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はてなキーワード: 葬儀屋とは

2023-01-13

イギリスの埋葬に関する法律ってググってもなかなか出てこない

日本土葬するときはだいたい2メートル以上の深さにする規則があるのだが

イギリスでも深さに関する規則があるかどうかってのは調べてもなかなか出てこない

日本語版Google葬儀に関してぐぐる葬儀屋のサイトばかりでてきて全く役に立たない

アプローチの仕方を変えなければ

法令の一覧から地道に探すか……

レファレンス協同データベース

2023-01-06

厚生労働省コロナ感染者の葬儀で納体袋は不要

厚生労働省遺体に触れても手を洗えば良い」

やっとかよ。

俺はコロナ流行りはじめた頃から

死体は喋らないしウイルスをばら撒かない。葬儀屋も防護服なんて必要ないし、遺族に会わせないで火葬場に直行とかやりすぎだろ」

と言ってた。

増田じゃ反論しかなかったわ。

自分で考えられない連中はリスクゼロ思考になりがち。

常識で考えてほしい。

2022-12-20

anond:20221220152635

イオン電話したら地元の安い葬儀屋に速攻連絡して、遺体回収してくれるよ。

回収から火葬まで長引くとふつう遺体が腐るので、葬儀時に臭いがたちこめることになるが、まあ気にしなければ問題ない。

2022-12-18

anond:20220523002520

うちの父が春に亡くなったが葬儀社にかかった費用は80万ほどだったはず

家族葬葬儀屋に頼んだ、その葬儀社の会員?にはなっていたようだが積立までしていたか不明(割引ハガキのようなものがあった)

墓はすでにあり、そういえばまだ名前彫ったりはしていないなと元増田を読んで気づいた

業者探しに情報を活かしたいと思う、ありがとう

母親が亡くなると、大げさにいえばそれ以前とそれ以降で、自分心持ちががらっと変化してしまったような気がします。

抱えている寂しさや空しさの量が少し増えましたし、自分自身の死ということにも、よりリアリティを感じるようになってきています

とはいえ人生は続いていくわけで、時間解決することもあるけれど、この寂しさや空しさを、当たり前にそこにあるものとして、これから暮らしていくんだろうと思います

親が死んで自分心持ちがガラッと変わる、とてもよく分かる

ご自愛ください

anond:20220523002520

もし費用が気になる人は、この費用のうち

セレモニーホールでの葬儀費用・・・130万円」

は丸々無視しても構わないかもね。

ウチの父親場合は、決して立派ではない地域葬儀屋に頼んで

葬儀屋の16~20畳くらいの会場を貸してくれて、人は20人くらい入ったんだったかな?

それで食事代・葬儀お布施もコミだったかな)と戒名代が50万以内だった。

2022-12-04

おじいちゃんの話。それから

https://anond.hatelabo.jp/20221121085518

 あっというまに、2週間が経ってしまった。

 忌引で仕事を休んだりしたのでまあ周りも知っていることなんだけど、あんまり気を遣われたくなくて、でも誰かに聞いてほしいのでつらつらと書く。おじいちゃんは本当に最後までマイペースだったし、面白い人だった話を、どうか暇な人は読んでいってほしい。

 11/21のお昼前、母方の実家に着いた。

 突然つれあいをなくしたおばあちゃんは、久々に孫であるわたしの顔を見て笑ってくれだけど、足取りがおぼつかなくて、ただでさえちっちゃい(身長、145センチしかない)身体ますます小さくみえた。「おじいちゃん、座敷にいるから会ってあげて」と言われたので向かう。布団に、顔にかけられた白い布。それを見たらぐっと目が熱くなった。布を取ると、眠ってるみたいなおじいちゃんの顔。この家で夕ご飯を食べると、おじいちゃんお酒を飲んで、その後一緒にテレビを見てるといびきをかきながらうたた寝をしてしまう。そんな時の顔だった。声をかけたら起きてくれそうなのに冷たかった。

 その日の夜、おじいちゃんの家でお通夜をした。数人だけど親戚も来るということで、玄関を掃いておこうと、箒を探しに納屋に入ると、使いかけの肥料や、明らかに「まあどうせ明日も使うしここら辺に置いておくか」って感じで適当に置いたらしい鍬、何日に白菜を収穫するとか来年の作付をメモしていたホワイトボードがあって、ああ、おじいちゃんにとってもこれは急なことだったんだなとぼんやりと思った。

 枕経に来た菩提寺住職さんは、わたしとそう歳の変わらない、若いひとだった。お経をあげてもらい、納棺をする。旅支度をさせて、花をいれて、孫全員(私含め6人いる)の手紙をいれ、お気に入りだったシャツをいれ……その過程で、ずっとぼんやりしていた祖母が棺に取り縋って泣き出した。まだ祖父が死んだ実感が薄かったわたしも、さすがにその姿を直視できなくて目を逸らしたとき、視界の端で住職さんがしきりに鼻をすすったり、マスクを直すふりをして目元を拭ってるのが見えた。なんでも、婿養子として今の寺に来た時に、ちょうど祖父檀家の総代をしていて、祖父はそれこそ孫と歳の変わらない若い彼のことを気にかけて可愛がっていたらしい(親戚談)。きっと仏門に入った人にとって、通夜葬儀日常茶飯事だろうに、その人がそんな感情に呑まれるくらい、祖父は面倒見のいい人だったらしい。妹や従妹もその住職さんが泣いているのを見たらしく、後々孫の間で「もしかしたら他所にも孫みたいな人が他にもいるのかもね」なんて話した。

 その翌日は友引で、葬儀は次の日に延ばし、火葬だけを行った。この日もおじいちゃんはなかなかやらかしてくれた。おじいちゃんを乗せた霊柩車が家を出る時は、集落中の人(ガチ限界集落である)が見送りにぞろぞろと集まって、見送ってくれた。ちょっと壮観だった。

 本来こういう時は霊柩車の後ろに、参列者を乗せたマイクロバスがついてみんなで火葬場に行くものだと思う(というかわたし経験した葬式ってそういうのしかない)んだけど、コロナ禍だし、あとあんまりにも急すぎて来れる人も少なかった(田舎だし、みんなお年寄りなので、足が確保できないと来れないのだ)ので、うちや叔母の家の車3台に分乗して、火葬場に向かった。

 しかし、せいぜいどんなに安全運転しても20分くらいで着くはずの火葬場になかなかつかない。道中の信号うまいこと全部赤で引っかかるのだ。わたしの母は三姉妹の長女で、まだ心ここに在らずな状態祖母と連名で喪主をしていたため霊柩車に乗っていたが、わたしが「おじいちゃん、よっぽど行きたくないんだな……」と言うと父は「だろうな……」と深く頷いていた。

 30分以上かけて火葬場に着いた。そこからはさすがの祖父ももうどうにもできず(?)あっという間で、その後2時間もしないうちに、祖父は骨になった。若い頃(といってもわたしが見た記憶があるのでめっちゃ若いわけではない)に建築業についていて、屋根から落ちて骨折した時に手術していれたボルトがしっかり焼け残っててびっくりした。手先、足先の細かい骨は、年齢もあってさすがに……だったが、大腿骨や肩の骨はがっちりしていた。祖父はこの年齢では背の高い人だった(たぶん170センチ越えてた。祖母と並ぶと身長差がすごかった)のに、結局のところ、最後には母が抱えられるサイズの骨壷におさまった。「こんなに小さくなっちゃうんだね」と母がつぶやいた時は、なんで言っていいのかわからなかった。

 帰りはそんな祖父を抱えた母もうちの車に乗って、また3台の車で祖父の家に帰った。霊柩車で来る時に通った道を避けて帰る、ってのは全国共通風習なのかな……?だから、来る時よりは少し遠回りになる……はずだった。でも20分で帰れた。なんせ信号、全部青。骨壷を渡された時の母の顔はさすがに見ていられなかったけど、祖父の家の屋根が見えてきた時に母は、「帰りはあっという間だったね……」と困ったような笑みを浮かべていた。おじいちゃん、どんだけおうち好きだったんだよ……。

 そして11/23菩提寺葬儀をした。

 家族葬だったけど、焼香をしにたくさんの人が来てくれていた。みんな、新聞のお悔やみ欄で見てとるものもとりあえず大慌てで……って感じで来てくれていた。「入院してたのか?!聞いてないぞ!」と言う人もいた。病院には1泊しかしてない、本当に急だったということを何遍も説明する母は、最後のほうはさすがに疲弊していた。ちなみにこの日は大雨だった。無口な従弟がぼそりと「未練あり過ぎだろうが」と言っていた。それな、と返した。

 式自体は身内だけで行って、このご時世だから会食は無しで折り詰めを持って帰ってもらい、また骨と、遺影と、白木の位牌と一緒に祖父の家に帰った。

 とりあえず自分達も折り詰めを食べながら、母は葬儀屋と四十九日の日程をつめ、その後も墓石屋や位牌の手配、この後家に直接弔問に来てくれる人への対応の打ち合わせを叔母たち(と、まだどこか虚ろな顔をした祖母)がやっている時、まだ細々とやることは残ってはいるがひとまずは一通り終わったね、お疲れ様だったね、という空気が流れつつあった。

 でも、ここで終わらないのがおじいちゃんだった。突然この家の固定電話が鳴った。

 母が電話を取ると、相手は伯父(父の兄。他県で父方祖母と一緒に住んでいる)だった。葬儀に花を出してくれたり香典も出してくれたから、今日葬儀だったことはわかっていたはずだし、なんだか様子がおかしい。泣いてるのか笑ってるのかわからない声で喋っていた(母談)らしく、何かあったのか母が(たぶん疲れもあって)少し強い口調で問うた。その返事は、

「○○さん(祖父)からさ、たった今、林檎が届いたんだよ」

 だそうだ。

 祖父は交友関係は広いがそれぞれ相手マメな人だった。うちの父方の親戚に対しても、季節の果物特産品なんかを折々に送っていた(向こうからもよくお返しも来ていた)。この時期は林檎(ほぼ出身地がバレるな……)を、他県の親戚や知り合いに毎年毎年手配して贈っていて、それが、葬儀をやって当の本人極楽浄土に送ろうとしていたっていうのに、それがちょうど終わったタイミング相手に届いた、ということらしい。……それは普段無口な伯父さんも、反応に困っただろう。「○○さんから最後の贈り物だから美味しくいただく。冬にはこっちから蜜柑を送るからよろしく」ということで電話が終わり、私たちは大きく溜息をついた。「たぶん、この調子だともう何軒か送ってそうだなぁ……」とみんなで笑い合った。

 さすがにちょっとしんどかった。

 あまりにも急すぎた。呆然とした祖母を見るのが辛かったし、その祖母の代わりに喪主仕事を引き受けるためにずっと張り詰めた顔をしていた母を見ているのも胸が痛かった。出来ることしか手伝えなかったけど、母から葬儀が終わった後に「あんたら(私や弟妹)がすぐ飛んできてくれて本当に助かった」と言われた時の弱々しさが心配で、結局今いる自分の家に戻って来れたのは11/25だった。

 だけど、そうして過ごす中にも、ふと思い出す祖父の話(孫相手に遊びにムキになったり、高校生の叔母が夜遊びしてぶっ飛ばされた話だったり)や、こうして亡くなった後にもなんだか面白いことをしてくれるおじいちゃんのことを話せる相手は、なかなかいない。

 でも、顔を知らなくて、こんな長文をここまで読んでくれる人に、ちょっとでも聞いてもらえたらなんだか心持ちが楽になる気がして、あと、悲しいだけではないって気持ちになれると思ったので、こうして文章にしてみた。

 読んでくれて、おじいちゃんのことを知ってくれて、ありがとう

余談。

 わたしが今の家に戻る前日、仏具屋に母と行って、位牌のカタログをもらって祖母の家に行った。その後数日、祖母カタログを見て、あと母が撮っていった店頭にあった位牌の写真も見て、散々悩んだけど、そのお店で一番よく出回る、スタンダードものを選んだらしい。「それでいいの?」と母が訊いたら、「わたしが死んだ時は、お父さん(祖父のこと)とお揃いの位牌にしてほしいから。これならすぐお揃い作ってもらえるでしょ」と言ったそうな。お揃いの位牌。ちょっとパワーワードだな、なんて思った。でもさぁおばあちゃん、そんな早くいったらおじいちゃんたぶん額に青筋立ててめっちゃ怒るから、もう少し一緒にいてほしいな。お正月には会いに行くからさ。

広告がどうとか

オタク向けアニメ絵? がダメなら全ての広告基本的死体写真にすればいんじゃね?

死体写真なら少なくともフェミニストの皆様からは『オタク発情して粗チン扱いてる感じのイラストレーション広告表象にするとはけしからん!』なんて怒られる事は無いでしょ。

それで、逆に葬儀屋広告オタク向けアニメ絵にすれば死の匂い脱臭できていんじゃね?

しかしたら故人が棺桶から起き上がって来るかも知れないし。

2022-11-10

飼っていた猫が死んだ

ある日突然腰が立たなくなり、それから二週間と経たずに逝ってしまった

こたつの中で眠ることが多くなり、肉もどんどん落ちていった

夜中に腰を引きずってフラフラ寒いところに行くようになり、心配になって家族総出の交代制で見守っていた

その日の朝、仕事に行こうと声をかけると這い出るようにこたつから出てきて倒れた

心臓マッサージをし、家族全員で呼びかけて一度は蘇生した

が、結局一時間と経たずに痙攣が来て、そのまま逝ってしまった

蘇生したとき家族全員の顔を眺めてから逝けたのは救いだったと思いたい

家族喧嘩していると仲裁に割って入るような優しい猫だった

結局仕事休み、翌日、ペット葬儀屋に依頼して火葬場でおくった

点火のスイッチ自分が押した

翌日出社し、何事もなかったように仕事をし、帰った

帰り道、運転する車の中でもう家に帰っても猫は居ないと考え、運転しながらひとりで号泣した

2022-10-17

anond:20221017013638

葬式は故人のためにあるぞ。

生きている人の気持ちの整理が…などというのは葬儀屋詭弁にすぎん。

騙されるな。

2022-10-04

anond:20221004111245

元増田だけど

例えば義理の嫁が送ってるのに実の娘の夫が送ってないのはどうなのとか始まるかもしれない、近親者だけの葬儀から家族が気にしない?でも菩提寺は?とかまた始まるんだよ

葬儀屋がちゃんアドバイスしないから ってのは本当にそう いつもごめんね

葬儀屋増田だけど

常識の話をしてる増旦那気持ちも、増旦那の嫁側の気持ちもよくわかる

葬儀なんて元から形式ばったものはあれど法で縛られてるとかこれじゃないとダメ!!!がないのだからどっちが間違ってるとは一概には言えない、だからこそしんどいよね

個人意見として増旦那のご家族に不幸があったのだから周りは自身のお弔いの気持ちよりもまず増旦那負担を考えるべきじゃないか?つまり、増旦那の嫁たちはちょっとヤバいんじゃないか…と思っている

葬儀自体終わったことだからもうなんもならんけど

でも増旦那は2人が納得いく形を目指してて凄いよ

実のお母さんが亡くなったのに夫婦のことについて鑑みて戦うなんてとても難しいことなのに

旦那お疲れ様でございます

2022-09-24

国葬専門の葬儀屋を作ることはできないのか

法的にも国葬定義がなく、ごり押しで催せるのであれば一般人にも国葬を催すことは可能であると考える

希望すれば誰の葬儀でも国葬という扱いにできるんじゃないだろうか。

宗教感のない国葬、ということであれば、とりあえずやってほしいという酔狂人間は全国にいるだろう

2022-09-18

なろうに投稿予定の小説ヒロイン候補

なろうに投稿予定の小説に登場する主人公ヒロイン候補をどれにしようか迷ってる。

・近所の八百屋の娘

駐日米国大使の娘

世界ファッションブランド創業家の娘

葬儀屋職員さん

・おばあちゃんヘルパーさん

2022-09-17

anond:20220917054054

俺もそう思ったんよ。年寄りを何度も呼ぶの大変だし、焼き場行った後に精進落としするから通夜じゃなくても参列者同士で話す機会もあるし。通夜じゃないとできないことってのが思いつかない。

でもなくなったら葬儀屋さんは大変だろうね。

2022-09-16

anond:20220916163326

いいなあ。うちの地元おもちゃ屋が入っていたスーパー建物ごと消え、ビデオレンタル建物ごと消え、小学校に上がった時出来たコンビニ建物ごと消え、行きつけの本屋建物ごと消え葬儀屋になった。本当に何もなくなってしまった

2022-07-23

猫の話

いつか、もしかしたら。今の悲しい気持ちが消えてしまうんじゃないかと思うとゾッとするので、どこかにしかった証拠を残したかった。

私は27歳。職業はある国家資格を使う仕事手前味噌だが世間的にはまあまあ立派な職業だと思う。

猫を飼っていた。先月死んでしまった。17歳だった。人生の半分以上をこの猫と過ごした。

毛先が黒色だけど根本が白い、不思議な色をした雑種の猫だった。誰よりも私のことを考え、誰よりも私を愛してくれたと思う。

祖母実家地域でやっていたお祭りで、ドブに捨てられていた子猫がいたって騒ぎがあった。実は祭り一年くらい前に母が飼っていた猫が亡くなっていた。直感で飼った方がいいと思った。まだ小学生で金がなかったため、祖母と母に土下座して飼いたいとお願いした。

今までで土下座したのはあの一回だけだし、やってよかったと思う土下座ももうあの一回だけなんだろうなって思う。

実を言うと親とは仲良くない。親は兄弟を殴ったし、作る料理はまずい。

猫がいなかったらとっくの昔に私は死んでいたし、家には帰っていなかったと思う。

中学時代は本当に幸せだった。友達も多く、学校が楽しかった。そのこともあり学業は非常に伸びた。しか高校では吹奏楽部というブラック部活に入ってしまい、週7日部活だった。先生は怒鳴るわ、洗脳じみたことはするわ、テスト近くても大会があれば部活するわで最悪だった。びっくりするぐらい成績が落ちた。今思うとあれは鬱症状だったんだと思う。泣きながら登校し、血尿を流し、声が出なくなるときもあった。あの時は猫の世話を疎かにしてしまうこともあった。本当に申し訳なかった。それでも猫がいたから首を括らずに済んだと思う。

偏差値は低めな大学だが、なんとかして特待生として合格することになった。引っ越しにも猫を連れて行った。実はこの猫5回も引っ越しに付き合ってくれた。猫は犬と違い、基本慣れない場所ストレスを感じる。それでも連れて行かさせてくれて感謝しかない。

大学では成績は上位をキープすることができた。勉強する私の膝には大体猫がいた。猫と一緒に1人暮らしする時もあり、本当に幸せだった。この時点でまあまあ猫はおじいちゃんである尿路結石になった。まだ車を持っていなかったがなんとか獣医に連れて行った。食事ちゃんと選んで買った。

国家試験が近づくたびに、お願いだから国家試験の時には死なないでくれとお願いした。叶えてくれた。そして無事に留年することもなく一度の試験合格することができた。

就職した。今も同じ職場にいる。就職も見守ってくれたことに感謝しかなかった。自由に使えるお金が手に入り、猫にはおもちゃを買ったり少しお高めの餌を買ったりした。

帰宅すると猫が待ってくれていて、頭を撫でると嬉しそうに鳴いた。

朝起きると猫が腕の中にいるか、近くに座っている。平日は私を叩き起こすのに、休日はそっと寝かせてくれた。本当に優しかった。

お昼寝する時は額を寄せ合って寝た。

食い意地が張っている猫なので、私のご飯を欲しがった。味が薄めで猫が食べられるものは少し分けたりもした。

尿路結石食事に気をつけたり、水飲み場を工夫したりした成果か、死ぬまでの5、6年再発しなかった。だから油断していた。

就職から一年たった。仕事も覚えて来て、後輩指導を任され、大変なことも多いが順風満帆だと思った。思っていた。

猫が食事を食べなくなった。といっても全く食べないわけではなかった。通常猫は貰った食事を少し残すが、食い意地のはっているうちの猫は毎回すぐに完食していた。

この時点でおかしいか病院に行こうと思って、平日なんとか定時で帰って病院に連れて行った。末期慢性腎不全だった。もう年齢のせいだろうと、無理に治療するより看取りに入った方がいいだろうと言われた。獣医によると、これから吐き気が出てご飯が食べられなくなるから無理に食べさせないこと、水はたっぷり用意すること、いつもと違う匂いがし始めたらそろそろだということ、死ぬときは苦しまないで高カリウム血症でぱたっと亡くなることを聞いた。

家に帰って泣いた。ものすごく泣いた。鼻水めっちゃ出た。ご飯は食べられなかった。でもそんな私を見て、猫は私を心配そうに私を見ていた。どうしたの?って顔で私のそばにいた。猫自身の方がしんどいくせに。

次の日、猫は箪笥の奥に入るようになった。死ぬ前の猫は普段行かないような暗くて狭い所でじっとする。共倒れだけは避けないといけないと、無理矢理ご飯を食べた。それでも私は2週間で4キロほど痩せた。猫はいもの餌を食べなくなり、死ぬ2日前にはちゃおちゅーるも食べなくなった。ちゃおちゅーるの封を切って差し出す私に悲しそうな様子を見せていた。

猫としてのプライドを守ろうとした。猫本人の意思でもある。ふらふらになりながらも出来るだけ粗相したくないと自分トイレ自分の足でいこうとしていた。水飲み場は、すぐ飲めるように引きこもる箪笥入り口付近にも作ったが、それよりも遠いいつもの水飲み場で水を飲んでいた。

なんとか歩けるようにとペットシーツを部屋全部に敷き詰め、持っていたヨガマットはこけた時のクッションになるだろうと、切ってよく通るところに並べた。お気に入りヨガマットに爪研ぎされた時にはあんなにショックだったのにおかしい話だ。

獣医に行ってから2週間後。早朝に亡くなった。有給を取っていた朝だった。猫は死ぬ日まで気を遣ってくれた。徹夜してそばにいようと思ったが、看取られたくない、そっとしてほしいという猫の様子に任せた。

その日のうちに火葬した。昼ごろに火葬の予約を入れて、その時間まで久しぶりに猫と添い寝した。葬儀屋の人には、こんなに骨が太く残っていて、腸あたりに食べ物の跡が残っているということは、飼い主と猫本人が最後まで頑張った証だと言ってくれた。会ったばかりの葬儀屋の人の前でもドン引きレベルで泣いた。

火葬して遺骨は粉骨にし、手元供養しようと考えていた。2週間も猶予をくれた猫のおかげで考えはまとまっていた。

もう少しで月命日。一か月毎日泣いている。四十九日が悲しみの折り合いらしいが、四十九日が過ぎても泣いていると思う。100か日が四十九日の次の目安だ。この間に猫はこんなに立派でしたと閻魔様に証明する必要がある。猫のお陰で取れた資格仕事をし、泣いたり偲んだりすることで証明できるのではないかと思って、今生活している。100か日を過ぎたら猫を追いかけようか悩んでいるところだ。ぐちゃぐちゃの文章だが、記録を残せて良かったと思う。

2022-07-15

花屋として葬儀屋に出入りしていた俺から見た創価

ご存知の通り日本葬式ほとんど仏式で、東京だと「葬式に花を出す」っていうと「カゴ」などと呼ばれる白い菊の花のアレンジメントになる

グレードが上がるとそこにデンファレとかカトレアとかの蘭の色花(白じゃない花)が入る

店によってはカスミソウ入れたりオンシジウム黄色い蘭)入れたりする

キリスト式とか、仏式でも遺族の希望があれば洋花(菊じゃない花)のアレンジメントが使われる

こちらは比較自由度が高くて故人が女性ならピンク男性ならブルー系、ひまわりが好きだったから入れてとか、色々と選びようがある

仏式場合白木の祭壇に遺影と、その前に棺を安置するんだけど

この白木の祭壇の代わりに遺影を囲むように「花祭壇」といって大きなフラワーアレンジメントを配置することもかなり一般的になってきた

(でかいやつは作るの結構大変だった)

一方で創価葬式って基本的には仏式なんだけど、生花を飾ることは少ない

基本的には供花の代わりに「樒(しきみ)」という榊に似た植物を使うから緑一色になる

で、祭壇の一番目立つところには学会の掛け軸がどーん

花屋としてはアレンジのしがいがなく、提案のしようもないのであまり楽しい現場ではなかった

俺がいた会社はそれなりの規模があったので学会員の社員がいて、創価葬式はほぼ彼らが担当していた

たまに手伝いで参加すると彼らからつのことをしつこく言われた

1つ目は、樒の扱いにはとにかく気をつけろということ

それもそのはずで樒は猛毒

茎にも葉にも毒があるんだけど実の部分を食ったら確実に死ぬくらい毒性が強い

おそらく土葬時代野生動物よけのために使われ、それが形式として葬儀にも残っているのだろう

樒は関東では創価しか使わないのではないだろうか

自身花屋をやらなければ知らぬまま生きていただろうと思う

そして2つ目に言われたのが

増田くん、この度の選挙だけど……」

お後がよろしいようで

創価学会二世としての記憶感想を私も書いておきたい・2

https://anond.hatelabo.jp/20220715032108 これの続き

偏見を感じる

とあるサークルに入ってみたら、カルトタブーギャグにする俺イケてる! みたいな感じで、部誌に全然似てない池ちゃん似顔絵原稿に描いてきた先輩がいて、部誌の編集に携わっていた私は、「これは良識的に考えて載せらせません」と断った。

私は誰にも私が学会員であることを明かしていないながらも、池ちゃんはそんな似顔絵で茶化される存在なのか…と思うとなんだか、ごく普通ことみたいに、胸が痛かった。

その様を隣で見ていた別の先輩(現在の夫)はいまだにその掲載謝絶エピソードを覚えていて、私にたまに話してくる。

社会人現在。そして雑感。

現在

非会員とほぼ同じ生活を送っている。

ほぼ、と書くのは、コロナ前まで、年イチ、元旦にある「新年勤行会」だけは親につきあって顔を出していたから。今学会どうなってんのかな? と見に行く感じ。

未だに新入会員とかいて(その場で発表される)「へー」って思ったり。私より若い人たちも意外と頑張ってたり。

私自身が活動しない理由はまあ、面倒くさいから、これにつきる。

背筋を伸ばして顎を上げ、腹から声を出し唱題することで感じる唱題ハイを感じたこともあるけど、毎日決まった時間仏壇の前に座るのは面倒くさい。仏壇という存在も面倒くさい。

ごろごろしたいか仕事の後会合なんて絶対無理だし、友達家族もいなくなりそうだから選挙折伏新聞啓蒙なんてもってのほか

周囲から偏見だってもちろん面倒くさい。

多額献金なんて私のまわりではきいたことないが(そういう会員がいてこそ、ヤフドも借り切れ立派な会館も建つってもんだろうから否定してるわけではない)まあそれでも年1くらいは、いくばくかお金もつつまないといけないだろうし。

新興宗教はとにかくマジであらゆることが面倒くさいし、見合うリターンがあるのかっていったら多分ない。

それでも、なんの活動もしてなくて、上のようなことを書くようになった今にいたっても、現金もので、どこか「ご本尊様」というのは心の支えになってるところは確かにある。

何かピンチの時に心の中で「南無妙法蓮華経」と念じると心が落ち着くところがある。

それは、人によっては別の宗教なのかもしれないし、おいしいパンなのかもしれないし、大事な人なのかもしれないし、野の草花なのかもしれない。

いずれにせよ、あなたの心の中にあるそれと、実際大差ないのではないかと私は思うし、心の中に支柱があるということは、精神の安定に他ならない。

とっさに念じられるものがある心は強いなあと、それだけは思う。

義姉はプロテスタントなのだけど、何か困難があってを祈る時は「主よこの困難を取り除いてください」ではなくて「私にこの困難を乗り越える力をお与えください」と祈るのだという。

どこか通じるところがある考え方なだなと個人的には思っている。

現在の母の信仰

熱心だったうちの母も、往時ほどには活発に活動していないし、「最近学会池田教にみたいになっていて嫌だ」とこぼすこともある。

私にこぼすどころか、同じ地区の会員らにはっきり「先生先生といって、池田教みたいになってることには抵抗を覚える。牧口先生戸田先生尊敬しているが、池田先生私たち信仰を導く同士であって、信仰対象ではない。私の信仰対象日蓮大聖人であり、南無妙法蓮華経であって、池田先生ではない」ということを伝えて活動している。

からっつって別にそれでハブられたりすることもなく、仲良くやってるようだ。

今は離れて暮らしてるので、母体のしっかりした、善人の多いコミュニティにいてくれて安心だなーと思ってるところすらある。昔に比べて会自体マイルドになりつつあることもあるだろう。

多様性真逆からな、折伏なんやって。

母は亡くなったら友人葬学会員葬儀スタイル。特段にお金はいらないと記憶している)で送ってほしいということだから、この前帰省した時、地域の取りまとめしてる方にご挨拶をして、実際にことがおこったとき誰に連絡して、どうすればいいのかという話をきいておいた。

葬儀屋の方も心得てるし、我々にも「しょうてんぎ長」(だったかな? 漢字わかんない)っていう係の人がちゃんといて、ネットワークがあるのでまったく心配ないとのことだった。

事前にどうすればいいのかわかんないとアワアワしそうだし、その話はきけてよかった。

公明党

公明党については…そもそも新進党がどうのみたいな紆余曲折も幼心に疑問ではあったのだけれど、大学のころくらいは、政党として悪くはないんじゃない、まっとうなんじゃないくらいには思っていた。

でも連立が長引くにつれてそういう気持ちは消えた。

チラッと書いたけど投票もしてない。

親はしてると思ってるけど、私は入れませんとか言って老い彼女を悲しませるのは本意ではないので、口では「入れてるよ」と言っています

ちゃんについて

スピーチ演説はめちゃくちゃうまいなという印象。

創価中・高増田はその内容の中身のなさを看破していたが、なんか普通に「キング牧師は言った! ○○と!」みたいな引用でも抑揚のつけ方、話し方がすごくうまくて、声にも不思議な魅力・よさがあると思う。

教えより何より池ちゃんスピーチ(中身がないのに説得力があり魅力的)が一番カルトっぽい。

こういってる私も昔の池ちゃんスピーチ新年勤行会でプレイバックしてるのきくとなんか感動してしまう。

ただし会館を出るころにはさっぱり忘れてしまうのだが。

やっぱここまででかい宗教になったのはひとえにこの人の力であり、この人を先生先生と言ってる限りはカルトのそしり免れ得ないのだろうな~と感じる。

そこがうちの母なんかが納得いってないとこなんだよな。

学会員メンタルについて

一般社会と同じでいろんな人がいるとしか言いようがない気がする。

ヤフコメで、「自分二世だけど、自分努力して成し遂げたことも、家族にはすべて「ご本尊様のおかげ」で済まされてしまい、自己肯定感が著しく下がった。今はそんな実家距離を置いてる。大嫌い」、みたいなことを書いてる人がいて、あーなんかこれ学会の人超言いそう、コメ主の気持ちはなんとなくわかるなと思った。

うちの母も「あんたがこんなにいい子に育ったのは私がご本尊様に祈ったからよっ! 子どもがほしくてほしくて祈ってできた。信心のおかげでさずかった」とよく言っていたから。ていうか今もいってる。

しかし私は、自分のあげた成果(たいしたことはいっこもない)を母に「ご本尊様のおかげ」と横取りされたと感じたことはない。

いつだって私自身をすごく肯定して育ててもらったなーと思っているし、今もほぼ全肯定でいてくれるありがたい存在から、私も母のことについて、できる限り肯定的でいたいなと思っている。

母が子を授かりたいと思って祈り、さずかり、育てながらやはり絶えず祈ってきたというのはただの事実であって、そこを否定する気持ちはない。

そういう経緯で生まれて育てられてきたこ自体も含めて私なんだろうなと思うし、それが嫌だなと思う気持ちはない。

全然関係ないけど、7年くらい前、長崎旅行友達に買ってきたお土産ミニよりよりを母が勝手に食べてしまい、わるびれもせずに「あんまりおいしくなかたった」と言い放ったことに対して、めっちゃ怒ってしまたことがあったんだけど、最近それをよく思い出しては胸が痛くなる。

なんであんなに怒っちゃったんだろう…別にいいじゃん、それくらい。

鎌倉より京へは

地元の会員さんが絵手紙に凝っていた時期があり、4年くらい前の誕生日に、色紙にあじさいの絵と『御書』の一節を書いてくださったことがあった。

うすあおく、うすむらさきでもあるあじさいの花にかこまれ、こう書いてある。

鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日あまり歩みを運びて、今一日になリて歩みを差し置きては、何として都の月をば詠め候うべき」

日蓮が書いた、新池左衛門尉への消息文より)

信仰思想信条にかぎらず、「途中で投げ出すなっつーに」というのは、いつだってどんな局面だってシンプルに心にしみる言葉だなと私は思っていて、いただいてとてもうれしかった。

色紙は実家に大切に飾ってある。(結局自分ちには飾れないっていうオチ

2022-07-12

創価学会にかかる金

新聞代:月2000円(任意、まあ普通はとる)

寄附(財務):1万円(任意、額は人による)

活動時間:年100〜200時間くらい?

葬式:普通葬儀屋さんに払う金だけ

学会は金はかからん工数とられるわね

2022-06-14

人が死んだ後の手続き(抜けてるかも)

病院高齢者が死んだ場合

病院で死亡診断書をもらう

精算や遺留品の引き取りはまた後かな。

葬儀屋に連絡

直葬でも遺体の運搬なり保管は依頼せねばならない。

保険会社へ連絡

いつすべきなんだろうか(ちゃん生命保険へ加入していたという例には遭遇したことがない)

役所へ行く

死亡診断書の左側を記入して死亡届として出す。火葬場の予約を取って葬儀屋へ伝える。

都会では葬儀屋がやってくれるらしいが、田舎親族が行く。

安置と火葬

通夜葬式をしたいのならする親族を呼んだり来客の相手スーパーめんどい。会場を手配したり料理屋を手配したりもめんどい葬儀屋丸投げでもいいのかね)。

死んでから24時待って火葬、骨上げ。

役所へ行く(2回目)

健康保険証を返還する(死んでるのはわかってるのに返還届が要る。高額療養費の申請などが必要なら一緒に。特に国保食事代は言わないと返してくれない)。

葬祭費をもらう申請をする(相続人代表だと名乗り出るだとか後から文句を言わないと制約するだとかちゃんと葬儀執行したんだとかたくさん書類を書く)。

介護保険証を返す(差し出すだけだが保険料の還付があるかも(後述))。

支給年金申請の準備をする(戸籍(除籍)謄本とか住民票をもらう)。

固定資産税などの納税管理人と今後の納付方法を届け出る(固定資産税は届け出ないと自治体勝手身辺調査して親族に納付書が送り付けられる。登記の名義自体法務局手続きを踏まないと変更できない)。税関係は滞納などあったらどうなるんだろうか…

介護保険料・後期高齢国保)などの還付先口座を申し出る(介護保険はたいてい誰でもいいが、後期高齢親族範囲が厳しく決まっている)。

水道名義変更や支払い口座など必要ならこの機会に変更を。

公共料金など

電気ガス電話ネット必要なら名義変更と支払方法の変更を。

支給年金請求

役所で準備はしてくれるが、請求自体自分でする。年金機構へ郵送か年金事務所へ(出向くのは現実的じゃないな)。

葬儀屋の支払い

直葬でも17万くらいしてなかったかな。内容によって違うだろうけど。

ていうかさ

役所関係のうんぬん、めんどくさすぎやろ。マイナンバーでどないかならんのか。

追記)できれば死ぬ直前に

家の中の現金をかき集め、預金を調べつくして、親族なり誰かの口座へこっそり移しておければ理想か。

死んでから銀行口座を動かすのはスーパーめんどい役所で生まれから死ぬまでの戸籍を用意しろって言われたりする。故人が気軽に本籍を移動しまくっていたりしたらもう悲惨。あちこち役所へ行って全部追いかけていかないといけない)。

2022-06-03

葬儀屋父親戒名料を値切ってくれた

父親が急死して、母は高齢なので俺が葬儀屋探したんだけど、

探し当てた葬儀屋さんがすごくいい人で、

お坊さんも探してくれて、戒名料も値切ってくれた。

法要込の値段で20万円だったのが10万円になった。

お坊さんはかなり嫌そうだったけど。

父の戒名は「居士」になった。意味はよくわからない。

あと法要後の親戚集めて食べる店も良いところ紹介してくれたし、

お茶菓子とかの買い出しもしてくれた。

それなのに大手葬儀屋よりかなり安かった。

花代大手だと高かったのに、安くしてくれた。

あの人こそ仏だと思った。

2022-05-21

棺桶の原価が話題になってるけど、葬儀屋地域格差話題も有った方がいい

某所では大手が独占してて高いとか

川崎で良かった

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