はてなキーワード: 生存権とは
Daigoさんが本人の誤算によって炎上して,謝罪するに至った話はまだまだ鎮火しない勢いの炎上だと思う.
多くの人にとってDaigoさんの発言は許せなかったと思うし,許されざる発言だったと思う.
さて,この発言において許されなかったのは,「生活保護の人が生きてても得しなくない?」,「ホームレスはいないほうがよくない?邪魔だしさ」といった優生思想,選民思想的な発言が原因だ.このような思想は人権の概念から外れた発言である.社会には様々な事情で生活保護をとることになった人や,ホームレスとして生きている人がいる.その人達が生きる権利は決して蔑ろにされるべきでないし,その人達が生きることを社会が支援することは当然のことだと思う.それを軽視する発言は人権を尊重する社会では許されざる発言であったといえるだろう.
以上の話は人権の中でも生存権にかかわる話である.人権は生存権以外に自由権や参政権,そして性と生殖の権利がある.
性と生殖の権利とはセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)と呼ばれ,性や生殖にかかわる自己決定や自認の自由を認める基本的人権のことである(参考{https://www.ippf.org/sites/default/files/ippf_sexual_rights_declaration_japanese.pdf}).この権利によって我々は自由に自己の性を決定でき,結婚や性交をする相手を選べるのである.このような人権思想のもとで,政略結婚や見合い結婚が衰退し,自由恋愛が発達してきたと考えることは至極自然なことであろう.つまり,我々の人権を尊重するために自由恋愛は発達し,我々は自由恋愛の中で人権が尊重されていると考えているわけである.
しかし,本当にそうだろうか?我々全員がこの権利を享受できているのだろうか?
実態はそうではなく,自由恋愛の下ではすべての人が権利を享受できるわけではなく,選ばれた優生の者のみこの権利を享受できていることが実態である.わかりやすい例では,年収が低い男性は結婚ができないだとか,容姿が劣る人は結婚ができないなどである(参考{https://toyokeizai.net/articles/-/293571}).自己の決定で結婚しないと決めているならそれは個人の自由だが,結婚したいと思いつつも結婚できない状態は,性と生殖の権利に反している.特に結婚できない理由が年収が低いという理由なら,人権の種類が違うだけで,仕事のないホームレスは生存権が認められていないといった状態と似通ているように思う.なぜこのような状態が許されるのだろうか?
これは単純に,誰と生殖するかが自由であるという権利と,生殖をしたいという権利が衝突しているからに他ならない.子供が欲しい人が無理やり生殖することは,他者の自由な権利を侵害するのである.よって,結果的に優生の者が生殖でき,劣っているものは生殖ができないという状態に陥る.ただ果たしてこのような状態を社会は看過できるのであろうか?
衣食住がない人を生活保護で支えるように,生殖したくてもできない人を何かしらの手段で支えることが人権を尊重する社会では必要ではないか.ましてや結婚ができない所謂非モテを犯罪者予備軍のような扱いや,キモイ劣った存在として排除してよいのだろうか.そのような思想は冒頭のDaigoさんのような思想とは言えないだろうか.
確かにホームレスの人の窃盗率は高いかもしれない.確かに海外では非モテ(所謂インセル)の犯罪が目立つかもしれない.ただそのような理由で社会が拒絶してよいのか?
人権を尊重する社会ではそのような人の権利を守るためにセーフティネットを用意する必要があるのではないか.
今回のDaigoさんの発言で人権の尊重を訴えた人はもう一度過去の自分の発言で,他者の人権を蔑ろにしていなかったかを考え直してほしいと思う.
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mainichi.jp/articles/20210813/k00/00m/040/286000c
DaiGo氏の謝罪動画に関する記事のコメントで、やれ生存権がどうのこうの、頑張るとか関係ないとかほざいている奴らがいるけど、こいつら自分に酔いすぎ。
社会復帰目指して頑張ってる生活保護受給者はいて、その人のために税金が使われる。それは理解できるし、必要な制度だと思うね。
不正に受給しようとしている奴がいる。そいつらは論外だし、そこに対して異論唱える奴はいないだろう。
問題は、働く気もないけど生活保護を受ける条件が整っているので受給するやつらがいて、そいつらを肯定するやつがいるってこと。これは理解不能だろ。でも上記のブコメだと、それを皇帝する奴らがいるっぽいのよな。
自分の目の前で、日々食っては寝るを繰り返して、何も社会的に貢献しない生活保護受給者がいたら普通にムカつく。それは普通の感情だろ?そいつらに自分の稼いだ金が使われたら普通に嫌でしょ。
俺は怒っている。大根みたいな名前のカスみたいなYoutuberが「生活保護とホームレスは社会にいない方が良い」とかいうカスみたいな発言をした例の件についてだ。大根カスがこの文章を読むことなんて絶対にないだろうが、俺はそいつに向けて話しかけるつもりでこの文章を書く。まず確認だが、「社会に居ない方がいい」というのは、つまり「この世にいない方が良い」「死ぬべき」って意味だよな? 社会以外に人間が生きていく場所なんてこの世界にないんだから、俺のこの理解は間違ってないよな?それからこれも確認させてくれ。特定の属性の人間集団に対して「死ぬべきだ」と言い放つことって、他のあらゆる誹謗中傷を凌駕する、対象者への最大限の侮辱だよな?侮辱であり、差別であり、人として最低の邪悪な発言だよな?そうだよな?この大根みたいな名前のカスの言ってることは植松聖の思想と同じだ。社会的弱者は生きるだけで他人の時間とお金を奪う価値のない存在だから行政機関なり何なりが殺処分するか、または自らこの世から退場すべきだと言っているわけだ。馬鹿か?頭大丈夫?人権とか知ってる?多分知ってるだけで理解はしてないんだろうな。論文読む前に小学校の道徳の教科書読むところからやり直せ?あのな、お前が経済的に成功できたのってなんで?ラッキーだったからだろ?たまたま人よりちょっとだけ良いおつむとちょっとだけ良い容姿を持って生まれることができたからだろ?もしそれらの要素を持たずに生まれてきていたら、今と同じだけの年収稼げたと思う?無理だよな?できると思うなら今からでも良いから毎日シンナー吸って自分の大脳破壊してみろよ。歯がボロボロになっても今と同じだけ稼ぐことができたら可能だと認めてやるよ。生活保護やホームレスみたいな社会的弱者だって同じなんだよ。アンラッキーだっただけ。「努力ができない」とか「自制が効かない」とかも単なる生まれ持った特性のひとつなんだ。たまたま社会に適合しづらい要素を持って生まれてきただけなんだ。お前がいくら努力しても新垣結衣と結婚できなかったのと同じように、一定数の人間は本人の努力に関係なくどうしようもなく社会に適合できないんだ。社会に適合できなかった人達が、結果として経済的に成功できないのは仕方がないよ。なぜならば基本的人権には「経済的に成功する権利」なんて含まれていないからだ。しかし、生存権はそうではないだろ?基本的人権であり、普遍的人権だよな?本人に責任がないのに生きる権利が奪われるなんてことがあってはならないだろ?これは倫理の話だからな?倫理ってわかる?ネットのお前らの雰囲気も異常だよ。「こんなふうにみんな口には出さないけど正論だよね」じゃねえよ。流されてるんじゃねェ。このカスを認めるってことは基本的人権の否定だからな?人類の歴史への挑戦だよ?市民革命前の時代からやり直す?お前たちは動物じゃないだろ。知性ある人間だろ?しっかりしろよ。目を覚ませ。邪悪な発言をする人間は即ち邪悪だ。邪悪は道義的観点から徹底的に批難するべきであり、批難されるべきだ。お前らはそうしろよ。俺はそうする。
「生存権?お前生きるだけで権利が必要なの!奴隷じゃん!生殺与奪権が人に奪われてるじゃん!」
多分だけど、政治家にしたって同じなんだよね。
『健康で文化的な最低限度の生活』という言葉は知っているけど、それを目指す気持ちなんて無い。
障害者は野垂死ねばいいし、優秀であっても自分に逆らう人間は鎖に繋がれて死ぬまで拷問でも受けていて欲しいと思ってそうですらである。
人権宣言から既に二世紀半弱たってるわけだけど、日本人が人権を天賦のものだと理解しだしたのは本当につい最近なんじゃないだろうか。
いや、理解したと言うよりも「理解は出来ないが、そうしないと何故か世界の笑いものになるらしいから、分かっているふりをするようになった」が正しい気もする。
でも形だけでもやるだけで何だかんだ効果があるのか、今の若い子を見てるとなんだかんだで「人間というものは皆基本的人権を持って生まれるらしい」ということが精神の根幹にはうっすらと敷かれているように思える。
虐めや暴力と行った行為を全く行わいわけではないが、それらが「基本的人権を侵害している」という意識がどこかにあるようには見える。
これが昭和生まれのアラフォーより上になると「そもそも人権なるものは偉い人間が弱者にくばるものであるからして、弱者が最初から人権を持っているはずなど無い。つまり社会的弱者を痛めつけることは、単に人権を最初から与えていないだけであり、与えていない人権が侵害されているはずなどないのだ」といった考え方をしている者が未だに多く見える。
なんとも情けないものだ。
いや、日本以外の国であっても、人権というものを理解したのはここ100年ぐらいであって、日本の遅れなどせいぜい半世紀にも満たないのかも知れない。
だが確実に遅れているだろう。
日本人は大日本帝国の影をなぞることを正しいと信じてきた時代が長すぎた。
だから大日本帝国のやりかたをなぞれば基本的人権を理解することなど一生できないのだ。
日本という国の世界的な立場が弱ってきて、内向きな前例踏襲主義が幅を利かせることが出来なくなったことでようやく日本人は基本的人権を知るようになったのである。
最近、「人権感覚のアップデート」とか言われることが多い。しかし、人権思想は短く見積もっても200年~300年以上の歴史があるので、過去もアップデートがあったのは間違いない。
人権思想の走りと言うべきもの。いわゆるマグナ・カルタや権利の章典などで人権思想の基本となる考えが整備されていった。
いわゆる「国家からの自由」と平等。政府が令状なしに逮捕したり、法律の規定や裁判なしに刑罰を与えたり、特権階級をもうけたりすることを禁じた。
いわゆる「国家への自由」。要するに参政権。必然的にこれもついてきた。
人権における画期的なアップデートである「国家による自由」が実装された。19世紀末~20世紀前半に成立し、これにより近代的な人権制度が一応の完成を見たといってよいだろう。
単に自由なだけでは恵まれない人が割を食うばかりになるので、生存権、教育を受ける権利などのように最低限保障すべき権利を規定し、政府が施策により実現することを義務とした。もちろん、これが特権であり平等性に反するという主張もあったが、現実に劣位に置かれている人を、平等な水準にするということで理論的な解決を見た。
「かわいそうな人」の権利を守るために、そうではない人の権利を制約しようと言う思想。
アンチファによるヘイトスピーチ規制の主張や、フェミニストによる表現規制の主張、性犯罪に対する要件の緩和や厳罰化などが人権3.0。
しかし、これは当然に、権利の制約になるので、人権1.0と真っ向からぶつかることになる。
もちろん、人権1.0でも、他人の人権を侵害する行為は禁止する(=政府が処罰する)ことはできる。殺人を行う自由という人権は認められない。
しかし、これは同時に、他人の人権を侵害したことが明確に立証できないことは禁止(=処罰)できない、ということと等価である。これを問題視する向きが人権3.0を主張し、人権1.0を攻撃している。
今日の、立憲民主党本多議員の離党騒動はまさに、この人権1.0vs人権3.0という問題である。人権1.0の立場に立てば、明白な権利侵害があることに対して「のみ」規制されるべきと考える。だから、様々な限界事例を例示して、規制の問題点を指摘する。対して、人権3.0の立場に立てば、明白な権利侵害があるかどうかはっきりしない事例でも、加害者の処罰が漏れることが到底許し難い。これに対して人権1.0の立場からは「十人の真犯人を逃すとも 一人の無辜を罰する勿れ」「刑法典はならず者の権利章典である」といった原則が掲げられ、被害者やその周辺の感情に寄り添わないことが美徳とされる。
増田は、この人権3.0へのアップデートを、バグが多く、危険なものだと考えている。罪刑法定主義や法の適正手続きといった手法、権利の衝突の解決手段としての公共の福祉、明白かつ現在の危険、こういったさまざまな近代的な人権と法制度に基づく道具立てとコンフリクトをする思想は、最早、人権とは呼べないだろう。単なる魔女狩り裁判を正当化し、フォークデビルを火あぶりにする、俗情との結託である。こんなものは、全く「立憲主義」などではない。
自分の会社は昼休みが取れないので、仕事をしながらデスク上でパンとかを食べたりして過ごしている。
のだが、隣の席にいる中年上司が重度のクチャラーで本当につらい。
クチャラーといってもいくつかパターンがあるが、この上司は口の中でネチョネチョ音をさせるタイプ。
よく噛むことだけはするので一回モノを口に運ぶごとに長時間ネチョネチョさせてくる。
マジで最悪だしこっちの食欲が減退するからやめて欲しいのだが、いかんせん上司だし言い出せない。
子どもならまだしも、百歩譲ってハチャメチャなジジイババアならまだしも、いい年した大人がクチャラーってマジでどういうことなんだ?わざとやってんのか?とすら感じる。
そんなん、終身雇用制度を前提にしたリクルートなど新卒向け人材マッチングが全部失敗してることじゃん
「新卒就職」については成人した男女本人の意志に基づく志願制とする。(他者による強制が認められた場合は刑事罰が課せられる)
「新卒就職」を志した男女は、個人の希望を優先されつつ、好感・愛着を持たれやすい秀でた容姿への改造手術たる「化粧、ネクタイの着用、おじぎのしかた」、温厚で献身的な人格への矯正、家事育児などのケアワークを中心とした技能のインストールとしてのインターン制度が行われる。
上述の通り「新卒就職志望者」には人格矯正措置が施されるが、改造前の個人が希望すれば、改造前の記憶や基本的な思考パターンについては他者に危害を加えない範囲での温存が認められる。
改造された時点で全ての人間が美しい容姿、温厚な人格、ケアスキルを手に入れることができる。
どのような形の派遣となるかは製造会社の一存となるが、全ての派遣において身元を保証され、オーナーから(法人の場合は顧客からも)の愛着と承認を得ることができる。派遣先で(元の漫画で主人公が「やすお」にしていたような)オーナーおよび顧客による人権侵害があればすぐに保護を受けることができる。
改造前の個人の経験によっては、改造前の記憶の消去はメリットにもデメリットにもなりうる。
派遣に適した外見と人格への改造措置を受けるため、個人としての同一性は失われる。
産休すると昇進に不利かつ同僚に迷惑との脅迫を受けるため実子を持つことはできない。
個人オーナーの場合、製造会社への申請さえ認められれば自分の好みの容姿の献身的な秘書を得ることができる。
法人オーナーの場合、製造会社への月額報酬支払と適切な運用が認められれば、ある程度の能力が保証された眉目秀麗な秘書を得ることができる。
不適切な運用があれば雇用側は職安にしか求人をのせられなくなる。
人権の制限をバーターとした生存権の保護により、弱者問題が大きく改善される。
法人の場合、人手の少ない労働市場の労働力および労働環境の改善が見込まれる。
「『やすお』『はなこ』になるのは絶対イヤ」と思う人間が10割であろう・・・って普通に創作マンガのキャラになりたいなんて1ミリもおもわないんじゃないかな。制度が現実より不備だなんてさすが素人マンガだなとおもうだけ。
https://comic-days.com/episode/3269632237330766632
ホッテントリに上がってるのに気づかずにさっき読んだが、ブコメで指摘のあったように、この「22歳時点で特別なコネのない平均的な能力の男女が強制的に奉仕型サイボーグに改造される」という政策が実現しかけた時点で国民の大半が国外逃亡し出生率が急落して国が滅びると思うので、発想は面白いが現実性には乏しいなと思った。
とはいえ「自分だったら『やすお』『はなこ』をこんな風に運用するのに」と考えたら面白くなってきたので書いてみる。
ざっと思いついたのはこのくらい。
「『やすお』『はなこ』になるのは絶対イヤ」と思う人間が10割であろう元漫画を踏まえ、どのような運用であれば「これならば『やすお』『はなこ』になってもいい」と思う人が出てくるかを考えながら書いた。
「やすお」「はなこ」の人間時の家族や友人の処遇、リタイアした「やすお」「はなこ」の処遇などを考えるとまだまだ書ききれない部分が沢山あるがとりあえずこのくらい。
山谷えり子議員の発言、Tに関することだけは賛同できる。海外ではトランス女性による刑務所でのレイプ、スポーツ奨学金の獲得やトイレで全裸になっての自撮り等、権利の衝突が起きてるよ。セルフIDに関する問題を解決する力は日本にはない。女性の安全を優先して欲しい。
ゆゆゆ
@yuyuyu_0130
成人済/夢腐◎/mhyk/pkmn/刀/gnsn/イエベ春骨スト/うるさいです📛
山谷議員は最初から最後までトランスの話しかしていない。これを「LGBT差別反対に反対している」とするのはおかしい。LGBについては言及していないのだから
魚龍3
@tolerant_Ketzer
RT多めです
リプ欄でフェミが…とキレてる方がいますが、フェミニストは女性の安全を求めているので、山谷氏と同様の主張をしている人が多いです!
逆に、これに関して差別だ!と騒ぐのはTRA(TransRightsActivists=トランス権利運動家)という人たちで、女性の生存権よりもトランス女性の自由権を優先しています。
はなこ
@2DuxTUavQAai7Cv
バイトが見つからなくて困窮してる大学生がいるらしいけど、俺1週間で決まったぞ。
俺も大学生だが前のバイトを辞めてしばらくしてお金が無くなってきたから一念発起してバイト探しを始めたけどコロナ禍と同じくらいの難易度であっさりバイト探し終了
バイトがなくて困るって言ってる学生が記事になったから新しいバイトを見つけるのは難航するかなと思って早めに始めたけど、本当にコロナ禍前と何も変わらなかった。
バイト決まって少し気分が良いから特別にバイト探しのやり方を教えると、マイナビバイトを使って探すんだぞ。
こんな簡単なバイト探しすらできないような無能に大学はいらないし。奨学金渡す価値ないよ。バイトすら探せない奴は就活もできないから踏み倒すだけだろうしね。ただバカも生存権はあるので生活保護で適当に生かしておくことになるのかな
はてなでは非モテ論の影響が大きいから弱者男性もその延長として捉えられやすいが、非モテ論のような内面的な観念論はここでは捨てる。
男性は年収と婚姻率がきれいに比例していることはよく知られており、年収300万円未満だと婚姻率が10%となる。
10代20代で年収300万円以下は除き、30代以上で年収300万円の男性のうち未婚の者を弱者男性と定義する。
なぜ婚姻が重要か。それは未婚男性という属性が他の属性と比べ明白に寿命が短い、つまり生存権が脅かされていると考えられるからだ。
未婚男性 | 男性全体 | 未婚女性 | 女性全体 | |
死亡年齢の中央値となる年齢階級 | 65〜69歳 | 80〜84歳 | 80〜84歳 | 85〜89歳 |
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参考 https://data.wingarc.com/marriage-and-longevity-29801
原因は色々考えられるだろうが、生存権という最も根源的な人権が損なわれている属性があるならそこにまずは社会として救いの手を差し伸べるべきではないだろうか。
舞田さんの記事によると独身男性の死亡年齢の中央値は66.1歳とちょうど、年金給付が始まって一年で死亡することになっている。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93638.php
もちろん、独身男性の死亡年齢の中央値は年々増加しているが年金支給年齢もそれを追いかけるように高くなっている。
年収300万円で考えてみると厚生年金保険料は年間28万1820円になる。更に40歳以上になると介護保険料もそれに加わってくる。
年金も介護も受益できる見込みが無いのに関わらずに支払い義務のみある。
応能負担は支払いができる能力があるものに支払ってもらうという考え。所得税の累進課税なんかがこれにあたる。
応益負担は福祉の受益者が負担するという考え。保育園の保育料の支払いとか。
弱者男性は収入もなく、福祉も受益しないのに関わらず負担をしているのは貧しいものから富めるものへの所得移転ではないか。
未婚男性の寿命が短い原因は厳しい労働条件に追い込まれている、余裕がないために飲酒などに溺れる、病院を嫌うなどが言われているが
彼らも年間28万1820円の余裕があればもう少し丁寧な暮らしでセルフケアができるんじゃないかと思わないでもない。
※追記(2021/05/06)
弱者男性を福祉の枠組みから外すと読まれたことに驚いた。もちろん、社会福祉はすべての人に必用なのは言うまでもない。
年金の事例をあげたのだから当然、専業主婦(主夫)向けの第3号被保険者のような掛け金を払わずに福祉を受益できるようにするべきと考えている。