はてなキーワード: 有休とは
今日発表された橘真琴役・鈴木達央氏の起用継続のお知らせを見て、初めてはてな匿名ダイアリーを書いてみました。
喜んでいる人はたくさん見たけど、自分みたいに嫌だと思う人はあんまり見ないので、嫌だ〜!!!と思う人がいてもイイじゃんと思って書きました。
嬉しい〜!!!と思ってる人は、祝酒とか飲んで良い気持ちでゆっくり休んでくださいね。
先に言っておくと、自分は『Free!』ファンの鈴木達央氏アンチなので、橘真琴役は降板してほしかった。
アンチになった理由としては、2013年にあった『Free!』のイベントでの発言だった。
このイベントの中で、出演声優がそれぞれのキャラを演じてマネージャー(観客)を喜ばせるセリフを言おう、というような企画があった。
鈴木達央氏の順番になると「う〜ん…う〜ん…。えっ?何に悩んでるのかって?うん、明日のリレーの順番をどうしようかって考えてたんだ」といったセリフから始まった。
このセリフに対して素直に「は?」と思った。
メドレーリレーって順番決まってんじゃないの?
この企画の前に自身が思い入れのあるシーンを紹介するコーナーで、小学生時代のメドレーリレーを挙げてたのにメドレーリレーの順番わかってないの?
それは自分以外も感じたようで、周りの席からも「順番…?」という声が聞こえたのを覚えてる。
そのままぐだぐだと何か言ってたけど、最初で引っかかってしまった観客から黄色い歓声が上がることはなく、鈴木達央氏の「あー!!もう終わり!!!」という逆ギレした発言で強引に締められた。
その鈴木達央氏の発言に「みんな萌えすぎちゃって声も出せてないよ〜」といったようなフォローをすかさず入れて、場の空気を良くしようと動いた共演者はプロだな〜と思った。
それと、このイベントの最後で2期の発表がされたときに鈴木達央氏が「見たことのない景色、見せてやるよ!!」って言ったのもすっごい嫌だった。主役を差し置いて、真琴のセリフでもないことをオレがオレが、って前に出て言うのおかしいでしょ。
このイベント前から『Free!』のラジオでの「凛のファンが真琴のグッズを燃やしてるからかも〜」的な発言で、すでにげんなりしてたけど、このイベントがアンチになる決定打になったし、これ以降の鈴木達央氏の発言を聞いても薄っぺらいな…としか思えなくなった。
それでも演技が良ければ、嫌いだけどまぁ…と思えたかもしれない。けれど、2014年公開の『ハイ☆スピード』(遙や真琴が中学生時代の話)で、真琴の声が安定しないのを聞いたら、どこも好きになれないなってなった。
そこで今回の情報漏洩がきて、心の底からもう本当に無理、降板してくれって思った。
自分にとって『Free!』は本当に大好きな作品で、この作品があったから頑張れたことや楽しかったことがたくさんある。
映画の前売券を40枚買ったけど全然足りなかったのも、仕事終わりに他県の映画館まで行ったのも、1日に5回同じ映画を観たのも、新車を数台買えるレベルでグッズ買ったのも、キャラクターのために口座開設したのも、8年間ずっと好きでいるのも、全部『Free!』が初めてだった。
個人的に今回の鈴木達央氏の行動は『Free!』という澄んだ綺麗な水にゴミをぶちまけたようなものだと思ってるから、もう『Free!』にかかわってほしくない。
だから、橘真琴役を続けられるのも本当に嫌。橘真琴というキャラクターは大好きなのに、声を聞くたびに嫌な気持ちになるのがわかってるから。
切り離して考えろと言う人が出てくるかもしれないけど、『Free!』に対して熱い思い(らしきもの)を語っておいて、本人が公(『Free!』の曲を)私(不倫相手に聞かせた)混同してるんだから、切り離せるわけがない。
調子のいい時だけキャラクターや作品を使って、調子が悪くなると別物ですっておかしい。
制作側が決めたんだから、っていう意見もあると思うけど、それでも今回の騒動に対する本人の言葉もないまま、鈴木達央氏を橘真琴役で起用継続するのはモヤモヤする。
もし、言葉を発することができない状況で、その状況を自ら選んだのだとしたら、それこそ本人がちゃんと橘真琴役を続けていきたいという意思を示さないままでいいって思ったってことじゃないのかと。
なんにしても、自分は今も橘真琴役を降板してほしい気持ちしかない。大好きな『Free!』を見るたびに鈴木達央氏のことがチラついて、嫌な気持ちになるから。
こんな風に思ってる『Free!』ファンもいるってことを形にしたくて、こんな長文を書きました。
8月23日はココスコラボのために有休を取ったので、エコバッグとコースター買って、対象メニューを食べて、クリアファイルをゲットしようと思います。
自分の溜飲を下げるためだけに子供の世話もせず妻の悪口をネットに書き散らし妻にも高圧的な態度で接する
別にワクチンは必要分の調達の予定があり、いずれ打てるのは分かっているのだから高々1週間2週間ずれたところで激怒する必要があるのか?あるわけがない
そもそも大企業勤めなら職域接種で家族分も確保できてるのにそれができなかったのはお前が怠惰に人生を過ごしてきたからだよな?
奥さんがお前の意見を尊重しないのもお前の日々の行いから学習してるからだ、どうせ「有休を取って子供の世話をする」なんてのが嘘っぱちだと看破されてるのだろうし
おそらく自分のパート仕事についても軽んじられてるのが分かってるのだろう
そもそも嫁がパートに出なくては行けない点からもお前が十分な稼ぎを確保できていないのは明白だしな、だからこそ「仕事を休んではいけない」という強迫観念に囚われてるわけだ
普通が5分、ほおっておくと15〜30分。
子供が0歳で目が離せない。
私がお返しなのでデパートに2時間くらい家をあけるとトイレがゆっくり出来なかったと、15分はトイレにこもる。
私は基本的にワンオペなので日中はトイレの戸を開けっ放しで出来る限り速やかにすますから大違いだ。
少し話は変わるがありがたいことに、2人目を授かり、出産に備えるシュミレーションをした。
夫は私は出産のために5日間入社する間、有休を取り、子供の面倒を1人で見ると言っている。
私は無理だから義母に手伝いに来てもらった方が良い勧めているが、今更母親と暮らすのが面倒くさいのか中々うんと言わない。
実家で飼っている猫を看取った。
18歳の黒猫。気の強いメス。
3匹中2匹は既にダンボール箱の中で息絶えていて、彼女だけが生きていた。2匹は木の下に埋めて、小さな草花を供えた。
小学生だけで近くの動物病院に立ち寄ると、栄養補給用の缶詰を持たせてくれた。今思えばすごく優しい先生だ。
わたしは着ていた体操服の裾を伸ばして、そこに子猫を乗せて帰った。
家まであと30メートルくらいのところでオシッコをされて、慌てて走った。
うちには既にキジトラのシニア猫がいて、ラッキーちゃんの遊び相手をしてくれた。
それから18年。
みんな私や家族が拾った捨て猫や、団体から引き取った保護猫だ。
ラッキーちゃんは、避妊手術以来、大きなケガや病気をしたことが無かった。
加齢による足腰の弱りがあるくらいで、毎日鳴いて美味しいご飯を要求してくれた。
体重は常に3キロ台後半をキープ。毛艶もよく、とても18歳には見えなかった。
今から約1週間前、そんな彼女が、急に食欲を失って風邪を引いた。
食べなくなって1日も経っていないのに、前回の測定から1.1キロも減っていた。
脱水傾向はあるが点滴は提案されず、風邪に対する治療を受けた。
ところが、ラッキーちゃんはみるみる衰弱していき、ついに起き上がれなくなった。
木曜日。
短時間だが呼吸が止まることもあり、もういつ旅立ってもおかしくないと思った。
思い立ってから30分で今の家を出た。焦りのあまり、フライトの日付を見間違える。
新幹線に乗った。
自粛生活を続けてきたこと、有休消化で2週間以上通勤していないことが幸いして、感染リスクの低い帰省に出来たのは良かった。
22時30分。
ただし、時折立ち上がろうとしてはすぐに倒れてしまうため、目が離せなかった。
死期が近い猫は体温が下がる。猫自身、冷たい場所を求めるという看取り経験者のブログ記事を思い出した。
ラッキーちゃんも冷たいフローリングを好み、体温でぬるくなったら冷たい箇所に移動しようとしていた。
体を十分動かせないためか、顔の筋肉が少しずつ硬直しているように感じた。
起き上がるたび、頭や腰をフローリングにぶつけないように守った。
午前3時すぎ、彼女が寝付いたのを確認して、わたしも仮眠を取った。
金曜日。
水を摂ると粘り気のあるよだれが出て、少し呼吸し辛そうに見える。
口の周りが乾かないよう、水を吸わせたティッシュで優しく拭いた。
呼吸は、更に弱々しくなった。
膝に乗せ、大好きな庭に出て日光浴をした。
芝生の上はひんやりして気持ちよかったらしく、穏やかな呼吸を感じた。
この頃から血の混ざったような色のよだれが出始める。
キッチンペーパーを敷いて、頻繁に交換した。
土曜日。
母を起こして2人で見守る。
瞳孔は開いたままで、瞼も閉じられない。
しばらくして呼吸が落ち着いたものの、何度か弱い呼吸の波が来る。
大丈夫、みんな居るからねと声をかけるたびに涙が溢れて、もう声にならなかった。
ふたたび呼吸が落ち着いた頃を見計らい、母と2人、少し遅い昼食を用意した。
ダイニングテーブルの上にラッキーちゃんを乗せ、兄が見守ってくれた。
その時は突然だった。
いま呼吸が止まったと兄が言う。
走ってダイニングテーブルに向かうと、何秒かごとにフーッと大きく息を吐き出していた。
心臓のあたりに手を当てると、今までで一番ゆっくりと鼓動していた。
これは最期の呼吸だ。
直後、全身にグッと力が入り、顔を少し上げた。
そして、脱力した。
猫も1〜3分間は耳が聞こえるという情報を見たことがあったので、泣きながらたくさん声をかけた。
眠るように穏やかな表情だ。
そうして、ラッキーちゃんと私たち家族の18年間が幕を閉じた。
涙は止まらなかったが、ここで事前に調べていた看取りの知識が生きた。
硬直が始まる前に、丸まって寝ている時のような姿勢を作る。
汚れたところは拭いて、ブラシで毛並みを整える。
キッチンペーパーで包んだ保冷剤を四つ、お腹の近くに入れる。これは6時間おきに交換。
お顔を見る時以外はバスタオルをかけ、冷房をかけた部屋に安置した。
看取り経験者のブログから学んだ、綺麗にお別れするために必要なことだ。
丸一日後に来てもらうようにしたため、花を買いに行った。
せめて沢山の花で送り出したいと思い、花屋を四軒回った。
母が白い花はお別れみたいで嫌だという。
もとより黄色やオレンジの花で送りたいと思っていたので、その2色を主役にした。
日曜日。
生花を切って、寂しくないように敷き詰めた。
耳と尻尾は柔らかくて、触るたびに温もりが蘇ってきた。
たくさん声をかけて、たくさん撫でて、最後のお別れをした。
けど、火葬車に乗った姿を見たら堪らなくなった。
これは永遠のお別れじゃない。きれいなお骨の姿に変わるために必要なことだと言い聞かせた。
業者の方は本当に丁寧で、きれいにお骨が残るようにしてくださった。
ちいさなお骨のひとつひとつを見ながら、立派な最期を見せてくれたことに感謝した。
みんなが見送れるタイミングを分かっていたかのような旅立ちだった。
お陰で、悔いなくお別れができた。
これまで猫のわがままや粗相に軽く文句を言っていた自分は、なんてちっぽけだったんだろう。
猫は常に「今」を生きている。
元気だから、わがままを言う。元気だから、たまには粗相があるかもしれない。
心の根っこはそうあるべきだと思った。
この先、4匹の猫との別れが待っている。
きっとその度に辛くなると思う。
明日、好きなゲームが発売されるんだが、幸か不幸か在宅勤務日だ
本命(新作。今回はリメイク)が9月にあるため、有休は温存している。
が、正直に言おう。我慢できる自信が全くない。
抱えている業務は今週中(日月休みなので土曜まで)のもので、金曜と土曜だけでも十分終わる見込みだ。
多分だけど、裁量労働制であれば許されたんだろう。
改めて、勤務時間が決められていることの不自由さを痛感している。
QOLと社会のルールの間で大きく揺れている。しかもQOLの方に向かって。
ただ、未来の自分だけしか首が締められないのであれば……という気持ちが大きくあることは紛れもない事実。
誰か私を窘めてくれ。もしくはいっそ罪悪感を消し去ってくれ……
トラブルも何も発生していないのに朝から夜まで自分が必ず出ないといけない会議でびっちり。
会議で出た持ち帰りタスクは必然的に定時外に確認することになるから絶対残業になる。
それでも間に合わなくていろんな人から早くしてって言われて、上や上の上からは期日を守らないやつ、期日を過ぎても連絡をよこさないやつみたいに見られて注意されたりで精神的に追い詰められる。
絶対指標を計算する時間なんてないが、同じ職位・立場の別チームの人の様子を見ると毎日定時で帰っていたりするし、予定を見てもスッカスカだ。
なんか効率化ツールを作るとかてもあるがそんなことを考えるとしたら土日くらいしか時間が取れない。
睡眠障害も併発しているので、土日はできるだけ仕事のことを考えず眠りたい思いもある。
前の部署では業務外で勉強会を定期的にやったり、Slackで雑談とかニュースの共有とか、デブサミに参加したりとかそういったことをする余裕があったが、今は一切ない。常に120%以上は稼働しているから業務外で何かをやる余裕がない。
当然、有休や希望制の社内研修に参加するにはその後鬼のように溜まるであろう各所からのクレームと仕事を覚悟しなければいけない。
体調不良でも休めない。ベッドから起き上がれなくても、ベッドから会議だけ参加しなければいけないし、休み明けの仕事を考えると余計体調が悪くなる。
有休を取ると休み明けのことを考えて精神的により不安定になったり不眠症が悪化してしまうので、ここ2年くらいはほとんどの人が休むGWの中日とか正月の続きに数日とか以外有休を取らなくなった。
さらに最近は自分の業務だけではなく、異動してきた人(残念ながらあまり仕事ができない)のお守りもしており、その人に振られたタスクを事細かに説明しながら実質は自分が全て進めている状況だ。工数がそのタスクにかかる分×2倍くらいは取られている。
その人がまた絶望的にコミュニケーションが下手で地味にストレスがたまり病状悪化の原因になっている。
自分よりかなり古株で職位も上なので偉そうにコミュニケーションについて指摘したりとかも難しい。
相手のプライド傷つけずオブラートに包んで伝えるにはエネルギーが足りない。
上司に大変さの具体的な数値を示せていないことは自分の問題だとしても、業務が忙しい、診断を受けている旨を上司に相談しても振られる業務や責任範囲は一切変わらない。相談のたびに困ったら言って、と言われるが、すでに困っているから相談しているのだ。
ふつう、診断書と投薬治療している部下がいれば部下からの要求がなくても業務調整するのが当たり前なのでは?と上司を責めたい気持ちにもなるが、
いい大人になって察してちゃんしている自分にフォーカスが当たって落ち込んでしまう。
業務の忙しさもさながら、自分の口で投薬治療をしている事実以上に「日曜夜は動悸がしてほぼ眠れない」「平日家で仕事をしていても涙が勝手に出てくる」など、自分の体調の状況も具体的にチャットか、電話か、zoomでちゃんと言語化して伝えないといけない。辛い。そんなちから、1ミリも残ってない。
最近は普通にパフォーマンスが落ちてきていて、時間あたりでこなせる量が少なくなっている。
無断ではないが、朝も遅れて出勤することが多くなっている。
自分が目標としたものも明確な理由なく完遂できないため当然評価も下がってきている。前回の評価は中の下で、そのままいけば次は下の上だろう。
このままではまずいとは思うが、もうすでに精神が参っている中特に調整もされず毎日新しい問題がわんさか降ってくる状況で、もう何も考えられない。
目の前の、何も考えずにできる業務を低いパフォーマスでこなすことしかできなくなってしまっている。そしてもっと評価が下がる。
思い切って休職したいが異動するとなると異動先に変な目で見られないか、転職に不利になるのではないか、いろいろ考えてしまって進めない。
産業医にも定期的に相談しているが、全て話した上で「お前が決めろ」という。そりゃそうだ。
こんな時理想でいうと絶対的に忙しい根拠を数値で出して、割り振りを変えて欲しいなのか、人を増やして欲しいなのか、あるいは自分が異動したいなのか、どうしてほしいか検討して具体的に上司に訴え訴え訴え続けることが平社員としてできることだろう。
でもこんなに弱ってしまって、病気への理解もあまりなさそうな上司にエネルギーを使って訴えることができない。自分がどうしたいかも深く考えることができない。
3年前、世間一般にはメーカー系SIerとして知られている会社を退職した。ただ俺のポジションはパッケージソフト開発であり純粋なSIerとは異なる。
客ともSEとも会話せず、ひたすらドキュメントとプログラムを書く部署だ。といっても別にペーペーではなく主任クラスであり、
会社の業績がとてもよかったこともあり年収は1000万弱はあった。35歳。
これだけ見るととてもいい待遇に見えるだろう。でも耐えられないことがいっぱいあった。
Linuxで動くアプリなのにVMを動かすのも苦労する8GBしかメモリのないWindows PC、紙にコードを印刷して説明しないと納得しない品質保証部、
手作業で実施しExcelにチェックを付けていくテスト、jquery一つ使うのに3ヶ月かかる承認フロー、開発中にバグを一つ出すごとに
ひたすら反省文を求める品質保証部と一緒になって詰めてくるマネージャー、常にコンパイルできないtrunk、
Java 5の時代から進化しないコード、使いにくい社内ミドルウェアの利用を強制される設計、開発期間の半分以上を占める最上流設計、
一旦書いたコードは消してはならずコメントアウトしないといけないコーディング規約など、数を上げればきりがない。
色々改善活動を頑張ったものの、結局Subversionの導入も品質保証部がついていけないから、ということでClearCaseといわれる
今ではほぼ誰も使ってないであろうバージョン管理ツールが使われ続けることになった。使いにくい社内ミドルウェアは
研究所がその道のプロと聞いたので一緒に改善を図った。そしたらRubyしか書いたことがない文系新卒の子が出てきた。
一応研究所の人だし…と思って新バージョンのプロトの開発を依頼したら、1分以上稼働できない状態になって出てきた。
研究開発は準委任相当なのでそれ以上修正を依頼できずに期間が終わった。
また前の会社独特の文化として、大きなバグを出した開発者の反省会(社内ではとある固有名詞で呼ばれている)があった。
この反省会のターゲットになった開発チームはその資料準備で開発が1〜3ヶ月ほど止まるほど大掛かりなイベントだ。
このとき、担当の品質保証部は「連帯責任だから」という理由で資料レビューに大変な精を出す。余計なお世話だ。
このため10〜20ページほどの資料を毎週レビューにかけて最高のものにしていく。でも結局本番では幹部からの怒号が飛んで終わりである。
連帯責任とかいっていた品質保証部は幹部と一緒になって詰めてくる。連帯責任ではなかったのか。
幹部によると、この反省会があるから今の会社があるんだそう。これを経験して一人前らしい。
こんな感じで開発の体制はひどかったが、世間一般ではホワイト企業と見られている通り有休は取りやすかった。
そのため、転職活動を始めた。そしたらなんと「メモリ32GBのマシン」「mavenが気兼ねなく使える回線」「自動テスト」
「GitHub」「CI/CD」 という発言がポンポン出てくる。メルカリだのGoogleだのといったイケイケWeb系ではなく、
いわゆるSIerでもだ。最初は何だこの格差はと思ったが、まぁ営業トークなんだろうな、と思い直した。というわけで
イケイケWeb系も内定は出たものの、つい安定をとってしまい某大企業のDX系の部署に転職した。
そしたら何だこれは。最高スペックのMacBook ProからGitHubにpushするだけで自動デプロイで即サービスイン、
問題が発生したら社用携帯に通知が飛んできて、クラウド監視サービスでログをチェック、即修正即デプロイ。
社内の連絡はSlackで、スタンプを押せばIssueがたち即関連部署が対応に走る。OfficeツールはGoogle Docsで、
計算表はちゃんと表として使っている。開発者はちゃんと開発をしており、反省会の準備や品質保証部の接待なんて業務はなく
純粋にエンドユーザーだけを見ている。ここはなんて最高の環境なんだと歓喜した。また個人的にはおまけ程度であるが、
年収は30万ほど増えて大台に乗った。
さて、それから3年がたった。人間というのはいい環境になれると対して喜びを感じなくなる、というのはそうだと思う。
今では別にdeployブランチにマージされたらCIが走って自動でテストが走りデプロイされるのも、だから何?
って感じだしまぁ普通の仕事として淡々とやっている感じはする。待遇面で悪化した点もちらほらあるし
(例えば年間休日が5日ぐらい減った、残業が月5時間ぐらい増えたなど)などもある。
ただ一つ言えることは前の会社には戻れないな…ということである。人間一度生活レベルを上げてしまうと下げるのは
ただ、一つだけ今の会社に転職してよかったと感じ続けられることが一つある。それは人だ。
前の会社では家でプログラムを書いているなんていった日にはおちょくられたり、人生楽しいの的な目で見られたりした。
芸能人とゴルフの話ができないとコミュ障扱いされた。そのため仕事の話はしても、飲み会にはできるだけ行きたくなかった。
でも今の会社では雑談としてFastlyが落ちても大丈夫なCDN構想とか、AtCoderの話をして盛り上がることができる。
ダイバーシティなんていうが、人間は所詮同質な人間同士で集まったほうが快適なんだな・・・という複雑な思いを抱いている。
皆さん読んでくれてありがとうございます。いくつか質問が出ているので答えられる範囲で答えます。
真面目な疑問なんだけど、Java5のコード書いてる人を1000万で雇う会社があるの?どういうモチベーション??
製品自体が90年代から脈々とバージョンアップしている企業向けのソフトウェアなので、コードベースが古いというのがあります。
またユーザーからすると中身がJava17だろうがJava5だろうが関係ないわけで、要は業務が滞りなく進めばよいわけです。
そのため昔から受け継がれたスパゲッティコードを地道に解き明かし、新しく出てきた要件を今までのコードベースを壊さずにバグなしで追加していく、
もとからあったバグについては、その他の数百万行のユニットテストもないコードに影響なしで修正を施す、といった技能が必要になります。
こう考えると意外と希少なスキルなんだな・・・と思えるかもしれません。
clearcaseよりもsubversionの方が100億倍導入も運用も簡単だと思うんだけど品管どうなってんの?
ClearCaseご存知な方がいるんですね!一から作る製品だとSubversionのほうが簡単かもしれません。ただ、ClearCase専用の
社内ツールがいくつかあり、そのツールで出力した情報を社内資産として持っているという理由があったりします。
例えばお客さんから「この機能がバグってるっぽい」というクレームを受けた際、その機能周辺の情報をそのツールから検索し、
コードレベルで再発防止策を関係部署総出で練った上でお客さんに回答する、という運用フローになっています。
そのため、Subversionに変えるためには開発陣の一存では無理で、品質保証部やマネージャー層など全ての知識のアップデートが
必要になり、そこまでコストをかけて説得して回る必要はあるのか・・・という話になってしまうわけです。
ただ、社内の生産性を向上させるのが目的の部署としてはSubversionやGitを社内に浸透させたがっているのも事実で、
新規プロダクトなんかはGitを使っていました。ただしGitHubはプロキシでアク禁されているだけでなく、サービス名名指しで使用禁止
になっているので、相当の理由がない限り使えないかと思います。
主任クラスでも1000万円近くもらえるのか。すごい。
1000万という数字に興味のある方が多かったので参考までに書いておくと、等級ランクというものが存在して管理職を除く最上位のランクに
なると2人の子持ち、賃貸住まい、標準評価で大体900万になるという感じです。年功序列だが部署ごとに違うというイメージで、
研究所だと20代で到達する一方、利益を上げていない事業部や間接部署だと定年間際まで到達しない人も多い、ぐらいの感じです。
平均では30代中盤ぐらいでしょうか。
ちなみに私の場合は基本給は33万程度ですが、そこに裁量労働手当と住宅手当、家族手当がついて月給で50万を超えるぐらいでした。
ボーナスは個人評価よりも部門業績に大きく左右されるのですが、部署が最高評価の場合は夏冬とも150万以上でした。
最後の最後のダイバーシティについては、ダイバーシティを勘違いしているように思う
悲しい記憶、忘れたいのに思い出してしまって眠れない、増田さん。
脳は火急に対応しなければならないときは、余計な情報を追い出す。
増田に張り付いてリアルタイムネットバトルをすると、一時的に怒りで悲しみを上書きできる。
怒るのに飽きたら、風呂に入って、温めたミルクを飲んで、体を落ち着かせる。
意外と体の状態に応じたイメージは想起されやすい。たとえば薄着で寝ていると雨の夢をよく見たりする。
悲しい記憶が思い出されるのは当時の状況に似た体調だからかもしれない。全力で走ったり激しいスポーツを行う、辛いものを食べる、厚着をする… など思考を使わない方向で無理矢理コンディションを変えてみる。
一番おすすめなのはこれ。できごとに決着がついて時間が経っても悲しくなってしまうのは、悲しむのが足りてないからかもしれない。
急ぎでやらなければいけない仕事があるならそれを片付け、有休を取るなどしてきちんと時間を確保する。別のことに注意を向けさせるタスクなどはしない。
湧き出てくる記憶を止めようとせず(でも引き出そうともせず)に、ただ受け止める。悲しみの感情と向き合う。悔しいなら悔やむ。泣きたいなら泣きたいだけ泣く。
なお、数ヶ月か数年後か、また同じように悲しみのフラッシュバックが起きるので、そのときはまた同じようにする。つまり、悲しむ。