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はてなキーワード: 復興とは

2017-03-19

Tokyo

東京といえば真っ先に浮かんでくるのは、むかし住んでいた山手線内側のアパートマンションという名前だったが4階建てのそれはその前後に住んだアパートと何ら変わりなかった)の管理人をやってたばあさんだ。管理人と言いながらたぶんそのマンションを立てたのはばあさんで、つまり東京土着の地主だ。だが、ばあさんからはそんな裕福な雰囲気は一切漂ってこなかった。土建関係仕事一家でやっていたからそこそこ儲け話もあったと思うのだが、それ以上に出来の悪い孫達の持ち出しが多いようだった。

このばあさん、戦後復興期に男どもに混じって現場叩き上げてきた強者で、30年前の当時でさえ、真っ昼間からもろ肌脱いで船に入れたセメントを捏ねている豪の者だった。垂乳根が丸見えでも気にしないで、通りがかりの私に「おう!」とか声をかけてくる。こっちはビビってしまって声も出ない。

その近所の魚屋で、よく100円のアジのひらきを買った。その魚屋、その周辺の高級住宅の御用聞きで経営を立てていて、別に100円の干物など売る必要はなかった。一心太助のように「今日タイのいいのが入ったからお持ちしましたよ」みたいに訪問してはその場で「お造りしましょう」と包丁さばきを見せる。そういう仕事なのに、律儀に店の前でアジのひらきを干していた。私はその100円のアジ以外買ったことはなかったが、よく「これもってきなよ」と、それ以上に高級なオマケを付けてくれた。

秋に早朝の公園に行くと、銀杏を拾いに来ている人を見た。毎年来るのだそうだ。古木となった銀杏の木と同じくらいむしから、ずっとその公園には銀杏を拾う人がやってくる。

私にとって東京とはそういうところだ。おしゃれな街でも夢が詰まった街でもない。土着の人々がむかしからの暮らしを立てている場所だ。そこに通りすがりとして、私のようなよそ者が数年とか10年とか、あるいは数十年とか一生とか滞在する。その通りすがりが、いつかは東京の一部になるのだろう。

そうやって街は続いていく。


http://anond.hatelabo.jp/20170319001055

2017-03-13

安倍自民党また心無い暴言 今村復興大臣故郷を捨てるのは簡単!」

・・・簡単じゃないと思いますよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170312190945

深川下町あたりの戦前観光名所歴史遺産震災・戦災で壊滅した上に、当時の人々が「復旧よりも復興」を掲げたため、古老の記憶がその命とともに消え去る前に、元に戻すことができなかった。


歴史的建造物遺産は、災害消失したらそれで終わり、ではない。


ワルシャワ歴史的町並みのように、ナチスに完膚無きまで消滅させられたけれども、戦後、そっくり復元果たして世界遺産にまで登録された例もある。

戦後70年、ようやく「復興」より「復旧」の方が大切(子孫が自らの歴史的アイデンティとなる拠り所がないことがどれほど深刻なことか)と気づいてくれた人がいるのは嬉しいが、いかんせん、あまりに遅すぎた。


同じくナチス廃墟にさせられたアムステルダムのように、「復旧よりも復興」を選択するのなら、そこに住んでいる住民が誇れるような町並みと建築を整える戦略もありだったが、東京はそれすらしなかった。まぁこれは石川栄耀の思想についていけなかった安井誠一郎の頑迷さによるところが大きい(GHQは巷間に言われるほど冷淡ではなかったと思われるけどね。)

今の東北も「復興」を掲げているけど、のっぺらぼうの住宅地に巨大な津波堤防が子孫のアイデンティにどれほどの傷を残すのか、気づくのにあと50年はかかるだろうね。

都市計画、本当に大切よ。とりあえず地元土木事業者政府の金で潤えばいいや、という考え方は100年かけて故郷を蝕むから

まぁ世界中どこも、こういう失敗を経て成長するけど、この手の精神的成長には石造りの街主体ヨーロッパですら数世紀のスパンがかかってるから日本のようなかつて木造主体の街だと仕方ない部分もあると思う。でもいま、ここで精神的成長しないと本当に近い将来、やばいことになるから

2017-03-12

復興問題汚染問題

3月11日という日関連で、テレビTwitter東日本大震災がらみの話題が多いけど、

個人的には被災地復興放射能汚染問題を一緒に考えるのはどうなのかなと思ってる。

ただの震災だけだったら両手を挙げて復興応援したい。

しかし、放射能が絡んでくると話は変わってくる。

復興よりも土地を離れることを勧めたいと思う。

震災津波だけでも大変なのに、次は放射能による健康被害まで背負うのは

まりにも酷というものだ。

国の「安全だ!コントロール出来てる!」と言う言葉に惑わされないで欲しい。

過去ミドリ十字トクホやらかしているんだから

 

あと、気になったのが、Twitterで「福島のものは他の地域に比べて放射線量をしっかり

検査しているか安全ですよ!」と言っているもの

残念ながら、全部のものがそうとは限らないです。

市場に出回っているものですら検出されているようです。

「べぐれでねが」というサイトで有志の方がいろんな製品(持ち込みもあり)を

検査なさってますが、正直、ここまで汚染されているのかと驚きます

もちろん、福島宮城農作物からも検出されています

けれど、されていないものだってあります

そういう現実を見ると先の「福島のものは他の地域に比べて放射線量をしっかり

検査しているか安全ですよ!」と言い切ってしまうのはどうかと思います

それなら、どうして汚染されているもの市場に出回っているのでしょう…。

検出結果を見た上で、買う買わないを個人的に決定するのがいいんじゃないかと思います

少なくとも、検出されたものは買いたくないですね。

家族にがん患者を抱えているので、食の安全については敏感になってしまうので。

2017-03-11

さよならAC

2011年3月11日、未曾有の大災害東日本を襲った。影響は各方面に及んだ。福島原発は爆発し、首都圏を含む広域な交通網は打撃を受けた。多くの人が亡くなり、多くの人が家をなくした。

この震災を受けて、企業各社はCM放送自粛した。震災時のCM放送が法によって規制されている訳ではなかったが、CM放映による非難企業自主的に避けようとしたのである。代わりに、テレビ局人畜無害ACCMを流した。 繰り返されるCMにより、ACは一躍その名を高めていった。

震災から一週間が経った。震災による犠牲者は一万人に迫ろうとしていた。テレビでは未だACCMばかりが流されていた。企業としてはそろそろ通常のCM放送したい気持ちだったが、もし自分会社けがそうすることによって「不謹慎だ!」と言われてしまってはたまったものではない。ネットではとあるACパロディ動画があげられていた。それは冷静に見れば面白くもなんともないものだったが、きっと他に見るものもなかったのだろう、驚くべき再生回数を記録した。その人気にあやかろうとしたのだろう、次々とACCM関連の動画アップロードされた。大の大人が「ポポポポーン」と叫ぶという、滑稽とも見苦しいとも取れる動画群であったが、人々はそれを不謹慎とは受け取らなかった。

二週間が経った。各国から支援が続々と寄せられていた。人々は(被災していなかった地域を含む人々は)それを見て「A国は素晴らしい」だの「K国はやっぱりクソ」だの言っていた。その頃、国会ではある法案が審議にかけられていた。アンチコマーシャルメッセージ法案通称AC法案である。この法律では、震災復興を達成したという判断政府が下すまで、企業テレビCM放送禁止規定していた。何故こんな法律が審議されることになったのかはよく分らない。しかイメージダウンを恐れて企業法案に反対できなかったし、当然のことながら猛反対の立場をとるテレビ局各社は盛んにこの法律弊害を訴えたが、震災報道ヘリコプターを使って被災者迷惑をかけたり、衝撃的な映像をまくし立てるように放送し続けたりしたテレビ局視聴者は既に愛想を尽かしていた。結局AC法案は難なく両院を通過し、テレビで映るCMACのものだけになった。

一ヶ月が経った。とある実業家による億単位義援金や、さるスポーツ選手によるツアーの賞金全額寄付宣言世間では話題になっていた。テレビ局スポンサーに働きかけるのに必死だった。自社のCM放送されないのに企業お金を出すなんてことはおかし論理だったが、それを認めたらテレビ局は立ち行かなくなってしまう。結局、「番組内で可能な限りスポンサー商品を紹介する」ということに決まった。出演者スポンサー企業ロゴ付きの服を着ることが常識になったし、番組の中でそれまでの流れとは関係なく唐突商品の紹介が始まることになった。それでもスポンサーから今まで通りの料金を徴収することは叶わず、経費削減の為にギャラの高い大物芸能人は締め出され、金のかからない素人芸人の起用が急速に高まっていった。ネットではAC関連動画の盛り上がりが、最高潮に達していた。

三ヶ月が経った。全く前例のなかった計画停電が行われ、都心優遇ぶりに一部の人々は憤慨していた。結局テレビは何とか放送を続けられていたものの、以前との差は歴然としていた。番組の内容もそうだが、間々に挟まれCMが全てACの為、テレビ自体一種カルト宗教的色彩を帯びていたのであるAC側もCMバリエーションを増やしはしたが、それも焼け石に水と言える程度のものだった。もはや国民ACの名を知らぬものなどいないという有様だったが、多くの国民は良い感情を持っていなかった。余りにもCMが繰り返された為、段々ネットACパロディにする人も減ってきた。

半年が経った。さる地方テレビ局が、番組内で東北地方のお米をセシウム米と表示したことが大変な物議を醸した。ただてさえスポンサーからの金が期待できなくなっているのに、その上この不祥事ではもはやなす術がなかった。結果、番組のみならずテレビ局までもが潰れた。テレビ局が潰れるなんてことは前代未聞だった。この事件の後極度にテレビ局各社は不祥事を恐れるようになり、人々の反感を買いそうな発言ますます避けるようになった。ネットでは、(直接的な関わりはなかったものの)ついにACは局を殺したと言われた。

一年が経った。大震災の模様が改めて各メディアに取り上げられた。問題は未だ山積みであったし、それとごろか原発を中心とした被害は更に拡大していったが、人々はというと大震災のものより、原発は推進すべきだとか廃止すべきだとか、与党を変えるべきだとか変えないべきだとか、そういった話題に興味を持っているらしかった。AC以外のCMが消え失せてしまったことも、もはや当たり前のこととして受け止められつつあり、誰かが思い出したようにACネタにした動画を作るだけだった。

二年が経った。被災者を除くと、人々は既に震災に関する興味を失っていた。時代は変わった。震災後急速に衰えていったテレビに代わってインターネットが主要なメディアと見なされるようになった。人々はテレビを見なくなり、テレビACCMしかやらないことなんてもう誰も気にしていなかった。企業は力を失ったテレビに代わってインターネット上での広告に力を入れるようになった。ユーザーの好みにピンポイントで合わせた商品宣伝から、見るだけでお金が貰える斬新な広告までもが生まれた。それはかつてのテレビCM以上に多彩で、ユニークで、興味深いものだった。テレビなんてものパソコンが使えない情弱だけ見てればいい。そんな声が強くなっていった。

 五年が経った。この年大震災テーマにした映画が公開された。それは大変な好評を博し、歴史に残る名作とまでも言われた。しかし、人々は未だ故郷に戻れぬ仮設住宅暮らしを強いられている被災者がいることを知らなかったし、被災地寄付することなんて思いもよらなかった。震災は感動という名のビジネスの道具となっていた。同じ年、政府によりAC法案の解除が発表された。瀕死テレビ業界はこの宣告に狂喜したが、すぐに期待は裏切られた。なぜなら、AC法はこれより四年後、2020年東京オリンピックの開催と共に解除だということが知らされたからだ。明らかに、国が立ち直ったことを国内外アピールするための政府戦略だった。このころになると、テレビは見てはいけないものとさえ思われるようになり、まだあどけない子どもたちが何かの拍子にテレビを見て、「ポポポポーン」なんて言った日には親から叱られる始末だった。

 震災から九年が経った。遂にテレビCMが復活する時が来たのである。既にテレビは最盛期を思えば哀れになる程衰退しており、CMを復活させたところでかつての威光を取り戻すことが不可能なことは誰の目にも明らかだった。各局はなんとかスポンサーを見つけようとしたが、もはやあえてテレビで自社のCM放送しようと考える企業はいなかった。「もうこの業界は終わりだ」最後希望を打ち砕かれた業界関係者たちは嘆いた。

 そしてその日がやってきた。オリンピックの開催とともに、首相によって震災から復興が全世界に高らかに宣言された。AC法も解除された。人々は56年ぶりの首都でのオリンピック熱狂した。散々興味がないと言っていた人までも試合の経過を見守ったり、見たことのない程人で溢れかえる東京に驚いていたりした。オリンピックは、成功裏に終わった。

 その一方で避難者は七万を下らなかった。福島出身の子供に対する苛めも収まらなかった。東北地方の食に対する信頼も回復しなかった。原発放置されたままだった。しかし、そんなことに心を痛める人はもういなかった。人々は震災被害なんてものは遥か昔に回復したものだと思っていたのだ。

 それから人々が震災のことを忘れるのに時間はかからなかった。いや、震災のことだけじゃない。この九年間で人々はテレビを忘れた。テレビだけじゃない。テレビで嫌というほど繰り返されていたACのCM―かつてはネタにして面白がった、それから先は忌み嫌うものとして見なしたCM。特異な状況であれほど繰り返し放映され、国民全員がこの先忘れることはないだろうとさえ思ったCM。そのCMのことすらも、震災に関する全ての記憶とともに、忘れていたのだ。

3.11に思うこと

阪神大震災ときってさ、6年たった2001年には、もう神戸のこと被災地とか復興かいってなかったと思ってたんだけど。

いまは6年たっても「被災地」「復興」のオンパレードでなんかむなしくなっちゃうのよね。

復興していて被災地と呼ぶにふさわしくない東北場所もあるだろ。

毎年この時期になると東北のために募金しろとか騒がれるが…

今日3.11から6年らしい…

あのさぁ…これから20年以上も復興特別税として庶民からも無理やり所得税増税されて強制募金されてるんだがそれで十分だろ。 

労働者募金しなくていいよ、募金する必要のあるやつは働いていないやつと生活に余裕のあるやつだけだ

労働者自分生活犠牲にしてまで募金をする必要はない。

ほんと変なところで日本キリスト教的な考えが広まりつつある。

募金というのはね、本来生活に余裕があるヤツがするもんなの。

というか昔っから津波犠牲者出ている地域にまた移住するのが理解できない…人はまた過ちを繰り返すのか。将来の子どもたちのためにも津波被害にあったところにはもう戻るなと言いたいね

堤防なんて無駄ハコモノもいいところ、沿岸に住まなきゃ必要ないよあんなもん。金と時間無駄。儲かるのは大手ゼネコンだよ。

今年で6年経った

http://anond.hatelabo.jp/20110602193012

この増田から6年か。

 

福島は未だに復興されてなくてもはや避難先に根付いてしまった人たちもいるらしい

震災直後では火の海になった気仙沼話題になったけど、こっちのほうは復興したのかな

って、調べてみたらインフラは概ね治ってきたみたいだけど産業震災前の60%程度しか復興していないみたい

http://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/608418.pdf

まああんだけの被害があったらそうそう治らないよね

 

原発の方は、東芝原発LNGに大博打を張って結局半導体産業日本から手放すという大失態をしたのが印象的だった

世界では再生可能エネルギーが続々とグリッドパリティを達成しているのに何たる惨状

しかネット社会ではこの状態になっても未だに「反原発放射脳疑似科学的」とか「再生可能エネルギーは役に立たない」とか悪評が目立つ

思うに最初反原発が今のしばき隊の連中に見つかって変な色がついたのが悪かったんだろうな

あれさえなければもっと受け入れられた選択肢だと思ったんだけど

2017-03-10

原発近くの街へ帰還が進まないニュースを見て思うこと

当方福島建築復興関係やってる人間除染じゃないよ。地元の人とかともよく話すので、3.11前に少し思ったことを書いとく。

原発近くの浪江町の帰還が進まないっていうニュースがちらほらでてるけど、戻らない理由放射能の他に3つあるかなと思ってる。

1.生活用品が揃えにくい

実際は戻っていいと思ってる人も結構いる。慣れ親しんだ町なので、戻りたい気持ちはあるんだろうと思う。

ただ、生活がとんでもなくしづらい。

浪江町でいえば、現状コンビニが二件あるけれどどちらも夕方には閉まってしまう。スーパーに関しては、車で片道50分ぐらいかかる。一部、復興商店街みたいなのはあるがそれだけじゃ不十分な感じ。

そんな不便さを感じて、帰還がためらってる人が結構いる。薬局飲食店ホームセンター等々生活必要ものが買いにくい。

2.避難先で生活基盤ができてしまった

地震が起きた3.11からもう長い年月がたち、最初一時的避難先の予定だった場所も、そこでの生活仕事コミュニティ確立されてしまいわざわざ戻る要素がなくなってしまった。

ましてや、1の不便さが強いられるような状況なら戻る必要はないよねーって話。

3. 仕事がない

仮に戻ったとしても、仕事先が皆無。除染復興関係でもやればいいじゃん?

って話はナンセンスから置いておく。被曝したくないのは誰もが思ってることだろうからね。

1でも言ったように、まだお店もなく、また会社も戻ってくるか怪しいので働く先がない。生活するお金が生み出せないならそこで住めない。

帰還を本気で考えるなら

もし、本格的に帰還を促すなら、せめて国道6号線沿いにスーパー薬局ホームセンター、一通りの病院等を誘致するのと税金を安くするなりして会社も戻さなきゃダメなのかなーと思う。

ある意味過疎地域活性化に近い立て直しと同じだと思う。

ただ、放射能、それに伴う風評被害というハンデキャップがある状況で果たしてそこまでする必要があるのか、やる意味があるかはわからないが今のままじゃ、何も起こらないのはわかる。

正直放射能外野が騒いでるだけで、単純に生活しづいから戻る気ないよっーてひとが多いから少し書き残して起きたかった。

3.11セレモニーの中、私は復興仕事で大忙しです。

2017-03-09

311島尾敏雄と私

島尾敏雄の「死の棘」という小説を読んだ。浪人時代予備校講師に勧められて買ったもの文庫で600ページと長く、ずっと読めずにいたが、春休みを使って読破することができた。簡単に紹介するなら、「死の棘」は作者の代表的私小説で、夫の浮気の発覚から始まる妻の不調と家族崩壊を記録した作品である

 読み進めていくと、妻の精神異常を和らげるためにと、「私」はこんなようなことを考える。

  『相馬に帰ろう』

 紹介され偶然手に取ったこの本のこの文章を読んだ時、私は名状し難い不思議な感じに襲われた。

 私は、相馬地区で生まれ育った。島尾敏雄相馬地区ふるさとだったのだ。

 そして、未だに故郷原発事故惨禍に見舞われている。

 東日本大震災から6年。故郷自然と思われた。

 正直言って、私はふるさとがあまり好きではなかった。自然はたくさんあって、野馬追という伝統も素晴らしいが、若者が志を高く持つには小さすぎる街だと思った。私はどうしたらなんとも言えない閉塞感を打破できるかを考えては、多分無理だろうなと半ば諦めの感情を胸に秘めていた。

 東日本大震災が起きた。

 私は生き残った。住んでいる地域原発避難指示区域には入らなかったものの、鉄道などインフラは寸断され、私たちは転居した。都会に。

 それからの私の生活は非常に充実したものとなった。幸い、福島出身と明かしても白い目で見られることはなく、田舎ありがちなデキる人の足を引っ張る風潮もなかった。意欲ある人が存分に学び体験できる施設があり、尊敬できる人がいた。若者がより広い世界へ飛び立とうとする意欲を持つには充分だった。

 東日本大震災が起こって6年になる今、私は東京で高いレベル教育を受けられている。あの地震でおぞましい数の人が亡くなり、今も苦しんでいる人が大勢いるが、私にとって6年前の地震人生を大きく変えた分岐点であったように思える。あの地震がなければ、私はここにはいない。

 しかし、本当にそれでいいのだろうか。嫌だったふるさとから、私は逃げるようにしていなくなってしまった。どうすればいいかからなかった。何か違うのではないか、という気持ちが渦を巻いていたが、田舎を離れられる開放感でそれを押さえつけてしまった。大震災を美化してしまった私の思考が正常なものなのか、若さゆえの過ちなのかは未だにわからない。

 小説の中で島尾敏雄相馬に帰ったのは、崩壊してゆく家族とのギリギリ人生をやり直す力を、故郷に感じたからだと思う。多くの人が、故郷自分人生の原点にして、そこの原風景大事にしているように。私が捨てた故郷のそばには、未だに立ち入りが禁じられ、人々が帰ることすらできない場所がある。彼の郷里最近、立ち入りが許可されたばかりで、復旧・復興とは程遠い。故郷に帰ることさえ一生叶わない忸怩たる思い、悩み苦しんだ時に自分が生まれ育った場所が変わり果ててしまった悲しみ、いわれのない差別に苦しみ、福島出身ということに引け目を感じている子どもたちの心情にどうやって接したらいいかからない。故郷を追われ苦しんでいる人に少しでも助けになるように日々研鑽を積んで、その人たちを助ける力、次に世界を揺るがす大事件が起きた時に多くの人を助けられるような力を養うことが、震災をチャンスと捉え故郷を捨て去った自分贖罪だ。

 自戒として、ここに記しておく。

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170307145135

日本朝鮮戦争特需で儲けて戦後復興した

まり半島を食い物にした

って学校で習ったはずだが、学校行ってないんだろう

日本共産主義の南下を防ぐ為に韓国米軍後方支援をしたんだろうがw

北朝鮮人や中国人に憎まれる筋合いならあるが

お前のような在日韓国人に「半島を食い物にした」等と言われる筋合いはない

なんで「おかげで北朝鮮奴隷市民にされずにすみましたありがとう」の一言がいえないんだ

韓国学校在日学校教育は歪みすぎてる

安心してください、東南海が来るまでですよ。

私は日本大好きですがこれはどうかと思う。(BBCあいさつ)


神戸と違って、いつまでも被災地なんだろうなぁ。70年たっても戦後とか言ってるのと同じように

the48the48のコメント 2017/03/06 15:35

http://b.hatena.ne.jp/entry/325623993/comment/the48


16.7メートル津波は、ちょうどこの高さ―― ヤフーが出した防災広告に絶賛の声 - ねとらぼ

http://b.hatena.ne.jp/entry/nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1703/06/news092.html


東京銀座ソニービルヤフー防災啓発広告を出した。

この記事への衝撃のファーストブクッマでいきなり被災地ガーと言われて、ガツンと頭を殴られた思いがあります

これじゃあ150万円おごりおごられでいじめではなく電気消したのに光らないとバカにされるのも世間では本音なんだろうな、と。

もう東日本大震災から6年も経ちますもんね。

「もはや戦後ではない」(1956年)、終戦から11年。NY9.11を克服したと言われた[要出展]『クローバーフィールド』(2008年)は7年。

短いようで長かった6年、楽しかった運動会小学生卒業しますわ。


被災地増田からちょうど広告で取り上げられている大船渡市現在を報告しますと。

2011年4月小学校入学した子が卒業間際の今年度(2016年)はじめて校庭を使うことができた(校庭に仮設住宅があり使用できなかった)。

災害公営住宅が全戸完成し、市内の仮設住宅が今年度末で全て撤去になる。

仮設商店街が借地期限を迎え取り壊しになる中、土地整備が終わった地区に本設の商店街施設を鋭意建設中。

JR大船渡線鉄路での復旧は諦めてバス専用路線BRTになり数年経過。

防潮堤工事は一部で完成したもの継続中。

こういった状況です。

当初から10単位での復興計画でしたが、広域の災害のため建築土木の資材とマンパワーが足りず、時間がかかるようです。

コンクリから人への流れで建設会社廃業が進み人手が減っていたタイミングだったのもあります

瓦礫で埋まった道路最初に掘り出してくれたのはショベルカー持ってた地元土建屋さんなので、

年度末で道路掘り返してんじゃねーぞ、とイライラする事も最近は少なくなりました。


復興へのご支援には大変感謝しています

義援金支援物資ボランティアはもちろん、直接的な支援をされていなくても、公共工事被災者支援などには税金が使われており

それはすなわち国民血税でありますから国民の皆さんに足を向けては寝られません。太平洋に足を向けています

海外から支援も多く、市役所車両とか三陸鉄道車両とか、○○国の支援と表示されています

復興工事の方や、公務員応援職員も全国から継続的に来ていただいています

神戸の「希望の灯り」は分灯されて隣市、奇跡の一本松陸前高田市にともされています

直接、間接のご支援本当にありがとうございます

衰退地域である三陸沿岸への税金投入のコスパについては自分でも疑問に思う面はあるのですが、それはそれとして。

まりはこれからもどうかよろしくね。


岩手県大船渡市震災時を紹介しますと。

ここより下は家を建てるな、の碑がある吉浜地域

かもめの玉子」さいとう製菓専務ビデオカメラ回して発災時の事務所から高台に逃げて街が飲まれるまでを撮った映像

https://www.youtube.com/watch?v=jbvBsgoEAe0

チリ地震津波もあったので大丈夫です、再建しましょう。の旅館経営おじいさん。

といったもの全国的には有名でしょうか。

震災映像個人証言NHKのものがまとまっています

東日本大震災アーカイブス

http://www9.nhk.or.jp/311shogen/

あの日あの時 アーカイブス

http://www.nhk.or.jp/morioka/archives/anohiArchives.html

NHK仙台局の津田アナ自身被災して「被災地からの声」(東北地域放送)のキャスターを努めています

岩手局に一時居て今は東京あたりに行った魚住アナ浅野温子の息子。支援物資で貰ったレンズ豆は火が通りやすく美味しいけど、

レンズの形だからレンズ豆じゃなくて、レンズ豆が先にありレンズ豆型だからガラスレンズレンズという名になったんですって。(豆知識

(br)

結論としては、避難場所とそこまでの経路を確認しましょう。防災用品を確認しましょう。

9月防災の日と合わせて半年に1度、非常食点検試食補充をしましょう。

重い水Amazonで注文、アレンジ料理クックパッドで調べてね。そんじゃーね

2017-02-28

今は昔、エロゲ伝奇ジャンル流行りけり

伝奇』とは「普通には起きようもない話」が辞書的な定義みたい。

ただ、コレだと異様に範囲が広くなってしまう。




エロゲでいうとこのちょいファンタジー要素のある鍵作品伝奇に入るか? の回答は厳密にはYesなんだろうけど

世の人が伝奇と聞いて期待するタイプの話じゃないと思う。

奇の部分をメインに語ってる訳じゃないし。

要は「それまでの日常に、非現実的な非日常が持ち込まれる話」みたいな定義なのかもしれない。

たぶん夢枕貘とかの「伝奇バイオレンス小説」が流行ったあたりからイメージが変わってきたんだろうけど、「竹取物語」とか「日本霊異記」とか、そういうのが本来伝奇ですな。

ホラー的なものもあるけど、もっと広い意味での「空想物語」っつうか。

全然違うとか言い切られると、ちょっと悲しい感じ。

ついでに英語でいうとromanceなんだけど、こっちはこっちでまた意味が変っちゃってる。

【1】伝説伝承神話など)あるいは、伝説上の存在魑魅魍魎の類、鬼とか)をストーリーに絡める

【2】非日常日常への侵蝕


というのがおおざっぱな伝奇物の定義かなあ?

2.が分かりづらいかもしれないけど。なんていうか、気がついたら異世界に 片足突っ込んでいたという感覚自分が正しいと信じていたものが実はそうではないかもしれないという感じを登場人物が抱くといったら少しはわかりやすいかな。

伝奇エロゲーには人ならざる者が出てくるゲーム結構あるけど、 周りの人間があっさりとそれを受け入れていて、2.の感じが出てないのは伝奇とは違うかもしれない




■『伝奇

gooネット辞書あたりで引くと「怪奇幻想的な物語」とかナメた反応が出る。

これを言葉通り捉えてしまっては頭に述べたように本当に何でもアリになってしまうので少し、伝奇モノの歴史

語っちゃおう。




そも、伝奇というジャンル開祖としてよく挙げられるのは半村良です。

70年代のことですね。

無論、国枝史郎等の先達があってはじめて彼が浮かび上がるわけですが、

それまで単に荒唐無稽物語として埋もれていた伝奇というジャンル復興し、

現在地位にまで導いたのは間違いなく彼でしょう。

HMにおけるブラックサバスみたいな存在なのです。(ちょっと違うか)

半村の作品神話伝説伝承等をベースにして、

そこに科学的な(というよりSF的な)メスを入れることをその切り口としています

石の血脈」等の作品が持つ一連の流れ、

現代に起こる怪事件を、神話伝説にその因を求め、解決していく」というものが、

現代伝奇作品ベーシックスタイルであるといえるでしょう。

YU-NOなんかにも通じるスタイルです。

もっともあれはワイドスクリーンバロック的な造りをしているので、伝奇の枠に入るとは思っていませんが)

その、半村の引いたレールの上に乗ってきた後続者たちが荒巻義雄、志望田景樹、谷恒生といった人々です。

彼らはそれまで活躍していたそれぞれのジャンル

推理小説であったり、冒険小説であったりする色を添えて、独自作品作りました

伝奇が半村一人のものではなく、一つのジャンルとして成長を遂げた瞬間です。

80年代に入って、伝奇は大きな変革の時を迎えます

二人の偉大な作家が流れを大河に変えてしまったのです。

それこそが、夢枕獏菊地秀行です。

前者が格闘技の要素を、後者がスプラッタホラーの要素をぶちこむことで生まれ

伝奇バイオレンス」というジャンルは凄まじいまでの人気を誇りました。

おどろおどろしくも官能的な美女の絵で彩られたノベルズの表紙に、まだ小学生だった私は、

バンパイアハンターDの人の本だけどエッチな表紙すぎて買えないよぅ」とか思ったものでした。

数多くのフォロワーを生み、まさしく時代の寵児となった伝奇バイオレンスですが、

蜜月は駆け足で過ぎてゆくこととなります

80年代後半の黄金期を最後に、ノベルス界王者椅子ミステリ仮想戦記ものに譲ったばかりでなく、

小説ジャンルとしても大きく衰退していきます

幾つか理由はありますが、一つには伝奇バイオレンスだった筈の作風

バイオレンスの側に大きく傾倒してしまったことが言えるでしょう。

殊にセックス描写等に関しては、ポルノ同然の有様であったといえます

伝奇的な設定の妙にしたところでオカルティックな、とってつけたような設定をもってこなされ、

粗製乱造がなされていったのです。

まあジャンル全体の質が低下してしまったことで、ブーム終焉が訪れるのはやむをえなかったのでしょう。

さて、こうして伝奇モノは数ある中の一ジャンルに帰ってゆくのですが、

多くの人々にその遺伝子を残すことには成功しました。

エロゲーライターにおいてもそれは同様で、「痕」の高橋龍也なんかの(エロゲーにおける)先達は、

間違いなく彼らの血を引いていると言えるのではないでしょうか。

その後については別に私が筆を費やす必要はないでしょう。

これを読んでくれている皆さんの方が詳しいだろうと思います

ここまで言って結局私が何を言いたいのかというと、一つには伝奇歴史を紐解いて分かるように、

このジャンルはあらゆる別ジャンルのもの化学変化を簡単に起こすということです。

名称統一されていなかったの自体その顕著な例でしょう。

伝奇バイオレンス」「伝奇ホラー」、「伝奇推理」などなど。

エロゲーにおいてもやはりそうで、因をクトゥルフ等に求めるものは「伝奇ホラー」、

さっきから板違いっちゃ板違いで扱いにくい痕なんかは「伝奇SF」に本来ならカテゴライズされるものでしょう。

まり定義づけを行うのが本当に難しい。

そういう意味では寧ろ物語構造の方にその特色が強いジャンルだとも言えます

ま、個人としては「伝奇バイオレンス」だとか「伝奇SF」だとかいった「伝奇○○」と続くかどうかで

ある程度は判別可能かもなぁと思ったりもします。

竹取物語」とか「日本霊異記」のような太古の伝奇現代伝奇とは別物として考えた方がいいのかもしれないと思いつつおわり。

2017-02-25

宮城マラソン vs 松本マラソン

前回の文章主催者逆鱗に触れたのか(笑)google検索に引っかからなくなってしまった。

東北・みやぎ復興マラソン2017

今回は別の視点から大会問題点検証したい。

奇しくも復興マラソンと同じ10月1日に、長野県松本市で「松本マラソン」が開催される。こちらも初開催のフルマラソンだ。

同じ日に同じ距離マラソン大会が同じく初めて開催されるわけだが、現段階でも以下のような違いがある。

大会の主な情報
大会東北・みやぎ復興マラソン松本マラソン
開催日時2017年10月1日(日)
スタート時間9時15分(ウェーブスタート8時30分
コース沿岸未完成市街地
日本陸上競技連盟公認無し(9月公認予定)有り
会場公園3月再開園予定)スタート地点:体育館、ゴール地点:陸上競技場
参加定員12000人10000人
参加料13000円10800円
制限時間6時間30分5時間30分
受付無し(事前郵送)無し(事前郵送)
ホームページ公開2017年2月13日2016年10月1日
エントリー開始2017年2月22日2017年3月1日
ボランティア募集開始未定2016年10月3日
参加賞Tシャツ
完走賞フィニッシャーズタオル
完走証当日発行またはWeb10月下旬発送予定
アクセス主に車かシャトルバス主にシャトルバス
駐車料金有料不明(おそらく無料
エイ未定15ヶ所に水とスポーツドリンク、数ヶ所に給食とスポンジ
昨年の気温25度(岩沼市22度(松本市

この二つの大会比較してみると、やはり復興マラソンには幾つかの問題点があるように見受けられる。

スタート時間制限時間

松本マラソンスタート時間が8時30分と早く、制限時間が5時間30分なので、14時前には大半の参加者競技を終えていることになる。

一方、復興マラソンスタート時間が9時15分と遅く、しかウェーブスタートなので、後方は9時45分スタートさらに遅い。

そして制限時間が6時間30分なので、16時近くまで競技を続けている参加者がいる可能性もある。

制限時間的には復興マラソンの方が余裕があるが、最悪16時近くまで日中走り続けることを考えると、必ずしも復興マラソンの方が初心者に優しいとは言えない。

コース

松本マラソン2017年1月の時点で日本陸上競技連盟公認を得ているのに対し、復興マラソンコース自体がまだ完成していないので公認を受けていない。

コース未完成なのは被災地から仕方がないのかもしれない。

しか過去に、コースの完成が遅れ、実際の距離が不足していて、最終的に陸連の公認を得られなかった大会もあった。

もしそのような事態になったら、被災地からどうこうではなく、コースの完成を待たずに大会を開催した主催者責任は免れない。

会場

松本マラソンスタート地点が総合体育館、ゴール地点が陸上競技場設備が整っている。

対して復興マラソン公園が会場となっており、そこはまだ完成していない。

どの程度の施設があるのか不明だが、公園であるからには参加者が多数待機できるような大きな建物はないだろう。

未完成公園を会場にして、集合の際の動線などは考慮できているのだろうか。

これもコースと同様に、「完成してから開催すれば良かったのに」という状況にならないことを祈るばかりだ。

アクセス

どちらも車かシャトルバスに頼る交通手段は同じだが、復興マラソンの方が参加費が高いのに駐車料金も有料な点が気になる。

松本マラソンの駐車料金は不明だが、仮に有料だったとしても、松本マラソン市街地開催なので止むを得ないのかもしれない。

一方で、復興マラソン沿岸部開催だ。駐車場に使えそうな土地はいくらでもありそうだが、駐車料金はやはり必要なのだろうか。

エイド、ボランティア

松本マラソンエイドの数が既に決定している。しかもまだエントリー開始していないにも関わらず、だ。

エイドの情報大会参加の可否に影響するので、できればエントリー前に知りたいところ。

十分なエイドが用意されていると分かれば、初心者でも安心して参加できるだろう。

また、ボランティア松本マラソンは早期に募集開始している。

一方、復興マラソンはどちらも未定だ。エイドもボランティアもそれほど重要ではないと考えているのだろうか。

たとえ沿岸部僻地開催であっても、エイド、スタッフボランティアの充実は大会運営の要なので、決して軽視しないでほしい。

主催

松本マラソン主催は、松本マラソン実行委員会長野陸上競技協会だ。

長野陸上競技協会長野マラソンにも携わっており、フルマラソン運営には実績があると言えるだろう。

実際に大会運営するのは主管の松本陸上競技協会かもしれないが、長野マラソンでのノウハウが今大会にも活かされれば、大きな障害が起こるとは考えにくい。

実際に、ホームページの開催や陸連の公認への対応も早いので、経験が活かされているのだろう。

復興マラソン主催は、宮城陸上競技協会だ。こちらはフルマラソン運営能力が未知数だ。

宮城での大きな大会といえば仙台国際ハーフだが、こちらを運営しているのは「仙台国際ハーフマラソン大会実行委員会」で、ここに宮城陸連がどの程度関わっていて、どの程度大会運営ノウハウがあるのかで今大会の成否が変わってくるはず。

最後

ここまで書いてみて、やはり現時点でコースが完成していないという点が不安の根源であると感じた。

コースが完成していないとホームページの公開も遅れるし、ボランティア募集も遅れるし、いろいろな確認作業が全て遅れるだろう。

ギリギリコース確認したら距離が不足していた、なんて事態も想定される。

それでも開催に踏み切ったからには、参加者が全員納得できるような大会にしてほしい。

前回も書いたが、私は大会大成功してほしいと心から願ってこの文章を書いている。

松本マラソンがあるので、もう「初めてだから仕方がない」とは言えない。

参加者全員が笑顔になれるような大会運営してほしい。

 最低でも「給水不足」と「距離不足」だけは絶対やめてほしい。 

2017-02-22

東北・みやぎ復興マラソン2017

2017年10月1日に、東北・みやぎ復興マラソンが開催されます

http://www.fukko-marathon.jp/

2月22日エントリーが開始され、被災地復興を盛り上げたいという熱意を持ったランナー達が続々とエントリーしているようです。

しかしこれまで、復興名目ランナー善意につけ込み、杜撰運営参加者生命危険晒し大会も残念ながらありました。

宮城県では「第1回いしのまき復興マラソン」が、給水不足運営の不備で悲惨大会になりました。

また参加者から地獄絵図」「死の行軍」とまで言われた「ふじのくに新東名マラソン」も、復興支援名目が冠されていました。

これらの大会惨状は、今でもネットレポートに詳細が残っています

今回の復興マラソンは、上記のような大会と同じ轍を踏まないよう開催されて欲しいと願っていますが、残念ながら現時点でも幾つか問題点が見受けられます

参加費

参加費13000円は、他の地方マラソンより遥かに高額で、大規模な都市型マラソンと同等かそれ以上です。

参加者心理としては、高額な参加費を払うからには必ず素晴らしい大会運営されると期待します。

有名な東京マラソンや、古都を巡る京都マラソンのような特別大会以上の参加費を払うので、それ以上の体験ができると考える参加者も沢山いるでしょう。

復興中だからお金がかかっても仕方がない」というのは開催者側の論理で、参加者全員がそのような認識を持つことはありえません。

また、この参加費設定が次の大会にどう影響を与えるのかも気になるところです。

今回の大会成功裏に終わったとしたら、次回の参加費が減額される事はまずないでしょう。

今回の大会で何らかの不備(人材物資バスの不足など)があった場合は、それらを補うために次回の参加費がさらに高額になる可能性もあります

「(高額だけど)折角だから復興のために一度参加してみよう」と考えているランナーは、果たして次回も参加するのでしょうか。

アクセス

はっきり言って会場までのアクセスは劣悪です。土地勘のない方にはピンと来ないかも知れませんが、会場はかなりの僻地にあります

ですので、大多数の方は車か、電車シャトルバスを乗り継いで行くことになります

車で行く場合は、必ず駐車料金を払わなければなりません。

家族や知り合いの送迎で行く事は禁止されています(知り合いが駐車料金を払っている場合は別ですが)。

周辺を通行する事が出来ないので、車で応援に行くこともできません(駐車料金を払っている場合は別ですが)。

その場合電車シャトルバス参加者が集中することになりますが、果たして十分な数のシャトルバスは用意されるのでしょうか。

余程体力に自信のある猛者でない限り、フルマラソン参加後に長時間バスを待つ事は大変な苦痛です。

もし応援ボランティアの方にもバスを用意したら、相当数が必要になるでしょう。

遠方からお越しの方は、空路を利用するでしょうか。幸運な事に、他のどの駅よりも仙台空港が会場に一番近いようです。

そこから歩いて会場まで行けるので、飛行機が一番便利かもしれません(それでも会場まで数kmあるようですが)。

ちなみに空港接続された鉄道駅は、当然会場に一番近い駅ですが、大会に参加されない一般の方の迷惑になるそうなので、使用禁止になっています

コース

公式サイトコースを紹介する動画がアップされています。それを確認しますと、本当に何もない事がわかります

被災地なので当然ですが、民家すらほとんどない直線道路を延々と走る事になります

記録に拘るエリートランナーにはうってつけのコースかもしれませんが、さらに長時間走る事になる初心者ランナーにはどうでしょうか。

いつまでも同じ景色が続くコースをどこまで楽しめるでしょうか。

前述のアクセス問題から沿道の声援も大して期待できないでしょう。

遮蔽物になりそうな建物も無く、直射日光を容赦無く浴びるかもしれません。

10月初旬は夏の暑さが残っている可能性があります(昨年10月1日の会場周辺(岩沼市)の最高気温は25度でした)。

沿岸を走るので浜風が厳しいかもしれません。コースは平坦かもしれませんが、初心者には厳しいものになるでしょう。

エイド、スタッフボランティアトイレ

厳しい大会になった場合重要なのがエイド、特に給水です。そしてもちろん、それを提供するスタッフボランティアの数、質が問題になりがちです。

前述の大会でも給水の不足が大きな要因となり参加者の不満が爆発しました。

エントリー開始時点では公式HPエイドの詳しい情報はありませんでした。

おそらく参加者の数(参加費の総額?)に応じてエイドの数や量を決定するのでしょう。

主催者としては収益を上げるためにギリギリの量だけ用意したいのでしょうが、給水は大会の成否を握る重要ポイントなので、出来れば手厚く用意してほしいものです。

特に初心者ランナーにはこまめな給水が不可欠です。今大会制限時間比較的緩いことから、初めてフルマラソンに参加してみようという方が沢山いるかもしれません。

その方達が安全にゴールできるような運営が期待されます

また、コースの項目で言及した通り、沿道にはほとんど民家がないです。

沿道に民家が無いという事は、緊急事態トイレを借りることもできないという事です。声援もそれだけ少ないでしょう。善意の私設エイドも期待できません。

十分な人材設備補給が無ければ、悲惨大会になる可能性は大です。

第1回

上記のような問題が多々あっても「第1回の大会から仕方がない」とする風潮があります

「初めての大会から勝手が分からなくて当たり前だ」、「(運営に不備があっても)初めての大会に参加したやつが悪い」と見做される場合があります

それは絶対おかしいです。

これだけ各地でマラソン大会が開催されている昨今、その情報から学び、しっかり準備することは出来るはずです。

準備できないなら、開催できる段階に至っていないということです。

回を重ねるごとに改善されることもあるでしょう。しかし、初回からある程度の水準の大会提供できないならば、大会運営する資格はありません。

さらに今回は、高額な参加費を払います

これがリーズナブルな参加費であれば「初回だから仕方がない」と思うかもしれませんが、高額な参加費を設定したからには言い訳はできません。

初回といえども、「高かろう、悪かろう」では全く話になりません。

最後

このような問題点散見される今大会ですが、「被災地の今を見て欲しい」という志は素晴らしいと思います

この文章の内容が全て杞憂に終わり、参加者にとって安全で快適な大会が開催されることを願ってやみません。

bonchacchanga、gudachanことグダポンです。

皆さん、おはこんばんちは。bonchacchanga、gudachanことグダポンです。私は文筆業と趣味社会を動かす所存です。活動の暁に、私自身の夢を実現したいと切望しています

恐らく1度しかない現世を大切に生きたいと願うことは、誰もが等しく同じであります。私は、社会の現状を改善する政策として、脱サブカル・脱日本を提起しております。詳しくはインターネットで公開しておりますので、ぜひご覧いただき、みなさまに実現に向けてお力添え賜りたくよろしくお願いします。

社会としては、具体的にまぁいろいろ考えておりますが、まず日本課題として、大日本帝国時代以降の社会問題について、後世課題への取り組みが70年なおざりになっております日本日本であるために、日本人私たちがなすべきことは娯楽社会の清算、モータリゼーション適正化知性主義への回帰でございます反知性主義が60年以上、日本社会を担ってまいりましたが、日本人が反知性で故郷を腐らせてきた、これは紛れもない事実です。その象徴たる娯楽社会、この前時代制度を排して、本当の意味での知的社会確立する。そのためには反知性主義の衰退、知性の回復まぁこれは様々な問題にもリンクしますが、私人からもこれを提起いたします。



日本問題になっている鉄道社会2050年代までに、国際標準水準にまで進める、これが私の政策です。鉄道利己主義一人勝ちしても、利己主義に徹して「客」などの関係者だけいい思いしても、自動車などの犠牲鉄道社会があることを考えなければ、日本鉄道社会はもう明日はありません。特に私鉄社会は、次の大災害後に、復興を機に脱却できるように、それまでのその場しのぎのインフラとし、いまは次の大災害への備えとして自身で非常時の移動手段の確保をすべきだと考えます

また、地方復興に向けて、都市鉄道高速鉄道公有化した上で、残りのJR含めた私鉄インフラ事業からビジネス観光産業に転換して、鉄道もっと文化商業に徹した、インフラ色を薄くしたビジネスとして振興していくことを考えております。その際に、私は都市道路改善すべきと考えております。そして、インフラ商売交通機関の分離と徹底します。そうすることで、日本はいくらでも産業化しうる資産が、たくさんまいくらでも眠っているのです。

日本人とりわけ日本人の云う都会人がいま、いまというよりこれまで平穏で来られたのは、地方郊外でほんとうに犠牲になっている車社会被害貧困問題被害必要以上の富裕層人口の増加、そうした困窮を横目に一人勝ちしてきて、閉鎖的社会に閉じこもっているという現実がございます。そうしたものから目を背けて、自分たちばかりのことを考えても、日本いや都会や地方社会自体良くなることはございません。現実を良くするためには、外へ目を向けることが必要です。

詳しくは、ぜひインターネットに掲げてありますので、ぜひ細かいことについてはそちらを読んでください。皆さまのお力添えをよろしくお願い申しあげます

2017-02-15

けものフレンズ展開予想

7話 アフリカオオミズクとワシミミズク博士助手という形で登場。予告からして確定と見て良いだろう。そこで人類が滅亡したみたいなことが言われ、復興希望サンドスターにたどり着くことにあると言われ、そこにたどり着くには雪原地帯を通る必要があると言われるだろう。

8話 雪原地帯を横断中、ペンギンたちと遭遇。なんか悩み事解決して、Cパートキタキツネ登場

9話 キタキツネサーバルに「やっと会えた」的なことを言う。サンドスターについてはキンシコウが詳しいみたいなことを言う。

10キンシコウがわーいたーのしー!わーいたーんlしー!わーいたnーしー!わーいた

11 ガイド

hとは12サービス

2017-02-11

けものフレンズオチって風の谷のナウシカなんだろうね

文明によって荒廃した自然復興させるために人類サンドスターによるテラフォーミング計画自分たち冷凍睡眠に入る。

サンドスターによるテラフォーミングの一環及び進行状況の確認のために様々な動物遺伝子から作られたのがフレンズ

カバンちゃんはパークを管理するために生み出されたヒトのフレンズの1体だけど記憶を失っている。

ラッキーボスと呼ばれているロボットはヒトのフレンズを補助するための装置であり同時に通信機。

テラフォーミングの最終段階では元々の地球に近い環境にされるがその世界ではフレンズは生きていく事が出来ない。

カバンちゃんは人間ではなくてヒトのフレンズなのでテラフォーミングを止めなければやがて死ぬ運命

しかシステムを止めるとジャパリまんの供給が停止し肉食ベースフレンズが草食ベーズのフレンズを殺す本当の野生になってしまう。




みたいな?

2017-02-08

最近日本すごい!的な番組嫌悪感を抱く人が多いが

確かに多いと感じる、

それに対して「調子に乗るな!」「恥を知れ!」的な発想は、いかにも日本人らしくも感じます

しかしその批判はどれも表面的で、子供感想文の様な稚拙さを感じます



自然と感じるくらいに日本を称賛する番組は増えました。

でも昔からそういう番組があったわけではないです。

いつ頃から増えたか?それは5~6年前だと記憶します。

その時に何があったかと言えば、それは




東日本大震災




日本中に衝撃が走りました、しかしそれは世界中にも衝撃が走りました。

そして日本が驚いた事、それは「何で台湾が一番寄付金が多いの?」でした。

台湾日本がとても尊敬され、とても愛されている事を日本は知りませんでした。

でもその他の多くの国で、多額の寄付や援助、深い祈りを日本に向けて捧げてくれていました。

世界中で著名なスポーツ選手文化人アーティストなども一斉に心配や祈りをささげるメッセージを発してくれました。

日本世界中から尊敬や、愛を受けていました。

その事を連日の報道で見聞きする中で、自分の周りの友人知人の中から少なからず出てきた言葉が、




日本世界から嫌われているのかと思ってた…」でした。





昔、日本戦争世界中迷惑をかけたと、教育でも大人からもそう聞いていました。

バブル期には、アメリカへの自動車の輸出やアメリカ不動産の買い占めからジャパンバッシングが起こり、

その連日の報道はまるで、世界中から日本が嫌われているかのような内容でした。

日本の働き方はアリだと揶揄され、七三分け出っ歯メガネが同じスーツ着て一斉行進、

それがジャパニーズビジネスマンスタイルだと風刺されているという報道

ショックを受けながらも仕方がない、日本からと受け入れ、

天皇万歳は悪い事、日本万歳は悪い事、また昔みたいに迷惑かける国になるから

そんな考えが根底にあるのが普通でした。




でも日本戦後復興経済発展は、世界的に見ても奇跡的で、

多くの国で日本を手本にしようとしている事を知りませんでした。

日本世界中に、いろんな形で寄付や援助を戦後から長くしており、

その事に心から感謝している国も多く存在している事を知りませんでした。

日本終戦後、アジアの国の独立の為に現地に残り、戦い続けた日本兵

何千人もいて、その事に感謝をしている人たちがたくさんいる事を知りませんでした。




嫌われ者日本と思っていたのに、世界中感謝尊敬をしている国がある事、

それが震災の時の寄付支援で、日本がこんなにも世界と繋がっていたことに戦後初めて気が付いた。

そんな時でもあったと感じます




今の「日本はすごいんだ」という番組がもてはやされているのは、

そんな「日本世界嫌われ者」と永く感じながら過ごしてきた、その反動だと感じています

ただ、戦後初めての事なので、世界との距離感がまだつかめていないのも事実でしょう。

なので「日本人馬鹿じゃね?」と世界から思われるのも必然だと思います

そうやって距離感を学んでいくのでしょう。

そして波はいずれ収まります

きっとオリンピックが一つの節目になるでしょう。



それを踏まえて、戦後65年経ってから反動5年、まだ浮かれててもいいんではないでしょうかね。

2017-02-05

コメディアンの真価

コメディアンの真価が試されるのは、悲しい時、別れの時である

近年、日本で多くの災害が発生していて、その復興を願うのは当然のことであるが、ひたすら悲しみを強調するようなメディア追従するコメディアン芸人はいったい何なのだろうか?

もちろん、悲しみは悲しみとして厳然として存在し、消すことはできない。しかし悲しみだけでは生きてはいけない。

コメディアン芸人仕事というものは、そうした時にこそ必要とされるものではないのか。人々が厳しい状況に置かれ、悲しみでどうしようもなくなった時にこそ、コメディアンの笑いは必要とされるのだ。

悲しみのときに神妙な顔をする者はコメディアンとは言えない。

そういう意味じゃいい坊さんはいコメディアンでもある。

「(遺影を指して)故人はこんなに笑顔なんだから、みなさんが泣いていちゃ故人も笑いにくい。葬式で一人だけ笑っていたんじゃ居心地悪いんで、みなさんも笑ってください」といったユーモアさらりと言ってのける。

暇で退屈な人しか笑わせることのできないコメディアンは二流だな、と思う。

2017-02-03

越えないべき一線を越えればサブカル死ぬ

アメリカ伝来の文化は30年続いたのに日本では終わってしまった。なぜかと言うと不良文化だったからだ。1990年代意向社会PC化し、道徳化し、マフィア組織が淘汰され警察組織が台頭する中、その文化の住人はそれを貫くことができなかった。結果、サブカルの台頭があった。外を見習って文明開化近代化することで文化社会は洗練されていった。

そのサブカルが下火になったのはなぜか。越えてはいけない一線を越えたかである底辺層が飲み込まれ、(マイルド)ヤンキー文化になり、おりこうさんが嫌気が差して離れてしまった。健気なオタクが離れし、鉄道をみればわかるがヤンキーナイズが横行した。

そんなくそみたいな失敗だからサブカルが何度も大衆から白い目でみられ、地下社会に付きまとわれ、無残な滅亡をするのである。(昔ながらの)鉄道好きがファッショの影響か最近大人しくなっているのも、車好きに社会が寛容になったのも、決して彼らが貧しくなったのではなくまさに自身の行いのまずさに危機感を覚えているからではないかと思う。

昭和平成初期時代には鉄道趣味若者に影響力があったが、今はそうではない。むしろの車とかの方が都市部だけ見ても各地で花を咲かせている。なぜか?当時と違い今の鉄道趣味進化余地がなくなったからだ。そして車とかは逆に進化を再開したのだ。

鉄道文化若者文化として開花していった昭和末期は、珍走団問題で、車・バイクブームが下火になった。1990年代アニメオタクみたいなものであるしかし、珍走団を倒し、自らが勝ち取った安心自由を成長させた。あの暗黒時代に、どうにか努力して外のコミュニティから助けを得た人たちが成し遂げたことだ。

また車・バイクブームアニメオタク文化同様にマスコミバッシングなどで、文化が一度破綻した。これ自体はかなり不幸だが、結果的構造の再編が進み、改革に繋がり、オタク旋風の延命などにつながった。鉄道趣味はまさにこの時期がリセットする機会ではないだろうか?

宮崎勤事件の時にアニメオタクキモヲタはそれで生きていくこともできなくなり、他のオタクに転身した。ゲームオタクアニオタがいるのも、キモヲタ出身作家漫画家が増えているのもそのためだが、彼らが外の優れたものホームグラウンドに持ち帰ったりしたことも大きい。

これは模型好きも似ていて、アニメオタクと同時期に復興を遂げた模型好きでは、プラモデルオタクはみんな転身を経験している。つまり模型オタクは良くも悪くも一般人的な感覚がある。だから、他のみたいにくだらない慣習がなく、自立性があるんだろう。

東日本大震災前には鉄道オタクや車・バイク好きはオタク文化構成員だったが、いまは鉄道オタクと車オタクマイルドヤンキー文化になっている。だが日本アニメオタク文化はいくらオタクとしてどうしようもなくなっても、それを切って伸びしろのある分野に力を注ぐことはしない。結果ボロボロになってやっとマイルドヤンキーとかに身売りされるんだろう。

2017-01-17

22年で1996億円返した話

どこでもない神戸市の話。

平成28年度中に災害復旧債1996億円の返済を終える。



この数字が示すことは何だろうか。

東北では22年以上かかるということだろうか。

22年もかかってしまったということだろうか。



多分いろんな見方が出来る。

でもまず、こう思ってほしい。「よく頑張ったね」と。褒めてほしい。



しかしこれで阪神淡路大震災のためにかかった返済が終わったわけではない。

区切りというにはあまりにも遠い現実がある。

災害復旧費として1996億円を要したが、復興対策には2兆近いお金が使われており、まだ2187億円の返済が残っている。

また神戸市だけ被害があったわけではない。市ごとに100億円以上まだ返済が終わっていない。

兵庫県で見ると、まだ4800億円返還しないといけない。



22年。この中に詰まるもの、この数字意味するもの

まだまだ頑張らないといけない。闘わないといけない。決してまだ阪神淡路大震災は終わっていないのだ。

2016-12-25

復興押し売りはやめてほしい

クリスマスだったので嫁さんとちょっと遠出したのよ。

有名な観光地遊覧船を予約して乗った。

乗客は30人くらいだったかな?

テーブル12個くらい。



運行中は各名所の説明運転手がしてくれたり、ガイドが名所にまつわるクイズを出したりしてて和気あいあいとした雰囲気



津波塩害で島の木々がやられてしまったとか、島の住民はかなりの人数が犠牲になったとか

そういう話を聞いた。



運行も終了に差し掛かった頃、

「私も津波家族を亡くしました…」

と身の上話が始まり



そこから地元名産品(海産物)の船内販売の話に。

名産品一つ千円。




ここまではよかったんだけど、





販売はさっきのガイドが直接

テーブルに ドサッ と持ってくるスタイル




場所は密閉された船内

から視線

身の上話





結局二千円分購入。







押し売りは言い過ぎかもだけど、

完全に断れない空間で「復興だと思って!」とか言いながらの販売は止めてほしい…

2016-12-22

最近、森喜郎を本気で尊敬し始めている

自分オリンピック東京に呼びたい!とか言い出したわけでもないのに、誰も引き受けない組委員会トップを引き受けて、日本中から嫌われて、老害だの引っ込めだのののしられながらも、なんだかんだ、関係者利益が図れるように物事しきっている。

正直、自分ボスだったら、頼りがいあるなあと思う。

あの「表面的な批判マスコミに嫌われることなんて、いまさら屁とも思わない」強さはすごいと思う。

いや、マジで


当初計画からの会場の変更なんて、舛添のころからやっていて、そのころは、あんなにもめなかったのに、小池百合子が手をつけたら、なんだか大騒ぎになった。

まあ、やりやすいところはあらかた手をつけてしまっていて、そこへ小池百合子が、過去検証の結果とかきちんと踏まえずに、思いつきで目立とうとして「長沼復興五輪を!」とか言い出したから話が混乱したんだろうと思う。

単純に「経費をもっと下げましょう」という話だったら、あんスタンドプレー不要で、粛々と進めればいい話だったはずだ。


有明アリーナを造るかどうかについては、やはり造ってほしい人も結構いたわけで、そういう人たちにとっては、「森先生のおかげで、小池百合子人気取りのためにつぶされずにすみました」ってな感じだろう。



猪瀬なんかが、最近ちらほらテレビにでてきて、森を悪と利権権化のように批判したりしているが、だったら、あん組織委員会やれば?とか思ってしまう。

批判もいいけど、あんたが、オリンピック招致してきたんでしょ? もしオリンピック後の負の遺産東京大変なことになったら、あん責任とれんの? って感じだ。

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