はてなキーワード: HElloとは
勧誘電話がやたら多い時期があったので、試しに"Hello?"って電話に出たことがある。それで相勧誘業者の人が一瞬ひるんで妙な間があったけれど、「もしもし? ○○インターナショナルです。」と日本語で話し始めた。すかさず相手の話を遮って、"I'm sorry, but you've got a wrong number."(訳:ごめんなさい、電話番号間違ってますよ)って言ったら、相手が「えっと、ハロー?」ってしどろもどろになった。そこですかさずガチャって電話を切って、「インターナショナルって名前のつく会社なのに英語対応できない」って大いに笑った。
あまりにも面白かったので、また同じような対応をしようかと思って待っていたんだけれど、どうやら「この番号は外人で日本語通じないぞ!」ってブラックリストかなにかに登録されたらしく、それ以来勧誘電話が一切かかって来なくなった。
int main() { printf("Hello Masuda!\n"); return 0; }
コピペしたらインデント消えたわ…gg=Gでインデントなおさんと。
int main() { printf("Hello Masuda!\n"); return 0; }
そうじゃない…そうじゃないんだ…。
BSDスタイルでは戻り値の型の前にインデント入れたら駄目なので困った。
" tN Indent a function return type declaration N characters from the " margin. (default 'shiftwidth'). " " cino= cino=t0 cino=t7 > " int int int " func() func() func()
cinoptionsでこれを設定すれば解決できるのは知ってる。
THE IDOLM@STER DREAM SYMPHONY 00“HELLO!!”
http://columbia.jp/idolmaster/ds/COCC-16298.html
THE IDOLM@STER DREAM SYMPHONY 01 水谷絵理
http://columbia.jp/idolmaster/ds/COCX-35793.html
THE IDOLM@STER DREAM SYMPHONY 02 秋月涼
http://columbia.jp/idolmaster/ds/COCX-35794.html
THE IDOLM@STER DREAM SYMPHONY 03 日高愛
THE IDOLM@STER DREAM SYMPHONY 00 “HELLO!!” Single, Maxi
日高愛(戸松遥),水谷絵理(花澤香菜),秋月涼(三瓶由布子)
http://www.amazon.co.jp/dp/B002EBDN9I
THE IDOLM@STER DREAM SYMPHONY 01 水谷絵理 水谷絵理(花澤香菜)
http://www.amazon.co.jp/dp/B002GWP7JY
THE IDOLM@STER DREAM SYMPHONY 02 秋月涼 秋月涼(三瓶由布子)
http://www.amazon.co.jp/dp/B002L9QFI4
THE IDOLM@STER DREAM SYMPHONY 03 日高愛 日高愛(戸松遥)
大学四回生の夏、下宿の扉に「出入禁止」とチョークで大書し、親を呼ばれて精神病院に連れて行かれた。
パソコンを買ってもらったのは小学三年生の冬だった。今でも覚えている。1996年12月2日のことだ。Windows95発売で世間は揺れていた。インターネット回線がうちに来たのは翌97年の1月、これはそこそこ早い導入だったと思う。さらに翌々年の99年にはケーブルテレビで常時接続になった。親には先見の明があったが、しかしパソコンには詳しくなかった。PC-8001も確かそうだ。親はこれが次世代の必需品になると確信して買っていたが、買った一方で使い道が分からなくてオブジェとして放置していた。親はPC-8001をパソコンだと言っていたけれど、僕にとってパソコンはおっきなテレビが標準で付属しているものだったし、マウスもなかったので、それがパソコンだとは到底思えなかった。でも親は言った。今度来るのは違うんだ、オフィスも入っているパソコンなんだ。僕は聞いた。一太郎っていうやつは入ってないの?テレビで言ってたよ、と。親は答えた。オフィスってのは一太郎より機能がスゴイんだよ。僕はへぇ、とだけ言った。どちらにせよペイントは入っているだろう。ペイントなら親戚の家で使わせてもらったことがある。パソコンはお絵かきができるのだ。マウスをカチカチして、キーボードをカチャカチャするのだけが楽しみで、納品の日を一週間ひたすら待った。その頃、漢字の宿題提出が滞っていて、そのままでは居残りでさせられることになっていた。僕は久々に奮起した。いつもは踏み倒していた宿題を、全部一気に終わらせた。家に帰るとパソコンが電気屋さんの手で設置されつつあった。今は亡き、ニノミヤで買われたパソコンであった。
97年にインターネットを始めた。一日一時間まで。実のところ電話代の問題ではなく、一時間ほど使うとブルースクリーンが発生するからだった。一日一時間以上動かすと壊れるから。PC-8001をキッチリ買った親なのに、それぐらいの(?)ITリテラシーであった。ただ別にそれを責めるつもりはない。僕はすぐにアングラサイトに入り浸った。人に飢えていたのだ。普通のチャットには人がいない。テレホタイムにならないと、誰一人ログイン氏亡いのだ。でも、アングラサイトなら四六時中書き込みがある。僕は思う存分厨房行為を楽しんだ。煽り騙りなんかは、小学生がやっても大人がやっても大して変わらないものだ。You is a big fool manという文句をリアルタイムで目にした人は、多くても数百人だっただろう。何千、何万のツイッタラーが押し寄せ、ブクマが1000以上付くような今の炎上とはほど遠い暢気さだ。当時の匿名掲示板とはそういうものだった。誰一人本気で投稿しなかったし、しかし誰一人面白くない書き込みをしようとはしなかった。トイレでもネタを考え、思いつけばすぐに投稿し、ワラタが付くのを待ち続ける。あやしい、あめぞう、あやしい、2ch。人の多いところから人の多いところへ。ワラタが多くもらえる場所へ。気づいたらインパクが終わっていた。
その一方で僕は中高一貫の私立校に入学していた。高校受験がないことから、ネット依存はさらに加速した。しかし2000年を境にアングラ掲示板は衰退の一途をたどり、2ch一強時代を迎えていた。1ch.tvをボコったりするなど楽しいネタがないわけではなかったが、匿名掲示板はネタの宝庫と言うより、本気でちゃんと議論することもできる場所になり始めていた。ちゃんと議論しようとしたらすぐさま崩しにかかるのが2ch隆盛以前の匿名掲示板文化であったが、2003年頃を境にはっきりと潮目が変わっていったように思う。まあその辺はどうでもいい。アングラと非アングラの境目は消え始めていた。
その狭間に、僕は生きていた。
自分で掲示板を設置することにした。けれども何をして良いのか分からない。CGIレスキューに救援要請をして本も買った。Perlだ。Perlしかない。しかしPerlがどうして動いているのかは、全く分からなかった。何十行、何百行もの文字の羅列が、どこでどうなって、掲示板になるのか。インタプリタ?コンパイラ?訳が分からない。そもそもCPUがどうやって動いているのかも分からない。僕にとってプログラムとは、セットアップウィザードでCD-ROMをギュンギュン言わせながらインストールするものであって、掲示板というものは、Teacupで借りるものだったからだ。でもどうやらそうじゃないらしい。コンピューターに翻訳するのがコンパイラです。さっそくコンパイラを使ってみましょう……
お手上げだった。
コンパイラがないのだ。コマンドプロンプトにはない。Linuxを入れる?使い方が分からない。Vine Linuxが初心者にお勧めだった頃の話だ。ボケッとしててもGNomeぐらいは動かせる程度には簡単になっていたが、そこからターミナルを開いてgccでコンパイルするなんて想像も付かないことだった。Hello, Worldはなんとか表示できても、それをGUIで動かす方法が分からない。僕はデスクトップに「Hello, World」のポップアップウインドウを表示させたかったのに。全然訳が分からなかった。
プログラムが動いている方法を知らなければならない。プログラミングを学ばなければいけない。しかし全体像を把握するにはあまりにもほど遠い……。絶望感が支配し始めていた。Hello, Worldはできたけれど、その先が全くわからない。どの参考書を読んでも分からない。ググってもググっても分からない。ポインタで躓く初心者が多いです!……どの本にも書いてあったけれど、僕はポインタどころか、変数の種類がたくさんあるところでお手上げだった。int?char?long???意味不明の文字列が並び続ける。メモリ?メモリって、挿したらいいんじゃないの?確保?fopen????どんなプログラミング言語も、何一つ分からなかった。その頃インターネットは加速し始めていた。切るのが当たり前だったJavascriptが復権し、Ajaxと名を変えてやってきた。掲示板スクリプトもどんどん高機能化し、もはやPerlを知るだけでは何一つできないようになってしまった。苦痛の日々が始まった。どの言語も、全く分からなかった。分からなければならないという焦りが募っていった。
あるとき、一年間ほど、とりあえずお手上げのままにしておくことにした。大学受験が迫ってきたからだった。そして案外あっけなくそれは終わった。僕は某大学の情報科学科に入った。
教授がガイダンスで説明したとおり、情報科学科のプログラミング演習はそれほど多いものではなかった。一回生の時なんか、キーボードを目で追って人差し指で打っている人もいるぐらいだった。学校の授業はアテにならない。そして大学受験でいったん引っ込んだ、とにかく十代でなにかしないと、という焦りが復活してきた。
大学のキャンパスは広すぎた。何をして良いのか全く分からなかった。授業内容はひどくつまらなく、何が役に立つのかも分からず、ただただ苦痛で、キャンパスでサークル活動に打ち込んで楽しく過ごせるほど社交的ではなく、かといってオタク集団に混じる勇気も無く、とにかく、とにかくここで四年間、四年間で何かしないと、何かしないと就職に間に合わない、大学院進学に間に合わない、十代のうちに何か大きな事を成し遂げなければならない。日々研鑽に励み、日々プログラミングスキルを磨き、日々勉強会に参加し、日々コードを書き、日々環境設定をし、日々本を読み、そして日々コードを美しく書かなければならない、そういう焦りだけがどんどん加速していった。大学の生協で片っ端からプログラミングの本を買った。ド初心者向けのPerl本から、美しいコードは何か、みたいな本まで。でも、どれ一つ、僕のスキル向上には役に立たなかった。プログラミングスキルの向上=自分自身の地位=生活の保障、と思っていた自分には、悪夢のような現実だった。
とにかくインターネットと一緒に歩んできた僕にとって、ITスキルはすなわち力であり、むしろITスキル以外は何の価値も持たないもの、と思えるほど脅迫的な観念にとらわれていた。入ってくる情報はさらに増えていった。Cができるのは当たり前、Ruby on Railsがアツい、Java、PHPはもちろんできるよね、MySQLは当然使えるよね、もちろんHaskell、Scheme、Objective-Cもやらなきゃね……何一つできないのに、習得すべき言語だけがどんどん増えていく。加えて美しいコードを書け!という文句が飛んでくる。クソッタレが。何が美しいコードじゃ。goto使ってもいいだろ。好きなだけ使わせろクソッタレが。全部getsで書いてやる。クソが。アルゴリズムアルゴリズム勉強会勉強会ビューティフルコードMacMacMacジョブズジョブズジョブズ……???????????????
それでもなんとか、そう、なんとかなった。友達が優秀だったのだ。僕には到底できないような、きれいに整理されたコードを書く人だった。聞けば在学中から外注のプログラマをやっていて、それなりに稼いでいたのだという。性格はちょっとアレで、風俗に勇気を出して行こうかどうしようか迷ったけどその金でオナホ買ってシコってオナホを床に叩きつけたみたいなヤツだったけれど、そいつからもらったコードを、わざと汚く成形し、変数名も汚らしくし、提出し、なんとかなった。結局自分で最初から最後までプログラムを作ることはできなかった。丸々コピペはしなかったけれど、コピペがなければ卒業は無理だっただろう。
そうして三回生の終わり、試験がどっと押し寄せてきた。一月のことだった。機械学習と……なんだっけ?そういう感じの試験が、2月の初日、行われることになった。三回生はただでさえ試験が多かったが、その大トリこそが機械学習だったのだ。
まるで意味が分からなかった。推論、それは分かる、機械学習?機械に学習??やっていることは数式だしベイズがどうの……まるで分からない。泣きそうだった。三年間必死こいて勉強したり勉強会に行ったりプログラミングスキルを上げようとしたり本を読んだり色々したのに、何一つ得るものは無かったのだ。僕はあやしいわーるどでオマンコ連呼していた頃から、何一つ成長出来なかったのだ。そしてそれは、間違いなく、疑いようがなく、自分のせいだった。自分の頭が悪いせいで。自分の勉強不足のせいで。自分のせいで……コンピュータとともに、十何年も育っていた僕にとって、コンピュータに関するスキルこそが、全ての力の基準だったのに、その全てを否定されたような気持ちだった。プログラミングができなければ、死ぬ。だって、友達はみんな就職して、SEになったりSIerで働いたりネットワーク管理者になったりしてるのに、僕はなんで、こんなところに。そいつらに取り残されるのに。みんな勉強会に出てMacを持ち寄ってハッカソンしてるのに。泊まり込みでプログラミングしたりしてるのに。なんで僕は、fgetsすらマトモに使えず、getsとscanfだけであなたの名前を入力してください オマンコ オマンコさん、こんにちは!みたいなプログラムしか書けないんだ。
大学四回生になった。研究室を選択する必要があったがしなかった。しないでは困るとのことで、適当に書いたらその一番上に配属された。でも一切研究せず、下宿に引きこもって何もしないをした。今日の輪講はここまで進みました!という報告が毎週回ってくるが、まるで研究室では日本語でなくアラビア語が公用語になっているのではないかと思えるぐらいの光景だった。この頃、近所の人の証言によれば、言動がおかしく、訪ねてきた人に暴言で返し、殺す殺すなどの声が聞こえ、時折モノを投げつける音が聞こえたりしたそうだ。まあよく知らない。僕は普通に何もせずぼんやりネットを見ていただけのような気がするけど。
それからしばらく経った。
結局僕は中退した。そして別の大学に入り直した。今度は、工学じゃない別の場所に。みんなキーボードの文字を読みながら指先でキーを叩いている。安心する光景だった。僕らはプログラミングを習わなくてもいい。これから習う必要も無い。タッチタイピングだって、できるに超したことはないだろうけど、できなくてもいい。ただ、そこにある便利なモノを使えば良いだけなのだ。Chromeを使っていて、うっかり開発者向けコンソールを開いてしまっても、何も分からなかったことにして閉じて良いのだ。きっとマクロを書けば、楽ちんに勝手にやってくれるような作業を、人の手で何度もやる。それでいいんだ。マクロを考えるために必死になる必要なんか無い。マウスで右クリック、コピー、ペースト。それでいいのだ。キーバインドすら覚えなくて良い。メモ帳を使ってもいい。viやEmacsのキーバインドを覚えなくてもいい。マウスも使えないようなエディタと格闘する必要は無い。Macを買っても、XCodeやportsを入れる必要は無い。iTunesでiPhoneを同期させて、音楽を聴くだけでいいんだ。
僕はもうプログラミングしないでいいんだ。
それが分かったとき、全てから解放されたような気がした。僕を苦しめ続けたプログラミングというものは消えてなくなった。パソコンでやる作業は、昔と一緒、匿名掲示板にオマンコと書き込むだけだ。それ以上のことをしなくてもいいんだ。勉強会に出てハッカソンする必要は無いんだ。プログラミングスキルを錬磨しないと死ぬなんてのはウソだったんだ。美しいコードを書かないと天罰が下るというのはウソだったんだ。毎日毎日はてブのホッテントリを見てると、プログラミングでマスターしなければならないこと、何何する方法、開発者必須スキル、便利ツール、Macでのアプリ開発、セキュリティ、通信、データベース、勉強会、ハッカソン、そういうもので溢れている。苦しくないのか不思議で仕方ない。もちろんプログラミングをしていて楽しい人もいるんだろう。けれど、僕みたいに、プログラミングという行為が苦痛で苦痛で苦痛でしかない人もいる。たとえ1000回の同じ操作でも、人力でやる方がマクロを書くよりも楽だという人も、ここに存在するのだ。そしてそのような人の存在も当たり前に肯定されるのだ。みんな苦しまなくて良いんだ。誰かが勝手にやってくれればいい。できる人にお金を渡して、僕らはそれを享受するだけで良いのだ。ここでプログラミングという言葉を連呼したけれど、コーディングという言葉との違いとか、そういうのを気にするような人とおつきあいする必要は無いのだ。いずれプログラミングは必須スキルになるとか言われて何年も何年も苦しみ続けてきた。けれど、そんなことをする必要は無いんだ。
それでぶっちゃけここからが本番なんだが、十代でなんとかしないと、という焦りはこないだの青木君の小四なりすましの話に似ている。僕もそうだった。僕らの世代だと登大遊氏なんかが結構輝いてて、ああいう感じにならなきゃ、と思っていた節はある。十代の時になにか成し遂げないといけない、そのためには誰かに認めてもらわなければならないという焦りは、どれくらいの「大人」に理解してもらえることなのだろうか?誰かの承認を得たいという承認欲求を、同じ世代の誰かを使って満たすことができず、むしろ同じ世代の誰かを一緒に引き連れて、承認欲求を満たしてくれる「教祖」にすがりつく。NPOの大学生が「承認」を欲し、政治家が「承認」を与えているのだ。AO入試用の作文?図?みたいなものも見かけたが、「私はリーダーシップがあります!」とか実にくだらないことしか書いていない。しかしそういうものでさえ、学生団体とやらは「承認」してくれる。結局、オウム真理教が丸ごと開けたポジションに、バラックが建ち並び闇市が行われていて、コミュニケーションで自然と得られるはずの承認欲求が、法外な札束で取引されている、そんな感じのような気がする。
意外にブクマが増えていた。PC-8001は俺が産まれる前に買われたもので、ずっとオブジェだったのだ。動くかどうかもわからない。テレビに接続するコードがなかったから。
意見を聞かせて欲しい。
なるほど確かに教養としてPerlは知っておいた方が良いが、より優れた言語がある。
そして、推される筆頭はRubyだろうか。
そう思ってきた。
ブラウザで使うなら選択の余地はないので、あの言語は除外しよう。
で、未経験者でも聞いたことの有りそうなこのあたりはこの辺り。
C, C++, C#、 Java、Perl、PHP、Ruby、Python。
Hello, World!を見比べたら
「publicてなに?staticってなに?voidってなに? mainはメインなんだろうけど []ってなに?argsってなに?なんでint main?str mainとかあかんの?たまに*印ついてるのなに?全部意味が分からんし解説もなしにおまじないって言って飛ばしてるケースも多いしなんか詳しく言ってるっぽいのもあるけどその分かる人だけが分かるような言い方やめて私のライフはもう0よ!なんで一言「やぁ!」っていうのにどれだけのことを理解せなあかんのよ!」
となるのでスクリプト言語が残るだろう。
Webでしか使わない言語は関数名もキモイから除外しておくと、Perl、Ruby、Pythonの三択となる。
私がPerlを選んだ当時は、Rubyは信者が先鋭的で他人を攻撃しないと気が済まないという風評を目にしたので外した。
そしてPythonはまだ日本では弱いらしい一方、Perlははてなやmixi、Amazonでまで使われていて、
恰幅のいいヒゲのおっさん他、情報を発信する人の量・質ともに非常に高い様子だったから、Perlを選んだ。
ここから本題。
あれから数年。
新たなものを学ぼうと思い、Pythonは昔バージョンの違いでなかなか動かせず、またPython2と3で随分変わってしまうようなので、
Rubyを始めてみようと思ったんだ。
Next Perlというだけあって馴染みやすい書き方も多く、洗練されてるなってすごく関心した。
学ぶこと自体が目的なので、何をしたいって、何もないので、とりあえずPerlでやってることを全て移植してみることから始めた。
Net::FTPSSL
うごかない。
まぁそんなこともあるよね。
うごかない。
まぁPerlでもActive Directoryに繋ぐのは随分苦労したしな・・・
WWW::Mechanize:
うごかない。
CentOS 6に入ってるRubyではバージョンが違って動かないって・・・
上手くいかないのは仕方ないよ。でもmechanize、昔動いてたのに今動かないって何なの?
モジュールクリックしたら作者のサイトに飛ぶし、マニュアルの書き方も作者次第でバラバラ…読みづらい…
CPANみたいにちゃんとやってよ。
ネット上の情報もバージョンが違って動かないことも多々あるようだ。Perlなら5.8で書いたものが5.20になっても当たり前に動くよ?
CentOS 6とFedora 20のそれぞれで出てくるエラーも違うし、Perlの下地があっても正直キツイ。
洗練されていいな!って思った分余計に残念だ。
こんなバージョン違えば動かなくて当たり前で、Rail抜いたら情報も半減するような言語、本当に初心者向けでいいの?
使える人が使える用途で使えるバージョンを選んで使うとステキ。そんなん初心者向けじゃねぇぇぇっぇ。
いや、言語の学びやすさとこれとは別問題なんだろうけど、Perlの安定度と情報の量・質・多彩さで比較になってない。
言語そのものはRubyの方が上でも、使えない道具は劣る道具じゃんよ。
「身の回りの雑多な仕事を片付ける」って用途の方が特殊なんだろうか。
Rubyは良い言語だって思ってた。しかし、分からなくなってしまった。
教えてくれ。
キリシア様に届けていい言語はなんなんだ?
s/キリシア/キシリア/
でもたいした議論もないということは、概ね合ってるのだろうか。
あと、perldocの情報量もすごいと思う。ある程度Perlが使えるようになってからじゃないと読むのはキツイけど、
他言語で書籍じゃなしにあれだけ詳しく書かれたものってあるかな?
kiyo_hiko型が動的なのが耐えられなくて結局Java
ベクター: http://www.vector.co.jp/
言わずと知れた老舗ソフトウェアダウンロードサイト。毎日更新されるコンテンツは「新着ソフトレビュー」くらいなのに毎月7800万PVの高○○を誇る。(巷で人気のはてなは全サービスで2億PV/月らしい!ワーオ!)ベクターの広告掲載料はPVあたり0.05円だとか。今は…、…といった企業の広告が掲載されている。
世間に高い印度象を与えた遠隔操作ウイルスバスター事件に対するHIT-BITの印象はどうだったろうか。スーパーハッカーが自己満足のために起こした事件とか?
スーパーハカーといえばやはり遠隔操作。遠隔操作でCDトレイがガコンガコンだろうか。そう考えるとEjectコマンドユーザー会なんか完全にブラックハット集団だろ……何人いるのか知らないけど
この騒動の中で耳慣れないソフトウェアが複数登場した。例えばこういうものだ。
我々が普段ホッテントリで目にするアプリとは何か違う。例えばサーバ→鯖→マカレルのような発想と同じ匂いを感じずにはいられない。それに「パケット警察」よりも"SoftEther社のパケット監視ツール"と言われたほうがピンと来る。
ベクターにはこういったゆるキャラ的名称を持つアプリケーションが数多く登録されているのである。
私は空気読みができる人間だ。つまり何が言いたいかを改めて申し上げると、エバーノート活用法と聞けば、自分の時間を犠牲にしてでもライフハックMethod収集に勤しむ意識高い系ライフハッカーや、Markdown対応と言われればナンでもカンでも有り難がる技術系アーリーアダプターの方々や、はてブなどのソーシャルメディアに居を構える人たちと、ベクターユーザはどこか違うということを思わせる印象操作である。
増田一族の皆さんは日本で一番使われているWebブラウザをご存知だろうか? ……その通り、IE9である。ところがだ・私は10年以上、隔週一度の頻度ではてなブックマークを利用してきたが、いまだにIE9のハック記事がホッテントリ入りしたのを知らない。ちなみにOperaもない。
ベクターで人気のアプリケーションで「めもりーくりーなー」をご存知だろうか。不要になったメモリ領域を回収するシステムメンテナンス系ツールなのだが、実態は大量にメモリ確保をするものだ。Windowsはメモリが不足すると使用頻度の低いメモリ領域をシステムディスク上のスワップ領域(仮想メモリ)に追いやり、物理メモリを確保する。それが空きメモリ復活のからくりである。
遠い昔、メモリ最適化ツールとして「ただ数を足したり引いたりするだけのプログラム」が持て囃されたことがあったが、めもりーくりーなーのコア部分はメモリ確保のAPIコールをするだけで済んでしまうので、足したり引いたりほども難しくはないのである。
そんなツールが人気のベクタソフトウェアライブラリというと誤謬(ごびゅう)があるかもだが、そんなベクターが月あたり7800万PVである。ワオ。「そんな」とか言えない。そんなベクターからは毎日収録ソフトのアップデート通知が来るが、再インストールとほぼ同じ手間をそうそう小まめに行う人間がいかほどいるだろうか。注目ソフトウェアを取り上げる「ベクターソフトウェアニュース」ははてブと違って1日1回の更新だし、メールマガジン「ベックル」だって手作業での編集だ。それでもはてな2億PVに対してベクター7800万PVなのである。それを620万のUUが支えているので、1人あたり12PV余り稼いでいる計算になる。今のはてなは2億PVに対し4000万UU(U'ェ'U)→1人あたり5PV。情報の更新量で言えば個人ブログのスターダム層とあまり変わらないのではないだろうか。MLBに例えるならブログ界の野茂英雄とも言える旧イケハヤ書店さんが今年3月に100万PV/50万UU達成を記念して焚き付けを行なっていたが、同程度の情報更新量とするとイケハヤ100万パワーとベクター7800万パワーの差は一体何なのか。火事場のクソ力vs平時のキン肉マン並みの差である。(ちなみに超人界の神々が1億パワーであることもご考慮いただきたい)これは何か常連にしか見えない㊙コンテンツがあるとしか思えない数値である。
(そういえばはてなダイアリーからニコニコのブロマガにもらわれて行ったベックルハリー先生は、映像でもお見かけする機会が増えて、以前より増してご活躍のようですね。ニコニコ静画のコンテストで新作の絵師さんを決めたそうで気になります)
注: 「めもりーくりーなー」はCodeZine「マンガで分かるプログラミング用語辞典」やマンガでわかるJavaScript / Javaプログラミング、最近ではnoteでも連載中のクロノス・クラウン 柳井 政和さんの著作です。実際にはメモリー最適化のためのニーズに合わせたUIを備えているため、前述した原理だけのアプリケーションではありません。
ベクターはおかげさまで25周年!今年が平成26年、つまり平成も25周年を過ぎたところ。ベクターは日本の年号が「平成」に変わったのと同時期に創業した会社なのであります。平成の始まりは1988年2月。その頃あなたは何をしていましたか? まだ生まれていませんか?それとも友達が続々とファミコンを手に入れていく中、1人だけMSXを買ってもらってデータレコーダーで5分かけてロードした後、ただひたすらゴジラと戦う3DダンジョンRPGや、アスキーや徳間書店の雑誌に載っているプログラムリストを打ち込んで、F5を押しては"Syntax error"を出すという流れ作業の話をして「ふーん」と言われるだけの交友関係に何かコレジャナイ感を感じていた頃でしょうか?もしかしたらアイドルから一転してラ・ムーを結成した菊池桃子さんとHelloみかんに衝撃を受け、自称親衛隊を辞めようかどうしようか、辞めるとしたら世間的に許されるのかどうかと迷っていた頃……という方もいらっしゃるのではないでしょうか? そのころベクターはもう走り出していたんですね!!!!!!!!!!!!!<3
199x年から始まったソフトウェア・ライブラリサイト「Vector」の累計ダウンロード数は、1999年に1億DLを達成した後、毎年1億(ときたま2億)ずつ堅調に増加して今年19億DL達成。
本業がオンラインゲーム事業になってしまったベクターだが(「創星紀アステルゲート」大好評サービス中)、ソフトウェアライブラリは依然として健在だ。7800万PVを支える620万UUに7800万のベクター体験を提供している。(わーお)
ベクター体験と言えば、最近では「XPフォーエバー」が人気だった。XPが意味するユーザー・エクスペリエンス(UX)が後発OS(というかiOS)に受け継がれた現在においても、WindowsXPは走り続けているらしい。そして走り続けなければならない。定年退職と同じだ。ゴールが年々遠のいていくんだ。プログラマー定年説だって昔は30歳だった。それがいつの間にか35歳定年説になっている。40歳になる日もそう遠くはないだろう。30歳が若くない?そんな言い分が通用するのはアイドルとスポーツ選手とプログラマーくらいのものではないのか。政治家なら40歳で若手。そもそも一日中イスに座りっぱなしで政治家ほども動かず、身のこなしと言えば手を動かすくらい、チェリーの黒軸キーより重いものは打つことがない仕事がなぜ「体力勝負」と言われるのか。「プログラマーやってたんで体力には自身があります!(*°∀°)=3」とか引越し業の面接で言えんの?1日じゅう立ち仕事で刃物を扱ってる床屋の主人を差し置いて体力自慢できんの?
私は空気読みができる人間だ。落ちのない小話がそう何度も通用するとは思わない。本題に戻ろう。
さて、増田一族の皆さんはベクターのご当地ゆるキャラをご存知だろうか。その名も「べく太」である。心優しき少年ではあるが学校での成績がずば抜けて悪く、テストでは全問不正解の上、自分の名前を「べく犬」と書いてマイナス点をもらう奇才ぶり。友達はそこそこいるが、成績の悪さや自身のずっこけエピソードにより、知らない人にも名前を知られている有名人気質。得意科目は射撃とあやとり。手に座布団を持ったスタンディングポジションから就寝までの速さを競う競技昼寝の速さにおいて世界クラスの実力を持つ。いつも((ミ゚o゚ミ))の影にいるため主人公とは思われない彼だが、劇場版長編「のび太の結婚前夜」ではアレをナニされても決してああはしないという彼の秘められた人間性が描かれている。
そんなのび太が最も輝いていたのがシステムメンテナンス系ツールの紹介記事であった。
他とは比べ物にならないほど豊富にあるハードウェアの性能を引き出すため、Windowsの世界ではさまざまなチューンナップ技術が磨かれてきた。メモリ最適化、レジストリクリーニング、ディスクキャッシュの最大化、RAMディスクの利活用、ビジュアルテーマ/アニメーションの無効化、IEの常駐、スタートアッププログラムの削減、サービス系プログラムの無効化、EXEの圧縮、RARの活用、標準ツールよりも高度なサードパーティ製ディスクデフラグ&メモリデフラグ……、やることはいっぱいだ!でもこんなに手間をかけられるWindowsはかわいいなあ!そうやってPCチューンの腕を日々/.J で研鑚しあうマイルドハッカー達は磨き抜いたファイルコピーのスピードに一喜一憂したものである。
特にベクターには日本人により日本語で説明された扱いやすいメンテ系ツールが数多く登録されていた。使い方を誤れば手塩にかけて育ててきたWindowsに打撃を与えかねない分野であるため、「日本人にとっての分かりやすさ」は重要視される要素だ。そんな分かりやすいツールをさらに親しみやすく紹介する子供だましが紹介記事におけるべく太の役目である。
今ではべく太も良く読まれた記事のランキングでしかお目にかかれなくなってしまった。今や世間は萌え擬人化を通り越してゆるキャラブームである。いやブームさえ通り越して文化である。べく太はゆるいというよりマイルドなためかこのブームに乗っかろうという動きはまだ見せていない。これは残念なことである。(はてなもゆるキャラ路線をやめてしまうのだろうか)
ところどころかいつまんで述べたため、いくぶん主題がぶれた印象はあるが、
そんなベクターのユーザにリーチすることを考えないで、一足飛びに海外にロンする発想はちょっとチョンボしすぎなんじゃないの。その前にIEのセキュリティ問題で右往左往する人たちを相手にするのが先でしょ。そのあとは日本人口のメイン層である前期高齢者な。
情報社会を牽引する立場のソフトウェア開発者とは言っても、テストコード書いてこまめにリファクタリングしていくらでもデプロイしては動作確認できる人たちばかりじゃないの。一次請けから渡された画面設計書をメンバーに一人一枚ずつ手渡してアサイン完了、がんすけで開発スケジュールを引きつつ「これでどうだ?」とメンバー一人一人と納期交渉をするSEもいるの。ソースコードとほぼ同じ内容なので、スケジュールには含まれ得ない詳細設計書を「まぁ気持ちは分からんでもないが本来はそういうもの」という理由で実装前提出させたりするの。すべてが決まって検討課題がメンバーのメンタル面だけになった時点でキックオフ・ミーティングを始めるのが開発フローになっていたりするの。
これに対して事あるごとに穏やかな語り口で「私は雑用ですから」とつぶやくSEもいて、彼の場合は画面設計書をメンバーひとりひとりに渡して顔を伏せつつ実に申し訳なさそうな口調で「これぐらいでお願いできませんか」と納期交渉をしつつがんすけ2でスケジュールを引く人でした。
そんながんすけをダウンロードできるのもベクターソフトウェアライブラリなのである。がんすけ / がんすけ2 / (窓の杜にもあるよ) / (公式です)
話がそれたので本題に戻そう。
タイプは違うが、両者とも大差なくマッチョメンであった。SEなのに。ここから少し余談を挟むが、その後面接をしたとある派遣会社の派遣プロマネもマッチョマンであったが、マッチョメンに出会ったのはそれくらいなので特に私の人生がマッチョメンで占められているという話でなはい。
私も筋トレすれば強くてたくましいSEになれるのかな、、、
いやスケジュールが押したからって突然開催されるようになった朝会に、シドニアの騎士のOPを歌いながら入ってくるようなSEは私の目指すところではないな。戦いの場への入場曲はもういいので設計をして下さい、設計を。適切な設計で工数を減らすのは、あなた方の役目でしょ。あなたの敵はここにはいません。何も打ち砕かなくていいのです。そんなことよりぴょんぴょんしましょう。ぴょんぴょんのほうがメンタル的に優しくていいです。ぴょんぴょんですよぴょんぴょん。
このままで、果たして定年までぴょんぴょん続けられるのかな……。定年……って何歳だっけ……。
元々は55歳か。それが20年で60歳になって……さらに20年経って65歳が当たり前になったのね。じゃあ、あと20年したら70歳が定年かぁ……今働き盛りの人たちは70歳から年金受給者だね☆ 平均寿命が延びたぶん定年がずれていくということは「人は働くために生まれる」というのがこの国の常識なんだろうね。(だって政治家は自分を選んでくれた選挙区の空気を読んで法律に反映させる役職でしょ?) そんでもって現在の定年が65歳、日本人の平均寿命は80代前半。最高齢が110代なので医療福祉諸々の発展で平均寿命と定年があと30年延びる可能性も?95歳で定年!?いやいやいや……そのころには日本人の人生観も変わってるだろうから……いやいやいや……変わってるかなあ。
だったらプログラマーは何歳定年説になっているんだろう。IE9をシェアNo.1に押し上げるような職場に勤めていれば何も心配ないのかな……また大きなパラダイムシフト──という言葉がもうずいぶん久しぶりだけど──が起きてプログラマー定年が上がるのかな……パラダイムシフトじゃ上がらないかな……ライブラリとツールのほうが大事かな……(大体、オブジェクト指向だって末端のアプリケーションエンジニアにとっては「例にならえばいいだけのもの」だったし)……何かを速く便利に自動化するツールよりも、テストコードを書けばそれに合うライブラリを探してきてくれるエージェント指向システムが実現されないかな。今のところ再利用可能なコードを探す手段はドキュメントを検索するのと、ソーシャルふにゃふにゃで誰かに教わることくらいしか無いし。そんなパラダイムシフトが早いとこ起きないかなー起きればいいなー「お前が起こすんだよ」とか言う奴ぜったいいるだろうけどおれはおこせないしなー。
結局、定年って定まってないんだよね。不定年だよ。定年は不定年。同じ境遇の人間が多数いればその都度社会が対策とってくれるだろうし、先のことを気にしても仕方が無いよね。──ってことでハラオチ。
そんな私のベクター体験を元に、ベクターユーザからも訴求されそうなはてなブックマークUIを考案するのが本稿の主題である。
(Dan the full stuck engineer.)
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私もイギリスに半年ほど留学していまたので、すごく共感しました。
ただ何も分からずにおかしなことを言っている人がいるので、訂正しておきます。
イギリス人は普段は日本人並みに謝ります。謝らないのは、謝る必要がないとき、または自分に非があるかどうかその時点で分からないとき、です。
開けて待っててくれる人は私は日本では見たことがありません。少しドアを押さえておいてくれる程度ですね。イギリス人は場合によっては2,3 m離れていても待ってくれています。こういう場合はドアまで走るのがマナーです。ロンドンなど都会では日本人程度の人も多いようですが…
普通にスマイルしてくれる人は多いですよ。マナーかどうかは知りませんが。
え?何かあるとすぐsorryじゃないの?
会計の時とかに「ごちそうさま」とか言うのは日本だけだし(と言うか英語にはその手の言葉自体が無い)
普通に言います。ドアを開けておいたときなどもそうですが。会計のときもレジの人は言ってくれますし、こちらも返します。バスはあまり乗らなかったので知りませんが。
何かあるとすぐsorryじゃないの?って、揚げ足とりにしても低俗すぎますよ。Sorryの意味を分かってますか?
え???
ヨーロッパのスーパーの人間は仕事の意識が低いから、普通に客と駄弁る事はあるけど、
それが良いか悪いかは別の話。
すべての客にサービスとしてヤルわけではないし、単にレジ係が話したいだけ。
そして、そのせいで普通にノッたりやって遅れる。
確かに仕事の意識は低いこともありますが、彼らはとてもフレンドリーです。Hi, Helloは当たり前で、Did you enjoy last weekend?なども聞かれたことがあります。駄弁りたいというより、フレンドリーなだけだと感じました。
あとは何とも言えませんね。
3月で東北大学を卒業して、4月から某企業の社畜となる22歳です。
文系の学部出身なので、ITやらプログラミングの知識は完全に独学です。
特にITに興味を持ってはいなかったのですが、就活が終わったあたりに
映画のソーシャルネットワークとかを観たりしてプログラミング勉強しようと思い立ちました。
そんで実際に勉強し始めるとなかなか興味が持てる分野だったので、去年の秋の試験で基本情報技術者を取ったりもしてました。
でもここまでひと通り勉強し終えた時点で、このあとどうしよう?ってなったんですね。
HTMLやらPHPの本を写経して、『やったー、Hello,World!を100回分表示させたぞ!』なんてやっぱりすぐ飽きるわけですよ。
プログラマって毎日こんなことしてんの?と思ってネットを漁ってみると、色々と面白い情報をはっけん!
http://anond.hatelabo.jp/20101203150748
やっぱ何かを創ってなんぼだよね!
ということで人生最後の冬休みから構想を練り始め、今年に入ってから本格的にwebサービスの作成に取り掛かりました。
ちなみに本記事タイトルは『京大で画像処理を学んだ僕が本気でエロWEBサービス作ったった』をリスペクトさせて頂きました。
この人はIT関連が専門みたいで、創ったものもレベルが違うんですけどね。まぁキャッチーなタイトルにしたかっただけです。
やはり社会人になるとなにかと時間が限られてしまうと思うので、
多少未完成でもまずは公開してみて少しづつ付け足していこうと。
結果として、この記事を書いている時点でお問い合わせフォームとかを実装してませんし、
他にもいろいろとやりたい機能をとりあえず諦めざるを得ませんでした。
今後頑張ります。
今年の1月時点での自分の知識を大まかに説明すると、
HTML → 基本は分かる。でもdivとかをうまいこと調整するのは苦手
CSS → ぶっちゃけあんま理解してない。今回の創作物もtwitterbootstrapに頼っちゃった
PHP → 基本は分かる。forとかforeachとかwhileあたりが使えるくらいだけど、実際それで何とかなったしこれからもっと勉強するし
javascript → たしか一番初めに勉強したけど、もう忘れた。今回のサービスにも使ってない。
まぁこんなもんです。
『未痴との遭遇』
やっぱりエロいのだとモチベーションも続くし、やっててたのしいかなぁと思いまして。
1.全体像の把握
基本情報技術者を取得したんですが、サーバーとかFTPとかの単語をあまり理解してなかったんですよね。
具体的にどうすればホームページやwebサービスを公開できるのかを理解するようにしました。
上に書いたようないわゆる『つくってみた』系の記事も沢山読みました。
ふむ、手っ取り早く作るにはフレームワークとやらがいいらしい。
具体的には公式サイトのブログチュートリアルから入って、『CakePHP 入門』とかで検索して出てきたサイトをいろいろとまわりました。
覚えることは多いですが、確かに便利なので頑張って修得することをおすすめします。
とりあえずサイトの作り方はわかったので先に進む。
APIを利用したサービスがたくさんあったので僕のサイトでも使ってみようと思いました。
勉強ってほどのものではないですが、DMMAPIのコードを公開しているサイトを参考にしました。
僕の創ったサイトに必要なデータがAPIでは効率よく取得できないことがわかったので、
DMMのサイトをスクレイピングして必要なデータを集めることにしました。
Simple HTML DOM Parser ってやつを利用。
5.メイン機能搭載
まずはAPIとスクレイピングを利用してデータベースに必要なデータを集めました。
スクレイピングがうまいこといかなかったり、なぜかデータが重複しまくったりといろいろ苦労はしましたがデータベースはなんとか完成。
その後、メインページを作成して、ランダム表示ができるようなスクリプトを書く。これは簡単。
6.他のページの作成
メイン以外のページを作成。
twitterbootstrapもここで導入。
でも間に合わなそうだったので、目標達成のためにとりあえず飛ばすことに。
特に希望のものはなかったのですが、まぁそれっぽいものを購入。
問題はサーバーですよ。
初めはGMOクラウドのVPSで無料お試しをしたのですが、これがまた難しい。
ネットでいろんな情報を探して、試して、動かなくなって、OS再インストールって流れを5回ほど繰り返して断念。
結局FUTOKAのレンタルサーバーと契約しました。こちらは非常に扱いやすくて、らくちんです。
8.公開
こんなしょぼいサイトでも公開できただけでうれしいものですね。
約3ヶ月の苦労は無駄ではなかった。これで僕もクリエイターの仲間入りだ。
文系の僕でも3ヶ月でひとりでwebサービスの公開まで漕ぎ着けることができました。
この期間が長いと思うか短いと思うかは人それぞれでしょうが、自分のアイデアを現実化させることは想像以上に楽しいことですよ。
壁にぶつかることはたくさんありましたが、不思議と辛くはありませんでした。だって楽しいから。
用事がある日にも、早起きして作業することが苦になりませんでした。だって楽しいから。
変に敷居の高さを感じている人がこの記事を見て、『俺もやってみよう』と感じてくれると嬉しいです。
そうしたら「相手先ホストの都合により送信できませんでした」とのこと。何回送っても送れない。
確かに、最近疎遠になっていた。すれ違っても挨拶してるのやらしてないやらの仲。
しかし、無言で着信拒否するほどのアレかよ。信じられない。
このエラーが出た時は、ネットで調べたら色々理由があるらしくて、時間をおけばまたメールが届くことも有るとのこと。
それを信じて10分毎にメールを送ること3時間、全てデーモン悪魔に遮られ、一切通らず。この時点で通信障害の可能性はかなり低くなった。
そこで他の原因を見ると、料金滞納。今日は16日だし、滞納で止まっていたとしても不自然ではない。
自分の電話からかけたかったが、着信拒否されている可能性がある以上、それはできなかった。駅まで行って公衆電話からかけた。
つながった。
すぐ切った。料金滞納などではなかった。着信拒否なのか。そんなことあるのかよ。明日からも顔合わすんだけど。
おそらく違うんだ。docomoからのアドレスを全拒否するとか そういうおちゃめなフィルタリングをしているに違いない。そうに違いない。
今日やらなきゃいけない仕事もある。だけどこれが気になって気になって手がつかない。もう確かめるしかない。
めちゃくちゃなメールアドレス、タイトルはHello!本文はLong time no see!
大丈夫。このメールだって届かなければ、こんなふざけたメールが彼のもとに届くこともない。ただ確かめる。それだけなんだ。
原因の枝葉を切り落としながら、震える親指でメールを送った。
エラーを吐かない。
携帯を投げた。なぜ俺が着信拒否に。おかしいだろ。一緒に旅行もいったじゃん。あの笑顔の裏にはいつ着信拒否するか決めていたのか。
人の悪意とはこうも深遠なものか。怒りの鉄鎖に溺れた俺の体躯は絶望の腐海へ沈んでいった。
だがここで、新たな原因の可能性が浮かび上がった。俺が彼に最初送ったメール本文にはURLアドレスが入っていた。
もしかして、強力フィルタリングでURL付きメールは弾かれている?ありえるといえばありえる。
直ぐに外国人アドレスから本アドレスに戻し、URLアドレスを削除して彼にメールを送った。
エラーは出なかった。
ああ、なんということか。俺は着信拒否などされていなかったのだ。URLを含んだメールがダメだったんだ。
30分後、彼からフレンドリーなメールが来た。嗚呼変な外国人からのメールが届いてるはずなのになんと気丈なことか。俺は涙を拭った。
俺の一人相撲は約半日をかけて終了した。彼の携帯には公衆電話からの謎着信と謎外国人メールが届いているだろうが、俺と彼の友好関係には関係のないことだ。
俺もそう思った。
思い立ったら、目の前で実行中のアプリケーションでHello.World.が書ける言語で、
応用範囲はめちゃくちゃ広いし。