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はてなキーワード: 精神科とは

2017-05-01

すごく悩んでる

私、双極性障害です。

先々月くらいか抑うつ〜混合モードに入ったのか、いきなり動けなくなりました。

何が困ってるって、病院に行かなきゃいけないのに行けてない。

先々月には歯医者さんの予約をドタキャンしてしまいました。

先月は精神科内科の予約をドタキャンしてしまいました。

申し訳なさすぎてもう行きづらい。

予約の電話しづらい。

ももう薬がない。

SSRI系の薬を飲んでるので、突然薬をやめてしまうと、中止後症候群っていうんですか、いわゆるシャンビリと頭が割れそうな頭痛に苦しむ羽目になってしまう。

今は2年くらい前の余ってたSSRIを飲んでるけどあと数日でストックはなくなる。

内科の薬も毎日飲まないとヤバイお薬で、これもあと少しでストックがなくなる。

病院行くの怖いよ。

でも行かなきゃダメなのに。

2017-04-28

障害手帳持ちになるショック

医者から障害者手帳をすすめられた

精神の方

ショックだった

病院の帰り道ショックを噛みしめながら帰った

自分は元々個性的なこどもで小1で不登校をやった

まだ不登校児が学校に1人、2人いるかな、ってくらいの頃だった

パイオニアだったんだな

それは置いといて

から生きることはストレスだった

高3で限界がきて自分精神科に行った「鬱だと思う、つらい」と

初めての医者は「鬱ではないと思う」と言ってパキシルを処方してくれた

今思うと、初めての医者ADHDの傾向を見抜いていたのかもしれない

パキシルは、今はコンサータというお薬に変わっているね)

それからずっと、10年以上精神科のお世話になってる

20歳を過ぎたあたりで薄々、自分発達障害かもしれないと疑い始めた

勇気が出なくて医者相談できなかった

アラサーになって、人生何度目かの大きな限界がきて

自分発達障害だと思う、と当時の主治医相談した

ストラテラを飲みはじめて世界ちょっとだけ生きやすくなった

10年以上精神科のお世話になっていて、今また大きな限界にぶちあたって、私はつらい

手帳はつらい私を少し手助けしてくれると思う

わかってるんだけども、ずっと頑張って健常者のふりをして生きてきたか

障害者になることにショックを受けている

もう頑張っているのに空回りするのは疲れたんだ

から変な方向に頑張らないように手帳をもらうんだ

ショックだ

この気持ちは怖くて誰にも言えない

ショックを感じているんだね、って、ただ言ってほしいんだ

周囲の人は愛ゆえに「大変だ!大変だ!」ってなってつらい

ただ「そうなんだ」って言ってくれないかな、お願い、これを読んでくれた人がいたら

2017-04-27

iOSAndroidWebができます ← こういう奴は信用するな

医者と同じだよ

 

医者内科外科精神科ができます

って言ったら信用するか?

一部の天才は除くけどね

2017-04-26

どうやら自分発達障害ぽいんだけど

そもそも妹が自閉症だし遺伝性てのが本当ならほぼ間違い無いと思う

どうしたらいいんだろう

とりあえず精神科いけばいいの?

2017-04-24

親権取られた親爺の復讐劇。

理解できない」とか言ってるバカが一番タチ悪いなあ。

怒りと憎しみに駆られて復讐感情を持つということはそこらじゅうにある話だと言うのに。

普通は行動を踏みとどまるものだ。復讐感情を持つの普通からといって行動取ることまで普通と言うな」とか偽善者はてなーは言いそうだが。

貧困問題貧困側を叩いてる人間に向かってお前らなんて言った?

明日は我が身。いつそうなるとも分からないのだから貧困側の気持ち配慮するべき」とか聖人君子ヅラしてただろ?

親権を取られて復讐に駆られた父親気持ち配慮してみろよオラ。

まあ男ははてなで最も差別される属性からなんのかんの理屈つけてそれとこれとは話が別とか切断処理(笑)するんだろうがな。

まあ精神的に理解できない案件が来たら「精神科受診しろ」「カウンセラーにかかるべき」で済ませるという手もあるなw

感情理解できないというのならアスペメンヘラだとニワカ分析家気取りで勝手に病名診断するバカと何も変わるところがないが。

っていうか、

「怒りや復讐に駆られる気持ちは分かる。

だが殺してはいけなかった。

誰かこの父親の味方になる者はいなかったのか。

少なくとも私はこの父親の心を理解たかった。」

くらいのことは言えないのかねえ。

理解できない、子ども可哀想だ、恐ろしい痛ましいヒイと共感を取り繕った狼狽コメお茶濁してるバカはガキの代わりに死ねば良かったのになあ。

2017-04-21

精神疾患理由社会から拒絶されそう

うつ病と診断され、休職している。

正直、うつ病であるとは自分では思っていない。昨年の6月から9月にかけて、はじめて、少し大きめのプロジェクトに参加することになった。とにかく、すべてがはじめての仕事で、何をどうしたらいいのかわからず、やっては怒られ、みずからの至らなさを痛感するばかりの日々だった。毎日終電で家に帰り、そのあとも自宅で深夜3時頃まで仕事をし、寝て、翌日正午頃に出社していた。出社時間を遅らせることができる環境であってよかったとその一点は会社感謝している。けれど、それでもやっぱり無理があったようで、プロジェクトが完遂すると同時に、わたしは不調を感じるようになった。

まず、夜に眠れなくなった。深夜3時過ぎに寝る生活状態化していたからだろう。それから意味もなく涙が出てくるようになった。仕事中に突然悲しい気持ちに襲われて泣いてしまうのだ。だから、いつも会議室パソコンを持ち込んでひとりで隠れて泣きながら仕事をしていた。

プロジェクトの期間中わたしはいつも、じぶんの仕事のできなさ、思慮の足りなさを突き付けられているようで苦しかった。何をしても、考えが足りていないと怒られたし、ほんとうにその通りだったから悔しかった。上司に悩みを相談すると「あなたにはやる気がないからだ」と言われた。やる気がないから、ほかの人のように勉強をしようという意欲もなくアウトプットが貧弱だし、案件に真面目に取り組んでいれば気づくようなことにも気づけないのだと。その通りだな、と思った。毎日深夜3時まで働いているのに、わたしにはやる気というものがなかった。だからほかの人のようにうまく仕事ができないのだと思った。「やる気のない人間が一人いると、メンバーモチベーションが下がる」とも言われた。それも、その通りだと思った。わたしはわざわざ深夜3時まで働きながら、周囲の人間モチベーションを下げている。それからというもの仕事中に「このタスクちょっと面倒だな」と思うたびに、呪いのように「お前はやる気がないから駄目だ」という言葉を思い出すようになった。

ある日、ほんとうに涙が止まらなくなってしまい、会社を抜け出して精神科のクリニックへ向かった。自分うつ病だと思っていたわけではない。休日友達と遊びにいったり、映画を観に行ったり、そういうことはできていたから。ただ、わたし精神病気についての知見がなく、病院に行けばきっと悲しい気持ちを消してくれるような即効薬がもらえるのではないかと思っていた。もちろんそんな劇薬存在しない、というか、お医者さんは処方してくれない。あっさり「うつ病でしょうね」と言われ、睡眠導入剤抗うつ剤をもらうだけで、当面の悲しい気持ちについては何も解決しないまま、会社に戻ることになった。

自分ではそうとは思わないが、うつ病かもしれないと会社に告げるべきか悩んだ。また、「やる気がないからでしょう」と言われるのが怖かった。わたしは、通常の業務であれば好ましくないことがわかっていたが「やる気がない」と言った上司さら上司である部長に話してみようかと思った。チャットで「今日お話がしたいのですが、お時間よろしいですか」とメッセージを送り、送った直後に後悔して「やっぱり大丈夫です」と追加で送信した。まるで彼氏にかまってほしいときにおくるLINEみたいだなと思った。うつ病じゃなくて、ただのメンヘラだ。メンヘラのほうが実感としては近かったし。

部長は、メンヘラのかまってほしいオーラを察したようで、直接声をかけてきてくれた。わたし空気が重くなることを恐れて、「いやあ、病院に行ったらうつかもとか言われて。まじかって感じなんですけど」とふざけた調子で話したが、気づいたらぼろぼろと泣いていた。部長は親身になって話を聞いてくれ、すぐに仕事の量を減らすために動きだしてくれた。

数日後、「お前はやる気がない」と言った上司とも話をした。彼も業務過多であったことを詫びてくれたし、業務を減らしたことにより、ほとんど自宅で作業しても問題ない内容の仕事ばかりになったので、無理に会社に来る必要はないと言ってくれた。もし、完全に自宅で働く方がいいのなら、そうできるよう上にかけあうと。わたしは、全力でその言葉に甘えた。ほとんど会社には出社せず、出社しても会社にいるのは5時間程度、あとはすべて自宅で仕事をした。どうしても会社PCでなければできない作業があれば、土日に隠れてこっそり出社した。自宅や誰もいないオフィスでの仕事であれば、突然泣き出してしまっても問題なかった。自宅での勤務時にも、勤務開始~勤務終了のタイムカードをつけていたが、12時間以上働いた日もあった。

しか会社は、わたしのことをサボっていると判断したようだった。上司は上にかけあうと言ってくれたが、どうかけあってくれたのかもわからないまま、突然人事から「いまのあなたの働き方を会社は認めるわけにはいかない」と言われた。そして、今後の進退をどうするかについて、産業医面談するよう命じられた。

休職するのは嫌だった。たしかに出社できないということは会議等に参加できないということだから、ほかの人と連携して働くのは難しいだろう。しかし、一人で行える作業も山のようにあったし(そういった作業のために派遣を雇うこともあった)、そういった作業であれば、うつ病と診断された後でも満足にできていると思っていた。上司作業については問題がないし、頼りにしていると言ってくれていた。でも、あれは嘘だったのだろうか。今となってはわからない。

うつ病かどうかはおいておいて、確かにこの時期のわたしは疲れていた。産業医との面談は散々なものだった。仕事について何を聞かれても「わたしはどうせやる気がないからだめだ」と答えていたような気がする。ほとんど忘れてしまったけれど。ただ、産業医の方はその道のプロであるはずなのに「あなた不思議ちゃんなのね」とわたしに向かっていい、まるで「少し変わっていて、社会になじめないかうつなんかになるのだ」と決めつけるように終始話をされたことに、ひたすら腹が立ったことだけを覚えている。中学生くらいの頃は、個性的とか変わってるとか言われることで得意になっていたが、もういい大人だ。それが人を馬鹿にするときに発される言葉であることくらいわかる。ちなみに、面談をした日の日記を読み返してみたら「わたしのことを「世間からちょっと外れた」「変わり者の女の子」だから説教してあげなきゃ」と思ってるのが見え見えすぎて、つーか説教って結論ありきでこちらの話を聞かずに一方的になされるものから対話じゃないんだよな。対話仕事なんじゃないのそちらさんは?それでもプロですか?わたしの話、なにも聞かずに終わったよね?どいつもこいつも人のこと説教コンテンツだと思ってんじゃねえ」と書いてあり、当時もめちゃくちゃ怒っていた。面談の翌週(12月の頭)、突然部長と人事に呼び出され「明日から休職してください。産業医により休職必要だと判断されました」と言われた。ほんとうに何の前触れもなく、突然言われたものからわたしは笑ってしまった。え、自宅でできる仕事はどうなったの。「ほんとに?明日から?じゃあ明日のお昼映画観に行ってもいいってことですか?」あまりに信じられなくて、ほとんど相手馬鹿にするような口調で言うと、神妙な顔で「そういったことで気分転換をしてもいいかもしれませんね」と言われた。よくわからないまま、とても雑な仕事の引継ぎが一時間で行われ、わたし休職することになった。

わたし休職を言い渡された瞬間にTwitterで「うつから休職しろって会社に言われた」と呟いた。いいねが何件かつき、じゃあ暇でしょ今週ご飯いこうよという誘いが何件かきた。友だちには恵まれているなと思った。はじめの一週間は毎日のように友だちと会って遊び歩いた。これのどこがうつなんだろう。毎日楽しく遊んで暮らしていることが会社に伝われば、会社もすぐにわたしを復帰させてくれるかなと思って、とにかく遊んで遊びまくった。三週間でお金と体力がつき、その後はしばらく引きこもって一日中寝ていた。

休職は一か月で終わるだろうと思っていた。しかし、会社から音沙汰がない。こちらから基本的に連絡を取ってはいけないと言い渡されていたので、やきもきしながら会社からの連絡を待った。連絡がきたのは、年明けのことだった。再度、産業医との面談のために出社してほしいとのことだった。出社日までにかかりつけの精神科医から診断書をもらって、いつまで休職必要かを会社に提出するように、とも言われた。わたしは早速そのことをお医者さんに話し「こちらとしてはいつでも復帰できるのですが」と告げた。お医者さんはなぜか「でもあなたはまだ疲れているでしょう」と必要以上にわたしをいたわり、休職期間を3月末日までとした診断書を出した。そうして、わたし3月末日まで復帰できないことになった。元気なのになぜだろう。

1月の半ばに産業医との面談を行った。この日の日記を読み返すと「なんで時間取ったのってくらいふわふわした会話しかなされなかった」としか書いていなかった。近況報告くらいで大した話はしなかったのだろう。面談後、診断書を提出するために人事と会った。このときわたしは、診断書休職期間は3月末日までと書かれているが、こういうものはこの日までに必ず治るというものではなく期間が前後する可能性はおおいにある、とお医者さんに言われたと伝えた。前後する、については、だから復帰を早めてもいいと思う、という思いを込めたつもりだった。働いていないので、そろそろお金がやばかった。人事は「そういうものだと理解しているか大丈夫ですよ」とだけ言って診断書を受け取った。

それきり、しばらくの間また会社から一切連絡が来なかった。さすがに日が空きすぎているだろうと思い、3月の頭に一度だけ人事に連絡をしてみた。復帰のスケジュールはどうなっているのか。休職直前に異動することも可能だと言われたが、今でもその話は有効なのか。その2点について尋ねてみたが、前者については「産業医確認してまた連絡する」、後者については「それは会社の都合だからあなた希望がどうであれ知らない」とどちらもにべもない答えだった。復帰して働きたいという意志を伝えたつもりだったのに、おまえの意志など関係ないのだと突き放されたようですごく惨めな気持ちになったし、休職が決まる前は「あなたの働きやすいようになるべく希望をかなえたいと思う」と言っていたはずなのに、休職が決まった途端、手のひらを返して厄介払いするような態度を取る相手に裏切られた、信用できない、という気持ちになった。わたしは、3ヶ月も社会から離れて孤独を感じていたのかもしれない。そんなときに、会社の人から冷たくあしらわれたことで、社会から本格的に拒絶されたような気もちになってしまったのかもしれない。こちらからはもう連絡しないと心に決めた。

3月の頭に「産業医確認してまた連絡する」と言った人事が次に連絡をしてきたのは、3月31日20時だった。彼はなぜかはじめからわたしに対して怒っているような、責めるような口調だった。

診断書には、3月31日までが休職期間と書いてあるんですが、どういうつもりですか?」

どういうつもりとは?わたしは彼の第一声に疑問符を浮かべることしかできなかった。正直、わたし1月に提出した診断書ことなどすっかり忘れてしまっていた。おまけに「期間が前後することは理解しているので大丈夫ですよ」と言われたことで、診断書問題はすべて解決したものだと思い込んでいたのだ。人事がいうには、診断書の形で正式に提出されていない期間に休まれては困るとのことだった。困るって誰が。何が。

診断書の期間より、休職がのびるなら、連絡してもらわないと」

「復帰に向けてのスケジュールについて相談させてくれって連絡しましたよね。そのあと連絡しなかったのはそちらです。おまけに、今日ちょうど病院に行ってきたから、その時診断書もらって会社に持っていくこともできたのに。こんな夜遅くに言われても困ります。そもそも、以前診断書を提出したとき休職期間は前後する可能性があるって言ったら「大丈夫」とおっしゃられたので、再度提出が必要だという認識がなかったのですが。認識違いをしていたわたしも悪いですが、リマインドするにしてもちょっとタイミングが遅すぎて対応しようがないです」

「そういう考え方もありますよね」

そういう考え方もある?わたしは怒りで頭が真っ白になった。3月31日が年度末だから、18時から会社パーティーを行うならわしであることくらい知っている。つまり、すでにお酒を飲んで酔っ払った状態になってようやく、本来なら1か月前にすべきだった連絡を今してきた彼が、自分不手際を認めず、わたしがすべて悪いのだと言っていることくらいわかる。

「困る、と言われても困ります4月3日に復帰するといっても会社の受け入れ態勢も整っていないでしょうし。4月から診断書記載がないから、わたし解雇ってことですか?」

「まあ、会社が決めることなのでわからないですけど」

「どうするんですか?次の病院の予約は2週間後なのですが」

「わかりません。確認します」

からないなら電話をしてくるなと言いたいところをこらえ、「では、確認お願いします」とだけかろうじて返し、電話を切った。あまり対応に怒りが収まらなかった。怒りは翌日まで持続し、我慢できず、部長へことの顛末を記したメールを送った。部長からの返信はなかった。…わたし病気なのだろうか?こんな風に、怒ったりして。

翌週、診断書会社が直接医師のもとへ受け取りにいくから何もしなくて大丈夫だという内容のメールが人事から送られてきた。そして、また2週間後に産業医面談をすることになった。産業医が首を縦に振らなければ、復帰はできない。初回の面談で、わたし相手に対して苦手意識を持っていたが、面接に臨むようなきもちで、いか休職期間もきちんと規律のとれた生活を送り、すぐにでも復帰できる状態にあるのかをアピールした。産業医は、「前に会ったときより、ずいぶん明るくなったわね」と言ってくれた。いける、と思った。けれど、ここでまさか診断書に足を引っ張られるとは。

人事が医師から直接受け取った診断書には「うつ症状」に加え「人格障害の疑い」と記載されていた。1月にもらった診断書には「うつ症状」としか書かれていなかったのに。かかりつけの医者から人格障害の疑いがありますね」と言われたことは一度もなかった。お医者さんとは会うたびに「最近どうですか」「元気です」という会話くらいしかしなかったし、惰性のように抗うつ剤を処方してもらうだけだった。不眠症状はすぐになくなったため、睡眠導入剤も処方してもらっていなかった。わたしはショックだった。人格障害があるの?お医者さんと普通に会話していたつもりだったのに、お医者さんは陰で「こいつは人格障害がある」と思っていたの?あとで調べてみて「人格障害」とは「人格に欠陥がある」という意味ではないことがわかったが、診断書のその文字を見たときは、お医者さんにも裏切られてしまったような気がした。

でも、疑いは疑いだ。確定したわけじゃない。…産業医は、物事を決めつけて話すタイプの人なのだった。

人格障害ってことは会社に復帰できないんじゃない?」

無職になったら困ります

「でも、人格障害のひとは一般的社会に受け入れてもらえないものからあなた自覚してない?人格障害の人って、周囲のひとが嫌な気持ちになっているのに気づけないのよ。だからあなた無意識でそういうことやっちゃってるかもしれないわよね。それって会社で働くって無理よね。どう?」

自覚ない?って言われても、周囲の空気自覚できない病気なのであれば、わたしがそれを察知することはどうやったって不可能なのでは…?」

産業医がいうには、人格障害の人は常識社会と異なっているから、周囲が「この人変だな」という空気を出してきても、その空気に気づけないのだそうだ。人格障害の疑いと言われるくらいだから、心当たりがあると思うんだけど、と言われたが、仮にわたし人格障害であれば、空気が変であることに気づけないはずだから自覚しているわけないし、人格障害でないのであれば、周りも「こいつ変」空気を出していないのだからその空気に気づくわけもない。つまり産業医が言っていることは矛盾していてめちゃくちゃなのだけど、彼女はどうしてもわたしの口からわたし人格障害かもしれない」と言わせたいようだった。(家に帰って調べてみたところ、産業医人格障害についての説明もめちゃくちゃだったことがわかったし、そもそも最近は「パーソナリティ障害」と呼ぶのだそうだ。そういうところの配慮のなさにもげんなりした。)だいたい、「あなた、周囲の空気読めてる自信ある?」と聞かれて、迷いなくイエス!と答えられるものだろうか。気を遣っていても失言してしまうことはあるし、つい調子にのって一方的に熱く自分の話をしてしまうことだってあるだろう。(そしてわたしはそういう失敗をいつまでも引きずる)ほとんど誘導尋問に近い形で人格障害であることを認めさせられ、「だからあなた会社勤めができない」と懇々と説かれた。

会社勤めは難しいって、どうしたらいいんですか」

人格障害でも活躍してる人、たくさんいるじゃない。書道家とか俳優とか」

「それはそういう才能があるからですよね?わたしには何もありません」

「でも、あなたも頑張って会社以外の場所を見つけないとだめなのよ。性同一性障害のことを考えてみるとわかりやすいんだけど、今は時代が変わったけど、あの人たちだって社会から一般的には受け入れてもらえないでしょう。だから当事者が頑張って、社会から認めてもらわなくちゃいけないの」

…この人、今の話には全く関係のない性同一性障害を引き合いに出して、パーソナリティ障害の人々と雑にひとまとめにして差別したことに無自覚なのだろうか。「あなたたち〇〇は、社会に認められていない劣った存在からわたしたちに認められるように努力する義務がある」という発言差別的であることに気づけないのだろうか?

 悔しいけれど、わたしは怒りが頂点に達すると、うまく言い返せなくなってしまう。このときも、「それは社会がまちがってるんじゃ……」と呟くことしかできなかった。「社会がまちがってるってことはないけど」と、「社会側」の産業医は言った。悔しい。こんな人たちになんて認められなくたっていいのに。まっとうに生きていきたいだけなのに。

「まあ、そんなわけで、精神疾患を抱えた状態のひとを会社が受け入れるポストがあるかどうかってことをあとは会社あなたで調整してください。がんばって」

そう言われて、面談は終わった。帰り道、とぼとぼと歩きながら、「疑いがあるというだけで人格障害であると決めつけられ(それは正式な診断ではない)、だPermalink | トラックバック(2) | 11:39

二留大学生死にたいです

死にたくても死ねない日々が続いていて苦しい。

私は現在大学2年生だ。1年留年している。さらにこれから2留することになる。

なるべく簡潔に言えば、人生がどうにもならなくなったか死にたい

高校生の頃の私は自分で言うのは少し恥ずかしいが成績優秀で、首席卒業した。好きな学問があって、大学教科書レベルの本を3年間で独力で読破した。

ところが大学に入ってからは周りに優秀な人が多く、また苦手な学問に直面してしまい、挫折してしまった。好きだった学問苦痛になってしまった。

その上いじめ経験したせいか人と会話することが怖く、学校に行きいわゆる「イツメン」と会話することが苦痛で仕方がなかった。

やがて周囲や理想自分とかけ離れていく自分が嫌いになり、自殺未遂をした。

幸か不幸かそれは失敗し、精神科に通うことが決まった。

精神科に通う傍ら、自分を変えるために自己啓発本認知行動療法などを試したが、どれも自分には向かず、そうこうしているうちについに限界が来てしまった。

それは前期期末試験の日だった。一切体が動かない。文字が読めない。

前期試験の間私は寝込み続け、そうしてなんとか憎い両親に嫌々ながらも自分の状況を伝えた。休学の許可を貰うためだ。

両親は私の説明を全く聞いていなかった。あろうことか「そんなことで休めるなら俺だって休みたい」「こんなことで甘えてちゃ生きていけないよ」

両親は人の話を聞くどころか八つ当たりをしてきたのである。この発言は両親への信頼をゼロにするには充分だった。

その後精神科医説明で両親はあっさり納得した。この親どもはハナから私の気持ちを聞く気などなかったのだ。

休学が決定したあとはゆっくり休みをとったが、両親の頼みでバイトをしたのは間違いだった。このバイト先でも私は嫌がらせを受けた。

そうこうしているうちに休学期間は終わり、学校が始まった。ところが私は学校には行けなかった。行こうとしても体が動かないのだ。

授業が始まって一週間、学校には行けず、履修申告もできず二留が確定したので首吊り装置を組み立てた。ところが死ぬ時の苦しみが怖くて実行できないまま時間けが過ぎていった。

学校サボり続けていれば勿論学校から親に連絡が来る。合鍵を持った親が下宿先まで来てしまった。

そして首吊り装置を目にし私を叱り、精神科に引きずっていった。

精神科医判断で私は自宅療養をすることになったが、正直苦痛で仕方ない。

毎日のように「どうしてあんなことをしたんだ」と説教してくる。休学の相談をしたときに人の話を全く聞いてくれなかった人に相談をする馬鹿がいると親は思っているのだろう。馬鹿はお前だ。

自棄になって髪の毛をズタズタに切った。ソシャゲに大量の課金をした。死ぬしかないと自分をここまで追い込んだのに、まだベランダから飛び降りて痛い思いをするのが怖くて死ねない。

もう生きていたってどうにもならない。二留なんてどこも雇ってくれる訳がないし、そもそも卒業なんてできない。バイトはグズで気の利かない自分には無理だ。

だれか私に死ぬ勇気をください。

こんなこと書いて他人に励まされようとしている自分気持ち悪い。人の気を引こうとしている自分気持ち悪い。自殺するする言ってどうせ死なないんだ。甘えに決まっている。構ってちゃんクズ私め、早く死ね

ここまで読ませてしまってすみませんでした。

2017-04-16

うつうつる

うつ病を患っている人が周りにわりと存在するもので驚かされる。

その程度も様々であるが、とにかくうつ病というものは大変だ。

そのため、うつ病に関する書籍も多いし、精神科をはじめメンタルケア系のクリニックも増えてきているようである

私も身近なところにうつ病の人がいるので、いくつかうつ病に関する書籍を読んでみた。

どの本を読んでも憤りを感じる。

どれを読んでも必ず「家族の協力が必要です」と書いてある。

しまれているところ大変申し訳無いのだが、うつ病患者ご本人様は自分がすでに”協力されている”ことに気づかずにうつ病であることに安住しているのではないかと感じることがある。

ただただ、患者家族がやつれていくのである。一体誰がうつ病患者の”家族”のケアをするのか。まったく明確でない。というより、触れられてさえいないものが多い。

一家総出で精神科にかかり抗うつ薬を飲めとでもいうのか。

一方、ご本人様は本日も「わたしは今なにもできないの!」と叫びながら、同じうつ病の人のブログを持ち出し、「この人は私よりもっと協力してもらっていて、家族も仲が良さそうだ」などとのたまうのである

衣食住が保証された「家庭」という環境の中で完全にうつ病に飲み込まれしまったご本人様についてはこちらはどうすればよいのか。

もちろんこのような類の話を本人に直接するようなことは決して無いし、特段の配慮をして接している。

しかし、うつ病患者ご本人様をはじめ、同じご病気をお持ちの皆様方も「その特段の配慮が逆につらい」とか「理解が足りない」とか「仕方ない」とかのたまわれるのでしょうね。

病気で仕方ないのならそれはそれでよいのですが、人に感謝することくらいは忘れてほしくないものです。

それでさえできないのであれば、大変申し訳無いが、もう協力とかそういうレベルでなく、そういった人間を支えることが万人に可能でないという現実がありますので、おとなしく死ぬかご入院でもされてうつうつさないでください。

本当に、心からのお願いなのです。

2017-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20170413024933

精神科はわかってるからそれはない

でも心配なら、録音はあとあと揉めるかもしれないから、されたことと言われたこと一言一句ノートに書いておけ。日付もな。

一応証拠になると思う。

精神科が怖い

鬱状態がひどいし希死念慮も強くなってきたんで精神科に行った方がいいと思うんだが、この前行った皮膚科でひどい扱いを受けてから病院が怖い。

皮膚科ならともかく精神科罵詈雑言を浴びせされたら立ち直れなさそう。

これ予約の時にあまり酷い暴言を吐かれたら訴訟しますが大丈夫ですか?とか言って予約取ればいいのか?

これだと予約取れなさそうだし我慢するしかないのか?

2017-04-11

免許を持ってない実家暮らしメンヘラメンヘラを治す方法

都会の人は精神科ガチャができるらしい。うらやましい

イライラ、やる気のなさに効いて副作用で眠くなることがなくてネットで買える薬がほしい

たぶん発達障害だと思うけど過集中なんてないしサヴァン症候群みたいな一芸なんて持ってない

ちゃんと仕事がしたい

http://anond.hatelabo.jp/20170408082104

これはおそらくなんだけれど、過去特定の時期の自分へ向けた手紙だよね。


でその体裁をとった遺書に近いものだ。

死ぬ前にこれだけの後悔があるというような。


どうか、どうか、あの頃の俺。

今の俺はこんなだ。

もうどうにもならない。

でも、もし叶うなら、あの頃の俺。

なんとかしてくれ。


ブコメに「抗がん剤治療受けてるのかな」とか「病気かな」とかあるが、

これもおそらくなんだけど、希死念慮だと思う。

動悸や吐き気パニック障害の類だ。



元増田精神科治療必要じゃねえのかな。



今が一番若くて豊かなタイミングなんだ。




その通り。

増田、遅くねえぞ。

やりたいこと、やれ。シューズでも自転車でもやればいいじゃねえか。

食べたいものを食べろ。

やらない理由がどこにある?


大丈夫だ、適切な治療を受ければ、食欲も戻る。

情熱も戻る。

体も動かせる。


全部出来るかどうか俺には分からねえけど、

やれることはある。

またやれるようになることはいっぱいある。






死ぬな。

2017-04-09

ブスのメンヘラに好かれた

俺は常々、「ブスでも愛されてるならいいじゃん。仮にブスでも、デートとかしてファッションとかでレベルを上げれば、普通の女からも愛される可能性が出るわけだから別にきじゃなくても次へのステップアップの腰かけに使えよ」と思ってきた。

また、「メンヘラとか、最高ジャン。普通にセックスしまくれるし、若くて馬鹿カワイイ娘に中出ししまくって堕胎勝手にやってくれて、自分のためにリストカットなんていう一生残る傷をつけてくれるなんて、ブサメンではありあえないくらいのラッキーじゃん」とか思っていた。

  

しかし、ブスかつメンヘラは想定していなかった。

最初から、スンゲー積極的な女だった。

もちろん、ブスといってもイロイロあるだろうが、アラサーの下位1%レベルのブス。ジャイコを不潔にした感じ。

ヒゲも残ってるしブスだしデブだし肌もクッソきたない。もちろんスッピン

清潔感のかけらもない。

  

で、クッソ頭もおかしくて、良くある覇気の無いキモオタみたいな。

  

で、まあ、それでも、せっかく積極的にきてくれたんだからと、デートしたんですよ。

あ、そのブスメンヘラ新入社員ね。新入だけど、歳は結構とってる。イロイ転職繰り返して、俺より上。

そしたら、まあ~酷い。

母親がにくいだの、LGBTがどうだの、自分はそのせいで鬱病になっただの。

いわゆるネットフェミ典型みたいな。そんで、精神科クスリ飲んでるだの。

食事中も、遊園地でもそういう話をガンガンしてくるんですね。

まだ知り合って3日目ですよ?

  

クッソストレスたまるんですな、一緒にいると。

そのくせ、手をつないでこようとしたりするんですね。

嫌悪感が湧きますから、手をつながれそうに成ると、「あ!あれみて!」とか言って手を振り払う。

やたら胸とか押し付けてくるんですわ。

それで思ったことは、『こんなんで、セクハラとか騒ぐんじゃないだろうなこの女?』という恐怖感ですね。

  

別れ際もやたら、「これで終わり~?カラオケとかどうなの?」とか、どー考えてもやる気マンマ

どうせまた職場で会うんだから別にいらないやろ。っていうのがあるので、完全に誘ってるんですな。

  

いや~酷い。

貴重な休日を使って、ストレスリスクを負っただけ。

セックス?当然したくないよ気持ち悪いブスとなんて。下位10%くらいの清潔感のあるブスならなんとか抱けるけど、下位1%の不潔なブスは無理だ。

愛され?愛されどころじゃねーよ、単なる母親メンヘラ憎悪を聞いてほしいだけのサンドバックだし、いつセクハラだと騒がれるリスクあるか分かったもんじゃねえ。

はっきり言って、デメリットしかない。

  

セックスしたければ、風俗でいいんですよ。

事実、速攻デリヘル呼びましたわ。

微妙ルックスデリヘル嬢でしたが、「それでも触りたくなる程度の見た目と性格はある」っていうのだけで感動的でしたわ。

不細工の客に媚れる風俗嬢ってすごいわ」と素直に関心しましたw

普段は、「金払ってるのに、愛してる縁起もできないとか調子にのってんなー。女はいいよなー体売れば大金稼げてよー」くらいで風俗嬢に愛されない悔しさから風俗叩きしてる僕でしたが、このときばかりは風俗嬢尊敬してしまいましたw

  

結論なんですが。

ブスで性格がいいとか。メンヘラだけど美人とか。

そういう条件ならいいんですが。

ブス(しかも下位1%レベル)でメンヘラしかもクソフェミレベル)だと、もう無理ですね。

  

女に相手されずに来たブサメンが偉そうに言って本当に申し訳ないんだけど。

下の下の中でも下の下みたいな女だと、デメリットしかいから無理ですわ。

ソーシャルワーカーさんよ

生活保護を受けるのに精神科通院歴があるかどうかはまったく関係ない。

診断書障害者手帳の有無も関係ない。

あとな、適応障害抑うつ状態)で休職するのはもはや当たり前のことではなくなってきている。

軽症うつ病ですら最近では休職することの弊害が判明してきて、安易休職は勧めない方針になってきている(詳しくは日本うつ病学会うつ病治療ガイドライン新版を参照)。

ましてや適応障害抑うつ状態)は、明確なストレス因があり、うつ病診断基準を満たさな場合につけられる診断名だ。

なので「うつ病系統の病名ついた!→ゆっくり休職しなきゃダメ!」という発想はだいぶ時代遅れです。

総合病院ソーシャルワーカーさんだろうから精神疾患に詳しくなくても仕方がないですが、コモン病気ガイドラインくらいは読んでおいてほしい。

http://anond.hatelabo.jp/20170409000604

ブックオフに本を売る前に

ちゃんと中身をチェックしてから売ってほしい。いろんなものが挟まったままになってる。最近だと精神科の問診票みたいなのが実名がドドンと書かれたまま挟まってた。ブックオフ自体もそういうチェックしてくれ。

増田に聞きたいこと

http://anond.hatelabo.jp/20170408143806

医療機関ソーシャルワーカーです。

適応障害で療養してたとのことだけど、今は働けるぐらいに回復したの?

通ってる心療内科先生は、働けるって許可を出してくれてるの?

働くってのは凄くエネルギーのいることだから、体調が悪化するリスクもある。

もし、しばらく病院に行けてなかったり、主治医から働くことを勧めていられなかったりするのなら、今働くのはお勧めしない。

じゃあどうするのか?っていうと、まず考えられるのは生活保護

持ち家であっても、預貯金額のトータルがだいたい6〜10万円以下なら、申請自体はできる。

保護の決定は申請から14日以内に行うことになってるんだけど、本当にお金がないなら当座の生活費も貰える。

精神科通院歴があって、増田の状況であるなら、福祉事務所保護を認めないといけないはず。

預金通帳身分証明書を持ってけば手続きスムーズに進む。

ただ、親族への扶養照会はいちゃうので、そこは受け入れないといけないかな。

保護をもらうことは決して肩身の狭い事ではないし、傷口をなるべく浅くして根本的な立て直しを図った方が良いと思うよ。

2017-04-08

いっそ発達障害だったらどれほど良かったことか

最近自分発達障害じゃないかと思い始めた。きっかけは同僚にそれとなく伝えられたことだった。

それをきっかけに自分で調べてみると驚くほど発達障害に当てはまることに気づいた。

コミュニケーションが苦手」「忘れ物ミスが多い」「時間が守れない」「約束を守れない」「要領が悪い」「空気が読めない」など……。

上のようなことが頻繁に起こり、昔からそういうものだと思いこんでいた。

それに気づいてから仕事もうまくいかなくなり辞めた。

親に心配されるようになり精神科に行った。発達障害アスペルガー症候群のようなものを診断されると思っていた。

しかし違った。医者は俺のことを正常だといった。特に障害は無いという。

そんなはずはないと他の病院にも行き検査をしてもらったがやはり結果は同じだった。

そう、俺は発達障害一歩手前の健常者だったのだ。

しかし一歩手前ということは変わりない。しか発達障害でもない。俺はただの無能だった。障害という言い訳があればまだマシだった。ただの無能だったのだ。

怒りという感情が怖い

 私は誰かを怒鳴りつけたことがない。声を荒げたこともない。

それは周りの人間が穏やかだったからではない。

しろ逆で、特に母親には理不尽八つ当たりも含め、よく怒られてきた。

親子仲を聞かれればこう答える。「喧嘩したことないです。」

私の中で、喧嘩と言うのは互いが相手攻撃性を持って言い合いや暴力をすることである

繰り返すが、私は声を荒げたことがない。つまり理不尽に怒鳴られようとも反発したことがない。

4つ上の兄は、怒られれば声を荒げ、その部屋から出ていき、物に当たる。

兄と母の性質は大変似通っていて、要するに母親もこのように怒る。

 途中からは怒られている理由思考できなくなってしまい、怒鳴り声や大きい物音だけで萎縮してしまうようになった。

普段は笑っている人間が、今にも私を殺しそうな勢いで怒鳴っている。怒りとは何と恐ろしいのだろう、と子供ごころに思った。

 徐々に怒りを心中に抱くことすら無くなった。

約束反故にされても、無視されても、不当に役割押し付けられても、濡れ衣を着せられても。

全部自分が最も心穏やかでいられる理由をつけて、マイナス感情を抱かないように、怒りを感じないようにした。

喜怒哀楽の好ましいバランス必死に考えた。これは主に母親にとって都合のいい比率だったと思う。

喜びと楽しさは自分の中にわいたものより大げさに、哀しみは話者の為だけに、怒りは自分の中には持たないように。

子供は天真爛漫でなくてはいけないのでバランスを少しいじって、時々は欲しいものも言おう。相手が望む「私の欲しいもの」と自分の好みの折衷案はあるだろうか。

女の子愛嬌が無くては。時にはすこし涙も流して、プラス感情マイナス感情の振り幅を大きめにしよう。

 これが壊れ始めたのは一人暮らしを始めてからだった。

なんということだ、感情を誰にチューニングしたら良いのか分からない。だったら会った人全員に合わせてやる。

おそらく疲れ切ったのだろう。精神科の世話になった。通院が終わったら、肩の力が抜けているのがわかった。

感情自分の思いのままに出せるのは、とても気楽だった。それが否定されない環境には感謝しかない。

 そして怒りは、抱きはしても相手にぶつけないように尽力できるようになった。

まだ怒りを抱く自分を許せないけれど、もっと許せるようになりたい。

2017-04-06

精神科通いの引きこもりなんだけど

自分が生きていたいのかどうかがよくわからなくなった。

他人目線ばっか気にしてたら自分のことがよくわかんなくなった。

生きていたくないってのが正直ある。でも僕が死んだら悲しむ親や家族気持ちもわかるし。これも他人目線ばっか気にしてるのかな。

働くのも怖いし、発達障害グレーゾーンなのもあって苦労しないと人相応の事できないし。

働かないと生きてけないのもわかるけど、そもそも生きていたいか、と聞かれると「???」ってなるし。

http://anond.hatelabo.jp/20170406014606

医者医学部同級生ほとんど同じ職業につくから

その狭いコミュニティ(人間関係)は医者になってからもずっとついて回ると考えた方が良いと思うよ。

聞いた話だと、整形外科精神科を選ぶ人は変わった人が多いらしい。

2017-04-04

支援者は嫌ならすぐ切り捨てるくらいでいい

http://anond.hatelabo.jp/20170402141024

私は中学から相談員診療内科への受診を続けている。しかしこの悪くない人を探すのが本当に難しい。

怒鳴ったり否定してきたり見下してくる、そういう素振りをしてきたらそれは即やめていいのだ。

それは本当に自分が偉いと思って威張ってる奴だ。

看護師仕事で関わるけどプライベートでは絶対関わりたくないって言われてる奴でも精神科をやってるおかし病院もあるのだ。

対人恐怖が悪化するとか、悪夢に出る人間の数が増えるとか、そんなことになって欲しくはない。

貴方自分が本当に大切でいいのだ。自分の命を守るのが生き物としての本能なのだ。何十ページの道徳の本よりもそれが真実でいいのだ。

上の言葉が信じられなくなってからは生き地獄が待っている。

いじめボロボロになってる時に、運悪く性格悪い支援者にぶち当たる余裕なんてない。

起きた事実に重ねて悲しいことが起こり、新しく苦しい症状が増える可能はいくらでもある。他人事と思っているかもしれないが、常にそういうものとは隣り合わせにある。

とくに危惧するべきは親の存在だ。

私の親は二次被害担当をしている最悪の存在であり、悪口を言われれば幻聴否定され、カウンセラートラブルがあれば私が悪人にされ、常に明るくなれそんなんじゃ駄目だと精神を追い詰めていた。

一般論にせよありがちな言葉にせよ、自分気持ちを見てくれてすらいない親というのは本当にいるのだ。

もし医者と話す機会があるなら、親が着いてきても、医者と二人きりで話すことが大切だ。

新社会人へ。うつになったらその会社には見切りをつけろ。

新社会人の皆さん、入社おめでとう。

希望に満ちた一歩を踏み出したわけだが、1点だけ大事な事を言っておきたい。

うつになったら、その会社には見切りをつけろ」

この先の社会人生活は間違いなく艱難辛苦に耐える日々になる。中には精神を病んでうつになる人も出る。何パーセントかは精神科のお世話になる。

勿論、治療が最優先だが、その先のキャリアも併せて考えておきたい。

繰り返すが、うつになったら、その会社には見切りをつけろ。

うつ休職した社員は人事が「うつになった社員」という印をつける。その印は定年になるまで外されることはない。懲戒処分を受けたのと同じ位の意味合いで印をつけられる。

あとの意味は分かるよね。定年まで昇進・昇級を望めないという事だ。

もし、うつになったらその会社には見切りを付けて他の会社渡り歩いてくれ。

いい社会人生活をな。

2017-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20170402201110

私も、家族(母と姉)の精神的疾患に苦しみましたので、放っておけず。

家族が、鬱状態の強いときの「負のエネルギー」に引きづられてしまうので、かなり辛いだろうと思います

また、ご本人はご本人で、学校に行ったり、友達遊んだりとやりたいことがあるのに、ふと家の現実を思い出したり、または他の家族の楽しそうな姿を見て比較してしまって、気持ちが暗くなったりするんじゃないかと思います

なので、家でその様なことがあると、「私は驚きよりも悲しみや怒りや呆れといった感情を強く抱」くのは、当然だと思います

私もそうでした。

あんたも辛いだろうが、それを止めたり、病院に連れていったり、慰めたりする私の身にもなってくれ。いい年して、それくらいも考えられないのか!

と。

ただ、一つは、ご家族が実際に死んでしまったら、より辛い気持ちに襲われると思います

精神的疾患は(もしかしたら患者さんご本人の精神的傾向も)、合うお医者さん、合う薬があれば、大幅に良くなることもあることも忘れないで居てください。

それから、これだけの重荷を負って生きている貴方本人が、「抑えていた気持ちが怒りとなって爆発してしまうようになった。自分ダメなことは分かっているけど、それをどうしていいかからない。」という危険水準に達していることも、まずはご家族病院に行く際に直接伝えて良いと思います。その際、何も対応しない医者なら、違う病院に行っても良いと思います(行き着く先は、カウンセラー等かも知れませんが、まずは精神科または心療内科から振り分けてもらうルートで良いです。)。

学校でも、まずは無理しなくても良いと思います。心のエネルギーが枯渇しそうなときは、休んでください。

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