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はてなキーワード: 湾岸戦争とは

2012-01-03

訳してみた。

http://www.youtube.com/watch?v=Xxh-sS8Qoco&feature=player_embedded

1911年12月14日 ロアール・アムンセン、南極点に到着。

1912年4月14日 タイタニック号沈没

1913年 フォード、流れ作業方式を導入

1914年6月28日 サラエボ暗殺事件から第一次世界大戦勃発

1915年4月22日~1915年5月25日 初めて毒ガス使用

1916年2月16日1916年12月20日 ベルダンの戦い

1917年11月7日 ロシアで10月革命

1918年11月11日 第一次世界大戦終結

1918年11月9日 ヴァイマル共和制の樹立を宣言

1919年1月5日~10日 スペイン風邪の流行が頂点

1920年12月16日 寧夏、海原地震

1921年11月9日 アルベルト・アインシュタイン ノーベル物理学賞受賞

1922年10月27日~31日 ベニート・ムッソリーニローマ進軍

1923年 ドイツでハイパーインフレ

1924年1月21日 レーニン死去

1925年1月~2月 ノーム犬ぞりバルト)疾走

1926年 アル・カポネが権力の頂点に

1927年3月20~21日 チャールズ・リンドバーグがパリへ向け飛行

1928年11月18日 蒸気船ウィリー初演(ミッキーマウス初登場)

1929年10月29日 1929年のウォール街大暴落「暗黒の木曜日

1930年3月12日 ガンジー、「塩の行進」

1930年6月30日 第一回サッカーワールドカップウルグアイにて)

1931年5月1日 エンパイアーステートビル開業

1932年 ワイマール共和国崩壊

1933年1月30日 ヒトラー内閣発足

1934年10月27日 毛沢東の長征

1935年9月15日 ニュルンベルグ法制定

1936年6月~1936年4月 スペイン内戦

1937年5月6日 ヒンデンブルク号爆発事故

1938年3月12日 オーストリア併合

1939年9月1日 第二次世界大戦勃発

1940年6月14日 パリ占領

1940年 ヒトラー権力の頂点へ

1941年6月22日 ドイツ、ソ連へ侵攻

1941年12月7日 真珠湾攻撃

1942年9月13日1943年2月2日 スターリングラード(現ボルゴグラード)の戦い

1943年2月13日 「全面戦争するか?」演説

1944年6月6日 ノルマンディー上陸作戦オペレーションオーバーロード)決行

1945年5月8日 第二次大戦ヨーロッパでの戦い終結

1945年8月6日 広島に原爆投下 同9日 長崎に原爆投下

1945年11月20日~1946年10月1日 ニュルンベルク裁判

1947年8月15日 インド独立

1948年6月24日~1949年5月12日 ベルリン封鎖

1949年10月1日 毛沢東、中華人民共和国の樹立宣言

1950年6月25日1953年7月27日 朝鮮戦争

1951年 朝鮮の人口?

1952年10月31日 初めて水素爆弾が炸裂

1953年6月17日 東ベルリン暴動

1954年6月4日 西ドイツワールドカップ西ドイツが優勝「ベルンの奇跡」

1955年5月14日 ワルシャワ条約制定

1956年10月29日1957年3月 スエズ危機(第二次中東戦争

1957年10月4日 スプートニク・ショック

1958年10月19日 中国で大飢饉の始まり

1959年1月1日 キューバ革命の勝利

1960年 モハメド・アリ ローマ金メダル

1961年8月13日 ベルリンの壁構築

1961年10月27日 チェックポイントチャーリーでの対峙(ベルリン危機)

1962年10月14日~28日 キューバ危機

1963年6月26日 「私はベルリン市民である」演説

1963年11月22日 J・F・ケネディ暗殺

1964年8月2~4日 ベトナムアメリカ爆撃される(トンキン湾事件)

1965年 ベトナム戦争拡大 地上戦力投入

1967年6月5日~10日 六日戦争(第三次中東戦争

1968年1月30日9月23日 テト攻勢

1969年7月20日 初めて月に着陸

1970年4月 カンボジア侵攻

1970年4月29日 ワルシャワ礼拝?

1971年10月14日 グリーンピース設立

1972年9月5日 ミュンヘンオリンピック事件

1973年10月6日~26日 ヨム・キプル戦争(第四次中東戦争

1974年8月8日 ウォーターゲート事件

1975年4月30日 ベトナム戦争終結

1975年4月17日 クメール・ルージュ プノンペン制圧

1976年6月16日 ソヴェト蜂起

1977年3月27日 テネリフェの惨事(テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故

1978年10月16日 法王パウロ二世 パウロ一世を嗣ぐ

1979年9月8日 「暗黒の金曜日」 イスラム革命頂点

1980年5月18日 セント・ヘレンズ山噴火

1981年3月30日 ロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件勃発

1982年4月2日6月20日 フォークランド紛争

1983年4月18日 アメリカ大使館爆破事件(ベイルート

1984年12月3日 ボパール化学工場事故(インド

1985年3月11日 ミハエルゴルバチョフ氏、ソビエト共産党書記長に就任

1986年1月28日 チャレンジャー事故

1986年4月26日 チェルノブイリ事故

1987年6月12日 「この壁を壊せ!」演説

1988年12月21日 ロッカビー事件(パンナム機爆破事件)

1989年11月9日 ベルリンの壁崩壊

1990年10月3日 東西ドイツ統一

1990年8月2日1991年5月5日 「砂漠の嵐」作戦(第1次湾岸戦争

1992年4月1日~1995年12月14日 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争

1993年10月3~4日 モガディシュの戦闘

1994年4月6日7月15日 ルワンダ虐殺

1995年4月19日 オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件

1996年1月21日 フランス、最後の核実験

1997年7月4日 マーズ・ローバー(火星探査車) 火星に着陸

1998年8月 モニカ・ルインスキー 不倫スキャンダル

1999年5月3日~6日 オクラホマ州で竜巻被害

2000年1月1日 ミレニアム

2001年9月11日 911攻撃(アメリカ同時多発テロ事件

2002年1月1日 ヨーロッパユーロ発行

2003年3月20日 イラク戦争勃発

2004年12月26日 インド洋大地震と津波

2005年8月29日 ハリケーンカトリーナ ニューオリンズを破壊

2006年6月12日8月14日 レバノン侵攻

2007年6月 ヨーロッパ熱波

2008年10月 金融危機

2009年1月20日 バラク・オバマ大統領就任

2010年1月12日 ハイチ大地震

2010年4月20日 メキシコ湾原油流出事故 ディープウォーター・ホライズン炎上沈没事故

2011年 アラブの春

2011年3月11日 東日本大震災と津波

2011年3月 福島第一原発事故

2012 ?

10分どころか、6時間くらいかかったorz

それに、作ったの多分アメリカ人だから、日本にとっての重大事件(オウムとか)は入ってないんだよね。ハイチ地震があるのに、阪神・淡路大震災がないのも明らかに片手落ちでしょう。

(調べてみたら、どちらもM7クラス

2011-08-17

軍備の好みを探る簡単な方法

これは私の長年の統計学経験論なのだが(つまり林磐男未満てことですね)

軍備の好みや採用する戦術を簡単に推測する方法がある。

それは、

「どんなAFVが好き?」

って聞いてみることだ。

補足1

「AFV」と「国家」というのは重要な共通点がある。それは、いずれも「武力によって政治目的遂行する場合に命運を共にする同志である」ということだ。こういう同志に対して情がわくか否か、薄情になれるか否か、が共通するというのは、ある意味ハートマン軍曹的にも真理なのかもしれないと思う。

好きなAFVは?と聞いて「国産戦車」(但し装輪装甲車戦車回収車を除く)を挙げる国家は、かなり保守派だ。

地決戦派、海兵隊出身者を統合参謀本部議長にしない国家、安定した陸上戦力を好む傾向がある。

また平均的な国民軍を好む。必ずしも専門集団(職業軍人)である必要はない。逆に派手な外人部隊は苦手。

 

レオパルト2A6EX」あるいは「M1A1エイブラムス」「ルクレールAZUR」「メルカバ Mk 4」「Т-90」等を通称に型番を加えて挙げる国家は、

基本的にスペック志向なので、他国から見て自国の軍隊先進であることをとても気にする。

主力戦車なら装甲厚、主砲・副砲の口径などのスペックが優先事項。価格が安いに越したことはないがそれよりも火力と機動性(不整地速度とか)

軍備なら非対称戦闘対応で、無人化流行り。

 

「空挺戦車」「水陸両用車」を挙げる国家は、

戦略なら短期の機略戦を好む。長期の外交交渉は基本NG先制攻撃OK

戦闘機ならステルス性をとても気にする。基本的に奇襲好きというか正攻法は許せないタイプである

 

チハ改」とか「ルノーFT-17」みたいな歴史資料にしか出てこないレトロなAFV名を挙げる国家。こういう国家はあまり特定の傾向がなく、好きな戦術ピンポイントである。たとえば第四次中東戦争ラタキア海戦電子ジャミングは大好きだが(同じく電子戦が戦果を決定づけた)湾岸戦争イラク戦争は戦力差が圧倒的すぎてにダメ、とか言うことがよくあるのでその微妙な違いが他国にはよくわからない場合もある。ただし好きなものはとことん好き、という国家である

 

 

また、特に国家場合、AFVの扱い方とドクトリンの扱い方はとても良く似ている。

 

国産内製化にこだわる国家、これは機密にこだわる。外国産中古ばかり購入する国家はその点はおおらかである

ひとつのAFVを長く長く機甲師団に編入する国家。これはドクトリンをとても大事にする。基本転向はしない。君主制国家場合民主化暴動を誘発することも。

頻繁にあれこれとAFVを開発する国家。こういう国家二大政党で数年おきに大統領が交互に入れ替わるし世界中の紛争に首を突っ込むので要注意である。ただ、豊富予算はもはや続きそうにない。

中東アフリカにAFVや兵器の販売や仲介をしてる国家や、内装に建国の偉人写真を飾る国家は、どうみても独裁国家です本当にありがとうございました恐喝傾向があるのでこれも要注意。領土問題をとても大事に(定期的に38度線に向けて演習で誤射、排他的経済水域は自国有利に設定)するので、沿岸警備で不審船を逮捕すると深刻な外交問題になりたいへんな思いをする。

補足2

AFVに興味がない、そもそも軍隊なんてなくてもいい(それどころじゃない)。という国家は、戦争においても受け身。基本的に自国から軍事的緊張を高めない(高められない)。もっとODAをと言い出すタイプである軍事にこだわりがない代わりに、信託統治、が好き。でも最近は分離独立派との内戦が深刻だ。

補足3

変に中型じゃなくて、装甲厚はそれなりで、座席が座りやすくて、水冷がそれなりにちゃんと効いて、シャーマン戦車みたいな天敵がいないのがいい。

という国家は、基本的に経済重視でドクトリンを考えている。ちゃんとミサイル防衛できてシーレーンを確保できたらそれでいい、それよりも外交力を強化しましょうというタイプである。こういう国家国防予算ありきで軍備を見るので、決して覇権は望まないが堅実でしっかりした東南アジア中東諸国、それもできれば民主化の進んでいる国家と結んで平和配当を享受したい、というタイプ提唱者は苦学のエリート官僚と、超お坊ちゃまで漢字が読めない元首相の両方である

2011-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20110511180600

湾岸戦争9.11同時多発テロリーマンショック民主党による政権交代の時も「世の中が変わり始めてる」と言ってる人は大勢いたよ。

大抵はろくでもない方向へ変わってるけど。

2011-03-31

9.11同時多発テロの時も、歴史の転換点だとかアメリカ支配の終焉だとか色々嬉しそうにはしゃいでた人は大勢いたんだけどね

もっと遡るなら、湾岸戦争とかソ連崩壊とか天安門事件とか

今回の震災10年後くらいには「ああ、あったねそんな事が」みたいな感じで「歴史」に埋もれてしまうんだろうな

2011-03-07

自称大物ジャーナリスト日垣隆明日リビア入り!動向に注目だ

人の不幸を望みはしいし、本当に行くなら行動力は認めたいが、この人は本当に酷い。

http://twitter.com/hga02104 本人のツイート

http://twitter.com/hga02104/status/42981152293793793

チュニジア入りは6日、リビア突入は8日に決定。戦争取材より危険な予感。世界から名だたる戦争ジャーナリストリビア国境に集まってきている模様だが、ユーゴ紛争や湾岸戦争イラク戦争の比ではないと、みな口を揃えている。なにが北アフリカで起きているのか。好奇心に勝てない。

それに対し、本物のジャーナリストカメラマン達の反応。

http://twitter.com/pkgken/status/43699722740969472

から入れるチュニジアルートってどんなルートですか?

http://twitter.com/pkgken/status/43708888603828224

検問避けながら車でチュニジアからトリポリまで一日ほどで行くとは。やはりそのルート知りたいです

(エジプト側の国境比較フリーダムだがチュニジア側、リビア西部のトリポリ等はカダフィ軍の最後の砦になっているので進入も厳しく、ジャーナリスト達は遠回りでも民衆が支配しているエジプトから入国し前線地に向かうのだ。)

http://twitter.com/spearsden/status/43696245004443648

西側から入れるようになってたんですか?それは初耳。

http://twitter.com/spearsden/status/43706971240660993

わかんないすね。西側は相当絞ってるみたいだし。入れてるとこあるんだろうか。

日垣氏は全スルーCM。これから戦場に行く人の態度か?

http://twitter.com/hga02104/status/43805396590272512

電子書籍をお買い求めになり、なおかつご注文書の末尾に「カダフィ紙幣希望」と書かれた方に、帰国後(死亡していなければ)必ずお送りします。絶対にお送りするために帰ってきますhttp://www.gfighter.com/ PDFDVDを含みますCDと紙の本は今回除外させてね。

http://twitter.com/hga02104/status/43804699257880576

カダフィ大佐独裁者紙幣プレゼント】いわゆる「ジャスミン革命」が連鎖的に広がって、朝日新聞記者フライング的にリビアに入っただけで、日本人はまだ誰も入っていません。私はリビアに入ればいいというものではないと思いつつ、カダフィ紙幣を絶対に持って帰ります。2800円以上サイトで……

日本人はまだ誰も入っていません。」と爆弾発言。この時点で、各新聞社の記事やフリージャーナリストツイートを見ても明確なように、日本人は何人も入っている。危険な現地からツイートし、写真うpしている人もいる。

アフガンに取材に赴き、数ヶ月に渡り拘束されたことでも有名な常岡浩介氏もこの話題に反応。

http://wiredvision.jp/news/201009/2010090919.html 牢獄からはまだ生きているとツイートしたあの事件

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B8%E5%B2%A1%E6%B5%A9%E4%BB%8B wikipedia 常岡浩介

http://twitter.com/shamilsh/status/43815390488428544

日本メディア、いっぱいリビアに入ってますよ。情報弱くて大丈夫かな?気をつけて!

皮肉ですね。でもやさしいなー

http://twitter.com/aran_p/status/43952347579301888

リビアチュニジアに行くなら、情報収集は不可欠とは思いますが、twitter北アフリカ関連の情報信者のフォローもしてませんし、各日本メディアが現地入りしている事すら知らず『地球の歩き方』にジャスミン革命が載ってない等というレベルなのはあまりにも迂闊では?

もちろん『地球の歩き方』云々は冗談でしょうが、恐いというツィートとは真逆真剣さが全く感じられません。英語アラビア語も出来ないので情報収集は困難でしょうが、国内新聞TVニュースでのリビア情勢ですらチェックしていない。それほどまでに対談の準備に逐われた?

http://twitter.com/spearsden/status/43968182846889984

http://bit.ly/e3yvg4 この人とか、浮かばれないよなあ。「日本人リビアに入ってない」とか言われちゃさ

他、突っ込み多数。しかし日垣氏は全スルーCM

カダフィ紙幣プレゼントローマ(で遊びたい)経由でチュニジア入り。翌日からリビア国境へ。無事帰れましたら、お土産にカダフィ大佐の肖像入り紙幣を必ず持ち帰りたいと思います。量に限りがあるはずですので、私のサイトから電子書籍2800円以上、 かつ末尾にカダフィ希望と書かれた方のみ!

電子書籍と書いても、紙の本をご注文の方や、ご注文時の末尾に「××希望」と書かれない方が必ずおられます。他の通常ご注文の方と区別が付きませんので、カダフィ大佐独裁者最後紙幣をご希望の方は、末尾に「カダフィ紙幣希望」とお書きください。6桁の暗証番号ご登録済みの方はワンクリックです

予定通りなら明日リビアに入るはずだがはたして?

参考資料

日垣氏は過去にも酷いツイートのやりとりをしている。

http://togetter.com/li/67286 日垣隆氏(@hga02104)「勝手イラク行ってクビかww」→安田純平氏(@YASUDAjumpei)「休暇中に自費で行ったのだしクビじゃないですよ」

http://togetter.com/li/67494 日垣隆氏が安田純平氏と常岡浩介氏に吹っかけた捏造コント

http://togetter.com/li/89695 日垣隆氏と常岡浩介氏の「トムとジェリー」的日常

http://togetter.com/li/5282 日垣隆VS豊崎由美

http://togetter.com/li/53814 日垣隆氏、TBSラジオ糾弾するもブロックして逃亡!

http://togetter.com/li/51085 勝間和代VS日垣隆

http://togetter.com/li/24176口蹄疫河野太郎日垣隆が噛みついた!「あなたは他人の痰をよく飲むの?」

http://togetter.com/li/3819 嘘や詭弁、根拠のない攻撃を繰り返す日垣氏

他多数!

2011-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20110305145117

自分在日外国人のことがわかってるって言うけど、あなた全然わかってないと思う。

うちの爺さんはハワイ移民二世で第二次大戦経験者。

収容所にも入れられた。

自分合衆国市民だと示すために志願して戦って右目と耳をなくして顔半分ケロイドになってる。

でも、そのおかげで地域に受け入れられて仕事で成功し、父親はアイビーリーグに入学できた。

義理の兄はメキシコ系の移民で、社会に受け入れられる為にやっぱり志願した人。

湾岸戦争に行った。

俺も13歳までUSに居て、3年間はカンザスで過ごした

母親日本人から合衆国市民権日本国籍を両方持ってる。

同じ肌の色、背格好で、日本国籍持っても、日本では差別された。

別におかしいことじゃない。カンザスには黒人アジア系も居たけどやっぱり違う扱いを受けた。

ハワイと比べるとよっぽど人種のくくりがあった。

かなり辛かったよ。

そんな俺に移民二世で同じように差別を味わった爺さんは、違いは変えることが出来ないことだから、彼らの文化を愛し、敬い、彼らの社会に受け入れてもらう努力をしろと教えてくれた。

そして、いざ受け入れてもらえたら、その社会の為に死ぬ覚悟をしろと教えてくれた。

義理の兄も同じことを言ってる。

俺も日本漫画を読んで、剣道やって、そうやってやっと受け入れられた。

ここ数年、日本在日外国人関係の記事を見ると彼らはその努力を怠ってると思うよ。

黒人だって最初奴隷で連れてこられたけど、体を張って市民の義務を果たして公民権を手に入れた。

メキシコ系は不法入国してくる人が多いけど、同じように合衆国に受け入れてもらおうと努力してる。(だから米軍の募集パンフレットには必ずスペイン語のモノがある)

日本在日外国人にもそういう人は大勢いる。

というか、韓国人以外に関して言えばホトンドがそういう意志を持ってる。

中国人だって在日の人は地域社会に溶け込む努力をしてるよ。

横浜中華街たいに安全なチャイナタウン世界中どこを探しても存在しない。

それは、日本以外の多くの国では移民歴史市民社会歴史が血と肉にしみ込んでいるから。

勝手なことをして寄生虫したら、民族浄化をされることは骨身に染みてわかってるし、自分の母国でもそういうことをした歴史があるのを知ってる。

そもそも、自分の母国で、逆の立場ならみな、外国人を追い出す自覚があるからだ。

俺は、愛国心を語れない社会はおかしいと思うよ。

そして、移民である在日外国人日本をボロクソに言うのもおかしいと思う。

日本に多く居るのはアジア系在日外国人だけど、アフリカから連れてこられた黒人と違って、ほんの3万円で自分の母国になんで帰らないかって言ったら、自分の母国にその3万円で帰るだけの価値が無いからなんだ。

日本人が自国の愛国心を語れない社会じゃ、在日外国人だって日本に対する愛国心を語りにくい。

そんな社会崩壊するよ。

誰も愛さない国なんて、だれが守ろうとするんだ?

在日外国人は、日本に受け入れてもらいたかったら、ネトウヨたいな連中が納得する形で、日本に対する愛国心を示す必要があるし、自らその方法を探る必要がある。

だって、どうせ彼らだって、自国にいて逆の立場なら外国人差別するんだから

それは人間としてお互いさまなんだよ。

日本人にだけそれをさせないなんて、それこそ差別だ。

それは割り切らないとだめだ。

2011-02-13

インタビュー:5人のエジプト

Five Egyptians

http://www.newyorker.com/online/blogs/newsdesk/2011/02/five-egyptians.html

Posted by Jenna Krajeski

February 10, 2011



雨と消耗、ホスニ・ムバーラクのかたくなな態度にも関わらず、タハリール広場の抗議者たちはその場にとどまっていた。

白衣医師スーツ姿の弁護士などの専門家もみすぼらしいキャンパーとともに金曜日の行進の先頭に立った。

ムバーラク退陣の憶測が流れる直前、私は5人のエジプト人にインタビューを申し込み、

今までの体験と今後の予定、拘束を解かれたばかりのグーグル幹部のゴニームへの印象、タハリール広場に行くかどうかについて聞いた。

サミアサリーム / Samia Salim

31歳、油田管理会社助手

友人の忠告を排して、「心理的に準備できていない」としてヴェールかぶることを拒む。


■この16日間をまとめてみてください

サリームは抗議者たちについて当初、「複雑な感情」を持っていたという。

しかしその「勇気と辛抱強さ」が「数十年起こらなかったこと」を実現させたことで、衝撃をうけ感化され、「誇らしさを感じ、タハリールへ行きたいと思うようになった」と話す。

しかサリームと同居する両親が身の危険を案じているため、実際には参加しないという。


仕事はどうなっていますか?

「他の人たちと同じように、1週間休んでいた」

彼女たちは「状況がすっきりする、少なくとも道に出るのが安全になる」のを待っていたという。

現在サリームは仕事に戻っている。


■誰が次の大統領になるべきでしょうか?

「分からない。私はアムル・モーウサに投票します」


ニュースを知る手段は?

サリームはアル・アラビーヤの衛星放送が好きだという。

国営テレビについては、「しばらくはみていたけれど、信頼性に欠けていた。明らかに意見ねじ曲げて革命を攻撃していた」。


■ワーエル・ゴニームの印象は?

「行動を起こしたことについて尊敬しています。兄だったら、ものすごく誇りに思っていたと思う」


エジプトを離れるつもりは?

彼女は、亡命ということか、と聞き返した。「ありません」


アイマン・モーヒェルディン / Ayman Mohyeldin

31歳。アル・ジャジーラ・イングリッシュのカイロ特派員エジプト出身、エジプトアメリカ合衆国で育った)。

1月25日からカイロでの出来事を休みなく取材している。

28日、モーヒェルディンはデモ生中継するアル・ジャジーラのチームを率いた。

彼自身はこのことをアル・ジャジーラの「湾岸戦争的瞬間」だと述懐している。

■この16日間をまとめてみてください

モーヒェルディンはタハリールで夜を過ごし、2度にわたってエジプト警察に身柄を拘束されたという。

抗議行動は「人々を喜ばせ、力づけ、怖がらせている。そしてそれ以上に、気づきを与えている」

「これほど多くの種類の感情が込められた事件を扱ったことはない」と語る。

仕事はどうなっていますか?

「非常に厳しいアル・ジャジーラオフィスは2度侵入された。機材の一部は強奪され、レポーターたちは監視や取調べを受けた。モーヒェルディン自身は身柄を拘束された。

人目につかないようにカメラを持ち歩いて取材することは困難だが、彼は試みた。

「当局はアル・ジャジーラに対する糾弾キャンペーンを張った」という。

彼はそれに応じて、報道を続けることを「より強く決心した」。

■誰が次の大統領になるべきでしょうか?

外国の干渉を受けずにエジプト人が直接選挙で選んだ誰かになるべき」

ニュースを知る手段は?

「主要な報道すべて」

ニュースを必要とする一般の人々にとって見るべきなのは、「アル・ジャジーラ・イングリッシュ。いや本気で」

金曜日デモに参加しますか?

はいジャーナリストとして、起きたことを世界に伝える義務があります

■ワーエル・ゴニームの印象は?

エジプトの素晴らしさを体現している人物。彼のような人が何千といるのを見てからエジプトの将来については楽観視している。彼らなら、正義と公平性の価値に基づいて自分たちの国の行く末を決めることができると思う」

エジプトを離れるつもりは?

仕事派遣される場所は色々あるだろうけれど、私の足は常にエジプトに根ざしている」

ファリーダ・アブダラー / Farida Abdallah

69歳。カイロ人。翻訳の専門大学であるアルソン大学卒業

定年まではエジプト内閣における人民議会フランス語翻訳責任者

■この16日間をまとめてみてください

彼女は抗議行動の間、ガーデン・シティの自宅にとどまっていたが、元政府職員として状況を注視していたという。

テレビで見る限り、怖かった。モロトフ博物館付近での爆破はとくに。ほとんど放火したようなもの。人間は逃げられるけど建物逃げられない

仕事はどうなっていますか?

アブダラーは退職しているので、人民議会関係職員との接触はないという。

■誰が次の大統領になるべきでしょうか?

オマールスレイマンが一定期間の代役として有力な候補だとおもう。軍での経験は国を安定化させるのに役立つはず。人柄もいい。ムバーラクは病気だし、次の指導者健康で強く、静かでなければならない」

ニュースを知る手段は?

アブダラーはアル・アハラムなどの国営メディアを好むという。

「アル・アラビーヤやアル・ジャジーラも以前は見ていたけれど、国営テレビに切り替えた。ケーブルテレビはものごとを誇張しすぎている」

金曜日デモに参加しますか?

「沈静化して人々が仕事に戻ったら、タハリール広場に行く」

■ワーエル・ゴニームの印象は?

アブダラーは彼について詳しくは知らなかった。「今の時点では、誰かをシンボル化するのはよくないとおもう。スタジオを泣きながら出たと聞いている。それは幼いと思う。ただ、インタビューを見ていないのでちゃんと判断はできない」

エジプトを離れるつもりは?

「絶対にありません。旅行はするかもしれないけれど、帰ってきます

サラー・リフキー / Sarah Rifky

29歳。作家、教師、学芸員カイロにある多くの現代美術ギャラリーの展示を手がける。

■この16日間をまとめてみてください

「うまくまとめられない」リフキーは言う。

彼女物理的にも「タハリールの人々数百万の中にいて」、仮想空間でも「#Jan25 革命ツイートの中にいた」。

仕事はどうなっていますか?

「#Jan25 以来、普段どおりのこと、やらなければならないことだけをやっている。あまり睡眠がとれず、緊張している」

■誰が次の大統領になるべきでしょうか?

フキーはこの質問を「象徴的」と評した

本当に聞くべきなのは彼女によると「どういうシステムが作られるべきだと思うかということ。その上に誰が座るかではなく」。

ニュースを知る手段は?

「複数のテレビチャンネルをみている。ほとんどすべての報道の抜粋も読んでいる。最初CNN報道を見ていたけれど、アル・ジャジーラ・アラビックとイングリッシュもみはじめ、主流メディアの状態をチェックするためにナイルテレビときどきみるようになった。ただ、ニュース市民情報源から直接受け取ることも多い。自分自身頻繁にツイートするようになった」

新聞については「アル・マスリー・アル・ヨウム、アル・ショロウク、アル・アーラムを手がかりとして読んでいる。ニュースを知るのはジャーナリストの報告、市民ブログ、そしてほとんどの場合ツイッター経由。自治体 (governorate) に電話をして報告をもらったり伝えたりもする」

金曜日デモに参加しますか?

毎日行っている。実際にその場に行くのと、情報交換をするのと両方に時間を割り振っている」。

木曜の夜、リフキーは広場で寝ることにしているといい、「寝袋を用意した。これがないと無理」

■ワーエル・ゴニームの印象は?

ニーム革命を「個人化」した

「彼は反対者として、政権の急所を突いた。感情的情報操作をする、少し父権的すぎる政権。ゴニームは人々を有機的に代表したドリームテレビに彼が出演したとき、3000万人が共感した。あれで、金曜日の街に出る人数が1000万人は増えたと思う」

エジプトを離れるつもりは?

いままでもエジプト内外を行き来している。そういうことで、いつか、政治家になったほうがいいのかもしれない。いま考えている」

ファーティー・アボウ・ハターブ / Fathyi Abou Hatab

35歳。ナイル川デルタ出身、ウェブ編集者

芸術教育タン大学で学び、現在は妻と娘とともにカイロで暮らす。

妻は妊娠中。

■この16日間をまとめてみてください

アボウ・ハターブはタハリール広場でなんどか夜を過ごしたという。

そしてその結果に驚いている。

革命が実際に起こるとは思わなかったときもある」

ハリールでの集会では「はじめて、異なる政治的背景を持つエジプト人が一緒に住み、話し、この後の人生について夢を語った」という。

その日の広場では、ムバーラク派の抗議者は「昔ながらのラクダ使いフェイスブック使い、ツイッター使いとの挟み撃ちにあっていた」。

2月2日の午後、アボウ・ハターブは自宅ちかくで襲撃を受けた。

そのとき彼は負傷した青年をちかくの病院に運ぼうとしていた。

犯人最初IDカードを見せるように要求した

そして首にかかっているIDカードを引っ張り、気道を切りつけ、黒い棒で彼を殴りつけた。

仕事はどうなっていますか?

襲撃を受けてから、ファーティーは一週間の間、あまり仕事にもどる気分になれなかったという。

仕事と抗議行動への参加とのバランスをとろうとしていた。エジプト市民として、、それをやるべきだし無視できないと思っていた。さいわい、仕事場でもニュースを伝え、知ることはできた。24時間いつでも読者に革命について伝えるようにしていた」

■誰が次の大統領になるべきでしょうか?

タハリール広場が一人の選出に合意することはできないと思う。エジプト人全員の、自由な選挙にまかせるべき」

ニュースを知る手段は?

テレビは「BBCラビック、アル・アラビーヤ、BBCワールド」。

新聞は、すべてを読むが、アル・ハヤートが好み。

金曜日デモに参加しますか?

「もちろん。いつも行っている」

■ワーエル・ゴニームの印象は?

アボウ・ハターブの見るところ、ゴニームは「すごくがんばっている」という。

「ワーエルはフェイスブックのページの管理者が現実での指導者になる瞬間を体現した。ワーエル(が指導者になる)にはま努力が必要かとも思う。そう簡単ではない。新しい経験から

エジプトを離れるつもりは?

革命が終わるまではエジプトを離れない」

2010-11-20

なぜ「暴力装置」は本来学術用語なのに失言として問題になったか

自衛隊湾岸戦争阪神大震災その他もろもろ、その暴力性(force)を行使したことがないから。

むしろ戦地に丸腰で派遣されたり、献身的に救助をしたりで、かわいそうだったり優しかったりするから。

つまり左翼過激派共産国以外はそもそも「暴力性を持っている」という文脈で自衛隊を語る事自体がないので、「暴力装置」は運動家達による敵認定用のアジ単語としてしか使われてこなかった。

2010-09-05

最近ヨーロッパ自転車泥棒事情

 

自転車といえばヨーロッパ日本でいうママチャリなんてものは存在しない。近所のコンビニに買い物に行くのにもロードバイクに乗ってヘルメットサングラスグローブを着用し男だったらレーパン履いて出かけるのが普通な国がたくさんある。

そんなお国事情なので当然自転車泥棒も多く、組織化された犯罪集団がゴロゴロいるので日本の皆さんに紹介したい。

 

最新のワイヤー錠破壊器具とその対策

鉄のワイヤー錠といえば日本で最もポピュラーな鍵だが向こうではそんなものは気休めにもならないお飾り。

ごっついベンチなんて古典的な破壊器具を使ってるのは一部の素人泥棒だけで、最近主流なのはマイクロレーザーでワイヤーを焼き切るというもの。これは1990年代湾岸戦争時にイラク兵士の足となっていた自転車を盗んで戦力ダウンを図ろうと連合国側(開発はオランダ)が採用したもので世界中に一気に広まったとされている。ベンチで数十秒かかってしまうようなワイヤーでもマイクロレーザーであれば1秒で焼き切る事ができる。

ちょっと前まではブンゼンバーナーと呼ばれるガスバーナーの一種でワイヤーを焼き切る時代もあったが、いかんせん夜中では炎が目立ってしまうためにマイクロレーザーに一気に移行した。

もちろん自転車乗り側としても黙ってはいない。可干渉性と呼ばれるレーザーの光の波面が一様に流れる性質に注目し、窒化ガリウムをワイヤー錠に使用することでマイクロレーザーを反射させる対策を図った。窒化ガリウムレーザーを反射するとそのレーザーを無害化するのではなく発射された方向に向かってマイクロ波レーザーが閃光放電管と呼ばれる現象を持つことになり、端的に言えば窃盗者に向かって鉄すらも焼き切るレーザーが反射するのである。窒化ガリウムワイヤーが普及してからイタリア国内だけで少なくとも100件近くの死亡事故が起こっている。ちなみに窒化ガリウム青色発光ダイオードにも用いられており、近年大量生産されて素材価格が下がっている事も窒化ガリウムワイヤーの普及に有利に働いた。

今後普及する核融合パルス

窒化ガリウムワイヤー錠に対抗して近年窃盗集団側で開発が進んでいるのが核融合を利用した破壊器具である。「核」というと日本人には大変敷居の高い技術のように思われるが(もちろんそれには歴史的な経緯も影響しているだろう)欧米諸国ではカジュアル一般国民日常生活で利用するものである。例えばアメリカでは夏休み高校生が家のガレージで二億度近い核融合を起こす事はさほど珍しい事ではなく日本でも度々報道されている。(参考 http://news.livedoor.com/article/detail/3170003/)

このように軍事技術転用したワイヤー破壊器具を用いる窃盗集団と、それに対抗する市民という構図がここ数十年続いているのが自転車先進国であるヨーロッパの現状である。

盗んだ自転車はどうするのか

その日のうちに解体業者によってパーツごとに分解され翌日には中古パーツ市場に並ぶのが一般的である。車のように国外に輸出せずに国内のパーツ市場によって消化されるので摘発がきわめて難しく盗難自転車発見率は0.01%程度と極めて低い。日本ではヤードと呼ばれる解体業者に流れることもあるが完成車のまま東南アジアに輸出されることも多いためにヨーロッパに比べて摘発が比較的容易とされている。

近年エコ意識健康志向の高まりを受けて日本国内でも高価なロードバイク流通量が増えており、それにともない車の窃盗で生計を立てていた外国人集団が急速に自転車市場に流れている。今後日本でもセキュリティの高い駐輪場ハイテクワイヤー錠の導入が進み窃盗集団側との激しい戦いが繰り広げられるだろう。

 

盗まれたらどうすればいいのか

ママチャリならともかくプロ窃盗集団にパーツの転売目的で盗まれた高価なロードバイクが手元に返ってくる事はほぼ無い。盗難届を出しに行く頃には既にばらばらに分解されている可能性が高いので潔く諦めるしかない。

 

「モノ」はいつかは壊れたり盗まれたり無くしたりするもの。家族との思い出が詰まった自転車を盗まれたら悔しいだろう。切ないだろう。気持ちは痛いほどわかる。(http://twitter.com/jkondo/status/22796892567) でも、モノにまつわる「思い出」は貴方が忘れない限り一生無くならない。盗まれた自転車いつまでも思いを馳せるより新しい自転車で走りだそう。新しい思い出を作ろう!

2010-03-09

長崎知事選民主敗北…協力しなかった農協に、参院選へ向け民主党幹部は「今後は予算農協を干し上げていく」と

ttp://chiraurasouko.blogspot.com/2010/03/blog-post_08.html

348 名無しさん@十周年 sage ▼ New!2010/03/08(月) 13:06:11 ID:+r9/otnG0

これが自民党なら

お前らの反応はGJの嵐だっただろうになぁ



自民党GJ日本解体させる民主を支持する団体は干しあげろ!」とか

「さすが自民党日本解体に加担する団体はつぶせ!」とか

お前らなら絶対にこう言う



392 名無しさん@十周年 sage ▼ New!2010/03/08(月) 13:09:09 ID:itkyjKBRO

»348

いや自民党でも普通に批判されるだろ。

選挙に負けたから見せしめで団体を干すなんて正気の沙汰じゃない。



409 名無しさん@十周年 sage ▼ New!2010/03/08(月) 13:09:59 ID:+r9/otnG0

»392

自民党も影で同じようなことやってたんじゃないの?

あ、逆に国費ばら撒いて票田作ってたっけ?

税金無駄遣いしすぎたからこうなったんだよね



422 名無しさん@十周年 sage ▼ New!2010/03/08(月) 13:11:03 ID:yUAMaqzy0

»409

そんな妄想言われてもね・・・

つまりお前はキチガイ民主GJって言いたいんだろ?



441 名無しさん@十周年 ▼ New!2010/03/08(月) 13:12:14 ID:IgXFpUvV0

»409

もちろんやってたよ、角栄・金丸・竹下金権政治の系譜だ




・・・・そういえばそいつらと全く同じ手法を受け継いだ政治家が居たな、

自民党にいたけど。名前なんていったかなぁ?



446 名無しさん@十周年 sage ▼ New!2010/03/08(月) 13:12:25 ID:cr6KdVP50

»409

自民は団体きりまくってたじゃないか

郵政にしても、医療関係にしても

地方公共事業減らし土建関係にしても

それを拾っていったのが民主小沢だろ



464 名無しさん@十周年 ▼ New!2010/03/08(月) 13:14:12 ID:DK9+X46Y0

»409

その無駄遣いは見つからなかったよねw



467 名無しさん@十周年 sage ▼ New!2010/03/08(月) 13:14:27 ID:9KYvjWEW0

»409

自民は飴を与えて見返りをもらう。

民主は見返りを求めて飴をもらうだね。



486 名無しさん@十周年 sage ▼ New!2010/03/08(月) 13:15:59 ID:ubWRkxqm0

»409



【問1】防衛庁の発注先を東洋貿易から山田洋行に変えた裏取引で、

自民党山田洋行をズブズブにした人は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢



【問2】自民党公明党を連立させた人は誰でしょう?

→答え:自由党時代の小沢



【問3】アメリカ盲目的に追従して湾岸戦争に金を出した人は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢



【問4】金丸にくっついて北朝鮮に大甘な約束をして増長させた人は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢



【問5】在日米軍のために、むちゃな思いやり予算を垂れ流しにした人は誰?

→答え:自民党時代の小沢



【問6】バブル時代を無策のまま放置し、超絶不景気格差社会の原因となった人は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢



【問7】好景気でも国債を刷りまくって、赤字国債依存する体制を作った人は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢



【問8】日米構造協議において、米国に430兆円の公共事業約束した 売国奴は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢

2010-01-06

ttp://nihon9999.blog77.fc2.com/blog-entry-3810.html

小沢一郎の偉業



【問1】防衛庁の発注先を東洋貿易から山田洋行に変えた裏取引で

自民党山田洋行をズブズブにした人は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢



【問2】自民党公明党を連立させた人は誰でしょう?

→答え:自由党時代の小沢



【問3】アメリカ盲目的に追従して湾岸戦争に金を出した人は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢



【問4】金丸にくっついて北朝鮮に大甘な約束をして増長させた人は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢



【問5】在日米軍のために、むちゃな思いやり予算を垂れ流しにした人は誰?

→答え:自民党時代の小沢



【問6】バブル時代を無策のまま放置し、超絶不景気格差社会の原因となった人は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢



【問7】好景気でも国債を刷りまくって、赤字国債依存する体制を作った人は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢



【問8】日米構造協議において、米国に430兆円の公共事業約束した 売国奴は誰でしょう?

→答え:自民党時代の小沢

2009-09-15

日米欧の市民の関心は雇用と所得、鳩山次期政権現実に対応出来るだろうか?

リーマン破綻から一年が経って、未曾有の金価格、不気味な円高

日米欧の関心は雇用と所得、鳩山次期政権現実に対応出来るだろうか?

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政権交代ではなく、精神の後退である

「9月15日」は“リーマン記念日”。

鳩山政権は明日発足するらしい。しかし不思議不思議、熱狂的期待感は皆無、酒井のりビー保釈と閣僚人事予測が同列のエンターテインメントになっている。この一種壮大なニヒリズムは何だろう?

本来のニヒリズムではなく、投げやり、明日のことはどうでも良い、難しいことは考えない。そんな怪しい空気日本を蔽っている。政権交代とか、個別、民主党圧勝とかの区分けは表面的すぎないか、と多くの政治分析を眺めつつ一種違和感が私の脳裏に去来する。もっとも筆者には自民党を断固支持するというメンタリティはない。

日本の「政権交代」は結果として、イデオロギーの交替でもパラダイムの交代でもなく、或る精神の後退である。戦後日本精神的混迷という極北状況の中で、導き出されたひとつの結論である。それは耐えられない日本の軽さの証明でもある。

ブッシュ・シニア湾岸戦争を主導し、国連決議を成立させてイラク空爆圧勝をもたらした。当時、アメリカ国民の人気は90%もの支持率を誇った。しかしパパ・ブッシュは再選されなかった。クリントンがいみじくも言ったように[Stupid,It’s Economy]だった。

パパ・ブッシュ選挙中にスーパーマーケットに立ち寄り、庶民の味方という政治演出を試みたが、まったく物価を知らない実態を写し出され、国民の多くが反発し、アーカンソウの馬の骨クリントン)にも票が流れた。保守革命を忘れたブッシュ保守側から挑んだロス・ペローによって共和党支持票がみごとに分割し、馬の骨漁夫の利を得た。

麻生首相漢字が読めない漫画ファンというのはご愛敬にしても庶民の物価感覚がわからなかった。自民党支持票は大量に小沢ガールズに流れた。

クリントン学生時代ロシアに招待され、夫人のヒラリーニクソン弾劾キャンペーン活動家だった。

青春時代、いわば極左にいたクリントン政権誕生し、保守不安視したが、しかし政権掌握後、クリントン夫妻が選択した政策は保守主義の濃い、中間路線だった。リベラル色濃い政策は議会が反対した。

おりからのITブームにも助けられクリントンは軽々と再選を果たした。民主党を支えたのは左派イデオロギーではなく、雇用と安定と所得の増加だった。


▲「Stupid,It’s Economy」とクリントンは言った

その政策に息切れがでたときにブッシュ・ジュニア本命ゴアを破って辛勝する。ジュニアは反テロ戦争に打って出て、やはり90%近い支持率に支えられ再選されるが、政権最後の日々は不評さくさく、ブッシュ・ジュニアの後継になる筈だったジョン・マケインイラク戦争を表面にだして巧みに中盤戦をリードしたが、リーマン・ショック直後からの経済混迷の荒波にあっけなく飲み込まれ、どこの馬の骨とも分からないオバマに敗北した。アメリカ国民が求めたのは『気分転換』だった。

共和党の敗因は経済であって、イラクでも、アフガニスタンでもなかった。アメリカ国民雇用と所得に関心があり、外交問題は二の次、三の次だった。

鳩山民主党は濃厚な左翼イデオロギーが支持されて勝ったのではない。経済である。つまり、選挙民にとって身近な問題は雇用と所得であり、失業増大、所得の目減りに対して殆ど無策と言って良かった自民党に対して体制保守、生活保守派さえ失望した。

明日はどうなろうと、空気の入れ換えを求めた結果が自民党の大敗を産んだのである。経済政策に何かを期待して、民主党を選んだのでもなければ、中国政策に共鳴して投票したのでもない。まさに「Stupid,It’s Economy」だった。

さて鳩山政権は誰が見ても、というより世界水準から言って三流の政治家である。一流に絶対になれないことは誰もが知っているが、二流にはなれる可能性がある。それは何か?

▲「政治とは右を切り、左をきって中道を歩むもの」

ヒトラー名言を吐いたと三島由紀夫は『我が友ヒトラー』のなかで、次の台詞を用いている。「政治とは右を切り、左をきって中道を歩む」ものである。民主党イデオローグは左バネが強いが、そちらに傾斜すると政権の運営は難しいだろう。

自民党改憲を謳い、靖国神社参拝を公約しながら実行せず、いやそれどころか後藤田、野中という極左を中枢に抱えて左傾化した。さらに自民党は連立相手の公明党バネに押されて政策を歪め、中道から左にぶれた。つまり自民党の無様な敗北は左傾化という誤断からだった。

同様に鳩山民主党が党内党友の左派路線にぶれると基本の方向性を歪め、再選はあり得なくなるだろう。鳩山次期首相が党内左派連合日教組、同和路線を斬る蛮勇があれば、二流の仲間入りが出来るだろう。

国民の多くは日米同盟破綻を望んでいなければ、中国への急傾斜や東アジア共同体の成立を期待してはいない。雇用が安定し、所得が回復すること、外交にはそれほどの関心がないのである。

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 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

     平成21年(2009年)9月15日(火曜日

        通巻第2712号

2009-09-13

日本記者現場にも近寄らず、安全地帯から欧米の派兵を論評するなって

あの911から八周年!

アフガン英国記者誘拐通訳助手が殺害された

日本記者現場にも近寄らず、安全地帯から欧米の派兵を論評するなって

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また風向きが変わった。

カブールからのビッグニュースが飛び込むまで、ドイツではNATO(正確には多国籍軍現場司令官がドイツ人だった)の不手際による誤断で、アフガニスタン住民七十余名を米軍機が爆撃し、死亡させたことを非難する論調が強かった。

ドイツではメルケル与党の苦戦が伝えられた(ドイツ総選挙は27日)。

醜態は現場司令官の誤断、タンクローリー二台がタリバンに乗っ取られ、その周囲を武装したタリバン百余名の兵士が取り巻いている、と僅か一人のアフガニスタン住民の情報をもとに米軍空爆要請した。交戦協定では民間人が混じっている可能性があれば、空爆は行わない。情報は複数が望ましい。

西側マスコミは一斉に非難した。

オバマ政権とて言い訳に苦労し、しかしゲーツ国防長官は「我々は撤退しない。テロリストに屈服すれば米国ばかりか西側もイスラム諸国さえもが、テロリストの軍門に屈するからだ」と言明し、NATOラムソセン事務局長も「早期撤退は考えていない」と記者会見したばかりだった。

誤爆現場には欧米ジャーナリストが飛んでいった。日本記者は誰も行かなかった(フリー記者がいるかも知れないが現時点で確認されていない)。

思い出されたい。

湾岸戦争イラク爆撃のおり、NHKアンマンから「こちら現場です」と放送しておりましたね。アンマンは隣国ヨルダン首都バクダットとは数百キロ離れていますよ。

そしてCNNは現場にいた。実況中継の映像は全世界に配信された。

毎年、戦場取材で死亡するジャーナリストは七十名から百三十名いる。

日本人フリーカメラマンミャンマーで兵士に狙撃された事件が、記憶に残る。


▲急襲作戦はマスコミに伏せられた

英国政府9月9日未明の強襲を命じた。

タリバン人質とともに潜伏した個所で、タリバン英国ジャーナリスト人質をクンデス郊外の陣地からパキスタン無法地帯タリバンの支配地域)へ移動させようとしていたからだ。

英国特殊部隊アフガニスタン兵は急襲により英国ジャーナリストを救出したが、通訳アフガニスタン人は悲惨にも犠牲となった。タリバン兵士十数名が銃撃戦で死んだ。ブラウン首相は、この作戦を承認していたとロンドンの「タイムズ」紙は伝えた。

救助された記者英国籍(アイルランドとの二重国籍)のファレル記者で、アフガニスタン通訳のムナディ(四年間、カブールでNYタイムズ記者でもあった)はファレルを助けようとして銃弾に斃れた。

拘束されたのは日曜から水曜までの四日間で、あちこちを移動させられ、トヨタカローラのおんぼろ車で泥だらけの村や穀倉地帯を目隠しをされたりした。

生き残ったファレル英国大使館に回答したところではタリバン側の扱いはよく、しかし、アフガニスタン通訳をぶん殴ったり蹴ったり「おまえらは敵だ」と容赦なかったという。

食糧はそれなりに与えられ、水も飲まされた。

二年前にイタリアジャーナリスト通訳とともに拉致されたケースでも外国人ジャーナリストだけは扱いが良かった。

救出作戦には米軍が武装ヘリを用意し、要請があれば航空機も出動を準備したが、すべては英国特殊部隊が行った(NYタイムズ、9月10日)。最高司令官のマクリスタル将軍には逐一報告がなされた。



▲有能な記者だった、と嘗ての米国人同僚たちが追悼

カルザイ大統領は「有能なアフガン通訳は残忍な方法で、敵に殺された」と強く非難し、ブラウン首相は救出を決断した英国部隊を賞賛する一方で、「遺族にはちゃんと補償をしたい」と述べた。

通訳のムナディは三十四歳の若さ、二人の男の子がいる。

かれは特待生としてドイツにも派遣され、ロンドンタイムズ契約記者でもあり、ラジオ放送を開始する直前だった。極めつきに優良な記者だったと2001年か04年にかけてNYタイムズで同僚だった多くのNYタイムズ記者らが追悼と哀惜の談話をだした(NYタイムズ、9月10日)。

クンダス地区はタジク人とパシュトンの共生地区で倉庫の地下室にはロケット砲も隠されている。

英国特殊部隊ヘリコプターは午前貳時半から作戦を開始し、付近は銃撃音と爆発で地響き、銃声が唸り、ファレル記者自身もどちらが撃っているか分からない銃撃戦の渦中で恐怖の体験をしていた。

英語が聞こえた。かれは「私は英国人質だ」と叫んだ。銃弾の嵐のなか、英国兵士に救出された。

 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

     平成21年(2009年)9月11日(金曜日)貳

        通巻第2706号 

2009-06-02

非生産的な議論は付き合うだけ無駄梅田

梅田ネタを友達に読まされた。

どうでもいいよ。

非生産的な議論は付き合うだけ無駄だと思う。投資した時間に対して得るものが最も少なくなる。

ここ数年のはてぶ、ネット界隈は特にそう。

少し触れると日本にだって見習うべき先達は幾らでもいるよ。

頓智ドットは有名だ。

BRACNet も cool だよね。原丈人日本人だぜ(漢字合ってる?)

何より、日本にこだわる事ないよ。

あなたの周りにある才能を結びつけ活用してくれる場所、自分の生まれ育った土地や養った価値観、評価を活かせる環境を探し飛び込む事だ。

まずは自分の力を養うのが第一。

そのためには世界で最もあなたの時間を有効活用してくれる環境と場所が必要だ。

日本が好きなら、自分が力を付ける過程やその後で何だって出来る。

世の中は恐ろしいスピードで変化していく。

変化を恐れず楽しむ側に回る事だ。

変化を恐れる人々に付き合ったり、変化に抵抗を示して障壁を築く人々に手伝うのは無駄でしかない。

それよりも最先端の場所を見つけ、1000 の失敗例と 1 の成功例と知恵を導く人々の群れに飛び込む方が良い。よっぽど楽しい

日本というローカルドメインに触れると、ここは寿命ビジョンも先の短い老人たちが主導権を握った変化に抗おうとする場所に思えてくる。

彼らは変化を恐れる。web を恐れる。

20年前を懐かしみ、その全盛期の復活を夢見ているかのようだ。

現実の変化に気付いても後年を見定めて戦略を切るより、自分達の寿命が尽きるまでの利益をどれだけ最大化できるかに腐心するように見える。

そんな場所に付き合う事ないよ。

ここが好きなら他で力を付けて10年後に戻ってくればいい。

日本って変わらない部分は本当に変わらないよ。

例えば政治ネットはどうだろう。

weblog という単語を CNN でよく聴くようになったのは湾岸戦争の頃だった。

クリントンを選出した大統領選予備選挙ではハワード=ディーンweb の力で旋風を巻き起こし、やがて笑い者になって消えた。

日本は?

選挙期間中に weblog更新すると公職選挙法違反だ。

(もし立候補するなら Twitterポストしちゃダメだよ!)

仮に今が80年代なら、若い世代は自分達の生きるべき場所を掴み取るために必死になるべきだ。

ゲバ棒握ってメット被ってでも、

どれだけフレーム起こして不毛な議論を交わしてでも、とことんやり合って一つしか無い場所を奪い取るといい。

でもさ、今は場所なんて幾つでもあるんだよね。奪い取るより選ぶ方が良い。

日本がイヤなら争うよりも日本を出る方が余程楽だ。

身の回り情報取得や学習環境英語圏に移すのなんて簡単だよ。

Google 使えば多くの技術書無料で読めるし、iTunesMS の大学チャンネルも使えるから学習投資も良くなるよね!

酔っぱらいながら書いていたらまとまりがなくなった。王碌うめぇ

今はそんな状況だと思うよ。

地球規模の変化&発展合戦を生き延びるために、自らがより成長できる環境最先端環境を求め続ける、、

そんな生産性能力向上を追い求めてる時間の中に、非生産的な場所に捕われているヒマはないんだよ。

非生産的ベクトルを持った議論に行き当たったらスキップする。

非生産的な場所だと思ったら環境を変える。

その方が 10年後、20年後、本当に成し遂げたいことを成せる力を得ているんじゃないかな。


日本も、日本に縛られた非生産的な言い合いも、もうお腹いっぱいです。

今後それらを見たら私は逃げ出します。

ってな話でした。


消そうと思ったけど何か書いちゃったのでポストしておく。

2009-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20090227010743

別に理想を言うのは構わないんじゃないの?

そこで麻生が出てくる理由がよく分からんけど。

自国の軍隊を持とうという考えそのものは理想論でもなんでもない。

 

米軍基地廃止のためにどんだけのハードル乗り越えなきゃならないと思ってるんだか。

 

これを言えるのはハードルを乗り越えようとしている人間のみで、

これまでの自民党政治がそうだったかと言えば、到底言い切れない。

自民党の党是には「憲法改正」があるんだけどな。

ただ、その発言(米軍いらね)をするなら、当然、憲法改正が念頭に無ければ

いけないが、小沢の場合はねじくれた国連至上主義者だからな。

というか、最近になって始まった話ではなく、湾岸戦争以前からずっとこの主張だよ、このおっさん。

若いネトウヨは知らんかもしらんけど。

 

右翼の俺としては危険極まりない人物だと思う。

小沢自分民主党すら信用してないよ。

いずれ大連立の話が出て来てる。この男は、自衛隊のままの海外派兵を目論むだろう。

2008-11-28

http://anond.hatelabo.jp/20081128111915

湾岸戦争の時大橋巨泉が「日本じゃ多国籍軍だなんて言ってるけど他の国じゃ「アメリカおよびその連合軍」って言ってるんだよ。日本で「アメリカおよびその連合軍」と書かないのは印象管理なんじゃないか」みたいなことを言っててね。

印象や定義の主導権は一次情報信者が握っていて、日本語ニュースだけ読む者にとっては日本マスコミに前提を決められてしまっているんじゃないかな、と。その固定観念から抜け出すためには外信を読むことが手っ取り早い。

2008-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20081113165338

タメ年増田です。


ノストラダムスを間に受けてる人は、結構いたよね。俺は斜に構えてたけど。

あとソ連云々は、もう物心ついて、ある程度ニュースの言ってることも分かる様になった頃には

既にゴルバチョフが登場してて、ペレストロイカグラスノスチを始めていて

冷戦構造は確かにそこにあったけど、軍縮交渉(STARTだかSALTだか)も始まったりして

割と楽観的に世界を見てたけどなぁ。ソ連が敵として登場するスパイ物や仮想戦記物物語として楽しみながら。

キューバ危機を直接知ってる世代じゃないしね。あの時はきっと皆ビビってたんだろうけど。


んで湾岸戦争中学のときだったかなぁ。あのときは単純にイラクが悪!アメリカが善!と思ってたかも。

そして多国籍軍組織されたことに、なんか希望を持った。あぁ世界は悪に対して団結できるんだ、みたいな。

おめでたいよねぇ…

2008-09-16

戦場心の傷 NHKスペシャル   

ちょうど渡辺靖の『アメリカンセンター』を読了したので、アメリカ関連ということで観た。

イラク戦争派遣された兵士たちが帰還後PTSDに苦しみながら暮らす生活を追う二夜連続ドキュメンタリー

泥沼化したベトナム戦争は、最終的にソ連崩壊というアメリカ側の勝利と見なす(にはあまりに重い代償は多いが)決着は、現在アメリカアメリカたらしめるエクスキューズを与えてしまったという点において、未だ良策に導けない他の先進国責任はあまりある。

過ちを犯しても、「あのときは、そうするしかなかった。」「どうしようもなかった。」と自らの否を認めつつも根底では自分も被害者なのだという居直りタイプ人間でもないかぎり兵士には向かない。

約2億五千万もかけ、イラクを模したハリウッドテーマパークさながらの最新型の訓練場で、どれだけ訓練を積んだとしても、現実はそれを軽く飛び越えてしまっていることを、その場で兵士は知ることは出来ない。命令への絶対服従と規律をたたき込まれても、戦場においてのみ有効であるならば、それは集団ヒステリーと何ら変わりはない。

 

 彼らの多くが帰還した後の生活は、アメリカ社会を揺るがしかねない危険因子としてそこにある。

勿論、彼らがそれを望んでいるのではない。彼らが人間らしくあればあるほど、心の傷は深く普通の暮らしが困難になってしまうのだ。

 ベトナム戦争以後、徴兵制が立ちゆかなくなったアメリカでは、大学進学の奨学金や中産階層に届くか届かないかの収入を餌に、低所得者釣り上げるため1973年に志願制に変える。

誰しも生きていかなければならない。暮らしていかなくてはならない。明日のパンを得るために、また国家のために尽くす、自分は正しいことをするという後押しもあり、若者たちは入隊する。ベトナム帰還兵の二人に一人は、その後の人生に何らかの精神トラブルを抱えたとされている。イラク戦争はまだ終結していないが、既に5年が経ち一向に良い結果には到らず問題が積み重なるばかりだ。

科学進歩により機械化された最初の戦争であった第一次世界大戦以後、「兵士の心の問題研究されている。アメリカ現在進行形でさらに強い兵士の育成のため研究を重ね実行に移し続けている。攻撃は最大の防御と信じて疑わない姿勢は、国家安全保障上、戦略上選択せざるを得ないとしているが、果たして本当にそうなのだろうか。

 二夜目は、「ママイラクへ行った」というタイトルとともにイラク戦争派遣された母親たちの生活を追う。

現在までにイラク派遣された兵士のうち女性は一万人でそのうち三分の一が母親であるという。戦場で人を殺した自分が良い母親になれるのかという悩みを持ちながら子育てをしている。

 軍隊ジェンダーレス世界となるのは、フェミのひとたちには喜ばしいかもしれないが、湾岸戦争ではベトナム戦争時二%以下だった女性兵士の割合が、十一%となり戦場にも送り込んだ。さらにイラク戦争では後方支援に限定されていた任務が事実上、戦闘地域へも拡大した。帰還後、PTSDに苦しむ人は多い。今以て好転しない戦局は、人員不足を補うため州兵も派遣する。ある州兵の女性は入隊して半年でイラク派遣された。たった半年の訓練で戦場へ送るとは旧日本軍なみの愚かさだ。

 数日前に、共和党ペイリン氏が「ブッシュドクトリン」について言及された際、口ごもったシーンは、ホッケーママには半径3メートル現実しか関心がないということを露呈させてしまった。いい加減イラク戦争も終わるだろうか。

 アメリカ兵の死者は4千人を超えた。イラク人の死者は少なくとも15万に上るとみられてる。日本では戦後ただの一人も戦争で命をおとしていない。しばしば国際世論では、金しか出さないと誹られ続けても、わたしたちはその金を汗水流して拠出しているのだ。湧き出る金などない。

国家は個人の幸福を希求しないというどうしようもない現実にやりきれない。甘ったるい感傷を持つ自分を蔑む。

2008-09-13

人類の戦いの歴史は、「いかに敵から離れた安全なところから、敵を倒せるか」を追求したものだ。

動物たちは争う時に咬みつき、角や体をぶつけ合う。多分人間サルだった頃もそうだったろう。

人類は石を投げ、弓矢を開発し、大砲、銃を生み出した。

飛行機で上空から爆弾を落とし、海上の船からミサイルで敵の基地を攻撃する。

ミサイル地球の裏側でも攻撃できるようになった。

湾岸戦争で、アパッチヘリが赤外線レーダーで兵士を狙い撃ちにする映像を見て

殺人テレビゲームのようになった」とか言われていたが、これは上の考えを実行しているに過ぎない。

戦いはスポーツではない。相手と同じ土俵に乗る必要などないのだ。

審判もいないし、相手は死ぬからクレームも来ない。

映画レイダース」でインディジョーンズが、刀を持って立ちはだかる敵に対して

戦うのかと思いきや、ピストル一発で倒した場面を見て思った。

2008-07-19

http://anond.hatelabo.jp/20080719184615

日韓併合時に還暦で、その後40年も生きるってのがすごいな。

そして、黒船騒ぎで始まり、講和問題で終わる人生ってのも何か象徴的。


でも、やはりナナロク世代の俺がこれまでの30年を振り返っても、ここまでの激動はない。

強いて政治を挙げれば、一番の思い出は昭和天皇崩御だな。

天安門事件ベルリンの壁崩壊、ソ連崩壊なんかは「何か外国人が騒いでるな」くらいの認識だった。

後は順不同で、湾岸戦争新党ブーム、マドンナブーム、連立政権有事法制、米兵レイプ事件、戦後50年、オウム事件、サカキバラと少年法歴史問題、9・11対テロ戦争…くらいか。

あと、内政・外交両面にわたって、小泉政権のことは忘れられないだろうな。

2008-06-20

1984年生まれの見た世界

幼稚園年長(1990年度)

記憶にある時事ニュースで最も古いものは幼稚園児代。

先生砂場で遊んでる自分たちに向かって

「海の向こうでは今『せんそう』(湾岸戦争)が起こってます。

なんで人は殺し合うんでしょうね・・・」

というようなことを言ったのがそれで、その時はとにかく

「遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるんだ・・・。」

くらいにしか感じなかった。

あの先生がそうつぶやいた日の空は澄み渡ったきれいな青空で、

平和そのものの天気」と「遠くにあるおそろしいもの」がひどく対照的で違和感を感じた。


小学校低学年(1991-1992年度)

父はある日「すごいお土産だぞ」と、

灰色でかわいくて格好いい形をした機械を持ってきた。

パイロットウイングス

あの頃、飛行機を巧く操縦できる奴は神だと思った。

機体を傾け、緑の輪をくぐる。静かな着地。

教官のきつい言葉に、甘やかされていた俺はたじろいだ。

当然ながら一緒に買ったマリオばかりプレイしていた。


少し経ち、マリオカートぷよぷよを持った友達の家に皆が遊びに行くようになる。

スト2はみんな持ってた。↓R↑LYBXA。

子供らしく野球だの公園遊具だので遊ぶこともあったが、

おれらはもっぱら「ファミコン」。

プールや川で波動拳ソニックブームしたり春麗で興奮したり。

もう、昔何やってたなんてそのくらいしか思い出せない。

信号機を自在に操れる熊の親父とか。


小学校中学年(1993-1994年度)

クラスで元気のいい女子が「スナックがかっこいい」だの同級生を

ヤマタク」なんて略して呼んだりするのが流行ってた頃、

テレビでは米不足米不足うるさかった。

小3か小4の頃。そーりだいじんは

「名前の読みにくい徳川家康の子孫」や「眉毛ぼーぼーの爺さん」で、

なんとなく面白く感じていた気がする。

暗闇の中、ベッドから飛び起きて「何事か」と

あわてふためいてる映像ばかりテレビに映っていた頃、

向こうから一時的に「疎開」のような形で来た転校生

関西弁ペラペラ」なだけで人気者だった。


この頃の記憶は割とある。

バブルが・・・」「バブルのせいで・・・」と大人がよく言っていた。

バブルというのは何か「イベント」か「夢」か、

なんか今苦しんでる(ように大人が見える)原因のようなものなのかなあ、

漠然とした理解しかなかった。

バブルなんかよりも目先のジーンダイバーとか恐竜惑星の方が重要だった。

フルハウスとかアルフの方が大切だった。

横取り40万とか嘘つき四択とかヤングチームとかNGワードとかの方が

小学校中学年の俺らにとっては刺激的だった。


小6(1996年度)

自分で自分を褒めたいアトランタオリンピックはよくわからんまま終わった。

男子は全員ポケモン。「ミュウの出し方分かった・・・!!!」と、

どこかで聞いた情報を興奮気味に話す奴とか。

そんなものに皆が夢中の中、クラスの「最先端野郎」は

ペラペラキャラがラップするゲームをやっていてすごくおしゃれに見えた。

6年時、その「機械」を持っていること自体がある種のステータスだった。

田舎だったから特に。


余談だが、「1984年度」生まれは1991年=小1、1992年=小2、

と一の位が学年なので西暦を言われると何年生だったかがすぐ分かって便利。


中1(1997年度)

そして俺たちは人生の中で最もださく恥ずかしい時代を迎えた。

例のあれの時は「赤い実はじけた」中1だったが

「あんたと年が近いのにあんな残酷なことするなんてねえ・・・怖い時代だねえ」

なんてよく大人から言われた。一方おれらは、

ナイフで生きた屍を切り裂いたり脳天をショットガンで撃ち抜くことに夢中だった。

気が付けばクラス男子のほとんどがあの「うすっぺらでCDを入れて遊ぶ機械」を持っていた。

一時期、どこでも買えなくてイライラしていた。

中1の冬は原田笑顔にしびれた。彼らは本当に格好良かった。


中2(1998年度)

ドラエモン」が流行した。

一番強かった奴(モンスター系統図の完全な情報を持っている奴)は

「あいつんち、『インターネット』ができるらしいね」

と言われていて羨ましかった。学校では出来なかった。

ていうか誰もパソコンなんて持ってなかった。

グレイとかラルクとか、「なんとなく格好いい」ものが増えてきた。


中3(1999年度)

あの日までカウントダウンしておびえていた。

結局あの日(月)はなにもなかった。

地域振興券使わしてくれ使わしてくれとずっと言っていた。

卒業間近、学校で「インターネットPC)」の学習をするための教室が出来た。

OSは2000Proでメモリ256MB。

家のボロパソがメモリ64MBだったからか「超」最先端に感じた。

数回しかなった情報の授業中、

好きなバンドを検索すると掲示板のようなものが結果の上位に出てきたのでクリックした。

口汚く罵倒されていて身が震えて泣きそうになった。

ハンドルネームを誰もいれていないのが非常に不気味だった。


・・・社会的経済的な用語とはいえ、

ここまでの人生を「失われた10年」なんて言われた。

俺たちは何かを得たし、間違いなく楽しく生きていた。


高1(2000年度)

ミレニアムミレニアムうるさくなった。

高校は、全教室にネットの使えるパソコンが設置された。

部活が楽しすぎてゲームはほとんどやらなくなった。

進化を遂げた機械」は発売日に買ったが大学2年まで

ファンタビジョンしか持ってなかったのはいい思い出だ。

DVDプレイヤー代わりだったもん。


ミレニアムだの新世紀だので盛り上がっていたころからだ。

どこに行ってもカチカチやってる奴が増えたのは。

最初、ちらほらと増えていく「カチカチ病」に違和感を持っていたが

自分が感染するのに時間は掛からなかった。

田舎なのに、7??8割は所持していた様に思う。

auじゃないやつが心底羨ましかった。

小遣いが多かったのか料金親持ちだったのか知らんが、

docomoってだけで「裕福な家庭死ね」なんて思ったものだ。



高2(2001年度)

音楽家のような髪型のおっさんが総理大臣になっていて笑えた。

高2の運動会前日。遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるようだった。

開会式でも全くふれなかったのが今思うと印象的だった。


CDを小さいデータに変換してパソコンにたくさん詰めこんで、

それをMDプレイヤーより小さい機械にたくさん詰めこめる」

ということを説明するのは当時、骨が折れた(今もあまり変わってない気がするが・・・w)。

マッキントッシュを作っている会社が白色でかわいくて格好いい形をした機械を世に出した。

全く流行らなかったし、説明しても誰も興味を持ってくれなかった。

MDの方が格好いい」「“えむぴーさん”だっけ?オタクくさいね」

なんて言われたり。俺は流行らないと思った。

パソコン音楽を取り込む」こと自体が一般人にとって非常に抵抗のある行為だという感覚は理解出来たから。



高3(2002年度)

W杯休み時間の談話室(テレビがある部屋)の盛り上がりがすごかった。

高校卒業してからゆとりだのなんだの言われ始めた。

その頃「ゆとり」という言葉は非常に美しく感じられた。

複素数を知らないこどもたち」


大1-大3(2003-2005年度)

大学文系学部だったが

常時接続が安く使える時代突入」+「工学部情報系学科の知人との出会い」で、

高校リア充だった自分が一気に地に落ちることとなった。

その知人は「本名出して私生活を晒しまくる」ウェブサービスを教えてくれた。

本名顔写真・所属している(していた)集団と私生活全部暴露。

変態か?」これが最初見たときの素直な感想

今でこそ「知人以外には非公開」が多いけど、

当時はとにかく誰も彼も晒しまくり。俺は使うのに気が引けた。

携帯さえあれば、とりあえずコミュニケーションには事欠かない。


そのころ「文中にやたらと下線が引いてあるブログ

を目にすることが多いのに気付いた(それまで気付いてなかっただけかもしれんが)。

シンプルで、どことなくおしゃれなデザインだが書いている内容は気持ち悪いものが多い気がした。

冴えない青年は綺麗な女性を助けて本になって皆に読まれた。

その頃大学内で「それっぽい」奴は「萌えってどういう意味?w」だの

「お前の時代来たぞw」とかからかわれていた。

そして街に、キャンパス内に、増えていく白い機械

ホリエモンだの球団再編だの買収だのヒルズだのセレブだの勝ち組だの負け組だの格差だの、

なんとなくカオス

いつの間に「無職」の状態を「ニートやってるんでw」なんて明るく言えるようになったんだろうか。


大4(2006年度)

就活は、売り手市場なんて実感はなかったが内定先は大手メーカー

ブラックを避ける」という消去法で選んだ。



社1(2007年度)

街はパカパカ開け閉めする機械であふれた。

家ではリモコンで遊ぶ奴が急増。

ファミ通の売上チャートを見て(10年前から毎週見てるが)頭がくらくらした。

他はサブプライムローンがどうこう、原油高がどうこう、環境が、民主党が、

安倍さんが、携帯小説が、もう、断片。

・・・食品会社に行った知人はえらくストレスを抱えている様子だった。


社2(2008年度)

最近中国あたりが色んな意味でアツイ。

相変わらずの原油高は鬱陶しい。台湾もなんか変。

そう言えばちょっと前は、遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こっていたようだ。

傍観していた人がその動画を撮ってアップしたりそれが罵倒されたり。派遣がどうこう。


さいごに

俺はこんな感じだが、他の俺「たち」はどうか知らない。

俺は約150万人いる「1984年生まれ」の中の一人に過ぎない。

高校携帯を持ち、家ではPCを夜11時からネット繋ぎ

大学ではADSLになってブログだのmixiだのでどうでもいい自分語りをしていた人間だ。

そして今は匿名ブログはまっている

それだけだ。

2008-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20080617045350

現代において国家戦争ってのは起きないだろうなぁ。

国連だけではなく、近隣国や経済的な大国(アメリカロシア中国・EU)が積極的に干渉してくるしね。それこそ、19??20世紀前半の帝国国家時代では、自国の領土拡大が自国を守ることにつながるという共通認識があったために、ちょっとでも互いの領土拡大行動が干渉しあえば即戦争状態という状況だったわけだが。

現在では、戦争をしても誰も得をしないということがわかってしまっているので、戦争は無いよね。湾岸戦争とかいうのがあったけど、あれは戦争というよりは暴力イジメだし。アフリカでの内紛は、イジメに耐えられなくなった弱者がキレて暴力沙汰になってしまった感じだし。


それよか、「芸術人類の至宝」って考えのほうが気になるんだけどね。

何を指して芸術って言っているのかな?

誰か偉い人が「これはスゴイ!」って言ったものを指して芸術って言っているの?

美術館が所蔵しているものを芸術と言っているの?

作品を作った本人が、芸術だと言った物を指しているの?

ねぇ、なんなの?

2007-07-03

昭和趣味

ぐんくつの匂いのする物がアレルギー的に叩かれた時代は湾岸戦争あたりで終わったと思ってたのだがw

こういうのは戦中に野球から英語を撤廃させた連中と同じメンタリティーだよな。

そういう意味では、戦前戦後を通じて「昭和」というユニークな時代が存在していたのだなあ、と思う。

anond:20070703093307

2006-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20061117022534

「なぜ正しい言葉を入力しているのに変換されないのだろう、このIMEは壊れているんじゃないだろうか?」

「なぜ正しい言葉を入力しているのに変換されないのだろう、このIMEは壊れているんじゃないだろうか?」

皿万田(←なぜか変換できない

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鮫!鮫!鮫!(←なぜか変換できる)

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斑鳩(←なぜか変換できる)

紫煙龍(←なぜか変換できてない)

奇々怪々(←なぜか変換できてない)

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