はてなキーワード: 促成栽培とは
自分の地元では国政選挙や地方選挙で自民党が勝ちやすいが旧社会党や旧民主党系も稀に勝ってきた地盤で、その方針は一次産業を取りまとめる老人たち、言ってみれば長老が取りまとめるという風になっている
立民や自民党の党員となっている人も少なくなく、一次産業組合での有権者の把握が可能で票分配の計算がしやすい地域ということをこの地域の政治家はほぼ常識的に知っていることである
うちの地域ではここの土地を開梱し、道を作って隧道(トンネル)を通し、過去の戦でも成果を上げて褒美を地元へ還元(税の負担減)し、近代化の際に土地を国へ提供して鉄道駅を作った2つの家が有力で、実質的にこの2つの有力家の家長が決めている
そんな旧態依然の地域で、有力家のうちの片方の家長の長男がこっそりと裏で次代を担う青年世代の意見を取りまとめてしまい、立民代表戦・自民党総裁戦の投票先を決めるという事態が起きてしまった
この事態を引き起こした人物は、この地域でも数少ないこの地域の産業を学問・研究主体に高校〜大学〜大学院と学んだ人物で、この地域で大卒は決して少なくはないが、ここまで専門性を高めて修めた人材は彼しか居ないので、地域では非常に頼りにされており、特に青年世代から信頼が篤かった
彼は「このままでは地元が潰れてしまう」として青年世代を集め、地元での新産業の可能性を示しつつ日本経済の解説を行い、国政選挙へ向けて青年世代でまとまって長老世代へ訴え出ようと説いた
この目論見は完全に成功してしまい、うちの地域では立民代表に野田さん、自民総裁に石破さんを推すことになった
何故このようなことが起きたのだろうか?
彼の言葉で決め手となった一言として挙げるならば「どうせ開戦するのであれば敗けない戦争をさせろ。俺たち若い連中が戦争へ行くことになる。どうせ死んでしまうとしても敗けない戦争に送ってくれ」だった
中国が第二次世界大戦で成功した戦術の日本が使っている海の貿易路を抑えることを現在再び行おうとしており、彼が言うには「戦争は準備で9割決まる」と主張しており、今回の国政選挙では「準備が出来る政治家を当選させなければならない」とのことだった
更にもっと言えば開戦の決断、降伏の決断は政治家でなくとも誰にでも出来るが、戦争の準備の決断ができそうな政治家へ投票しなければならない。敗けないために準備をしなければならないそうだ
その言葉に長老たちは何も言えなくなり、青年世代の意見を採用した
彼が今回推した野田さんと石破さん双方は他の政治家と比較して軍事へ対して他の政治家よりも多少のアドバンテージがあり、野田さんと石破さんならば他の政治家よりも準備に限りある国のリソースを充てると考えているらしい
まずは道路と港湾を積極的にやるだろうとのことだった。製造業でも兵器ではないが兵器の間接技術の研究生産を更に助成するようになるのではないか?とも言っていた
うちの地元では食味がよく促成栽培が可能な品種を少量であれ今から様子見程度でも土地や天候に合うか始めておくべきだと言い、それが戦後の日本であれ敵国であれ食糧不足期の新産業へ繋がると主張し、それが出来る知識を俺は学んできたと言う
陰謀論者の使命感というのはどういう立ち位置においてのものなのだろうか?
ライフワークみたいなやつもたまにいるが、そいつの周りには今更困ってる親族とかもいないだろう。
促成の信念というのは過激でも根が浅い。
血肉になりきってない。
なんとなくだが、陰謀論者の御高説にはコメンテーターの気楽さが感じられる。命がけの真剣さというより、床屋政談でムキになったような表面だけの熱さ。
本当に大勢の人の命に関わるような判断をする権限と責任を与えられて、いつもの持論を開陳できるか?
そういう権威者の立場に憧れつつも、自分はその器でないとどこかで知り抜いているからこそのお気楽な放言であるように感じるのだ。
何らかの形で陰謀論者に「権限と責任」を感じさせることが回復のきっかけにならないだろうか。
彼らはとことんちゃらんぽらんな人間ではない。粘り腰で考え続けるのも苦手だが、何も考えずに騒ぎたいだけという愉快犯でもない。自力の回復力を持っているはずであり、そこをエンカレッジしていく以外にない。
国立大受験、共通テストにプログラミング…25年から「情報」追加で6教科8科目に
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/daigakunyushi/20220128-OYT1T50158/
https://www.asahi.com/articles/ASQ1X7S36Q1SUTIL01M.html
国立大協会、共通テストに「情報」追加 25年以降、6教科8科目に
https://mainichi.jp/articles/20220128/k00/00m/040/332000c
2022年4月に高校に入学した生徒を対象にした大学入学共通テストから教科情報の試験が追加されることはもう決まっていたのだが「そんなのわざわざ受けるやついるの?」とならないように、文科省と入試センターが布石をうった結果としての国立大学の入試での必須化だと思う。
これについては、私立大学には強制できるスキームがない(補助金をちらつかせればできるかもしれないが)のと、地方の高校などにその衝撃波が届くように、だと個人的に思っている。
ぶっちゃけ首都圏などは、高校の情報教員は余ってはいないが足りてはいるが、地方では情報教員の採用をまだ実施していない県もあれば、ようやく始めてまだ数名しかいないという県もある。
そんな情報教員の採用に消極的な地方での、高校のKPIの一つに国公立大学への合格者人数というものがある。教育委員会によっては、特定の進学校に助成金みたいなのを出して、進学実績をさらに上げさせようとしている県もあると思う。そんななか情報をきちんと教えられる教員がいないと、国立大学に不利になるよ、というのは地方の高校や教員区委員会への圧力になるのである。
「急すぎるじゃないか」とお怒りの校長とかもいるだろうけど、受験には関係ないからという言い訳で、教育委員会が教員も採用してこなかったり、未履修問題のように高校が勝手に情報をやらずに他教科に置き換えて授業を潰していたりしたことが、結果としてスマホしか使えない大学生を大量生産してきたのではないだろうか?
高校の情報という授業は実は2003年に高校に入学した生徒から必修科目となっている(正確には必履修科目)。ということで教科が出来てからもう20年近くになる。
商業高校や工業高校は別として、全ての普通科で必修の教科が「ドーン」と爆誕したのがその年だったのだが、文科省の失政を今の今まで引きずっていたのだった。
それまでにない教科(情報処理に類する科目は無かったわけじゃないが)が誕生するということは、教える人が新たに必要となるということである。
それが全国何千校の普通科の高校で急に始まるのである。まあ、時代で必要だったのでそれはしょうがないと思うが。
大学の教員養成課程で、一気に何千人も情報科教員を輩出できるわけではないので、現職の教員に講習を行って新たな免許を持たせることにした。
まずは意識高い教員に、現職講習の講師役となるための研修を行い、育成された講師たちが各都道府県で現職教員にたった15日間の講習で「教科情報をもう教えられるよ」ということにした。
しかも希望した受講者だけ目標ノルマ人数にとても足りず(講習を受けられる教科に縛りを付けた失策があり、そもそも希望しているのに受けられなかった教員もいる)、各学校で肩たたきのように希望しなくても免許を取りに活かされた数学や理科、家庭科の教員が多数いるというわけである。
これを時限的な教員免許とすれば、大学で情報の教員免許をとった新しい教員がどんどん入ってきたのだが、いかんせん恒久的な免許だったのだ。
あと教員免許更新があるじゃないかと思われるかもしれないが、免許更新はどの教科で更新するとかはなくて、文科省が認めている免許更新の講座だったら何の教科の内容でもいいし、生徒指導でもレクリエーション論でも何でもアリなのだ。一気に全部の免許の有効期限が延びる仕組みである。
情報処理学会は、教科情報の内容で更新講習をやってはいるが、知名度は高くないようである。
そんな石器時代のような人たちが令和の時代に、「情報とは」と教えている現状があるから、それを刷新したいという文科省の意図もあったような気がする。
恒久免許をいまから取り上げるわけにもいかないし、全て定年退職するまで待っていたら日本が沈没するのが加速するだけである。
学習指導要領という教科で教える内容が決められる教育界の法律みたいなものがあって、だいたい10年に1度のペースで改訂される。
最初の情報は、情報A、B、Cという科目があり、いわゆる町のパソコン教室的な内容でも教科の内容をけっこう満たしてしまうものであった。
とはいえ、TCP/IPやWWW、DNSの概略や、アルゴリズム、知財などの法規は当時から教科書に載っていたのであるよ。
その次の世代の学習指導要領で、「社会と情報」「情報の科学」の2つに再編され、今の高校1年生の代まではこれを勉強している。2年後に高3で始めて習う生徒もいるかもしれないが。
今度の4月からの入学生では、情報1に一本化されて、全ての高校生が共通の範囲を勉強している(これが大事)はずなので入試に出しても良いよね、と出来たわけである。
それまではどれかだけ勉強したら卒業はOKという扱いで複数科目あったので。
今年の1年生が浪人して1個下の代と一緒に国立大学を受けると、他教科の試験は移行措置で現行科目の試験が用意されるのだが、情報は今の科目での出題がないからどうするの?という問いかけが国立大学協会からあった。さっきの複数科目の問題があって浪人生に強要できるのかよーという問題だったのだが、文科省&入試センターは強気に「社会と情報か情報の科学か、どっちかだけでもやっていれば100点分になる問題をその年だけ新たに設置するので、無問題」という回答により、国立大学の入試必須化が正式に決まった。
情報1にはプログラミングだけではなく、問題解決の考え方、情報デザインとコミュニケーション、データサイエンスの基礎などが入っている。
ちなみに、情報2という科目もできて、数学みたいに1をやったあとでなければ2を勉強できない、より高度な内容になっている。物理基礎に対する物理みたいな。
データサイエンスといえば聞こえがよいが、それよりちゃんとした統計を学ばせるのが先じゃね?と思う人も多いと思う。
実は数学1で統計の内容が必須化して10年経つのだが、10個や20個の整数を手計算で計算して、分散・標準偏差・偏差値を出してたり、相関係数と散布図くらいしか届かない、「紙の上で鉛筆でやる意味があるのか?」という内容である。センター試験や共通テストでは奇をてらうことが難しい分野だったが、今年の共通テストはやらかした。
次の学習指導要領では数学教育者と統計教育者のバトルなどがあって、それも興味深いのだが、それはまた別のお話。
劇薬ではあるが、かわいい生徒たちの志望大学進学という、餌をつるされた教員たちの良心で今まできちんとした情報教育を受けることができなかったかもしれない地方の高校生が報われるようになるといいと思っている。
あ、あと入試改革すると、企業が儲けるために結託しているんじゃないかと思う方もいるかと思うが、情報1にからめてうちは底辺校と呼ばれる学校なのだが、プログラミング教材とかの売り込みはかなり来るし、ベネッセはすでに高校情報1のオンライン教材の売り込みをガンガンやっている。東進ハイスクールも情報の講師を確保しているようである。
なので「教える教員がいない、地方を見捨てるのか!」となった場合は、ベネッセやら東進の高校向け教材でもやらせてお金で解決してください。
国立大受験、共通テストにプログラミング…25年から「情報」追加で6教科8科目に
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/daigakunyushi/20220128-OYT1T50158/
https://www.asahi.com/articles/ASQ1X7S36Q1SUTIL01M.html
国立大協会、共通テストに「情報」追加 25年以降、6教科8科目に
https://mainichi.jp/articles/20220128/k00/00m/040/332000c
2022年4月に高校に入学した生徒を対象にした大学入学共通テストから教科情報の試験が追加されることはもう決まっていたのだが「そんなのわざわざ受けるやついるの?」とならないように、文科省と入試センターが布石をうった結果としての国立大学の入試での必須化だと思う。
これについては、私立大学には強制できるスキームがない(補助金をちらつかせればできるかもしれないが)のと、地方の高校などにその衝撃波が届くように、だと個人的に思っている。
ぶっちゃけ首都圏などは、高校の情報教員は余ってはいないが足りてはいるが、地方では情報教員の採用をまだ実施していない県もあれば、ようやく始めてまだ数名しかいないという県もある。
そんな情報教員の採用に消極的な地方での、高校のKPIの一つに国公立大学への合格者人数というものがある。教育委員会によっては、特定の進学校に助成金みたいなのを出して、進学実績をさらに上げさせようとしている県もあると思う。そんななか情報をきちんと教えられる教員がいないと、国立大学に不利になるよ、というのは地方の高校や教員区委員会への圧力になるのである。
「急すぎるじゃないか」とお怒りの校長とかもいるだろうけど、受験には関係ないからという言い訳で、教育委員会が教員も採用してこなかったり、未履修問題のように高校が勝手に情報をやらずに他教科に置き換えて授業を潰していたりしたことが、結果としてスマホしか使えない大学生を大量生産してきたのではないだろうか?
高校の情報という授業は実は2003年に高校に入学した生徒から必修科目となっている(正確には必履修科目)。ということで教科が出来てからもう20年近くになる。
商業高校や工業高校は別として、全ての普通科で必修の教科が「ドーン」と爆誕したのがその年だったのだが、文科省の失政を今の今まで引きずっていたのだった。
それまでにない教科(情報処理に類する科目は無かったわけじゃないが)が誕生するということは、教える人が新たに必要となるということである。
それが全国何千校の普通科の高校で急に始まるのである。まあ、時代で必要だったのでそれはしょうがないと思うが。
大学の教員養成課程で、一気に何千人も情報科教員を輩出できるわけではないので、現職の教員に講習を行って新たな免許を持たせることにした。
まずは意識高い教員に、現職講習の講師役となるための研修を行い、育成された講師たちが各都道府県で現職教員にたった15日間の講習で「教科情報をもう教えられるよ」ということにした。
しかも希望した受講者だけ目標ノルマ人数にとても足りず(講習を受けられる教科に縛りを付けた失策があり、そもそも希望しているのに受けられなかった教員もいる)、各学校で肩たたきのように希望しなくても免許を取りに活かされた数学や理科、家庭科の教員が多数いるというわけである。
これを時限的な教員免許とすれば、大学で情報の教員免許をとった新しい教員がどんどん入ってきたのだが、いかんせん恒久的な免許だったのだ。
あと教員免許更新があるじゃないかと思われるかもしれないが、免許更新はどの教科で更新するとかはなくて、文科省が認めている免許更新の講座だったら何の教科の内容でもいいし、生徒指導でもレクリエーション論でも何でもアリなのだ。一気に全部の免許の有効期限が延びる仕組みである。
情報処理学会は、教科情報の内容で更新講習をやってはいるが、知名度は高くないようである。
そんな石器時代のような人たちが令和の時代に、「情報とは」と教えている現状があるから、それを刷新したいという文科省の意図もあったような気がする。
恒久免許をいまから取り上げるわけにもいかないし、全て定年退職するまで待っていたら日本が沈没するのが加速するだけである。
学習指導要領という教科で教える内容が決められる教育界の法律みたいなものがあって、だいたい10年に1度のペースで改訂される。
最初の情報は、情報A、B、Cという科目があり、いわゆる町のパソコン教室的な内容でも教科の内容をけっこう満たしてしまうものであった。
とはいえ、TCP/IPやWWW、DNSの概略や、アルゴリズム、知財などの法規は当時から教科書に載っていたのであるよ。
その次の世代の学習指導要領で、「社会と情報」「情報の科学」の2つに再編され、今の高校1年生の代まではこれを勉強している。2年後に高3で始めて習う生徒もいるかもしれないが。
今度の4月からの入学生では、情報1に一本化されて、全ての高校生が共通の範囲を勉強している(これが大事)はずなので入試に出しても良いよね、と出来たわけである。
それまではどれかだけ勉強したら卒業はOKという扱いで複数科目あったので。
今年の1年生が浪人して1個下の代と一緒に国立大学を受けると、他教科の試験は移行措置で現行科目の試験が用意されるのだが、情報は今の科目での出題がないからどうするの?という問いかけが国立大学協会からあった。さっきの複数科目の問題があって浪人生に強要できるのかよーという問題だったのだが、文科省&入試センターは強気に「社会と情報か情報の科学か、どっちかだけでもやっていれば100点分になる問題をその年だけ新たに設置するので、無問題」という回答により、国立大学の入試必須化が正式に決まった。
情報1にはプログラミングだけではなく、問題解決の考え方、情報デザインとコミュニケーション、データサイエンスの基礎などが入っている。
ちなみに、情報2という科目もできて、数学みたいに1をやったあとでなければ2を勉強できない、より高度な内容になっている。物理基礎に対する物理みたいな。
データサイエンスといえば聞こえがよいが、それよりちゃんとした統計を学ばせるのが先じゃね?と思う人も多いと思う。
実は数学1で統計の内容が必須化して10年経つのだが、10個や20個の整数を手計算で計算して、分散・標準偏差・偏差値を出してたり、相関係数と散布図くらいしか届かない、「紙の上で鉛筆でやる意味があるのか?」という内容である。センター試験や共通テストでは奇をてらうことが難しい分野だったが、今年の共通テストはやらかした。
次の学習指導要領では数学教育者と統計教育者のバトルなどがあって、それも興味深いのだが、それはまた別のお話。
劇薬ではあるが、かわいい生徒たちの志望大学進学という、餌をつるされた教員たちの良心で今まできちんとした情報教育を受けることができなかったかもしれない地方の高校生が報われるようになるといいと思っている。
あ、あと入試改革すると、企業が儲けるために結託しているんじゃないかと思う方もいるかと思うが、情報1にからめてうちは底辺校と呼ばれる学校なのだが、プログラミング教材とかの売り込みはかなり来るし、ベネッセはすでに高校情報1のオンライン教材の売り込みをガンガンやっている。東進ハイスクールも情報の講師を確保しているようである。
なので「教える教員がいない、地方を見捨てるのか!」となった場合は、ベネッセやら東進の高校向け教材でもやらせてお金で解決してください。
年末年始に会社の同期と二人で四泊五日の沖縄に旅行に行ってきた。
初めての沖縄がとても楽しかったので、清算のための出納洗い出しをかねて日記を書く。
席だけあわせて別々に決済した。11/19の予約で二席連続で窓側いけた。一人25,490円。
11:30に那覇空港について、レンタカー屋に連絡して迎えにきてもらう。
普段は好きな車に乗っているので、沖縄ではなんでもいいやと思って楽天トラベルで一番安いのを探したところ、
聞いたことのない地元のレンタカー屋の軽が一番安かったので、かりてみた。
丸五日間で24,480円。noc保障はついてない ベーシックなプラン。
少し空港から遠かったけど、ペッパーに貸渡約款を説明させてたり不人気っぽい車を仕入れていたりと工夫があって面白かった。
借りた軽は29年式でナビがついてるスライドドアの軽。車内が広くてよかった。
ただ、金額的には大手のコンパクト1日千円ちょいくらいしか変わらないので、
意外と高速乗った+風が強かったのでハイルーフの軽は辛かったというのもある。
車を借りて最初に向かったのは昼ごはん。玉家本店というところでソーキそばを食べた。
ソーキうまい。感動。三枚肉とのミックスの大盛りで700円くらいだったはず。安い。感動。
よもぎがテーブルの上に丼に入っておいてあって、同期はめっちゃかけて食べてた。
俺は味に飽きたら入れようかなと思ってたんだが、気付いたら食べきっていた。美味かった。
その後は読谷村にある日航アリビラというリゾートホテルに向かって、早めにチェックインをした。
一番安い低層階の朝食付きプランを予約してたんだけど、最上階にアップグレードしてもらえた。部屋がひろくて、眺望も良くて嬉しかった。
その日は朝から同期が、飛行機のラゲッジからタイニーな女の子の荷物を出してあげたりとか、勝手に転がってった他人のスーツケースを止めたりとか、なんか良いことをしてたのでそのおかげかなって話をした。
荷物を置いた後、ビーチを散歩して、近くの御菓子御殿の本店にいって紅芋タルトを買った。
ここで仲の良いほかの同期へあげる用に、2人で土産を買った。10個入り1,080円のいい感じのサイズ。
夕飯は軽めでいこうかという話になり、嘉手納町のゴーディーズというハンバーガー屋でハンバーガーを食べた。
てりたま的なやつにした。量が多かったので食べきれるか不安がよぎったが、
味が濃すぎなくてすごく食べやすかった。また食べたいもののひとつ。セットで千円ちょいくらいだったはず。
同期が頼んだオプションのトッピングのハラペーニョは、ピクルス的なものが輪切りで提供された。
ハラペーニョの実体を初めて見たりと思って観察していたのだが、唐辛子だぞと笑われた。
ためしに一個もらったけど美味しかった。手でつまもうとしたらフォークのほうが良いとのこと。
手で触ったあとに目を擦ったりするとやばいらしい。アメリカンも大変だな。
帰りがけにスーパーに寄った。
旅行に出たときに、スーパーの品揃えをみて東京にないものを探すのが好きなんだけど、
お握りの具に油みそという見慣れないものを見つけたので、ビンのものを探して買い、ホテルの部屋で泡盛と一緒につまんでみた。
刻んだ豚肉が入っていて、甘塩っぱい味噌で美味。気づいたら同期がほぼ食べていた。
ホテルの部屋からイルミネーションみたいな明かりがみえて、なんだろうと思って検索したら電照菊というものだった。
菊を夜中も照らしながら育てることで、促成栽培をするらしい。
この近くでは盛んに行われているようで、見えた明かりはとても綺麗だった。
二日目以降も気が向いたら書く。
http://anond.hatelabo.jp/20141130202457
増田アドベントカレンダー2014の19日目です。執筆者はクソアニラジオタことid:cider_kondoです。
「アニメーターの給料が低い」というのはよく言われるけれども、実態や原因をきちんと分かっているオタクは少ない。
むしろ「手塚治虫が全部悪い」とか「テレビ局や広告代理店の中抜きガー」とかなんとか、何の根拠もない間違った話がはびこっていたりする。
そういうわけでこの場を借りて、ちょっとした構図の説明と、それからタイトル通りのちょっとした「応援」の話を書いてみる。
一番広い意味では、アニメの絵を描く人の総称だけど、じゃあ例えば総作画監督とかキャラクターデザイナーやるような人まで含めて話してもややこしいだけだよね。
まあ、監督含めて、そのあたりの偉い人が技術の割に低給って問題もあることはあるけど、そこまで話を広げても風呂敷に収まらないので省略。
神山健治監督が言ってたように、「みんなの懐に入るべき金を抜いてる悪い奴なんていなかった」のであって、すぐに解決できる話ではない。
というわけで実際に画面に出て来る絵、動画を描く人たちの手取りが一番少ないのが大変、ということで話を進める。
を読んでもらうといいんだけど、長いし前提となる知識がそこそこ必要なので数字だけ書くと、
アニメ会社の大半は西東京に集中しているわけで、こんな収入で一人暮らしできるかというと、普通は無理ですよね。新人を採るときに
が重要なチェック項目になっている話もあったりしてさもありなん。
なんでこんなに低いのかというと、アニメーターのキャリアパスと関係あります。
専門学校なり独学なりである程度の基礎持ってる人がアニメ会社(映像というか絵を作る会社)と契約して業界に足を踏み入れたときに最初に振られる職種は「動画」と呼ばれる、人物が動くところを描く役職です。
ここの値段は1枚150円とか200円とかの世界です。ですが、動画経験2年とか3年とかある人でも、月に500枚ぐらいしか描けません。
さらに本当のド新人の時期だと、もう「最初の月は100枚しか描けなかった」的な武勇伝を語る人とかいて、本当かどうかは怖くて確認してませんが、まあそれがフカシで本当は200枚とか300枚だったとしても、まるで食っていけない収入にしかならないのはおわかりいただけると思います。
昔は月産1000枚、2000枚といった嘘みたいな数字が可能だったとは聞きますが、40年前のアニメと今のアニメを見比べると誰でも分かるように、絵が遙かに遙かに緻密になりすぎてそんなの無理ゲーです。
ある程度の枚数こなしたらさっさと原画に引き上げて少しでも手持ちの収入を増やす機会を与えるようにしてしまいます。
これは無理矢理の促成栽培みたいなもんで、問題視している人も多いのですが、食ってけないポジションに長期間若者を留めておくよりはマシってのは事実です。
ここの単純な解決策はすぐに思いつきます。たとえば「見習い期間は固定給として最低限食っていける給料を保証する」とかです。
ですが、上手く行きません。アニメーターの契約はほぼ全員がフリーランスで、極端な人材流動性の高さが特徴です。
今の狂った製作本数が続く限り、一定以上の腕前の人は(人格に少々問題があっても)まず間違いなく新しい職場はいくらでも見付かります。
ですので、見習い期間が終わると、さっさと好きな人・憧れの人のいる職場に移る、なんてのは当たり前です。会社がコストを負担して育ててさあこれから! って時期に逃げられて丸損って話ですね。
また、某社の偉い人が某大学で語っていたところによれば「固定給にしたら絵がまったく上達しなくなった」人もいる、なんて話もあるみたいです。これまた怖いですね。
また、もともと動画に関しては海外との競争という面もあり、そこまで単価を上げられるわけでもない、という根本的な問題があります。
さりとて、動画を実際に描くというのがアニメーターの最良の訓練だというのは事実であり、誰がどうにかコストを負担していかないと、新しい世代が育たなくなってアニメ産業が滅んでしまいます。
NPO法人アニメーター支援機構、という組織があります。そこがやっているプロジェクトがこちら
本当はアニメ産業の構造を変える方法があればいいんですが、そんな青い鳥というか銀の弾丸は今のところ発見されてません。
新人の本当に食えない時期を抜けてある程度の技術さえ手に入れれば、今のところアニメで食っていくのは不可能ではありません。
そういうわけで、
「会社が育成コストを負担するのが難しいなら、かわりに『みんな』に応援してもらってそれを実現しよう」というのがこのプロジェクトです。
昨年、寮を開設する時は少々ファンディングに応じたんですが、今期は青い円形の板の入った箱を買う予定が割とカツカツなんで、まだ支援してません、はい。
かなりの走り書きになりました。本当は自分の書いた下手な文章をよむぐらいなら、
URLを貼ったBIZ誠の記事とか、そのもととなったJaniCA( 日本アニメーター・演出協会)の実態調査報告、
http://www.janica.jp/survey/survey2008_rquest.html
の概要報告書とか読んでもらった方がいいんですが、今まで現実世界で薦めた人は2人ぐらいしか読んでなかったので、そこはあまり期待しないことにしてます。
本当はアニメ産業の構造の話(海外発注の意味とか、SHIROBAKOに絡めた制作進行という役職の意義とか)をした方が、逆に構図がわかって理解しやすいかなと思ったんですが、「応援」という初期ワードを生かすのと、執筆時間の関係でこんな形になりました。
中小企業の良さをガンガンアピールするブログ記事を見て「そうだよねー」と影響を受けまくって大きく道を踏み外す若造が量産される前に、
真実ではありません。中小企業でまともに成長可能な人も相当限られると思ってます。
多くの人は、大きく成長する前に潰れます。まあ、潰れた人は「たいてい」黙って闇に葬られる為、
誰も認知できないので、大きく問題にならないだけです。俺は潰れてないって?そりゃその程度の成果しか出てないからだろ?
基本的に中小企業で大きく成長しましたーってのは、はっきり言って劇薬を飲んで大変な思いをして生き残ったから、
きっと俺は強えええーっと言っている感覚かと。通常他の多くの人は劇薬に当たって死にました(再起不能)という結末か、
一方で、賢い人は自分で気がついてこっそり水で薄めて飲んでみましたって感じです。だいたいビジネスのイロハも学ぶ余裕もなく、
事実上大多数がおバカの集団に突っ込まれて、それでいきなり応用が求められてって環境で、まあせいぜいうまく立ち回れたとしても、
マトモに成長できません。高校数学の教育すっ飛ばして大学の数学の問題解かされている
のと同じ事です。せいぜい、昔の受験勉強テクニックのように答えだけ覚えて対応するのが精一杯です。応用力と思っている事も、
その実、狭い世界で脊髄反射でごまかしているような応用力しかつきません。
人は学習出来る環境も大事ですが、本当の意味で成長できる/知恵を身につけるには、資金も、余裕も、基礎もちゃんと学ぶ事も、
必ず必要なのです。大企業はそこが解っているから一見成長が遅く見えるような事をするのです。
実際には40代ぐらいでその差が大きく現れます。良いものを沢山見た人が最終的には強いのです。促成栽培で30代で
一見引き離したような成長をしたように見えるかもしれませんが、それは一瞬の事です。成長の真価が問われるのは
ええ、中小で見ることの出来る狭い世界では新しいかも?なことは簡単にできるでしょうね。でも、その新しい事が、世間様に
照らすとほとんどがすでに誰かがやったことの猿真似しかできていません。大企業での新しい事というのは
人類初とかのレベルが問われます。大企業ではまわりは優秀な人だらけです。世間様でも通用するようなレベルの新しい事が
出来るのは、そういった事にチャレンジを十分に許す余裕もあり、これでもかっていうぐらい優秀な人が豊富にある環境で
揉まれつづける事が必要なのです。中小でそういった事が出来ないとは言いませんが、どうみても世間で通用するような
レベルで新しい事が本当にできるチャンスが圧倒的に多いのは環境からして大企業の方です。
多くの中小企業では資金/人的リソース/人材のすべてにハンディがあります。なので、当然ですが、まともな仕事はしにくいです。
60点で良しとするのが精一杯です。一方で大企業は膨大なリソースをつぎ込んで、できるだけ世間様でいうマトモな結果を出そうと
します。多くの優秀な人材に常にレビューされつづけているような環境に常におかれている今の大企業で、意味の無い
無駄な事はそもそもしにくいです。もちろん法令遵守も徹底しています。つまり、正しいやり方で正しい成果を出すにはどうすれば
良いかを目の当たりに出来るという経験が沢山できます。これは将来永続的なビジネスを自分でする時にどうすれば良いかが解るように
なれるとても貴重な経験です。
ちゃんとした報酬はちゃんと払われるべきというのも徹底しているのは大企業です。中小企業はそもそもそんな余裕はありません。
ちゃんとした成果でもちゃんと払わないということでもしないと中小企業は会社が潰れてしまいます。そもそも社長がちゃんと
した成果にちゃんとした報酬を払うという事についてモチベーションを感じない事が多いです(それがそもそも中小企業の社長の手腕なのです。)
中小企業の社長の基本的な考え方は、ちゃんとした成果にちゃんとした報酬を払わなくて済み、それでも何とかして人を働かせつづける方法を、
常に考えているのです。大企業はそんな小細工は必要ありません。ちゃんとした成果にはちゃんとした待遇と報酬で応じる事を検討します。
お金はあればあるほど、お金は増やし易いので、こういった事ができます(これが残念ながら世の中から格差をなくすのが大変難しい理由にもなります。)
お金の余裕は、そのまま報酬に現れるのです。実は単純な法則です。
誰かのblogを読んで、俺成長したいからと中小企業にうっかり飛び込む前に、自分は本当にどうなりたいかを一度冷静に考えた方が良いとおもいます。
LinkedList程度なら「ポインタを使いこなす」には到底及ばない「簡単な話」という認識。
>>やるとしてもそれは直接叩くのではなく対象を抽象化たライブラリを通してやるべきだ。
全くその通りだが、その認識に至ってもらう方法としてポインタを学ばせる手法を推している。
ポインタ以上にその認識に至らせてくれる手法をご教示願いたい。
でだ、恐ろしい話だが、メモリーの走査が抽象化されているせいか、
DBのテーブルという生データを態々、一行一行ループやカーソル使って非効率に走査・集計するのが出てくる。
SQLというDSLがあるから、もっとSQLを上手く使えばいいのにもかかわらず。
温室で促成栽培されてきた連中は、痛みを知らない化け物に見える。
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1296516215/
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/01(火) 09:00:59.43 ID:ILbNejc10
>>19
最初のうちはフォローしてもらえたら業者・スパムでない限りフォローし返せ
日本語で単語検索したいなら公式(↑にある)も最近は多少使えるようになってきたけれども、
まだこちらが使い易い ttp://www.google.co.jp/realtime
フォローしたうちの一部からはフォローが返って来るから、そうなれば大事にする
数日待ってフォローが帰って来なかったらリムーブ(フォローを外す)
フォローしている・されているの両方が200人超えたあたりから突然面白くなる
ただ俺が言ってる方法は促成栽培だから、もっとゆっくりやるもよし
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/01(火) 09:42:38.25 ID:ILbNejc10
ツイッター最大の問題は、一般人にとって初期にフォローされているを増やすのが異常に大変なこと
前述のようにフォローしている・フォローされているが200・200を超えたあたりから急に面白くなるのだけれども、ここまで育てるのがダルい
面白いTweetをするアカウントであれば、この先は一方的にフォローされている(フォロワー)が増えていく
逆にコミュニケーションをメインにした使い方であれば、相互フォローをメインにしないとフォロワーは増えない
いずれにせよアカウントの個性に関係なく、200・200までは相互フォローの習慣を利用して増やさざるを得ないのがダルい
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/01(火) 10:53:14.75 ID:ILbNejc10
しばしば、最初(初期)に誰をフォローしたら良いのかわからないという意見を目にするが
企業などの広報アカウントや孫正義のような有名人をフォローしても、まず面白くはならない
このようなアカウントは情報源としてリストに突っ込んでおくのが正解
ジャーナリスト系は頻繁に炎上騒動を起こすので、そういったものが好きなら面白いかもしれない
いわゆる「ネタ師」を探すのなら ttp://blog.livedoor.jp/manamerit/ でまとめられていることが多く
またこの「ふぁぼ数」に関するソース元は恐らくふぁぼったーなのだけれども・・・・・
ツイッターの特性上、どうしてもお行儀の良いネタが多く、清濁併せ呑む2ちゃんのレベルには遠く及ばない
何より、このようなところに頻繁に登場する人気アカウントは常にものすごい数のリプライ(@付きのTweet)を受け取っており
律儀に返事がくる事を期待してもなかなか難しい
もし現在、あるアカウントに対して飛んでいるリプライを見たいのであればこのようにして見ることができる
ttp://twitter.com/#!/search/%40masason 例として孫正義を上げた
彼は極端な例だとしても、それなりに人気のあるアカウントは常日頃大量のリプライを受け取っている
つまり有名人・一般人に関わらず人気アカウントとはコミュニケーションが成り立つとは考えにくいため、初期は推奨しづらい
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/01(火) 11:05:28.74 ID:ILbNejc10
どちらにせよ200・200超えるまではフォロー返しを期待した大量フォローをするしかないのだけれど
気になる単語で検索してフォロー相手を探すとして、それからもうひとつ絞り込みをかけたいのであれば
フォローされている数が自分に近いアカウントなども良いのではなかろうか、また、ツイート数も近ければさらに良い
経験上だが、同時期に開設したアカウントとは仲良くなりやすいように思う
ただし、ほとんど前触れなくリムーブ(フォローを外すこと)やブロックされることもあるので変に依存しすぎると辛いだろう
大学院を出て五年近く、今頃になってやっと気がついた。
なまじっか「高学歴」と呼ばれる経歴を持っていると、ときどき「高学歴の奴は勉強しかしていないからダメだ」(勉強「しか」していない奴なんてどこにいるんだ)とか「欧米の一流大に比べれば東大はカス」(「欧米の一流大」や「東大」の実態をあんたはどれだけ知ってるの?)とか「お前は高学歴だからって俺のこと見下してんのか」(はあ????)とか、何も言う前から勝手に喧嘩売ってくる奴にたびたび出くわしてそのたび辟易してたのだが、これは案外「学歴コンプ乙」だけで片付けて良いものではない、もう少し根が深いのかもしれない。
実際、こいつらの考えは別に事実認識としては間違っていない。「学歴が高いから優秀だとは限らない」「試験のための勉強が実社会で役立つとは限らない」その通りだ。誰もそんなことを否定はしないだろう。だったら、そんなこと黙っておけばよい。黙っておけば「学歴」のことを意識に止めることもなくなり、自ずと「実力」だけが浮かび上がってくるのだから。問題は、こいつらがその辺でやめておかないことだ。何が何でも、学歴と「実力」は無関係だとか、あるいは高学歴の人間は実際は「実力」が低いだとか、そういう風に決めつけたがる、あるいはそういう色眼鏡で人を見る。うざいことこの上ない。
そしてそういう奴に限って「ネットは知の高速道路」とかそういうわかりやすいフレーズをマンセーして、生半可な「知」にしがみつきたがる。単に特定のプログラミング言語のコーディング技術が高いか低いかというのが「IT」の全てだと思っていたり、あるいは「やる夫で学ぶ」程度のわかりやすいお話で歴史や政治や経済について、「『マスゴミ』に騙された愚民」とは違う「真実」を知った気になったりしている。
不思議なことこの上ない。「業務システムのコーディング」は「IT」の氷山の一角にすぎなかったり、「リフレ」は学説の一つに過ぎなかったりという発想がまるでないのだ。たとえば「IT」でも経済学でも、音声・画像処理だとか近代経済学だとかの分野はかなり高いレベルの数学に基づいていて、これらは「知の高速道路」とやらで促成栽培できるものではないということにまるでお気づきでないらしい。
別に誰しもが「学歴」を追及する必要はない。スポーツ選手や料理人を「学歴」で測るのは無意味なことだろう。それらに限らず「知の高速道路」を辿って行き着ける分野で活動する限り、「学歴」に価値を見出さなくともそれは当然だ。しかし、そういう自分の狭い知見だけで、「あらゆる分野で学歴は無意味だ」といってわざわざ他人に喧嘩を売り出すとなればもはや「コンプ乙」だけですまされるものではなく、もはやこれは反知性主義としか言いようのないことだ。到底「仕分け人」を馬鹿にできる筋ではない(実際、「光より速い通信手段」云々といって盛り上がっていた連中のうちのどれだけが、電話回線の中を電気信号は光速で伝わるという事実に気づいていたのだろうか)。
酔った勢いで愚痴を垂れ流していたら結論をどこに持って行こうとしていたのかもはやわからなくなってしまったが、ともかくこういう風潮は健全でない気がする。「学歴」がないことに劣等感を持つ必要はないが、「学歴」の価値自体を躍起になって否定しようというのはどう考えても頭の良い考えではないだろう。東大よりもよっぽど入るのが難しい東京芸大の卒業生に劣等感を抱く人は少ないだろうし、東京芸大の卒業生に並大抵の素人がその専門分野で勝てるわけがないということをわざわざ否定してかかる人はいないだろうに、どうして東大だの京大だのは同じように扱おうと思わないのか、クリリン君達はその辺をもう少し考え直してみて欲しいものだと思う。