はてなキーワード: 殉職とは
既存の役を降板する必要ない→今回降板した役のファンを食って中絶強要・暴行という事実があるのに、何食わぬ顔で続ける方が怖いわ。神経の太さ丸太並か
原作者からの要求があったとかじゃないなら云々→原作者が許して済む問題じゃないのよ。アニメにどれだけの企業が関わってると思ってんの?各所から事務所含めて相当詰められてるよ。ワンピースにしてもアニメのキャスティング協力してるのが所属の青二だからな。事務所が知らぬ存ぜぬでいわれるわけがない
あと上述の人とは別だが、安室が殉職するとか次の声優が若井おさむになるとか言ってるやつは、普段からお前の冗談は笑えないって思われてることを自覚したほうがいいよ
人が死んでも天使になるわけじゃない、キリスト教的世界観においても
この表現を多用している一番有名な漫画はおそらくドラゴンボールだろう
どこかで発想の飛躍があったのかな
気になるねえ、ぐぐりましょうねえ
天使に限らず聖人などを描いた絵画にも、聖人の後ろに光が差す表現が用いられたのだとか
天使に限らないのであれば以降は天使の輪じゃなくヘイローとここでは書くようにしておこう、ブルーアーカイブ風の呼び方
発想としては仏教の後光と同じか
まだ足りない
天使や聖人を描いた絵画→???→漫画的表現の死者を表す記号としてのヘイロー、間に挟まるものを探さないと
なんかこれだ!って情報がなかなかヒットしないな
勘だけど風刺画が間に挟まる気がするんだよな
天使や聖人を描いた絵画のパロディで、天使を例えば政治家に差し替えた風刺画みたいなのがどっかにあるんじゃないか
それが転じて死者の頭上にヘイローを用いるのが一般化したとか?
一応、英語圏のイラストで死者の頭上にヘイローがあるイラストはまあまああるっぽいが……
日本でもなんかドラゴンボール以前に死者の頭上にヘイローがある表現をした漫画無いかな
……手塚治虫がやってる気がする
あの人だいたい何でもやってるからな、あとで探すか
うーん、探し方が下手
wikipediaの「光輪 (宗教美術)」の「大衆文化における使用」の記述が少ないな
英語版だと……英語版の「Halo (religious iconography)」には大衆文化の項自体無いのか
うーんアメコミにもヘイローの使用あるかもだが、アメコミに詳しくない
ここまで調べたというメモ
なんかコレ!っていう本があれば読みたいんだが、この疑問をずばっと解決する文化史本は無いかもなあ
今週の『サチ録』、番外編15を読んだ結果
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こういう路線で調べていくのがよさそうか
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なぜ亡くなった人の頭上に「天使の輪」を描くようになったのでしょうかよろしく... - Yahoo!知恵袋
漫画の記号的表現としては昔からある定番スタイルですよね。 ディズニーのアニメにも、ヨーロッパのカートゥーン(cartoon)にも良く死者の記号として使われていますね。
人間は死ぬと天使になりますか | ものみの塔 オンライン・ライブラリー
アリーロという,まだ7歳の幼い女の子が亡くなりました。悲しみに打ちひしがれた両親は,柩に横たわる白いドレス姿の娘を前に,ぼう然としています。慰めようとして,神父がこう言います。「神様は,天使をもうひとりお望みになって,アリーロちゃんをお召しになったのです。幼子の魂は,今ごろ,神様のみそばで翼を広げて飛んでいますよ」。
死んだ人間の魂が天使になる,と信じている人は少なくありません。公式の教理として教えられることはまれですが,映画やテレビの連続ドラマでは,死んだ人が翼のある天使になって,生きている人を守る,という話がよく取り上げられます。
あなたはいかがですか。愛する人が死後に天使になると考えておられますか。聖書は何と教えているでしょうか。では,天使の本質について,また死んだ人の本当の状態について,聖書そのものが何と述べているかを調べてみましょう。
うーん、「死んだ人間の魂が天使になる」という発想は無いわけではないのか
それが転じて天使ではない死者の霊魂的な何かの頭上にもヘイローが描かれるようになった?
っていうかドラゴンボールつまみ食い的にしか読んだこともアニメを見たこともないんだよな
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ここら辺の本があるいは参考になるか
だいたい最終章は「現代における天使がどのような姿で描かれているか」みたいな話題だから、そこに期待が出来る
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英語圏の情報を探そうとしてもゲームの『HALO』ばっかり引っ掛かってやりにくいったらありゃしない
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そうだ、『トムとジェリー』で爆死したトムが雲の上でヘイローつけた状態で不満そうな顔してるってオチのエピソードがあった気がする
プレゼントボックスに入ったトムが針でめった刺しにされるシーンは涙なしでは見られない
やっぱり「死んだら天使になる」って発想がポップカルチャーである程度一般的に表現されていたようだ
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ってことは
天使や聖人を描いた絵画→死後に天使になる認識、またそれを表現したイラストやアニメ→天使ではなく単なる死者にもヘイローがつけられた
……か?
まだ足りないぞ
キリスト教の教義だと死んでも天使になるわけじゃない、それはカトリックだろうがプロテスタントだろうがエホバだろうが他の何かであろうがだいたい同じだろう
ヘイローは聖なるものの加護を表すからどんな死者でもヘイローは頭上に表れる?
でもトムは爆死して天使になっとるじゃろがい
まだまだ調べないと納得できないな
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ひょっとしたら演劇やミュージカル側の文化が関係している可能性もある
死者を表現する記号として頭の上にヘイローをのっけた衣装を着ていた……とか、あるかもしれない
一応留意して調べる事
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「池にコインを投げる風習はいつから始まったのか?」みたいなテーマでおととい調べて日記書いたときは、その風習を有名にした「Three Coins in the Fountain」っていうアカデミー賞受賞作品を見つけたんだよな
聖者の記号としてではなく、単なる死者の記号としてヘイローを使った何らかのヒット作品があったので一般化したみたいなキッカケがひょっとしたらあるかもしれない
しかしあんまりこの仮説に固執するのはよくないな、気長に探そう
あるとすれば19世紀後半以降くらいのはず
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そうか、調べるポイントが二つに分かれちゃったんだなあ
②漫画的表現で死者が天使となった描写→漫画的表現で死者に(翼など他の天使的要素抜きで)ヘイローのみが付与される描写となった転換点を探すルート
こりゃ大変だ、いったん追加調査ここまで
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次にやる事
→実は守護聖人の頭上にヘイローだけでなく、翼がはえているなどあったりするかどうか
:積んでるキリスト教入門みたいな本をさっさと読む
→なんもかんも体系的な知識が欠けているのが悪い
→でもなー、自分の興味の向き先は「キリスト教の教義はこういうものです」って知識じゃなくて「人々はキリスト教をこのように解釈して信仰していました」という知識なんだよなあ、基礎の勉強ってどうしても飽きちゃって
→第一次世界大戦は1914年7月28日~1918年11月11日、ちょうど探したい年代
:キリスト教的素養がない私がヘイローの描写を見たとき、それが宗教的な性質を持っているのかそれとも記号化したものなのかを区別できるのか?という点について考える
:そもそもヘイローがあって翼があったらそれは天使とみなしていいのか?「天使」って何?「御使い」って何?何もわからない、調べる
→基礎(略
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②についてだが「ゲームのドット絵でキャラが死んだことを表現するのにヘイローが便利で、ドット絵で翼を描くのが大変だったから省略された」という仮説を思いついた
流石にお話として出来すぎな気がする、この仮説は最終的に棄却することになりそうだ
しかし調べるとっかかりとしては魅力的
ヘイロー関係ないけど「ゲームで戦闘不能をどう表現するか?」というテーマを調べるのめちゃくちゃ楽しそう
また別の機会に調べよう
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「Heaven Cartoons」というジャンルの風刺画があるらしい
画像検索してみるとなるほど確かに天国で天使がなんやかんやする種類の一コマ漫画
いつ頃から描かれているかをちょっと調べてみたがなかなか難しい
Wikipediaの「カリカチュア」のページの「主な作家」の項に載ってる人の代表作を一つずつ見ていくしかない
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星新一がアメリカの一コマ漫画を蒐集してそれについてエッセイを書いた『進化した猿たち: The Best』をkindleで購入
権利関係の問題のせいかほとんど掲載が無くなってしまっているようだ
もっと挿絵を見たいから挿絵が載ってる物理書籍のほうを読まないといけないなこれは
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やっとひとつ見つけた
ざっくり言うと政治家が天に召されている様子の風刺画が1868年?1869年?に描かれた、ってところか
翼があり、ヘイローもしっかり完備
しかし余談だけれど死後4年後たってから風刺画が描かれていて不思議だ
なんか「天使になる」ってのは語弊があって「昇天するときに天使と同じ装いをする」という言い方の方が正確なのかもしれない
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トムとジェリー以前のオールドカートゥーンを片っ端から観ているが、天に召されるシーン自体を全然見つけることができていない
ところでチャップリンの『キッド』に天使が登場するシーンがあった
オールドカートゥーンの本当に初期の初期は紙の漫画をそのまま映像化したようなやつだったから、漫画の文脈だと思うんだけどな……
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『マーク・トウェインの天国建設の旅』という論文を見つけたが、これは読む価値がありそうだ
絵やイラストとして描かれていなくても天国に行くとヘイローと翼とハープが通行証かのように与えられる認識は当時の人々視点で昔からあったようだ
18~19世紀の文学作品で天国を描写しているものを探すべきだな
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Elizabeth Stuart Phelps Wardという人が書いた『The Gates Ajar』という宗教小説がアメリカで1868年に刊行されめちゃくちゃ売れたらしい
当時の人々の天国観に影響ありそうに見える
In contrast with traditions of Calvinism, Phelps's version of heaven is corporeal where the dead have "spiritual bodies", live in houses, raise families, and participate in various activities.
カルヴァン主義の伝統とは対照的に、フェルプス版天国は、死者が「霊的な身体」を持ち、家に住み、家族を養い、さまざまな活動に参加する身体的なものである。
とのこと(『The Gates Ajar』のwikipedia英ページより引用しdeepl翻訳)
うーむ、おぼろげに流れが見えてきた気がする
『マーク・トウェインの天国建設の旅』という論文の序文あたりに19世紀半ば以降に天国ものの小説が流行ったみたいなことが書いてあったが、その一因はこの小説な気がする
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そういえばこの日記メモには記述をしていなかったが、宗教美術におけるヘイローは写実主義の高まりによって19世紀までにほとんど衰退しているらしい
なので宗教美術において死者(例えば聖人、殉職者など)にヘイローが描かれたものがあったとしても、カートゥーンのヘイロー描写がその影響を受けているとはちょっと考えにくいのではないか
一度断絶しているのでは?という疑問を持っている
ヘイロー描写は一度衰退し、再び風刺画やカートゥーンなどで記号として便利なので復活したという前提で調べている
あー、いや……この前提本当に大丈夫か?自信ないな
19世紀のアメリカで人々が見ることが出来た美術や絵画はどのようなものだったのか?というのがわからないと正確なことは言えないな……
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自分が確認した限り、カートゥーンアニメで「死んだら天使の装いをして天に召される」表現をやった一番古いものは『トムとジェリー』の『ネズミ取り必勝法』
オールドカートゥーンを全て総ざらいして確認したわけではないからもっと古いのがあってもおかしくはない(アカデミー短編アニメ賞受賞作品すらすべて確認できていない)
幽霊は沢山出てくるんだけどねえ
『ネズミ取り必勝法』はアカデミー賞とる程度には人気だったので、カートゥーンにおける元祖でなかったとしてもビジュアルイメージ固定に大きく貢献したといっていいかも
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キリスト教の教義では死者は天使になるわけではない、という認識があった(今でもそうではある)
→19世紀半ばにスピリチュアルな小説が流行り、人々の天国観を変えた
→それは死後に霊的な体を持った死者が天国で現世と同じような生活を営むものだった
→たまたま印刷技術の発展とタイミングが同じで新聞の挿絵、風刺画、漫画などで聖人でもなんでもない普通の人の死者の絵が多く描かれるようになった
→死者に天使の装いをさせた風刺画、紙の漫画、カートゥーンアニメでビジュアルイメージが固定される(この時点ではヘイローと翼はセット、あくまで天使など聖なる魂的な存在(専門用語を適切に使う自信が無いので曖昧な表現)と同じ装い)
→日本でキリスト教の文脈が無視された記号的な描写がされ、ヘイローのみで死者を表す記号的表現となる
……という流れだという仮説を立てることが出来た
うーん、自信ない
「18世紀以前に普通の死者も天に召されるときは天使と同じ装いをするという認識があった」と言える材料を見つけることができていない
印刷技術が生まれる以前だと絵画にそこらへんの人が天に召される絵なんて描かれないんだよなあ
探すとすれば厳格な宗教者が教義通りに書いた本でなく、人々を慰撫する目的で教義からすれば不正確な内容が書かれた本みたいなのがあればあるいは……(というか、それが『The Gates Ajar』なのよ)
また、『The Gates Ajar』などの天国観を変えるイベントによって死者が天使の装いをするようになった、とある程度の自信をもって言えるような材料は正直見つけることができていない
しかし、とりあえず一定のレベルで納得は出来たからこの疑問はクローズ
〈佐藤優現象〉を支えている護憲派の中心は、雑誌としては『世界』であり、学者では山口二郎と和田春樹である。この顔ぶれを見て、既視感を覚える人はいないだろうか。すなわち、「平和基本法」である。これは、山口や和田らが執筆し、共同提言として、『世界』一九九三年四月号に発表された。その後、二度の補足を経ている(56)。
私は、〈佐藤優現象〉はこの「平和基本法」からの流れの中で位置づけるべきだと考える。
同提言は、①「創憲論」の立場、②自衛隊の合憲化(57)、③日本の経済的地位に見合った国際貢献の必要性、④国連軍や国連の警察活動への日本軍の参加(58)、⑤「国際テロリストや武装難民」を「対処すべき脅威」として設定、⑥日米安保の「脱軍事化」、といった特徴を持つが、これが、民主党の「憲法提言」(二〇〇五年一〇月発表)における安全保障論と論理を同じくしていることは明白だろう。実際に、山口二郎は、二〇〇四年五月時点で、新聞記者の「いま改憲は必要なのか」との問いに対して、「十年ほど前から、護憲の立場からの改憲案を出すべきだと主張してきた。しかし、いまは小泉首相のもとで論理不在の憲法論議が横行している。具体的な憲法改正をやるべき時期ではないと思う」と答えている(59)。「創憲論」とは、やはり、改憲論だったのである。
同提言の二〇〇五年版では、「憲法九条の維持」が唱えられているが、これは、政権が「小泉首相のもと」にあるからだ、と解釈した方がいいだろう。「平和基本法」は、戦争をできる国、「普通の国」づくりのための改憲論である。同提言は軍縮を謳っているが、一九九三年版では、軍縮は「周辺諸国の軍縮過程と連動させつつ」行われるとされているのだから、北朝鮮や中国の軍事的脅威が強調される状況では、実現する見込みはないだろう(60)。また、「かつて侵略したアジアとの本当の和解」、二〇〇五年版では、周辺諸国への謝罪と過去清算への誠実な取組みの必要性が強調されているが、リベラルは過去清算は終わったと認識しているのであるから、これも実効性があるとは思えない。要するに、同提言には、論理内在的にみて、軍事大国化への本質的な歯止めがないのである。
佐藤が語る、愛国心の必要性(61)、国家による市民監視(62)、諜報機関の設置等は、「普通の国」にとっては不可欠なものである。佐藤の饒舌から、私たちは、「平和基本法」の論理がどこまで行き着くかを学ぶことができる。
馬場は、小泉純一郎首相(当時)の靖国参拝について、「今後PKOなどの国際的軍事・平和維持活動において殉死・殉職した日本人の慰霊をどう処理し追悼するか、といった冷戦後の平和に対する構想を踏まえた追悼のビジョンもそこからは得られない」と述べている(63)。逆に言えば、馬場は、今後生じる戦死者の「慰霊」追悼施設が必要だ、と言っているわけである。「普通の国」においては、靖国神社でないならば、そうした施設はもちろん、不可欠だろう。私は、〈佐藤優現象〉を通じて、このままではジャーナリズム内の護憲派は、国民投票を待たずして解体してしまう、と前に述べた。だが、むしろ、すでに解体は終わっているのであって、「〈佐藤優現象〉を通じて、残骸すら消えてしまう」と言うべきだったのかもしれない。
ここで、テロ特措法延長問題に触れておこう(64)。国連本部政務官の川端清隆は、小沢一郎民主党代表の、テロ特措法延長反対の発言について、「対米協調」一辺倒の日本外交を批判しつつ、「もし本当に対テロ戦争への参加を拒絶した場合、日本には国連活動への支援も含めて、不参加を補うだけの実績がない」、「ドイツが独自のイラク政策を採ることができたのは、アフガニスタンをはじめ、世界の各地で展開している国連PKOや多国籍軍に参加して、国際社会を納得させるだけの十分な実績を積んでいたからである。翻って日本の場合、多国籍軍は言うに及ばず、PKO参加もきわめて貧弱で、とても米国や国際社会の理解を得られるものとはいえない」と述べている(65)。
元国連職員の吉田康彦は「国連憲章の履行という点ではハンディキャップなしの「普通の国」になるべきだと確信している。(中略)安保理決議による集団安全保障としての武力行使には無条件で参加できるよう憲法の条文を明確化するのが望ましい」と述べている(66)。川端と吉田の主張をまとめれば、「対米協調一辺倒を避けるため、国連PKOや多国籍軍の軍事活動に積極的に参加して「国際貢献」を行わなければならない。そのためには改憲しなければならない」ということになろう。民主党路線と言ってもよい。今の護憲派ジャーナリズムに、この論理に反論できる可能性はない。「8」で指摘したように、対北朝鮮武力行使を容認してしまえば、改憲した方が整合性があるのと同じである。
なお、佐藤は、『世界』二〇〇七年五月号に掲載された論文「山川均の平和憲法擁護戦略」において、「現実の国際政治の中で、山川はソ連の侵略性を警戒するのであるから、統整的理念としては非武装中立を唱えるが、現実には西側の一員の日本を前提として、外交戦略を組み立てるのである。」「山川には統整的理念という、人間の努力によっては到底達成できない夢と、同時にいまこの場所にある社会生活を改善していくという面が並存している」と述べている。私は発刊当初この論文を一読して、「また佐藤が柄谷行人への点数稼ぎをやっている」として読み捨ててしまっていたが、この「9」で指摘した文脈で読むと意味合いが変わってくる。佐藤は、「平和憲法擁護」という建前と、本音が分裂している護憲派ジャーナリズムに対して、「君はそのままでいいんだよ」と優しく囁いてくれているのだ。護憲派ジャーナリズムにとって、これほど〈癒し〉を与えてくれる恋人もいるまい(67)。
10.おわりに
これまでの〈佐藤優現象〉の検討から、このままでは護憲派ジャーナリズムは、自民党主導の改憲案には一〇〇%対抗できないこと、民主党主導の改憲案には一二〇%対抗できないことが分かった。また、いずれの改憲案になるにしても、成立した「普通の国」においては、「7」で指摘したように、人種差別規制すらないまま「国益」を中心として「社会問題」が再編されることも分かった。佐藤は沖縄でのシンポジウムで、「北朝鮮やアルカイダの脅威」と戦いながら、理想を達成しようとする「現実的平和主義」を聴衆に勧めている(68)が、いずれの改憲案が実現するとしても、佐藤が想定する形の、侵略と植民地支配の反省も不十分な、「国益」を軸とした〈侵略ができる国〉が生まれることは間違いあるまい。「自分は国家主義者じゃないから、「国益」論なんかにとりこまれるはずがない」などとは言えない。先進国の「国民」として、高い生活水準や「安全」を享受することを当然とする感覚、それこそが「国益」論を支えている。その感覚は、そうした生存の状況を安定的に保障する国家―先進国主導の戦争に積極的に参加し、南北間格差の固定化を推進する国家―を必要とするからだ。その感覚は、経済的水準が劣る国の人々への人種主義、「先進国」としての自国を美化する歴史修正主義の温床である。
大雑把にまとめると、〈佐藤優現象〉とは、九〇年代以降、保守派の大国化路線に対抗して、日本の経済的地位に見合った政治大国化を志向する人々の主導の下、謝罪と補償は必要とした路線が、東アジア諸国の民衆の抗議を契機として一頓挫したことや、新自由主義の進行による社会統合の破綻といった状況に規定された、リベラル・左派の危機意識から生じている。九〇年代の東アジア諸国の民衆からの謝罪と補償を求める声に対して、他国の「利益のためではなく、日本の私たちが、進んで過ちを正しみずからに正義を回復する、即ち日本の利益のために」(69)(傍点ママ)歴史の清算を行おうとする姿勢は、リベラル内にも確かにあり、そしてその「日本の利益」とは、政治大国を前提とした「国益」ではなく、侵略戦争や植民地支配を可能にした社会のあり方を克服した上でつくられる、今とは別の「日本」を想定したものであったろう。私たちが目撃している〈佐藤優現象〉は、改憲後の国家体制に適合的な形で生き残ろうと浮き足立つリベラル・左派が、「人民戦線」の名の下、微かに残っているそうした道を志向する痕跡を消失もしくは変質させて清算する過程、いわば蛹の段階である。改憲後、蛹は蛾となる。
ただし、私は〈佐藤優現象〉を、リベラル・左派が意図的に計画したものと捉えているわけではない。むしろ、無自覚的、野合的に成立したものだと考えている。藤田省三は、翼賛体制を「集団転向の寄り合い」とし、戦略戦術的な全体統合ではなく、諸勢力のからみあい、もつれあいがそのまま大政翼賛会に発展したからこそ、デマゴギーそれ自体ではなく、近衛文麿のようなあらゆる政治的立場から期待されている人物が統合の象徴となったとし、「主体が不在であるところでは、時の状況に丁度ふさわしい人物が実態のまま象徴として働く」、「翼賛会成立史は、この象徴と人物の未分性という日本政治の特質をそれこそ象徴的に示している」と述べている(70)が、〈佐藤優現象〉という名の集団転向現象においては、近衛のかわりに佐藤が「象徴」としての機能を果たしている。この「象徴」の下で、惰性や商売で「護憲」を唱えているメディア、そのメディアに追従して原稿を書かせてもらおうとするジャーナリストや発言力を確保しようとする学者、無様な醜態を晒す本質的には落ち目の思想家やその取り巻き、「何かいいことはないか」として寄ってくる政治家や精神科医ら無内容な連中、運動に行き詰った市民運動家、マイノリティ集団などが、お互いに頷きあいながら、「たがいにからみあい、もつれあって」、集団転向は進行している。
ところで、佐藤は、「仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」と述べている(71)。佐藤は、リベラル・左派に対して、戦争に反対の立場であっても、戦争が起こってしまったからには、自国の国防、「国益」を前提にして行動せよと要求しているのだ。佐藤を賞賛するような人間は、いざ開戦となれば、反戦運動を行う人間を異端者扱いするのが目に見えている。
この佐藤の発言は、安倍晋三前首相の目指していた「美しい国」づくりのための見解とも一致する。私見によれば、安倍の『美しい国へ』(新潮新書、二〇〇六年七月)全二三二頁の本のキモは、イランでのアメリカ大使館人質事件(一九七九年)をめぐる以下の一節である。「(注・反カーター陣営の)演説会で、意外に思ったことがある。人質事件に触れると、どの候補者もかならず、「私は大統領とともにある」(I am behind the President.)というのだ。ほかのことではカーターをこきおろす候補者が、そこだけは口をそろえる。/もちろん、人質にされている大使館員たちの家族に配慮するという意図からだろうが、アメリカは一丸となって事件に対処しているのだ、という明確なメッセージを内外に発しようとするのである。国益がからむと、圧倒的な求心力がはたらくアメリカ。これこそがアメリカの強さなのだ。」(八七~八八頁)
文中の、「人質事件」を拉致問題に、「大統領」を安倍に、「アメリカ」を日本に置き換えてみよ。含意は明白であろう。安倍は辞任したとはいえ、総連弾圧をめぐる日本の言論状況や、〈佐藤優現象〉は、安倍の狙いが実現したことを物語っている。安倍政権は倒れる前、日朝国交正常化に向けて動きかけた(正確には米朝協議の進展で動かされたと言うべきだが)が、こうなるのは少なくとも今年春からは明らかだったにもかかわらず、リベラル・左派の大多数は、「日朝国交正常化」を公然と言い出せなかった。安倍政権が北朝鮮外交に敗北したのは明らかである。だが、日本のリベラル・左派は安倍政権ごときに敗北したのである。
〈佐藤優現象〉は、改憲後に成立する「普通の国」としての〈侵略ができる国〉に対して、リベラル・左派の大部分が違和感を持っていないことの表れである。侵略と植民地支配の過去清算(在日朝鮮人の人権の擁護も、そこには含まれる)の不十分なままに成立する「普通の国」は、普通の「普通の国」よりはるかに抑圧的・差別的・侵略的にならざるを得ない。〈佐藤優現象〉のもとで、対北朝鮮武力行使の言説や、在日朝鮮人弾圧の言説を容認することは、戦争国家体制に対する抵抗感を無くすことに帰結する。改憲に反対する立場の者がたたかうべきポイントは、改憲か護憲(反改憲)かではない。対北朝鮮武力行使を容認するか、「対テロ戦争」という枠組み(72)を容認するかどうかである。容認してしまえば、護憲(反改憲)派に勝ち目はない。過去清算も不十分なまま、札束ではたいて第三世界の諸国の票を米国のためにとりまとめ、国連の民主的改革にも一貫して反対してきた日本が、改憲し、常任理事国化・軍事大国化して、(国連主導ではあれ)米軍中心の武力行使を容易にすることは、東アジア、世界の平和にとって大きな災厄である(73)。
改憲と戦争国家体制を拒否したい人間は、明確に、対北朝鮮武力行使の是非、対テロ戦争の是非という争点を設定して絶対的に反対し、〈佐藤優現象〉及び同質の現象を煽るメディア・知識人等を徹底的に批判すべきである。
註
(1)岩波書店労働組合「壁新聞」二八一九号(二〇〇七年四月)。
(2)ブログ「猫を償うに猫をもってせよ」二〇〇七年五月一六日付。
(3)ただし、編集者は佐藤が右翼であることを百も承知の上で使っていることを付言しておく。〈騙されている〉わけではない。
(4)「佐藤優という罠」(『AERA』二〇〇七年四月二三日号)中のコメントより。
(5)インターネットサイト「フジサンケイ ビジネスアイ」でほぼ週一回連載中の〈 Permalink | 記事への反応(0) | 18:37
ネイティブ香川民じゃなくて転勤で来た関東地方からの移住者だけど、香川で享受してる文化を挙げておく。
割と多い。もちろん京都・奈良の比じゃないけど、狭い県の割にはあちらこちらに文化財がある。やっぱりなんだかんだで讃岐国は中央に近かったからかな。四国遍路もあるし。
国宝も、建物だけで2件ある。増田の故郷の県は香川県よりずっと広くて人口も多いけど、建造物の国宝がないので、正直羨ましい。近所にある国宝も見に行った。京都や奈良で感じるような、荘厳! という感じではなく、地味な佇まいだったけど、ここで千年近くもの時を閲してきたんだと思うと自然と厳かな気持ちになる。
(追記)丹下健三の香川県庁東館忘れてたわ! 何も知らずに県庁に行ったときに「やたらと作りがオシャレだな???」と思って調べたら重要文化財にもなってる丹下健三作品でビックリした。初めて行ったときには渇水の注意喚起をする垂れ幕がかかっていてそこにインパクトを感じたんだけど、もっと建物自体を堪能すべきだった。
香川で外せないのはやはり金毘羅さん。参詣道にずらっと土産物屋が軒を連ね、色んな年代の奉納記録に出迎えられ、途中に戦後の掃海で殉職した人たちの顕彰碑があったりする。そっか、金毘羅さんって海の守り神だもんな。参道の途中にある表書院には円山応挙の作品もある! 応挙をじっくり見られるのは非常に嬉しい。そして奥社まで歩くとなかなかの運動になるし、何より奥社でしか売ってない限定お守りなんかもあるんで、ぜひチャレンジしてみてほしい。
屋島寺もいいよ。建物がすごい立派なのでそれだけでももう見る価値があるんだけど、宝物殿が地味に充実してて、立派な展示品に目を奪われてしまう。それに屋嶋城っていう、天智天皇の時代に作られた山城も残ってて、地味に観光地としてのポテンシャルが高いんだよな(屋島といえば那須与一、と思うかもしれないけど、古戦場がまったく古戦場感しないので……)。
あと、津嶋神社もレア度が高くてよい。沖に浮かぶ小さな島に作られた神社で、年に1度の夏季大祭(ちょうど今日だった! 忘れてたわ!)の日にだけ橋を渡って行くことができる。年に1度しか買えないお守りなので非常にレアだし、何よりその日だけは予讃線に臨時駅「津島ノ宮駅」が設置され、小さいお子さんを連れた親御さんと鉄道が大好きな大きいお友達がパシャパシャ写真撮影しまくっている。もちろん増田も撮影したよ! ミーハーだからね! 子供の健康と成長の守り神だから子供たちがいっぱいお参りに来ていてほっこりした気分になるし、海の上に架けられた橋を渡って参拝するという体験がもうたまらないよね。
(追記)お遍路さんもいいよね。白い衣装着てお経唱えてる姿を見ると、信仰が生きてるなぁって思って感動する。増田は信仰心薄いからお参りできれば満足なので……
香川県は、江戸時代、高松と丸亀にそれぞれ大名が封じられていた。なので高松と丸亀のそれぞれに当時の藩主の遺産がある。江戸まわりは天領のほかは小さい旗本領とかそういうのばっかりだったから、こういう「数万~十数万石の地方領主のお膝元」は逆に味わえないんよね。
高松の名物はなんといっても栗林公園。松平家のお殿様(水戸徳川家の親戚)が作らせた壮大な和風庭園で、「ザ・和風庭園!」って感じの景色が素晴らしい。秋ごろに行われる夜間ライトアップは絶景と言うしかない。園内にある掬月亭っていう茶屋には抹茶代を払えば入れるんだけど、ゆったりした畳の間で抹茶を飲んで菓子をかじりながら庭園を眺める時間は幸せ。あと、予約すれば手こぎの舟で園内の池を巡れるらしいので、優雅な殿様気分にひたりたい人はぜひやってみよう。園内の土産物屋が充実してるのもいい。「どうだ明るくなつたろう」グッズも置いてあるよ!(あれを描いた絵師は香川出身らしい。知らなかった)
丸亀城は……うん、遠くから見るとすごい立派だね! 松山城とか、他の天守閣と比べて明らかにサイズが小さいというか「大きめの納屋か?」という感じ。でも、よくよく考えたら香川県西部っていう狭い地域を統治してた藩の拠点なんだからこのくらいが適正サイズなんだろうな。全国各地にあったはずの小藩のリアルを今に残す貴重な建築だと思う。あとマジで実際のサイズと遠くから見たときの雄大さのギャップがすごいのでああいうトリックアートじみた建築を作れた江戸時代の職人さんすごい。登城しなけりゃ立派な城に見えるもんなマジで。
気軽に行ける離島が多い。そして離島にはそれぞれ独自の文化や趣がある。八十八ヶ所巡礼の島ver.ってのがあって、小さな島でもいくつもの寺が残ってたりする。これまで行った島で良かったのは以下。
次は小豆島に行ってみようと思ってる。地味に『からかい上手の高木さん』の聖地でもあるんだよね。楽しみ。あと離島が点在する瀬戸内海の景色美しすぎる。日本のアドリア海だろマジで。
意外と充実してる。香川県立ミュージアムは香川史に関する展示をわかりやすく纏めてくれてて満足度が割と高い。廃藩置県の時期に一時期愛媛県に併合されてたけど独立運動を繰り広げて置県を勝ち取ったあたりは溢れんばかりのパトスを感じられる。県庁、松山だったのか……そりゃ独立したいよな、四国の反対側だもん。高松市美術館はなぜか上田薫に力を入れていてよく展示している。デュシャンやらポロックやらはちっとも良さがわからん、という増田みたいな層にも魅力が伝わる絶妙なチョイスで良い。観音寺の道の駅には「世界のコイン館」という展示と大平正芳(香川選出なんだね。知らなかった)に関する展示が両方あって、世界各地のコインや日本の貨幣史を堪能したあと戦後自民党史が学べるという構成になっている。カネの意味が違ってくるでしょうが!
そして「四国村」は絶対に外せない。屋島にあるんだけど、四国各地から伝統的な民家とか農業用の小屋とかを移築してきてて、ぐるりと巡ることで四国各地の文化を体感することができる。一口に四国といっても、山岳部から沿岸部まで色々あって、それぞれの風土や生業に適した家屋の形があるんだな、という当たり前の学びをほんの数時間で得ることができるので、民俗文化とかが好きなら絶対に行くべき。
(追記)四国水族館のこと忘れてた。やっぱり地方の水族館はその土地の魚を展示してなんぼなところがあるけど、四国水族館は地元の魚の展示&解説が充実してるから好き。具体的には滋賀県立琵琶湖博物館の次くらいに好き。アカメの水槽はインパクトあるよね。こんなでかい魚が日本の河川に棲んでるのか……。あと琴平にある「金陵の郷」もいい。金陵っていう香川では有名な酒蔵が運営してるんだけど、日本酒の製造工程を原寸大の人形で再現してあって実質的に日本酒博物館。金毘羅参詣の帰りにふらっと寄って日本酒の歴史や製法について勉強したうえで美味い酒を直営価格で買ったり日本酒グッズを物色したりするの、最高ですよ。日本酒をあしらったマスキングテープ買っちった。
やっぱり何といっても瀬戸内国際芸術祭だろう。去年が開催年だったので増田も行ってみたけど、こんな小さな島にこんなに人が??? って感じになる。残念ながら増田にはあんまり魅力のわからない芸術作品もそれなりにあるんだけど、少なくともそれらが地元に根づいているのは感じ取れるし、国外からもアーティスト呼んできてるのは率直にすごいと思うんだ。外人さんもそれなりに見るしな……
オタク文化でいうと、上で書いたように小豆島が『からかい上手の高木さん』の聖地になってるほか、観音寺が『結城友奈は勇者である』の聖地なので、観音寺の観光案内所に行くとゆゆゆのパンフがもらえるしゆゆゆの絵が描かれた自販機もある。え? TVでアニメは見れるのかって? 聞かないでください……(『プリキュア』『鬼滅の刃』『進撃の巨人』『水星の魔女』は見れたよ!)。アニメ映画もなかなかやってないことがあるし、『プリンセス・プリンシパル』はわざわざ岡山まで見に行ったからね俺。あとやっぱり「仕事帰りにあの映画見てみるか」みたいなのは難しい。どうしても「今度の休日にイオンモールで映画見よう」になっちゃって、「空いた時間で試しに見てみる」的行動が取れなくなったから鑑賞本数は減った。
まあ……これは東京・大阪並を求めるのは無理ですわ。岡山と比べても明らかに書店の規模がショボい。書店めぐりはできるけど、池袋のジュンク堂みたいな大型書店めぐりは不可能。東京・大阪なら確実に置いてあって岡山でもたまに置いてあるあのシリーズが置いてないのか~! みたいなのがあるから、マイナーな本は諦めるしかない。もちろん売れ筋の本とか有名どころのシリーズを読む分にはなんも不自由はないわけだけど。
でもジュンク堂みたいな東京のチェーンよりも宮脇書店っていう地元チェーンの方が強いのは文化を感じる。ブックカバーのデザインと紙質はすごい好みだけど、文庫・新書のブックカバーは上下が固定されてない形式のやつだから、ハードカバーや選書を買うときは宮脇書店に行って文庫・新書が欲しいときはジュンク堂とか他の店に行ってる。宮脇書店は車がないと厳しい総本店と高松の市街地のド真ん中にある本店(いちおうビルがまるごと書店になってる)があるけど、総本店はまだ行ったことないんだよな。やっぱり総本店だと大都市顔負けの品揃えだったりするのかしらん。
あと、高松のアニメイト、ラノベのシュリンクが全ての本にかかってるわけじゃなくてすげえ牧歌的。まさかアニメイトでラノベを立ち読みして買うかどうか判断できるとは思ってなかった。東京だとそんな性善説運用は無理でギッチギチにシュリンクかけちゃうからなぁ。
(追記)ルヌガンガ、知らなかった! ありがとう! あと宮脇書店について書き忘れてたけど、地元チェーンだけあって香川や四国・岡山に関する書籍がものすごい豊富だし、県内のたいていの街に支店があるのもありがたい。香川の文化を支えてる企業だと思う。品揃えについて補足すると、本当に普通の読書ライフを送る上ではまったく支障はないよ! Y出版社から出てる◯◯学のガチ学術書シリーズが置いてない、とか、F社から出てる△△学のブックレットが見当たらない、とか、ぎゃああああ国内の××方言に関する本が2冊しかないじゃんジュンク堂書店池袋本店ならダース単位で置いてあるのに! とか、T大学出版会やH大学出版局の最新刊をちっとも見ないな……とか、そういう話だから。
ご飯はやっぱり、うどん! あちこちにお店があって楽しいし、セルフサービスの店に入ったらうどん玉を湯がくのも客がやるタイプの店で「セルフってそういう……」となったりした。あと釜揚げ専門店以外では釜揚げうどんを頼むべきではないという暗黙の掟もある(調理に時間がかかって他の客を待たせるので)。ただし基本的に地元民向けのファーストフードなのでまったく旅行者には向いてない。
旅行者向けなのは、むしろアレだろ、骨付鳥とかそういうのだろ。骨付鳥はやっぱり丸亀に本店がある「一鶴」。もちろん丸亀以外にも支店はあるけど、まあ一度は丸亀の本店に行っておきたいよね。鶏は雛が柔らかくてオススメ。ビール飲みながら骨付鳥食って、シメに鶏めしを食うのが最高。一鶴の鶏めしはマジで美味いから香川に行ったら絶対食ってくれレベル。一鶴以外にも骨付鳥の店は色々あるので、好きな店を開拓してみるのも楽しいぞ!
他にも、高松駅にある地元民向けの立ち食い寿司屋とか、三豊のラビオリ餃子屋とか(モチモチで超美味い。冷凍のやつを通販もしてるらしいよ)、香川産の食材を使った定食をお手頃価格で食べられるまいしょく家っていうローカルチェーンとか、色々美味しいお店があるので、ぜひ香川ごはんを味わってほしい。
そしてカフェ。香川県でカフェめぐりをしたらもう東京のカフェになんて入る気が起きなくなる。広々とした店内で好きに席を選べるスタバなんて初めて入ったわ……(丸亀のスタバは市民交流センターも兼ねてるから店内に本棚があって自由に本を取って読めるんだよな。最高かよ)。店主にとっては嬉しくないかもしれないけど、香川県の人口が「カフェが複数ある」「混んでない」を両立できる最適の人口規模なんじゃねーの感もあるな。あちこちに落ち着いて座れるオシャレな喫茶店がいくつもあって嬉しい。あと高松の商店街には和菓子屋さんが何軒もあって、そこの喫茶コーナーは和な甘味を堪能できてとてもよい。
イチオシは高松の片原町商店街にある「了見」。センスの良い家具が飾られた落ち着いた雰囲気の店内で窓際から商店街の行き来を見下ろしながらお茶が楽しめる。お茶も、ポットで出てくる紅茶以外に、県内産の緑茶を冷やしたガラス製の急須に入れて出してくれたり、県内産の緑茶を使ったソーダがあったり、と、独自メニューが色々あって飽きないし、スイーツも美味しい。そして特に混んでないので長居しても怒られない! 東京とか札幌だったらこんな店並ばないと座れず時間制限とかかかるだろ絶対。こんな良い店でのんびりできるんだから、やっぱ地方都市は住みやすいわ~。東京は人多すぎやきん、落ち着いて座れないんよ~。
とりあえず、東京暮らしが長い関東出身者だけど、香川の文化を堪能してるよ、というお話でした。やっぱり東京のメリットは集積にあるから、マニアックな本がいっぱい並んでる大型書店に毎週通いたい! とか、東京国立博物館と国立科学博物館と国立西洋美術館を全部めぐりたい! とか、マイナー映画を劇場で見たい! とかの逸般的な文化的ニーズに応えるのは東京の方が上。仕事帰りにちょっと立ち寄る、みたいな気軽な消費もしやすいし。でも、忙しなかったり混雑してるのは嫌だ、ほどほどにのんびり文化を享受したい、というなら、香川くらいの地方がちょうどいいんじゃないかなぁ、と思うのですよ、はい。
(追記)住み心地でいうなら、「雨が少ない」。これ。マジで水害がほぼ絶無。去年関東が台風で大騒ぎになってたときも特に被害はなく「あ、なんか大雨降って早明浦ダム埋まったわw」くらいの感じだった(被災地の人には申し訳ないが)。もちろん雨が少ないから常に渇水の危機はあって、一昔前は一般人も取水制限とか受けてたらしいんだけど、少なくとも増田は住んでて水に困ったことはない。「水を節約してください!」っていう行政からのお知らせは色々来るけどね。雪も降らないから滑って転んでタブレットを台無しにしたりしないので、気候で言うなら多分岡山の次くらいに住みやすいのが香川なんじゃなかろうか(岡山は水あるからね……)。
メロンパンにはメロンが入ってない!へいへいへい!って歌あるじゃない。
焼きそばパンに焼きそばが入ってなかったら!ってだと普通にクレームの歌になっちゃうわよね。
そんでね、
私先日隣の会社の人に
まあ例のオーリョーの件で色々調べているやつの例の私が以前いた会社のたまーにお手伝いとか仕事してるんだけど、
その会社の人に
牛筋カレー3日間煮込んだ美味しく出来たやつがあるから!ってお裾分けいただいたの。
でもね、
表題の通り
具が入ってなくて牛筋がいなくて牛筋大好きなので楽しみにしていたのに、
なんかルーしかプラスチックのお裾分け容器には入っていなくて、
なんか他のカレーの具のメンバーも例えばジャガイモやニンジンのそう言う類いのものも入ってなくて、
なんかルーだけで、
でもこれプラスチックのお裾分け容器にお玉でよそうとき具が入ってない?って気が付かないものかしらね?って
もらっておきながらクレームを言ういや違うの
牛すじカレーに牛筋が入ってない!ヘイヘイヘイ!って歌いたい気持ちを抑えて翌日にはその3日間煮込んで美味しく仕上がったであろう牛筋をまるで賞味したかのように牛筋美味しかったです山脈に向かってヤッホー!って叫んだのよ!
たとえ牛筋がプラスチックのお裾分け容器に入っていなくとも牛筋あったかのように賞味した体裁で美味しかったわよ!って言えるレヴェルなので、
あーでもほんと牛筋カレー楽しみにしていただけに大好きだっただけに
主役の牛筋がいなかったこと、
それに加えて他の例えばジャガイモとかのメンバーも一切いなくてルーだけだったことも黙っておくことにしたわ。
よくあるじゃない、
スイーツとかでもこれどうやって食べたら良いのが正解なの?って
これもきっと偏差値の高い牛すじカレーだったのかも知れなくて、
ゴロッとした牛筋の存在を確かめて噛みしめて賞味するタイプの牛すじカレーじゃなくて、
牛筋が充分3日間煮込まれ溶けた偏差値の高い牛筋カレーだったのかも知れないわ。
メロンパンの歌を歌う女の子より可愛く歌う自信が今ならマックスでその子より16倍高い気持ちで歌い上げることができるわ!
本当にあれってなんだったのかしら?って
首をかしげそうな、
トンチの効いた一休さんでも頭を悩ませそうな牛筋カレーだったわ。
あと
もらっておいて文句言うのは悪いけど、
塩辛いのよね!
どんだけ塩味効いてるの?途中で味きいてみた?って言いたいところで、
夜中喉が乾いちゃって水を一気に飲み干すぐらい喉が乾きまくりまくりすてぃーだったわ。
本当にいただいておいて申し訳ないんだけど、
そう!思い出したけど
目を瞑って必死に牛筋の3日間煮込んだであろうそれだったら牛筋エキスがたんまりと出ているかと思って舌にフォーカスして集中して感じようとしたけど
私の牛筋ステータスのレヴェルでは牛筋を一切感じられなかったわ。
ファイナルファンタジーのファイヴで牛筋を感じるアビリティを覚えたら真っ先に装備したいアビリティーで牛筋を感じたいところよ。
舌でも感じることの出来ない、
私の牛筋の鍛錬の修行が足りてないのよね?きっと。
おかげでこれ私が作った方が
ゴロッとしたほおばるような牛筋カレーを作ることができる自身に満ちあふれているわ。
多分私が作った方が美味しくできるって。
言ってることがよく分からないと思うけどとにかく凄い自信なの!
だから
メロンパンにメロンが入ってない歌の二匹目のドジョウになるけど
牛筋カレーに牛筋入ってない歌を歌って作るアイデアはあげるわ!
なんど思い返しても
ステルス牛すじカレーで大変偏差値の高い牛すじカレーを賞味したことには変わりないかもしれない。
そんで牛筋の口になってしまったから私が求めていた想像の牛筋カレーを満たすことが出来ていないから、
そのお裾分けの牛すじカレー一杯だけに!って別に上手いこと整って掛けてもいないけどダブルミーニングでもないからね!
でも美味しい牛筋カレー食べたいな!って思ったわ。
夕日の画面と重ね合ってそのベテラン刑事を偲ぶ走馬灯的なシーンって出てくるじゃない、
話題になった「元カレが好きだったバターチキンカレー」って当てつけでそれを再現してお店で出したら大繁盛したって話あるじゃない、
あれの
「牛筋カレーなのに牛筋が一切入っていない牛すじカレーと見せかけてたっぷり牛筋が入っている私が大好きな牛すじカレー」ってメニュー作ってだしたら売れるかもね!
なんつってー
でもほんとおかげでここ何日か真っ当な牛筋カレーを食べたいと牛筋カレーの口になっちゃってしまってるわ。
もー!ってね。
うふふ。
ここのミックスのサンドイッチには野菜パートにトウモロコシは入っていてプチプチとした食感に甘いコーンのスイーツな感じが美味しいわ。
朝方ほどよい常温になっていて
美味しく仕上がったわ!
茶葉多めにしたので濃いめ美味い味ね!
今はうまうまよ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!