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はてなキーワード: 寄稿とは

2017-05-15

[]岩田明子NHK解説委員政権との距離を質し続ける高井たかし議員

国会ウォッチャーです。

 先週木曜日(間違えた)総務委員会。籾井さんのときの質疑と比べて、別に新しい情報があったわけではなかったんだけど、高井議員NHK政権との距離問題はかなりしつこく聞いてきています学生時代NHKの集金のアルバイトをして生活の足しにしていたとか。指摘するのは大事だけど、特段有効打は出せてない感じですね。

 こういう、政権意向に反した奴を左遷させる、というある種の忖度のようなものは、かなり省庁、NHKなどの中で広がってるんだろうと思うんだけど、いかんせん証拠がないので、そういう例がどれだけあるのか、ということを示していくしかないんでしょうが魚住昭さんが書いた、月刊現代中川昭一安倍晋三の両議員からNHKに対する圧力についての朝日新聞記者取材テープとされるものの中で、松尾武氏が答えていたようなNHKの内情からするとだいぶ変容してるんだろうな、と思います

 岩田明子さんは、NHK解説委員で、今井尚哉首相秘書官お気に入りとされる人で、田崎史郎山口敬之氏らとならんだいわずと知れた寿司友ですが、週刊誌的には、彼女政治部内での発言権が非常に大きく、人事にまで口出ししている、と噂されているところです。最近で言えば、籠池理事長の会見の最中に、安倍総理のぶら下がり開始の10分前にご登場あそばして、南スーダンPKO撤退について、政府見解のご解説をなさっていらっしゃったことが記憶に新しいところ。まぁそれに関する質疑もありましたが、唯一新味のあった話だったのが、前任の政治部長山下熊本放送局長)が、岩田さんの文芸春秋への寄稿に対していかがなものかと異議を申し立てたらしい、ということで、籾井氏の粛清とされる昨年4月25日発令人事で、通例2年の政治部長職ですが、1年で熊本に異動になった、という話が、どうもNHK内部では、岩田さんのインタビュー記事が原因なのではないかとされているというところでしょうか。

日露首脳会談映像はいったい誰が撮影して、誰がNHK提供したのか

 これももう何回も聞いてるけど、何を聞いてもまったく答えないので、ほんと聞いててむなしいだろうな、と。昨年11月APECでの日露首脳会談事前協議映像が、内容をNHKスクープドキュメント北方領土の中で流れたことに対して、いったい誰が撮影して、どうやってNHK放送することになったのか、という話。これを外務省内閣官房映像撮影したのかと聞いても、「お答えを差し控えさせていただきます」、NHKに聞いても個々の取材についてのお答えは差し控えさせていただきます。という流れなんですが、撮影事実あるかないかも答えられない理由が、「政府内部の協議一般には公開していないから、撮影の有無を含めて答えることはできない」といってるんだけれども、放送の中で、「外交機密が含まれいるから音声は流せない」といいながらNHK放送されるというのなんでそんなもんが流出してんのっていう疑問に繋がるのは当然じゃないかしら。NHKにだけ撮影に入らせてるっていうのであれば、政府の機密的事項を話し合う場面にNHK記者が入っている、という時点で、コンプライアンスがぶっ壊れてるし、官邸撮影して提供してるんなら、NHK提供できるものを誰が撮影したのかについて、政府側が答えないっていうのは、国民代表たる国会議員なめてる案件なわけで、どっち方面に転んでも頭おかしいとしか、っていう話なんだよね。(NHKニュースソースを答えないのは仕方ないけど、政府は答えない理由はないはず。だってNHK提供してんだから。)

 そんで、どうやっても答えないか一般論として、

高井

NHK政権距離を接近させすぎてまで、特ダネスクープを追い求める必要性はあるのか、政権が流したいものを、スクープをあげるから、ということで流す、というのは税金が入っている公共放送としてあってはならないと思うがいかがか」

上田良一NHK会長

NHK報道機関として、視聴者判断のよりどころとなる情報を、正確に、そしてより早く提供することが重要であると考えております。そのためにも取材報道のあらゆる段階で、真実に迫ろうとする姿勢を徹底することが、大切と考えております。今後も社会必要とされる情報いちはやく伝えてまいりたいと考えております。」

高井

いちはやく、ということは否定しないが、NHKが、独占的に、他社が入手していない情報を追い求める、これ自体否定はしないが、相手政権場合、当然見返りがあるから問題だと思っている」

この上田さんの答弁も、もう何回目、という感じで、ただの作文読み上げだけど、籾井がやめてもNHK本質は変わってないなというのは思いますね。籾井に反抗するような幹部粛清済みみたいだからしかたないのだろうけども。確か、オバマ大統領との首脳会談がセッティングできなかったとき批判の声があがったときも、NHKは独占映像として、オバマ大統領安倍さんが2人で話してる映像を流してたよね。G7の首脳会合には海外勢含めてメディアは入れないからどこから出たっていわれたら官邸からしかないわけだけどね。

岩田明子氏の「ジャーナリズム掲載原稿

http://webronza.asahi.com/journalism/articles/2017021700004.html

これね。これを読んで会長感想を求めるが、「感想差し控える」

高井

感想はいえないということでしたら、もう少し具体的に聞きますが、私はこの中にはちょっと問題だと思うところがいくつかあるんです。

(略)永田町での取材を通して思うのは、記者取材対象者関係においては、権力のチェックという側面と、信頼関係確立の側面の絶妙バランスが大切だということです”その通りだと思いますね。バランス大事なんです。”取材相手に誠意と情熱を持って全人格で向き合い、その一方で私を超えた公の立場でチェックをする、と同時に情報はよい意味で、ギブアンドテイクであるべきだと実感をしました。権力主体が隠したい事実がわかり、それが不正だった場合外交上やむをえない場合を除き、この事実を報じなければなりません”報じなければなりません、ってか報じる、当たり前ですよね。報じるに決まってるじゃないですか。”そのためには、日ごろから取材対象に肉薄し、情報を取る力と交渉をする力が不可欠です”こう書いてるんですね。つまり今回のスクープドキュメントNHKスペシャルの話もそうです、あるいは国会で何度か取り上げてきた、南スーダンから撤退するときの、情報いちはやく入手して、しかし、その見返りというんでしょうか。夕方放送でですね、ちょうどあのとき、籠池理事長記者会見とあえてぶつける形で、記者会見をした、その後すぐにですね(事実誤認記者会見がはじまる前です)、岩田明子さんが出てきて、長々と政府立場解説する。やはり。情報をとる、ということに対してですね、どうしても、政権よりの放送に、どうしてもなる、と。だからこそ政府情報を出すんじゃないですか。ですからバランス大事だといいながらですね、私は権力のチェックこそマスメディアの使命だと、ましてや受信料で成り立つ、NHK公共放送として、大事な使命だと思いますが、会長NHKとして、こういう考え方、この考え方、これでいいと思いますか。」(質問がわかりにくい、もっとストレートに、コレは癒着だと思いませんかとか聞いたほうがいいよ。岩田明子氏が権力のチェック果たして政権の思惑と違うことをしゃべったことがこの5年で何回あるか知らんけど、外見からは、政府スピーカーとしての機能しか果たしてないと思うけどね。)

上田

NHK姿勢に関しましては、取材政策ルールブックであります放送ガイドラインがありまして、そのなかで、取材相手との関係については、放送倫理や公平・公正な姿勢意識し、節度ある距離を保たなければならないと定めております。また国民知る権利や、公共利益のために、密着取材必要場合でも、相手利益を図ったり、癒着と受け取られる行動を取ってはならない、と定めております。この冊子を全職員に配布いたしまして、周知の徹底をいたしております。また真実を明らかにするために、取材相手に食い込むことと、いっぽうで、取材相手一定距離を保つことは、ジャーナリストが必ずわきまえなければならないことである認識しておりまして、現場ではこのことを十分に踏まえて、日々の取材制作に取り組んでいるもの承知しております。」

高井

会長まだ就任されたばかりでね、まだ、まぁ監査委員やっておられましたけども、昔のNHKはそれを守っていたかもしれませんが、そうじゃない実態が、だんだんそうじゃなくなってきているということを、皆さん、NHKの内部からも、皆さん危惧されて私のところにも情報を下さる方がいる。この委員会でも取り上げました。去年ですかね(5月24日衆院総務委員会)、あのーこれもまた岩田明子さんが、文藝春秋安倍総理のお母さんのロングインタビュー、4時間半のインタビューを書いたと。これも内部ではですね、なぜNHK記者が、解説委員が、文藝春秋に、自分たちが集めたリソースNHK記者として安倍洋子氏との人脈を築いたわけだからね)を使って、集めた情報を、文藝春秋に出すんだと、反対した方がね、部内にもいらっしゃるそうですよ。しかしその方はね、定期じゃない人事異動地方にいってしまったそうですよ、政治部長がね。異動になったと、これはもうNHKの内部では有名な話ですが、会長がご存じなかったというのなら、この機会に是非知っておいて頂きたいと思います。結局、NHK組織権力をチェックするというバランスに対して、鈍感になってしまっているのではないか、これは前の会長の籾井さんの体制の悪い影響がでているんではないかと思います。これ以上聞いても堂々巡り議論・・・(略)

高井さんはここでとまっちゃだめだよ。わざわざNHKが籠池理事長記者会見に合わせて、前から持っていた情報を流し始めるというのは癒着だと思いませんか、岩田さんが会長賞を受賞されたそうですが、彼女のどの報道評価されたんですかってしつこくしつこく聞いて欲しいわ。この、寿司ともを利用して適度にスクープ読売産経日テレフジテレビとかに与えながらやっているメディアコントロールと、桜井充さんの質疑で出てきたような、国家戦略特区に関して、変に便宜を図るようなことはしないほうがいいって発言したら、次官経験から脅しの電話がかかってきて、地方大学に飛ばされた、みたいな人事権を使った官僚コントロール安倍政権を磐石にしてるものだと思うから、ここをしつこく突っつくのは、ホント大事なとこだと思うんで、ここでやめちゃいけない。、

一応時系列を整理しておくと、岩田氏のインタビュー記事、「晋三は「宿命の子」です」の取材は当該記事によると取材の申し込みは昨年3月、当該記事出版5月10日NHKの定期人事は例年6月山下毅氏を含む籾井氏の粛清人事があったのが4月25日山下毅氏の熊本異動後の記事によると、内示を受けたのは、熊本地震の前日、4月13日ということです。まぁ一応筋道としては通った話なのかな。真偽は知らんけど、こういう話は、この政権ではごろごろ聞く話ではある。

2017-05-13

文章とか、お金とか。人とか。

この長さの怪文書を投稿することにためらいはあるけれども。

偶には、言いたい事を思い切り言ってもいいかなと思う。

商品」としての文章

まず自分のことを書くと、稀にしか更新しない覚え書きのようなブログをやっている。あと好きな文章を書く人は結構な頻度でチェックしているくらい。

自分新参だけれど、新しいタイプブロガーの人が使う、押しが強めの手法がじゃっかん苦手である

新規ブログを始めた際、こちらのブログは全く読まずに(本人には割と分かるものです)、宣伝のためにスターを付けてくる人が一定数いる。まあ当然、興味を持たれる文章を書けないこちらに非があるわけですが、「貴方のことは気にならないけど私の書いた文章はぜひ読んでくれ」と受け取ることもできる。

露出を求めて「記事お題」を引用し、全く関係のないことを書く人も多い。例えば「雨の日グッズ」というお題を引用しておいて、いつもの調子日記を書く。露出したいのは分かるけれども、そのばあい読者が読みたいのは傘や長靴の話であって、職場愚痴とか趣味の紹介とかではない。

あと、リクルートの適職診断、またはリクナビNEXTのグッドポイント診断を薦めるエントリ。MIIDASの適正年収診断、dTVの紹介。日常会話みたいな感じでお勧めされるんだけれど、あれは紹介料が入るからやっているのだそうで。道理で数が多いと思った。…あれはステマにはあたらないのだろうか。「PR記事」とかの表記がない分、「選挙前にさりげなく電話をかけてくる友達」みたいな感じがして、個人的には警戒してしまう。

CGMは、そのコンテンツの持つ価値判断が難しい、とは思う。それは人によって違うし、ネットでの人気には「親しみ」も大きな要素である

ただ分かりやす基準として、例えば、寄稿出版の話が来る人にはそれだけの実力と、その人固有のブランドがあるわけで。

なので余計に、「とりあえず100記事書きましょう」「SEOを勉強しましょう」「PVを稼ぎましょう」と、クリックしてもらうことに血道を上げる風潮がどうもよくわからない。読み手客観的価値提供できているのかな?と、不安になることはないんだろうか、と。(言うまでもないことだけど、価値がある/ない、という話ではない。「価値のものさしはどこにあるのか」という話)

ここで、いやらしくも。商業文章出版物の話をする。

はてなの人なら、自分なんかよりよほど熟知されていることと思うけれど。執筆され、編集の手が入り、校正されてデータ印刷所に渡り、取次を経て本屋に巡ってきたり電子書籍になる、それだけの手がかかった、色々な「出版物」は本当に凄いなと思う。

個人がもっている「有益情報」には限界がある。取材して一次情報にあたるプロに、正確性や量で比肩するのは正直、むずかしいのではないだろうか。

比肩しなくてもいいけれど、そこから発生する「収益」は最大限にしたい、というなら、それはインターネットが役に立たなくなるわけだと思う。

媒体が紙でもネットでも同じことで、例えばキッコーマンサイトを見ると、料理の基本から旬の料理から詳しく載っている。歯の健康について知りたいときは、クリニカ辺りのサイトが役に立つ。商品の紹介記事しろエッセイしろ企業がやっている媒体掲載されている文章をみると、何歳ぐらいのどんな経歴の人が書いているんだろうと思う。

コード料理商品になるように、文章もまた商品として存在することは確かだ。ただ、コード個人お金にするにはそれなりの手順が必要だと思うけれど、文章はなぜか、個人ネットに上げるだけでも「儲かる」。

他にも、ネットにアップするだけで儲かるものは色々あるけれど、合法かつ元手がかからず、特に技術習得をしなくてもできる「稼ぎ方」として、「文章を書く」というのは確かに適しているのだろうとは思う。

個人メディア」ができること

ここまでを踏まえて。「商業クオリティ情報量には敵わないが(※ケースバイケース)、読んだ人に満足を与えるような文章を書き、お小遣い程度の利益を得られる、Win-Win取引(読者が読む時間によって「収益」を発生させるなら取引みたいなものではと思う)」を考えてみる。(ものすごく飛躍しているような気がするけど気にせず進めます

商業ではなく、市井個人が書くことに意味がある文章とは何か。

それは、「その人にしか書けない文章を書く」ということではないだろうか。

別に個人情報を晒せということではない。出身地職業家族構成は確かに、その人を知る大事情報だけれど、同じような属性を持った人が世の中にはごまんといる。

他者から客観的に見た自分」と、「自分演出したいキャラクター」には、往々にして懸隔がある場合が多いと思う。シニカルに渋く決めているかと思えば、愚痴悪口を書いてしまったり。写真にお洒落な加工をしていても、背景がどうも決まっていなかったり。「本当の自分らしさ」は、他者からの反応や自省によって得られるもので、見たくもない自分を見せられることも多いし、自分評価されたい項目と他者から評価される項目が違ったりもする。

それでも。「自分の良いところ、推せるところ」を見つけて、「それによって他の人を満足させ、楽しませる」ことが、「個人としてメディアをやること」の強みなのではと思う。

その人にしか言えない言葉、できない話。培ってきた価値観文章テンポ言い回し自分なりの軸による知見や考察。人によってはイラスト作品。例えブログ名や使っているテーマを変えても、文章ならば増田に書いても、「ああ、あの人だ」と分かってもらえるかどうか。

「その人にしか書けないブログ」こそが、個人ブログ存在意義なんじゃないだろうか、と。

商業に出来なくて個人ブログならできること」は多くある。言及合戦ボールの打ち合いもそうだし、商業の連載や肩書を背負ったブログと違って、思ったことを好きなように、題材も自由に書ける。

日記を見ると、今日したこと、最近興味のあること、生活感情の移り変わりを感じることができる。例えば料理写真ブログであっても、書いている人のキャラクターが違えば、受ける印象は全く違う。

「その人らしさ」が感じられるなら、面白くないブログなんてひとつもない。どんな個性でも、ネットに上げれば一人くらい、それを楽しんで、好きになってくれる人がいる。それがCGMの良いところで、インターネットが普及した利点であると思う。

さらに言えば。有名ブロガーの人たちを見ていると、やっぱり「読者を楽しませること」にとても力を入れているなと感じる。

スタイルは人によって様々だけれど、重い段落がつづくとその人のやり方で空きを入れたり、ボケてみる。自分の愛されている分野以外のことはあまり書かない。反応がよかったらまた掘り下げる。とか。(まあ、こうやって分析されるのも嬉しくないのかもしれないけれども。)

当たり前に、お互いがWinWinになっている関係で。それは愛されるよなあ、と感心したりする。

交流勢について

互助会」という言葉について書くにあたり、ブログをやっている人を便宜的にタイプに分けます

A)古参はてダ時代からやっているような人。総じて文章が上手い。更新頻度は低め。交流はあまりしない。

B)新参。好きなことを書いてあわよくば若干の収入を得たい感じ。更新頻度が高い。交流が好き。

C)アフィリエイター。以下のようなタイプがあるように見える。

ガチのアフィの人。それなりの戦略があるタイプ。「かわいい画像!」とか「速報・芸能ニュース」とかそういうやつ。よくダッシュボードの右に載っている。他にも色々やっていると思われる。

・何を考えているのかよく分からないタイプ。ほぼ中身のない記事にひたすら広告を貼る。偏狭そうな人が多い。

・「ブロガーとして」明確に互助を目指し、ブクマ不正している、らしい。偶に増田告発されているけど割とスルーされている印象(興味がないのでよく知らない)。

よく見かける「互助会」という言葉は、B)に向けて使われる。「お互いのブクマコメントブクマ数を稼いでいるんだろう!」というやつ。

でも、実際のところ。「当たり障りのない敬語コメント」は、「相手好意をもっていて話しかけたいから」「交流が楽しくて」やっているのだと思う。

その証拠に、「スターブクマフォローしたけど返してくれなかった!PVが伸びない!」なんて愚痴を書いている人は誰もいない。(このクラスタは素直な人が多いので、そういう気持ちがあったらたぶん正直にそういう記事が書かれ、誰かの目に留まるのではないかと思う)

ブクマしてほしい」という気持ちももちろん多分にあるだろうけれど、自分リアクションするにあたっては、利益を期待してやっているんじゃない、と思う。

嘘だと思ったらそのへんの、自分が「互助会」と呼んでいるブロガーに聞いてみたらいい。相手言葉をなげかけるのが楽しいから相手のことが好きだから。たぶん、思うより多くの人が、そう答えるのではないだろうか。

そうはいっても、はてブ的には馴れ合いコメントは確かに鬱陶しいだろうと思う。では、コメント欄を使えば解決する話ではないのか、とも。

そう考える人はもちろんブログを書いている側にもいて、読者に向けて「ブクマでなくコメントで交流しませんか」という提案をするブロガーもいる。読者が何百人レベルになってくると、はてブ側に気を遣ってのことだと思われる。

Twitterとの連動など、利点はあるようだれど。言葉をかけたいだけなら、ブロガー本人が「互助会」と叩かれるリスクをとる必要もないのではないかコメント欄もっと気軽に使っても良いように思う。

もうひとつ別にお互いに便宜を図っているわけでもないのに、「互助会」と呼ばれるのは何だかおかしい気がする。「交流会」「ひつじ会」とかのほうが実態を表しているのではないだろうか。(「ひよこ会」とかでもいい。何かかわいい名前がいい)

マネー勢について

で、じゃあ「スターブクマフォロー利益を得ることを目的とした行為」はないのか!というと、うんざりするほどある。

C)のアフィリエイター系。これが本当にしつこい。見るからに書いていて楽しくなさそうな、NAVERまとめ的なブログからリアクションがそこそこの頻度で来る。凄かったのは、同じ記事に2度3度つけてくる人。無言でそれをやられても、ただ気味が悪いだけで、何かを返したいとは思えないのだけれど。

相手の人格や思いを無視して、金銭のためにブクマをつけて何が楽しいのか、と。他人の顔が札束しか見えていないような、うわべだけの文章を読みたいとは個人的には思わない。まして広告クリックなんてしない。

これは自分に矛先が向くことを恐れているとか、好きな人擁護したいとかでもなく、単純にクラスタの分類として。交流勢よりも、こういった「機械的な無言のリアクションによって、露出や返報を期待する」アフィリエイター勢のほうが、真に「互助会」と呼ばれるに相応しいのではと思うのだけど、どうだろうか。

ネット上で、文章で稼ぎたいのは勿論、悪いことではない。でも、個人的に読みたいのは、誰でも書ける情報のまとめとかではない。

アフィリエイトをやっている人であれば、どうしてそれを始めたかとか。情報収集はどうやってしているかとか。ライバルはいるかとか、作業するときにかけている音楽とか。その人にしか言えない言葉面白い話。そういう文章が読んでみたい。

「読む側」としてのスタンス

はいえど。面白かったり為になる文章無料で読みたい、というのもある意味、何というか難しい話だとは思う。

医学辞典なんて手元にないかネットでいいや、とか。先述のように、企業宣伝のために作成しているページを利用する、とか。「ネット」と書いたけれど内訳は、キュレーションサイト個人がアフィ目的で作ったサイト質問投稿サイト個人ブログのどれかが引っかかることが多いのではないだろうか。

それが確実な情報源でないことは、もちろん周知の事実である。それでも取り敢えず適当情報がほしくて検索する人がいるから、それにあわせて少ない労力で情報を供給し、利益を得ようという流れが自然に出てくる。

「分かりやす出所の確実な情報」ならば、上述のように、出版業界商品に頼るのが却って近道ではないかと思うことが最近増えている。「集合知」は確かに無料だけれども、「文章」にクオリティを求めるならば、書籍を買うか図書館に行けばいい。紙が面倒ならデータの形で入手すればいい。

商業としての出版を信頼しているから、例えば某警察官やめたブログ暴露されていたように、CGMのふりをして売名する商業があるとしたら個人的には少し悲しい。プロとして作り上げたものプロモーションされたものに、正当な敬意を払いたい。

…ここまで書いてきて心配になったのだけれど、出版業界の回し者ではなく、ごく普通の読書好きのオタクが書いています。信じて欲しい、としか言えないけれども。

逆に言えば、ネットで、商業ではなく個人が発信するとき、それは受け取る側となんら変わらない、「普通の人」なわけで。文章を発信する側は全ての責任とリスクを負うべきで、受信側は何を言っても良い、ノーリスクハイリターンな立場である、とは自分には思えない。

ネットを使っている人であれば誰でも、ある程度の文章は書けると思う。たまには「発信側」になってみるのも、悪くはないんじゃないかと思ったりする。

同じ人間が一人としていないならば、誰にでも、「その人にしか書けない文章」があるはずで。私はそれが読みたい。

色々書いてきたけれども、これが正しい見方であるとは自分で思っていない。誤りや偏りの指摘も含めて、議論一助になればと思う。

2017-04-16

http://anond.hatelabo.jp/20170415230107

恒常的にバブみという言葉を使ってる母性欠乏人間だけど、いい加減にして欲しい

こっちは静かにキャラクター母性を感じて傷を舐めてるだけなのにさぁ

今回犯人被害者を殺した理由は口封じだろうに、関係ない概念引っ張り出して延焼させるのやめてくんねぇかなぁマジで

お前みたいな無自覚クズには本気で反吐が出る、マジで死んでくんねぇかな

案の定馬鹿の吹き溜まりであるクソアフィブログはちまゲロ寄稿」にまとめられてんじゃねーか馬鹿

こちとらただでさえバブみという言葉が氾濫してオタク流行として消費されてる現状とそれに注がれる冷たい視線辟易してるのに、お前のような思考力がねぇくせに頭使ったつもりになって自己完結したゴミ記事書いて風評被害を呼び起こすゴミだよお前は

ネットなんて馬鹿が多い上に専門家とお前みたいなクソ素人馬鹿境界線曖昧なんだよ

わかってんのか?

馬鹿が多いんだよ

責任持って記事書けよクソバカが

2017-03-24

未来予想

国立研究所研究をし、大学教育をする時代が来るんじゃないかと思う。というか、もう来ている。

http://anond.hatelabo.jp/20170323162129

国力と技術を示し資源を確保するための宇宙開発と海底探査、再生医療ナノテク原子物理関係は、各研究機関で。

研究重点大学は一部研究室研究所化が進み、教育ほとんど担わない上席研究員のような教授准教授ポジションを増やすnatureなどには主にこういった研究所寄稿し、将来のノーベル賞もここから出るので安泰。

それ以外の大学教員は、教育を中心に働く。科研費下位クラス研究費が当たれば、どうぞ余った時間内に好きな研究してね(余るかどうかは知らない)、というスタンスになる。そんな研究費での研究でも、大きく当たれば研究所ポストがもらえるだろう。当たらない場合は、学生の頭で考えた持ち込みテーマや、金のかからない研究が増える。そんなことでは大学教員論文の本数は増やせないので、研究所のない大学では教育業績がより重要視され、論文の本数でポストを争うことも減る。

このような未来が見えている現在、一部の、研究重点化されていないのに研究やりたい大学教員阿鼻叫喚であるが、国は一切構わないだろう。経営ができない大学から統合廃校をはかり、少子化に合わせた大学数になる。

2017-03-21

パクリキュレーションサイトTABI LABOがぱくってる件

http://tabi-labo.com

酷い

ハァ?海外サイトからぱくってるだけじゃ内科

TABI LABOは、当社が制作したコンテンツ、他メディアから転載コンテンツ寄稿コンテンツ等を発信しています

当社は、コンテンツ制作において、十分なリサーチ取材等を行い、信頼できる情報の発信に努めています

他者著作権帰属するコンテンツ画像動画文章等)を当社が制作するコンテンツ内で紹介する場合原則として事前に著作権者掲載及び取材許可を得た上で使用し、独自性を持った記事として制作しています転載コンテンツは除く)。また、掲載許可や一部素材提供を得たコンテンツには、末尾にその旨を明記しています表記は「Licensed material used with permission by ◯◯」としています

コンテンツ制作において参照した情報については、コンテンツの末尾に参照元を明記しています表記は「Reference ◯◯」としています

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170310142354

それをやりたいならコアゲーマーしかいないところでやれば?

ゲーム雑誌寄稿するとかさ

少なくとも、一般人増田の文を目にすることは、「うわっゲーマーって自意識過剰芸術家気取りでめんどくさいんだ」以外の感想が出てこないかマイナスだよ

増田のやりたいことと逆の効果になってる

少なくとも俺に対しては

2017-03-08

【疑問】大手まとめサイト 依然として森友学園事件をガン無視

俺的ゲーム速報jin

森友スレ ゼロ

ハム速 

森友スレ 6

しかし民進ブーメランスレが半分

痛いニュース

森友スレ ゼロ

はちま寄稿

森友スレ 8 

しかし民進ブーメランスレほとんど

hitomi.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1488633867/

※以前に同内容の増田ソース嫌儲スレ立ってたので、今度は嫌儲ソースエントリ書いた。

 あの時は「ニュースワイドショーその他マスコミで大々的に報じられてないから、ニュースバリューが無い」

 が言い訳としてまだ通じたが、今になってもこれ。

 中小規模のサイトで扱っているところも有るが、自民批判的なレスも多いニュース速報+スレソースに使わず

 自民好意的レスが多数のニュース速報無印スレソースとした「民進ブーメランスレ」ばかり。

2017-03-07

師走のおきなの得ろ漫画モリタイシが得ろイラスト寄稿してたけどモリタイシっぽさがかなり少ないイラストで構図も微妙だったかめっちゃ歯噛みしてる

2017-02-23

大手まとめブログによる森友学園問題火消し活動スタート

保守速報 19:18 - 2017年2月22日

民進党・玉木議員森友学園、2歳児がうんちを漏らしたらパンツでくるんでバッグに入れて食器と一緒に持ち帰らせる。児童虐待だ」←2歳児の場合はプレ入園保護者同伴だとネット民が指摘

はちま寄稿 1:30 - 2017年2月23日

税金泥棒民進党辻元清美玉木雄一郎議員国会を無断欠席し政権批判のため森友学園所有地を視察

保守速報 11:36 - 2017年2月23日

民進玉木「森友学園児童虐待」 大阪府知事児童虐待の窓口には通報来てないよ?玉木さんに連絡取ります。どこの誰が虐待を受けてるのか聞きます

ハムスター速報 12:21 - 2017年2月23日

民進党玉木雄一郎森友学園児童虐待をしている。排泄物のついた下着を持ち帰るのは虐待」←普通のことでした…松井知事虐待があったなら行政通報すべきじゃないの?」

これまで一切記事にしてなかったハム速はちま等が参入!

土地購入疑惑スルーしつつ、細かい民進党議員言動フォーカスする作戦のよう。

それにしても統制取れすぎてて怖い。

2017-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20170205225519

はちま寄稿ネイバーまとめも大企業運営するキュレーションも、

グーグルの大型顧客から「内容が薄くて質の低い悪質サイト」にはならんのやで。

大学生とか、20代そこらの社会経験に乏しいあんちゃんが企業しましたみたいなぺーぺーの新興メディアけが狙い撃ちされたってだけやで

大企業保護やで

はちまjinとかの2ちゃんねるまとめだって企業広告屋運営してるのなんてみんな知ってる事実だし

2017-02-03

学術論文文法

文章を書くのが好きで、小学生の頃から今に至るまで非現実的世界観短編小説を書いて遊んだエッセイを書いては懸賞に応募したりしている。

いくつか賞ももらったし、研究室先生雑誌(学術誌じゃなくて業界専門誌みたいな月刊雑誌)に寄稿するときわたし校正してあげたりしているし、

文章を組み立てることが人より多少は得意だと思っている。

けど、学術論文わたしがいままで培ってきた叙述法とはかなり違う文法の元に成り立っていた。

今、わたし理系大学4年生なので卒論執筆に忙しい。卒論の内容は、マイナーチェンジを加えて学会報に投稿するつもりだから先生もしっかり目を通してチェックしてくれる。

初稿をチェックしてもらって、返ってきた原稿アドバイスや注意点の青ペンで真っ青になっていた。

たくさん論文も読んだし、要旨のチェックのときにも確認したし、かなり論文文法は覚えてきたつもりだったんだけどなあ。

並列のときは(たとえば「赤と青と緑にそれぞれ色付けられた~」とか)英語に倣って「赤、青、および緑に色付けされた~」みたいな書き方を一律でしなきゃいけない。これはだいぶ慣れたけど、いつもそのときそのときで一番読みやすそうな、より語感のいい書き方を心がけてきたわたしにとっては抵抗感が大きいものだった。「赤、青、緑に~」はもちろんだめだし「赤と青、そして緑~」もグレーゾーン

「だった」「~で、」も「であった」「~であり、」とかに統一。一文の長さはできるだけ短く。

筆者を示す主語ほとんど登場させず、「我々はデータを~~に従って分析した」みたいなことを言うときには「データは~~に従って分析された」とかいう書き方になる。

英語的な表現が多くて、読みやすさの点で言うとあんまり読みやすくない。でも、できるだけ筆者の言いたいことをできるだけそのまま読み手解釈してもらうという意味ではこういう統一された文法が便利なのかもしれない。

まり読んでて気分がよくなる文章にはならないけれど、しかし、この文法を完全に身につけて必要ときに使えるようになったら、それはそれですごく大きな力になるだろうな、とも思った。

2016-12-25

qiitaアドベントカレンダー記事寄稿したくない

身内の馴れ合いいいね付けてるのがきもいから

ヘルプに書いてあるようなことを転載だけの内容の薄い記事が多いから。

2016-12-18

それでも私は、クラウドソーシング応援する。

welqの一件以降、クラウドソーシングに対する風当たりが強くなっている。

筆者は過去、主にクラウドワークス200記事ほどライティングを請け負ったことがある。だが、やがて「クラウドソーシングライターダメにする」と思い、それ以降は使用していない。ただ、世話になったことを差し引いても、たとえば主婦(夫)の方が新たな可能性を掴む土壌となったなど、素晴らしい点もあるサービスだと思う。

ただ、だからこそ、書いておきたいことがある。

それは、クラウドソーシングライターダメにするサービスと化している、ということだ。

     ◇

筆者がクラウドワークスを使っていたのは、2013年の夏から2014年の冬にかけて、およそ半年ほどだ。以下の話は当時の経験ベースにしている。ただ、発注者としてクラウドソーシングを利用している知人数人に話を聴いたところ、おそらく状況はいまでも似たようなものだと思う。

クラウドソーシングが、なぜライターダメにすると感じたのか。

それは「褒め殺しが横行している」からだ。お世辞と言い換えてもいい。

クラウドソーシング発注者は、なぜかやたらに褒めてくれる。いつどんな仕事を納品しても、

「いつもありがとうございます!」

「今回も迅速な仕事、助かります!」

「いつも素晴らしい仕事ありがとうございます!」

「いつも早く丁寧な仕事で非常に助かっています

こんな具合だ。

また、評価も押し並べて★5つしかつかない。

筆者もクラウドワークス20案件ほど発注いただいたが、オール5だった。

なにかおかしいと思った。

     ◇

発注者が期待する以上のものを返そうと努力してきた自負は、もちろんある。だから最初は高い評価がついても、単純に「ありがとうございます」と感謝を覚えるだけだった。

ただ、この違和感を覚えた直後、筆者は過去に書いた記事をすべて見直した。

すると、文章のつながりがおかしいと感じるところがあったり、恥ずかしながら誤字脱字も数か所あったりするのを確認した。

前者については、経験を積むうちに自分スキル感性が磨かれ、それまでなら気にならなかった点に違和感を覚えるようになった可能性はある。だが、後者の誤字脱字はそれ以前の問題だ。

もし、発注者がきちんと記事内容確認しているなら「誤字脱字があります」と連絡するはずだろう。

だが、そうした連絡は一度もなかった。

では、なぜ連絡がなかったのか。考えられるケースはいろいろある。

たとえば、

1:このくらいならこちらで直してしまおうと、スルーしているケース。

2:面倒だからこのまま掲載してしまおうと、スルーしているケース。

3:そもそも記事確認せず、そのまま掲載しているケース。

こんなところだろうか。

そもそも記事内容確認しないのが問題なのは、すぐ分かるだろう。著作権法違反していても、その記事がそのまま掲載されてしまう。今回のwelqのケースだ。二番目も同様である

では、冒頭の「こちらで直そう」はどうだろうか。

実はこれもかなり問題だ。

なぜ問題なのか?

ライター自分ミスに気づかないからだ。

     ◇

上述した通り、クラウドソーシング上では、基本的に褒められることしかない。よほどひどい仕事対応でもしない限り、大抵の場合は受注者に対してポジティブ評価コメントが並ぶ。

だが、それは言い換えれば「欠点を指摘されることがない」ということだ。

欠点を指摘されなければ、その改善はできない。PDCAが回せない。最悪、称賛を浴びすぎて「俺すごい」「私すごい」と勘違いする可能性もあるだろう(意識的であれ無意識的であれ)。その勘違いは、自分省みる機会を奪い、スキル知識を磨こうというライターとして当たり前の使命感と向上心を削ぎ落とす。

自分仕事の不足に自分で気がつける人なら問題はない。

しかし、駆け出しのころは、そうしたセルフマネジメントもなかなか上手くいかない。「良い記事とはどんな記事か」「守るべきルールはなにか」を見極める知識感性がないため、自分記事の不足を自分で見抜けないのだ。

からこそ、他人の目が大切になってくる。

もちろん発注者フィードバックする義務はない。長期的にその受注者と付き合う気がなければ、褒め殺し・お世辞を駆使して一時的に良好な関係を維持し、円満に「さようなら」するだろう。

ただ、それはあくまで「表面的・短期的」な話だ。

そうした「誉め殺し」の蔓延が、クラウドソーシング登録しているライター全体の平均値を下げている可能性は十二分にある(というか確実にあるだろう)

まり「褒め殺し」のデフレスパイラルである

フィードバックがないことで、ライターは成長機会を奪われる。

それによって、クラウドソーシングからまれライティング平均値が下がる。

それによって、粗製乱造が進む。

それによって、発注者サイトの質は下がる。

それによって、発注者は儲からなくなる。

誰も幸せになれないのだ。

     ◇

もっとも、このあたりはライター自己責任だろうという意見もありそうだ。一理も二理もあると思う。

受注を受ける以上はプロとして仕事をしなければならない。クラウドワークスランサーズにワーカーとしてアカウントを持っている以上、プロとしての自覚を持たなければならない。

そしてプロである以上、教えてください・指摘してくださいなどという受け身の姿勢はいけない。

実際、クラウドソーシング仕事を依頼すると、できないことに対して「できません」と返信してくるライターが多いように感じる。だが、できないことを「できない」と言いつづけていては、成長できない。

また、この手のスキル意識に不足が目立つライターは、クラウドソーシング以外で仕事をとることが難しい。そのため仕事はすべてクラウドソーシングから受けるしかない。よって、フィードバックがもらえない仕事を延々と受け続ける。

まり、成長しないのだ。

一方、実力がある人は、どんどん自分仕事をとっていくので、クラウドソーシングからは離れていく。安い仕事をつづける理由などないからだ。

よくサイト運営している知人からクラウドソーシングにはロクなライターがいない」という声を聴く。その実態の裏には、あるいはこうした背景があるのではないだろうか。

から安値の依頼でも、普通に受注される。1文字0.5円でも受ける人がいる。

なぜか。

ほかに仕事がないからだ。

ほかに仕事がないライター

安値で買い叩きたい悪徳業者

いまのクラウドソーシングは、この二者のみが跋扈するプラットフォームへとなりつつあるような気がしている。

     ◇

では、なぜ「褒め殺し」が横行するのか。

しかしたら、発注者側がライター側に気を遣っているのかもしれない。

あるいは、自分の体面を気にしているのかもしれない。

クラウドソーシング上では、発注者がどんな評価をつけたかは誰の目にも明らかだ。よって、自身の体面を気にして★5つしかつけない可能性はある。上述した「褒め殺し」に等しい受注者とのやりとりも、彼・彼女から評価をもらわないためかもしれない(もちろん、なかには素直なコメントもあるだろうが)

だが、クラウドソーシングで取り交わされる仕事は、当たり前だが「ビジネス」だ。

ビジネスで遠慮などいらない。褒めるべきは褒め、言うべきことは言うべきだ。

     ◇

閑話休題

ある知人のライターが、こんなことを言っていた。

曰く「ありがとうございます! これで大丈夫です! と言っていたのに、掲載時に手直しが入っているのを知って、気分を害した」とのこと。

修正点があるなら、その場で言ってくれ」と思ったそうだ。

以来、その業者から仕事は二度と受けていないらしい。

     ◇

welq問題を皮切りに、クラウドソーシング全般「悪」のような風潮が蔓延しないか、筆者は危惧する。決してクラウドソーシングというサービス自体「悪」ではないと思うからだ。

もちろんクラウドソーシング運営会社には、上述した受発注時の悪癖や、ほかに要因があるのであればなんとかして欲しいとは思う。ねとらぼ記事のように、運営会社営業が今回の問題に率先して加担していた事実があるのなら、即刻やめてもらいたい。

ねとらぼ|「クラウドソーシングサイト共犯だ」 キュレーションメディア炎上騒動についてWELQ記事寄稿ライターが怒りの告発

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1612/13/news140.html

それはべつに、運営会社のためでも、その社員のためでもない。

このままでは、せっかくの素晴らしいプラットフォームが、ライターを安く買い叩いてやろうという悪徳業者によって汚される一方だからだ。

クラウドソーシングによって新たなチャンスを得られるかもしれない人々から、そのチャンスを奪うことになるからだ。

べつにその営業がクビになろうが、どうでもいい。

     ◇

一方で、ライターにも問題があると思う。

今回のwelqのような記事を書いていて「これまずくないか?」という倫理観が欠如しているというのは、極めて問題だ。

ねとらぼ記事では、告発したライターが「クラウドソーシングも同罪」と言っている。

以下の記事だ。

ねとらぼ|「クラウドソーシングサイト共犯だ」 キュレーションメディア炎上騒動についてWELQ記事寄稿ライターが怒りの告発

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1612/13/news140.html

ライターよ、あなたも同罪である

     ◇

クラウドソーシングが新たな就業スタイルキャリア可能性を切り拓いたのは、紛れもない事実だ。

筆者も、ライティング経験ゼロからクラウドワークスライター業をスタートし、個人ブログ経由で出版社から編集ライティングのご依頼をいただいたり、上場企業編集長委託していただいたり、貴重な機会を手にすることができた。

クラウドソーシングがあったからこそ、手にできたチャンスだった。

から最後はこの二言で締めさせていただく。

がんばれ、クラウドソーシング

すべての運営会社は、改めるべきをしっかりと改め、真っ当な会社に生まれ変わって欲しい。

2016-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20161125205533

字面だけみて「江川紹子」が書いた記事勘違いして「そんなカビ臭い論をかますようになったんだ。年取ったなー」と思ったら別人の「江刺昭子」でした。

現在寄稿された論を見てそれをバカにすることは簡単にできると思うけど、書いた人はwikipediaによると74歳ということなのでそれはある程度差し引いて考えるべきではないかと思ったよ。

今74歳ちゅうと、団塊世代の真っ只中よりもちょっと年上くらいで、今よりも数百倍は家制度ってもの社会的締め付けが強かったころだったわけよ。

私もおばあちゃんから聞いた話なんで又聞きになっちゃうけど。

若い頃に鬱積した恨みとか価値観とかは例え年代が変わっても消えることはないっていうことをその記事からは学ぶべきかなって思うよ。読んでないけどさ。

しろ今74歳でフェミ自称してる人っておっそろしいほど自我が強いイメージが有る。

やっぱりフェミフィルターはどっかおかしいと思う

新聞江刺昭子なる女性研究者寄稿があった。

記事では日陰茶屋事件という100年前の事件が取り上げられており、大逆事件で知られる大杉栄

何股かけていて約束を破ったら刺された、とかいう話だったが、そんなのはどうでもよろしい。

話題最近不倫騒動に移り、昔と比べて女性経済的自由を得た現代でも不倫バッシングがあるが、

それは家制度を復活させようとする勢力のせいかもしれないという内容だった。

なるほど、女性史の研究者という立場からすると、あの騒動はそういう風に見えるものらしい。

いや、そんな面倒な話なんだろうか。

不倫バッシングについて私見を述べると、あれは単に結婚という契約を破ったことと、

それが今まで当人が作り上げてきたイメージ矛盾していることが問題とされたのであり、

制度の維持というとこまで意識していた人は少数派だったとしか思えない。

ただ、一連の騒動では、キャラクター自体を売りにし、スポンサーから金をもらうタレントと、

本人がクズでもその成果物は別個に評価されうる人がいて、両者で受けるダメージに差がついてしまった。

そこはまあ同情の余地がある。

不倫が発覚したことで、結果的女性の側が大きなダメージを受けたことは間違いない。

だが、そこに家制度というのは大して関係してこない。制度を破ったのは、男も女もお互い様だ。

あの場合、女がああいキャラで売っていたから、裏切りの対価が高くついたというだけの話だ。

男だけが不当に守られたのではない。彼らは自分を守る術を持っていたのだ。

そもそも、男はキャラクターなんて漠然としたものでは、なかなかやっていけないのである

そんなものでは評価承認もされないから、わざわざ別の努力を積み上げなければならない。

己の技能が芸というレベルに達して、ようやく公共電波に乗ることを認められる。

逆に、女というのは積み上げた技芸よりも、若さキャラクター世渡りしている部分がまだまだあって

(男の側も女の努力や才能を評価していないわけで、そこは大いに反省すべき点だ)、

からこそ、それを失ったらどうしようもないというだけではないのか。

何でもかんでも家制度や家父長制のせいにする論調には、いやMMRじゃねえんだから、と突っ込みたくなる。

二言目にはユダヤのせいとか言い出す人と同じ臭気が漂ってくるではないか

2016-11-22

http://anond.hatelabo.jp/20161122023244

元増田記事消えてしまったが、結局あれはそういう出来なのか。

pixivで元となる二次創作序文だけ読めるので、それは読んだんだが文章を読ませる力はあるように思えたし、グロテスク描写がある割に読みやすくも感じた。

元ネタ小説オマージュ、借用のおかげの部分もあるのかもしれないが。


一方で、その二次創作題材となるアニメキャラクター自体矛盾の塊、魅力の無さの権化みたいなキャラクターばかりが出てくるアニメ作品からSFと絡めてあの作品二次創作を行うとしたら、その設定の矛盾点やキャラの魅力のなさへの皮肉と絡めて書くことができたら唸る作品が生まれたかもしれないと思った。

オマージュ、というよりパクリを用いているといえばその二次創作題材となるアニメ盗作問題炎上した。未だに誰も反省の弁を口にしていない近年でも最悪のシリーズ作品だった。

からその点も含め、皮肉を込めた作品にできていたら、二次創作の名作になったかもしれない。

まあざっと読んでも、エログロSFおもしろおかしく混ぜてみても結局は単純にその出来の悪いアニメ作品キャラクターへの盲目マンセー百合パロディみたいなノリで終始しそうな気配がぷんぷんしたからどうにかして読んで見たいなんて気は起きなかった。

元がファンアンソロジー本への寄稿小説からそんなもの載せられるわけがないのだろう。

その序文だけ読んでも察する所はあったが作者のTwitterや読者の感想を眺めてみるとやはりアニメラブライブの影響を受けての礼賛的なテーマが込められているものなのだろう。だから残念ながら面白そうとは思えない。

それと、それらを見ていたら、やはり「君の名は。」「紫色のクオリア」に似ている的な言及が見られた。

自分は「紫色のクオリア」は超絶名作だと思っているが、それを先に知っているだけに「君の名は。」がストーリーや設定的に陳腐に感じられ、かといってもちろん萌えアニメキャラアニメ的な軽薄な派手なキャラ付けも弱いし、TSネタも使い古された薄味のものばかり、恋愛エンタメ性すら弱いため、なかなかにまらなく感じた。

まあ駄作ではないのだろうが、名作とはどう頑張っても呼べない。欠点が多く長所がそこらへんの深夜アニメと比べても少ないレベルであるが、不快になる作品ではなかったから人の好みや気分によっては良作と呼べるのかもしれない、という程度の感想だ。

ラブライブ!が好きな連中には「君の名は。」も絶賛できる輩が多い印象がある。どちらも辻褄がスカスカで、かといって爆発力的なエンタメ性や萌えなどがあるともいえない。強いて言うとラブライブ場合ライブシーンや楽曲君の名は場合は美麗作画で誤魔化しにかかっているがまともに見ていたら満足感に到底結びつかない。変な薬か宗教に浸かるでもしない限りは。

実際自分君の名は。を見た時に自分ラブライブのことを思い出した。この辻褄の矛盾が気になる構成、辻褄云々を吹っ飛ばしてくれるエンタメ的なシーンを用意できない構成、それで誤魔化した気になってるのかと突っ込みたくなるふざけてキチガイダンスしだしたような寒い演出。そんなことに目をつぶりながら見続けても結局陳腐な話でサービスもなく終わり何もカタルシスが残らない作品。まあ君の名はそこまでは酷くないが、方向性としてはそういう面で似ていたし、あれが世間で人気だという点も含めて、こういうものこそが広くいいものだと思われる認識が広まるのは日本世界文化にとって危機的状況だと感じた。

人間科学技術や知能の発展というのは人間歴史が続く限りは永遠に続いていくと思われがちだがある時をピークに衰退に転じるという予測もある。手塚治虫の「火の鳥」でもそんな話があったように記憶するが、もしかしたら映像芸術文化芸術表現力や認識力において人間は既に衰退に転じてきたのではないか…なんて思えてきている。


恐らく序盤のシーンを超えていくと、上記の作品に似たエッセンスを用いた流れがやってくるのだろう。そうなると二番三番煎じかつ、元ネタアイドルしかもあのクソアイドルアニメということで説得力には期待ができない。

結局あの作品の大半を占める百合なら何でも喜ぶタイプオタク、ラなら何でも喜ぶタイプオタクが読まないと賛美するという方向に思考が結びつかない、ラブライブ二次創作に相応しい作品なのだろう…。

アイドルになれるとかアイドル概念がどうとか言っているが…三次元アイドルとは違って、理想を実現させられるはずの二次元アイドルという概念三次元現実やその事情と絡め貶めた設定を用いた、アンチ二次元アイドル権化であるラブライブ!、そしてアンチ二次元アイドル権化であるアニメ版矢澤にこ元ネタになっている点で作者や読者のアイドルという概念の捉え方や理想(のアイドル)の捉え方にも期待が出来ないどころか絶望的な不安しか感じられない。

百合は素晴らしいということを否定はしないが、結局のところ百合マンセーラブライブマンセーナントカSFマンセーを行う道具として片手間で作られたラブライブらしくラブライバーらしい小説が元なんだろうなあ…と想像を働かせてしまうのだった。


これに限らず、なんかの受賞作品といってもその賞自体価値審査自体価値が危ういなんてのは珍しい話でない。

必ずまともな審査員しかいないコンテストなんて殆どどこにもない。ノーベル賞アカデミー賞ですら賛否両論は珍しくない。

からまともじゃなくていいなんてことではないが、どうしようもない人がどうしようもない作品を作っても何かが間違うと高く評価されるなんてこともあるかもしれないのだ。

今はピコ太郎の「PPAP」が流行している。しょうもないとまでは言わないが、素晴らしい含蓄がある歌詞画期的で流麗な音楽に感動した…なんて到底言えないものだ。

しかし、どんな歌詞を込めてどんな演奏力ある楽器隊や歌唱力あるボーカルを擁して作られた他の殆ど日本音楽よりも今は世界的に流行評価されてしまっているのが現状だ。

から、その最後最初のなんとかみたいな駄作小説が賞をとれてしまうこと、ラブライブかい駄作アニメが売れたり賞をとれてしまことなども含め、そういうのを見てると、ワンチャンどころでないチャンスが実は世の中誰の目の前にも転がってるのではないかと思う。

しかするとラブライブやこの小説はそんなことを言いたかったのだろうかと思ってみてもやっぱり評価する気にはならない。

2016-11-21

http://anond.hatelabo.jp/20161121230106

まあこんなんばっか(2重の意味で)だから俺はお願いされても寄稿したことはない

2016-11-18

俺がオナる際に考えてる妄想を「それ、10年前に流行った作品にあったよ」と言われた話

昨日、映画感想愚痴を言いたくて友達とこんな話に、映画世界観説明する時に「僕のオナネタの設定を説明する」という事態に発展した。

オナネタということで…

現実ではなかなか厳しい合理的ハーレム二股を実現してみたい

伊東ライフ作品のように、ただ「ヌク」という行為のものが褒められる世界

・それらがありながらも、自分が一番好きな子が悲しまない精神構造または行動原則を持ってること

・親近感が湧くように、主人公ブログもっと稼げて基本的に家にいる俺

みたいな設定の前提条件に置きながら、自分なりに模索した。

その結果、ちょっと人に言うのが恥ずかしいぐらいひどい設定ができていた。

隠れて浮気・お店に行くのはNGだが、公認愛人・家政婦はOKという落とし所をもった奥さんと結婚した世界観


一応、大まかなプロットを話していくと

・若くして世襲という形で経営者になったせいで、お金には余裕のある奥さんがいる。

特にブログをやりたかったわけではないが、はみ出し者にブログを教えるか、寄稿するかアフィリエイトするかでお金を得てる俺の変な生活面白がって(若くして家業を背負った自分にはできない面白さがあって)繋がる。

・「仕事が好きでかつ、勤務時間前後はきちっとしたい」という理由から通勤時間時間前〜(仕事中)〜家に帰って来てスーツやYシャツを着ている時は一切の行為・いたずらは禁止

この辺が二人暮らししてる時から基本的な設定。

ただ、僕が求める頻度が多くなった時に、「この設定だと、奥さん大変だし、大変なことを考慮してできない日の妄想をしてたらおかずにならない」ということで、妄想した時にいつもちゃんと濡れ場が来る設定に変えるためにテコ入れをする。

仕事差し支えがある時や生理など奥さん側が「できない・したくない」時に申し訳なさと煩わしさから、俺に愛人作りを推奨される。

・とは言え、カネがかかったり、貢ぐ方向に暴走されても困るから、その手のお店は禁止。奥さんか公認の人としか抜けない。

・俺にそんな度胸も当てもなく、なおかつ「別れる口実」だと疑って愛人を作らない日々が続くと、彼女の方からメイドを雇う」という話が出て、なおかつその子と一緒に3人で夜を過ごすことが続く。

・奥さん、軽度のレズ/射精管理/他人セックス鑑賞/AV的なエキセントリックシチュエーション再現に目覚める。(その結果、色んな子が通い婚的にローテーションしたり、「そういうツテがないかみんなで秘密を共有できる子を探す」という話に発展すると同時に、俺も俺の愛人も奥さんのおもちゃとなった結果として、やるという行為に発展してる状況ができあがった)

・それでも、一緒に住むことになったメイドが「抜いてあげられる、求められる自分が好き」というめちゃくちゃ自己肯定欲の低い従順すぎる子で、結果的には彼女とたくさんすることが大半。また、奥さんとスケジュールが会わない時に押しかけてきた女の子としてる時は彼女が見張ってる(という体の彼女への放置プレー焦らしプレイ)が実現する。

という変化が加わった結果、3つのまりが追加される。

・結果、「奥さんか公認の誰かとしかやってはいけないが、家にいる時には(奥さんの仕事通勤邪魔にならない範囲で)どんだけ女の子にがっついてもいい」。

関係を持った女の子が増えた結果として、「家計に入れなくていいから、稼いだお金は全部ブログ交際費に使うこと。男の子お金を出してるという体裁の方がメンツが立つし、やらせることへの抵抗感が減るから

浮気愛人公認する代わりに、一人で独占したり、関係性をぶち壊すような誘いを、他の女の子禁止する。破った場合離婚&訴訟。(という決まりを作った途端に、奥さんよりカワイイ女の子が思いついても、奥さんより妄想の頻度にメイドの登場数が増えても、奥さんほどの度量の大きい女性が他にいないことを知らしめられたため、俺は奥さんに足を向けて寝られないし、俺自身も奥さんが一番だと念押しする形になる。)

…我ながら「合理的だし、実際に聞いた女の子自身発言や趣向に配慮したやりたい放題の男像」を作ってみた

だが同時に、「いくら合理的といってもこんなことをOKする女性はいないし、法律のことはよく知らないけどきっと何かしらの法律抵触するだろう」と思って、このオナネタを人前で話したことはなかった。

少なくとも、邦画でこれを上映したら「歪んだ関係」みたいに言われるだろうし、アニメではこんな強度の高い設定のハーレム萌えアニメを俺はそんなに知らない。(しいて言うなら、彼女がいてなおかつハーレム化物語落第騎士の英雄譚境界線上のホライゾン辺りぐらいだと思う。)

ところが、友人に「奥さんができすぎててなおかつ、歪んでる結果として、奥さん公認管理のもとでハーレムができてる状況だよ」という概要説明して言われたのは「戯言シリーズがそんな感じの描写人間関係あるで?」と言われた。

いたことに西尾維新10年以上前にそんな作品を作っていたらしい。だとしたらそれはすげーわ。

僕は

ガッチャマンクラウズ(人に優しすぎて結果的に都合のいい人みたいになってる一ノ瀬はじめ)を奥さんの元ネタに、

伊東ライフ作品的な「射精管理趣味または自己承認のための行動と化してる」という概念

桂井よしあき作品のあるヤリチン的な人の話の「お嬢様学校女の子達が、ヤリチンの用務員に好き放題させることで、恋人を学園単位で共有してる設定」

境界線上のホライゾンみたいに「恋人がいるのに、幼なじみも、姉も、親友もそれぞれ違う立場で全員がトーリが大好きという形のハーレムができてる」

辺りを元ネタにしてミックスして作った妄想から西尾維新の影響ではない。つうか、西尾維新作品めだかボックスの2期と化物語を人並みにしか見てない。

そして、その友人は戯言シリーズを勧めたいがあまり、僕のブログ戯言シリーズ難解な寄稿を2つも書いてくれている。(あまりにも難しすぎて、まともに読めたという評判を聞かないのが悩みだけどね)

前編 http://www.tm2501.com/entry/Contributions-from-the-ghost_i

後編 http://www.tm2501.com/entry/Contributions-from-the-ghost_i_introduction

リンクを貼ったことで宣伝っぽくなっちゃってごめんな。

でも、僕は僕が彼とは全く違う元ネタ実体験の末に編み出したものが、彼に話すと「それ、フィクションで見たよ」「哲学者ツイートしてたよ」と言われて、考えていることが合流していくことがすごく多いんだ。

そのことの面白さというか、妙を語りたかったんだけど、青二才ブログで俺のオナネタの設定を語るとGoogle AdSense抵触する危険があるし、なによりも女性ファンが減りそうで怖くなったから、左手イカ臭おっさんしかいない増田に書かせてもらった。

なんか…ごめん。

若くなくなった女が生き延びるには

2003年、神さまは私に「三十五歳」という年齢を与えてくださる。

一生に一度しかない「三十五歳」をどのように過ごすか、

運命の鍵を握っているのは他ならぬ私自である

2002年12月、34歳の鷺沢萠神奈川新聞に上記の文で締められる短文を寄稿した。

結果的に04年4月、35歳で自死してしまうのである

今日の突然の訃報を聞いて、咄嗟連想したのはこのことだった。

出産が難しい年齢になったから?

容色が衰えていくから

個体としての制約もさることながら

若い女としてのニーズ」がなくなっていくこともダメージの一因では。

特にフリーランスで働いていれば、より強く痛感していた可能性がありそう。

なかなか「年齢なんて、ただの数字」と言い切れる女性作家は出ないね

生涯独身(予定)のままバランス崩さずに作家活動してる人なんて群ようこくらい?

猫か、猫なのか(表題)。

2016-10-18

http://anond.hatelabo.jp/20161016215206

昨日、自身経験から残業禁止にしてもブラック企業は生まれるよという話を書いた。

予想以上に反響があり、また想像以上に私の意見が伝わりらない部分があったように思えたので、ブコメで出ていた意見突っ込みに対して回答を書きたい。

これでもまだかつて私が在籍していた会社他人事として笑っていられるだろうか?


Q1. 単に残業禁止にするだけなら弊害出るのわかってるでしょ?馬鹿なの?

A1. 今回の残業禁止令は外部から来た役員の発案でしたが、外部から来た役員というのは往々にして社内に基盤がない。

部外者が社内に居場所を作るには何かの実績を上げる必要がある。

そんな新役員の野心と、人件費削減という汚れ仕事よそ者押し付けたいという元から経営層の思惑という利害の一致が

今回の短絡的な残業禁止令につながったとわたしは思っている。

ちなみに新役員イメージとしてはマクドナルドベネッセ社長歴任した原田氏を想像していただくと話が早い。


Q2. 業務効率化を優先的にしなかったのが悪いのでは?不要会議をなくしたりしなかったの?

A2. かつて在籍していた会社情報を書かなかったので、いろいろ想像をする余地ができてしまったのかもしれない。

ひょっとしたら『Excel方眼紙Faxが現役です!』みたいなロートル企業想像されたのかもしれないが、そうではなかったと明言しておく。

PC一つとっても、技術系の社員フルHDデュアルディスプレイが標準装備だったし、

会議だって外せないコアメンバー以外はSkypeで自席からの参加でよく、必要な部分だけ入ればよかった。

上司の決裁がいるときも、ハンコをもらって回るなんてことはなく、直属の上司関係者CCに入れたメールを送れば終わりだった。

Wikiベースの社内グループウェアも導入していたし、生産性については割と理解のある会社だったように思う。

不要業務といえば、社員旅行花見といった昭和文化は遠く昔に廃止され、学会発表業界紙への寄稿といった業務関係あることも数年前に廃止済み。

これ以上どこに無駄が残っているというのだろうか?


Q3. 人増やせよ。教育削るなよ。

A3. 人を増やすのって一朝一夕でできることではない。特に技術系の仕事は一人前の戦力になるまで時間がかかる。

かつての弊社の場合社員総数800人程度で、毎年平均して30人程度の新人採用していたが、もし人員増を計画したとしても一気に100人採るなどということは不可能だっただろう。

採用コストもあるし、オフィスの空きスペースがないというのもある。一番大きいのは『教育リソース』の問題だ。

新人指導するのは30代~40代の中堅、ベテラン仕事だったが、日常業務の主力である彼らの時間を『OJT』という名の教育でとられるのは短期的にみると戦力ダウンに直結するからだ。

ちなみに残業禁止後、新人教育が削られたのも、業務の主力たる彼らが事業に専念しないと仕事が回らないため。

で、そういう面から考慮した結果が採用人数30人という数字なわけで、これではどう頑張っても年4,50人に採用を増やすのが限界だろう。

現実的に考えると人員適正化には5~10年くらいはかかるんじゃないだろうか。

また、人員に余裕を持つということは、不況時にリストラされる可能性が上がることも意味しているわけだが

これの件については皆さんどのようにお考えなのだろうか。私はリストラを食らうくらいなら平時残業労働力不足をカバーする方がましだと思うのだが。


最後に反ブラック企業の皆さんへ。

私もブラック企業文化には反対の立場だが、私の文章の表面的な部分を拾って一斉に弾劾する皆さんのコメントからは、ブラック企業の『匂い』を連想せずにはいられなかった。

正義御旗のもとに盲目的に悪を弾劾するのもありだとは思うが、こういう世間空気による同調圧力こそがブラック企業長時間労働正当化した原因だということを思い出していただけないだろうか?

それから、私がやっているメーカー仕事だが、国内同業者との競争だけでなくてアジア新興国との競争も激化しているというのは周知のとおり。

彼らのハングリー精神はすさまじいものがあり、昭和の日本を思わせるモーレツぶりを発揮している。

そんな状況において、国内一社が働き方を変えただけではどうにもならないと思うのだが、そういう場合でも一律に社会悪だというのだろうか?

どうも最近議論は近視眼的すぎるように思う。狼男を撃つ銀の弾丸存在しないのだ。理想論を語るのもいいがもう少し現実を踏まえて議論してはいかがだろうか。

2016-10-12

マネ会のはてなオールスターっぷりがすごい

マネ会って最近覗いているけど、はてなブロガーオールスターっぷりがすごいな。

クレカの人の記事で気が付いたけど。

社会系、経済投資系のはてなブロガー株式会社はてなが囲い込んでコンテンツ供給するビジネスになっている。

ちょっと見ただけでも

今をきらめくブクマ魔人ラクカラチャ 

ゆとりずむ

http://www.yutorism.jp/

親のブクマ魔神rootport 

でまこい

http://www.yutorism.jp/

投資サードブロガーikahonokaho

FX初心者向けまとめ解説株式投資もあるよ)

http://earningmoney.hatenablog.com/

マネー全然関係ない ホマレ姉さん

今日、なに食べよう?〜有機野菜の畑から~ 旬の野菜と珍しい野菜簡単レシピ

http://www.homarecipe.com/

こいつらにマジに書かせたらかなりブクマまりそう。

リンクうはうはドメイン強化アゲアゲ

アフィリエイトは金勝負世界になってきたな。

サイバーエージェントマジでえげつないな。アフィリエイト大元が、業界利益すべて刈りにきたな。

クレジットカードの人が指摘していたけど・・・

どうでもいいけどクレカの人は書かないのか?

依頼があってもマネタイズ職人から寄稿なんかしないで自分のサイドで書こうってことことかな。

結局クレカ最強が証明されたかもしれん。

はてなブログから会費を取るだけじゃなくて、専属ライターにする株式会社はてなおそるべし。

2016-09-11

僕がシン・ゴジラについて「はいはい庵野庵野」と言ったのは、庵野秀明作品の中ではあからさまな様式美の詰め合わせでかつ、他作品でやったことのやきうつしだったからだし、そこに熱狂する人はオタクとして強度が… / “東浩紀氏「シン・ゴジ…”

典型的学者気取りのオタクが書いた、わっかりにくい日本語と、エビデンスで取り繕ったクソみたいな文章の好例。こういう文章自己満足でつくることを評論だ、批評だと言う人が嫌いで俺は評論同人への寄稿をやめた / “『君の名は。』の大ヒ…”

アニメについての評論批評を見ても作品面白くなる解釈ができるようになるわけでもなきゃ、アニメの見どころや作画的な技術論がわかるわけでもないことに気づいた途端に急に冷めてしまったのです。あー僕がやりたいのは作品紹介や楽しく見るために抑えておきたい情報であって評論じゃないな~と

オタク文化リア充色や社会派色を帯びて一般化して、オタク時代は終わった」とか言ってる東浩紀に心底言いたいのは「今の20代子どもの頃に押井守アニメエヴァみたいな要素を含んだ冒頭からスタートするミュウツーの逆襲からアニメを見始めてそれがおとなになっただけ」ってことさ!!

支援ブクマ。いいぞ~ころしあえ~ / “「『動物化するポストモダン』はどこがまちがっているか」はどこがまちがっているか - 赤目無冠のぶろぐ” (2

オタク論」は学者ごっこでしかなくて、実際にコンテンツ好きな人コンテンツの話をするためにやってることではないからなぁ~。「評論ごっこ」「論文的なエビデンス漫才ごっこ」であって、もしこれを人文系学問というならこんなもんに国がカネ出してる方が異常。憧れて同人作るのも狂気

オタクという自意識を持たない人をリア充だというならそれってどうなんだろうって感じはあるし、ジブリアニメで育った世代オタクじゃなくてもあんなこじらせたもの国民的娯楽だと言って幼いうちから見せられてるんだからオタクじゃなくてもその基礎的な土台はオタクなんだと思うぜ?


@tm2501 いやだからその事実自体が「オタク時代は終わった」なのでは

@kimiterary だったら、それは20年前(もののけ姫や、ミュウツー邦画歴代ランキングで上位に食い込んで、アニメ映画オタク以外が見に行く時代になった時)に約束された話だから、今それを言うこと自体が遅すぎない?…とは思う。

まぁ、その辺は記事にしたので夜に出すけど.それはね、多分「表面上の言葉でこの言い方をしたら絶対に誤解されるから、俺なら絶対こんな言い方をしないわ」っていうレトリック問題であり、ある種の(正直言って、納得行かないけど)同族嫌悪なんだと解釈してるよ…うん

@tm2501 確かにもののけ姫ミュウツーに「オタク特有グダグダした心理」の描写はないんだけど、その二十年分の変化の集大成として、節目の年と感じてるって話じゃないのこれ。その二十年前にいるのがまさにエヴァなわけでさ。

@kimiterary 東浩紀文脈オタク定義動ポモで扱ったものやそれを論じたゼロ年代ゲンロンとした上で)あるものエヴァでありエロゲなんだろうと思うけど、世の中の人ターニングポイントが本当にエヴァだったのかと言われるとそこにはとても疑問を感じるかなぁ…数字問題として

というか、うちのブログやそのスタンス自体が、「哲学者批評家の言ってることを噛み砕いて、アカデミック言葉を使わないで書く」という部分(本人すらアカデミックでそれをもっとシンプルに言い表した言葉があったことを知らずに書くことは多い)があるからねぇ~うん。

@tm2501 「誰しも土台にオタク的部分がある」のは普遍的にそう。ただ、それを突き詰めても「だからみんなオタクであり同時にオタクではない」みたいなところに帰結するだけで、そこからこぼれ落ちる人間、こぼれ落ちる想像力は確実にあって、で、それらはもはや力を持てないって話なんかなと。

@tm2501 世の中のターニングポイントエヴァだったのかが問題なのではなくてシンゴジラ監督庵野であることがこの文脈では問題なのでは?

@kimiterary あー…直感的には理解したけど、いいアクションを持ち合わせない部分がある話やなぁ~。

@kimiterary あー…うん。(概ね納得)

だとするとすげー個人的な話を主語がでかいままネットに書き込んだ系のことやなぁ~。「お前はそうかもしらんが、一般的分岐はそこじゃないだろ」的なモヤモヤ個人的な話である時点ですでに意味を持たないというかその人の手を離れるわな…

@tm2501 つまりアニメマンガ文化愛好者」としてのオタクと「少数派としてのグダグダメンタリティ所有者」としてのオタク問題。前者がもはやメインストリームに取り込まれた(皆オタクであり非オタ世界)として、後者想像力が表出してくる余地果たしてあるのか、でしょ。

@tm2501 そもそもアレ個人の感想だけどな?

@kimiterary それな(盛り上がってるから真夜中にがんばって記事を書いたけど、結局東浩紀との対立というよりも、EXILEまでオタク的になったという話までの道のりを自分ポケモンとかジブリを使って補填するようなすごく説明的な記事からいいんだけどさ…)

@kimiterary 「後者はそもそもオタクなのか」とはてなブログにいるとすげー思うけどなぁ~。結局、何を議題にしてもグダグダにグズグズに揉めてる印象があるからオタク論争だけでなく、人間関係でも、サイトブログアルゴリズムテクニカルな話でも

@tm2501 ちなみにこんなこと言っておいて難だけどセカイ系とは相性が悪いマンからさほど感慨はない……w

@kimiterary あ、僕もそこはどうでもいい派。15年以上前オタク同士でランデブーしてろ派だし、安易に話に入ると誰も幸せにならないか意図的スルーする

@tm2501 端的に言って本人の能力値がどこでいいからどこかに向けて高くない限り救いようがない人種だけど、わりとそれオタクの本質の1つだと思うんだよな。








@tm2501 てゆーか貴方だしすっげえ雑なこと言うけど、要は1つのテンプレとしては太宰に感情移入ちゃうタイプメンタリティが挙げられるんじゃないの、後者ファウスト系に人生曲げられたマンとしてはこの辺他人事ではない

@kimiterary それ、私には発達障害問題IQの低さと高さが混在した人間宿命や悩み)の話に聞こえるから哲学案件ではなく、精神科案件か臨床寄りな心理学案件な感じがあるかなぁ…。個人的な話でもあると同時に、それらを病気や克服すべき問題定義したのはそっちだし。

@kimiterary そこまで広くくくっていい話だとすると、それは確かに哲学案件


@tm2501 俺としては「病気が治ってしまったら病気が治る前の自分は死んでしまう」みたいな感慨があるからいかに病を抱え続けていけるかの問題自己肯定問題なんだけどなそれ。戯言遣いが言う「変わりたいって気持ち自殺だよね」に未だに取り憑かれてる感。

@tm2501 「太宰に感情移入ちゃうタイプ」の「太宰」に代入出来る解としての庵野なり新海ではもはやなくなった、ってことだと俺は理解してるし、なんならそこに代入できる解って今の世界にいるのか?そもそも求められているのか?ってところで一般化していけそうではある。


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オタク時代が終わったのではなく、リア充オタクな影響を受けた世代大人になっただけじゃないの? - かくいう私もでね

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