「規範」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 規範とは

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170323162129

産業界で飼われている草食系畜産動物です。

日米欧、欧の中でも各国違う仕組みでシステムがまわっているのを見るけど、

なかでも日本は本当にうまく回っていない感は外から見ていても感じる。とても日本社会的な特徴がよく出ているかなとも思う。

例えば、高齢化社会の進展で社会保障費が増大する中、

財務省は、高齢者サポート以外の予算一生懸命締め付けるための因縁を各省庁につけて回っているんだけど、

文科省グローバル化とか大学改革とか、それを実施するためのお金として削られる分を取り返そうとしている。

 

財務省はそこに根拠を求めるから文科省が偉い教授陣に提案とかグローバル化ロードマップとかの作成をお願いする。

すると、

もっと偉い教授陣が集まる教授会で何が議論されているかと思えば、やれ大学改革だ、グローバル化だ、

大学院授業の実質化だ、オープンコースウェアだ、アクティブラーニングだ、学位プログラム化だ、

単位互換制度だ、デュアルディグリーだと、文科省の顔色をうかがいながら、

みたいな現象が起きる。

 

ただ、大学運営方針を決めたり戦略を作ったりすること自体世界中のどこでもやってる。

ここで、日本で一番特徴的だなと感じるのは、年功が高い人というか総合力を重視する規範ものすごく強くて、

そういったロードマップ作成を、年功の高い人だけでやろうとすること。

だいたい良い人材が腐らなければ、年々研鑽していくこともあって、

年功が高い人の方が(その組織委内での)総合力が高くなるのは当然の帰結だけど、

それでもある一点で評価すると年功の低い人でも年功の高い人を圧倒することは当然ある。

「他はだめだめなんだけど、ここは素晴らしい」という人材がいたとき

あいつは未だ未だ」「こういうところが足りてない」など、"欠点がない"ことを資質として求めちゃう

 

結局、戦略策定とか高尚とされるお仕事は年功高い人がとるので、大学業務リソースは変わらない中、よそ者とか若い人に、

生産性の低い学生留学生含む)を手厚く面倒みながら、自分事務書類に追われ、試験監督したり、

クラス連絡会とかオリエンテーションとか企画して、引きこもりで出てこない学生の両親に電話相談したり、

大学説明会オープンキャンパス市民講座とかに駆り出され、はては高校訪問などの営業まで

してもらわないといけない体制が出来上がる。

 

長期戦略を作る方の話に戻ると、年功が高い人になると、人生の"あがり"が見えている人が自然多くて、

10年後なんて俺には関係ない話」と口にしちゃう人がマジでいるし、

戦略策定も"欠点がないように"実施項目は並べるんだけど達成目標議論は避ける。

 

経産省資料

http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/sangyougijutsu/kenkyu_kaihatsu_innovation/pdf/004_04_00.pdf

ベンチャー活用」とか実施項目は踊るけど、その帰結については書いてないでしょ?

 

年功高い人の会議でも同様の議論(↓)があって、これまで前述のことは本当に陳腐だと感じられるかもしれないけど、

http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/sangyougijutsu/kenkyu_kaihatsu_innovation/pdf/006_03_00.pdf

 

結局のところ、地方は結局「若者」を排除して自ら衰退するですね。

私も逆の立場になってきたら、しっかり神輿に乗せてほしいし

 

さらにこういったものを作る有識者会議だと「高度な日本技術を輸出」とか、

日本に本当に有意性があるかどうか不明なことが世界を圧倒しており、

しか世界がそれを欲しがっているというクールジャパン前提の実行計画が立つ。

 

他方で、極端な例を挙げると欧州小国だと官僚組織部長(局長の次席)に30歳ちょっとで就くことがあったりして、

しか転職でだったりする(すなわち年功ゼロ)。

そういう人にうまく仕事をさせて、組織利益にしようという目標意識運営側に強い。

 

 

欧米だと博士課程の学生に勤続年数5-6年のサラリーマンと同じ年収を渡して仕事をしてもらうのもよく聞く話ですよね。

日本だったら、そんな社会経験ない人に良く任せるなーって感じするよね。

 

 

でも、欧米の友人もP300くらいの研究提案書(ロードマップ)なんて作ってポジション取りに行ってるし、

大学とかもっと上位の戦略策定している人たちは、

そうやって入手したロードマップを取捨選択編集統合してたり全体目標を作ってたりするんじゃないかなと思うけど、

そういう、屍累々の上に国家戦略的全体像を作る世界日本はなりたくないよね?

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314014505

あらゆる個人商店が連中のせいで駆逐され、店長バイトに酷い労働を強きつつ

もはやインフラ同然の存在になってるコンビニにまだ商業的な行動規範を求めるのか

日本人ノブレス・オブリージュ理解できないとはホントのことだったんだね

道理経営側のヘマが消費者労働者転嫁されるわけだ

バカ消費者はそれにも気付けない

天道様(社長)は天皇よりも偉大だから

2017-03-11

http://anond.hatelabo.jp/20170311134701

もともと「かわゆし」という古語があり、

そこからかわいい」あるいは「かわいそう」という言葉(もちろん和語)が生まれました。

可愛い」や「可哀相」という表記はいずれも当て字です。

よって、どう書くのが正しいのかという規範はありません。

常用漢字表などの現代正書法に従えば、「かわいい」「かわいそう」と仮名で書くのが正しい、

ということになります

よって、公用文学校教育新聞などでは「可愛い」「可哀相」という表記法は用いられません。

ただ、個人言語活動でにおいては、この場合どのような表記法を用いても非難はされません。

漢字意味にこだわって、「かわいい」を「可愛い」、「かわいそう」を「可哀相」と書き分けても

いいでしょう。

なお「可哀相」は「可哀想とも書きます。どちらも当て字ですから、好きな方を使えばいいでしょう。

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170309143318

女性だってフェミが台頭するまでは、同じく声を上げちゃいけないって規範はあったよ

黙って父に従い、嫁いでは夫に従い、老いては子(長男)に従えとね。

今ではそんなのすっかり忘れ去られてるから増田みたいな意見が出てくるけど。

やっぱりどっかで誰かが頑張って声上げないと、縛られてる規範からは逃れられないのだから

自分が声上げられないならせめて、声上げてる人を引きずり下ろすのは辞めたほうがいいと思う

男性のしんどさに目を向けよう」というフェミニスト欺瞞

国際女性デーからこそ、男性のしんどさにも目を向けよう

https://news.yahoo.co.jp/byline/kojimakeiko/20170308-00068469/


フェミニズム男性も開放する理論

男性の生きづらさにも我々は注目してる」

全部嘘っぱちだ。

なぜそう感じるか、それは彼らが「男性を縛る性規範」に対してあまり無知無理解なことだ。


フェミニストは「男性も声をあげろ」と言う。

しかし「男は(女子供のように)声をあげてはならない」というのが、男性の縛られている性規範だ。



男は黙って家族を養え

武士は食わねど高楊枝


こんな男性規範の最も単純なルールすら理解せず「男性も声をあげよう!」などと能天気にのたまうフェミニストたち。

彼らには男性の苦しみを理解する意志も、能力も、ない。

2017-03-05

何が茶番かって言うと

世の中全部茶番なんだよな

絶対にそうでなくてはならない」という規範みたいなものはない

すべてただなんとなく、とくに理由もなく現状のようになっているだけだ

従わなければならない決まりなど本来は何もない

例えば唐突に奇声を発して走り出すなどしても当人がよければそれでいいのだ

2017-03-01

[] H23刑法コメント

甲の罪責

Tb

行為の一体性を論じる実益を書いておくといいと思う。

◇実行行為性のところのメモ書きに「長すぎる」「ムダ」って書いてあるんだけど、出題趣旨に①甲車の高さ、②速度、③走行距離、④走行態様、⑤路面状況、⑥結果を丁寧に拾えと書いてあるので、これぐらい書いていいと思う。上位答案もここは丁寧に拾っていた。

◇俺、故意認定忘れちゃったよ。

Rw

平成20年判例時間的場所的接着性も考慮してるのでこれも規範に挙げるといいと思う。俺は時間なくてあてはめしなかったけど。

侵害の均衡要件については、他に①ナイフの刃体が10cm、②頭部や顔面に向けている、、③「やくざ者なめんな」「降りてこい」等の脅迫言辞、を挙げると良いらしい。

◇急迫性の認定は丁寧でいいと思う。俺は時間なくて適当否定してしまった。

乙の罪責

蹴った行為

◇俺防衛意思忘れた。

◇甲がケガしてるので傷害罪共同正犯でいいと思う。

ナイフで切りかかった行為

行為の一連一体性⇒過剰防衛について、最決平20.6.25と最決平21.2.24が似たような事案なのに結論が分かれた。んでどうも結論を分けたのが反撃の可能性の有無らしい。なので本件だと「甲が全速力で走って逃げだした」という事情重要らしい。

意思連続性はばっちり。

丙の罪責

蹴った行為

◇ここも傷害罪共同正犯でいいと思う。

ナイフで切りかかった行為

◇たぶん時間切れだと思うが、①反撃時の共謀が追撃行為因果性を有するかと規範定立して、②共謀の内容が「防衛しよう」というものであることを認定、③なのにやったことは犯罪行為なので因果性なし、④新たな共謀の有無を認定の順で。

2017-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20170209064836

女は(体力的、社会的etcに)弱いから。

人は無意識レベルで弱いもの攻撃してしまものから

から「弱いものいじめはいけない」「女を殴ってはいけない」という規範存在する

2017-02-22

管理者養成学校が続いている理由と仕組みを卒業生説明する

サラリーマン幹部養成学校の一日が刑務所と変わらない→実際に行った人たちが続出 - Togetterまとめ - https://togetter.com/li/1083373

▼Q:なんでこんなものが続いているのか

ビジネスモデル確立してるからです。

ここの母体は「社員教育研究所」という会社で、ビジネスマナー等の半日研修セミナーをメインにおこなってます。昔いた会社では、正社員は全員ここの半日研修を受けることになっていました。管理者養成学校に行くのは管理職新卒社員だけでした。

半日研修は、意外にもいたって普通の内容です。笑顔の耐えない講師の人が当たり障りのないビジネスマナーを教えてくれます半日話を聞いて仕事サボれてラッキー、くらいの感覚で受けました。しか講師笑顔にだまされてはいけません。それはただの仮面です。ここの講師は全員管理者養成学校教師を兼ねてます。いつでも怒鳴り声があげられるのを、セールス向けに意図的にゆるーくゆるーく振る舞ってるのです。

この、セミナーの使い分けがポイントです。管理者養成学校卒業生は一部が完全に洗脳されます。よしんば洗脳されなくても、管理職的な視点から後述の「一定の効果」を認めるひとは少なくありません。そのため、「管理者養成学校いかせるまでもない(行かせたくない)けど、多少学んでほしいことがある」と考えた管理職は、このゆるーい半日研修採用するのです。つまり

「ここの卒業生管理職になった企業管理職になる」

→「この企業運営する半日研修セミナー社員を受けさせる」

(→「一部の社員合宿セミナーへ参加させる」)

というサイクルが発生しています。飴と鞭に近いものを感じるというか、よくできています。多分なくなりません。

▼Q:「一定の効果」ってなに?

トップダウン式の企業における「上から命令には迅速かつ忠実にしたがう」という感覚を身に付けることです。

命令に従わなかったり、勝手判断で動く社員はどの企業にも一定数発生します。それを許容する文化もあれば、「上から命令絶対に守る/言われてないことは絶対にしてはいけない」という文化もあるでしょう。そして、例えば急成長して組織構造確立していない大企業のような「企業風土はまだ根づいてないけど、上としては絞めるところをしっかり絞めたい」という意識が働きやす企業は、荒療治であっても命令絶対服従の社員を育てたいと思うではないか…というのが私の予想です。

他にも「承認体験を与える」「ブレインウォッシュしたあとにある種の価値観を植えつける」とかもありますがこれも後述します。

▼Q:実際にはなにやるの?

意味のないことをやります

本当です。たとえば、「駅前に立ち、大声で歌を歌う」「歌で審査員を感動させる」「動きを激しくアレンジしたラジオ体操を覚える」「行動力基本動作10ヶ条を暗記する」といった課題を与えられます。それらがすべて合格にならないと補講が発生し、強制的宿泊数が一日延びます。そんなことをわたしは7泊8日で怒鳴られながらおこないました。

この「意味がない」というのは実はとても効果的です。そもそも、入校初日先生から

「ここで教えることに意味はない。大声を出そうが、歌が歌えようが、仕事はできるようにならない。だけど、ここは研修練習の場だ。練習でできないことが、本番でできるわけがない。ここでの訓練を通じて、社会人としての一挙手一投足を学んでほしい」

とか言われます。そしたら「意味がないじゃん」という反論意味をなさなくなりますしかも、「意味はない」けど「歌で審査員を感動させる」ために歌う歌が

要領とごまかしで 長い坂はゆけない

仕事場は戦いの場 半端ではない

やる気になって汗を流せど 力なき悲しさ

いつかみじめな自分を見るだろう

年をとってほぞを噛むなら いまやるがいい

君よ知るか仕事ができて、人生幸せ

ひらけゆく青空の大きさはどうだ

しなやかな若竹にできないということはない

なんて歌詞なんです。

ここが恐ろしい、そして本当にすごいところで、教師意味提示しないので、自分で考えるしかないんです。

意味がない」からこそ、「自分意味内面化する」。このための仕組みが管理者養成学校はとにかく高度に作られています。たとえば、大声で歌を歌うとどうなるか。脳が酸欠になり、思考力が低下します。どれだけ歌っても鬼の形相の教師が怒鳴ってきます。何度も審査に落ち限界限界を重ねて大声で、精一杯気持ちをこめたあと、教師が満面の笑みで「合格!」って言って抱き締めてくるんですよね。このとき承認された感覚半端ないです。涙がボロボロますし、ボロボロ泣くのは気持ちいいです。承認体験は人を盲目します。

なお、こういった方法論は一般的にbrainwashingと呼ばれているはずです。そういった仕組みを利用しているのは軍隊カルトの二つが一般的ですね。

▼Q:嫌じゃなかった?

→嫌だと考える時間と余裕があらゆる点で排除されています

ポイントは「秒単位の余裕すらない規律」「徹底した団体行動」「常に見られていること」「でも絶妙息抜き」の4つです。合宿中は一日を5時起床/22時30分消灯で行動します。自由時間はこのうち合計3時間ほどありますが、単独行動禁止です。研修グループでおこなうので、一人だけ休む、一人だけ練習するなどは禁じられています。本当の意味での自由時間は、起床と就寝のための30分くらいです。それらは布団の出し入れと着替えでつぶれます

なお、行動と行動の間に1分でも空き時間があれば、なにか練習しないといけません。寝泊まりと訓練をする部屋は一面ガラス張り、かつ消灯時以外はカーテンを閉めるのを禁じられています教師は常に見回りをしており、なにもしていなかったら怒られますあなた方はパノプティコンをご存じでしょうか。

見られているのは教師だけではありません。同じグループのひとや、違うグループのひとも同じです。学校では実に細かなルールが設定されています。「部屋を出入りするときは『失礼します』とおじぎをしてから出入りする」「移動時には常に小走り」「椅子から立ち上がるときには椅子を必ず机の奥まで入れる」等々。そして、「ルールを破った人がいれば他のひとが注意する」「注意されたら『ありがとう』と返す」等々。ここでは生徒もまた監視している存在なのです。

しかし、ガッチガチでありながら、休憩時間ビールタバコを嗜むことは許されています絶妙です。縛るところは縛りつつ、一握りの自由を与えます。また、グループ内でのコミュニケーション促進にもなります

▼Q:みんなこんなルールを守るの?

→守ります意味がないルールでも、ここでは規律内面化されるからです。

一番面白かったのは、「風呂に入る前には、風呂場の上に書かれている『風呂に入るときは、1:頭からお湯を二杯かぶる 2:頭を二分洗う 3:お湯を三杯かぶる 4:水を一杯かぶる 5:体を五分洗う ...』の規則を必ず読み上げてから入る」でした。みんな読み上げるし、書かれている「体を洗う順番」を守ります。本当に。風呂息抜きの場ではありません。厳密には、「息抜きをしつつも、規律規則として必ず守る」という感覚が四六時中植えつけられます

▼Q:あなたは何を学んだの?

ラジオ体操でぶっ倒れるとか、40キロ歩いて本当に立ち上がれなくなるとか、あとは四六時中怒鳴られたときに何度も発生したミスがあるとか、そういった点での「私自身の体力的・精神限界を知れた」ということは結果的によかったかなと思います

また、『1984年』の二重思考ってこういうことなのかと体感しました。承認体験が重なるにつれて、「規律めんどくさい!」が「規律を守ることは楽しい!」に刷り変わっていく感覚は絵も知れぬものがありました。訓練の最後には「この学校は最高だ!!」って本気で思ってました。でも「学校を補講なしで卒業し、一日でも早く出たいから全力で試験合格しようとする」んです。

矛盾してるでしょう?でもそれを可能にするのが管理者養成学校なのです。

▼Q:管理者養成学校さないと

→同感ですがつぶれないと思います洗脳されてるひと結構ますし、この「洗脳されてる」が「『個人人格』とは別の『社会人としての規範人格』を学ぶ」と錯覚してるひとは多いです。私も、管理職立場になったら部下に行かせない保証はないなと思います

▼Q:おまえは既に洗脳されてる

洗脳っていうのは「こんなの絶対おかしいよ!」って理屈理解していても「わー!たーのしー!すごーい!」と思ってしまうから洗脳なのです。

2017-02-21

恋愛離れの原因は「男らしさ」「女らしさ」というレールが無くなったからでは

ほとんどの人間は「男らしさ」「女らしさ」というフォーマットに沿わないと恋愛ができないんだと思う。



大昔の時代は「男らしさ」「女らしさ」の価値観が強固だったんじゃないですか。

相手は男だから強さ逞しさを求めていい」「相手は女だからお淑やかさを求めていい」…的に

相手に「男女像」というもの求めてることが、まあ、許されていたんじゃないですか。(そりゃパーペキに許されたとは言わないけどさ)

「男だから~」「女だから~」と価値観押し付けることができた。



しか現代はどうだ?ジェンダーフリー男女平等、反セクシズム。

基本的相手に「男らしさ」「女らしさ」を求めるのはアウトな価値観時代です。政治的に正しくないです。ポリでコレじゃないです。

相手が男だからって強さ逞しさを求めてはいけない」「相手が女だからってお淑やかさを求めてはいけない」

…これを破る者は基本的モラハラセクシズムハラスメンターです。

要するに『相手に「男らしさ」「女らしさ」とかカンケイなく一個人として見るべし』…というのが現代における恋愛規範と言えましょう。



が、これこそがまさに、恋愛難易度を爆上げさせてしまった要因なのではないか、と思う。

簡単に言うなら「相手を読み解くまでのコード多すぎる」

上記の通り大昔は「男らしさ」「女らしさ」というごく単純なコードにより、ある程度は相手のことが『分かりやすかった』(そりゃパーペキ単純化されてたとは言わないけどさ)

だが「らしさ」というもの忌避される現代では、「相手を読み解くコード」が非常に複雑難解と化しているのだ。

相手が○○だからって××と思ってはいけない」「△△と決めつけてはいけない」「■■と扱うな」

あぁ^~コードが分かりづら杉るんじゃぁ^~…トライアンエラートライアンエラートライアンエラーブライアンエラー

…もういい、疲れた恋愛ってめんどいしいいや…

…って感じが昨今のありがちな恋愛離れ像だと思うのですよ(←すげえ単純化してんな)



結局ね、逆説的に言って大昔は「男らしさ」「女らしさ」というもの保証があったからこそ、

万人にとって恋愛はある程度単純化されていて、参入障壁が低い文化であった…と思うんですよね。



いや、上記を読んでムカムカする人がいるのは分かりますよ。おまんら「男らしさ」「女らしさ」に頼らんと恋愛もできんのかいシバくぞワレ!?

でもね、でもね…そういう「男らしさ」「女らしさ」に頼らなくても恋愛できるあなた方は「恋愛強者」なんですよ。

でもその「恋愛強者」は、正直すっげぇ少ないと思うのですよ。残念ながら。

人間というものほとんどが「恋愛弱者」で、「男らしさ」「女らしさ」に頼らないと恋愛できない。

しかし「男らしさ」「女らしさ」に頼ってはいけないとなったら、「恋愛離れ」に至るしかないのですよ。

悲しいけどこれ現代ナノヨネ(チュドーン スレッガーサーン!!!



いやいや、誤解せんでほしいんスけど、このエントリの主張は

「大昔の男差別社会に戻るべきなんじゃ~~~!」とかそんな極端な保守主義者みたいなことを言いたいわけではないデスよ。

私はむしろ男女平等な世の中を望んでおります

あと、「なんでそんな恋愛離れを嘆くのだ。恋愛しなくても別にいいじゃん」と意見する人もいるだろうが、それはとりあえず後のお話



ただ、言いたいのは、「男女平等を推し進めたか恋愛する人が減ったんじゃね?」

男女平等恋愛ができるのは少数の恋愛強者のみ。大多数の恋愛弱者は「男らしさ」「女らしさ」に縋らざるを得ない」というだけの話。

恋愛人口男女平等トレードオフ

男女平等を推し進めよう!その上でみんな恋愛しまくろう!」なんて無理無理カタツムリ

●『男女平等推進!それで恋愛する人が減ってもしゃーない!』か

●『恋愛しまくろう!男女平等とかどーでもええんじゃい!』か

どっちかしかないんじゃないか?…というだけのお話

http://anond.hatelabo.jp/20170204144950#tb

今の男の方が「泣いてはいけない、女を守れ」みたいな規範から解放されて優しくされてると思うが…

2017-02-17

[] H23民法コメント

全体について

合格ラインぎりぎりの答案の出来が以下だった。◇が159.47点(合格)、◆が153.41点(不合格)。

設問1(1)

◇「利益」「損失」の額を何とかひねり出して、転用物訴権規範と当てはめが出来ている。額はめちゃくちゃ。

◆↑と同じような記述

設問1(2)

◇詐害行為取消を完全に落としているが、債権者代位にかろうじて気付いている。ただ被代位債権必要費償還請求権(608条1項)にしていた。

◆詐害行為債権者代位を完全に落とし、動産売買先取特権の物上代位を大展開していた。

設問2

将来債権譲渡とその付随義務理解できている。

◇ただし、帰責事由について謎の議論を展開している。

◆まず将来債権譲渡ということが分かっていない。

設問3(1)

◇「建物としての基本的安全性」の論点に気付いている。

◆709、717条を挙げて漫然と当てはめる。

設問3(2)

◇ばっちり書けている。

◆ばっちり書けている。

まとめ

なので、

転用物訴権を何とか書いて、請求額をめちゃくちゃなりに理屈を付けて算出している。

債権者代位に何とか気付いている。

将来債権譲渡とその付随義務をそれなりに書けている。

④「建物としての基本的安全性」の論点を書けている。

過失相殺論点をばっちり書けている。

辺りが合格ラインかなぁ、と。民訴会社との総合なんでなんとも言えないけど。

設問1(1)

◇上の合格ラインを余裕で超えていると思う。ウ.の「しかし~」以降は感心した。

設問1(2)

債権者代位に気付けているので大丈夫だと思う。問題文が悪いっすこれは。

設問2

◇いいと思う。「~~という債務」っていう風に明示できてればもっといいけど別にこれでも分かる。

設問3(1)

◇「建物としての安全性」ってワードが出てるんでいいと思う。

設問3(2)

◇できれば実質的理由が出せるともっといい。加齢を理由相殺したらじじいの損害賠償請求は全部減額されちゃうだろ!とか。

コミュ障恋愛するには相手迷惑顧みずに勘違いするしかない

「好きでもない相手エロ目線で寄って来られたらキモいだけだ」というのは紛れもない真理なんだが、

相手自分好意を持ってるかどうかを察することができないコミュ障がこういう規範だけ持ってしまうと、

誰に対しても「あの子は俺のこと好きじゃないかもしれないから、俺が近寄ったら迷惑かもしれない」と思うだけだ。



自分のことを好きかどうかを察することができないなら、好きという可能性に賭けて行動するしかない。

相手迷惑をかけても仕方がないくらいの気持ちで臨まないと、一生誰とも恋愛できない。

「察する」なんて高度なことは場数を踏まないとできるようにならないんだから

たまたま好意を持ってくれる相手に当たったらラッキーと思って、ガチャを回すしかない。

コミュ障他人迷惑かけずに恋愛なんてできないんだ。迷惑承知でやるか、諦めるしかない。

2017-02-13

村上春樹桃太郎

(1)

 昔、とは言ってもだいぶ昔のことなのだけれど、僕はある町(名前もない小さい町だ)に妻と二人で暮らしていた。

 多くの夫婦がそうであるように、僕たちの間にもいささかの問題があった。

 他人からしてみれば些細な問題かもしれないのだけれど、妻はよくそのことで自分自身を責め、彼女本来持つ良さを損なっていたと思う。それは2月に突然降る冷たい雨のように僕たちを苦しめた。

あなたはどう思うの?私たち子供がいないことについて」と妻が言った。そのとき僕たちはボンゴレビアンコといんげんのサラダを食べ終え向かい合って座っていた。テーブル越しの妻はなんだかいつもより疲れているように見えた。

「ねぇ、最初に言っておきたいんだけど」と僕は言った。

「僕は特に子供が好きじゃない。それに子供がいないことは夫婦自由選択の結果であって、君が苦しむべき問題じゃないと思う」

 妻は頬杖をついて僕の方をじっと見つめ、(あるいは僕の後ろにある流氷写真を見ていたのかも知れない)静かに微笑んだ。まるで、そんなことを聞いたんじゃないという風に。

明日、川に行こうと思うの」と妻はそっと言った。

「悪くない。いつ出発する?」と僕は言った。

「ごめんなさい、私、一人で行きたいの。あなたは山に行って」

オーケー」僕は早朝のマクドナルド店員のように努めて明るく答えた。

(2)

​ 目が覚めると僕は洗面所に行き、顔を洗った後によく研いだ剃刀で髭を剃った。髭を剃りながら僕は晩秋の山肌を想像した。夏の頃は繁茂した樹々で彩られ緑の色深かった山肌も今ではすっかりその色を失い、淡く茶色がかった枯れ草やくすんだ赤や黄土色の落ち葉で覆われているはずだ。やれやれ、なんで山になんか行くことになったんだろうと僕は思った。

 しかし、妻の言うことにはひとまず従うというのが僕のささやかな行動規範なので(僕は平穏毎日というものを愛している)それ以上は考えないことにした。望むと望まずにかかわらず、僕はいずれは山に行くことになるのだ。

 妻と初めて会ったのは、5,6年前の知り合いの結婚パーティだった。彼女は体にすっきりと馴染む黒のドレスに身を包み受付をを担当していた。僕が自分名前を告げると彼女は手元にあるリストを丁寧に確認し、まるで5月小川に小石を投げ込んだようににっこりと微笑んでメッセージカードを手渡してくれた。

 僕がウエイティングスペースでメッセージカードを書いていると、彼女が隣に来てそっとシャンパンのグラスを置いてくれた。

ありがとう。ちょうど喉が渇いていたんだ」と僕は言った。

新婦とお知り合いなんですか。新婦側の男性って珍しくて」と彼女は言った。

「森で白い貝殻のイヤリングを拾ったんだ」と僕が言うと、彼女はくすくす笑った。それは控えめに言ってかなり魅力的な笑い方だった。

「いつか私ともダンスを踊ってくださいね」と彼女は言った。

「喜んで」と僕は言った。

 台所で焼きあがったばかりのマフィン蜂蜜を塗りながら、そういえばまだダンスを踊っていなかったなと僕は思った。やれやれ、なんで今になってこんなことを思い出すんだろう。僕は不思議な気分になって壁の写真を眺めた。流氷は昨日と変わらず藍色の暗い北極海に浮かんでいた。しろくまの親子でもいるとさらに良いかもしれない。

 僕がマフィンを食べ終え食後のコーヒーを飲み終わっても妻は起きてこなかった。どうも変だなと僕は思った。妻が(例え遅れることはあっても)食事の席につかないことは今までになかったからだ。

 少し迷ったのだけれど、僕は先に山に行くことにした。きっと妻には食事をしたくない理由があるのだろうし、僕には夫としてそれを尊重することができる。

 夫婦とは互いの自由選択の結果によって成り立つのだ。

村上春樹「桃を巡る冒険」)

2017-02-10

[] H25民法コメント

設問1

◇①の検討顕名代理権に触れているので、請求原因に④顕名、⑤代理権も追加しちゃってよいと思う。

事実がたくさんあるので、もっとじゃんじゃん事実を適示して行ってよいと思うんだけど、意外と上位答案もあっさりだった。

設問2

◇上位答案もあんまり書けてなかったんだけど、ここは通説(我妻説)で書いていくと事実が拾いやすい。

(1) まず事案を、①FがHを履行代行者として使うことが禁止されている場合、②許諾されている場合、③どちらでもない場合、のどれに当たるかを認定する。

(2) 本件では②に当たる((ⅰ)そもそもコーヒーショップを開くと言っている時点で内装工事をするのは織り込み済みのはず、(ⅱ)実際に説明を受けて許諾をしている)ので、その場合はFの選任・監督過失があるかを認定する。

(3) Fは(ⅰ)元医療機器事業をしていて今はコーヒーショップ経営者から内装工事については素人、(ⅱ)亀裂も専門家のEが調査してはじめて分かるものだった、というのだから監督は期待できず、監督過失はない、とか。

(4) (2)を争うとかが出来たら超上位答案だけど、さすがに1位の人しかできていなかった。

設問3

◇やべぇ俺ここ問題読み違えた。すいません。

◇ここ書き方が趣旨実感にはっきり書いてないので上位答案からの推測になってしまうんですが、判例規範に当てはめている答案が上位に来ていた。

 つまり、Dの丙建物に対する抵当権設定登記平成23年9月14日で、必要費償還請求権を取得したのが平成24年9月9日であると。自働債権の取得が登記より後なので、相殺抵当権者に対抗できませんよ、と一応認定していた。

◇射程外とする議論は卓抜だと思った。ばっちりだと思う。

2017-02-09

でも、デートレイプしないと僕を愛してくれないんでしょ?

高校生の時、二人の女の子と付き合った。僕は手を繋ぐのが精一杯で、自分からキスしたり、ましてやそれ以上のことをするなんて無理だった。

二人とも、僕のことをすぐ振って、他の男と付き合い始めた。奥手な自分に不満を持ったのだと思った。

大学に入って、彼氏がいる女の子のことを好きになってしまった。彼女のうちに呼ばれて、デートレイプまがいのことをしてしまった。もう二度と会ってはくれないだろう、警察通報されて当然だ、と思った。

ところが、数日後にまた会う約束ができた。それどころか、彼女の態度は見違えるように自分への好意を示すようになっていた。結局、その子はそれまで付き合っていた彼氏を振って自分とつきあってくれた。わけがからなかった。

の子と別れた後、二人の女の子を好きになった。その子たちとも二人きりになるチャンスがあったのだけど、相手が嫌がったので何もしなかった。デート最中性的行為強制することがデートレイプと呼ばれることを、僕はもう知っていた。

彼女たちは僕と付き合ってはくれなかった。それは仕方ない。でも、彼女たちは後になって、僕を意気地なしだと言って嘲笑した。わけがからなかった。僕はジェンダー論の本に書いてある通り、倫理的に行動したのに!

大学生活も後半に差し掛かったころ、僕はさびしさに耐えかねて、またデートレイプまがいのことをしてしまった。かつてと同じように、女の子は突然好意を示し始め、僕とつきあってくれた。

けがからなくて、すぐ振ってしまった。ほんとにひどいことをしたと思う。

大学卒業してから、誰とも付き合っていない。寂しくて仕方がない。でも、女の子に振られるのは耐えられても、好きな人嘲笑されるのは耐えられない。

デートレイプをしない男性のことを、意気地なしと言って嘲笑する規範は、男性だけのものではないのだと思う。もちろん、デートレイプはみんなに当てはまる道徳としては是認できないものだし、性について真剣に考えている女性たちは、そんな規範肯定してはいないだろう。でも、現実として、デートレイプをしないと僕は愛してもらえない。

"No means no"は正しい規範だ。だから、僕は愛されないまま行きていくしかない。そのことに異論はないのだけど、どうしても僕は、恋愛工学にはまってしまう男たちのことを心からばかにすることができないのだ。彼らは、男性欲望によってだけ生み出された存在なのだろうか。彼らは、そして僕は、ずっと救われないまま生きていかなくてはいけないのだろうか。

追記:(わかるように書いたつもりですが)相手の態度が変わったのは、いずれも後日の話です。事後には二人とも怒っていました。

あと、「デートレイプまがい」と書いたのは、私のし行為強姦罪構成するものではないからです。これ以上は詳しく書きません。

2017-02-08

大人になったら自動的理性的人格的にすぐれた人間になれると思ってた

大人っていうのは具体的には25歳とか30歳とか。でも夏目漱石の「こゝろ」の先生も言ってたじゃん、本来はどの人間も善人だが、誰もがふとしたきっかけで悪人になりうる。利他的な心を持った優しい人間も土壇場で利己心をむき出しにすることがあるみたいな…… そんな具合で人間追い詰められたら簡単に弱くなるし、カントみたいに定言命法(~~するべき、という形で内心にもつ倫理規範)に従って完全に正しく生きることなんて何歳になってもいか人間的に成長しても無理だったんだ! 少し前まで弱い人間の話読むと「いい大人のくせして」って嫌だったけど、そういう不完全で無力な人間が理性によって己に打ち克とうと一生もがいてもがいて死んでいくさまもそれはそれで健気で可愛いなって最近思いはじめた

2017-02-06

日テレ番組が苦手

日本テレビ番組が苦手。

24時間テレビに始まり笑ってコラえてケンミンSHOW、行列さんま御殿等々……。

日テレ好きな家族テレビチャンネル選択権を有している関係で、嫌でも目にする機会が多くなっている。

なぜ、日テレの(特にバラエティー)番組が苦手なのか。

日テレ番組面白いしかし、どの番組優等生といった感じで、ある意味安心して見ていられるが、教科書的な規範を逸脱することは(あまり)ない。

安心感というのは、日本社会での常識価値観を、ちゃんと踏まえているということに尽きる。

ケンミンSHOWはそれが顕著で、特定地方公共団体に対する印象(常識価値観)を軸に、番組が展開する(Ex北関東は云々)。

しかし、その常識価値観のものにメスを入れるようなことはしない。むしろ偏見ともいえる常識を再強化しているようにもみえるのだ。

偏見を改めようとする試みも、「常識的に」行われるだけで、揺るがされることはない(Exしかし、素晴らしい特産物が云々)。

さんま御殿でのトークも、さんまの司会芸としてパターン化されており、ゲストの話はさんま理解できるレベルに調整され、結果としてわかりやす常識価値観に変換されて終わりである

鉄腕ダッシュにおいては、「古き良き」みたいな空気が漂う。

多くの番組教科書的過ぎて息苦しい。教科書的に振舞えと言われているように感じるのだ。世間一般感覚に従えと。

24時間テレビでの障がい者は清廉であれという言外のプレッシャー日テレ番組は、世間一般感覚を強化する。

デブデブらしく、ハゲハゲらしく、イケメンイケメンらしく。

日テレ番組は、そのズレを許さない。許されるのは、わかりやす教科書的なズレだけだ。

ブサイク美女結婚できたのは、ブサイク性格が素晴らしいから。

それが私にとっては気持ち悪くて苦手だ。私の観測範囲にある日テレ番組に限られているのかもしれないけど。

2017-01-31

皆の誰もが「男性ではなく女性ケアしてほしい」と思うからなのでは

 男性保育士女児おむつ交換をするのは良くない、という話題にて、良くない、という意見を持つ要因とは何か考えた。

 そこで、山田昌弘さんの『モテる構造―男の女の社会学』(ちくま新書2016年、以下本書)の【第7章 ケアは女の役割か―男が触るといやらしい?】(p194-p203)で述べられている、ケアに関する男女の非対称性が関わってくると考えた。

 本書は、【男性は人前で泣いてはいけない】をはじめとする性別の「らしさ規範」や女性における【できる女はモテないのか】問題をはじめとする「男女の非対称性」について分析俯瞰した本である

 第7章は「ケア」における男女について書かれている。

 介護従事者や保育士など、人の身体ケアする仕事についている大部分が女性であり、「女性男性ケアしても許されるが、男性女性ケアすることには心理的抵抗が伴う」という男女の非対称性が見られると書かれている。

 次に、介護における性別の抵抗感に関する調査では、「男性から見た抵抗感:婿・嫁が最も高く、女性から見た抵抗感:"息子>娘"・"婿>嫁"・"若い男性介護士>若い女性介護士"・"中年男性介護士>中年女性介護士"」という結果になったことが書かれている(p.198【図表7-4 介護における性別の抵抗感】より一部抜粋)。よって、看護という多少専門的な分野であっても、男性であっても女性看護師の方が好まれ女性場合は、男性看護師は避けたい対象なのであるということが書かれている。

 そして、「ケア労働本来持つ性格として、ケア相手気持ちを考えながら行う労働であること、そして、ケアは体に働きかけ相手気持ちよくさせる労働であることから、前者が、ケア担い手として女性がより好まれ理由であり、後者ケア担い手として男性が避けられる理由なのであるとされている。そうして、二重のジェンダーにおける差異があるために、家庭内でも、家庭外でもケア担い手女性になりやす理由なのであるともされている。

 続いて、ケア身体性に関連して、ケア相手身体的、精神的に気持ちよくさせる行動なのであり、言葉にしてしまえば、性的コミュニケーションと同じ意味を持っているため、身体ケア行動は性行為連想させてしまうという。よって、ケアでは、配偶者恋人以外の家族他人に裸を見られる恥ずかしさを減少させ、性行為連想させないことがケア現場では重要であり、女性ケアした方が、性行為連想しにくいのであるという。しかし、父親子どもの世話をするのが一般的ではなく、同性の間に親密関係がなかなか築けない文化であることを一因となって、男性はそうはいかないという。その上、性行為においては、男性が主導権を握るイメージが定着していることから男性が、優しい手つきでにこにこしながら、女性を触って気持ちよくさせるということは、どうしても性行為連想させてしまう、だからといって、男性ケアに向かないことや女性ケアして当然であることをを導きたいわけではなく、男性ケア労働進出するためには、「恥ずかしさ」という感情を何らかの形で克服する必要があると結んでいる。

 これらを踏まえて、男性保育士女児おむつ交換をするのは良くない、というのは、自分達が「ケアされる」時がやって来た際に「男性ではなく女性ケアしてほしい」と潜在的にあるいは無意識的に思うことや父親が世話することの延長として捉えられていないこと等に由来するのではないかと考えた。

2017-01-25

女性保育士問題にならないのは滅ぶべき家父長制文化の古い性規範残滓のおかげ

それが解体されていけば気にする男も忌避する男も今後どんどん増えてくる

2017-01-22

http://anond.hatelabo.jp/20170122182531

元々スクールカーストの上位みたいなのは上位だからこそ少数派なのだ

保守社会では女々しい男なんて許されなかった、なのでその規範に従った

でも、リベラルに傾くにつれ男も女々しくてもいいのだと肯定された

そして女々しいまま投票した、その結果だ

弱かろうが情けなかろうが悪くない、そういう価値観を広めたらこうなるのは必然だろ

リベラルの望んだ社会にどんどん近づいている

喜ぶべきでは?

2017-01-16

なんでミニマリストって買い物好きなの?

ミニマリスト定義?行動規範?がよくわからないのですが…。


品質の良いもの(値段が高いとは限らない)を買って大事に長く使うという価値観理解できます。私も5年10年と使っている財布や万年筆などを持っています


この年末年始に「ミニマリストが買ってよかったものベスト」といった記事散見しましたが、ミニマリストって毎年なんやかんや買い物をしまくっていませんか。私の思っているミニマリストと違うのですが、私の定義おかしいのか、世間ミニマリスト自称なのか…。ミニマリストなら、「今年捨ててよかったものベスト」「無くても問題ないものベスト」になるんじゃないかと思うのですよ。正直後者の例なら私は枚挙にいとまがありません。


調理器具ってそんなにしょっちゅう買いますか?うちの鍋は全部で4個で結婚してからずっと同じもの使用していますし、おたまなどもオーソドックスものを買っておけばずーっと使えますよね。まな板なんて一度買えばメンテナンスしつつ数十年は持ちますし。なぜ毎年毎年これ買ってよかったあれ買ってよかったと新品が出てくるのか不思議です。


私が買い物をケチりすぎているのか心配にもなってきました。もしかして貧乏くさいのではないかと。ちなみに今年買った一番大きなものは電動自転車です。勾配10%以上の山道がある通園路で3人乗りがきつかったので。ほかに一万円を超えた買い物はなかったように思います。(旅行などは別)


みなさんはどうですか?ミニマリストといわれる人たちよりももっとたくさん買い物をしていますか。

2017-01-12

[] H27憲法コメント

全体

◇「シンポジウム」がところどころ「ツンポジウム」に見えてわろた

設問1(1)

BC

◇同一取扱いはそもそも「区別」なの?ってところは反論で書いてる答案が多かった。

審査基準に大きくばってんされてるんだけど、残しておいていいと思う。というか残さないと規範定立が無くなってしまって(=大前提が無くなってしまって)三段論法になってないのか?という余計な疑念を持たれるかも

◇あてはめは誘導に乗っていて良いと思う

BD

◇「信条」による区別なので審査基準を厳格にという議論はしても良いと思う

◇あてはめで、目的区別の関連性が論じられてないのが気になった。目的達成のためにはDらよりBの方がふさわしい⇒Dらを採用してBを不採用とするのは目的との(合理的実質的)関連性を欠く、等。

表現の自由

◇「反対意見刑罰命令を課された」という事例ではなく、「反対意見を述べたせいで職員地位を与えられなかった」という給付の事例なので、保護範囲ないし制約の議論でやや工夫が必要

例:「意見表明を理由不採用とすることは、直接的に意見表明を規制するものではないが、不利益な扱いを受けることによって将来の表現行為を委縮せざるをえず、間接的にBの表現の自由を制約している」(139.90点、94位)

◇「『意見評価を甲市シンポジウムで述べたこと』・・・により正式採用されないことは、Bのみならず、一般に当該問題について意見等を述べることを萎縮させかねないこと(表現の自由に対する萎縮効果)をも踏まえた検討必要となる。」(H27趣旨

手段審査で裸の利益衡量論が始まるんだけど、利益衡量論を避けるための違憲審査基準なので、あんまり好ましくない?かも?(こういう説だったら申し訳ない)

手段審査基本的に①目的達成に役に立つのか、②同じ目的を達成できる他の手段はないか、という視点で当てはめていくとうまくいくことが多い。

例:「仮にBがY採掘事業に反対していたとしても、業務中は自分意見を表に出さないことを誓約されれば行政事務に支障はないにもかかわらず、Bを不採用としたことは、必要最小限度の手段とは言えない」(139.90点、94位)

設問1(2)

BC間の点についての反論がよく分からなかった。無理筋反論

設問2

BC間、BD間の議論が、唐突に当てはめが始まる感じで最初何の話をしてるのか分からなかった。軽く一行規範を書いてあげるといいと思う。

BD間の当てはめはその通りだと思う。

2017-01-11

今日国際法用語合意は拘束する」

https://ja.wikipedia.org/wiki/Pacta_sunt_servanda

pacta sunt servanda(パクタスントセルウァンダ[1])は、「合意は拘束する」「合意は守られなければならない」などと日本語訳されるラテン語起源成句である。主に国際法および契約法で用いられる。

国際法上、この「『合意は拘束する』の原則」に対する唯一の制限は、強行規範(en:jus cogens)であるとされる。

合意は拘束するは、かなり強い規範なので、韓国日本との合意反故にしている件について、国際法上は正当化が難しい。国際法なんて守るつもりがない、中華中華するつもりならそれはそれで。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん