2021-09-17

伯母に助けられた話。

たぶん幼稚園の年長か小一くらいの時のこと。

ある日の夕方、母が弟妹を連れてちょっと本家に行ってくると私に言ったのだが、私はテレビで『天才バカボン』を観るのに夢中になっていて、「わかった」と生返事をした。母はそんな態度の私に腹を立てていたようだ、というのは覚えている。

荒々しく玄関引き戸を閉める音がして、家の中が急にしんとした。それでも私はバカボンを観続けていたのだけど、番組が終わるや、急に寂しくなった。私はそのとき、母が「本家に行く」と言ったことを忘れて、母を探したがおらず、弟妹も誰もいない。小さい頃ずっと私の面倒を見てくれた祖母は、長期入院中で家にいない。今思えばそんなに長い時間ではないのだが、家に一人ぼっちで置き去りにされたのは初めてで、私はパニックになった。

私は大声で泣きながら家の外へ走り出た。庭にも誰もいないのを見て、駐車場から敷地外へ抜け出して農道に出た。門扉を開ければ庭から直接公道に出られるのだけど、それはしなかった。「勝手に門を開けて道路に出ると車に轢かれておっ死ぬぞ」と、小さい頃から祖母に脅かされていたためだ。

畑にも誰もいないことを見てとると、私は泣きながら農道を歩いた。農道の、畑から公道までの間の距離は短い。たぶん20メートルもなかったと思う。私はその短い距離を行ったり来たりした。

母は本家に行くと言っていた。本家までは数百メートルくらいだっただろうか。私の家と本家までの間には、屠殺場と二つの工場があった。そのせいで、うちの目の前の道路は二台の車がすれ違う程度の幅しかないのに、日中は沢山の配送トラックが行き交うし、通勤乗用車バイクもよく通った。幼い子供が一人で通るには危険な道だったから、「一人で道路へ出ない」と厳しく言い付けられていた。だから、母はきっと本家にいる、と知っていても、砂利道の農道からアスファルト舗装された公道に出る勇気が私にはなくて、ずっと農道の、家の垣根に沿った部分を私は往復し続けていたのだ。

時刻は午後6時を少し回ったところだったと思う。確か『天才バカボン』は6時ごろに終わったからだ。外は夕暮れどきで、東の空が薄いピンクと紫のグラデーションで、少し霞がかっていたと思う。近所の屠殺場も工場もとっくに終業していて、車通りの少ない時間帯だったはずだ。でも「一人で道路には出ない」という約束だったから、私は他にどうすることも出来ずに、大泣きしながら同じ所をぐるぐる歩き回っていた。

そんな時に、本家の伯母がやってきた。

「おっかさんがお喋りに夢中になってっからちょっと心配で見に来たのよ」

と言って、伯母は私をおんぶした。私は伯母の背中でわあわあ泣いていた。伯母は私を背負ったまま、公道農道の接する所に立って、母が弟妹を連れて帰ってくるのを待った。伯母が来てくれてから、母が戻ってくるまでにはそんなに時間はかからなかったと思う。

泣いている所へ伯母がふらりと現れたことは、当時の私にとっても不思議なことだった。我が家には、よく祖父母と伯父が遊びに来たものだが、伯母が来ることはなかった。伯母はいつも本家台所か、近くの畑にいた。寡黙で余計な口を利かず、そして何故か家族親戚からまれている人だった。家族からちょっといじめられていて、それに黙々と耐えている姿が近寄り難くて、私は本家人達の中で伯母にだけはなついていなかった。伯母も私には数多くいる親戚の子の一人であるという認識しか持っていなかったのではないか赤ちゃんの頃から知っているにしても。

なのに、そんな伯母が、

「あぁよかったよぉ」

と、真底安堵した様子で私をあやした。伯母が素の笑顔を見せること自体がとても珍しいことだったように思う。

から、伯母に助けられたことが私の記憶には鮮明に残っているのだけど、そんなことがあったのを綺麗さっぱり忘れた母は、「まさかあの人がそんなことを?」という。

それから30年くらい経った時、父と話ていてひょんなことから伯母が何故本家あんなに疎まれていたのか、その理由を知った。

伯母はまだ若い頃は身体が弱くて、たびたび実家に帰っていた。そのことを元から言い訳だ」と家族には思われていたようであるのだが、長男出産した後に決定的な事故を起こしてしまう。伯母は不注意から自分長男を死なせてしまったのだ。

当時、伯母の長男はまだ一歳半だった。全く分別がないのに活発過ぎるほど活発なお年頃だ。伯母は出産後の里帰りから本家に帰らず、長男息子と一緒に実家にいて、その日はどうやら床に伏せっていたようだ。それで長男母親が寝ている隙に家から出てしまい、用水路に転落して溺死した。そのために、祖母をはじめとする身内から責められ疎まれたのだ。

私の母が幼い私を一人きりで家に残して来たのを知った時、伯母は「ちょっと心配」どころか、かなりの危機感を持って私を探しに駆けつけたのかもしれない。私の両親は「あの人にそんなことが出来るわけがない、いつもボーッとしてるんだから」と言うけれど。

  • 母はきっと本家にいると尻手いても

    • 修正しますた。 投稿画面の右下にある「プライバシー・利用規約」のアイコンの下に隠れてて、見落としてしまってたー。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん