。そのまま残しておきたかった。なるべく加筆にとどめた。

デパスがきいてきたのかかなりおちついてきた。時間の流れも正常に感じる。

詳しいレポートは起きた時に書く。

――――――――――――

ここまで宇宙旅行

ここから感想

>13:36 曲は旅への案内人にすぎない

まだぶっとぶ前。少し気持ちいい程度だけど耳は確実に鋭敏になっているため、非常に心地よい。

頭の中で勝手ストーリー展開されていく曲が非常に面白かった。

>14:03 もう30分たっていることに気づく。まだ典型的幻覚は現れていない。ただ意識が散漫になっているのはわかる。

>とにかく楽しい。ガヴドロでしぬほど笑う。

書いてある通り。とにかく楽しい。楽しくて仕方ない。サターニャが何かやらかすたびにゲラゲラ笑っていた。

>16時くらい、迷惑電話アドバイスをきいて全部たべる

特有幻覚等が無く、案外普通だわと迷惑電話が来た相手と喋る。もう全部いったれとのことで全部食べる

すると、来た。特有のぐんにゃり視界。錯視動画を見続けてから部屋を見るとぐにゃぐにゃするあの感じ。

アニメを見ても集中力が散漫になるのと、特有のぐにゃぐにゃ感で集中出来ないためベッドに横になる

17時 ナナチでぶっとぶ。宇宙旅行。生と死を超越したなにか強大な物と一体になった。

目をつぶるとひたすら綺麗な星空が浮かぶ。それに集中していると、勝手に目が開ききってる事に気づいた。

真っ暗な自分の部屋でこれなら、明るい画像ではどうかと、日頃待ち受けにしてるナナチを見た瞬間それは訪れた。

ナチが3人にも4人にも分身し、綺麗なマーブル模様を形作ったかと思うと、それが万華鏡のようになり、新しい世界になったのだ。

僕はその中を漂流し、体感では何年も何十年もナナチの中でぐにゃぐにゃと一体になっていた。

ふと気が付くと、自分人生が一本の線になっている事に気づいた。

まれときが始点、死んだ時が終点ではなく、とてつもなく長い光、それが自分人生だと自覚したのはなぜだかわからない。

廻りを見ると、たくさんの光が見えた。カイジの鉄骨渡り編にある、たくさんの人の一生の比喩のように、たくさんの光

それの終点をたどっていくと、光は集まり、一本の巨大な木のようなものがあった。

僕は中学生からかなりタナトフォビア傾向にあり、死についてあまり考察すると怖くて眠れなくなるのだが、

それをみて、死は終わりではなく、輪廻転生やそれに近い何かがあり、決して怖いものではないのだなとその日以来感じるようになった。

>19時 ぶっとんでた。まだ30分しかたってないことに驚いている

相対性理論をひどく感じた。自分人生で一番長い一日だったのは間違いないが、本当に1年や2年ではない時間を感じた。

あとはシコったらめっちゃ勘繰りひどくなってデパス眠剤で落としましたとさおしまい

次の日ちょっと疲れた感じはあったけど後遺症とかもなく元気でやってます

以上

友人からレポートは以上です。(フィクションです)

2017-02-22

人間食物連鎖終点

草を草食動物が食べて、草食動物肉食動物が食べて、人間は全部食べて~。

更に人間は草や動物養殖して食べる。現実食物連鎖は大体そんな感じだ。

もし、人間以上に高度な存在が「人間養殖している」としたらどんなかんじだろうか。

食べ物としての人間養殖するなんて不効率なので、ここで養殖されるものは「意識」だ。

意識経験感情人生などと言ってもいいかもしれない。

大自然の力で生まれたかのように見える人間も、実は意識下では高度の生命体に養殖されているとしたら。

肉としての人間意識を植えたら、収穫時はもちろん人間が死んで意識が解き放たれる時だ。

その人間知識経験感情体験を丸ごといただくという寸法だ。

その時こそ人間自分たち以上の存在認識するのである

2017-02-16

つくばエクスプレス常磐線

常磐線の混雑対策のためにつくばエクスプレス(以下TX)ができたわけなんだけど、

最近TXが混んできたと聞く。通勤ラッシュ時に両路線乗ってみたが、確かに

TXは混んでいる。常磐線10年近く前と比較して空いてきた。

今後は混雑避けたいのなら常磐線ということになるんじゃないだろうか?

路線設備比較してみる。

つくばエクスプレス…6両編成、複線、秋葉原駅終点

常磐線…最長15両編成、複々線快速と緩行)、快速なら東京駅品川駅まで直通、緩行なら大手町霞が関まで直通

この条件で常磐線の方が空くんなら、常磐線沿線に住むのがベターのように思う。

2017-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20170210181520

あくまで「起点」から終点」に向かうのが下りから

世間で言うところの東京へ向かうのが上りどうこうはちょっと意味が違うみたいだけど。

例えば、武豊線武豊から大府へ向かうのが「下り

2017-02-02

なぞなぞなぞ!

混み合った電車終点の駅について、座ってたヤツが立ち上がって我先に降りようとしてんの見ると、

そんなに降りたけりゃ座ってんじゃないよ、立ってる人が先に降りるのが筋だろう、といつも思うのですけど、俺がおかしいの?

待てないヤツって前頭葉ついてないの?

つり革につかまってて、どう考えても体が当たらないようにできる空間はあるのに、距離つめてきて、ちょいちょいぶつかってくるヤツ、人肌恋しいの?俺のことが好きなの?パーソナルスペースって知ってる?

謎な人が多すぎてスルーするの大変

2016-12-28

夜行高速バスと宿

http://anond.hatelabo.jp/20161228014055

流石に現状運行されてる高速バスを宿に常用するってのはよっぽど特殊工程組まなきゃ無理だけど

よくよく考えたらそれこそ何処かに置いたまま宿として安く提供するとか出来ないんだろうか。

朝早くついたバス終点とか途中待機所とかで時間が絶つまで待機するケースもあるし、ちょっとだけ走ることで「輸送機関」として認可させて、

実態はほぼ宿にするみたいな。鉄道だとつくば万博ときにそういう列車あったけど。

まあそれでも流石に500円は無理だと思うが。

だいたい大元の人の要求だと「行政主導」だからそこがお気に召さなくて文句言われそうだし。

2016-12-11

先日ガイナ話題が上がった際に放課後のプレアデスが良かったというコメントを聞いたので見てみたけど、

ハウルに似た人とナウシカっぽい中庭や、鹿目っぽい誰かが主人公になっていてどうなんだこれ、と思った。

からさまで工夫がなくネタとして楽しめないならオマージュ意味がないと感じる。

すげえなと思ったのは各6分の間で起点から終点まで言いたいことを言ってちゃんと畳んでること。

話って6分でまとまるんだ、というプロ根性を感じた。真っ白なコスチューム個性的デザインセンスはいいなあ。

2016-12-04

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツグルペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

「総統の意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツの占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツが占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実、東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体は特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間で捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車か冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊なパイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領下ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室へ直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方に建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校と政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所へ移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

2016-12-03

予約したのに待たされる歯科医院には二度と行かない。

虫歯治療が終わって、最終点検で予約してる歯科医院に行った。


オレは予約時間に遅れたことは一度もないし、今日も予約時間前に着いて受付を済ました。


いつもはすぐに呼ばれるが、前の人が長引いてるのか今日全然呼ばれない。

まぁイレギュラーなケースで治療が長引くこともあるだろうし、今日たまたまそういう日なのかなと思って待っていた。


10分経った所で受付の人が話しかけてきたので、あぁやっと呼ばれたのかなと思ったが違った。


受付「何時くらいにここ出られたいとかありまスカ。。。?(めっちゃ笑顔)」

オレ「特にないですケド。。。(ってかそんな時間かかんのかよ・・・)」


それ聞く前にまず普通待たせてること謝るだろ?

何考えてんだ?この受付は。


それから2、3分くらい経ってやっと呼ばれた。


歯科医先生には会うなり「お待たせしてすみまセン。。。」と謝られ、

点検が終わった直後も「今日はお待たせしてすみませんでシタ。。。」と謝られた。

あぁ先生はちゃんとしてる人なんだなと思った。その時は。


待合室で待っていると名前を呼ばれ、会計を済ませると先生も来ていて、

「今回お待たせしてしまったノデ。。。これよかったらもらってくだサイ。。。」

歯ブラシをもらった。


どんな高い歯ブラシなんだろうと思って見たらLIONの200円程で買える歯ブラシであった。

舐めてんのか?こいつは。

そんなゴミみたいな歯ブラシで機嫌取れると思ったんか?


しかもオレは電動歯ブラシ使ってるから普通歯ブラシをもらっても使い道はない。

帰りにコンビニゴミ箱に捨てて、受付カード処分した。


「3ヶ月後に定期検診のハガキを送りますノデ。。。」

と言われたが、来たら受取拒否と書いて送り返そうと思う。

2016-11-23

尻タワー、白人ポリティカルコレクトネス

事故現場一般人が中に入れないよう黄色い黒タイツでぐるぐる巻きにされていた。

公園遊具で遊んでいた自衛隊員が突然爆発した事故からもう1週間が経つ。爆発によって空いた大きな穴はすぐに修復されたが、人々の心の傷までもが完全に癒えたわけではなかった。志摩市美濃加茂市哀悼コメントを発表した。東京メトロとDYMは義援金用口座を公開した。ツイッターでは「爆発したの私だ」というハッシュタグ共感を集めている。遺族は欅坂の丁字路に壁を建設するための署名活動を始めている。

公園に設置された献花台には行列ができていた。あの中には男の知り合いもいれば知り合いでない人もいるのだろうか。彼らは順番に花を捧げていく。きっと生前好きな食べ物だったのだろう、献花台にはバナナおにぎりケーキエクレア、そして人間本質が供えられていた。

ふと、献花台で妙な男を見つけた。男は霊に捧げられた花を一輪一輪手に取って見てはうんうん唸っている。更にはそれを並べ替えたり薔薇花束を作ったりしている。キモいと思ったので男に近づいて肩を叩いてみる。

ちょっとあなたはここで何をされているんですか」

「何って、薔薇コレクションしているんです。ここにいる方々が花を置いていくので」

非常識ではありませんか?極めて何か亡くなった方に対する侮辱を感じます。確かにここにある花はもう誰のものでもありませんが、だからといって勝手コレクションしていい訳ではありませんよ」

「私としては公共の場に置かれた綺麗な花々を集めていただけで、侮辱のつもりは毛頭ありませんでしたが、不快にさせてしまったのなら申しわけありません」

あなた問題本質理解していません」

「落ち着いてください。あなたは冷静になるべきです。ロシアンティーでも飲みませんか?」

男は持っていたティーセットでロシアンティーをいれてくれた。

「コクがありますね」「5回いれて平均を取っているんです」

「5回…」ティーカップを揺らすと、まるでデパスのようにキラキラ光が反射した。

「さて、あなたはなぜ薔薇の花をコレクションしていたのですか?」

「綺麗な花を集めたいと思うのは極めて自然感情です。たとえばアイドルファンアイドル言動を逐一追いかけたいと思うように。私は長らく孤独でした。私は子供の頃からさな平屋で家族暮らしてきました。でも私は家族の前で感情を表に出すことを許されませんでした。そりゃあコミュ障にもなります大学でも職場でも友達はできませんでした。ネット上にも友達はいません。両親も昨年亡くなりました。二人とも人工透析患者だったのですが、透析の帰り道何者かに殺されたのです。私は人とのつながりを持ちたかったんです。私はPやCと連帯たかったのです。私は寂しかったんです。」

あなた薔薇コレクションすることで人とつながりたかったのですね?」

「そうです。」

「でも、あそこにある花はあなたのものではありませんよね?あなたは花をコレクションするという行為によって人々の霊に対する祈りをただの花としてモノ化し、消費しているのです。あなたもっと謙虚さを学ぶべきです。」

男は黙っている。

気付くと辺りはいつの間にか暗くなっていた。さっきまで献花台に並んでいたはずの20人月ものジャップオスはすっかりいなくなってしまった。どこに行ってしまったのだろう。代わりに猿の死体お供え物のバナナを盗み食いしている。猿は自閉症の両手を器用に使って黄色い黒タイツを剥いている。黒タイツの裂け目からはちぎれた目玉がとびだしている。猿がそれを美味そうに食う。その隣では二次元プロブロガー大麻をすすっている。

「なぜ夜になったのですか?」「人々がいなくなってしまたからです」「人々はなぜいなくなったのですか?」「人々が忘れてしまたからです」「人々はなぜ忘れてしまったのですか?」「なぜでしょう。なぜだと思いますか?」なぜ? ロシアンティーは冷めてしまった。

忘れてしまう。それは私も同じだ。どんなに強く決意しても私たちは3日も経たないうちに忘れてしまう。でもなぜ?辺縁系障害があるから?違う。自民党支持から?違う。母親エネルギーが足りなかったから?違う。

「人は、なぜ…」私の問いを男がさえぎる。

「寒くなってきましたね。 ロシアンティーも冷めてしまいました。暖を取りましょう」

男は鞄から取り出したポリコレ棒をレール形に組んで白熱電球で火をつける。パチパチと音がしてポリティカル・コレクトネスが上がる。男はティーカップを近づけてロシアンティーを温め直している。

危険ではありませんか?ここは公園ですよ。『やったら駄目なことリスト』を読んでいないのですか?」

クリントンが負け、鬼十則撤廃されました。だからやっても良いのです。それに白人イケメンから距離3つ分はなしていますから

男の言葉とは裏腹にポリティカル・コレクトネスはレールに沿ってどんどん広がっていく。レールは公園くるくるとまわり、その終点には尻がうずたかく積み上げられている。

男女逆転した尻タワーが、下から順にポリティカル・コレクトネスに包まれていく。やがて肥大した月にまでポリティカル・コレクトネスが届き、ゆっくりと蟹が降りつもりはじめる。さようなら、はるしにゃん…

2016-10-17

iPhone6plus曲がってる死にたい

新しいケースが届いたから付け替えようと何気なくテーブルにおいたら微妙にカタついてるから片側から覗いてみたら曲がってた。

いわゆるベントゲート問題

あれって力加減の問題普通に使ってれば影響がなかいんじゃなかったの?

ポケットに入れたまま座ったりしないようにかなり気を使ってたつもりなのにがっかりだよ

ポケットに入れる時はイヤホン関係でいつも同じ向きに入れてたけど、どうもそれが原因っぽい。

同じような使い方してる人は確認したほうがいいよ。

簡単確認方法は、iPhoneを縦にもって、片側方向から片目で睨みこむというもの

段々と角度を角度を寝かせていけば、まっすぐな場合は始点と終点に全ての線が重なって見えるはずだから

それがカーブしているように感じるなら、つまり曲がっているということ。

おれのiPhone6plusは0.5mmほど背面側にカーブしてた。

使い勝手問題はないけど、そういうことじゃないだろ。

2016-10-12

http://anond.hatelabo.jp/20161012110756

Bは対人恐怖症で社会にでることができなかったんだろうね。

学校というレールが終点を迎えた時、会社という次のレールに乗れなくて、

そこから先は引きこもりというレール無き道を一人で歩くしかなかった。

どんなに速く歩いても、レールの上を走る「私」やAには追い付つけることもなく、

「私」やAからはBは止まって見えるのだろう。

高校卒業以来、10年以上にもわたって奇跡的に続いていた唯一の交遊も遂に途絶えたわけだ。

さびしい結末を迎えてしまったけれど、それもまた人生なのだろう。

2016-10-11

Girl on the Trainって純粋に惹かれるタイトルだな

自殺しようとした女の子自殺する前に学校とは反対方向の電車に乗って終点まで行ってみた感ある

2016-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20160918170303

100%できないこと以外にチャンスを与えないのは愚である みたいな理想はきれいだけどさ

方向的に達成可能ものから順にチャレンジさせて 満足のいく着地点を探すほうがいいんじゃない

どっちがいいかわるいか は個人がきめること とかいうなら不幸な現状を嘆いている人は 不幸リポートをしてくれているということで救済してはならないのでは

本人の意思とは関係なく不幸に というのについても 本人の意思関係なく不幸になっているのはどういうことかをレポートしてくれているので救済不要

大成功している人もしかりで 好きでもないのに何億もかせいしまってやることないか犯罪もみけしてる とかいう人がいたとしたらそういう人なんじゃないの?

そういうことに問題を感じて 助けの手をさしのべたり儲かってるんだからシェアしてよと声をあげたりするいらんことする大人 口うるさい大人ちょっと

でしゃばってるんだとおもうけど そういう声は邪魔だった?

理想にはたどり着いていないけどつけもしないだろうけど その方向にむかって声をあげつづけてる大人はいらなかった?

大人がせめてそういうスタンスものを語っていてくれたら、僕は大学卒業はしていたかも」

ということのために批判をしてはいるけど それが無駄だし邪魔からいろいろ失敗したというならば

自分は失敗するサンプルになるべきだった というところと反対で そうならないようにと声をあげていた事への反発で

どの方向でもない方向にドロップした結果 いわゆる逃げた結果 そうなったとなるんじゃない?

逃げ先にも安全があるべきだ というかもしれなけど 逃げた先で生きてる人もいるとおもう いろいろな援助や女性生活してる人

底辺には行きたくない大成功したいけど 自分でなにかしたくはない という起点と終点はあるけど経路がない人に

経路を教えて 絶望されても もうなにもいうことはないと思うんだけど

経路経路経路 と今やるべきことばっかり口うるさくいってきて だれも僕の希望と夢をきいてくれない みたいなのは

一回なぐってだまらせて だまったすきまに大人説教するという パソコンでいうところのDDOS攻撃みたいなことして割り込ませるしかないんじゃないの?

いまどきの子は ちゃんと だめですよーって説明したら わかる子たちなのかな 夜泣きとかしないのかな 子供の騒ぎ声で紛争になったりとかはもう昭和遺物かな

2016-09-12

"君の名は。"を観て今までの自分を振り返って頭を抱えた話

君の名は。」のネタバレ無し

平日の昼過ぎカップルやイケイケの同年代などに囲まれて、君の名は。を観た。

友達がいないので、スマホを持っているがLINEもしないような人間が、上映前の数分間、覚悟してたが、それはそれは居心地が悪い時間だった。そもそも、あの新海誠作品一般に広く受け入られて大ヒットしていることを驚いたことが劇場に足を運んだ理由だった。

  

自分感想に衝撃を受けた。

「こんな青春してみたかった」

いままでそんなこと思ったことがなかった。

  

自分にとって中学校時代漫画アニメゲームの"消費"は、いわゆるリア充である校内の主流派になじめない自分への言い訳だった。

  

「小2でラノベに触れてしまった。小3で深夜アニメにはまってしまった。小4でエロゲに手を出した。」だから普通の人と私は違ってしまった」

  

本当はそんな因果はないのだが、そうしなければ自分を維持できなかったのだと思う。

いつもニコニコ気だるげな受け身の人間、関わってくる人を拒絶せず、自分から他人に関わろうとしない。

そんな3年間だった。

  

  

高校入学し、その言い訳さらにひどくなった。"消費すら"を辞めたのである理由は単純。そこそこ偏差値が高め、だがパッとしない私立高校入学したところ、周りにオタクであることを公言する人間が一気に増えたかである

野球部ケイしかオタク。そんな奴がごろごろいた。もちろん世間から典型的オタクと呼ばれるような人間もたくさんいる。

最初はそんな彼らが羨ましかった。前者の人間だけでなく後者人間すらも。みんな楽しそうにめいめい自分たち感想を述べている。いままで自分が感じたものを共有することができず、何より他人と考えを共有しようともしなかった自分は彼ら彼女らが本当に羨ましかった。

しかし、交わることができない。そこでコンテンツの消費すら辞めた。

  

「私はテレビも見ない、本も読まない、一緒遊ぶこともないか出来事を共有することがない(高校から家が遠いことを理由に誘いはすべて断っていた)」だから普通の人と私は違っている。なじめない。」

  

そんな考えのもと、他人が楽しそうに生きているのを見ることを趣味をしていた時期があった。

そんな高校生活前半だった。

  

  

後半は更にひどいものであった。部活の先輩に言われた言葉きっかである

「○○(私の名前)って今この瞬間、この部の誰かが死んでも何も思わなさそう」

面と向かって言われて、確かにその通りと思った。実際、中学時代同級生通夜葬式かに出た時も同じ部活同級生だったが何も思うことはなかった。(中学時代人間とは誰とも連絡先すら知らないような仲だったが帰り道に斎場があり、声を掛けられて出ることになった。)

自分はそもそも何にも興味がないのだろうとそれから思い始めた。

  

「私は何も楽しめない」だから普通の人と私は違っている。なじめない。」

  

何もせずゆっくりと生きていた。

  

  

そのまま1年間の浪人生活に入った。人と関わりたくない自分研究室は向いていない、センター試験後にそう思い絶対安全と言われた国立大学を落とした。浪人生活中にできる限り人と関わらずに卒業できる近場の大学学部を探した。ゼミ無しで卒業できる文系学部に現役時とほぼ変わらない成績で入った。

親の金を浪費し、予備校までの電車終点から終点まで行ったり来たり、本を読んで過ごした。そもそも行ってないのだから、当然、予備校人間に知り合いは一人もいなかった。

ただ自由時間ができたことで再び漫画アニメゲームを楽しむことができた。

小学生の時以来である

  

大学に入った、予定通り人と関わらず過ごしている。

バイトも役を演じればよい塾講師友達も作らず、飲み会など行ったことなどない。

とても満足していた。

大学卒業したら家を出て一人で静かに暮らすのだろうと、そのうち専門業者とでも契約して死んだ後の処理をしてもらえるようにして適当に暮らそうと、そう思っていた。

から青春なんてものは、自分以外のものだと思っていた。

  

それが「君の名は。」を見たとき自然と「青春をしたかった」と思ったのである

そもそもなにが青春なのかわからない。

君の名は。を見て感じたのだからだれか他人を求めているかもしれないが、そもそも家族にすら演じている自分を見せている自分が何ができるのか。人との付き合いの方法など分からない。

どうすればいいのか。どうすることもできないのか。誰にも聞くことができない。聞き方すらわからない。どうすればいいのか。

2016-08-23

沢にある集落を辿るのが好き

山がちな場所に住んでいるのだが、普段意識はしないと思うけど、山と言っても意外と奥が深く、山単独で●となることはほぼないのは何となく想像がつくだろう。

で、大抵の山は単独ではなく横になが~く複数の山が連なりながら地形を形成しているのだけども。

この複数の山々それぞれに沢といって、だいたい川が流れている。

で、この川を追っていくと、その沢の深奥部に行き着くんだけど、そこの集落をめぐるのにハマっている。

この沢は時として著名な所だと峠となり、別の道に繋がることもあるのだけど、ど田舎だと、この沢が終点だったりして、ここは2016年なのかと思えるほど古い家や営みが残っていることが多い。

ちなみにこういう地形は一本大きな川がある平野部ではない所の話なので、関東の人にはちょっと想像がつきづらいかもしれないけど。

2016-08-12

女性専用車両男性が入ってきたとき

自分が使っている電車は、降りる駅によって女性専用になってる車両が一番出口に近かったりするので、かなり利用率が高い。

よくある、朝の通勤時間帯だけ女性専用車両になるタイプなこともあって、普段その時間に乗らないのであろう男性が、出口に一番近いからってひょっと乗ってくることが割とある

あいとき、どうしたらいいんだろうな。

多分、間違えているんだろうなと並んでるときから分かってはいるけど、ぱっと見で分からないけれど、何らかの怪我だとかそういうのをされてる人だとか、身体障害者であるだとか、稀にいるわざと乗るタイプの人で、声かけたらキレられたりしたらどうしようかとか思ったりして、声を掛けずにそのままほったらかすことがほとんど。

周りの人も基本ほったらかしで、男性が並んでいたり乗ってきたりしても、ちらっと見るくらいでさして何もしないし声を上げたりもしない。っていうか見もしない人がほとんど。

乗ってきた男性は、周りが女性だらけだ!って気付いて慌てて車両を変える人もたまにはいるけど、まぁ基本、気付かないで終点まで行く。

特に問題が起きたりしてないからいいのかな~って気もしている。

それに、声を掛けて、その人が車両変えようとしてる間に扉閉まってしまったらそれは申し訳なさ過ぎるし。

しかし、実は途中で気付いたけど降りられなかったとかだとしんどいだろうから、やっぱり並んでる時点で気付いたら声を掛けるべきなのか。

でも、声掛けるならどうやって言うのがいいんだろう。

女性専用車両ですけど大丈夫ですか?」とか?

でも大丈夫ですかとか、大丈夫じゃないから乗ってる人だった場合すごく失礼じゃないか

女性専用車両ですけど」はもっと失礼な感じする。これは全方向に失礼な感じする。言い方である程度どうにかなる気もするけど、書くとあまりにも突き放している感がある。

あと通勤時間電車ってかなり静かだから、口に出して伝えると、結構いろんな人に聞こえてしまって、その男性に恥ずかしい思いをさせてしまう気がする。

言うべきなのか、言わなくていいのか、言うならどう伝えると、伝えられた側も恥ずかしくないのだろう。

2016-07-22

1ミリも知らずに妄想するなら茨城県がぶっちぎりで楽しい

もし県を題材に何か作品を書くなら間違いなく茨城県だし、舞台にするならつくばで決まりだ。

なんせ研究学園都市である。どこのラノベだ。

そして、つくばといえば筑波大学前身東京教育大学であり、当時盛んだった学生運動を封じ込めるため、

この地に追いやられたという伝説である。どういう設定だよ。

そしてつくば以外にも、蹴球民族鹿嶋企業支配された日立県庁所在地なのに地味な水戸

東京に目を向け別格意識を持つTX沿線と、結構キャラも立っている。完璧だ。

フィクションでよくある学園ものの、なぜか優等生から不良、そしてアホの子まで揃った謎の学園に、

おそらく一番近いのではないだろうか。

彼らがTX終点であるつくばに集まり人知れず死闘を繰り広げる。そういう作品を読んでみたい。

2016-07-09

なぜ朝の通勤電車はいつも遅れるのか。

なぜ朝の通勤電車はいつも遅れるのか。

メカニズムをご説明

1.急病人線路に物落とし、踏切に人が立ち往生が発生して数分遅れる。

2.その数分のうちに通常より多くの乗客が溜まる。

3,通常より混みすぎてなかなか発車できない。

4.さらに遅れる

5.電車の本数を極限まで多くしているので後続電車も駅に入れず渋滞状態になる。

2~5の繰り返しで最初は数分の遅れだったのが終点に着くまでに10分以上に拡大。折り返し電車にまで影響が出るため、午前中ぐらいまで引きずる。

病人と聞いて「無理をせずに降りて少し休めばいいのに」といつも思います

もちろんそうもいかない方々がたくさん満員の通勤電車に乗ってるのは知っていますが。

「いつも遅れるじゃないか!」とお叱りを頂くことも多々あります

もちろん増発することや、車両を増やすなどの対策鉄道会社も講じなければと思いますが、遅れる原因は乗客に起因することが多いという事実を知っていただければ…。

2016-07-07

7月7日木曜日日記 電車で思ったこと

電車で向かいに座っている5歳くらいの女の子とその母親が目に入る。母親キャリーバッグ、子供リュックサックを背負い、いかにも帰省するという感じだった。終点大阪空港から飛行機に乗るのかもしれない。

その女の子は今時見かけないおかっぱ頭に白のワンピース、麦わら帽子をかぶっていた。まん丸ではっきりした目が帽子の下からのぞいている。その視線は私の胸のあたりをまっすぐ捉えていた。

子供眼力はいつも圧倒されるし狼狽えてしまう。私の考えていることがすべて見抜かれているように感じるのからだ。赤ん坊なんかは特に目が合うとじっと見つめてくる。それに対してうまく微笑みかけてやることも苦手だし、彼らのような繊細な生き物をどう扱ってよいかからない。ようするに私は未熟なのである自分が目を合わせている彼らよりも幼く思えてしまう。そしてその考え自体が伝わっているような気がするから、居心地悪くソワソワしてしまう。

母親がおもむろに娘の顔を覗き込んで笑いかけた。娘の方は少し恥ずかしそうに笑みを返した、ように私には見えた。少なくとも幸せというものに直結するもののように思えた。母親がなぜ笑いかけたのかはわからない。これから向かう場所について「楽しみだね」という笑みなのか、他の意味なのか、そもそも意味などないのか。それはわからないが、このような光景を見るといつも幸せと悲しみが同時にやってくるような変な感覚とともに、私自身の母親のことを思い出す。

私の母は非言語コミュニケーションができなかった。本人は絶対に認めなかっただろうが、おそらく発達障害だったと思う。私は言葉を介しない会話があることを実感しないまま育つことになった。20年以上かけて多くの失敗を重ねることで、例えば表情からも多くの情報が得られることを知り、周りの人はそれらを前提に会話していることを知った。

苦しいだけだった人間関係も、少しその仕組みがわかってくれば彩りを持つように感じられたが、それでも何かが大きく欠けている感覚は残っている。その欠けているものとは、やはりこの電車の母娘のようなやり取りだったのではないかと思ってしまう。

私と母の間にあったのは服従と支配といういわばごく単純な関係である。人の気持ちを読めない母は、子供コントロールするのに大人の力を使うしかなかった。それを恐れた私はただ従うことにした。だからこの母娘のように、同盟というかそれ以上の関係としての親子を見ると、とても高度な心理技術必要なように感じ、もはやファンタジー世界出来事のように思える。

友人たちが結婚出産し親となっていく中、私は取り残されている。これは人生の次のステップを進めないという意味だが、同時に精神的に子供のままという意味でも取り残されている。結局だれかに子供のように扱ってほしいのだろうと思う。私が楽しんでいるところに「楽しいね」と言ってくれるような、そんなことを何年も続けてくれる人がほしいのだろう。それを通して私の楽しい気持ちウソじゃないことを知りたい。

2016-06-10

胸が苦しい助けて

朝、もうやだって電車終点まで行った私だけど。

今日一日中、息がうまくできず、油断すると泣いてしまいそうだ。

胸が苦しい。

誰か助けて。

このまま電車に乗り続けて終点まで行く

何のために頑張ってきたのかもうわからなくなった。

彼氏は私のことを否定ばっかりする。

一生懸命、寄り添いたくて頑張って来たけど、

何を言っても少しでも自分の思い通りにならないと、

私を責める。

私のせいにする。

そして、すぐ別れようといってくる。

疲れた

ほんとに疲れた

仕事だって独立して一生懸命やってきたつもり。足りてないかもだけど。

そこらへんのお父さんより稼げるようになった。

それは嬉しいことなんだ。

結果がでてさ。

のに、お前は何もわかって無いって、

私と一緒に仕事してる人に言われた。

わかってないことたくさんあるんだよ。

そうなの、だからもっと頑張らないといけないと思って、

わりと、素直に謙虚仕事してきたつもりなの。

できてないのかなー。

私。

笑ってごまかしたけど、

何度も言わないで。

今、そうゆうことわかりたくて、

勉強してて、まだまだなのも分かってる。

普段はいいけど、今は言わないで。

疲れた

あー疲れた

もうやだ。

全てを投げ出して、もう何もしたくない。

わたしだって

抱きしめられて、

大丈夫だよ。

頑張ってえらいね

応援してるよ。

って言って欲しいよ。

もうやだ。

疲れた。消えたい。

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