はてなキーワード: FPSとは
中学高校と英語赤点だった。もう本当に簡単な文でもわからないレベル。英文法はパズルにしか思えなかった。
MtG をやって、少し英文を覚えた。ネットで調べ物してたらなんとなく何を書いてるか見当つけられるくらいにはなった。MtG でわかった事は、必要性に追われ、情報が経験と結びつけばアホでも覚えるということだった。小学生がポケモンを覚えるようなものだ。
そのあと、ネトゲで外人とチャットしてたらまた少し英語が(チャットで)通じるようになった。この通じるってのは、正しい英文を書けるって意味じゃない。ネトゲでは、その場で共有している話の流れや時間や場所やそういったコンテキストがある。これが学校で暗記としてやった英語とは大きな違いだった。でも、よく考えたら僕らが使っている言葉というのは、共有されたコンテキスト下に無い方が珍しい。FPS や MMORPG でわかった事は、共有されたコンテキスト下でやりとりする分には、正しさよりも返せるかどうかの方が重要だし、文としてあまり正しくない言葉でも、しゃべる必要がある時に何もしゃべらないよりは役をなすということだった。
通じるということのありがたみ、楽しさを知れたのが大きかった。学校時代は、英語が通じるかどうかは 0 or 1 で、間違ってるくらいなら話さない方がいいと思っていた。言葉は間違わないためにあるのではなく、少しでも通じるためにあるのだと当たり前のことに始めて気づいた。この 0 が 0.1 になる経験はとてつもなく大きかった。
そのあと、Flickr 等のコミュニティで沢山の人から英語でコメントをもらうようになった。自分の作品について言われてるわけだから当然理解したいし、僕の作品についてのそれぞれの人からの感想というコンテキストがはっきりしていて、ここでも必要に追われることと、共有されたコンテキストという条件にうまく当てはまっていた。
どう思ったか何を感じたかという文章が沢山書き込まれ、知らない表現も多く必死に調べながら読んだ。不思議と、感情のこもった言葉は記憶に残りやすかった。難しい言い回しでも、その意味がわかった時、「僕にこんなことを言っていてくれてたんだ!」と思うと、それが頭に残る。当然逆に「ばかやろう!こんちくしょう!んなことわかってんだよ!」でも頭に残るのだけど。
こうした作品に対するやりとりで学んだのは言葉の方向性のようなものだ。気持ちの方向性というか意思の方向性というのかな。言葉の一つ一つには今の自分の気持ちはこっち向きでこのくらい、とかこのくらい離れてる気持ちとか、このくらい近づきたい気持ち、という何かベースになるものがあると思う。日本語に翻訳してしまうと沢山の関係ない意味があるように思いがちだけど、それは表面的なもので・・・うまく言えないな。新しい言葉を覚える時に日本語訳を覚えるんじゃなくて、その気持ちの向きと強さを感じるようにするというのかな。気持ちのある言葉を投げかけられると、それが結びついて記憶に残るから、引き出しが増えるのかもしれない。
そうすると、自分の言いたい事を英語にするときも、日本語にしてからその通りに英語にするんじゃなくて、自分の中にある気持ちの向きと強さを直接英語にできる時があってびっくりする。多分これは英語力とはあまり関係ないと思う。語彙がなくても、そういう感覚がわかれば、そういう風になってくる気がする。
(追記: 僕がそう強く思い始めたのは、Flickr や deviantArt でコメントをもらうようになってからだ。おそらく、写真や絵といった言葉ではないものについて言葉をもらうことで、その作品が与えた事――これは日本語でも英語でもないもっと原始的なもの――につながる言葉という視点を得られたのだと思う。当然、小説でも一般の会話でも言葉は他者の内面で理解されてそれぞれに意味を発するので、本質的には絵や写真となんら変わらない。ただ、言葉を使ったコミュニケーションがあまりにも一般化されていることが、言葉も表現でしかないことを人に忘れさせ、自分の思う通りに伝わって当然の魔法のようなものだと慢心させてしまうのだと思う。)
僕は学校英語教育を否定したいわけじゃない。正しい英語を学ぶ事は必要だし。僕が言いたいのはそういうことではなくて。
学生時代の時は英語が使い物になるには "正しい英語を覚える→英語でやりとりできるようになる→英語で考えられるようになる" という順序をふまないといけなくて、前の段階がうまくいってなければ、到底次の段階にいくわけがないと思い込んでいた。
でも実際はそうではなくて、その三つは全て平行してるんじゃないかなって。学生時代に、英語の必要性に追われたり、もしくはすごく英語が役にたったり、ちょっとでも伝わって 0 が 0.1 になる経験や英語で気持ちが直接伝わってくる経験をしていれば、英語に対する印象も取り組み方も、当然正しい英語を学ぶことについてのやる気も、違ったんじゃないかなって。
そうしたものは、学校ではカバーできないから、あなたの努力と向上心がたりなかっただけですよ、勉強の出来る人はみな当然それもやってるのですよ、と言われると反論できないのだけど。僕が中学生だった時には、FPS や MMORPG はまだ一部の人の遊びだったし、スカイプなんてなかった。今ならもっと敷居は低いのかな、とは思う。
あるよ!もちろん。『ダークソウル』ってゲームをつい最近までプレイしてたよ。ゲーム全体に漂う暗い感じが良いよね^^
で、一つ思ったんだけど、俺らがコントローラ操作でゲームをプレイしているなかで、WASDかスイッチかの他にもう一つ大きなパラダイムがあったよな。
「アナログパッド」だよ。アナログパッドは最初、コマンド入力がしづらいとされ、正確な方向の入力が難しいとされ、多くの人間はそれを嫌っていた。しかし、今の時代においてアナログパッドを入力として用いないゲームはまず存在しない。俺らはアナログパッドを受け入れた。時間はある程度懸かったかもしれないけどな。
そういうことだよ。時間が解決する問題なんだ。タッチパネルか、キーパッドかなんてモノは。
あと少し思ったんだけど、WASD操作そのものはFPSの始まりと同じ時期だと思うけど、ZXをABボタンのようなモノに見なす操作はかなり昔から無かったか? PC98でぽっぷるめいるってゲームをやっていた記憶があるんだが、その頃から既にキーボードをコントローラにせざるを得なかった操作系があったと思ったんだが。
僕はアメリカ製のFPSがどうも苦手だから、FPS自体を殆どプレイしていないんだけど、TPSで挙げるなら「ACfa」とか「VANQUISH」とか「LostPlanet2」とかならプレイしたことあるよ。結構はまった対人系だと、アーケードの「ボーダーブレイク」かな。シューティングじゃなければエースコンバットシリーズは殆どプレイしている。ニンテンドー3DSのスターフォックスもやったかな。
ま、一般的なFPSプレイヤーでは全くないね。あ、古いので言えば「ジャンピングフラッシュ!」ってゲームはよくプレイしたよ。FPSかと言われるとちょっと微妙だけどねw
「スマートフォンを持っているFPS初心者」な。もっと詳しく言い換えるなら、「自分の意志で機種選択出来て、料金プランやら何やらを書類で契約出来る立場にある、FPS初心者」。
でも、そいつらは俺ら(タブレットユーザ)らから観ればむしろ少数派で、今のタッチパネルにおける操作の方がより人類に馴染むのではないかとは個人的に思っておる。
実際は全然馴染んでないけどな。FPSの売れ筋が「お前が手が出せない方」なのは事実でしょ。
スマートフォン向けのFPSでHALOとかコールオブデューティーみたいにヒットしたFPSってある?
たとえば前者はシリーズ合計で3,000万本以上売れてるんだけど。1本50~80ドルくらいで。
そういう大ヒットタイトルがこれからスマートフォン用のFPSに登場すると思うか?
全然可能じゃないっての。むしろコストの面で物理ハードキーを搭載できないからああいう方式になってるだけだ。
Android3.1でわざわざUSBゲームパッドに対応した理由を少しは考えてみろ。
今のスマフォでのナウなコントロール方法は「ジャイロ/加速度センサによる操作」だ。レースゲームとかFPSではこれが結構マッチして、普通にキー操作するより何段か上の操作性を提供している。
ジャイロなどによる操作では、端末自身を傾けることによって操作するので、指が画面を邪魔しない。エイミングもハンドル操作もジャイロでおk。
飛行機系の操作も、多分全てがそういう方面に置き換わっていくだろう。(端末を動かしたくないという方向けに、大抵はオプションで切り替えできる用に設計されてる。角度とか)
おまい、スマフォと言って本当にスマフォしか想像してないのはヤヴァイぞ。今、スマフォと言ったらスマフォ+iPadやandroidタブレットも含めての事とされる。特にゲームなら、同じゲームがスマフォにもタブレットにも配信されてることが多い(ゲームロフト系はほとんどそう)。
俺はコンソールでWASD操作のFPSを「人間以外がやるモノ」と思ってるからもちろんCoDとかはプレイしてないんだが、そういう層にとって、スマフォ向けだったりタブレット向けだったりするそれらのゲームは非常に優しいんだよ。インターフェースがわかりやすく、かつ確実にチュートリアルが付いてくる。
ということは、初心者にとっての入り口が非常に広いと言うことであり、「親しみやすさ」は半端ないわけだ。逆に、WASD操作に慣れてる人には不評だってのは分かるけどな。でも、そいつらは俺ら(タブレットユーザ)らから観ればむしろ少数派で、今のタッチパネルにおける操作の方がより人類に馴染むのではないかとは個人的に思っておる。
だって、数年もしないうちに人々は物理ハードキーを捨てることが可能だったわけだろ?
ともかく、スマフォorタブレットユーザは膨大かつそんなに情報的に弱いということも無いわけで、しかしCoDやりたいユーザはきっと多く、でもコントローラやキーボードを握りたくないと思ってる人は結構な人数がいて、だからこそ今の市場が成り立ってるんだろうさ。今までのコンソールを遊んでる人とは別の人種かもしれないけどな。
しかしながらその人数はジョブズが言うには2億人オーバーらしいぞ? そのビッグウェーブに乗れないと、いづれ世界的な潮流に乗り遅れてしまうのではないのか?角度とか。いやもう遅いけどな。
いやいや知らんでしょ。
現行のスマフォで解像度が高い奴でも960x540くらいだし、4インチ前後の画面で見てもテレビで遊ぶ時の感じがイメージできるわけじゃないし。
ゲームロフト系が受けいれられてるのは(本当にそうなのかは知らんけど)、むしろCoDとかBFみたいな本格的なFPSをよく知らない人でしょ。だからCoDとかBFを実際に遊んでる人達にはゲームロフトのFPSは不人気だし。
いや全然。
瞬間最大風速的にはそうかも知れんが、あのブサイクな絵柄の鳥がこれから何十年もの間、マリオみたいに世界的に愛され続けるとは思えん。
そもそもアングリーバードって2年前にPhunが流行った頃に作られた、投石機で城を壊すFlashゲームが元ネタだろ。AngryBirdsはこれの7、8ヶ月後に発売されてる。
メーカーのRovio Mobileは元ネタを巧くアレンジして売り出すのに成功したってだけで、マリオと比較するようなものじゃない。
前者はどちらにも全く同じラインナップが揃っている事が前提じゃないと成り立たない。スマートフォンでスーパーマリオやポケモンが遊べるわけでもなし。
複雑なコマンド入力が求められる格闘ゲームも無理。精緻な入力が求められるFPSも無理。
スマートフォン版はどんなに頑張っても、ゲーム機版のサブセット的な位置づけから抜け出せない。ハード、ソフトどちらの性能もゲーム機の方が遥かに制約が少ないんだから。
後者だって、そもそも携帯ゲーム機ですらプレイ時間の大半は自宅内なんだから大した影響は無い。わざわざ外に持ち出して遊ぶ層は専ら子供なわけで。
これだって、操作性やらスペックやら何やらがゲーム機と同等じゃないと成り立たないよね。
現行のゲーム機用ソフトだと10人対10人のオンライン同時対戦可能、一度スタートしたらたっぷり30分かかるとか当たり前のようにあるわけだけど、スマートフォンではそういった需要を取り込めない。「さっと遊べて、すぐに終わらせられる」というのは利点のようにも見えるけど、ゲーム機を食う上では制約でしかない。
準備&メモ用。
RPGを遊ぶのはFF6以来だから10年以上空いてますが、面白いです。(基本的にはFPSばっかりやってます)
いや、正確に言うと、雪子が仲間になる辺りまでいまいちだったんですが、徐々に面白くなって来ました。
(アニメでダンジョン部分以外が駆け足になっているのも、このあたりはあまり細かくやらないのが吉だと判断したからでしょうか)
今後もだんだん面白くなっていくだろうという感覺があり、今からワクワクしてます。
なんでこんなに面白いんだろう、ってのをプレイしながら考えていきたいと思います。
今の時点だと、部活のメンバー、特に長瀬君と一条くんのエピソードはアニメでも見たいですね。
※あ、ちなみにこの「じ」っていうのは「準備用」のじ、です。
国産で Master of Epic という良ゲーがあるのだがマイナーだ。
古きよき時代の UO の良心を正当に受け継いだ完全スキル制。
クリックゲーとは全く別物の FPS に近いアクション性の高い戦闘。
タイマンから 100 vs 100 規模まで様々な思惑と戦略戦術プレイスタイルが錯綜し、プレイヤースキルが反映される PvP。
高いカスタマイズ性。ほとんどすべてのキーバインド、UI の配置を変更できる。
課金アイテムは時間を金で買う系のチケットやおしゃれ系のアイテムばかりで、ありがちな「強くなるアイテムや装備」が無い。
多少強くなる装備はあるが、課金しなくても全く問題ない。
生産物が強い。生産物も課金アイテムも装備も含めすべて消耗するため、生産が死んでいない。
課金アイテムをゲーム内で売るいわゆる公式 RMT が安定しているため、RMT 取引がほとんどない、中華も殆ど見なくなった。
5年以上にわたって大きなインフレも無い、安定した経済サイクル。
と、国産/アジア産としては奇跡的な出来なんだが、いかんせんベースになってるエンジンが 10 年近く前のものだ。グラフィックが当時が基準なのでどうしても見劣りするのだが、グラフィック以外の出来は国産らしくない。
ライトユーザーはグラフィックで選ぶから入ってこないのかもしれないが、だらだら生活プレイでもなんら困らないので時間の無い人やライト向けでもある。自由度が高いしレベリングが存在しないから、何をしていいのかわからず挫折する人もいるので人は選ぶ。昔の UO が面白かったという人には間違いなくお勧めできる。
原型はハドソンがつくった RA という MMORPG だ。なぜハドソンという弱小がこれを作れたのか?まったくもって謎だが、弱小ゆえに好き放題出来たのではないか。コナミ傘下になってしまったハドソンは、今や多くのスタッフを失い身動きできず、今後は携帯アプリ開発しかやらせてもらえないとの噂だが残念でならない。
とても面白いのだが、規模でいえば相変わらず弱小だし、課金アイテムにいたってはあくどい商売をしてこないのでちゃんと儲けているのか不安になるほどだが、Fate/Zero とコラボするあたりまあまあ儲かっているのかもしれない。
例えば2D格闘ゲームなどは、今後かつてのようなものは生まれないと思っている。
スプライト全盛期の頃とくらべて、今のハードウェアは遅延がデカイ。液晶TVも遅延がデカイ。目で見て入力して間に合わないというのはゲームとして致命的だ。
スポーツも競技になるものはレギュレーションってのがあってね・・・
子供の遊びのゴムとびだって勝ち負けのルールやこれをやったらダメってのを決めるよね。
古いモデルの焼畑式チョンゲーMMOや殆どのソーシャルゲームは例えるなら、レギュレーション違反の道具を買えたり、勝負で八百長したり、自分だけ外人選手入れたり、勝ちをお金で買えたりするくらいのチート感があったんだよ。そもそもお金払わないと遊ぶ場所を確保できないとかね。
人が複数集まる以上、それは競技としての性質を帯びる。大多数が楽しいと思うためにはバランスを崩さないことが必要。アイテムなどよりも、プレイヤーの腕や経験や人脈やらが勝敗に関与する割合を増やす。そうしないと、交流したり競争したり協力することが楽しいと思えないし、ゲーム自体が短命になる。
その方向性を究極まで突き詰めて、プレイヤーの腕だけが差になるのが FPS。これらは eスポーツといって、スポーツの一種という扱われ方もされてる。プレイヤースキルやチームワークが大事というのは、たかがゲームでもその楽しさの根源はスポーツやチェスなどと何らかわらない。
そこまで削ぎ落としたモデルにしなくても、ネットゲーム全般にだってその要素はあるし、「交流したり競争したり協力することが楽しくて、自分で工夫したり努力することが結果に繋がる」という根本を崩さないようにしながら、アイテム課金も両立するというのはもう常識になってきてる。まぁ、大量生産ハンコ型クリゲーは初期動員さえ稼げればいいのでレギュレーションもクソッタレもない焼畑式が多いけど、そうじゃなくてまともな MMORPG は随分前から変わってきてる。
まあ、MMO もユーザーはずっと前からこのことに気付いていて「こうしてくれたら気持ちよくお金を払うのに」と 10年位思っていたけど、製作側が頭が固すぎたつーのがあって。ソーシャルゲームも同じ歴史を繰り替えすのだろうなと思う。
先日、我が家に来た人がうちのゲーム機を見たからか「自分も以前はネットゲームにハマっていた」という話をしてくれた。
PS3のミリタリーもので、みんなで協力するタイプのゲームという。友人と協力プレイをよくしていた。しかしあまりにハマりすぎて危険を感じ、ある日決意してゲームショップに売ったそうだ。
「コールオブデューティー?」と聞いてみると「タイトルは覚えていないが」という。
あんまり突っ込んで聞くことでもないかと思い、別の話題に移った。
しかし、そこまでハマっていたゲームのタイトルを覚えていないというのは不自然だと感じた。
あとで考えてみるに、これは一種のリップサービスだったのではないか。
見込み客と共通の話題でひとしきり話すことで共感を得て、受注に繋げやすくしているのではないか。
引越し屋は競争が激しいだろうから、そういうテクニックがよく使われるのかもしれない。
それをけしからんとは思わないし、だからどうしたいということはない。それを理由に断るつもりもなかったのだけれど、そんなことを考えた。