はてなキーワード: PvPとは
筆者はそもそもゲームがあまり得意ではないこともあり、今プレイしているのはアズレンだけである。
これは、課金額がそこそこかつ、スキマ時間あるいはながらで楽しめるゲームが、他に見つけられていないからだったりする。
ということはつまり自分が苦手なゲームは、やり込みや高額の課金が事実上前提となっているようなゲーム。
そういうゲームをゆるーく楽しむのも不可能じゃないと思うけど、それは経験上「ゆるーく遊ぼうとすること自体がストレスになって投げ出す」未来しかないと。
でも今人気のゲームって、だいたいこの2つの要素のどちらかあるいは両方が実装されているゲームばっかりに見えてならない。
というか、そういうゲームの情報ばっかりこっちに届く感じで、それだけで自分から探しに行く気力が削がれることおびただしい。
例えばやり込みゲー。
昔はMMOがプレイ時間に比例して有利になるゲームの王道で、もちろん筆者は二度と手を出すつもりのないジャンルだ。
今だとMMOじゃないけどマイクラ、ARK、あつ森なんかは「ゲームから現実世界にログインする」プレイスタイルになるタイトルとして有名でしょ?
しかもマイクラとARKは死に要素にプレイヤーキル要素、更にはアイテム全ロスのリスクまであるとか、相当シビア。
それらがないモードや、ヌルくするMODがあるのは知ってるけど、そんな下駄を履かせてもらってまで遊びたいとは思わないし、それだと多分それぞれのゲームの本質がボケてしまいそうなのも気になる。
あと、APEXは聞く限り、モンハンがPvPになって廃課金要素が加わったみたいな内容で、そんな死ぬほどMっぽいゲームが世界中でウケてるとか、ゲーマーやべえと思わされる。
これはまあ稼いでいるソシャゲ大体そうでしょ?
FGOグラブルはもちろん、シャニマスとかプリコネとか、女性向けだとあんスタとか?
特にシャニマスはイラストが驚くほど絵画的でクオリティが高く、プリコネは「赤ちゃんになれる!」と評判で、どっちも興味がなくはないが、実際始めてみたら「そんなことよりガチャだ」ってなるよね多分。
「課金額は家賃まで」を守ってプレイすればとかそういう問題じゃないし。
そうなるともう、体つよつよになる実益を兼ねたリングフィットをやるくらいしかなさそうだけど、どこにも売ってねえし!
かといってダークソウルみたいな死にゲーや、壺男みたいなイライラゲーを台バン発狂しながら遊ぶのもなあ(全然ゆるく遊んでない)。
ドルフロ?そういう艦これライクゲームは艦これだけで十分だから。もう遊んでないけど。
結局、ゆるーく遊べるというのはゲーム作者側にとって稼げないので、メジャーにはなりえないということかな。
(追記)
今やっているのがアズレンだけなのはその通りだが、過去にはバイオハザード、マリーのアトリエ、あとはプレステ移植版のときメモとテイルズ・オブ・ファンタジアが、自分の中では神ゲーだったかな。
あとチョロQは1~3まで遊んだし、これも超楽しかったけど、以降はそれまでと全然違う作風になったっぽくてやらずじまい。
バイオは2・3とやった時点で1に比べて全然怖くなかったので見切りをつけた。ちな無限ランチャーは取ったけどナイフクリアはできなかった。
アトリエはエリーになって音楽が微妙だったのと、内容的に一気にめんどくさくなって(ry
ときメモは本当に最高過ぎて、逆に他のギャルゲーを遊ぶ気がなくなって今に至る。オールクリアしたセーブデータが飛んだのも、今は良い思い出。
テイルズはデスティニー以降のいのまたむつみのキャラデザが個人的に刺さらなかったので(ry
ああそうそう、風のクロノアはラスト感動したけど、プレイのほうは個人的にちょっと難しめで、やはりアクション系は格ゲーと並んで自分には鬼門と思わされたっけ。
まあ、過去を振り返っても仕方ないので、これは敢えて書かなかったのだけど。
【追記】
なんか寝て起きたらそれなりにブクマついてて草。
冷静に読み返したら敬称つけてないの人として恥ずかしいから修正しました。
例示のやり方でネトウヨだと思われてるみたいだけど、政権よりの発言してもスターは稼げないのでそっちは言及してないだけです。悪しからず。
【本文】
はてブは、空気を読んだコメントを伸びそうなエントリーに付けてスターを稼ぐ対人型オンラインゲームだと思っている。PvPだからメタ、環境がその都度変化して、その変化を読んで時流にあったコメントをすることが醍醐味だった。
今のはてブはそのメタがめちゃくちゃシンプル。安倍政権を叩く、スター。自粛警察を揶揄する、スター。〇〇おじさん「〇〇」、スター。
簡単すぎて張り合いがない。
少し前までのブクマはもっとシビアだった。大喜利、ダジャレ、オタク知識の開陳、色んな手管を使わないとフラグトップはおろか人気ブコメにすら入れなかった。whkrさん、cider_kondoさん、金髪縦ロールおっさん、人気ブクマカをどう出し抜くか必死だった。
いま、よく見るブクマカを上回ることは簡単である。Kincityさんより、buuさんより、grdgsさんより過激なことを、より早く言えば勝てるだろう。でもそれになんの意味があるのか。知的興奮がない。自分がどんどん言霊に毒されていくだけだ。
コロナウィルスが去り、安倍政権が瓦解するまでブクマをやめようと思う。それまで自己研鑽に励み、磨き上げた剣で再び猛者達としのぎを削るのだ。はてブは面白くない人たちが面白くないことをする場に成り下がった。今は機ではない。
PCや据え置きで出てるシムシティやシティーズスカイラインみたいなタイプの、一人で黙々と街作りをしていくゲームがやりたいんだけど、スマホで出てるシムシティや街作りゲーってどれもこれも「コレジャナイ感」が凄いんだよな。
資材を集めて、その資材で新たな工場を開いて、さらにその工場で作られる資材でまた新たな工場を開いて……とか、所謂ギルドに入って半強制的に誰かと関わりを持たなきゃいけないとか、街作りなのにPvPやらされて折角作った街を天災ではなく人に破壊されるとか。
他にも、基本無料のモバイル向けゲームにありがちだけど仕方のない要素としては課金しないと満足に街を作れない(資材倉庫の容量が足りなくなる等も含む)、敷地が狭く無課金でやろうとしてもめっちゃ時間がかかる、とか。
とりあえず手をつけてみても、やっていくうちに街作りの楽しさよりもストレスの方が勝ってしまってアンインストール…を何回もやっている。
課金すればいいじゃんって思うかもしれないけど、ストレス感じるゲームやこれ合わないやつだなって思うゲームに課金する気も起きないわけで。
私はネットゲームが好きだ。
50vs50で戦うPvPゲームだったが仲間と戦い、敵として動くキャラクターの向こうにも人間がいて、その命のやり取りと緊迫感に驚くほどハマりそのままネトゲ沼にはまり込んだものだった
その後はMOBAにハマり人生を狂わせたり、OWやFPSをちょいちょいやっていてほとんどMMOに触れてこなかった。
FF14を始め、ネトゲ界隈での余りのギャップにマイナス方面に驚いたのでここに記す。
➀女がガチで多い
女が多すぎる。半分ぐらいいるのでは?MMOってみんなこんな男女比率なのか?
それに伴い、女同士のギスが多い
よくスレなどで言われてるhimechanなどがあるがあれ揶揄してるのもどうかと思うが、本当にお花畑な女がいるのも事実他の界隈ではhimechanなんて概念ないよね
②イキリが多すぎる
正直このゲームの上位層って大した事してないのにイキリ多くてキモいなぁと思う やれオレンジだ、早期攻略だイキるけどギミックこなしながらのスキル回しなんてダークソウル以下の難易度だしタイムライン同じなんだからやってりゃ猿でも覚えるだろしかもactとかいうチートツールあるけど公式的にはOKなの?? 早期攻略は社会人じゃ100%無理なニート有利
絶レベルでも過去レイドのギミック盛り盛りで経験者爆アドすぎるし9割がトレース勢な現実 トレースでイキりって何
多分MMO特有だと思うんだが、自キャラに半なりきり?みたいなアカウント多いと思う キメエ・・・キモすぎる・・・①と②も絡んできて女とオタクのイキりの魑魅魍魎が跋扈してる
以上
マイナス方面しか書いてないけど、ゲームは本当に面白いと思います。
運営に届け
まずエンジョイ勢とは何か。ゲームを勝ち負けによらず楽しむ者くらいの雑なニュアンスしかされていないが、自分が楽しむためにゲームをやっている者だろうか? 勝っても負けてもゲームを楽しむ。間違っていないはずだ。
しかしこの解釈では基本的にはゲームをやっている者は皆エンジョイ勢になるはずだ。自分が楽しくないのにゲームをするはずがない。もしかしたら特殊な事情があってやりたくもないゲームをしてる奴もいるのかもしれないが置いておく。
対戦ゲームでよく聞くエンジョイ勢とガチ勢の確執というのはこれでは表せない。しかしここでガチ勢と表される人もエンジョイ勢と呼ばれる人も自分が楽しむためにやっていることは間違いない。では何が違うのか。私はそれを目的だと考える。
ガチ勢は『勝つこと』が目的である。勝つことがそのゲームにおいて自分の楽しいことであってゲームをすること自体が楽しいわけではない。だから勝つためには面白みがないような戦法や、強キャラなどを好んで使う。それが勝利の最短ルートだから。
この対立でのエンジョイ勢の目的は何か。『自分が楽しくなること』である。それだけだと何も悪くないように感じる。しかしここでいうエンジョイ勢、ガチ勢ではない中立の勢力の目的を明らかにすると見方が変わる。彼らの目的は『ゲームを楽しむこと』だ。
『ゲームを楽しむ』ということはそのゲームのルールに従って遊ぶということと同義である。ルールを守ってもつまらないゲームはゲーム側が悪いので置いておく。ルールといっても複雑じゃない。格闘ゲームだったら敵のHPをゼロにしろだとか、FPSだったら敵を倒せだとか。それだけである。その他は自由だ。一人用ゲームなら目的は様々だろうが、ことPvEやPvPに関しては敵に負けろ! とルールに書かれてることはない。なので基本的には勝つためにプレイすることになる。そこで知識量の差や腕前などが出てくることになり、勝敗がつく。しかし彼らは敵を倒せだとか拠点を防衛しろだとか、そのゲームの根幹を為すシンプルなルールに従い、結果的に勝ちを目指すことになる。それがゲームを楽しむということだからだ。試行錯誤によって人によってはわざと負けているように見えることもあるかもしれない。しかし本人がゲームのルールに従って勝つためにプレイしているのならば問題ないはずだ。
話を戻す。エンジョイ勢の目的である『自分が楽しくなること』はゲームの勝敗と関係ない。一人でやっているゲームならば何の問題もない。そこには一人しか人間がいないからだ。しかし対人ゲームは違う。特にチームゲームならば味方に迷惑がかかる。なぜなら目的が一致していないためだ。ガチ勢と中立層はゲームに勝つためにプレイするという点に置いて一致している。それが目的なのか結果なのかは違うものの、同じゲームにおいて勝利を目指すという点では変わりない。しかしエンジョイ勢は違う。彼らは『楽しくなること』を最優先にしているのでゲームのルールに囚われない。自分が気持ちよくなるようにプレイしつづける。気持ちよくなることが勝敗に関与していた時、それが勝つために繋がるならば問題にはならないが、負けに繋がるような行為だった場合、非難を喰らうことになる。他にはチート行為などが代表例だろう。気持ちよくなるためにルールをぶっ壊してニタニタ笑う。そんな行為が周りからどう思われるかは火を見るより明らかだが、しかしそんなとき彼らは言う。
例えるなら皆でサッカーをしている時に一人だけキックベースのルールで遊んでいるようなものだ。基本的にはボールを蹴っているが突然ボールを手で持ち敵チームに投げ放つ。ポジションを無視して走り回る。味方だったら最悪だし、敵だった場合も勝った気がしない。まさに害悪と呼べる。
対戦ゲームとは対戦が楽しいという前提があって成り立つものだ。相手が一人で遊んでいたら対戦は成り立たない。ゲーム体験自体が成り立たないので楽しさなどどこかに消えて行ってしまう。自分もそのエンジョイ勢ルールで遊べれば楽しめはする。しかしサッカーをしに来ているのに突然キックベースに変わり、それを楽しめる人は少ない。その試合を、引いてはそのゲームの対人戦自体の価値を貶めることにも繋がる。
昼前にこの記事でエンジョイ勢の批判をしたのだが、明確にタイトルをあげなかったこととガチ勢とエンジョイ勢の対立と書いたのはよくなかったと思う。例としてタイトルはleague of legend、csgoに代表されるようなチーム戦を想定する。そして実際のところ、本当に対立しているのはエンジョイ勢と真ん中のゲームを楽しんでいる層で、それはガチ勢と呼ばれる側も同じ構図であり、こちらは試行錯誤に対しての強制などにあるがそれはともかく。
この対立ではエンジョイ勢がゲームを楽しんでいる層をガチ勢に仕立て上げる。
「ゲームに何マジになってるの?w」
「人に強制すんなよ」
など。挙げれば枚挙に暇がないが、こうした発言によりガチ勢とエンジョイ勢の対立という風に変えようとする。しかし本当に対立しているのはゲームを楽しんでいる層なのだ。そしてうやむやにされてしまう。
この問題の悪いところは逃げ道が無数にあることだと思われる。例えばだが今までまじめにゲームをやっていた人間が、相手にうまいプレイをされて死ぬ。差ができてしまい、もう逆転できないと思って敵に殺されに行くようなプレイをし、次の試合に行こうとする。彼はエンジョイ勢に変化してしまった。なぜなら自分の気持ちよさを優先しているためだ。しかし本人にやめろと言っても俺はまじめにやっていると言われるとよっぽどプレイがおかしくない限り、追及が難しい。人の心を覗き見ることはできないからだ。
例以外にもゲームをやっていればわざと負けるためにやっているんじゃないかと思えるプレイヤーに必ず出くわす。これはレート帯に関係なく起こる話であり、そして彼らがエンジョイ勢かを完璧に判別する方法がないということがこれを難しく、あやふやにしている
普段良くしてくれる人間も皆盛り上がる中、一人だけ嫌いだという感情を抱え、誰にも言えぬまま過ごすのはキツイものがあるのだ。
自分にはあまり刺さらない内容だった故、なぜこんなに世間で愛され絶賛されているのかはわかりかねるのだが、
自分が親を殺されたのかというくらいに嫌っているのは庭師通過PCの話で盛り上がる世間だからだ。
あの手この手でこの話題は流れてくるのである。例えるならゴキブリのようだ。
何かあればふせったーで"HO○のあなたは何をしたか?" "あなたの零課はどうだったか?”とアンケートで騒ぐ世間が嫌いだ。
人口が多いからそういう風潮になるのだろうか。嫌いだ。とことんまで気に食わない。
あるときこのシナリオで全ロスしたという班のふせったーが流れてきた。
とても感銘を受けたのを覚えている。
大抵全員生還しているシナリオだ。性格の良くない自分はそんなイレギュラーに心が踊ったのかもしれない。
"そこまで深く考えなくていいのに"
(ムカつきが込められているので誇張して書いてはいる可能性もあるだろうが、概ねこんな感じだった)
考えがあってそういう結末になったであろうに、外野ごときが良く言うなと思った。
しかしこうやって腹をたてる自分もまた、全ロスの班やふせったーのオタクから見れば外野なのだ。
もしこれを素直にPLとして遊べていたのなら、こんな見方もせずに済んだのかもしれない。しかし惹かれないものは惹かれなかったのである。
PvPと疑心暗鬼という単語に嫌悪感を抱いた時点で私はこのシナリオの客ではなくなっているからだ。
ここまで読んだ中で普段から庭師PCの話で盛り上がることのある者がいるのなら、萎縮することなく庭師PCや零課の話を垂れ流し続けていただいて構わない。
憤りを感じたのなら「最高のシナリオなのに楽しめなくて可哀想な奴」とでも見下しておいてくれ。
極めて少数派のマイナーな人間もいること、こんな少数派の人間が出るくらいには認知度が高いシナリオなのだと思ってくれるだけでいい。
一人で遊んでいても、そこには「難易度」という形で他者が介入してくる。
難しいステージに躓いて何度もクソゲーと叫ぶとき、それぐらいのステージを丁度いい歯応えと認識して楽しく遊ぶ人間の姿が浮かぶ。
解けっこないと決めつけた謎解きを解くために攻略サイトを見るとき、その攻略サイトに最初に書き込んだ人間はその謎を自力で解いたのだと突きつけられる。
ゲームとは、与えられた課題をこなす能力を自動的に計測してくれる装置だ。大部分のゲームはある種パンチングマシーンのような性質を持ちあわせている。
ただボタンをポチポチ押すだけのノベルゲームの中にさえ、ゲーム中に使われた比喩や引用を理解する教養、物語を読み解く理解力、キャラクターや世界観を覚える記憶力、心を動かされるための感受性、あらゆる能力が求められてしまう。
ランキングもPvPも存在せずとも、ゲームは否応なしにその人間の力を映し出す。
そうして暴かれる能力の中でも、最も残酷なものが、学習能力である。
同じ局面で同じようなミスを何度も繰り返す自分の姿を前にすれば、誰だって自分の限界に気付かされる。
目の前に与えられた課題の本質を知る努力を投げ出し、総当りの運任せを繰り返しては、同じような所でいつも失敗する。
試しにとポーズボタンを押してよくよく画面を見つめてみれば、成功するための道筋が論理的に炙り出せたことに気づいては、自分が闇雲にただボタンを押していただけだと突きつけられる。
タイプライターモンキーズ、無限の猿が存在すればシェイクスピアを書き上げることが可能だという言葉の裏にあるのは、猿とシェイクスピアを分けるのはその打鍵一つ一つが確かな方向性を持って行われているかどうかであるという事実だ。
レバガチャによって難局を乗り切ろうとするものは、シェイクスピアと猿のどちらに近いのか、答えは明白だ。
ろくにPDCAも組まない純粋な総当りによって答えを探すのは人間がやることではない。
そうしてゲームというものは容赦なく突きつけてくる、お前には人間と名乗るに値するだけの知性がなく、お前はその無知性の繰り返しの中でほとんど成長することも出来ず同じように失敗し続けるのだ、と。
その間に、きちんと答えを模索し、意味を持ってボタンを教えている誰かはずっと早く遠くにたどり着く、人生のすべての局面において、きっと一事が万事そうなのだ。
『ソレ』を突きつけられることがとても辛い。人生のすべてを否定され続けているような気分になる。
いつからかは分からないが私にとって「ゲームを遊ぶ」という行為は「『ソレ』を突きつけられにいく」行為になっていた。
その気付きは日に日に強くなり、もはや『ソレ』を意識することはやめらず、目の前の課題や光景に没頭することは不可能になっていた。
私は、ゲームの魅力とは没頭できることにあると思っている。
そして、それが失われた。
とても苦しい。
いつからだろう。
割と昔から見落とされがちなチャンスロスがあるのだけど、そろそろどの会社も最低限の対策は入れておいてほしいなってことが一点。
いわゆる緑赤色弱と言われるやつなんだけど、よくある青・緑・赤の三つ巴がほとんど色で識別できません。
キャラクターの色とか全体的に変えてくれてるのはいいんだけど、申し訳程度に体力バーの横に小さい玉が塗り分けられてるやつなんかは絶対に識別ができない。
青は唯一見分けられる色だけど、疑心暗鬼になると青さえ見分けがつかなくなる。
この色が見分けられないとどういう弊害があるかって、言うまでもなく攻撃・防御の有利不利が真逆になってしまうというもの。
つまりそれはゲームの根本的な部分であって、それが利用できないってだけで単純にリジェクト対象にしかならないってことなんですよね。
ちなみに自分と同程度の色弱は、日本人男性にして20人に1人。
カラーユニバーサルデザインをちょっとおろそかにするだけで勝手に5%のユーザーが脱落します。
これが割と大手の新作でもあたりまえにそんな状況なのでそろそろみんな対応のフォーマット化を真面目にしておいたほうがいいですよ。
せっかくキャラも生き生きしてて長く楽しめそうだなって思ってたのに、敵の属性を事前チェックできないPVPで心が折れました。
夫が仲のいい同僚とシューティングゲームを始めた。
共通の話題も増えるだろうし私とも一緒にプレイしたいということで、私も誘ってくれた。
私は全く乗り気じゃなかった。
今までいくつかのゲームをプレイしたがPvPは大の苦手だ。そのうえ銃。
PvEが好きでヒーラーやサポーターがメインだった。愛用の武器は杖。
シューティングは確実に相性が悪いだろうと今まで触れてこなかった未知の世界だ。
乗り気じゃないけどやってみると話したら、喜んでくれた。
もちろん私の性格や好みは百も承知で、上達するどころか3日と続かないだろうと思っているらしい。
でも同時に、一緒に楽しくプレイできたらやっぱり嬉しいとも言ってくれた。
そう言われて嬉しいやら悔しいやらで火が付いた。
絶対に上達して一緒に遊べるくらいになるぞ!
1・超有名ゲームからのキャラクター流用 解説:人間は自分が全く知らない物にはあまり興味が沸かないが自分が知っているものにはある程度興味が沸く。逆に知りすぎてアレルギー反応を起こす人もいるが、基本的には知名度の高さと商業的勝率は限りなく強く結びついている
2・レベリング不要 解説:レジェンド(1パックから出る期待値は0.12枚)が必須カードになっている事が多いとはいえ引いてしまえばレベリングも重ねも不要であり他のソシャゲと比べて「環境最強」を用意するのがかなり容易。不要カードを砕くことも可能なので使うデッキを絞ったりすればかなり簡単に「環境最強」が用意できる。PvPゲーの中では圧倒的に敷居が低い
3・ギルドやフレンドによるプレイ強要がない 解説:ギルドバトルやフレンドポイントなどが存在しないため人間同士の繋がりによってプレイを強要されることがない。ソーシャルゲームにおいてはトップクラスに緩い繋がりを持つ。
4・大会や配信の環境が充実しておりトッププレイヤーはヒーローに 解説:課金額を競うような他ゲーのランキングと違って「実力(運も含む)」によって勝者が決まるので大会優勝をすれば文字通りヒーローになれる。またSNSや動画で面白いデッキやプレイを紹介することでも他ゲーと比べればローコストで目立てる。誰かが目立てるということは、自分は目立ちたくないが目立っている誰かを肴にワイワイいいたい勢力にとっても住心地がよいことになる。
5・運とプレイングの勝負である 解説:環境デッキに近づけている必要はあるものの、基本的にはプレイングと運のぶつけ合いであるため、廃人度を競い合う他のソシャゲとは一線を画する。一線を画しているというのは差別化が出来ているということであり、レッドオーシャンの中にあるブルーオーシャンという得当地に陣取っているということである。強い。
6・国産ゲームである。 解説:洋ゲーは偉くて国産ゲーは一歩劣るという西洋かぶれの人間を除けば基本的には国産ゲーは海外のゲームよりも強い。情報や展開の速さは世界一だし、なにより最もソースに近い情報を仕入れるのに母国語を使用できる。流行っている界隈も日本が中心となるため様々な要素がスムーズに運ぶ。韓国語や英語をグーグル先生に訳してもらいながらの情報収集にならないという地味なストレス軽減が、意外と少しずつ効いてくるのだ。
7・壊れては治っていくゲームバランス 解説:完全なぶっ壊れが全てを破壊するゲームはつまらない。かといって完璧にバランスが取れたゲームは流行らない。e-sports選手の多くがそこかしこのインタビューでこのような事を語っている。そしてシャドバはゲームバランスが壊れることも多ければ、それが修正される機会も多い。カードゲームというジャンル全体でみればエラッタによる環境変動は激しい部類と言って間違いない。(まあ……シャドバがe-sportsなのかは置いていおいて(Hearthstoneがe-sportsなのだからシャドバもe-sportsだとは思うが、Hearthstoneのe-sportsは皮肉としての側面もあるためこれを軸にすると議論はいよいよ難航するが最もよい軸はこれなのだから困ったものだ。))
8・有力な対抗馬がいない時期に生まれた 解説:つHearthstone と言いたくなる気持ちもわかるのだが、Hearthstoneが生まれてからそれなりに時間が経っており向こうに飽きたプレイヤーも多い時期であった。更にはHearthstoneによって切り開かれていったDCG新時代というフロンティアにおいて対抗馬になりうるゲームは誕生することが出来なかった状況で突然現れたのは本当に強い。他ゲーの知名度の低さからパクりなので叩いてもいいという空気も生まれたが、それが結果としてヘイト目当てで触るプレイヤーを生み出し、そのプレイヤーの一部の反転や炎上じみた喧騒により高い広告効果が生まれることになった。
9・叩いてもいいという許容 解説:前項で述べたようにシャドバには叩いてもいいという空気があった。これが結果として他ゲーと比べて開かれた空気を生んでうちわに閉じこもっていかずに済んだのである。汚れた河の流れの方が合う人種が今のインターネットには多かったのだ。
10・規模のパワー 解説:流行りだしたら流行るというトートロジー。だがこれは重要だ。初手にコケたらその後は難しい。だがそれを最初に述べたようにグラブルやバハのキャラ流用やHearthstoneパクり騒動によって盛大に燃え上がる火の手としてスタートできた。スタートダッシュの成功は必須であり、それが上手くいったのだからその後も上手くいくという話だ。
11・会社規模 解説:多数のユーザーを確保しても倒れてしまうソシャゲがある。それはユーザーの多さに運営が耐えきれなくなるパターンがあるからだ。ソシャゲに限らず多くのビジネスは自転車操業じみた側面を持っており、ビジネスの規模が大きくなるに従って会社そのものの体力が求められていく。巨大なソシャゲ市場に大きな花火を打ち上げるには、それに耐えられる土台が必要なのだ。それがサイゲにはあった。これが重要なのだ。
まあこれだけ語れば「メンコゲーがなんで流行ってるの?」というアホも黙るだろう。
俺は別にシャドバは好きではないが、流行る要素がこれでもかと詰め込まれたゲーム相手に「なんで流行っているの?」と言ってしまう人達を見るのにいい加減うんざりしたので言いたいことを纏めてみた。