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2017-03-17

朝ベッドから出られなくなった元増田です

http://anond.hatelabo.jp/20170315234045

「朝、ベッドから出られなくなった」を書いた元増田です。

ものすごい数のブコメトラバをもらってびっくりしたけど、本当に有り難かった。

本当に本当にありがとう

回答がうつ病一色だったのはちょっと驚いたけど、やっぱりそうなんだなぁとハラ落ちした部分もある。

先日、非定型うつ典型症状について見ていて、ほぼ全て当てはまっていることは認識してたからね。

(ちなみに、涙が出たりはしていない)

でも、なんていうか、友達遊んだ趣味のことはできていたから、絶対違うだろうというか、信じたくない気持ちがあったんだと思う。情緒はかなり安定してるしね。

でもトラバで、

「「今日趣味コンサートに行けてストレス解消になった。明日仕事行きたくないなあ」→鬱かもしれないし、そうじゃないか

趣味コンサート行けばきっと楽しくて元気が出てくるに違いない。だからがんばって見に行かなきゃ」→典型的な鬱」

って書いてくれてたのを見て、本当にそうだなあと思ったよ。なんとか人生を楽しくすれば、生き続けられるんじゃないかとずっと思ってた。

友達と会えば、一時的にも気分が良くなるし、テンションも上がるしね。

同じような人はけっこういるんじゃないかと思う。

あと、そんなに精神状態が悪くないことにたいして、

情緒も安定しているのに起きられないって、心や気持ちをすっかりと無視する習慣ができあがったのかな。」

って書いてくれたブコメには、家庭環境とか他のことでも思い当たることが多すぎてハッとさせられた。

から、本当に辛そうな状況でも全然表情とかテンションが変わらないって言われてたんだ。

あと、年収とか勤務先について書いて、不愉快な思いをさせてしまった人、ごめんなさい。

自分がどんな人間か書こうと思った時に、書けることがそれしかなかったんだと思う。

指摘してくれた人もいたけど、私には他に誇れることも自分で成し遂げたと思うものが他に何もなくて、肩書きとか仕事が本当に心のよりどころになっていたんだと思う。

いろいろな事をやってきたつもりだったけど、結局それしかなかったんだって

あと、総合職と書いたのは私の性別が女だから。たしかに、男性ならあまり意識しない言葉だよね。

仕事といえば数年前に役付き(事業責任者)になってね。年の半分くらいが異常に忙しくなってしまって、次の繁忙期は乗り越えられないかもしれないとは思ってた。

それに、もうかなり長いこと私と同じ業務ができる人(同じ資格がある人)がセクション内にいない状態だった。そのことも地味に、ずっと負担だった。

また来月から私がしなければならない仕事があって、それだけはやりたいなと思ってるけど、どうなるのかな。

それから保険加入を勧めてくれた方、ありがとう医療保険しか加入してなかったから、初診の前に生命保険に入っておこうと思う。

あと、うつ以外の可能性も考えてくれた方もありがとう子供の頃に甲状腺の異常は指摘されていたことを思い出した。最近も頻繁にリンパを腫らしていたから、その線でも受診したいと思う。

嫌な思いをさせてしまった人もいたかもしれないけど、たくさんの人が親身になってくれて、心配してくれて本当に有り難かった。

ブログ記事まで書いてくれた人、ありがとう。連絡できるかは分からないけど心に沁みたよ。

似たような状況の人もいるみたいで、参考にしてもらえたらいいなと思う。

いろいろ書きたいことはあるし、いまもいろんな気持ちがあるんだけど、この辺にするね。御礼と返信のエントリでした。

2017-03-12

プリントアウトして受診」を真に受ける時点で病気だよな

他人精神科勧められはいそうですねとなる人間精神病以外何物でもない

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170310201451

ユング派の夢占いによると、男性が見る夢における女性とは自分自身の中にある怒りの感情投影です。

もし女性を殺す夢を頻繁に見るなら、あなた自分の中にある解消されない怒りの矛先を自分に向けており大変危険です。

早めに心療内科受診するとともに瞑想運動野菜を始めましょう。

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170309131259

無理せずに心療内科へ行ったほうがいいぞ。

俺も一時期、便秘下痢を繰り返して仕事中にうんこを漏らしたことをきっかけに心療内科に行ったらうつ病と診断されて1年休むことになった。

ネットで自宅の近くの心療内科を調べて、予約入れてすぐに行ったほうがいい。

心療内科に行くようになるまえは「自分よりもっと過酷な状況でも頑張っている人がいる。」「すぐに精神科に頼るのは甘えだ。」とか考えてしまうけど

自分が考えている以上に無理を重ねていることがあるから、だまされたと思って一度、受診しな。

2017-03-03

発達障害医療機関に行けというけど

http://mess-y.com/archives/42524

これのブコメ

@irodori_kotori

発達障害かな?と感じたら医療機関へと言うけど予約取るの簡単じゃない。某クリニックの初診予約(5月分)30分リダイヤルで頑張っても撃沈。/ADD傾向で怠けてると思われて父親祖父の躾が激烈化してる息子を救いたい。

その通りだよなと思う

精神病院に行けば何かしらの処方があるかと近隣病院サイトをチェックしてみたが「大きな総合病院に行け」と書いてあるばかりだ

まれつきの障害で完治するわけじゃないし、永久に通うことになるなら駅の近くで対処して欲しい

アルコール依存症の方で受診すればいいのか?

自分ではなく弟のことだが


うちの弟は今30歳なんだけど、小学生の頃に発達障害だと判断されて区のカウンセリングに通っていた

当時自分小学生だったので詳しいことは知らないんだけど、区役所ではない何かの役所?のようなビルまで送り迎えをしていた

箱庭療法かいろいろやったらしい

それが彼にどのような効用をもたらしたかはよく分からない


弟の症状は多動性障害がメインだった

授業中、ずっと座っていることができなくて立ち上がってしま

小二くらいまでは自分クラスまで遊びにきたりしていた

シーンとしている授業中にスーッと引き戸が開き、その隙間から弟の顔が覗いて、自分と目があった途端にニッコリ笑う顔を覚えている

あれは正直ちょっと面白かった

全校朝会でも列を抜け出して前方で当時流行っていたクレヨンしんちゃんの真似をしようとしたり

まりパンツを下ろしてぞ〜うさん♪をやった

あれは恥ずかしすぎて全然面白くなかった

先生も誰も怒っていた記憶はなかったが、自分ものすごく怒ったのでその後の再発はなかった気がする

たぶん

でもしてたような気もするし、あいつがそういう奴だっていうのは受け入れられていたから、もうその時には腹も立たなかったか

同学年の弟がいるクラス女子に「あんなのが自分の弟になったら恥ずかしくて死んじゃう」みたいなこと言われた時には、こいつに弟の良さの何がわからんだと思った

でも弟はそいつの弟とも友だちだったので家に出入りしていたらしく、そこそこお世話になっていたらしい

自分クラスメイト男子には可愛がられていて、本人も年上に声を掛けられるのが嬉しいらしく、いつも彼らの気を引くためにひょうきんなことをしていた

同学年での扱いはどうだったか知らないが、なんとなく女子から嫌われているらしいという雰囲気は伝わってきてた

女の子を叩いて泣かせたり

女の子のものを取りあげたり

そんなことをして人気者になる方がおかし

ただ男子はいつも家に大挙して遊びにきていたのでハブられたり虐められたりはなかったようだ


母親は大変だったと思う

父が子育てが一番大変な時期に不倫やらかしたり、会社が傾きかけて借金取りから逃げ出すために家出をしたりで信用がなかったため、ほぼ彼女一人で対応することになった

バリキャリとして働きに出ていたので手が回るはずがない

連絡簿を弟の担任に手渡す度に「お前も大変だろうが頑張れよ」というようなことをたまに言われたが、なにを?という感じだったし、今でもわからないのだが、もしかしてあの時自分がもう少し弟の世話を上の子らしくやっていれば彼の将来は違ったのかもしれないと考えたりもする

仲のよい兄弟として認識されていたし、実際ケンカもあったし泣かしもしたが、それは四六時中一緒にいたからだ


中学生になってから小学校と同じようにはいかなかった

弟には全校生徒に顔を知られる快感というのが身に染みついていて、根が派手でトンデモな方向にむいているのはそれが原因だろうと思う

それともそれも含めて障害なのかもしれないが、それくらいなら個性のうちではある

中学校に上がり、弟は落ち着いたように見えた

年相応の少年としての情緒を育み、部活動にもチャレンジしたが顧問先生に目を付けられて止めた

これは単純に巡り合わせの不幸だった

問題だったのは成績の方だ

壊滅的に勉強ができず、かといって塾にも向いていない弟は家庭教師をつけることになった

柔らかい女子大学生の先生で、根気よく教えてくれたと思う

ただ、根本的に勉強への意欲を欠く弟の成績を爆上げするには及ばなかった

その後、高校中退するまでずっと見てくれていたが結果には結びつかなかった


高校は昼間もやっている定時制のところに入ったらしい

その頃には別々に暮らしていたためなんとなくしか把握していない

都内にはそのような定時制高校がいくつかあり、弟が通っているのは自由校風で知られた学校だった

中学担任も向いているんじゃないかと言っていた

この先生自分担任したことはなかったが、気に入られていていたのか、たまに呼び止められて話をすることがあった

担任していた生徒の一人が自分の友人で、そいつ揉め事を起こした時に相談を受けたりとか、弟が上がってきた時には「おまえの弟なんとかしてくれ」とか

「おまえの弟なんとかしてくれ」は昔から先生によく言われるセリフで、みんな笑いながら言うので漫才セリフ回しみたいなものだろうと思っていた

だが「あいつはたぶんこの先、苦労するよ」としみじみ言われたとき、そうなのか、とハッとするものがあった

しかし弟の人生は弟のものだし、自分は目の前の人間の表情しか見ずに雰囲気だけで話しているところがあるので「そうでしょうね〜」と流した


弟は高校中退した

その後、いろいろあって今は一緒に暮らしているが、正直お先が真っ暗である

好きな業界バイトをしていた時はよかった

好きなものだったからだろう、そこそこ働けていたらしく、バイトマネージャクラスにまでは行けたらしい

だが、家族から「将来性がないことをいつまでも続けていていいのか」と言われ、そのバイトをやめてしまった

それ以外のことが何もできないなんて、その時はさすがに考えていなかったんだろうと思う

いろいろ試して、でもできないのでまた業界に違う居場所を見つけた

そこは前の場所よりは経営的に真面目なところで、なんというか手堅い仕事をしていた

業界というからには似たような仕事内容ではあるのだが、肝心の成果物を弟はどうしても愛せなかった

自分の良いと思ったものが認められず、どうでもいいと感じる部分がウケているのに納得がいかず、弟はまた転職する

転職先は彼の嗜好に合致し、やる気を持って仕事に向き合っていたらしい

が、気づいた時に彼はサボりがちになり、気がついたら仕事をやめていた

それから三年くらい、末端のバイトをしたり、バイト面接を受けては落とされ、落とされ、落とされ、落とされ、落とされ、落とされ


深酒が過ぎるようになってからカウンセリングを受けてみてはどうかと彼に伝えてみた

壁を殴って敷金礼金が戻らなかったことがある

あれはもう二度とゴメンだし弟もそう思っているだろうが、酒はその信念をなかったことにする

アルコール脳みそが萎縮してからでは遅いし、もうだいぶ縮こまっているんじゃないかとも思うが、弟にとって数少ないストレス緩和手段を取り上げることへの疑問もある


弟は自分自身を嫌っているのに、それを変える方法を知らない

それ以前に自分自身障害への理解もない

本も読まないしニュースも見ないし、そもそも理解する気もないのだと思う

世界社会との接触がないものから自分の外にある知識自称に興味を持つということがない

テレビを見、ゲームをし、インターネット無料コンテンツでただただ時間を浪費している

ADHDの本を居間に置いておいた

読んでみるといいと伝えたが読んでいるのかはわからない

本は弟よりも父親効果があった


発達障害への対応には家族理解と協力と、専門家指導が不可欠だと思う

環境指導が揃わないことには何ともならない

2017-03-02

愛知県豊橋市大岩町二川病院

 今日、2017年3月2日に、愛知県豊橋市大岩町二川病院受診拒否されました。私の高齢家族が、胃カメラ検査を受けた後で、採血して検査すると言われたので

「下らない検査必要無い」と拒否したら、院長先生に、「病院方針に従えないなら来なくていい」とか言われて、受診拒否されました。

採血して血液検査しても、血糖値が少し高かったとか言われるだけで、新しく薬を処方される訳でもなくて、検査代金と時間無駄なのに。

 前にも、ほとんど何の説明も無く勝手に、尿検査血液検査されて、少しタンパクの数値が高いとか言われるだけだったので、明らかに違法診療です。

後で、ケアマネージャーさんから電話が来て、他の病院紹介状無しで行くと法律改正で高い初診料を払わされるとか聞いたけど仕方ないです。

だいたい、この二川病院は、前から、うっとうしいです。少し前に私が、同じ病気で他の病院に行ったら、初診料や薬代とか全部高くて、明らかに、ぼったくり病院だし。

 去年の9月頃までは、私の付き添い無しに、私の高齢家族が1人で通院していたので、目薬が、有り余ってて無駄だし。下らない検査は、され放題で。無駄検査代金を払わされていました。

去年の9月に圧迫骨折入院した時には、車椅子に乗るだけで疲れるのに、整形外科医の指示で無理矢理30分以上も昼食に、車椅子座わらされて虐待されたし。

 二川病院デイケアサービスは、入浴目的で週に1回で良いのに、整形外科医の勝手な指示で、週に3回も行かされて、1回2000円以上で月に2万4千円以上も払わされたし。

デイケアサービス職員は、下らない事で電話してくるし、朝のお迎えは、早い時は9時頃に来たし、9時50分過ぎに遅くなっても電話を寄こさなかったし。

 何年か前には、整形外科の診察室に、脱いだ衣類を置くかごが無くて、検査器具用の所に置かされたりして不衛生で、受付で言っても無視されて、豊橋市の緊急医に指定されてたので

豊橋市役所ホームページから通報したら改善したけど、遅すぎだし。

 今日なんか、平日の午前中なのに、患者さんは、ほんの数人で、職員の方が人数が多くて、他の患者さんから敬遠されてるのは明らかだし。

こんな受診拒否するような迷惑で、うっとうしい二川病院は、とっとと、つぶれてしまえ!

2017-02-26

妊娠した。緊張してる。

妊娠検査薬で初めて陽性が出て「おお…」って呟いた。

予想に反して、飛び跳ねて喜んだりはしなかった。

妊活始めてから半年、毎月検査薬を数本無駄にしていた。生理の時期になると「わたしが考えるつわり」症状に襲われては検査して撃沈してを繰り返していた。生理も遅れがちになっていた。身体妊娠していないことを認めようとしなかったのだろう。

さてさて。

その日のうちに婦人科に駆け込んだ。

……時期が早すぎて受診できなかった。

そうだね、生理予定日当日のフライング検査からね。見ようとしても何も見えない時期だからお金無駄からまた来週おいでと優しく言われた。

一週間待たないといけない…………。

とてつもなく長い。

正常な妊娠かもわからない。このまま流産してしま可能性も高い。わたしの母も旦那の母も流産経験者で苦しんだと聞く。

まずは袋が見えるまで。

次に心拍確認できるまで。

安定期に入るまで。

まれるまで。

まだなんにも安心できないんだな。

妊活中は生理が来たら「リセット!」で来月頑張っていこ〜の気持ちに切り替えられた。妊娠したら、産むまでひたすら緊張しなきゃいけないんだな。産んでからももちろん大変だし。

妊活中も辛かったけど今からも辛いことだらけなんだ……。妊娠目標だったから忘れてたよ馬鹿野郎……。

とりあえずいまの目標は、一週間後、「正常な妊娠でいまのところ大丈夫やった〜!」ってはしゃぐこと。まだ緊張しすぎてなにもできてないか

たまごクラブとか買いたいな。

がんばってくれ私たちの子供よ。

2017-02-22

お客様は神様です

本当は違う意味合いだったのに、

お客様から神なんだろう

っていう考え方が蔓延しすぎちゃった気がする。

もうやめようよ、こういうやつ。


この間も、人間ドック受診している同じ患者が、

私の方が先にならんでいたから、私を先に通した看護師さんに対して、

あとから来たおばさまが「なんで私が先じゃないの!?私はプレミアドックなのよ!」

と大激怒だった。

お金を出せば神様で、優先しなければならないってわけじゃないと思うんだけどな…

2017-02-17

東京23区から地方Uターンしたら国保が料金倍増してた。なんじゃこれ。

東京23区東部から仕事辞めて、地元に帰ってきた。役所手続きして支払い見たらビックリした。倍増は言いすぎた。正確には1,56倍。

国民健康保険自治体によって掛率が違って、支払う料金が違う。高齢化した地元は、財政的に悲惨だ。どの保険証を使っても、他の地域病院受診できるから保険証にその差はない。

もちろん支え合いの制度なのは分かってる。だが役所の窓口には免除減免行列だ。学校は統廃合で工場移転して、支える人は減少してる。そして少ない人に高負担のしかかり、みんな逃げる。

同級生はもう地元ほとんど残ってない。企業工場もない。そして国民健康保険に、もうすぐ介護保険料もくる。減免申請したが収入ラインが少なすぎて無理。


これも東京疲れた若者地方リクルートする理由の一つだ。

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170215230657

それは消費恐怖症、ドロップフォビア (drop-phobia) という症例です。お辛かったでしょう。

疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)」によると不安神経症に分類されています

まずは心療内科受診おすすめします。

そこで医者がおっしゃるかもしれません。「そんな症例はない」

そうです、今思いつきで考えた症例なのですから

2017-02-13

入院した

顔面神経麻痺で1週間の入院生活

耳の後ろの神経でヘルペスウィルス活性化して、左ベル麻痺である

発症から24時間以内に受診して治療できたが、症状は重症

ウィルス薬の服用とステロイドの点滴。

ステロイド副作用血糖値の上昇が起きるので、糖尿病患者は要管理

糖尿病食でカロリーコントロールしてたら体重が1kg落ちたよ。病院食旨い。血糖値いからもともと空腹感は希薄だ。

ヘルペスウィルス活性化の原因は分からんのだが、体力低下やストレスが引き金になる。

Free Wi-fi電子書籍で快適生活仕事しなくていいの最高。

ナースステーションにあるパソコンいいなぁ。XPと7なのは……閉じてるネットからいいのね。

そう……ストレス入院生活ストレスフリー「うつ」にもよいよね。

さて、顔面麻痺コンビニで「QUICPay」って言いにくい

ペンパイナッポーアッポーベンが言えないの。仕事復帰したら、これはストレスやなぁ。

個人的メモ

そんな青春もあるのだなということで。

 

・12歳まで男勝りの優秀、大人顔負けでなんでも一発覚え、正義感あり、世界一しっかりしていた女の子

・中学(頭いい私立学校進学)からパッとしなくなる(兆候:楽しんでいた部活をやめる、生理痛が始まる。男の影は全くない、女友達小学校卒業で一度切れてる)

・・学校トラブル家族トラブル、暗い時事ニュースたとえば震災は目に入る。すこし暗いがあまり応えているようには見えない

・・親友と仲良くできなくなる、というかあっちは一方的親友のつもりだけどこっちはあんまり好きじゃなかったのかもとの後日談

・ある日突然学校にいけなくなる(特定したくないが中学~高校2年くらいのある日、本当に突然に)

・そこかしこが痛い痛いの訴えもあって体が悪いのだろうと医者にみせまくるが、「なにもみあたらない」の連発。

・結局おちついたメンタルクリニックでごく軽い発達障害からくる適応障害からくる鬱とかいわれる。

・・朝どころか16時すぎまで起きられない(スマホによる睡眠不足をうたがったが違う。不眠だった。一緒に寝てやって悪夢のうなされがでたら手を握ってやるなどする)

・・風呂に1週間入らない、歯磨きしない、薬も飲み忘れ多く、食事時間の乱れ、すべての時間の乱れ、とにかく今までの人間としての誇りをすべて捨てたような荒廃

・・今までしっかりしていたか放置していたのが悪かったかとおもって甘やかそうにも、しずかに寝かせる以外の手当を何一つ受け付けない閉鎖モード

・・病院も(効果を実感してないのか)一度いって失望するともう本人に足を運ばせることが非常に困難に。平日学校を休んだとき病院行くと父親約束したが片っ端からうごけずドタキャンして父親喧嘩。あとで「どうしても眠いときは家で休養に専念しておけば、あとで母親と一緒にいったこととして父親説明してやってもよい(父に嘘をついてあげる)」ルールを実行したことでかなり安定した感あり。

・・ものすごくつまらないことで(たとえば大事にしているスマホカバーにささいな傷が入った)、死ぬ死ぬなど騒ぎ、新品の同一品があれば買うことで収まるからいいが、限定品で入手できなければ3日死ぬ騒ぎがつづく。

・・・1週間風呂に入らないから臭いと事実を指摘するとそれも死ぬ死ぬいって大騒ぎ、なにか高いものを買わされる。

未成年覚醒剤をのますようでものすごく怖いけど処方された抗うつ剤を飲ませる(最初のころは休暇ごとに休薬してた)。

・・っていうか最初にいった精神科では「高校生は見ない」と過剰にはっきりいわれたのも高校生にのませる薬はないという意味だと思う。

・・・副腎皮質ホルモンを嫌う医者にもあったことあるけど、とにかく患者にとっては症状があって薬がないとつらいから高いお金を出してとことこ歩いていってでもつかいたいって言ってるわけで、そこで無意味に渋られる倫理観過剰な医者は選り分けるのが面倒だからさくっと看板降ろせばいいのにな。そのころまだあったWELQ的なアレが口コミのみという方針無意味にしてたのだとしたら医者は悪くないが。

未成年なので最低容量のさらに下を飲ませているので、2~3ヶ月で効くはずの抗うつ剤がなっっっかなか効かない。

・効かないからには鬱じゃないのではないかと痛みがでるたびにその部位のための他の病院にいく→体力消耗、家計にも悪化。

・1年以上たって20キロ太って肝臓のγALTとか糖尿で警告が出た(=抗うつ剤副作用がしっかり出た)ころにようやく気力がもどる。

・・3歳児なみにものすごく世話を焼くことでなんとか学校にいかせられるが、帰りに自分への褒美といってコンビニ菓子を2つ買って家までに食べきっている(殻はカバンにつっこんだまま溜め込む=ここもちょっと荒廃を感じる)

・・・3歳児がいたころのようなごちゃごちゃのわが家ルールに退化するので最初は泣きたかった。これが三つ子の魂百までか。掃除機も好きな時間にかけられず、ご飯も好きな時間にたべられない、とにかくペースをみだされまくる隷属的不潔的主婦業に後戻り。

・・転校については全力で抵抗してくる(そんなに好きなら毎日学校いけばいいのになんで行かないの??となるが、学校に行けない病態もつ病気

・正邪の判定軸が複数になってきたせいか、たまにころっとオカルト的なものシンプルに信じ込む。

・・ネットでいきあたった一言をよんで、その新製品を絶対ほしいと言い張る。

・・・世間からみるとかなり変わったもの、壊れやすくて役に立たないもの、気にしないはずのもの(たとえば上記スマホカバーさら保護カバーのような普通は使わないものなど)を絶対的今すぐ的に欲しがって結局親にネットで買わせる。家にあるもので代用できるとの説得は全く通じない。オシャレ度ではなく機能で「家にあるものには○○可能とは書いていないから」同じ品質のものでも、ネットのほうがインチキだと説得しても親を信用しない。結局買わされる

・・・・親がパソで仕事の長文メールを打ってる最中にurlだとかスマホカバー保護カバー?の全く知らないサイトを今すぐ出せといって断ると死ぬ死ぬ

・・ニューステレビで時間軸?を体にいれるようになった。新聞・科学雑誌をとっても読めないけどテレビは入るらしい。水戸黄門はハピエンなのですごく好きで見る

・・新しく勉強が同程度に苦手でゆるい女友達と遊べる部活に入り直す

 

鬱に一度かかると「鬱のなりやすさ」は治らないので残念な話。

家族にも(本人の成績にも?)非常に影響が大きかった。

 

いくら小学校ときちゃんとルールをまもらせてしつけていても

中学になったら一人暮らし男子大学生なみに自堕落にならざるを得ない(そうしないと精神が壊れる)タイプ人間いるかもというのを頭に入れておくと良いと思う。

というか女子の12歳の神童はそのあとネットでいうところの「くそ女」に育て方かかわりなく成長というか退歩していくことがあるので期待値下げて、もっと下げて。

ほっとくと1週間風呂に入らない(入れない)女子高生ふつうに目につく世の中になってほしい。

安全な、ラーメン小池さんとかおそ松さんみたいなモデルケースがないと着地が大荒れする。

余計な世話だが芸能界も48人とか46人いるグループ集団からまだいいけど、ピンだとよっぽど無理させてるんじゃないかと思うよ。

清水さん以外にも「若い女性」への夢や期待や神格化で潰れていく人は増えるでしょ。

日本のおおきな罪では。

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追記

おお、過去最高ブクマありがとう

ありがとう→REVさんueno_necoさんpikopikopaさんnenesan0102さんguldeenさんあとお二人ちゃんとよんで感想をくれたか

個人用メモだっつってんじゃん、わかりにくいのは仕様っすよ。あとここ「ダイアリ」って名前はいってるの知ってた?→あえて名前は挙げません

・親子関係表現はどう書いてもだれかに刺さるのねえ

 

・親とのコミュニケーション不足→たしかに今思えば小学校のころはおそろしくいい子で安心しすぎてた。今も上で高いものを買わされるとうんざりしているが、それも世代の感覚の差かも。1000円たらずの本~1万ちょいのものゲームキャラグッズが多い。3000円がボリュームゾーンかな。最高だとニンテンドースイッチ3万くらい。スマホケース(仮)はよく話を聞いたら自分お年玉で5万だして買ってたやつだったらしい。自分で買って親に黙っている分別があるが傷つけないようケースにいれておくわけではなく寝落ちで床に放置する扱い方で、そんな高いものだとは両親とも知らず。で傷をいれてしまって泣くというアンバランス分別が非常に彼女らしいと思った。他にもアンバランス生活強いられているんだ!ブックオフを3件以上まわって〇〇をさがせとかしまむら以下同とかの指令でただでさえ負担の大きくなっている親は土日もつぶれる)。でも、それが普通の子なんだね。うちの子もこれでいいんだ。

医者について→ちゃんと通じてるブクマカさんと全く理解してないブクマカさんがいる。べつに自分けがわかってりゃいいんだけどこれだけwブクマついたら誰か必要な人にも届くかもしれないんでがんばって説明してみる。

 ・・まず親はメンタル以外は大体同じ病気にかかったことがある。副腎皮質の医者の話は自分経験による余談。

 ・・・今の本人にとっても喘息症状など体の症状もつらくて学校に行きづらいのでアレルギー科も平行で継続受診している。

 ・・・・喘息で副腎皮質ホルモン吸入をくれない系の困った医者は親がずいぶん昔に出会っただけで子はあったことがないが、自分知識がないままこの古いタイプにあってたらこっちの薬を探すためにも苦労してただろうなあという話。

 ・・家族を初めてメンタルにかからせてみた苦闘はこんな感じ:

 ・・・1軒目:大学病院の親子の精神症状云々にしぼりこんでる先生(全国でも数少ないと標榜)。若い男性医者(が担当だったが複数医者・カウンセラによるチームだった?)。ひどく予約でいっぱいで初診とか次の診療予約に1か月ずつ間があいた、しかも平日午前のみなのでただでさえ欠席しがちな学校受診のためだけにさらに休ませる状況。1回目、血液採取と長い親子アンケートによる発達障害検査だけ。発達障害検査の結果はここの医者は「これだけ詳しくしらべたのだからないと断言できそう」と言ってた(あとで、男子発達障害だと3歳ごろから典型的に出る症状が女子発達障害だとまったく見当たらないことがあると書いている本を読んだ。)。2回目で血液検査結果もちょい貧血気味であとは異常なしとのこと。あとは学校に全く通えない人のためのカウンセリング(?)治療以外は紹介できないから、町中で通いやすいとこを自分で探してとのこと。はあそうですか・・(半年後また再検査などで通わせたが今はもうかかってない)

 ・・・2軒目:一番近所にある町中の男性精神科医。おじいさん。高校生は来るなと即日怒られ気味に返された、お金はまったくかからなかったけど、当人の落胆・おびえも気遣わないといけなかったくらいの塩対応。時間・体力コストが惜しかった。ネットで調べるのではダメだと強くおもった。

 ・・・3軒目:ちょっと遠いメンタルクリニック現在までの主治医女性。長く付き合ったあと聞いたら上で書いたとおり「軽い発達障害適応障害→鬱」診断だそう。最初から薬を提案。親が「(2軒目の先生の反応を踏まえて)未成年向精神薬をのませるのちょっと怖いし」といっていたら低用量薬を処方してくれた(薬局ではその用量が市販されてないので錠剤をわざわざ半分に割って包装しなおしてくれる)。こちらが休薬を申し出たらうけとめてくれたし、予約も当日午前に午後を伺うのでもなんとか空いてることも多い。本人がどうしても布団をぬけだせない時も親が細かく報告すれば様子を把握してくれる。融通が利く。報告したらちゃんと聞いてくれる医者がいるんだからやる気がでて子の観察日記をつけはじめた。肝臓マーカーについて言ってもあら大変ですねえ(親が)気をつけないとくらいなのはちょい不満。一度、他の女性患者さん(救急車ではこばれてきた?)が追い返され(入院設備のない病院希望通りの長居はできない)階段にベタ座りしてわんわん泣き崩れてたことがあり、たまたま本人に見せなくてよかったけど、もし本人がいたら「もう絶対行きたくない医者」となる可能性はあった。

 ・・・4件目:ある副次的精神症状について1軒目でいってた薬を使わない行動療法?が気になってもう一軒の大学病院に予約とってつれていったが適応外だといってほぼ門前払いだった(お金はとられた)

 ・・つまりメンタルでは最初2軒失敗した時期が惜しかったけど、本人が歩けないので初診不可というのはあっても、意図的に親が子供を医者にかけていないという時期はない。口コミで探そうにもメンタルだけは今まで受診経験がないご近所さんばかり。遠方の高校なので学友ママもいない。ネットで調べたらご覧のありさま。

 ・・駐車場大学病院は2時間待ち、ほかは設置ないので自転車電車バス移動。歩けない病態にはこれもつらい。親だけでの初診可能ですぐ薬出しますっていう病院があったらさすがにこっちがお断りだしなあ。

 

医者主治医)はなんといっているか→まあ本文中に書いたとおりですが「たとえば(バンカラ男子大学生と思ってみて。」とのこと。「授業をぶっちぎって16時まで寝ている? 一週間風呂に入らない? つらい病気でも医者にかかりたがらない? 子供ってそういうもんです」と。小学校中学校初期のお嬢様な姿を念頭から消してバンカラに上書きするのは親にとって時間がかかったが、時間がたつと腹落ちしたし、父親(一回だけ主治医に同行したことあり)も期待値を下げたまま腹落ちさせるように話し合ってる。転校や送迎もこの医者の知恵だった。気づいたらわりと的確にたすけてくれていたのかも。

・うちの子発達障害AS)だとするなら(まだ半信半疑だが)、どちらかというとADHDよりアスペ寄り。速読傾向がある。アスペではハイパーレクシアというらしい。3歳から漢字がよめたし今もスマホ活字中毒人間関係や口頭対応他人感情読み取りは12歳まではまあ普通かそれ以上だった。ADHDにはコンサータという解決策が検討できるが、アスペ抗うつ薬で鬱をとりのぞく以外の改善策がないみたいだ。

糖質については、頓服抗うつ薬がそれ用につかえるのを併用してる。連用するとかなり元気に「死ぬ」と主張しだしたりするのでやめたが、出先で18時間睡眠になりそうなとき頓服としては役に立つ。

・HPVに関する自治体アンケがきたので接種1回も受けさせてないけど散々だと事実のまま書いておいた。

2017-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20170211153613

なぜそこまでNYSEにこだわるのか。

じゃあもうそれは忘れてくれ。

ちなみにいくつか精神科受診して薬を手法されたことがあるが飲めば飲むほどひどくなった。

ある時疑問に思って精神科に「この薬を飲み続けて症状が改善したデータが欲しいので教えてくれ」

と尋ねたことがあるんだが愛想笑いしてただけだった。

何人かの精神科に尋ねたが同じ結果だった。

あなた精神科を進めるのならあなた自身精神科に通って改善したんだと思うんだが

エピソードを交えて話して見てはどうか。

2017-02-10

対策

心療内科送りに誘導しよう。

ああそれがええわ。昼夜逆転してるとか・・そういうやつ自覚症状があれば

そこへ突っ込むか?

でも内定次第だよな。

今の段階ではそこまですることなかろう。

そこまですることなかろう

昼夜逆転メンタルヘルス的に明らかに

レッドゾーンでしょう?!

心療内科受診を推薦しなければ( ^ω^)・・・

来週面談の時に質問してみよう!

昼夜逆転は、夜勤で定年まで貫く人以外は

百害あって一利なし治療しておいて方がいいわよ

2017-02-08

昨日と同じ服だね…

「働く?」

 

この広告が分けわからなすぎて

医者発達障害かどうか受診してもらおうか真剣に悩んでる

http://anond.hatelabo.jp/20170207102110

地域によるんだろうけど、正直ピンと来ないんですよね。

自分は男ながら乳幼児期頃から子育て世界赤ちゃん教室小児科受診予防接種・親子遠足等)に関与してきたので、場慣れしてるってのはあるかもしれません。



ママたちは賑やかだが、男性には挨拶しないだけでなく基本的無視。 』

挨拶無しで無視ってのは見たことないなー。

仲の良いグループでも無い限り、学年とか組が違って接点が少なければ女性同士でも挨拶だけってのは結構見受けられる。一般社会でもそんなもんじゃないですか?

挨拶のあとに「ノロ治った?」とか「こないだのお遊戯会上手だったよねー」みたいな(子どもに関する)一言会話を追加すると距離が縮まる気がします。





『おばあさんたちに至っては、なんでこんなところに男がいるの、とばかりににらみつけて』

しろ「えらいねー」って言われることの方が多い。全然偉くないのにね。





『「ママバッグ入れ」とか書いてあるし、パパバッグ入れはどこよ。』

これはあるかな。「ダイアパーバッグ」とかそんなオシャレ風な呼び方を定着させたら解決したりして。

弁当作りしてると、「お母さんの手作り◯◯」みたいな商品名冷凍食品が売ってたりするので、自分もそういうのは少し気になる時はあります





『「みんなで手をつなぎましょう!」』


いや、つなごうよ(笑)


意識しすぎじゃない?中学生じゃないんだからさ。





『待合室に置いてある雑誌女性向けか子育て物だけ。』


収納とかおかずのメニューとかたまに参考になる記事あるけどな。炊事ってしないの? たまに読んでみればいいのに。

っていうか待合は男女問わずみんなスマホ見てる気がする。





『親の付き合いもママたちだけ。LINEのやりとりは参加させてもらえないから、子どもたちの交友関係もよくわからないし、流行っている病気などの情報も共有できない』

これは奥さんとの情報共有の問題じゃないのかなー。

そもそも男女混成LINEグループってのはよっぽど仲良くないと組成されない気がする。





学校説明会懇談会PTA会議基本的に平日だから行けない。』

これはもう是非休んで行きましょう!と提言したいです。そういう行事は休むものだという社会的合意形成を担うべきだと思います


まだ圧倒的少数派ですが徐々に男性の姿を目にするようになりました。





連絡網電話が来る⇒いきなり「奥様はいらっしゃいますか?」とか「奥様に伝えていただいてもいいですか?」とか聞かれるし、ひどい時には「奥様いらっしゃらないんですか、それなら私が次の人に電話しておきますね」とか無能扱いされる。男じゃ用件がわからないとでも思っているのか。』

子供のことを把握していない男性多数派なのだから電話口の男性に対してこういう言い方になるのは気遣いの一つじゃないのかな。

自分でも「◯◯さん(お父さん)に今伝えても大丈夫?」って一言前置きすると思う。





『パパたちだって苦しんでいるし、先輩パパに相談したいんだよ。』

こういうのはSNSとかインターネットが役に立つ場面だと思うんですよね。

僕がこういうトラバするのも一つの方法だと思うし、もっと男性育児ノウハウが集まるようになればいいですね。

僕が育休取った7年前は全然情報無かったですよ。その頃にくらべたら徐々に世の中は良くなって来てると思います。一緒に頑張りましょう。

2017-02-05

生活より医師保護して

夜間外来担当している医師です。

僕の行ってる病院では

生活保護受給者の人の診療は後回しにしてます

最近それがバレて猛抗議を受けたけど

なんで抗議されなくてはいけないの?

みなさん週末の夜間外来に来る患者ってどんな人か知ってますか?

本当にしょーもないケガ、泥酔風邪、歯が痛いetc

こういう症状で受診する人のほとんどが生活保護受給者

そして日本人もいますが、日本人ではない人。

保険証じゃなくて変な手帳カード的なのを平然と出してくる。

そして、会計なんて払わなくてもいいだろと当然のように帰る。

生活保護の人って病院行く前に事前に役所に届けたりが必要なはず。

にも拘わらず、いきなり来て薬を出せとゴネて金もわず帰る。

こんな人の対応している間に本当に緊急の人は後回しにされ

すぐにでも診ないといけない若者妊婦、小児は待合室で放置

さらには医師看護師暴力を振るってくる人も。

こんな人間保護している場合じゃないだろ行政


税金をちゃんと納めているみなさん、

もう言いますが、兵庫県尼崎市民のみなさん。

いいんですか?みんなが一生懸命働いて収めた税金

こんな人たちの生活保護するために使われていますよ。

尼崎市役所の態度の悪い職員のみなさん、

生活保護を受けているみなさん、

あなたたちは真面目な市民税金

人の金で生かされてる事をよく自覚してください。

2017-02-04

最近マジで不安になる書き込みが多いか

ネット書き込み通報できて通報一定数集まると

精神科受診させられるようなシステムができてほしいなって思ってる

精神科に限らずが理想だけども

http://anond.hatelabo.jp/20170203210126

家族迷惑を考えるとDVと同じで警察が介入できるような法改正必要問題に思える。本人をだまさず、公にせず、しか強制的に一度は受診させる権力の介入が必要ではないかと思った。

増田心の問題は、これを読んだ限りは自信のなさ、自己肯定感の低さに問題があるように思えた。本人も書いている通り。

一般の人も理由があって自信を持っているわけではない。鬱傾向や自閉症スペクトラムなどで同じように自己肯定感の低い人はいっぱいいるので、自覚して(必要あれば人を頼り)対処されるのがいいと思う。



ああ重複トラックバック消したい。(本人の追記よりも上のツリー自分の返信が表示されちゃってると、勘違いして削除を繰り返した)

2017-02-03

統合失調症の母をついに入院させた話

先日、独居状態の高齢者である統合失調症の母をついに入院させた。

発症から入院までおよそ四半世紀程かかった。

ここ1年程で近隣とのトラブルが増え、ここ数カ月は週に一度のペースで警察からトラブル報告の電話が来て謝罪に行く日々だった。

そこで「医療保護入院」という形で、本人の了解なしに家族同意により強制的入院を行った。



「こんな長い期間なんで放っておいたんだ」「お前の責任でもあるだろう」という声もあるだろうが、

自分気持ちを整理する意味でもこれまでの経緯を書く。



母は兼ねてより気性の激しい性格で、自分の行動が間違っていると思う事がなく、謝罪したことを見たことがない。

興奮すると激しく怒鳴り散らし、強い言葉で他人を攻撃する人であった。



日常的に暴力を振る事はあまりなかったが、私は10歳になるまではかなり厳しく躾をされ、

時間以上正座状態で延々怒鳴りつけられ、時に激しく叩かれて育った記憶がある。



母は父方が信仰している宗教を激しく嫌っていた。

父が私と弟を連れ、父方の実家や親戚宅に遊びに行く際に、母がついて行くことは殆ど無く、

「もし宗教の勧誘があっても絶対に断れ!」「あれは怖い宗教だ!」と念押しをされていた。

たまに母も父方の実家に来たことがあるが、その際は私も母の影響で、事件が起こることを恐れずっと緊張していた。

夏休みの子どもだけの楽しい父方の親戚宅の滞在は、いつも怖い出来事が起こるのではないかという思いとセットだったが、

母が懸念するような出来事は一度も起きた事が無かった。



そのうち父の浮気を母が疑う様になり、夫婦喧嘩が絶えなくなり、別居となったのが私が10歳の頃

別居寸前の激しい言い争いの末、兄弟二人に「お前らは父と母、どっちに付いて行くのか」と問われた際、

「両親が分かれて暮らすことが嫌だ」と泣きながら主張した事を覚えている。

しかしその頃、私は母の影響を強く受け、父を慕いつつも、母の想像上の悪人である父を恐れていた事もあり、

母方の祖母宅傍に、母と二人で移り住む事となった。そして弟は父に付き、これまでの家に残る事になる。



専業主婦だった母は別居後、販売員仕事を始め親子二人の生活が数年続いた。

そして事あるごとに父の悪口とありもしない怖さを母から聞かされて育った。

余談だが、私は小学1年生から激しいいじめを受けており、別居で引っ越した後もいじめは続き、当時はかなりつらい人生だった。



ある日、私の学校開校記念日と、母の休日が重なった日に、思いつきで弟に会いに行こうか?

という話になり、離婚調停最中に、小学校の校門から出てきた弟をそのまま家に連れてきてしまった事がある。

再開を喜んだ夜になって慌てて父が家にやってきたが、母は玄関の鍵を開ける事なく、父を激しく責め

自分の非は一切認めずそのまま追い返してしまった。結局、その日から狭い借家に母と弟で3人で住むことになり後に離婚が決定する。



中学生の頃、私に激しい反抗期が起こる。これまで母の言いなりであった状態から、徐々に物事を相対的に見れる様に

なってきてから、今までの反動もあり様々な出来事から私は母を強く嫌う様になった。そしてこの感情はいまだに消えることが無い。



対照的に母は会えない期間のあった弟へ強く愛情を注ぐようになる。

私の事には無関心ながらも「高校を出たら最低限の勉強だけして就職して早く家に金を入れる様にしろ。」と言われていた。

しかし弟はスポーツに才能を見出し、なんとか母が体育系の大学に行かせていた。私は母を恨み、弟を羨んでいた。



母が徐々におかしくなっていったのはこの頃だったろうか。

仕事上での人間関係トラブルの話は祖母しょっちゅうしていたが、相変わらず対立する相手を悪くいう事がほとんどだった。

その内、「誰かと話をしている際に、嫌な同僚が盗み聞きをして事情を知っているのでは?」と言い出し、

次第に「盗聴しているんじゃないか?」と言い始めた。そして話の中で彼女の敵になる人間が徐々に増えて行った。

しかし私は「元々の激しい性格と強い猜疑心が招いたいつもの奴だろう」位にうんざりする程度で聞いており、

しばらくは家族親族の誰もが病気可能であることを疑う事はなかった。



就職してしばらくは生活費を払っていたが、とにかくそんな母と一緒に生活をしたくなかったので、

近所に一人暮らしをする事になった。母は「今の仕事がどうなるかわからいか一人暮らしはしないでくれ」と言っていたが

自分性格が招いた結果だと思い、無視して家を出た。そして私は実家生活費を払う事をしなくなった。



近所ではあるが、母と弟と会う事や話すことを極力避けた生活が続く。

母は仕事を辞めパートをするようになった、この頃から私は近所に住んでいた弟や祖母や親戚とも疎遠になる。



しばらくしてカートを引いて歩く母と会う事たまにがあったが、嫌っていたこともあり

まり会話をすることもなかった。

しかし、あれは確実に症状が進行し言動おかしくなり、徘徊をする様になった異常な母だった。



私が母の異常性を指摘すると激高して怒り、頑なに否定した。また、私自身も子供の頃からの嫌いな母と向き合う事になり、

落ち着いて説得することができず感情的しか対応できなかった。



その様な事実に気付きながら、私は再就職先が通勤で遠かった事もあり、実家の傍を離れる事となる。

弟や親戚が母をなんとかしてくれる。自分はあの家族とは関わりたく無い、という思いがあった。



おそらくこの頃の弟の絶望感は想像をするに余りある。体の故障体育大学中退した彼は、徐々に壊れて行く母と二人暮らしを続け、

アルバイトをしながら、母の生活費もまかなっていた。

兄や父には頼れない、母の兄弟である親戚の中でも、母は鬼の子の様な扱いだった為か、親戚にも相談できなかったのだろうと思う。

そして次第に彼も家に帰る事を避ける様になったという。 昼夜の境無しに恨み事と自分が狙われている妄想を、

弟が寝ていようがお構いなしに呪詛の様に話し続けるのに耐えられなかったのだろう。

彼は一時はカルト宗教に通った事もあったそうだ。



その頃私は都内仕事好調彼女もできたが、人間関係の立ち回りで失敗し、今思えば鬱の症状を発症し、結果解雇される事になる。

その後も自営業再就職をするが、運が悪いのか、決定的に欠けた何かがあるのか。最初は順調に勤めても何故か数年すると

上手く行かない状態が何度も続き今に至っている。

幼少期から自己肯定感は低い方だったが、今では自己肯定できる理由さらに少ない人間になってしまい、死を考える日も増える様になった。

しかしこんな私を慕ってくれるパートナーをこれ以上悲しませたく無いというのが、生きる理由になりつつある。



この頃は母の症状もかなり進行しており、必要のないものを買い込み家が物で溢れ、荒れ放題であった。

何年かすると賃貸住宅を出ないといけない状況が何度か続く、弟に頼まれ引っ越しの手伝いをしたこともあった。

普段弟は殆ど家に寄り付かず、母は近所では有名人であった様だ。

しかし何故か日常生活を一人で行うことには支障がなく、買い物や家事などは全て一人でこなせる状態で、

支給された年金と弟の援助で生活を続けていた。風変りな半独居老人しかなかった。



徘徊を行い細かなトラブルはあったではあろうが、周囲に大きな迷惑をかけることはなかったらしい。

ただし、自分が襲われ被害に遭う妄想は常にある為、頻繁な110番通報派出所に入り浸り被害妄想を延々しゃべり続ける事は

しょっちゅうだった様だ。たぶん地域警察官の中でもやっかい有名人であったと思う。

その点では心あたりのある警察官の方には大変申し訳なく思ってる。

仕事はい私たち同様、制度の穴で苦労を強いられる人々であることに変わりはない。



ラバラの家族に転機が訪れたのは、今から数年前に弟に彼女が出来た事がきっかけだった。

母の住む家に通える距離にある、彼女の家で生活を始め、近く家庭を持つ事を報告してくれた。

彼女は大きな困難を乗り越え成功を収めた家で育ち、弟にはもったいない程の素敵な相手だった。

そして彼の子どもが授かった事をきっかけに、母を何とかしなければ、という兄弟での協力体制が築かれる事になった。



これより以前に、弟が役所や医師に相談したこともあったそうだが、散々たらい回しにされ出てきた結論は、

本人に自分病気だという意識病識)が無いと、精神科への通院もできないし治療もできないとの事だった。

そして母の症状は強い猜疑心が伴う為「薬に毒が混入している」「過去に薬で体をおかしくされている」

という妄想を持っており、通院・投薬が難しい状態だった。

入院させるにも費用が高額な為、ワーキングプア状態では結局どうにもならなく何もできない、という結論に達していたようだ。



私も色々調べたが、実際、統合失調症がある程度進行した状態で、病識は無いが日常生活可能しかし治療を拒む状態だと、

いわゆるグレーソーンとなり、周囲の人間お金が無いとどうにもならない状態だった。



そしてこの結論はここ数年、兄弟二人で対処した際にも全く同じ結論にしかならなかった。



いくつかの精神科を兄弟で相談に回ったが、どこもまず本人を連れてこないと話にならない、という結論だった。

また、症状が出てから経過年数が長く比較的症状が重い為、どこも受診を嫌がる兆候があった。



そこで「健康診断に行こう」と言いつつ近くの総合病院に連れて行き、そこにあった精神科も同時に始めての受診をさせた。

はらはらしながらの受診だったが、精神科医統合失調症と病名を告げられても理解が出来ていない様子だった。



母無しで医師に相談した際、入院相談等もしたが、否定的な答えしか戻って来ず、投薬しても発症から長期経過している為、

回復はほとんど見込めない旨。どこも満床ベットが空くまで場合によって半年以上待つことになる旨。

入院には大変お金がかかる。月30万位は行く、生活が苦しいと難しいよねという旨を伝えられ。まるで軽くあしらわれているかの様だった。

今ならわかるが、この医師からケースワーカー存在を紹介されることもなく、国立や県立病院可能性を教えてもらう事もなかった。

自分の事を棚に上げてあえて言うが、面倒事を何とか避けようとしかしなった、この医師の仕事に対する姿勢を私はいまだに腹立たしく思っている。



それでもこちらから持ち掛けた話で、弟が与える健康ドリンクに密かに混ぜて飲ませるという事で薬を出してもらった。



薬は数週間飲ませ続ける事が出来た、その期間は明らかに普段と変わった状態になり、何らかの良い作用が出ている様だった。

僅かに希望が見えたが、次第に蓋が空いた状態で渡される健康ドリンクを疑い出した。

飲むと頭がぼーっとしてだるくなると言い、健康ドリンクを飲む事を拒否し始めた、

毎日離れた母の家まで通う弟の負担もあり、 投薬はそこで終了となった。



同時に[精神障害者保健福祉手帳]の取得を検討したが、結論としては現状で必要が無いものであった。

取得しても得られるメリットは通院をすることで受けられる医療費対象であること。

医療費負担が3割→1割だが、既に母は年金生活者で、医療費1割負担対象者であること。

そして手続きが煩雑という事を事前情報として聞いていたこと。

これらの判断から通院ができない母には不要であった。

今後母がトラブルを起こした際、持っておいた方が無いよりもマシでしょう。

という免罪符程度のものしか無い。という結論になった。



また、通院と同時に市役所への相談介護申請を行い、定期的に家に来てくれるヘルパーさんと信頼関係を築き、

ゆくゆくは薬を飲ませてもらう事も計画したがこれも実現できなかった。

まず、加齢により体の不調があることも理由介護申請を行ったが、統合失調症等の精神疾患介護認定の判定要素に

大きく加味されることが無く、介護度2となった。

ヘルパーさんが定期的に母の自宅に訪れて買い物の連れ添いや、身の回りの世話等をしてくれることになった。

母も最初は喜んでいたが、次第にヘルパーさんが物を盗んでゆくと言い出し、やはり疑う様になった。

そしてヘルパーさんを避ける為か、ヘルパーさんの訪問予定時間に外出することが増えた。

そうなると、介護サービスを受けた事にならなくなる。介護事務所も国にに介護をした事実の申請が出来なくなる為、

実費の人件費が発生するようになる。その費用がは当然私が持つ事になる。(1時間約3000円程度だったろうか?)

そしてヘルパーを家に寄こさないでくれ、と強く言い出し、これも結局お手上げとなった。



結局この時も出てきた結論は、もうちょっと病気が進行しないとどうにもならないね。ということだった。



そして、去年あたりになってから、私の元に警察から頻繁に電話がかかるようになる。

過去にも真面目な新人と思われる警官から、母の妄言を真に受け私の元に安否確認の電話がかかることがあったが、

今回はついに近所の方とトラブルを起こし始めた。アパート近隣の住民迷惑をかけ遂に警察沙汰となった。

どうも明らかな幻聴が聞こえる様になり、彼女人生で登場した嫌な奴をののしったり、

幻聴で助けを求める困った人を助けようとしたり、私たち子供危機を救おうとしたりした結果、大きなトラブルに発展している様だった。

以前より持たせて携帯電話も、しょっちゅう警察通報したり、私たちに電話をし、

一方的にしゃべり続けたりする大事必須アイテムだったが、いつしか持ち歩かなくなり、荷物だらけの部屋に紛れてしまった。



近隣のトラブルはついにアパート不動産屋に伝わり、大家が嫌がり、アパート契約更新一方的拒否され、退去を迫られた。

ヤクザの様な不動産屋に電話口で恫喝され、あなたが面倒を見ないと駄目だろ、引っ越すにしても老人一人を

入れてくれる所なんてどこにもないよ。とまったくもって他人の家庭事情に土足で踏み入る様な事を言われる。

要は親を引き取って面倒を観るなり施設に入れるなりしろ、という訳である。それが出来ればこんな苦労はしていない。

親を引き取って一緒に生活することになったら、私の気が狂うか、母を殺めてしまいかねない。と思ってる。



さら警察や近隣住民からの電話が続く様になる。その都度、謝罪の電話や訪問に向かう事が短い期間に連続するようになった。

これまで半世紀近く、おそらく二番目に被害を受けた人間が、その加害者のしでかした事の為に謝罪に回るという罰ゲームである



しかし、このトラブルの増加あたりから、状況は徐々に好転を見せ始める。

トラブル頻発の経緯からか、独居老人を見て回ってくれる地域高齢者支援センターの方がたまに母の様子を見てくれていたそうなのだ

この頃になると母の症状もだいぶ進み、自分の事を自分ですることが出来なくなりつつあり、言動が破たんしている頻度や時間

長くなってきた。支援センターの方は、そんな母を外部に連れ出し入浴をさせてくれたり、

家の手伝いや話相手になってくれることがあったそうだ。

長く孤独だった母に対し、支援センターの方が母との信頼関係を築いてくれた。

母が病気になってから知り合った人間名前を覚えて良い人物として会話に登場することになった。

この支援センターセンター長さんには感謝しきれない思いだ。



センター長さんの案で母を健康診断に連れ出す事ができた。

そこに私も同行し、その流れで精神科のクリニック紹介してもらい、再度精神科受診させることもできた。

しかし、入院施設もなく、通院投薬が前提のクリニックで紹介された入院施設のある病院は、

かつて散々嫌な思いをした地元の総合病院だった。ウェブサイトで調べた所、当時の担当医師は既にいなかったが、

入院をさせても高額になり、治療をするにも、これまでと同じ結論にたどり着くのは明らかだった。



でも、これ以上トラブルを抱えた状態ではどうにもならない、そこでセンター長さんは老人ホームへのショートステイ提案してくれた。

何度かショートステイを行って次第に慣れてもらい将来的にはそこで生活を、というニュアンスだったと思う。

まず2泊3日で滞在させることになった。滞在時には私も同行し、旅行にでも来たと思って楽しんでくれと言って置いていった。

けっこう喜んでいた様子だったが、結局、最後は自ら老人ホームを抜け出そうとしたそうだ。

怖い何かがいてここにはいられないとの事。母は予定滞在期間より少し早く、自宅に送り戻された。



老人ホームの事も調べた。経済的には何とかなる様になっているが、それにはアパートを引き払い、完全にホームで暮らすことが前提になる。

しかホームでは看護サービスは受けられるものの、やはり薬を強制的に飲ませる事は出来ないそうだ。

また、本人の意思尊重することが前提なので、無理矢理家に帰ろうとする母を拘束することはできない。

また周囲とトラブルを起こした際はやはり退去を求められる可能性がある為、現状での長期滞在は難しいという結論だった。



ここで進退窮まった。引っ越しは迫られる、トラブルは頻発する、治療には金がかかる。同居は実質不可能

正直にいうと少しだけ真剣完全犯罪を考えた事もある。

しか殺人容疑者比率で最も多いのは家族や近親者という事を知って、実現不可能であることを認識した。



こうなったら、母と絶縁状態の親戚を頼りにするしかない。という事になり、自らの恥を含め事情を話し、

母のきょうだいである叔母に当面の入院費を工面してもらった。

その際、医療関連の仕事をかつてしていた母の弟にあたる叔父から

県立の精神病院存在を教えてもらう。あそこなら比較的安くすむかもしれない。ということだった。



アパート引っ越し先を何とか見つけ、ゴミ屋敷引っ越しを済ませ、恫喝をされた不動産アパートの引き渡しを済ませた。

殴りたかったし文句の一つも言いたかったが、こちらは加害者なので、なにも言える状況ではなかった。



翌日、筋肉痛で疲労困憊の状態で県立の精神病院に電話をかけた。

事情を話し、入院費について尋ねると、これまで問い合わせた病院のどこよりも費用が安く入院できるとのことだった。

状況で費用も変わるが、約8万程度だという。さらにこれまで受診した病院と連絡を取ってもらい、事情を把握してもらった。

そして遅くとも2週間位で入院ができるとの事だった。



電話した日の夕方、再び病院から電話があり、明日入院キャンセルになった関係で、

母を連れてくれば、明日そのまま入院できる。と連絡があったのが、つい一昨日の事だ。



正直、すこし拍子抜けをした、これまでの苦労は何だったのかと。



最初に誰かが県立の精神病院存在制度費用についてしっかり教えてくれれば、自分自身できちんと全て調べていれば、

こんな苦労はしなかった。私自身、最初問題から逃げようとしていたし、問題に向き合ってからも苦労の方向性

間違っている事に気付けなかった、しかし、役所介護福祉医療警察、の現場であった人も親類も、

これまで誰もそのアドバイスをくれなかった。いや、耳を傾けようとしなかった部分も多分にあるだろう。



正直、母の病気は隠したい恥という部分もあり、これまで親しい関係の人にしか、打ち明けた事が無かったが、

自分の不甲斐なさと共に、制度の穴に対しても恨み言の一つは言いたいと思ってこれを書いている。


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あと少しだけ以下に続きます

http://anond.hatelabo.jp/20170203210406

http://anond.hatelabo.jp/20170202210809

増田に補足で経験談を。

自分場合産業医から睡眠外来をいくつか提示してもらったので、診断までかなりスムーズに進んだ。

(「XクリニックのY先生を名指しで受診してみて」なんてかなり具体的な情報)


それと、モディオダールも100mgで効けば金銭ダメージもそこまでじゃないので、栄養剤やカフェイン剤で体を壊す前に受診してみることをおすすめ

2017-02-02

特発性過眠症お仕事の付き合い方

最近特発性過眠症っていう言葉を見かけることが多くなった。

きっと生きづらさを感じてる人が多いと思うし、そういうブログもよく見る。

でも生きづらいばかりじゃしんどいので、こういう風に生活してるよっていうのを書いてみた。

症状や薬の効き方とかは人それぞれだから、こんな人もいるんだな、くらいに思ってもらえれば。

しかしたら自分もそうかも?って思ってる人の参考になれば幸い。



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2/3 補足を追記しました




お仕事

web系メインだけどたまに紙のデザインもしてる、webデザイナー

一日1,2時間残業してるくらいで、わりと定時で帰ってる。

興味のあることは勉強するけど、なかったら全くしない。

から、興味ないジャンル仕事がきてもどうにか興味ある方向へ繋げて考えるようにしてる。

デザインはどんなことにも通じるから、そういう風に考えれるのかもしれない。




特発性過眠症

症状としては、夜寝ても寝ても日中眠くてしんどいお仕事もままならない状態になることが多い。

周りからはサボってると見られがち。

眠さのレベルとしては、起きるために仕事シャーペンで手を刺したり、お葬式とかでも寝ちゃうレベル。かなり堪えるのキツかった。

我慢のきく眠気ではないっていうのが一つの目安かも。

特発性っていうのは、原因不明という意味で、突発性でない。



あと、眠いって言ったら「俺も眠いんだよね〜」っていう普通の眠気と一緒にされるとイラってする。

でもその人がどれだけ眠いかなんて分かんないしね。

大変だねって言われても、私たち普通の人がどんな感じなのか分かんないのと一緒。




病院受診するまで

病院へ行くまでは強強打破とかエスタロンモカコーヒーでしのいでた。

でも事務仕事とか単純作業は速攻眠くなってダメ

一回、強強打破エスタロンモカの錠剤、コーヒーを飲んでたら急な吐き気と動悸、めまいに襲われて「やばい」って感じたのでやめた。

カフェインとりすぎには気をつけて。



そして、6年前くらいに特発性過眠症の診断がおりた。

ショックよりも「そういう症状だったんだなぁ、じゃあ眠いの仕方ないよね」と、眠気に対してしょうがないと思えるようになったら、ちょっと気持ちが楽に。

なんで眠いんだ、自分ダメなやつだっていう謎の罪悪感から、こういう病気なんだな、なるほど。って感じで逃れることができた。




診断が下りるまで

特発性過眠症という診察をもらうには、病院での診察と、検査入院必要

病院心療内科睡眠について相談して、大きな病院への紹介状を書いてもらう。

それから検査入院の予約をして、反復睡眠潜時検査っていうのを1日半かけて受ける。

検査の間の待ち時間は寝ちゃダメから(2時間程度×4回くらい)、なにか暇つぶしを持っていくと良い。

私は病院散歩スマホゲームしてた。

検査入院は個室だったから、30,000円くらいかかった記憶

これは病院によってまちまちかも。



人によっては特発性過眠症じゃなくてナルコレプシーという診断が下り場合もある。

違いは眠気を予測できるか、できないか

特発性過眠症場合は「あ、眠いな」っていう自覚症状がある。抗えないけど。



あ、そうそう反復睡眠潜時検査の時はこめかみあたりにジェルみたいなのを塗られる。

そのままにしておくと、とっても気持ち悪い。

髪が長いと洗い流すの大変だから、そのまま帰ることになるので帽子かなにか持って行くことをお勧めする。




検査入院後、モディオダールを処方してもらうようになる

病院受診して、モディオダールを飲むようになり、一日最大量の3錠300mg飲むように。

朝2錠、昼1錠で少し残業しても大丈夫になるように飲む時間を調節して、普通に働けるようになった。

たまにそれでも眠気がくることがあって、主治医確認して400mg飲むことも。

相性が良かったのか副作用は全くなくて、眠気全然来ないし、会議中起きていられるし、仕事もできて嬉しかった。

副作用は感じなかったけど、たまに飲むのをミスって口の中で少し薬が溶けてしまい、あまりの不味さに吐きそうになったことが多々。



ただ一番ダメージきたのが、お財布。高いのだ、モディオダールは。

診察は2週間に1回、2〜3000円くらいで、通ってる病院は2週に1回通わないといけない。

病院によっては1ヶ月1回で良いところもあるみたい。

モディオダール保険が効いて1錠が約120円、それを1日3錠飲むから360円、一ヶ月だいたい15,000円くらい診察とモディオダールで飛んでいく。

処方してもらってる時は働いてたから良いけど、この金額ちょっと痛かった。



でも、お金かかるかわりに仕事中サボってると思われるかもとか、また寝てしまったとか、そういうストレスがなくなったのはすごく大きい。

眠いことへの罪悪感がなくなるだけでもかなり視界開けた気持ちになれるって知った。



今は薬を飲んで、他の人と同じように仕事ができてる。

ただ、朝起きれないのは変わらない。

から職場は出社時間が遅い、有給時間単位で使えたりわりと融通がきくところを選んだ。

給料はそんなに高くないけど、時間に融通がきくと「遅刻した!」とかがないので、ストレスが減る。

無理のきかない身体なので、それに合った働き方を選ぶようになった。

業種によってはそんなに融通きかないよ!っていうところもあると思うけど、できるだけストレスから逃げる方向でやっていくと精神的にも楽だよ。




病院について

特発性過眠症ってあまり知らない先生もいるし、そういう患者が来たことないっていう病院もある。

私が行ったところも、特発性過眠症を診たことがない先生で薬辞典とか症状とか色々調べなから診察したり処方してくれてたので、モディオダールに行きつくまでけっこう長かった。

多分診察受け始めて1年くらい経って、やっと処方してもらえるようになった。

から病院を探す時はそういう診察もしてるか確認してから行くと良い。



これは申請できる人とできない人がいるけど、少し医療費が安くなる自立支援医療っていうのもあるよ。

先生が「精神科医療を長期継続する必要がある」と認めたら申請書を書いてもらえる。

自立支援医療申請できると、自己負担が1割になるから高価な薬の場合はすごくありがたい。

自分場合特発性過眠症と併発してる他の症状もあって、それで自立支援医療を受けてる。

特発性過眠症だけだとダメみたいなんだけど、他にも併発してる場合対象になることもあるので、先生に聞いてみると良い。




おわりに

長くだらだら書いちゃったけど、モディオダール飲むことで生活安定したよっていう一つの例として読んでもらえれば。

もちろん効く人、効かない人、それぞれだと思う。

でも眠たすぎて仕事できない、生活できない、っていう悲観的なことばかりだとしんどくなるので。

薬を飲むっていう対症療法に過ぎないけど、どうにかなる場合もあるので、眠すぎてしんどい仕事にならなくてつらいっていう場合は一度診察受けてみることをお勧めします。




補足

確定申告についてコメントがあったので、その補足。



私の場合、1年間の医療費10万以下だったので医療費の控除はしませんでした。

モディオダールを処方してもらって医療費が高額になったのが6月からだったので、12月末の時点でギリギリ10万に達していなくて特に手続きしませんでした。

参考にならずすみません

2017-01-22

父の癇癪

私の父は数年前、アルツハイマー認知症を経て肺炎で亡くなった。

父は、昔の人によくありがちな典型的癇癪持ちタイプで、気に入らない事があると突然癇癪を起こすのが常だった。

好きなプロ野球チームが、父のお気に召さないプレーなどを示すと「なにやっとんじゃぁっ!!」と晩酌ビール瓶片手にしょっちゅう切れていたし、そのビール瓶を叩き割ってしまって自分で後片付けしていた背中が私の少年時代記憶に焼きついている。

仕事は、一人親方看板製作業で、小中学生の頃よく一緒に手伝いに連れて行かれたけど、現場に一緒に入っている他の会社作業員にブチ切れて怒鳴り散らす事も珍しくない人だった。

私はそんな父が別に嫌いだということはなかった。プラモデル作りや釣り音楽レコード鑑賞などそこそこ趣味を持っていた人で、私は釣りには興味は示さなかったが、プラモデルは好きでよく一緒に作ったものだ。父は職人肌のところがあり、プラモデルはとても上手だったし、音楽趣味も古い世代に多い演歌だけじゃなくて、ジャズニューミュージックなどのレコード豊富にあって、その影響で私の音楽趣味も醸成されたようなところがある。

ただ、夕食時は親父がテレビ見ながらいつ癇癪を起こすかわからないので、私や他の兄弟も大急ぎで食べ終えて子供部屋に逃げる日課。

そんな父に寄り添っていた母も大変だった。そんな風に子供が逃げるように食卓からいなくなってしまう事にまで腹を立てた父は母に怒鳴り散らして、「お願いだからもう少しお父さんと会話して」と母から何度も頼まれたりもした。

だけど、私を含め子供中高生大学生と成長するにつれ自分たちプライベート時間が長くなってくると、自宅が仕事場だったから、家の中には父と母しかいない時間が長くなり、ストレスを溜めた母がアルコール中毒になってしまったこともある。

父は母なしでは生活できない人だった。

夜遅く帰宅した私に「お母さんの様子がおかしい」と深刻な表情で訴えてきて、すぐに寝室にいた母の様子を見に行くと、泣き腫らして目も顔も真っ赤にした母が布団の上で一升瓶を抱きかかえて横たわり、「もうイヤだ。死にたい死にたい!」と消え入りそうな声でずーっと呟き、身体を異常なほど震わせていた。

どう考えても、すぐに病院に連れて行かないといけない状態なのに、父にはそれすらも分からなかったのである

それからしばらくは、私たち兄弟は出来るだけ自宅には早く帰って父母と一緒に過ごすようにしたので、母の状態回復の方向に向かったけども、当時は精神科受診する事すらも忌避される時代だったから分からなかったけど、母は多分かなり重度の鬱病のような状態に陥っていたのだと思われる。

その後、子供社会に出て自立し、一人暮らしを始めたりしてからも親には随分悩まされたけど、父が60を超えるくらいになると糖尿病や高血圧悪化して廃業する事になった。ちなみに子供は誰も家業を継いでいない。

そして、父は念願だった美術勉強を始めるなど、廃業して何年かは穏やかな生活が続いた。私も結婚して孫を見せる事も出来た。

だけどそれも長くは続かず、父のアルツハイマーが発覚して、発覚時には医師から発見が遅れたのであと1~2年でおそらく誰が誰だかも分からなくなる」と告げられ、その日のうちに孫の名前が言えなくなっていたのにみんなが気付いた。

徘徊は酷かった。あれは経験者じゃないと分からないと思うが、ほんとに突然いなくなるのだ。そうとしか言いようがない。例えば五分前に御飯食べてた筈なのに、周りにいた人がほんのちょっとテレビに気取られただけでいなくなっているのだ。そして、辺りを探し回ってすぐに見つかればいいものの、結局一晩見つからないこともしばしばで、しょっちゅう警察のお世話になった。

一度、GPS機器をお試しで身体に装着させようとしたけど、「こんなもんいらん!」と嫌がってしまって無理だった。

ただ、廃業してからずっと癇癪だけはなかった。いつのからか、「お母さんには散々迷惑かけたから優しくする事に決めたんだ」としょっちゅう言うようになり、その言葉のとおり癇癪を起こすことは、少なくとも私の知る限りなかったし、一緒にいた母にも聞いた事がない。

そんな父だったのに、亡くなる年に一度だけ癇癪を起こした。

それはお正月二日の日、実家にみんなが集まっていた和室で、おせち料理を囲んで団欒していた時、母が何かを台所まで取りに行こうとして立ち上がったときにふらっとよろけたその時だった。

「こらっ!そこどけ!」

和室が一瞬にして静まり返り緊張が走った。

多分、足を悪くしていた母に対する父の気遣いだと思うけど、にしてもしばらく聞いた事のなかった癇癪。

母のちょうど隣にいたのは私の息子だったが、それまで笑っていたその息子の顔が引きつっていた。

それから、二ヵ月半ほどして、肺炎を患った父は病院で亡くなった。

昨年くらいから、母も同様にアルツハイマー認知症と分かり、今は施設にいるのだが、この前私が訪れた時、母はこう言った。

「お父さんすぐ怒るから一緒にいてあげてね」

父が死んでも涙一つ流さなかった私だったが、何故か涙が溢れて止まらなくなった。

2017-01-20

https://twitter.com/cat_kiyo/status/821920960798302208

本来医師喧嘩を売る、罵倒するのは失礼な行為です。

医療従事者に対して敵対行為嫌がらせと同じです。

誤ってした方はいいですが、意図的にした方に関しては二度と受診しないようにお願いします。

同じ人間なら最低限モラル守ろう。



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