はてなキーワード: ファミリーとは
(性)愛は人間の根幹であり、みな愛し愛され生きるのだ、愛は素晴らしい…って言ってたけどアセクシャルの人なんかも実際いたわけじゃん
人間はみな生きたいと心の底では思っている、生命はすばらしい…っていうのももうやめにしていいんじゃない?
人に迷惑をかけない行為だったらだいたい主体性を尊重して邪魔はしない感じになってきてるじゃん じゃあ自殺も迷惑なやり方じゃないんなら容認していいはずだ
現状は迷惑をかけずに死ぬ方法がほとんど無い でも法的にOKってことにしちゃえば、身辺整理代を払って誰にも迷惑かけずに死ぬってことがそれなりにできるようになるはず 雇用創出にもなる
普段多様性とか自由を説いてる人が自殺者に対しては「もっと視野を広く…」とか「誰かがそばにいれば…」とか「社会の犠牲者」とか言ってるのはちょっとブキミな感じがする
自分の意思(自由意思は存在しない、とかの話はここではおいといて)でいろいろ考えた結果生きたくないと思ったから自殺します、っていう選択を尊重する社会にならないものか
ところでネット上のレビューを読むと、このあとがきは賛否両論のようだ。
「めちゃくちゃ面白い!」
「これだけでも一読の価値がある」
という人もあれば、はっきりと嫌悪する人もある。特にアマゾンの、
「あとがきで、女性の半生記を長々と読ませられるのはベリベリ白けてしまった。「中国の行動原理」は読みたいが、著者の行動原理は不要である。」
「著者のファミリーのヒストリーがあとがきで書かれているが、少なくともこの本のあとがきとしては不要でしょう。」
このての感想はなんつうか、物事の本質が分かってねえ貧しい輩だなと思う。
"本編は面白いけどあとがきは不要"って……。いやいや逆でしょ。
こういうあとがきを書くような(或いは書かずにいられないような)人だから、こういう面白い本編が書けるんだよ!
本は情報を吸収する道具、著者は情報を提供してくれる装置、では断じてないのだ。
真に面白い本というのは、どうしても書かずにはいられない、あるいはそのようにしか書けない、やむにやまれぬのっぴきならない著者だけの特殊な事情がある。
何かについて語るということは、それを語る自分が何者であるかを包み隠さず開陳すること同義。
その一糸まとわぬ脱ぎっぷりのよさに、余人に真似できぬ面白さが宿るのだ。
そうせずに小手先のマーケティングで書いたものなんて、いくら有益で新奇な情報を扱っていても面白さには程遠い。
これはなにも小説や脚本の話だけでなく、学者の書くものだって同じことだ。
「私的な世界と公的な世界とは、きわめて複雑なかたちで混ざりあっている」
「いっぽうには、わたし自身の歴史があり、わたしの経験からひきだされたわたしの価値観や、わたしの書いたものや、わたしの立場がある。そしていまいっぽうには、こうしたことがらを吸収する社会的な世界があり、そこでは戦争や自由や公正について人びとが議論したり決断をくだしている。私的な知識人というものが存在しないのは、あなたが言葉を書きつけ、それを公表するまさにその瞬間、あなたは公的な世界にはいりこんだことになるからだ」
「つねに個人的な曲解があり、私的な感性が存在する。そして、個人的な曲解なり感性が、いま語られつつあることや、書かれつつあることに、意味をあたえるのである」
「ジャン=ポール・サルトルやバーランド・ラッセルの書いたものを読むとき強く迫ってくるのは、その論じかたではなく、彼ら特有の個人的な声であり、その存在感であるが、これは、彼らが自分の信ずるところを臆せず語っているからである。彼らが、顔のない役人やことなかれ主義の官僚によもやまちがわれることはあるまい」
そう、だから、パンツ脱がずに小手先の情報だけで書こうとすると、必然的に無難な一般論や官僚答弁に行きつく。誰が書いても同じなんだから。
そうすると書き手の洞察は深いところまで届かず、したがって読者に感動なり知的興奮なりを与えるような面白い本にはなり得ない。
話を益尾氏の本に戻すと、
なぜ"東京対北京"に収斂できない「女性の半生記を長々と」書くのか。
本編を読んでもその意味と必要性が本当に分からない読者がいるとしたら、そいつはもう馬鹿としか言いようがない。
ちょっと熱くなってしまったが、走り書きなので言葉遣いが汚いのは許してほしい。
そもそも自分は「学者の書くあとがき」が好きなのだ。半分タレント化した人は別として。
学者の場合、小説家などの他の文筆業と違ってどうしても本編の制約が大きい。
たとえ一般向けであれ「学者の顔」で書く以上は、事実関係や客観性を重んじるのは勿論、表題に掲げたテーマに何らかの結論を出すことが求められるから。
それだけに、あとがきでは「学者の顔」に収まりきらない著者の顔がにじみでているのが、本編と相まってすごく味わい深く思えるのだ。
その意味で益尾氏のこのあとがきは、「学者のあとがき」として大変面白かった。
自分が今まで読んだ中では、安丸良夫『近代天皇像の形成』のあとがきを彷彿とさせる面白さ(この意味が知りたい人は読んでもらえれば分かる)。
もうこんな時間よと毎回言ってるような気がしないでもないけど、
そしてもうお昼も行ってきちゃいました。
そしてそして会議の後の資料に目を通してちゃわないといけないところなのよね。
パッと見て動体視力で流し見しちゃえばなんかなんとかなりそうなので、
残り50ページほどだけど一瞬よね!
内容は見ないの!
動体視力でなにかズレている箇所があれば間違ってる箇所なので、
それはさておき、
何を書こうかしらと思っていたところなんだけど、
結局はここに戻ってきても、はて?って感じだわ。
急ぐなら回れって言うけど、
もー!
時間はどんどん過ぎちゃって行くので
私は今日はもう定時で上がってそのまま銭湯に行くつもりだから、
本当に終業間際のギリギリのセーフで仕事持ってこないでちょうだいって思うし、
それセーフじゃなくてアウトだからね!って
ほらさ、
例のコロナの件もあって、
中国での生産や入荷なんかこれからどうなんだよ!ってマジリアルな話し
終息して欲しいところなんだけど、
私も私で机で
だからこうやって今日は珍しく書の類のチェックに勤しんでいるところよ。
勤しみまくりたいところだけど、
なんかまた私の机に書の類を持ってこないでって思うけど、
あのさ
そんなに乗っけなくても良いじゃない?
これ書類を置いたあなたが私をセントバーナード犬と共に書類の雪崩から救出してくれるの?
そう問いただしたいところだけど、
私は私で
自分の机をちょっと15センチメートルほどに積んだ書の類がプチ雪崩れ起こしている感じで、
この場合だともう慣れたもんよ!
ホラ整理できた!
そんな自分の机で雪崩が起こってることなんて日常茶飯事の大将の気まぐれ定食か!ってほど美味しいのよね。
なかなか
筆が進みにくいところで、
なんかずばばば!って
高田のばばばってゲゲゲの女房の感じみたいに言って行かないでよって
また私の机の上に書の類を置いていく困ったちゃんがいるから本当に仕方が無いわね!
もううやむやに、
言うと思わせといて、
徐に取り出したペンライトを振りつつ
うかうかしてると
うふふ。
お気に入りよ。
初めてアメリカに行ったときのファミリーの朝ご飯でカリカリカリにこれでもかと言わんばかりに
私これどうやって食べたら良いの?って思ったことを思い出すほど、
塩気の効いたベーコンで一緒に挟んである硬めにサニーサイドを焼いた目玉焼きもとてもご機嫌さんな味を醸し出しているわ。
要は最高に美味しい朝食!ってことよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
https://togetter.com/li/1471088
寺生まれ寺育ち(継いでない)なんだけど、こういうところが本当に嫌い。
「檀家さえよければいい」
「檀家集めのためなら何でもやる」
「信心などかけらもない」
結局ファミリー・ビジネスになった葬式仏教。仏教が根本的に抱える女性差別には向き合わず、かといって教義をきちんと突き詰めるわけではなく、経典だってろくに読んだことがない。仏教を勉強すればするほど、日本の仏教界はほんとダメだな、と思う。
まあ信心がないのはいいよ。しかし、「お前には関係ない、うちは檀家を獲得するためにやってるんだ」はないだろ。
GMOインターネット(いわゆる本体。この言い方は代表が嫌うのだけどあいまいになりがちで誤解が生じそうなので以降も本体と呼ぶ)の元社員です
とても興味深く読んでいました。概ね想像通りだなという感じ。そして対応はグループによる部分は多い気がしますね。
まず、この増田はグループの社員だろうなと。本体に近ければ熊谷"代表"と呼ぶと思います。熊谷社長ってすっごい違和感。
代表は天上の人だけど、たまに普通にご自身でトイレの洗面台拭きあげてたりしてて、身近に感じることもありました。
社訓のスピベンの唱和についても同意。今回の件も一節の「徹底力は組織力」を実施しているなという感想。
以前新型インフルエンザが流行った時も、「豚インフルエンザ対策」として、早出当番制で検温対応したのが良い思い出です。
非接触の体温計の誤差がひどすぎて現場は若干形骸化してたけども。
震災時にいち早く在宅勤務の仕組み作って実施してたし年一で在宅勤務訓練やってたし、今回も「GMOらしいな」と思って見ていました。
ゴリゴリの営業会社。という認識も近いです。ITリテラシーもめちゃくちゃ幅があったし、現場もそういう認識だったろうから、訓練って大事だよなと思っていました。
ちなみに震災の時は営業自粛とかいいながら、携帯からプッシュ電話しまくってたらしい。
カスタマーサポート系は電話受ける必要があるから出社せざるを得なかったと思った。
今は宮崎とか地方にCSを寄せてるのかな。そっちは通勤時の接触リスクも低いだろうし出社させてるだろうなという予想。
ちなみに自分は現職でリモート推奨が出てて実施しているけど、派遣社員は環境が無いため、ラッシュを避けた時差通勤とかしてます。
GMOは派遣社員とかグループ社員だから。みたいな差別があんま無くて、派遣やバイトでも社食の利用制限無かったし(楽天とかひどいと聞いたけどどうなの?)
上に書いた「GMOインターネット社を本体っていう言い方をするな」という通達があって、グループ会社に親子関係を持たせたくない。みたいな、代表の意向が大きいんだろうな。と感じていました。
これもスピベン一節の「GMOインターネットグループのスタッフはみなファミリーです。」を貫いているんだなって感じていました。そう思っていない人もいるかもしらんけどw
なんか仕事の事を考えているとどんよりするので気を紛らわすのに書いてみる。
とりあえず自分の事。
昨今のキャンプブームは90年代キャンプブームで親とキャンプした世代が同じ事を子供とやっているという説があるけど、まさにその世代。
なので、キャンプに行くのは精々年に数回だけど、歴だけみたら二十年選手のペーパーGOLD免許的なベテランキャンパー。
ひょんなことから冬キャンプを始めてみたら、これまでの景色とは全然違う世界におじさん超びっくり。
今日はその辺について書いてみようと思う。おじさんなので話がギアに偏りがちだけどそこはご了承願いたい。
1. キャンプ場がかなり混んでいる
平日は流石にそうでもないけど休日はめちゃ混み。唯一平日に行った茨城の某高規格だけは超寂しかったけど、それ以外11月〜2月の週末数回は区画系キャンプ場もフリーサイト系キャンプ場もキャンパーでいっぱい。ナチュログとかを読むと2018年はそうでもなかったみたいだから今年は凄いのかなと思う。一瞬ゆる△キャンかと思ったけど、来ているキャンパーは家族だったり大人だけのグループだったりなので、あんまり関係なさそう。暖冬ってのと、もしかしたら夏の台風で河川系フィールドが軒並み閉鎖なのが効いてるのかも。
2. もしかして、薪不足?
キャンプと言えば焚き火。世のキャンパーの半分くらいは火を扱うためにフィールドに来ていると思う。自分もそんな感じ。ただ、急激に増えすぎた冬キャンパーに薪の供給があまり追いついていない。薪の製造はウィスキーのようなもので、針葉樹で最低半年。広葉樹なら少なくとも1年とか2年の乾燥期間がいるのだけれど、今年はちょっと見切り発車で出してしまっている所もあるんじゃないかと思う。場所によっては現地調達ができない旨をWebサイトに掲載しているフィールドもある。自分はAmazonで買える乾燥したブルジョワ薪10kgをお守りに、現地調達とか薪ストーブ向けの業者に出向いて購入したりで対応してるけど、何度かシュワシュワする薪に当たった。今年は雨も多いので単純に乾燥期間だけの話では無いのかもしれないけど。
3. コットン幕は人権
これは焚き火と薪ストーブに大きく関係するので冬特有なのかもしれないけど、とにかく多いコットン系幕。数だけ見るとサーカスTCが圧倒的だけど、どこに行ってもそこそこな数のノルディスク、テンティピなんかの欧州系舶来幕。フリーサイトだと、ノルとテンマク、DODあたりで半分くらいとか言ってもそんなに大袈裟ではないかも。みんなお金持ちだね(舶来幕は上下で20万を超えるのが多い)。
ゴメン、ちょっと言い過ぎかも。でも、一時期に比べるとチェアワン系が減っているのは間違いない感じ。代わりに台頭してきたのがカーミットとそのコピー品。組み立てちょっと面倒そうだけどカッコいいもんね。仕舞寸法はチェアワンとそこまで変わらなさそうだし。でもコットに関してはまだヘリノックスが多いかな?な印象。
コットン系幕が隆盛なのに対して、ポリ幕が主力のスノーピークはなかなかに苦戦している印象。スノピにしてはバーゲンセールなアメドはボチボチ見かけるけど、ランドロック全盛期にあったような右を見ても左を見てもスノピと言った様相では無くなった。これは難燃幕が重宝される冬キャンプ特有の話なんじゃ?と思いつつ、薪スト勢も昔はランドロックやラナあたりのシェルターを使っていたと記憶しているので、単純にそれだけでは無いんじゃなかろうか。落ち着いた配色と統一感で一時期はオシャキャン勢のマストバイ的な位置付けだったスノピだけど、イマドキのステレオタイプなオシャキャン勢は欧州系舶来幕が当たり前で、それらを選ばないキャンパーもNemoやMSRなんかの米国系やサバティカル、ゼインアーツあたりのプライベートブランドやガレージブランドでカッコよくきめてる。なんならホームセンター系PBの筈のテンマクですらPEPOやサーカスあたりはなかなかにカッコいいときているので、そろそろなんらかの手を打たないと厳しそう。特に統一感込みでのブランドデザインかなと思うので、ギアの主体であるテント幕を他社に押さえられてしまうと周辺ギアをスノピで揃える事にインセンティブが働かなくなり、バタバタといく可能性がある。
6. 案外強い小川と何故か増えているコールマン。全く見なくなったロゴス(昨今テント考その2)
そのまんま。小川はツインピルツをよく見た。ロッジ型にも注力しているようで、質実剛健なイメージとは裏腹に時代を掴んでいる印象。なんで2回も3回も潰れるのかわからん。ティピー系が流行り出した(リバイバルした?)当初からピルツ売ってたし。結構謎。コールマンは主にファミリーが2ルームを使っているのをボチボチ見かけた。今まではホームセンターで入手しやすいテントのイメージだったけど、昨今の2ルームは10万には届かないものの、なかなかのお値段。見た目はお世辞にもオシャレとは言い難く価格的にも決して安くないにも関わらず選ばれていると言うことは、多分使い勝手が良いのだろうなと思う。そして、前述のスノピと共に…と言うかスノピ以上に存在感の無くなったロゴス。恐らく今冬はまだ見ていないと思う。10年程前の前室付きドーム型時代からシェルター時代への移行期あたりは「お金持ちはスノピ、普通の人はロゴスかコールマン」な感じで、スノピと同数かな?くらいには目にしたロゴスだけれど、少なくとも今冬は見る影なし。ファミキャン向けと言うことを考えると冬キャンには幾分不利なブランドだとは思うものの、価格帯的にはDODや大陸系ブランドに負けてしまうにも関わらずアッパークラスに訴求できる商品力もないと言う非常に苦しい立ち位置になってしまってはいないかな?その点では鹿番長ことキャプテンスタッグの方が元々エントリー層狙いなので影響は少なさそう。
…そのほかにも焚き火台はみんなバラバラで個性的?とか、ガソリンランタン減ってません?とか、みんなひとつくらいは鉄モノを置いているとか、ナンガナンガナンガとか色々あるけど、飽きてきたのでこの辺で。
しっかし、冬キャンプ人口の多さには本当にびっくりした。BEPAL?だったかのアンケートでは半数が秋派で3割が春派。残りの2割を夏と冬で分け合う構図なものの、夏か冬か?なら圧倒的に冬が人気らしい。秋を晩秋(秋雨前線がいなくなってから)、春を早春(梅雨の前まで)と考えたらもういつだって冬キャンみたいなもんなので、各メーカーは冬装備を基本に商品展開していかないとダメそう。絶対数は相変わらず夏のファミキャン勢かもしれないけど、お金落としてくれるのとは別かなと。
・型おちといってもいいくらい古いものなのに本皮シートがくさい そのせいか酔いと眠気がものすごくひどい
・スポーツタイプの助手席はダンボールみかん箱でお風呂遊びしている気分になった(目的のわからない板と取っ手が両サイドにある)
・エスティマよりベースが縦横とも広いので山あいの温泉地の駐車場がギリギリ。服で外装を掃除させられるはめに。
・かならずついてる昭和NHKの正午みたいな銀色の丸い時計盤面はなんのためにあるの?松本零士メーターへのオマージュなの?ナビのGPSのほうがコンマ秒単位で正確だよ
・テスラがOSいじって怒られてるけどそれは最新だからだ。レクサスのはOS古臭い。地名音声認識がsiriにもグーグルマップにもまけてるし、かといって五十音入力もカーソル移動が不便(新しいのは静電パネルがついてるからそうでもない、さっと地名入力できる)
・振動や音やオートクルーズコントロール?もっとスゴいやつ?についてはよい
・後部座席に人権がない。後部座席がシートを1°も倒せないばかりか、運転者がシートを倒すときに避けようもなく足が挟まったり。後頭部がずっとリアガラスについてたり。それでいて横にもなりにくいしなー
・車ってこんなに便利になってもあいかわらず不便なんだなとおもった、ていうかきっちり座ってる姿勢の人間を運ぶために特化させすぎてるんだと思う。靴下脱いであぐらかきたいとかおねえさんずわりとか体育座りとか正座とかが許されないのが息苦しい。尻が痛くなりそう。 空いてる電車で定刻通り姿勢をかえたり窓によりかかって寝ながら行きたいとおもった
結論:普通のファミリーカー+iPhoneバンザイ あっギア連動サイドブレーキとかサイドミラーの車いるよ警告表示、あと渋滞らくちんのホールドブレーキはファミリーカーにもつけてくれればそれでいいや
ハリポタで潰されると分かって途端に文句言ってるニワカが多いな
良いか、今のとしまえんはファミリー年パスで公園代わりに使っている練馬区民が99%なんだよ。4万円だぞ?家族で。安すぎ。でも値上げしたら悩むこと無く更新しない
夏は若干プールで盛り上がるが、去年は痛ましい事故もあったし正直限界。あとコスプレの撮影と成人式くらいか?盛り上がるの。コスプレはごく一部の厄介がウザいから正直やめて欲しい
最寄り駅在住の年パス持ちとしては、都の公園とハリポタになるのは非常にありがたい。子供は悲しむかもしれないけど、メリーゴーラウンドとかは残す方向みたいだし、それ以上に活気が戻ってくれれば何より
人生で1~2回しか行ってない綺麗な記憶を元に文句とか言ってるんじゃない。ヘビーユーザーは大概納得してるぞ。あったら便利だけど無くても良いかな?が今のとしまえん
ネット有名人とかがよく、家は会社の近くで、賃貸が良いっていうけど、あれって独身限定だよね?
そもそもファミリータイプの賃貸は少ないし、あっても高いよな。
都内で、ローンで買えば月15万円くらいで済んでも、賃貸なら25万円以上する。
郊外でも賃貸がなさ過ぎて、逆に希少価値が上がってすごい賃料割高だったぞ。
逆に金なくなるわ。
それに賃貸の方が流動性が高いっていうけど、子育てしてると、子どもつながりで地域で家族ぐるみの友人がたくさん出来るよな。それって宝ものじゃないの?
もちろん子育てが終わったら、違う土地に行くのもありだと思うけど、20年近くファミリータイプ賃貸してたら、相当割高になると思うんだけど。。