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はてなキーワード: 規範とは

2017-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20170523215933

いやそうなんじゃないですか

近代社会が均質な国民を求めたために、一時的にこんな規範ができただけだと思えば

生産力と人口を増やすためには必要だったんでしょう

ゲスな言い方をすれば、そのために女性資源としてバラまいたわけです

女性解放されるのであればこんなやり方がもつはずありません

2017-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20170521235417

その時「甘すぎるだろ」って書いた者です。

トルコがああい事態になってるのを見るに、どうだかわかったもんじゃありませんね。

聖典に忠実にあれ」という規範が他の宗教以上に強くて、世俗化は難しいんじゃないかと。

そもそも日清戦争日露戦争

日本軍は一部の将校以外、逃げるわ犯すわサボるわで役に立たないか

戦陣訓みたいなわけのわからんもん作る事になったからな。

規範なしの日本人なんてならずもんだぞ

2017-05-19

ミソジニーこじらせてるのフェミニストじゃん

巨乳女性が描かれただけでギャーギャー騒ぐけど

実態として巨乳女性存在する以上たまたま巨乳セレクトしただけ、

しろ公共の場巨乳女性存在してはならないという規範を作る方がどう考えても悪

みたいな巨乳の例と同じように、女性性の存在忌避嫌悪排除企図してるのってフェミニストいちばんだよねぇ

http://anond.hatelabo.jp/20170519130743

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170516075207

この手の文化はむしろ男性排除により性的に見る目線感覚が不在の所に良さがあるから男性に嫌われて正解

ってブコメに納得してたが

10女子自称BBAも同じ文脈だよ

大人女子女子校のような世界観イメージした言葉だし

自称BBAも「BBAから男は寄ってくんな」が根底にあるわけだ

プリンセスディズニープリンセスイメージが強いし

ディズニープリンセスは今は王子様は抜きでピン売りなイメージが定着してる

グッズなんかも王子描いてないしね

それが幼稚に見えるというのなら、日本は「男とペアになる」事が女の成熟だという規範が強すぎるんだと思う

2017-05-10

東大医学部・面会交流論文不正の有無の審議中

東大医学部の面会交流論文が、話題となっている。http://www.scirp.org/journal/PaperInformation.aspx?PaperID=74779&#abstract

DVを行ったとされる父親との面会交流を行っている子どものほうが、行っていない子どもよりも、ひきこもり抑うつなど、精神問題、行動上の問題を抱えやすい、という論文である

この論文は、フローレンス駒崎弘樹氏が3月末にそのブログで、面会交流によって子どもの心が壊される、という彼の主張を裏付ける「エビデンス」として紹介したことを皮切りに http://blogos.com/article/215491/4月末に行われた「当事者の声を国会へ」と題する衆議院第一会館での院内集会や、「「国連人権勧告の実現を!」実行委員会」による「第20回学習会 ハーグ条約と親子断絶防止法案http://jinkenkankokujitsugen.blogspot.jp 等でも取り上げられたようであり、さら5月5日には産経新聞にも紹介された。

まり、これは、現在国会議員らによって提出が検討されている「親子断絶防止法」の策定を左右しうる重要論文である

日本では、別居親と子どもの面会交流は、家庭裁判所が間にはい場合、月1〜2回、4時間程度できれば良い方で、高葛藤や面会拒否が強い場合は月1回に2時間未満のことが多いと思われる (参考: http://oyakonet.org/documents/report_h2308.pdf )。DVがあったとされる父親であれば、その頻度・時間さらに減少するだろうし、FPICのような第三者機関の補助を得て行うことがほとんどで、面会交流時にDVあるいはそれに近いような行為をすることは稀であると考えられる。父親子どもを愛おしく思い会うでのあるから、短い時間の中ではその子どもを喜ばせようとすることが多いであろう。そのような状況で父親に会うだけで、本当に子どもひきこもり抑うつ危険性が高まるというような因果関係が本当にあり得るのだろうか?

そこで、研究論文を読むことのできる有識者にこの論文を読んで学術的に評価してもらった。そうしたところ、この論文は、きちんとした学術研究レベルに達していないひどい代物であるようだ、ということがわかってきた。

そのポイントは以下のようなものである

1. 僅かなサンプル数で、混交要因が統制されていないどころか、記述もない

研究対象としている母親の数がわずか38名、面会交流を行っている子どもの数が19名、面会交流を行っていない子どもの数が30名と、この種の簡易なアンケート形式研究としてはNが圧倒的に少ない。混交要因の統制が全くなされていないどころか、群毎の基礎的統計記載すらない。各群の基礎的な数値(Demographic characteristics)が両群でまとめて書かれてしまっていて、分けて記載されていないのである。つまり母親学歴収入精神疾患罹患統計値、離婚の有無、別居からの経過年数、子どもへのDVの有無・程度などが、各群で分けて記載されていない。加えて、両親間の葛藤の強さ、裁判調停審判などの有無、なども混交要因として示されるべきであろう。これらの混交要因候補指標のうちいくつかについては、この程度の少ないNであれば、各群で偏りが出てしまうことのほうがむしろ普通である本来、これらは分けて記載すべきなのに分けてないということは、これらのどれかで差が存在してしまっているので、それを意図的隠蔽している可能性もかなりある推定される。対象被験者集団は非常にヘテロ集団で、僅かなサンプル数しか取得していないにも関わらず、これらの指標について群ごとに示していないようなものは、まともな調査研究と言えるレベルのものではない。

2. 極めて僅かな回数の面会交流

「面会交流を行っている子ども」が父親と面会交流を行っている頻度の平均が、なんと僅か平均2.2回/年。Nもたったの19名。そのSDが2.2でレンジが0.5回~6.5回/年。年間2.2回というのは半年に一回しか会わないということであり、年間0.5回の面会交流というのは2年で一回しか会わなかったということ。しかも、この研究では、DVをしていたとされる父親との引き離しからの平均年数が6.9年も経っているのである。仮になんらかのDVがあったとして、引き離し後に7年もたったあとの、そのような僅かな回数の面会交流が、引きこもり抑うつリスク統計的有意に上げることは、常識的に極めて考えにくい。

3. 回答者バイアス可能

この研究は、質問紙を使ったアンケート形式のもの。回答を行ったのは子ども本人ではなく、DVを受けたと称している母親最近のことであるので、当然、親子断絶防止法のことも知っている母親が多いであろう。回答者研究の(政治的な)目的を知った上でバイアスのかかった回答をしている可能性があり、そのような可能性を排除するような工夫が全くなされていない。

4. 恣意的被験者抽出可能

方法によると、リクルートされた69名の母親のうち、8名が「精神疾患罹患している」という理由で除外されている。除外されていない回答者の中にも精神問題がある人がいるようであるが、除外の明確な基準は何か?都合の良い恣意的な除外なのでは?また、回答した60人のうち、22人が、「質問に全部回答できていなかった」という理由で除外されている。合わせると実に35%もの被験者が除外されているのである。このような被験者数がごく僅かの調査において、全ての質問に回答しなかった、という理由のみで除外することが許容されるのか?この研究では、各質問について統計解析を行っているのみで、それらの統計を行う上で、「質問に全部回答する」ということは全く必要とは言えない。つまり、除外する必要がない人を多数除外しているのである。これは、後付で、そのように除外することによって「有意差」が得られるからではないのか?

5. 標準的ピアレビューがなされていない可能性が大

このジャーナルを出している出版社はいわゆるpredatory open access publisherに分類されている。以前、過去にどこかで発表された論文をたくさん集めて無断で掲載していたことをNature誌に報道されたこともあったり、意図的にでたらめな論文作成投稿された論文掲載してしまったり、無断で研究者編集長として掲載していたり、という前歴のある「ならずもの出版社」の一つ。 https://en.wikipedia.org/wiki/Scientific_Research_Publishing 当該の論文掲載しているOpen Journal of Nursingも編集長を調べると、教育しか行っていないような大学教員であり、責任著者としてはこの10年で1報しか論文を出していないような人である。このジャーナルは、医学生物学文献の権威あるデータベースPubMedにも、もちろん掲載されていない。この出版社ジャーナルではまともな査読がなされていない可能性がかなりあり、筆者らの所属大学を筆頭とする多くの日本大学が、この出版社をうまく利用してしまっている事実が指摘されている。https://science.srad.jp/story/15/12/07/0554222/

上記の各ポイントは他の標準的査読が行われている科学雑誌では指摘されるのが当然であり、普通はこのままでは受理はされない。であるからこそ、このような出版社ジャーナルから発表している可能性が高い。

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以上のような深刻な問題を抱えている論文であるため、その有識者は、この論文の著者にデータの開示や、群毎の基礎的統計提示を求めるなどの連絡を責任著者に対し行った。当初、責任著者からは何の返事も得られず、そのため、その責任著者の所属学科長にも連絡を行った。それでも何の返事も得られなかったため、所属大学の「科学研究における行動規範に係る不正行為に関する窓口(本部)」に通報を行った。

その通報根拠は以下のようなものである

文部科学省の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/08/__icsFiles/afieldfile/2014/08/26/1351568_02_1.pdf

は、研究機関

研究者に対して一定期間研究データを保存し、必要場合に開示することを義務付ける規程を整備し、その適切かつ実効的な運用を行うこと」

義務付けている。

そして、当該論文の筆者らの所属大学

国立大学法人東京大学における研究活動上の不正行為の防止に関する規則

http://www.u-tokyo.ac.jp/gen01/reiki_int/reiki_honbun/au07410491.html

には

研究者は、研究活動正当性証明手段を確保するとともに、第三者による検証可能性担保するため、文書、数値データ画像等の研究資料及び実験試料、標本等の有体物(以下「研究資料等」という。)を別に定めるところにより適切に保存し、開示の必要性及び相当性が認められる場合には、これを開示するものとする。」

とある

当該論文は、国の立法に影響を及ぼすことを目的として各所で用いられているのであり、データとその解釈科学的に正当な疑義が提出されており、また開示しない特別理由もない以上、データ開示の必要性があるのは疑いがないところであろう。

まり、この定義によると、再三のデータ開示の求めにも応じず拒否し続ける責任著者らが、この規則違反しているとみなすこともできるであろう。つまり、この規則によれば、この論文の著者らは、ある種の不正行為を行っている可能性があることになるのである

この通報後、窓口担当者らは、本件について医学部長らと議論し、その結果、この論文責任著者はその有識者に回答のメールを送付した。しかしながら、その回答には、

倫理委員会承認された研究手続きを逸脱することになるのでデータは開示できない、

・混交要因の候補変数について両群で比較した結果、有意差はなかった(実際の統計値の提示は全く無し)、

・その他は、科学者コミュニティーオープン議論すべきなので、当該Journalにletters to the editorとして質問せよ、

との主旨の内容があるのみで、リクエストや指摘の重要ポイントについては、実質的な回答は全く得られなかった。

その有識者は、4月26日にその論文ウェブサイト上のコメント欄に上記ポイントについて書き込みをした上、議論を行うよう著者にメールにて依頼を行ったが、著者らからは、5月9日現在、何の返事や回答も得られていないとのこと。

http://www.scirp.org/journal/PaperInformation.aspx?PaperID=74779&#abstract

著者らの誠実な回答と、著者らの所属大学による速やかで適切な対応が期待される。

その有識者は、こんなことを言っていた。

科学の基本は「エビデンス」ではないのか?そしてその「エビデンス」とは、データのもののことではないのか?そのデータがなぜ有識者にすら提示できないのか?連結不可能匿名化されたデータであれば提示はできるであろうし、すくなくとも重要な混交要因候補について各群ごとの統計数値のテーブルくらいは提示すべきではないのか?

データ不在で第三者による検証ができないような「科学」は、もはや「科学」とはいえないのではないか。それは控えめに言って疑似科学さらに言えば、科学の名を借りたカルトである。そんなものに、国の立法が影響を受けること、そして多くの人々の生活が影響されることがあってはならない。」

・・・・・

以下、5月15日追記。

千田有紀教授より、

ブログ文章を読む限り、分析妥当性をめぐる疑問のように思われました。そういうことを、「不正」などと言ってはいけないと思います。」

との指摘をツイッター上でいただいた。 

しかし、このブログで指摘した不正可能性は「分析妥当性」についてではない。指摘したのは、リクエストに応じてデータを開示しないことについての不正可能である

論文著者らの大学の「不正行為の防止に関する規則」に

研究者は、研究活動正当性証明手段を確保するとともに、第三者による検証可能性担保するため、文書、数値データ画像等の研究資料及び実験試料、標本等の有体物(以下「研究資料等」という。)を別に定めるところにより適切に保存し、開示の必要性及び相当性が認められる場合には、これを開示するものとする。」

とあり、これに違反しているのではないか、という指摘である。この点、ご留意いただきたい。

2017-05-07

http://anond.hatelabo.jp/20170507125942

Aが規範

Bが禁止

Cが罰則

ABCにも業務で納得できないときは仕方ない駄目だと割り切って自分を思え

2017-05-03

http://anond.hatelabo.jp/20170503130429

はてなブログ批判されてエアトラバか。

基礎練習をみっちり熟達するまでやり込んでから、のちに応用練習に発展させるのです。

当たり前。それをやっててもなお上級者とそうでないもの天才と凡人には壁があるっての。

まあ別にブログ話題数学のことではないけど。

天才というのは得てして気づき天才なので、出来ない人が何故躓いているのかが理解できない。

俺が知りたかったのは天才をどう分解して分析するかって話だ。

それと「規範と基本」は右も左もわから初心者にとっては一緒だろうな。

ここで何が要求されるかといえば、わからないなりに筋が通ってそうだと思う理論を見抜くこと。

見抜けないやつは上達が止まる。見抜いていると錯覚するやつも上達が止まる。

正しい理論実践しているのに、中間からにゆパス記述されていないこともある。

そこで学習が止まる。

ま、俺の勘違いトラバなら無視すればいいがね。

2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170422222351

あんな長い髪バサバサしてるのはオッケーで内股はいけないの?

なんか一貫性の感じられない基準だなあ

どっちも批判するフェミなら信用できるけど

スイスのだけ批判しないフェミがいたら

やっぱ相手を見てるように思える

もう一回見てみたけど

女性車掌というけど頭身も髪型女児しか見えない

顔も日本のあれに負けないぐらい紅潮してるし

何より日本のあれは働く能力のある大人には見えたのに

スイスのなんて完全に庇護者の必要用事小動物やん

あれを批判するフェミ文脈なんかごろごろあるだろ

しろ批判

あれを批判しなかったり日本のより批判が弱かったりしたら

俺はやっぱフェミ軽蔑するわ

相手見て出したり引っ込めたりする規範なんだなーって

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418075329

更生の見込みのないダメ人間を激甘で甘やかしてるNHKは確かにマジでどうかと思うが、

お前「処分」ってそれどんだけコストがかかると思ってんだよ

処分それ自体カンタンかもしれないが、それを実現させるまでの社会的コストよ?

北朝鮮とかならできるかもしれないがな

いか

ダメ人間問題の一番の本質は「産業廃棄物」ってところだから

存在自体が大変な害なのだが、

処分に途方もないコストがかかるので世界中人間が持て余して頭抱えてんだよ

殺してポイできればカンタンなんだよ

それを絶対にさせないように社会は強烈な規範を敷いてるわけ

北朝鮮みたいな独裁の方が全然オッケー!っていうならまあ議論はオシマイになってしまうが

もし俺の言いたいことを汲んでくれるなら、

産業廃棄物としてのダメ人間処遇というものをもう少し真剣に考えて、

その「処分」の方法をより洗練させてくれるとありがたいと思う

http://anond.hatelabo.jp/20170418220536

まーたネトウヨ自分行動基準他人評価してる

おまえらネトウヨ自分中心感情中心

サヨは規範心理性中心だから

全く別の基準で動いてるんだから自分と同じだと勘違いしちゃ駄目だぞw

2017-04-17

この世に私の欲しいモノは1つも無い

大げさだけどだいたいこんな感じ。

 

俺はカレーが好きだが一生食べれなくても後悔するってほどでもないし、

実際カレーに飽きてからは8年くらい食べてない。

食べたら美味いとは思うけどただそれだけ。

恐らく一生じゃがいもや豆のスープしか食えなくても文句わずに食ってるだろう。

 

欲しい物がないっていうのは社会や肉体から欲しいと思わされているということに気付いたということ。

気づいたというのは乱暴な言い方だが、切り離されてしまったという表現が正しいかもしれない。

家族が欲しい、子どもが欲しいというのは肉体である本能から欲求で俺の自意識が欲しいと思ったわけではない。

自意識本能から影響を受けて子どもが欲しいと思ったからであって「オレ」という意識子どもが欲しい理由がない。

腹が減る、眠くなる、喉が渇く。

これも全部本能から要求であって自分の心はそんなこと1つも望んでない。

できるなら食べたくない、起きていたい、水も飲むのが面倒。

でも肉体が要求してくるので答えなければならない。

 

社会的にも健全社会人として労働を求められ、消費を求められる。

仕事趣味食事交通ボランティア、交友、勉学などの選択肢を並べられてどれか選べと迫る。

俺は休息を選ぶ。

これが一番したいことではなくこれらの選択肢の中でやりたいことが1つもないからだ。

むろん、肉体のために金銭必要なので最低限の仕事勉強はする。

ただそれだけだ。

私が心から何を望みたかったのかまるで見えてこない。

何か大きい挫折があったわけでも、成功があったわけでもなく、

普通の幼少、普通学生時代普通社会人になった。

普段の振る舞いもごく普通である

普通に仕事をし、普通に交友を持ち、普通に愛すべき人を愛している。

だがいい加減、世界から肉体から要求されたことに応えることに疲れていることに自分は気づいている。

どうしようもなく無感情・無表情な疲れだ。

事態好転することがないと確信しているから、絶望希望もない。

絶望とはそこに夢があり、希望を持っていたからこそ陥る状態であり、まだ救いがあるはずだ。

自分には救いはない。

自分という肉体がこの世界にある限り、決して報われることがない、それは、俺が欲しい選択肢がこの世界にないからだ。

この世に、私の、欲しい物は、何も、何一つ、無い。

死の恐怖に震えさせるのも肉体から要求であり、強い願いであから、死にたくないと思わされ、呪いのようにそれを受け入れる。

社会通念上、規範を守り、善人であるよう、人を愛し、人を助け、まっとうに死ぬように仕向けられて、

よしんば犯罪者落伍者になったとしても、それはそれで、この世の理から外れることはならず、そのような者として、よくある一生を終える。

過去に誰かがそうしてきたように救われない結末を迎える。

 

こんな悩みを誰が聞いてくれるだろうか。

今、この世を楽しく、悲しく生きている人間、友人、家族恋人に、どうして伝わろうか。

私の能面のような気持ちで生きた者たちは、表に出せば不適合者だと言われ、無駄にしていると笑われただろう。

それはこの世の価値否定することに他ならないため、彼らの反応は当たり前であり、誰も解決できないため、無意味であることも正しい。

 

だが、それでも、無表情な心が私を見ている。

それを私はあなたの隣で隠しながら生き続けるのだろう。

きっとこの先も。

ずっと。

http://anond.hatelabo.jp/20170417060214

9歳児が同世代とヤリまくりで周囲にそれを阻止する規範がない、って

お前どんな世界に住んでるんだよ…

結局子供の性をどうしたいんだお前らは

自分自由にできそうだからと年下の相手を狙うのが本質的卑怯行為だというのは承知してるし

もちろんどれだけ追い詰められたとしても今回の事件みたいなことをするつもりはないし

そういうのが創作物に描かれるだけで不快というのも本当によくわかるんだが

だったらその有り余るパターナリズムでもって子供もちゃんと縛り付けとけって正直思うね

実際のところ同年代とはヤり放題で、それを抑止するような規範も死んじゃってる

未熟なことを規制根拠にしながら、その実そいつ選択権は認めてるから話がおかしくなるんだ

で、しょうがいか妊娠性病にだけは気をつけてねとか言うしかないんだろ

そりゃ若いうちにやっときゃよかったって後悔しかまれんわな

2017-04-15

男女平等必要なのは女性の体力

まず、いつまで「女はバカ」とか言い続けるのか、こっちはいい加減呆れてるんです。

単純な頭の良し悪しで言えば個人差の方が大きくて、実際そんな変わらないだろうと。

まあ、今時「女性頭が悪い」とか言ったら大炎上だし、仮に事実でも言えやしませんけど。

で、現状の日本男女平等を妨げてるものが何かというと、一番大きいのは体力だし、

もはやそう言うしかないと思うんですね。

フェミの皆さんは二言目には男社会や家父長制のせいにして、ルールおかしいとか言います

クォータ制とか持ち出して、キラキラしたものにばかり割り込ませようと必死です。

でも、そういう人気の高い役割こそ、得てして体力的にきつい。

美しい水鳥が水面下で必死バタバタしているみたいなアレですよ。

なんでルール上完全に男女平等なはずの将棋で、三段リーグ突破する女性が現れないのか。

もちろん、大きな要因として、そもそもの男女比がアンバランスというのはありますし、

そこそこの実力で女流プロとして食っていけるからそれ以上上を目指す必要がない、

という事情もあるでしょうけど、最後最後は体力だと思うんです。

男に比べるとどうしても無理が利かない。

もちろん、生物学的なアレもありますし、さらに言うとそこに出産やら何やらでハンデがある。

から修正措置として女性を多少優遇せざるを得ないというのはつまりそういうことです。

ただ、だからといって、女性に体力が不要ということにはなりません。

そこを無視して「女性共感性が高い」とかいうのを売りにするのはちょっとまずい。

まり共感一辺倒だと、自分共感しないものはどうでもいいってことになりますから

あと、周り全員敵になった時に、唯一味方してくれる人がいるとひたすらそいつに傾倒して、

結果パククネみたいなことになりがちなわけです。

まあ、この辺は例の過労死とかをきっかけに、いろいろ議論のあるところですけど、

当面個人的にどうすべきかというと、やっぱり男女関係なく体力つけるのが一番だと思います

男に家庭科勉強させるより、女に体育を徹底させる方が早くて確実です。

そして強い女性バカにしたりとか、ああいうのははしたないみたいな旧弊をぶっ壊すこと。

これが必要なのではないでしょうか。

都合のいいことに、知力が足りないのをバカにすると角が立つのに比べると、

体力が足りないのは割と堂々とバカにしていい、という規範もありますからね。皮肉ですけど。

2017-04-11

http://anond.hatelabo.jp/20170411082610

まあ規範としては無視しないほうがいいんだろうけど、無視したところで自分デメリットにならないなら、自分のために犠牲になって貰うのもいいんじゃね?

2017-04-10

【ノマカス】の正体、真相とは?

以下は、いわゆる【ノマカス】特有性格性癖性向、発想等に関する所見です。

(1) 腐女子に対する、抑えがたい差別意識侮蔑の念の虜になっている。

(2) 人種性格ネトウヨに近く、ヘイトスピーチ恫喝が得意である

(3) 【男女】、【公式】の価値など、【本音】では全く信じていない。

(4) 自分他人との関係を、優劣、強弱、上下という視点で捉えたがる。

(5) 姑息な【ステID】、【ID非公開】による、無責任投稿をしたがる。

(6) 自分オタクであることを棚に上げたまま、平然と他人(主に腐女子)に罵詈雑言を吐きたがる。

(7) 腐女子に対する、異常なまでの猜疑心、不信感に凝り固まっている。

(8) 【本音】では、【男女】の恋愛結婚など考えていない。

(9) セックス結婚、貞操に関する既成概念固定観念に囚われている。

(10) 価値判断を下す際、安易に既成の規範権威追従迎合したがる。

(11)「なぜ?」、「なぜなら」という論理的因果論的思考を苦手とする。

(12) 自己批評諧謔性、ユーモアへの興味・関心が驚くほど欠けている。

(13) 他人建設的な議論をするよりも、問答無用自己主張をしたがる。

(14) 自説・持論の根本的な拠り所も、人生の最終目標も見えていない。

(15)【腐女子】だけでなく、【男女カプ派】からも嫌われているとの自覚がない。

(16) 自分を【ノマカス】ではなく、【男女カプ派・女オタク】だと勘違いしている。

(17) 確たる証拠裏付けのないまま、すぐに【腐叩き】に囚われたがる。

(18) 内部に無数のコンプレックスを抱えているのに、その自覚がない。

(19) 【ノマカス】は同性愛への過干渉DVモラハラ危険性を孕んでいる。

(20) 自分不如意自力解決しようとせず、腐女子のせいにしたがる。

(21)他説を批判する際、原文引用を避け、故意に歪曲して紹介したがる。

(22)【not腐】と【ノマカス】の間の明確な線引きを求めると口を噤んでしまう。

(23)男女カプ好きか【ノマカス】かどうかを客観的に調べる方法には触れたがらない。

(24)【男女】で語るのは自然と言うが、自然が何かの説明はない。

http://anond.hatelabo.jp/20170410123254

大筋同意なんだけど、2つ目の理由は全く説得力が無いような。元増田に言うなら1つ目の理由スカートの方が古い)だけで良かったような。

まずスカートのシルエット論が逆。リアルフォーマルであるドレスは、歴史的に見ても踝丈より長いフレアであるし、足を全く見せない方がフォーマル度が高い(ロングドレスカクテルドレス)。じゃあなんでOLスーツは膝丈タイトなのかというと、個人的見解としては。

1920年代以前は、女性スカート労働者階級も含めて踝丈以下(女性は足を見せないのが基本)だった。当時シャネルが膝(下)丈スカートを作ったのは、画期的なことだった。ちなみにシャネルのコンセプトは、女性を窮屈なコルセットから解放すること。膝(下)丈スカートは当時、超モダン。女が足を人前に晒すなんて、保守派から非難轟々。

現在サラリーマンの源流である都市型知的労働者が登場したのはこの時代タイピストなどの職業婦人も遅れて登場した。彼らは、モダン社会の中の超モダンとも言うべきウルトラハイパーモダン存在。この職業婦人服装として、当時の超モダンアバンギャルドアンチテーゼである膝丈スカートが相応しいと考えられた。

しかし、この時点でもまだ、女がズボンを履くことは考えられなかった。女がズボンを履く歴史第二次大戦中の工場労働(男手不足)から西洋古典を読むと、女のことを「スカートを履いたもの」と表現する例が頻出する。第二次大戦以前は、服装の性規範は強く、女が男の格好を(男が女の格好を)することは難しく、社会的な逸脱を意味した。この辺の流れが、女がパンツスタイル(男の格好)なんて生意気であるという意識に繋がっているかもしれない。

OLスカートのシルエットがタイトなのは、膝丈スカート創始者であるシャネルデザインスタイルとして確立してしまったこと、当時の保守であるロングフレアに対してタイトが新しかった(それが超モダン存在である職業婦人に相応しいと考えられた)ことあたりだろう。まあタイトスカート窮屈死ね!と思う人はシャネルを恨めばよいと思うよ。それでもコルセットから解放だったんだけどね。

そして時代が流れ、かつてのアバンギャルド保守本流総本山となり、その理由も忘れ去られるほど時間が経ち、元増田の疑問に至る、と。

http://anond.hatelabo.jp/20170409002605

田舎の特徴は、独善的で内輪受けな点だと思う。

典型的なのはヤンキーであるヤンキーは仲間うちの秩序やルールを過剰に尊重し、社会規範に背を向ける。

自分たち価値があるとなったもの(たいていは東京など他から与えられるもの)には盲信する。

ヤンキー的な価値癌が支配的な街は、そこの地元ヤンキー以外には面白くもなんともない。

したがって東京でもヤンキー支配的な足立区とか立川以西とかは田舎であると思う。

もっと独善的であっても、評価する当人自分よりも上位にあると感じている存在田舎とは感じない。たとえば京都みたいに。

地方創成の難しいのは、独善的地元の人たちが、自分たち支配できる田舎を維持してほしいと言っていること。それでは地元以外の賛同は集まらない。

北海道ニセコみたいに、白人デベロッパーがかなり自由事業展開しているところは、私にとっては田舎と感じない。(リゾートという概念もあるな)

一方で将来(もしかしたら現在でも?)中国系企業支配的な街ができたとしたら、私は魅力を感じないだろう。

私はポリティカルコレクト人間ではないので、きらいなものはきらいだし、目に入るところにはできてほしくない。

個人的な好みのレベルではこれでいいと思う。

2017-04-08

Ubuntu Code of Conduct v2.0を適当日本語訳してみた

訳注

Ubuntu Code of Conduct(行動規範v2.0

コミュニティ

Ubuntu」とは、「他者への思いやり」のことです。この単語自体が、人間としての精神体現しています

我々は、生産的で、幸福で、複雑な領域における新しい発想を歓迎できる柔軟性を持ち、また、あらゆるプロセスを常に改善し、さらに、各々が全く異なる要求や関心、能力を持つグループの間の協力を促進するコミュニティ希求します。

我々は、メンバー多様性によってコミュニティを強靱なものにするために、多様な参加者を活発に探します。このUbuntu行動規範は、多様なグループがお互いの利益と喜びのために協調することを確実にするために存在しています。我々は、誰であっても、プロジェクトへの参加に障害がないよう努力します。

行動規範一般的に、公的であれ私的であれ、我々がどのように振る舞うべきかを統率します。我々は、プロジェクト代表者公式非公式を問わず)、関係者、そして直接の参加者が、このUbuntu行動規範尊重することを望みます

我々は、下記に真剣に努めなければなりません。

思いやりを持つ

我々の成果物他者によって使われるでしょうし、また逆に他者成果物にも依存していますいかなる決定であっても、利用者関係者に影響を与えることを頭に置いて、決定をするときにはそのことを考慮する必要があります

他者尊重する

意見に相違があるからといって、無礼な振る舞いをとってはいけません。衝突を解決するために協働し、他者善意で行動していると仮定し、親身になるよう努力しなければなりません。苛立ちが個人攻撃に発展することがあってはなりません。不快感を覚えたり脅威を感じるコミュニティは、生産的ではありません。

発言と行動に責任を持つ

間違いを犯すことは誰にでもあります。そのときには、責任を取らなければなりません。もし誰かが傷つけられたり攻撃されたときには、注意深く、そして思いやりを持って意見を聞き、間違いを正すよう行動しなければなりません。

協力的である

我々が作り上げようとしているものは複雑で、それぞれに想いが込められたたくさんのパーツでできています。各々が違ったゴールとビジョンを持つチームの間での協調は不可欠です。ただのパーツの組み合わせ以上の成果物を作り上げるには、各々のパーツが全体を理解するよう努力しなければなりません。

協調して取り組むことで、冗長作業を減らし、品質の向上につなげることができますプロジェクトの内外を問わず協調することは大切です。可能な限り、アップストリームプロジェクトと共同で作業し、フリーソフトウェアコミュニティ協調することが必要です。透明性を確保し、その作業に関心を持つ人とはなるべく早期から協働するのが良いでしょう。

明白さ、透明性 (clarity) 、合意を重視する

社会的な、あるいは技術的な意見の不一致はよくあることです。しかし、意見をまとめずそのままにしたり、何を合意したのかを不明確なままにして他の人を悩ませることがあってはなりません。

プロジェクト参加者は、意見の不一致を建設的に解決することが期待されています。もしも合意に至らなければ、あらかじめ決められたリーダー仲裁を依頼し、透明性 (clarity) と指示を求めます

からないことがあれば手伝ってもらう

誰であっても、完璧であることを求められてはいません。誰かに質問することは、後で発生するであろう問題回避できるので推奨されます。ただし、適切な場所質問してください。質問を受けた人はすぐに反応し、手助けしてあげてください。

役目を降りるときには丁寧に

プロジェクトを離れるときには、与える混乱を最小限にするよう動くことが求められますプロジェクトから離れることを他の人たちに伝えて、離れる人が作業を中断した地点からほかの人たちが再開できるようにしてください。

リーダーシップ権威責任

我々は、実例議論と行動によって動かされます。新しく参加した人は、もしプロジェクト改善につながる新しい考えがあれば、ぜひ人々を率いて、行動を起こしてください。リーダーシップは、行動を起こすことだけで誰でも実践できます。その機会があれば、誰かの許可を待つ必要はありません。

トップから権限委任

プロジェクトに関する責任は「慈悲深い独裁者」を頂点として、そこから特定範囲について責任権限委任されたコミュニティカウンシル、その下にいるチームや委員会 (councils) 、個人委任されていきますコミュニティカウンシルまたはその代表者が、争いごとの解決を行います

我々は実力主義に基づいて、意思決定や統率、リーダーシップを、長く参加している人から能力があって関心の高い候補者委任していきます

権限委任は支持に基づくか評価されている

評議会 (boards) や委員会 (councils) への任命は、コミュニティカウンシルが決定権を持ちます。ただし、事前にコミュニティに対してインプットを求めるものします。

リーダーシップは、表彰権利肩書きではありません。リーダーシップ権限であり、そこには責任が生まれますリーダーシップコミュニティから委任されたものです。リーダー権限は、委任するコミュニティから支持されている間だけ得られるものです。

議論データと決定を尊重する

我々は何かものごとを決める前に、意見データ関係者から意見表明を集めますリーダー役割として、チームが決定を遅滞なく行う手伝いをし、ガイダンスを与え、合意に至らなかったときに決定をし、決定の実施責任を持つことが期待されています

何かを決めないことには、先に進めません。明確な指示には価値がありますときには、データが足りなかったり、合意が得られがたいこともあるでしょう。それでも、何らかの決定を下さなければなりません。いつでも完璧な決定を下せる保証などないのです。決定を先延ばしにするより、失敗して、失敗に学び、将来の役に立てることが大切です。

我々は、問題をより把握しているチームを信頼して決定を下してもらうことで、プロジェクトはよりよいものになると認識しています。もし決定に不満があれば、それを下したチームと調整します。調整が付かなければ、その決定についてレビューする統治機構 (governance structure) があります。つまるところ、責任を持つ人が決定を下し、それがプロジェクト統治 (project governance) に支持されていれば、その決定は有効であるします。我々はある決定について納得しないこともあるかもしれませんが、それでもプロジェクトを信用し、たとえ内心では違うほうがよいと思っていたとしても、プロジェクトとしてその決定が実施されることを支援します。

開かれた実力主義

誰であっても、どの組織所属していようとも、どのようにプロジェクトに関わろうとも、我々は参加を歓迎します。コミュニティは開かれたものであり、能力や適性を持っていることを示せれば、職責を負うことができます

チームワーク

リーダーが目指す最も重要なゴールは、チームの成功です。

「名演奏家はその演奏によって評価され、リーダーはチームの行動で評価される」リーダーは、行動すべき・身を引くべきときを知っています。チームは、リーダー権限を渡したりそれを取り戻すべきときを知っています

称賛

良きリーダースポットライトを浴びようとせず、他のメンバー活躍をたたえますリーダーはチームメンバーの中で目立つ存在しょうが、良きリーダーはその注目を他のメンバーの優れた活動に対してスポットを当てるために使います

度胸と考慮深さ

リーダーときに、理解されず、合意に基づかず、一般的ではない冒険的な決断を下す必要があります。我々は、完全な合意を得るよりも物事を進めることを優先し、勇敢にもそのような決定を下すことを評価します。とはいえ、冒険的な決断には十分な検討必要です。ある人にとっては頭の痛いことになるかもしれないことを肝に銘じ、影響を抑えるようにしなければなりません。変更について、その理由を明確にして、そして早めにコミュニケーションをとることは、その変更を実施するのと同じくらい重要です。

利益相反

もしもリーダー自身雇用関係や他のプロジェクトとの関わりによって利益相反状態になっている場合には、それに気がつくことが期待されています。そして、私利私欲のためとみなされることのないよう、棄権したり決定を誰かにゆだねたりすることが期待されていますリーダーに限らず全てのプロジェクトメンバーにも、私利私欲のためではなく、ユーザー暮らしをよりよくするために決定を下すことが期待されています

もしも利益相反が疑われる場合には、誰かにセカンドオピニオンを求めてください。利益相反状態にあることを明らかにすることが、解決への道筋にとって重要です。リーダーは、たとえ一般的ではない、あるいは特定グループに有利・不利となるように思われるものであっても、決定が信用できるものとなるよう行動すべきです。

このUbuntu行動規範は、網羅的でも、完全なものでもありません。ルールブックでもありません。協調的で共用の環境 (a collaborative, shared environment) とゴールに関する、我々にとっての共通理解を引き出すためのものです。

このUbuntu行動規範は、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 3.0 非移植ライセンスのもと配布されますあなた自身プロジェクトにこれを再利用することができます。また、好きなように改変することもできますが、あなたの改変を他の人が利用することも許可し、Ubuntuプロジェクト著作権表示を付けるようにしてください。

2017-03-31

http://anond.hatelabo.jp/20170331223513

個人的には1992年から1994年イメージだけど

人によっては国内では噂だけが流れていた80年代のことかもしれないし

一部大学けがつながっていた90年ごろのことかもしれない

まあ人によるよな

ついでに言えばその頃は個人情報ネットに載せるなみたいな規範一般的じゃなかった気がする

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170323162129

産業界で飼われている草食系畜産動物です。

日米欧、欧の中でも各国違う仕組みでシステムがまわっているのを見るけど、

なかでも日本は本当にうまく回っていない感は外から見ていても感じる。とても日本社会的な特徴がよく出ているかなとも思う。

例えば、高齢化社会の進展で社会保障費が増大する中、

財務省は、高齢者サポート以外の予算一生懸命締め付けるための因縁を各省庁につけて回っているんだけど、

文科省グローバル化とか大学改革とか、それを実施するためのお金として削られる分を取り返そうとしている。

 

財務省はそこに根拠を求めるから文科省が偉い教授陣に提案とかグローバル化ロードマップとかの作成をお願いする。

すると、

もっと偉い教授陣が集まる教授会で何が議論されているかと思えば、やれ大学改革だ、グローバル化だ、

大学院授業の実質化だ、オープンコースウェアだ、アクティブラーニングだ、学位プログラム化だ、

単位互換制度だ、デュアルディグリーだと、文科省の顔色をうかがいながら、

みたいな現象が起きる。

 

ただ、大学運営方針を決めたり戦略を作ったりすること自体世界中のどこでもやってる。

ここで、日本で一番特徴的だなと感じるのは、年功が高い人というか総合力を重視する規範ものすごく強くて、

そういったロードマップ作成を、年功の高い人だけでやろうとすること。

だいたい良い人材が腐らなければ、年々研鑽していくこともあって、

年功が高い人の方が(その組織委内での)総合力が高くなるのは当然の帰結だけど、

それでもある一点で評価すると年功の低い人でも年功の高い人を圧倒することは当然ある。

「他はだめだめなんだけど、ここは素晴らしい」という人材がいたとき

あいつは未だ未だ」「こういうところが足りてない」など、"欠点がない"ことを資質として求めちゃう

 

結局、戦略策定とか高尚とされるお仕事は年功高い人がとるので、大学業務リソースは変わらない中、よそ者とか若い人に、

生産性の低い学生留学生含む)を手厚く面倒みながら、自分事務書類に追われ、試験監督したり、

クラス連絡会とかオリエンテーションとか企画して、引きこもりで出てこない学生の両親に電話相談したり、

大学説明会オープンキャンパス市民講座とかに駆り出され、はては高校訪問などの営業まで

してもらわないといけない体制が出来上がる。

 

長期戦略を作る方の話に戻ると、年功が高い人になると、人生の"あがり"が見えている人が自然多くて、

10年後なんて俺には関係ない話」と口にしちゃう人がマジでいるし、

戦略策定も"欠点がないように"実施項目は並べるんだけど達成目標議論は避ける。

 

経産省資料

http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/sangyougijutsu/kenkyu_kaihatsu_innovation/pdf/004_04_00.pdf

ベンチャー活用」とか実施項目は踊るけど、その帰結については書いてないでしょ?

 

年功高い人の会議でも同様の議論(↓)があって、これまで前述のことは本当に陳腐だと感じられるかもしれないけど、

http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/sangyougijutsu/kenkyu_kaihatsu_innovation/pdf/006_03_00.pdf

 

結局のところ、地方は結局「若者」を排除して自ら衰退するですね。

私も逆の立場になってきたら、しっかり神輿に乗せてほしいし

 

さらにこういったものを作る有識者会議だと「高度な日本技術を輸出」とか、

日本に本当に有意性があるかどうか不明なことが世界を圧倒しており、

しか世界がそれを欲しがっているというクールジャパン前提の実行計画が立つ。

 

他方で、極端な例を挙げると欧州小国だと官僚組織部長(局長の次席)に30歳ちょっとで就くことがあったりして、

しか転職でだったりする(すなわち年功ゼロ)。

そういう人にうまく仕事をさせて、組織利益にしようという目標意識運営側に強い。

 

 

欧米だと博士課程の学生に勤続年数5-6年のサラリーマンと同じ年収を渡して仕事をしてもらうのもよく聞く話ですよね。

日本だったら、そんな社会経験ない人に良く任せるなーって感じするよね。

 

 

でも、欧米の友人もP300くらいの研究提案書(ロードマップ)なんて作ってポジション取りに行ってるし、

大学とかもっと上位の戦略策定している人たちは、

そうやって入手したロードマップを取捨選択編集統合してたり全体目標を作ってたりするんじゃないかなと思うけど、

そういう、屍累々の上に国家戦略的全体像を作る世界日本はなりたくないよね?

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314014505

あらゆる個人商店が連中のせいで駆逐され、店長バイトに酷い労働を強きつつ

もはやインフラ同然の存在になってるコンビニにまだ商業的な行動規範を求めるのか

日本人ノブレス・オブリージュ理解できないとはホントのことだったんだね

道理経営側のヘマが消費者労働者転嫁されるわけだ

バカ消費者はそれにも気付けない

天道様(社長)は天皇よりも偉大だから

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