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2017-04-23

親に離婚された子供が親になった話

以下は虚実ない混ぜの話だ。

私は、少々面倒臭い家庭に育った。

父は、私と弟を母に産ませた後に別れて、かねてから愛人結婚し継母に据えた。

だが私は母を覚えていたので、彼女を母と認めることができず、その彼女のいる家庭というものを信用できなかった。

寂しくなかったと言えば嘘になる。当時はまだ小学生にもなっていなかった。母の愛を感じられないことが悲しくて寂しくて、何度枕を涙で濡らしたかからない。それに耐えられなかった私は祖母にすがり、父母とは極力交わらないような生活を送った。

そんな育ち方をした者がまともに育つわけがない。私の家族に対する愛情というものは酷く希薄になった。一度就職の為に上京してからは年に一、二度しか家に帰らず、またそれも私を甲斐甲斐しく面倒を見てくれた祖母が亡くなってからは怪しくなった。

そんな男でも恋はする。結婚だってするし子供も産まれる。

だが子供…娘が産まれた時、私は愕然とした。よく言われる「父親としての愛情」が自分には芽生えなかったのだ。しかしそれでも子は父を慕ってくれる。そんな子が、かつて自分が味わった様な寂しさを感じるのは哀れに思った。だから私は、私の出来得る範囲父親らしい愛情を演じることにした。

それは不器用で、時には妻に父親としての自覚が足りないと罵られるほどだったが、まあそれでも私としては頑張った方だと思う。

それから20数年が経ち、娘は先日一人暮らしを始めた。

正直、心配でどうしようもない。それに、いつも家に帰れば見えた娘の顔がないことが寂しくて仕方がない。一人立ちしたことは喜ばしいはずなのに悲しくてたまらない。

妻にそのことを話すと「子供離れができていないだけだ」と言う。

子供離れができていない」?私が?

今、私は困惑している。人並みの親の様に「子供離れ」ができずに悩む父になったことに。そして、これをどうやって克服すればいいのか、と言うことに。

が、一方で喜んでもいる。40年前に自分にかけた呪いがようやく晴れて、家族愛情というもの理解できたのだから

どこかで読んだ「子は親が育てるものだが、親もまた子によって成長するのだ」という言葉を実感した今日この頃である

2017-04-22

JKなのに

JKなのに化粧もおしゃれもできない!センスがない!

こんな人生もうやだ〜〜周りはみんな化粧して痩せて可愛くなってるのに私だけなんでデブスなんだ〜〜努力してないからだ〜〜

はいえども人間まれ持った才能と体質ってものがあると信じてるんだけど私は化粧とかおしゃれとかそういう可愛くなる才能がないってことだよね 痩せられない体質とか 不器用とか JKライフ楽しいけどもっと可愛いJKライフおくりたかったな 彼氏もいないしさ はーあ

あと一ヶ月で不妊症の診断に入る

凄く長くなったので一言でここに表すと努力する力を含め将来への生きる自信がない。

セックスの頻度は週に2〜3回。

不妊治療をしなきゃいけない頃である

旦那はあと数年で精子劣化が始まる年齢と言われる歳にもなる。二人きりの生活楽しいので寂しくも感じる。旦那さんは自分の子孫ができることが嬉しいものだと私に説明をしてくれた。発達障害遺伝可能性も気にしていないらしい。

旦那の喜びを奪うわけにもいかないが、子供が出来れば家事すらギリギリ不器用自分子育てが増える、金銭負担も増える。寂しいのが建前に見えてしまい悲しくなるほど、自分子育てなんてキャパオーバーだと嘆いてるのだ。

頼れる家族はいない。親は無自覚だが祖母に入れられた宗教カルトでない)の思考で出来ており、神の部分を世間一般人に置き換え整合性の全く人は尊いと言いつつ、家族全体にはモラハラだらけ。私は無意識に罪悪感を感じて生きるようになった。小学校入学から対人恐怖になっていた。子供に合わせていい者ではない。旦那の方もよくないようで、酷い過干渉で逃げてきたらしい。

私はわかってくれる旦那一人で満足なのだが、旦那は子もいる家族を作りたいらしい。

子作り目的になってから私は安定剤漢方薬にしてもらっている。その間に全く関係ないが婦人科に行った時には、排卵されてるのがカメラ?に写っていたが、まだ妊娠しないのである

こんな時も頭に「貴方がそんな暗いか子供が逃げていくのよ」という母の言いそうな言葉自動再生されるほど自分ポジティブにならなきゃいけないことに対して異常なノイローゼになり参っている。

自分が変わればいいと頭の声がずっと巡っており、生きてるだけで常に頭に説教めいた言葉再生されるのだ。頭の中が常に自己啓発本朗読をしていると言っていいだろう。

カウンセラーも通い、人を変えてみたりも何度かしたが、怒鳴られたり、否定され、その都度話を聞いてもらってるのに我侭だ失礼だと親から冷たく言われ、加えて認知療法しないと一生幸せになれないと脅しのような発言をされたり、治療のことを考えたり行ったりすること、それを思い出すことでより精神的に追い詰められてしまい、もう説教一言にも耐えられなくなってしまった。

一年前に親から離れたのに今も思い出せば目の前の家事すら手につかなくなる。向上心がなくてはならないと言われる状況なのに、向上心が最も私をパニックに陥れているのだ。

精神医療を先にと提案されることを何度も想像したが、もうどうしたらいいのかよくわからなくなっている。世間的な美徳とされてるものノイローゼの私には何が落ち着くものになるのだろう。

旦那幸せを思うと本当に自分旦那の前から消えなくてはならない。

ただ安楽死海外でさえ精神病による安楽死は出来ないらしい。

頭の声を消すために曲を聴けば頭を酷使し、眠れば悪夢を見る。とても一人で生活できる者ではないのは確かだ。こんな自分悲劇のヒロインぶってると一部増田は言うだろうし、実際昔母に言われた。母が常に一部増田のような発言をする親なのだ

親の愚痴になりかけているが我慢出来ないことは事実であり非常に情けなく自己嫌。子供の頃から散々自信を持てと言われたが、何かすれば必ずパニックになる私には家事限界だった。自分の今のポンコツな現状が限界であるし、発達障害特性からとか、ベストを尽くしていると医者旦那は言ってくれる。私はその言葉に甘えているのか?と優しい言葉をかき消すこの正論のような頭の言葉を私はどうしたら良いんだろう。

2017-04-21

「今そんなこと勉強してる場合じゃないですよ」って言われてしまった

趣味統計機械学習勉強している。

その事は(誰も気にも留めないけど)社内でも公にしている。


で、今日とうとう「統計なんて勉強してる場合じゃないですよ。社内がこんだけヤバいんだから」と言われてしまった。

まぁね、俺も休日時間を取って学んでる最中に『いま俺はこんな事をしている場合なんだろうか...』と不安になることもあるよ。

マネジメントとかマーケティングとか、俺の直近の業務のために学ぶべき事があることも知ってるし、不器用ながらそっちも学んでるつもりだよ。


ただ『生きてる限り何かを学び続けるのが俺の人生だ!』ってくらいに考えてる俺にとって、少しでも学びたい気持ちがある物事を学ばないってことは出来ないんだよ。

ま、今日の事については「お前使えねぇな」って言われてるってことなんだろうけど、


そんなことよりコレを読んでるみんなが最近新しく学び始めたことって何?

それを知りたい。

2017-04-15

入社2週目で失恋して鬱になりそう

新入社員24歳、男。超長文です。話長いと思う方は、適当に読み飛ばしてもらって結構

結末は最初最後に書いてます

あ、会社恋愛関係ないです。

入社研修のどえらく辛い状況と、失恋自分がどうしようもなくなった状況が重なってしまい、この1週間死ぬかと思った。そして今後の人生についても正直絶望している。

失恋は初めてではないが、落ち込み方が下手すぎて、仕事に集中できない。

読めばわかると思うが、明らかな地雷っぽいのを見抜けなかったあたり、恋愛経験は少ないことはお分かりいただけるだろう。

研修では、1日のほとんどが私語禁止なので、仕事の件で悩むうちに1人で頭を抱えてしまう。さら失恋に関する地雷が誘爆しだすと、元気な自分はもう帰ってこない。よくアドバイスされる、思考停止できる多忙とは正反対の状況。

一応恋愛に関していえば、いま自分は「諦めることを受け入れようとしている段階」にあって、前進はしているのだろうけど。。。

書くきっか

3年目に切り出された突然の別れ話で生きるのが辛い

http://anond.hatelabo.jp/20170310185744

日記を書こうと思ったのは、これをいま改めて読んだから。ひと月前にこれを読んだ時は、まさか私が同じ気持ちを味わうことになるとは思っていなかった。あの時はまだ自分が上手くいく可能性をバカ正直に信じていた……。

相手の子とやりとりするようになってから関係を切るまで、期間にして半年

私は恋愛感情として好きだったが、相手にとってはあくまで「一番仲の良い、一番話が出来る男友達」。

互いに意地でもその気持ちを捨てなかった結果、会うたびに辛くなる状況になったので、私の方から友達としても縁がなかったね。」とカットアウトするに至った。この選択は間違っていないと思う。

しか恋愛において、追う立場は圧倒的に弱い。

恋い慕っていた気持ち残滓に悩み苦しんでいる。

誘ったデート。2か月前から楽しみにしていた、行くはずだったライブ

イベントが好きで、一緒に行く人も大好きな人で、最高に幸せだっただろうに。これが完全になくなってしまった。

そして今後一切、その手の楽しみが(その子と)味わえないことを思うと、どうしようもない気持ちになる。

「あの子に会いたい、話したい、一緒に笑いたい」と心が叫んでも、それは二度と、絶対に叶わない。

それを実感するたびに、身体まで悲鳴をあげる。ここから立ち直るのにどうしたらいいんだろうか。


ちょっと自分語りさせてくれ。もう二度と思い返したくないから、吐き出してしまいたい。

相手の女。女子中高大とき女子大生、とだけ。

知り合うまで

初対面は、とある合コンの時。そこですごく自分に懐いてくる年下の子が居た。

なぜ自分に心を許してくれてるのかは分からなかった。

おとなしそうな子。だけどルックス可愛いし、普段無口そうに見えて、自分と話すときだけ本当の自分?みたくよく話す。そのギャップにグッときた。

またその笑い方がちょっと不器用で、人と接するの慣れてなさそうなのがなおさら愛おしい。

そんな子に、飲み会後わざわざ自分を名指しで「い、一緒にプリクラ撮りましょうよ!」なんて言われたら、女慣れしてない奴は一発KOじゃないですか。自分もそうでした。

はいLINE交換しそこねてしまい、しばらくは何もなかった。

そして半年後、似たメンツで2回目の合コン

の子にまた会いたかったので、その子友達と仲良くなって、自分主催した。

その時はしっかりLINEを交換し、やりとりが始まった。

仲良くなる過程

会話をするようになって少し経って、2人で食事に行かないかと誘った。そしたら「そちらのあのAくん(後輩)も呼んでください!」と。

脈絡のないご指名に「この子、Aと合コンで仲良かったし気があるのか?」と嫌な予感がよぎる。

でも、私にとって可愛い後輩だけど絶対モテなさそうなAよりも、自分の方が圧倒的に魅力があると思い込んでたので、その可能性をすぐに棄却

それで、3人でメシを食ってきた。

その中で向こうの失恋話になったので、次はそれを聞こうと2人で会った。

自分失恋経験があったので、互いの失恋話で、元恋人悪口で、めちゃくちゃ盛り上がった。

カフェで5時間喋れる間柄、そうそう居るもんじゃないでしょ。

これを機に、その子LINEのやりとりを続けつつたまに(2人で)会う仲が1,2か月続いた。あらゆる手を尽くして、彼女と仲良くなるように努力した。話題ストックは常時10個以上あった。会う時は30個くらい用意した。

話好き同士、ちょこちょこLINE、月2,3回会うのに加えて月2,3回通話。これも毎回1,2時間くらい。

告白、その後

2月のクソ寒かった時期、告白した。

それに対し向こうは

増田さんのことは、友達としてしか見れなくて……。

 人間的には増田さんのこと大好きですよ?

 2月3月ヒマなんで、また遊んでください」

という返事。

微妙……だけど、私のことそう慕ってくれてるんだったら、時間さえ待てばまだ可能性が有るんじゃないか。この時はそう思った。これが最初勘違いだった。

この後も、「また遊んでください」の言葉を信じて遊びに誘い、2人で映画行ったりカラオケ行ったりしたけど、そのたびに私は別れ際「やっぱり可能性ないかな?」と切り出して「いやー、恋人はムリですね」と断られる。

それでもいつかはこっちを向いてくれるだろうと無根拠に信じていた。

家に来た

そんな中、3月のある日、観たい映画DVDを2人で見ようという事で、カラオケに行くことになった。

ちょうど、先述の「3年目の~~」を目にして他人事に思っていた頃だ。

春休みなせいかDVDが使えるカラオケ屋はどこも満席

「せっかく集まったのに……」と2人で途方にくれたところで

私は往生際悪く、距離を縮めようと

「じゃあ、うちで見る?安上がりだし、自由だし」

と家に誘ってしまう。

の子も「え、いいんですか……?」と確認しつつも

家に来ることに。

そうして、一つ屋根の下で2人きり。

1人暮らしの男の家に、1人で上がりこむ女子大生

やっぱりこの子は、私にここまで心を許してくれてるんじゃないか。また期待を抱いてしまう。

彼女はまるで自分の家のようにくつろいでいた。映画が2,3本目になると、ストッキングを脱ぎ、クッションに枕しうたた寝しだすご様子。なんと無防備

私も年頃の男子である故、目の前に妙齢女子無防備に横になっていて、しか密室で誰も咎めない状況というと、頭に浮かぶことは一つ。

それでも、過去、同じ状況で手を出した結果絶交に至ったこともあり、今回は誓って手を出さないことにした。

結果、何事もなく解散

わたし、次は案内無しで行くんで大丈夫ですよ!」なんて嬉しいことも言ってくれるし。これが勘違いを加速させるわけだ。

それから数日、その子との距離感に悩んだ。

こういうのは会った後がしんどい

家に来た(2回目)

そしてまた先日、この前の日曜日。家で、今度はアニメを観た。家に来るのは2回目だ。近所までは来れたが、迷ってしまったみたいで、迎えに行った。

「次来るとき絶対にもう大丈夫ですから!」なんて、また嬉しいことを。こっちの気も知らずに。

「あ、前より部屋が綺麗になってる!」「トイレも華やかになってましたね!」と、ささいな変化に気づいてくれる。嬉しい。常連にまでなったか?って思う。

だが、こういう関係性の接近を、もう単純には喜べなくなっていた。

私は「彼女恋人になりたい」という意志があったこと、それがまだ残っていることは明白である

向こうも「あなた恋人になる意志はない」という意志は明白。でもそれでいて、向こうはさら距離を縮めようとしてくるのだ。もう、わけがからない。

私の気持ちを完全に無視している、踏みにじっている、都合の良い男扱い?

向こうは(恋愛として)相手に接近を許さないくせに、自分の方は親友関係性に甘える。このアンバランス関係

会った後がしんどいわけだ。自分の方だけ全然満たされていないから。

その日、私は「もうこうやって家に来るのは止めよう」と切り出した。

理由は「友達としては距離が近すぎる」。その子は納得してくれた。

そしてもう最後だろうということで、彼女は名残惜しそうに部屋の隅々まで眺めて、目に収めようとする。

もう、やめてくれ。これ以上、私の部屋に思い出を残さないでいってくれ。

その日の夜、シャワーを浴びながら。

の子との関係性を離さなければならないことと、会社のしんどい研修が1週間始まることを思うと、人生にはもう何の楽しみも無いんじゃないかと、深い絶望を覚えた。自殺の2文字が頭をよぎった。

決別

そして先日その子と、一応最後の会う予定になっていたライブの話をした。

2か月前からチケットをとって、それに向けてアーティストの曲を聴き込むなど予習もしていたので、それだけはキャンセルできなかったライブだ。

そこから、後輩Aくんが、私のツイートを見て心配しているという話に。

「(後輩Aも入れて)3人で遊ぶことはもう無いんだね」と言うから、話を聞いていくと

そのままの流れで、その子から後輩Aに好意があることを告げられた。

どうやら、最初に僕から食事に誘われて、脈絡なく彼を呼んだ時。

その前の合コンで喋っていた時からなんとなく好意はあったらしい。

そこから僕がどれだけ恋愛的に距離を縮めようとしても、友人枠しか空いていなかったのだ。

それに気づかなかった私がバカだった。

女性の、固まってしまった気持ちは揺るぎない。

そしてこうなってしまった以上、ぼくもその子とも、後輩Aとも会わせる顔がない。

会うのも話をするのもしんどいので、ここで縁を切ることにした。

自分選択は間違ってないはず。

まぁ、こうやって思い出してしんどくなってるんだけども。

振り返り

私も向こうも、自分のことがかわいくてたまらず、自分感情に関して融通が利かない人間なのだ。似た者同士。

互いが互いに「相手自分の思い通り(都合の良い方)に動く」と思ってダラダラ曖昧関係をつづけた結果、気持ちの差違が決定的になって、別離を迎えた。

私は(おそらく向こうも)自分他人に甘いところがあり、「ひょっとしたらしばらくして自分の思い通りの関係になるかも」という期待を抱いてきたんだろう。これまで。認知の歪み、というやつ?

しかしもうそ可能性はあり得ない。今はその現実に向き合っているのだ。

思ってみれば、正直一目ぼれだったんだな、と思う。

なのに告白タイミングが遅すぎて、友人としてしか見てもらえなかった。

片想いの仲良くなる過程楽しいのは、創作世界だけだ。

次は、後戻りできないくら気持ちが重くなる前に交際を申し込むようにしたいと思う。

それと、手広くいきたい。

……って頭では分かってるんだけど、そう簡単気持ちの整理がつくわけねーよおおおおおおおおおおお!!!

自分気持ちについて

結局これなんすよ。これを早く消し去りたい。消化してしまいたい。

この1週間で10人くらいに事情話したけど、それでもまだ足りないくらい。

正直、家に来た時に手を出して既成事実を作ってしまえば、勝手に向こうが気持ち適応してくれたのか??処女だし家だし2人きりだし。あーもうわかんね!!!

そういう過去のifとか、ライブとかドライブとか行こうとか言ってた未来のifとか全部諦めて捨て去らないといけないんすよ。

の子と遊ぶこと、その子の力になることに最大最高の価値を置いていた自分をぶち壊して、価値観を再構築しなければならない。

でもこの部屋に居ると、あの子を部屋に呼んだ時のことを思い出してしまい、全く落ち着かない。毒沼。休まらない。引っ越ししてえー。まだここに来てひと月も経ってないのに。

思い出すヒマがないくらい、考えるヒマがないくらい何かに没頭したい……。しか修行のように無言で自分と向き合う研修で、それも叶わない。

八方ふさがりよ……。

というわけで、気持ちの切り替えをしようと色々頑張る気力さえ持てない状況なんですが、それでも気持ちの整理が出来る方法を教えてください。

2017-04-10

流れ着く先は

先日友人たちと約10年ぶりにスケートへ行き、自分の飲み込みの悪さにがっかりした。

友人たちはすぐにコツを掴みすいすいと滑っていくのに、わたし生まれたての子鹿。あまりの下手さにみかねた見知らぬ玄人おじさんにレジュメ的なものを渡され、熱心なレクチャーを受けるも子鹿から人間になれることはなかった。

いつだってそうだった。

背が低く小柄なこともあり体育はどれも出来なかった。

のろのろ走るしボールは天敵。

さらに残念なことに手先も不器用だ。

家庭科の授業ではミシンにそっぽを向かれてしまうしPCを使う授業は必ずワンテンポ遅れる。

ワークショップ系もだめなので結局先生と共同作業になってしまう。

こんな風にどんくさいのでなんとなく生きづらさがあるというか、このまま大学会社一般的なところへいっても辛いくなる、と判断芸術系へ。

決めたのが急だったのでデッサンスキルもなかったがAO入試プレゼンを頑張り合格することができた。

就活第一志望のみ受けてそのまま入社。ありがたいことに上司からあなたはこの仕事に向いているから期待していると言ってもらえて学生時代よりは楽になった。

だめだめながらも今までなんとかやってきたが、ふとしたときに強烈な劣等感や息苦しさがある。

そろそろ他人を気にせず、自分の得意な部分で自分のためだけに生きてみようか。

2017-04-09

頭と心は違う

一言で今回書きたいことをなんと表せばよいのか。

迷った挙句とうとう人の言葉を借りてしまった。

タイトルレミオロメン君は太陽」の歌詞だ。

からよく聞く曲の一つだが、

2番AメロBメロ特に心に突き刺さる。

[頭と心は違う 誰かが言った言葉が巡ってるよ

後悔の無い様に生きる為にはやっぱり心なんだろう

色んなことを引き受けたり委ねたりしてるけど

身の程知って愛を込めて日常を生きていこう

生きていこうか]

本当にそうだと思う。頭と心は違う。

今日特にそれを感じた一日だった。

就活セミナーに行ってきた。

私は既卒就活生なので多分周りの就活生よりは焦った方がよい。

この3月まで就職とは別の道を志していたので、今回が初めての就活セミナーだった。

就職活動に対して何の知識もない状態だったので、基礎的な就活講座を受けることにした。

その中で選んだもの面接時のマナーに関するものだった。

かつてはヤンチャ()だった私だが、今となってはすっかり平和主義である

もし選考で落ちるとしても面接担当者選考に関わる人に不快な思いをさせたくなくてこの講座を選んだ。

「今年の学年は-」などと言う想定内皮肉を聞きつつ、

一つ上の学年の私は妙な気分になったりもしたが知りたかった情報を得ることはできた。

面接なんてそうそう受けないので、独特のルールを知れたことは大変身になった。

そんな充実したセミナーだったが退場の時に問題が起こった。

退場する就活生が全員同じ角度で、同じ声量で、同じトーンで、

みんな親戚かと思うくらい同じようにスタッフさんに挨拶をしていた。

もちろん当たり前だ。スタッフさんに感謝はするべきでもあるし、するべきだと思う。

また、講座の内容も挨拶の基本を教えてもらえるものだったので

早速実践できているということはちゃんと学べているのだと思う。

あの場では、挨拶するべきことが正しい。それは誰が見てもそうだろう。

だってそう思う。思っているはずだ。

しかし、真面目に挨拶ができる彼ら・彼女らを見て私の心に浮かんだ感情

軽蔑」以外の何ものでもなかった。

実践できていることがすごいのはわかっているのに、

その状況にあんぐりしてしまってスタッフさんにまともな挨拶すらできなかった私より他の就活生が秀でていることはわかっているのに、

そして他の就活生を見下す気など全くなかったつもりだったのに、

そんな最低な感情が浮かんでしまった。

多分そう思ってしまった理由は二つある。

一つ目は入場時にそのような挨拶をしていた就活生は一人もいなかったこと、

二つ目はその挨拶からなにも感じられなかったこと、

だと思う。

特に自分の中で引っかかっているのは二つ目だ。

もし感情がこもっていたとしても、言葉お辞儀を分ける、腰から深々とお辞儀をするなんてことしたことがある就活生なんてごく少数だろう。

自然になってしまって当たり前だ。

それでも行動に敬意を表そうとするその気持ちが大切なんだろうと思う。

もちろん就職活動のみでなくて、これから入社して仕事をしていく上で必要なことだとは思う。

わかっていても、その場で私は

「上辺だけでやりとりをするのではなくてちゃんと心で繋がりたいな」

と思ってしまった。

ビジネスの場でそんなことは必要とされてないだろう。

必要なのは相手不快にさせない力だと今日学んだ。

それでも、相手理解したい、同時に自分のこともわかってほしいだなんてエゴが浮かんできてしまうのだ。

卒業式学生気分なんて捨ててきたつもりだ。家庭の事情で一刻も早く内定をもらわないといけない。

就活生の立場で何だが、それでも社会人として適応できてない自分がいる。

仕事に人との繋がりを求めてしま自分がいる。

こんな自分必要としてくれる会社なんてきっとどこにもないのだろう。

こんな割り切れない感情を抱えたまま明日就活セミナーに向かう。

なんとか人を不快にさせないで人と心から繋がれる方法はないのか。

そんなことを考えてしまう私には社会人になる資格なんてないのか。

とにかく、不器用ながら明日出会う人には不快な思いをさせないようにがんばろう。

2017-04-05

[]レスポンスが多すぎる人、疲れる

仕事ってレスポンス早い人が良いって言うけど

レスポンス早くて、精度低い人はめっちゃ疲れる

正解の周りを堂々巡りしてるような人

自分時間と気力を徐々に奪っていく

こういう人とは距離を取ったほうが良い

 

こういう人に合ってるのは「適当」が上手い人だ

私みたいな不器用はいちいち考え込んでしまうからとてもよくない

 

2017-04-04

精霊の守り人二期まで役者感想

精霊の守り人実写版は結局面白い展開になってきたんだけど、そうなるのは二期終盤の7話くらいから。

吉川晃司殺陣のうまさと演技の若干の違和感綾瀬はるかの動けなさと演技のそこそこのうまさなどが光る(?)。

あと真木よう子の棒セリフ結構動ける感じが逆に不器用でよかった。夜神月は相変わらずおつゆが飛びまくりで演技過剰。

あんな帝だと民も不安だと思うけど、彼なりに夜神より過剰に演技したということなんでしょうか。

舌を巻いたのがアスラ役の鈴木梨央が異様にうまかったこと。何もかもうまい。この子恐ろしい。

チャグム皇子大人チャグムがカミカミだったことを考えても素晴らしい。中村獅童はハマりすぎていて違和感がない。

渡辺えりはなにやっても昭和下町のおばさんだし、クリスは何やってもオカマ伊武雅刀うまいけど動かなさすぎ。

高島礼子トロガイは言われなきゃ気づかないレベルで、誰がやってもトロガイになった気もする。驚きはある。

光っていたのがヒュウゴ役の鈴木亮平

この人格闘技経験もあって動きが切れてるし、関西人なのにイントネーション違和感がない。

喋りもいいしガタイもよく堂々としていて迫力がある。これはハマってると思う。

2017-03-28

http://anond.hatelabo.jp/20170328095531

あの人達の頃はフリーミニアムモデル個人でどう立ち向かうか、やりくりするかってことが割と取り沙汰された時代だと記憶してる。

実際佐藤秀峰赤松健、啖呵を切った竹熊健太郎は規模は違えど個人でどう立ち向かうかを考えた。

企業提携するという頭は三者ともほとんどないという事実は彼らが不器用から、で済む話にはちょっと思えない。

ヤマザキマリの話を鑑みても、美味しいところは自分たちで作りたいと考えてるのではと思ってしまう。

VOD形態基本的スーパー男前豆腐と一緒だ。

うちのはブランドなんですと言ってもスーパー側がどれだけ安く置けるの、と聞いてくる。

某アシの話ではCOMICOは噴飯モノだという。あれで漫画が安く見られる素地の一端を作り出したとか。

2017-03-21

強くてできるけど冷徹性格悪いキャラ

って絶対人気出るけどこの手のキャラ大嫌い

暁美ほむらとかリヴァイ兵長とかああいう感じ

ほがらかで優しいキャラや弱くて不器用キャラが好きだけど大体それ系は人気でなくてグッズも少ないんだよな

マイノリティオタク世界でもやりづらい

2017-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20170319050037

私も、ネットに書かないほうがいい事、というのはよくわかります。書いちゃいけないとまでは思わないけれど。

悪意的に見られたら確実に悪者にされてしまう隙の多い文章だし、本人も後のツイートでそれを自覚しています

それどころか、身内から「そういうのやめたほうがいいよ」と忠告を受けていることもブログで書かれています

けれど、人間は理性だけで制御できないもので、たとえば鬱や自殺に至る人の心理がいい例ですが、

分かっていてもできない、分かっているからこそ逆に泥沼に吸い寄せられてしまう、という心理になるときがあるんです。

仕事で上手く行かなかった彼の心理もそうした状態だったのでしょう。

からネットに書かなくていいことを書いてしまう人が常に、必ず、一定数いる。

特にクソ真面目な人ほどそういう呪縛から逃れられない。

からそういう滲み出てしまったものに目くじらを立てて意気揚々と叩きに行く人たちは、残酷だと思うんです。

もちろんそういう状況で書く文ですから自己愛独善性が鼻についたりする部分も当然あって。

とき他人攻撃的な言い方をしてしまう時もある。でもそれは、叩くのを完全に正当化する理由にはならない。

私はそう思います

でも誰もが陥るかもしれないそういう事案で、その人の積み上げてきた価値を一瞬で壊してやろうという人が寄ってくる、

そういう社会には、私は生きたくないと思うんです。

とくにダテコーは業界の外から来たアウトサイダーで、業界に物申したいことが沢山あるんだと思いますよ。

いつも苦悩してますから

しかしたら、「オレスゲーんだぜ」と言うのにかこつけて身内のお給金事情意図的晒しているのかもとすら思います

常識的には、そういうのは無用な衝突を生むから言うべきじゃないし、勝手にバラされたら怒るのが普通でしょう。

でも実際のところ、身内の人たちは彼をそういう人だと、業界をかき回したい人なんだと温かい目でみていて、

一定の理解があるのかもしれないですよね。すべての人が器用に生きられるわけじゃないです。

特に経営者になるような人は、往々にして、とびぬけて不器用だけれど、その分人を惹きつけるビジョンやパワーがある。

そうやって色んな個性と折り合いをつけていく、いい大人、いい身内に恵まれた中で生きてきた人なのかもしれない。

から、ダテコーに巻き込まれた身内が実際表立って怒っていたら、外野一般人忠告しにいく人がでるのもわかりますが、

そういうのを確認すらせずに、自分常識観に従って、勝手マナーだとか正義を代弁して叩く、というのは、

私は行き過ぎたことだと思うんです。

2017-03-17

ロリィタ服が着たかった

25歳、わけあって現在ニート

もともと老け顔だし骨太のがっしり体型。

私に最も似合わないのは少女趣味で、

一番すきなテイスト少女趣味

 

 

かわいらしいものが似合わないからこそ、かわいらしいものに惹かれたのかもしれない。

中学生のころからKERA!を買い、ネットロリィタさんのブログを読み漁り(ブログ村ロリィタランキングをよく見ていた)、

嶽本野ばらを読み、下妻物語マリアントワネット映画を観て、

世の中にはこんなに悪趣味なくらい可愛らしい世界があるのだ!と頬を赤らめた。

 

 

しかし、中学生のころからネット漬けの生活を送っていた私は、

可愛くない女の子ロリィタを着ると笑われる、ということを知ってしまっていた。

 

 

もともとロリィタを着るにはたくさんの制約があり、それをひとつでも破っていると嘲笑対象になる。

 

太ってはいけない、

キレイに化粧をしていなくてはならない、

肌を見せてはならない(夏でも長袖)。

 

修道女かよ!ってくらいのたくさんの約束事。

しかし、それをしっかりきっちり守っていたとしても、

顔が可愛くなければ「ブサロリww」と笑われてしまう。

 

私は間違いなくブサロリの対象に入るような子だった。

毎日小倉優子深田恭子の顔を見て、「こんな顔だったら…」と思ったし、

自分をこんな顔に産んだ両親も恨んだ。

化粧を頑張れば普通の部類に入るかも!と思ったが、

分厚い一重や思春期特有ニキビ肌なんかは頑張っても頑張っても不器用中学生には隠しきれなかったし、

ネットで調べたテクニックを駆使しても分厚い化粧を施したブス、にしか見えなくて

「私の限界はこんなもんか」と思ってまた泣いた。

 

毎日毎日アンジェリックプリティとベイビーザスターシャインブライトHP店舗ブログを見た。

エミリーテンプルMILKを着こなす女の人のブログを見た。

私もかわいいものを着こなすかわいい人の仲間入りがしたかったけど、

かわいいものを持ってなかったしかわいい人ではなかったから、

そのころ流行っていたyaplogネット上で見つけたかわいいものコピペしたブログを作った。

かわいくなりたかった。かわいい私になりたかった。かわいくない私はいらなかった。

 

高校生になっても、一度もロリィタ服に袖を通すことはなかった。

しろバイトして買ったロリっぽい小物も「そういうの似合わないからカッコイイ系目指せばいいのに」と言われて密かに傷ついたり、

読モAMOちゃんって子が私の理想すぎて自分が本当に嫌いになったりして、

かわいくないのにかわいいものが好きな自分を笑われないように、

かわいいものが好きなのに全く似合わない自分をこれ以上嫌いにならないように、

好きなものを隠すようになった。

 

 

毎日毎日ロリィタ服の情報を集めていたけど、誰にも言わず

「カッコイイ系」の服を着て「そういうの似合うね」って言われたりしながら生きていたら、

25歳になっていた。

 

 

いまの私は高校生ときより痩せたし、化粧も上手になったから、

むくみがとれてちょっとだけ薄くなったまぶたを二重にできるし、

高いコンシーラーファンデーションを駆使してなんちゃって美肌を作ることもできる。

 

ももう、25歳。

ロリィタ世界では、年長の方だ。

 

もう私はブサロから抜け出せるかもってところで、オバロリになっていた。

 

 

 

この前、深夜に酔っ払った勢いでメルカリロリィタ服を買おうとした。

その日はロリィタ服専用通販サイト求人に応募しようとして、

一着も持っていないのに受かるわけがないと思って凹んで、

そんで落ち込んだら急に躁状態になって、

中古ロリィタ服でも買って、家でひとりでこっそり着ようと思ったのだ。

 

それはすごいいい考えのように思えた。

私のロリィタコンプレックスって、きっと着たいのに着れなかったからこんなに引きずってるに違いなくて、

きっと一着買って着てみたら少しは満足するんだろうって思った。

 

でも、購入ボタンを押すのに何十分もためらって、ためらって、結局買うのをやめた。

 

私は着てはいけないんだと思った。

ここまで大事に思っていたロリィタ服を着て、大事に思ってきた自分失望したくなかった。

 

彼氏と別れたときだってこんなに泣いたことないってくらい泣いて、

次の日ロリィタサイトブックマークを消そうとして消せなくて、また泣いた。

 

 

着とけばよかったのかなあ。若ければ「若さゆえの過ち」って笑い飛ばせたかもしれないし。

でも、昔を考えたらやっぱり着れなかったよ。

そんで、多分これからも着れない。

ロリィタ服が着たかったなあ。

2017-03-12

最近自炊で魚を使うことに手を出しているんだけど

魚をさばいたり、料理したりするのはまあ楽しいんだけども

 

血とか内臓とかがガンガン出てくるので衛生管理にやばみを感じる…

これまでの肉・野菜だけの料理とは全然ちがう

これからあったかくなってくるし、俺みたいな不器用ずぼらマンが手を出してはいけない領域だった気がする……

2017-03-10

忙しいが美徳価値観は古い

旧態依然日本人は忙しくすることが美徳な人が多くいる。

忙しいことがカッコイイ。時間に追われるのがステータスみたいな。

正直その考え方、古いと思うよ。

昔はやるべきことが無限にあった、働けば働くほど国益に直結していた。

からこそ忙しくすることが美徳だったのかもしれない。

でも自動化が進むこの世の中で、総人口をあげてやるべきことなんてないわけ。

例えば、ゲームなんて本当は必要ないし、スマホアプリの結局無駄になるものが多い、生活の上で必ずしも必要ではないから。

その中でわざわざ忙しくするのって逆に不器用に感じる。

2017-03-06

今更聲の形を読んだ

作者は自分が書いたキャラクター全員が嫌いだって言ってたけど自分は全員好きだ

不器用で摩耗しながらでしか人と関わることができない欠損だらけのキャラクター達に好感を覚えた

そんだけ

そんなどろどろとした青春に憧れを覚えたけど、自分には無理だなと思えた

結局のところ、当然かもしれないけど聾唖の硝子ちゃんがいないとこういったぶつかり合いは起きてくれないんだよね

2017-03-05

気持ちを素直に表現できない人」を総称する表現ってなんかある?

意地っ張りだったり、気にしすぎだったり、

天邪鬼だったり、恥ずかしがり屋だったり、理由の如何は問わず

気持ちを素直に表現できない人」を総称する表現ってある?

造語でも、初見意味がわかれば問題ないんだけど…

強情、偏屈へそ曲がりシニカル、ひねくれ、コミュ障…など、

気持ちを素直に表現できない人の総称」ではない(理由限定的)のは

いくつか思い浮かぶんだが…。

追記:

思いついた中で、一番近いのは「(精神的)不器用」。

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170303205209

ありがとうちょっと泣いちゃった。

あなたの言うとおり、私はとても寂しかった。

正直今でも、母への欲求はないけれど、誰かに甘えたい愛されたいって欲求がすごく強い。

かといって、感情表現下手なせいで、そういうの出来る人がいないんだけど…

不器用に育ってしまたから、これから先は、私本当にひとりになるかもしれない。

幸せになれるように祈ってくれると嬉しい。

>あらゆるシチュエーションにおいて、代理人や押し付け先を楽に確保するためのシステムなんじゃないか

人って、子供のうちは養育が必要だし、大人になって歳を取ると介護必要だしで、基本的に一人で生きることを前提としていないんだよね。

介護必要じゃない人もいるかもしれないけど…親子の縁が切れないのも、何かあった時にその人がひとりにならないようにする為なのかなって思う。

もちろん、代理人や責任者を確保するというのも大きいと思うけど、財産上責任は、相続なんかは放棄することだって出来るよね。

後見人制度もあるから、今は昔よりは「家族から」って言葉も強い絆は含んでいないと思ってる。

なんか、文章めちゃくちゃですみません

トラックバックくれてありがとう。嬉しかったです。

2017-02-26

[]

さびさに中島敦山月記』を読んだら、だいぶ読み方が変わって驚いた。

以前は、強烈な自尊心ゆえに友人や先生に教えを請えないエリートが没落した様を描くことで、「つまらないプライドは捨てて生きていかないとロクなことにならないよ」という教訓を言う話だと思っていた。

が、この読みはどうも浅薄というか、人生の敗北者にとっては厳しすぎるのである。というか結論だけ抜き出せばそこらの自己啓発本と変わらないような気がしてきて、作品価値矮小化しているような気さえしてくる。

そこで、もう少し人生の慰めになるような読み方はないか。と考えていたら、これは「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないか、と思い始めた。

中学生の頃に読んだときは、李徴は周囲に教えを請いたりできないプライドの高い男だな、と思ったが、(浅い)人生経験を積んだ今、改めて読むとそうでもない。

李徴が詩人を志したのは、(功名心もあっただろうが)第一には心を揺さぶる先人の詩があったからだろう。そうなると、そうした詩を書く者が周囲にいれば、これに師事したり教えを請いたりしたはずである

それにもかかわらずそうしなかったのは、自分の追い求める詩人像に値する者が周囲に居なかったからだろう。

自分の追い求める理想像と、②世で「名を成す」者とがズレることは、現実社会でもしばしばあることである

李徴は、このズレに気付かないまま自分理想像を追い求めていったことで、世で「名を成す」ことができなかったばかりか、周囲の人間と折り合いがつかなくなり、「努めて人との交を避けた」結果、「一匹の猛虎」となった。

他方、周囲にいた「己よりも遥かに乏しい才能であ」る者は、世で「名を成す」道を「専一に磨いたがために」、「堂々たる詩家」となった。

李徴は理不尽な世の中に自分を合わせられず、ひたすらに理想を追い求めた結果、社会的に失敗してしまったのである

これはカフカ『変身』で、社会の求める市民像──(ⅰ)家庭の善良な息子、(ⅱ)有能なセールスマン──を演じていたグレーゴルが、自己本来性の自覚を持ってしまった瞬間、褐色の虫に変身してしまったのと似ている。

現代社会ルールでは、人間自己自身本来性を保持することを許さないのである

そして、李徴が不幸であったのは、上述した社会ルールに、他ならぬ李徴自身支配されていた点にある。

李徴としては、徹底的に社会を突き放し、自分理想像を追求するという途もあった。

しかし、「元来詩人として名を成す積りでいた」李徴は、世で「名を成す」努力をできなかった自分を徹底的に断罪するのである

事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ

李徴の詩を聴いた袁の評価によれば、李徴の詩は「長短凡およそ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりであるとある

第一流の作品となるのには、何処どこか(非常に微妙な点に於いて)欠けるところがある」とは言え、この自己評価は言い過ぎである

それに、はっきり言って実社会でこんな話は”よくある”ことなである

ここで想起されるのは聖書の『ヨブ記である

神の手により不幸のどん底に落とされる義人ヨブを、自己責任論に基づいて徹底的にこき下ろす友人エリファズの話だが、どうも李徴の中にはヨブとエリファズが同居しているように思える。

さらに、上記のヨブ記ラストにおいて、ヨブは「仲保者」(=キリスト?)の存在確信することで救われるが、李徴にこのような仲保者は現れない。

ただ、「向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。」というだけである

また、カミュ異邦人』も想起される。

これも社会ルールに合わせられないムルソーという男の不幸を描いた作品である

ムルソー物語ラストで、このような自分排除せず「優しい無関心」を示す自然存在に気が付き、幸福を得る。

他方、李徴は「獣どもは己の声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。」というだけである

ここに来て、山月記という作品は「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないかと思うのである

2017-02-25

弁当作りにハマってしまった

一人暮らし男で、不器用味音痴、雑な性格という料理にはまったく向かない人間である

はいってもこれまで自炊はしないでもなかったが、飯を作るにしても、

材料を全部鍋に入れて煮る、全部フライパンで炒める、全部飯と混ぜる、みたいにドチャッと雑な一品を作って食べる程度だった。

 

で、先月、弁当でも作ってみるかと思って2段タイプ弁当箱を買ってみたら、みごとハマってしまった。

 

上段は飯、下段におかずとなるが、おかずを野菜炒め一色とかにするのはあまりにあまりなので、

簡単常備菜を調べていろいろ作ったり、時間がなければありもの惣菜冷凍食品などで最低三品は入れるようにした。

飯も白飯ではつまらないのでいろいろ炊き込んでみたり混ぜてみたり。

 

すると、そうやって弁当箱という空間を埋めていくのが楽しくなった。埋め終わって完成した「弁当というモノ」を眺めるのもとても良い。

これは弁当箱という制限があるがゆえの楽しさだと思う。量や器が無制限だとどうしても雑になってしまう。

 

弁当会社へ持っていくこともあるが、会社の昼飯は同僚と外食することが多いので、

大抵は家に置いておいて夜に家で食べる。食べ終わったら洗って翌日用の弁当を作る。

 

なんかアホらしいが弁当を作りたいだけだからいいのだ。

2017-02-22

気に入ってたマッサージ師がそうでもなくなった話

自分の一感情として赤裸々すぎるので、適当フェイクを織り交ぜて書いたことを一番最初にことわっておく。

数年前から通いつけのマッサージ店がある。

丁度昨年の今頃に入った、不器用ヘタレっぽい若い男性がいた。

そのFさんは、自分とは一回り以上歳の離れたかわいらしい人だ。

マッサージはそれまで色々な方にランダムに入ってもらっていたが、ある日ふと気が向き、受付で指名をたずねられたタイミングで彼にお願いすることにした。

それから半年、天然なところは変わらないが回数を重ねるごとに施術は徐々に上手くなっていき、何より彼の純朴な雰囲気が魅力的に思えた。

(彼のかけているちょっとヘンテコなメガネも良きチャームポイントだった)

年始忙殺されて疲労もたまり年末以来久しぶりに店へ顔を出した。

Fさんは丁度別のお客の接遇中だったこともあり、指名をせず別の方にやって頂いた。

そしてまた別の日に指名をした際、これまでのFさんとは決定的に何かが違う。

上手く形容できないが、マカロニしか入ってないマカロニグラタンとか、味噌出汁を入れ忘れて具を煮ておいた味噌汁みたいな、まるで別人のようだった。

幸か不幸か、二月は一番仕事が暇である

首の寝違えをみてもらいに数日前、また顔を出した。

その時、受付で最近Fさんに恋人が出来たことを知った。

違和感の正体は、恋人ができたFさんなのか、はたまた知らず知らずのうちに彼に恋心のようなものを抱いていた自分なのか。

人間気持ちって厄介だね。

2017-02-21

笑いのカイブツ読んだ

cakesの一週間無料購読で全部読んだ。

本当に「生きる才能」がないなと思った。ちょっと他人に気を遣うだけで楽になることは沢山あるのに、もっとまともな食事をしたらいいのに、全然できない。

劇場で偉い人に媚びへつらってる先輩作家とか、仕事をタダで丸投げしてくる先輩作家とかを嫌悪する気持ち理解できるしこの性格の人なら同化したくなくて馴染むことができないのは当然だと思うけれど。

バイト先で適当に働きすぎなんだもん。彼のバイト先が本業の人にとっては迷惑すぎる。すぐにバックれるし、常に寝不足だし、客商売なのにひどい顔付きらしいし。

こんなに人が嫌いなのにお笑いが好きなのは不思議だと何度も思った。でも途中で彼女ができて凄く素直に愛情表現してるし(フラれるけど)お母さんには愛されてるし(母子家庭貧乏大学に行けなかったけど)優しくしてくれた芸人さんなんかには凄く感謝してるし、挫折していった芸人のことをリスペクトしてるんだよね。根底には優しい気持ちがあるというか、とても人間味がある。

「生きづらい」「この世はコミュ強者以外には地獄」みたいな増田でも見るような人の気持ちが少しは理解できて、読んでよかった。

自分のような人間がこういう人達に言えることは何もないんだ。そっとしておくしかないんだね。(別に自分コミュ強者ではないが、ここまで不器用ではない。彼はお笑いに潔癖すぎ、突き詰めすぎでそうでない人にとっては存在自体が常に自分非難してるように感じられるのではないだろうか。)

オードリーラジオは聞いたことがないし伝説ハガキ職人存在全然知らなかったけど、途中に出てくる大喜利漫才台本面白かった。才能が表舞台で発揮できないのはとても残念。でも芸能界って旧弊っぷりがすごいもんね、知らんけども。

2017-02-13

べき論のみで生きる人間人間関係に巻き込まれ

それしかできなかったから仕方ないとか、不器用なんだと思う、とこぼしてた。

自分は、分かるけど、その不器用な振る舞いを理解して受け止めてあげられるほど余裕ないから、仕方ないけど今まで以上に距離を置くしかないなって思う。

周りにそんなやつばっかで辟易する。

Aだったら○○すべき、そんな燃料だけで走るから規律は正しいけど、他人に求めるレベルわがままってレベルじゃない。

友達だったら仲良くすべき、みたいな、その仲良くの程度だって差分個人であるようなものを己の神とし、他人にそれを求める感じ、苦手。

2017-02-09

ゴディバおじさんと飲み屋の女

昔、飲み屋で働いていたとき

「○○ちゃん、これ好きなんだよね」と言って、

会うたびゴディバチョコを渡してくるおじさんがいた。

しかも毎回種類も同じ。決まってトリュフソートメントの12粒入り。

9粒になることも16粒になることもなく。

 

一応、経緯があって、初めてもらったとき

すごく嬉しそうなリアクションを返したような気がする。だからだとおもう。

飲み屋のねーちゃんなんて色んなもの貢がれ慣れてるから

何も思わないだろと思われるかも知れないが、

金額とか物品の問題ではなく、プレゼントというのはやっぱり嬉しい。

 

でも、なんというか、本当は、それ以上にそのおじさんが弱々しく

「あのさ・・・これ・・・甘いものとか・・食べられるっけ・・?」

差し出してきたので、無意識安心させなければという気持ちが働いたのだとおもう。

 

「えっ!甘いものめっちゃ好きです!わー!ゴディバだ!めちゃ好きですー!ありがとう!!!

 

みたいなことを言ったとおもう。

ちなみにこの頃からネコかぶりサービス精神は紙一重かも知れないとおもっている。

 

それから、そのおじさん、毎回持ってくるようになった。

 

「好きなんだよね」と言われ渡されるたびに

一瞬なんともいえない感情が込み上げてくるのだけど、

気づくと「うん!大好きー!」と答えてしまっていた。

正解とかわからないけど。

 

この話、別にオチはないんだけど、

なんていうか、何が言いたくて書いているかというと、

こういう不器用な感じの人は飲み屋に限らずたまにいて、切なくなってしまう。

 

女の子に何をあげたら良いかいまいちからないんだろうなぁ・・・

すごく喜んでいたからあの子はこれが大好きなんだっておもったんだろうなぁ・・・

チョコ自体もあまり詳しいわけじゃなくて、でも、ゴディバがなんか高級っぽいということは知っていて。

その中でもたまには種類を変えることも、なんかできないんだろうなぁ。

ゴディバはそりゃ、おいしいし、好きだけど、うん、そうなぁ。

 

と、当時、帰り道に送りの車の中でそのゴディバを食べながら考えていた。

そのお店を卒業するときもやっぱりゴディバだった気がする。

 

毎年バレンタインの時期になると思い出すし、

もう今後ずっとゴディバはもうゴディバおじさんの味としてインプットされ続けるんだろうけど、

そろそろ供養するために書いた。元気だといいけど、おじさん。。。

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