はてなキーワード: 敷地とは
賃貸物件、6年住んだ所からそろそろ別の所に移ろうかな〜って思って5件くらい問い合わせしたら、昨今の不動産賃貸、借主からお金をむしり取ろうとしすぎててげんなりしてしまい転居をやめた。
・家賃←わかる
・敷金←わかる
・礼金←分かりたくないし勝手に取ってんじゃないよ、2ヶ月分?ふざけんなと思うけど一応わかる
・共益費←建物の清掃とかゴミ管理とかこまめにやってくれるなら分かるが、特に敷地外ゴミ捨て場の物件でこれが高いと、ハ??ってなる
・鍵交換費用←わかる(でも2万とかぼったくってない?そもそも何で借主が負担しないといけないの?)
・入居時清掃費←分からない(前の住人からも退去後清掃費取ってんじゃないの?何で入る前に自分で1万も負担して掃除しないといけないの?どんな状態で部屋置いといてんの?)
・リビングサポート←は?(何で住んでる間毎月1000円以上払わないといけないの?何をしてくれる費用なの?と聞いたけど「困った時にすぐ連絡がつく」とかだった。常駐の管理人がいる訳でもないくせにぼったくり)
・保証会社必須←は?(正社員で勤めてて、親に連帯保証人も頼めるのに何で高い金払って保証会社に入らんといけんの?これ、大家が安心したいからってだけなのに、何で借主が負担しないといけないの?じゃあ家賃上げて自分で加入しろよ。いらない筆頭)
・事務費←は?仲介料満額取って事務費も取るの?ぼったくりじゃない??ていうか事務費って何?
火災保険 2万円(2年)
鍵交換費 2万円
入居前清掃費 1万円★
家賃保証会社 8万6,000円(契約時家賃の50%で5万円、その後毎月家賃の1.5%で1500円)★
事務費 1万円★
がかかり、総額約311.5万かかる。
初期費用だけで約41万円。
笑ってしまう。
そして6年前は殆どの物件で★の項目はなかった。(家賃保証会社も、必須のところは少なかった。事務費はただ、見つけた不動産会社が独自に設定しているだけの可能性もある)
24か月で割って月々に割り戻すと約13万円。てことは、単純に自分の手取りの中から、月10万位までなら出せるな〜って思ったら、(%計算の費用もあるので一概には言えないけど)家賃7万円の部屋を選ばないと、身の丈に合ってないってことだ。なんじゃこれ。
部屋を借りようとする人間から何かにつけて費用をむしり取るスタイル、詐欺にも感じる。
上記のかかる費用項目は、家賃10万の部屋でも7万の部屋でも総額は違えど同じなんだから、こんな悪どいことやってたら、給料が心許ない人や新卒や学生は一人暮らし厳しいだろうし、私みたいに転居やめとこって人も居ると思う。
納得いかないお金は払いたくない。特殊な業界だからって足もと見過ぎ。
あ〜〜東京で空室が出まくって賃貸価格が暴落して、住む人も転居する人も少なくなって不動産事業であぶく銭稼いでる会社が軒並み倒産してしまえばいいのに。これを良しとしている大家たちも空室沢山抱えて苦しんでほしいし、借主向けの家賃保証会社とかも一緒に逝ってどうぞです(あるか分からないけど大家向けの保険は普通にサービスとしてありだと思う)。
これで住めるのは1Kのウサギ小屋だよ。みんな東京を出よう。広い部屋は豊かな生活をつれてくるよ。
でもこれって東京だけじゃないのかな?大阪とか福岡も一緒なん?千葉とか神奈川も?だとしたらもうやっぱり業界自体がアレだな…
今回の衆議院選挙は期日前に投票に行ったら久しぶりにNHK出口調査を依頼されました。期日前でもやってるんだね。
タブレットを渡されて答えるようになって昔と違い調査員に知られることなく答えられて便利になっていました。
さて出口調査とは、その名の通り投票所の出口付近で待ち構えてどの人(政党)に投票したのかなどを聞く調査のことです。
年齢(年代)や性別、投票した人(政党)の質問だけでなく支持政党やその他時事問題に関する質問があります。
名前は聞かれません。
実は自分も結構前に複数社の出口調査員のバイトをしたことがあります。
立ちっぱなしで結構きついし、声をかけても無視する人も多いです。ときには暴言を吐かれることも。
普通の見た目の人に声をかけたら態度が急変して「○○(テレビ局名)は大嫌いなの!」と叫ばれたり「なんで俺が○○社のために答えないといけないんだよ!」などは普通です。
そういうときは「失礼↓しましたぁ↑」みたいな変なイントネーションで挨拶したりして自分なりに楽しんでいましたが。
ところで出口調査って集めたデータをどんなことに使うか知っていますか?
投票締め切り後の選挙番組で当確を出すのに使っているのは皆さんご存知だと思います。
(ちなみに当確は出口調査だけでなく世論調査なども利用しているようです)
今回の衆議院選挙のNHK出口調査では支持政党や岸田政権を支持するかどうかやコロナ対策の評価に関する質問がありました。
テレビ局や新聞社などが大量の調査員を使って集めたデータです。簡単に集められるデータではありません。
一般視聴者(読者)にとってももちろん興味深いデータですが当然各政党も参考にすると思います。
大きい政党なら金の力で自力で調査もできると思います。しかし小さな政党にとっては重要なデータとして見ていると思います。
投票結果で勝ち負けが決まり選挙はそこで終わりですが、出口調査のデータは各政党の今後に役立つデータとなります。
ですので出口調査に協力するのは投票と同じくらい価値のあるものだと思います。
自分が応援している政党(人)のためにも出口調査に声をかけられたら協力してみてはいかがでしょう?
出口調査に協力すると選挙番組や翌日の新聞も普段より面白く感じると思うし。
まあNHKは集めたデータを全部公開するべきだと思いますけどね。年代別とかBIツールのように色々な切り口でデータが見られるといいんですけど。
ところで久しぶりに出口調査を受けて今は協力する人増えてるのかな?とネットで検索してみたらイキリ、、いや誤解だらけだったので誤解を解いてみたいと思います。
→自分が応援している政党も参考にするかもしれないデータですのでそんなこと言わずにお願い↓しますぅ↑。
→1分くらい(早ければ20秒くらい)で終わるのでぜひ協力してくれると助かります。
→最近はNHKのようにタブレットで調査員に知られることなく回答できるようなところもあります。
ただし調査員の聞き取り形式で出口調査をする会社もあります。その場合は調査員に知られますがぶっちゃけ各個人の調査内容なんて興味がないので覚えていません。
→できれば正確に回答していただきたいです。でも出口調査って心の準備がないときに声をかけられるので嘘を答える準備がなく本当のことを回答してしまう気がします。
出口調査で嘘を回答するということは投票した政党(人)を応援しているのに裏では殴っているのと同じだと思う。
→投票時間と調査時間は異なるので居ない場合があります。お昼休憩やトイレに行っているときもあるでしょう。
調査員がいない投票所もあります。選挙ごとに以前のデータなどを利用してどの投票所に調査員を配置するのかを決めているようです。
→全員に声をかけるのではなく数人置きに聞く対象を決める方式です。服装、身長、体型、性別、年齢、見た目などでは対象を決めていません。(統計学でいう偏りとなりデータが腐るため)
間隔の人数は投票所によって違います。無作為抽出しているのと他の投票所と粒度をあわせるためだと思います。(たぶん)
対象が強面や面倒くさそうな人だった場合でもきっちり声をかけます。(強面の人は大抵喜んで回答してくれますが)
障害者だから無視されたという意見も見かけましたが当然そんなことはありませんのでご安心ください。
→捏造するくらいなら大勢の社員とバイトと大金を使って出口調査しないと思います。
→出口調査のデータは選挙当日の投票が締め切られた後に公表しています。夕方の当確はなにかの勘違いですかね?
→シール目当ての人がくるとデータに偏りがでるので、そういうことはしないと思います。
→現地にいる調査員はバイトです。多くは社会の底辺に這いつくばっている人です。まれに正社員の記者や職員が混ざっているときもありますが99%バイトです。
→法律違反ではないと思います。調査員に問い合わせ窓口を聞いてそこで聞くと詳しく教えてもらえると思います。
→すみません。敷地外の端っこのほうでやってました。調査員に問い合わせ窓口を教えろと言えば教えてくれると思いますのでクレームはそちらにお願いします。
10/7の地震、確かにあんなことはないに越したことはないが、個人的には金曜日に起こらなかったことが救いだったので書きつけておく。
今週は仕事の都合で東京の自宅を離れて北関東に泊まりがけで出張、金曜日に仕事が終わり次第東京に帰るというスケジュール。滞在場所は北関東になる県の某所だが、震度5強を叩き出した埼玉県宮代町は少し足を伸ばせば行ける範囲。
結構な揺れだった。ちょうど東日本大震災の時も仕事の用事でこの辺りに来てて似たような揺れから大変なことになったことが思い出されて恐怖を感じたくらいだった。
そんなわけで10/8金曜日の朝の仕事は仕事場や仕事に使う設備の確認からだったが、金曜日の夜の地震発生だと土曜にこれをやる恐れがあったこと。これは仕事で使う設備のうち、作動用オイルとかが敷地外に流れ出すと環境事故とかになるから。そこの拠点かつ近くに住んでる人だと自宅で被害なしとわかったら見に来る当番もあるくらいだし。後で時間外手当とか代休はもらえるけど。
これには土曜に出勤する羽目になり、いくら時間外手当なり代休が取れるにしても予定変更とともに自宅の被害の有無の確認が遅れかねなかった。(一応家族によりほぼ無事なことは確認されてたけど)
警視庁のHPを確認したら震度5強を観測すると環七の内側に警察が必要と判断してしまうと入れなくなる恐れがあった。
https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/kurashi/saigai/shinsai_kisei/kotsu.html
なので、環七で足止めされて自宅に帰れず、あたりが落ち着くまでどこかでクルマを駐車して仮眠という一般的な意味とは違う意味で帰宅難民になる恐れもあったが、それも避けられた。
どんな人々にも差別心を持つまいと心がけているし、万が一自分の心の中に差別の芽があってもそれを客観視でき、即座に否定する理性を備えている。
けっこう自信を持って自分のことをそう思っていた。
夜中の散歩をしていて、とある福祉施設の敷地にうっかり迷い込んでしまった。
小さな町くらいある巨大なその施設には、知的障害者が子供からおとなまで数百人住み暮らしている。
その敷地に迷い込んだと気づいた時にはもう、施設の真っ只中まで来てしまっていた。
夜中なのであたりは真っ暗で、街灯と建物の常夜灯だけが光っている。
夜道が怖かったことなどかつてなかったのだけれど、この時はなんだかとても怖ろしかった。早くここを抜け出したい。
「成人棟」と書かれた案内板を見た瞬間恐怖はピークに達し、恐怖の正体もはっきりした。
「俺の真横のこの建物の中に、おとなの姿をした何かがいる……」
ただただ怖かった。
私はそこに住み暮らす知的障害者たちがどのような人々でどのような生活をしているかを知らない。
収容者が今部屋を抜け出してきて、自分が立っているこの暗い夜道で鉢合わせしたら、と考えると恐怖で身がすくんだ。
私がうっかり迷い込んでしまったくらいなので、敷地はオープンである。
知的障害者が町にさまよい出たりしては大変なので、当然外出はできないであろう。居住棟はきっと固く施錠されているはずだ。
そんな風に考えて恐怖で駆け出したい衝動をどうにか抑え、落ち着いて敷地を抜け出た。
同じ人間に対して本能的に名状しがたい恐怖を覚え、いっときとは言えそれを振り払えなかった。
これが差別心の芽でなくしてなんだろうか。
もちろん理性があればそんなものは打ち消すことができるけれど、そうするのに十分な理性を持たない人だっていると思う。
名状しがたい不安や恐怖を自らの理性で打ち消せない人々がたくさんいるということは、このコロナ禍でだいぶはっきりしたよね。
そういう人々が、「なんだかわからない人(外国人や障害者や病人)」に対して怖れを抱き、その恐怖をそのまま差別エネルギーに変換して言動に移してしまう。
内心で反差別を気取っていた私もそのプロセスを途中までたどってしまった。
今でこそあの時の恐怖心は根拠のないものだったと胸を張って言えるけれど、反差別の精神なんて本能の前ではわりと蟷螂の斧なのだと思い知った。
そんな体験でした。
「お前は橋の下で拾って来た子だ」ってのは毒親あるある、というのを先日見かけてぎょっとした。私が幼少期に言われまくってたやつだ。言ってたのは姉と兄。まだ2人が小学生とかで、私もそれを「そうだよなぁ」と受け入れていた。
ちゃんと同じ父と母の子どもだけれど、母の厄年に産まれたので、私が赤ん坊の頃にしたおまじない?厄落とし?の風習で、橋の下に一度捨てて、他の人(叔母がやってくれたらしい)が拾うというものがあった。多分捨てるといっても、そっと置いてるだけで、拾うのもすのすぐ後だと思うけれど。そうすることで厄が落ちるとかなんとか(詳しい由来は知らない)
そのことになぞらえて姉と兄はよく言っていた。2人とも幼かったので意味はよく分かってなかったと思う。あんまりにも頻繁に言われるので自分も幼かった頃は厄落としでされたことなのか、本当に拾って来た子なのか当時は曖昧な認識だった。
同時に、これも姉と兄にだが、よく大きくなったら家を出て行けとも言われた。うちは祖父母の家と敷地内同居をしていた。それぞれの家は姉と兄が住むから、お前は出て行けとのことだった。これを言っていたのも姉と兄だった。そのことも「そうしなきゃな〜」と子どもの頃は受け入れていた。結局その通りになったけれど。
多分どっちも死後にクソババアだったことが発覚した祖母(父方)の差し金じゃないかなと思っている。私(3人目)が産まれた時も母に「まだ性懲りも無く産むのか」といったことを母に言っていたらしい。大人になってから「それ嫁いびりじゃん」ってことにやっと気づいたくらい。母が何も言わなかったので気づかなかった。私たちが知らないところではもっとあったかもしれない。
実家を離れて15年以上経つけれど、実家に居た頃は仲が良い家族だと思っていたけれど、上で書いたようなこと以外にも幼少期の思い出や大人になってからの姉や兄の態度が「あれ?」って思うようなことが増えて来た。完全に見下されている。一番そう思ったのが、夫を結婚するので紹介するために実家に連れて行った時に挨拶もろくにせず一緒にご飯を食べているのに軽く無視。後に夫の容姿を2人でプークスクスしてたのも分かった。最低過ぎてそれ以来2人とは最低限しかやり取りしていない。
父は昔から仕事ばかりだったので大人になってからもあまり接点はない。母は可愛がってくれてるとは思うけれど、子どもの頃のことを母の前でも「橋の下で拾って来た」とか「でていけ」はよく言われてた。大人になってから、あれ凄く嫌だったと母に言ったら「そんなこと、あったっけ?」とまるで覚えてなかった。夫を無視された時も「お姉ちゃんとお兄ちゃんはあーゆー性格だから」と言われて終わっただけだった。思えばきょうだい格差も結構あったな…と思うといまいち信用できなくなってきた。
別に離れて住んでてたまに連絡するくらいなら害はないし、助けてもらうこともあるので、このくらいで毒親とかいいたくはないけれど、やっぱうちの家族、変なのかな
たぶん幼稚園の年長か小一くらいの時のこと。
ある日の夕方、母が弟妹を連れてちょっと本家に行ってくると私に言ったのだが、私はテレビで『天才バカボン』を観るのに夢中になっていて、「わかった」と生返事をした。母はそんな態度の私に腹を立てていたようだ、というのは覚えている。
荒々しく玄関の引き戸を閉める音がして、家の中が急にしんとした。それでも私はバカボンを観続けていたのだけど、番組が終わるや、急に寂しくなった。私はそのとき、母が「本家に行く」と言ったことを忘れて、母を探したがおらず、弟妹も誰もいない。小さい頃ずっと私の面倒を見てくれた祖母は、長期入院中で家にいない。今思えばそんなに長い時間ではないのだが、家に一人ぼっちで置き去りにされたのは初めてで、私はパニックになった。
私は大声で泣きながら家の外へ走り出た。庭にも誰もいないのを見て、駐車場から敷地外へ抜け出して農道に出た。門扉を開ければ庭から直接公道に出られるのだけど、それはしなかった。「勝手に門を開けて道路に出ると車に轢かれておっ死ぬぞ」と、小さい頃から祖母に脅かされていたためだ。
畑にも誰もいないことを見てとると、私は泣きながら農道を歩いた。農道の、畑から公道までの間の距離は短い。たぶん20メートルもなかったと思う。私はその短い距離を行ったり来たりした。
母は本家に行くと言っていた。本家までは数百メートルくらいだっただろうか。私の家と本家までの間には、屠殺場と二つの工場があった。そのせいで、うちの目の前の道路は二台の車がすれ違う程度の幅しかないのに、日中は沢山の配送トラックが行き交うし、通勤の乗用車やバイクもよく通った。幼い子供が一人で通るには危険な道だったから、「一人で道路へ出ない」と厳しく言い付けられていた。だから、母はきっと本家にいる、と知っていても、砂利道の農道からアスファルトで舗装された公道に出る勇気が私にはなくて、ずっと農道の、家の垣根に沿った部分を私は往復し続けていたのだ。
時刻は午後6時を少し回ったところだったと思う。確か『天才バカボン』は6時ごろに終わったからだ。外は夕暮れどきで、東の空が薄いピンクと紫のグラデーションで、少し霞がかっていたと思う。近所の屠殺場も工場もとっくに終業していて、車通りの少ない時間帯だったはずだ。でも「一人で道路には出ない」という約束だったから、私は他にどうすることも出来ずに、大泣きしながら同じ所をぐるぐる歩き回っていた。
そんな時に、本家の伯母がやってきた。
「おっかさんがお喋りに夢中になってっから、ちょっと心配で見に来たのよ」
と言って、伯母は私をおんぶした。私は伯母の背中でわあわあ泣いていた。伯母は私を背負ったまま、公道と農道の接する所に立って、母が弟妹を連れて帰ってくるのを待った。伯母が来てくれてから、母が戻ってくるまでにはそんなに時間はかからなかったと思う。
泣いている所へ伯母がふらりと現れたことは、当時の私にとっても不思議なことだった。我が家には、よく祖父母と伯父が遊びに来たものだが、伯母が来ることはなかった。伯母はいつも本家の台所か、近くの畑にいた。寡黙で余計な口を利かず、そして何故か家族親戚から疎まれている人だった。家族からちょっといじめられていて、それに黙々と耐えている姿が近寄り難くて、私は本家の人達の中で伯母にだけはなついていなかった。伯母も私には数多くいる親戚の子の一人であるという認識しか持っていなかったのではないか。赤ちゃんの頃から知っているにしても。
なのに、そんな伯母が、
「あぁよかったよぉ」
と、真底安堵した様子で私をあやした。伯母が素の笑顔を見せること自体がとても珍しいことだったように思う。
だから、伯母に助けられたことが私の記憶には鮮明に残っているのだけど、そんなことがあったのを綺麗さっぱり忘れた母は、「まさかあの人がそんなことを?」という。
それから30年くらい経った時、父と話ていてひょんなことから伯母が何故本家であんなに疎まれていたのか、その理由を知った。
伯母はまだ若い頃は身体が弱くて、たびたび実家に帰っていた。そのことを元から「言い訳だ」と家族には思われていたようであるのだが、長男を出産した後に決定的な事故を起こしてしまう。伯母は不注意から自分の長男を死なせてしまったのだ。
当時、伯母の長男はまだ一歳半だった。全く分別がないのに活発過ぎるほど活発なお年頃だ。伯母は出産後の里帰りから本家に帰らず、長男息子と一緒に実家にいて、その日はどうやら床に伏せっていたようだ。それで長男は母親が寝ている隙に家から出てしまい、用水路に転落して溺死した。そのために、祖母をはじめとする身内から責められ疎まれたのだ。
私の母が幼い私を一人きりで家に残して来たのを知った時、伯母は「ちょっと心配」どころか、かなりの危機感を持って私を探しに駆けつけたのかもしれない。私の両親は「あの人にそんなことが出来るわけがない、いつもボーッとしてるんだから」と言うけれど。
https://woman.excite.co.jp/article/lifestyle/rid_E1631175162323/
と言う状況で、似たような事があった。
奥様の方が明らかに稼ぎがよいと思う。
一方で旦那の方はまぁその、のんびりした人。まだご両親もしっかり元気だし、何ならおじいちゃんも元気だし、親父さんの手伝いという感じ。
子どもの世話や家のことを一手に担い、家事全般をこなしている。実は地域の事でも活躍している。
そんな旦那だが、ある日、奥さんにもっとがんばってよ!と怒られた、と言うことで、しょげかえってうちに来た。
愚痴と言うより、やっぱり俺は駄目な奴だみたいな独白を慰めながら聞いてやり、それを境に、やたらと家に入り浸っていた。なんか上手くいってないんだなーと言う雰囲気があった。
本気で心配した。
ところがあるときを境に、来なくなった。
そして、ある日、旅行に行ったからとお土産を持ってきたので、事情聴取すると
と言う供述だった。
腹が立った。
まぁ、俺が勝手に心配しただけだし?特に何にもしてないので腹を立てるのは筋違いだと思うのだが、腹が立った。何だお前は。出禁にするぞコラァ。言えないけど。
最近また撮り鉄の民度問題が浮上してるけど思う事を書いていく。
ただそれは黙認というか鉄道会社側も大らかな時代だからだと思う。
昔の写真を見てみると平気で列車が迫っているのに線路上で撮影していたりとか無断ではないが車両基地へ入り撮影したりとかの写真が多く出てくる。
確かにそういう写真をみると自分も撮影したいと思うかもしれないが現在では体制や風潮が変わり
なので鉄道敷地内に侵入して撮影するような人間がいれば鉄道員は安全を考えると列車を緊急停車させるっていう考えになる。
何かあれば責任を負わなくてはいけないのなら何もない方がいいのは当然の事である。
当然運転士だってなんで列車を止めたんだって言われるかもしれないが安全の為に止めましたっていえば責任は回避できるだろう。
たまに反論か何か知らないが建築限界(例)を知っているので大丈夫です。とか言う人がいるがそれだけを知っているから何?危険かどうかなのは運行している側の判断である。
後もう一つ。今は一億総カメラマンとも言われ個人1人1人がスマホなどですぐに撮影できる。
それこそ撮り鉄だって高価なカメラを持つわけであってなんでもすぐに撮影できる。
ここ最近ニュース等でも個人提供の動画が流れるくらい一般的な事になっている。
なのでよく迷惑撮り鉄を晒している人を偽善鉄とかって言っている人間が居るがそれは間違いでいつどこで誰に撮影されているかどうかもわからない奴が人の目の前でマナー違反やら違法行為をすればそれは撮影されるだろうという話になる。
そもそも撮り鉄だって来た(乗っていた)列車の運転士やら車掌が変な事をしていたらそれを嬉々としてネットの世界に流すだろって話であり
全く一緒の事である。
いわゆる「撮り鉄」の男2人が、廃車になる「踊り子号」を撮影するため、JRの敷地内に立ち入った疑いで、警視庁に書類送検された。
【独自】線路に立ち入ったマナー違反”撮り鉄”が踊り子号を止める 逃げまどう様子も 2人書類送検(フジテレビ系(FNN)) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/8590a2520c5baae511e26e49886a0d3c54525df0
こっちも、「書類送検というのは書類が送付されただけで、捜査を行うと必ずある手続きだ。これを報道するのは印象操作だ!」と騒がないといけないよね。
▼“異例を超えて 異常事態” 救急車出動できない 医療現場訴え
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210827/k10013226021000.html
東京都内の救急隊が一時的にすべて出払ってしまい、新たな救急要請があっても出動できない。
SNS上で切迫した状況を伝える投稿をした医療従事者は「たとえ緊急治療が必要な状態でも、救急車が出動できない現実もあります。消防庁のメッセージは“命のメッセージ”だと知ってほしい」と訴えています。
「当庁のほぼ全救急隊が出動し、救急要請に応えられない状況となっています」という東京消防庁のメッセージを撮影した写真です。
写真とともに「長年、救急に携わってきましたが、こんなことは初めて。異例を超えて、もう異常事態としか言いようがありません」ということばがつづられています。
投稿したのは、都内の医療機関で救急を担当する医療従事者で、この日は救急患者の受け入れ要請が次々と寄せられましたが、10床余りあるコロナ患者用の病床は満床の状態で、これ以上受け入れられない状況だったということです。
救急患者を受け入れる医療機関がすぐに決まらない「搬送困難」のケースは、8月15日までの1週間では3361件と、総務省消防庁が調査を始めてから最も多くなりました。
▼救急搬送先決まらない「困難事案」、全国で3週連続3千件超え…最多の東京消防庁は4%増
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210831-OYT1T50237/
総務省消防庁は31日、救急患者の搬送先が決まらない「救急搬送困難事案」が8月23~29日の1週間に3153件(前週比54件減)あったと発表した。新型コロナウイルス感染の疑い事例は46%を占めた。過去最多の3361件だった8月9~15日から3週連続で3000件を超えた。
主要都市の52消防本部を対象に、医療機関に受け入れを3回以上断られるなどしたケースを集計した。
搬送困難の最多は東京消防庁の1703件(前週比4%増)で、横浜市消防局の386件(同4%増)が続いた。大阪市消防局は209件(同13%減)、千葉市消防局は111件(同24%減)、さいたま市消防局は90件(同21%減)だった。
搬送拒否の意味はわかりますか?あと搬送出来た=入院ではありません
▼呼吸困難でも搬送拒否 都内医師「医療崩壊起きている」
https://www.sankei.com/article/20210812-5377H664OVM2BBFSMZLRAABRSY/
「先生、救急車が帰っちゃいました。入院させてもらえないんです」
10日、豊島区西池袋の池袋大谷クリニック。院長の大谷義夫医師は電話口で患者の家族の悲痛な叫びを耳にした。医師歴30年を超えるが、こんな事態は初めてだった。
患者は40代男性で、陽性が判明してから自宅で療養していたところ、血中の酸素濃度「酸素飽和度」が91%まで悪化。一般的に健康な人の酸素飽和度は98%程度で、90%以下になると生命を維持するのに必要な酸素が体に入っていない「呼吸不全」の状態とされる。
すぐさま家族が救急車を呼んだが、駆け付けた隊員から「どこも受け入れられるベッドがない」と搬送を断られた。やむを得ずクリニックで酸素吸入ができる「酸素濃縮器」を男性宅に手配し、症状の推移を見守っているという。
クリニックでは7月下旬から発熱を訴える患者が急増した。この男性を含めて入院が必要な患者は8人いたが、これまでに入院できたのは3人のみ。別の30代男性も自宅療養中に救急隊を呼ぶほど症状が悪化したが、病床の不足を理由に入院を拒否された。
▼千葉・松戸市 “コロナ救急”病院搬送3割以下
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4348303.html
千葉県松戸市で今月、救急搬送を要請した新型コロナの自宅療養患者のうち、病院に搬送できたのは3割以下にとどまることがわかりました。
「救急車の搬送先決定まで約14時間10分を要した事例がありました」
松戸市消防局によりますと、新型コロナに感染して「自宅療養」とされている人が救急搬送を要請したケースが、先月は1か月間で92件でしたが、今月は急増し、3週間だけで255件にのぼっています。一方で、そのうち、病院に搬送できたのは70件で、救急搬送を要請した人の3割以下にとどまっています。
▼市消防局、廃車予定の救急車2台を感染者待機場所に…搬送困難の場合に使用
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210828-OYT1T50190/
千葉県の松戸市消防局は30日から、消防局の敷地内に廃車予定の救急車2台を置き、搬送困難者の待機場所とする。新型コロナウイルス感染者の容体悪化で救急要請を受けても、搬送先が決まらず救急車が長時間現場に止まるケースが深刻化しているためだ。4時間以上たっても搬送先が見つからない場合、出動した救急車から感染者に待機場所に移ってもらい、酸素吸入などの処置を受けながら待ってもらう。
▼呼吸困難でも搬送拒否 都内医師「医療崩壊起きている」
https://www.sankei.com/article/20210812-5377H664OVM2BBFSMZLRAABRSY/
「先生、救急車が帰っちゃいました。入院させてもらえないんです」
10日、豊島区西池袋の池袋大谷クリニック。院長の大谷義夫医師は電話口で患者の家族の悲痛な叫びを耳にした。医師歴30年を超えるが、こんな事態は初めてだった。
患者は40代男性で、陽性が判明してから自宅で療養していたところ、血中の酸素濃度「酸素飽和度」が91%まで悪化。一般的に健康な人の酸素飽和度は98%程度で、90%以下になると生命を維持するのに必要な酸素が体に入っていない「呼吸不全」の状態とされる。
すぐさま家族が救急車を呼んだが、駆け付けた隊員から「どこも受け入れられるベッドがない」と搬送を断られた。やむを得ずクリニックで酸素吸入ができる「酸素濃縮器」を男性宅に手配し、症状の推移を見守っているという。
クリニックでは7月下旬から発熱を訴える患者が急増した。この男性を含めて入院が必要な患者は8人いたが、これまでに入院できたのは3人のみ。別の30代男性も自宅療養中に救急隊を呼ぶほど症状が悪化したが、病床の不足を理由に入院を拒否された。
▼千葉・松戸市 “コロナ救急”病院搬送3割以下
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4348303.html
千葉県松戸市で今月、救急搬送を要請した新型コロナの自宅療養患者のうち、病院に搬送できたのは3割以下にとどまることがわかりました。
「救急車の搬送先決定まで約14時間10分を要した事例がありました」
松戸市消防局によりますと、新型コロナに感染して「自宅療養」とされている人が救急搬送を要請したケースが、先月は1か月間で92件でしたが、今月は急増し、3週間だけで255件にのぼっています。一方で、そのうち、病院に搬送できたのは70件で、救急搬送を要請した人の3割以下にとどまっています。
▼市消防局、廃車予定の救急車2台を感染者待機場所に…搬送困難の場合に使用
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210828-OYT1T50190/
千葉県の松戸市消防局は30日から、消防局の敷地内に廃車予定の救急車2台を置き、搬送困難者の待機場所とする。新型コロナウイルス感染者の容体悪化で救急要請を受けても、搬送先が決まらず救急車が長時間現場に止まるケースが深刻化しているためだ。4時間以上たっても搬送先が見つからない場合、出動した救急車から感染者に待機場所に移ってもらい、酸素吸入などの処置を受けながら待ってもらう。