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はてなキーワード: 世間体とは

2017-04-27

その我慢必要

私の父は結婚したくない人だったのに、世間体やもろもろに負けて結婚した。

その相手地雷で、娘の自分が泣きながら「母親と別れて欲しい」と泣いて頼んだこともしばしば。

結婚で人は成長するとかなんとか言いたいことはわかる。

しかし全員が成長したいわけではないのだよ。

成長したい人間と成長したくない人間の溝は埋められない。

成長したくない人間は溝を埋めるという発想はないし、手っ取り早く相手の根元を切り崩して溝を少なくしようとする。

男女を問わず、全人格否定されてまで耐える意味はあるんだろうか。

その努力から何を得ることができるんだろうか。

最後最後に父は母との面会を拒絶してこの世を去った。

死に際に一番会いたくない人。そんな人に人生ほとんどを費やした父の人生は何だったんだ。

当然父にも悪い所はある。優しさは時に仇になるということを知らなかった。ただ弱いだけだったのかも知れないけど。

人を傷付けてはいけない。かといって他人の為に無条件に自分を傷付けてはいけないんだぜ。

私は死ぬ時に「この人と結婚できて幸せだった」と思える人と結婚したい。

そう思えない人と妥協結婚するなら迷わず孤独死を選ぶ。

この人といる時の自分が一番好きだと思える人。そんな自分を好きだと言ってくれる人。

簡単なようだけど難しいんだよな。

2017-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20170414145405

そもそも結婚しない理由なんていろいろあるから

「金がない」とよく言われるのは、そう言えばごまかせるから多用されてるだけで

より正確に言うと子供が持てないとか世間体が悪いとか仕事が辞められないとか様々だ

小倉千加子に言わせると女が結婚する理由は下の階層から順に「生存依存・保存」だそうだ

生存に便利だからと力説して仮に聞き入れてもらえたとしても、生存のかかった層しか結婚しない

依存と保存はまた別ということだから

2017-04-12

あばばばばばー

社長は今頃になって企業としての世間体を気にするようになったが、それでやることと言えば会社紹介のパンフレット作製だと。その金で残業代払え。

営業は毎年見積もりの精度がうんたらかんたら言ってる。製造手段が30年も変わってないのにいまだに見積もり方法確立してないのかカス

技術部は他社の技術紹介する以外はシミュレーターで遊んでるだけの無能自分で実物を作るか、じゃなかったら辞めて家でマインクラフトでもやってろ。

事務所安全衛生の話題粉塵について「汚れて見栄えが悪い」だと。見栄えの前に作業員健康を気にしろ、人でなしども。

あーばばばばばば何でこんな会社がいまだに潰れずに残ってるんだよクソがー

2017-04-08

パートナー発達障害を知るることで人生悪化する人とマシになる人がいると思う

パートナー発達障害を知ることで人生悪化する人とマシになる人がいると思う。

ある人は、結婚した相手発達障害だとわかったら、

絶望するとか、認めないと思う。

人生悪化するタイプ

世間体をあまり気にしない人なんかは、

今までの苦労や違和感の原因が、後天的性格努力不足などではなく、

先天的な脳の性質であることを理解することで、苦痛が緩和され人生がマシになるタイプ

っていうふうに元増田を読んでしまった私は、スペクトラムな本人。

http://anond.hatelabo.jp/20170408144506

発達障害自覚することで人生悪化する人とマシになる人がいると思う

発達障害自覚することで人生悪化する人とマシになる人がいると思う。

脳科学医学が発達したおかげか、それとも社会経済的余裕がなく貧しくなったせいか、はたまた排外主義の台頭か、原因は知らないが、発達障害人間はけっこう多いということがわかってきた時代

自分発達障害だと自覚していない、潜在的人間ってたくさん居ることになる。しかも何百年も昔の時代から

事実に基づいて思考できない権威系・体育会系の人は、

発達障害自覚したら絶望するとか、認めないと思う。

プライドが高いので。人生悪化するタイプ

「"うつは甘え論者"がうつになったケース」なんかと同じ。

事実に基づいた思考科学思考ができ、かつ世間体をあまり気にしないか、もしくはある程度は理解してくれる人に恵まれている人なんかは、

今までの苦労や違和感の原因が、後天的性格努力不足などではなく、先天的な脳の性質であることを理解することで、苦痛が緩和され人生がマシになるタイプ

発達障害について学ぶと本人でなくとも第三者でも「あい発達障害じゃね?」と気づくケースもあると思う。そういったときに、本人に対してアウティングというか告知すべきかどうかは、わりとデリケート問題だと思う。

理解者が周囲にいるかどうかで、発達障害者人生って大きく変わる。発達障害者同士にも格差がある。

ありていに言うと、発達障害であっても成功者能力者は無罪、それ以外はただの役立たず。みたいな空気はある。

"貧しい"ってこういうことだと思う。

2017-03-28

http://anond.hatelabo.jp/20170328190411

35歳、年収200万のポスドクだけど、なんとかなってるよ

結婚とか子供、あと世間体をあきらめたら何の問題もない

http://anond.hatelabo.jp/20170328192548

研究者になりたかった頃の自分は名声と世間体だけ欲しくて生きてたのか?を考えてみたら?

http://anond.hatelabo.jp/20170328191140

生きるために仕事するんじゃなく仕事するために生きてるような人をよく見かけるから、そんなに正社員として働くことはメリットあることなのかと思って。

皆金と世間体のためだけにあんなに身を粉にして働いてんのかな

年収150万で満足ならフリーターでもいいよな?

子供の頃の夢は研究者で、大学院で色々研究してたけど、実験全然うまく行かなくなってメンタル壊して色々放棄して留年三年目。今年27歳。

そろそろ就職しねーとやべーよなと思ってるけど、年収低くていいならフリーターで良くね?って最近思ってる。大学院やめてフリーターになりたい。

野球観戦が大好きだからお金より野球自由に見れる時間のが欲しい。

正社員になると全然好きなとき休み取れなくて辛そう。

この年になって未だに初恋すらしたことないくら恋愛に興味ないか結婚するつもりないし

人とほとんどかかわらないか世間体とか悪くなってても別に構わない。

正社員になるメリットって金と社会的信用だよな?

両方別にそこまでいらないって場合は生涯フリーターでもいいよな?

2017-03-23

子供が嫌いという人に

産んだら可愛くなるんだよ~☆っていう奴はクズ

子育てに向いてない奴もいるんだ

産んで可愛くなるやつもいるだろうが、虐待するようなのは得てして

子供がいないと世間体が悪いから作った」か「できたから仕方なく産んだ」のどちらかだ

不幸な家庭を増やすな 生まれない方がマシな命もある

2017-03-19

安定した将来とか暮らしのために今苦しい思いして頑張るってことが全然できない

安定のために苦しい思いして精神不安定になってたら本末転倒だなと思う

まともに働いて不幸になるならまともに働かず幸せなほうがいいと思っちゃう

せっかくレール外れたことだしもう好きなように生きよ~

世間体とか気にするの追い詰められるだけだからもうやめた

日本って世間宗教なんじゃない

暗黙のルールとか基準があってさ

個人主義は育たないのに自己責任論ばっかはびこって監視して追い詰めて自殺させてさ~

電通の子とかほんとにかわいそうだよ…

正社員で働いてたときに使ってた通院費を食費とか雑費に回せるようになったことは大きいし

謎の世間様のルールに縛られなければ生きる方法はいっぱいあるよな

今まで真面目に考えすぎてたんだー適当に生きるぞ

週5日もフルタイムで働いてられっかよー

2017-03-13

サイコパス思考による膠着状態脱出

http://anond.hatelabo.jp/20170211181942

筆者がある種の膠着状態仮定した上で、ものすごく記述乱暴だけど今の私の対処法を書く。

幼少期から人付き合い苦手。そもそも人に興味がない。でも食っていけないので社会人でやっていける程度に人付き合いを学習してきた。アスペADHD思い当たることはあるが真性とまではいかない。現在アラフォーエンジニア。年齢の割にソロプレイが許されている。この数年間この膠着状態に陥っていた。

乱暴な仮説

サイコパスの対となる状態が、『パニック障害または鬱』(これを「膠着状態」とする)」

着想の元はこちら

中野信子サイコパス

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%91%E3%82%B9-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%AD%E9%87%8E-%E4%BF%A1%E5%AD%90/dp/4166610945/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1489400058&sr=8-1&keywords=%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%91%E3%82%B9

橘玲の「言ってはいけない」と雰囲気かぶるところがあるが、中野のほうが科学っぽい。

仮説の解説

今手元に上記の本がないので正確な記述はできないが、こう仮定する。

So What?

膠着状態に陥っているなら、自分思考サイコパス側に振ればいい。具体的はこんなかんじ。

何がよくなったか

サイコパス状態本来の私なんじゃないか?と考えると落ち着きを取り戻し、静かながら興奮に満ち溢れた状態になる。結果的に膠着状態は脱している。

懸念

本当にサイコパスになったらどのような社会的不都合が生じるか?と冷静に考えるが、実際に真のサイコパスになるわけではない。マイナスを0に持ってきただけだ。

その他

もともとサイコパスに近かったのかどうかわからないが、そうだとしてもではなぜ膠着状態になったのか?妄想さらに全開だが、おそらく、社会性の習得において、「Aという状態はBさんがCという感情を抱く。この結果Dという状態を招く」ということを人生を通して連綿と学習してきた結果なのではないかと思う。感情のふるまいまで理性で学習した結果、理性がデッドロックした。

2017-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20170306182219

親は悲しむだとか世間体がどうだとか、そんな価値基準を外部に置くようなマネしてほしくないですけどね

2017-02-19

結婚するべき男性エアコンで分かる

はじめまして。みなさま。いかがお過ごしでしょうか?

今日は私にちょっと時間をいただいて、男性を見分けるポイントについてお話できたらと思います

私は若い時分から恋愛相談に乗るのが好きで、数えきれないほどのアベックの成立をお手伝いしてまいりました。

今では珍しくなった、人の恋愛お節介を焼く、お見合いおばさんです。

そんな私が結婚して幸せになれる男性を見分けるのにお薦めしているのが、エアコンフィルターチェックです。

エアコンフィルターをきちんと掃除している男性にハズレはありません。

その理由を順を追って説明しましょう。

エアコンフィルター掃除は、ほんの10分もあればできて、冷暖房効率を著しく上げます

その分、電気代も安く済みますし、部屋で快適に過ごすことができます

室温が適切でないことによるストレスは、QOLに直結する大きな問題です。

電気代も月に1000円から2000円も安くすむことがあります

月に1000円と言っても、年で1万円から2万円です。

数か月に1回、ほんの10分の掃除で、これだけの効果があるわけです。

しかし、ついついサボってしまいがちになりますよね。

それだけに、こういった細かい所をきちんとしている男性は、アタリである場合ほとんどです。

エアコンフィルターは部屋の掃除と違って、一見して見えないのがポイントです。

見栄や世間体ではなく、生活の上で重要な所にきちんと焦点を当てることができる人だということです。

こういった人と結婚すれば、日ごろの生活の中でかゆい所に手の届く、温かいサポートのある家庭を育むことができるでしょう。

チェックの仕方としては、エアコンをつけてしばらくたってからさりげなく

エアコン効いてる?フィルターがつまってるのかな?」

と言って中を見るのがいいでしょう。

それでフィルターがきちんと掃除されているようなら、彼はアタリです。

結婚相手として、絶対に逃がしてはいけません。

埃がつまっているようなら、一度は掃除してあげましょう。

単純にフィルター掃除する利点を知らなかっただけかもしれません。

そして、フィルター掃除の利点を説いて、数か月後にまたチェックします。

その時にフィルター掃除の習慣がついているようなら、大丈夫です。

最悪なのは自分掃除もせず、掃除してあげたのに礼も言わない男性です。

そういう男性は人の親切や労力に対する想像力が欠如していますので、もし結婚しても結婚生活が数年で冷め切ってしまます

この手の男性とは絶対に一緒になってはいけません。

2017-02-18

籍だけ入れて完全別居夫婦って

互いに先生という職業についている男女がいるのだが

30代半ばでお互い入籍→一切性交渉なし→二人共遠方に(大阪東京で)完全別居→それぞれの職場で既婚は聞かれたら答えてる程度→正月とか互いの実家親、親戚など集まりがあったら会うだけ会いにいく→連絡は急病災害等の緊急事態連絡のみ。プライベートまったく干渉しあわない

資産個人管理 共有なし。

これが世間体を保つために結婚しているという状況だが社会的制裁はとくに受けないものなの?

片方がもし死んだらそれなりの処理あるのだろうか… あれって愛しあわなくてもいい履歴書ステイタス示すのみの合理的結婚ってわけなのだろうか

2017-02-16

狐狸庵先生原作沈黙という映画を観た。逆吊りに呻く人たちがびくんびくん跳ねるのを観て、EXTRAVAGANZAというエロゲを思い出して不覚にも勃ったあたりで少し飽きてたんだと思う。

建前と本音の使い方に悩む自分にとっては、自分信条宗教になった途端に厚顔かましく外で全裸になるその性が全く信じられん。隠せよ、その汚えブツを。

内面踏み込む井上さんの行為はなるほど、不快だったが、フェレイラの話には説得力があった。パライソに行けるとしか言わねえ、信者達に苛立ち、アミニズムを信じる原始人共が遠回しに貶す彼は本当にポルトガル人なんだろうか。イングランド人じゃないのか?

握りしめた最期十字架にもどうしようもないものを感じた。

社会人世間体収入評価する中、僕だけは違うんだ、本当はこんなんじゃないんだと拗らせるのと何が違うんだろう。転びポーロという言葉を聞いて心の声に逃げたのか?みっともない。

人は誰しもキチジローだと思う( ・ิω・ิ)

影響力の武器という本によれば一貫性のない人は誰しもから嫌われるが、俺だけは好いているぜ。

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

めも・下書き

箕浦が諸戸の性愛を受け入れられない理由、私も最初世間体のようなものかしらと推理したけど割りとソッコーでなんか違うなと思った。

そうか、世間体を気にし、そこに拒絶の理由を望んだのは諸戸なんだね。

そして世間体とは諸戸の超自我でもある。

ここは諸戸のイドが超自我を壊して箕浦に襲いかかっている。

突然見ず知らずの相手から凌辱されるとなるとそりゃもう恐怖だけれど、箕浦は諸戸に何度も口説かれているのだから「改めて掘られかけたからって白髪になる程のもん? 箕浦くんどんだけだよ」みたいな超他人事の薄情な感想も少しあったのだけど、

ここは「諸戸の『イドが超自我を壊した』という恐怖体験」でもあるのだね。

スマボさん貴重なお写真ありがとうございます

演劇で白一色の衣装って割りとよくあるからあんまり深読みしなかったけれども、

「孤島の鬼」で「白」と言えば、箕浦白髪。諸戸の性愛を拒絶する色。

諸戸の衣装けが(外側は)真っ白であるならば、高潔、潔癖、嘘、なんかのイメージに加えて「諸戸の超自我世間体」みたいなものもあるのかも。

諸戸が生きる白一色の世界

その白い世界を消す暗闇。

「諸戸の衣装の内側の汚れは視力が足りなくて見えなかった」と言ったけれども、井戸の奥の暗闇の中では本当に諸戸の汚れがはっきりとは見えない・認識されなかったのだ。

追記。

原作未読×舞台観劇済み』の私と、『原作既読×舞台観劇』の友人とでひたすら「孤島の鬼」の推理をしているのだけど、これが非常におもしろい。

私は容疑が上がる度に「原作ではどうであるか?」を質問するのだけど、友人からドンピシャ舞台上で聞いた覚えがあるセリフが返ってくる。

まり舞台上で起こったことは原作での必要充分であったのだ。原作曲解してはいないのだ。

これは自分証拠漁りに原作を調べていては起こり得ない『脚本家と私達の原作認識が同じ』という発見をもたらした。

まぁ、友人の文学センスが冴え渡っていて『名探偵』であったから起きた事象可能性もあるけどね。

友人との対話の中で生まれ発見をいくつか拝借

  • 『秀ちゃんと吉ちゃん』、『諸戸の超自我とイド』、どれも望んでくっついた訳でも、対立した訳でもない。
  • から「『私』と『箕浦』」も彼ら自身意思で生み出したり解離したりする類いのものでは無いのでは? 理由道理も無いしね。
  • 原作『簑浦』どおりの『私』、原作『簑浦』とは印象が食い違う『箕浦
  • 同一人物であるはずの彼らをどうにも分け隔てているのは、諸戸の目線にあると思えてならない。
  • 諸戸から見た簑浦→『私』
  • 諸戸が見落とした簑浦→『箕浦

あ、そうか。「望んだ形とは違う」から名前が違うのか。

諸戸が欲しかったのは性行為を含む愛・《簑浦》。

プラトニックな愛・《箕浦》なら存在した可能性が微レ存だった。

『諸戸が見落とした簑浦からの愛の可能性・箕浦』は原作に対して創作にあたるから名前が異なるのでは?

追記。

これは「うみねこのなく頃に」ではないか

今夜の観劇観測検証する項目もっと精度上げていこう…

観劇後は推理を立て直そう。

2017-02-04

良き社会人であることはできない

いくら世間体を気にしたところでできないものはできない。

ダメ大人を、現実を受け入れよう。

2017-02-01

息子が生まれ

この間、長男が生まれた。

生命誕生の感動と、この儚い命を力の限り守っていこうという決意めいた感情が湧いた。

が同時に、自分人生主人公自分から息子になった気もした。

もう自分が一番になるために、なにもかも投げ打って一生懸命になることができない気がして、もやもやする。

世間体とかそういうのじゃなくって、自分自身どちらもやりたいけど矛盾してる状況にもやもやしている。

自分がもう一人いたらいいのに。

結婚した時は相手大人だったから、行動に制限とか、自分ブレーキかけることはなかった。

子どもを持つって大変なんだな。

2017-01-31

マッマは言った

世間体を気にして結婚するとお母さんのようになるよって

不誠実だったのはパッパもマッマもお互い様だったと思うよ私は

http://anond.hatelabo.jp/20170130185546

自分仕事できるオーラだけは凄い普通のこじらせ女みたいだけど、葬式家族葬で良いよな

そもそも生前葬でもない限り、どうでも良いよね。見栄と世間体極致

本当に親しい人は仏壇にも墓にも線香あげに来るよ。来ない奴は葬式開いたら嫌々香典包むだろうし密葬ならWINWINじゃないか

2017-01-29

セックスしたい



 ああ、セックスしたい。セックスしたい。おかしくなるくらい突かれたい。前戯などなくても良い。ただめちゃくちゃにセックスしたい。血の滴る極上のレアステーキをがつがつと貪るように、喉を心地よく刺激するシャンパンを水のように流し込むみたいに。

 情欲のおもむくままにセックスがしたい。

 女の性欲は枯渇を知らない。枯渇したように見えるようになってからが本番だ。

 この世は地獄かとときどき思う。一番セックスしたいときに、できない。したくないときにしなければならないことは嫌というほどあったのに。眠かったりお腹が空いていたりして、セックスしたくないことは若いころ何度もあった。それでも我慢して穴を差し出してきたのだ。

 それが、一体なんだ。

 ほんとうにセックスしたくてたまらないとき世間体だの既存の(しかもたった一人の)パートナーだの、恥じらいがどうの、どうにもならないじゃないか。もう、めちゃくちゃなことをしてやりたい。ハプニングバーでやりまくる? 出会い系サイトで手当たり次第に会う? 目が覚めたら考えよう。明日は日曜なのだし。

2017-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20170126154745 (改行有り版)

化粧が嫌いだった.

より正確に言えば大人の女性は化粧をするものだという社会通念が嫌いだった.

理由はいろいろある.

第一に,化粧をしていない人間の顔をそこまで醜いとは思えない.

そうであるのにまるで化粧をしていないことをとても悪いことのように扱う風潮が嫌いだった.

思うに人間の顔というのは誰も皆適度に崩れているもので,そこには面白さがあると感じる.

大前提として人間の顔はそれほど美しいものではないように思う.

美しいものを見たいと望むなら,人間の顔を見たり人間の顔を無理やりそう作り変えたりするよりも,他のものを見た方がよほど効率的だ.

人間の脳のつくりは面白くて,人間の顔を見る(相貌認識ときはたとえば風景無機物を見ているときとは異なる活性化の仕方をするのだ.

顔というのは社会活動必須アイコンからだ.

から人間の顔は美しくはないが面白い.

話がずれた.

雑誌モデルなどについてはどうだろう.

確かに彼らは美しいような顔をしている.

彼らは化粧をしているからこそ美しいのではなく,そもそもの顔のバランス問題だと思われる.

彼らを見て彼らのようにありたい,彼らをまねしたいというのは変な風潮だ.

彼らは芸術品だ.

相貌認識をする対象ではなく鑑賞物,たとえば絵画や壺のような存在だ.

人間の顔はどれも面白いが,万人に好かれる最大公約数的な美貌というのはあり,それは突き詰めていけばごく平凡な顔立ちになるだという話を読んだことがある.

そういうひとが一般的美人だと認識され,掘り出されて芸能人モデルなどになっているわけだ.

おかげで誰もみな顔がよく似ている(おかげでわたし芸能人名前を覚えられない).

化粧とは己の顔の特徴(それはいろんなものがあるだろうが)を消し,平均的美貌へと近づける行為であり,彼らをまねしたい,彼らのようになりたいと考えることだ.

それは相貌認識理屈に合わないので納得できない.

芸術品になりたいわけでもあるまいし.

猿真似のようにみな同じ顔立ちをしているさまははっきりいって気色が悪い.

第二に,そういった風潮を納得してしまうためには,自分自身価値観や美意識大衆側に捻じ曲げなければならない.

それが面倒くさくて,とびきり惨めな気分になるからなのだ.

それは非常に体力のいる作業だし,強い虚無感を感じる.

マットな肌や整った形の眉や,バシバシのまつ毛やチークの入った頬.

そういったものを「自分にとっても魅力的で,価値のあるものだ」と思いこまなければならない.

その上で,どうすればそういう要素の自分顔面再現できるかを学習し,実践しなければならない.

それは考えるだけでも憂鬱なことだが,一般的にそういうものが「良し」とされている以上,化粧文化(あるいは女性社会)に自分も「一緒にあ~そぼ」と仲間に入れてほしいと望むのなら,そんな甘えたことは言ってはいられない.

生意気は死だ.

思考停止をして,スポンジのように「良し」とされているものを吸収していかなければならぬ.

そうしていると,次第に自分にもそういった価値観が芽生えていく.

それは努力の成果であるが,一方で,自分がかつて憎んでいた存在自分自身が成り果てているさまにひどく落胆させられる.

それが大人になるということだとしても.

第三に,特にスキンケアについて,はっきり言って胡散臭いからだ.

蔓延似非科学.

薬事法を逸脱してはならないがために生まれあやふや表現の数々.

コラーゲンヒアルロン酸プラセンタ,保湿,スキンケア,基礎化粧品! ああ基礎化粧品! 大抵の基礎化粧品には,「保湿成分がある」以外の価値はない.

当たり前だ.

人体に積極的な薬効成分が含まれていればそれは医薬品になってしまう.

乾燥していることは肌には負担だ.

なので保湿はメリットがある.

ただそれだけの話.

睡眠はきっちり摂りましょう」みたいな話だ.

たとえばひどいアトピーであったり,乾燥肌であったり,ニキビだったり,化粧をするしない以前の何らかの肌環境破綻が起こっている場合自助努力効果ははたかが知れているのだ(それでもてきめんに効く場合もあるんだろうが).

そうであるのにそういった人々を「中傷してもいい」という風潮が強くある.

「化粧をしていないものには死を.

肌が荒れている? 生ぬるい.

それはあなた努力不足だ」.

このインターネット女性社会コスメ部門では勝者ばかりが可視化され敗者は暗がりへと追いやられる.

とんだ生存バイアスだ.

「この商品が効きました」というレビューがある.

わたしはこうしたら効いたのであなたもするべきだ」というのも.

思うのだが,そういった人々は,そういった「商品」を試さずとも,ひょっとしたら改善していたのではないか? あるいは「商品です」と偽って砂糖水を毎日顔に塗るだけで,全ての問題改善したのではないか? 圧倒的な対照群の欠如.

しかたのない話だ.

肌というのは人体で最も大きな臓器だし,現在のようなつるつるの肌色形態をとるようになってから歴史は存外短いのだから.

分かっていないことの方が多い.

結局,何が正しいか最適解を見つけるのは現代社会では困難なのだ.

なので個々人が試行錯誤をするしかないし,それすら無駄なことも多い.

「救われぬ」状態が少なから存在する以上,社会が求めるボーダーもっと低くあるべき,いやボーダーなんて設定するべきではないのだ.

なのにひとに不安に付け込んで,不安をあおって,高い買い物をさせる空気がまかり通っている.

それが基礎化粧品だ.

カルト宗教じみている.

社会悪だ.

吐き気がする.

使用前と使用後の顔写真,明らかに照明の当たり方が違うじゃないか

そんなわけであるからずっと化粧が嫌いだったが思うにそれは世間が嫌いなくせに世間体意識してしま自分自身矮小さへの憤りだった.

そうと気付いてから世間体ではなく自分自身価値あるもの,好きだと思うもの意識して大切にするようにした.

重要なのは自分に適度に自信を持つことで,そうすれば無理に他人に合わせたり,あるいはしゃにむに他人否定しなくても,自己同一性を維持することができる.

それは心の平穏に繋がった.

他人を称賛することもできる.

そうすると化粧をすることも以前ほど嫌いではなくなった.

化粧をした自分の顔は好きだ.

スポンジのように様々な知識収集した.

こうして自分コンプレックスは一度終わりを告げたに見えた.

けれど問題は,技術稚拙であるということだ.

周回遅れでスタートして,必死に追いかけるのは,とても疲れる行為だった.

熱意はたかが知れている.

そろそろ平衡点なのかもしれないと思う.

無理をしたって仕方がないのだ.

だいたいなにか目的があるわけでもない.

わたしわたし自身幸せのために,背伸びをして今どきの女性のふりをするのをそろそろ諦めるべきだろう.

ファッションなどもそうだ.

女性社会は以前ほど嫌いではなくなったが,化粧は技術が難しいし金がかかるし手も汚れるので,やはりめんどくさいなあと思う.

一周回ってこういう結論にたどりついた人間がいてもよいのだ,と思うことにしている.

化粧が嫌いだった

化粧が嫌いだった.より正確に言えば大人の女性は化粧をするものだという社会通念が嫌いだった.理由はいろいろある.第一に,化粧をしていない人間の顔をそこまで醜いとは思えない.そうであるのにまるで化粧をしていないことをとても悪いことのように扱う風潮が嫌いだった.思うに人間の顔というのは誰も皆適度に崩れているもので,そこには面白さがあると感じる.大前提として人間の顔はそれほど美しいものではないように思う.美しいものを見たいと望むなら,人間の顔を見たり人間の顔を無理やりそう作り変えたりするよりも,他のものを見た方がよほど効率的だ.人間の脳のつくりは面白くて,人間の顔を見る(相貌認識ときはたとえば風景無機物を見ているときとは異なる活性化の仕方をするのだ.顔というのは社会活動必須アイコンからだ.だから人間の顔は美しくはないが面白い.話がずれた.雑誌モデルなどについてはどうだろう.確かに彼らは美しいような顔をしている.彼らは化粧をしているからこそ美しいのではなく,そもそもの顔のバランス問題だと思われる.彼らを見て彼らのようにありたい,彼らをまねしたいというのは変な風潮だ.彼らは芸術品だ.相貌認識をする対象ではなく鑑賞物,たとえば絵画や壺のような存在だ.人間の顔はどれも面白いが,万人に好かれる最大公約数的な美貌というのはあり,それは突き詰めていけばごく平凡な顔立ちになるだという話を読んだことがある.そういうひとが一般的美人だと認識され,掘り出されて芸能人モデルなどになっているわけだ.おかげで誰もみな顔がよく似ている(おかげでわたし芸能人名前を覚えられない).化粧とは己の顔の特徴(それはいろんなものがあるだろうが)を消し,平均的美貌へと近づける行為であり,彼らをまねしたい,彼らのようになりたいと考えることだ.それは相貌認識理屈に合わないので納得できない.芸術品になりたいわけでもあるまいし.猿真似のようにみな同じ顔立ちをしているさまははっきりいって気色が悪い.第二に,そういった風潮を納得してしまうためには,自分自身価値観や美意識大衆側に捻じ曲げなければならない.それが面倒くさくて,とびきり惨めな気分になるからなのだ.それは非常に体力のいる作業だし,強い虚無感を感じる.マットな肌や整った形の眉や,バシバシのまつ毛やチークの入った頬.そういったものを「自分にとっても魅力的で,価値のあるものだ」と思いこまなければならない.その上で,どうすればそういう要素の自分顔面再現できるかを学習し,実践しなければならない.それは考えるだけでも憂鬱なことだが,一般的にそういうものが「良し」とされている以上,化粧文化(あるいは女性社会)に自分も「一緒にあ~そぼ」と仲間に入れてほしいと望むのなら,そんな甘えたことは言ってはいられない.生意気は死だ.思考停止をして,スポンジのように「良し」とされているものを吸収していかなければならぬ.そうしていると,次第に自分にもそういった価値観が芽生えていく.それは努力の成果であるが,一方で,自分がかつて憎んでいた存在自分自身が成り果てているさまにひどく落胆させられる.それが大人になるということだとしても.第三に,特にスキンケアについて,はっきり言って胡散臭いからだ.蔓延似非科学薬事法を逸脱してはならないがために生まれあやふや表現の数々.コラーゲンヒアルロン酸プラセンタ,保湿,スキンケア,基礎化粧品! ああ基礎化粧品! 大抵の基礎化粧品には,「保湿成分がある」以外の価値はない.当たり前だ.人体に積極的な薬効成分が含まれていればそれは医薬品になってしまう.乾燥していることは肌には負担だ.なので保湿はメリットがある.ただそれだけの話.「睡眠はきっちり摂りましょう」みたいな話だ.たとえばひどいアトピーであったり,乾燥肌であったり,ニキビだったり,化粧をするしない以前の何らかの肌環境破綻が起こっている場合自助努力効果ははたかが知れているのだ(それでもてきめんに効く場合もあるんだろうが).そうであるのにそういった人々を「中傷してもいい」という風潮が強くある.「化粧をしていないものには死を.肌が荒れている? 生ぬるい.それはあなた努力不足だ」.このインターネット女性社会コスメ部門では勝者ばかりが可視化され敗者は暗がりへと追いやられる.とんだ生存バイアスだ.「この商品が効きました」というレビューがある.「わたしはこうしたら効いたのであなたもするべきだ」というのも.思うのだが,そういった人々は,そういった「商品」を試さずとも,ひょっとしたら改善していたのではないか? あるいは「商品です」と偽って砂糖水を毎日顔に塗るだけで,全ての問題改善したのではないか? 圧倒的な対照群の欠如.しかたのない話だ.肌というのは人体で最も大きな臓器だし,現在のようなつるつるの肌色形態をとるようになってから歴史は存外短いのだから.分かっていないことの方が多い.結局,何が正しいか最適解を見つけるのは現代社会では困難なのだ.なので個々人が試行錯誤をするしかないし,それすら無駄なことも多い.「救われぬ」状態が少なから存在する以上,社会が求めるボーダーもっと低くあるべき,いやボーダーなんて設定するべきではないのだ.なのにひとに不安に付け込んで,不安をあおって,高い買い物をさせる空気がまかり通っている.それが基礎化粧品だ.カルト宗教じみている.社会悪だ.吐き気がする.使用前と使用後の顔写真,明らかに照明の当たり方が違うじゃないか

そんなわけであるからずっと化粧が嫌いだったが思うにそれは世間が嫌いなくせに世間体意識してしま自分自身矮小さへの憤りだった.そうと気付いてから世間体ではなく自分自身価値あるもの,好きだと思うもの意識して大切にするようにした.重要なのは自分に適度に自信を持つことで,そうすれば無理に他人に合わせたり,あるいはしゃにむに他人否定しなくても,自己同一性を維持することができる.それは心の平穏に繋がった.他人を称賛することもできる.そうすると化粧をすることも以前ほど嫌いではなくなった.化粧をした自分の顔は好きだ.スポンジのように様々な知識収集した.こうして自分コンプレックスは一度終わりを告げたに見えた.

けれど問題は,技術稚拙であるということだ.周回遅れでスタートして,必死に追いかけるのは,とても疲れる行為だった.熱意はたかが知れている.そろそろ平衡点なのかもしれないと思う.無理をしたって仕方がないのだ.だいたいなにか目的があるわけでもない.わたしわたし自身幸せのために,背伸びをして今どきの女性のふりをするのをそろそろ諦めるべきだろう.ファッションなどもそうだ.女性社会は以前ほど嫌いではなくなったが,化粧は技術が難しいし金がかかるし手も汚れるので,やはりめんどくさいなあと思う.一周回ってこういう結論にたどりついた人間がいてもよいのだ,と思うことにしている.

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