はてなキーワード: 分水嶺とは
世代の主観が思い切り入っているけど、個人的には90年代半ばを分水嶺として、そこで起きた変化が現在でも続いているように感じる。
90年代の人間にとって尾崎は心底共感はできないし、もう古いんじゃないかと感じてはいたけど、一応何を言いたいのか、伝えたいのかは理解していた。学校の反抗文化は廃れつつはあったが、かっこいいという雰囲気もある程度は残っていた。
しかし00年代になると、若い世代が共感以前に「さっぱりわからない」になった。当たり前だが、上の世代が「布教」しようとすればするほど、若者は遠ざかった。俺も80年代世代の「布教」は正直うざく、自分の中でも尾崎豊は嘲笑の対象になった。
最近尾崎豊を見直しているのは、歳をとって客観的に見れるようになったのと、自分の体を痛めつけて命を削るように歌っている姿が、理屈抜きにすげえなと思うようになったから。今でもたまに10代のファンがいるけど、歌詞やメッセージではなく、その完全燃焼の生き方やパフォーマンスに新鮮さを感じているように思う。
誰に話す気にもならないが、溜め込んでるよりは書き捨てたほうがまだしも供養になるかもしれない。
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非情と思われようと、もう関わり合いになりたくない。
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そいつは、もう何年も拒食症かなんかなのか、骨と皮だけのガリガリで、
死相が出てるというか、もう長くないだろうなって思ってた。
余りの痩せ方に周りが心配してなにか食べろと進めても、水の一滴すら口にしなかった。
ウチの親がそいつを指して「あれじゃきっとセイリも来てないと思うわ」
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しかし、私とそいつが小学校の間ずっとベッタリの親友だったのは、
同じグループの子からぽっちゃりだから、ポチャみたいなニックネームで呼ばれていた。
でも、別にそんなに太ってたわけでもなかったように思う。
それより、真っ黒でまっすぐでツヤツヤの長い髪をしていて、
綺麗で羨ましくて、もうやめてと言われるまでしつこく触らせてもらったような記憶がある。
さらさらと指から髪が流れていく感触がどうしようもなく心を惹きつけて離さなかった。
私は、天パだったし髪を伸ばしたことがなかった。
小学校も中学校も、ずっと短髪だった。髪が肩にかかったことは一度もない。
私の母親は「子供の髪は短いものなの」という絶対のルールを持っていて、
泣こうが喚こうが逃げようが、最後には床屋の椅子に座らせられた。
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三年生になる前には短髪になっていた。
どうして切っちゃったのと惜しがって何度も聞いたけど、
小学校でも中学校でも、そいつはもうずっと同じ短さに髪を揃えていた。
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髪型だけじゃなくて、そいつは成人式にもチェックのスーツみたいな服を着ていた。
周りじゅう華やかな振袖だらけのなかで。
誰も表立って虐めたり笑ったりはしなかったけど、
なんだか異様というかヒソヒソはしていた気がする。
でも、あれはそういうのじゃなかったと思う。
皆はそう思ったかもしれないけど。
私とそいつは、母親による女性性の抑圧、を受けていたんだと思う。
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私はまだ生きている。髪を伸ばし、好きな服を選ぶ。
私の母は矛盾した信条というか、娘の髪を結うことは一度たりともなかったが、
ピアノを習わせたり、フランス人形を買い与えたり、籐家具を与えたりした。
別にいらない、嫌だと言ったけど、母自身が子供のころ欲しかったものなんだってさ。
あ、ピアノは祖母が孫娘に買いたいというから、じゃあ習わせようってことだったのかな。
まあ、ウチはその程度だったけど、
ウチと違って、どこもかしこもさっぱりと片付いていた。
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GジャンにGパンという恰好だった気がする。バイクとサッカー観戦と甲斐バンドだかが趣味だと言っていた。
毎週少年ジャンプの話をしていたような気がする。
家にない本や図書館の児童書以外の本を読むようになったのは、そいつが教えてくれたからだ。星新一とか筒井康隆とか。
私の母は、皮肉な作風、ひねくれた作風が嫌だと言ったけど、本を取り上げたりはしなかった。
母の回りくどい意向を汲まないと、「あんたは可愛げがない、態度がかわいくない、子供は素直じゃなきゃ」とかは、よく言われたが。
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そういう子は、少年ジャンプじゃなくて、りぼんやなかよしを読んでいた。
ぬいぐるみをたくさんもっていて、男性アイドルや流行りの歌の話をした。
その子たちは髪型をしょっちゅう変えていて、かわいい髪飾りを持っていた。
遊びで私の髪を梳いて、結ってくれた。
その子たちのことが嫌いではなかったけれど、
ずっと一緒にいると、多分私は羨ましくて辛かった。
私と同じに、ずっと髪を短く切られていて、スカートを持っていないそいつと一緒にいるとラクだった。
母親に疑問や不満を抱かなくて済んだ。
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そいつは、成績も良く、イラストもかわいらしかった。中学からは疎遠になったので伝え聞きだが、
旧帝大に行ったらしい。マイナー学部だったらしいが。ググッたら、そいつのホームページがまだ残っている。
今だったらピクシブやってたんだろうが、当時はあれが流行りだったものだ。
日記もあるが、悩みや病気、内面に関することは何も書かれていない。
中学から疎遠になったし、高校は別だったので、その頃のことは知らないけど。
後ろ姿を見た時、「ずいぶん髪のきれいなおばあさんがいるな・・・?」と思った。
ぶかぶかよれよれのメンズのウインドブレーカーか何かを着ていて、
息子の服を頓着なく着ちゃう系のおばさんっぽかったのか。
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成人式のスーツもそうだけど、ほんとにメンズの服しか持ってなかったのかな。
小柄だったけど、デブとかブスってことはなかったと思う。
髪質も恵まれてるし、手入れすればそれなりに映えた容貌だったはずだ。
でも、そういえば、
我が娘の不器量さを嘲笑ったっけな。
「お前は顔がでかいねえww」みたいな。
その時の、居心地の悪い気持ちはよく覚えている。
私の隣で、私の友人が、私をダシに、実の親に貶められている。
いや、地獄かよ。
しどろもどろになにかフォローをしたような気もする。
私のほうがずっと成績が悪いですし、とか。
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その経緯から、ずっと抑圧や自己否定が鬱陶しく付きまとっているが、
流行りの服を買うこともできたし、趣味や私生活に口出しされることもなかった。
周囲の友人から学んで少しづつ、女性らしく装うことを覚えていった。
オタク気質は生来のもので変わらなかったが、脱・喪女はそれなりに出来た。
そいつは多分、そうではなかった。
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昨今の性の多様化からすると、そいつの髪型、服装、趣味嗜好はそれほど奇異なものでもない。
髪を短くし、メンズの服を着て、ミリタリーやバイクやサッカーを愛していたなら、
それはそれで良かった。
でも、そいつは多分そうではなかった。
生来の女らしさを抑圧され、取り上げられ、
そしてそれが自分だと思い込まされていた。
コンフリクトがあって、それが体に出た。
病名は知らないが、拒食でなければああはならないって気もする。
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そういえば携帯のアドレスや番号の交換をいつしたのか記憶にないが、
就職先のイベントを新聞か何かで見たと、そいつは私に会いにきた。
私としては、髪を切られ続け男子のような恰好をしていた時代の記憶ごとまとめて、
折角小奇麗になることを覚えたのだ。
陽キャグループに入ってしまえば、陰キャ時代の友人は格下であり、
プライベートで会いなおしたりはしなかった。
それても痩せこけてしまって遊びに繰り出す体力はなかったのか、節度を持って訪れ、帰ってくれた。
いや、水の一滴も口にできないんだから、食事や飲みに誘われるはずもなかったのか。
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しかし、一度ならず数回ほどそいつはイベントに客としてやってきた。
ヒマだったので話をしたが、内容はほぼ覚えていない。
ああ、人混みでぶつかられてコケて顔ぶつけて、総入れ歯になった話だけは、
もう回復不能の分水嶺越えちゃってるな、もう死ぬんだろうな、と思ってしまった。
しかし、そんな話をそいつは世間話、笑い話のトーンで話した。ような気がする。
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私になにかを聞いて欲しくて訪れていたのかもしれないが、
私が迷惑そうにしていたから切り出せなかったのかもしれないし、
物知りで成績優秀者だったプライドが邪魔をして切り出せなかったのかもしれないし、
同伴していた母親や、周りの人間が気になって突っ込んだ話ができなかったのかもしれない。
しかし、そいつが自分の日記にさえ書けないことを人に相談できたかというと、できなかったかもな。
藁にも縋る思いだったかもしれないが、
疎遠になった旧交を温めに来るより、「毒になる親」系の本でも買ってみて
カウンセリングとか行けたら、生き残る道があったかもしれない。
というか、そいつは自分が病んでいる原因が母親だと疑ったことがあっただろうか?
気がつきたくないまま、気がつかないまま、体力が落ち、考える力もなくして死んだのだろうか。
いや、そういえば鬼電がかかってきたから訃報と決めつけているが、
フツーに峠を越して生きてるのかもしれないな。
もう、それを知りたいとも思わないのだが。
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既に超長文だけど、続きもあって御免。
俺は工学徒だ
選挙のたびに政策が云々とか言ってるの見ると馬鹿らしくなる、なぜなら俺は何もわからんから。
経済を学んでないから景気刺激とか言われてもその政策がどういう風に機能するのか、どのような効果をもたらすのか全然知らん。
門外漢の俺が経済や政治について調べて正しい結果が得られると思うほど思い上がってもない。
一人の人間が修められる学問には限りがある、かつ現代において発生する問題は多岐にわたる。故に一人の人間が総合的に判断できる分水嶺はとっくに過ぎてる。
じゃあ現代の人間は何を基準として投票先を選んでるの?シングルイシューだけを見てるのか?そうじゃない政治家の方が多いだろ
2020年6月30日に「新たなモニタリングの方向性」が公表され,数値基準を設けないこととされた。
都の新型コロナウイルス感染症対策サイト(https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp])は現在、新たなモニタリングの早期実施に向けて準備中
であり,モニタリング指標のグラフ等は旧指標のままであるが,「モニタリング指標」欄からは「目安」が削除されている。
太字部分は都職員の中に優秀な頭脳の持ち主がいることを伺わせる。
(2)新規陽性者数における接触歴等不明率と(3)週単位の陽性者増加比は,(1)新規陽性者数が少ないときは1人の増減が与える影響が大きいため,クラスター感染を一網打尽にしたとき等に(3)が急増するなど,適切に機能しない場合がある。したがって,(1)≦10のときは参考値にとどめるというのは正しい。
しかし,そうした配慮は,数値を機械的に当てはめると過剰反応になることに備えた対策であり,一定の基準がある場合にのみ効果を有する。
今回,モニタリング指標に数値基準や目安値を設けないこととしたのだから,モニタリング指標の全ては参考値にとどまっており,したがって(1)≦10であろうが(1)>10であろうが常に参考値なのだから,「(1)が10人以下となった場合は、(2)及び(3)は参考値とする」というのは無意味な区別である。
おそらく,優秀な頭脳の持ち主の意見が十分に反映されない組織なのだろう。
(2)(3)についていえば,そもそも旧指標の目安があまり適切ではなかった。
(2)接触歴等不明率が一定であっても総数が100倍になればインパクトは100倍なのだから,(2)単独では意味のある判断はできない。
(3)週単位の陽性者増加比は旧目安では2以上で自粛の目安としていたが,1.5倍であっても2週間続けば2.25倍,4週間続けば5.0625倍である。1週間で2倍なら問題で2週間で2倍なら問題ない,という根拠は無い。指数関数である以上,発散するか否かの分水嶺は「1」であり,警戒すべきか否かの基準は1の他にない。東京アラートは,当日の(3)が1を超えたか否かで都庁と橋をライトアップする,その日ごとの判断にする方が良かったと思う。(ただし,緊急事態宣言解除後,(3)<1だったのは6/11と6/13の2日だけである。)
この点,新指標では③新規陽性者における接触歴等不明者の(1)数と(2)増加比をモニタリングするとしている。
単純な新規陽性者数の数と増加比ではなく感染経路不明者の数と増加比に絞ったのは,クラスター感染を一網打尽にしたときのノイズを除去するためであろう。有益な改善である。
また,旧指標(2)接触歴等不明率はモニタリング対象から外した。潜在・市中感染の把握にあたってクラスター感染者をノイズとして除去するという目的は上記③(1)(2)で達成され,旧(2)には独自の意味は無いから,これも妥当な修正である。
新しいモニタリング指標は旧指標に比べさらに洗練されており,優秀な頭脳の持ち主がいることを伺わせる。それだけに,数値目標を設けないなど,指標の意義を没却せしめる大方針が置かれていることは残念である。
そのまえに、まずは開梱をしよう 東に少し土地があるが少し遠い ゆえに 中継地点に 見済み馬がいる が ある程度の規模がほしい ゆえに 分水嶺が必要になる ゆえに 謀が必要だ ゆえに バカボンを呼べ
当方30歳、2008年に専門学校入学を機に単身、大阪に住んでかれこれ12年。
選挙権を得てから懇々と維新に入れ続けた経緯を振り返ってみようと思う。
一番印象深いのは2011年の市長選と府長選でここで自民や民主が立てた平松さんを破る事になるんだけどもそこに至るまでが重要で2011年って
自民の麻生政権が政治不信で倒れたと思えば、民主があまりにもパッパラパーな動きをして、今よりも政治不信が凄かった時期だったのね。
そういう意味では時流が良かったのかも知れない。ただ、やっぱりそれだけの理由やどっかの的外れ記事で書かれたメディアの力だけで橋本さんを選ぶようなアホな府民でもない。
元から知名度があった、というのはあったかも知れないけど茶髪だったり、正直とてもいい印象があったかと言われればNOだった。
けどまぁ、時を同じくして芸人のそのまんま東が県知事やってたからまぁ大阪への思いが本物やったら信頼できるんちゃうかと、耳を傾ける態勢自体にはなってたと思う。
で、橋本さんは今のご時世には珍しい割りと明瞭に意見を言う人で、素人にわかりやすく説明する事にたけていたと思う。
やしきたかじんがうんたらってのはぶっちゃけ誰も気にしてなくて、この人は何を目的にして、何を変えたいのか、そのためにはどうしたらいいのかの3点が凄くしっかりしていたし、それに反論する人達にも
1つ1つ返り討ちにしていた印象がとても強い(当時20前半だけどSNS含めて記者を返り討ちにしたり討論でボコボコにしてた印象が強い)。
これが正しいのか悪いのか結局、二重行政解消が今でもなされてない府民としては今でも測りかねる所もあったけど、求めていたのはフラフラと意見を変えるような甘っちょろい
政治家じゃなくて軸足がしっかりと意見を貫ける政治家だったと思う。そういう意味では今の吉村知事に維新の性質が見えてると思う。
これは後でも後述するし、ある意味維新が衰退する原因にもなるんだけど目的の二重行政解消ってのが府民が維新に入れる地合いになっていったと思ってる。
ビビるぐらい借金があって弁天町のオーク周辺とかまぁ見渡せば、なんやこれ?そらこんなんしてたら借金だらけにもなるがな。みたいなのが住んでてもわかるぐらいひどかったのね。
にもかかわらずドエライ年収のバス運転手が居たり、そういうのを民間並みに戻して借金も減らしたいとか、府民としても肌感でそりゃ、今すぐやるべきやろって指針が多かった。
そういうのも含めて大阪府民はどんどん、維新に票を入れる地合いを手に入れていったんだと思ってる。
そんなこんなで、借金だらけでもそれを維持しようとする平松陣営VS大阪のために動く維新みたいな構図に気が付けばなっていた。
なっていた?というより平松陣営が橋本さんを上回る明瞭な反論がなくてそう見えちゃったともいえるかも。
個人的な部分としては二重行政解消を含めて都構想を言い出した当たりから、わかりづらくなったんだと思う。
上述したように二重行政解消は府民としての肌感で無駄が無くなる事はわかりやすいんだけど、都構想になったら!ってのがピンとこなかった。
そんな無駄な事せんと早く、解消してくれや、オプションを足さないでくれ、みたいな。
ここが分水嶺になって維新の勢いにかげりを見せたと思うんだけど、じゃあ自民が民主が建てた候補者が良いのか?と言われるとそれもピンとこない。
そもそも、こいつら本当に大阪の事、考えてるんかって思った時の比較対象が大阪を思って明瞭に意見を言う橋本さんが脳に焼き付いてて、その意見が本当にいいか、よりも
自分が腹を切ってでもやり切れる候補者かの値踏みを府民は延々としているのだと思う。だから今でも、少なくとも俺は維新に票を入れているんだと思うのよね。
ちなみにこんな感じだから大阪以外の地域で維新の票が伸びるなんざ思っちゃないです。あくまでも大阪を良くしてほしいからってだけだし、自民民主のゆるふわ指針より
ダメだったら身を引くといって本当に引いた橋本さんが率いた維新の方がまだマシかって感じで入れてるんだと思う(特に2015年以降)
これは維新に熱心な方には悪いけど、結局大阪も全国で生まれてた入れる所ないから自民かな?の維新版が出来上がってるに過ぎないのかも知れない。
今の維新も昔程、革新性はないけど、されとて悪くなったって事も聞かないからね。コロナの対応で吉村さんが大阪の事を思って行動してくれててやっぱり維新でよかったなとは思ってるけど。
ただ、やっぱり俺が大阪以外に住んでたら不満がなければ安定した政権の建てた候補の方に入れると思うのでやっぱり維新はローカルでそれ以上も以下も無いよねって思うよ。
https://anond.hatelabo.jp/20200517104920
昨日のANNを聞いて、まだまだ岡村さんはぎこちなく、言葉をかなり選んで喋ってる感じではあったけど、先々週のあの居たたまれなさを100としたら、先週は居たたまれなさ70、昨日は30ぐらいまで落ち着いてきたと思う。よかった。
私にとってナイナイのオールナイトは、番組開始当初から間断的に聞いてる番組で、ナインティナインにも好意を持っているしそれなりに思い入れもある(リスナーではない。思えばナイナイのオールナイトは「リスナー」という言葉の意味が他のラジオパーソナリティの言うそれとはかなり濃度が違うものではあって、それが今回の色んな悲劇・悲喜劇に繋がったという気もしないでもない)。
深夜ラジオは、深夜だし長い。子ども時代なら深夜に夜更かしして聞くもよし(録音とかはしません、面倒なので)だが、大人になって、仕事があったり家族ができたりするとリアルタイムでは聞けず自然に離れていったりする。だが私は子供じみたオバハンなので、テクノロジーの発展の恩恵を受けて、または、すごい面白いラジオがあるよという噂を聞きつけて、深夜ラジオに戻ってきている。
深夜ラジオを聞きだしたのは小学生、デーモン小暮がお気に入りだった(クラスの男の子に教えてもらった)。たけしのオールナイトもまだやってたと思うんだけど小学生女子には刺激が強すぎたのか好きではなかった。その後いったん色々忙しくなったりして深夜ラジオから離れて、戻ってきたのがナイナイのオールナイト。また一旦いろいろ忙しくなって間遠になって、次に本格復帰したのはくりぃむしちゅーのオールナイト。
ラジオの聞き始めがANNだったせいかもだが、ラジオリスナーの人たちが大好きがちなコサキンは未体験、馬鹿力は子供の頃は聞いてない(伊集院さんが朝をやり始めてから逆流して今はたまに聞いてる)。電気のANNはちょうどラジオから離れてた時期なので存在も知らず、極楽とんぼは気が付いたら終わってたから聞いてない。放送室は週末に車で出かけて帰りの深夜に、流れてきてつい聞き入っちゃう感じ。サンデーソングブックはドライブ帰りに渋滞にはまってる時間帯に合致しがち。昼間のラジオはこの数年でデビューという感じ。
くりぃむのオールナイトに気づいたのはいい大人になってからで、Podcastから見つけた。くりぃむしちゅーのオールナイトほんとゲラゲラ笑った。今でも特にゲラゲラ笑ったPodcastのデータは残している。デジタルって楽でいい。くりぃむANNのPodcastの後期、まだ全く売れてない頃の古坂大魔王(ピコ太郎)がクレイジーな結婚披露宴構想を機関銃のように喋る回がものすごい好きで、死にたくなるほど落ち込んでても聞きおわるとどうでも良くなるくらい面白かった。あとJUNKのシカマンもゲラゲラ笑った。シカマンはお題投稿がとにかく面白かった記憶がある。あとPodcast限定だが雨上がり蛍ちゃんの馬になるシリーズも好きだった、馬鹿で。
そんな感じで、熱心な「リスナー」でもないが、ラジオ配信の技術と稼ぎ方が多様化してきたことと、あと私はいつも大抵ゲラゲラ笑いたいので、この10数年は、ゆるくラジオとの付き合いを再開している。
Podcast、ラジオクラウド、radiko…配信化によって、リアタイで聞かなくても大丈夫になったのがとてもデカい。局側には恐縮ではあるが…、投稿しないしリアタイじゃなくて全然いい。夜は眠いし。主に通勤時間の電車の中とか買い物とか、あとジョギングしながらとか、ひたすら風呂掃除してる時とか。配偶者はラジオ趣味があんまりない(こだわりがない)ので、基本は一人でいる時になる。というか、深夜ラジオってそもそも「一人で聞く」ものなのかも。
そして、深夜ラジオがポリティカルに色々アレである、というのは、まぁ岡村に限らずある程度はどの番組にもあって、まさに深夜ラジオの魅力でもある。炎上したのは、多分にタイミングが悪かった(世間がコロナで暇だったとか、似非運動家に見つかったとか)面もある。一方で。私は矢部氏が卒業して以降の岡村単独のANNを、いつの間にかあんまり聞かなくなっていっていたのだが、その理由の、いつの間にか番組が醸し出すようになっていた「雰囲気」が、なかなかの強い香りになっていったから、というのも、今回の炎上騒動の理由として少なくないと思うのだ。
ラジオの聞き方は既に20年近く前から多様化してきている。チャネルが増えたから馬鹿に見つかった、というのは余り筋が良くなくて、番組が醸す「香り」がどんどん強くなり悪目立ちしてきていた、という方が近いかな、と思うのだ。深夜ラジオで芸人が喋ったことをスポーツ紙がニュースにして悪拡散、なんてのは、それこそ昔からあることで、書き起こしサイトが悪いとかtwitterで馬鹿が拡散するのが悪いとかの説も全然納得できない。この辺は深夜ラジオリスナーなら分かってもらえるのではと思うんだが、芸人たちは頻繁にスポーツ紙記者に怒ったり絡んでキャッキャしたり、「記事にするなら番組のパブリシティも入れといてよー!」という定番の落としも定着しているぐらいだ。実際岡村のANNでは以前も、フジテレビ批判がネットを騒がせた時期に「いやなら見るな」と言って炎上した過去もあるが、要するに、何らかの方法で「拡散されてしまった」ことだけが原因ではなくて、やはりあの発言の内容が一定の閾値を超えていたことが大きいと思う。馬鹿に見つかったのが悪いわけじゃない。馬鹿だって「うわっ、なにこれ、臭っせえ!」と気づくレベルだった。
岡村さんは無自覚だったんだろう。無自覚が全てにおいて免罪符になるわけでもないが、取り返しのつかない悪業でもない。
現にこの3週間の岡村さんは、「変わらなきゃ…」を寝言のように繰り返して、聞いている私をハラハラさせていた。変わらなくても良いからコントロールできるようになってほしいなぁと思っていた私にとっては、「カウンセラー」役?の矢部氏の復活(昨日のラジオで矢部氏が言うてた、もちろん冗談込みやけど)は本当にうれしいし、少なくとも岡村さん本人が変わりたいから「変わらなあかんですから」とブツブツ言っているんだろう。
「変わる」がどういうことなのかはまだこれからの話なのでどうなるかは分からない。でも「生まれ変わってポリティカルに正しい深夜ラジオを!」とかではないだろう。もしその選択を取るのならラジオから降りることを選ぶんじゃないかなと思うのだ。岡村さんにとってラジオでしゃべることは恐らく大切なことで、一方で、岡村さんに限らずいい大人が完全に変わるのは難しいだろうなとも思うし、そもそも、そんな風に人格が変わる必要もない。
岡村さんの「ああいうとこ」は出し方によっては人を傷つけるナイフになるが、同じ性質は別の方向から見たら、岡村さんの「妙にキマジメなお笑い芸人」という魅力でもある。岡村さんが色々アレな面もあることは古い視聴者としてはよーく知っている。そして岡村さんは妙にキマジメだからこそ、ハードスケジュールの中でエグザイルやスマップのダンスを完コピしたりして私をしびれさせたりもしてくれるし、「おじさんたちのアニキ」的な役割を自認してラジオでああいう酷い発信をしちゃったりもする。あの発言は妙にキマジメな芸人である岡村さんのキマジメさと妙さがもたらしたのではないか、「おじさんのアニキ」の自認が大きくなりすぎてバランスがおかしくなってたから、止まらなかったんだろうなと思っている。残念である。
この騒動の後に、4年ぶり?くらいに久しぶりに岡村のANNを聞いて、あれ?そんなんだったっけ?と驚いたのは、スポンサーだ。昔のことは覚えてないんだけど(だんだん聞かなくなってたし)、先々週の岡村・謝罪回のスポンサーが、ワンカップ大関と高須クリニックとエイブル(不動産屋)と、その他数社だった。なんていうか男性ホルモン度が高いというか…(ワンカップ大関のCMは女性がワンカップ大関を飲んでるストーリーだったけど、何ていうか。うーん)。あと昨日の放送ではスポンサー読み上げが無かったんじゃと思う。オールナイトはパーソナリティがスポンサー読み上げするのが通例だと思ってたので、まぁ番組の立て付けが「矢部復活」で変わるし色々あったんかなという気もする。ACのラジオCMがいくつか挟まってたから、色々調整が間に合ってないとかあったのかもしれない。
(追記:ブコメでid:sinamon_nekoが指摘しておられるが、矢部氏がスポンサー読みしてたらしい。ごめんね聞き落としてたわ。今日は買い出しをしながら聞いてたから気を取られてたみたい。)
まぁラジオは今とにかくお金が無くて大変だからスポンサーの顔ぶれが変わるのは世の流れだろうとも思う。ANNは今あんまり聞いてなくて、たまにオードリーと三四郎聞くぐらいなんだけど、どちらも、ワンカップと高須クリニックはスポンサーではない。何ていうか、そういうところにも「香り」が出てきてるところなのかなぁ…と思ったりもしないでもない。別に悪いというわけじゃなくて「中年専」方面に尖ってしまってたのかもなぁ…とか。
今、増田が一番楽しみにしている深夜ラジオはハライチのターンだ。
木曜夜中(増田が聞くのは金曜朝の出勤時になる)は、ANNが岡村、JUNKがおぎやはぎという、何ていうか「臭みが強い」ラインナップで普段はどちらもほとんど聞いてないんだけど、ハライチのターンは変で好き。金曜朝は、ハライチのターンの本放送をradikoのタイムフリーで聞いて、そのあと後撮りのクラウドを聞いてニコニコしながら出勤している(今はリモート中で出勤してないから掃除とかしながら聞いてる)。
少し話は変わるが、三四郎のANNもたまに聞いてどちらに対しても思うんだけど、若い世代は私のような中年とは全然違う世界を生きているなぁと思う。中間地点にいるのがオードリーと山ちゃんであの辺の世代が分水嶺になっている感じがあるお笑い芸人ラジオ業界。岡村とかおぎやは「古い世代」感を感じる。古いから悪いとは言わないが、古いなーと感じる。もっと古いはずの伊集院さんとか爆笑問題は逆に古さは感じない、喋り芸の実力の高さとか爆笑太田の思索力の面白さかなぁ…分からないけど。
で、増田が今はまってるハライチのターンのラジオクラウドの、先々週回(5/7)で、岩井が「岡村さんは寅さんだ」と言ってたのが、あーそうかもね成程、と思った。
岩井いわく、寅さんも映画で「なんでそんなこと言うの寅さん!」と毎回怒られてしゅんとして「寅さん結婚したら」とか言われてる、箇条書きにすると岡村さんは寅さんだ、と岩井が言えば、澤部が「岡村さんは国民からしたら寅さんみたいなところ(人気者)あるもんね」と返す。「みんなに叱ってもらって、しょうがないなーってなって、寅さんも毎回反省もしてる」、と岩井が説を〆る。まぁ1分も満たない程度のさらっとした言及でおしまい。
そして、そのあと10分以上は、「澤部は山田洋二映画向き」という話になる。そのくだりがすごく面白くて、ハラハラと生々しい関係性が見え隠れして、少し切なくて、そしてかわいいから、ラジオクラウドでハライチのターンを聞いてみてほしいわ。
あとブコメもたくさんついてた太田の岡村話以外には、岡村・謝罪回の次の月曜の馬鹿力で、ひたすら伊集院さんがやりづらそうだったのが個人的には印象的だった。確かに馬鹿力もかなりの「非モテ文脈における女子いじり」みたいな投稿ネタが多いしなぁーとか思うが、やりづらくて困り当惑し悩んでしまう伊集院さんは生身ですごく良かったし、同じようにがんばろうとしてる岡村の生身も、深夜ラジオでしか出会えない芸人さんたちの「生身」として愛おしいなとも思うわけです。
あと、今月末5/24日曜の深夜にシカゴマンゴが最終回やるからそれが楽しみ。アンタッチャブル、ホント面白いから、ばかみたいなんだよ、すごく良いんだ。