「大義名分」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 大義名分とは

2017-05-23

未開の地を文明化するのは先進国義務という植民地時代の考えは正しいのかも

実際は植民地化するための大義名分なわけだが

中東とかアフリカ自爆しまくりレ○プしまくり虐殺しまくり麻薬まりすぎのニュース見てると

アメリカとか中国とかあたりが征服して統制したほうが幾分世界マシになると思う

2017-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20140510231402

心を病んだ奴って、自分のせいにすることを忘れてて全部他人のせいだから厄介だよな

お前が心を病んだことは大義名分じゃないぞ

2017-05-13

クレーマーがうざい。

コールセンター通販受注のバイトしてるんだけど、名神高速道路工事してて道路状況が悪かったり母の日近辺は配送量が多くなったりする関係配送遅延が発生する恐れがあるアナウンスをしてるんだけど、それに突っかかって来るババアがいた。

「そんなこと起こるの? だってこれ23日に日時指定してるのよ? 今日が何日だと思ってんの?(嘲笑) どうせマニュアルなんだろうけどそんなこと言わなくていいわよ信用無くすわよ(笑)

物流オートメーション化されてるけど実際運ぶのは人間だし、そもそも最近ヤマト運輸関連のニュース見てれば配送絶対なんてないってわかんないのかな。ニュース見てないのかな。

そもそもこういうアナウンスするのも、お客様のためって大義名分はあるにしろ実際言わなかったら言わなかったで遅延したとき鬼のようクレームが来るからなんだけど…じゃああんたはその荷物指定した日時に届かなくても絶対文句言わないのかよってつっこみたくなった。

いろんな人がいるけど揚げ足をとるようなネチネチした物言いやくだらないクレームつけるのは大体中年高齢者なんだよなあ。老害実在するよ、やっぱ。

2017-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20170506005046

民業圧迫だな

あと著作権者言い訳が立たない。

弱者救済知る権利の確保、学習施設からという大義名分が薄れようなことを、

どこもかしこもやりだしたら、著作権者もキレるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170506220007

自分が身銭を切ることもなくこれからはてな上から目線社会に対して偉そうなことを言う大義名分が得られるというメリットがあります

2017-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20170505232139

今までの歴史からすると、ビジネス世界を国が主導するとろくなことが起きない。

介護保険の伝送請求なんて、つい最近までISDNデータ伝送してたわけで。

一番国主導で標準化を進めた分野は農業だろうけど、みてみろ。

利害調整と大義名分をたてることに終始して、肝心のビジネスとしての成功はしない。

セーフティネットとしての職業教育必要だが、それは職業訓練校でやる話。

研究予算を突っ込んだり、公募事業を募るのはいいが、国がビジネスを指示すると絶対失敗するだろ。

例のポスター

例の「私、日本人でよかった」ポスターの件。増田ネタ投稿http://anond.hatelabo.jp/20170505015130読んで、遅まきながらその気持ち悪さに説明がついた。ここに用いられている日本語が、決定的に気持ち悪かったのだ。翻訳してみようと思えばすぐその違和感の正体に気づくと思う。このコピー、たとえば英語にするとして、あなたならどんな英語に訳すだろうか?

もしこのコピー趣旨が「I love Japan.私は日本が好き」なら、当然まったく炎上しなかったと思う。そんなのその人の勝手からだ。それはアイデンティティにかすりもしない発言だし。

から、これはこのコピーの含意全てを説明しきっていないと思う。

だが、もう少しこのコピーに寄せて

「I appreciate that I was born in Japan.私は日本に生まれ『て』よかった」あるいはもう少しアイデンティティ問題に寄せて

「I appreciate that I was born as Japanese.私は日本人として生まれ『て』よかった」という言い方であっても、まだこのコピーを十分説明しきれているようには思えない。

なぜなら、このような屈折した自己愛表明行為ですら(それはそれで怪しいものだが)、まだ元コピーに感じられるほどの気持ち悪さには及ばないのだから

最初の「私、日本人『で』よかった」というコピーが含意するのは、結局のところ「ほかでもない日本人『で』」という排外的ニュアンスだ。ポスターへの反応に

自分遺産を誇りに思うことは何も問題ではないけど「他でもないこの国籍に生まれたのはとてもよかった」と言うのはちょっと差別的かもしれない。

というものがあったが、まさにそれだ。そのことに気づくのに、ずいぶんかかってしまった。この「で」には、他の可能性と比較して(~デアッテ、ソノ他デハナクテ)というニュアンスが含まれうる。そして、マイルドにあるいはあからさまに排外主義的主張を行うことが流行っている現代社会を背景においてみれば、このコピーの作者はその含意を十分に分かった上で、まさに確信犯的にこの「で」を選んだということは確実に言いうるだろう。自国のことを誇るのは普通じゃないか、という言い訳を一方におきながら、実にこっそりしかも堂々と(!)拝外主義的主張を大っぴらに口に出せるというのが、まさしくこのコピーが選ばれた理由だろう。そして、そのように「暗い意図大義名分に隠してはしゃいでいる」雰囲気、それこそが「気持ち悪さ」の正体なのだと思う。

いや違う、考えすぎだ、という人は、日本人「で」なく不利益を被っている/被った様々な人たちを目の前にして、このセリフを口にする自分自身の姿を想像してみるとよい。

 ・戦争祖国を追われて亡命してきた人に向かって、あなたはほほえみながらこのセリフを口にできるか?

 ・両親が外国人であるなどして、自分ルーツと現に暮らす国の間でアイデンティティを引き裂かれ悩んでいる子どもに向かって、同じことが言えるか?

 ・海外に出て、今なお残る人種差別民族対立移民問題などに直面したとき、現地の人に向かって、このセリフを口にすることができるか?

それがどれほどグロテスクな絵面になるか、少しは想像していただけるだろうか? アイラジャパンにはない、このセリフに潜む他者切り捨ての姿勢。それでもあなたはこのコピーが無実だと唱え続けられるだろうか?

私は愛国が悪いと言っているわけではない。愛を表明するのは自由だし勝手だ(そして、愛というのは、それがなかったとしても強制したり責めたりするべきものでないことも、もちろんのことだ)。むしろ世界の人と語り合う上で、自分ルーツを愛し誇りを抱くことは、相互理解の上で重要なことであり多くの場合必要なことだろうとすら思う。だから世界に出て、お前はどういう人間なんだと聞かれたときに、あいあむじゃぱにーずあいらぶまいかんとりー、と言えるのはとてもいいことだ。ざっつおけぃあいしー。だが「日本人『で』よかった」←このコピーダメだ。そこには他者への理解尊重という視点が決定的に欠けている。内輪で閉じた集団自慰的満足のニオイしかそこには感じられない。陽の下で成熟した人間同士がオープンに交わすコミュニケーションの「愛」ではない。強いて言えばそれは暗い部屋の中で、想像上のイコンに対し己の歪んだ欲望一方的になすりつける孤独行為のような思想だ。それをおおっぴらにやろうとしている。やめてくれ。

かようなものポスターにして国際観光都市に貼り付けるなど、暗い欲望公衆の中で密やかに開陳する露出行為のように彼らの快感を非常によく満たすことなのかもしれないが、普通に考えて国際的には恥なので、関係者はそこのところを考えて適切に判断されるのが望ましい、と私は考える。それとも、こういうHENTAI行為こそ彼らの考える「クールジャパン」なのか。ちょっとまりCool過ぎやしないか

なお、いろいろと私にもの申したい人もいるかもしれないが、とりあえず、露出行為ならばこうして公にその行動や意図さらされるとその快感の半ばは台無しになるものなので、こうした文章を書き公にした時点ですでに私の意図の半ばは達成されているということだけは申し添えておく。

2017-05-01

26歳のわたし東京タラレバ娘

同棲を始めて半年が過ぎた今、家での暇つぶし目的に久々に漫画をいくつか買った。

そのうちのひとつが「東京タラレバ娘」だったわけであるが、この漫画、ひどく情緒不安定にさせられる。しかし、中毒性があって、読むのを、考えるのをやめられない。恐ろしい漫画である

二十代前半の頃、足を使った芸能人の追っかけをしていたわたしは、時折ふと自分未来不安を感じて、アラサー友達と集まるたびに将来どうするのかということを話していた。

とてもかわいくて、若い頃に、そのかわいさを使って当時の推しの関係者身体を張って繋がり、なんかうっかり付き合ってしまったY子ちゃんから、言われた一言が印象深い。

わたしも25くらいからすごく悩み出したよ。そういう年なんだよね。もうおたく辞めようと思って現場控えたこともあるし、彼氏も何人か作ったよ。けど結局今ここにいるから、もう諦めてるかな」

Y子ちゃんとは水面下で繋がり、業界人的な芸能人的な人たちの集まりなどにたまに一緒に行ったりする仲だった。

普通にご飯を食べたり家で遊んだりしたこともあるが、当時はお互いに、このコネを使ってなんとかもっと状況を改善できないか(繋がり的な意味で)と必死だったので、どこか浮ついた心でそんな話をしていた。

当時まだ二十代前半だったわたし漠然とした不安はぽっかりと宙に浮いて、「誰しもそろそろそんな不安を抱える年頃なのだな」という程度に、結論を伴わず据え置きとなった。

ぼんやりと生きている人にも、堅実に生きている人にも、平等時間は過ぎる。

気付いたらわたしアラサー入り口に立ちつつあった。

その頃と状況はうってかわって、わたしはもうレコーディングスタジオリハーサルスタジオの前で立ち続けることをかなり前に辞めていた。

まりにも辞められなくて一時期は、当人に「好き過ぎてやめられない、つらい、もう辞めたい」とメンヘラ気味に相談したこともあったが、ふとしたきっかけにダメ男に引っかかり、そのダメ男から立ち直るためにまた別のダメ男に引っかかり、今に至る。

趣味に思い詰め過ぎて、恋愛ごっこ以下の付き合いばかりになっていたわたしにはそれはちょうどいい荒療治で、すっかりほとんどおたくからは足を洗って、澄まし顔で二人暮らしマンション職場の往復の毎日を送っている。

けれど、漠然とした不安は、消えることはなかった。

世間的にはもう結婚して子供がいてもおかしくない年齢である

けれど、今後の数十年、もとい生きている間の時間方向性を決定するには、わたしの中身は子供過ぎた。

これまでせいぜい大した選択しかしてこなかったのだ。

内申点が足りないか適当私立高校に進学する、三年先までの未来を決めた。

特に就きたい仕事がないから通える範囲で一番偏差値の高い大学に進学する、四年先までの未来を決めた。

転勤なく関東圏で就職して職歴をつけたいから、とりあえず社会人スタート地点という数年分の未来を決めた。

たまたま就職に関しては特に問題もなかったので定年まで勤めようと考えているが、それは今の日本を考えれば本当に運が良かっただけだと思う。

わたしはたった26年生きてきた人生の中の経験だけでは、どれだけ振り絞っても、結婚するという未来に向かって大ジャンプを決められない。

一方で、この26という数字28、30、そして、33になったところで、特に何か特記するような経験を得られるわけでもなく、それこそ「タラレバ」のように、26のあのとき決断していれば、28のあのとき、30のあのとき、というふうに、得られるのは、数年先の未来からの後悔だけだということはなんとなくわかっている。

特に彼氏になにか大きな問題があるわけでもないが、特別「このひととなら絶対幸せになれる」という保証があるわけでもなかった。

そんなの当たり前である。そんな人間はどこにも存在しないのである

しかし、大義名分のようなものをもって、結婚するカップルもいる。

初恋同士の結婚は、結局旦那社会的地位年収がそれほどなくても「やっぱり二人は結婚しなきゃね!」と持て囃される。

当人同士だって、今更別れて条件のいい相手結婚しても絶対死ぬまでに数えきれないほど「やっぱりあのとき初恋の人と結婚していたら」とタラレバするだろう。

公務員同士の結婚などは、また違った意味で持て囃される。

「堅実ね」と親世代から大プッシュな上に「公務員か〜、安定してていいね」と女友達からも絶賛である

こういう客観的な要素で他人からプッシュしてもらえる結婚を少し羨ましいなと思った。

もう26されど26である

大卒だとまだあまり結婚している友達は少ない。SNSを見れば飲み歩く女友達に溢れている。みんなきらきらした独身謳歌している。

絶妙な齢なのだと思う。

幼稚園の頃のように無垢ではないから、「結婚してお嫁さんになる」ということを「幸せ」とまっすぐ結びつけられない。

結婚して、子供を産んで、子供大人になって、結婚して、孫が産まれてという当たり前の幸せを送ることがどれだけ困難なことか、知識だけでは知り過ぎていた。

何組に1組が離婚する世の中だとか、統計上では、片手で数字を数えられる子供ならわかるような算数なのに、

その原因は十人十色で、こうがこうである、ゆえにこうである、というような明確な条件下に成立する結果ではない。

それなのにまわりは、アラサー女子に「次はあなたの番ね」などと軽々しく声をかける。

二十代前半の頃に、鼻で笑ってかわしていた言葉となんら違いはないはずなのに、もうあの頃のように軽やかにかわせない。

それほどまでにわたし背中には、知らない間に、生きていくには無駄ないろんなもの(一種の保身のようなもの)が住み着いていた。

最近結婚したアラサー事務さんに結婚するのか、と聞かれて、「しようって話になってるし、するんだろうと思うんですけど、漠然とこれでいいのかなって不安です」みたいな話をしていたときに、

結婚ってまわりに言われたからするもんじゃないよ、自分たちで決めてしなきゃ」と言われた。

しかにきっとその人はまわりに結婚を急かされても大事大事に愛を育んで、自分たちタイミング結婚したに違いなかった。

「どうして結婚しようと思ったんですか」と聞いたときに、「ずっと同棲してたからこの人とするんだろうなと思ってた」と言われた返事がわたしには眩しかった。

わたしは、すぐ結婚してくれない彼氏同棲し続けていたらメンヘラ拗らせて酒飲んで泣いて吐いてを周期的に繰り返すくらいには弱いだろうし、たぶん別れて婚活する選択をとるだろうと思う。

そのひとはわたしにはない強さを持っていた。

わたしは今、そんな強さを持ち合わせていない。

好きだからずっと一緒にいたい、という気持ちと、結婚するということとの間に乖離があって、その重さの違いに戸惑う。

家族になる、ということはわたし一人が失敗しないようにコントロールできる範囲を超えていて、絶対的な自信を持てない。

けれど、持たなければいけないのだ、きっと。

もしこの人と結婚したら、とか、結婚しなければとか言っている場合ではないのだ。

制服を着ていた頃、「マリッジブルー」という言葉意味理解できなかった。

結婚しようってなるなんて、幸せ絶頂じゃ

ん、なのになんでブルーになるの、と純粋に疑問だった。

きっとつらつらと書き連ねた言葉たちは、一言でいうと、一種マリッジブルーなのだろう。

けれど、16の頃のわたしは知らなかった。

簡単英単語たつを組み合わせた数文字カタカナが、こんなにどす黒く、深く広く、心細いことを。

そして、タラレバなどと女友達とあれこれ言い合っても、決してそれは薄れはしないことを。

2017-04-30

[] #23-2「ヴァリアブルオリジナル

前回のあらすじ

四天王の一人、剣姫スミロドン

四天王の中では最弱らしく、既に他の四天王をこらしめていたヴェノラ一行は余裕だった。

しかスミロドンは、ヴェノラの「とにかくすごいってことだけは伝わる設定の武具」が通じない特異体質であった。

そのことで動揺したヴェノラたちは隙を突かれ、あまりにも予想外なピンチに陥る。

だが、仲間の一人であるイセカは、スミロドン故郷をやられた過去を持っていた。

その怒りが彼に大義名分と、形見武器チョウナ・ブーメランに力を与える。

「渡させて頂く。引導を」

勝負はヴェノラのジャストコーズを使う前から決したのである

こうしてスミロドンをこらしめ、イセカの溜飲は下がったのであった。

勝利の余韻に浸る一行だったが、地に伏した剣姫スミロドンの口から語られたのは、あまりにも予想外な展開であった。

「私は元四天王だ。少し前に、私より優れた者に取って代わられた。お前たちが今まで倒した四天王も、私と同じ影武者に過ぎない」

四天王の中で最弱どころか、四天王ですらなかった相手をこらしめて今まで喜んでいたことを知った一行は恥ずかしい思いをした。

しかし、いつまでも恥ずかしがっている場合ではない。

例え相手四天王であろうとなかろうと、ヴェノラがやるべきことは変わらない。

だが、復讐を遂げたイセカは、メンバーから外れることを宣言する。

「お前たちと冒険する大義名分がなくなった。我には大義名分必要なのだ

そう言うイセカに、ヴェノラは静かに諭す。

「イセカ。大義名分がお前にとって必要だというのなら、これから作ればいい」

ヴェノラの感動的な説得力により救われたイセカは改めてメンバーに加わり、一行は気持ちを新たに冒険の旅を続けるのであった。

目指すはドカワ海らへんにあるというコニコ島。

そこに現役四天王であるクヨムがいるらしい、ということをスミロドンから聞き出した。

ですので船を得るため、まずは港町を目指すのだ。

今回はその道中、トアル村で休息を取る一行の話である

(#23-3へ続く)

2017-04-26

ブラック企業に行ってはいけない

この時期になるとやはり新卒研修として一見意味のないことを強要したり、人格否定する会社が出て来る。

そのような人間と関わると、人生台無しになり、大切なものを失ってしまう。成長のはずが、大切なものを失ってしまって何も残らないこともある。

私はそのような愚かな人間である。愚かな人間として、思い出したくないのでここに書き捨てておこうと思う。

人格否定

自分の思い通りにならないだけなのに、「何も考えていない」などの言葉を投げつけてくるケース。

人のいる前で公然と叱責

「成長のため」という大義名分のために当たり前のように正論を投げつけてくる。一見正論だが、言うべきタイミング配慮するべきであるしかしそんなことは気にしない。

失敗をひたすら責める

完璧人間などいない。失敗は必ずするだろう。しかし、1つのさな失敗をひたすら強い口調で責めてくる。

病気についての言及

このような攻撃にあうと、ストレスで何かしらの精神疾患を患うこともあるだろう。そういうところをついてくるケース。非常に高いストレス環境下にいて、上記のようないつでも強い緊張を強いられる場面において、「決める」ことができなくなってくれば、「そうやって黙りこくる」などの言葉を使って更に畳み掛けてくる。

総合すると、人間として非常に弱い部分を狙ってくる人間というのがいる、のである。それを成長という大義名分で何人も潰していく人間がいるのである

そのような人間が上にいる会社に勤めていたとしても、どんなに頑張っていてもその頑張りは経営陣のフトコロに入るのが関の山で、自分の成長を吸われているようなものである。仮にそのような環境で、成長したいというなら止めはしないけれども、自分が不利になったと感じたらすぐさま逃げるための道を確保しておくべきである

特に個人組織と闘うのは大変に困難である労働組合などがないのであればなおさらで、何もできることはないので逃げるべきである

次の転職に不利になると思って1年は耐えようとした結果、取り返しのつかないことになった。労働というものは、日本社会においての義務のうち、納税と強く関わってくるものである。働いていない人間立場は非常に厳しい。

このような会社に努めて勤めて辞めざるを得なくなった後、数年が経ち、もうそろそろ上記の病気も治りそうではある。とはいえ、この間、誰にもどこにも助けてもらえなかった。その時のことを思い出すたびにあんなところに行かなければよかった、人生無駄にしたと嘆くばかりである

それでも、逃げられたのは病気身体を止めてくれたかであるクリスマスだったり、住んでいた部屋が高層マンションや社宅だったりしたら、一歩間違えれば自分も死んでいた。

人間は成長する生き物であると思う。自分がどのようになりたいのか、何を大切にしているのか、どう大切にするべきなのかを常に意識する必要があったのだろう。頑張る、とか諦めないというのはただの思考停止だったのだ。

2017-04-21

覚り(さとり)

エゴがなければ、宇宙は一体であること、現実世界ひとつであること、つまり一如(真如)の現実が見える

けれども、ヒトは、異常に生存本能が発達することで生き延びてきた異常な動物であるから殆どの者はエゴが発達しており、現実が見えない。例えば、生き延びるために痛覚などの感覚が心身ともにあり、感覚のあるところを自分の一部だと認識するという、一種エゴがある。卑近な(身近な)ところほど重視し、敬遠なところは「カンケーない」と思う。そういう卑しく愚かな性質がヒトにはあり、ほぼ全ての者は、この性質自覚することを得ず、自律して自立することを怠る。よって、この自縄自縛呪縛から解脱することを得ない

こうしたエゴは、元来は生存必要であったから得た所謂進化であるが、ヒトのエゴは異常であり、すなわち例えば戦争を起こしてでもカネやモノを得ようとし、あまつさえその戦争にわざわざ大義名分まで付けて自己正当化しようとさえする。エゴ権化である

そもそもは為政者ノブレス古代ギリシアなどの俗に謂われる「市民」という特権層は、このように己のエゴを相対化し自己客観視をする才能をもつ特別な人々であるはずで、そうでなければならなかった。しかし実際にはそうした本来の姿は忘れ去られ、世襲と腐敗で自らエゴに堕ち、社会構造維持と既得権益保守に汲々とする詰まらない無智愚鈍支配する人類社会になって久しい

現実が見えず自然法則に反する、つまり滅法の世で、もはやこの疾患は治らないのだろうな、と思っている

2017-04-19

全然眠れなくて動画見てたら朝になっちゃったんだけど

居眠り運転事故を起こしたら危ないか

これを大義名分にして会社休むことにするわ (理由体調不良とかにするけど)

実際こういう時、他の人はどうしてるんだろ?

出社すると昼過ぎから夕方が本当にきついんだけど

対日核攻撃の誘惑

まず、戦術的にも後背地を襲撃するのはセオリーだ。彼らの唯一の戦訓は朝鮮戦争のそれで、すなわち緒戦に奇襲を以てすれば劣悪な装備でも南側蹂躙でき、増援を断てばそのまま勝利できたはず、という代物である増援の出撃基地は今も当時も日本なわけだ。ここを直接に叩き潰す誘惑は捨てがたい。

戦略的には、第一日本が「弱い鎖の輪」であることだ。日本は異常に戦争忌避が強く、かつ自発的第五列が何の見返りもないのになぜか反戦活動をすることが十分以上に期待できる。さらに法的な問題もこれあり、交戦・反撃能力はない。つまり攻撃を加えるにあたって一番リーズナブルなのである総力戦時代にあっては敵国の世論破壊することも十分に戦略目標たりえる。出血強要によって厭戦気分を盛り上げて日本を対北連合から脱落させれば、後背地を無力化するという目標は十分に達成できる(日本はほぼ唯一戦略爆撃のみによって降伏した国でもある)。

第二には、史上核戦争が起きていないこと。まあ当然なんだが。

核保有国同士では核の投げ合いになって両者死ぬから基本的には自制が働くし、それはコンバットプルーフを得ている(印パを見よ)。しかし、いわゆる「核の傘」はどうか。これは実証されたことがない。ましてや米は米自らも民主国家である。ゆえに、数百万の自国民を掛け金にして他国同盟国とは言え)のために核戦争を起こすことが果たしてできるのか。ましてスイッチを握るのは自国優先を唱える男だ。

第三には朝鮮半島南北は一応同一民族たまたま南北の反対側は叛徒が制圧しているのであって、住んでいるのは成分最悪であるはい国民であるという建前があるうえ、北韓南鮮さらにはその後背に控える中共反日国家だ(現状の政策はもちろん、建国神話反日であって路線修正はあり得ない)。最低限の大義名分は立つ上に、南に対する強力な正統性アピールとして使えるだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170417224755

2017-04-17

基本的人権の尊重

大学人権論という授業があって、ハンセン病患者さんについて「感染力が低く殆ど感染する恐れはないのに不当に差別されてきた」と述べられていた。

ハンセン病現代では完治する病気感染力も非常に低いというのは事実であるからその人たちが未だに冷遇されているのであればひどい話だし是正されてほしいと思う。でも俺はその話を聞きながら「本当にうつる病気だったら差別されても仕方がないということだろうか」とも考えた。差別されることの不当さが「うつる病気ではないこと」に起因しているのなら、うつる病気を持っている人たちやあるいは持病が遺伝するとわかっている人たちは、差別されてしまったときどうやって戦うのだろう。

フィクションノンフィクションわず、何かの媒体障害もつ人が取り上げられるとき、それが「健常者(という言い方もあんまり正しくないとは思うんだけど、少なくとも障害のあるなしにボーダーがあるならそこに含まれない人たち)にない特別な才能」によって許される、みたいな演出になっていることがよくある。例えば障害もつ人々が描いた絵について、私たちにはない素晴らしい色彩感覚があると語るような。そういうのを聞くと、障害があることはマイナスで、そのマイナス音楽の才とか絵の才とかでプラマイゼロもしくはプラスになっている、という捉え方なんだなあと思う。

障害のある人がみんな健常者よりも秀でた才能があるとは限らない。そういうのがなくて、ただ「障害をもっている」だけの人は、どうするんだろうなと考える。どうするんだろうというか、そんな捉え方の中ではどう、見られるんだろう、というか。

いつもそんなことばかり考えている。大義名分が救ってくれない人たち、その辺のボーダーの少しだけ外側にいる人たちが一番しんどいんじゃないかと思う。自分自身が色々な理由カテゴリー狭間にいる人間なので、語られない人たちに感情移入してしまう。差別される不当さや幸せになる妥当性に理由をつけると、その理由に当てはまらない人々にとってはつらい。

今これを書いていて、俺みたいなボーダーちょっと外の人もボーダー内側の人もそれに関係ない人もみんなまるっと幸せになれるように、っていう考え方こそが「基本的人権の尊重」か、と気づいた。

なんにもなくても仮にマイナスでも生きることが許されていてほしい。でも気持ちとして「うつる病気なのに表に出てくるんじゃねえ」とか「作業効率の悪い人にいてもらうと困る(から一般業務じゃない別の分野でやってて)」とかも、わかるんだよなあ。どうしたらいいんだろう。なんにもない人なんていないっていうのも、本当かよ、って感じするし。

2017-04-15

http://anond.hatelabo.jp/20170415140632

表現してはいけない風潮

そんなものはない。「男女逆なら許されないのにー!!」を大義名分いくらでもできる

現にお前もしてるじゃん

2017-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20170411224538

確か10年ほど前に、ACが「電車あなたの部屋ではありません」みたいなメッセージを打ち出したCMが流れていた。

部屋でヘッドホンをつけて音楽大音量で流しながら、ハンバーガーを食べている青年だったが、実は部屋ではなくて電車内でそれをやっていた、という演出

個々での認識としては以前からそれなりにあったと思うが、そのCMが流れて周知のものとなったということを考慮すると10年前くらいになると思う。

というか、この手の社会通念は、大体ACとかの公共広告機構が一枚噛んでいる気がする。


まあ、マナーとかの社会通念は咎める側も守らない側も主観が入り込む余地が多くて、そもそも理由自体合理性を欠くというケースも少なくないからね~。

からケースバイケースみたいな陳腐結論にならざるを得ないというか。

マナーを謳う多くの人は「何となく不快から」位にしか認識してなくて、それを正論に摩り替えて、大義名分に仕立て上げているだけだと思う。

でも、そういった感覚的なもの最大公約数として出来たマナーに関していうなら、理由が何であれ社会の均衡を保つ一助になるのも確か。

自由」と「勝手」は違うわけだけど、まあ自分行為他人の許容だとか順応をアテにしたものでないのならば「自由」の範疇と捉えて、今後も享受していっても問題ないとは思うよ。

2017-04-01

エイプリルフールを腐す人間

潮流が気に入らないからといって、楽しんでいる人たちの輪の中に入って、わざわざ冷や水をぶっかけ人間にはなりたくないね

まあ、面白ければOKってのを大義名分にするのもよくない。

逆にいえば面白くなければダメっていうことにもなる。

面白いかどうかなんてのはいずれにしろ主観しかない、個人の嗜好だもんね。

個人の嗜好自体結構なことだが、それを大義名分にしたり、正論すり替えるなんてのは下の下。

嘘の多様性認識し、区別する。

その都度、臨み方を変える柔軟性が大事なのに。

ただ自分が気に入らないという理由だけで腐す行為

それは、その人たちのいうナンセンスな嘘以下の行為であるという自覚が足りない。

から、そういった言動をしてしまい、省みることもしないのだろうけど。

2017-03-30

[] #20-1「帳尻クッキング

その日は料理をしてみようと思った。

大した理由なんてない。

腹が減っていること自体大義名分だ。

いくらでも即席食品がある環境で、料理ほとんどしない俺が「自炊」というカードを切ったのは気まぐれに過ぎない。

はいっても変な背伸びはしない。

料理した感」が大事なのだ


まずはスープだ。

沸騰させたお湯に、コンソメの素を溶かしてみた。

食材からコンソメを作ろうだなんて思わない。

我が家ミソスープだって出汁味噌メーカーの力だ。

実は前に一度、わざわざ煮干や鰹から出汁を取って作ったらしいのだが、「いつもと違う」と俺たちに不評だったせいでやめたらしい。

手間と味が比例しないのは考えてみれば当たり前のことではあるのだが、評価されないことほど調理人にとってツラいことはないだろう。

だが、今回は俺が自分で作り、自分で食べるのでその心配はない。

そうやって思いふけるうちに、コンソメは見る見るうちに溶けていった。

味見するまでもないと思うが、念のため確かめてみる。

「なんだこれ……不味い」

予想外だった。

料理の失敗でよくあるパターンは、大抵「セオリーに則らない」か、「余計なことをする」かのどちらかだ。

当然、俺は説明どおり適量でコンソメを溶かしただけである

いや、もしかしたら俺は何か見落としているのかもしれない。

コンソメパッケージに目を向ける。

書かれている説明イマイチ曖昧だったが、どうもこのコンソメは、ミソスープでいうところの出汁的な存在だったらしい。

コンソメの素はカップスープみたいなものだと思っていたが、そういうわけでもないようだ。

それにしてもコンソメだけだと、こんなに不味いものだったのか。

だが、理由が分かれば話は早い。

要は別の味でフォローさせればよいのだ。

確か、しばらく前に冷凍した野菜が眠っていたはず。

(#20-2へ続く)

2017-03-29

40代無資格転職活動してみたよ 4

デザイン業界でも仕事の内容は様々だ。

私は主にSPセールスプロモーションツールという販促物のデザインをしていた。

マイナー商品なので何処にでもというわけではないが、コンビニハンズなどに私がデザインをした商品もある。

 

 

デザイン仕事センスもそうだがその時の流行りを見極め、かつ新しい要素を提案していく作業でもある。

古く変わりのない完成されたデザインも多々あるが、そればかりだと私の仕事不要になってしまうので

新しくデザインを起こしたりリニューアルする時に私のようなデザイナーへ依頼が来る。

 

その時代流行に敏感になるには多くのものを見、他ジャンル一見関係のない物や形を多く吸収することが必須だと思っている。

 

評判の店の内装旅行先での景色海外プロダクトなど、自分が「良いな」「面白いな」と思ったものは購入したり写真に残したり。

それらのストックはいつ使われるかわからないが確実に仕事の幅に影響を与えるために必要投資なのである

 

 

というのが大義名分で、収入に比例し趣味や気になる物事に消費するお金も増えていった。

 

 

遊びで海外旅行へ行くのも取材のための必要経費

ラーメンをすすりデザートを食べるのも自分仕事に直結する大事投資。すなわち経費。

取引先のお姉ちゃんデートホテルに泊まるのも接待費という名の経費で申請(のちに振られる)。

 

 

  

そんな道理が通るはずもなく、経費として認められなかった経費はその年の年収として加算され、

収入アップ=税金増加であり追加徴収は合計で700万円ほどになり貯金はほぼ無くなってしまった。

税務署は正しい仕事をしただけなのだ

 

 

というわけでようやくこの日記の本題である転職活動の開始。

  

 

 

転職するにあたり、これまでデザイン仕事で食べてきたので、当然その経験を活かし企業のインハウスデザイナーとして

正社員で受け入れてもらえる企業を探す。

 

 

さようならフリーランスかい不安定立場

ようこそ正社員残業少な目ボーナスあり、土日祝休みで年間休日120日以上の新しい自分

 

 

まずはリクナビ登録し数社の求人に応募するとリクルートエージェントという系列会社から登録しませんかと連絡がきた。

自分で探し応募するリクナビと違い、エージェントと言われるお姉さんと面談をし私の希望に沿った求人を探してくれるという。

採用された暁には企業からエージェント会社に私の年収の数パーセント報酬として支払われるという。

 

 

まずは自分がこれまでやってきた仕事の内容や希望する勤務エリア年収残業時間などを話すと

お姉さんがリクナビには掲載されていない求人20社ほどピックアップしてきてくれた。

リクナビ掲載されている気になる求人エージェントが直接やりとりをし年収交渉などをしてくれるという。

 

 

ピックアップされた中から【応募したい】【気になる】【パス】と分けて、まずは【応募したい】【気になる】に応募してみましょうと言われた。

応募しても書類選考を通るのは50%、下手したら30%以下なので、とにかく気になった求人は応募し面接を受けツバを付けておきましょう、

内定を辞退する事も自由なのでどんどん応募しろとのこと。

 

 

とは言っても【応募したい】と思えるものが無く、SPツールデザインに携われる求人は【気になる】に入った平均残業60-70時間/月で裁量労働制という求人

 

裁量労働制。つまり勤務時間自分能力次第。残業してもいいがそれは自分能力が低いか残業するはめになるわけで残業代は出さないよという酷い扱いのことであり、

それで給与20万円前半。隔週土曜日出勤。

 

「これで応募くるのか?どれだけ社員時間企業にささげればいいんだよ」と思えるほど今までの自分仕事は恵まれていて自由であったと気付くのはもっと先のことであった。

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170320222845

地方民で「都内大学に進学するため」という大義名分があったか一人暮らしを許してもらえたけど

都内実家ある人はどうやって家出るのかわりと気になってた

2017-03-12

八つ当たりしたら殺すから

もうこっちは我慢限界から

どんな大義名分並べ立てても、お前のはただの八つ当たりから

もう甘んじて受けないから。

本当に次やったら殺すから

2017-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20170308124238

たばこでとっとと死んでもらった方が結果的医療費負担(介護含む)が軽いって統計データは実は既に出ている

しかし、それを公開した結果、長生きしてる爺婆が今度は税金食いだってバレるから批判殺到して、情報を伏せた経緯がある

結局、今の煙草批判は今もっとマウンティングやす対象から選ばれてるに過ぎない

規制運動はいつも利権屋によって弱い対象を狙われ続ける

大義名分があれば金稼ぎも捗るからな、ボランティアで支持してくれる人も多いし

歴史はいつも同じことを繰り返す

規制強化→問題発生→反発→反動解放規制強化→…

人間死ぬ以上、同じところを堂々巡り

ちなみに煙草病気になると必ず医療費が発生するじゃないかという的外れ批判があるが

人間はどんな肉体を持っていても最後は糞尿垂れ流して人工呼吸器つけて点滴や薬を打たれるものなので医療費は必ず掛かります

2017-03-05

女性専用車両賛成派って本当に多数派

ネットでは女性専用車両反対の声が圧倒的に大きい。

女性専用車両検索するとそういうブログが山ほど見つかる。

女性専用車両女性優遇されているからという大義名分のもとに、女には何を言ってもいい!とばかりに女叩きしている奴を山ほど見かける。

だが、女性専用車両賛否を調べたアンケートではみな、男性でも賛成が過半数しかし新しくても2012年調査なのが惜しいところ。もっと最近のがほしい。ツイッターアンケートRTされる界隈によって偏りが出てくるし。

2011年の調査結果では若い男性ほど反対が多く賛成が少なかった。ネットのせいかやはり若い男性ほどミソジニーになりやすいのだろう。

差別は良くない。差別とは属性によって区別することです」とばかり教えられてきた学校教育ではむしろ反対する方が自然な気がする

ネットではこれだけ反対派が多く、はてなでも「女性専用車両ガー」に星がたくさんついているのを見ると、「本当に賛成多数か?」と疑いが晴れない。

2017-02-28

「世のため人のため」はエゴイズム

「世のため」とは人間社会のため、「人のため」とは他人のためなのですから人間至上主義エゴイズムほとばしっていることにはかわりありません。さらにいえば、自分のためでは無いということによってあたかも「エゴイズムではありません」っていう大義名分を得るわけですから、むしろ危険です。

「世のため人のため」は人間中心の利己なのですから、どうやっても、地球のためとか宇宙のためとか動植物国土風土のためだとかい価値観には直結しえません。

道徳と称するものは、(儒教の)信仰ですから、「道徳エゴイズムだ」というのはタブーであり、嫌悪されます中国文化圏は儒教信仰で、日本というもの儒教国家です。そして、国家社会を維持するための方策として、儒教教化されてきました。信仰を「間違っていますよ」と指摘されると怒るわけです、己の誇りの無さを埋めるために依拠するところですから信仰とは、無批判善悪が決まっていて、自然法則は抜け落ちます日本儒教国家ですから儒教道徳批判することは国家社会の既成構造、既成状態批判することと同じ、すなわち社会の既成状態によって助かっている人々にとって、儒教批判タブーで、絶対ダメであるわけですね。

さて、例えば「一番じゃなきゃダメ」だというスパコンにせよ、その神戸スパコンケイってやつは確かに例えば気象シミュレーションに用いることで災害予測技術の向上にも活用されています災害予測をすることで、「かけがえのない人命」が助かると、ほぼ皆思うでしょう?

問題は、人間ってそんなに大事タマなんか?ってこと。

人類人間至上主義で、他の動植物地球宇宙のことが抜け落ちています。例えば、人命のためだとか、国家のためだとか、人類のためだとか、子孫繁栄のためだとか、そういう目的資源も浪費するし、地球破壊して、それでもなお増殖しようとしてきました。その異常性を省みることすら、ほぼ全ての人は、しません。

人命のためとか、産業のためとか、経済成長のためとか、国家のためだとか言っていれば、いくらでも資源を浪費してかまわないという理屈になるでしょう。そのためには、化石燃料を浪費するし、核燃料を遣ってでも電力をジャブジャブ消費可能にしなければならないということになる。防犯のためならば電灯点けっぱなしにもするし、宣伝のためならば看板の電灯も点けっぱなしにするし、自家用車は売りつけるし、誰もがモノを所有し放題で浪費していいという社会状態にした方が都合がいいわけです。

そもそもは例えば神道にせよ、原初神道、つまり神祇信仰、いわゆる自然崇拝という時点では、地球宇宙自然現象に対する畏敬がありました。天皇祭祀を行いますが、その祭祀目的天神地祇、つまり自然自然現象の御機嫌を読むことです。それは、天皇以前の卑弥呼などであっても同じです。そういう超能力ESP)であり、そういう職業です。

それに対して、神社神道へと変遷し信仰対象が人へと換わり、そして人間我欲を満たすことが主目的の祈願ばかりが行われるようになり、さらには国家主義のいわゆる右翼にせよ国家神道と称する儒教信仰しているわけですけれども、そうなるともう人間社会至上のエゴイズムです。

人間ってそんなに大したタマなんか? 「かけがえのない命」っていうけど、どうせそのうち死ぬんだろ? それが当然の自然法則であるわけですから、その現実直視してイヤイヤしないのが、本来神道原初神道)もそうですし、本来仏教人間釈尊が説いた仏教)もそうです。

儒教国家主義だけではなく、民主主義とか共産主義とかでも凡そ、人間中心主義から脱け出られません。人間至上のエゴイズムから脱出するには、そもそもの自分自身思想が、脳が、その域に達する必要がありますデモクラシーであろうがコミュニズムであろうが、当の人々ひとりひとりがその域に達した生物にならなければ、人間至上から抜け出した自己客観視の可能スーパーエゴのある社会にはなりえないのです。むしろ民主主義かいってその域に達しない人が政治参加をして自己批判もしないでいると、エゴイズムによる政治になります。つまり衆愚政治になります。けれど言うまでもなく、独裁体制階級政治身分による社会であっても、社会差配する者がエゴイストであれば、話になりません。

そうすると、今の、安倍日本にせよ、プーチンロシアにせよ、トランプアメリカにせよ、どうなのかって、いちいちここで言うまでもないと思います

2017-02-27

中学生にもわかることがわからない」

を叩きの大義名分にできるのはだいたい高校生以上相手であって、

リアル中2相手に向かって中3で習う内容を知らないということを

「お前は中学レベルのこともわかってない馬鹿

とかドヤ顔で連発しちゃう自称まともな社会人はハッキリ言ってて中二病なんぞよりよっぽど痛いと思うの。

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