はてなキーワード: 進学校とは
私は今30代後半です。
高校は地方の公立進学校へ行き、ほとんど全員が大学へ進学するようなところでした。
うちは貧乏だと思い込んでいた自分は、どうせ自分は大学へ行けないんだ、と諦めていました。
でも高卒で働く自分も見えず、もともとデザインが好きだったので、
デザイン系の進学校へ行き、奨学金を借りて「専門士」を取りました。
たくさんのクラスメイトたちが、今でのデザイナー、編集者、ライターなどとして働き、
今ではそれなりの地位になっていたり、独立していたりして、大卒でないからダメだ、というのはあまり感じません。
私自身、デザイナーとして働き、海外へ出て、その後もIT系のデザイナーとして経験を積み、
大卒の資格なしでも、それなりにいい職場で働かせてもらっています。
でも、海外では、仕事上のビザはたいてい大卒が最低ラインです。
私は経験でカバーしてビザを取ってきましたが、いつも実はハラハラしています。
それも経験でカバーしてきましたが、これもいつも、ハラハラです。
大学は出ておいた方が、色々と、楽です。
私もそれは、さんざん言われました。
でも私には、学費のあてがなかった。
4年も払えるあてがなかったのです。
国公立でもだいぶ高いのです。
シングルマザーには手当がついたり、学内に保育女があったりする国もあります。
教育はすべての国民の権利だ、と考える国がたくさんあるのです。
留学って死ぬほどお金がかかる、お金持ちの特権だと思っていたのですが、
大学や国によってそんなことはないのです。
そんなこと、知らなかったので、留学とか海外とか、自分には関係ない話だと思っていました。
海外で最初についた仕事はすごくお給料が安くて、海外に出たい若者を搾取しているような仕事でした。
仕事内容はデザイン業務以外に、現地スタッフのマネジメントというのもあり、
給料は安くても責任の重い、まあ今となっては修行だったと思えますが、正直搾取の対象でした。
海外にいると、大学の名前なんて超トップスクール以外誰も気にしません。
アフリカの小国から来た同僚の大学の名前を聞いてもさっぱりです。
やっぱり学士が欲しい、というのもあありましたが、
正直、15年も仕事をしていると、今の仕事に関わる学士レベルの勉強は物足りません。
でも、基本、学士がないとマスターコースには入れません(MITなどの一部のコースでは大学を出ていなくてもマスターに入れるコースがある)。
もう40も目前です。
でも、もう手遅れ、っては思っていません。
まだいけると思ってます。
高校に入学したばかりの頃、毎日が楽しかった。関西でそこそこ有名な進学校に受かり、高等教育を受けなかった親が泣いて喜んでくれたことが誇らしかったのを覚えている。
部活は小学校から続けてきたこともあり、サッカー部に迷わず入った。中々ハードな高校の部活にも少しずつ慣れ、試合にも出れるようになってきた秋頃から、じわじわと部活の同級生の態度が変わってきた。
部活が終わると皆で日課のように立ち寄っていたコンビニも、皆俺を置いていくようになった。急いで着替えて走って追いかけると例のコンビニの前に皆いて、少したむろして解散すると、いつも同じ電車で帰っていた同級生は俺と話そうともせず、スタスタと先に歩いて行ってしまうようになった。最初は話しかければ素っ気なくも会話があったが、気づいた時にはすっかりスルーをされるようになっていた。休み時間に話しかけても部活の同級生は俺の言葉に反応をしなくなった。自分でもいよいよこれは無視されている、と気付いた。
この頃から世の中の景色が一変した。あれだけ毎日通うのが誇らしく、楽しかった校舎も見るだけで気分が沈むようになった。それでも通学の自転車の時間は一瞬で過ぎ、家を出て次の瞬間には学校の前に着いているように感じることがよくあった。
同級生と会うのが怖くなり、学校も休みがちになった。胃が痛くなったり、身体が鉛のように重くなった。
世の中には殴られたりカツアゲされたり、物を隠されたり、もっと卑劣ないじめをされる人が沢山いることは知っているが、人からこんなにもあからさまに嫌われることが生まれて初めてで、辛かった。
なんとか部活に出た日は、それでも練習が終わるとひとりぼっちになるのが嫌で、真っ先に着替えて日課のコンビニに置いていかれないようにもした。無視されることに変わりはなかったし、思考回路がもう萎縮していた。
もうこんな生活は続けられないと思い、小学校から続けていた大好きなサッカーを辞めようと思った。顧問に部活を辞めたいと切り出すと、
と突き放された。
「部活辞めてどうするんだ、どうせ髪染めて煙草でも吸うようになるんだろう」
と言われた。この時顧問は部内の1年生に何が起きているか、把握していなかった。
中々主将に切り出せず、1ヶ月経ってようやく辞めたい旨伝えることができた。この1ヶ月毎日「言わなきゃ」と頭に渦巻き、それでも言い出せず、意識が朦朧としていた。
そのあと駆け足で顧問に
「主将に言いました、もういいですか」
と言った。顧問は
「そうか、元気でな」
とあっけらかんとしていた。
体調は少しずつ回復し、学校でも違う方面の友達と付き合うようになった。今まで怯えて過ごしていたことが嘘のように思えるようにまでなり、日常を一応は取り戻すことができた。
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辛い思い出だが、何故こんな目に遭ったのか、20年近く経った今でも考えることがある。この件、自分に原因があったと思っている。
原因は、自分の話ばかりしていたこと。人の話に自分の話をすぐに被せていたこと。どんな話題にも返しは「俺はー」だったこと。これに尽きると思う。理由もなく嫌われた訳ではないのだ。高校1年生といえど面倒くさい奴と思われたのだろう。
しかし、集団で無視はきつい。どうか嫌いな人にもそういう罰は与えないでほしい。一生のトラウマになってしまうこともある。俺が今もし部活で一緒だった彼らに道端で会ったら、間違いなく物陰に隠れると思う。
そして、理由は様々あれど、部活を辞めることは決して恥ではないと思う。長い人生で部活辞めたことなんてほんの些細なことです。本当に些細なこと。
部活を辞めてしまった学生の皆さん、どうか負い目を感じずに興味の持てることを探したり、一生懸命勉強したりして楽しく過ごしてください。
6月18日に死ぬと言っていた増田はもう死んでしまったんだろうか。増田が僕の気持ちを代弁するようなエントリを書いてくれたおかげで僕もこのエントリを書けた。スッキリした。どうもありがとう。
https://anond.hatelabo.jp/20180408192629
https://anond.hatelabo.jp/20180618024944
曲がりなりにも働いている僕は増田よりはまだマシな状況に置かれていると思う。でも増田と同じように「もう戻ることができないルート」のことをうじうじと考えながら生きている。
僕は国立大の中でも上から数えた方が早い大学を出た。その前は進学校に通っていた。高校や大学の同級生たちはエリート官僚、医者、大手マスコミ、研究者として働いている。
翻って僕はしがない会社員だ。自分の勤務先を「〇〇(会社名)の△△(名前)です」と名乗るたびにじわじわと自尊心が蝕まれる。
そもそも「まともなルート」に乗れない人からすれば恵まれているのだろうけれども、最初から持っていないよりも、途中で失った方が心情的には辛い。
なぜ「ルート」から外れたのか。僕自身のせいでもあるが、それだけじゃない。おかしなことに巻き込まれたからだ。そのせいで鬱になり何年も留年した。適当に働き始めた会社もすぐに辞めた。今は転職先の小さな会社で働いている。
経歴に"汚点"が付いたせいで、まともな会社への転職は絶望的だ。少し前にも面接を受けに言ったが、「なんで留年したの」とか「なんで最初の会社を辞めたの」とかさんざん突っ込まれて撃沈した。
過去は変えられない。一生この経歴に足を引っ張られるならもう死のうと毎日目が覚めた瞬間に思う。面接を受けに行った日の夜も本気で睡眠薬をODして死のうかと思った。
でもこうやって書いてみると随分と下らないな。プライドなんて満たせなくても給料があれば腹は膨れる。「あなたはきっと有名になる」「いつになったら〇〇賞を取るんだ」と言ってくれていた友人には合わせる顔がないけれど、社会的地位なんて1mmも気にしない友人もいる。そいつらと飲んで馬鹿騒ぎしてる時はやっぱり楽しい。
増田、ありがとう。増田のおかけで自分の感情を客観視することができたよ。できれば増田にも生き延びて開き直ってほしい。無理に頑張る必要なんてない。人に見下されるようなくだらない人生でいいんだ。
死にたがりの「構ってちゃん」でいいから、生き延びて俺のエントリに返信してくれ。増田が生きてこれを読んでくれることを祈る。
授業が休講になればその時間は何してもいいし(コンビニとかカラオケとか行く人もいた)、下校時間とかはなく何時までも居残れた。
しかし自由な校風の裏にはやはり短所もあって授業中に寝る人は多いし、スポーツ大会や部活ばかりで全勉強してない人も多かった。
その自由な校風に引きづられて勉強しなくなった人はあの高校で落ちこぼれていった。
あれだけ勉強しない人が多いのなら当然のことだし、厳しくすればもっと実績は良くなるはずなのにと思った。
それだけのポテンシャルを持った人が多かったとあの当時を振り返って感じる。
あのとき学校がやっていたのは精神的エリートの選別だと思うようになったのだ。
きっと他の進学校みたいに勉強漬けの生活だったらきっと高学歴と呼んでもらえる大学に受かっている人も多かっただろう。
しかし人に強制された勉強は絶対に身につかない。大学に入った後には積極性を持った自主的な勉強が求められる。
あの高校で育てられたのは大学に受かった後、さらにその先で必要な精神的な自立性であったと今になって実感できる。
あの場所で結果を出す人間はその先でも第一線で活躍するのだろう。
一方でその精神的な自立性を持てなかった人は高学歴というステージに立つこともなく、その先も似たような人生を送ることになるのだと思う。
・スパゲッティは本当にナポリタンとミートソースしか無かったのが、イタ飯ブームで急激に多様化
・ラーメンは醤油か味噌。塩やとんこつやご当地ラーメンは珍しい
・韓国と北朝鮮は誰も触れない、そもそも世間に情報がほとんど無い
まあこんな感じだったと思う
親に言えよ、みたいなこと言う人いるけど、それ多分効果ないと思うなぁ。
こういうのって地方の進学校ならあるあるだから、増田の父親が地元民なら間違いなくこれと同じか、もしかしたらより激しい経験してるし、そうであるなら多分今頃は「良い思い出」になってると思われ。なので増田が親に訴えても思い出話のネタにされるぐらいがせいぜいじゃないかな。
shikahanさん
>たぶん増田以外のほとんどの人はこの一連の流れを楽しんでるんだと思う。だから増田や録画して晒せと憤る人はアレなんだけど、今はアレな人に配慮するのが主流なのでそのうちなくなるんだろうね。
傍観している上級生はともかく、指導を受ける側にとっては、楽しむ余裕があるほど生ぬるいものではありません。今年は、あわせて数十名の体調不良者が出たそうです。数年前には救急車が来たことがあると聞いています。
「晒せ」というのがアレなのはそのとおりですが。
Betty999さん
>「バンカラ」ってやつだね?
まさにそのとおりです。
事前の情報収集(先輩に聞く)などの大切さは、入学して痛感しました。
rider250さん
>男子校? 俺も県内一の進学校に昭和時代に入学したけどこんな奇習はなかったね、ただ県体の開会式に向けての応援練習でチラッとこれに似た練習風景はあったけどなにせ女子もいるからねえ、そんなに無茶はできない。
共学です。
meikotarou276さん
>ん?単なる応援団の奴だろ?厳しさは学校によって違いがあって商工が厳しい風潮らしいが校歌を覚えるようにとか姿勢を正すこととか前もって言われてるはず。貴方が聞きのがしただけじゃないかと。
校歌を覚えるようにとの学校側からの指導は、少なくとも入学まではありませんでした。一度目の体育館での指導のあとに、研修があって、そこでは先生に校歌を何度も練習させられました。従って、二度目の指導の前には、僕も含めて大半の人が校歌を覚えていたはずです。
老若男女どこにでもいるよね
近所の進学校の生徒でもとんでもなく横に広がるし
ときに車椅子の人が向かいから来ているのに、一切譲ろうとしない人たちもいた
後ろにズレるだけで何か不都合なことでもあるの?
僕が入学した高校は、この地域では有数の進学校で、100年余りの伝統で知られている…というのが僕が聞いた前評判だった。
ところが、入学した途端に奇妙で恐ろしい風習にさらされ、ひどく困惑している。
入学式の翌日、体育館で全学年がそろった歓迎会のようなものが開かれた。伝統校であるゆえか、歓迎会に限らず、どんな集まりでも校歌を斉唱する。
当然僕は、入学したばかりだから、校歌の歌詞など覚えているはずもなく、なんとか上級生が歌うのについていこうとした。しかし、上級生男子の一部が、無駄に声を張り上げて歌うため、うまくついていくことができなかった。(今思うと、一年生が歌を聞き取れないように、わざとそうしていたのではないかと思う)
なぜそこまで声を張り上げるのか腑に落ちないまま、会は終りを迎え、二・三年生は退場し、なぜか一年生だけが体育館に残された。
生徒会役員の自己紹介が終わった直後、閉じていた体育館の扉が突然激しく開いた。見ると、腕を組んだ上級生が二十人ほど中に入ってくる。上級生たちは、一年生を囲むと、いきなり口々に怒鳴り始めた。僕は状況がうまく理解できないのと、もとから小心者であるのとで、動悸が止まらなかった。
僕も恐怖のあまり興奮気味だったので、詳しくは覚えていないが、簡単にいうと、「なぜ歓迎会のときに校歌を歌っていなかったのか」というようなことを怒鳴り声で言われたのだった。そんなことをいわれても、まだ入学式から24時間も立っていないのに…と思いつつ、僕は恐怖でおののいていた。とにかくひたすら怖かった。
…それから約一週間たち、ようやく少し学校生活になれてきたある日のことである。その日は、朝から、「今日はあの人たちが来る」と話題になっていた。僕は昼休みになると、急いで昼食をかきこみ、「あの人たち」の到着を待った。
「あの人たち」は、突然教室に乱入してきた。そして、一週間前の体育館と同じように、集団で僕たちに怒鳴り散らした。そして、僕たちのうち何人かを指名して、「なぜこの学校に来たのか」と質問してきた。当てられた人は、震えつつも、「伝統に憧れたから」とか「進学校だから」といったことを答えるのだが、そのたびに、上級生たちは集団で責め立てたり、机を押し倒したりする。(あとから聞いた話によると、このときは、何を答えても責められるそうだ)僕はその異常な光景に恐れおののいた。しばらくして、「放課後に全員揃って屋上に来るように」と僕たちに伝えて、彼らは教室を出ていった。
僕は、怒りが抑えられなかった。なぜこんな不条理がまかり通っているのか。なぜ先生は誰も止めないのか。そんな気分で、いっそのこと上級生の命令を無視してさっさと帰ろうかとも思ったが、そんな雰囲気ではなかったので、結局みんなと一緒に屋上に行くことになった。
屋上に続く階段の前で整列して、一同震えながら待っていると、上級生が来て、入れと指図された。僕たちは階段を登り、屋上に並ばさせられた。
しばらく僕たちを責め立てたあと、ひたすら校歌を歌わされ続けた。声が大きい人は座らせられるだが、あまり声の大きくない僕はずっと座らせられなかったので、涙ながらに歌い続けた。こんなことをされるために入学したわけではなかったのに。僕は一体何をしているんだろう。そんな思いで、延々と泣きつつ歌い続けた。
炎天下の中、それが一時間ほど続いて、ようやく終わった。上級生たちは、態度を一変させ、カジュアルな態度で、みんなを集め、「お疲れさまでした」といって、自己紹介を始めた。それが終わると、ようやく帰された。
僕はもはや放心状態で、そのまま家に帰った。
今でも頻繁にこう思う。なぜあんなことをさせられなければならなかったのだろう? あれになんの意味があったのだろう? これは伝統を笠に着た「いじめ」ではないか? と。
また、こんなことも思う。例えばクレーマー気質で金持ちの親が保護者の中にいて、自分の子供がされたことに腹を立て、学校を訴えたりしたらどうなるか…と。この風習にはなんの正当性も、教育的意義もないから、もしかすると裁判で負けるかもしれない。そうなったときに、学校は責任を取れるのか? コンプライアンスの意識がまったくないのではないか。
僕の入った高校は「国際人育成」のようなことをスローガンに掲げている。後輩や部下を怒鳴り散らすような人が、世界に通用するだろうか? 僕は運動部ではないので、この種の「いじめ」はもうないが、一部の運動部では学校の施設の利用を新入部員だけに禁じたり、あるいは怒鳴り散らしたりといった「いじめ」が行われていると聞く。(皆が「いじめ」と認識しているわけではないが、僕はそう思うのだ) そのように後輩をいじめることになれた人は、社会人になっても、後輩をいじめることに抵抗を感じないのではないか。僕の高校では、皆忙しすぎて、いじめをする精神的余裕もないと聞くが、学校の体制の中にいじめが組み込まれているのなら、同じことだろう。学校が、いじめをする人材の育成場所になっているように思えるのだ。
付き合って5ヶ月の彼が「暇な時読んで」と言い残して大学の部活の大会に行った。
全2巻の作品。
椎名林檎の新しいトリビュートアルバムを聴きながら一気に読んだ
読みながら、吐き気がした
これを付き合ってる相手に読ませる事を含めて
気持ち悪すぎて気が負けそうだった
読んだ直後、
全巻揃えていたのにゲオで全部売った、押見修造氏の惡の華をまた手に入れたくなってしまった
惡の華を我がバイブルだと信じ、当時の彼氏に借りては読みふけった。
あれから4年ほど過ぎた
今は高校生じゃない
私は変わった
のに、
彼と居られなくなってつらいときに、この漫画で刺激するのはあまりにも酷じゃないだろうか
読み終わったあと、取り急ぎiTunesのウィンドウを出し、ワンオクロックを流した
その次に、ワニマを聴いた。
この一年と半分でした大学生らしい雑多で汚い恋愛を全部思い出した
気持ち悪い。
何を思ってこれを勧めたんだろう。
作者の作品に嬉々として没入しTwitterのbioに「/クリープハイプ/浅野いにお」と書くような女になると期待したのだろうか
だけど私は、少し彼が嫌いになった
お祈りの連続で内定は一つも持っておらず、選考中の会社もほぼないため、まだまだ会社説明会に通う日々が続いております。
この文章は地元から東京へ行く高速バスの中で打っていたものです。
私には持病があります。
持病と言っても大したものではなく、激しい運動ができないだけで日常生活は問題なく送れるものです。
体育の授業や、運動会やマラソン大会を休むことは決して許してはくれませんでした。
思えば、これまでの人生で母が私の要望を聞き入れてくれたことは一度もありませんでした。
それは自分の家は母子家庭で裕福ではなく、兄の学費で貯金もないから、高校卒業後はすぐに働きたいと考えていたからです。
どうやら母は私に家から自転車で通える場所にある公立の進学校に行って欲しかったようです。
結局、教師と母親からの言葉によって私はそこへ通うことになりました。
元々勉強は苦手ではありませんでした。
苦手な数学を除けば、高校の勉強で苦労をすることはなかったですし、楽しいと思える分野もありました。
だから大学は東京の私立大学(MARCHのうちの一つ)に通いたいと思えるようにまでなりました。
しかしそれは許されませんでした。
「うちは母子家庭で、お兄ちゃんの学費でもうお金がないから。大学は家から通える場所にある国公立の大学じゃないと絶対にだめ」
母の言う条件に当てはまり、私に選択できる大学は一つしかなかったです。
滑り止めを受けることは許されませんでした。
落ちてしまったらどうするの?と聞くと、やはり母は激怒して「落ちるんじゃない受かるの!」と叫びました。
多分落ちたら殺されるんだと思いました。
同時期に、兄が通っていた学校を中退して実家に帰ってきていました。
兄に邪魔をされて、家は勉強できるような環境ではなかったので、勉強は全て学校で終わらせて家では休んでいましたが、それすら母親は許してはくれず、「どうして勉強をしないの!?どうしてそれで大学へ行けると思ってるの!?」と毎日毎日ヒステリックに叫んでいました。
母が私を大学へ通わせたいのは、世間体や、周りの友人や親戚などを見返すためだけでした。
大学には結局合格をして、母親に他の子と同じように遊ぶことを禁止され、監視されながら大学へ通い、今に至ります。
就職活動の状況はとても悪いです。
学歴フィルターは仕方ないとしても、持病のことが不採用の理由になってしまったときはとても落ち込みました。
一番悲しくなるのは企業の人から「今は売り手市場だから」と言われることです。
初めて会社説明会へ行った企業で、そこの社長から言われた言葉は今でも忘れられません。
「あなたたちは売り手市場で、苦労をせずに就職先を見つけられるはずです。そして学生気分のまま社会人になる」
その後、延々と今の学生がいかに甘えているか聞かされた後、適性検査を受けさせられ(これは事前に知らされていなかった)、後日お祈りのメールを送られました。
どこへ行っても、この言葉を聞かされました。
「売り手市場だから〜」というのは企業が勝手に言ってるだけではないのでしょうか。
売り手市場だったとしても、学生に失礼な言動をしてもいい理由になるのでしょうか。
私たちには立派な社会人になることを求める人たちは、そもそも私たちを人間として見てくれていないように感じています。
こんなことなら、大学なんて通わなければよかったと強く感じています。
私に大学へ通わないという選択を許してくれなかった母親すら、今は憎いです。
以上です。
まだまだ言いたいことは山ほどあります。
言い足りないです。
でもキリがなさすぎて、書き切れません。
極端に自分に自信が無い人が居る。それはある程度仕方の無い事だと思う。
だがそれを声に出して公言する事は一部の他人に対して超攻撃に振舞っている事と同義となる。
どんな例でも良いが、テストの点で例えてみる。学校のランクは超名門や超クソバカで無い程度の普通の進学校としよう。
200人中198番位だとどうか。これだと、マジな話でかなりのバカである事に違いは無い為、自虐が自虐にならない。駄目だ。次
では200人中100番位とする。中央に位置する為、直で計算すると自分より学力の無い者が半数居る計算になる。
「あぁ~~俺はなんてクソバカなんだ」と声に出して言う。構ってちゃん気質によるものか、本音での言葉かは定かでは無いがとにかく口から洩れたとする。
それは=で「自分より点数の低かった100人はオツムゴミクズ過ぎィ!!」と言ってる事となる。
乱暴な論法に聞こえるかもしれないが、先の発言は掘り下げると必ずそこに行き着く。自虐的な人間の多くはそこまで理解が行き届かない人間が結構多い。つまり本質的に「考えたらず」な人種なのである。
私が動画講義を見始めたのは、自分が高校教員として、授業をするためである。最初見たのはNHK高校講座。その後Manabee(現在のManavieの前のサービスである。Manabeeは一度終了後、とらマスク氏によりキュレーションされた。)である。この時期のすぐ後に玉先生によるWEB玉塾が始まったと記憶している。
現在の講義動画の状況について。現在はスタディーサプリをはじめとする塾業界、教育の無償化・世帯所得による格差解消を進めるNPOなどにより、群雄割拠の状態である。この流れは日本より少し先に始まったKehan Academyなどの教育系WEBサービスから始まったと私は認識している。
日本の講義動画の状況は、高校レベルまでなら世界一の水準である。しかし、大学レベルになると明らかに世界に負けている。大学受験までの講義動画業界は飽和しているので、今後このレベルの講義動画を安定して供給できるところが、講義動画系WEBサービスの次世代の覇権を握ると私は考える。
現在、その位置に一番近いWEB系教育動画サービスは、私が知る限りでは「学びエイド」である。少し話題がそれたため、話題を戻す。私がそのような経緯を知り、講義動画を見始めたのは、2015年度だったと記憶している。Manabeeも何個かみてみたが、いまいちな出来のものか多かった。とらますく先生の動画が良さげだったので、それを見るためにユーチューブを見ていたところ、「学びエイド」が始まった。現在は1620円/月だが、始まった当初は880円/月であり、スタディーサプリより安かった。またスタディーサプリは生物の教材が完成していなかった。そのため、学びエイドを契約した。学びエイドは1年半くらい契約して、理科の動画(生物・化学)はだいたい見た。また、他の動画講義にない先生のための動画講義、指導者のカテゴリーは、参考になった。
最近は高校の生徒がスタディーサプリに興味を持っているので、スタディーサプリを契約した。スタディーサプリの講義の感想は、普通の講義であるというものであった。ここで良い講義の条件について考えてみたい。
良い動画講義とは、嫌いな人がいない、正しいことをきちんと説明した講義であると私は考える。今までの予備校校舎でのリアル講義では、これはあてはまらない。なぜなら、予備校校舎でのリアル講義は、食事で例えると外食であるからだ。外食はパフォーマンスなどの濃い塩分や辛味、講師の過激な説明などの非日常を演出する必要がある。しかし、動画講義は持ち帰りの惣菜と同じであるため、味が濃すぎるものは敬遠される。
これを確信的に行い、講師の顔まで失くしてしまったサービスが学びエイドである。
次に、スタディーサプリと学びエイドの両者の動画講義を受けてみた私の感想を述べる。
スタディーサプリは高校生又は予備校に行っていない完全自習型動画サービスである。つまり、予備校を家庭にIT技術で持ち込んだサービスである。これはシンプルな動画講義の利用方法である。
一方学びエイドは講義に信者はつきにくい。これは顔を出さない講義スタイルを売りにしているからだと私は考える。また、5教科をキーワードで検索できるというこれまでにない新しい試みにチャレンジしている。そのため、個人のターゲットはスタディーサプリの想定する普通の高校生ではなく、進学校の高校生又は学び直しをする大人に相性が良い。また、学びエイドの経営者は個人塾と相性がいいとおっしゃっていたが、既存の予備校で学びエイドと最も相性が良いのは、武田塾であると私は考える。
予備校のシステムは、事務員とチューターと呼ばれる大学生のバイト、あとは講師からなる。武田塾では授業を行わないため、優秀な大学生を何人雇えるかが予備校の校舎の質となる。しかし、教育業界で働いてみるとすぐにわかることだが、自分がわかることと、人に自分がわかっていることを教えるということは異なる。つまり、予備校のシステムでは、チューターが生徒に教えることはできない。しかし、学びエイドを使えばこれは可能である。チューターはこの動画が良いので見ておくよう指示するだけで良いからだ。また、学びエイドは24時間見ることができ、参考書を効率よく理解させる助けとなる。お互いのビジネスモデルも競合しないため、学びエイド×武田塾は既存の予備校を倒す(又は弱体化する)システムになると考える。