「証左」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 証左とは

2018-06-19

ユーザーコミュの話

https://anond.hatelabo.jp/20180417001503

を書いた増田です。今回は前の記事の続き。愚痴にならないように頑張るよ。というか前の愚痴記事にすごい勢いでブクマついたので意図的に期間をおいてました。繁忙期だったのは確かだったんだけど感情に任せて書きすぎたなあと反省してたのです。感情的には今でも大差ないんすけど言葉遣い悪かったよねえ、ごめんなさい的な気持ちです。

前回の記事はあれはあれで追加すべきところは特にないんだけど、何点か先へ続く話題があるのでその辺を書こうかと。自分だけじゃなくてこの辺の記事有用性がある気がするので。

Q、窓口設計の工夫/ユーザーサポートAI管理エージェントでその種のノイズ意見フィルタすれば?

ある意味正論で、もちろん出来る限りはやってます。軽減されたダメージも皆無ってわけじゃないっす。

しかしながら業界的にそこまで贅沢な組織になっていることは非常にレアで、現状それが解決になってる事例を増田個人は知りません。編集者は偉大だっていうコメントトップで、それそのもの増田否定しないし、知り合いの出版社の方は非常に勤勉で偉いと思ってるんですが、その一方で「作者は自分Twitter露出して書籍宣伝する時代なんだから積極的に発信しないとだめだよ」なんていう出版社側の発言ニュースになる時代でもあるわけですよね。つまりそれは出版社とか「編集作家」って言うシステムがそこまでバリアにならない時代証左でもあるわけだとおもいます

また、「nという工夫をすればいいじゃないか」っていうのは結局「nという工夫をすれば(その工夫で意見の取捨選択して俺たちユーザー意見を聞き続られるので)いいじゃないか」であって、その本質は「公式は追加コストを支払って意見の取捨選択しろ」なわけです。

商売なので、そういう意見は(前回記事基準で言えばなりかけモンスターだとは思いますが)それはそれでいいです。

一方で、じゃあ、そのコストは誰が払うのかって話なんですが、結局そのコストってサイレントで善良なユーザーが支払うことになるんですよ。前回記事では触れられなかった視点なのですが、これが本当は、一番きついです。

商売的な話で言うとクリエイターは金のために作品を作ってるんですけれど、精神的な部分でいえば善良な大多数のユーザーに喜んでほしくてモノをつくってるわけですよね。にも関わらず、利益の少なから割合が、大きな声でゴネるユーザー対策費として消費されていて、本来できるはずのクオリティアップやコンテンツ追加っていう恩返しに使えていないって言う事実が、めっさ精神を削るのです。「わいは一体誰のためにモノ作ってるのか」みたいなのは作る上でなんのプラスにもならないので封印するわけですが、じゃあそういう疑問や失意を感じないのかといえば多分みんな多かれ少なかれ感じていると思います

ほんと。楽しいとか美しいとか格好いいとかすごいとかそういうコンテンツを全力でブッパして「わーたのしかったよ」でいいんですよそういうのがやりたいんですよ。にも関わらず、変なユーザー配慮したりカスタマー予算吸い上げられたり「公式はゴネたユーザーにたいしてのほうが手厚い世話を」ってなってしま事実のもので、購入してくれて無言で応援してくれる皆様に対して罪悪感をおぼえるのです。

なんか愚痴っぽくなってしまった。すんません。要するに「対策nをすればいいじゃないか」ってのは、現実的にはそれしかないんですけれど、もうすでに対策した時点で負けというか、精神的にはいろいろキツイとこがあるという話です。

そうして対策をしたとしても、防げるのは公式に対する一部のファンの凸だけであって、本当に狂ったファンファンコミュニティで大暴れして他の善良なファンの人を傷つけるのは防ぐどころか関与もできません。ひとりの気の利いたファンの人が100人ユーザーを増やすことは至難ですが(それでもファン活動を通してそれをやり遂げる偉大なファンはいます)、ひとりの狂ったファン呪詛瘴気をまきちらかして100人ユーザーをその作品から離れさせることは、その何倍も何十倍簡単です。

Q、んじゃどうすりゃいいのよ?

10年以上の経験から言うと、最もいいのは予防です。「雰囲気の良いファンコミュ」ってのが一番効果があります

ファンコミュ雰囲気が良くて「俺らはそんな馬鹿なことをするファンはいない」「もしいたら一声かける」「同じファンである俺たちは作品のどこを愛するかという点で意見の相違があっても分断しないしされない」「好きなものを好きとつぶやいても俺たちは同じファンを叩いたりしないし、むしろ褒めるし、どんどん発言していこうとする」。

そういう雰囲気を持ったファンコミュは強いですし、そういう支援を受けたコンテンツは栄えるし寿命が伸びます

公式に凸をするような狂ったファンは多くの場合視野狭窄公式絶対悪みえます(じゃなきゃ自分が神に見えてるか)。

それはなぜっていえば孤独疑心暗鬼が膨らんじゃってるからです。業界人として語りますが、ファンのみなさんがコンテンツに対して(アニメ漫画ラノベ物語展開や人間関係に対して、ゲームなどはシステム新規要素の導入に関して)「公式邪悪陰謀で――」と語っているとき、そこに陰謀なんてないです。皆無です。

30%くらいはそもそもただの取捨選択の結果(ヒロインAがBより出番が多いのはただの選択)ですし、30%くらいは他の要素からの玉突きでそこにどうしようもなく歪が出ちゃったせい(設定Aはたしかに変だけど設定BとCとDが先行であるのでこうするしかなかったんや!)ですし、30%はリソースの不足(予算が仮にあったとしても指揮ユニットの数は希少なのでそんなに追加コンテンツばかすか作れないねん)ですし、30%くらいは需要の見切り(その要望を上げてる人は特定ユーザーから見て全員に近く見えてるかもしれないけれど、実際にはほんの僅か数%にすぎない)ですし、30%くらいはうっかりミスとかよく考えないでそうしちゃっただけです。足し算が溢れちゃってる部分は二個以上の重複だということにしてください。いま頭悪くてすいません。

まあとにかく、そんな邪悪プロデューサーユーザー虐待してせせら笑うためにわざとそうしてるとかないです。見たことありません。どっちかっていうと被害担当プロデューサー(とかDとか脚本とか原作者とか)がインタビューとかで、引っ込みがつかなくなってイキリ系の発言をしたのが炎上になってるくらいです。これはもうほんとすんませんシルバーアクセとかこれみよがしにつけてるやつがいてすいません。

てなわけで、柔らかくて暖かく、好き好き発言自由ファンコミュが、凸ユーザーの抑止には一番効果があります陰謀論とか視野狭窄による孤独の時点で緩和されます公式がいったんボケナスなことをしちゃったときも「続報まとうか、続報でもボケナスだったとき改めて意見表明してもいいやろ」くらいの信頼感を公式が持っている意味は、ユーザーのみなさんが思うよりとてもとても、重いです。

前回記事へのコメで「自分クレイジー側だったらどうしよう?」と言うものがありましたけれど、これが答えでもあります公式への最低限の信頼感が残っているうちはクレイジーではありません。また信頼感が残っていないので離れるという判断ができればクレイジーデーはありません。公式は信頼してないし大嫌いだけど絶対に離れない、というのがクレイジーです。

こういうことを言うと反発を受けるかもしれなくて怖いのですが、公式が「この作品ユーザーに恵まれている」「ファンコミュがいい雰囲気で助かる」という発言をする事例がありますよね? あれはもちろん本音でもあるのだと思いますが、本音以上でもあるんです。ちょっと汚いたとえ話ですけど、トイレに「キレイに使え」って書くよりも「キレイに使ってくれてありがとう」って書くほうが、結果としてきれいになるように、あれは「ファンの大多数は、ファンコミュ雰囲気を柔らかく暖かくすることに協力してくれてありがとう。今後も頼む!」という意味発言なのです。もちろん増田個人公式側の人間として、そういうコミュづくりへ支援していきたいと思っています。たぶん多くの運営公式はそう思ってるんじゃないかと思う……たぶん。

――前回は精神的にこう……アレな時期だったせいで、対策の部分でちゃんとした説明をできなくて申し訳ない。ブコメしてくれた人、励ましてくれた人、ありがとうございました。繁忙期ぬけました。また頑張ってやっていきます本日記事は以上です。

2018-06-17

anond:20180616223728

街宣車の連中」の多くは日本人ではありません。

日本が好き」という人に嫌悪感が向くようにする活動として行っています

純粋右翼区別するように「街宣右翼」という言葉が作られていることが何よりの証左です。

あなた、まんまと乗せられてます(笑)

2018-06-09

最近の男オタク女性化・レズビアン化が進んでいると思う

最近の男オタクは「男のいない女だけの世界観」への憧憬が強く、

キャラしか活躍しないアニメ女児向けアニメを好む者が増えているのはご存知の通りと思われるが、

最近女性化願望も強くなり「自分は女のではないか?」「私は女らしいんじゃありませんかしら?」

と思う男オタクが程度の差はあれ、増えていっている。

上記美少女いっぱいアニメ女性ファンが多いのがほとんどであるし、感性女性である証左としては充分と言えよう。)

美少女キャラが好きというのも「男として」好きなのではなく、

自分が「女として」「レズビアンとして」好きと言った意識が強くなっていると思う。

ここらへんこそが、昨今の男オタク文化の「男らしさからの脱却」において先進的と言えると思うわけである

2018-06-07

anond:20180606170214

文章に対する意見が改行という些細な点についてしか無いという事は、文章の内容自体異論は無い事の証左だね。良かった。

2018-06-05

anond:20180605165113

ロリコンには、現実において小児性愛癖を行使する権利がない(相手児童権利保全安全確保のため)というための証左となる研究は色々されていますが、そんなことも知らないんですか?って言ってるんだけどなぁ…。

増田が言ってるのは、思いついたオレ論(まるで新しくて正しい考え方のように思っているかもしれないが、誰もまともな人が言い出さないのはそれが現実的ではないからってだけの駄論)の謎のごり押ししかないよね。

2018-06-04

anond:20180604183918

"児童弱者性に客観的根拠がない"という論に客観的根拠がないだろ・・・

仮にロリラインを14歳だとして、

14歳女児に対する成人男性の肉体的、知識的、経済的な優位を示す具体的なデータがないと客観性がないか

それはさすがに暴論、あんたの言説全体がこじつけであることの証左になりかねないと思うけどね。

ところでそろそろ終業時間なんで帰るよ。

2018-06-03

anond:20180602011328

西野カナが浅いと正面から言えてしまうことがすごい。それがむしろ西野カナのすごさの証左になっている。

何度読んでも味わい深いよ西野カナ

浜崎あゆみとかも中高生の頃は浅いダサいと思ってたけど今読み返すと傑作以外の何物でもないんだよな

会いたくて会いたくて震えるくらいのエポックメイキング言葉を一生に一度でいいから書いてみたいよ

2018-05-30

いままで、なんらかの選考に「落ちる」という経験したことがない。

大学受験第一志望にストレート合格したし(早慶上智のどれかです)、就職活動でも、何度かの転職活動でも、常に合格してきた。

こう書くと自慢に見えるかもしれないけど、一方で「チャレンジしてきてない」ということの証左でもあるような気がして、少しモヤモヤする。

「ほんとに行きたいところ」以外を受けたことはないんだけど、その「ほんとに行きたいところ」を探すときそもそも自分でも行けそうなところ」っていうフィルターがかかってないかと聞かれたら「うーん、わかんないな」ってなる。

大学受験にしても、仕事にしても、努力しなかったわけではないし、努力たからこそ実績がついてスムーズ転職できてるみたいなところもあるとは思うのだけど。

モヤモヤを吐き出したかっただけなので結論とかはない。

2018-05-29

anond:20180529152346

犯罪を犯してない人間を、「予備軍」というのがそもそもおかしいの。

まして、虐げられてるロリコン解放を主張するだけで「予備軍」呼ばわりとか、

キング牧師を「予備軍」呼ばわりするようなものだぞ。


これを、「黒人差別ロリコン妄言では全然違う」と言う奴がいたら、

それこそロリコン権利が軽んじられてる、差別証左からな。

anond:20180529124526

私の母親がクソ親だったのは間違いないが、そんな人間でも2児の育児が出来た

育児が軽いことの証左といえよう

2018-05-28

anond:20180528150854

減り続けて限界を迎えただけでは

人手不足倒産の増加がその証左と思うが

2018-05-24

多田くんは恋をしない第7話は水瀬いのり

最初のシーンから水瀬いのり読書をしている聡明で無邪気な水瀬いのりだ。無邪気とは言え、よりもいのキマリとのキャラの使い分けができている。放送開始当初、私はこれが水瀬いのりだとは気づかなかった。当然ながら私の落ち度であり、水瀬いのり完璧であった証左である。これが水瀬いのり1である

飼い猫(にゃんこビッグ)がいなくなったと心配を募らせる水瀬いのり諸君もそうだろう、OP曲を挟んだこの場面で今回は水瀬いのりであるとの確信を得た。心配のあまり泣きそうでムッとしている水瀬いのり。俺も家出をして心配してもらおうかとさえ思った。これが水瀬いのり2だ。

山下先輩に恋に落ちる水瀬いのり。これが水瀬いのり3。開始から5分程度で3つの形態を巧みに使い分ける水瀬いのりには脱帽する。様々なキャラクターが登場する今作だがもう水瀬いのりしか見えない。

探偵に扮する水瀬いのり。言うまでもなくこれが水瀬いのり4である山下先輩に抱きとめられて恋がエスカレートする水瀬いのり。これが水瀬いのり5。水瀬いのり形態変化もエスカレートしている。しかし、水瀬いのりの恋はエスカレーターとは行かない。

にゃんこビッグの手掛かりを得て嬉々とする水瀬いのり6。そして、にゃんこビッグを見つけて喜び且つ心配そうに見つめる水瀬いのり7。再び探偵の血が騒ぐ水瀬いのり8。屋根から落ちてきたにゃんこビッグを受け止めて胸を撫で下ろす水瀬いのり9。そして、失恋して寂しそうな水瀬いのり10。ここは目まぐるしく水瀬いのりが変容する。水瀬いのり回最大の見所だ。まるで回転寿司のように目まぐるしい。見つめるためにまばたきする暇もない。

きじゃくる水瀬いのり。これが水瀬いのり11。ついに水瀬いのり一人でサッカーチームを作れる域に達してしまった。なぜ日本代表に選出されていないのかが疑問でならない。

好きな人好きな人がいることを本人から聞かされて落ち込む水瀬いのり12サッカーで言うところの監督ポジションだろうか。そして、テレサの胸で慟哭する水瀬いのり。これが水瀬いのり13であることは論を待たない。もはやトランプができるし、麻雀もできるし、暗殺もできる。チェンソーで人を切り刻むこともできるかもしれない。すごすぎるぞ水瀬いのり

ラストシーン。健気に窓辺にひまわりを飾る水瀬いのり14。君はひまわりのようだよ水瀬いのり

今季アニメ水瀬いのり出過ぎじゃね?問題収束たかと思いきや、過日のキリンレモン、そして今回の水瀬いのり回が突如として降臨した。水瀬いのりは常に機会を伺っている。いつ水瀬いのり15が出没してもおかしくはない。エージェント諸君は決して油断してはならない。

anond:20180523221733

自己都合退職失業手当的にも労働者に不利。まず辞めずに済むようにブラック環境を生み出しうる高プロを導入しないというのが筋。加えてブラック企業を完全に淘汰できるような仕組みを作らなければならない。

普通に労働時間規制サービス残業厳罰化労働者幸福度は上がる。生産性も向上する。

労働者企業選択する権利はあるだろうが、まずブラック企業には存在する権利はないのでそこを潰していくべき。そこを放置するのはお前がブラック企業の手先であることの証左

2018-05-21

グランディアIIIがクソってより初代が頑張りすぎたんじゃないかって話

ネタばれ注意※


初代が20周年なのに配信を終了されてしまったグランディアIIIちゃん

どうすれば許されたのかって考えるつもりで比較対象として初代を振り返ってたら思いの外ヤバい

いや、たぶん気づいてた人はプレイしてた当時から気づいてたんだろうけど俺はいさら理解した


テーマの一貫ぶりがすごい

物語が動き出すきっかけは冒険者である父親形見精霊石=これがキーになって古代文明遺跡に導かれる)

・「精霊石冒険者の魂」と主人公に語らせた後、「軍」が精霊石を狙う展開になる

 →軍は統制されたオトナ社会メタファーで、

  つまり自由vs規律暗喩子供vs大人暗喩をまとめてこなしてる

・「精霊石」が奪われた瞬間に主人公は死にかける。

・「精霊石」を奪うのはライバルキャラ父親

 しか古代文明調査をしてて呪われた将軍という立場

 →古代文明を探求する軍のトップ父親)、というキャラ立てで

 「探求心は悪にもなる」「大人からの抑圧」「偉大な父親からの抑圧」「探求心の喪失は死に繋がる」

 という暗喩をまとめてこなしてる。ナニコレ。

・「真理にたどり着いた者」だけに開かれる「精霊聖地」で主人公は「精霊石」を提示された後、それを否定して「精霊の剣」を受け取る。

・「精霊石」を「精霊の剣」で砕いて話が終わる

・「精霊の剣」はプロローグ直後のごっこ遊びで集める勇者の証として一度登場する

 →これ以上ない「子供」による「父親殺し」のメタファーやん


あえて説明するまでもないぐらいわかりやす暗喩だろうと笑われそうだけど

少年が男になる物語」がここまで丁寧にゲームで描かれてるのすごくね?



シナリオの置き方が丁寧

1.開幕は子供同士でごっこ遊びをしている

2.引退した冒険者の爺に認められる

3.母親が子離れして独り立ち

4.でも幼馴染はついてくる(=まだ子供)

5.ほぼ同い年の女の子に認められる

6.軍(大人)を出し抜く

7.閉鎖的な村の村長に認められる

8.巨大な壁を越える

9.勇者として認められる

10ヒロインを異性として認識する

11中年男(一人前の男)と幼馴染に認められる


ここでdisc1終了、先の精霊石メインの話=父親殺しの流れに。

認められる相手立場が徐々に上がっていってて

子供少年 の成長過程を描くのがめっちゃ丁寧でビビる



メタファーの置き方も丁寧

登場人物の見た目が東に行く(=主人公冒険が進む)ほど動物に近づいていき、自然も険しくなる。

 ラスボスの見た目は植物名前ガイア(=地母神/大地)

 力に目覚めたヒロイン背中に生えてくるのは羽ではなく翅。

 幼馴染がリボン代わりにつけてるのは主人公父親が見つけてきた「虫」とも「動物」ともつかない生き物。

 …あれ、てかガイアラストダンジョン攻略羽化しようとしてたよね?

  羽化しようとしたガイア精霊石破壊するとデカい樹(=世界樹)に。

  敵ボス将軍=仮置きの父親)が企てていたのは「ユグドラシル世界樹計画」。

  もしかしてこれ「母親離れ」も暗喩してる?

  ヒロインが虫ってことはそれよりデカい虫は母親しか考えられない気がする。

  名前地母神だし。

 父親殺しと母親殺しを同時にやって世界樹誕生…?

 つまり世界樹大人としての人格というメタファーになってるようにしか見えない。

 どうやらガイアは悪の象徴ではなく「制御できない感情」のメタファーらしい。

 もしかして「虫」=「童心」で二重のメタファーだったりする?

 いやいやこえーよ書いた人何者だよ

・敵将軍(=野望に囚われた父親)は「ガイアの芽」によっておかしくなった。

・「霧の樹海」の中にある村も「未開の森」の中にある村も閉鎖的

 「石の森」の中に滅びた村が存在している

 (ちなみに、海のそばの村は開放的に描かれている)

・人から精霊が失われると石になる。

 意志のない守護ゴーレム石像

 光翼人に力を注がれると蘇って石ではないロボットのような姿になる。

 光翼人の力で制止されると石に戻る。

 ガイアが光翼人の力で制止されると石になる。


精霊意思 であり、意思がなくなる=石になる と表現されている。

人→動物植物→石の流れは意志の強弱も暗喩しているらしい。(街や村のあり方を見るに)

精霊石=眠っている意思とも受け取れるし、父の遺志=精霊石メタファー完璧

遺志=精霊石を割るで父親殺しのメタファーがより強固に。



深読み苦手な自分がここまで読み取れるってことは読解力高めな人はもっといろいろ読めるだろう。

いや、怖!

キャラクターの一人がヒロインを参考にしていると明言されているし、

深読みロボットアニメの影響は多少あるにしても十分冒険譚として独自性を構築できていると思う


グランディアめっちゃボコられてたけど

女の子も楽しめるように王道冒険活劇書きました」でここまで色々仕込める人の後釜、務めようと思うか?

てか一介のゲーム会社社員がこれに「原点回帰」できるのか??

この織り込みに織り込まれた上でほどほどに読み取りやすメタファーの数々、

これを「16歳の飛行機乗り」「空」ベースにして再構築できるかって言われてホイホイできちゃうひとはどれぐらいいるんだろうか。

しかもここまでメタファーてんこ盛りなのにパッと見ただの冒険活劇を装うとか


出来上がってきたIIIはひどすぎたけどこの初代を踏襲したうえでパクリにならないような王道冒険活劇って、

ゲームシナリオ界にオリンピックがあったら確実に金メダル級の超難易度だと思う

話づくりに自信がある人、「俺が作るグランディアIII」にチャレンジしてみてほしい

「空」飛行機」「(ヒロインが空から)落ち(てくる)物」ベース

「16歳の少年が親離れして一人の男になる」話を「ただの冒険活劇」に見せかけて

初代相当のクオリティでかつ初代化とラピュタ化を回避しつつ完成させる。

初代のシナリオ作った人たちはすごいし

個人的にはIIIのシナリオチャレンジした人々も十分敢闘賞もらっていいんじゃなかろうかと思ったりする

20年前のゲームにここまで感心させられるとは。いやはや。



IIIのシナリオを見るに、おそらく思いついたシーンを組み合わせるだけで精一杯だったんだろう

メタファー仕込む余裕なんかなく、「青年主人公が長旅を経て強敵を倒す」話を構築するのがやっとだったように見える


ミランダユウキバックボーンから父親殺し(母親殺し)」を実現するにはエメリウスでは役者不足もいいところ、

子供をほぼ捨てたユウキ父親と妹を守ろうとするエメリウスではシンクロするところがほぼなく

仮にエメリウスの行動原理完璧ゲーム内で表現されていたとしても何の暗喩にもなっていない。

暗喩の有無は別にどうでもいいっちゃいいけど、問題は「父親殺し」が行われていないといけないのに

それをユウキが成し遂げていないところ。


暗喩はあるとカッコいいとか文章表現的な技巧を披露して俺つえーするとかそういう余剰ではなく、

本来物語の外にいる読み手に己との共通点無意識物語から見出してもらい、より感情移入してもらうための道具だろうと思う。

手だけでも布を縫い合わせることはできるが、ミシンを使えばもっとれいに縫製できると言う話だ。



血縁のない飛行王シュミットを「父親」に仕立てるために実の父親物語から消し、アロンソを途中退場させたのだということはさすがに読み取れる。

そういう小細工で作り上げた「父親」をいくら「腰抜け」と罵ってもその「父親」が作った飛行機に乗って空を飛んでしまっては何の意味もない。

それは父親の敷いた線路を辿っているだけであり、まだ子供のままであることの証左になってしまう。

しろこの状況での「腰抜け」呼ばわりは

「何故お前は父親を全うしていないのだ」という糾弾になっている。

まりグランディアIIIには「殺すべき父親」が存在していないのだ。

父親精神的に「殺し」て、別個の人間大人になっていく成長物語のはずなのに。

これではラスボスがどこにもいないのと一緒だ。


そもそも受難「空」は「III」にとって何なのか、

それを見定めずにシナリオ作りに移行してしまたことなのではなかろうか。

テーマソングを聞いてもわかるが「見果てぬ夢」なのか「素晴らしい場所」なのか「行き着く先」なのか定まっていない。

初代が「死にゆく先、生まれくる源」を「大地(地母神)」と定義したこと

芋づる式に様々なもの定義付けすることに成功し、植物の根が土を抱き込むように物語を包括したのとは対照的に映る。

また、成長とは生から死の一過程であり、生と死の描写から逃げては成長を描き出すことはできないのだと逆接的に証明しているようにも感じられる。


しかすると、初代を見上げたまま物語模索した結果、「初代=空」になってしまったのかもしれない。

ユウキ映画の中で活躍するシュミットの姿に憧れを抱いたようだが、

この「映画」こそが「初代」であり「空」なんだろう。

言うまでもなく、何のメタファーも仮託されていない空はただの背景であり景色である

景色は人を動かしたりしない。


結果的グランディアシリーズは終わりを迎えてしまったが、

これは続編がふがいなかったというよりは初代が「偉大な父」になりすぎてしまったんだろう。

ジャスティンが大変な苦労を伴って「父殺し」を成し遂げたように、

「偉大な父」を乗り越えるのはそれだけ困難だということなのかもしれない。

グランディアシリーズはそれを身をもって教えてくれた。

シリーズ20周年を迎え、改めて製作陣に感謝しようと思う。

2018-05-16

https://anond.hatelabo.jp/20180515001843

おばさんは家にいて欲しいんですよみんな。

幼い子ども託児所なりベビーシッターなりに預けて社会活躍したりどこかへ冒険したりする女性は滅多なことでは描かれない。

30歳から40代前半の壮年女性は働き盛りで実社会では保育園が足りないぐらいなのに

女性作家育児もの以外のマンガアニメではそうしたお母さんが主役や準主役級になることは非常に稀。

たまに主役級になってもテーマ不倫だったり母性のあり方だったりと妻あるいは母という役割を当然のように押し付けられる。

壮年男性キャラクターは父であったり夫であったりということとは切り離されて

主人公上司であったり先生であったり仇敵であったりとさまざまな役割を与えられるのに

レギュラーキャラ壮年女性が妻や母といった役割から逃れられることはほとんどない。

実際には30歳以降の女性キャラクターが主要な役割から排除されているのにも関わらず

マンガアニメ活躍の場を与えられていないおばさん=中年と決めつけてかかっている人が多いのも

女性壮年中年区別することに意味がないと思っている証左

オタク文脈でいえば「BBA」で一括りにされる存在

主要キャラクター若いほうが華があるということに男女の区別はない。

にも関わらずおじさんと比べておばさんが物語の深い部分に関与することができないのは

要するに30歳以上の女性がその女性性とは無関係に家の外で活躍することを拒絶してるってことなんですよ。

美醜だけの問題じゃないんです。

(ついでにいえば既婚未婚に関わらず20代の女性キャラクターをおばさん呼ばわりするのやめましょうこれ本当に)

2018-05-13

anond:20180513151137

それはつまりあげまんの まん は、まんこのまん ではないということの証左にほかならないわけですよね。

2018-05-04

奢り、奢られなれてないのはしょーもない奴多い

高校ぐらいになったら(バイトとかして)金持ってるやつが払うし、

社会に出たら、上下で付き合える人間であったという証左

異性と気軽に遊べるという経験


しょーもないやつと出会えなかっただけなのかもしらんが、そいつ自身がしょーもないから誰にも見向きされてないってのもあるだろう。

2018-05-03

留年生の卒業率が知りたい

それはドロップした学生フォローできているか指標になるから

昨今は学力の足りない学生に、情状酌量単位を与えることもなくなったので

留年した学生卒業できたということは、つまずいてもキャッチアップできたことに他ならない。

留年生の卒業率が高いということは、再チャレンジできる環境があることの証左である。はず

2018-05-02

anond:20180502153320

へえ、まるで男性の方が知的労働に向いている証左があるかのような言い草だね。

2018-04-26

anond:20180426163247

いやーそこまで考えてないでしょ。

ここ女子トイレですよ、と言ってるのと同じ感覚だよ。

深く考えずに他人を追い出す。へぇ

極めてナチュラル男性差別してる証左ですな。

なんて言い返してるの?

初回は

女性専用車両男性も乗れる車両なのでほっといてください」

食い下がられると

「私は男性差別に協力する気はないので断じておりません。男性不快ならあなた下りればよろしい。」


防犯カメラ等の対策を取る際に、仮に乗車賃が上がるとしたら反対する?

全員等しく上がるなら、反対しない。

必要コストだ。

あなた多分普段から女性専用車両に乗ってるんだろうと推測して聞くんだけど、

あなたが乗ってることで怖い思いをしている女性がいる可能性についてはどう考えてる?

それは「男性なんかと同じ車両に乗りたくない」という差別意識の表れか、

あるいは「男性が怖くてしょうがない」という病気の症状なので気にしない。

前者は公共交通機関たる電車に乗る資格がないし、後者はまず病院に行くべき。

差別と戦うすべての人へ

ここでは差別区別を論じ、そして問いたい。

まずは、差別区別の違いは合理性の有無、もしくは合理性包含量にあるという仮の出発点から話を始めたい。

アメリカ黒人公然差別されていた頃、差別をしていた白人はそれを差別だと思っていたのだろうか。

否、全く合理的区別だと思っていたのである

あるいは江戸時代、えた・ひにんへの迫害や、癩病患者への扱いは、支配層にとってば全く合理的区別だと捉えられていたのである

現代では上記の例のいずれも、謂れなき差別と捉えられている。

ここで鑑みるべきは、人の合理性認識時代場所によって劇的に変化しうるということであり、先述の例はその証左に他ならない。

さて、問おう。

あなたは全くどんな人をも「区別」しないのか?

区別はするとしたら、それはなぜ「実は差別」ではないと言い切れるのだろうか?

あるいは、自分合理性を感じられるもの区別で、そうでないもの差別なのだろうか?

それならば、あなたのその主観正当性はどのように担保されるのだろうか?

それとも差別区別の違いは合理性ではないのだろうか?

それならば、その2つの違いはどんなもので、その違いによってなぜ差別は批難され区別は許容されるのだろうか?

もしかして差別区別には違いはないのだろうか?

もしそうなら、そしてあなたが何らかの人的区別をしているのなら、それはどのように正当化されているのだろうか?

からない。私にはまったく分からない。

山月記に出てくる李徴氏のように、理由も分からないまま、ただ「差別ダメ。でも区別はあり」という世界に生きている。

諸兄の忌憚なき意見を聞きたい。

2018-04-24

anond:20180424162802

つうか、内心なんて知る必要あるんけ?

いろんな思いがあろうと無かろうと「乗っていない」という事実

「現状を容認している」証左以外の何だというんだ?

表記に騙されている」とか、「女性から追い出された」とかの結果は「容認」とは言わない。

anond:20180424162521

つうか、内心なんて知る必要あるんけ?

いろんな思いがあろうと無かろうと「乗っていない」という事実

「現状を容認している」証左以外の何だというんだ?

最近、新しい斬魄刀を手に入れた

家族を救うためだと言って、朽木ルキアが僕にプレゼントしてくれたものだ。

こいつに慣れるためにも、これから定期的に虚(ホロウ)を尺魂界(ソウルソサエティ)へと送り続けていきたいと考えている。

ここで終わってしまうのも味気ないし、自己紹介も兼ねて筆を進めて行きたいと思う。

僕の性別男性、歳は15歳、高校生(と死神代行)をしている。

僕の不徳の致すところに依り、これから先数年は死神代行を続けなければいけないことになっている。

死神の席官や虚、滅却師クインシー)と戦ったりする事が好きな事の一つだ。

尤も、虚化や完現術(フルブリング)は、近年流行った卍解バーゲンセールですっかり陳腐化されてしまっているみたいだけれど。

僕は、月牙天衝を使わない戦闘というものに滅法弱い。

霊力を使った鬼道というものが出来ないし、斬魄刀を常時開放しないということが出来ない。

なんとも生き辛い魂魄性質をしている。

霊圧であふれた場所は好きだ。

疲れている時は卍解を要しないような低レベルの虚を魂葬し続けるに限る。

空座町最高、瀞霊廷なんてクソ喰らえである

死神代行になる前の憧れは主人公になることだった。

若かりし僕は、主人公というものは、強力な仲間を腐る程持て余し、自らの目標邁進するものであると考えていた。

から主人公になった自分は、強力なライバルに触れ続け、いつかは自分自身で強力な仲間と歩み出すようになると信じて疑わなかった。

しかし、実際のチャドは、京楽春水やヤミーやその他破面アランカル)に霊圧を消されてしまものであり、とてもインフレについていく余裕などないのである

少なくとも、チャドには難しい。

この話を聞くと、なんだ背景を書き込む時間も十分に取れないほどストーリーキャラデザに熱中することが出来て、幸せではないか、と考える人もいるだろう。

そんなわけないだろう、「心か」というページが、充実の証左たるわけがない。

そのように考える人間は、朽木白哉にでも生まれ変わり、千本桜景厳を手掌で操り続ければ良い、きっと精度・速度が倍化される。

忙しさというものは、絶対的時間を圧迫するだけではなく、ヒトが自由時間創造的な行動をする気力を奪う悪魔ディアブロ)なのである

今日からの僕はこれまでとは一味違う。

このはてな匿名ダイアリーという真世界城(ヴァールヴェルト)で、忙しさという悪魔に打ち勝って自らの創造性を再獲得するのだ。

これくらい文章を書くと、生まれて初めて霊子兵装に触っても割と自在滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)することができるようになることが分かったので、今日はこの辺りで神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を置きたいと思う。

これからは気が向いたら何かしらのテーマを持った文章を書きたい所存であるので、今日のこの朽木ルキアの描くイラスト文章にもブックマークしてくれると嬉しく思う。

anond:20180422154919

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん