はてなキーワード: 鬱状態とは
若者の意識や離職率に急激な変化は見られない。企業側の採用行動の変化により、希望通りのコースを歩めないというのが事実である。働く意志がある人間がなぜ働けないのかという観点から、企業の側の原因が指摘されてきた。これを、働く意思の存在しない、特異な傾向を持つ集団にフォーカスすることによって若者が甘えているからいけないのだ、と「問題のすり替え」が行われているのがニート問題(あくまで2005年段階の話です)。実際は、たとえニートを働かざるをえない状況に追い込んでも働くことはできない人が多数いることが問題。
しかもニートの中でも「刹那を生きる型、つながりを失う型、立ちすくむ型、自信を失う型」の4類型が確認されているが、このうち「刹那を生きる型」のみに焦点が当たっている。ニートについてすら正確に理解されていない。ニートですら甘えが本質問題ではない。
高度に専門化した現在の職業状況では、最も多いと言われる文系のフリーターがちょっと訓練さr他程度では使いものにならない。それゆえ彼らはノースキルでもなんとかなるアルバイトや派遣社員を選択せざるを得ず、また企業側もそうした使い捨ての人材を欲するという構造的悪循環。しかもこれを放置していると潰しの聞かない人材を多く抱えたフリーター世代が後世で日本社会の大きな負債となる。
そもそも若年層の就業問題とは、既得権益を有した、特に男性の年長世代が、相対的な弱者としての若者にたかる構造だったのだ。若者はそうして保護された親の既得権益にたかりかえしているのであり、あくまで「たかりあい」の関係。この認識ができていないと議論が進まない。
自己責任原則は、一方で国や企業に頼るなといいながら、あらゆる長期計画(安定性)を放棄せよというダブルバインドなメッセージを発している。若者たちはこの分裂したメッセージに対処するために、やりたいことを目指しながら、現在の状況をそのまま受け入れるという宿命論を招き入れざるを得ない。結果、不断の躁鬱状態に置かれることになる。
何で天皇は自分の心がつまらないことも理解できないのか。明治憲法にしろ現行憲法にしろこういう子供に何の夢も希望も与えない保守的なものを作るべきでない。私が公民で初めて憲法を見たときは「何が平等だよつまんねえこと言うな」「何だこの古色蒼然とした漢字の羅列は」と思ったものだ。「君が代」も歌詞が意味不明でつまらない。とにかく全体的に退屈で、なぜこんなものが日本国家の礎になるのか、その発想自体が理解不能だ。また天皇の実施する学校制度も極めてつまらない上、ここ30年は失敗している。これでは救いようがない。他方、民間の作るものは実に面白い。天皇が大学入試競争の存在を認めない反面、予備校や出版界は入試競争や偏差値差別の存在を認め、学生の心を明るくする情報操作に満ちている。こういう面では、天皇より、民間やヤクザの方が優れている。しかし、天皇制にはかなりの程度支配力があって、楽しんでいる者の邪魔さえする程度に達している。今の日本の真っ暗さをみれば明らかだろう。つまり天皇制とは鬱の象徴であって、せっかく躁状態になっている社会を脅かす存在なのである。日本は常に躁状態で世界制覇を目指せばよい。ところがなぜか日本の歴史には常に天皇制という厄介なものがあって、つまらない真面目腐ったことを言って楽しんでいる人の邪魔をしてくる。しかもその程度が尋常でないのは裁判所の長ったらしい判決文や警察の取調べをみても分かる。精神を殺しにかかってくるレベルなのである。なぜこうなるのか。それはもともと日本社会に鬱的傾向があって、それが支配的だからだろう。民間やヤクザのように、差別のある明るい躁状態の社会は例外的で、日本人なんて何をやってもだめだし、どうせ地道に生きるしかないという本質的な諦念がこの国に鬱という原則をもたらしている。それがここ数十年のグローバリズムで、何が何でも躁にならなければいけないという風潮が、天皇制を抑圧し、民間やヤクザの価値観の伸張を可能にしてきたが、二度の経済失敗によって再び日本全体が鬱状態になり、天皇制にすがろうという空気と、ここまでやったからには諦め切れぬという民間やヤクザの勢力が拮抗状態になっているのが現状である。しかし、鬱の天皇制と躁の民間ヤクザが戦争をするうちに、日本人の精神はズタボロになって、様々な紛争や事件が起こる中で絆を喪失し、気がついたら精神が空洞化した地獄が現出していたわけである。このように鬱と躁が戦争をするとろくなことにはならない。しかも鬱勢力の執拗さはすさまじいものがある。日本はそろそろ鬱の天皇制をかなぐり捨てて、差別のある明るい躁社会のデザイン設計をしなければならないのではないか。それにはまず受験競争を認めたうえで、東大を中心とする帝国社会へと再編成して、学力により人間を序列化することだ。それによって日本は極めて面白い社会になるはずだ。
だいたい一年の2/3をバリバリと仕事し、のこり1/3を鬱状態で死にそうになるということをここ4,5年くりかえしてきたが、今年も6月の半ばから撃沈してしまった。
鬱の時に何がしんどいかというと、まずもって仕事ができなくなる。仕事がしたい、やりたいことや夢があっても、現実的に身体が、心が、動いてくれなくなる。僕の場合、メールが読めず、書けなくなる。メールの受信箱さえ開くのが怖くて指が震える。フリーランスで仕事をしているかたならどんな業態でもご存知のとおり、人のつながりがビジネスの基本。結果、日々メールや電話に追われるのが常態になりがち。今年はツアーとコラボレーションの制作・プロデュースがあって、アーティスト、会場、オーガニゼーション・パートナー、関連機関etcとコミュニケーションで忙殺。これで心がすりきれた。なんとかプログラムが無事いい形で終了できたのはもちろん良かったけど。
鬱というのはある意味ストレス耐性がゼロになってしまうと考えるのが分かりやすい。私たちは日々の生活でつねにストレスを浴びている。朝起きて、仕事いかなくちゃーと思ったり、ごはんたべよーかどーしよーかーと逡巡したり、買い物にいって店員にいらっとしたり、とか、そういう『どーでもいい普段は気にも留めないこと』からもストレスを実はもらっていて、健康な時は耐性があるからそれに立ち向いて(構えていないけど)、適当にやりすごしている。鬱になるとこれが全くできなくなる。
何も出来なくなってしまった自分を忘れよー忘れよーとしてアルコール中毒に沈んでいく人の感覚が痛いほど分かる… カフェインも危険!カフェインレス・コーヒー(チコリ)で逃げるのが良い。
別にこれといって言いたいことがあるというわけではないけど。
今私は、鬱状態で仕事を休んでいる。フリーランスのアーティストとして10年ほど。その半分以上を海外でくらし、今もヨーロッパの片隅にいる。
カオスラウンジというグループ、全く知らなかったが、なるほど、人々の怒りがよく分かる経緯だった。
面白いので、コラにはコラに対抗ということで、代表藤城嘘の作品や彼の写真をphotoshopで10分ほどやっつけでコラした絵をPixivに投稿。説明なしのアカウント削除→IPアドレス指定拒否→串刺しIPでの再UP→瞬殺アカウント死亡 などを繰り返して遊んだ。
http://www.rupan.net/uploader/download/1311933348.jpg
で、私の意見。
これ、日本の芸術にたいするマーケットのあり方や、芸大における教育とか、そういうことが根本にある。
まずマーケット。
これは日本だけでないけど、マーケットって、ようはお商売の世界。売れればいいの。芸術家も、批評家も、生活あるから、お金にしなくちゃいけない。
で、やっぱり、売れたものはみんな金魚のふんみたいについていくの。それは仕方ないこと、どこでも。
そのために役にたつのが権威(power)。カオスラウンジは村上隆と美術手帖がそのicon。
私は両方とも死ねと思っている。(殺害予告ではありません… 念のため) 正直。
村上隆は売れた。それはいい。オメデト。尊敬。でももともとサブ・カルなのに、権威的にふるまう?どうして?
本流に対してのalternativeなありかたとして出した、その経験の意味は?
美術手帖。いつも売れ線をおっかけ。責任おわない。コンテクストが脆弱(消極的な取材が透けて見える)。しょうがないけど。お商売だし。でももうちょっと、光を見せてよ、せっかく日本のマーケットで権威もっちゃったんだから。
僕は90年代に青春をすごしたから、今の日本の若い人とちょっと感覚ずれてるかもわからないけど、その時の感覚からすれば、分かる。
日本の人って、権威に弱い。テレビとか、どっかの大学の先生とか、批評家とか、マーケットとか、あとは身近な友人や家族なんかの意見にも。
もちろんどこでもそうだけど、日本はちょっと過剰だなーっておもう。
今自分が見てるもの、聴いているもの、食べているもの、感じているものを、どうやって、「いい」か「悪いか」判断できるだろう?
日本の人は、まず周りをみる。周りの様子にノル人、ソル人…
僕が暮らしいるところの人たちは、まず自分のフィーリングを聴く。で、それから周りの人も見る。それから、どうするかと考える。
yap, subjectは結局おなじなんだけど、順番が違うんだよね。僕がくらしている人たちは、まず自分の意見が先にくるんだよ。
例えば、スーパーマーケットにいって、入り口に物ごいがいる。ああ、かわいそうだなって思ったら、こっちの人はお金渡す。
日本の人は、まず、お金わたす自分の姿が周りからみてカッコワルイ、アタマヲカシイ?、ってかんがえて、無視する。
全員がそうでないけど、そういう傾向が、ある。
この順番が、カオスラウンジの人たちの行動にもよく見える。
http://d.hatena.ne.jp/lie_fujishiro/20110625
端的にいうと、ダサい。カッコワルイ。
同じ芸術家として、引用とかサンプリングについての立場はちょっと分かるよ。ちょっと。
でもさ、想像力って彼らは持っているんだろうか?
例えば満員電車の中で私が突然うんこしたら、みんな嫌がるだろーなーって、なんか創造できる、だから私はうんこしない。
やべぇ、うんこもれそう、もうしぬぅーーーーってなっても、みんな嫌がるだろーなーっておもうから、我慢して、次の駅までまって、でダッシュ。
ま、動機はカッコワルくなりたいってのもあるだろうけど、まぁおんなじように。
で、カオスラウンジの人たちは「ウンコしたい」で、すぐウンコしちゃってる。ブリブリ。
ネットのオタク文化いけてる、売れそう、俺好きやし、カッコええやん、よっしゃ、これで俺の作品つくったろ。
一方的。想像してない。それで誰が傷付くか。
みんな同じようなネタをずーっと話してたり、コラしてたり…。純粋だなーって思うのと、あと普通だなーって思う。
世の中の多くの人たちが、文化については保守的。日本をみたら、なんで演歌や歌謡曲が未だに紅白で重要な立ち位置を持っているかということ。
そういう人たち(=普通の人たち)の気持ちに思いを巡らすのが、やっぱり普通の人であるところの、普通の芸術家でないの?
少なくとも、私は自分自身芸術家としてそういうスタンスを譲らない。
あるいは、もし自覚的にそうした『普通』に対する反抗であるなら、最後までヤリきらないと。
炎上したから?ビジネス・パートナーが予定していた商品をキャンセルしたから?周りのエラい批評家にお説教されたから?
本当に反抗したいなら、まず梅沢ナントカという友達の作品を正当化して、ウルセェ、テメエラなんもわかっちゃいねぇんだよっていって、もっともっと同じ手法で作品を創らなくちゃ。で、その路線で別のパートナーをみつける、そこまでいかないと。
この謝罪、カッコワルイよ。
たぶん村上隆が翻ったのも、この日和見的なところ(態度)で、ア、コイツラ、シロウト。ってみやぶったんだと思う。
で、彼らがここまでやってこれたのが、日本の芸大etc.における芸術教育の影響だろうなぁと。
「売れる」ことを考えすぎ。たぶん、日本におけるfine artの伝統の不在が起因なんだろうけど。
自分が、一人の人間が、今思い、考え、感じていること、そしてそれによって目の前にある作品や起きている事象にたいする疑問を素直に「どうして?なぜ?」と問いかけること。こういう当たり前の姿勢がどうして求められないんだろう?
タマタマ自分がやっていることが売れ線だと。で、エラい批評かなり、curatorなりが、ヨイヨイ、といって、金だして、仕事なりコンタクトわたしたりして、ま、同業者として分かるっちゃ分かるけど、それで、自分がやっていることは全肯定できるのだろうか?
酔いが回ってきたので、またそのうち続きを書こう。
まず最初に、今回の地震と津波に際して早くから支援体制を敷いていただいた
食品メーカーの方々
それを高速も動かない間にも届けてくれた運送関連の方々
販売をしていただいたスーパーの方々
現在も被災地への物資提供・医療支援・ボランティアを続けて頂いている
企業や個人の方には感謝してもしきれません。
未だ満足にインターネットや連絡手段が取れない被災地の方に代わりまして
御礼を申し上げます。
また、地震発生時から燃料不足など困難な状況でありながら
昼夜問わずインフラ復旧の為に当たっていただいた電力水道ガス道路関連の方、
市ガスに関しては現在も名古屋ナンバーや大阪ナンバーなど遠方からも
現在も支援を頂いている状態です。
余震による新たな再点検を求められるといった苦境が続いておりますが
自身の安全も含めて無理を成されないように。
市ガスに関しては仙台の天然ガス施設が被害を受け、新潟からのパイプラインで提供されています。
下水についても今回の津波で破壊されたり電子系統がやられた関係で2~3年は簡易処理しか出来ない状態です。
宮城県に限らず被災地を抱える県の方で処理場が機能してない地域の人は
自分たちは水が使えるからと今までのような使い方をしてしまいますと
疫病が発生する可能性も否定できませんので節水に努めましょう。
津波で下水処理場、ゴミ焼却施設に大きな被害、想像を超える宮城県内各施設の被災状況(2)
下水道復旧は数年かかる見通し 沿岸部に集中、被害深刻
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104020353.html
>下水管や処理場が復旧しないと、汚水が路上にあふれ疫病を引き起こす恐れすらある。このため新潟、札幌、大阪など自治体の下水道事業者からのべ2600人が応援に駆けつけ、被災状況の調査や簡易処理での復旧の手助けをしている。
過ちを繰り返さない為に。
私が住んでいた地域は幸いにも地震から2日後という
早期に電気の復旧が行われた為、
手元にあったIS01のワンセグテレビと充電池でギリギリ間に合わない程度で
情報難民にならずに済んだという綱渡り的状態だった。
その間もワンセグで見ていた、地震だ!津波だ!何人が死んだ!
在京キー局主体報道が並ぶ。
そして思った。
それを今、報道してどうなるのだ、人一人も助けられないじゃないか。
家族や親戚が居ても津波の被災地に行く手段は無いのだ。
津波による第一報の大切さはわかる。
でも、それが終わったら次の事を考えなきゃいけない。
死ななかった人の命を如何に助けるかだ。
まずは
車での移動はしないでください、
不要不急な人には売らないでくださいとマスメディアは伝えるべきだった。
緊急車両だけに、と。
更に30分歩いて帰宅していった。
-
自宅の電気が13日夜に復旧した翌日の14日、
電気が復旧したテレビで見た情報が計画停電発表による東京での買い占め、
計画停電の影響で弁当やパンなどがいつも以上に売れる事は別におかしくないと
最初、連日の報道に何やってんだかという呆れがあったが
次の瞬間、恐ろしさに気づいた。
そのガソリンや軽油が届かない事で間接的に救える人を殺しているのではないかと。
共に千葉のコンビナートが被害を受けたことによる需給バランスが崩れた為だ、
それにすぐ届く訳じゃないと思いながら軽い怒りと
地震が起きる前に石油精製の設備が余ってるという情報を報道で知っていたから
どちらなんだろうという不安が感じた事を憶えている。
後に撮影した写真を確認しながらに
仙台でも地震発生後に冷静さを失い
自分が良ければ、家族は大丈夫だろうかという感覚で
間接的に人を殺したかもしれないという意味では
仙台も同じだなと人の事言えないじゃないか思い直した。
仙台港石油コンビナート鎮火 「在庫配分、被災地優先」宮城知事
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110316_39.htm
この15日緊急車両優先と宮城県知事が指示するまで
仙台で起きた事は地震発生翌日後ガソリンスタンドが自主的に行なった
一般車ガソリン5L10L規制+
整理券受け取りまで朝方から4時間待ちで受け取り午後3時といった
自主規制だった。
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次に重要なのが生活情報だ。
給水車は何処に出てますと行った情報もテレビのL字に載り始めたのが13日か14日
後に知ったがラジオの方が生活情報を流すまで早かったとの事。
そして情報を得る為に重要な電池。
準備はしていたつもりが充電池の自己放電で3セットの内1セット、
しかも半分程度しか残量が残っていなかった。
これが今回の最大の危機であり、認識の甘さが露呈した格好となった。
頑張れ日本、がんばろう日本と言い出したのは3月20日
http://woman.infoseek.co.jp/news/entertainment/story.html?q=20110320hochi169
http://mainichi.jp/select/biz/bizbuz/news/20110320dog00m020025000c.html
ACジャパンのサッカー編はYoutubeの日付を見ると22日
http://www.youtube.com/watch?v=Pre2YcOROnk
ACが新CM制作!SMAP、長友ら出演
http://www.sanspo.com/geino/news/110324/gnj1103240505012-n2.htm
http://weblog.hochi.co.jp/tajihouronn/2011/03/post-8942.html
>青葉区の北仙台のあるスタンドで前日の夜9時から並んだ男性は、
>翌朝7時半の開店と同時に10リットル制限の給油に成功。
>しかし、11時前には完売となりました。
>この日給油ができたのは約300台。
>後続の200台以上の人々は徒労に終わりました。
仙台の物資状況 3月21日
http://ffxi.no-blog.jp/2008/2011/03/post_d3bf.html
仙台の物資状況(震災から2週間
http://ffxi.no-blog.jp/2008/2011/03/15_d5e5.html
>昨日3/26のスーパー (市中心部からバスで20分ほどの周辺部)
POPからみるにミヤギ生協です。
ミヤギ生協はそれでも全国から商品をかき集めていて商品が充実してる方でした。
高速が一般開放された3月24日がターニングポイントで3月26日から商品が徐々に入ってきました。
それまでは大根一本300円、キャベツ600円、タマゴ400円といった状態です。
それでも商品が買えた仙台はまだ良い方です。
この頃、津波の被害を受けた被災地は悲惨です、
仮にお金があっても禄に買う所も水も電気もガスもありません。
それで計画停電したから東京目線でがんばろう日本、頑張れ日本なんて言ったら
被災地は見捨てられたと思うでしょう。
それ以前にがんばろう日本、頑張れ日本って誰に言ってるの?
食事も無く、ろくに暖房もなく、薬もガソリンが無く届かなくて
避難所だけで30人以上亡くなってるのに。
被災者に頑張れって言うの?命を繋ぐ事に精一杯なのに
頑張れる人はもう限界まで頑張ってのに。
意味が分からないよ。といった状態でした。
そんな状態で頑張れなんて言われたら鬱状態になり、
下のような言葉が被災者から出てくるのは仕方がないじゃないですか。
それなのに
>何でこんな態度でかいの?鬱病つーかただのクズ
とか、他にも叩くような事がはてブに書かれています。
はてブで書けるなって、
人として本当のクズをはてブでこれだけの数同時に見るとは思いませんでした、
ただただ怒りしか湧いてきません。
「『頑張って』と言わないで…」被災地からの悲痛な声。
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20110320/Techinsight_20110320_50513.html
>3月19日の『ニュース 深読み』(NHK総合)では、被災者から次のようなコメントが寄せられた。
>「電気が復旧し、避難所から自宅を片付けるため家に戻った。あまりの惨状に呆然としていると
>テレビから、“頑張ってください。”との声がしてきた。何度も何度も。
>“これ以上、どうやって頑張るの?”と悲しくなった。」
>「“頑張ってください。”って言葉を聞くたびに、落ち込んでしまいます。」
頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。
http://anond.hatelabo.jp/20110407001402
>すげぇ言われてるんだけど、CMとかで、頑張れ頑張れとか。
>ちょっと気を許すと、「一緒に頑張ろう!1人じゃない!」とか言うわけ。
>いや、おまえら家あるじゃん?そのCM撮ったら家帰ってるじゃんって。
>仕事もあるじゃんって。
>「正直、不幸になってくれたら嬉しい」
>と言われた。
CMについて思っていた気持ちを書いてくれたID:nakamurabashiさんの記事です、
これを読んで今回の事を書く気になりました。
[雑文]なんかいろいろおかしいなーと思った話
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20110410/1302373143
>なんていうのか「だれが」「だれに向けて」「なんのために」言ってのかまったくわからなかった。
>あれ、サッカーの日本代表応援してても同じじゃねえかな、って。
>で、さっき不意に気づいた。まず、被災地の人たちはがんばれない。がんばれるわけない。
>だって、家とかなくなって、体育館とかで暮らしてて、がんばれるはずないじゃん。
>じゃあ「がんばれ」のメッセージはそれ以外の人たちに向けられている、と考えられるんだけど、
>じゃあ、あの大量のがんばれ日本とか強いぞ日本とか団結は日本の力って、いったいなんなんだろう。
>ふつうの人たちのがんばりの許容量を超えたがんばれメッセージだけが大量に出回ってる。
>善意搾り出さなきゃいけないってことか。そうやって搾り出された善意どこ行くん。千羽鶴作ればいいん?
この時期に必要な言葉は被災者に向けてなら
いつになったらこの状況を抜け出せるのかという希望です。
頑張ろうという言葉も最低でも食、衣食住が足りて
そして被災者、被災地域の方からの声として出るべき言葉であって
その地域以外からの頑張ろうの強制ではないはずです。
被災地域以外であれば酷い被害状況ですが、
今も命の危険に晒されてながらも助けられる命があるのです、
その命を助ける為にも〇〇日まで我慢してください。というべきだったはずです。
また、どんなに平凡な表現であっても伝えるべき言葉は
頑張れ日本やがんばろう日本、日本の力を信じてるではなかったはずです。
フジテレビがひとつになろうと言ったって情報共有が成されなければ
その言葉だけでは思いをひとつになんかなれないのです。
日本の力を信じてるという意味のない言葉より
まだテレ朝がテレビで、日テレがホームページで言ってるつながろう日本の方がまだ伝わります。
「被災に遭っても頑張ってる姿、助け合う姿、必死に生きようとする姿に感動しました」
「過酷な状況なのに物資の奪い合いも強盗盗難の類も少ない」
何を言ってるんですか、非常に厳しい状態でこれ以上誰も死んで欲しくないと
命があるだけでいいのです。
私も今回の震災で叔父を亡くしました。
今、命がある被災者を全力で支えることができるのは生きて無事な人間だけじゃないですか
被災者を頑張れる環境まで持っていく事が今できる我々の責任じゃないんですか。
死んでしまったらどうしようもないんです、取り返しは効かないんです。
また日本では同じように大震災といわれる事が起きるでしょう。
その状況の時に今回と同じ事を繰り返してはいけないのです。
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備蓄について
今回の地震で分かった事は在庫を抱え込まないかんばん方式やコンビニの単品管理に代表される
今回は地震が起きた時が午後3時に近い頃でまずはみんなが自宅に帰宅して
家族の安否確認をすることに必死で何かを買って帰ろうという余裕も無く、
停電したことから店側の準備も整ってなかったことから
長蛇の列が出来ることになる。
イオンやヨークベニマル(イトーヨーカドー系列)などは2時間待ちにもなり、
開店している店の商品は一日で底を突く。
更に翌日は開くかどうかもわからない店に皆が並び店員が大慌てで
仕方ないとばかりに繰り上げ開店を行い、商品は消えていった。
まるで食欲旺盛な大蛇があるだけのエサを丸呑みして行くようだった。
この時に大切なのが
平時に普段、自分の家で消費する一ヶ月分の物を備蓄しておくこと。
そして出来るだけ買い占めなきゃ不安だという気持ちを周りに起こさせない事である。
ちなみに私は自慢じゃないが貧乏だ、貧乏人には貧乏人らしい
備蓄のやり方がある。
その家によって違うと思うが
米なら楽天辺りで30kg買って米びつに一袋分(10kg)+一袋10kgで合計20kgになったら
一袋10kg買い足して20kgを割らないようにするだけでも主食は確保できる。
基本的に精米した米は賞味期限が短い、
3ヶ月も持たないというか食べられなくはないが風味は落ちる、
虫が付くかもしてないと米屋さんなら言うだろう。
また、備蓄向きと思われているインスタントラーメンも賞味期限は一年持たない。
特にフライ麺の賞味期限切れは食あたりの可能性があるので賞味期限は守った方がいいです。
2chのスレなどを見ると麺を茹でてお湯を捨てれば
メーカーが余裕を見て設定してるであろうマージン分3ヶ月ぐらい過ぎても食える的な話もあるが、
災害時で最も重要な水を捨てるという蛮行を働けば下手すりゃ死にかけます。
止めておきましょう。
日清食品 よくお寄せいただくご質問
http://www.nissinfoods.co.jp/utility/customer/faq.html
弊社で販売している製品の賞味期限は通常製造日からカップめんで5ヶ月、袋めんで6ヶ月となっています。
スパゲッティと乾燥大豆は涼しく風通しのいい所に置くと3年間持つので
スパゲッティを500g入り20袋=10kg用意しておくと飽きが起きにくい。
また乾燥大豆はどうしても起きやすい野菜不足やタンパク質不足を解消できる
備蓄のマストアイテムと言ってもいい。
いっそのこと避難所に備蓄して欲しいくらいだ。
イタリア軍の逸話を知ってる人はスパゲッティは水を大量に必要になるじゃないか!
と言うかもしれない。
それはあくまで茹で汁を捨てるという事を前提にしている。
スパゲッティを茹でる時は塩を入れないで茹で汁を味付けし直せば
乾燥大豆は30kg単位で買うのが一番安い。
国産大豆でも1万円、アメリカ産大豆でも6000円程度であることから
お米と変わらないぐらいの安さだ。
30kgを買ってみたが二人分と考えると一合カップで量ると150g程度で二日分になる。=400日
一袋で一年程度、多すぎると感じたら知り合いと分ければいい。
大豆ダイエットで有名な大豆イソフラボンの影響か、大豆を食べて自転車で移動するようになったら
一年で100kg→70kgになった。ダイエットにもおすすめである。
地震があった時点での備蓄は
米が米びつに一袋分(10kg)+一袋10kgで合計20kg
スパゲッティ500g入り25袋 12.5kg
乾燥大豆 10kg程度
賞味期限が切れた いりゴマ1kg5袋=5kg
賞味期限が切れた インスタント味噌汁250個(一袋100個入り)
この賞味期限が切れたものは賞味期限間近の商品を格安で売ってくれる所を
見つけたので買い貯めしていた物だ。
乾物や熟成が見込めるもの、アルミパウチな上調味料なラーメンスープなどであることから
どれも賞味期限が半年は過ぎているので気になる人にはオススメしかねる。
今回の震災を乗り越えられたのもこの備蓄でバリエーションが増やせたから
という気がしないでもない。
災害時は水分も大切だ。
普段は飲まないがお客さんように特売日に100円で買ったジュースも
備蓄してあった。
ただし、炭酸入りだと賞味期限近くなると微炭酸になってしまう、
その点は注意。
バヤリース1.5L×2本
伊藤園天然水ソーダ1.5L×2本
本当ならば給水所ができる3日間に必要なペットボトルの水を準備しておいたほうがいい。
一人当たり一日2Lペットボトル1本が目安だ。
備蓄ではないが他にあった水分は
ヨーグルトを作る為に買って置いた低脂肪牛乳1L×4本
電気ポット(1Lタイプ)+魔法瓶エアーポット(2.2Lタイプ)
うちでは小型の電気ポットで沸かしてエアーポットに入れるようにする事で
保温時の電気を使わないようにしている。
と同時にお湯を移して空になった電気ポットに常に1Lの水を入れておく事で
断水時に最低1Lの水を確保できるようにしている。
LPガスという状況下での苦肉のエコ+災害対策という訳だ。
エアーポットのお湯が温くなれば電気ポットに戻して沸かし直したり、
もう1L沸かしたお湯を入れればいい。
エアーポットは空気が多ければ多いほど冷えやすい、
朝2L入れて徐々に使ってぬるくなったら料理に使ってもいいのだ。
燃料や電池の備蓄について
今回、問題が出たのが電池だった。
準備していた物が単三12本。
しかし、自然放電と昇圧機能のないUSBコネクタ付きバッテリーケース
BP‐1だった為、充電が直前まで使っていた1セット分しか使えなかった。
USB出力付電池ボックス2種を試す 【起】
http://mast.cocolog-nifty.com/main/2010/03/usb-e306.html
電池の備蓄を考えた場合、
エネループか普段使いの100円ショップ充電池+アルカリ乾電池の二択だろう。
電池は時間が経つほど残量が減って行く。
使用推奨年月日が製造から5年の物が多い物を考えると
一年目に5セット買って一年毎に1セットづつ買い換えるという事がよいのではないかと思う。
余震の事を考えるとロウソクよりLEDライトの方が安全だからだ、
http://www.kansai-event.com/kinomayoi/battery/alkaline.html
>上位のほうが消費期限が長い = 製造から日が経っていない。
>という考察もできるのではないでしょうか。
>グラフに載せている「オーム電機(参考) 消費期限04-2005」や
>「富士通7300(参考) 消費期限 08-2003」の電池はかなり性能が落ちています。
燃料の備蓄について
今回、電気が二日後に回復したという奇跡的な状況が起きた事や
地下埋設型のLPガス事で安全ピンが作動する事もなく当日から使えた事が
他の方と比べて非常に楽な展開になったは間違いない。
ガスが使えない状態であったとしたら
+余裕があれば電気があれば使えるIH卓上コンロを準備する必要がある。
必要としてカセットコンロに載る鍋やフライパンのサイズは28cm、
ミニサイズのカセットコンロは18cmが標準的なので注意しよう。
カセットガスは高いので電気が復旧したらIH卓上コンロに切り替えたい所だ。
両方使えるIH対応の物を普段から使っておきたい。
石油ストーブは暖房と料理両方に使える凄い奴。
しかし、備蓄の事を考えるとエアコンがある家は持っていないケースが多いかもしれない。
また、地震での転倒による火災発生などに気をつける必要がある。
灯油に限らずガソリン軽油といった石油類は使わずに一年間置いておくと
劣化してしまい煤が不完全燃焼が発生する可能性がある。
どうやら燃料劣化防止剤スタビルというものがあるらしい。
よく分からないが調べてみてはどうだろうか。
http://minkara.carview.co.jp/userid/355641/car/259411/1470407/parts.aspx
http://item.rakuten.co.jp/yusayusa/10000460/
トイレットペーパーはシングルで12コ入りのものを3セット準備しておくとよい。
これも最低2セットは維持しておくこと。
鼻紙から食器の汚れを拭き取るのにも使える。
水が重要な時に力を発揮する。(特に汁物を食べた時)
備蓄としてはそんなに必要ではないかもしれない。
ダイソーやイオンで売ってる40M巻を2本買って一本維持する形でいい。
水汲み道具の準備
折りたたみの水を入れるウォーターバックみたいなものもありますが
常日頃から水を貯めるということを意識して
ゴミ捨て場に捨ててある4Lの焼酎ペットか20L焼酎が入っていたキュービテナーを保存しましょう。
衛生状態がいいので使いやすいです。
水専用のポリ管を用意してもいいです。
最高気温が20度以上(スプレーで黒く塗っておくと15度以上)
の気温になって晴れの日に4Lペットを日の当たる外に置いておくと
体を洗うのに丁度いい温度になります、一人が全身を洗うには16Lは必要です。
日頃から近くのゴミ捨て場でカンビンペットボトルの日にもらっていきましょう。
4本置いて温まったら翌日が雨でなければ新しく水を入れたペットボトルと交換して置いておきます。
一人当たり8本あるとスムーズに使えます。
これもLPガスが高いから考えついた方法ですが
夏場などで備蓄の水が多く必要になる季節にマッチしています。
テレビで学者さんが言うには一日10%ぐらい下がる的な事を言ってたので
それ対策と地震後に白濁が発生しやすいので
それを避ける為に貯め水用としても4Lペットは便利です。
ですが、大きすぎて蛇口から水を入れられない場合があります。
その場合は醤油などに使われている取っ手付き1.8Lペットに入れてから移すか
瞬間湯沸かし器の目盛を水にして入れましょう。
津波や計画避難など家を離れなければいけなくなった時に持って行けるもの
リュックサック一つ分と考えたほうがいい。
数日分の着替え、500mlペット2本、クッキーや飴玉などの最低限の食料
貴重品、モバイル機器 歯ブラシ等衛生用品 トイレットペーパー1個 ゴミ袋
赤ちゃんのおしりふき(体を拭く為) 使い捨てマスク トランプや双六、ポータブル将棋
皮手袋 軍手
他にもあるかもしれないので教えて欲しい。
軽登山に必要なものを参考にするといいかもしれない。
スーパーはコンビニの一週間以上早く商品が入荷し始めたのに比べて
更にチェーン毎の復旧度合が明らかに違ったのだ。
具体的に書くと
スーパーの開店情報については河北新報で17日から掲載されるようになってきているが
26日時点で
ローソン 食品なし
ファミリーマート 山崎の菓子パン(コッペパン、ソーセージパン)、東洋水産の緑のたぬき・赤いきつねのみ
セブンイレブン おにぎり、賞味期限が長い弁当(4日間ぐらい)業務用の牛乳、タマゴ、食パン
また最小ロットを1個からという必要な分を必要な分だけ
送る為には合同配送センターが必要となり
スーパーのように箱買いで直に送ってもらう事ができない構造が
立ち遅れを招いたと見ている。
スーパーには惣菜加工のキッチンが付いてることから
原材料が手に入れば加工出来てる違い
千葉県内の、特に教育熱心でも何でもない普通の公立小学校から、
北海道の、札幌市内の特に荒れているわけでもない普通の公立小学校に転校した私が思ったこと。
北海道の子たちは、優しくて面白いけど、ものすごく怠惰だった。
千葉の小学校で並だった私の成績は、北海道の小学校では「すごく頭がいい」扱い。
千葉と比べて授業がかなり遅れているので、二度習うことなんて出来て当たり前だった。
何の努力もしていないのに、頭のいい人というポジションになってしまった。
そして運動。私は千葉の小学校では下から数えて何番かってくらい鈍くさい方で、
鉄棒も縄跳びも逆立ちも必死で練習して何とか付いていっている状態、まさに「自他ともに認める運動音痴」って感じだったんだけど、
北海道では「一見のろくさそうに見えて意外とデキる奴」みたいな扱いになってた。
千葉で皆が当たり前に出来ていたはやぶさ(二重あや)が、北海道では「出来たら神」。
しかも私ごときがリレーの選手に選ばれた。調子に乗るなんてことは出来なくて、もはや恐怖だった。
保護者会に参加した母も、他の保護者を見ていて危機感を抱いた。
北海道はシングルマザーが多い。母はそれまでシングルマザーを特別視する風潮について嫌悪感を持ち、
偏見や蔑視を無くすべきだと強く思っていたらしいけど、保護者会で話しているうちに、
彼女たちの子供への関心の薄さに愕然となって、見方が変わったらしい。
もちろん、全てのシングルマザーがそういう人とは限らないけどね。
母の「なんかここゆるいよね、首都圏に戻った時きついんじゃない?」というような言葉もあって、
そのとき家族ぐるみで仲良くしてた子と一緒に塾に通い始めたんだけど、
その後北海道から都内の小学校に転校したとき、やっぱり成績は下がっていた。
金持ちやら教育ママやらが多いエリアでもない、特徴といったら商店街が活発なくらいの、普通のエリア。
あと、北海道で仲良くしてた男友達のお兄さんが、名古屋の中学校が合わなくて鬱状態になって引きこもってた。
生まれてから中1まで北海道→父の転勤で家族全員名古屋に引っ越し→小学生低学年だった弟は適応できたが、兄は鬱状態に
→父だけ名古屋に残し、母子三人で北海道に帰って来た、っていう家族。
小学校より中学校のほうが北海道と他県とのギャップもおおきいだろうし、適応するのが辛くて当然だろうと思った。
お昼過ぎに起きる嫁
でも
外で物音がすると怯えて夫から離れない嫁
怒った後にしょんぼりする嫁
食事もお風呂も夫が帰るまで我慢する嫁
夫の馬鹿発言を笑って訂正してくれる嫁
夜に寂しくなると夫にすり寄る嫁
10歳年下なのに包容力のある嫁
夫と似てる所を見つけて喜ぶ嫁
そのうち見つけてくれるかなって思いを込めてここに書いておきました。
息子が大きくなったら色々しようね
まだお互い行ったこと無いディズニーランドに行こうね
息子と三人で結婚式しようね
息子と三人でゲームしようね
おじいちゃん、おばあちゃんになっても愛し合おうね
出会った頃、彼氏に一方的に別れを告げられ
どうかそれまでに、残りの人生を生きていけるだけの
人生の糧をたくさん集めてください。
a) 就労意欲はあるが、発達障害・人格障害などの原因があってかなわない。本人も悩んでいる様子。
b) 障害等は無いが、鬱状態のため就労意欲を失っている。本人も悩んでいる様子。
c) 就労意欲が無い。日々、ネットやゲームなど趣味を楽しんでいる様子。就労を促しても聞き流している。
d) 就労意欲が無い。日々、ネットやゲームなど趣味を楽しんでいる様子。就労を促すと怒鳴る、暴言を吐く、暴れる、暴力をふるうなどする。
1) 子供が自立できるまで養う。扶養者である自分たちが死んだあとも生きられるように財産も遺してやる。
2) 自分たちが生きている間は面倒をみてやる。死んだあとのことは知らない。
3) 生きる上で必要な最低限の面倒はみてやるが、娯楽を剥奪する(ネット回線を切る、マンガを買うお小遣いを与えないなど)。
一日おきに鬱の波が来る。
昨日はすごく落ち着いた気分だったのに、今日は駄目だ。
一昨日も駄目だった。
最近はこういう気分になるのが治ったと思ってきたのに。
どうしようもなく死にたいと思ったり(でも死ぬ気がないのも自覚している)、
頭のどこかで、「死ね」って言われているような気分になったり(頭をガンガン言葉で殴られているような感じ)、
これなんて一昨年の私。
また春までこんな気分のまま過ごさなきゃいけないんだろうか。
早く治そうと思って、いろんな本を読んでみたり、好きなことしてみたりした。
その時は一瞬治ったような気になって、これで大丈夫だ→やっぱり駄目の流れ。
こういうことって根源的なもので、一生治らないんじゃないだろうか。
諦めて、鬱状態のまま、今日は過ごすことにする。もう治らないんだから仕方ないんだ。
一生こうやって鬱になって、元気になりかけて、を繰り返して暮らしていくさ。
でもどうしようもなくて、ちょっと吐き出した。
ごめん。
自分はメンヘラで、なんとか自立する方法ないかなと模索中なんだけど、色々とややこしくてめげそう。辛い。
現状としては、親の持ってる不動産の一つに一人暮らししてる。障害者年金を月6万6千円もらってて、そのうち2万6千円を親に渡した残りの4万で食費や携帯代や医療費その他色々を捻出している。日常生活には特に問題なく過ごせている。
自分としてはなんとか働きたいんだけど、親について頭を悩ませている。
働きたいと親に申し出たら以下のことを言われた。
・まずはデイケアや作業所に通って大丈夫そうならハローワークへ行きなさい
・精神障害者への福祉がしっかりしているところでないと駄目
・そもそも病気を治すことがまずなにより大事だから働きたいと思わなくていい
返す言葉が見つからなくて、結局何も言えずに帰ってきて悩んでいる。
結局、親は私がひどい精神疾患を抱えていると認識しているんだなー、と無力感にかられた。いや確かに私は精神科に通っているし、自殺企図やら家出やらやらかしているし、精神的に安定していない。だけど、その行動とか精神的に不安定になったりするのって全部明確な理由があるんだけど……でもそれは親は聞かないし認めない。
主治医に相談したほうがいいのかとも思ったけど、話を聞いてもらえる環境にもっていくのはどう考えても骨が折れることは確定的。精神科の診察には親がどうしたってついてくるし、主治医に話すこともこっそり裏で親に取り決められているから。診察の場ですべて暴露するのもアリなのかもしれないけど、時間的に無理だろう。主治医はとても忙しいから予約したって診察までには数時間待たされる上に話が長くなるとわかれば後日改めて、ということになる。暴露して、その「後日改めて」までの期間に親が黙って待っているわけ……ないしなー。ひとりで診察を受けたいと申し出たこともあったし、何度かそうしたことがあったけど、診察の後の親の怒涛の質問攻めと喋る内容についての指導には耐え切れなかった。
大人しく作業所やデイケアに通うのもきつい。まず、精神障害者同士の会話に入れない。だって病気の辛さとか話されて共感もとめられてもわからないんだ。パニック起こして辛いとか鬱状態でなにもできないのがが辛いとか夜眠れないとか、私には経験がないからわからない。薬の話題を振られても、私はここ数年もらった薬はすべて飲まずに影でこっそりと捨てているし。いくつかデイケアまわったけど、どこも中心は40歳代がメインだったから話題的にもわからないことばかり。よくわからない上に特に興味もない話題をひたすら延々とうなづいて聞き続けるのは苦痛でしかない。
八方塞りってこんな感じなのかな。
うつ病の妻を見て思う。
薬で症状が緩和もしくは完治する。
個人の「性格」じゃないか、という考え方に対しては
という理屈が用意されている。
それであれば落ち込んだり、泣き叫んだり、死にたいと思う思考や行動
「それは病気の症状やから薬を飲みなさい」
というと
「これがほんとの私で薬を飲んだら私でなくなる」
という。
それでは薬を飲まないでいると
「私は活きている価値がない」「死ぬ」という陰鬱な発言の数々をまき散らす。
もしその状態が「ほんとの私」なのであれば正直、一緒にいて一番いやなタイプな人間である。
果たしてこのうつ状態(主に半分はこの状態)に対し「病気」として認識するか、
「ほんとの私」として認識するか。
それにより対応は変わりそうだ。
お前、今までだって全然草食系じゃなかったんだよ。お前は弱い肉食系(DQN非モテ)だったんだよ。
ふとした拍子に女を手に入れて変な自信がついて、DQN非モテがヤリチンDQNになっただけなんだよ。
例えるなら、引きこもりが不良になったり、鬱状態が躁状態になったようなもんだよ。
女にがっつきたい欲望はあるものの、女を落とすだけの腕前は無いに等しく、常に飢えて悶々としている。
劣等感から臆病になって自分からアプローチできないか、アプローチしたとしてもガツガツしたオーラが出てしまい、女に敬遠される。
女を手に入れられない不満から、女を逆恨みしたり、女と付き合っている男や男と付き合う女を敵視し罵倒する一方で、自分を全面的に受け入れてくれる理想の女像を渇望するあまり処女厨になったりする。
女から見捨てられることを極度に恐れるあまり、自分から女を見捨てることで予防線を張る。自分が女から選ばれないのを、自分に見合う女がいないからだと自己正当化する。そのため、女を見下し、女は自分に気に入られるように努力するべきだというような、分不相応の非常に高圧的な態度を取ることもある。
『野獣系』とは丁度コインの裏表であり、臆病さと劣等感から野獣系になれないだけで、野獣系の欲望を持っている。そのため、何かの拍子に女を手に入れると野獣系に変貌する。
テンションが異常に高いのが偽者。
テンションが普通、もしくは鬱状態かというくらい低いのが本物。
テンション高い奴はリアルガキ&キモオタであることがほとんど。
男の娘とかにハマっていて、元は現実逃避しすぎて頭がおかしくなった疑似ロリコン。ショタコンはいわば「変人アイコン」の一つで、ショタコンですと言うだけでオタクの間では「一目置かれる」と勝手に思い込んでるアイタタタな人達。
テンションの高さの原因は仲間がいっぱいいるという妄想と、現実を拒絶する独特の台詞が先人たちに整備されたことによる「自信の高さ」の二つが考えられる。つまり、現実から逃避した世界があんまり居心地がいいからもはや発信先が現実だろうが非現実だろうが構わずゲロを吐いてる状態。
こういう人達は、二次元(理想郷)を犯されるような事態には断固とした対応をし、キモオタであるにも関わらず署名活動とか抗議デモとかかなりアクティブ。もちろんその自信は、自らが属する非現実世界の規模やリアリティにのみこまれていることからきている。
*
一方本物のショタコンは、基本的に秘密主義でテンションは一般人と同じように見せかけているか、もしくは極度に低い鬱状態。
鬱状態の原因は、ショタコン(ていうか少年愛)が「世間からは決して理解されない」から「現実では一般人として生きていかなければならない」というプレッシャーと未来への絶望などによる。
偽者のように本物のガキであることは少なく、むしろ「年齢は高いが心は少年のまま」というアンバランスな状態が多い。なので当然精神に変調をきたしやすく、精神科に通っている人も少なくない。
ロリコン(本物)のように世間一般に「キモイ」と完全に認識されある意味地に足がついているような状態とは違い、ショタコンはほとんど異次元、存在すらするのかしないのかというレベルの認識が一般人にあるため、ショタコン達は彼らとコミュニケーションをとるために並々ならぬ努力をしている。その無理がたたって鬱になることが多い。
*
偽者のショタコンが増えるにつれ、彼らのおかげでショタコンが認知されるからいいじゃないかという声が上がりだした。しかしそれは大きな間違い。
そもそも偽者達はショタコンではなく、ショタコンや男の娘というアイコンをありがたがっているだけ。ショタコンに対する理解なんてものはさらさらない。
だから、強く言いだせない本物達からは自然と避けられているし、偽者のほうも本物のコミュニティに入るようなことは絶対にしない。
ニコニコ動画などには本物のショタコンが投稿した動画がごくまれに混ざっていて、それをうっかり視聴してしまった偽者達の反応をみたことがあるが実に興味深い。
「やべぇよお前ら・・」「犯罪者・・」というように、いわゆる「洒落にならない空気」を感じている。彼らのような(一般人)からすれば、宇宙人と遭遇したような感覚なのだろう。
結局偽者達のレベルとはこの程度なのである。だから本物のショタコンからは嫌われる。勝手なイメージを世間に広めゴキブリのような生命力を持った気色悪いだけの存在。それが偽者のショタコンなのだから。
2010年になって説明会やらエントリーシート書きをはじめた。
世の中ではエントリーシートで落ちる人も多いみたいだが、
自分の場合はほとんど通過して就職活動は意外に簡単かとも思った。
1月の下旬から面接もはじまり、4月までに20社くらいの面接に行った。
通過したりしなかったりしたが、最終面接まで行くことはなかった。
はじめての最終面接だった、
場所が遠くてこの会社にはそれまで交通費を4万以上かけてたが、気分は良かった。
しかし、落ちる。
気を取り直し、就職活動を再開した。
5月下旬に地元の県職員の採用試験の募集締め切りがあることを知った。
これまで公務員は考えたことがなかったが、かけてみようと思った。
6月になり、公務員一次試験が近づいたがまだ民間の就職活動も行っていた。
民間に受かることがなく、公務員試験の勉強も手に付かなくなってきた。
7月、民間も受からず、公務員試験の手ごたえも悪かったため鬱状態のピークを迎える。
ついに8月になる。
現時点での倍率は2倍。
気分がとても重い。
1週間後に鬱に突入するか、明るくなれるかが決まる。
どうでも良い話だし、誰にあてて書くでもない。
でも、自分一人しか知らないと悲しむ連中が居るので書いておく。
我が家は男ばかり3人兄弟だった。3人も男がいれば、近所でも学校でもそれなりに有名と言うか、
誰からでも「3人もいると将来楽しみですね」って言われる様な感じだった。
親父は自営業なので、「3人で跡を継ぐんだね」云々と言うのは、枕詞みたいなもんだった。
いつの頃からか登校拒否をするようになった。
何やら蛇の様にネチネチしつこい担任に目をつけられて、
毎日の様にいびられる様になったらしい。
教師からのいじめだな。
そこで登校拒否になるわけだが、そんなのは学校だけのせいじゃなくて、
家の責任でもあるので恨み言は書かない。
(まぁ今時の教師にどれだけ覚悟があるか分からないが、教師ってのは人の人生を変えるぐらいの影響力があるって、
どんだけど命かけて教壇に立っているのか、それぐらいは認識して欲しいと思うが。)
その後はお約束のように「不良」というレッテルが貼られお約束の展開になって行った。
俺が中学に行った時にはもう、あいつの弟、って事だけで教師からも
その手のグループからも目を付けられて、そりゃもう肩身の狭い思いをした。
高校中退後の兄貴は、勿論仕事にも就かず、暴走族からその日暮らしのバイト、
金がなくなれば無心、そしてシンナー、と、そんな生活を繰り返していた。
高校を出て東京の大学に入学した俺は、そんな積み木崩しな生活から少し離れられた気がして、
家の状況の事をあまり考えなくなっていた。
大学の間に、兄貴は更正したのか?親父の会社を手伝い始めていた。
それでもまぁ、暴走族時代のまんま、70年代のアメ車を買って来ては改造して乗り回していたらしく、
いわゆるDQN成分は変わっていない感じだったが。。。
俺が帰省すると、「就職なんてしないで一緒に親父の会社手伝えばいいやん」と口癖の様に言っていた。
俺はそんな気は全然なかったんだが。。。
俺はバブル崩壊直後の東京と言う凄まじい環境の中で就職活動をしていた。
携帯だネットだと情報が氾濫している今より氷河期度合いは凄かったと思う。
とにかく思う様に就職が決まらず、焦っていた。
当時発売されたばかりのスーファミのストII大会を夜通し学校でやってそのまま飲み会。
阿呆の様な気晴らし方で毎日をして過ごしていた。
そんで徹夜明けの始発でアパートに帰っていたその日、実家から留守電が入っていた。
「電話して」
母親はいきなり、ごめんね、ごめんねと言い出した。
俺は兄貴が死んだ事を告げられた。
?
意味が分からなかった。
死んだって?
調子に乗って乗り回していた70年代のアメ車。それが老朽化していて、排気ガスが漏れ、
一酸化炭素中毒で死んでしまった。。。そんなバカみたいな死に方だった。
夏休みですぐに飛行機も手配出来ず、翌々日、家に帰り着いたのは通夜の最中だった。
客間が、なんか真っ白な布で張り巡らされていて、見た事ない人たちが走り回っていて、
その部屋の奥の方に祭壇があり、兄貴が眠っていた。
その日はそのまま明け方までそこにいた。
途中、ウトウトした時に、兄貴に呼ばれた。そんな気がして目が覚めた時もあった。
そっから葬式までほとんど覚えていない。
嫌なくらいに暑かった事と、直前に控えていた第一志望の就職先の試験の事だけを考えて、
ここで崩れてたまるかと、唇を血が出る位に噛み締めていた記憶だけはある。
長男は何時までも号泣していた。俺も泣きたかったが、負けてたまるかと、そんな事ばかり考えていた。
ここで見事就職決まれば美談だが、そうはいかない。物語の主人公の様にはいかなかった。
結局、その年の就職には失敗し、就職留年をした俺は1年遅れで地元の小さな会社にようやく就職し働き始めた。
長男はフリーターだった。当時はそんな呼び方もなかったが、バブル景気の
その真っ只中にいながら就職出来ず、フラフラした生活を余儀なくされていた。
実は長男はてんかんを患っていた。クスリで抑えながら、発症しないように、そんな生活を送っていた。
何年間か、発作が起きなければ完治。もし起きてしまえば治療のやり直し。
高校受験大学受験に失敗した長男からすると、高校、大学と順調に進学し、
留年しながらも就職した俺に対してコンプレックスがあったようだ。
実のところ、あまり仲は良くなかった。
というか、俺もどこか毛嫌いしている節があった。
そんな長男が、てんかんの症状も出なくなって、働ける様な体調になった、
遅ればせながら就職をし、「社会人」となり、次男の死以降、それまで落ち着かなかった
俺の家も、なんとなく落ち着き始めていた。
だけど、次男の事故から3年後。
また7月。
ひきこもり状態になっていた長男に対し、情けない奴、とぐらいにしか思っていなかった俺。
親は心配していた。手首に、今でいうリスカのあとがあったらしい。
あいつにそんな度胸はないっしょ、程度に考えていた俺。
ある日の夕方、俺を呼ぶ叫び声の様な親父と母親の声。
慌てて駆け付けた俺が見たのは、首を吊って自殺を図った兄貴の姿だった。
救急車を呼び、意識不明の兄貴と一緒に乗り込み、親より先に病院へ向かう俺。
訳も分からず、スローモーションの様に救急車のカーテンの隙間から見える流れる外の景色を見ていた。
親が来るまで、どれぐらいだったんだろうか、何時間にも感じた。
どうすればよいか分からず、入院の準備の為に看護婦が質問する事にも、
1人だけ取り残された待ち時間の間に一度だけICUに通された。
その時はまだ、長男の顔は人間の顔をしていた。なにか寂しそうに、
半分開いた目が宙を見ていた。
その顔に、何とかなるんじゃないかと、と言うか死ぬとかなんだとか、
そんな事は考えてもいなかった俺。
こんな時は泣けばいいのかなぁとか、漠然と考えていた。
何時間か経った明け方、親父母親揃って、俺達はICUの中に呼ばれた。
その中で見た長男の顔は、さっき1人で見た時の、まだ人間の顔をしていた長男の顔ではなかった。
どす黒く変色して、もう人間の顔ではなかった。
それを見た瞬間に、俺は悟った。
あ、もうダメなんだ。。。
医者からこれ以上の延命をしても回復する見込みがない事を告げられた。
その顔の変貌振りに、悟ってしまった俺は両親に告げた。
もういいよ、もういいよね?
何がいいだろう?何がよかったのだろう?この自分で発した言葉は、
今でも俺を苦しめるときがある。
そこからはテレビドラマを見ている様に、心音?が途切れ途切れになり…
そしてピーーーと言う音。
その瞬間、母親が泣き崩れた。
残されたこの子(俺の事)が可哀想すぎる!
泣き崩れても最初に出た言葉は他の誰でもない、俺に対する言葉だった。
今なら何となく分かる。俺は両親から愛されてると言うことが。
だけど、当時の俺は、もう自分の事だけで精一杯だった。
警察が来て、事情を聴かれ、遺書を探し。。。結局原因は分からなかった。
で、2人の兄貴の死を経験し、これで何か目覚めれば美談なんだが、
さっきも書いたけど俺はもう自分の事だけで精一杯だった。
もうそんな事に頭の中を占領されていた。
2人から取り残された思いがして、その不安に押しつぶされそうになり・・・
いわゆる鬱状態だった。
自分の事しか考えられない俺は、また、実家を離れて東京に戻って職を探そうかとも思った。
とにかく、ここから逃げ出したかった。その事を、ふと母親の前でつぶやくと、母親はその場で泣き出した。
親父からは、今はそんな事を言うなと怒られた。
それからもう、13年。次男の死からは20年近く。
立ち直れたかどうかは分からないが、いつの間にか、普段どおりの生活になり、
普通に生活し・・・そんな日々を過ごし、俺は結婚して3人の子供にも恵まれた。
また、夏が来る。7月が。この季節は、毎年なんか鬱になる。
どうして俺だけが生き残ったのか、そればかりを考えてしまう。
救急車の音、嫌なくらい暑い日に汗が出てスーツやシャツが肌にまとわりつく感覚。
とにかく一瞬意識が飛びそうになる。
もしも兄貴たちが生きていて、そして結婚し子供を作っていたのなら、その家族に語り継いで行ったであろう
俺達兄弟の話は、残念ながら、俺しか知らない話になてしまった。
だから俺は良く子供達に言う。
「真ん中のお兄ちゃんは喧嘩がものすごく強かったんだぞ!」
「一番上のお兄ちゃんは、ピアノとギターが得意だったんだぞ!」
俺たち兄弟の話は、親が死んで俺が死んだらもうそれで終わりだ。
だから、少しでもあいつらがどんな人間だったかを残したいんだ。
で、何にも教訓めいた事もなく悟りを開いた訳でもなく、
今もフラフラ右に左に迷い、突っかかり引っかかりながら俺は生きてる。
決して順風満帆でもなく清く正しくも生きていない。
だけど、やっぱり人間は生きている事が一番の幸せだとだけは思うようになった。
当たり前の様に明日を迎える事ができるのが、最高の幸せだと思う。
そして、自分を幸せにできるのは、やっぱり自分しかいないんだと思う。
どんなに人から施されようが愛されようが、自分を幸せに出来るのは、
自分が幸せだと思える、自分自身の気持ち以外にないと思うんだ。
お前らの中に、もし今の自分の置かれた環境に憤りを感じ、絶望を感じているヤツがいるなら、
死ぬ幸せを選んだ長男の顔は、俺には悲しい顔にしか見えなかったんだ。
誰の為でもなく、自分の為に。
俺の見た目はキモオタそのもので、ほぼ90%の人間が俺をアニメやエロゲが好きなオタクだと思っている。まぁ実際少しはアニメやエロゲも好きなんだけどさ、何もそれだけってわけじゃない。みんなが普通に聴いていそうな音楽も聴くし、みんなが普通に見ていそうな映画も見る。特に好きな音楽はロックで、日本語ロックではBUMP OF CHICKENやRADWIMPSが好きだ。映画は北野武が一番好きだけど、アバターやアリス・イン・ワンダーランド、シャッターアイランドのような大作も好きだ。でも一番好きなのは洋楽を歌うこと。英語の発音はとにかくカッコいい。厨二病みたいなものかもしれないけど、これだけは誰にも負けたくなかった。毎日とは言わないけれど、自分の部屋で時間があれば、好きな洋楽(Red Hot Chili PeppersやGreen Day、Weezer、NIRVANA、Oasis、Blur、Coldplay)の歌詞を見ながら、英語の発音を真似て歌った。特にレッチリの曲は何曲か完璧に歌えるようになった。英語の曲が完璧に歌えるというのは本当に気持ちがよかった。
そいつらはニヤニヤしながら「XXく~ん、カラオケ行っかない?」と俺に聞いてきた。
俺は「あぁ、いいよ」と言った。レッチリを歌おうと思った。
そうしたらそいつらは「えっ!?ウソ!?行くの?マジで!?www」と、俺の顔を見ながら、何故か全員で爆笑していた。俺はその反応で、そいつらが何を期待しているのか理解した。
きっとそいつらは、俺の風貌がキモオタであることから、こいつは一般的な歌が歌えない、アニメソングや萌え萌えソングしか歌えないと思ったのだろう。普通の歌が歌えないキモオタと、普通の歌が歌える自分という比較をしてまず一回優越感に浸り、そしてその後アニメソングを歌う自分をバカにすることでもう一回優越感に浸ろうとしていたのだと思う。俺は何だか無性に嬉しかった。
カラオケにつくなり奴らは「XX君早く歌ってよ~得意な萌え萌えとかいう歌を」とニヤニヤしながら言ってきた。俺は迷わずレッチリを入れた。『By the way』。アンソニーの美しいサビと途中の高速ラップが素晴らしい歌だ。その後もガンガン洋楽を入れた。Green Day、NIRVANA、Oasis、Maroon5、一曲しかしらないけどModest Mouseも入れた。奴らはポカンとしていた。当然だろう。今までアニメソングしか歌わないと思っていたキモオタが、実は洋楽好きで、洋楽を歌えるだなんて夢にも思っていたんだろう。しばらくヘラヘラしていた奴らは、やがてあからさまに「あー…」とか「うぜ…」とか言い始めた。彼らからその言葉を引き出すことが出来て、彼らを苛立たせることが出来て、俺は本当に嬉しかった。
カラオケが終わって俺と奴らは外に出た。奴らは明らかに苛立っていた。
奴らのうちの一人が俺に言った。「お前、マジうざいわ。明日からお前のこと『ウザ夫くん』って呼ぶから」
確かに僕はウザいのかもしれない。でもお前らも充分ウザいぜ。
そして僕は一人に帰路についた。
どうしてみんな、見た目で人を判断するのだろう。見た目と内面が乖離してちゃいけないのか。家に帰る途中で僕は少し泣きそうになった。あーぁ、楽しい。あーぁ、つまらない。あいつら全員死んじゃえよ。と俺は一人心の中で愚痴った。
唐突に俺は閃く。
確かに、見た目で判断されるのはつらい。人は中身なんてみないし、「なんで」という思いは増すばかりだろう。
でも、だからこそ、そういった予定調和な空間をぶっ壊すことが出来るのだ。クラスの意地汚い連中や、見た目がキモオタなやつはアニソンしか聞かない、アニメやエロゲしかやらないと思っている連中。そういった奴らが予想している展開を外して、そいつらを異次元に連れて行けるのだ。そいつらの予想を崩して、奴らをしらけさせたり、苛立たせたりすることが出来るのだろう。そんなこと、一般人には出来ない。キモオタの顔を持つ、俺にしか出来ない。
そう考えると、俺は唐突に心の中に爆弾を隠し持っている気がして、何だか無性に嬉しくなった。跳ね上がるぐらい嬉しかった。数分前まで鬱状態だったのに、急に躁状態になった。躁鬱病か?って一瞬思ったけど、何でもかんでも病気で片付けるのはやっぱ間違ってるぜ。
さてと、今日でとりあえず結婚生活に関して、一段落ついた。元妻が家を出て行ったからだ。
離婚は一月前に受理され、あとは彼女が出てゆくだけだった。もうすこし時間がかかると思ったが、意外と早く出て行ってくれた。
昨年末に引っ越したばかりの今のアパートが唯一役に立ったのが、離婚の話が出てから今日まで家庭内別居できたことだ。これが狭い家で毎日顔を突き合わさなければいけなかったら、そうとう参っていたと思う。この3DKの部屋も一人になってしまっては広すぎ、その後決まった今の常駐先には遠すぎるので、私も早々引っ越すつもり。
彼女には最後まで心配させられた。もともと不安定な人だったが、冬になるとますます不安定になり、さらに自分で言い出した離婚にも関わらず、離婚が決まった後もますます不安定になっていった。そして一週間前、あまりにも手に負えないので、向こうのご両親に電話し、しばらく彼女の面倒を見てもらうようお願いした。当然だけど、先方の両親と話すのなんてまっぴらごめんなんだけど、既に離婚は成立しているし、出きることはそれぐらいだった。
もちろん、鬱状態のときにそばに誰かいた方が良いのは知っている。とりあえず春になって精神的に安定するまで結論を出すことは先送りにしようということは、さんざん言ってきた。それでも彼女からやっぱり離婚する言われ、私も結構気に障ることを言われたので承諾した。最後にできることは、向こうの両親に彼女をまかせることぐらいだ。それでも無断で連絡した事をいろいろ言われた。
そしてこの一週間、安いホテルや友人のところに泊まり、今日、ようやく戻ってこれた。すでに引越しは終わっていて、部屋はすっきりしていた。私は元々物を持たないほうなので、ほとんどの物は彼女の所有物だったし、家電も彼女が持ってきた物が多いので全部なくなった。とりあえず冷蔵庫と電子レンジがないのが不便だが、引っ越すまで我慢しようと思っている。良い副作用としてはテレビがなくなったこと。これがノイズが減った感じがしてとても良い。もうテレビは買わないでおこうと思っている。
今、静かな部屋で一人でスーパーの寿司を食い、日本酒を飲み、日記を書きながら、結婚や離婚に関する格言を読んでいる。本当に納得できることばかりだ。これほど格言を噛み締めたこともない。